知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10184号 判決 2013年1月17日
原告
X
被告
独立行政法人科学技術振興機構
同訴訟代理人弁理士
西澤利夫
安藤拓
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2011-800107号事件について平成24年4月17日にした審決のうち,「特許第3868546号の請求項3及び4に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,後記1のとおりの手続において,被告の後記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁により当該特許の一部を無効とし,その余について請求が成り立たないとする別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)がされたところ,原告が,後記4の取消事由があると主張して,請求が成り立たないとした部分の取消しを求める事件である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は,平成8年9月10日,発明の名称を「ポーラス銀の製造方法」とする特許出願をし,平成18年10月20日,設定の登録(特許第3868546号)を受けた(甲11。請求項の数は5)。以下,この特許を「本件特許」という。
(2) 原告は,平成23年6月27日,本件特許の請求項1ないし5(全部)について特許無効審判を請求し(甲12の1),無効2011-800107号事件として係属した。
(3) 特許庁は,平成24年4月17日,「特許第3868546号の請求項1,2及び5に係る発明についての特許を無効とする。特許第3868546号の請求項3及び4に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,その謄本は,同月27日,原告及び被告に対して送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。以下,請求項の番号に応じて各発明を「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」というほか,本件発明に係る明細書(甲11)を「本件明細書」という。
【請求項1】加圧された酸素ガス雰囲気下に銀を溶融して凝固させることを特徴とするポーラス銀の製造方法
【請求項2】鋳造法において溶融および凝固させる請求項1の製造方法
【請求項3】引き上げ法において溶融および凝固させる請求項1の製造方法
【請求項4】酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下とする請求項1ないし3のいずれかの製造方法
【請求項5】急冷凝固させる請求項1ないし4のいずれかの製造方法
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明3及び4が,引用例(甲1。米国特許第5181549号明細書。平成5年(1993年)1月26日公開)に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件発明3及び4についてされた特許が特許法29条2項の規定に違反してされたものではない,というものである。
(2) 本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。),本件発明3及び4と引用発明との一致点,本件発明3と引用発明との相違点(相違点1ないし3)並びに本件発明4と引用発明との相違点(相違点1及び4)は,以下のとおりである。
ア 引用発明:加圧,減圧又は一定圧に制御した水素又は他のガス雰囲気下に,銅,鉄,マグネシウム,ニッケル等の基材材料を鋳造法において溶融した後,凝固させるポーラス材料の製造方法であって,溶融した基材材料に対して水素又は他のガスは高い溶解度を示し,水素又は他のガスと基材材料は共晶組成を有するものであるポーラス材料の製造方法
イ 一致点:ガス雰囲気下に基材材料を溶融して凝固させるポーラス材料の製造方法
ウ 相違点1:本件発明3及び4は,酸素ガス雰囲気下において銀を溶融して凝固させるのに対し,引用発明は,水素又は他のガス雰囲気下に,銅,鉄,マグネシウム,ニッケル等の基材材料を溶融し凝固させるものであって,溶融した前記基材材料に対して水素又は他のガスは高い溶解度を示し,水素又は他のガスと基材材料は共晶組成を有するものである点
エ 相違点2:本件発明3は,溶解して凝固させるのが加圧されたガス雰囲気下であるのに対して,引用発明は,加圧,減圧又は一定圧に制御したガス雰囲気下である点
オ 相違点3:本件発明3は,引き上げ法において溶融及び凝固させるのに対して,引用発明は,鋳造法において溶融及び凝固させる点
カ 相違点4:本件発明4は,溶解して凝固させるのが加圧された酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下であるのに対して,引用発明は不活性ガスとの混合ガスを用いることの特定がなく,加圧,減圧又は一定圧に制御したガス雰囲気下である点
4 取消事由
(1) 本件発明3の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)
ア 引用発明の認定の誤り
イ 相違点3に係る判断の誤り
(2) 本件発明4の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(本件発明3の容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決の判断について
本件審決は,相違点3について,①引用例には本件発明3の採用する引き上げ法等については具体的な記載もなく示唆する記載もない,②引用発明は,凝固時に大量の気孔が生じるという特殊形状を有する材料を鋳造法において得るものである一方,引き上げ法の場合に大量の気孔が生じるということは,引き上げ方向に対する断面積が低下し,その切断のおそれが高まるのであって,所定形状の維持が困難となることが予測されるから,引用発明に係る鋳造法に代えて引き上げ方を採用することには阻害要因がある,③甲2ないし10のいずれにも引き上げ法においてポーラス材料を製造することが記載されておらず,引き上げ法に関して記載がある甲9には,ポーラス材料ではなく単結晶の製造方法に関する記載があるにすぎない,として,当業者が相違点3に係る構成を容易に想到し得ないとした。
(2) 引用発明の認定の誤りについて
しかしながら,引用例の請求項は,そこに記載の発明について溶融及び凝固させる方法を特に限定しておらず,したがって,引用例に記載の発明は,鋳造法に限定されるものではない。
溶融及び凝固させる方法としては,本件出願当時,鋳造法のほかにも引き上げ法等他の方法も知られており,他の方法も使用できることは,技術常識であった。現に,甲9の記載は,単結晶に限定されるものではない。
(3) 相違点3に係る判断の誤りについて
前記のとおり,溶融及び凝固させる方法として鋳造法以外の方法も使用できることは,技術常識であったし,単結晶等のポーラスではない金属の溶融及び凝固も,ポーラス金属の溶融及び凝固も,同じ金属の溶融及び凝固であるから,ポーラスでない金属の溶融及び凝固に適用される知見(引き上げ法の使用)をポーラス金属にも適用することは,当業者が動機付けられることである。
また,引き上げ方向に対する断面積は,引き上げ速度等の調整により容易に調整可能な事項であるし,本件発明3には引き上げ速度等についての限定はないから,ポーラス金属の生成においても,その引き上げ方向に対する実質断面積(気孔部分を除いた金属部分の断面積)を,ポーラスでない金属の生成における(切断が生じないときの)断面積と同じ大きさとすることは,引き上げ速度等を調整して,見かけの断面積を大きくすればよいだけであって,容易である。したがって,当業者は,ポーラス金属の生成が引き上げ法では困難であるとは認識せず,この点に阻害要因はない。
むしろ,甲2の9に記載のとおり,ポーラス金属の溶融体(液体発泡体)が引き上げ法により固化できることは,本件出願日当時の当業者に明らかな事項であり,被告も,甲2の5によりこのことを認めている。
さらに,本件発明3の引き上げ法の採用による顕著な作用効果は,示されていない。また,従来は引き上げ法の採用が困難と考えられていた条件での引き上げ法の適用を可能にしたものでもない。すなわち,引き上げ法の採用は,公知の種々の方法の中からの単なる選択にすぎず,当業者が容易に想到できるものである。
(4) 以上のとおり,本件審決による引用発明の認定及び相違点3に係る判断には誤りがあり,本件発明3は,当業者が容易に想到し得たものである。そして,本件審決が説示するとおり,相違点1及び2は,当業者が容易に想到し得たものであるから,本件審決は,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1) 引用発明の認定の誤りについて
甲9には,溶融法によって得られる目的物質の形態に多結晶体,単結晶体及びガラスなどがあるとの記載があるのみであって,引き上げ法を直接に特定していないばかりか,ポーラス金属材料についての記載もない。すなわち,甲9には,ポーラス金属についての引き上げ法の適用の示唆はなく,引き上げ法に関しては,単結晶の製造方法に関する記載があるにすぎないとの本件審決の認定に誤りはない。
(2) 相違点3に係る判断の誤りについて
ポーラス金属の生成で大量の気孔が生じると,引き上げ方向に対する断面積が低下し,その切断のおそれが高まるのであって,所定形状の維持が困難となることが予想されるから,鋳造法に代えて引き上げ方を採用することには,阻害要因がある。
また,引き上げ速度等を調節して見かけの断面積を大きくするためには,断面積の大きな変更を要し,特別な配慮を要することに違いはないから,引き上げ法の適用を妨げる要因となり得ることに変わりはない。
したがって,引用発明に係る鋳造法に代えて引き上げ方を採用することには阻害要因があるとの本件審決の認定判断に誤りはない。
また,甲2の9は,本件無効審判の手続において証拠として直接提出されたものではないから本件審決の審理対象となっておらず,また,仮に甲2の9に液体発泡体の引き上げ法による固化に関連するような記載があるとしても,それが周知技術であるとまではいえないから,結局,本件審決の認定判断を左右するものではない。
さらに,引用例は,具体的に適用可能な製造方法について,鋳造法以外には,引き上げ法を含む他の製造方法について記載していない上に示唆する記載もしていない以上,本件発明3は,当業者が容易に想到し得るものではなく,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明4の容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決の判断について
本件審決は,相違点4について,①引用例その他の証拠のいずれにも,酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下で溶融及び凝固させることの記載も示唆もない,②甲3には,酸素ガスと不活性ガスであるアルゴンとの混合ガスについて記載されているが,これは,空孔をいかに発生させないように制御するかを目的として,意図しない空孔の形態を分析したことが記載されているのであって,ポーラス材料の製造を目的とする事項は記載されておらず,空孔核の発生や空孔分離に関して依然として十分な理論が構築できていないことも説明されている,③そうすると,引用発明において,酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下で溶融及び凝固させる事項を採用し,さらに,当該混合ガス雰囲気を加圧状態とすることは,当業者が容易になし得るものではなく,本件発明4は,加圧状態の酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下にすることで優れた効果を奏している(本件明細書の実施例1)のであって,当業者であっても当該効果を予測できるものではない,と説示して,当業者が相違点4に係る構成を容易に想到し得ないとした。
(2) 混合ガスを用いることについての引用例の示唆について
引用例には,「組成の分かった水素を含むガス」すなわち水素と他のガスとの混合ガスの使用が記載されているほか,その請求項1では「ガス」との用語が使用されている一方で,請求項3において初めてガスを水素ガスに限定していることから,水素ガス以外のガスの使用も十分に示唆されている。また,酸素及びアルゴンガスの混合ガスを使用してポーラス銀を生成することについても,甲3に記載があるから,酸素及びアルゴンガスの混合ガスを使用してポーラス銀を製造することは,当業者が容易に想到し得ることである。
(3) 本件明細書の実施例1について
加圧された酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下で製造されたポーラス銀を示す本件明細書の実施例1に関する図6では,大小のポアが混在しており,甲3の図3との比較からも,明らかに不均一であって工業的価値を見いだせない。したがって,本件明細書の実施例1からは,均一サイズのポアが生成されるという優れた作用効果を奏することは,全く把握できない。
また,本件明細書の図4も,均一サイズのポアを有するポーラス銀を示していないが,図6は,図4でみられた大きなサイズのポアを示していないにとどまる。しかも,図6(1.1MPa)は,図4(0.1MPa)よりもはるかに高い圧力の下で製造されたものであるところ,圧力が増大すれば生じるポアが小さくなることは,技術常識であるにすぎず,両者におけるポアサイズの差異は,当業者にとって自明なものであって,単独ガスと混合ガスとの差異によってもたらされたものとはいえない。
以上のとおり,本件明細書の実施例1は,加圧状態の酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下にすることによる優れた作用効果を示すものではない。
さらに,10気圧の酸素単独の雰囲気下(甲2の10)及び11気圧の酸素とアルゴンの混合ガス雰囲気下(甲11)では,いずれも引き上げ法により気孔サイズ50ないし200μm程度の,気孔サイズに有意の差がみられないポーラス銀が作成される。すなわち,上記気孔の生成は,凝固圧を上げたことによるものであって,不活性ガスとの混合による効果ではなく,酸素ガスのみの雰囲気を不活性ガスとの混合ガス雰囲気下にしても,均一サイズのポアが生成されるという優れた効果を奏しないことは,明らかである。
(4) 以上のとおり,本件審決による相違点4に係る判断には誤りがあり,本件発明4は,当業者が容易に想到し得るものである。そして,本件審決が説示するとおり,相違点1は,当業者が容易に想到し得るものであるから,本件審決は,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1) 混合ガスを用いることについての引用例の示唆について
引用例には,酸素の使用について直接の記載はなく,酸素と不活性ガスとの組合せも示されていないから,これと同旨の本件審決の認定判断に誤りはない。
(2) 本件明細書の実施例1について
本件明細書には,酸素ガスのみの雰囲気下で大小2種類のポアが生成される(【0018】図4)のに対し,加圧された酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下では,0.55MPaのアルゴンガスが付加されたことによって凝固時の酸素の吹き出しが抑制されるため,均一サイズのポアが生成されること(【0017】図6)が具体的に記載されているから,本件明細書の実施例1は,均一サイズのポアが生成されるという優れた作用効果を明らかにしており,この作用効果は,当業者に予測できるものではない。工業的価値を見いだせるか否かは,原告の私見であるにすぎない。
また,甲2の10には,酸素ガスのみの雰囲気との明示はなく,その記載を総合的に考慮しても,10気圧の酸素単独の雰囲気下で引き上げ方により気孔サイズ50ないし200μm程度のポーラス銀を作成したことを読み取ることはできない。
(3) よって,本件審決の認定判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件明細書の記載について
本件発明は,前記第2の2に記載のとおりであるが,本件明細書(甲11)には,本件発明について,おおむね次の記載がある。
ア この発明は,ポーラス銀の製造方法に関するものである。さらに詳しくは,この発明は,触媒材料,防震材料,衝撃緩衝材,電磁波シールド材,自動車等の各種の機械部品,消音器装置,フィルター,自己潤滑性ベアリング,熱交換器,電解セル,液体分離器,宇宙材料の軽量パネル及び水の純化のための酸素処理器などに有用な,ポーラス銀の製造方法に関するものである(【0001】)。
イ 従来より,シラスポーラスガラス,セルメット,アルポラスなどの無機質や金属のポーラス(多孔質)材が知られており,その利用分野も多岐にわたっているが,ポーラスガラスは,金属に比べて強度,加工性及び成形性が極端に劣り,また,発泡樹脂に金属を充填しているセルメットや,水素ガスによる発泡法を利用しているアルポラスは,適用金属が限定され,多くの金属への応用が不可能となっている(【0002】)。一方,粉末冶金焼結法や溶解鋳造プロセスにおいて生成されるポーラス組織は,成形加工や圧延プロセスにおけるクラックの発生源になるなどの理由で,有害なものとして扱われてきた。ポーラス材は,前記のような広範囲な分野で応用され,更にその用途の拡大が期待されているにもかかわらず,特に金属ポーラス材としては,強度,加工性及び成形性などの点で満足な結果が得られていないため,従来の製品では応用の範囲を広げることができないでいる(【0003】)。
ウ そこで,この発明は,以上のような従来技術の問題点を解消し,加工性,成形性,切削性などに優れた金属ポーラス材を実現できる,新しい手法によるポーラス金属の製造方法を提供することを目的としており(【0004】),上記の課題を解決するものとして,加圧された酸素ガス雰囲気下に溶融して凝固させることを特徴とするポーラス銀の製造方法を提供する(【0005】)。
エ この発明は,等圧気体雰囲気下における金属-ガス共晶反応を利用して,ポア(孔)の形態及び大きさを制御したポーラス銀を製造するものである。すなわち,ある等圧下で金属-ガス系状態図(図1)が共晶点を有するとき,その共晶反応により,気体状のラメラー組織が凝固過程中に金属内に生成され,これによってポーラス金属が生成されることになる。この発明では,金属-ガス共晶反応として,酸素ガス原子が溶融状態の銀に溶け込み,固体状態の銀には溶け込まないことを利用する。酸素ガスを溶かし込んだ溶融状態の金属を冷却すると,ガスは,金属材料内部で気泡となり,均一な大きさのポア(孔)を持つポーラス銀が生成される(【0006】)。実際には,この発明の製造法では,常圧から高圧に至るまでに加圧された酸素ガス雰囲気において金属を溶融し,凝固する。この場合,溶融及び凝固は,鋳造法や,チョクラルスキー法,改良チョクラルスキー法等の引き上げ法等により行うことができる(【0007】)。酸素ガスは,単独で用いてもよいが,アルゴン等の不活性ガスと混合して用いることで,ポア(孔)の制御を容易とするという利点もある(【0008】)。
オ 例えば,鋳造法においては,20気圧程度までの高圧の酸素ガス容器内に置かれた溶解るつぼ内で銀が加熱されて溶融され,開閉弁を通じて冷却された鋳型内に鋳込まれ,冷却により凝固されてポーラス銀が生成される(図2(a)(b)。【0009】)。また,引き上げ法においては,高圧ガス容器内に置かれた溶解るつぼ内で銀が加熱されて溶解され,引き上げ用金属棒により引き上げられて凝固されたポーラス銀が生成される(図2(c)。【0010】)。
カ 100気圧までの耐圧を持つ高圧高周波溶解装置を用いて,改良型チョクラルスキー法によって0.1MPaから11MPaまでの酸素雰囲気中で銀の溶解・凝固を行った。自然放冷で,0.1mm/secないし1mmsec程度の条件とした。純銀(99.99%)を0.1MPaの酸素下で溶解すると,るつぼの中の溶融銀面には,酸素が吹き出しているために生じた多数の斑点が見られる。また,上方に引き上げつつある凝固銀の棒状表面は,酸素が吹き出して凝固したざらざらな形跡を示していた(【0016】)。0.6MPa及び1.1MPaの酸素圧下で引き上げて作製した銀試料を比較すると,0.1MPaでは銀の表面が比較的滑らかであるが,0.6MPa及び1.1MPaでは,溶岩石のように表面がでこぼこになっていることが観察される。一方,比較のために,全圧が1.1MPaとなるように,0.55MPaの酸素と0.55MPaのアルゴンとの混合ガスの加圧雰囲気下では,ほぼ同じ酸素圧でありながら,0.55MPaの未反応のアルゴンガスが加圧された場合,インゴット表面が滑らかになっていることが特筆される。これは,0.55MPaの未反応のアルゴンガスが負荷されたことによって,凝固時の酸素の吹き出しが抑制されたものと考えられる(【0017】)。0.1MPaの酸素加圧下で製造したポーラス銀では,直径200μmから数百μmに及ぶ大きなポアと,直径50ないし100μm程度の小さいポアの2種類が生成されている一方,0.55MPaの酸素と0.55MPaのアルゴンとの混合ガスの下では,直径50ないし200μmの均一サイズのポアが生成されている。実用的には,ポアのサイズが均一であることが望まれるので,この1.1MPaの混合ガスの下での凝固の方が,ポーラス銀の生成には好ましいと考えられる。
キ この発明の方法は,金属-ガス共晶反応を起こす金属又は合金系の全てに適用できる点で画期的であり,また,製造されるポーラス金属は,共晶組織であるため,加工性,成形性,切削性等に優れている(【0012】)。この発明により,軽量化構造材料,宇宙航空材料,多孔性を利用した触媒,防震材,消音材,フィルター,ベアリング,熱交換器,電解セル等への種々の広範な用途を開くことができ,金属質材料としての強度,加工性,切削性等の特性にも優れた,新しいポーラス金属の製造が可能となる(【0020】)。この製造においては,鋳造や引き上げ法等の手段を用いることができ,簡便な製造が可能とされる(【0021】)。
(2) 本件発明の技術的思想について
以上の本件明細書の記載によれば,本件発明1は,従来のポーラス金属が加工性や成形性などの点で満足な結果が得られていないという課題を解決するため,加圧された酸素ガスの雰囲気下において銀を溶融し,酸素ガスを溶かした後に冷却して凝固させるという方法を採用することで,金属-ガス共晶反応により,均一な大きさの酸素ガスの気泡によるポア(孔)を持つ,強度,加工性,成形性,切削性等に優れたポーラス銀を製造できるという作用効果を有し,ひいてはポーラス金属の応用の範囲を広げるというものであるといえる。
そして,本件発明3は,本件発明1について,銀の溶融及び凝固を改良チョクラルスキー法等の引き上げ法により行うという方法で特定したものであり,それにより簡単な製造が可能となるという作用効果を付加するものであり,本件発明4は,本件発明1について,雰囲気を酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下とすることとしたものであり,それにより,ポアの制御が容易になるという作用効果を付加するものであるといえる。
2 取消事由1(本件発明3の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 引用発明の認定の誤りについて
ア 引用例の記載について
本件審決が認定した引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例(甲1)には,そこに記載の発明について,おおむね次の記載がある。
(ア) 本発明は,あらかじめ設定した構造と性質を持つ多孔質材の製造方法に関するものであり,所望の形と大きさの孔(ポア)を持つ金属及び非金属材料を製造するのに最適である。
(イ) 従来の多孔質材の製造方法は,いずれも相当な数の操作と製造工程が必要であるために複雑であり,そのため,製品コストが高くなり,生産率が低くなる。
(ウ) 本発明の目的は,純金属,合金及びセラミックスの多孔質材料を簡便に製造する方法を提供することにある。
(エ) 前記目的は,液体の分解中に結晶相とガス相が同時に生成し,気孔がその場で生成することにより達成される。本発明によれば,原材料は,水素を含むガス雰囲気で,特定のガス圧下にオートクレーブ中で溶融させる。溶融体は,水素が溶けるために一定時間さらし,飽和に達するようにした後,水素ガスとともにオートクレーブ内の型に満たし,そのすぐ後に,圧力を所定のレベルに設定して,溶融体を冷却する。飽和溶融体が凝固するにつれて,溶解したガスの溶解度は,急激に低下する。このガスの量の差が,凝固面の先端からのガスの発生になる。ガスの気泡は,固体と同時に成長し,凝固面を離れず,多孔質構造を形成する。
(オ) 本発明による設定した気孔の形と方向を持つ多孔質材の製造方法は,以下の段階を含む。
① オートクレーブ中に原料を入れる。
② オートクレーブに組成の分かった水素を含むガスの雰囲気にする。
③ 原料を加熱し溶融する。
④ 所定のガス分圧の水素ガスを与える。
⑤ 溶融金属に水素ガスを溶かす。
⑥ オートクレーブ中の型を溶融材で満たす。
⑦ 設定した凝固圧にシステムの圧力を設定する。
⑧ 凝固面に沿って同時に結晶相とガス発生が起こるように,その凝固圧で溶融材を凝固する。
(カ) 内部チャンバーをガス導入システムによりガスで満たし,オートクレーブ中に望む環境を与えるが,ガスは,純粋な水素又は水素を含む混合物である。水素は,いろいろな溶融材料に高い溶解度を持つので望ましいが,他のガスを使用してもよく,水素ガスを基にした混合物を与えることができる。混合物の他のガスは,原材料と反応して得られる材料又は製品の望む質を与える。
(キ) 飽和した後,溶融体をラドルからオートクレーブ内に設置された適当な型に注ぎ,オートクレーブ内の圧力を設定した凝固圧のレベルにセットする。凝固過程中に,圧力を増大させるか,減少させるか又は等圧とするかは,所望の気孔の形態,大きさ及び含有量により選択される。原材料を型内で直接溶融し,ラドルから移動しないことも考えられる。
(ク) 溶融体を冷却し,凝固中の凝固圧を制御することで,溶融体の水素の溶解度は,著しく減少する。システムの圧力における固体の溶解度と溶融体に溶けている水素の量の差に等しい水素量が,凝固面のところでガスのバブル形成となる。ガスバブルは,固体とともに成長し,凝固面を離れないから,凝固した材料に多孔質構造を形成する。したがって,金属-ガス系状態図に従って気孔構造をうまく形成するためには,出発材料は,共晶組成であることが望ましい。
(ケ) 多くの原材料が本発明の対象として考えられるが,具体的には,銅,鉄,マグネシウム,ニッケル及びそれらの合金並びに酸化マグネシウムとアルミナのようなセラミックスである。
(コ) 本発明は,操作が簡単であり,ポアの質を保ちながら,高い生産性を保証している。本発明のプロセスは,十分な大きさで,温度制御システムと,組成と圧力の両方を制御するシステムを持つオートクレーブがあれば,工業スケールで容易に使うことができる。また,本発明に従って作ったポーラス構造は,優れた機械的特性を示す。特に,気孔率が35%以下で気孔が100μm以下の多孔質材の特定の強度は,原材料より大きな強度を持つ。
イ 引用例に記載された発明の技術的思想について
以上の引用例の記載によれば,そこに記載された発明は,従来の多孔質材の製造方法が複雑であったという課題を解決するため,特定のガス圧の水素を含むガス雰囲気下において特定の金属を溶融し,当該ガスを溶かした後に冷却して凝固させるという方法を採用することで,金属-ガス共晶反応により,所望の形と大きさのポア(孔)を持つポーラス金属を,簡単な操作でポアの質を保ちながら高い生産性で製造できるという作用効果を有するというものであるといえる。
より具体的には,引用例には,①加圧,減圧又は一定圧に制御した水素又は他のガス雰囲気下に(前記ア(エ),(カ),(キ)),②銅,鉄,マグネシウム,ニッケル等の基材材料を(前記ア(ケ)),③鋳造法において溶融した後,凝固させる(前記ア(エ)~(キ)),④ポーラス材料の製造方法(前記ア(ア),(ウ),(コ))であって,⑤溶融した基材材料に対して水素又は他のガスは高い溶解度を示し(前記ア(カ)),⑥水素又は他のガスと基材材料は共晶組成を有するものである(前記ア(エ),(ク)),ポーラス材料の製造方法(引用発明)が記載されているものと認められる。
ウ 原告の主張について
原告は,金属を溶融及び凝固させる方法としては鋳造法のほかにも引き上げ法等も知られており,他の方法も使用できることが技術常識であったから,引用例に記載された発明が鋳造法に限定されるものではないと主張する。
しかしながら,前記ア(エ)ないし(キ)に記載のとおり,引用例には,金属をオートクレーブ中で溶融した後,その溶融金属を型に満たし,冷却して凝固させる鋳造法について具体的かつ詳細に記載されている一方,その他の方法については何ら記載されていないから,引用例は,ポーラス金属の製造に当たり金属を溶融及び凝固させる方法として専ら鋳造法を採用していることが明らかであり,溶融及び凝固させる方法として鋳造法以外の方法が知られていたからといって,引用例に記載された発明が鋳造法に限定されないことになるものではない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
エ 小括
以上のとおり,引用例に記載された発明は,ポーラス金属を製造するに当たり金属を溶融及び凝固させる方法として専ら鋳造法を採用しているものと認められ,本件審決による引用発明の認定に誤りはない。
(2) 相違点3に係る判断の誤りについて
ア 技術分野,解決課題及び作用効果について
引用発明及び本件発明3は,いずれもポーラス金属の製造方法に関するもので,金属と共晶反応するガスの雰囲気下において当該金属を溶融し,当該ガスを溶かした後に冷却して凝固させるという方法を採用したものであるから,技術分野が同一であるといえる。
また,引用発明は,従来の多孔質材の製造方法が複雑であったという課題を解決するものであり,所望の形と大きさのポア(孔)を持つポーラス金属を,簡単な操作でポアの質を保ちながら高い生産性で製造できるという作用効果を有するというものである一方,本件発明3は,従来のポーラス金属が加工性や成形性などの点で満足な結果が得られていないという課題を解決するものであり,均一な大きさの酸素ガスの気泡によるポアを持つ,強度,加工性,成形性,切削性等に優れたポーラス銀を簡単に製造できるという作用効果を有するものであるから,引用発明及び本件発明3は,簡単な方法でポアの品質を保ったポーラス金属を製造しようとするものであるという点で,解決すべき課題及び作用効果に重複する部分があるといえる。
イ 引用例における動機付けの有無について
しかしながら,引用発明は,前記(1)ウ及びエに説示のとおり,ポーラス金属の製造に当たり金属を溶融及び凝固させる方法として専ら鋳造法を採用していることが明らかであって,引用例には,その他の方法,特に本件発明3の相違点3に係る構成である引き上げ法を採用することについては記載も示唆もない。
したがって,引用例には,引用発明の鋳造法に代えて,引き上げ法(本件発明3の相違点3に係る構成)を採用することについての動機付けがない。
ウ 引き上げ法に関する本件出願当時の他の文献の記載等について
(ア) 甲8は,「The Growth of Crystals from Liquids」(昭和48年(1973年)刊行)という文献であり,甲9は,「第4版実験化学講座16 無機化合物」(平成5年刊行)という文献であるところ,これらは,いずれも当該技術分野における一般的な文献であって,そこには,いずれも本件明細書にも記載されている引き上げ法(チョクラルスキー法)が単結晶材料を製造する方法として記載されているから,引き上げ法がチョクラルスキー法と称されており,かつ,それが単結晶材料の製造方法であることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であると認めることができる。
しかしながら,ポーラス金属は,その用途(前記1(1)ア参照)に照らし,通常は多結晶材料であることが当然に想定されており,あえて単結晶材料として製造されることが想定されていないから,上記文献には,ポーラス金属の製造に当たり,単結晶材料の製造方法である引き上げ法を採用することについては記載も示唆もないというほかない。
したがって,これらの文献は,ポーラス金属の製造に当たり引き上げ法を採用することが本件出願日当時の技術常識であることを裏付けるものではないし,引用発明の鋳造法に代えて,引き上げ法(本件発明3の相違点3に係る構成)を採用することを動機付けるものでもない。
また,本件証拠のうち審判手続でも提出されたその余の証拠にも,ポーラス金属を引き上げ法により製造することについては何ら記載も示唆もされていないから,これらの証拠も,ポーラス金属の製造に当たり引き上げ法を採用することが本件出願日当時の技術常識であることを裏付けるものではないし,引用発明の鋳造法に代えて,引き上げ法に係る構成を採用することを動機付けるものでもない。
(イ) 甲2の9は,「粒子安定化発泡金属の成型スラブの製造方法と装置」という名称の発明に関する公表特許公報(特表平6-507579。平成6年9月1日公表)であって,審判手続では提出されなかったものである。そして,甲2の9には,発泡金属のスラブを製造する方法において,液体発泡体を一対の移動ベルト間に支持し,上方に移動させながら固化すること,冷却フック部材により上方に引き出すこと及びローラーの間を上方に引き出すことが記載されており,これらの方法は,ポーラス金属を上方に引き上げながら製造するものといえなくもない。
しかしながら,甲2の9に記載の上記製造方法は,前記のチョクラルスキー法とも称される引き上げ法とは明らかに異なるものであるから,甲2の9は,ポーラス金属の製造に当たり引き上げ法を採用することが本件出願日当時の技術常識であることを裏付けるものではない。
(ウ) 以上のとおり,引き上げ法がチョクラルスキー法と称されており,かつ,それが単結晶材料の製造方法であることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であると認められるものの,本件証拠のうち審判手続でも提出されたものの中には,引用発明の鋳造法に代えて,通常は多結晶材料であることが当然に想定されるポーラス金属の製造に当たり単結晶材料の製造方法である引き上げ法を採用することを動機付けるものはないし,上記以外の証拠を併せて考慮しても,ポーラス金属の製造に当たり引き上げ法を採用することが本件出願日当時の技術常識であるとは認められない。
エ 原告の主張について
(ア) 原告は,同じ金属の溶融及び凝固であるから,当業者が,ポーラスでない金属の溶融及び凝固に適用される引き上げ法をポーラス金属の製造に適用することを動機付けられると主張する。
しかしながら,前記ウ(ア)に認定のとおり,引き上げ法が単結晶材料の製造方法であることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であると認められるものの,ポーラス金属は,通常は多結晶材料であることが当然に想定されており,あえて単結晶材料として製造されることが想定されていないから,当業者は,当該技術常識に基づいて,ポーラス金属の製造に当たり単結晶材料の製造方法である引き上げ法を採用することを動機付けられるものではない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(イ) 原告は,引き上げ方向に対する断面積が容易に調整可能であり,また,引き上げ速度等を調製することも容易であるから,引き上げ法によってもポーラス金属の生成が困難であるとは認識されないと主張する。
しかしながら,前記ウ(ウ)に説示のとおり,本件証拠のうち審判手続でも提出されたものの中には,引用発明の鋳造法に代えて,ポーラス金属の製造に当たり引き上げ法を採用することを動機付けるものはないばかりか,上記以外の証拠を併せて考慮しても,ポーラス金属の製造に当たり引き上げ法を採用することが本件出願日当時の技術常識であるとは認められない以上,引き上げ法によりポーラス金属の生成が困難ではないとしても,そのことから,引用発明の鋳造法に代えて,本件発明3の相違点3に係る構成を採用することが動機付けられるものではない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(ウ) 原告は,甲2の9から,ポーラス金属を引き上げ法により固化することが当業者に明らかであったと主張する。
しかしながら,前記ウ(イ)に説示のとおり,甲2の9に記載の方法は,前記のチョクラルスキー法とも称される引き上げ法とは明らかに異なるものであるから,原告の上記主張は,前提を欠くものである。
(エ) 原告は,本件発明3の引き上げ法の採用による顕著な作用効果が示されておらず,引き上げ方法の採用が公知の種々の方法の中からの単なる選択にすぎないと主張する。
そこで検討すると,本件明細書には,前記1(1)キに記載のとおり,本件発明3の作用効果として,それが簡便な製造方法であると記載されているにとどまり,作用効果が顕著であると認めるに足りる記載はない。しかしながら,前記イ及びウに説示のとおり,引用例及びその他の文献には,引用発明の鋳造法に代えて,本件発明3の相違点3に係る構成を採用することについての動機付けがない以上,本件明細書における作用効果の顕著性に関する記載が具体性を欠き,かつ,引き上げ方法が公知であったからといって,当業者が当該構成を容易に採用することができたとはいえない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
オ 小括
以上によれば,引用例に接した当業者は,引用発明に基づき,引用発明の鋳造法に代えて,本件発明3の相違点3に係る構成である引き上げ法を採用することを容易に想到することができなかったものというべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由2(相違点4の容易想到性に係る判断の誤り)について
(1) 技術分野,解決課題及び作用効果について
引用発明及び本件発明4は,いずれもポーラス金属の製造方法に関するもので,金属と共晶反応するガスの雰囲気下において当該金属を溶融し,当該ガスを溶かした後に冷却して凝固させるという方法を採用したものであるから,技術分野が同一であるといえる。
また,引用発明は,従来の多孔質材の製造方法が複雑であったという課題を解決するものであり,所望の形と大きさのポア(孔)を持つポーラス金属を,簡単な操作でポアの質を保ちながら高い生産性で製造できるという作用効果を有するというものである一方,本件発明4は,従来のポーラス金属が加工性や成形性などの点で満足な結果が得られていないという課題を解決するものであり,均一な大きさの酸素ガスの気泡によるポアを持つ,強度,加工性,成形性,切削性等に優れたポーラス銀を製造できるという作用効果を有し,その際,ポアの制御が容易になるという作用効果も有するものであるから,ポアの品質を保ち,その形と大きさを制御してポーラス金属を製造しようとするものであるという点で,解決すべき課題及び作用効果に重複する部分があるといえる。
(2) 引用例における動機付けの有無について
引用発明は,水素又は他のガス雰囲気下で,銅,鉄,マグネシウム,ニッケル等の基材材料を溶融した後,凝固させるものであり,前記2(1)イに記載のとおり,金属-ガス共晶反応によりポーラス金属を製造するというものであるほか,引用例には,前記2(1)ア(カ)に記載のとおり,雰囲気となるガスについて,純粋な水素又は水素を含む混合物であって,水素は,いろいろな溶融材料に高い溶解度を持つので望ましいが,他のガスを使用してもよく,水素ガスを基にした混合物を与えることができ,混合物の他のガスは,原材料と反応して得られる材料又は製品の望む質を与えるとの記載がある。すなわち,引用例に記載された雰囲気を構成するガスは,いずれも溶融及び凝固される金属と反応を起こすものであることが想定されているといえる。
このように,引用例は,上記のとおり,雰囲気を構成するガスがいずれも金属と反応を起こすものであることを想定しており,金属と反応しないものであることを想定していないから,酸素ガスが銀に対して高い溶融度を示す(甲4。「Metals Handbook 1948 Edition」昭和23年(1948年)刊行)としても,引用例には,雰囲気として酸素ガスと不活性ガスとの混合ガスを採用することについては記載も示唆もないというほかない。
したがって,引用例には,引用発明に基づき,本件発明4の相違点4に係る構成のうち,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用する部分についての動機付けがない。
(3) 雰囲気の組成に関する本件出願当時の他の文献の記載等について
甲3は,「酸素を含む溶融銀及び酸素と硫黄を含む溶融銅の凝固過程における気孔形成に関する研究」という学術論文(昭和53年(1978年)6月19日刊行)であり,そこには,酸素及びアルゴンガス(不活性ガス)の雰囲気下で,アルゴンガスにより圧力を調節した場合に銀に気孔(ポア)が生じることについての記載がある。したがって,甲3には,本件発明4の相違点4に係る構成のうち,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用する部分についての記載があるといえる。
しかしながら,ポーラス金属を製造するに当たり,金属と反応を起こす気体と不活性ガスとの混合雰囲気を採用することについては,他のいずれの証拠にも記載も示唆もないから,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用することは,本件出願日当時において,当業者の技術常識であったとは認められない。また,甲3は,審判手続においては引用発明と組み合わせるべき発明が記載された証拠として提出されたものではないから,引用発明に甲3に記載の内容を適用して相違点4の容易想到性を判断することはできない。
(4) 本件発明4の容易想到性について
前記(2)に説示のとおり,引用発明は,雰囲気を構成するガスが金属と反応を起こすものであることを想定しているものであり,ポーラス金属を製造するに当たり,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用することが当業者の技術常識であったとは認められない以上,当業者は,引用発明に基づき,本件発明4の相違点4に係る構成のうち,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用することを容易に想到することができたとは認められない。
なお,引用発明は,金属-ガス共晶反応によりポーラス金属を製造するというものであるほか,上記のとおり,雰囲気を構成するガスが金属と反応を起こすものであることを想定しているところ,金属-ガス共晶反応を示すものとして銀-酸素系が存在し,かつ,酸素ガスが銀に対して高い溶解度を示すことは,古くから知られていた(甲4)。したがって,引用例には,雰囲気として引用発明の「水素又は他のガス」にいう「他のガス」として,あるいは水素を基にした混合ガスに代えて,酸素ガスを採用し,併せて基材材料として銅,鉄,マグネシウム,ニッケル等に代えて銀を採用することについて示唆ないし動機付けがあり,引用例に接した当業者は,引用発明に基づき,基材材料として銀を,雰囲気として酸素を採用することを容易に想到することができたということはできる。
しかしながら,上記のとおり,ポーラス金属を製造するに当たり,金属と反応を起こす気体と不活性ガスとの混合雰囲気を採用することは,当業者の技術常識とは認められないから,当業者は,引用発明に基づく限り,雰囲気として酸素ガスに加えて,不活性ガスを混合する構成を採用することを容易に想到できたとは認められない。
(5) 原告の主張について
ア 原告は,引用例の請求項1では「ガス」とされているものが,請求項3に至ってはじめて「水素ガス」と限定されているから,引用例が水素ガス以外のガスの使用を示唆していると主張する。
しかしながら,引用例は,前記(2)に説示のとおり,雰囲気を構成するガスが金属と反応を起こすものであることを想定しており,金属と反応しないものであることを想定していないから,本件発明4の相違点4に係る構成のうち,雰囲気として酸素ガスに加えて,不活性ガスとの混合ガスを採用する部分については動機付けがないというほかない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
イ 原告は,本件明細書が本件発明4の優れた作用効果を示していないと主張する
しかしながら,本件発明4の作用効果を論ずるまでもなく,前記(4)に説示のとおり,当業者は,引用発明に基づき,本件発明4の相違点4に係る構成のうち,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用することを容易に想到することができたとは認められない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(6) 小括
以上によれば,当業者は,引用発明に基づき,本件発明4の相違点4に係る構成のうち,酸素ガスと不活性ガスとの混合雰囲気を採用することを容易に想到することができたとは認められず,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
4 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)