知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10208号 判決 2013年2月28日
原告
オプテックス株式会社
訴訟代理人弁護士
上原健嗣
上原理子
弁理士
倉内義朗
宇治美知子
池村正幸
被告
ホーチキ株式会社
訴訟代理人弁護士
大野聖二
弁理士
鈴木守
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が無効2011-800134号事件について平成24年5月8日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,進歩性である。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「人体検出器」とする特許第2562271号(平成1年4月27日実用新案出願〔実願平1-49873号〕,平成5年7月8日特許出願に変更〔特願平5-168770号〕平成8年9月19日設定登録,特許公報は甲1,請求項の数1)の特許権者である。
原告は,平成23年7月29日,本件特許につき無効審判を請求した(無効2011-800134号)。その中で,被告は,平成23年12月9日付けで特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求をしたところ(甲20),特許庁は,平成24年5月8日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は同年5月16日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
【平成23年12月9日付訂正後の請求項1】(本件発明)
「受信機とループ接続され,侵入者と判断した際には発報出力を行い,一定時間発報表示灯を点灯させ,且つ前記ループ接続を開放させる信号処理回路を備えた人体検出器に於いて,
前記発報出力を受けて所定時間のあいだ遅延し,該遅延時間経過後の遅延出力により動作確認のための動作確認表示灯を継続して点灯または点滅させる制御手段を設けたことを特徴とする人体検出器。」
(下線部は訂正部分)
3 原告主張の無効理由
(1) 無効理由1
本件発明は,WONDERX SX-20C<施行説明書>(甲4)及び米国特許第4797657号明細書(甲3),さらにワイヤレス・セキュリティシステム中継器NW-1FJのカタログ(甲5の1),ワイヤレス・セキュリティシステムのカタログ(甲5の2),ワイヤレス・セキュリティシステム総合取扱説明書(甲5の3)及び特開昭57-17541号公報(甲6)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。
(2) 無効理由2
本件発明は,甲3及び4,さらに甲5の1~3及び甲6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。
4 審決の理由の要点
(1) 無効理由1について
① 甲4には,実質的に以下の発明(甲4発明)が記載されていることが認められる。(なお,審決は,甲4が本件出願の原出願前における頒布物であると認定しているが,この点は本件訴訟の争点ではない。)
「受信器に対して1系統の警戒ループに2台以上接続して利用する場合にN.C.を利用し,侵入者と判断した際には警報出力を行い,一定時間警報表示灯LEDを点灯させ,かつ,ループ接続を開放する人体からの熱エネルギーを感じて動作するディテクタにおいて,警備解除後に,警備中にメモリーされたディテクタの警報表示灯LEDを連続点灯させるディテクタ。」
② 甲3には,実質的に以下の発明(甲3発明)が記載されていることが認められる。
「遠隔受信機114又は集中受信機と無線により接続され,侵入を探知次第に無線信号の送信を行う侵入探知器100において,
侵入者の挙動の探知から特定の遅延時間後にストロボ灯110を含めた表示灯の作動及び聴覚警報手段106による聴覚警報を行い,ストロボ灯110は航空機の窓を通して視認できるように点滅させるとともに,前記特定の遅延時間は,保安要員が警報状態の開始前に旅客機を退出できるようにすること又は旅客機に入り直したときに警報表示の疑似表示を避けるために侵入探知器100を無作動化することを目的として設けられた侵入探知器100。」
③ 本件発明と甲4発明の一致点と相違点は次のとおりである。
【一致点】
「受信機とループ接続され,侵入者と判断した際には発報出力を行い,一定時間発報表示灯を点灯させ,且つループ接続を開放させる信号処理回路を備えた人体検出器に於いて,動作確認のための動作確認表示灯を継続して点灯または点滅させる制御手段を設けた人体検出器。」
【相違点】
人体検出器の制御手段が,本件発明では,「発報出力を受けて所定時間の間遅延し,該遅延時間経過後の遅延出力により,動作確認のための動作確認灯を継続して点灯または点滅させる」のに対して,甲4発明では,警備解除後に警備中にメモリーされたディテクタの警報表示灯LEDを連続点灯させる(動作確認のための表示灯〔発報表示灯を兼用する動作確認表示灯〕を継続して点灯させる)点。
④ 以下の理由により,本件発明は,甲4発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
まず,甲4には,複数の部屋を同時に監視して侵入者を探知し,警報を発する警報装置において,現場確認のために警備解除を行うことにより複数の部屋が短時間の間であっても無警戒状態になることを防止するというセキュリティ上の課題について何ら記載されておらず,さらに,同警報装置の分野において,本件発明の原出願時において上記セキュリティ上の課題が自明の課題であったものとも認められない。
また,甲3には,「本発明は,非常に少数の許可された保安要員のみが侵入探知器100を装備化,装備解除でき,また適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できるような侵入探知器100を適用することに関する。」(訳文〔甲3の2〕3頁22行~4頁1行)と記載されているが,そのためのストロボ灯等の作動のための遅延時間は,保安要員が警報状態の開始前に旅客機を退出できるようにすること又は旅客機に入り直したときに警報表示の疑似表示を避けるために侵入探知器を無作動化することを目的として設けられたもので,いわば,正当な保安要員に対して侵入探知器が作動しないようにするために設けられたものであって,必要な現場確認の際に侵入探知後の遅延時間の間に,侵入探知器に近づいて装備解除することになり,結局警備を解除するものである。この場合には,上記遅延時間の間,侵入探知器の警報が作動しない状態になることは避けられないし,この旅客機の侵入探知器の警備を解除しても,他の旅客機の警備を解除するものではないので,そもそも複数の監視対象を前提としたセキュリティ上の問題は存在しないものである。
また,どの航空機が危うくされたかは,集中受信機への無線信号や窓から視認できるストロボ灯により判別することができる(訳文〔甲3の2〕12頁21行~13頁16行)構成とされている。そうすると,どの航空機が危うくされたのかを確認(動作確認)するために,現場の航空機の中のストロボ灯まで近寄って確認しようとする動機付けは生じない。
一方,甲3には,「侵入者の挙動の探知から特定の遅延時間後にストロボ灯110を含めた表示灯を点滅させる侵入探知器」という構成が記載されており,甲3には,「侵入者の探知時からの遅延時間を計測するためのトリガとなる出力」が存在するのは明らかであって,これは本件発明の「発報出力」に相当する。そして,ストロボ灯の点滅は継続して行われるものであって,甲3の「ストロボ灯を含めた表示灯」,「侵入探知器」は,本件発明の「発報表示灯と動作確認のための動作確認表示灯(を兼ねた表示灯)」,「人体検出器」にそれぞれ相当するものともいえるから,甲3には,「発報出力を受けて所定時間遅延し,該遅延時間経過後の遅延出力により動作確認のための動作確認表示灯を継続して点滅させる人体検出器」が開示されているとも認められる。
しかしながら,甲4のものと甲3のものは,侵入探知器である点では共通するものの,上述したように,甲4にも,甲3にも,現場確認のために警備解除を行うことにより複数の部屋が短時間であっても無警戒状態になることを防止するというセキュリティ上の課題についてはなんら記載されておらず,甲3のものでは,航空機内に立ち入ってストロボ灯の作動状態を確認しようとはしないものであるから,甲4に記載された発明に,甲3に記載された発明を適用しようとする動機付けが乏しいと言わざるを得ない。その上,甲3では,上記したように遅延時間の間,侵入探知器の警報が作動しない状態になるのは避けられない構成であるから,本件発明の課題に結びつくものでもない。
よって,本件発明は,甲4に記載された発明,及び,甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また,甲5の3には,「外出警戒体制において,人体をセンサで検知すると,受信表示灯が継続点灯し,タイマ設定時間たった後にアラーム音がなるものであり,帰宅時にはタイマ設定時間内にリセットすることによりアラーム音がなるのを回避できるレシーブステーション RS-1FJ。」が開示されていると認められる。ここで,受信表示灯は人体の検出時に遅延せずに作動することは,原告の提出したワイヤレス・セキュリティシステム(公用物件3)の動作説明などを収録したDVD(甲15)に示されている。してみれば,レシーブステーション RS-1FJは,受信機であるとともに,人体を検出してから遅延時間後に受信表示灯を作動させるものではなく,帰宅時にアラーム音(警報)を回避できるように遅延時間を設けたものである。
次に,甲6には,「装置が”遅延”態様であれば,人体を感知すると,発光ダイオードD3は直ちに入り,遅延時間後に圧電ホーンが鳴るもので,この遅延時間は正当な人が圧電ホーンが鳴らないようにするために設けられた予侵入検出・警報器。」が開示されていると認められる。してみれば,甲6は,発光ダイオード(表示灯)を人体を感知してから遅延時間後に作動させるものではない。
そして,本件発明は,現場確認に向かう前に動作して侵入者検出を行った検出器の確認を,警備解除をして複数の部屋が短時間であっても無警戒状態になることなく行えるという格別の作用効果を奏するものであって,この作用効果は,甲4に記載された発明,甲3に記載された発明,甲5の3に開示された事項,甲6に開示された事項のそれぞれが奏する作用効果から予測されるものでもない。
したがって,本件発明は,甲4に記載された発明,甲3に記載された発明,甲5の3に開示された事項,及び,甲6に開示された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
(2) 無効理由2について
① 本件発明と甲3発明の一致点と相違点は,以下のとおりである。
【一致点】
「受信機と接続され,侵入者と判断した際には,発報出力を行う人体検出器に於いて,
前記発報出力を受けて所定時間のあいだ遅延し,該遅延時間経過後の遅延出力により動作確認のための動作確認表示灯を継続して点灯または点滅させる制御手段を設けた人体検出器」
【相違点1】
人体検出器と受信機との接続が,本件発明では,「ループ接続」であるのに対して,甲3発明では,「無線」による接続である点。
【相違点2】
本件発明では,侵入者と判断した際には,「一定時間発報表示灯を点灯させ,且つループ接続を開放させる信号処理回路を備えた」人体検出器であるのに対して,甲3発明では,侵入者と判断した際には,侵入探知器(人体検出器)の表示灯(発報表示灯)を点灯させるものではなく,ループ接続を開放するものでもない点。
② 相違点1について
甲3の侵入探知器は,「完全に自足的な搬送型」のものであり,旅客機毎に配置される侵入探知器を受信機とループ接続する構成とすることは不可能である。もし,有線によってループ接続してしまえば,旅客機が離陸することもできない。
③ 相違点2について
甲3においては,旅客機毎に配置された侵入探知器を受信機とループ接続する構成とすることは,事実上あり得ないから,甲4に開示された「侵入者と判断したときに,一定時間発報表示灯を点灯させ,且つ,ループ接続を開放させる信号処理回路を備えた人体検出器」を適用することは,不可能である。
④ よって,本件発明は,甲3発明及び甲4に開示された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。さらに,甲3発明に甲5の3及び甲6に開示された事項を適用することによっても,相違点1及び相違点2に係る本件発明の構成とすることは,当業者が容易になし得たとすることはできない。そして,本件発明は,現場確認に向かう前に動作して侵入者検出を行った検出器の確認を,警備解除をして複数の部屋が無警戒状態になることなく行えるという格別の作用効果を奏するものであって,この作用効果は,甲3発明,甲4に開示された事項,甲5の3に開示された事項,甲6に開示された事項のそれぞれが奏する作用効果から予測されるものでもない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(無効理由1に関し,甲4における「セキュリティ上の課題」の判断の誤り)
審決は,「甲第4号証には,複数の部屋を同時に監視して侵入者を探知し,警報を発する警報装置において,現場確認のために警備解除を行うことにより複数の部屋が短時間であっても無警戒状態になることを防止するというセキュリティ上の課題について何ら記載されておらず,さらに,同警報装置の分野において,本件特許発明の原出願時において上記セキュリティ上の課題が自明の課題であったものとも認められない。」(18頁9行~14行)と認定した。
甲4は,商品として販売されたものの取扱説明書であるから,文書の性質上,販売商品に上記のセキュリティ上の課題が残っていることについて記載するものではない。したがって,審決が指摘するとおり,甲4には上記課題は記載されていない。しかしながら,かかる商品を取り扱う当業者であれば,甲4に記載された説明内容を読めば,巡回して現場確認を終了するための一定時間,複数の監視区域のディテクタによる警戒状態が解消されるというセキュリティ上の問題があることを容易に認識することができる。すなわち,上記の確認に当たっては,受信機の警戒スイッチを操作して警戒を解除しなければならないから,セキュリティを確保するための装置・システムであるにもかかわらず,現場確認のために警戒を解除することにより,警備員が警戒区域全域のディテクタを確認して回るための一定時間,ディテクタによる警戒状態が解消されるというセキュリティ上の問題が残っていることを容易に看取することができるのである。
具体的には,例えば,警備員が現場に駆けつけて現場確認のために警戒を解除したときに,まだ不法侵入者が建物内に存在していた場合には,警戒解除時から逃走するまでの間に不法侵入者が通過したエリアのディテクタはアラームメモリーによる点灯ができないため,警戒解除後に物色したエリアや通過したエリアを確認することができない。したがって,仮に,警備エリアが大規模な建物であり,不法侵入者の目的が有体物ではなくデータや情報等の入手にあった場合には,果たして,その情報等が存するエリアに侵入されたか否かも不明となり,情報が漏洩したか否かも確認することができないことになる。また,不法侵入者が情報入手のために盗聴器を仕掛けることなどは常套手段の1つであるが,警備員が駆けつけて警備を解除した後,不法侵入者が会議室や研究室等の然るべき場所に盗聴器を設置した上で逃走した場合には,当該エリアに侵入されたという事実すら把握することができない。
僅かな時間であれ,警戒スイッチを切って無警戒状態を作出するような事態の発生を極力回避することが望ましいことは,当業者にとって自明である。本件明細書の段落【0026】【発明の効果】にも,「また従来のように磁気反転式の表示器を使った場合のように受信機側で電源遮断してから現場確認することが不要であることから,現場確認のために無警戒状態になってしまうことを防止でき」ると記載されている。
他方,甲3にも,「本発明は,非常に少数の許可された保安要員のみが侵入探知器100を装備化,装備解除でき,また適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できるような侵入探知器100を適応させることに関する。」(訳文〔甲3の2〕3頁22行~4頁1行)と記載されており,無警戒状態を作出しない侵入検知器の技術内容が開示されている。すなわち,甲3には,「本発明は,非常に少数の許可された保安要員のみが侵入探知器100を装備化,装備解除でき,また適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できるような侵入探知器100を適応させること」と記載されているように,視覚警報等の警報状態の作動を侵入時の発報から遅延させて行う構成とすることにより,保安員が不法侵入の有無の確認をするために順次複数の航空機に立ち入ったときに,自らの侵入と同時に警報状態が作動することはないので,ストロボ灯の点滅等の警報作動を「遅延」させることにより自らの立入りを表示させることなく,適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近でき,どの航空機に不法侵入があったかを容易に確認することができることが開示されている。このような記載に照らしても,警報装置の分野において,本件発明の原出願時において前記セキュリティ上の課題が当業者にとっては自明の課題であったことが推認されるのであるから,甲4のディテクタについて,侵入探知警報を切ったりすることなく,すなわち,無警戒状態を生じさせることなく,遅延時間経過後に警報手段を作動させる甲3発明の構成を組み合わせる強い動機付けが存在するのであって,審決は,この点について判断を誤ったものである。
2 取消事由2(無効理由1に関し,甲3における「遅延時間」の技術的意義の判断の誤り)
審決は,「甲3には,『本発明は,非常に少数の許可された保安要員のみが侵入探知器100を装備化,装備解除でき,また適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できるような侵入探知器100を適応させることに関する。』(訳文〔甲3の2〕3頁22行~25行,4頁1行)と記載されているが,そのためのストロボ灯等の作動のための遅延時間は,保安要員が警報状態の開始前に旅客機を退出できるようにすること又は旅客機に入り直したときに警報表示の疑似表示を避けるために侵入探知器を無作動化することを目的として設けられたもので,いわば,正当な保安要員に対して侵入探知機が作動しないようにするために設けられたものであって,必要な現場確認の際に侵入探知後の遅延時間の間に,侵入探知機に近づいて装備解除することになり,結局警備を解除するものである。この場合には,上記遅延時間の間,侵入探知機の警報が作動しない状態になることは避けられないし,この旅客機の侵入探知機の警備を解除しても,他の旅客機の警備を解除するものではないので,そもそも複数の監視対象を前提としたセキュリティ上の問題は存在しないものである。」(18頁14行~28行)と認定した。
甲3発明は,警報の出力を所定時間遅延させる構成であることから,正当な保安要員が警報にかからないようにするために,当該遅延時間中に所定のコード入力などを行えば,人体を検出したこと自体がなかったものと扱われて,侵入探知器の警報は作動しない。
しかし,実際に侵入者を検出した場合のように,当該遅延時間中に所定のコード入力などが行われなければ,当該遅延時間後に警報が行われることに変わりはない。つまり,防犯装置である人体検出器に関する甲3発明の基本動作は,本件発明と同様に,あくまでも侵入者を検出したと判断してから所定時間後に警報を行うということであって,その基本動作に,正当な人の場合という条件下でのみ適用され得るような異なる動作(警報解除)が付加されているにすぎない。甲3発明において設定されている遅延時間は,センサによって侵入者が検出されたときに,警報が作動開始するまでの時間を設定した遅延時間であると同時に,正当な保安要員が検出されたときに,警報が作動しないように解除するために与えられた遅延時間でもあるのである。このように,甲3発明の遅延時間には2つの役割があることが明確であるにも関わらず,センサによって正当な保安要員が検出された場合の役割しか有しないような認定は誤りである。
また,審決の認定のとおり,保安要員が「必要な現場確認の際に侵入探知後の遅延時間の間に,侵入探知器に近づいて装備解除することになり」,一旦「警備を解除する」ことは確かであるが,その場合,保安要員は警備解除後に再び所定のコードを入力して侵入探知器を装備化させて機外に退出することが予定されているのである。審決は,「上記遅延時間の間,侵入探知器の警報が作動しない状態になることは避けられないし」と認定しているが,そもそも,甲3発明は,適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できるように,意図的に「上記遅延時間の間,侵入探知機の警報が作動しない状態になること」としたものであり,甲3には,複数の監視対象のうちの一機についての警備に関して「適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できる」ことが解決するべき課題の一つとして記載されていたのである。侵入探知警報を切らずに侵入探知器100へ接近できるがゆえに,駐機中の複数の航空機において装備化された各個の侵入探知器から1つの集中受信機への信号送信が無線で接続されている警備システムにおいて,複数の航空機が短時間であっても同時に無警戒状態になることはなく,セキュリテイ上の問題が生じないということが明快になっている。
甲3の「別の好ましい実施例」として記載されているところによれば,遅延時間の間も警備中であることには相違ないので,侵入を探知した都度,侵入探知器の警報は作動しないものの,侵入探知無線信号は発信されて受信機で受信しているのであり,当該航空機の警備を行っていることには相違ない。この点,「上記遅延時間の間,侵入探知器の警報が作動しない状態になることは避けられないし」とする審決の認定は,その認定の趣旨が不明瞭である。
3 取消事由3(無効理由1に関し,甲3における「遅延時間」の設定の判断の誤り)
審決は,「原告が主張するように,不法侵入者がストロボ灯110を不透明材でカバーしたり,アンテナ113を接地して,侵入探知器を破壊または使用不能にすることがあり得るとしても,遅延時間が出口から侵入探知器へ近づくのに必要な時間に近い値に設定されると,不法侵入者には侵入探知器の作動を実質的に妨害する時間が与えられないから,集中受信機への無線信号や窓から視認できるストロボ灯によりどの航空機が危うくされたかを判別できるものと認められる。そうすると,どの航空機が危うくされたのかを確認(動作確認)するために,現場の航空機の中のストロボ灯まで近寄って確認しようとする動機付けは生じない。」(18頁33行~19頁5行)とした。
しかし,侵入探知器の作動を実質的に妨害する方法として,例えば,不法侵入者がストロボ灯110を不透明材でカバーするというような単純な妨害工作を行う場合には,その工作に要する時間は,通常,正当な保安要員が侵入探知器100を装備解除するのに要する時間とほぼ同じであるか,むしろより短い時間で十分であると推測される。したがって,仮に,審決の認定のように,不法侵入者にこのような妨害行為をする時間を与えないために,遅延時間を出口から侵入探知器へ近づくのに必要な時間に近い値に設定するとするならば,正当な保安要員が侵入探知器100を装備解除するのに必要な時間さえも確保されないことになるから,これは現実的な時間設定ではあり得ない。換言すれば,仮に,保安要員が出口から侵入探知器へ近づくのに必要な時間と侵入探知器を装備解除するのに必要な時間に近い値に遅延時間を設定したとしても,その間に,不法侵入者が侵入探知器の作動を実質的に妨害することは充分に可能であるから,必ずしも,集中受信機への無線信号や窓から視認できるストロボ灯によりどの航空機が危うくされたかを判別できるわけではない。したがって,「どの航空機が危うくされたのかを確認(動作確認)するために,現場の航空機の中のストロボ灯まで近寄って確認しようとする動機付け」が生じるのである。
審決の上記判断は,ストロボ灯110を不透明材でカバーするという単純な妨害工作に要する時間と,侵入探知器100を装備解除するのに要する時間との長短関係を全く念頭に置かず,非現実的な時間設定から誤った結論を導いているものであり,誤りである。
4 取消事由4(無効理由1,2に関し,「本件発明の作用効果」の判断の誤り)
審決は,「本件発明は,現場確認に向かう前に動作して侵入者検出を行った検出器の確認を,警備解除をして複数の部屋が無警戒状態になることなく行えるという,格別の作用効果を奏するものであって,この作用効果は,甲4発明,甲3発明,甲5の3に開示された事項,甲6に開示された事項のそれぞれが奏する作用効果から予測されるものでない。」(20頁8行~13行)とし,また,「本件発明は,現場確認に向かう前に動作して侵入者検出を行った検出器の確認を,警備解除をして複数の部屋が無警戒状態になることなく行えるという,格別の作用効果を奏するものであって,この作用効果は,甲3発明,甲4に記載された事項,甲5の3に開示された事項,甲6に開示された事項のそれぞれが奏する作用効果から予測されるものでない。」(22頁10行~15行)とした。
甲4にはループ接続による複数の人体検出器の接続とこれらを管理する受信機の関係が記載されており,最初に動作して侵入検出を行った人体検出器,すなわち,警備員の駆けつけによる動作の前に侵入者の侵入により動作した人体検出器を容易に確認する作用効果が明確化されている。
ところで,「警戒を解除する」という用語が使用される場合,その意味については,必ずしも一義的に確定できるものではない。すなわち,警備装置において,「警戒を解除する」という用語が使用される場合の意味は,警戒対象となる建物に設置されている人体検出器の電源を遮断して侵入検出自体をしない場合を意味することもあるが,人体検出器の電源を遮断しないで侵入検出はさせるが,その異常信号を警備会社に伝達しない設定にすることを意味する場合も多い。甲4発明において「警備を解除する」とは,「人体検出器が作動してループ回路を開放した異常信号を警備会社に伝達しない設定にする」ことであり,警戒解除を行った場合でも人体検出器へは電源供給されているので,当然,人体検出器自体は侵入検出をしており,その意味では警戒状態を維持しているものである(ただし,当該検出については,表示灯が継続点灯することはない。)。
甲4発明においては,警備員が駆け付けて侵入者検出を行った人体検出器を確認するために,受信機を操作して警備解除を行い,人体検出器に確認信号を手動で伝達する。侵入者の検出により動作したすべての人体検出器は,これらの信号に反応して表示灯を点灯させ続ける。これにより,警備解除後に見回る警備員が警戒エリアに進入し表示灯が点灯してしまうこととの区別表示が可能となり,表示灯の確認により警備員自身の検出による表示灯の点灯であるのか,もともと最初の侵入者を検出したことによる表示点灯であるのか判別できるものである(警備員が警戒エリアに進入した場合,先に侵入者の侵入検出がされていた場合には,表示灯は点灯し続けるが,侵入者の侵入検出がなかった場合は,警備員の検出により表示灯が一時的に点灯した後,消灯する。)
これに対し,甲3発明においては,1つの受信機が無線により接続されている複数の人体検出器のうちのいずれかが侵入検出を行った信号を受信し,警備員がどの航空機が侵入されたかを確認するために航空機内に立ち入った場合,警戒を解除せずに人体検出器に接近することができるのである(4欄38行~43行,訳文〔甲3の2〕3頁24行,25行)。甲3発明においては,表示灯は進入/侵入者を検出しても即時には点灯せず,進入/侵入者検出後一定時間の遅延経過後に点灯することで,航空機内に駆けつけた警備員は,表示灯を確認することにより,警備員の前に侵入者があったか否かを確認することができるのである。
以上のことからして,本件発明の作用効果は,甲4発明に甲3発明を組み合わせることにより生じたものであるが,防犯業界に身を置くものであれば,十二分に想定できる組み合わせにすぎず,本件発明はそれぞれの先行技術から容易に想到することができるものである。
5 取消事由5(無効理由2に関し,甲3における「ループ接続」の判断の誤り)
訂正後の本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
A 受信機とループ接続され,侵入者と判断した際には発報出力を行い,一定時間発報表示灯を点灯させ,且つ前記ループ接続を開放させる信号処理回路を備えた人体検出器に於いて,(下線部は,訂正された部分)
B 前記発報出力を受けて所定時間のあいだ遅延し,該遅延時間経過後の遅延出力により動作確認のための動作確認表示灯を継続して点灯または点滅させる制御手段を設けたことを特徴とする人体検出器
訂正請求によって追加された「受信機とループ接続され,」および「且つ前記ループ接続を開放させ」ることは,1台の受信機と複数の人体検出器とを接続する際に当業者がよく用いられる次のような接続形態の一つにすぎない。
・有線式スター接続1
(受信機側には人体検出器毎に別系統の端子あり)
・有線式スター接続2
(受信機側は1系統のみ,人体検出器側は Normally Open)
・無線式スター接続1
(人体検出器毎に固有の無線信号を受信機側へ送信)
・無線式スター接続2
(すべての人体検出器が共通する無線信号を受信機側へ送信)
これらの各種接続形態は,本件発明の訂正請求で構成要件Aに追加された有線式の「ループ接続」とともに,設置場所,検出対象,人体検出器や受信機に許容されるコストなどによって当業者が適宜使い分けるものであって,単なる設計事項に過ぎない。とりわけ,有線式ループ接続はもっとも一般的なものである。
構成要件Aを訂正前後で比較すると,従来技術に該当する構成要件Aを実現するための様々な実施形態から,明細書および図面に具体的に記載されていた実施例に限定するために,当業者にとっては単なる設計事項である限定を追加したにすぎないことがわかる。また,訂正請求の前後で,明細書に記載されている本件発明の課題,目的及び作用効果は全く同一である。これらは,訂正請求で構成要件Aに追加された有線式の「ループ接続」を伴う構成にのみ特有のものではなく,上記の他の各種接続形態にも概ね共通する。そうすると,訂正請求によって接続形態を限定したことで,それに特有の課題が生じたとか,そのような特有の課題を本件発明が解決するということにはなっていない。
このように,審決の認定した【相違点1】と【相違点2】のうちで「ループ接続を開放するものでもない点」とは,具体的に適用された接続形態の差違にすぎないのであり,1台の受信機と複数の人体検出器とを接続する技術である点で共通することは明らかである。
また,航空機用の侵入探知器の技術を建物用の侵入探知器に応用する場合には,設置場所の条件や制約あるいは重要性などを考慮しながら適宜アレンジすることなどは当業者の日常的な創作活動の一つである。このような事情を念頭に置かず,甲3発明の構成の適用を不可能とした判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
そもそも,甲4発明は,原告が実際に販売した製品であるところ,セキュリティ上の課題があれば,販売されるはずはない。甲4発明に,当業者に自明のセキュリティ上の課題があったという原告の主張は失当である。
また,甲4発明において警備解除した場合に無警戒状態になると主張しているが,甲4の2頁の「2)動作タイムチャート」の備考欄に「警報出力は常時通常動作します」と記載されているとおり,警報出力は行われるのであるから,ディテクタが動作しなくなるわけではない。
さらに,原告は,本件明細書の段落【0026】【発明の効果】に無警戒状態を防止することが記載されていると主張しているが,これは本件発明の効果である。このような効果を目指したのは本件発明者であり,これをもって自明の課題があったと主張するのは,原告の主張が本件発明を見ての後知恵であるからである。
加えて,原告は,甲3発明には,適切な侵入探知警報を切らずに侵入探知器へ接近できる発明が記載されており,これは上記のセキュリティ上の課題に配慮した構成であるから,上記のセキュリティ上の課題は当業者にとっては自明であったことが推認されると主張している。しかし,甲3発明の侵入探知器は受信機とループ接続されるものではなく,審決が判断するとおり,侵入探知器の警備を解除しても,他の旅客機の警備を解除するものではないので,そもそも複数の監視対象を前提としたセキュリティ上の問題は存在しない。また,甲3に,「遠隔探知器114の通報動作を利用する保安要員は,機体の窓62を通して点滅して見えるストロボ110の光によってどの航空機が警報状態になったかことを示しているかを判定するために航空機駐留区域を見渡すことだけが必要になる。」(訳文〔甲3の2〕6頁21行~25行)と記載されているとおり,甲3発明は,ストロボ灯によって,どの航空機が警報状態になったかを航空機の外部に知らせるものであって,どの検出器が発報したかを確認するために侵入探知器に近づいて確認する必要がない。この点,原告は,テロリストならば,ストロボ灯に不透明材をカバーするなどの妨害工作等が可能であると主張するが,甲3発明では,このような妨害工作がなされないように,適切な遅延時間を設定すべきであることが記載され,これにより,不法侵入者は作動を実質的に妨害できないことが記載されている(訳文〔甲3の2〕11頁20行~12頁6行)。原告の主張は,甲3の記載に基づかないものである。
2 取消事由2に対し
一般的には,侵入者を検知したら直ちに警報が作動した方がよいことは明らかなところ,甲3発明において,遅延時間を設定しているのは,「この遅延は,装置の時間を設定する保安要員が警報状態の開始前に旅客機を退出することができるようにすることを,または旅客機内へ入り直したときに警報状態の疑似表示を避けるために侵入探知機を無作動化することを目的とするものである。」(訳文〔甲3の2〕11頁16行~20行)との記載に見られるように,警報状態の疑似状態を避けるためである。このように甲3に,正当な保安要員が検出されたときに,警報が作動しないように解除するために与えられた遅延時間という役割は記載されているが,センサによって侵入者が検出されたときに,警報が作動開始するまでの時間という役割は一切記載されていない。
原告の主張は,甲3の記載に基づかないものであり,失当である。
なお,原告は,審決の「必要な現場確認の際に侵入探知後の遅延時間の間に,侵入探知器に近づいて装備解除することになり,結局警備を解除するものである。」(18頁24行~25行)との認定に対し,複数の航空機が短時間であっても同時に無警戒状態になることはなく,セキュリティ上の問題が生じないということが明快になっていると主張する。
しかし,甲3発明の侵入探知器は受信機とループ接続されていないため,一つの侵入探知器の警備を解除しても他の航空機の侵入探知器への影響はなく,複数の監視対象を前提としたセキュリティ上の問題が存在しないことは前記のとおりである。
また,甲5の3及び甲6に開示された事項は,甲3発明と同様に,正当な人によってアラーム音(警報)がならないようにするための遅延時間を設定したものである。これらの文献からは,正当な人が検出されたときに,警報が作動しないように解除するために与えられた遅延時間という意義以外を読み取ることはできない。
3 取消事由3に対し
甲3には,不必要に長い遅延時間を設定しなければ,不法侵入者は作動を実質的に妨害する時間が与えられないことになると明確に記載されているのであり(訳文〔甲3の2〕11頁20行~12頁6行),この記載に基づいて判断をしている審決に誤りはない。原告の主張は,甲第3の2に記載されていない事項を想像してなされるものであり,失当である。
4 取消事由4に対し
(1) 甲4発明では,アラームメモリの表示灯が点灯するのは警備解除中であることが明記されており(甲4の2頁「3.アラームメモリーの使い方」),本件発明の上記作用効果とは矛盾するものである。
甲3発明の内容については,前記のとおり,警備解除のための遅延時間を設けたものであるから,これによって奏される作用効果は,本件発明の作用効果とは無関係である。
甲5の3に記載されたレシーブステーションが「帰宅時にアラーム音(警報)を回避できるように遅延時間を設けたものである」(審決19頁最終行~20頁1行)ことは,原告も争っていない。甲6に記載された予侵入・警報器が「装置が“遅延”態様であれば,人体を感知すると,発光ダイオードD3は直ちに入り,遅延時間後に圧電ホーンが鳴るもので,この遅延時間は正当な人が圧電ホーンが鳴らないようにするために設けられた」ものであること(審決20頁2行~5行)は,原告も争っていない。
甲5の3及び甲6に開示された事項は,甲3発明と同様に,正当な人によってアラーム音(警報)がならないようにするための遅延時間を設定したものであるから,これによって奏される作用効果は,本件発明の作用効果とは無関係である。
したがって,本件発明の作用効果が,甲3~6に記載された発明または開示された事項のそれぞれが奏する作用効果から予測されるものでもないとの審決の認定に誤りはない。
(2) なお,原告は,本件発明の作用効果が甲4発明に甲3発明を組み合わせることにより生じたものであると主張しているので,この点について補足する。
前記のとおり,甲3発明は,保安要員が旅客機内へ入り直したときに警報状態の疑似表示を避けるために侵入探知器を無作動化することを目的とするものであり,挙動の検出から指示器の作動までにある遅延時間が設けられて保安要員があるコードを入力すれば警報状態を指示することなしに装置を装備解除することを可能にするものである。そうすると,甲4発明に甲3発明のこのような構成を採用すれば,人体検出器が侵入者と判断した際に,すぐに表示灯を点灯させたり受信機への送信を行うのではなく,所定の遅延時間を設けて,警報を解除できることを可能とする構成に想到し得るだけである。したがって,甲4発明に甲3発明を組み合わせても本件発明の作用効果を奏しない。
5 取消事由5に対し
仮に,ループ接続が当業者によく用いられる接続形態の一つであったとしても,直ちに,甲3発明に適用することが容易であるということにはならない。審決が認定しているとおり,甲3発明に係る侵入探知器は,「完全に自足的な搬送型」のものであり,旅客機毎に配置されるから,受信機とループ接続することは不可能であるし,もし有線によってループ接続してしまえば,旅客機が離陸できなくなってしまうから,甲3発明にループ接続を適用できないことは明らかである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1~3について
まず,原告は,取消事由1~3において,無効理由1に関する相違点判断の誤りを主張するので,これらについて判断する。
(1) 本件発明について
本件明細書(甲1,20)によれば,本件発明につき次のことを認めることができる。
本件発明は,動作確認表示灯を備えた人体検出器に関するものである(段落【0001】)。定常監視状態で監視ループを形成する複数の人体検出器においては,従来,人体検出器のいずれかの侵入者検出及び信号線の切断等によるループ開放を受信機で検出して警報を出す一方,侵入者検出時に作動し,センサ出力及び電源が断たれても表示状態を維持する動作表示装置が設けられ,この動作表示装置には磁気反転式の表示器が使用されてきた(段落【0003】,【0004】)。しかし,このような人体検出器においては,監視ループの開放が検出されたことによる警報を受けて現場確認のため警戒区域に入った際に,侵入者検出が行われないよう電源を切って現場確認に向かう必要がある上,磁気反転式の表示器は,機械的にディスクを反転して動作状態を表示するため,長期間使用している間に動かなくなる可能性があるなどの問題があった(段落【0005】,【0006】)。本件発明は,このような従来の問題点に鑑み,確認のために警戒区域内に入った際の検出動作に紛らわされることなく最初に動作した検出器を容易に確認できる人体検出器を提供することを目的とし,これを達成するために,侵入者と判断した際には発報出力を行い,一定時間発報表示灯を点灯させる信号処理回路を備えた人体検出器にあって,信号処理回路からの発報出力を受けて所定時間の間遅延し,この遅延時間経過後の遅延出力により動作確認のための動作確認表示灯を継続して点灯又は点滅させる制御手段を設けたことを特徴とする(段落【0007】,【0008】)。本件発明によれば,発報から所定時間の間遅延された時間経過後に動作確認表示のためのLED等の動作確認表示灯が継続して点灯または点滅されるため,最初に動作して侵入者検出を行った検出器以外の検出器では直ちに動作確認のための表示は行なわれず,最初に動作して侵入者検出を行なった検出器の動作確認表示灯のみが継続して点灯または点滅された状態となり,これによって,遅延時間経過後に現場確認のために警戒区域に入っても,侵入者検出を行なった検出器を容易に確認できることになり,また,受信機側で電源遮断しての現場確認が不要であることから,現場確認のために無警戒状態になってしまうことを防止できる上,経年変化がないなどの効果を奏するものである(段落【0009】,【0010】,【0025】,【0026】)。
(2) 甲4発明について
甲4においては,「4.配線例」の「1系統の警戒ループに2台接続した場合」(警報出力はN.C.利用)の図において,電源(①及び②)端子及び警報出力(③及び④)端子が受信機の「電源」及び「警報」に接続され,アラームメモリー(⑥端子)が受信器の「退社(警備中HI)に接続される様子が示されている。また,「3.アラームメモリーの使い方」の「1)アラームメモリーとは」の欄には,「警備中に発報すればディテクタに発報した事がメモリーされます。メモリーされたディテクタは次の警備解除している間中,表示灯が連続点灯し,警備中に発報があった事を知らせます。(警備解除中にディテクタが発報してもメモリーされません。)これにより,ディテクタを1系統の警戒ループに2台以上使用した場合でも,警備中にどのディテクタが発報したのか個別確認が行えます。」との記載されている。これらの記載によれば,甲4発明は,複数のディテクタの警報出力が直列接続された警報ループにおいては,侵入者を検出して発報したディテクタを警報出力を受信した受信機において特定することはできないから,これを特定できるようにディテクタに発報したことをメモリーするとともに,発報したことがメモリーされたディテクタの「動作確認表示灯」を「警備解除後」に「継続して点灯させる」ものであって,現場確認のため警戒区域に入った際に侵入者検出が行われないよう警備解除を行った上で,警備中に発報したディテクタを現場で個別に確認して特定するものであると認めることができる。
また,甲4には,次の記載がある。
・「ディテクタに警備中か警備解除中か判別させるために,受信器のコントロール信号とディテクタのアラームメモリー端子(⑤か⑥のいずれか)とを接続します。コントロール信号は受信器のキーボックス端子の退社(警備中)または出社(警備解除)もしくは,キースイッチ端子がご使用になれます。」(「3.アラームメモリーの使い方」の「4)配線」の欄)
・「4)配線」における「・コントロール信号と接続端子」の表においてコントロール信号(受信器のキーボックス端子あるいはキースイッチ端子)に応じて警備中の場合にHI,警備解除の場合にLOWが⑥番端子に出力される様子が示されている。
これらの記載によれば,甲4発明においては,受信器のキーボックス端子又はキースイッチ端子により直接接続された警戒ループ上のすべてのディテクタについて警備中と警備解除中を切り替えられるというものであって,複数台のうちの一台についてのみ警備解除を行うことができる態様での使用は想定されていないものである。
(3) 甲3発明について
甲3(原文は甲3の1。訳文は甲3の2,17〔いずれも原告による。〕。)によれば,甲3発明につき,次のことを認めることができる。
甲3発明は,侵入探知器,具体的には旅客機での使用に適用可能であって,自足的で可搬型であり,航空機内で中央に配置可能で,航空機の通路で整列可能なビームに沿った挙動を検出し,それにより外面ドアが開閉されているかどうかに関わらず航空機を保護するものに関するものである。先行技術として,自動車に有用であるように記述された可搬型自足的侵入者探知器があるが(米国特許第4222043号),この特許の装置は自動車がいつ移動されるかを検出するには有用であるが,航空機,バス,電車,自動車などへの不正アクセス,例えば,爆弾を取り付けるか密輸品を隠すために侵入者が自動車を移動せずに短時間立ち寄ることを防止するために有用である探知器に関連した特定の構成を有しないという問題点があった。甲3発明による侵入探知機は,可搬型で自足的であり,探知器は権限を有している保安員によって航空機上へ手で持ち運ばれて起動され,探知器のハウジングは航空機の座席間の通路への整列に適しており,望ましくは整列された探知ビームに沿ったどこであっても侵入を検出し,たとえ保安員が航空機へのアクセスを得ていても,探知器は起動されるが,保安要員が鍵またはコード入力によって装置を無効にできるように,音響及び可視警報表示器の起動に先立って遅延時間を設けるものである。甲3発明においては,多数の航空機において使用された複数の侵入探知器のうち警備中に発報したものを特定するために,保安要員は,個々の侵入探知器を個別確認するのではなく,航空機駐留区域を見渡して,機体の窓を通して見えるストロボ光及び音響警報を確認する。そして,保安要員が侵入探知器による検知範囲に入ってから動作確認灯に相当するストロボ光の点灯等までに遅延時間を設けられているが,これは,その遅延時間内に侵入探知器が検知範囲内の保安要員により無作動化されれば遅延時間経過後も引き続き動作確認灯の点灯はなされないようにするためである。したがって,甲3発明における動作確認灯の点灯は,発報出力から所定の遅延時間を経過したことを条件としてではなく,発報出力から所定の遅延時間を経過するまでの間に検知範囲内の保安要員により侵入探知器が無作動化されないことを条件として行われるものであるということができる。
このように,甲3発明の侵入探知機は,自足的なもの,すなわち検出器が単体のものであり,保安要員によって他の侵入探知機と関係なく無作動化できるのであって,発報出力後の動作確認灯が点灯しない所定の遅延時間は,この遅延時間が経過するまでの間に検知範囲内の保安要員により侵入探知器が無作動化することを可能にして,保安要員の旅客機内への立ち入りによって動作確認灯が点灯される事態を回避するためのものであって,複数の侵入探知器のうち警備中に発報したものを特定するためのものではない。
(4) 相違点の判断について
本件発明と甲4発明との相違点が,審決の認定したとおり,「人体検出器の制御手段が,本件発明では,『発報出力を受けて所定時間の間遅延し,該遅延時間経過後の遅延出力により,動作確認のための動作確認灯を継続して点灯または点滅させる』のに対して,甲4発明では,警備解除後に警備中にメモリーされたディテクタの警報表示灯LEDを連続点灯させる(動作確認のための表示灯〔発報表示灯を兼用する動作確認表示灯〕を継続して点灯させる)点。」であることにつき,当事者双方とも争っていない。
上記のとおり,甲4発明において,動作確認表示灯が警備解除後に点灯されるのは,受信機により直接接続された警戒ループ上の全てのディテクタについて警備中と警備解除中を替えられることを前提として,現場確認のため警戒区域に入った際に侵入者検出が行われないよう警備解除を行った上で,警備中に発報したディテクタを現場で個別に確認をして特定するために行われるものと解される。そうすると,甲4発明は本件発明と技術的思想が異なる。
他方,甲3発明における発報出力後の動作確認灯が点灯しない所定の遅延時間は,この遅延時間が経過するまでの間に検知範囲内の保安要員により侵入探知器が無作動化することを可能にして,保安要員の旅客機内への立ち入りによって動作確認灯が点灯される事態を回避するためのものであって,複数の侵入探知器で構成しているものでなく,ましてや複数の侵入探知機を無作動化させるものではなく,そのうちの一つを警備中に発報したものとして特定するためのものでもない。したがって,甲4発明と甲3発明は,複数台のうち一台のみ警備解除を行うことができる態様での使用が想定されているか否かという前提において相違があり,表示灯の表示条件を互いに融通できるものではないから,甲4発明における「動作確認表示灯」を「警備解除後」に「点灯させる」構成に代えて甲3発明におけるストロボ光の点灯等までの遅延時間を設ける技術を採用して,本件発明の構成に至る動機付けがあるとはいえない。
以上のとおり,本件発明において,甲4発明にない前記相違点に係る構成を,甲3発明から容易に想到することができるとは認められないから,本件発明は,甲4発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
(5) 取消事由2について
原告は,甲3発明において設定されている遅延時間は,①センサによって侵入者が検出されたときに,警報が作動開始するまでの時間を設定した遅延時間であると同時に,②正当な保安要員が検出されたときに,警報が作動しないように解除するために与えられた遅延時間でもあると主張する。
しかし,前記のとおり,甲3発明における遅延時間の趣旨は,警戒区域内に立ち入った保安要員による侵入探知器の無作動化のための時間の確保にあり,遅延時間経過後に現場確認のために警戒区域に入っても直ちに動作確認のための表示は行なわれず,最初に動作して侵入者検出を行なった検出器の動作確認表示灯のみが継続して点灯または点滅された状態となり,これによって侵入者検出を行なった検出器を容易に確認できることになること,すなわち複数の侵入探知器のうち警備中に発報したもののみを特定できるようにすることではない。そして,遅延時間内に侵入探知器が無作動化されれば遅延時間経過後も引き続きストロボ光等は点灯されないのであるから,甲3発明における遅延時間には,センサによって侵入者が検出されたときに警報が作動開始するまでの時間として設定されたものであるという①の趣旨は含まれていないというべきである。よって,原告の上記主張は採用することができない。
(6) 取消事由1について
原告は,甲4発明には,現場確認のために警戒を解除することにより一定時間警戒状態が解消される等のセキュリティ上の課題があることは自明であるにもかかわらず,これは認められないとした審決には誤りがあると主張する。
しかし,前記のとおり,甲4発明に原告が主張するようなセキュリティ上の問題があるとしても,甲3発明は自足的なものであり,他の侵入探知機と関係なく無作動化できるのであり,複数台のうちの一台についてのみ警備解除を行うことを想定していない甲4発明とはその前提が異なるから,甲4発明における「動作確認表示灯」を「警備解除後」に「点灯させる」構成に換えて甲3発明におけるストロボ光の点灯等までの遅延時間を設ける技術を採用することが容易であるとはいえない。よって,原告の上記主張は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(7) 取消事由3について
また,原告は,甲3発明において,どの航空機が危うくされたのかを確認(動作確認)するために,現場の航空機の中のストロボ灯まで近寄って確認しようとする動機付けは存在すると主張する。
しかし,甲3によれば,甲3発明は,航空機に侵入者があった場合には機体の窓を通してストロボ光及び音響警報を確認することを前提としていると認められる。また,現実には,航空機内に立ち入ってストロボ等の点灯の有無を確認する必要に迫られる事態があり得るとしても,そのことをもって,甲4発明における「動作確認表示灯」を「警備解除後」に「点灯させる」構成に換えて甲3発明におけるストロボ光の点灯等までの遅延時間を設ける技術を採用することが容易になるものではない。よって,原告の上記主張は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
2 作用効果に関する判断の誤り(取消事由4)について
原告は,本件発明の作用効果は,甲4発明に甲3発明を組み合わせることにより生じたものであり,防犯業界に身を置くものであれば,十二分に想定できる組み合わせにすぎず,本件発明はそれぞれの先行技術から容易に想到することができるものであると主張する。
しかし,本件発明の作用効果を,①受信機とループ接続された複数の人体検出器のうち「最初に動作して侵入者検出を行った人体検出器」を容易に確認できるということ,②警戒を解除してから現場確認をすることが不要なため,現場確認中に無警戒状態になることが防止できるという2つの作用効果に分けて考えることができるとしても,甲4発明では,アラームメモリの表示灯が点灯するのは警備解除中であるから,①の効果は認められるとしても,②の効果はない。一方,甲3発明の遅延時間は,警戒区域内に立ち入った保安要員による侵入探知器の無作動化のための時間の確保にその趣旨があるのであるから,①②のいずれの効果も生じない。
取消事由4は,無効理由1,2に関して審決がした作用効果に関する判断に誤りがあると主張するものであるが,上記の判断に照らし,理由がない。
3 無効理由2に関する相違点判断の誤り(取消事由5)について
前記のとおり,甲3発明の航空機のための侵入探知器は,「完全に自足的な搬送型」のものであり,他の侵入探知器との間で有線によるループ接続等により相互に接続されることを想定していない。また,甲3発明においては,発報出力後の動作確認灯が点灯しない所定の遅延時間が経過するまでの間に検知範囲内の保安要員により侵入探知器が無作動化される事態が想定されているところ,有線によりループ接続がなされて直列に接続されれば,複数の検知器のうちの一台についてのみ警備解除を行うことができなくなるから,甲3発明の侵入探知器が「完全の自足的な搬送型」のものであることと相容れないこととなる。
したがって,有線式ループ接続自体は周知慣用の技術であるとしても,甲3発明の侵入探知器を有線によってループ接続することは容易想到ではなく,むしろ阻害要因があるというべきである。これと同旨の審決に判断の誤りはない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由は理由がない。
よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)