知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10209号 判決 2013年2月14日
原告
X
訴訟代理人弁理士
中尾直樹
中村幸雄
義村宗洋
被告
特許庁長官
指定代理人
堀川一郎
田村嘉章
田部元史
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2011-23493号事件について平成24年4月27日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存否である。
1 特許庁における手続及び本件訴訟の経緯
原告及び株式会社白山製作所は,平成20年3月26日,名称を「雷保護装置,収納ボックス」とする発明について特許出願(特願2008-81101号,請求項の数4)をし,平成22年12月14日付けの補正(甲6の4,請求項の数3)をしたが,特許庁は,平成23年8月4日付けで拒絶査定をした。そこで,原告及び株式会社白山製作所は,平成23年11月1日,拒絶査定に対する不服審判請求(不服2011-23493号)をしたが,特許庁は,平成24年4月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,平成24年5月15日,原告及び株式会社白山製作所に送達された。なお,株式会社白山製作所は,原告と共に本件訴訟を提起した後,特許を受ける権利の共有持分を放棄し,訴えを取り下げた。
2 本願発明の要旨
平成22年12月14日付けの補正(甲6の4)による特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,次のとおりである。
【請求項1】
中性極以外の相極ごとに独立な過電圧防護器と,
すべての相極に共通なギャップ式避雷素子と,
中性極以外の相極から接地側への商用電源電流を切断する分離器と,
を備え,
分電盤よりも電源側に配置する
ことを特徴とする雷保護装置。
3 審決の理由の要点
(1) 特開平9-233622号公報(引用例1,甲1)には次のとおりの引用例1発明が記載されていると認められる。
【引用例1発明】
電源線~アース間に接続されたセラミックバリスタと,
を備え,
漏電遮断器の入力電源線間と,この入力電源線とアース線との間に接続した避雷器。
(2) 本願発明と引用例1発明との間には,次のとおりの一致点,相違点がある。
【一致点】
相極ごとに独立な過電圧防護器と,
を備え,
少なくとも漏電遮断器よりも電源側に配置する雷保護装置。
【相違点1】
雷保護装置に関し,本願発明は,中性極以外の相極ごとに独立な過電圧防護器と,すべての相極に共通なギャップ式避雷素子と,中性極以外の相極から接地側への商用電源電流を切断する分離器と,を備えるのに対し,引用例1発明は,電源線~アース間に接続されたセラミックバリスタと,を備える点。
【相違点2】
少なくとも漏電遮断器よりも電源側に配置する雷保護装置に関し,本願発明は,分電盤よりも電源側に配置するのに対し,引用例1発明は,漏電遮断器の入力電源線間と,この入力電源線とアース線との間に接続する点。
(3) 相違点等に関する審決の判断
相違点1について,雷保護機能を有する漏電遮断器に関し,雷サージの侵入に続いて続流が発生することは周知の事項であり,その続流を遮断する必要があることも周知の課題である。また,中性極以外の相極ごとに独立な過電圧防護器と,すべての相極に共通なギャップ式避雷素子と,中性極以外の相極から接地側への商用電源電流(続流)を切断する分離器を備える雷保護装置は,特開2002-223523号公報(引用例2,甲2),特開2003-51364号公報(甲3)等に開示されるように,周知技術である。したがって,上記周知の事項,周知の課題,周知技術に基づき,引用例1発明の雷保護装置について,中性極以外の相極ごとに独立な過電圧防護器と,すべての相極に共通なギャップ式避雷素子と,中性極以外の相極から接地側への商用電源電流を切断する分離器とを備えて,続流を遮断するようにすることは,当業者であれば容易に想到し得た。
相違点2について,本願発明も,引用例1発明も,雷サージの侵入により漏電遮断器が動作しないように,雷保護装置を少なくとも漏電遮断器よりも電源側に配置しており,また,雷保護装置を分電盤より電源側に配置することは,特開2005-117767号公報(甲4)に記載されるように周知技術であるから,引用例1発明について漏電遮断器のみを分電盤に配置することは,当業者であれば適宜なし得ることである。
そして,本願発明の作用効果も,引用例1発明及び周知技術から当業者が予測できる範囲のものである。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)
(1) 審決は,雷保護機能を有する漏電遮断器に関し,雷サージの侵入に続いて続流が発生することは周知の事項であり,その続流を遮断する必要があることも周知の課題であると認定した。
しかしながら,続流は,本願発明が採用するギャップ式避雷素子について生じる欠点として周知であるが,引用例1発明のセラミックバリスタのような,「電圧依存性非線形耐雷素子」では生じない。このため,引用例1発明の雷保護機能を有する漏電遮断器については,続流は発生せず,その遮断という課題もない。
したがって,審決が認定した周知の事項,周知の課題は,引用例1発明の雷保護装置を本願発明の雷保護装置に変更する動機にならない。
(2) 引用例2(特開2002-223523号)の【図5】に,相違点1に係る本願発明の構成に相当する構成が開示されていることは認める。しかしながら,引用例2には,【図5】の構成とは異なる構成が複数開示されており,【図5】の構成が特によい構成として開示されているわけではない。また,引用例2は,雷保護装置の構成は開示しているが,雷保護装置を漏電遮断器に対してどの位置に配置すればよいかは開示していない。したがって,引用例2には,【図5】に示された構成が,分電盤より電源側に用いる雷保護装置に適していることは示唆されていない。甲3公報(特開2003-51364号)に開示された構成についても同様である。
また,電気関係者が遵守しなければならない「電気設備に関する技術基準を定める省令」等の内容を,具体的に,細部にわたり規定した民間規格である「内線規程」(甲7の1~4)に記載された技術的事項は,当業者にとって周知技術といえるところ,この内線規程に示された雷保護装置は,漏電遮断器よりも負荷側に配置され,続流を漏電遮断器により遮断することで安全を確保するものである。このため,引用例2の【図5】や甲3公報の【図5】に接した当業者は,内線規程の条件を満たすため,そこに開示された構成を,漏電遮断器よりも負荷側に配置するものと考えるのが自然である。すなわち,内線規程の内容は,引用例2の【図5】の構成を引用例1発明に適用する阻害要因となる。
したがって,引用例2の【図5】の構成に接した当業者が,これを引用例1発明と組み合わせて,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易ではない。
なお,甲3公報の【図5】において,続流を切断する機能を果たすのは電圧依存性非線形耐雷素子であるところ,「耐雷素子」は,電流ヒューズやサーキットブレーカのような「分離器」とは異なる。したがって,甲3公報には,「分離器」が開示されていない。そうすると,甲3公報は,引用例2を補強する根拠にはならないので,引用例2の【図5】に開示された構成が周知技術であることは証明されていない。
2 取消事由2(作用効果に関する判断の誤り)
明細書の記載上は,本願発明も引用例1発明も作用効果は同じである。しかし,実際には,引用例1発明には安全上無視できない問題があるので,引用例1に記載されたとおりの作用効果は得られない。
すなわち,引用例1発明では,雷保護装置が漏電遮断器よりも電源側に設置されているため,セラミックバリスタが劣化損傷し,漏電が生じた場合に,漏電遮断器は動作せず,漏電を遮断することができない。これに対し,本願発明では,劣化損傷による漏電のリスクが小さいギャップ式避雷素子が用いられており,引用例1発明のような安全上の問題はない。
このように,引用例1発明には安全上無視できない問題があり,その問題は本願発明では生じない。したがって,本願発明の作用効果も,引用例1発明と周知技術から当業者が予測できる範囲のものであるとした審決の判断は誤っている。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 引用例2(特開2002-223523号)の【図5】の雷保護装置においては,耐雷素子であるバリスタに直列に電流ヒューズが接続されているが,引用例2に「…電流ヒューズは耐雷素子に…続流があった場合に,…遮断し…」(段落【0028】)と記載されるように,バリスタであっても続流遮断のための機能が必要とされている。また,避雷器において,雷保護素子としてバリスタを用いても,続流遮断機能を別途設けなければならないことは,引用例1(特開2006-109681号)にも示されている。
なお,引用例1発明の避雷器(雷保護装置)について続流の問題が生ずるか否かにかかわらず,引用例2に開示される周知の雷保護装置を引用例1発明に適用することは容易であるから,原告の続流に関する主張は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(2) 原告は,引用例2の【図5】の雷保護装置を分電盤より電源側に配置することについて,引用例2に示唆がない旨主張するが,審決は,引用例2から雷保護装置自体の構成という技術的思想を抽出したのであって,原告の主張は失当である。甲3公報(特開2003-51364号)や内線規程(甲7の1~4)についても,雷保護装置の設置箇所という技術的思想を抽出するものではないことは,引用例2と同様である。
原告は,引用例2の【図5】に開示された雷保護装置の構成が周知技術ではないと主張するが,内線規程(甲7の1)の804頁,表1の記載を単相3線式に適用すると,引用例2の【図5】に開示された雷保護装置の構成となる。また,原告は,甲3公報には本願発明の分離器が開示されていないと主張するが,本願明細書では,分離器は続流を切断するものとして記載されており(段落【0018】),甲3公報の【図5】の耐雷素子は続流を切断するのであるから,本願発明の分離器に相当する。したがって,審決が甲3公報の開示から周知技術を認定したことに誤りはない。
2 取消事由2に対し
原告は,引用例1のセラミックバリスタが劣化損傷した場合の安全性に問題がある旨主張するが,本願発明は装置の故障対策を目的とするものではない。特許請求の範囲に記載された発明は,故障対策の場合を除いて,当該発明の構成要素が正常の状態であることを前提としている。構成要素が故障したとき動作しないことをもって,当該発明に問題があるとするならば,如何なる発明でも故障が発生すれば当該発明が所望の効果を奏することができなくなるから,故障対策を目的としない発明において故障時の利害得失をそもそも論じる必要はなく,原告の主張は失当である。
なお,引用例1発明の雷保護装置に故障時の安全上の問題が存在するとしても,そのような問題点は,引用例2の【図5】のような周知の雷保護装置により解決できるものであり,原告が主張するような本願発明の作用効果は,引用例2の【図5】のような周知の雷保護装置が奏する作用効果であって,格別なものではない。
第5当裁判所の判断
1 本願発明について
本願明細書(甲6の1,6の4)によれば,本願発明について次のとおり認められる。
本願発明は,雷保護装置に関するものである(段落【0001】)。雷保護装置は,雷によるサージ電流が流れた場合に,雷保護装置を経由してサージ電流を接地に流すことにより,負荷側に接続された機器の損傷などを防ぐための装置であるところ(段落【0004】),従来の雷保護装置は,分電盤よりも負荷側に配置されており(段落【0002】),雷サージ電流が流れた場合には,漏電遮断器が動作し,負荷側が電源側と切断されてしまうため,漏電遮断器を再度接続しなければならないという問題があった(段落【0005】)。そこで,本願発明は,雷保護装置を分電盤よりも電源側に配置することにより,雷サージ電流が流れた場合であっても,負荷側の機器が保護され,かつ,漏電遮断器を動作させないので,分電盤の再接続の問題が生じないという効果を奏するものである(段落【0008】,【0009】,【0017】,【0019】)。また,従来技術の雷保護装置は,過電圧防護器,ギャップ式避雷素子を備えるものであり(段落【0003】),雷サージ電流が流れた後に,ギャップ式避雷素子が商用電源による放電状態を継続するという続流の問題を,漏電遮断器が動作することで防止していたが,本願発明では,雷保護装置が漏電遮断器(分電盤)よりも電源側に配置されており,漏電遮断器が動作しないことから,続流の防止のため,分離器を備えることとしたものである(段落【0018】)。
2 引用例1発明について
引用例1(特開平9-233622号公報,甲1)によれば,引用例1発明は,雷などのサージ電圧から各種電子,電気機器を保護する避雷器内蔵分電盤に関するものであって(段落【0001】),従来の分電盤には,雷等によるサージ電流がアースに放電されると,漏電遮断器がアースに放電されたサージ電流を漏電電流として感知してしまい,漏電遮断器が不要動作してしまうという問題点があったことから(段落【0006】),引用例1発明においては,セラミックバリスタを備えた避雷器(雷保護装置)を,漏電遮断器の入力電源線間とこの入力電源線とアース線との間に接続(すなわち,漏電遮断器の電源側に配置)することによって,避雷器が動作してサージ電流のエネルギーを吸収し(段落【0008】~【0010】,【0012】,【0013】),各種電子機器を保護すると共に,サージ電流侵入時の漏電遮断器の不要動作を防止するという効果を奏するものである(段落【0007】~【0010】)。
3 取消事由1(相違点1に関する判断の当否)について
(1) 周知技術
ア 引用例2(特開2002-223523号)には,電源ラインL1,L2ごとに独立な耐雷素子1,2と,上記電源ラインL1及びL2に共通な放電ギャップGと,耐雷素子に保証耐量以上の過大な雷サージ電流や続流があった場合に,これを遮断する電流ヒューズ141,142を備えた雷保護装置が開示されている(段落【0026】,【0028】)。
イ 甲3公報(特開2003-51364号)には,電源ラインL1,L2ごとに独立の,本願発明の「過電圧防護器」に相当すると認められる耐雷素子23及び24と,本願発明の「ギャップ式避雷素子」に相当すると認められる開放形放電ギャップ35と,続流を遮断する機能を有し,本願発明の「分離器」に相当すると認められる放電ギャップ33及び34とを備えた雷保護装置が開示されている(段落【0015】,【0017】,【0022】,【0023】,【図1】,【図5】)。
ウ 内線規程(甲7の1)の「表1 JWDS0007-付3「避雷機能付住宅用分電盤」における主な定格値及び性能」には,雷保護装置において,中性極以外に半導体素子を設け,すべての相極に共通なギャップ式避雷素子が挿入され,半導体素子に分離器が接続され,半導体素子が短絡したときに分離器が動作するという技術的事項が開示されているものと認められる。
エ これらの開示に照らすと,雷保護装置に関する技術分野において,雷サージ電流が消滅した後の続流を防止する必要があることは周知の課題であったと認められ,そのような続流を防止する機能をも有する,「中性極以外の相極ごとに独立な過電圧防護器と,すべての相極に共通なギャップ式避雷素子と,中性極以外の相極から接地側への商用電源電流を切断する分離器と」を備えた雷保護装置(すなわち相違点1に係る本願発明の構成)も,周知技術であったと認められる。
(2) 上記1,2で認定したところによれば,引用例1発明は,本願発明と同様に,雷保護装置(避雷器)を漏電遮断器より電源側に配置することで,雷サージ電流が流れた場合に,負荷側の機器を保護しながら,漏電遮断器を動作させないようにしたものと認められ,解決すべき課題及びその解決手段において,本願発明との間に相違はない。
そして,引用例1発明において,漏電遮断器の不要動作防止という課題は,雷保護装置(避雷器)を漏電遮断器より電源側に配置することで解決されるのであるから,引用例1に接した当業者であれば,引用例1発明の雷保護装置それ自体の構成については,引用例1に記載された「セラミックバリスタ」を備えたものに限定されず,一般的な雷保護装置を適宜選択し得ることを容易に理解するものと認められる。
そうであれば,上記(1)のとおり,続流を防止する機能を有する,「中性極以外の相極ごとに独立な過電圧防護器と,すべての相極に共通なギャップ式避雷素子と,中性極以外の相極から接地側への商用電源電流を切断する分離器と」を備えた雷保護装置が周知技術であった以上,引用例1発明のセラミックバリスタに代えて,上記の周知技術を適用し,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たというべきであり,相違点1に係る審決の判断に誤りはない。
(3) 原告は,電気関係者が遵守すべき「内線規程」(甲7の1~4)に,雷保護装置を漏電遮断器よりも負荷側に配置し,漏電遮断器により続流を遮断することが示されているから,この内線規程の内容は,引用例2に記載された雷保護装置を引用例1発明に適用することの阻害要因となる旨主張する。しかしながら,雷保護装置を漏電遮断器よりも電源側に配置するという構成自体は引用例1に開示されているのであるから,当業者にとって,内線規程とは異なる位置に雷保護装置を配置することが困難であったとは認め難い。また,漏電遮断器により続流を防止するために上記の内線規程に従うべきか否かは技術的課題の解決とは別次元の問題である。したがって,原告の上記主張は理由がない。
その他原告が主張するところによっても,上記(2)の判断は左右されない。
したがって,取消事由1は理由がない。
4 取消事由2(作用効果に関する判断の当否)について
上記1で認定したとおり,本願発明は,雷保護装置を分電盤よりも電源側に配置することにより,雷サージ電流が流れた場合に,負荷側の機器を保護しながら,漏電遮断器を動作させないという効果を奏するものであり,かつ,雷保護装置に分離器の構成を採用することによって,続流を防止するというものである。
これに対し,上記2で認定したとおり,引用例1発明は,雷保護装置を漏電遮断器よりも電源側に配置することにより,雷サージ電流が流れた場合に,負荷側の機器を保護しながら,漏電遮断器の不要動作を防止するという効果を奏するものであり,また,続流の防止についても,引用例2等に開示された分離器を有する周知の雷保護装置により奏される効果である。
したがって,本願発明の作用効果は,引用例1発明と引用例2等に開示された周知の雷保護装置から当業者が容易に予測し得たものと認められるのであって,作用効果に関する審決の判断に誤りはない。
原告の主張するところによっても,上記判断は左右されないのであって,取消事由2も理由がない。
第6結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)