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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10218号 判決 2013年2月21日

原告

テルモ株式会社

同訴訟代理人弁護士

大野聖二

同弁理士

田中久子

メデックス・インコーポレーテッド訴訟承継人

被告

スミス・メディカル・

エイエスディ・

インコーポレーテッド

同訴訟代理人弁理士

渡邊隆

増本要子

黒田晋平

同訴訟復代理人弁理士

阿部達彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2011-800125号事件について平成24年5月10日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,被告の後記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  エシコン・インコーポレイテッドは,平成8年6月6日,発明の名称を「カニューレ保護用のインターロック式シーケンスガード部材を備えるカテーテル機構」とする特許出願(特願平8-165177号。パリ条約による優先権主張:平成7年(1995年)6月7日,米国)をし,平成18年5月19日,設定の登録(特許第3805431号。請求項の数12)を受けた(甲1)。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲1)を,図面を含め,「本件明細書」という。

(2)  本件特許は,平成18年9月19日,エシコン・インコーポレイテッドから,エシコン・エンド-サージェリィ・インコーポレーテッド,メデックス・インコーポレーテッドに対し,順次譲渡され,同年11月1日,移転登録された(甲7)。

(3)  原告は,平成23年7月13日,本件特許の請求項1ないし4に係る発明について,特許無効審判を請求し,無効2011-800125号事件として係属した。

(4)  特許庁は,平成24年5月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,同月18日,その謄本が原告に送達された。

(5)  原告は,平成24年6月15日,メデックス・インコーポレーテッドを被告として,本件訴訟を提起した。

被告は,同年7月19日,メデックス・インコーポレーテッドとの合併により,本件特許を承継するとともに,同年8月3日,本件訴訟を受継した。

2  特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載の発明は,次のとおりである(以下,それぞれの発明を「本件発明1」などといい,また,これらを総称して,「本件発明」という。)。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す。

【請求項1】カテーテル挿入装置のカニューレを保護するカニューレ保護機構において,/(a)カニューレと,/(b)前記カニューレを受け入れるハウジングであって,前記カニューレは前記ハウジングの端部から延びて患者にカテーテルを差し入れるように構成されている,ハウジングと,/(c)前記ハウジング内にスライド可能に取り付けられたカニューレガード手段であって,当該カニューレの機能状態においては前記カニューレが当該カニューレガード手段の内部を通って延びる,カニューレガード手段を備え,/前記カニューレガード手段は,/(ⅰ)前記ハウジングにスライド可能に取り付けられた後方ガード部材と,/(ⅱ)前記後方ガード部材にスライド可能に取り付けられた前方ガード部材を具備し,/前記カニューレが機能する状態では,前記前方ガード部材が前記後方ガード部材に引き込まれているとともに前記後方ガード部材が前記ハウジングに引き込まれていて,/前記後方ガード部材と前方ガード部材は,前記カニューレが患者の身体から引き抜かれると同時に前記カニューレを収容して保護するように,前記ハウジングに対して互いに入れ子式に延び出ることができ,/前記カニューレは,前記ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する,/カニューレ保護機構

【請求項2】請求項1記載のカニューレ保護機構において,/前記ハウジングは,一つの開口端および一つの開口側面を有する長手矩形の構造と,当該ハウジング内に延びる中央の長手リブとを有している,カニューレ保護機構

【請求項3】請求項2記載のカニューレ保護機構において,/前記後方ガード部材は,前記ハウジングに対して軸方向に移動するようにハウジング内にスライド可能に挿入される,開口端をもつ長手矩形の構造を有している,カニューレ保護機構

【請求項4】請求項3記載のカニューレ保護機構において,/前記前方ガード部材は,その端部に連結されて二股の構造を形成するように平行に延びるアームの対を有し,前記アームは,前記後方ガード部材に対して軸方向に変位できるように前記後方ガード部材にスライド可能に挿入される,カニューレ保護機構

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件発明は,後記引用例1ないし4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない,というものである。

ア 引用例1:国際公開第94/13341号(甲2)

イ 引用例2:国際公開第93/08865号(甲3)

ウ 引用例3:特開昭63-229062号公報(甲4)

エ 引用例4:特開平2-13469号公報(甲5)

(2)  本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明という。)並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用発明:外部プラスチックカニューレを挿入するための装置の内部中空案内針を保護する静脈カニューレアセンブリにおいて,(a)内部中空案内針と,(b)内部中空案内針を受け入れる遠位部材であって,内部中空案内針は遠位部材の遠位端部の針ハブから近位端部側を越えて延びて患者に内部中空案内針を挿入するように構成されている,遠位部材と,(c)遠位部材内にスライド可能に取り付けられた保護手段であって,内部中空案内針の操作位置においては内部中空案内針が当該保護手段の内部を通って延びる,保護手段を備え,前記保護手段は,(ⅰ)遠位部材にスライド可能に取り付けられた中間部材と,(ⅱ)中間部材にスライド可能に取り付けられ,近位端にカニューレハブの固着手段を備える近位部材を具備し,内部中空案内針が操作位置では,近位部材が中間部材に引き込まれているとともに中間部材が遠位部材に引き込まれ,かつ,近位部材が針ハブの近傍に並んで配置されていて,中間部材と近位部材は,内部中空案内針が患者の身体から引き抜かれると同時に内部中空案内針を収容して保護するように,遠位部材に対して互いに入れ子式に延び出ることができ,内部中空案内針は,遠位部材の略全体の長さにわたって延在する,静脈カニューレアセンブリ

イ 一致点:カテーテル挿入装置のカニューレを保護するカニューレ保護機構において,(a)カニューレと,(b)前記カニューレを受け入れるハウジングであって,前記カニューレは前記ハウジングの端部から延びて患者にカテーテルを差し入れるように構成されている,ハウジングと,(c)前記ハウジング内にスライド可能に取り付けられたカニューレガード手段であって,当該カニューレの機能状態においては前記カニューレが当該カニューレガード手段の内部を通って延びる,カニューレガード手段を備え,前記カニューレガード手段は,(i)前記ハウジングにスライド可能に取り付けられた後方ガード部材と,(ii)前記後方ガード部材にスライド可能に取り付けられた前方ガード部材を具備し,前記カニューレが機能する状態では,前記前方ガード部材が前記後方ガード部材に引き込まれているとともに前記後方ガード部材が前記ハウジングに引き込まれていて,前記後方ガード部材と前方ガード部材は,前記カニューレが患者の身体から引き抜かれると同時に前記カニューレを収容して保護するように,前記ハウジングに対して互いに入れ子式に延び出ることができる,カニューレ保護機構

ウ 相違点:カニューレについて,本件発明1は,ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在するものであるのに対し,引用発明は,ハウジングの略全体の長さにわたって延在するものである点

(3)  なお,本件審決は,引用例2には,次のとおり技術事項1及び2が開示されているものと認定した。

ア 技術事項1:内側部材の内部に針取付手段が設けられるとともに,内側部材の外周面上に最も外側の部材Aと部材Bとからなる安全手段が重なった状態で配置され,最も外側の部材Aの一端部にケーシング取付手段が設けられる針カテーテルにおいて,針取付手段が内側部材の一端部に設けられて針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在されているとともに,これらの針取付手段とケーシング取付手段とが近接して配置されていること

イ 技術事項2:内側部材を有する針カテーテルについて,針取付手段が内側部材の一端部に設けられて針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在されていること

4  取消事由

本件発明の容易想到性に係る判断の誤り

(1)  引用発明及び相違点の認定の誤り

(2)  相違点に係る判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告の主張〕

1  引用発明及び相違点の認定の誤りについて

(1) 引用発明の認定の誤りについて

ア 本件審決は,引用例1に記載された発明について,「遠位部材は・・・遠位端部に針ハブを有し」と認定するが,引用例1の図4ないし11に図示されているカニューレアセンブリを正しく理解すれば,引用例1に記載された発明における「針ハブ」は,「遠位部材の内部で,遠位端から近位端側へ突き出るように延びて設けられ,軸方向に相当の長さを有する」ものと認定されるべきである。

イ 本件審決は,引用例1に記載された発明について,「操作位置において,近位部材が針ハブの近傍に並んで配置されている」と認定するが,同発明では,「中間部材」と「近位部材」とにより「保護手段」が構成されるから,本件発明1と対比するためには,操作位置において「中間部材」が配置される場所も併せて認定する必要がある。そうすると,引用例1に記載された発明では,操作位置において,「中間部材」が「突き出るように延びた針ハブの近位端側の一端を越えて,さらに奥(遠位部材の遠位端の近く)まで入り込み,針ハブの軸方向の外周を覆うように」なっており,そのために「針ハブの外周と遠位部材の内周との間に,中間部材を収納するための空隙が設けられている」ものと認定すべきである。本件審決は,近位部材の配置について認定するのみで,中間部材の配置の認定を欠くものである。

ウ 引用例1には,針ハブのどこかに内部中空案内針(以下「案内針」という。)の遠位端(後端)が固定されること,ボア(穴)が針ハブの遠位端まで設けられて(針ハブを貫通して)遠位側の栓(プラグ)に達していることが記載されているが,引用例1の各図(図1,図2及び図10a)には,ボアの中に案内針の遠位端(後端)を示す縦線が存在しないから,案内針の遠位端が針ハブ内のボアの具体的にどこで固定されるかは記載されていない。仮に,案内針の後端が針ハブ内のボアの途中まで入った状態で固定されているならば,遠位部材の遠位端(針ハブの遠位端)からボアの途中までは案内針が存在していないから,「案内針は,遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する」ことになる。

引用例1には,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することが明記されてはいないが,針ハブは,「遠位部材の内部で,・・・軸方向に相当の長さを有する」から,引用例1に記載された発明の案内針の後端が針ハブ内のボアの途中までしか入らずに固定され,その結果として,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することも当然に想定される事項である。

エ 以上のとおり,本件審決の引用例1に記載された発明の認定は誤りである。

(2) 相違点の認定の誤りについて

本件審決は,引用例1に記載された発明について,案内針は,「遠位部材の略全体の長さにわたって延在する」とするが,「略全体」と,本件発明1の「一部の長さにわたってのみ延在する」との構成が,具体的にどう異なるかは不明である。

前記のとおり,引用例1には,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することが明記されていないだけであるから,本件発明1と引用例1に記載された発明との相違点は,「カニューレについて,本件発明1は,ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在するものであるのに対し,引用例1に記載された発明では,ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在することが,明示的に記載されていない点」(以下「原告主張相違点」という。)と認定されるべきである。

2  相違点に係る判断の誤りについて

(1) 引用例1に記載された発明と技術事項1及び2との組合せについて

ア 技術事項1及び2の認定の誤りについて

引用例2において,針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在しているのは,針取付手段が内側部材の一端部に設けられて針取付手段とケーシング取付手段とが近接して配置されているためだけではない。引用例2に記載された発明において,針取付手段の遠位端からボアの途中までの間に針が存在しないという構成によっても,針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在している状態となるものである。

したがって,引用例2には,「内側部材内に設けられた針取付手段は,所定の長さを有し,針取付手段内に設けられたボアが,貫通して遠位側の空間に達しているとともに,針の後端が,所定の長さのボアの途中まで入った状態で固定されていることにより,針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在するようになっている」という構成(以下「引用例2に記載された原告主張の構成」という。)が記載されているものというべきであるから,本件審決の技術事項1及び2の認定は誤りである。

イ 相違点に係る判断の誤りについて

(ア) 本件審決の相違点に係る判断は,引用例1に記載された発明の「針ハブ」を近位端部へ移動させない限り相違点に係る構成は想到されないという誤った前提に基づくものである。

(イ) 引用例1に記載された発明では,案内針の後端を,針ハブ内を貫通するボアの近位端から途中まで入れたところで固定して,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在するようにすることが明記はされていなくても,このような構成は案内針の遠位端を針ハブに固定する1つの実施形態として当然に予定されているということができる。引用例2は,当該実施形態について明示しているものである。

また,引用例1に記載された発明の「保護手段」は,遠位部材の遠位端近傍とカニューレハブの固着手段との間に配置されるから,引用例1に記載された発明に引用例2に記載された原告主張の構成を適用することについて,阻害事由があるわけではない。

本件発明1は,引用例1に記載された発明のカニューレアセンブリの構成について,引用例1には案内針の後端がボアの途中までしか入っていない状態で固定されることが明記されていなかったところ,当該構成を明記しただけの発明にすぎない。

(ウ) 医療機器分野における「針ハブ」とは,その近位側で針の後端が固定され,それよりも遠位側の内部が針管の内部と連通する空洞になっている構造体の全体を意味するものである。カテーテル挿入用の機器においては,針ハブの内部の針の内腔と連通する空洞の部分に血液チャンバを設けることは周知の技術事項である。

したがって,引用例1に記載された発明に接した当業者は,針ハブ内のボアの途中まで案内針の後端を入れたところで固定する構成に極めて容易に想到し得るのみならず,針ハブの内部の途中で固定した案内針の後端と遠位端の栓(プラグ)との間で,ボアを押し広げて小室を形成し,そこを血液チャンバとして機能させる構成にも容易に想到し得るということができる。仮に,本件発明1の「カニューレがハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成が「ハウジング内においてカニューレの後端よりも後側に血液チャンバを配置する」構成に限定されるとしても,当該構成は,引用例1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(エ) 引用例2の【図10】等には,針の後端が針取付手段内を貫通するボアの途中で固定されていることに加えて,そのボアの遠位側の内側部材内に空間が存在し,その空間が血液視認機能を有し得ることが図示されている。当該針取付手段を有する内側部材の構成は針ハブに係る技術常識であるから,当業者は,引用例1に記載された発明における針ハブに引用例2に記載された原告主張の構成を適用し,針ハブの内部の途中で固定した案内針の後端よりも後側に血液チャンバ用の空間を形成することは,容易に想到し得たものというべきである。

(オ) 本件発明1は,「カニューレがハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」と定めるのみであり,延在する部分の長さに係る限定はない。また,カニューレの後端よりも後側に,前側にある部材とは独立した部材(別の部材)として「血液チャンバ」を配置することは,本件明細書には記載されていない。血液チャンバのほかに,「もう一つの封止部材」についてもカニューレの後端より後側に配置される別の部材と解する余地はあるが,当該封止部材は「カニューレがハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成とは無関係に配置することが可能である。本件発明1の「ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成は,針取付手段がハウジングの近位端部に設けられて針取付手段とケーシング取付手段とが近接して配置されることによって「一部の長さにわたってのみ延在する」構成に限定されるものではなく,針ハブ内のボアの途中まで針の後端を入れたところで固定する構成を含むものである。

(カ) 以上によると,相違点に係る構成は,引用例1に記載された発明に引用例2に記載された原告主張の構成を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(2) 引用例1に記載された発明と引用例3及び4に記載された発明との組合せについて

ア 引用例3及び4に記載された発明について

(ア) 前記のとおり,本件審決は,引用例1に記載された発明の「針ハブ」を近位端部へ移動させない限り相違点に係る構成は想到されないという誤った前提に基づくものである。

引用例3には,ハウジング内に設けられた針取付手段が所定の長さを有し,針取付手段内に設けられたボアが貫通して注射器の空間に通じているとともに,針の後端が所定の長さのボアの途中まで入った状態で固定されていることにより,針がハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する構成が記載されている。

引用例3の第5図及び第6図には,針の後端が,針取付手段内を貫通する所定の長さのボアの途中までしか入っていない状態で固定されていることが,ボアを示す点線と針の後端を示す縦線とによって明示されているものである。

(イ) 引用例4に,「軸方向の孔内に」固定されていると記載されている以上,引用例4に記載された発明の針の遠位端(後端)も,針台部分の遠位端まで入り込んで固定されているのではなく,針取付手段内の所定の長さのボアの途中まで入った状態で固定されていることにより,針がハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する構成となっている蓋然性は高いものと解される。

イ 相違点に係る判断の誤りについて

(ア) 引用例3には,針をハウジングの遠位端の近くまで延在させる第3A図及び第4A図の比較例よりも,針の後端が延長部のボアの途中までしか入っていない状態で固定する第3図及び第4図の実施例の方が安価に製造できる点でも,血液視認機能を高めることができる点でも有利であることが記載されている。安価に製造するという課題は,引用例1に記載された発明においても当然に内包される課題であり,血液視認機能が重要であることは引用例1にも記載されているから,引用例1に記載された発明に引用例3に記載された発明を適用する動機付けが存在するということができる。

(イ) 引用例3に記載された発明のリアマウント及び延長部の構成は,医療機器分野における技術常識及びカテーテル挿入用の機器における周知技術に鑑みると,「針ハブ」と同視できるものである。引用例1に記載された発明における「針ハブ」を,引用例3に記載された発明のリアマウント及び延長部に置き換え,その内部を貫通する血液視認用の空洞を血液視認用の小室とする構成を採用することは,当業者にとって容易である。

3  小括

以上のとおり,本件審決は,引用発明及び相違点の認定並びに相違点に係る判断を誤ったものといわざるを得ず,本件発明1は,引用例1に記載された発明に引用例2ないし4に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

〔被告の主張〕

1  引用発明及び相違点の認定の誤りについて

(1) 引用発明の認定の誤りについて

ア 引用発明の「遠位部材は・・・遠位端部に針ハブを有し」について,当業者は,「遠位部材の遠位端部に遠位端部が接続される針ハブ」と理解するものである。引用発明の針ハブの遠位端部は遠位部材の遠位端部に接続されており,針ハブは遠位部材の遠位端部から近位側へ突出するように構成されている。そのため,針ハブは軸方向に所定の長さを有することになるが,「ハブ」とは,「軸のはまる穴の縁に補強のためにつけた突起した肉厚の部分」を意味するから,所定の長さといっても「肉厚」が増加する程度のものにすぎない。

イ 引用例1には,案内針が針ハブのボアの後端で固定されていることが明確に記載されており,当業者は,案内針が遠位部材の略全体にわたって延在していることについて,当然に理解するものである。また,針ハブの遠位端部が遠位部材の遠位端部に接続されているので,針ハブの突出する長さから判断される案内針のうち遠位部材の内側で延在する部分の遠位部材に対する長さは,引用例1の図4と対比される本件明細書の【図11】のカニューレのうちハウジングの内側で延在する部分のハウジングに対する長さと比較して十分に長い。そのため,引用発明において,仮に案内針の後端が針ハブのボアの途中で固定されていたとしても,当業者は,案内針が遠位部材の略全体にわたって延在するものと理解することができる。

したがって,引用発明において,「案内針が遠位部材の略全体の長さにわたって延在する」とした本件審決の認定に誤りはない。

(2) 相違点の認定の誤りについて

引用発明の案内針のうち遠位部材の内側で延在する部分の遠位部材に対する長さと,本件発明1のカニューレのうちハウジングの内側で延在する部分のハウジングに対する長さとを比較すると,当業者は,「ハウジングの略全体の長さにわたって延在する」構成と「ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成との相違について当然に理解できるものである。

したがって,本件審決の相違点の認定に誤りはない。

2  相違点に係る判断の誤りについて

(1) 引用発明と技術事項1及び2との組合せについて

ア 技術事項1及び2の認定の誤りについて

引用例2に記載された発明において,仮に,針の後端が所定の長さのボアの途中まで入った状態で固定されていても,これにより短縮される針の長さはごく一部であるから,案内針が遠位部材の略全体にわたって延在していることには変わりがなく,遠位部材内において案内針の後端よりも遠位側には血液チャンバのような別の部材を配置するような空間は形成されない。

したがって,本件審決の技術事項1及び2の認定に誤りはない。

イ 相違点に係る判断の誤りについて

(ア) 技術事項1及び2は,針取付手段が内側部材の一端部に設けられて針取付手段とケーシング取付手段とが近接して配置されることにより,針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在しているから,引用発明の「針ハブ」を近位端部へ移動させない限り相違点に係る構成には想到しない。

(イ) 引用発明において,針ハブのボアの途中で案内針の後端を固定することによって「案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する」構成を導き出そうとしても,その技術的意義は本件発明の「ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成が有する技術的意義とは大きく異なるものである。

引用発明の保護手段は,遠位部材内で針ハブのうち遠位部材との接続部分とカニューレハブの固着手段との間に配置されるところ,技術事項1の「安全手段」は,針取付手段のうち内側部材との接続部分とケーシング取付手段との間に配置されていないから,引用発明の「保護手段」と技術事項1の「安全手段」とは,前提とする構成が根本的に異なるものである。

したがって,引用発明に技術事項1を適用することには阻害事由が認められる。

(ウ) 引用発明において,針ハブを遠位部材の近位端部に移動させると,針ハブと遠位部材との接続部分も遠位部材の近位端部へ移動する必要があるため,保護手段の配置場所に起因して,案内針を収容できないという不都合が生じることになる。

引用発明と技術事項2とは,そもそも前提とする構成が根本的に異なる以上,引用発明に技術事項2を適用することには阻害事由が認められる。

(エ) 以上によると,相違点に係る構成は,引用発明に技術事項1及び2を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

(2) 引用発明と引用例3及び4に記載された発明との組合せについて

ア 引用例3及び4に記載された発明について

(ア) 引用例3に記載された発明の延長部は,ハウジングの後端に接続されたリアマウントの一部を構成しており,ハウジングの内側で針の後端に接続されて針の内側と連通する血液チャンバなどの部材を配置する空間が形成されない。そのため,延長部の途中で針の後端を固定することにより導き出される構成は,本件発明1の「カニューレをハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成とは異なる。

したがって,仮に,引用例3において延長部の先端部に針の後端を固定することが記載されているとしても,本件発明1の「カニューレをハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成が記載されているとまでいうことはできない。

(イ) 引用例4に記載された発明において,針の後端が針台部分の遠位端まで入り込んで固定されていても,針の後端が孔の内側で固定されている以上,「軸方向の孔内に」固定されているとする引用例4の記載とは矛盾しない。

イ 相違点に係る判断の誤りについて

(ア) 前記のとおり,引用発明において「案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する」構成を採用しても,ハウジング内においてカニューレの後端よりも後側に別の部材を配置する空間が形成されるという本件発明1と同様の技術的意義を有するものではない。

したがって,引用発明において,引用例3及び4に記載された発明に基づいて,ハブのボアの途中で案内針の後端を固定しても,本件発明1の「カニューレがハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成を導き出すことはできない。

(イ) 引用発明では,近位部材の露出部分が針ハブの近位端よりも近位側に配置されているので,針ハブを引用例3に記載された発明の延長部のように近位側に向けて延長すると,これに対応して近位部材が短くなってしまうため,中間部材及び近位部材を伸ばした際,近位部材の近位端から案内針が突出するという不都合が生じるものである。

したがって,引用発明に引用例3及び4に記載された発明を適用することには,阻害事由が認められる。

(ウ) よって,相違点に係る構成は,引用発明に引用例3及び4に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

3  小括

以上のとおり,本件審決の引用発明及び相違点の認定並びに相違点に係る判断には,誤りはなく,本件発明1は,引用発明に引用例2ないし4に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

第4当裁判所の判断

1  本件発明について

本件発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲1)には,おおむね次の記載がある。

(1)  発明の属する技術分野

本件発明は,静脈カテーテル挿入装置,特にカテーテル針の先端保護具と,カニューレを患者の穿刺位置から引き抜くと同時に自動で作動するカテーテル針先端保護装置を用いて,医療スタッフが使用済みの静脈カテーテル針を自己で刺してしまうおそれのないフェイルセイフの保護を提供する安全機構に係る発明である(【0001】)。

本件発明の重要な利点は,使用済みのカニューレあるいは中空の針の引き込み用のハウジングや入れ子式シーケンスガードが,カテーテルとカニューレの引き離しの際,使用済みのカニューレを収めたハウジングをカテーテルハブから取り外す前にカニューレの引き込みが完了したことを,視覚的のみならず聴覚的にも明瞭に知らせることができることである(【0003】)。

(2)  従来の技術

尖端を持つ中空の針やカニューレを使用して患者の皮膚を穿刺する医療装置は業界で周知であり,輸血や血液以外の流体を患者に投与する際には,手前側に静脈に注入される液体の供給源と針とを接続させる部分を有する中空剛性の針を使って,静脈に穴を空ける必要がある(【0005】)。

しかし,このような静脈に穴を開けて投与する方法は,複数の問題を有する。最も重大な問題は,通常手術グレードの鋼を用いる針の剛性に起因する問題であり,患者の身体の異なる箇所に苦痛・不快感を伴う静脈穿刺が繰り返されることによって,患者に対して外傷に類似した経験を与えることになる(【0006】)。

このような問題を改善し,取り除くため,シラン系あるいはテフロンなど摩擦の少ない材料で作った可撓性のカテーテルチューブを患者の静脈に刺し込む方法により,患者に対する危険や不快感が改善された。可撓性のカテーテルの遠方端を患者の体腔(脈管の空隙や静脈)に位置させるため,カニューレや中空で尖端を有する針を用いて穿刺するのが普通である。穿刺後,カニューレあるいは中空針の外壁に入れ子式,すなわちスライド可能に同軸的に取り付けられてその回りにスリーブ状に延び出させることのできる可撓性のカテーテルチューブを,針の長さ方向に静脈まで進める。その後,カテーテルチューブを穿刺の位置で患者の体内に残したまま,その内側から針を引き抜き,針は適当な方法で廃棄する(【0007】)。

穿刺直後に患者の体内に配置された針は,患者がエイズに感染していたり,肝炎などの危険な伝染性の条件下にある場合等,感染源に曝されているおそれがあるため,医療スタッフが不注意や事故によって患者の身体から抜き取った使用済みの針を自分に刺してしまい,同じ病気に感染し,死に到る危険がある(【0008】)。

使用済みの引き抜いた針やカニューレを収める装置をカテーテルハブ上のロック機構から取り外す際,外科医は,両手でカテーテルハブと使用済みカニューレの分離操作をしなければならなかった。カテーテルハブと使用済みカニューレを分離するのは,その後,静脈に対して薬剤等の投与ができるよう,ルアーロックをカテーテルハブにあるルアーロック用の突起に取り付けられるようにするためである。そのためには,医療スタッフは,ほとんど同時,あるいは急いで連続的に2ないし3の操作をしなければならないため,操作が難しく,両手を使わざるを得なくなっていた。これら連続操作の1つが遅れ,カテーテルとカニューレを分離する操作を終えないままにしなければならないこともあった(【0009】)。

カテーテル挿入装置の使用済みカニューレを保護する入れ子式の部材は,現在では業界で知られているが,これらの入れ子式部材は,カニューレを「フェイルセイフ」で引き込み,保護するインターロックシーケンス入れ子式ガード部材を利用するものではない(【0010】)。

(3)  発明が解決しようとする課題

本件発明の目的は,使用済みカニューレを入れ子式シーケンスガード機構に「フェイルセイフ」で引き込むことのできるカテーテル挿入装置を提供することである(【0014】)。

(4)  課題を解決するための手段

本件発明においては,使用済みカニューレを保護する機構として,入れ子式でシーケンス移動するスリーブ形状の2つのガード部材を採用する。ロック装置により,カニューレはカテーテルを患者の静脈に案内する前に,ロック状態で延ばすことができる。カニューレを引き込む場合,各部材はロック状態で外側のスリーブが両ガード部材の一方にある凹みを越えて通過する第1の引き延ばし段階が実行される。第2の引き延ばし段階では,内側のガード部材同士は非ロック状態にあり,第2の二方向ロックが非ロック位置にある状態で,スリーブをさらに後方に引き延ばすことができる。さらに引き延ばした段階になると,当初のロック機構及び第2のロック機構が非ロック状態になり,インターロック式シーケンスガード部材は容易にさらに延び切った状態となる。前方ガード部材は,カニューレを完全に包み込むように後方ガード部材にロックされ,後方ガード部材はスリーブ状のハウジングにロックされる(【0017】)。

(5)  発明の実施の形態

カテーテル挿入装置は,カニューレがスライドして延び出るノーズガードを具備し,前方ガード部材の中に,第2のあるいは後方ガード部材が入れ子式に設けられ,ハウジング内に位置する。ハウジングは,両側に指に係合する面を有する。この面には,穿刺のためカニューレや中空針の先端を患者の体内に挿入する際,ユーザの指が滑るのを防止し,また装置をよい握り位置で保持できるように,リブを設けてもよい。ノーズガードは,カテーテルハブと対になるが,カテーテルハブは,ルアーロック用の突起を備え,カニューレの外表面にごく近い位置を延びていくカテーテルチューブを有する。カテーテルチューブは,周知のとおり可撓性で,摩擦係数が小さいテフロンなどのプラスチック材料から作られる(【0019】【図1】)。

カテーテルがカニューレを越えて患者の穿刺位置にまで延ばされると直ちに,カニューレはカニューレアセンブリ内の完全に保護される位置まで引き入れられる。カテーテルチューブを患者の静脈に差し入れたまま,カニューレアセンブリをカテーテルハブから取り外すことが可能になる(【0020】【図2】)。

ハウジングは,長手中空の矩形部材であり,カテーテルハブと長手に延びる頂壁の開口を有し,開口を通して血液チャンバを覗くことができる。血液チャンバは,カニューレの管腔と通じており,通常シリンダないし管状のスライド可能な入れ子はその両端に,患者の体内からの大量の血液を閉鎖する封止部材を具備する(【0021】【図3】【図4】)。

前方ガード部材は通常,2つの平らで平行に離隔された側壁又はアームを備える二股構造で,上方プッシュ-タブ機構と前方タブあるいはプレートとが一体形成される。前方タブあるいはプレートは,ノーズガードまで延びる。特別なノーズガード部材とカニューレの先端保護器は,種々の配置が用いられ,ノーズガードとカニューレ先端保護器のない他の設計も,他の型のカテーテル挿入装置あるいはルアーロック-カテーテル機構には適用可能である(【0022】【図5】~【図7】)。

後方ガード部材は,前方ガード部材と入れ子式の関係にあり,スライド可能に配置され,両ガード部材間の入れ子のスライド移動を可能にするよう,二股に分かれた側壁がスライドして入り込む長手の通路を有する。両ガード部材は,長手のハウジングに挿入することができる。ハウジングのラッチ機能は,【図11】及び【図12】のとおりである。(【0023】【図11】【図12】)。

カニューレの手前端は,シリンダ状の入れ子によって形成されるシリンダ状チャンバと通じるように封止部材を通って延び,入れ子の反対端は,必要に応じて患者の静脈から流れてきた血液を受け止め格納するよう,もう1つの封止部材によって封止される(【0024】【図1】【図11】【図12】)。

ハウジングは,後方ガード部材を完全にこの中に収め,他方,前方ガード部材は,ほぼ完全に後方ガード部材の中に収まっている。前方ガード部材は,カテーテルハブに入り込み,かつカニューレがスライドして容易に通過することができる通路を有するノーズガードを具備する。カニューレをこの位置で包囲するよう,封止部材を設ける(【0025】【図11】【図12】)。

2  引用発明及び相違点の認定の誤りについて

(1)  引用例1の記載について

ア 技術分野

引用例1に記載された発明は,静脈カニューレアセンブリに関する発明であり,特に,カニューレと,患者の皮膚を穿刺し,その開口部にカニューレを案内した後に引き抜かれる案内針とを含むアセンブリに関する。患者の皮膚に挿入されたカニューレは,体液の抜き出し又は薬物の導入に用いられる。

イ 発明を実施するための最良の形態

静脈カニューレアセンブリは,外部プラスチックカニューレと,案内針と,その引き込み位置に移動した時に案内針を包囲するための保護囲いとを含む。保護囲いは,同様に長方形断面である複数の入れ子式部材を含むが,この場合,部材の横断寸法は,近位部材から遠位部材で増加する。すなわち,中間部材の横断寸法は,近位部材よりも大きく,かつ遠位部材よりも小さい。

カニューレの遠位端は,カニューレハブの一端で固着される。カニューレハブの反対端は,カニューレハブに固定された一対の耳内に形成された凹部内に受けられ得る,一対の突起を含む,ルアー接続により近位保護囲い部材の近位端に固着される。このルアー接続は,保護囲いが一方を他方に対して単に回転させることによってカニューレハブに都合良く着脱できるようにする。

案内針の遠位端は,保護囲いの入れ子式の遠位部材に固定された針ハブに固着される。遠位部材の外面は,その対向側面で皿形にへこまされ,ユーザの親指及び第2指の間でその部材を都合良く把持することを可能にし,ユーザの人差し指は,近位部材の近位端に形成された直立ポストを係合させる。針ハブを通して形成されたボアは,通常,疎水性栓によって閉鎖される。

カニューレアセンブリは,案内針がその操作位置にあり,その端部がカニューレの端部を通して突き出ており,かつ保護囲いが収縮した入れ子状態にある圧縮状態で通常供給される。アセンブリは,この状態で通常包装及び滅菌される。

アセンブリが使用される時,針の近位端は,カニューレの近位端とともに,患者の静脈に挿入される。

血流が観察され次第,入れ子式の遠位部材は,その針ハブとともに外側に移動され,針を患者及びカニューレからも引き抜く。最初に遠位部材は,舌片がその先端部を中間部材の端部と係合してカチッと鳴るまで中間部材に対して外側に移動し,かつ次に中間部材は,その舌片がその先端部を近位部材の端部に対してカチッと鳴るまで近位部材に対して外側に移動する。このようにして,それぞれ2つの舌片がそれぞれ中間部材及び近位部材の端部と係合してカチッと鳴ることを示す2つのクリック音をユーザが聞く時,ユーザは,保護囲いの入れ子式部材がその拡張保護状態に移動し,カニューレから引き抜かれた針を保護することを知らされる。2つの舌片が定位置でカチッと鳴った時,それらは,上記入れ子式部材が針の端部を危険に露出する,その入れ子状態に向かって,反対方向に移動することを妨げる。

(2)  本件審決の引用発明の認定の当否

ア 「針ハブ」が「遠位部材の内部で,遠位端から近位端側へ突き出るように延びて設けられ,軸方向に相当の長さを有する」ものと認定しなかった点について

(ア) 前記(1)によれば,引用例1に記載された発明において,案内針は,「針ハブから近位端部側を越えて延び」ているから,案内針が延び始める起点は針ハブということができる。また,引用例1に記載された発明の案内針の遠位端は,入れ子式の遠位部材に固定された針ハブに固着されているものであるところ,引用例1の図10,図10a等によると,針ハブは案内針をその内部に挿入するとともに,案内針の一方の端部を保持するものということができる。

また,針ハブの軸方向について,案内針の軸方向であると解すれば,原告が主張するように,針ハブが遠位部材の内部で遠位端から近位端側へ突き出るように延びて設けられ,軸方向に相当の長さを有するものということができる。

(イ) 他方,本件発明1は,引用発明の案内針に相当するカニューレについて,「カニューレと,前記カニューレを受け入れるハウジングであって,前記カニューレは前記ハウジングの端部から延びて患者にカテーテルを差し入れるように構成されている,ハウジングと,前記ハウジング内にスライド可能に取り付けられたカニューレガード手段であって,当該カニューレの機能状態においては前記カニューレが当該カニューレガード手段の内部を通って延びる,カニューレガード手段を備え」と規定するものであり,カニューレがハウジングの端部から延びることは特定されているものの,カニューレの端部を保持する構成に係る具体的な特定はされていない。

(ウ) 引用発明の認定は,引用例1の記載に基づいて,本件発明1との対比において必要な限度で行えば足りるものである。本件発明1が,カニューレの端部を保持する構成について何ら特定していない以上,本件審決が,引用例1に開示されている案内針を保持する針ハブについて,本件発明1との対比において「遠位部材の内部で,遠位端から近位端側へ突き出るように延びて設けられ,軸方向に相当の長さを有する」構成を認定する必要を認めず,当該構成を有するものとして引用発明を認定しなかったからといって,引用発明の認定が誤りであるということはできない。

イ 「針ハブの外周と遠位部材の内周との間に,中間部材を収納するための空隙が設けられている」ものと認定しなかった点について

本件発明1は,引用発明の中間部材に相当する後方ガード部材の収納について,「前記後方ガード部材にスライド可能に取り付けられた前方ガード部材を具備し,前記カニューレが機能する状態では,前記前方ガード部材が前記後方ガード部材に引き込まれているとともに前記後方ガード部材が前記ハウジングに引き込まれていて,前記後方ガード部材と前方ガード部材は,前記カニューレが患者の身体から引き抜かれると同時に前記カニューレを収容して保護するように,前記ハウジングに対して互いに入れ子式に延び出ることができ」と規定するものであり,後方ガード部材がハウジングに引き込まれることは特定されているものの,ハウジング内で収納される空間に係る具体的な特定はされていない。

したがって,本件審決が,引用例1に開示されている針ハブについて,本件発明1との対比において「針ハブの外周と遠位部材の内周との間に,中間部材を収納するための空隙が設けられている」構成を認定する必要を認めず,当該構成を有するものとして引用発明を認定しなかったからといって,引用発明の認定が誤りであるということはできない。

ウ 案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することについて

(ア) 本件発明1は,カニューレについて,「カニューレと,前記カニューレを受け入れるハウジングであって,前記カニューレは前記ハウジングの端部から延びて患者にカテーテルを差し入れるように構成されている,ハウジングと,前記ハウジング内にスライド可能に取り付けられたカニューレガード手段であって,当該カニューレの機能状態においては前記カニューレが当該カニューレガード手段の内部を通って延びる,カニューレガード手段を備え」「前記カニューレは,前記ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する,カニューレ保護機構」と規定するところ,本件発明1のカニューレは,カニューレが機能する状態では,ハウジングの端部から延びてハウジングの一部の長さにわたってのみ延在し,その状態においてはカニューレガード手段の内部を通って延びるものであるということができる。本件発明1において,カニューレは,このハウジングの2つの端部のいずれか一方から延びるものであり,かつ,ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在するものであること,カテーテルを差し入れる患者側とは反対の端部からカニューレが延びると解すると,カニューレはハウジングの全体にわたって延在しなければ患者にカテーテルを差し入れるように構成することができないことに加え,本件明細書【0024】【図11】の記載からすると,カニューレが延びるハウジングの端部は,2つある端部のうち,カテーテルを差し入れる患者に近い側の端部であるということができる。

(イ) 他方,引用例1に記載された発明において,案内針は,遠位部材の遠位端にある針ハブから延びるものであるから,案内針が遠位部材の略全体の長さにわたって延在するものということができる。

(ウ) この点について,原告は,引用例1には,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することが明記されてはいないが,針ハブが遠位部材の内部で軸方向に相当の長さを有する以上,案内針が針ハブ内のボアの途中まで入った状態で固定されることにより,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することも当然に想定される事項であると主張する。

しかしながら,案内針が遠位部材の遠位端にある針ハブから延びるものである以上,案内針が延在する部分について,針ハブに保持される部分を除く意味で遠位部材の「略全体」ということができるものの,針ハブに保持される部分を除けば遠位部材の全体に案内針が延在することからすると,「遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在」するものとまでいうことはできない。

なお,引用例1には,針ハブ内における案内針の形状に係る記載はないが,針ハブ内に案内針の一部が存在するか否かは,上記認定を左右するものではない。

したがって,原告の上記主張は採用できない。

エ 小括

以上のとおり,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。

(3)  本件審決の相違点の認定の当否

原告は,引用例1では,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在することを前提として,本件発明1と引用発明との相違点は,原告主張相違点のとおり認定すべきであると主張するが,前記(2)ウのとおり,原告の主張はその前提を欠くものというべきである。

また,原告は,引用発明の「略全体」と,本件発明1の「一部の長さにわたってのみ延在する」とが具体的にどう異なるかは不明であると主張する。

しかしながら,前記のとおり,「略全体」とは,針ハブに保持される部分を除いた部分を意味し,案内針は,遠位部材の遠位端にある針ハブから他端にかけて全体的に延在するところ,本件発明1においては,カニューレはハウジングの端部(カテーテルを差し入れる患者に近い側の端部)から一部の長さにわたってのみ延在するものであるから,両者の相違が不明確であるということはできない。

したがって,原告の上記主張はいずれも採用できず,本件審決の相違点の認定に誤りがあるということはできない。

3  相違点に係る判断の誤りについて

(1)  引用発明と技術事項1及び2との組合せについて

ア 技術事項1及び2の認定の誤りについて

(ア) 引用例2の記載について

引用例2(甲3)には,おおむね次の記載がある。

a 特許請求の範囲

1:特に血管内用の針カテーテルであって,端部グリップと,関連するグリップ又は針を覆う端部ケーシングとを有する金属製針案内を含み,そして針のグリップとカテーテルのケーシングとの間に,針が後退した時に針を覆うように配置された延長可能な部材を有すること,後退した位置にある針の封鎖装置を有すること,およびカテーテルのケーシングの管腔内の流れをさえぎる手段を有すること,を特徴とする,上記の針カテーテル

2:前記の延長可能な部材が,他の中に挿入可能ないくつかの管状部材を含むはめ込み式の群から成る,請求の範囲1記載の針カテーテル

b 発明の詳細な説明

引用例2に記載された発明は,使用者又は他の人々に損傷を与えないように安全器具を備えた針カテーテルに関する発明である。

針カテーテルは,プラスチック材料製のカテーテル内に封入された針案内又は金属製心棒からなり,普通の針のように血管に挿入後,金属製針案内が引き抜かれ,例えば滴注を患者に投与するためにカテーテルに連結することができる。

引用例2に記載された発明は,針案内の端部グリップをカテーテルのケーシングに結合する延長したカバー部材を設けることにより,使用者又はその他の人々が金属製針案内で損傷する危険性を取り除くという目的を達成することができる。グリップとケーシングは,針をカテーテルから退かせた時に針を覆うように結合され,金属製針を後退位置に固定するための固定手段及び血液の流血を防止するための阻止手段を有する。

引用例2に記載された発明の第1構造形体による針カテーテルは,ねじ切りプラグにより閉鎖される端部グリップを取り付けた針案内又は金属製心棒と針とを囲み,上端部にグリップ又はケーシングを備えたカテーテルとを含む。ケーシングには,例えば滴注を連結する可撓性の側枝を取り付けてもよい。側枝には,先端にねじ切りプラグを取り付け,中間部分に流れの一時的な閉鎖手段を取り付けてもよい。

カテーテルのケーシングと金属製針のグリップとの間に,延長可能な弾力性部材である蛇腹が配置されている。

調節可能な羽根はカテーテルのケーシング内の蛇腹の上方に置かれ,上昇位置から管腔を塞ぐ下降位置へと移動可能である(【図2】【図3B】)。

針カテーテルが一旦血管の管腔内に挿入されると(【図1】),針案内又は金属製心棒は後退させられ,調節可能な羽根(【図12】)は下降する。羽根は逆L字の形体を有し,血液を止めるのに加えて針案内を封鎖し,針案内はカテーテルのケーシングに取り付けられた蛇腹内に封入された状態になることにより,針カテーテルの使用中又はその取外し中の接触感染の可能性が除かれる。

延長可能な部材は,はめ込み型であり,1つが他のものの中に挿入された3つの管状部材を含む構成でもよい(【図10】~【図14】)。最も内側の部材は針のグリップに取り付けられ,最も外側の部材はカテーテルのケーシングに取り付けることができる。

最大延長度は,2つの部材から外側に突き出てそれぞれ栓と係合する停止栓によって決定され,栓は部材から内側に突き出たものである。最大延長状態にあるはめ込み型の群の封鎖は,管状部材の後方縁上に位置するそれぞれの部材の壁部に設置された弾性停止舌状体により確実にされる。

(イ) 前記(ア)の引用例2の記載及び【図10】によると,引用例2に記載された発明において,1つが他のものの中に挿入された3つの管状部材のうち,グリップと最も内側の部材とからなる部材(内側部材)の内部に針の端部を取り付ける手段(針取付手段)が設けられるとともに,内側部材の外周面上に最も外側の部材とその他の部材とからなる手段(安全手段)が重なった状態で配置されているということができる。

また,最も外側の部材の一端部にカテーテルのケーシングを取り付ける手段(ケーシング取付手段)が設けられていること,針取付手段は内側部材の一端部に設けられ,針は内側部材の一部の長さにわたってのみ延在しているとともに,これらの針取付手段とケーシング取付手段とが近接して配置されているものということができる。

(ウ) この点について,原告は,引用例2に記載された発明において,針取付手段の遠位端からボアの途中までの間に針が存在しないという構成によっても,針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在している状態となるものであるから,引用例2には,引用例2に記載された原告主張の構成が記載されていると主張する。

しかしながら,引用例2に記載された原告主張の構成は針取付手段の位置を特定するものではないところ,本件審決は,相違点に係る判断のために針取付手段の位置を特定する必要から,技術事項1及び2のとおりに認定したものである。

したがって,引用例2には,引用例2に記載された原告主張の構成が開示されているとしても,そのことをもって,本件審決の技術事項1及び2の認定が誤りであるということはできず,原告の上記主張は採用できない。

(エ) 以上によれば,引用例2に技術事項1及び2が開示されているとした本件審決の判断に誤りはない。

イ 相違点に係る判断の誤りについて

(ア) 引用発明において,案内針は,遠位部材の遠位端にある針ハブから近位端部に向かって延びるものであるから,相違点に係る構成を採用するためには,案内針を保持する針ハブを近位端部に向かって移動させる必要があるというべきところ,前記2(1)によると,引用例1には,針ハブを近位端部に向かって移動させることに係る記載や,当該構成を示唆する記載は存在しない。

また,針ハブを引用発明の遠位部材の遠位端から近位端までの長さを有するものとし,案内針を近位端部で保持する構成(案内針を針ハブの途中まで入れた状態で固定する構成を含む。)によっても,相違点に係る構成を採用することができるが,引用例1には,針ハブを遠位部材の全体の長さにわたって設けることに係る記載や,当該構成を示唆する記載は,同様に存在しない。

(イ) 引用例2に開示された技術事項1の安全手段である各部材は,内側部材内に配置されるものではなく,針取付手段とケーシング取付手段との間に配置されるものでもないから,近位部材が中間部材に引き込まれているとともに中間部材が遠位部材に引き込まれている構成,すなわち近位部材と中間部材とが遠位部材内に配置される引用発明の構成とは異なるものである。

したがって,引用発明と技術事項1とは,使用済みの針を保護する部材の構成及び収納状態が異なるものであるから,当業者が引用発明に技術事項1を適用することが容易であるということはできない。

(ウ) 引用発明の針ハブを技術事項1及び2に基づいて遠位部材の近位端部に設けると,中間部材及び近位部材を遠位部材内に引き込むことが針ハブによって不可能となる。

また,中間部材及び近位部材を短くすることにより,これらの部材を遠位部材内に引き込むことができるようにした場合,中間部材及び近位部材を引き延ばしても案内針を収容できなくなり,引用発明の目的を達成することが不可能となる。

したがって,引用発明に技術事項1及び2を適用することには阻害事由があるというべきである。

(エ) この点について,原告は,案内針の後端を,針ハブ内を貫通するボアの近位端から途中まで入れたところで固定して,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する構成は,引用発明における案内針の遠位端を針ハブに固定する1つの実施形態として当然に予定されており,同発明の保護手段は遠位部材の遠位端近傍とカニューレハブの固着手段との間に配置されるものであるから,同発明に引用例2に記載された原告主張の構成を適用することについて阻害事由はないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,引用発明において,案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する構成が当然に予定されているということはできないから,原告の主張はその前提を欠くものというべきである。

しかも,引用例2に,「針の後端が,所定の長さのボアの途中まで入った状態で固定されていることにより,針が内側部材の一部の長さにわたってのみ延在するようになっている」構成が開示されているとしても,当該記載は,引用発明の針ハブを遠位部材の近位端部に向けて移動することを示唆するものではない。引用発明に技術事項1及び2を適用することに阻害事由が認められるのは,中間部材及び近位部材が針ハブによって遠位部材内に引き込むことが不可能となることに基づくものであるから,引用例2に記載された原告主張の構成をもってしても,当該阻害事由を解消し得るものではない。

また,原告は,カテーテル挿入用の機器においては,針ハブの内部の針の内腔と連通する空洞の部分に血液チャンバを設けることが周知の技術事項であること,引用例2の図10等には,ボアの遠位側の内側部材内に空間が存在し,その空間が血液視認機能を有し得ることが図示されていること,本件発明1の「ハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する」構成は,針取付手段がハウジングの近位端部に設けられて針取付手段とケーシング取付手段とが近接して配置されることによって「一部の長さにわたってのみ延在する」構成に限定されるものではなく,針ハブ内のボアの途中まで針の後端を入れたところで固定する構成を含むものであることなどから,当業者は,引用発明において,針ハブの内部の途中で固定した案内針の後端よりも後側に血液チャンバ用の空間を形成することを容易に想到し得たものというべきであると主張する。

しかしながら,引用発明において,案内針を針ハブの途中まで入れた状態で固定することにより遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する構成とすると,案内針は遠位部材の遠位端部から延びるものではなく,遠位部材のいわば中間部分から延びることになるから,当該構成は,「前記カニューレは前記ハウジングの端部から延びて患者にカテーテルを差し入れるように構成されている」という本件発明1の構成とは異なる構成というほかない。なお,引用発明において「案内針が遠位部材の一部の長さにわたってのみ延在する」構成を採用しても,ハウジング内においてカニューレの後端よりも後側に別の部材を配置する空間が形成されるという本件発明1と同様の技術的意義を有するものではない。

したがって,原告の上記主張はいずれも採用できない。

(オ) 以上によると,相違点に係る構成は,引用発明に技術事項1及び2を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

(2)  引用発明と引用例3及び4に記載された発明との組合せについて

引用例3(甲4)は,針及びその保護装置に係る文献,引用例4(甲5)は,カテーテルを患者に刺し込む方法に係る文献であるところ,原告が主張するとおり,引用例3には,針がハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する構成が記載されており,また,引用例4に記載された発明の針がハウジングの一部の長さにわたってのみ延在する構成となっている蓋然性が高いものであったとしても,前記のとおり,引用発明において上記構成を採用するためには,案内針を保持する針ハブを近位端部に向かって移動させるか,針ハブを引用発明の遠位部材の遠位端から近位端までの長さを有するものとし,案内針を近位端部で保持するように構成する必要がある。

そうだとすると,前記(1)と同様の理由から,引用発明に引用例3及び4に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が相違点に係る構成を容易に想到し得たものということはできない。

(3)  小括

よって,本件発明1は,引用発明に引用例2ないし4に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

また,本件発明2ないしは4は,本件発明1の構成をその構成の一部とするものであるから,同様の理由により,当事者が容易に発明をすることができたものということはできない。

4  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

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