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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10226号 判決 2013年2月18日

原告

サルトリアスステディムバイオテック

ジーエムビーエイチ

訴訟代理人弁理士

白浜吉治

白浜秀二

同復代理人弁理士

常光克明

被告

特許庁長官

指定代理人

中村浩

内藤伸一

中島庸子

瀬良聡機

芦葉松美

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-2783号事件について平成24年2月13日にした審決を取り消す。

第2前提事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,平成8年7月15日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1995年7月14日 (BE)ベルギー国)を国際出願日とする国際出願PCT/BE96/00076を基礎として,平成10年1月14日,発明の名称を「血液製剤中の汚染物質を不活性化する方法及び装置」(後に「血液製剤中の汚染物質を不活性化する装置」に補正)とする発明について特許出願(平成9年特許願第506100号)をしたが,平成20年11月4日付けで拒絶査定を受け,平成21年2月6日,これに対する拒絶査定不服の審判を請求(不服2009-2783号事件)し,平成23年6月27日付けの拒絶理由に応答して,同年11月24日付けで手続補正書を提出した。

特許庁は,平成24年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

平成23年11月24日付け補正による補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(甲8。以下,この発明を「本願発明」という。)。上記補正後の本願の特許請求の範囲,発明の詳細な説明及び図面(甲8ないし甲10)を総称して,「本願明細書」ということがある。

【請求項1】物理的処理によって血液製剤のウィルス不活性化を行う装置であって,Cタイプ紫外線照射源と,前記血液製剤にCタイプ紫外線を照射するために石英管または前記Cタイプ紫外線を吸収しないポリマー材から成る管と,前記管内を循環する前記血液製剤の流れを均質化する乱流システムとを備え,前記管では,薄層状態にない前記血液製剤を処理することによって,前記血液製剤が薄層状態である場合に前記管の固相/液相界面に発生する破壊現象を回避でき,前記装置がさらに,前記血液製剤に照射される前記Cタイプ紫外線の照射線量を制御するためのシステムを含み,前記血液製剤に230~400ジュール/㎡の前記照射線量を照射することを特徴とする血液製剤のウィルス不活性化装置。

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平6-279297号公報(甲2。以下「引用例E」という。),特開昭61-79461号公報(甲3。以下「引用例F」という。)に記載された事項及び周知技術を勘案し,英国特許出願公開第2200020号明細書(甲1。以下「引用例A」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,拒絶すべきものであるというものである。

(2)  上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明の内容

ウィルスを含有する血液の紫外線照射に用いるのに適した装置であって,Cタイプ紫外線照射源と,注入口と流出口と,その間に,実質的に紫外線を透過するシリカ,紫外線を透過するガラス,シリコン等の物質からなる管を有し,管に沿ってもしくは実質的に近接して少なくとも一つのCタイプ紫外線照射区域,注入口と流出口の間の通路において紫外線照射区域へ体液かその画分の実質的に全体を移動させるために,通過する液体を完全に混合することを目的として形成もしくは配置したスタティックフロー混合手段を取り付けられた単独の管からなり,それによって,装置を使用するときに管を通過する血液の実質的に全体が,同様に十分な照射レベルに曝されるものである装置。

イ 一致点

「物理的処理によって血液製剤のウィルス不活性化を行う装置であって,Cタイプ紫外線照射源と,前記血液製剤にCタイプ紫外線を照射するために石英管または前記Cタイプ紫外線を吸収しないポリマー材から成る管と,前記管内を循環する前記血液製剤の流れを均質化する乱流システムとを備える血液製剤のウィルス不活性化装置。」である点。

ウ 相違点

(ア) 相違点1

本願発明では,「前記管では,薄層状態にない前記血液製剤を処理することによって,前記血液製剤が薄層状態である場合に前記管の固相/液相界面に発生する破壊現象を回避でき」ることを特徴とするのに対し,引用発明では,この特定がない点。

(イ) 相違点2

本願発明では,「前記装置がさらに,前記血液製剤に照射される前記Cタイプ紫外線の照射線量を制御するためのシステムを含み,前記血液製剤に230~400ジュール/㎡の前記照射線量を照射する」ことを特徴とするのに対し,引用発明では,この特定がない点。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決には,以下のとおり,(1) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1),(2) 本願発明の顕著な効果の看過(取消事由2)があり,これらは結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。

(1)  相違点2に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)

ア 審決は,相違点2に関する判断の前提として,「刊行物E,F(判決注・引用例E,Fの誤記と認める。以下同様。)には,Cタイプ紫外線を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けることが記載されており,当該技術分野において,装置に設置するシステムは,当業者がその目的に応じて適宜選択し得るものである。」と判断した。

しかし,以下のとおり,引用例E(甲2),引用例F(甲3)には,Cタイプ紫外線を用いたウイルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けることが記載されているとはいえない。

すなわち,引用例Eには,「254nmに最大吸収波長を有する15wの紫外線ランプ6」(段落【0014】)と記載されるが,この記載は,紫外線ランプから照射される紫外線がCタイプ紫外線を意味するものとはいえない。引用例Eは,紫外線照射に関して,紫外線照射条件が一定に制御されていることが望ましいこと,濾液の流路へレギュレーターを取り付け,流速が一定値を保つようにしたこと,すなわち,紫外線照射による不活化処理を一定の時間受けるようにしたこと(3欄19~24行)を開示するものにすぎず,紫外線ランプが254nmの波長を有するCタイプ紫外線を照射するものであると仮定しても,タンパクを含む水溶性溶液についてのウィルス感染性除去方法として,濾液の流速を一定値に保つというだけであって,濾液に照射するのに適切な照射線量を制御しようとするものではなく,そのためのシステムを開示するものでもない。

また,引用例Fは,Cタイプ紫外線を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線強度を検知する紫外線センサ10,紫外線ランプ8の電源9を制御するコントローラ11を使用して,紫外線強度が常に一定になるように制御される(3頁左上欄15行~右上欄3行)ことを開示するものであって,紫外線の照射線量を制御することや照射線量を制御するためのシステムを開示するものではない。

イ 審決は,甲4(「厚生省血液研究事業 平成3年度研究報告集」,平成4年3月,80~82頁)及び甲5(「厚生省血液研究事業 平成4年度研究報告集」,平成5年3月,83~85頁)を引用して,血液製剤において,紫外線による種々のタンパク成分の失活やウィルスの不活性化はいずれも,その種類によって程度に差があること,第VIII因子の失活が少なくなるよう配慮しつつパルボウイルス等のウィルス失活性を向上させるために,230~400ジュール/㎡の範囲内の紫外線照射線量を検討し採用することは,一般的に知られていると認定し,また,周知技術として,甲4,甲5,甲6(特開平1-100129号公報)及び甲7(特開昭61-137821号公報)を引用して,一般に血液製剤等のタンパク成分を含有する溶液中のウィルスを紫外線により不活性化する際に,紫外線照射線量を,目的とするタンパク成分の失活が低く,かつウィルスが不活化するような範囲とすることも,当業者がその目的に応じて適宜なし得る旨認定した。

しかし,以下のとおり,甲4ないし甲7には,相違点2における,血液製剤に照射されるCタイプ紫外線の照射線量を制御するためのシステムを含み,血液製剤に230~400ジュール/㎡の照射線量を照射することに関する技術が示唆又は開示されているとはいえない。

すなわち,甲4には,「紫外線はサンプルをプラスチックプレートに薄層に入れ振とうさせて室温で殺菌灯を用い100erg/m㎡の線量で照射した」(80頁右欄13~16行)ことのみが記載され,照射すべき紫外線の波長については記載されていない。殺菌灯に紫外線の大部分が254nmの波長の紫外線である殺菌灯を使用することは一般的に知られているが,甲4記載の殺菌灯がそのようなものであるとする根拠は見当たらないから,甲4の紫外線の線量は,本願発明が要件とするCタイプ紫外線照射源を備えた場合におけるCタイプ紫外線の照射量と同一視することはできない。また,甲4記載の図2(審決は図3の誤記と認定している。)及び図4の横軸には,紫外線の線量(UV dose)が記載され,照射線量は100erg/m㎡(10ジュール/㎡)であるから,図2及び図4にプロットされている点の値は,相違点2の230~400ジュール/㎡よりも4000~5000倍も大きな値である。

甲5には,紫外線照射実験(83頁右欄最下行)として小規模実験と大規模実験とが記載されている。小規模実験では,第VIII因子の不活化を確認するために使用された照射線量が100ジュール/㎡で約10%の力価低下,300ジュール/㎡では20%の力価低下が認められ,100~300ジュール/㎡の間では力価が単調に低下している(図3)。力価に影響がないのは100ジュール/㎡(1000erg/m㎡)以下であって,100~300ジュール/㎡の間では,本願明細書の図4(甲10)が示すように照射線量を小刻みに変化させながら力価の変化を観察していないから,この実験に基づいて第VIII因子の不活化,すなわち力価の低下を最小限度に抑えようとする場合,100ジュール/㎡以下の線量を選択するのであって,100ジュール/㎡を越える線量を選択することはないといえる。一方,大規模実験では,線量を紫外線ランプを装置から外して外に取り出した状態で線量計を用いて測定したもの(84頁左欄第9~11行)であって,小規模実験系(図2,3)と大規模実験系(図4)の間で見られた実験結果の相違から,大規模実験の実際の照射量が測定値から計算された照射量よりも強いもの(84頁右欄13~16行)と考えられる。したがって,大規模実験における線量は,その測定方法において,本願発明の「前記血液製剤に照射される前記Cタイプ紫外線の照射量」に該当するものではない。そして,大規模実験の照射量として記載されている値よりも実際の照射量の方が強かったであろうことは,甲5にも示される。しかも,その実際の照射量の値が不明であるばかりではなく,使用した紫外線がCタイプ紫外線であるとする根拠も見当たらない。さらに,本願発明における照射線量は,「UVランプとは反対の側に,石英管6を照射するCタイプ紫外線量を(従って,血液製剤が受ける照射線量を)制御するシステム10を配置する」(甲9の12頁20~22行)ことによって測定されるところ,甲4及び甲5においては,試験装置のどのような部位の線量をどのような方法で測定したのかが不明である。紫外線の線量は,照射条件や測定条件によって変化するものであり,甲4及び甲5における紫外線の線量の測定条件,例えば試料と線量計との位置関係が不明であることから,本願発明における照射線量と甲4及び甲5に記載の照射線量とを単純に対比することはできない。

甲6には「本発明は,血漿または,血液凝固因子VIII含有分画を含めた血漿分画をβ‐プロピオラクトンによる処理および/または紫外線により滅菌する方法であって,一方では第VIII因子活性の収率を改良し,他方ではヒト病原性脂質ウィルスとヒト病原性蛋白質ウィルスの両方を不活化する方法を提供するという課題に基づいている」(3頁左上欄3~9行)と記載されるが,この方法は,「紫外線照射に先立ってまたはこれと同時に,トリ-n-ブチルホスフェートとコール酸ナトリウムまたはトウィーン(Tween)80等のポリオキシエチレン・ソルビタン・モノステアレートによる処理を実施する(1頁左欄特許請求の範囲の請求項1)」というものであるから,Cタイプ紫外線のみを使用する本願発明とは異なる。

甲7には,紫外線強度の範囲に関する記載はなされているが(2頁右下欄6行~3頁左上欄11行),紫外線照射線量の範囲に関する記載はない。

ウ よって,審決の相違点2に関する容易想到性判断は,前提及び根拠を欠くものであり,誤りである。

(2)  本願発明の顕著な効果の看過(取消事由2)

ア 審決は,230~400ジュール/㎡の範囲の照射線量に関し,本願明細書の図4の結果からは因子VIIIの活性が保持されているという効果を認める一方,表1,図5の結果からは,ウィルスは完全には不活性化されておらず,照射線量を規定することによってウィルスの不活性化における効果が十分に奏せられているものと認めることはできない旨認定した。

しかし,本願発明がウィルスの不活性化において効果を奏するものであることは,以下のとおり明らかである。

甲12(本願出願時の図面)の図5の表において,横軸における照射線量230ジュール/㎡と400ジュール/㎡とに対応する縦軸のLog Pfu/mlの値(Pfuは,plaque-forming unit (プラーク形成単位)を意味する。)を読み取ると,照射線量が0,230,400ジュール/㎡であるときにLog Pfu/ml の値は,およそ7.6,1.0,0.2であるから,照射線量が230,400ジュール/㎡であるときのウィルスの対数減少(本願明細書である甲9の16頁3行及び表1)は,7.6-1.0=6.6,7.6-0.2=7.4である。

これに対し,シンドビウィルスの感染性について,甲2には,ウィルス感染性の除去に関して,「紫外線の照射効果が本発明では,LRV=5であるのに対して,従来技術である膜濾過を行わずに紫外線照射を行った場合の効果はLRV=2.5であり,本発明により,飛躍的に向上したことがわかる。したがって,膜にウィルス除去性能が実質的になくても,紫外線による不活化効果が増加することがわかる(4頁第5欄第1~8行)。」と記載されており(LRVは対数除去率とも呼ばれ,本願明細書における対数減少と同義である。),本願発明がウィルスの不活性化においても効果を奏することは,甲12の図5において対数減少6.6と7.4が示されていることから明らかである。

イ また,審決は,「本願発明が,引用発明に比して当業者にとって予測困難な格別顕著な効果を奏するものであると認めることはできない」と認定した。

しかし,引用発明は,引用例A(甲1)記載の発明であって,その発明と本願発明との間には,相違点2が存在するところ,相違点2に係る本願発明の構成において,因子VIIIの活性が保持されるという顕著な効果が奏せられる。

したがって,予測困難な格別顕著な効果に関する審決の認定は,誤りである。

2  被告の反論

(1)  取消事由1(相違点2に関する容易想到性判断の誤り)に対し

ア 原告は,引用例E(甲2),引用例F(甲3)には,Cタイプ紫外線を用いたウイルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けることが記載されているとはいえない旨主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。

(ア) 引用例Eには,「最大吸収波長」(段落【0014】)と記載されるが,紫外線を放射する「紫外線ランプ6」についての説明として「吸収」(すなわち「放射」の反対)の用語が用いられるのは技術的に整合しないから,「最大吸収波長」の記載は誤記と解するべきであり,当業者にとっては,正しくは,紫外線ランプから放射される波長に関する用語が記載されるべきである。また,紫外線ランプについて波長が言及される場合には,それは紫外線ランプから放射される主力の波長を指していうことが一般的である(乙1ないし乙4,乙5の1)。このような技術常識から,引用例Eにおける上記「254nm」は,「紫外線ランプ6」から放射される紫外線の主力の波長を表すものと考えるのが相当である。しかも,254nmに主力の波長を有する紫外線は,Cタイプ紫外線に該当する(乙6)から,上記「254nmに最大吸収波長を有する15wの紫外線ランプ6」との記載から,当業者は,その「紫外線ランプ6」が放射する紫外線はCタイプ紫外線であると理解する。

仮に,引用例Eに記載された「紫外線ランプ6」が放射する紫外線が,Cタイプ紫外線でないか,又は,Cタイプ紫外線かどうか不明であるとしても,Cタイプ紫外線を照射することに関しては,引用例A(甲1)に,「254nmの波長」が特に好ましいものとして記載され,「Cタイプ紫外線照射源」を備えることも含めて,本願発明と引用発明との一致点と認められる。また,引用例E記載の装置でCタイプ紫外線が使用されていないとしても,引用例Aと引用例Eとは,血液に含まれるウイルスを紫外線で処理して不活化するという技術で共通するから,両引用例を組み合わせる動機付けはある。そうすると,相違点2の判断において,引用例Eから採用して引用例Aに組み合わせるのは,「紫外線の照射線量を制御するためのシステム」についてであり,引用例E記載の装置において使用されている紫外線がCタイプ紫外線でなくとも,審決の結論に影響はない。

また,引用例Eには,「紫外線の照射条件が一定に制御されていることが望ましい」ことを前提として,流速を一定値に保つため,すなわち,紫外線照射による不活化処理を一定の時間受けるようにするために「レギュレーター」が取り付けられ,当該「レギュレーター」の具体的態様に対応する「流量調節バルブ」は,流速を制御するものである旨(段落【0011】,【0015】)が記載されるから,照射条件を一定に制御するための装置として,具体的には流速を制御することにより紫外線照射時間を一定とする「流量調節バルブ」等のような「レギュレーター」を設けることが開示されているといえる。加えて,引用例E記載の装置は,「照射強度」を変更又は制御することが一切言及されないから,当該装置は,照射強度変更機能を有さず,照射強度が実質的に一定であることが開示ないしは示唆されているといえる。そうすると,引用例Eは,「照射強度」が実質的に一定であるような装置において「紫外線照射」の時間を一定とすることを開示している。ウイルスを含めた対象に対する紫外線の殺菌力は,紫外線の「照射量(又は照射線量)」で表され,「照射量(照射線量)」は「照射強度」と「照射時間」の積によって算出されるものであることが当業者の技術常識であるから(乙2,乙3),引用例Eには,実質的に,照射時間を一定にすることを通じて照射線量を一定に制御する装置が記載されているということができ,照射線量を一定に制御する装置を「システム」と称するかどうかは呼称の問題である。

さらに,引用例Eには,「照射条件が一定に制御されていることが望ましい」(段落【0011】)とも記載されるが,引用例Eがウィルス感染性除去装置について記載されるものであり,ウイルスを含めた対象に対する紫外線の殺菌力は,紫外線の「照射量(又は照射線量)」で表されるとの技術常識を踏まえれば,「照射条件が一定」とは,紫外線の殺菌力を決める「照射線量が一定」を意図していることが,当業者に明らかであるから,引用例Eには,実質的に,照射線量を一定に制御する装置(システム)が記載されているといえる。

仮に,「記載されて」いるとまではいえないとしても,上記のとおり,引用例Eには,「照射強度」が一定であることが念頭におかれた紫外線ランプを用いた装置において「紫外線照射」の時間を一定とすることが開示され,上記の技術常識を踏まえれば,引用例Eには,「Cタイプ紫外線を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けること」が示唆されるといえるから,審決の結論に影響はない。

(イ) 引用例Fには,紫外線強度を検知する紫外線センサ10,及び,当該センサからの検知情報に基づいて,紫外線ランプ8の電源9を制御するコントローラ11を設ける旨,並びに,紫外線強度が常に一定になるように制御される旨が記載されているから,紫外線強度が常に一定になるように制御するために,紫外線センサ10及びコントローラー11を設けることが開示されているといえる。

また,引用例Fには,「本実施例では,ランプの総出力,ランプ長及び原酒の流速から決まる紫外線照射時間等の設計的事項にもよるが,核酸が特異的に極大吸収する波長の紫外線を使用することによって,わずか数秒で十分な殺菌効果を得ることができ,このように極めて短時間の照射であるから蛋白質への影響はほとんどなく,従って殺菌後も原酒本来の味を保持することができる。」(2頁右下欄12~19行目)とも記載され,「殺菌効果」や「蛋白質への影響」が,紫外線の波長の他に,「ランプの総出力」(「照射強度」と比例関係にあるもの。)と「ランプ長及び原酒の流速から決まる紫外線照射時間」に依存することが開示されるといえる。一方,引用例F記載の殺菌装置について,「ランプ長」又は「流速」のような「紫外線照射時間」を決めるものを変更又は制御することは一切言及されず,「照射時間」を変更することが想定されない,すなわち,照射時間が実質的に一定のものであることが明らかであるから,引用例Fには,事実上「照射時間」が一定であるという前提で,「紫外線強度」を一定に制御することが開示されているといえる。ここで,「照射量(照射線量)」は「照射強度」と「照射時間」の積であるとの技術常識を踏まえれば,引用例Fには,実質的に,「照射線量」を一定に制御する装置が記載されているということができ,照射線量を一定に制御するための装置を「システム」と称するかどうかは呼称の問題である。

仮に,「記載されて」いるとまではいえないとしても,引用例Fには,十分な殺菌効果を得ることができ,蛋白質への影響が殆どないようにした殺菌装置において,「照射時間」を変更しない前提で,「紫外線照射強度」を一定とすることが開示され,上記の技術常識を踏まえれば,「Cタイプ紫外線を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けること」を示唆するものであるから,審決の結論に影響はない。

なお,引用例F記載の「ランプの総出力」と「照射強度」との関係については,「照射強度」は,「ランプ負荷」(単位[W/cm])に比例する関係にあること,「ランプ電力」を「発光長」で除した関係にあることが,当業者の技術常識であり(乙4),「発光長」が一定であれば,「照射強度」は,「ランプ電力」と比例関係にある。これらの技術常識を踏まえれば,引用例Fに殺菌効果に影響を与えるものとして記載された「ランプの総出力」は,乙4記載の「ランプ電力」に相当するものとして理解でき,「ランプ長」(実質的に「発光長」に相当する。)が一定であれば,「ランプの総出力」は「照射強度」と比例関係にあることも明らかである。そうすると,引用例F記載の「ランプの総出力」は,「ランプ長」が一定の下では,実質的に「照射強度」に対応するものである。

(ウ) よって,原告の上記主張は理由がない。

イ 原告は,甲4ないし甲7には,相違点2における,血液製剤に照射されるCタイプ紫外線の照射線量を制御するためのシステムを含み,血液製剤に230~400ジュール/㎡の照射線量を照射することに関する技術が示唆又は開示されているとはいえない旨主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。

(ア) 甲4について

「殺菌灯」には,通常,Cタイプ紫外線の照射源を用いることが,当業者の技術常識である(乙1ないし乙5の1)から,当業者であれば,甲4記載の「殺菌灯」における紫外線照射源については,Cタイプ紫外線を照射するものと理解できる。

また,甲4には,「紫外線はサンプルをプラスチックプレートに薄層に入れ振とうさせて室温で殺菌灯を用い100erg/m㎡の線量で照射した」(80頁右欄13~16行)との記載のみならず,図2(審決で図3の誤記と認めたもの)及び図4には,230~400ジュール/㎡の範囲内にある紫外線照射線量について具体的に記載されている。なお,甲4の「100erg/m㎡の線量」との記載は,時間の次元を持たないから「照射線量」を表すものではなく「照射強度」を表すものであり,各サンプルに共通する実験条件の一つを記載したものと理解すべきである。甲4には,照射線量(「UV dose(×102ergs/m㎡)」)を変化させた際の「ウイルス感染価の不活化」の変化や「第VIII因子凝固能の失活」の変化を記載しているから,上記「100erg/m㎡の線量」との記載は「100erg/m㎡の照射強度」を意図したものであることが明らかである。

さらに,甲4の図2(図3の誤記と認められるもの)及び図4の横軸に記載される紫外線の線量の単位は「×102ergs/m㎡」であり,「10」の指数は「7」ではなく,「2」である(乙7)。そして,23×102~40×102ergs/m㎡(すなわち,230~400ジュール/㎡)の範囲内にも,試験をした結果のプロットが記載されている。

(イ) 甲5について

甲5は,①第VIII因子製剤の活性を損なうことのない照射条件であることだけでなく,②種々のウイルスが不活化されることについても考慮の上で行った研究に関するものであることが明らかである。

原告の「100ジュール/㎡を超える線量を選択することはない」との主張は,線量の選択を,「力価」の観点(上記①の観点)だけによって行おうとする場合の議論であるが,甲5は,「ウイルスの不活化」の観点(上記②の観点)を含めて,紫外線の照射線量を検討したものであるから,「ウイルスの不活化」が十分でないことが明らかな100ジュール/㎡以下の線量の使用を示唆するものではなく,むしろ,小規模実験の結果である図2及び図3のグラフに照らすと,第VIII因子の活性がそれほど損なわれないが,ウイルスが不活化される線量として,大体の目分量において,2~3(×1000erg/m㎡),すなわち,200~300ジュール/㎡の辺りを示唆するものである。また,大規模実験の結果をみても,図4及び図5のグラフに照らすと,2~3(×1000erg/m㎡),すなわち,200~300ジュール/㎡の辺りの線量で十分に(それ以上の線量を照射してもそれに見合う高い効果が得られない程に)ウイルスが不活化されるとともに,vWFを伴う場合にはそのような線量でも第VIII因子の活性はそれほど損なわれないことを示している。そうすると,甲5は,その全体をみれば,第VIII因子の活性をそれほど損なわずにウイルスを不活化できる線量として,大体の目分量で200~300ジュール/㎡の辺りを示唆するものといえる。

また,殺菌において使用する紫外線は,殺菌力の強い254nm又は265nm或いはこれらの近傍の波長を用いることが本願出願前に技術常識であったから(乙1ないし乙5の1),甲5に,使用した紫外線の波長が記載されていなくとも,当業者であれば,上記の殺菌力の強い波長の紫外線,すなわち,Cタイプ紫外線を用いたものとして理解できるものである。

さらに,線量の測定にあたっては,試料への処理条件と極力同一の条件となるように照射条件及び測定条件を定めるのは,当業者であれば当然であり,例えば,検出器の位置については,試料と同一の位置とするか,それができない場合は,可能な限り同等か又は近接した位置とすることは技術常識である(乙5の1ないし3)。そうすると,甲4及び甲5において,「試料と線量計との位置関係」等の「紫外線の線量の測定条件」が記載されていないことが,甲4及び甲5に開示された線量と,本願発明における線量とを異質たらしめるものではなく,当業者であれば,甲4及び甲5に開示された線量は,一般性を有し,広く参照可能なものとして理解できる。

(ウ) 甲6及び甲7について

甲6には,紫外線照射を,「ウイルスの確実な不活化のために充分であるような強度」とするためには,例えば,「1mmの層の厚さの場合に1時間につき20ℓの貫流速度」との前提で,すなわち,照射時間が一定であるとの前提で,「2本の20ワットの紫外線ランプ」を用いて,「照射を1cmの距離をおいて実施」すればよいことが開示される(3頁右下欄17行~4頁左上欄2行)が,これは,照射時間が一定であるとの前提で照射強度の調整方法を示すものであるから,実質的に照射線量の具体的な調整方法を開示しているといえる。

甲7は,アルブミンなどの蛋白成分が損失せず,B型肝炎ウイルスの不活性化処理が不充分とならないように,「処理室を形成するガラス管またはガラス板の内表面の紫外線照射強度を1000~5000μW/c㎡となるように制御する」ことを目的として,「処理室内の紫外線照射強度は紫外線ランプの照射強度,紫外線と処理室のキョリ,処理室を形成する紫外線透過ガラス(通常石英ガラスが用いられる)の厚さで制御することができる。また紫外線ランプと処理室との間に滅光フィルタを設けて処理室内の照射強度を制御してもよい。」ことが開示され(2頁右下欄6行~3頁左上欄11行),具体的な調整方法についても続けて記載されている。加えて,甲7では,照射時間を所定の時間にするように管理することが記載されているから(3頁左上欄18行目~同頁右上欄3行目),上述の照射強度の制御の開示は,実質的に照射線量の制御を開示していることに他ならない。

したがって,甲6及び甲7には,「一般に血液製剤等のタンパク成分を含有する溶液中のウィルスを紫外線により不活性化する際に,紫外線照射線量を,目的とするタンパク成分の失活が低く,かつウィルスが不活性化するような範囲とすることも,当業者がその目的に応じて適宜なし得る」ことが示されるといえる。

(2)  取消事由2(本願発明の顕著な効果の看過)に対し

原告は,①甲12(本願出願時の図面)の図5の記載から,本願発明がウィルスの不活性化において効果を奏するものであることは,明らかである,②引用発明と本願発明の間の相違点2に係る本願発明の構成において,因子VIIIの活性が保持されるという顕著な効果が奏せられるとして,本願発明に,予測困難な格別顕著な効果を認めなかった審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

ア 上記①の主張について

本願明細書(甲9,甲10)の表1の結果をみれば,本願発明の範囲内である240ジュール/㎡の照射線量において,脳心筋炎ウイルスEMCは「4.49」の対数減少しか示しておらず,本願明細書(甲10)において不活性化条件とされる「5~9対数減少」を満足するものではないから,ウィルスの不活性化における効果が十分に奏せられているものと認めることはできない。

また,血液製剤において,紫外線による種々のタンパク成分の失活やウィルスの不活性化はいずれも,その種類によって程度に差があることは,一般的に知られているところ(甲4,甲5),本願発明は,血液製剤の有効成分たるタンパク成分についても,不活性化対象のウィルスについても,何ら特定されず,本願明細書では,本願発明でいう「血液製剤」には,「凝固因子・・・,フィブリノーゲン,フィブロネクチン,免疫グロブリン,アルブミン」等のような血液製剤が含まれること,本願発明でいう「ウィルス」についても,「パルボウイルス」の他,「エンベロープのないウィルス(HAV),エンベロープのあるウィルス(HIV,B,C,D,E及びG型肝炎ウィルスなど)」等のようなウィルス及び「EMCウィルス(脳心筋炎ウィルス)」が含まれることが記載される(甲9)。上記の知見を踏まえれば,本願発明における「血液製剤」の対象及び「ウィルス」の対象の範囲全体にわたる効果として,照射線量を230~400ジュール/㎡の範囲に特定したことによる顕著な効果が本願明細書に示されていないことは明らかである。

さらに,本願発明は,紫外線を照射するために血液製剤が流れる「管」の太さ等についても特定されておらず,太い管等も包含されることを許容するものとなっている一方,特定される照射線量の範囲は,血液製剤の単位体積当たりのものには特定されないから,太さによってはウィルス不活性化が不十分となる態様も本願発明に含まれることとなる。そうすると,本願発明の範囲全体にわたる効果として,照射線量を230~400ジュール/㎡の範囲に特定したことによる顕著な効果が本願明細書に示されていないことは明らかである。

したがって,これらの観点からも,本願発明に有利な効果が認められない旨を認定した審決に誤りはない。

イ 上記②の主張について

紫外線による種々のタンパク成分の失活やウィルスの不活性化はいずれも,その種類によって程度に差があることが一般的に知られており,タンパク成分の失活やウイルスの不活性化は,紫外線が照射される部分の構成によっても影響が及ぼされるものであるところ,引用例E記載のLRVの試験条件(試料,除去対象のウィルス種,紫外線が照射される部分の構成等)は,いずれも,本願明細書又は図面で記載した「対数減少」を試験した条件と異なるから,本願明細書又は図面における「対数減少」の値と,引用例E記載のLRVの値とを対比することには意味がない。

また,引用例E及び引用例Fには,タンパク質の変性等を防ぎつつ,ウィルスの不活性化をすることが開示されている。すなわち,引用例Eには,従来から「タンパクの変性」を防ぎつつ「ウィルスの除去」が行われてきたことが開示され(段落【0003】),引用例Fでも,「極めて効果的に殺菌し,かつ液体そのものの変質を伴わない液体の殺菌方法及びその装置を提供する」ことを目的とし(2頁右上欄第8~12行目),実施例では,「わずか数秒で十分な殺菌効果を得ることができ,・・・極めて短時間の照射であるから蛋白質への影響はほとんどなく」と記載される。そうすると,本願発明の効果が,予測困難な格別顕著なものであるということはできない。

したがって,本願発明の効果に関する審決の認定に誤りはない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由にはいずれも理由がないものと判断する。

1  取消事由1(相違点2に関する容易想到性判断の誤り)について

(1)  審決は,相違点2に関する判断の前提として,「刊行物E,Fには,Cタイプ紫外線を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けることが記載されており,当該技術分野において,装置に設置するシステムは,当業者がその目的に応じて適宜選択し得るものである。」と判断したが,これに対し,原告は,引用例E(甲2),引用例F(甲3)には,Cタイプ紫外線を用いたウイルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けることが記載されているとはいえない旨主張するので,以下,検討する。

ア 認定事実

(ア) 引用例E(甲2)には次の記載がある。

【発明の詳細な説明】【0001】【産業上の利用分野】本発明は,血漿や血漿分画製剤,あるいは細胞培養培地,バイオ医薬品等のタンパク共存溶液をはじめとする,ウィルスが混入する可能性のある溶液からのウィルス感染性の除去に際し,従来のものに比較して優れた除去性を有するウィルス感染性除去方法およびその装置に関する。

【0004】【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,・・・(1)膜濾過法における粒子径の小さなウィルス除去の困難性,および(2)紫外線照射法における効果的な大量処理の困難性を解決することである。

【0006】すなわち,本発明は,タンパクを含む水溶性溶液を,まず濾過フィルターで濾過し,次いで,濾過された液に紫外線を照射することを特徴とするウィルス感染性除去方法およびその装置である。

【0011】濾過フィルターを通過してきた濾液を,さらに紫外線照射による不活化処理を行う場合,紫外線の照射条件が一定に制御されていることが望ましい。そこで,濾液の流路にレギュレーターを取り付け,流速が一定値を保つようにした。すなわち,紫外線照射による不活化処理を一定の時間受けるようにした。

【実施例】・・・【0014】石英チューブ3は厚さ2mmの石英板により構成され,試料溶液は1mm×1mmの正方形の断面を流れるよう設計している。石英チューブから5cmの距離には,254nmに最大吸収波長を有する15wの紫外線ランプ6が,石英チューブ3をはさんで2本取り付けられている。さらに,その外側には,反射鏡7が取り付けられ,紫外線が反射して石英チューブに集まるように設計している。・・・

【0015】・・・流量調節バルブであり,そのバルブの開閉の程度により,流速が制御されている。・・・

(イ) 乙2(食品加工技術,Vol.11,No.2,1991 p.57-60)及び乙3(日本臨牀,Vol.49 1991年増刊号,「血液浄化療法(上巻)」, p.307-321)には次の記載がある。

「紫外線殺菌法における殺菌力は紫外線照射量・・・[紫外線照射強度(mW・/c㎡)×時間(秒)]で表わされる。」(乙2・58頁左欄3~5行)

「紫外線の殺菌力は,紫外線の照射量で決定され,紫外線強度ではない。その線量は次の式で示される。

紫外線線量(μwsec/c㎡)=紫外線強度μw/c㎡)×時間(sec)」

(乙3・319頁右欄21~25行)

イ 判断

(ア) 上記ア(ア) 認定の事実によれば,引用例E記載の発明は,膜濾過法における粒子径の小さなウィルス除去の困難性,及び,紫外線照射法における効果的な大量処理の困難性を解決すること目的とし,タンパクを含む水溶性溶液を,まず濾過フィルターで濾過し,次いで,濾過された液に紫外線を照射することを特徴とするウィルス感染性除去方法及びその装置であること,(【0001】,【0004】,【0006】),濾過フィルターを通過してきた濾液を,さらに紫外線照射による不活化処理を行う場合,紫外線の照射条件が一定に制御されていることが望ましいことから,濾液の流路にレギュレーターを取り付け,流速が一定値を保つようにし,紫外線照射による不活化処理を一定の時間受けるようにしたこと(【0011】),実施例では,石英チューブは厚さ2mmの石英板により構成され,試料溶液は1mm×1mmの正方形の断面を流れるよう設計され,石英チューブから5cmの距離には,254nmに最大波長(甲2には「最大吸収波長」と記載されるが,紫外線を放射する紫外線ランプが,紫外線を「吸収」することは技術的に矛盾するから,「吸収」の記載は誤記と理解される。)を有する15wの紫外線ランプが,石英チューブをはさんで2本取り付けられ,その外側には,反射鏡が取り付けられ,紫外線が反射して石英チューブに集まるように設計されており,流量調節バルブの開閉の程度により,流速が制御されること(【0014】,【0015】)が示される。

すなわち,引用例Eには,254nmに最大波長を有するCタイプ紫外線(乙6)を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線の照射条件が一定に制御されることが望ましいことから,試料溶液の流速を制御することは記載されるが,紫外線の照射強度を変更ないし制御することは記載されていない。

しかし,上記ア(イ) 認定の事実によれば,紫外線の殺菌力は,紫外線線量で表され,紫外線線量=紫外線強度×時間の関係にあることは,本願優先日当時の技術常識であることが認められるところ,引用例Eにおいて,「紫外線の照射条件が一定に制御されることが望ましい」と記載され,照射条件は,殺菌のための条件であるから殺菌力を考慮したものであることは当業者にとって明らかであるから,上記の技術常識を勘案すれば,「紫外線の照射条件」とは,紫外線線量を意味するものと理解される。そうすると,引用例Eには,紫外線の照射時間のみならず,照射線量を制御するためのシステムというべき構成を備えることが示唆されているといえる。

なお,乙4(食品工業,Vol.27,No.6,1984)には,高出力紫外線殺菌装置に関し,47頁右欄に,「ランプは点灯時間とともに殺菌線強度が低下するので,強度を管理しながら使用すべきである」と記載され,41頁の図1には,水銀蒸気圧により,253.7nm(殺菌線)の放射強度が変化することが記載されるが,上記の技術常識に照らすならば,引用例E記載の発明においても,紫外線の照射線量を制御するために,紫外線強度も,当業者において適宜管理するものであることが理解できる。

(イ) したがって,引用例Eにおいて,Cタイプ紫外線を用いたウィルス殺菌装置において,紫外線の照射条件を一定とするために,照射線量を制御するためのシステムを設けることは示唆されているということができるから,審決の上記判断に誤りはない。

(2)  審決は,甲4及び甲5を引用して,血液製剤において,紫外線による種々のタンパク成分の失活やウィルスの不活性化はいずれも,その種類によって程度に差があること,第VIII因子の失活が少なくなるよう配慮しつつパルボウイルス等のウィルス失活性を向上させるために,230~400ジュール/㎡の範囲内の紫外線照射線量を検討し採用することは,一般的に知られていると認定し,周知技術として,甲4ないし甲7を引用して,一般に血液製剤等のタンパク成分を含有する溶液中のウィルスを紫外線により不活性化する際に,紫外線照射線量を,目的とするタンパク成分の失活が低く,かつウィルスが不活化するような範囲とすることも,当業者がその目的に応じて適宜なし得る旨認定したが,これに対し,原告は,甲4ないし甲7には,相違点2における,血液製剤に照射されるCタイプ紫外線の照射線量を制御するためのシステムを含み,血液製剤に230~400ジュール/㎡の照射線量を照射することに関する技術が示唆又は開示されているとはいえない旨主張するので,以下,検討する。

ア 認定事実

(ア) 甲4には次の記載がある。

「研究要旨 安全性の高い血液製剤を得るために原材料中に迷入するウイルスを不活化することを目的として,放射線照射の条件を検討した。コバルト照射に比べ紫外線照射では第VIII因子凝固能の失活が少なく,ウイルス感染価を効率よく不活化させた。」(80頁左欄1~7行)

「B.研究方法 第VIII因子製剤中にウイルスを添加し,放射線照射を行い,ウイルス感染価,第VIII因子活性,ウイルス遺伝子の構造変化及び第VIII因子中の蛋白質の構造変化を続時的に調べた。・・・紫外線照射はサンプルをプラスチックプレートに薄層に入れ振とうさせて室温で殺菌灯を用いて100erg/m㎡の線量で照射した。」(80頁右欄5~16行)

「C.研究結果 ・・・図3にUV照射に伴うウイルス感染価の不活化の様子を示す。60Co照射と同様,ウイルス種により不活化され易さに差が見られ,RSVに比べPVは著しく不活化された。図4は同一条件下でのUV照射に伴う第VIII因子凝固能の失活の様子である。PV,RSV の感染価が1/100に低下する線量で第VIII因子凝固能はそれぞれ5%,20%の失活が見られた。」(81頁左欄10行~右欄7行)

「D.考察 ・・・60Co照射にくらべUV照射の方が第VIII因子凝固能の少ない失活でウイルスを不活化出来た。」(81頁右欄14~22行)

「図2,60Co照射に伴う第VIII因子凝固能の失活」と題するグラフには,およそ200ジュール/㎡から400ジュール/㎡の範囲(乙7)でも試験をした結果のプロットが記載されていることが認められる(82頁)。なお,同グラフは,その縦軸及び横軸の記載からすれば,正確には,「図3,UV照射に伴うウイルス感染価の不活化」との題であることが認められる。

(イ) 甲5には次の記載がある。

「研究要旨 血液製剤中に迷入する危険性のある病原性ウイルスを紫外線照射によって不活化する条件を検討した。」(83頁左欄1~4行)

「B.研究方法 ・・・紫外線照射実験

(小規模実験)紫外線線量の測定はUltra-Violet Products 社(米国,カルフォルニア)の線量計を用いた。試料2mlを9cm径プラスチックシャーレに入れ振盪しつつ100erg/m㎡の紫外線を種々の時間照射した・・・。

(大規模実験)J. J. Dill社(米国,ミシガン)製のプラズマ処理用の紫外線照射装置を用いた。線量は,紫外線ランプを装置からはずし外にとりだした状態で上記線量計で測定した。図1bに示した様にベリスタポンプを用いて試料を投入し,装置の円筒部分の傾きを変化させ流速を調節して種々の時間照射した。」(83頁右欄3行~84頁左欄14行)

「C.研究結果

(小規模実験)図2に示したようにポリオウイルスに比しパルボウイルスの方がやや不活化され易い傾向を示しているがいずれも1,000erg/m㎡の照射により感染価は1/102に低下し,3,000erg/m㎡の照射では1/106以下のウイルスしか検出されなかった。一方同一条件での第VIII因子(vWF を伴わない)の不活化の態度は図3に示したように,3,000erg/m㎡の照射では20%の力価低下が認められたが,1,000erg/m㎡の照射では約10%,それ以下の照射では活性にほとんど影響が無いと考えられた。

(大規模実験)結果を図4に示した。ポリオウイルス,パルボウイルス共に強く不活化され,1,000erg/m㎡の照射で1/106以下に低下していた。又,第VIII因子も1,000erg/m㎡の照射では50%,8,000erg/m㎡の照射では90%以上の不活化が認められた。一方,同一条件でvWF を伴う第VIII因子の不活化を調べたところ,図5に示したように9,000erg/m㎡の照射量でも活性の変化は認められなかった。」(84頁左欄15行~右欄1行)

「D.考察 ・・・我々はモデルウイルスとして,それぞれニワトリラウスザルコーマウイルス,日本脳炎ウイルス,ブタパルボウイルスを用いて,紫外線による不活化態度について研究を行い,1,000-5,000erg/m㎡の線量で各々のウイルスの感染価が1/102以下になることを示した。小規模実験系(図2,3)と大規模実験系(図4)の間でみられた実験結果の相違は,大規模実験の実際の照射量が測定値から計算された照射量よりも強いことによると考えられる。実際に血液製剤製造工程に用いる装置は紫外線照射量を正確に制御でき,又,常に照射量を明示し,記録しうる装置であることが望ましい。」(84頁右欄2~19行)

「E.結論 血液蛋白の活性をそこなうことなく,血液製剤に迷入するウイルスを不活化する方法として,紫外線照射処理が有効な方法であることが明らかになった。」(84頁右欄27~31行)

(ウ) 乙1(「歯科医学大事典 縮刷版」第1版),乙4(食品工業,Vol.27,No.6,1984)及び乙5の1(JIS Z 8811-1968)には次の記載がある。

「殺菌灯 ・・・低圧水銀灯(水銀殺菌灯)で・・・主力が265nm付近の紫外線を発生させ利用する。」(乙1・1046頁「殺菌灯」の項目)

「消毒[法] ・・・(紫外線照射消毒法)殺菌灯は260-280nmの波長の紫外線を出す。」(乙1・1336頁「消毒[法]」の項目)

「殺菌灯は低圧水銀ランプの1種であり,波長253.7nmの殺菌線を効率よく発光するランプである。」(乙4・41頁左欄2,3行)

「殺菌紫外線 紫外線のうち波長260nm・・・付近に最大殺菌効果を有する殺菌効果曲線の示す波長領域内のもの」(乙5の1の「2.用語の意味」(1) の項目)

イ 判断

上記ア(ア),(イ)認定の事実によれば,甲4,甲5に,紫外線の照射線量を制御しつつ,血液製剤中に迷入する危険性のある病原性ウイルスを紫外線照射によって不活化する条件を検討するための実験が行われたことが記載され,甲4の「図2,60Co照射に伴う第VIII因子凝固能の失活」と題するグラフ(正確には,「図3,UV照射に伴うウイルス感染価の不活化」)には,およそ200ジュール/㎡から400ジュール/㎡の範囲(乙7)でも試験をした結果のプロットが記載されている。甲5の小規模実験では,ポリオウイルスに比しパルボウイルスの方がやや不活化され易い傾向を示しているが,いずれも1,000erg/m㎡(100ジュール/㎡)の照射により感染価は1/102に低下し,3,000erg/m㎡(300ジュール/㎡)の照射では1/106以下のウイルスしか検出されなかった一方,同一条件での第VIII因子(vWF を伴わない)の不活化は,3,000erg/m㎡の照射では20%の力価低下が認められたが,1,000erg/m㎡の照射では約10%,それ以下の照射では活性に殆ど影響がないと考えられたこと,大規模実験では,ポリオウイルス,パルボウイルス共に強く不活性化され,1,000erg/m㎡の照射で1/106以下に低下し,第VIII因子も1,000erg/m㎡の照射では50%,8,000erg/m㎡の照射では90%以上の不活化が認められたが,大規模実験では,実際の照射量が測定値から計算された照射量よりも強いと考えられることが記載されている。なお,甲4及び甲5は,ほぼ同一の研究者らが,平成3年度及び平成4年度における「厚生省血液研究事業」において,研究報告を行ったものである。これらの記載によれば,少なくとも,100ジュール/㎡から400ジュール/㎡の間の紫外線照射線量で,血液製剤中のパルボウイルス等を不活化するとともに,第VIII因子の失活が少なくなるようにすることが可能であることは,甲4及び甲5に示唆されていると認められる。そして,上記の範囲において,いかなる照射線量を採用するかは,不活化すべきウイルスの種類等に応じて当業者が適宜選択し得るものであると考えられる。

また,上記ア(ウ)認定の事実によれば,甲4,甲5記載の研究の当時においても,紫外線による殺菌には,殺菌効果の高い波長が250-260nmのCタイプ紫外線を用いることが技術常識であったことが認められるから,甲4,甲5記載の実験においても,Cタイプ紫外線を用いたものと理解できる。

したがって,甲4ないし甲5には,血液製剤に照射されるCタイプ紫外線の照射線量を制御するためのシステムを含み,血液製剤に230~400ジュール/㎡の照射線量を照射することに関する技術が示唆されているということができるから,審決の上記判断に誤りはない。

(3)  よって,相違点2に関する審決の容易想到性判断は前提及び根拠を欠くとの原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(本願発明の顕著な効果の看過)について

原告は,①甲12(本願出願時の図面)の図5の記載から,本願発明がウィルスの不活性化において効果を奏するものであることは,明らかである,②引用発明と本願発明の間の相違点2に係る本願発明の構成において,因子VIIIの活性が保持されるという顕著な効果が奏せられるとして,本願発明に,予測困難な格別顕著な効果を認めなかった審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし,上記1(2)ア 認定の事実によれば,血液製剤中のウイルスの不活性化及びタンパク質成分の失活に関する紫外線照射の作用は,それらの種類により異なると認められるところ,本願発明はそれらが特定されておらず,個別具体的な試料についての実験結果にすぎない甲12の図5の記載に基づいて,本願発明の全体について顕著な効果を認めることはできない。

また,上記1のとおり,引用発明と本願発明の間の相違点2に係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到し得るものと認められる。そして,引用例Eの段落【0003】に,「タンパクの変性が少なく」,「ウィルスの除去」を行うとの技術思想が開示され,上記1(2)ア(イ) 認定の事実によれば,甲5には,「第VIII因子(vWF を伴わない)の不活化の態度は・・・,3,000erg/m㎡の照射では20%の力価低下が認められたが,1,000erg/m㎡の照射では約10%,それ以下の照射では活性にほとんど影響が無いと考えられた。」と記載されることから,因子VIIIの活性が保持されるという本願発明の効果についても,格別予想外のものということはできない。

したがって,審決が,本願発明について,引用発明に比して当業者にとって格別顕著な効果を奏するものとはいえない旨判断した点に誤りはなく,原告の主張は理由がない。

第5結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,審決に取り消されるべき違法はない。原告は,他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳 裁判官 武宮英子)

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