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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10228号 判決 2013年2月27日

原告

株式会社ミクニ

訴訟代理人弁理士

山本敬敏

被告

特許庁長官

指定代理人

田村嘉章

槙原進

氏原康宏

芦葉松美

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2011-14850号事件について平成24年5月8日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成13年5月16日,発明の名称を「オイルポンプ及び潤滑装置」とする発明について,特許出願(特願2001-146073。平成14年11月27日出願公開,特開2002-339874。以下「本願」という。)をしたが,平成23年3月31日付けで拒絶査定を受けたので,同年7月11日,これに対する不服の審判(不服2011-14850号事件)を請求するとともに,手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。

特許庁は,平成24年5月8日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月28日に原告に送達された。

2  特許請求の範囲

(1)  本件補正に基づく本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりであり,下線部が補正部分である(甲2-1。以下,この発明を「本願補正発明」という。)。本件補正に基づく本願の特許請求の範囲,発明の詳細な説明及び図面(甲2-1,2)を総称して「本願補正明細書」ということがある。

「【請求項1】潤滑油を吸入する吸入口と,吸入した潤滑油を圧縮して吐出する吐出口とを備えたオイルポンプであって,前記吐出口から潤滑油を吐出する以前に,前記吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた,ことを特徴とするオイルポンプ。」

(2)  本件補正前の出願当初の願書に添付された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(甲2-3。以下,この発明を「本願発明」という。)。

「【請求項1】潤滑油を吸入する吸入口と,吸入した潤滑油を圧縮して吐出する吐出口とを備えたオイルポンプであって,前記吐出口から潤滑油を吐出する以前に,前記吸入口から吸入された潤滑油に混入した空気を排出するための空気排出口を設けた,ことを特徴とするオイルポンプ。」

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本願補正発明は,特開平9-203308号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明であるから特許法29条1項3号に該当し特許出願の際独立して特許を受けることができず,あるいは,本願補正発明は,引用例記載の発明(以下「引用発明」という。引用例記載の発明にかかるオイルポンプの内部の構成を示す断面図は,別紙2の図1のとおりである。),及び,引用例の示唆に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項の規定において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下を免れない,②本願発明を構成する事項の全てを含み,更に他の事項を付加したものに相当する本願補正発明が,引用例に記載された発明であり,あるいは,引用発明,及び,引用例の示唆に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様の理由により引用例に記載された発明であり,あるいは,引用発明,及び,引用例の示唆に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本願発明は特許法29条1項3号,あるいは,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

(2)  上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容並びに本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明の内容

オイルを吸入する吸入側のポート9と,吸入したオイルを加圧して吐出する吐出側のポート3とを備えたトロコイドポンプ型のオイルポンプPであって,加圧過程中に,前記吸入側のポート9から吸入されて加圧された極く僅かの圧油及び吸い込まれた空気を排出する空気抜き穴8を最も吐出側のポート3に近い位置に形成した,トロコイドポンプ型のオイルポンプP。

イ 一致点

潤滑油を吸入する吸入口と,吸入した潤滑油を圧縮して吐出する吐出口とを備えたオイルポンプであって,加圧工程中に,前記吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた,オイルポンプ。

ウ 相違点

空気混入の潤滑油を排出する時期に関し,本願補正発明では,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」であるのに対し,引用発明では加圧過程中であるが,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」であるとは特定されていない点。

第3当事者の主張

1  審決の取消事由に係る原告の主張

審決には,本願補正発明の認定判断の誤り(取消事由1),引用発明の認定判断の誤り,一致点の認定判断の誤り及び相違点の看過(取消事由2),容易想到性判断及び作用効果の認定の誤り(取消事由3)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,審決は違法として取り消されるべきである。

(1)  本願補正発明の認定判断の誤り(取消事由1)

審決は,本願補正発明の「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口」との構成について,「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・排出するとは,『圧縮行程』において空気混入潤滑油排出口から排出が行われること意味するものと解される。さらに,『吐出行程』において排出を行うか否かは特定されていないといわざるを得ない。・・・『吐出口から潤滑油を吐出する以前』とは,圧縮行程を意味するものと解される」として,相違点は実質的な相違点とはいえない旨と判断した。

しかし,本願補正明細書の特許請求の範囲の請求項1の「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口」との記載は,同項の「吐出する以前に・・・排出する」との文言,発明の詳細な説明の段落【0027】,【0028】及び図9の各記載から,吐出動作よりも前において排出動作を行う空気混入潤滑油排出口(31d)であり,言い換えれば,空気混入潤滑油排出口(31d)が,吐出口(31c)からの吐出動作(吐出行程)よりも前において,空気混入潤滑油の排出動作(排出行程)を行うように形成されたものであって,吐出動作(吐出行程)中にも空気混入潤滑油を排出するものではない,すなわち,空気混入潤滑油排出口(31d)による排出動作(排出行程)の終りが吐出動作(吐出行程)よりも前であることを明確に規定するものと理解すべきである。したがって,本願補正発明について,「『吐出行程』において排出を行うか否かは特定されていない」との審決の判断は誤りである。

また,本願補正明細書の特許請求の範囲の請求項1,発明の詳細な説明の段落【0027】,【0028】及び図9の記載から,本願補正発明は,ポンプ行程が,吸入行程,圧縮及び排出行程,圧縮及び吐出行程からなるものであることは明らかである。したがって,本願補正発明が「排出行程」を含むことを無視し,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」とは,圧縮行程を意味するものとした審決の判断は誤りである。

以上のことから,相違点は実質的な相違点とはいえないとした審決の判断は,誤った本願補正発明の認定に基づくものである。

(2)  引用発明の認定判断の誤り,一致点の認定判断の誤り及び相違点の看過(取消事由2)

審決は,引用例の段落【0011】の記載は,「加圧過程中のみに排出し,吐出工程中に空気混合の潤滑油を排出しないことにより排出量を少なくすることを示唆しているといえる」として,上記第2の3(2)ア のとおり,引用発明を認定し,引用発明の「加圧過程中に,吸入側のポート9から吸入されて加圧された極く僅かの圧油及び吸い込まれた空気を排出する空気抜き穴8を最も吐出側のポート3に近い位置に形成した」態様と,本願補正発明の「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた」態様とは,「加圧工程中に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた」との概念で共通するとして,これを一致点と認定した。

しかし,審決には,引用発明の認定判断を誤り,一致点の認定判断を誤った結果,相違点を看過した誤りがある。すなわち,

ア 引用発明における空気抜き穴8がどのような作用をなすものかは,引用例の段落【0011】に「加圧過程中に空気抜き穴から空気を速やかに排出することができ,」と記載され,加圧過程中に排出動作を行うとはいえるが,排出動作がどの時点で終了するか(又は吐出動作との関係においてどの範囲まで及ぶのか)は明確に記載されていない。なお,同段落の記載は,可能な限り吐出中における排出を抑えるために,空間Sを介して吐出側のポート3と連通する空気抜き穴8の穴径を小さくするというものであり,吐出側のポート3による吐出動作(吐出行程)よりも前に空気抜き穴8による排出動作(排出行程)を行わせる構成を示すものではない。

一方,引用例の段落【0025】及び図1(a)の記載によれば,「吐出側のポート3と空気抜き穴8とは,空間S(すなわち加圧室)を介して連通するように形成された構成」が示されている。特に,「最も吐出側のポート3に近い位置に・・・空気抜き穴8が形成されている。」との積極的な記載からも明らかなように,空気抜き穴8が空間Sに連通する構成となっており,回転方向において各ポート3,9から外れた位置で,かつ,吐出側のポート3に近い位置に形成されており,空間Sが吐出側のポート3と連通して吐出する際に,空気抜き穴8からも排出する構成となっている。すなわち,引用発明のオイルポンプPは,吸入動作(吸入行程)→加圧及び吐出動作(加圧及び吐出行程)を行うものであり,空気抜き穴8による排出動作は,加圧過程(加圧行程)中だけでなく,吐出側のポート3からの吐出動作(排出行程)中にも行われる,言い換えれば,排出動作(排出行程)と吐出動作(吐出行程)とは独立しておらず同時に行われるものである。

そうすると,引用発明は,「オイルを吸入する吸入側のポート(9)と,吸入したオイルを加圧して吐出する吐出側のポート(3)とを備えたトロコイドポンプ型のオイルポンプ(P)であって,吐出側のポート(3)から吐出する際(吐出動作中)にも排出するべく,ポンプ外側に連通する空気抜き穴(8)を形成した,ことを特徴とするオイルポンプ。」と認定されるべきであり,審決の引用発明の認定判断には誤りがある。

イ また,上記アを前提とするならば,本願補正発明の「空気混入潤滑油排出口」は,上記(1) のとおり,吐出口から潤滑油を吐出する以前に排出動作を行う,すなわち,排出動作が終了した後に吐出動作が行われるものであるのに対して,引用発明の「空気抜き穴(8)」は,吐出側のポート(3)から吐出する際にも排出動作を行う,すなわち,吐出動作と排出動作が同時に行われる」ものであるから,両者は顕著に相違する。

また,本願補正発明は,上記(1) のとおり,排出動作(排出行程)と吐出動作(吐出行程)とを分けて独立させるために,特に「排出動作の終り」のタイミングを重要視しているのに対して,引用発明は,排出動作(排出行程)の終りのタイミングについて何ら言及も示唆もしていない。

さらに,本願補正発明は,上記(1) のとおり,「ポンプ行程が,吸入行程,圧縮行程,排出行程,吐出行程からなり,吸入し→圧縮しつつ排出し→圧縮しつつ吐出する」(本願補正明細書の特許請求の範囲の「吸入,圧縮,吐出,吐出する以前の排出」との文言,段落【0027】,【0028】及び図9の記載)ものであるのに対して,引用発明は,「ポンプ行程が,吸入行程,加圧行程,吐出行程からなり,吸入し→圧縮しつつ吐出及び排出する」(引用例の段落【0024】,【0025】)ものである点で,両者は顕著に相違している。

そうすると,本願補正発明の「空気混入潤滑油排出口を設けた」態様と,引用発明の「空気抜き穴8を最も吐出側のポート3に近い位置に形成した」態様は,相違点として認定されるべきである。

ウ したがって,審決は,引用発明の認定判断及び一致点の認定判断を誤った結果,相違点を看過したものであり,この相違点は実質的な相違点であるから,審決の誤りは結論に影響を及ぼす。

(3)  容易想到性判断及び作用効果の認定の誤り(取消事由3)

審決は,「(原告が主張するように,)『吐出時と同時に(吐出行程中に)空気混合の潤滑油を排出するものでないことが,明確に記載されて』いるとしても,・・・引用発明において,引用例の示唆を踏まえて,上記相違点に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者にとって設計事項にすぎないといえることとから,格別なものとは認められない」,「本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明,及び,引用例の示唆から当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない」旨判断した。

しかし,引用例には,「最も吐出側のポート3に近い位置に・・・空気抜き穴8が形成されている。」との積極的な記載及び図1の記載,すなわち,空間S(加圧室)が吐出側のポート3と連通して吐出する際に空間S(加圧室)は空気抜き穴8にも連通する構成が開示されているものの,吐出側のポート3が空間S(加圧室)と連通する前に,空気抜き穴8を閉鎖するような構成については,何ら開示されておらず,言及も示唆もなされていない。そして,上記(2)ア のとおり,引用発明のオイルポンプPは,吸入動作(吸入行程)→加圧及び吐出動作(加圧及び吐出行程)を行うものであり,空気抜き穴8による排出動作は,加圧過程(加圧行程)中だけでなく,吐出側のポート3からの吐出動作(排出行程)中にも行われるのであるから,「引用例の【0011】における・・・との記載は,加圧過程中のみに排出し,吐出工程中に空気混合の潤滑油を排出しないことにより排出量を少なくすることを示唆しているといえる。」とする審決は誤りである。

したがって,引用発明において,引用例の示唆を踏まえて,相違点に係る本願補正発明の構成とすることが,当業者にとって設計事項であるとはいえない。

また,引用発明のように「吐出動作時に排出動作も行う」と,吐出量にバラツキを生じ安定した供給が行えないおそれがあるが,本願補正発明では「吐出動作時に排出動作を行わない」構成としたため,「吸入された潤滑油の量よりも少ない量の潤滑油を予め設定して,その予め設定された少ない量の潤滑油を安定して吐出させることができる」という,引用発明では得られない(内在する)作用効果を奏するものであり,それ故に「混入空気量の極めて少ない潤滑油を種々の潤滑領域に圧送できるとともに,外付けオイルタンク及び配管,さらにはオイル落ち防止のチェックバルブ等を削除することができるため,装置の簡略化,低コスト化等を行うことができる。」という作用効果を奏するものである。

したがって,本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明,及び,引用例の示唆から当業者が予測し得る範囲内のものとはいえない。

よって,上記審決の判断は誤りである。

2  被告の反論

原告の主張する取消事由は,以下のとおり理由がなく,審決に取り消されるべき違法はない。

(1)  取消事由1(本願補正発明の認定判断の誤り)に対し

原告は,審決が,本願補正発明について「『吐出行程』において排出を行うか否かは特定されていない」,本願補正発明が「排出行程」を含むことを無視し,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」とは,圧縮行程を意味するものと判断したことは誤りであり,相違点は実質的な相違点とはいえないとした審決の判断は,誤った本願補正発明の認定に基づくものである旨主張する。

ア しかし,本願補正明細書の特許請求の範囲には,吐出動作中に空気混入の潤滑油を排出しないこと,言い換えると,排出動作の終わりが吐出動作よりも前であることは特定されておらず,吐出動作中に空気混入の潤滑油を排出することは除外されていない。

すなわち,特許請求の範囲には「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた」と記載されるが,これは,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」の状態として,空気混入潤滑油排出口が,空気混入の潤滑油を「排出する」態様(構成)であることを特定するものであって,「吐出口から潤滑油を吐出する以後」の状態,すなわち,吐出開始後の空気混入潤滑油排出口の態様(構成)について特定するものではなく,「空気混入の潤滑油を排出する」ことが「終わる」こと,すなわち,「排出動作の終わり」について特定するものでもない。

また,本願補正明細書の発明の詳細な説明には,「本発明に係るオイルポンプ」の実施形態が記載されるところ,「一の実施態様」においては,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」の状態について,先ずポンプ室が空気混入潤滑油排出口11dと連通し始めること(【0018】)が明らかであり,図3(d)に示す状態は,空気混入潤滑油排出口11dと吐出口11cとが共に潤滑油が満たされた領域(図3の斜線部),すなわちポンプ室と同時に連通しているから,先ずポンプ室が空気混入潤滑油排出口11dと連通し始め,続いてポンプ室が空気混入潤滑油排出口11dと吐出口11cとに同時に連通する状態となるものと解される。この状態では,空気混入の潤滑油の排出と吐出動作とが同時に行われ,吐出動作中に空気混入の潤滑油を排出しないとはいえないので,吐出動作中でも空気混入の潤滑油を排出できると解される。そうすると,この実施形態では,吐出動作前に先ず空気混入の潤滑油を排出し,続いて吐出動作が始まり,吐出動作中にも空気混入の潤滑油を排出するものといえる。「他の実施形態」では,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」の状態について,先ずポンプ室の空気混入潤滑油排出口22dが通路21d´と連通し始めること(【0024】)が明らかであり,図5(d)に示す状態は,通路21d´と連通した空気混入潤滑油排出口22dと吐出口21cとが共に潤滑油が満たされた領域(図5の斜線部),すなわちポンプ室と同時に連通しているから,先ずポンプ室の空気混入潤滑油排出口22dが通路21d´と連通し始め,続いてポンプ室が空気混入潤滑油排出口22dと連通した通路21d´と吐出口21cとに同時に連通する状態となるものと解される。この状態では,空気混入の潤滑油の排出と吐出動作とが同時に行われるから,吐出動作中に空気混入の潤滑油を排出しないとはいえず,吐出動作中でも空気混入の潤滑油を排出できると解される。そうすると,この実施形態では,吐出動作前に先ず空気混入の潤滑油を排出し,続いて吐出動作が始まり,吐出動作中にも空気混入の潤滑油を排出するものといえる。一方,原告の指摘する段落【0027】,【0028】は,「さらに他の実施形態」に関するものであるが,上記「一の実施形態」及び「他の実施形態」と同様に,吐出動作前に先ず空気混入の潤滑油を排出するものと理解できる(【0027】)。「さらに他の実施形態」は,あくまでも複数ある実施形態のひとつであって,上記「一の実施形態」及び「他の実施形態」と区別されるものではないから,その構造から,本願補正発明を,「排出動作の終わりが吐出動作よりも前である」構成と限定することはできない。

したがって,本願補正発明は,吐出動作中に空気混入の潤滑油を排出する構成をも含み得るものと解すべきであり,本願補正発明は「吐出動作(吐出行程)中にも空気混入潤滑油を排出するものではなく,排出動作(排出行程)の終わりが吐出動作(吐出行程)よりも前である」と限定する原告の主張は誤りである。

イ また,審決は,本願補正発明と引用発明との相違点を,空気混入の潤滑油を排出する時期と認定しているから,空気混入の潤滑油を排出する「排出行程」自体を無視するものではない。そして,その行程の時期が吐出口から潤滑油を吐出する以前であるので,吐出動作前の圧縮行程中であることは,最大吸入状態後であって吐出動作開始前は,ポンプ室の容積を収縮する圧縮行程中であることから明らかである。

したがって,本願補正発明に係る「吐出口から潤滑油を吐出する以前とは,圧縮行程を意味するものと解される」との審決の判断には誤りはない。

(2)  取消事由2(引用発明の認定判断の誤り,一致点の認定判断の誤り及び相違点の看過)に対し

原告は,①引用発明は,「オイルを吸入する吸入側のポート(9)と,吸入したオイルを加圧して吐出する吐出側のポート(3)とを備えたトロコイドポンプ型のオイルポンプ(P)であって,吐出側のポート(3)から吐出する際(吐出動作中)にも排出するべく,ポンプ外側に連通する空気抜き穴(8)を形成した,ことを特徴とするオイルポンプ。」と認定されるべきであり,審決の引用発明の認定判断には誤りがある,②本願補正発明の「空気混入潤滑油排出口を設けた」態様と,引用発明の「空気抜き穴8を最も吐出側のポート3に近い位置に形成した」態様は,相違点として認定されるべきであるとして,審決は,引用発明の認定判断及び一致点の認定判断を誤った結果,相違点を看過したものである旨主張する。

ア 上記①の主張に対し

(ア) 原告の主張は,審決における予備的な判断に対するものであって,審決に示した独立特許要件の判断に影響しない。

(イ) また,引用例の段落【0025】の記載によれば,引用発明は,密閉された空間S内に空気抜き穴8のみ連通させること(すなわち,この状態では,吸入側と吐出側の各ポート3,9は隠れており,空間Sに連通していない),吐出側のポート3が連通する前に,空気抜き穴8が連通することが明らかであり,そのように連通することで,「加圧過程中に空気抜き穴から空気を速やかに排出することができ」(【0011】)るものである。空気抜き穴8は最も吐出側のポート3に近い位置に形成されていることから,空気抜き穴8が密閉された空間S内に連通する時点では加圧過程中であることも自明である。そして,吐出過程までに,空気抜き穴8からの空気(空気混入の潤滑油)の排出が充分でなければ,結果として,吐出側のポート3から空気(空気混入の潤滑油)が吐出されることになり,空気抜き穴8としての機能が担保できないことになる。したがって,引用発明は,密閉された空間S内に空気抜き穴8のみ連通させた状態,すなわち,空気抜き穴8の連通時点(加圧過程)で空気を速やかに排出するように構成されたものといえ,特に吐出過程においてまで空気を積極的に排出しなければならないものではなく,原告が主張するような吐出側のポート3から吐出する際(吐出動作中)にも排出するべくしたものとはいえない。

さらに,引用例の段落【0011】に記載された,特に「極く僅かの圧油がクランク室へリークするだけであるため,オイルポンプの性能に支障が生じる程に低下させることはない。換言すれば,この空気抜き穴は,オイルポンプの吐出量に対してオイルポンプ機能を失わない又エンジンの不調を起こさない程度のものとなっている。」ことは,空気を速やかに排出することに加え,圧油の極く僅かのリークだけで,吐出に支障がないようにすることを意味し,吐出中のリーク,すなわち排出は当然吐出に幾ばくかの支障があるから,可能な限り吐出中の排出を抑える,ひいては排出しないようにすることを示唆しているといえる。

以上のとおり,審決の引用発明の認定判断に誤りはない。

イ 上記②の主張に対し

上記②の原告の主張は,本願補正発明に関する原告の誤った解釈に基づくものであり(上記(1) のとおり),その前提が誤っているから,失当である。

(3)  取消事由3(容易想到性判断及び作用効果の認定の誤り)に対し

原告は,引用発明において,引用例の示唆を踏まえて,相違点に係る本願補正発明の構成とすることが,当業者にとって設計事項であるとはいえない,また,本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明,及び,引用例の示唆から当業者が予測し得る範囲内のものにすぎないとはいえない旨主張する。

しかし,上記(1),(2)のとおり,本願補正発明の認定判断,引用発明の認定判断,及び一致点及び相違点の認定判断に誤りはなく,本願補正発明は,引用例に記載された発明であるから特許法29条1項3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

また,仮に,原告主張のように,本願補正発明が「排出動作が終了した後に吐出動作が行われる」ものであると解釈されるとしても,上記(2)ア のとおり,引用発明は,特に,吐出行程においてまで空気を積極的に排出しなければならないものではなく,引用例は,吐出行程中に空気混合の潤滑油を排出しないようにすることを示唆するものであるから,吐出動作までに排出動作を終了させること,すなわち,排出動作が終了した後に吐出動作が行われるものとすることに格別の困難性はなく,審決の認定,判断に誤りはない。

したがって,原告の主張は理由がない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本願補正発明の認定判断の誤り)について

原告は,本願補正発明の「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口」との構成は,空気混入潤滑油排出口による排出動作(排出行程)の終りが吐出動作(吐出行程)よりも前であることを明確に規定するものと理解すべきであるから,審決が,本願補正発明について「『吐出行程』において排出を行うか否かは特定されていない」と判断したこと,また,本願補正発明が「排出行程」を含むことを無視し,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」とは,圧縮行程を意味するものであると判断したことは,いずれも誤りであり,したがって,相違点は実質的な相違点とはいえないとした審決の判断は,誤った本願補正発明の認定に基づくものである旨主張するので,以下,検討する。

(1)  認定事実

本願補正明細書には,次の記載がある。

ア 特許請求の範囲の請求項1の記載は,上記第2の2の(1)のとおりである。

イ 発明の詳細な説明

【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,内燃機関(エンジン)等の潤滑油(オイル)を吸入して圧送するオイルポンプ及び潤滑装置に関し,特に,エンジンの下部にオイルパンを持たないドライサンプ式のエンジンに適用されるオイルポンプ及び潤滑装置に関する。

【0003】【発明が解決しようとする課題】ところで,上記ドライサンプ式の潤滑系においては,潤滑用オイルポンプ7の他に,搬送用オイルポンプ3,外付けのオイルタンク5及び配管4,6が必要である。また,長時間に亘って使用しない場合に,オイルタンク5から潤滑油が落ちるのを防止するべく,チェックバルブ8等を追加する必要がある。それ故に,これらの部品を配置するだけのスペースを必要とし,又,コストの増加を招く。

【0004】本発明は,上記の点に鑑みて成されたものであり,その目的とするところは,圧送される潤滑油への空気の混入をできるだけ抑制あるいは防止できると共に,オイルタンク及び配管等の部品を削除して,構造の簡略化,低コスト化等を図れるオイルポンプ及び潤滑装置を提供することにある。

【0005】【課題を解決するための手段】本発明のオイルポンプは,潤滑油を吸入する吸入口と,吸入した潤滑油を圧縮して吐出する吐出口とを備えたオイルポンプであって,上記吐出口から潤滑油を吐出する以前に,上記吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出するための空気混入潤滑油排出口を設けた,ことを特徴としている。この構成によれば,ドライサンプ式のエンジンの場合,クランクケース下部に溜まった潤滑油がオイルストレーナを介して吸入口から吸い上げられると,続いて圧縮され,そして吐出される前に,空気混入潤滑油排出口から混入した空気及び潤滑油の一部が排出され,残りの潤滑油が吐出口から吐出されて,種々の潤滑領域に向けて圧送される。このように,外付けのオイルタンク等を用いることなく,圧送用のオイルポンプだけで,混入した空気を排除することができる。

【0011】また,本発明の潤滑装置は,潤滑油を吸引する吸引口を有するオイルストレーナと,オイルストレーナの下流側に配置されて潤滑油を吸入する吸入口と吸入した潤滑油を圧縮して吐出する吐出口とを有するオイルポンプとを備えて潤滑油を圧送する潤滑装置であって,上記オイルストレーナとオイルポンプとの間の通路には,オイルストレーナから吸引された空気を排出するための空気排出口を設け,上記オイルポンプには,吐出口から潤滑油を吐出する以前に吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた,ことを特徴としている。この構成によれば,オイルストレーナから空気混じりの潤滑油が吸引されると,オイルポンプの吸入口に吸入される前に,先ず通路に設けられた空気排出口から少なくとも一部の混入空気が分離して排出される。そして,潤滑油が吸入口から吸入されると続いて圧縮され,そして吐出される前に,空気混入潤滑油排出口から混入した空気及び潤滑油の一部が排出され,残りの潤滑油が吐出口から吐出されて,種々の潤滑領域に向けて圧送される。このように,オイルポンプの上流側とオイルポンプにおいて,混入した空気を排除するため,空気の混入量が極めて少ない潤滑油を種々の潤滑領域に圧送することができる。

【0013】【発明の実施の形態】以下,本発明の実施の形態について,添付図面を参照しつつ説明する。図1は,本発明に係るオイルポンプを組み込んだ潤滑系を示すブロック図であり,図2(a),(b)及び図3は,オイルポンプの概略構成及び動作を説明するための断面図である。・・・

【0017】次に,オイルポンプ10の動作について,図3に基づき説明する。尚,図3においては,空気の混入した潤滑油の吸入及び圧縮,空気及び一部の潤滑油の排出,潤滑油の吐出動作を行なう行程を,一つのポンプ室にて示し,又,潤滑油が満たされた領域を斜線にて示す。先ず,インナーロータ13及びアウターロータ12が時計回りに回転することにより,図3(a)に示すように吸入口11bから潤滑油を吸入し始め,さらに回転することにより図3(b)に示すように潤滑油をさらに吸入する。

【0018】そして,図3(c)に示すように,潤滑油が最大に吸入された状態から,続いて圧縮行程に入り,図3(d)に示すように,先ずポンプ室が空気混入潤滑油排出口11dと連通し始め,混入した空気及び潤滑油の一部が空気混入潤滑油排出口11dから通路11d´を通って排出される。さらに,インナーロータ13及びアウターロータ12が時計回りに回転すると,空気混入潤滑油排出口11dは閉鎖されて,図3(e)に示すように,残りの潤滑油が吐出口11cから吐出されて,種々の潤滑領域に向けて圧送される。

【0019】ここで,吐出口11cから吐出される潤滑油の最大容積は,図3(c)に示すように,前の行程で圧縮された潤滑油Sの領域となる。実際には,インナーロータ13とアウターロータ12との協働作用により,4個のポンプ室が連続して,空気の混入した潤滑油の吸入及び圧縮,空気及び一部の潤滑油の排出,潤滑油の吐出動作を行なっている。

【0020】図4及び図5は,本発明に係るオイルポンプの他の実施形態を示すものである。・・・

【0023】次に,オイルポンプ20の動作について,図5に基づき説明する。尚,図5においては,空気の混入した潤滑油の吸入及び圧縮,空気及び一部の潤滑油の排出,潤滑油の吐出動作を行なう行程を,一つのポンプ室にて示し,又,潤滑油が満たされた領域を斜線にて示す。先ず,インナーロータ13及びアウターロータ22が時計回りに回転することにより,図5(a)に示すように吸入口21bから潤滑油を吸入し始め,さらに回転することにより,図5(b)に示すように潤滑油をさらに吸入する。

【0024】そして,図5(c)に示すように,潤滑油が最大に吸入された状態から,続いて圧縮行程に入り,図5(d)に示すように,先ずポンプ室の空気混入潤滑油排出口22dが通路21d´と連通し始め,混入した空気及び潤滑油の一部が空気混入潤滑油排出口22dから通路21d´を通って排出される。さらに,インナーロータ13及びアウターロータ22が時計回りに回転すると,図5(e)に示すように,残りの潤滑油が吐出口21cから吐出されて,種々の潤滑領域に向けて圧送され,空気混入潤滑油排出口22dは円筒面21aにより閉鎖される。尚,実際には,インナーロータ13とアウターロータ22との協働作用により,4個のポンプ室が連続して,空気の混入した潤滑油の吸入及び圧縮,空気及び一部の潤滑油の排出,潤滑油の吐出動作を行なっている。

【0025】図6ないし図9は,本発明に係るオイルポンプのさらに他の実施形態を示すものである。・・・

【0026】ここで,図6に示すように,空気混入潤滑油排出口31d及び通路31d´は,鉛直方向において吐出口31cよりも上方に設けられかつ所定距離だけ隔てて形成されているため,空気の分離がより効率良く行なわれる。また,インナーロータ13及びアウターロータ12の一側面13a,12a側にのみ吸入口31b,通路31b´,吐出口31c,通路31c´,空気混入潤滑油排出口31d,通路31d´が設けられているため,オイルポンプ30自体の薄幅化が行なえる。

【0027】次に,オイルポンプ30の動作について,図9に基づき説明する。尚,図9においては,空気の混入した潤滑油の吸入及び圧縮,空気及び一部の潤滑油の排出,潤滑油の吐出動作を行なう行程を,一つのポンプ室にて示し,又,潤滑油が満たされた領域を斜線にて示す。先ず,インナーロータ13及びアウターロータ12が時計回りに回転して吸入口31bから潤滑油を吸入し,図9(a)に示すように潤滑油を最大に吸入した状態に至ると,続いて圧縮行程に入り,図9(b)に示すように,先ずポンプ室が空気混入潤滑油排出口31dに連通し始める。そして,この状態から,図9(c)に示す状態を通過し,図9(d)に示すように空気混入潤滑油排出口31dが閉鎖されるまでの間に,混入した空気及び潤滑油の一部が空気混入潤滑油排出口31dから通路31d´を通って排出される。

【0028】さらに,インナーロータ13及びアウターロータ12が時計回りに回転すると,図9(e)に示すように,残りの潤滑油はさらに圧縮されつつ吐出口31cから吐出され始め,図9(f)に示すように潤滑油が完全に吐出されて,種々の潤滑領域に向けて圧送され,その後吐出口31cは閉鎖される。尚,実際には,インナーロータ13とアウターロータ12との協働作用により,4個のポンプ室が連続して,空気の混入した潤滑油の吸入及び圧縮,空気及び一部の潤滑油の排出,潤滑油の吐出動作を行なっている。

ウ 図3,図5,図9は,別紙1のとおりである。

(2)  判断

ア 上記(1) 認定の事実によれば,本願補正明細書の特許請求の範囲の請求項1には,吐出口から潤滑油を吐出する以前に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口が設けられていることは特定されているが,吐出口からの潤滑油の吐出以降の行程については,空気混入の潤滑油の排出を行うか否かについて記載されていない。そうすると,当業者が,請求項1の記載から,本願補正発明が,吐出口から潤滑油を吐出する以前に上記排出口により空気混入の潤滑油の排出を完了して,吐出口から潤滑油を吐出する以降は,空気混入の潤滑油の排出を行わないものであると,一義的に明確に理解することはできない。

そこで,本願補正明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,上記(1) 認定の事実によれば,本願補正発明の課題(目的)は,「圧送される潤滑油への空気の混入をできるだけ抑制あるいは防止できる・・・オイルポンプ及び潤滑装置を提供することにある」(【0004】)というのであるから,本願補正発明は,吐出口から吐出される潤滑油への空気の混入をできるだけ抑制あるいは防止することを目的としていることが認められるが,この目的は,単に吐出口からの吐出される潤滑油に空気ができるだけ混入しないようにすれば達せられるから,本願補正発明が,吐出口から潤滑油を吐出し始めた以降の行程においては空気混入の潤滑油の排出を行わないものであるか否かは,この記載のみからは判断できない。また,発明の詳細な説明には,発明の実施の形態が記載されるところ,「本発明の実施の形態」,「本発明に係るオイルポンプ」として段落【0013】ないし【0019】,【図1】ないし【図3】に記載されるオイルポンプは,「圧縮行程に入り,・・・先ずポンプ室が空気混入潤滑油排出口11dと連通し始め,混入した空気及び潤滑油の一部が空気混入潤滑油排出口11dから通路11d´を通って排出される。さらに,インナーロータ13及びアウターロータ12が時計回りに回転すると,空気混入潤滑油排出口11dは閉鎖されて,図3(e)に示すように,残りの潤滑油が吐出口11cから吐出され」る(【0018】)。すなわち,空気及び潤滑油の一部が空気混入潤滑油排出口から排出されている状態から,インナーロータ及びアウターロータが回転して(所要の時間経過して),潤滑油が吐出口から吐出されるようになるので,吐出口から潤滑油を吐出する以前に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けたオイルポンプであるといえる。また,このオイルポンプは,図3(d) に示される状態において,空気混入潤滑油排出口11dへの空気混入の潤滑油の排出と吐出口11cへの吐出動作とが同時に行われているから,吐出動作中に空気混入の潤滑油を排出しないものとはいえず,吐出動作中でも空気混入の潤滑油を排出できると解される。同様に,「本発明に係るオイルポンプの他の実施の形態」として段落【0020】ないし【0024】,【図4】,【図5】に記載されるオイルポンプも,空気及び潤滑油の一部が空気混入潤滑油排出口から排出されている状態から,インナーロータ及びアウターロータが回転して(所要の時間経過して),潤滑油が吐出口から吐出されるようになるので(【0024】),吐出口から潤滑油を吐出する以前に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けたオイルポンプであるといえる。また,図5(d) に示される状態において,空気混入潤滑油排出口22dへの空気混入の潤滑油の排出と吐出口21dへの吐出動作とが同時に行われているから,吐出動作中でも空気混入の潤滑油を排出できるオイルポンプであるといえる。そして,段落【0013】及び【0020】記載の「本発明」とは,本願補正発明をいうと解するのが自然であって,当業者もそのように理解すると考えられるから,上記の「本発明に係るオイルポンプ」は,いずれも本願補正発明の実施例であると解され,これらを本願補正発明の実施例から除外するべきであると認めるに足りる証拠はない。そうすると,本願補正発明は,吐出動作中でも空気混入の潤滑油を排出するオイルポンプを含むものと解される。

この点,原告は,「本発明に係るオイルポンプのさらに他の実施形態」として段落【0025】ないし【0028】,【図6】ないし【図9】に記載されるオイルポンプを指摘し,本願補正明細書の特許請求の範囲の請求項1は,空気混入潤滑油排出口(図9の31d)による排出動作(排出行程)の終りが吐出動作(吐出行程)よりも前であることを特定するものである旨主張する。しかし,「本発明に係るオイルポンプのさらに他の実施形態」も,段落【0013】ないし【0019】,【図1】ないし【図3】に記載されるオイルポンプ,段落【0020】ないし【0024】,【図4】,【図5】に記載されるオイルポンプと同様,本願補正発明の1つの実施形態にすぎず,「本発明に係るオイルポンプのさらに他の実施形態」のみから,同項の記載を原告主張のように限定して理解することはできない。

イ また,本願補正明細書の特許請求の範囲の請求項1における「吐出口から潤滑油を吐出する以前」の意味について検討すると,上記(1) 認定のとおり,請求項1には「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,前記吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口」との記載があり,「吐出口から潤滑油を吐出する以前」において,空気混入潤滑油排出口から空気混入の潤滑油が排出されることが理解される。また,請求項1には「潤滑油を吸入する吸入口と,吸入した潤滑油を圧縮して吐出する吐出口とを備えたオイルポンプ」と記載され,発明の詳細な説明の段落【0011】には「本発明の潤滑装置は,・・・上記オイルストレーナとオイルポンプとの間の通路には,オイルストレーナから吸引された空気を排出するための空気排出口を設け,上記オイルポンプには,吐出口から潤滑油を吐出する以前に吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた,ことを特徴としている。この構成によれば,オイルストレーナから空気混じりの潤滑油が吸引されると,オイルポンプの吸入口に吸入される前に,先ず通路に設けられた空気排出口から少なくとも一部の混入空気が分離して排出される。そして,潤滑油が吸入口から吸入されると続いて圧縮され,そして吐出される前に,空気混入潤滑油排出口から混入した空気及び潤滑油の一部が排出され,残りの潤滑油が吐出口から吐出されて,種々の潤滑領域に向けて圧送される。」と記載されるから,請求項1記載の「吐出口から潤滑油を吐出する以前」とは,吸入口からの吸入行程後の圧縮行程を意味するといえる。

ウ したがって,本願補正発明の「前記吐出口から潤滑油を吐出する以前に,前記吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口」との構成について,「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・排出するとは,『圧縮行程』において空気混入潤滑油排出口から排出が行われること意味するものと解される。さらに,『吐出行程』において排出を行うか否かは特定されていないといわざるを得ない。・・・『吐出口から潤滑油を吐出する以前』とは,圧縮行程を意味するものと解される」とした審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は理由がない。

2  取消事由2(引用発明の認定判断の誤り,一致点の認定判断の誤り及び相違点の看過)について

原告は,①引用発明は,「オイルを吸入する吸入側のポート(9)と,吸入したオイルを加圧して吐出する吐出側のポート(3)とを備えたトロコイドポンプ型のオイルポンプ(P)であって,吐出側のポート(3)から吐出する際(吐出動作中)にも排出するべく,ポンプ外側に連通する空気抜き穴(8)を形成した,ことを特徴とするオイルポンプ。」と認定されるべきであり,審決の引用発明の認定判断には誤りがある,②本願補正発明の「空気混入潤滑油排出口を設けた」態様と,引用発明の「空気抜き穴8を最も吐出側のポート3に近い位置に形成した」態様は,相違点として認定されるべきであるとして,審決は,引用発明の認定判断及び一致点の認定判断を誤った結果,相違点を看過したものである旨主張する。

しかし,上記1のとおり,審決の本願補正発明の認定に誤りはなく,本願補正発明の「前記吐出口から潤滑油を吐出する以前に,前記吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口」との構成につき,「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,・・・排出する」とは,「圧縮行程」において空気混入潤滑油排出口から排出が行われること意味し,「吐出行程」において排出を行うか否かは特定されていないと認められる。そして,引用例記載の発明における「加圧」は本願補正発明における「圧縮」に相当するから(当事者間に争いがない。),仮に,引用例記載の発明を,原告主張のように,吐出側のポート3から吐出する際(吐出動作中)にも空気混入潤滑油が排出されると理解するとしても, 引用発明の「加圧過程中に,吸入側のポート9から吸入されて加圧された極く僅かの圧油及び吸い込まれた空気を排出する空気抜き穴8を最も吐出側のポート3に近い位置に形成した」態様と,本願補正発明の「吐出口から潤滑油を吐出する以前に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた」態様とは,「加圧工程中に,吸入口から吸入されて圧縮された状態にある空気混入の潤滑油を排出する空気混入潤滑油排出口を設けた」との概念で共通すると解される。

したがって,審決には,原告主張のような一致点の認定の誤り及び相違点の看過は認められず,原告の上記①,②の主張は理由がない。

3  取消事由3(容易想到性判断及び作用効果の認定の誤り)について

原告は,引用発明において,引用例の示唆を踏まえて,相違点に係る本願補正発明の構成とすることが,当業者にとって設計事項であるとはいえない,また,本願補正発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明,及び,引用例の示唆から当業者が予測し得る範囲内のものにすぎないとはいえない旨主張する。

原告の上記主張は,「排出行程」と「吐出行程」とをそれぞれ独立した行程とし,本願補正発明が「吐出動作時に(空気混入潤滑油の)排出動作を行わない」構成であることを前提としたものであり,審決も,この主張を前提に,仮定的に容易想到性等の判断をしている。

しかし,上記1のとおり,本願補正発明について,「吐出行程」において排出を行うか否かは特定されておらず,かえって,本願補正明細書記載の実施例には,吐出動作時にも空気混入潤滑油の排出が行われる態様も示されていることから,仮に,原告主張のように,引用例記載の発明において,空気抜き穴8による排出動作が,吐出側のポート3から吐出する際(吐出動作中)にも行われると理解するとしても,本願補正発明と引用例記載の発明とは実質的に同一というべきである。

したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。

4  小括

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,審決に取り消すべき違法は認められない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

第5結論

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳 裁判官 武宮英子)

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