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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10230号 判決 2013年3月12日

原告

台湾積體電路製造股份有限公司

訴訟代理人弁理士

牛木護

高橋知之

清水榮松

守屋嘉高

矢野卓哉

外山邦明

被告

特許庁長官

指定代理人

早川朋一

鈴木匡明

西脇博志

田部元史

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2009-7809号事件について平成24年2月13日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存否である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成16年(2004年)6月14日(米国)の優先権を主張して,平成17年6月13日,名称を「導線近傍にスキャッタリング・バーを配置させてなる半導体デバイス」とする発明について特許出願(特願2005-172960号,請求項の数20)をし,平成20年12月1日付けの補正(乙1)をしたが,平成20年12月26日付けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,平成21年4月9日,拒絶査定に対する不服審判請求(不服2009-7809号)をし,特許庁による平成23年8月29日付けの拒絶理由通知を受けて,平成23年12月26日付けの補正(甲10,請求項の数18)をしたが,特許庁は,平成24年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年2月27日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

平成23年12月26日付けの補正(甲10)による特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,次のとおりである。

【請求項1】

ワークピースと,

前記ワークピース上に配置され,密集領域と孤立領域を備える絶縁材料と,

前記絶縁材料内の前記孤立領域内に配置され,第1の側辺およびこの第1の側辺に対向する第2の側辺を有すると共に,第1の長さを持っている少なくとも1本の第1の導線と,

前記絶縁材料内であって前記第1の導線の第1の側辺側近傍に前記第1の導線の第1の側辺から離間させて配置され,前記第1の長さに略等しい第2の長さを持っているN本の第1のスキャッタリング・バーと,

前記絶縁材料内であって前記第1の導線の第2の側辺側近傍に前記第1の導線の第2の側辺から離間させて配置され,前記第1の長さと略等しい第3の長さを持っているN本の第2のスキャッタリング・バーとを含み,

前記第1の導線は電気的に活性であり,前記N本の第1のスキャッタリング・バーと前記N本の第2のスキャッタリング・バーは電気的に不活性であり,

前記絶縁材料内の前記密集領域内に,前記第1の導線より高いパターン密度を有する複数の第2の導線が配置されており,前記第1の導線のシート抵抗と前記第2の導線のシート抵抗が等しくなるように,前記第1のスキャッタリング・バーと第2のスキャッタリング・バーを配置した半導体デバイス。

3  審決の理由の要点

(1)  特開2001-148421号公報(引用例1,甲2)に記載された引用発明,本願発明と引用発明との一致点,相違点は,次のとおりである。

【引用発明】

第1層間絶縁膜12表面における第2配線層18b表面の分布に粗密があり,その相対的に粗の領域にダミー配線層18cを形成することにより,第1層間絶縁膜12表面における第2配線層18b表面とダミー配線層18c表面とを合わせた分布の粗密を低減化したダマシン構造の多層微細配線を有する半導体装置。

【一致点】

ワークピースと,

前記ワークピース上に配置され,密集領域と孤立領域を備える絶縁材料と,

前記絶縁材料内の前記孤立領域内に配置され,第1の側辺及びこの第1の側辺に対向する第2の側辺を有するとともに,第1の長さを持っている少なくとも1本の第1の導線と,

前記絶縁材料内に,電気的に不活性である配線を含み,

前記第1の導線は電気的に活性であり,

前記絶縁材料内の前記密集領域内に,前記第1の導線より高いパターン密度を有する複数の第2の導線が配置されている半導体デバイス。

【相違点1】

本願発明は,電気的に不活性である配線が「第1の導線の第1の側辺側近傍に前記第1の導線の第1の側辺から離間させて配置され,前記第1の長さに略等しい第2の長さを持っているN本の第1のスキャッタリング・バー」及び「第1の導線の第2の側辺側近傍に前記第1の導線の第2の側辺から離間させて配置され,前記第1の長さと略等しい第3の長さを持っているN本の第2のスキャッタリング・バー」であるのに対して,引用発明では,ダマシンプロセスにおいて,「導電性物質の研削スピードを基体全面にわたって略均等」にするための「ダミー配線」であり,また,その具体的な長さ,本数,配置に関して特定がなされていない点。

【相違点2】

本願発明は,「第1の導線のシート抵抗と前記第2の導線のシート抵抗が等しい」ものであるのに対して,引用発明では,シート抵抗に関して特定がなされていない点。

(2)  相違点に関する審決の判断

ア 相違点1について

引用発明は,ダマシンプロセスにおける研削スピードを均等にするためのダミー配線を有するのに対し,本願発明のスキャッタリング・バーは,「孤立した導線106bのリソグラフィープロセスの光近接効果補正(OPC)を達成」(段落【0047】)するためのものである。しかしながら,露光工程において,近接露光効果の影響で,パターン密度に粗密があると現像後のパターン形状(幅等)が異ってしまうため,パターン密度が低い領域にダミーパターンを設けることにより均一のパターン幅を形成する技術は,特開2003-273221号公報(引用例2,甲6),特開2000-174020号公報(引用例3,甲7)に記載されているように当該技術分野において周知の技術である。また,引用例2(段落【0010】,【0011】)の記載からすると,ダミーパターンを形成し,パターン密度を均一化することにより,ケミカル・メカニカル・ポリッシング工程のバラツキを解消し,かつ,露光工程の近接露光効果によるパターン形状が異なるという課題も解決し得ること(近接効果補正がされること)は,当該技術分野において一般的に知られていることである。そうすると,当業者は,引用発明においてダミー配線を設ければ,近接効果補正もなされることを直ちに理解し得た。したがって,引用発明について,パターン密度の低い孤立領域にダミーパターンを設けることにより,ダマシンプロセスにおける研削スピードを均等にするのみならず,光近接効果補正を行い,均一のパターン幅を得るようにすることは,当業者ならば適宜なし得たことである。

また,スキャッタリング・バーの長さ,本数,配置などは,目標とするパターンの精度に応じて,近接効果補正を勘案して,当業者が適宜設定する設計事項である。そして,引用例1(【図1】~【図5】)及び引用例2(【図4】)に記載されるように,導線と離間して,導線と略等しい長さを有する複数のスキャッタリング・バーを導線の両側に設けることはごく普通のことである。したがって,孤立領域において導線の両側辺近傍に,導線と略等しい長さのスキャッタリング・バーを複数設けることは,当業者ならば適宜なし得たことである。

以上のとおりで,周知技術を勘案すれば,引用発明について相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者であれば適宜なし得たことである。

イ 相違点2について

引用発明に引用例2及び3で開示された周知技術を適用し,スキャッタリング・バーで近接露光効果補正を行うことによって,均一のパターン幅の配線が形成できることは,上記アで検討したとおりであり,そうすることにより,第1の導線のシート抵抗と第2の導線のシート抵抗が等しくなることは,当然の効果であって,当業者の予測の範囲内であるし,何ら新たな構成要件ではない。したがって,引用発明について,上記の周知技術を勘案し,第1の導線のシート抵抗と前記第2の導線のシート抵抗が等しくなるよう第1,第2のスキャッタリング・バーを配置することは,当業者であれば適宜なし得たことである。

なお,原告は,本願発明について,「導線パターンの両側近傍にスキャッタリング・バーパターンを配置するため,導線パターンの焦点深度が改善するとともに,リソグラフィープロセスの解像度が向上する。…密集領域と孤立領域における導線の外形寸法が等しい半導体デバイスを作製することができ,これによって,半導体デバイスの性能が改善され,ダイの異なる領域における抵抗率Rsが均一となる。」という作用効果を奏するものであり,引用例1~3には,この点に関する示唆がないので,引用発明について,引用例2及び3に開示された周知技術を適用する動機付けがないと主張する。しかしながら,パターンニングの際,繰り返しのダミーパターン(本願発明のスキャッタリング・バーパターン)を形成することにより,解像度が向上するとともに,焦点深度の範囲が広がることは,特開平8-45810号公報(周知例1,甲8),特開平11-145030号公報(周知例2,甲9)にも開示されているように,露光技術の分野において周知である。そして,高精度のパターンにより外形寸法が等しい半導体デバイスを作成できれば抵抗率Rsすなわちシート抵抗が均一になることは当業者にとって明らかである。

以上のとおりで,本願発明は,引用発明と周知技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由(相違点2の判断の誤り)

審決は,引用発明に引用例2及び3で開示された周知技術を適用することで,均一なパターン幅の配線が形成され得るので,第1の導線のシート抵抗と第2の導線のシート抵抗が等しいという相違点2に係る本願発明の構成は,当然の効果であるなどと判断した。

しかしながら,「シート抵抗」(Rs)は,導体の単位正方形シート(unit square sheet)の抵抗として定義され,導体の抵抗率(ρ)を導体の厚さ(t)で割ったものと等しい(Rs=ρ/t)。すなわち,シート抵抗は,導体の抵抗率と厚さによって決定されるが,導体の幅と長さには無関係である。このため,単に第1の導線と第2の導線の幅が均一であるだけでは,第1の導線のシート抵抗と第2の導線のシート抵抗が均一とはならない。したがって,引用例1~3には,シート抵抗が等しいという技術的事項は教示も示唆もされていないことになるから,これらを組み合わせたとしても,相違点2に係る本願発明の構成には至らない。

なお,被告は,本願明細書には,「導線」の抵抗率(ρ)や「導線」の厚さ(t)の変動を防止する旨の記載がないと反論する。しかしながら,本願明細書の段落【0031】に記載された導線の「外形寸法」が導線の「厚み」を意味することは,シート抵抗に関する上記の既知の定義と,本願発明の教示に基づき,当業者であれば一義的に認識可能であり,このことは,本願明細書の段落【0077】に,スキャッタリング・バーのサイズをスキャッタリング・バーの厚みとして明記していることからも理解できる。

また,周知例1及び2は,所定のパターンに近接してダミーパターンを形成する技術的事項を開示しているが,そこでは,ダミーパターンの除去等により,ダミーパターンは露光フォトレジストに残存しない。これに対し,引用例1~3は,フォトマスクでダミーパターンが残存する技術的事項を開示するものであるから,周知例1及び2に開示された技術的事項を引用発明に適用する動機付けは存在しない。

したがって,相違点2に関する審決の判断は誤りである。

第4被告の反論

本願明細書の記載によれば,本願発明は,フォトリソグラフィー工程における近接効果による孤立領域でのパターンの形状の歪みに起因する「導線の外形寸法」の変動を防止するため,また,この「導線の外形寸法」の変動の結果として生じる孤立領域と密集領域での「導線の抵抗率Rs」の変動を防止するために,孤立領域の導線パターンの両側近傍にスキャッタリング・バーパターンを配置するという解決手段によって,導線パターンの焦点深度が改善するとともに,リソグラフィープロセスの解像度が向上し,密集領域と孤立領域における導線の「外形寸法」が等しい半導体デバイスを作製することができ,結果として,密集領域における導線と孤立領域における導線との「抵抗率Rsが揃う」,すなわち「抵抗率Rs」が等しくなるという発明であり,本願発明の「シート抵抗」は,「抵抗率Rs」に対応するものである。

審決は,引用発明に引用例2及び3で開示された周知技術を適用することで,本願発明と同じ手法となることから,シート抵抗が等しくなるという本願発明の効果を奏するのは当然であると判断したのであって,審決の判断に誤りはない。

なお,原告は,「シート抵抗」は導体の抵抗率(ρ)と厚さ(t)によって決定される旨主張しているが,本願明細書には,「シート抵抗」に対応する「抵抗率Rs」の変動を防止する旨の記載があるのみで,「導線」の抵抗率(ρ)の変動を防止する旨の記載も,「導線」の厚さ(t)の変動を防止する旨の記載も,存在しない。

また,原告は,周知例1及び2に関して,引用発明に適用する動機付けがない旨主張している。しかしながら,審決は,周知例1及び2に開示された技術的事項を引用発明に適用したのではなく,審判段階において原告がした,本願発明によって解像度の向上とともに焦点深度が改善するという作用効果がある旨の主張に対して,そのような作用効果が周知であることを示すために周知例1及び2を提示したにすぎない。したがって,周知例1及び2につき動機付けが求められるものではない。

第5当裁判所の判断(相違点2に関する判断の当否について)

1  本願明細書(甲10,15)の記載によれば,本願発明について,次のとおり認められる。

本願発明は,半導体デバイスに導電構造を形成するためのダマシン法に関するものである(段落【0001】)。半導体デバイスに導線を形成するためのダマシンプロセスでは,絶縁材料等からなる層に光学的なフォトリソグラフィーによってパターンを形成するところ,光の近接効果により所望のパターンの形状が歪むことがあり(段落【0003】,【0007】,【0008】),半導体デバイスのデザインとして,パターンが密集して配置される密集領域と,間隔を広くとって配置される孤立領域がある場合,上記の近接効果は,密集領域では通常問題とならないが,孤立領域で特に問題となるため,密集領域と孤立領域とで,導線の寸法が異なり,導線の抵抗率Rsも異なることとなり,集積回路のパフォーマンスに悪影響を与えるという問題があった(段落【0009】,【0010】)。そこで,本願発明は,密集領域と孤立領域を備える集積回路のリソグラフィー技術を改善することを目的として(段落【0011】,【0012】),上記第2の2の構成を採用し,孤立領域の導線パターンの両側近傍にスキャッタリング・バーパターンを配置することによって,導線パターンの焦点深度が改善するとともに,リソグラフィープロセスの解像度が向上し,密集領域と孤立領域における導線の外形寸法が等しい半導体デバイスを作製することができ,これによって,異なる領域における抵抗率Rsも均一になるという効果を奏するものである(段落【0031】,【0037】)。

2  上記認定によれば,本願発明は,ダマシン法により半導体デバイスに導線を形成する際,孤立領域の導線パターンの両側近傍にスキャッタリング・バーパターンを配置するという構成によって,密集領域と孤立領域における導線の「外形寸法」が等しくなり,これによって,導線の抵抗率Rsも均一になるという効果を奏するものであるところ,本願発明が,フォトリソグラフィー技術により半導体デバイスの材料層にパターンを形成する技術,すなわち,「平面的な」パターンを材料層に転写する技術の問題点を解消するものであることに照らすと,本願発明の解決課題及び作用効果にいう導線の「外形寸法」が,立体的形状に関係する導線の「厚さ」ではなく,平面的な形状に関係する導線の「幅」を指すことは,当業者にとって自明であるといえる。

また,引用発明との間の相違点2に係る本願発明の構成の「シート抵抗」という用語は,当初明細書(甲15)に一切記載がなく,平成20年12月1日付けの補正によって加えられたものであるところ,原告自身が,この補正と同日付けで提出した意見書(乙2)において,請求項1の「前記第1の導線のシート抵抗と前記第2の導線のシート抵抗が等しい」という補正事項は,当初明細書の「半導体デバイス100の密集領域102における導線106aと孤立領域104における導線106bとの抵抗率Rsが揃うこととなる。」(段落【0047】)という記載に基づくものである旨主張していることや,上記1で認定したように,本願発明の効果が導線の抵抗率Rsを均一にする点にあることに照らすと,相違点2に係る本願発明の構成の「シート抵抗」は,導線の抵抗率Rsを言い換えたものと認められる。

したがって,本願発明は,孤立領域の導線パターンの両側近傍にスキャッタリング・バーパターンを配置するという構成によって,密集領域と孤立領域における導線の「幅」が等しくなり,これによって,それらの導線の抵抗率Rs,すなわちシート抵抗も等しくなるという効果を奏するものといえる。

そして,パターン密度が低い領域にダミーパターンを設けることにより,均一のパターン幅の配線(導線)を形成するという技術が,引用例2及び3に開示されるように周知の技術であって,これを引用発明に適用することが,当業者にとって適宜なし得るものであることは,審決が相違点1について説示するとおりであり(相違点1に関する審決の判断を原告は争っていない。),そのようにして密集領域と孤立領域とで導線の幅が均一になれば,それらのシート抵抗も等しくなることは当然の帰結というべきであるから,審決が,引用発明について,相違点1に係る本願発明の構成を採用することが容易であり,そうであれば,相違点2に係る構成を採用することも容易である旨判断したことに誤りはない。

原告が,「シート抵抗」や導線の「外形寸法」の意義について主張するところによっても,上記判断は動かない。

3  原告は,周知例1及び2に関して,そこに記載の技術的事項を引用発明に適用する動機付けがない旨主張するが,審決は,繰り返しのダミーパターンを形成した場合に,「解像度の向上と焦点深度の範囲が広がるという効果が奏されること」が周知であることを示すために,周知例1及び2に言及したにすぎず,そこに記載された技術的事項を引用発明に適用したのではないから,原告の上記主張は失当である。

第6結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)

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