知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10231号 判決 2013年3月13日
原告
ユーイーエイエンタープライゼズリミテッド
訴訟代理人弁理士
大塚康徳
同
大塚康弘
同
駒木寛隆
同
松本研一
同
高柳司郎
同
江嶋清仁
同
坂田恭弘
被告
特許庁長官
指定代理人
吉村博之
同
加藤惠一
同
樋口信宏
同
芦葉松美
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-1358号事件について平成24年2月13日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
本願は,2003年(平成15年)12月1日を国際出願日とする特許出願(特願2004-556489号。パリ条約による優先権主張・2002年(平成14年)11月29日,英国。発明の名称「画像信号処理方法」)であり,平成22年6月15日付け手続補正書により特許請求の範囲の補正がされたが,同年9月14日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,平成23年1月20日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2011-1358号)をしたが,特許庁は,平成24年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された(附加期間90日)。
2 特許請求の範囲の記載
平成22年6月15日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲(請求項の数11)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。)。
「入力画像信号の処理方法であって,各ピクセルに対して
(a) 前記入力画像信号の測定値を得るステップ,
ここで,前記測定値は,少なくとも前記信号の輝度i(x,y)を表す測定値を含み,更に
(b) 前記測定値を逆対数応答空間に変換して,変換された座標を得るステップ,
(c) 前記変換された座標から前記測定値の局所平均値μ(x,y)及び局所標準偏差σ(x,y),又は局所極大値M(x,y)及び局所極小値m(x,y),又は局所極小値m(x,y)及び局所平均値μ(x,y)の何れかを計算するステップ,
(d) 前記の計算結果に基づき,前記入力画像信号の輝度及びコントラストに無関係な局所色空間標準座標を定義する前記測定値の一次変換を計算するステップ,
(e) 前記一次変換を前記逆対数応答空間から逆変換して,逆変換標準座標を得るステップ,及び
(f) 前記逆変換標準座標から出力画像信号を形成するステップ,を実行することを特徴とする入力画像信号の処理方法。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平2-120985号公報(甲1。以下,「刊行物」といい,刊行物に記載された発明を「刊行物発明」という。)及び周知技術に基づいて,容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
審決が認定した刊行物発明の内容,同発明と本願発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。なお,審決は,本願発明と刊行物発明の対比に当たり,本願発明の請求項1記載の「逆対数応答空間」は「対数応答空間」の誤記であり,また,「局所平均値μ(x,y)及び局所標準偏差σ(x,y)」は「画像の局所空間領域における平均値μ(x,y)及び標準偏差σ(x,y)」を意味するものであるとして,それぞれ読み替えた上で,本願発明を認定した。
(1) 刊行物発明の内容
「コンピューター補助診断システムの分野において映像のエッジの鮮鋭度,及び,コントラストを高めるためのデジタル映像処理方法であり,
平均ピクセル値の函数だけでは十分でない局部映像情報の表示を,対照となるピクセルをかこむ領域における,ピクセル密度分布を,その要素が表示する,ピクセル密度の標準偏差を利用することにより,より良く表示するデジタル映像処理方法であって,
当該映像処理方法は,使用可能なグレースケール全体を通して,映像内にピクセル密度を,均等に分布することにより,全体的なコントラストを向上させるヒストグラム均等化に対して適用可能であり,
ピクセル値は輝度値の対数であってもよく,
写真フィルム材質を走査,及び,デジタル化する事により得られる,デジタル化密度,或いは,輝度値(或いは,その様な輝度値の対数)として得られるデジタル・ピクセル値Xの形の映像の表示が,ピクセル値Xの函数としての結果として生じる,デジタル・ピクセル値y,当該ピクセルXをかこむ窓におけるピクセル値の平均値m,及び,こうした窓における,ピクセル値の標準偏差を得るために処理され,
標準偏差を考慮する適用ヒストグラム均等化プロセスにおいて,映像処理が行われた後の結果として生じるピクセル値yを,元来のピクセル値x,スケールファクターA,標準正規累積分布G,平均値m,標準偏差sを用いた数式:
y=A・G((x-m)/s)
により算出する
ことを特徴とするデジタル映像処理方法。」
(2) 一致点
入力画像信号の処理方法であって,各ピクセルに対して
(a) 前記入力画像信号の測定値を得るステップ,
ここで,前記測定値は,少なくとも前記信号の輝度i(x,y)を表す測定値を含み,更に
(b) 前記測定値を対数応答空間に変換して,変換された座標を得るステップ,
(c) 前記変換された座標から前記測定値の画像の局所空間領域における平均値μ(x,y)及び標準偏差σ(x,y),又は局所極大値M(x,y)及び局所極小値m(x,y),又は局所極小値m(x,y)及び局所平均値μ(x,y)の何れかを計算するステップ,
(d) 前記の計算結果に基づき,前記入力画像信号の輝度及びコントラストに無関係な局所標準座標を定義する前記測定値の一次変換を計算するステップ,
(e) 前記一次変換から出力画像信号を形成するステップ,
を実行することを特徴とする入力画像信号の処理方法。
(3) 相違点
ア 相違点1
本願発明のステップ(d)が「局所色空間標準座標を定義する前記測定値の一次変換」を計算するものであるのに対し,刊行物発明は,「局所的」な「標準座標」を定義する「前記測定値の一次変換」であるとはいえるものの,「色空間」の標準座標については示されていない点。
イ 相違点2
本願発明は,計算された「一次変換」に対して,「(e)前記一次変換を前記逆対数応答空間から逆変換して,逆変換標準座標を得る」後に「(f)前記逆変換標準座標から出力画像信号を形成する」のに対し,刊行物発明は,計算された「一次変換」から「出力画像信号」を形成するまでの処理に関しては明らかではない点。
第3当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
(1) 取消事由1-1(本願発明の認定の誤り)
審決は,本願発明と刊行物発明の対比に当たり,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」は「対数応答空間」の誤記であるとして,「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えた上で,本願発明を認定した。
しかし,本願発明に係る請求項1のステップ(b)における「逆対数応答空間」への変換とは,①「対数応答空間」への変換,②「反対応答空間」への変換という2つの処理手順を含み,また,ステップ(e)における「逆対数応答空間」からの逆変換とは,③「反対応答空間」からの逆変換,④「対数応答空間」からの逆変換という2つの処理手順を含むものであり,「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えることはできない。
これに対し,被告は,本願発明の入力画像信号は,Lab系色空間信号であるとして,審決が本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えて,本願発明を認定したことに誤りはないと主張する。
しかし,平成17年10月17日付け手続補正書による補正後の明細書(以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明には,主にRGB系色空間信号を対象とする処理が記載されており,Lab系色空間信号を対象とする処理は直接的には記載されていない。また,本願発明に係る請求項1のステップ(a)の「前記測定値は,少なくとも前記信号の輝度i(x,y)を表す測定値を含み」とは,画像信号の測定値から輝度i(x,y)を算出可能であるという画像信号(RGB系色空間信号等の信号も含まれる)の一般的な性質を確認的に記載したにすぎない。したがって,RGB系色空間信号を処理対象から除外することを前提とする,被告の上記主張は失当である。
以上のとおり,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えた上で本願発明を認定した審決の判断には誤りがある。
(2) 取消事由1-2(相違点の看過)
審決には,上記(1)のとおり,本願発明の認定を誤った結果,上記相違点1及び2のほかに,以下の相違点があることを看過した誤りがある。
ア 相違点3
本願発明のステップ(b)においては,「前記測定値を逆対数応答空間に変換して,変換された座標を得る」,すなわち,「前記測定値」を①「対数応答空間」に変換し,さらに,②「反対応答空間」に変換して,当該「反対応答空間」に変換された測定値を「変換された座標」として取得するのに対し,刊行物発明は,②「反対応答空間」に変換する処理については示されていない点。
イ 相違点4
本願発明のステップ(e)においては,「前記一次変換を前記逆対数応答空間から逆変換して,逆変換標準座標を得る」,すなわち,「前記一次変換」を③「反対応答空間」から逆変換し,さらに,④「対数応答空間」から逆変換して,当該「対数応答空間」から逆変換された一次変換を「逆変換標準座標」として取得するのに対し,刊行物発明は,③「反対応答空間」から逆変換する処理については示されていない点。
(3) 取消事由1-3(相違点に対する判断の誤り)
審決は,①相違点1について,「一般に,画像処理の技術分野において,入力画像をRGB座標空間のカラー画像信号として入力し,当該RGB座標空間から輝度と2つのクロミナンスによる色空間に座標変換することにより,輝度値を算出し,画像の輝度を補正する技術は慣用技術にすぎない」とした上,刊行物発明は,カラー画像を対象としていないが,画像の輝度値を補正する技術であって,入力画像がカラー画像であっても同様に補正ができることは明らかであるから,刊行物発明に用いられた技術を慣用技術であるカラー画像の輝度値の補正に採用することに格別困難な点はない,②相違点2について,「画像処理の技術分野において,画像処理結果の画像を表示することは,ごく一般的に行われていることであり,通常,画像表示は線形座標による画像信号で出力を行うものであるから,刊行物発明において,対数のピクセル値yのままで画像を表示するのではなく,対数のピクセル値yに対して逆対数をとることにより,線形座標による画像信号を出力して画像を表示するようにすることがむしろ自然であ」り,相違点2に係る構成とすることは容易である,したがって,本願発明は,刊行物発明及び慣用技術に基づいて容易に想到し得た,と判断している。
しかし,審決の上記判断には,以下のとおり誤りがある。
ア 相違点1について
上記①の画像処理に関する輝度補正技術が慣用技術であるという点は,審決が引用する文献(特開2002-133409号公報。甲2)だけでは必ずしも明らかでなく,仮に,輝度補正技術が慣用技術に当たるとしても,刊行物や上記文献(甲2)には,刊行物発明に対してどのように輝度補正技術を適用すれば「色空間」の標準座標を導けるのかが具体的に示されておらず,カラー画像を対象としていない刊行物発明を用いて,カラー画像信号の輝度について同様に補正ができるとはいえない。
したがって,相違点1に係る構成は,容易に想到し得たとはいえない。
イ 相違点2について
上記②の画像処理の技術内容に関して,刊行物発明において,対数のピクセル値yに対して逆対数をとることにより,線形座標による画像信号を出力して画像を表示するように構成することが容易であることについては,文献等の根拠が不明確であり,これを裏付ける証拠はない。
ウ 以上のとおり,本願発明は,刊行物発明及び慣用技術に基づいて容易に想到し得たとはいえない。
(4) 取消事由2(手続違背)
審判手続において,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えて本願発明を認定することについて,原告に何ら意見を申し立てる機会が与えられなかったことは,特許法159条2項,50条の趣旨に反し,不意打ちとなるから違法である。
また,「逆対数応答空間」という記載に誤記を含むとすると,そのような記載は明確でないこととなるから,審判長が,特許法36条6項2号に違反する旨の拒絶理由通知をしなかったことは,同法159条2項,50条に違反する。
2 被告の反論
(1) 取消事由1-1(本願発明の認定の誤り)に対して
原告は,審決には,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えた上で,本願発明を認定した誤りがあると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。
すなわち,本願発明に係る請求項1のステップ(b)の「前記測定値を逆対数応答空間に変換」とは,その記載から明らかなとおり,変換対象が「前記測定値」であることのほか,変換が「逆対数応答空間に変換」する処理であることを特定しているのであって,変換が「対数応答空間に変換」及び「反対応答空間に変換」の2つの処理からなることを特定しているとはいえない。
また,本願発明に係る請求項1のステップ(a)に「前記測定値は,少なくとも前記信号の輝度i(x,y)を表す測定値を含み」とあるように,本願発明の入力画像信号は,信号の輝度を表す測定値を含むLab系色空間信号であり,RGB系色空間信号ではない。そして,入力画像信号がLab系色空間信号の場合,入力画像信号の測定値として,既に信号の輝度を表す測定値(L)が存在しているから,逆対数応答空間の輝度(l)を得るための処理として,「対数に変化する処理」(L→l)は必要であるが,「反対応答空間に変換する処理」は不要である。
したがって,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えた上で,本願発明を認定したことに誤りはない。
仮に,本願発明に係る請求項1の「入力画像信号」及び「逆対数応答空間」を,それぞれ「RGB系色空間信号」及び「対数応答空間への変換及び反対応答空間への変換の2つの処理を必ず経た後の空間」の意味に解釈するとしても,刊行物発明は,画像の輝度値を補正する技術であり,慣用技術(RGB座標空間から輝度と2つのクロミナンスによる色空間により座標変換することにより輝度値を算出し,画像の輝度を補正する技術)と組み合わせることに格別困難な点はないから,審決は結論において誤りがない。
(2) 取消事由1-2(相違点の看過)に対して
審決には,上記(1)のとおり,本願発明の認定の誤りはないから,相違点3,4の看過もない。
仮に,本願発明と刊行物発明との間に相違点3,4が存在するとしても,相違点3,4は,色空間についての相違点1に包含され,相違点1と同様に,刊行物発明に用いられた技術を慣用技術であるカラー画像の輝度値の補正に採用することに格別困難な点はないといえる。
(3) 取消事由1-3(相違点に対する判断の誤り)に対して
ア 相違点1について
原告は,画像処理に関する輝度補正技術が慣用技術である点は裏付けが足りないし,仮に,輝度補正技術が慣用技術に当たるとしても,カラー画像を対象としていない刊行物発明を用いて,カラー画像信号の輝度について同様に補正ができるとはいえない,したがって,相違点1に係る構成は,容易に想到し得たとはいえない,と主張する。
しかし,RGBの入力画像信号をLab等に変換し,人間が感じる変量毎に調整を行う(輝度が不満足な場合は輝度を調整し,色相や彩度が不満足な場合は色相や彩度を調整する)ことは慣用技術である(乙2~4)。
したがって,原告の上記主張は失当である。
イ 相違点2について
原告は,刊行物発明において,対数のピクセル値yに対して逆対数をとることにより,線形座標による画像信号を出力して画像を表示するように構成することが容易であることを裏付ける証拠はないと主張する。
しかし,画像を調整するために画像信号を線形応答空間から対数応答空間に変換したのであるから,画像の調整が終わったら,対数の逆関数によって元に戻す等の表示に備えた各種処理を行うことは当然である。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(4) 取消事由2(手続違背)に対して
原告は,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えて本願発明を認定することについて,原告に意見を申し立てる機会が与えられなかったことは,特許法第159条2項,50条の趣旨に反し,不意打ちとなる,また,「逆対数応答空間」という記載に誤記を含むとすると,そのような記載は明確でないこととなるから,審判長が,同法36条6項2号に違反する旨の拒絶理由通知をしなかったことは,同法159条2項,50条に違反すると主張する。
しかし,審決は,本願発明の一構成要素にすぎない「逆対数応答空間に変換」の正しい解釈を説明したにすぎず,改めて拒絶理由を通知し,原告に対して意見を申し立てる機会を与えるべき事情はない。また,特許庁は,本願発明について,特許法29条2項の拒絶理由が解消していないと判断し,その理由で審決をしたのであるから,仮に同法36条6項2号の違反があったとしても,審決に先立って拒絶理由通知を発する必要はない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張する取消事由には理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1-1(本願発明の認定の誤り)について
(1) 事実認定
ア 本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりである。
イ 本願明細書(甲5,6)には次の記載がある。
「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の態様は,改良された信号処理方法を提供しようとするものである。特に,本発明の態様は,標準的な座標による信号拡張方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の態様においては,信号の輝度(1)を表わす少なくとも1つの測定値を含む入力画像信号の測定値を得ることを含む画像信号処理方法であって,前記測定値の局所平均値,局所標準偏差,極大値,極小値のうちの2つを計算する計算ステップと,これらの2つから,輝度およびコントラストとは無関係な局所的な標準的座標を算出するステップと,前記標準的座標から出力画像信号を生成するステップとを更に含むことを特徴とする画像信号処理方法が提供される。」
「【0008】
出力画像は,カラーであっても良く,あるいは,グレースケールであっても良い。」
「【0029】
コントラストおよび輝度の問題は,多くの場合,ダイナミックレンジ圧縮および画像強調のためのアルゴリズムにおいて暗黙的である。(5)のようなこれらのアルゴリズムは,対数空間で機能する傾向にあるが,輝度またはコントラストのいずれかを考慮し,両方を考慮することは決してない。これらのアルゴリズムがどのように機能するかを理解するためには,いくつかの表記を規定するとともに,2つの簡単な画像変換を規定することが便利である。
【0030】
第1に,カラーチャンネルk=R,G,Bにおける1つの画像の位置(x,y)での対数応答をrk(x,y)で表わすとする。第2に,rgbから輝度l(x,y)への座標変換を,赤-緑rg(x,y)および黄-青yb(x,y)と規定する。すなわち,
【0031】
【数3】
file_2.jpgKey)-raytralxy)trs@y) rete vi=r$3 var xl oWytroley)-(24r9(x,y))(11)に類似する条件は,カラー文字の全体にわたって現れる(参考文献[1,8]参照)。これらの条件は,いわゆる‘反対’カラーチャンネルである。すなわち,lは白-黒の指標であり(大まかに,輝度),rgは赤および緑の指標であり(対立して),ybは黄色青色の指標である(対立して)。ここでは,2つの技術的所見が重要である。第1として,以下の説明において,前記方程式は反対チャンネルと称される。しかし,反対チャンネルを計算するための多くの方法がある(前述した正にその方程式が引用された方法で使用されなくても良い)。第2として,(11)は一次方程式の組であり,したがって,l,rg,ybからr,g,bを計算することができる(方程式は逆にもできる)。方程式(11)は,無色または輝度(l)と色の有色信号(rg,yb)との間の分離を可能にする(我々がRGBにスカラーxを乗じると,lのみが変化する)ため有用である。ダイナミックレンジ圧縮のためのいくつかのアルゴリズムは,有色態様を不変に維持したまま無色態様(l)を変えようとするだけである。」
「【実施例】
【0051】
図3,4,5は,画像を処理するための概要をまとめている。要約すれば,我々は,画像を撮って,対数-反対(逆対数(log-opponent))座標に変換し,その後,輝度信号をZスコアに取って代えた後,出力画像を形成する。結果として得られる画像は,明るい領域および暗い領域の詳細がうまく釣り合っている画像である。また,画像は,一般に,更に満足できるように見える。この特定の実施形態のステップの詳細は以下の通りである。
【0052】
1)I(x,y)が入力画像項目である
2)R(x,y)と,G(x,y)と,B(x,y)とから成る(RGBカラーチャンネル)
3)対数をとると,r(x,y),g(x,y),b(x,y)が得られる
4)我々は,方程式(11)にしたがって反対応答を計算する
5) 我々は,平均の局所的な概算値および輝度チャンネルの標準偏差を計算する,(18)および(21);これらのステップは前述した重み関数に関連している。
【0053】
6)これは,Zスコア(22)を計算するために使用される。無論,Zスコアは,いくつかのマイナスの値およびいくつかのプラスの値を有している。対数領域でZスコアを輝度信号と見なすため,我々は,Zスコアを全てマイナスとしなければならない。これは簡単に行なうことができる。すなわち,我々は,全体の画像にわたって最も大きいZスコアを計算した後,これを個々の各Zスコアから差し引くだけで良い(各ピクセルにおいて)。この演算の後,Zスコアが全てマイナスになり,最大値がゼロになる。標準的な座標が~(16)または~(17)にしたがって計算されると,これらの標準的な座標は全てプラスになる。この場合も同様に,全体的な最大値で差し引くことにより,全ての値がマイナスになり,対数輝度値と見なすことができる。なお,赤-緑チャンネルおよび青-黄チャンネルは,それ自体のコントラストが調整されるが,輝度が調整されない(輝度チャンネルのためのシグマにより)。画像が良く見えるようにするためには,3つのチャンネルのそれぞれにおいて同様のコントラストが必要であることが経験的に分かる。
【0054】
7)我々は,(11)の逆数をとって,対数R,G,Bを解く。
【0055】
8)我々は,対数の逆数をとって,画像表示に備える。
【0056】
前述した他の方法ステップは,その中で詳細が引き出される画像を形成するが,著しい利点を有するステップ5,6のこの例においてそれはデータをZスコア(一般的には標準的な座標)として再コーディングすることである。しかしながら,他の方法ステップは,特に満足な画像を生成して表示することを目的とする場合に重要である。しかし,反対チャンネルや標準的座標等を我々が計算できる方法の数は非常に多いため,これらを列挙することはできない。ユーザは,他の方法ステップすなわち必要に応じて1~4,7,8を選択する。しかしながら,一般的な実現ステップは,標準的座標の計算である。前述した概要にしたがってスチール写真等の入力画像を処理すると,(例えば陰領域から)詳細を引き出すことができるグレースケール出力画像が得られる。RGBと白におけるベクトルとの間の角度として彩度が規定される場合,この角度は,Zスコア計算の前後で変化する。」
(2) 判断
ア 原告は,審決には,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えた上で,本願発明を認定した誤りがあると主張する。
この点,確かに,本願発明に係る請求項1の「逆対数応答空間」との記載が,文言上直ちに「対数応答空間」の誤記であると解することはできない。また,本願明細書の段落【0031】,【0051】の記載によれば,「逆対数」は,「対数-反対」を意味するものであり,このうち「反対」は,「反対チャネル」と称される「白-黒の指標」,「赤および緑の指標」,「黄色青色の指標」に対応するものと認められる。そうすると,「逆対数応答空間」とは,入力画像を「対数-反対座標に変換した空間」を意味し,「対数応答空間」とは意味を異にするものと解される。
これに対し,被告は,本願発明の入力画像信号は,信号の輝度を表す測定値を含むLab系色空間信号であり,3色の測定値を含むRGB系色空間信号ではないと主張する。しかし,本願発明に係る請求項1の「(a)前記入力画像信号の測定値を得るステップ,ここで,前記測定値は,少なくとも前記信号の輝度i(x,y)を表す測定値を含み」との記載は,画像信号の測定値から輝度i(x,y)を算出可能であるという画像信号の一般的な性質を確認的に記載したものにすぎず,入力画像信号の「測定値」には,RGB系色空間信号及びLab系色空間信号を含み得るものであるから,本願発明の対象がLab系色空間信号に限定されていると解することはできない。
したがって,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」は,「対数応答空間」の誤記とはいえない(なお,明細書の記載と異なる解釈を採るのであれば,誤記として扱うのではなく,その理由を説示すべきである。)。
イ 以上のとおり,審決が,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えた上で,本願発明を認定したことは相当でないが,以下のとおり,審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。
すなわち,上記のとおり,本願発明に係る請求項1のステップ(a)において,「前記測定値は,少なくとも前記信号の輝度i(x,y)を表す測定値を含み」との記載は,画像信号の測定値から輝度i(x,y)を算出可能であるという画像信号の一般的な性質を確認的に記載したにすぎず,「前記測定値」には,RGB系色空間信号だけではなく,Lab系色空間信号をも含み得るものと解される。そうすると,本願発明に係る請求項1のステップ(b)の「逆対数応答空間に変換して,変換された座標を得る」とは,入力画像信号の「測定値」を,変換後の空間が逆対数応答空間(「対数-反対座標に変換した空間」)となるように変換することを意味すると解され,「対数応答空間に変換」及び「反対応答空間に変換」の2つの構成を必然的に含むとまではいえない。
そして,審決は,後述のとおり,相違点1について,「画像処理の技術分野において,入力画像をRGB座標空間のカラー画像信号として入力し,当該RGB座標空間から輝度と2つのクロミナンスによる色空間に座標変換することにより,輝度値を算出し,画像の輝度を補正する技術は慣用技術にすぎない」として,入力されたカラー画像信号を反対座標の色空間となるように変換して輝度値を算出し,画像の輝度を補正する技術は慣用技術であると認定した上で,「刊行物発明に用いられた技術を慣用技術であるカラー画像の輝度値の補正に採用することに格別困難な点はない」との判断を示しており,本願発明が反対座標の色空間となるように変換することを含むことについても,実質的な判断をしているといえる。
ウ 以上によれば,審決が本願発明と刊行物発明の対比に当たり,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」は「対数応答空間」の誤記であるとして,読み替えを行った上で,本願発明を認定した点は相当でないが,これにより審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。
2 取消事由1-2(相違点の看過)について
上記1のとおり,本願発明に係る請求項1のステップ(b)において,反対応答空間に変換する構成を必然的に含むとまではいえないから,本願発明と引用発明との間に相違点3が存在するという原告の主張は採用することができない。
また,本願発明に係る請求項1のステップ(e)においても,同様に,反対応答空間から逆変換する構成を必然的に含むとまではいえないから,本願発明と引用発明との間に相違点4が存在するという原告の主張も採用することができない。
3 取消事由1-3(相違点に対する判断の誤り)について
(1) 事実認定
引用刊行物(甲1)には次の記載がある。
「本発明は,デジタル映像処理方式の分野におけるものである。より具体的には,コンピューター補助診断システムの分野における映像を高揚さる目的で使用される,デジタル映像処理方法に関する。
放射線学における一般的な問題は,特にその密度が,周辺領域のそれとほとんど類似の場合,詳細の識別の可能性である。
映像処理方式は,それによって,詳細の識別の可能性が高められ,映像から観察者への情報の移転が,最大限にできる手段により開発された。当該映像処理方式により,例えば,エッジの高揚,及び,コントラストの高揚は達成できる。
放射線学における映像処理は,身体のデジタル映像が,直接得られる,コンピュータ化トモグラフィーの様な放射線学上の方式,或いは,銀-ハロゲン感光乳剤フィルム,或いは,光興進隣光体などの様な,中間記憶装置に記憶された映像を走査することにより,デジタル映像が,間接的に得られる,放射線学上の方式を通して得られる放射線学的映像をデジタル表示する事で行なわれる。
先行の映像処理方式においては,例えば,不明暗なマスク方式,処理後の結果として生じる映像は,平均ピクセル値の函数である。
このピクセル値は,密度値,明暗度値,或いは,明瞭度値の対数であってもよい。以下において,ピクセル密度値と言う言葉が使われる場合には,明暗度値,或いは,明暗度値と言い換える事ができる。
しかしながら,上記の平均ピクセル値では,局部映像情報の表示が十分でない。より良いインディケーターは,対照となるピクセルをかこむ領域における,ピクセル密度分配を,その要素が表示する,ピクセル密度のスタンダード偏向である。スタンダード偏向を利用することにより,映像高揚要素は,映像内のノイズのことを考慮できる様に,局部的に制御できる。」(2頁右下欄2行目~3頁左上欄18行目)「ヒストグラム均等化は,それにより,使用可能なグレーの分度全体を通して,映像内にピクセル密度を,均等に分配することにより,全体的なコントラストを向上させる,映像処理技術である。
この技術によれば,映像のヒストグラム,及び,再分度された累積ヒストグラムは,計算され,元来の映像の各々のピクセルは,当該再分度された累積ヒストグラムにおける,その対応値にマップされる。
ある画像については,より良い結果は,(より小さな領域におけるコントラストの向上),それに従えば,映像が,スライド窓手段により走査される(対照となるピクセルをかこむ。映像全体上にスライドするN掛けるMピクセルの領域),連続適応ヒストグラム均等化を適用することにより得られる。再び,ヒストグラム,及び,再分度化累積ヒストグラムは,スライド窓によりカバーされる各々の領域について計算される。窓の中の中央ピクセルは,再分度化累積ヒストグラム内のその対応する値にマップされる。この行程が,各々のピクセルについて繰り返される。
変数となるのは,映像が,領域,或いは,窓に,更に分割される,適応ヒストグラム均等化技術である。」(3頁右上欄15行目~左下欄18行目)
「本発明によれば,デジタル・ピクセル値Xの形の映像の表示が,ピクセル値Xの函数としての結果として生じる,デジタル・ピクセル値y,当該ピクセルXをかこむ窓におけるピクセル値の平均値m,及び,こうした窓における,ピクセル値のスタンダード偏向を得るために処理され,当該スタンダード偏向が,S1が,ピクセル値X,及び,当該ピクセルXをかこむ,N1掛けるM1同一エレメント中心の展開の結果として得られ,又,S2が,当該平方値がルックアップ・テーブルを使用することにより得られる,当該ピクセル値Xの平方,及び,当該ピクセルXをかこむN2掛けるM2同一エレメントの中心の展開の結果として得られ,更に平方根値がルックアップ・テーブルの使用により得られる( S2/(N2・M2)-( S1/(N1・M1))2)1/2として得られる事を特徴とする映像処理方式が供される。
望ましくは,値N1・M1,及び/或いは,N2・M2は2の累乗。
上記方式の平均値mは,望ましくは,S1,N1及び,M1が上記に定義されたものである,S1/(N1・M1)として得られる。
特別の応用例においては,この方式は,当該ピクセルXが,写真フィルム材質,或いは,光興振燐に記憶された放射線映像を走査,及び,デジタル化する事により得られる,デジタル化密度,或いは,明暗度値(或いは,その様な明暗度値の対数)である,診断映像方式において使用される。」(4頁右下欄5行目~5頁左上欄12行目)
「研究,及び,調査により,特定の量の照明剤により,特定の平均ピクセル値を与え,映像の局部の窓(窓の寸法は,指定されている)に属するヒストグラム手段により計算される平均ヒストグラムは,変数X,中間値m,及び,スタンダード偏向SのGauss配分(或いは,変数(X-m)/sの平準化通常配分)により,近似値化する事ができる。
前部に説明した様に,適用ヒストグラム均等化は,各々のピクセルについて,局部ヒストグラム(ピクセル窓内の),及び,再分度累積ヒストグラムを打算することにより行われる。次に,対照となるピクセルは,再分度累積ヒストグラムにおける,その対応値にマップされる。平均ピクセル値mの所定の値に対応する,映像エリアの平均局部ヒストグラムは,通常の配分により近似値化(できると言う,上記の調査結果を考慮し,この累積ヒストグラムは,当業者には公知であるが,適用ヒストグラム均等化は,映像エリアの正確なヒストグラムを計算する必要なく,実行できる。
スタンダード偏向のことを考慮する,適用ヒストグラム均等化プロセス後の結果として生じる映像は,以下の様な式に表せる:y=A.G((x-m)/s)。
ここでは,yは,映像処理が行われた後の結果として生じるピクセル値で,xは,元来のピクセル値,Aは,分度ファクター,Gは,平準化累積通常分配,mは平均値で,Sは,スタンダード偏向である。」(6頁右上欄5行目~左下欄12行目)
(2) 判断
ア 相違点1について
原告は,画像処理に関する輝度補正技術が慣用技術であるという点は,審決が引用する文献(甲2)だけでは必ずしも明らかでなく,仮に,輝度補正技術が慣用技術に当たるとしても,カラー画像を対象としていない刊行物発明を用いて,カラー画像信号の輝度について同様に補正ができるとはいえない,したがって,相違点1に係る構成は,容易に想到し得たとはいえない,と主張する。
しかし,上記事実認定によれば,刊行物には,放射線診断画像装置等のデジタル映像処理方式において,対象となるピクセルを囲む領域における局所的な統計値(平均値やスタンダード偏向(標準偏差))を用いて,画像のピクセル値の一次変換を計算することにより,コントラストを向上させる画像信号の処理方法が開示されており,画像のピクセル値として,明暗度値の対数を用いても良いことが記載されていることが認められる。また,乙2~4によれば,画像処理の技術分野において,入力画像をRGB座標空間のカラー画像信号として入力し,当該RGB座標空間から輝度と2つのクロミナンスによる色空間に座標変換することにより,輝度値を算出し,画像の輝度を補正する技術は,慣用技術と認められる。そして,刊行物や審決が引用する文献(甲2)に,輝度補正技術を適用して「色空間」の標準座標を導く具体的方法が示されていないとしても,刊行物発明に,画像の輝度を補正する技術として共通するカラー画像の輝度値を補正する上記慣用技術を適用することに,格別困難な点が存するとは認められない。
したがって,上記認定に反する原告の主張は採用することができず,本願発明の相違点1に係る構成は,刊行物発明に慣用技術であるカラー画像の輝度値の補正を採用することにより容易に想到できたといえる。
イ 相違点2について
原告は,画像処理の技術内容に関して,刊行物発明において,対数のピクセル値yに対して逆対数をとることにより,線形座標による画像信号を出力して画像を表示するようにすることが容易であることについては,文献等の根拠が不明確であり,これを裏付ける証拠はないと主張する。
しかし,上記のとおり,刊行物発明の画像信号の処理方法は,観察者による「詳細の識別の可能性」を高めるために行われることからすれば,処理された画像を表示することを当然の前提とするものといえる。そうすると,処理された画像を表示する際に,処理される画像のピクセル値として,明暗度値の対数を用いた場合に,対数のピクセル値のままで画像を表示するのではなく,対数の逆関数を用いて,線形のピクセル値とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
したがって,本願発明の相違点2に係る構成は,刊行物発明に周知技術を適用することにより容易に想到できたといえる。
(3) 小括
以上のとおり,審決の相違点に係る容易想到性判断に誤りはない。
4 取消事由2(手続違背)について
原告は,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えて本願発明を認定することについて,原告に意見を申し立てる機会が与えられなかったことは,特許法第159条2項,50条の趣旨に反し,不意打ちである,また,「逆対数応答空間」という記載に誤記を含むとすると,そのような記載は明確でないこととなるから,審判長が,同法36条6項2号に違反する旨の拒絶理由通知をしなかったことは,同法159条2項,50条に違反すると主張する。
この点,上記のとおり,審決が本願発明と刊行物発明の対比に当たり,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」の誤記として本願発明を認定したことは相当でないが,相違点について実質的な判断がなされており,審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。また,本願発明に係る請求項1記載の「逆対数応答空間」を「対数応答空間」と読み替えて本願発明を認定したことは,特許法第159条2項所定の「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に該当するとはいえない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
第5結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 西理香 裁判官 知野明)