知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10239号 判決 2013年3月21日
原告
ショット アクチエンゲゼルシャフト
訴訟代理人弁理士
吉田繁喜
被告
特許庁長官
同指定代理人
中澤登
豊永茂弘
瀬良聡機
守屋友宏
主文
1 特許庁が不服2009-4466号事件について平成24年2月14日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成12年8月21日,発明の名称を「溶融ガラスの清澄方法」とする特許を出願した(パリ条約による優先権主張:平成11年(1999年)8月21日,ドイツ。甲7)が,平成20年11月19日付けで拒絶査定を受けたので,平成21年3月2日,これに対する不服の審判を請求した。
(2) 特許庁は,前記請求を不服2009-4466号事件として審理し,平成24年2月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同年3月3日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件審決が審理の対象とした特許請求の範囲の請求項1は,平成21年4月1日付け手続補正書(甲9)に記載の次のとおりのものである。以下,上記特許請求の範囲に属する発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲7~9)を「本願明細書」という。
溶融ガラス中の清澄剤により清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法において,少なくとも1種の清澄剤が溶融ガラスに添加されること,この溶融ガラスについて上記清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起すること,及び溶融ガラスは1700℃~2800℃の温度に加熱されることを特徴とする溶融ガラスの清澄方法
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明が,後記引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:特開昭62-52135号公報(甲1)
イ 引用例2:特開平10-324526号公報(甲2)
(2) 本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。),本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明:1800℃~2000℃の温度のガラスの腐蝕効果に耐えるのに特に適切な容器を炉の囲いとして用いた,ガラスの溶融および精製に適応した方法
イ 一致点:溶融ガラス中より清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法において,この溶融ガラスについて清澄ガスの放出が1800℃~2000℃の温度で生起すること,及び溶融ガラスは1800℃~2000℃の温度に加熱されることを特徴とする溶融ガラスの清澄方法
ウ 相違点:本願発明は,「清澄剤」により清澄ガスを発生させる清澄方法であり,「少なくとも1種の清澄剤が溶融ガラスに添加され」,「清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起され」るのに対し,引用発明では,かかる事項を有していない点
4 取消事由
容易想到性に係る判断の誤り
(1) 一致点及び相違点についての認定の誤り
(2) 相違点に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1 一致点及び相違点についての認定の誤りについて
(1) 本件審決は,①「清澄」とは溶融ガラス中の気泡を除くことであるとした上で,引用発明の「ガラスの溶融および精製に適応した方法」が,本願発明の「溶融ガラス中の清澄剤により清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法」と,「溶融ガラス中より清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法」である点で共通し,②引用発明の「1800℃~2000℃の温度」で「ガラスの溶融および精製」をすることが,本願発明の「この溶融ガラスについて上記清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する」ことと,「この溶融ガラスについて清澄ガスの放出が1800℃~2000℃の温度で生起する」点で共通するとする。
(2) しかしながら,清澄剤を用いて清澄を行うことが通常の技術であるからといって,引用発明の「ガラスの溶融および精製に適応した方法」が「溶融ガラス中より清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法」であるわけではない。また,溶融過程に引き続き残存する気泡を除くことと,溶融ガラス中より清澄ガスが発生することとは,必ずしも同一ではない。
この点で,本願発明は,化学的清澄方法(【0005】~【0010】)と物理的清澄方法(【0003】【0019】~【0021】)とを組み合わせた溶融ガラスの清澄方法に関するものである。すなわち,本願発明は,まず,溶融ガラスを1700℃ないし2800℃の清澄温度に加熱し,かつ,清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起するようにしたもの(当該温度で清澄ガスの最大放出が生起する清澄剤を選択・添加するというもの。化学的清澄方法。【0026】参照)であって,これにより,一次清澄作用及び二次清澄作用が遂行可能であり,残留ガスの分圧が低下することにより溶融ガラスの再沸騰の危険性が著しく減少し,また,溶融ガラスの所定の清澄のために著しく少量の清澄剤の計量添加で済み,さらに,清澄時間及び清澄容積を著しく短縮・低減できるというものである。本願発明は,次に,高温により溶融材料の粘度が低下することで気泡が上昇する速度が著しく増大し,清澄時間を短縮できるほか,溶融材料中に溶けている異質ガスの拡散が高くなるために脱ガスがより急速に進行するばかりか,さらに,溶融ガラスの著しい対流のために気泡が排出され,かつ,溶融材料の各容積エレメントが清澄装置の最も熱い領域を通過するため,清澄剤がそれらの十分な潜在能力を顕現できるというものである(物理的清澄方法。なお,物理的清澄方法は,ガスを吹き込む方法に限られるものではないし,吹き込まれたガスは,清澄ガスではない。)。
本願発明においては,これらの作用の組合せにより,急速で効果的な「溶融ガラス」の清澄が達成される。本願発明の特許請求の範囲の記載及び本願明細書(【0017】【0023】【0037】)には,清澄剤を溶融ガラスに添加する旨が記載されており,加熱前に清澄剤を加えるバッチ製造の場合が記載されていないばかりか,連続生産において清澄剤を使用する場合,既に溶融状態にあるガラスに清澄剤を加えるため,その清澄のコントロールは,極めて難しいものになるから,清澄剤の添加について両者を同列に扱うことはできない。
これに対して,引用発明は,従来の耐火物でライニングされた炉が腐蝕等の問題から溶融及び精製温度が1600℃より低い温度に制限されるという問題を解決するためにされた,原料を最大1700℃ないし2000℃の温度に加熱して溶融及びホットスポット清澄(物理的清澄方法の1種。ガスの吹き込みを利用するものではない。)を行う熱可塑性材料(ガラス材料)の溶融方法であって,本願発明のような溶融ガラスの連続生産に関するものではなく,バッチ製造に関する技術である。そして,引用発明は,1800℃ないし2000℃の温度で脱ガスが促進されるものであって,清澄ガスの放出が1800℃ないし2000℃の温度で生起するものではない。本件審決は,物理的清澄方法がガスの吹き込みを利用するものであり,当該ガスが清澄ガスであるという認識に基づき,引用発明の「ガラスの溶融及び精製に適応した方法」が,「溶融ガラス中から清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法」であると誤認している。
したがって,本件審決の前記(1)の①及び②の認定は,いずれも化学的清澄方法と物理的清澄方法を混同したものである。
なお,乙5に記載の発明は,As2O3やSb2O3を添加した粉末バッチ原料を溶融する一般的なガラスの清澄方法が弗素高含有ガラスではほとんど効果がないことを課題として,清澄剤を溶融後に添加することとした特殊なものである。また,本願明細書(【請求項1】【0017】【0023】【0037】)を参照した当業者は,本願発明が,本質的に連続生産における溶融ガラスの清澄方法に係るものであることを認識するのが通常である。
(3) 以上のとおり,本件審決による一致点の認定には誤りがあり,本願発明と引用発明との相違点は,本件審決認定に係る相違点に限られるものではない。このように,一致点及び相違点の認定を誤る本件審決は,取り消されるべきである。
2 相違点に係る判断の誤りについて
(1) 本件審決は,①引用例2には,「少なくとも1種の清澄剤が溶融ガラスに添 加され」る点が記載されている,②引用例2の,清澄剤としてFe2O3及びSnO2のいずれか1つ以上を添加することは,溶融ガラスを1800℃ないし2000℃に加熱した際,本願発明と同じく,「この溶融ガラスについて当該清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する」ことである,③引用発明の「ガラスの溶融および精製に適応した方法」に,引用例2の,清澄剤として2O3及びSnO2のいずれか1つ以上を溶融ガラスに添加させる技術を適用することで,当業者は,本件審決認定に係る相違点を容易に想到することができ,本願発明の作用効果も,引用例1及び2から当業者が予測し得る程度のものである,とする。
(2) しかしながら,前記(1)の①についてみると,引用例2の記載(【請求項1】 【0018】【0020】【0021】)から明らかなように,引用例2に記載の発明 は,本願発明のように溶融ガラスの連続生産に関するものではなく,バッチ製造に 関する技術であり,清澄剤は,原料バッチに添加されるものであって,溶融ガラス に添加されるものではない。すなわち,引用例2には,少なくとも1種の清澄剤が 「溶融ガラスに」添加される点については記載も示唆もない。
(3) 前記(1)の②についてみると,清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃ を超える温度で生起するかどうかは,清澄剤それ自体だけではなく,溶融ガラスの 組成にも依存する。したがって,清澄剤としてFe2O3及びSnO2のいずれか1 つ以上を添加したからといって,そのことだけで,「所与の溶融ガラスについて清澄 剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する」といえるもの ではない。
(4) 前記(1)の③についてみると,前記のとおり,引用発明は,ガラス材料の溶融と同時に中心バッチ電極と出口管との間でのホットスポット清澄により溶融ガラスの清澄を行うものであって,化学的清澄方法を予定しておらず,最大1700℃ないし2000℃の温度に加熱してガラスの溶融を行う場合にどのように化学的清澄方法を行うかについては,全く記載も教示もされていないし,このような方法に清澄剤をどのように適用するのかは,全く不明である。他方,清澄剤を用いる場合,1600℃以下で清澄を行うことが一般であり(引用例2,本願明細書【0010】),引用発明のような高温で行うことは,知られていないし,仮に清澄剤を加えれば,それが昇華して溶融ガラス中に必要量が溶け込まなかったり,清澄剤から清澄ガスが先に出てしまう等の問題が予測される。
このように,清澄剤を使用しないことを前提として成立している引用発明には,清澄剤を添加して化学的清澄方法を併用することが何ら動機付けられておらず,当業者には,このことは予測外のことであるから,むしろ阻害要因がある。
また,引用発明は,縦型溶融装置を用いる溶融方法であって,ガラスが溶融した時点で溶融ガラスの融解ラインの上は,バッチブランケットで覆われている状態であるため,開口から清澄剤を添加しても,溶融ガラスを覆うバッチブランケットに添加されるだけであり,全く意味がない。
さらに,仮に,引用発明の1800℃ないし2000℃の温度に加熱する技術に対して引用例2に記載の清澄剤としてFe2O3及びSnO2のいずれか1つ以上を用いる技術を適用したとしても,清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起するように,溶融ガラスのある組成のために清澄剤としてFe2O3及びSnO2を選択することは,本願発明とは異なる方法であって,これらの引用例の組合せによっても開示されていない。また,被告が援用する甲5及び乙4は,いずれもバッチ製造技術に関するものである。
(5) 本願発明は,溶融ガラスを1700℃ないし2800℃の清澄温度に加熱し,かつ,清澄しようとする溶融ガラスについて,清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起するようにする(清澄しようとする溶融ガラスについて,清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する清澄剤を選択する)ことを特徴とする発明である。被告が主張しているように,バッチ製造における溶融温度に対して清澄ガスの最大放出が生起する温度を合致させたり,又はそれ以上になるようにすることを必須要件としているものではないから,このような本願発明の技術的思想及び特徴は,引用例1及び2,甲5並びに乙4のいずれにも記載も示唆もされていない。
清澄剤を用いたバッチ製造について開示する引用例2においては,溶解温度は,1500℃ないし1600℃であり,清澄温度は,1200℃ないし1500℃であるが,このような温度でも,時間をかけることによって十分な量の清澄ガスは,放出される。これに対し,本願発明においては,清澄時間は,数十分以下で十分であり(【0045】の実施例では,約30分),引用例1及び2等の記載からは予測不可能な程度に改善されるばかりか,得られるガラス製品にも気泡がほとんどないという効果が得られる。また,溶融ガラスの粘度が高温により低下すれば,気泡の溶融ガラス表面への上昇速度を増大させることはできるが,清澄剤による清澄ガスの放出とは直接的な関係がない。
このように,本願発明の作用効果は,当業者が引用例1及び2等の記載から予測し得るものではない。
(6) したがって,本件審決は,本件審決認定に係る相違点に関する容易想到性の判断を誤っており,取り消されるべきものである。
〔被告の主張〕
1 一致点及び相違点についての認定の誤り
(1) 本願発明の特許請求の範囲の記載からは,本願発明が溶融ガラスの連続製造に関するものであることが特定できないし,「清澄剤」が「溶融ガラスに添加される」という特定事項は,連続製造であってもバッチ製造であっても成立し得るものである。
また,本願明細書には,本願発明が溶融ガラスの連続製造に関するものでなければならない旨の記載がない。むしろ,清澄剤が溶融前に添加されることを前提にしていること(【0010】),1つの溶解装置中で清澄を行うことが記載されていること(【0021】),有用な清澄装置であるとして引用されているドイツ特許公報には溶融ガラスがるつぼから一旦取り出されることが示されており,溶融ガラスのバッチ製造が前提となっていること(【0047】)から,本願発明は,溶融ガラスの連続製造に関するものに限定されず,溶融ガラスのバッチ製造によるものを含むということができる。そして,バッチ製造でガラスの溶融後に「清澄剤」を「溶融ガラスに添加した」事例は,知られており,本願発明は,バッチ製造を含むから,本願発明が連続製造に関するものであるとの原告の主張は,前提において失当である。
(2) 「清澄」とは,溶融ガラスから気泡を除くことであり,その主要な機構は,ガラス素地中における気泡の上昇及びガスの異動である。清澄の方法には,清澄ガスを底部の開口部から吹き込み,溶融体の温度をさらに高めた結果,その粘度が低下し,その結果気泡を液面まで更に容易に上昇させる物理的清澄方法と,分解してガスを解離する化合物等を溶融体に添加して清澄ガスを発生させる化学的清澄方法の2種類がある。しかし,これらの方法においては,いずれも清澄に当たって清澄ガスが利用されているから,清澄ガスは,清澄剤によるものに限定されるものではなく,物理的清澄方法によって利用されるガスも清澄ガスといえる。
したがって,「清澄ガス」を一致点とした本件審決の認定に誤りはないし,本件審決は,清澄剤により清澄ガスを発生させる点を相違点として認定しているから,物理的な脱ガスと化学的な清澄ガス発生を混同したものではない。また,引用発明は,清澄ガスを物理的方法で発生させるものであって,本願発明とは「溶融ガラス中より清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法」である点で共通し,「清澄ガス」が清澄剤によるものではない点で相違するとした本件審決の認定に,誤りはない。
(3) 引用発明は,1800℃ないし2000℃の温度で清澄を行うことにより,「清澄ガス」を利用しているものといえる。したがって,本件審決が,引用発明において1800℃ないし2000℃の温度でガラスの溶融及び生成が行われることから,ガラスの溶融温度と清澄ガスが作用する温度範囲の限りにおいて一致点を認定したことに誤りはない。
よって,本件審決は,物理的な脱ガスと化学的な清澄ガス発生とを混同していない。
(4) 以上のとおり,原告の主張する一致点及び相違点の認定の誤りはなく,原告の主張に理由はない。
2 相違点に係る判断の誤りについて
(1) 引用例2には,清澄剤を溶融前に添加する例が示されている(【0018】)が,前記のとおり,本願発明は,溶融ガラスの連続製造に関するものに限定されず,溶融ガラスのバッチ製造によるものを含んでいるということができるから,この点において本願発明と引用例2に記載の発明は,一致している。
そして,清澄剤をガラスの溶融前にガラス成分とともに添加するのは,清澄剤とガラス成分の分割添加や高温環境下での添加作業という手間を省くという意味しかなく,また,引用発明は,溶融ガラスを更に1800℃ないし2000℃の温度という高温で清澄するものであるから,引用発明に引用例2に記載の清澄剤を添加するに当たり,ガラスの溶融前に清澄剤が添加されてしまうと,上記温度に達する前に清澄剤が昇華して溶融ガラス中に必要量が溶け込まなかったり,清澄剤から清澄ガスが先に出てしまう等の問題がある。したがって,既に溶融している溶融ガラスに清澄剤を添加することは,清澄剤の適量添加の観点から考慮されるべきことであり,格別な点は認められない。
そもそも,清澄剤添加のタイミングについては,当初明細書に何ら記載がなく,この点に関する原告の主張は,「溶融ガラスの清澄方法」という表現のみを唯一の根拠として補正が認められた「少なくとも1種の清澄剤が溶融ガラスに添加されること」という本願明細書の記載に基づくものであり,本願明細書には当該記載から生じる相違点に係る作用効果に関する記載がないから,当該作用効果に関する主張は,新たな技術的事項の導入にならない範囲で認められるべきものである。
このように,清澄剤を溶融ガラスに添加することは,当業者が当然に考慮すべきことであるから,本件審決の相違点の判断に実質的な影響はなく,結論において本件審決に誤りはない。
(2) 引用例2には,清澄剤としてFe2O3及びSnO2等を添加することが記載され(【請求項1】【0012】【0013】),ガラスを1600℃で溶融した後にこのうちFe2O3を清澄剤として使用した場合に十分な効果が得られた旨の記載がある(【0021】【0027】【0028】)。
甲5には,溶融温度が1600℃以上の溶融ガラスについて,これを超える温度でFe2O3が清澄剤として作用することが記載されている(【0002】【0003】【0013】~【0015】,乙3)。
乙4には,「清澄剤」について,ガラス溶融物の温度を更に昇温してガラス溶融物の粘度が十分に小さくなったときに,多量の清澄用ガスが放出されるような性質が要求されることが示されている(【0004】)。
以上によれば,引用例2のFe2O3を清澄剤として用い,1600℃を超える温度で清澄剤として使用するということは,当該温度で清澄ができる程度に十分に気泡が放出されるということであるから,それは,「清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する」清澄剤であることに相当するということができる。
仮に,原告主張のとおり清澄剤の最大放出温度が溶融ガラス組成の影響によりシフトするとしても,引用例2,甲5,乙4及び甲3(【0035】)によれば,1600℃を超える温度で清澄させる清澄剤も知られており,かつ,引用発明が1600℃で溶融させることを前提とする無アルカリガラスを対象から排除していない以上,Fe2O3を清澄剤として選択した場合には,結果的に最大放出が1600℃を超える温度で生起するといえる。
したがって,本件審決が,「Fe2O3及びSnO2のいずれか1つ以上」を添加することで,「所与の溶融ガラスについて上記清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する」と判断したことは,誤りとはいえない。
(3) 引用発明は,1800℃を超える温度のガラスの腐蝕効果に耐えるのに特に適切な容器を提供することを目的とするものであり,引用例1に記載のホットスポット加熱での温度域からみて,同温度域程度まで加熱して溶融・清澄する引用例2が対象としている高温で高粘性のガラスが適するものであるということができる。
そして,物理的清澄方法及び化学的清澄方法は,いずれも技術常識であるところ,物理的清澄方法のみで清澄を行う場合,溶融ガラス温度を高くすると,溶融ガラスの容器の耐熱温度やエネルギー消費を考慮する必要があることから,これに化学的清澄方法を付加することは,当業者が容易に想到し得るものである。また,引用例2には,歪点の高い無アルカリガラスの清澄剤による化学的清澄方法に物理的清澄方法である清澄時の減圧を併用してもよい旨が記載されており(【0018】),清澄剤を添加した上で撹拌という物理的清澄方法を併用できることも記載されている(【0021】)。さらに,乙4には,前記のとおり,物理的清澄方法と化学的清澄方法との併用の必要性を示すとともに,清澄剤の機能発生温度範囲を物理的清澄温度範囲と併せることを示唆する記載がある(【0004】)。
以上のとおり,物理的清澄方法と化学的清澄方法とを併用することは,周知であり,高温で高粘度であるガラスを溶融・清澄する方法である引用発明において,引用例2に記載の,同様に高温で清澄効果を発揮できる清澄剤を用いることには,十分に動機付けがあるばかりか,両者を併用した場合の清澄効果も,当業者であれば予想の範囲内である。
したがって,本願発明は,引用発明に基づき,引用例2に記載の発明を適用することで当業者が容易に想到することができるものであって,これに反する原告の主張は,認められない。
なお,清澄剤の添加に当たって,1800℃ないし2000℃の高温になるのを待つ必要はないから,引用発明において例えばガラスが溶融した時点で清澄剤を添加することは,十分に想定できることである。
(4) 本願明細書には,従来の酸化砒素又は酸化アンチモンを清澄剤とした場合の清澄時間が3時間であるのに対し,Li2Oを含むアルミノケイ酸ガラスに対するSnO2,ホウケイ酸ガラスに対する鉄酸化物と硫酸塩,ソーダ石灰ガラスに対するCeO2,ZnO及びTiO2の清澄時間がいずれも30分であることが記載されている(【0042】~【0045】)が,本件審決で認定していない酸化砒素又は酸化アンチモンとの比較は,何ら作用効果として参酌すべきものではない。
また,甲3には,清澄剤としてSnO2やCeOを用いた際に1620℃で溶融した溶融物が同じ温度で1時間半かけて精製された旨の記載がある(【0032】【0034】)が,溶融ガラスや清澄剤の組成が同じわけでもなく,溶融ガラスの組成によって清澄剤による清澄ガスの最大放出の温度域も異なるから,溶融ガラス等の諸条件が異なる本願発明と甲3に記載のものとの間に差が生じたからといって,本願発明の顕著な作用効果を裏付けるものではない。
むしろ,本願発明により清澄時間が一定程度短くなるとしても,引用発明は,1800℃ないし2000℃の温度に加熱するものであるから,溶融ガラスの粘度が低下しており,引用例2に記載の清澄剤を適用すれば,当該温度下では清澄ガスを多量に放出することになる。そして,当業者は,引用例1及び2の記載から,その程度の効果を予測し得ないではない。
(5) 以上のとおり,本願発明は,引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本願発明について
(1) 本願明細書の記載について
本願発明は,前記第2の2に記載のとおりであるが,本願明細書(甲7~9)には,本願発明について,おおむね次の記載がある。
ア 本願発明は,溶融ガラス中の清澄剤により清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法に関する。溶融ガラスとの関係において,用語「清澄」は,溶融材料からのガス気泡の除去を意味するものと理解される(【0001】)。
イ 一般的にいって,清澄ガスが発生する方法において著しく異なる2つの清澄原理が知られている(【0002】)。
物理的清澄方法においては,例えば,温度を上げることによって溶融ガラスの粘度が低減するため,溶解及び冷却期間中よりも清澄中に溶融ガラスのより高い温度が設定され,清澄温度が高いほど,溶融材料からの気泡の除去は,効果的である。しかし,許容可能な最高清澄温度は,使用される溶解装置の壁材料の能力により制限され,Pt合金が用いられる場合,せいぜい1600℃であり,耐火煉瓦が用いられる場合,せいぜい1650℃ないし1700℃である(【0003】)。物理的清澄方法には,吹き込みガスにより溶融材料の機械的移動を生じさせるものもある(【0004】)。
最も一般的には,化学的清澄方法が採用される。これは,溶融材料に,ガスを分解して分離する化合物(例えば硫酸ナトリウム),高温で揮発する化合物(例えばハロゲン化合物)又は高温での平衡反応においてガスを放出する化合物(例えば砒素酸化物やアンチモン酸化物などのレドックス清澄剤)を添加するものである(【0005】【0006】)。
ウ 化学的清澄方法については,実質的に3つの清澄作用を識別することが可能である。
(ア) 一次清澄作用:添加した清澄剤の分解の際に形成されるガス,例えばレドックス清澄剤からの酸素が,混合物の分解の際に形成される気泡,例えばCO2,N2,H2O,NO,NO2気泡中に拡散する。
(イ) 二次清澄作用:溶解ガラスからガスが除去され,必然的に添加した清澄剤による自発的なガス気泡の形成,例えばレドックス清澄剤からのO2気泡の形成を伴う。CO2,H2O,N2,NO,NO2などの異質ガスは,それらの分圧が105Pa未満であっても,これらの清澄ガス中に分散できる。
(ウ) 再吸収作用:前記(ア)及び(イ)のようにして形成された気泡や,温度低下の場合になお溶融材料中にある例えば酸素の温度低下により膨張した気泡が,例えばレドックス平衡(Ⅰ)の場合には出発材料に向かっての平衡のシフトを通して溶解される(【0009】)。
エ 1700℃以上で102dPas未満の粘度を有するのみの高融点ガラス材料については,Na2SO4,NaCl,As2O5又はSb2O5などの公知の清澄剤は,有効ではない。清澄ガスは,溶融中早い段階で放出され(一次清澄作用のみが起こる。),したがって,二次清澄作用についてはもはや清澄ガスは,なくなってしまっている。As2O5やSb2O5などの標準的なレドックス清澄剤は,1150℃ないし1500℃,最大1220℃ないし1250℃で清澄酸素を放出するときに有効であり,清澄温度外での酸素の放出は,実質的にガラス組成及び清澄剤組成(1つ又はそれ以上の清澄剤)に依存する。特に高融点ガラス材料については,少しでも清澄作用を得るために実際に必要な量よりも多量の清澄剤を添加する必要があるが,多量の清澄剤を添加すると,特に砒素酸化物やアンチモン酸化物を用いた場合,これらには非常に毒性があり,かつ,高価な化合物であるため,特有の欠点があるばかりか,ガラス材料の特性に悪影響を及ぼし,製造コストを引き上げる要因となる。高融点ガラス材料のみが,従来達成可能な温度以上の温度で清澄に有利な102dPas未満の粘度に到達するということは,このような材料が清澄困難であり,さもなければ効果的な清澄が総体的に不可能であることを意味している(【0010】)。
オ 本願発明の目的は,溶融ガラス中の清澄剤により清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法であって,公知の清澄剤の清澄潜在力を充分に活用可能とし,新規な清澄剤の使用を許容し,高融点ガラス材料の清澄,特に1700℃を超える温度でのみ102dPas未満の粘度に到達するガラス材料の清澄を改善又は可能とし,再沸騰傾向を低減し,毒性の清澄剤を使用しなくても済み,あるいはその使用を著しく低減し,そして(一定の又は改善さえされた清澄作用を維持しながら)清澄剤を少量で計量可能とする方法を見いだすことにある。清澄剤による清澄ガスの放出は,溶融ガラスの粘度が充分に低くて気泡が溶融材料の表面に素早く上昇するような温度範囲で起こるべきである。さらに,従来技術に比べて,清澄時間を著しく短縮し,及び/又は,著しく小さな清澄容積を可能とするような方法であるべきである(【0014】)。この目的を達成するために,本願発明に係る構成が採用される(【0015】)。
カ 本願発明の利点は,従来技術とは異なり,公知の清澄剤の清澄潜在力が充分に活用されることにある。より高い清澄温度のために,標準的な量の公知の清澄剤を用いることによって,改善され,したがって効果的な清澄が達成され,あるいは,従来よりも少量の公知の清澄剤を用いることによって,これまで達成されたものと同程度の良好な清澄が得られる(【0016】)。本願発明は,高融点ガラス材料に対する二次清澄も遂行可能である。清澄ガスの気泡形成のための温度範囲は,ガラスの溶融のための温度範囲の上にあるところ,溶融後に溶融ガラス中に残存するCO2などの残留ガスは,それらの分圧が既に105Pa未満であっても清澄ガスの気泡中に拡散でき,残留ガスの分圧が低下することにより,溶融ガラスの再沸騰の危険性は,著しく減少する。本願発明は,これまで慣用されてきたAs2O5やSb2O5などの毒性の清澄剤は,全く使用しなくて済み,あるいはその使用量を著しく低減できる。本願発明は,溶融ガラスの清澄の質を維持しながら,著しく少量の清澄剤を計量添加できるほか,清澄時間を著しく短縮し,また,清澄容積を著しく低減できる(【0017】)。
有利な化学的清澄方法に加えて,高温度の結果改善される物理的清澄方法もまた,重要な役割を果たす。本願発明の高温(例えば2400℃)では,溶融材料の粘度が低下し,それによって気泡が上昇する速度は,1600℃における速度よりもおよそ100倍大きいから,このことは,溶融に対する清澄時間を100倍短縮できることを意味する(【0019】)。さらに,溶融材料中に溶けているCO2などの異質ガスは,より急速に清澄気泡中に拡散するため,脱ガスは,より急速に進行する。また,高温では,溶融ガラスの著しい対流があり,気泡は,溶融ガラスの表面に近い部分に作用する浮力により排出される。さらに,対流によって溶融材料の各部は,清澄装置の最も熱い領域を通過することで,清澄剤がその充分な潜在能力を顕現できる(【0020】)。
これらの全ての作用の組合せ,すなわち化学的清澄方法,高温による気泡の膨張,著しい対流及び低粘度のための気泡の高い上昇速度の組合せにより,急速で効果的な溶融ガラスの清澄が達成される。例えば,50リットルの容積の溶解装置内における1600℃で50cmの深さの溶融ガラスについて,半径0.3mm未満の全ての気泡を,それらの浮力を用いて除去するのに要する清澄時間は,1日であるのに対し,2400℃での清澄時間は,対流を考慮に入れないと5分であり,対流を考慮に入れると2分である(【0021】)。
キ 好ましくは,溶融ガラスの粘度は,103dPas未満,特に好ましくは,102dPas未満のレベルに設定される。アルミノケイ酸ガラス及びガラスセラミック材料については,1650℃を超える温度,しばしば1700℃を超える温度で102dPas未満の粘度に達するので,これらのガラス材料は,初めて効果的な,すなわち改善された短時間の清澄に付することができる(【0022】)。
ク 本願発明の清澄方法をできるだけ有利に実施するためには,添加される清澄剤がレドックス化合物,特にSnO2,CeO2,Fe2O3,ZnO,TiO2,V2O5,MoO3,WO3,Bi2O5,PrO2,Sm2O3,Nb2O5,Eu2O3,TbO2及び/又はYb2O3などのレドックス酸化物であることが好ましい。本質的に,1500℃を超える温度,特に1600℃を超える温度で最大量の清澄ガスを放出する全てのレドックス化合物が適している。同様に,1600℃を超える温度で最大量の清澄ガスを放出する幾つかの希土類酸化物も,レドックス清澄にとつて重要である(【0024】)。これらのレドックス化合物の最大酸素放出温度範囲は,アルミノケイ酸ガラスを材料として用いた場合,例えば最も低い2CeO2であれば1500℃ないし1700℃であり,Fe2O3であれば1800℃ないし2000℃であり,最も高いV2O5であれば2200℃ないし2400℃であるが,レドックス化合物から酸素が放出される温度は,ガラス材料の組成に依存する(【0026】)。以上のほかに,ZnO,SnO,Sb2O3,As2O3及びBi2O3なども,本願発明のレドックス清澄に適している。どのレドックス化合物が清澄剤として用いられるかは,ガラスに課される他の要求に依存する(【0027】)。レドックス清澄剤のほかに,1500℃を超える温度,特に1600℃を超える温度で105Paよりも大きな蒸気圧を有して最大量の清澄ガスを放出するハロゲン化物(例えば,KCl,CaCl2,BaCl2,LaCl3,CeCl3,YbCl2,ErCl3,PrCl3),沸化物(例えば,LiF,NaF,KF,ZnF2,MgF2,BaF2,CeF2等),臭化物,オキソ陰イオン,特に硫酸塩(例えば,Na2SO4,K2SO4,MgSO4,CaSO4,SrSO4,BaSO4,La2(SO4)3)等を使用することができるが,これらの清澄剤のガラス材料中への溶解性を考慮する必要がある(【0029】~【0035】)。
清澄ガスの放出は,1つの清澄剤により又は多数の清澄剤の組合せにより好適に達成されるが,非毒性の清澄剤を添加することが望ましい(【0036】)。
ケ 特定の組成のアルミノケイ酸ガラス,ホウケイ酸ガラス材料及びソーダ石灰ガラスについて本願発明を実施したところ,いずれも効果的な清澄作用を得たが,これらの実施例における所用の清澄時間は,約30分であり,毒性の清澄剤及び1600℃の慣用の清澄温度を用いた清澄時間(約3時間)よりも著しく短かった(【0042】~【0045】)。
(2) 本願発明の技術的思想について
ア 以上によれば,本願発明は,特に高融点ガラス材料に対して公知の清澄剤を添加しても清澄効果が十分ではなく,毒性を有するものを含む清澄剤を多量に添加する必要があったという課題を解決するため,従来の温度(せいぜい1700℃)よりも高い温度(1700℃ないし2800℃)にガラス材料を加熱することとし,かつ,当該温度に加熱されたガラス材料において清澄ガスを発生させるような清澄剤を添加するという手段を採用して,化学的清澄方法及び物理的清澄方法の双方の作用機序を組み合わせる結果,公知の清澄剤の潜在力を活用可能とし,新規な清澄剤の使用を可能とし,特に高融点ガラス材料の清澄を改善し,毒性を有する清澄剤の大量使用を回避し,溶融ガラスの再沸騰の危険性が減少し,添加される清澄剤を減少させ,清澄時間を従来技術の約3時間から約30分に著しく短縮し,小さな清澄容積を可能とするという作用効果を有するものであるといえる。
イ なお,本願発明の特許請求の範囲の記載にいう「清澄ガス」の技術的意義は,一義的に明確とはいえないところ,本願明細書の記載を参酌すると,清澄ガスは,物理的清澄方法及び化学的清澄方法の双方で発生するものであるとされているものの,物理的清澄方法において清澄の対象となるガス気泡については専ら「気泡」という用語が用いられ,併せて吹き込みガスを使用する方法についての言及がある一方,化学的清澄方法においてはガラス材料に清澄剤を添加することにより発生するガスであって,それによりガラス材料中に溶けているCO2などの異質ガス(清澄の対象となる気泡)の除去を促進するものを「清澄ガス」をして記載している(前記(1)イ,ウ,オ)。
そして,本願明細書には,本願発明について物理的清澄方法における吹き込みガスを使用する旨の記載はない一方,本願発明は,「溶融ガラス中の清澄剤により清澄ガスが発生する溶融ガラスの清澄方法」であって,前記アに説示のとおり,課題解決のために清澄剤を添加するに当たり,従来の温度よりも高い温度にガラス材料を加熱することとし,かつ,当該温度に加熱されたガラス材料において清澄ガスを発生させるような清澄剤を添加するという手段を採用するものであるから,本願発明の特許請求の範囲の記載にいう「清澄ガス」は,専ら化学的清澄方法において溶融ガラスに清澄剤を添加することにより発生するガスを意味するものと解するのが相当である。
2 一致点及び相違点の認定の誤りについて
(1) 引用例1の記載について
本件審決が認定した引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例1(甲1)は,「熱可塑性材料溶融方法」という名称の発明についての公開特許公報であって,そこにはおおむね次の記載がある。
ア 特許請求の範囲(請求項1)
耐火壁を腐蝕から保護し,腐蝕による溶融材料の汚れを防止しつつ,耐火容器中の熱可塑性材料を溶融する方法において,前記耐火容器の少なくとも側壁に酸化可能な金属ライナーを設け,この金属ライナーが前記側壁からごく僅かだけ離れてその間に環状の空間を形成していることを特徴とする溶融方法
イ 本発明は,熱可塑性材料を溶融する方法に関する。さらに詳しくは,本発明は,1800℃を超える温度のガラスの腐蝕効果に耐えるのに特に適切な容器を炉の囲いとして用いたガラスの溶融に適応した方法に関する。
ウ 耐火物で裏打ちした炉は,長年ガラスの溶融用に用いられてきたが,標準的耐火物のほとんどは,ガラスによって徐々に溶解又は腐蝕し,炉の漏れを生じてしまう傾向がある。従来の炉では,ガラスの温度は,頂部付近が最も高く,ガラス浴頂部付近の側壁での腐蝕が最も大きいが,溶融及び精製温度は,耐火物の能力の理由から1600℃より低い値に制限される。耐火物がガラス中に溶解するにつれて,腐蝕生成物の多くは,溶融浴中に放出されてガラス組成の一部となり,ガラス品質に悪影響を及ぼすこともある。
エ 本発明は,熱可塑性材料を溶融する方法を提供する。その好適な具体例においては,底壁と直立側壁を有した容器を用い,耐蝕性材料で形成した容器保護ライナーを備える。本発明における炉は,バッチ内電極,床電極及び導電性出口チャネルへのホットスポット精製を含んでもよい。
オ 例えばモリブデン製のライナーは,炉内で対流する熱可塑性材料(ガラス)による腐蝕から耐火容器を保護し,更に重要なことに,炉の運転温度を高くできる結果として,溶融速度を増し,また,耐火物よりもモリブデンがガラス汚染を生じることが少ない結果として,ガラスの品質を改良することを可能にする。
カ 本発明における中心バッチ電極は,炉の中心線に沿って垂直に配置され,電気接続部によって通電される。また,耐火物底部の開口内には,ライナーと同一材料のモリブデン製である出口管を設けて電気接続部に接続する。中心バッチ電極と出口管に通電すると,その間に大電流が流れて熱可塑性材料の浴中にホットスポットが生じる。ホットスポット中に消散したエネルギーによって,ガラス材料は,出口管内の開口を通して炉から出る直前に精製される。高温に高められた精製温度は,炉中心付近に集中するから,炉壁の悪化は,減少する。
キ 本発明の炉は,最大1700℃ないし2000℃の温度で操作されるように 意図される。
(2) 引用発明,一致点及び相違点の認定について
ア 以上によれば,引用例1には,従来のガラス溶融用の炉を裏打ちする耐火物がガラスによって徐々に溶解又は腐蝕するため,溶融及び精製温度が1600℃より低い値に制限されるという課題を解決するため(前記(1)ウ),当該炉を囲んでモリブデン等の耐蝕性材料で形成した容器保護ライナーを備え,併せてバッチ内電極等によるホットスポット精製を行う構成を付加的に備えるという手段を採用し(前記(1)ア,エないしカ),これにより炉の運転温度(1800℃~2000℃)を高くできる結果として,溶融速度を増し,また,耐火物よりもモリブデンがガラス汚染を生じることが少ない結果として,ガラスの品質を改良することを可能にするという作用効果を有する(前記(1)ア,オ)発明が記載されているといえる。
引用例1の上記記載によれば,そこには,「1800℃~2000℃の温度のガラ スの腐食効果に耐えるのに特に適切な容器を炉の囲いとして用いた,ガラスの溶融 および精製に適応した方法」(引用発明)が記載されているということが可能である。
そして,ここに「精製」とは,引用発明において溶融に引き続いてガラスが炉か ら出る直前に与えられる作用である(前記カ)から,技術常識(甲4参照)に照 らすと,溶融ガラスからの気泡の除去すなわち清澄と同義であると認められる。
イ しかしながら,引用発明における上記精製(清澄)は,溶融ガラスを1800℃ないし2000℃の温度に加熱すること(前記(1)ア,イ)のほか,バッチ内電極等によるホットスポット精製を行う構成を組み合わせてもよいというもの(前記(1)エ,カ)であって,これらによるガラスの粘度の低下及び対流の発生に伴い,炉内の溶融ガラスの表面からの気泡の除去が想定されていると認めることができるものの,それ以外に,溶融ガラスに清澄剤を添加して清澄ガスを発生させることについては,引用例1には何ら記載も示唆もない。
したがって,引用発明は,「溶融ガラス中より清澄ガスが発生する」溶融ガラスの清澄方法であるとはいえない。
ウ 以上によれば,本願発明と引用発明とは,「溶融ガラスの清澄方法」である点のほか,「溶融ガラスは1800℃~2000℃の温度に加熱される」ものである点では一致するものの,「溶融ガラス中より清澄ガスが発生する」点で一致するとはいえず,この点で相違するというべきである。また,引用発明が「溶融ガラス中より清澄ガスが発生する」ものではない以上,「この溶融ガラスについて清澄ガスの放出が1800℃~2000℃の温度で生起する」点で一致するということもできず,この点においても相違するというべきである。
エ 以上によれば,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおり認定されるべきものであって,これに反する本件審決の認定は,誤りである。
(ア) 一致点:溶融ガラスの清澄方法において,溶融ガラスは1800℃~20 00℃の温度に加熱される溶融ガラスの清澄方法
(イ) 相違点:本願発明は,「少なくとも1種の清澄剤が溶融ガラスに添加される」もので,「溶融ガラス中の清澄剤により清澄ガスが発生する」ものであって,「この溶融ガラスについて上記清澄剤による清澄ガスの最大放出が1600℃を超える温度で生起する」ものであるのに対し,引用発明は,かかる事項を有するものではない点(以下「本件相違点」という。)
(3) 被告の主張について
ア 被告は,物理的清澄方法が清澄ガスを炉の底部の開口部から吹き込むものであることを前提として,引用発明のような物理的清澄方法においても清澄ガスが利用されていると主張する。
しかしながら,本願発明にいう清澄ガスとは,前記1(2)イに説示のとおり,専ら化学的清澄方法において溶融ガラスに清澄剤を添加することにより発生するガスを意味するものと認められるところ,前記(2)イに説示のとおり,引用例1には,溶融ガラスに清澄剤を添加して清澄ガスを発生させることについては,何ら記載も示唆もない。
しかも,物理的清澄方法には,①ガラス粘度の低減,②ガラス素地流れの制御,③撹拌,気体吹き込みなどによる融液の動揺,④音波,超音波による融液の機械的振動,⑤遠心分離による気泡の分離,除去,⑥真空又は圧力の利用などがあり,気体(ガス)の吹き込みは,これらの物理的清澄方法の一つであるにすぎない(甲4)ところ,引用例1には,ここにいう気体の吹き込みという手段の採用については何ら記載も示唆もない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
イ 被告は,本件審決は本願発明が清澄剤により清澄ガスを発生させる点を相違点として認定しているから,本件審決に誤りはないと主張する。
しかしながら,本件審決は,その一致点の認定に照らすと,清澄ガスが引用発明においても発生するものであるとの誤った前提に基づいて相違点を認定しているものと解される。
したがって,本願発明が清澄剤により清澄ガスを発生させる点を相違点として認定したからといって,当該認定の前提に誤りがある以上,本件審決による相違点の認定が結論において正しいものであるということはできず,被告の上記主張は,採用できない。
3 相違点に係る判断の誤りについて
(1) 引用例2の記載について
引用例2(甲2)は,「無アルカリガラスの清澄方法」という名称の発明についての公開特許公報であるが,そこにはおおむね次の記載がある。
ア 【請求項1】歪点が640℃以上でAs2O3含有量が0.5重量%以下の無アルカリガラスを溶解時に清澄する方法であって,1.5重量%以下のSb2O3,5.0重量%以下のSO3,2.0重量%以下のFe2O3および5.0重量%以下のSnO2からなる群から選ばれる1種以上の有効量と,5.0重量%以下のClおよび5.0重量%以下のFからなる群から選ばれる1種以上の有効量とを含有せしめて溶解,清澄することを特徴とする清澄方法
イ 本発明は,歪点(その温度以下では歪みが発生しない温度のこと)の高い無アルカリガラスの清澄方法に関する(【0001】)。
ウ 従来,各種ディスプレイ用基板ガラスでは,実質的にアルカリ金属イオンを含まず,高い歪点を有し,半導体形成に用いられる各種薬品に対する充分な化学耐久性を有し,内部及び表面に泡やキズなどの欠点を持たない,という特性が要求されてきたところ,特に泡を効率的に除く目的で,高温粘性の高いガラスの清澄剤として知られる砒素やアンチモンを添加してガラスを溶解し,清澄することが多かったが,砒素やアンチモンは,環境に悪影響を与える元素であるため,ガラスのリサイクルに支障が生じるほか,エッチング廃液の無害化処理にも多大の設備が必要であった(【0002】~【0005】)。
エ 本発明の目的は,特定の清澄剤の組合せを用いることにより清澄効果を高め,歪点の高い無アルカリガラスの溶解において,砒素やアンチモンを使用しないか,使用量をごく少量としても清澄が可能なガラスの溶解時の清澄方法を提供することにある(【0006】~【0008】)。
オ 本発明では,Sb2O3,SO3,Fe2O3及びSnO2のいずれか1つ以上並びにCl及びFのいずれか1つ以上が有効量添加されることが必須である(【0009】~【0014】)。本発明は,アルカリ金属酸化物を実質的に含有しない無アルカリガラスで,歪点が640℃以上のものを対象とする(【0015】)。
カ 本発明のガラスは,例えば,通常使用される各成分の原料を目標成分になるように調合し,本発明に所定の清澄剤を添加した後,これを溶解炉に連続的に投入し,1500℃ないし1600℃に加熱して溶融する。この溶融ガラスを1200℃ないし1500℃に保持することにより,泡抜き(清澄)し,フロート法等により所定の板厚に成形し,徐冷後切断する。清澄時に減圧を利用してもよい(【0018】)。実施例においては,調合原料バッチを1600℃で30分溶解後,通常のスクリュー状のスター等を用いて20rpmで撹拌しながら20分溶融,徐冷後のガラス表面付近の泡の数を調べたところ,撹拌したときの泡の溶け残り及び撹拌リボイル(再沸)泡がいずれも少なく,また,ガラスの均一性もよく,高品質なガラスの製造に適当であることが分かる(【0021】【0023】)。
キ 本発明によるガラスは,人体及び地球環境を悪化させずに,高品質なガラス基板及びその製造方法として好適である(【0030】)。
(2) 引用例2に記載の発明について
以上によれば,引用例2には,従来,基板用のガラスを溶解,清澄する際に砒素又はアンチモンを清澄剤として添加していたが,これらが有害な物質であるという課題を解決するために(前記(1)ウ,エ),清澄剤としてSb2O3,SO3,Fe2O3及びSnO2のいずれか1つ以上並びにCl及びFのいずれか1つ以上を有効量添加して1500℃ないし1600℃に加熱して溶融し,この溶融ガラスを1200℃ないし1500℃に保持して清澄するという手段を採用し,その際に減圧を利用し,あるいはスクリューで撹拌するという物理的清澄方法を併用すること(前記(1)ア,オ,カ)で,人体及び地球環境を悪化させずに,高品質なガラス基板を製造するという作用効果を有する発明(前記(1)キ)が記載されているといえる。
(3) 本件相違点の容易想到性について
ア 本願発明と引用発明とは,いずれも溶融ガラスの清澄方法に関するものであり,技術分野が共通するほか,溶融ガラスが1800℃ないし2000℃の温度に加熱される点でも共通する。
イ しかしながら,本願発明は,前記1(2)アに説示のとおり,特に高融点ガラス材料に対して公知の清澄剤を添加しても清澄効果が十分ではなく,毒性を有するものを含む清澄剤を多量に添加する必要があったという課題を解決するものであるのに対し,引用発明は,前記2(2)アに説示のとおり,従来のガラス溶融用の炉を裏打ちする耐火物がガラスによって徐々に溶解又は腐蝕するため,溶融及び精製温度が1600℃より低い値に制限されるという課題を解決するものであるから,引用発明は,本願発明を実施する上で前提となる課題を解決するものであるとはいえるものの,本願発明と引用発明とでは,解決すべき課題が同一あるいは重複しているとはいえない。
ウ また,引用発明における清澄は,前記2(2)ウに説示のとおり,溶融ガラスを1800℃ないし2000℃の温度に加熱することのほか,バッチ内電極等によるホットスポット精製を行う構成を組み合わせてもよいというものであって,これらによるガラスの粘度の低下及び対流の発生に伴い,炉内の溶融ガラスの表面からの気泡の除去が想定されている(物理的清澄方法)と認めることができるものの,それ以外に,例えば溶融ガラスに清澄剤を添加して清澄ガスを発生させることについては,引用例1には何ら記載も示唆もない。
したがって,引用例1には,上記の物理的清澄方法に対して清澄剤を添加して化学的清澄方法により溶融ガラスを清澄することを組み合わせることについては,示唆も動機付けもないというほかない。
エ 引用例2に記載の発明は,前記(2)に説示のとおり,有害な清澄剤の使用を回避するという点で本願発明と解決課題及び作用効果に重複する部分があり,化学的清澄方法として本願明細書に記載の清澄剤(例えばFe2O3及びSnO2)を添加するものであるほか,減圧又は撹拌という物理的清澄方法を併用するものであるが,溶融ガラスの清澄が行われる温度は,前記(1)カに記載のとおり,1200℃ないし1500℃にとどまる。
また,本件優先日当時の他の化学的清澄方法における清澄温度についてみると,甲3は,「アルカリ金属を含有しないアルミノ硼珪酸ガラスとその用途」という名称の発明についての公開特許公報(特開平11-157869号)であり,そこには,化学的清澄方法として本願明細書に記載の清澄剤(例えばSnO2及びCeO2)を添加することが記載されている(【0030】~【0032】)が,実施例においては,1620℃で清澄が行われているにとどまる(【0035】)。
甲5は,「高強度ガラス繊維用組成物」という名称の発明についての公開特許公報(特開平11-21147号)であり,そこには,化学的清澄方法として本願明細書に記載の清澄剤(例えばFe2O3)を添加することが記載されており,当該清澄剤が,1600℃を超える温度では効果があまり期待できない従来の清澄剤に対して,高い溶融温度を有するガラスにおいても十分に効果を発揮することが記載されている(【0013】~【0015】)が,実施例においては,1600℃で溶融が行われているにとどまる(【0018】)から,それよりも更に高温である本願発明の1700℃以上の温度や,引用発明が採用する1800℃以上の温度で当該清澄剤を使用することについてまで示唆があるとはいえない。
甲6は,「無アルカリガラスおよびフラットディスプレイパネル」という名称の発明についての公開特許公報(特開平10-45422号)であるが,そこには,化学的清澄方法として本願明細書に記載の清澄剤(例えばFe2O3及びSnO2)を添加することが記載されており(【0025】),処理の対象となる無アルカリガラスは,粘度が102ポイズ以下となる温度が1770℃以下であることが記載されている(【0029】)が,実施例では,1500℃ないし1600℃で溶解されているにとどまる(【0032】)。
甲10は,「ガラス技術製造上の欠陥」という題名の文献(昭和55年(1980年)刊行)であるが,そこには,化学的清澄方法として本願明細書に記載の清澄剤(例えばSb2O3及びAs2O3等)を用いることが記載されているが,清澄酸素の放出は,最高でも1520℃であることが記載されているにとどまる。
乙4は,「ガラス溶融炉からの有毒物質の放出を減少させるための方法である水強化型清澄法」という名称の発明についての公開特許公報(特開平11-79755号)であるが,そこには,化学的清澄方法として本願明細書に記載の清澄剤(例えばSb2O3及びAs2O3等)を用いることが記載されている(【0023】)ほか,清澄剤による清澄ガスの最大放出が生起する温度と溶融ガラスの加熱温度とを一致させることが望ましいこと(【0003】【0004】)が記載されているが,溶融ガラスの清澄は,1450℃又は1500℃で行われているにとどまる(【0049】【0064】)ばかりか,「殆どの商業的なガラス炉は,すでに最高耐火温度近くにおいて運転されており,ガラス清澄温度をさらに高くすることは多くの場合実用的ではない」(【0069】)との記載がある。
オ 以上の各証拠の記載によれば,化学的清澄方法が実施される溶融ガラスの温度は,最高でも1620℃であって,それを超える温度とする例は見当たらず,また,それを超える温度で清澄剤を使用することについて示唆するものも見当たらないから,本願発明の1700℃以上の温度や,引用発明が採用する1800℃以上の温度において本願明細書に記載の清澄剤を使用することは,本件優先日当時の当業者にとって公知でも自明でもなく,また,当該使用をすることが動機付けられることもなかったものというべきである。
すなわち,化学的清澄方法において1700℃以上の温度で清澄剤を使用することや,1800℃ないし2000℃の温度で溶融ガラスを物理的清澄方法により清澄する引用発明に対して,清澄剤を添加して化学的清澄方法により溶融ガラスを清澄する引用例2に記載された発明を組み合わせることについては,本件においてはこれを示唆ないし動機付ける証拠の存在が認められない。
カ のみならず,本願発明は,前記1(2)アに記載のとおり,例えば清澄時間を従来技術の約3時間から約30分に著しく短縮するという作用効果を有するものであるところ,当該温度により清澄時間をこのように著しく短縮できることについては,前掲各証拠には何ら記載も示唆もないから,引用発明を含む従来技術に接した当業者は,本願発明の奏する上記作用効果を予測することができなかったものといえる。
(4) 小括
以上のとおりであるから,引用例1に接した本件優先日当時の当業者は,引用発明に基づいて本件相違点のうち,「少なくとも1種の清澄剤が溶融ガラスに添加され」ることを容易に想到することができなかったものというべきである。
したがって,本願発明は,本件審決の認定に係る引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,これに反する本件審決は,取消しを免れない。
4 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由には理由があり,本件審決は取り消されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)