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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10241号 判決 2013年3月21日

原告

アロン化成株式会社

訴訟代理人弁理士

宇佐見忠男

被告

特許庁長官

指定代理人

山口直

高田元樹

瀬良聡機

田村正明

主文

特許庁が不服2011-5681号事件について平成24年5月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

主文同旨

第2事案の概要

本件は,特許出願拒絶審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成17年8月19日,名称を「医療用ゴム栓組成物」とする発明について特許出願をし(特願2005-238059号,公開公報は特開2007-50138号〔甲18〕),平成20年4月1日付け,平成22年6月10日付で特許請求の範囲等の変更の補正(甲3,8)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした(不服2011-5681号)。

その中で原告は平成23年3月14日付けで特許請求の範囲等の変更の補正(甲12,本件補正)をしたが,特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年6月1日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  本件補正後の請求項1(補正発明)

「質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対して,軟化剤160~200質量部,ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって,該組成物のJIS K 6253Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」(下線は補正箇所)

(2)  本件補正前の請求項1(補正前発明)

「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対して,軟化剤160~200質量部,ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって,該組成物のJIS K 6253Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」

3  審決の理由の要点

(1)  刊行物1(特開2001-258991号公報,甲1)には,実質的に次の発明(引用発明)が記載されていることが認められる。

「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体100部に対して,パラフィン系オイル50~300部,ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって,該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分。」

(2)  補正発明と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。

【一致点】

「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体に対して,軟化剤,ポリオレフィンを配合した組成物である医療用ゴム栓組成物。」

【相違点1】

スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量が,補正発明は「30万~50万」であるのに対し,引用発明は「20万~40万」である点。

【相違点2】

スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体に対して,軟化剤とともに配合するポリオレフィンが,補正発明は,「ポリプロピレン」に限定しているのに対し,引用発明ではそのような限定がない点,

【相違点3】

スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対する,軟化剤とポリオレフィンの配合量が,補正発明はそれぞれ,160~200質量部,15~40質量部であるのに対し,引用発明は,それぞれ50~300質量部,10~50質量部である点。

【相違点4】

JIS K 6253Aに規定する硬さが,補正発明は,30~45であるのに対し,引用発明は20~70である点。

(3)①  相違点1について

引用発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量は20万~40万であるが,補正発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量30万~50万とは,30万~40万の範囲で重複・一致している。そして,高分子材料の平均分子量が,その材料の物性値に影響することは当業者にとって自明であり,所望の性質を得るため,その分子量を適宜選択することは,数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また,引用発明においても,その質量平均分子量を,他の用途より大きい範囲に定めることを意図しているものである。さらに,補正発明の上記「30万~50万」という数値限定条件範囲において,補正発明が,格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。

②  相違点2について

刊行物1にも,スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体にポリプロピレンを配合することが記載されており,ポリオレフィンとしてポリプロピレンを選択することは,当業者であれば容易に想到し得る事項である。

③  相違点3について

スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対する軟化剤とポリオレフィンの配合量について,軟化剤については,引用発明が50~300質量部であるが,補正発明では160~200質量部と補正発明の数値範囲はすべて引用発明に含まれる範囲であり,また,ポリオレフィンについては,引用発明が10~50質量部であるが,補正発明では15~40質量部と補正発明の数値範囲はすべて引用発明に含まれる範囲である。そして,軟化剤の配合量,ポリオレフィンの配合量が,得られる組成物の硬さを調整するものであることは当業者にとって自明であり,その硬さが針の保持性,針刺性,液漏れ性に影響することも当業者にとっては自明であり,最適な硬さの組成物を得るため,軟化剤とポリオレフィンの配合量を適宜選択することは,数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また,補正発明の数値限定条件範囲において,補正発明が,格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。

④  相違点4について

JIS K 6253Aに規定する硬さが,引用発明は20~70であるが,補正発明は30~45と,補正発明の数値範囲はすべて引用発明に含まれる範囲である。そして,その硬さが,補正発明や引用発明のような医療用ゴム栓組成物の針の保持性,針刺性,液漏れ性に影響することは当業者にとって自明であることは上述したとおりであり,その硬さ範囲を最適な数値に設定することは,最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また,補正発明の数値限定条件範囲において,補正発明が,格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。そして,補正発明による効果も,引用発明から当業者が予測し得た程度のものであって,格別のものとはいえない。

⑤  したがって,補正発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(4)  補正前発明は,補正発明から「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体」の限定事項である「質量平均分子量が30万~50万である」との構成を省いたものである。そうすると,補正前発明の発明特定事項をすべて含み,さらに,他の発明特定事項を付加したものに相当する補正発明が,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,補正前発明も,同様に,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由

以下のとおり,審決には引用発明認定の誤りがある。

1  審決が引用発明として認定すべき発明

(1)  甲1の段落【0005】~【0008】によれば,従来の方法で射出成形された針刺部分は,止栓本体に外周が囲まれて加圧成形されるので圧縮応力が負荷され内部応力を有した状態であり,止栓本体は,針刺部分の体積が膨張する方向に働いているので引張応力が負荷された状態であるところ,針刺部分に圧縮応力が負荷されているので,針を刺して点滴等の薬液を容器より人体内に排出してもその弾性力で針の外周を締め付けるので容器内の液体が漏れないともいえるが,針刺部分は滅菌処理における高温度の加熱によって,内部応力が解消され圧縮永久歪として残り,その結果,僅かだが液漏れが発生することがあることから,射出成形した針刺し止栓を加熱処理しても容器内の液体が漏れない針刺し止栓とその製造方法を提供することを課題とするものである。

甲1の【請求項1】記載の発明は「針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分と,前記針刺部分の材料より剛性が高く,前記針を針刺時の応力が外部に伝播することを防止し,前記針刺部分を区画するための外周部分を有した止栓本体とを有する針刺し止栓において,前記熱可塑性合成樹脂弾性体が,重量平均分子量で150,000以上のスチレン・共役ジエンブロック共重合体の水素添加物であり,前記共役ジエンがイソプレン,ブタジエンから選択される1種以上から成るスチレン系エラストマーであることを特徴とする針刺し止栓。」を要旨としたものであり,審決が認定した引用発明は,【請求項1】記載の発明と比較すると,「針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分と,前記針刺部分の材料より剛性が高く,前記針を針刺時の応力が外部に伝播することを防止し,前記針刺部分を区画するための外周部分を有した止栓本体とを有する針刺し止栓」と云う前提部分が欠落し,単に組成のみに関する必要以上の上位概念化を行なったものである。

(2)  甲1の段落【0006】,【0029】~【0040】,【請求項6】,【図3】,【図4】の記載に鑑みれば,引用発明の課題は,請求項6に記載の製造方法を適用した針刺し止栓において初めて達成することが可能であるから,補正発明と比較すべき引用発明は,「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体100部に対して,パラフィン系オイル50~300部,ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって,該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分である熱可塑性合成樹脂を材料として,針刺部分を射出成形した後,射出成形金型のキャビティに前記針刺部分を隙間を有して載置し,前記射出成形金型と前記針刺部分とで区画され前記隙間を除いた前記キャビティに,熱可塑性合成樹脂の溶融樹脂を射出して前記止栓本体を成形することによって製造された針刺し止栓」である。

2  引用発明におけるエラストマーについて

甲1の表2には,実施例に使用したエラストマーとして

A.分子量30万のセプトン4077(水添型)を使用した組成,

B.分子量12万のクレイトンG1650を使用した組成,

C.分子量38万のTR2606(非水添型)を使用した組成

が開示されているところ,「セプトン4077」はSEPSとSEBSの混合物,「クレイトンG1650」はSEBS,「TR2606」はSBS,である(段落【0055】,【0056】)。したがって甲1の実施例には,質量平均分子量30万~50万のSEBSを単独使用する例が示されていない。

3  引用発明と補正発明の対比

(1)  甲1の実施例には,質量平均分子量30万~50万のSEBSを単独使用する例が示されていない。硬度に関しては,甲1では望ましい範囲は45~65とされ(段落【0015】),実施例の表2ではエラストマーAが49,エラストマーBが47,エラストマーCが52,すなわち47~52の範囲が開示され,いずれも補正発明の上限45を超えた値が示されている。

(2)  補正発明の課題は,成形性,特に射出成形性,針刺し性,液漏れ防止性,針保持性に優れ,かつ液漏れ性を改良したゴム栓を提供することにあるのに対し,引用発明の課題は,射出成形した針刺し止栓を加熱処理しても容器内の液体が漏れない針刺し止栓を提供することにある。

(3)  補正発明の組成物は,一般的な射出成形やプレス成形等によって製造されているのに対し,引用発明の針刺し止栓は,針刺部分を射出成形金型のキャビティに載置した状態で止栓本体を射出成形する特殊なインサート射出成形が適用されている。

(4)  補正発明では,射出成形で得られた肉厚6mmの成形材料(ゴム栓)を115℃のオーブンに1時間入れて擬似滅菌を行い,その後直径4mmのプラスチック針(テルモ製のTC―00503K)を刺して4時間放置する。4時間放置後,針を刺した状態のゴム栓を擬似医療用輸液バッグに取り付けてゴム栓装置側を下にして針を抜き,その時の液漏れ状態,針の差し込みやすさ,針保持性を観察する。液漏れ性については,針を抜いたときに液漏れしない場合を合格,液漏れする場合を不合格とする。

引用発明では,直径4mmの点滴用のプラスチック針を刺して,常温下で30分後その針を抜いた後の液漏れを目視により判定する。

補正発明に関する性能評価では,加熱滅菌工程も考慮しており,甲1記載の方法より実用的評価が得られる。

(5)  補正発明の実施例1で使用したSEBS(質量平均分子量40万)を甲1の実施例のエラストマーAに使用されたセプトン4077に置き換えたエラストマー組成物について,補正発明の実施例と同様な試験方法によって評価を行ったところ,液漏れ性が7/10であった。そのため,引用発明では,二段の射出成形を採用し,後段の射出成形では射出圧力を高くして,針刺部分を圧縮されて閉じ込められた状態とし,針刺部分の外周の表面と止栓本体とを熱融着せしめ,液漏れ性を改良することが必須の要件となるのである。SEBSを単独使用する補正発明では,このような特殊な製造方法を採用しなくても,引用発明よりも更に液漏れ性が顕著に改良されるという効果が奏される。

(6)  引用発明と補正発明とを対比すると,組成としては重複する部分があるが,補正発明の組成物を使用してゴム栓を射出成形によって製造する方法には,引用発明のインサート射出成形は全く適用されていない。また,引用発明には,Mw30万~50万の範囲のSEBSを単独使用することについて記載されておらず,組成物のA硬度も補正発明の上限45を越えた場合の実施例しか記載されていない。性能評価においても方法に相違があり,補正発明の評価方法では,引用発明の範囲には含まれているMw25万のエラストマーを使用したものは液漏れ性が悪い比較例とされている。

補正発明の課題は,補正明細書(甲12)記載の液漏れ性試験にも合格するような卓越した液漏れ性を有する医療用ゴム栓の組成物を提供することにあるところ,引用発明とは,液漏れ性評価が異なり,前提とするゴム栓(針刺部分)の使用条件も異なり,さらに適用される製造方法も異なる補正発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

第4被告の反論

1  「審決が引用発明として認定すべき発明」につき

(1)  甲1の段落【0001】には,医薬用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分を備えた針刺し止栓に関すると記載され,段落【0009】には,針刺し止栓は,針刺部分と止栓本体からなり該針刺部分は,針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られていることが記載され,段落【0010】には,前記部分を構成する熱可塑性合成樹脂弾性体の好ましい重量平均分子量は,20万~40万のスチレン系エラストマーであることが記載され,段落【0015】には,針刺部分の硬さは,JIS(DURO)のA硬度で20~70の範囲で選択されたものが良いことが記載され,段落【0023】~【0025】には,針刺部分の材料として熱可塑性合成樹脂弾性体が用いられ,SEBS系が好ましい例として挙げられ,スチレン系エラストマーとして単独でSEBS100部に,パラフィン系オイルを50~300部,ポリオレフィン樹脂を10~50部の配合割合でコンパウンドすることが記載されているのであるから,審決が,医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分を審決記載の引用発明のように認定したことには誤りはない。

原告の主張は,甲1に記載された発明が【請求項1】に記載されたとおりの針刺し止栓に係る発明のみであるかのような前提に立っているが,誤りである。

まず,甲1には,【請求項1】に記載された発明をはじめ,種々の発明が開示されているところ,当業者が技術常識を参酌して刊行物1の記載全体から認定できる限りにおいて,いずれの発明を認定するかは,対比すべき補正発明に応じて選択すればよいのであって,審決においては,補正発明が,平成23年3月14日付け手続補正(甲12)の特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの「医療用ゴム栓組成物」に係る発明であったため,甲1に記載された発明のうち針刺し止栓の針刺部分に係る発明を引用発明として認定したものである。

また,医療用ゴム栓組成物を医療用容器の針刺し栓として用いる場合,医療用ゴム栓組成物からなる針刺部を樹脂等で製造された枠で支持して針刺し栓として構成し,医療用容器に取り付けることは一般に行われていることであって(乙1~3),審決においては,刊行物1に記載された「医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分」が補正発明の「医療用ゴム栓組成物」に相当するものとし,「医療用ゴム栓組成物」の発明である補正発明と対比する引用発明として必要な限りにおいて認定しているものである。したがって,甲1に記載された発明として,【請求項1】に記載されたように,「医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分」だけでなく,「止栓本体」を含む「針刺し止栓」全体でなければ認定できないことを前提とする原告の主張は誤りである。原告の審決で認定した引用発明を,単に組成のみに関する必要以上の上位概念化を行なったものであるとの主張には理由がない。

(2)  「医療用ゴム栓組成物」の発明である補正発明と対比すべき発明として,審決において引用発明として,「医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分」の発明を認定した点に誤りがない以上,引用発明の課題は,【請求項6】に記載の製造方法を適用した針刺し止栓において初めて達成することが可能であるから,引用発明として原告主張の引用発明のとおり認定すべきという原告の主張にも理由がない。前記のとおり,甲1には,【請求項6】に記載された発明だけでなく,種々の発明が記載されているところ,それぞれの発明が解決する課題の内容も様々であり,【請求項6】に記載された発明が解決する課題と対応しなければ引用発明として認定できない理由はない。

2  「引用発明におけるエラストマー」につき

甲1の【表2】に記載されたエラストマーは,甲1に記載された発明の実施例,比較例のテストに使用したものを示したものであり(段落【0054】~【0057】),ここに例示されているものを引用発明として認定しているのではない。審決は,甲1の【表2】以外の記載全体から引用発明を認定しているのであり,段落【0025】には単独でSEBSを用いることが好ましい例として記載されているのであるから,【表2】に記載されていないという理由で引用発明の認定が誤りであるという原告の主張は理由がない。

3  「引用発明と補正発明の対比」につき

(1)  審決は,甲1の記載事項(段落【0001】,【0009】~【0011】,【0013】,【0015】,【0023】~【0025】等)の記載から,引用発明として「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体100部に対して,パラフィン系オイル50~300部,ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって,該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分」を認定しているのであり,引用発明の認定に用いていない実施例に関する指摘から引用発明の認定が誤りであるという原告の主張には理由がない。

(2)  原告が主張する引用発明の課題は,審決が引用発明として認定した「医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分」についての課題ではなく,「針刺し止栓」についての課題である。

(3)  補正発明において,組成物の製造方法は何ら特定されていない。また,原告が主張する「針刺し止栓」の製造方法について,審決では引用発明として「医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分」を認定しているのであり,「針刺し止栓」の製造方法と対比することは意味がない。

(4)  原告の性能評価の相違に基づく主張は,審決の引用発明の認定誤りとは直接関係がない。

(5)  参考試験に使用したセプトン4077は,甲1の段落【0055】にも記載されているように,SEPSとSEBSの混合物であり,審決が引用発明として認定したものとは関係なく,この参考試験の結果を基に主張する原告の主張には理由がない。

(6)  原告の主張は,引用発明を原告主張の引用発明のとおりのものとして認定されなければならないことを前提としているところ,審決の引用発明の認定の誤りは理由がなく,また,原告主張の引用発明のとおりに引用発明として認定されなければならない理由もないのであるから,その誤った前提に基づいた,課題,液漏れ評価,製造方法の相違を指摘した対比判断の主張は誤りであり,理由がない。

第5当裁判所の判断

1  補正発明について

本願明細書(甲12)の記載によれば,補正発明につき次のことを認めることができる。

補正発明は,輸液バッグなどに用いられる医療用ゴム栓組成物に関するものである(段落【0001】)。

この種のゴム栓組成物としては,成形性が良いこと,輸液バッグに輸液を注入あるいは取り出すための注射針が容易に刺し通せること(針刺し性),針をゴム栓から引き抜いたときに輸液が針穴から漏れないこと,ゴム栓に刺通した針が簡単に抜けないこと(針保持性)が要求されるところ(段落【0002】),従来技術としては,スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンブロック共重合体(SEPS),メルトインデックス23以上のポリプロピレン・パラフィンオイルからなり,JISK-6301(現JIS K 6253)に規定する硬さが28のものや,スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンブロック共重合体,ポリオレフィン系樹脂,非芳香族系ゴム用軟化剤からなり,JIS K-6301(現JIS K 6253)に規定する硬さが5以上30未満である組成物が存在した(段落【0003】)。しかし,従来技術による医療用ゴム栓組成物は,成形性,針刺し性及び液漏れ性を確保するために,硬さを30未満に設定しているが,硬さが30以下になると針保持性が悪くなって針が抜け易くなるし,また液漏れ性も実用的に満足するには至っていないという問題点があった(段落【0005】)。補正発明は,このような課題を解決するために,医療用ゴム栓組成物の構成として,質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体(SEBS)100質量部に対して,軟化剤160~200質量部,ポリプロピレン15~40質量部を配合し,JIS K 6253Aに規定する硬さを30~45としたものであり(段落【0006】),成形性,特に射出成形性が良好で,かつ針刺し性に優れ,ゴム栓から針を抜いた時に針穴が速やかに弾性復元力によって塞がれることによって液漏れがなく,さらに針保持性が良いゴム栓が得られるという効果を有するものである(段落【0007】~【0008】)。そして,補正発明の上記効果を裏付ける試験結果が実施例として本願明細書に記載されているところ,針を抜いたときの針穴からの液漏れ性については,エラストマーとして質量平均分子量が404000であるSEBSを使用した組成物(実施例1ないし3)は,液漏れがなかったのに対し,質量平均分子量が255000のSEBSを使用した組成物(比較例1)では若干の液漏れがみられ,また,SEBSに代えてSEPS(スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンブロック共重合体)を使用した比較例2,3では顕著な液漏れがみられたとされている。

なお,本願明細書における実施例及び比較例では,単に補正発明に係る組成物を射出成形し,厚さ6mmの試験片として疑似医療用輸液バッグに取り付けて,試験片から針を抜いたときの液漏れ性を確認するものであり,後記の甲1に記載された発明のように,試験片を特定の製法により変形させた上で,液漏れ性を確認するものではない。また,本願明細書には,医療用ゴム栓の形状や,製造方法を特定する記載はない。

2  甲1に記載された発明について

甲1によれば,刊行物1に記載された発明について以下のことを認めることができる。

(1)  刊行物1に記載された発明は,医療用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に注射用又は点滴用針を刺すことができるように,熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分を備えた針刺し止栓とその製造方法に関するものである(段落【0001】)。従来技術としては,止栓に熱可塑性合成樹脂弾性体(弾性体をエラストマともいう。)を用いるものや熱可塑性合成樹脂エラストマを積層して2層の止栓が提案されているところ,これらは加硫ゴムを使用した止栓の欠点を補うものではあるが,針を刺して抜いた後の薬液の漏れに対しては充分な効果がなく,実用的なレベルに達したものではないとの課題があり(段落【0003】,【0004】),その改良品として提案されたものも,針刺部分や止栓本体の材質,及び滅菌処理の温度によっては弾力性が低下し,僅かだが液漏れすることがあった(段落【0005】~【0007】)。刊行物1に記載された発明は,射出成形した針刺し止栓を加熱処理しても容器内の液体が漏れない針刺し止栓とその製造方法を提供することを目的とし(段落【0008】),そのために,針刺し止栓は,針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分と,針刺部分の材料より剛性が高く,針を針刺時の応力が外部に伝播することを防止し,針刺部分を区画するための外周部分を有した止栓本体とを有する針刺し止栓において,熱可塑性合成樹脂弾性体が,重量平均分子量で150000以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であり,共役ジェンがイソプレン,ブタジエンから選択される1種以上の組成物であるスチレン系エラストマーであることを特徴とするものである(段落【0009】)。

(2)  そして,刊行物1の実施例の記載から,そこに記載の発明の目的を達成するためには,針刺し止栓は,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解される。すなわち,ともに同じ材料の熱可塑性合成樹脂弾性体(エラストマーA)を針刺部分の材料とし,止栓本体を射出成形する際に,針刺部分をインサートするキャビティ内に隙間を配置するかしないかの点においてのみ相違する実施例1と比較例についての針を抜いた後の液漏れテストの結果が,キャビティ内に隙間を配置せず,その結果,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形しない比較例では,5例中3例が「漏れあり(滴状でいずれ止まる)」,1例が「漏れ続け」,1例が「漏れなし(水滴少々あり)」であって,容器内の液体が漏れない針刺し止栓を提供するという刊行物1に記載された発明の目的が達成できないのに対して,キャビティ内に隙間を配置し,その結果,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形した実施例1では,5例中4例が「漏れなし(水滴少々あり)」,1例が「漏れなし」であり,甲1に記載された発明の目的が達成できることが,刊行物1に記載されている(段落【0010】,【0045】,【0046】,【0054】,【表2】,【0058】,【図8】)。この記載に接した当業者は,刊行物1に記載された針刺し止栓であって,液漏れのない針刺し止栓を得るためには,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形させる必要があると理解すると認められる。

また,実施例1に記載の針刺部分の材料である熱可塑性合成樹脂弾性体(エラストマーA)は,ベースエラストマー,パラフィン系オイル及びポリプロピレンのコンパウンドである(【表2】)ところ,甲1には,スチレン系エラストマーのコンパウンドの組成が,

SEBS,SEPS又は混合物(ベースポリマー)   100部

パラフィン系オイル   50~300部

ポリオレフィン樹脂   10~50部

と記載されている(段落【0025】)。加えて,針刺部分の硬さは,JIS(DURO)のA硬度で20~70の範囲が良いと記載されている(段落【0015】)。

したがって,刊行物1に記載された発明の構成は,針を差し込む部分であり熱可塑性合成樹脂弾性体で作られた針刺部分と,針刺部分の材料より剛性が高く,針刺時の応力が外部に伝播することを防止し,かつ,針刺部分を区画するための外周部分を有した止栓本体とを有する針刺し止栓において,熱可塑性合成樹脂弾性体が,重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して,パラフィン系オイルを50~300部,ポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって,当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓であり,かつ,針刺部分を射出成形した後,射出成形金型のキャビティに針刺部分を隙間を有して載置し,射出成形金型と針刺部分とで区画され隙間を除いたキャビティに,止栓本体の材料である熱可塑性合成樹脂の溶融樹脂を射出して止栓本体を成形することにより,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形した針刺し止栓である。

(3)  刊行物1に記載された発明の構成を有する針刺し止栓は,針を刺す針刺部分が特定の熱可塑性合成樹脂弾性体を使用していること,撓ませて成形されていることから,高温で滅菌処理されても,針を刺したとき,又は抜いた後でも容器内から液漏れがないという効果を奏する(段落【0059】)。そして,このことは,特定の熱可塑性合成樹脂弾性体であるエラストマーAを針刺部分の材料とし,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形した実施例1ないし3の針刺し止栓について,その液漏れテストの結果が良好であったことによって裏付けられている(【図8】)。

(4)  刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料の組成について刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料の組成は,前記のとおり,重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して,パラフィン系オイルを50~300部,及びポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって,当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70のものである。

ここで,スチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマーとして,甲1には,スチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体の水素添加物(SEBS)系,スチレン・イソプレン・スチレンブロック共重合体の水素添加物(SEPS)系,又はスチレン・イソプレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体の水素添加物(SEBSとSEPSの混合物)系が例示されている(段落【0013】,【0024】)。また,実施例として示されたベースポリマーは,エラストマーAが分子量30万のSEBSとSEPSの混合物,エラストマーBが分子量12万のSEBS,エラストマーCが分子量38万のSBS(スチレン・ブタジエン・スチレン)であるところ,エラストマーBのベースポリマーの種類は,刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料に該当するものの,分子量は刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料から外れるものであり,エラストマーCのベースポリマーの分子量は,刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料に該当するものの,ベースポリマーの種類は,刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料から外れるものである。そして,これら3種のエラストマーをベースポリマーとして使用する実施例2及び3の結果から,刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料の組成に該当するエラストマーAを使用した場合には,液漏れテストの結果が良好であったが,刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料の組成に該当しないエラストマーBやエラストマーCを使用した場合には,その余の条件がエラストマーAを使用する場合と共通していても,液漏れがあったことが記載されている(【図8】)。

この実験結果より,刊行物1には,針刺部分の材料として,そこに記載された発明の針刺部分を構成する材料を使用し,かつ,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形した場合には針刺し止栓からの液漏れがないが,針刺部分の材料として,そこに記載された発明の針刺部分を構成するベースポリマーとして,スチレン・共役ジェンブロック共重合体でその共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであっても,その水素添加物ではないものを使用した場合(エラストマーC)や,スチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であってその共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであっても,その重量平均分子量が15万以上ではないものを使用した場合(エラストマーB),すなわち,刊行物1に記載された発明の針刺部分を構成する材料を使用しなかった場合は,たとえ,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形したとしても,針刺し止栓からの液漏れがあることの技術的課題が示されているということができる。

そして,刊行物1には,針刺部分を構成するベースポリマーとして例示された3種について,SEBSとSEPSの混合物を使用した場合には,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形した場合に,針刺し止栓からの液漏れがないことは実施例として裏付けをもって示されている(エラストマーAについての実施例1ないし3)一方で,針刺部分を構成するベースポリマーとして分子量が15万以上のSEBS又はSEPSを使用した場合に,針刺し止栓からの液漏れがないことについての実施例はなく,これらのものを使用して,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形した場合の当該針刺し止栓の液漏れ性能については,刊行物1には記載されていない。

3  補正発明の容易想到性について

(1)  刊行物1から認定すべき発明について

刊行物1に記載された発明の構成は,前記のとおり,針刺部分を射出成形金型のキャビティ内に隙間を有して載置し,止栓本体の材料を射出成形金型と針刺部分とで区画された隙間を除いたキャビティに射出して成形した針刺し止栓であるところ,この針刺し止栓の針刺部分が補正発明に係る医療用ゴム栓組成物に相当する。そして,補正発明は,医療用ゴム栓組成物について,その組成と組成物の硬さを発明特定事項とするものであるから,刊行物1において補正発明と対比すべき発明は,刊行物1に記載された技術的事項から,針刺部分の組成及びその硬さについて抽出した「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して,パラフィン系オイルを50~300部,及びポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって,当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓の針刺部分組成物」となる。審決が認定した引用発明における「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体」は,上記認定の構成「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー」に包含されるものではあるが,前記のとおり,刊行物1に記載された発明が十分な液漏れ性能等の確保といった目的を達成するためには,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解されるのに対し,補正発明では針刺部分を撓ませることは前提とされていないという点で技術思想が異なるものであり,このような差違を考慮しないまま上記認定の構成に包含されるからといって,その中の特定の構成を引用発明として認定するのは相当ではない。原告主張の取消事由もこの趣旨をいうものと理解することができる。

(2)  補正発明と刊行物1に記載の構成物の対比

刊行物1に記載されているのは,医療用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に使用する針刺し止栓(甲1の段落【0001】)の針刺部分組成物であり,そこにおける実施例では,スチレン系エラストマー,パラフィン系オイル,及びポリオレフィン樹脂のコンパウンドをエラストマー(弾性体)と称していることから,ベースポリマー,パラフィン系オイル,及びポリオレフィン樹脂を配合した組成物である針刺部分の材料は,ゴム状であると解される。そうすると,補正発明の医療用ゴム栓組成物に対比されるべき発明は,刊行物1における針刺し止栓の針刺部分組成物に相当する。

そして,補正発明の医療用ゴム栓組成物は,質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体をベースポリマーとする組成物であるのに対し,刊行物1における上記ベースポリマーは,重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであるから,両者は少なくともベースポリマーの成分で相違する部分がある。

(3)  相違点についての判断

前記のとおり,刊行物1に記載の針刺部分組成物は,当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが,液漏れのない針刺し止栓を得るために必要であるのに対し,補正発明の構成物は,ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも,特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば,使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。具体的には,本願明細書で実施例1ないし3及び比較例1ないし5として記載された8種のゴム栓組成物は,いずれも刊行物1において補正発明と対比すべき発明に係る針刺し止栓の針刺部分の組成及び硬さを満たすものであるところ,刊行物1の記載によれば,これら8種の組成物を使用して製造した針刺部分は,これを針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する構成を伴うことにより,液漏れが生じない針刺し止栓を得ることができる。一方,本願明細書の記載によれば,これら8種の組成物の中で,実施例として記載の3種の組成物,ひいては特許請求の範囲に記載されたベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに硬さに特定された組成物のみが,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができるというものである。そうすると,補正発明は,当裁判所が認定した刊行物1に記載の上記組成物におけるベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに組成物の硬さを特定の範囲に限定することにより,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができる効果を見出したものということができる。そして,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することを液漏れのない針刺し止栓を得るために必要とする刊行物1記載の針刺部分組成物のベースポリマーの種類及び分子量,パラフィン系オイル及びポリオレフィンの配合量,並びに硬さの範囲の中から,針刺部分を針の針刺方向に撓ませることが不要な特定の組成を見出すという発想は,刊行物1の記載から見出すことができず,刊行物1に記載の事項と補正発明とでは前提とする技術的思想が異なるものである。すなわち,補正発明の構成は,前記の技術的課題からの発想に伴うものであり,そのような発想である技術的思想が上記のとおり刊行物1には記載も示唆もない以上,そのような発想と離れた組成物が刊行物1に記載されているとしても,そこに,補正発明の構成が容易想到であると認めるまでの発明としての構成が記載されているということはできない。

審決は,補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り,補正発明と対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比すべき引用発明として認定した誤りがあり,ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明から容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。

第6結論

以上によれば,審決には引用発明の認定に誤りがあり,この誤りは結論に影響を及ぼすものである。

よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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