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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10243号 判決 2013年5月23日

原          告

台湾積體電路製造股份有限公司

同訴訟代理人弁理士

牛木護

高橋知之

清水榮松

守屋嘉高

矢野卓哉

外山邦昭

被          告

特許庁長官

同指定代理人

小野田誠

北島健次

西脇博志

田部元史

守屋友宏

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのため

の付加期間を30日と定める。

事 実 及 び 理 由

第1請求

特許庁が不服2011-4045号事件について平成24年2月21日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,発明の名称を「配線構造の形成方法,配線構造およびデュアルダマシン構造」とする発明につき,平成18年6月6日に特許出願(特願2006-157253。請求項の数10。パリ条約による優先権主張:平成17年(2005年)6月6日(米国))を行った(甲8)。

(2)  原告は,平成22年10月28日付けで拒絶査定を受けたので(甲11),平成23年2月23日,これに対する不服の審判を請求した(甲12)。

(3)  特許庁は,上記請求を不服2011-4045号事件として審理し,平成24年2月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は同年3月5日,原告に送達された。

2  本件審決が対象とした特許請求の範囲の記載

特許請求の範囲請求項6の記載は,以下のとおりである。以下,請求項6に係る発明を「本願発明」といい,その明細書(甲7)を,図面(甲8)も含め,「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す。

導電部材を有する基板と,/前記基板上に存在し,少なくとも1つの応力調整層が内部に介在される複合低k誘電体層と,/前記複合低k誘電体層に形成され,前記少なくとも1つの応力調整層を貫通して,前記導電部材を電気的に接続する導電機構と,から構成され,/前記複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8であることを特徴とする配線構造。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本願発明は,後記引用例に記載された発明及び後記周知例に記載された周知技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例:米国特許出願公開2005/0001321号明細書,平成17年1月公開(甲1の1)

イ 周知例:Ping Xu et al., 「BLOkTM-A Low-k Dielectric Barrier/Etch Stop Film for Copper Damascene Applications」 Interconnect Technology,1999. IEEE International Conference,109ないし111頁,平成11年発行(甲6の1)

(2)  本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明:銅層のような金属層が形成されている基板と,基板上に有機低誘電率材料層230,応力再分配層,有機低誘電率材料層234と,有機低誘電率材料層234,応力再分配層,有機低誘電率材料層230,キャップ層を貫通し,金属層の一部に接続するビア,導線が設けられ,応力再分配層の材料は,主成分が炭化ケイ素(SiC)のBlokである配線構造

イ 一致点:導電部材を有する基板と,前記基板上に存在し,少なくとも1つの応力調整層が内部に介在される複合低k誘電体層と,前記複合低k誘電体層に形成され,前記少なくとも1つの応力調整層を貫通して,前記導電部材を電気的に接続する導電機構と,から構成され,前記複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,ケイ素と炭素を含む組成物であることを特徴とする配線構造

ウ 相違点:本願発明は,応力調整層の材料は,「酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8」であるのに対して,引用発明では,「主成分が炭化ケイ素(SiC)のBlok」である点

4  取消事由

本願発明の容易想到性に係る判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告の主張〕

1  本件審決は,周知例に記載されたBlokが有機ケイ素ガスを用いてPECVD法により形成されたSiC膜であり,不可避の微量の酸素を含んでいることは周知であるなどとした上で,引用発明において,応力調整層の材料を,上記周知技術を勘案し,本願発明のように,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成し,aは0.8~1.2であり,bは0.8~1.2であり,cは0を含まない0~0.8とすることは,当業者が容易に想到し得たものであると判断した。

確かに,周知例に記載されたBlokフィルムは,銅ダマシンプロセスにおける使用のために開発された低k誘電体バリア/エッチング停止膜であり,PECVD法によって形成されるものである。

しかし,周知例には,PECVD法によって形成されるBlokフィルムが,引用例に記載された応力再分配層として使用できることについての記載も示唆もないから,当業者が周知例に記載されたBlokフィルムを引用例に記載された応力再分配層に使用することの動機付けは存在しない。

仮に,周知例と引用例とを組み合わせたとしても,本願発明の特徴部分である「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である」という構成は想到されない。すなわち,周知例は,Blokが有機ケイ素ガスを用いたPECVD法によって形成されたSiC膜であることを教示しているのみで,具体的にどのような種類のガスを用いるのかについては記載も示唆もないから,当業者は,Blokが不可避的に酸素を含むという事実を確認することはできない。

また,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定していない。本願発明の効果は,不可避的に含まれる微量の酸素に加えて酸素を含有させることで得られるのであるから,仮に,Blokが不可避的に微量の酸素を含むとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものである。

したがって,本件審決の上記判断は誤りである。

2  本件審決は,本願発明において,応力調整層の組成比を「a=0.8~1.2,b=0.8~1.2」としたことの臨界的意義は認められないと判断した。

しかし,本願発明は,「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である」ことに技術的特徴がある。仮に,bが1.2を超えるならば,応力調整層の応力が低くなり,応力を調整する機能を発揮しなくなり,bが0.8未満になると,炭素の組成が高くなることにより,応力調整層に対するリークの問題が起こる可能性がある。本願発明は,そうした問題を防止する技術的効果を提供できるような応力調整層を備えたものであり,これは当業者が簡単に予期できるものではない。

また,本願明細書(【0012】)には,概略,「応力調整層は,約200~1000Åの厚さで形成され,それにより約50~550MPaの圧縮応力を生じる結果,その上部と下部に存在する低k誘電体層が提供する引張り応力を調整する。この結果,図1に示す複合膜のそり,あるいは変形を防止し,さらに,この複合膜における亀裂,剥がれ,あるいは空洞の形成を低減することができる。応力調整層は,…酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc),窒素を含有する炭化シリコン(SixCyNz)のような誘導体で構成してもよい。ここで,上記a,b,c,x,y,zは,約0.8~1.2,0.8~1.2,0~0.8,0.8~1.2,0.8~1.2,0~0.6の値で各々形成される。」と記載され,本願明細書(【0024】)には,「圧縮応力を有する少なくとも1つの応力調整層を形成することにより,配線構造を構成する低k誘電層により生じる引張り応力は調整され,低k誘電体を利用する場合,配線構造の信頼性を向上しつつ,ダマシン構造に発生するような問題を防止することができる。」と記載されている。これらの記載からすると,aが0.8~1.2,bが0.8~1.2の範囲を満たさなければ,上記のような作用効果(【0024】)を発揮することができないことは明らかである。

したがって,本願発明における応力調整層の組成比の数値限定は,臨界的意義を有するものである。

3  被告の主張について

被告は,本願発明に係る特許請求の範囲の「cは0を含まない0~0.8である」との記載を文字どおり解釈すれば,cが限りなく0に近い小さな値から0.8の範囲であることを意味することは明らかであると主張する。

しかし,本願明細書(【0012】)には,「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)…で構成される。」と記載されている。この文言を踏まえれば,「cは0を含まない0~0.8である」との記載は,当業者であれば,酸素をその効果が発揮できる程度に意図的に含有させたものをいうと容易に想像することができる。

したがって,被告の主張は,失当である。

4  よって,本願発明の容易想到性に係る本件審決の判断は誤りである。

〔被告の主張〕

1  原告は,周知例には,PECVD法によって形成されるBlokフィルムが,引用例に記載された応力再分配層として使用できることについての記載も示唆もないから,当業者において,周知例に記載されたBlokフィルムを引用例に記載された応力再分配層に使用することの動機付けは存在しないと主張する。

しかし,本件審決は,Blokが有機ケイ素ガスを用いてPECVD法により形成されたSiC膜であるという当業者の技術常識を立証するために周知例を提示したのであり,周知例に記載されたBlokフィルムを引用例に記載された応力再分配層に使用する動機付けがあることを示すために提示したものではない。

そもそも,引用例には,「応力再分配層の材料は,…主成分が炭化ケイ素(SiC)のBlok…等でもよい。」(【0021】)と記載されており,引用発明の応力再分配層として,Blokを使用することは,元より引用例に記載されている。

したがって,原告の主張は,失当である。

2  原告は,周知例はBlokが有機ケイ素ガスを用いたPECVD法によって形成されたSiC膜であることを教示しているのみで,具体的にどのような種類のガスを用いるのかについての記載や示唆はないから,当業者は,Blokが酸素を含むという事実を確認する証拠はないなどと主張する。

しかし,一般に,PECVD(いわゆるプラズマCVD)法でシリコン系薄膜を成膜する際に,微量の酸素不純物が不可避的に混入することは,当業者における技術常識である。

したがって,周知例に記載されたBlokにおいても,酸素不純物が不可避的に混入していることは,改めて測定等を行って確認するまでもなく,当業者にとって自明な事項である。

3  原告は,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定していないから,仮にBlokが不可避的に微量の酸素を含むとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものであるなどと主張する。

しかし,本願発明の特許請求の範囲にある「cは0を含まない0~0.8である」との記載は,その文言どおり,cが限りなく0に近い小さな値から0.8の範囲である(すなわち,SiaCbOcにおける酸素の比率が,限りなく0に近い小さな値から0.8の範囲である)と解釈するほかない。

したがって,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」には,不可避的な酸素を含有する場合も含まれることは明らかであり,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。

4  原告は,本願発明における応力調整層の組成比の数値限定は,臨界的意義を有すると主張する。

しかし,本願明細書には,原告が主張するような,「仮に炭素Cの添え字bが1.2を超えるならば,応力調整層の応力が低くなり,応力を調整する機能を発揮しなくなり,また炭素Cの添え字bが0.8未満になると,炭素の組成が高くなることにより,応力調整層に対するリークの問題が起こる可能性がある。」ということは,記載も示唆もされていない。

また,本願明細書を精査しても,当業者において,原告主張の上記事項を認識することができるような記載は見いだせない。

したがって,原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものであり,失当である。

5  よって,本願発明の容易想到性に係る本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

(1)  本願発明は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲7,8)には,本願発明について,概略,次のような記載がある。

ア 本願発明は,集積回路用の配線構造に関するものである(【0001】)。

イ 集積回路機構の寸法が低減されることにより,金属線のような導電配線間における水平方向の間隔が低減されるだけでなく,導電配線の各水平面が垂直方向に互いにより近接して配置される結果,導電部間でのキャパシタンスが増加し,RC(抵抗×コンダクタンス)による遅延時間や,クロストークの影響が生じている(【0002】)。

ウ この問題に対する1つの対処法として,約4.0の誘電率(k)を有する従来の酸化シリコン(SiO2)誘電体を,他のより誘電率の低い絶縁材料に置き換えて,キャパシタンスを低減する方法があるが,大部分の低k材料は,概ね高い引張り応力のような特性が存在し,このような高い引張り応力を,半導体構造に積み上げると,半導体構造に,そり,あるいは変形,亀裂,剥がれが生じ,あるいは膜内に空洞が形成されて,膜を有する配線構造を損傷又は破壊し,その結果,集積回路の信頼性に影響を与えることになる。したがって,改良した応力調整を有する集積回路用の配線構造が必要とされる(【0003】)。

エ 本願発明は,応力が調整された配線構造とその製造方法を提供するものである。配線構造の代表的な実施例は,導電部材を有する基板を備えている。少なくとも1つの応力調整層が内部に介在される複合低k誘電体層が,基板上に存在する。この複合低k誘電体層に形成される導電機構は,少なくとも1つの応力調整層を貫通して,導電部材を電気的に接続する。複合低k誘電体層内の応力を調整する応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である(【0004】)。

オ 実施例

(ア) 図1において,例えばシリコン基板である半導体基板が,半導体デバイスを有し,あるいは,上部に存在する他の導電線を有して,最初に提供される。基板は,ここでは簡単な平坦状の基板として説明する。図1に示すように,半導体基板はさらに,下部に存在する半導体デバイス又は導電線の1つに,電気的に接続する導電部材が設けられている(【0011】)。

(イ) 次に,第1種の応力を有する低k誘電体層と,第2種の応力を有する応力調整層が,基板と導電部材の全体を覆って交互に形成される。通常は,低k誘電体層における第1種の応力は,引張り応力を示し,応力調整層における第2種類の応力は,第1種の応力とは反対に圧縮応力を示す。低k誘電体層は,約100~3000Å(オングストローム=1010m)の厚さと,100~5000Åの厚さで,各々形成される。応力調整層は,約200~1000Åの厚さで形成され,それにより約50~550MPaの圧縮応力を生じる結果,その上部と下部に存在する低k誘電体層が提供する引張り応力を調整する。この結果,図1に示す複合膜のそりあるいは変形を防止し,さらに,この複合膜における亀裂,剥がれあるいは空洞の形成を低減することができる。応力調整層は,酸化物,オキシナイトライド,炭化シリコン,ナイトライド,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc),窒素を含有する炭化シリコン(SixCyNz)のような誘電体で構成してもよい。ここで,上記a,b,c,x,y,zは,約0.8~1.2,0.8~1.2,0~0.8,0.8~1.2,0.8~1.2,0~0.6の値で各々形成される。好ましくは,応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc),窒素を含有する炭化シリコン(SixCyNz)及びナイトライド(窒化物)で構成される。応力調整層は,例えばプラズマ化学気相堆積(PECVD)法により形成可能であり,低k誘電体層の一方又は両方の形成中に,その場で形成されるか又は堆積の追加により外部で形成される(【0012】)。

(ウ) 図4の配線構造は,導電部材を有する基板を含んでいる。内部に少なくとも1つの応力調整層を介在した複合低k誘電体層が,基板の上部に存在している。複合低k誘電率層に形成される導電機構は,少なくとも1つの応力調整層を貫通し,導電部材を電気的に接続する。複合低k誘電体層内の応力を調整する応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,aは0.8~1.2であり,bは0.8~1.2であり,cは0を含まない0~0.8である(【0023】)。

(エ) 上記実施例においては,圧縮応力を有する少なくとも1つの応力調整層を形成することにより,配線構造を構成する低k誘電層により生じる引張り応力は調整され,低k誘電体を利用する場合,配線構造の信頼性を向上しつつ,ダマシン構造に発生するような問題を防止することができる(【0024】)。

(2)  以上の記載からすると,集積回路用の配線構造の分野においては,従来,集積回路機構の寸法が低減されることにより,導電配線間における水平方向の間隔が低減されるだけでなく,導電配線の各水平面が垂直方向に互いにより近接して配置される結果,導電部間でキャパシタンスが増加し,RC(抵抗×コンダクタンス)による遅延時間や,クロストークの影響が生じていたところ,その1つの対処法として,約4.0の誘電率(k)を有する従来の酸化シリコン(SiO2)誘電体を,他のより誘電率の低い絶縁材料に置き換えて,キャパシタンスを低減する方法が提案されているが,大部分の低k誘電体材料は,半導体の製造時に用いられる従来の誘電体と比較して,概ね高い引張り応力を有するため,半導体構造に積み上げると,半導体構造に,そり,あるいは変形,亀裂,剥がれが生じ,あるいは膜内に空洞が形成されて,配線構造を損傷又は破壊し,その結果,集積回路の信頼性に影響を与えるという問題があったことから,本願発明は,導電部材を有する基板と,基板上に存在し,少なくとも1つの応力調整層が内部に介在される複合低k誘電体層と,複合低k誘電体層に形成され,少なくとも1つの応力調整層を貫通して,導電部材を電気的に接続する導電機構とから構成される配線構造において,複合低k誘電体層内の応力を調整する応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)により構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8であるとの構成とすることにより,配線構造を構成する低k誘電層により生じる引張り応力が調整され,配線構造の信頼性を向上しつつ,ダマシン構造に発生するような問題を防止することができるとの効果を奏するというものである。

2  引用発明について

(1)  引用発明は,前記第2の3(2)ア記載のとおりであるところ,引用例(甲1)には,引用発明について,概略,次のような記載がある。

ア 本発明は,応力低減能力によって特徴付けられた配線構造とその製造方法に関する(【0002】)。

イ より高度な集積度を達成するのに,半導体デバイスのライン幅を減少させたままにすると,デバイスの配線抵抗が高くなって,各導電ライン間に発生する寄生容量も著しくなり,RC遅延により,デバイスの動作速度を遅延させることになる。

そこで,製造プロセスでは,低い誘電率を有する低誘電率(低k)材料が,必要な選択となり,様々な低k材料の中では,有機低k材料が最も一般的に知られている。しかし,有機低k材料の熱膨張係数は無機材料よりも数倍大きいため,温度変化により大きな量の応力が頻繁に発生し,非常に大きな応力によって,有機低k材料内に形成したビアが頻繁に変形する。損傷したビアは,デバイスを無能なものにすると同時に,拡散バリア層と銅層との間に発生する層間剥離は,高い漏洩電流を生じさせる。

本発明は,抵抗又は漏洩電流の増加を導くビアや導電ラインの損傷を避けるために,低減した応力を有する配線構造と,その組立方法を提供するものである(【0004】【0005】【0009】【0011】)。

ウ 実施例

(ア) 図2では,基板はあらかじめ内部に形成された銅層のような金属層を具備する。さらに,窒化ケイ素のような材料からなるキャップ層が,基板を覆ってあらかじめ形成される。次いで,有機低誘電率(低k)材料層230が,基板を覆って形成される。有機低k材料層230は,ポリイミド,…ベンゾシクロブテン(BCB)を材料とすることができる(【0020】)。

(イ) また,図2では,応力再分配層が有機低k材料層230上に形成される。

応力再分配層は,窒化ケイ素,その主要な原料が炭化ケイ素(SiC)であるBlok,炭化ヒドロキシルケイ素(SiCOH),スピン-オングラス(SOG),あるいはヒドリドオルガノシロキサン重合体(HOSP)を材料とすることができる。次に,有機低k材料層234が応力再分配層上に形成されるが,この有機低k材料層234は,有機低k材料層230と同じ材料からなる(【0021】)。

(ウ) 図3を参照すると,ビア開口と,ビア開口の上部にあるトレンチは,共にデュアルダマシン開口として知られており,有機低k材料層234,応力再分配層及び有機低k材料層230内に形成される。ビア開口は,有機低k材料層234,応力再分配層,有機低k材料層230及びキャップ層を貫通して,金属層の一部を露出する。トレンチは,有機低k材料層234である最上層に形成される。次いでバリア層が,ビア開口とトレンチの表面を覆って形成される。バリア層は,窒化チタンのような材料とすることができる。ビア開口とトレンチは,ビアと導電ラインを形成する銅のような金属で充填される(【0022】)。

(エ) 有機低k材料層230,234は応力再分配層によって分離されることから,その両方が,従来用いられていた有機低k材料層よりも薄く形成される。そのため,従来技術と比較して,各有機低k材料に起因する応力を分散させることができる。これは,有機低k材料層とキャップ層との間の接合部で蓄積する応力を減少させ,その応力を他の場所に再分配させるものである(【0028】)。

(2)  以上の記載からすると,引用発明は,応力低減能力によって特徴付けられた配線構造に関するものであり,抵抗又は漏洩電流の増加を導くビアや導電ラインの損傷を避けるために,低減した応力を有する配線構造を提供するため,銅層のような金属層が形成されている基板と,基板上に有機低誘電率材料層230,応力再配分層,有機低誘電率材料層234と,有機低誘電率材料層234,応力再配分層,有機低誘電率材料層230及びキャップ層を貫通し,金属層の一部に接続するビア,導線が設けられ,応力再配分層の材料は,主成分が炭化ケイ素(SiC)のBlokである配線構造とすることによって,有機低k材料層230,234は応力再分配層によって分離されることから,その両方が,従来用いられていた有機低k材料層よりも薄く形成されるため,従来技術と比較して各有機低k材料に起因する応力を分散させることができるとの効果を奏するというものである。

3  周知例等について

(1)  周知例について

ア 銅ダマシンプロセスで使用されるLow-k誘電バリア/エッチング停止膜に関する学術論文である周知例(甲6)には,概略,次のような記載がある。

銅ダマシンプロセスで使用されるLow-k誘電バリア/エッチング停止膜として開発された膜は,非晶質であり,ケイ素,炭素及び水素で構成されている。物理特性,電気特性,銅拡散バリア特性及びエッチング選択性を含む膜の特性は,この膜が,Low-k銅ダマシン応用に対して,バリア/エッチング停止として良好であることを明らかにした。この膜はBlokと命名された。

炭化ケイ素の基本的な性質は,ダマシンプロセスにおける良好な有用性を示唆している。有機ケイ素ガスのPECVD法による優れた(安定した,低応力,低誘電率)SiC:H膜の成膜については,既に報告されている。本稿では,ダウコーニング社製の有機ケイ素ガスを用いたPECVD法によるLow-kバリア/エッチング停止膜であるBlokの開発の成果報告を行う。

イ 以上の記載からすると,Blokが,有機ケイ素ガスを用いたPECVD法により形成されたSiC膜であることは,本件出願に係る優先権主張日当時,集積回路用の配線構造の技術分野において周知であったということができる。

(2)  乙1及び2について

ア 乙1(「微結晶シリコン膜成長表面における不純物の微視的役割-大粒径化と低欠陥密度化-」電子技術総合研究所,平成11年発行)には,概略,次のような記載がある。

(ア) 実験

微結晶シリコン膜は,平行平板の容量結合型のプラズマCVD装置において,水素希釈したシラン原料ガスをグロー放電により分解して,石英基板とFZ結晶シリコン基板上に堆積させた。製膜条件は圧力100mTorr,シラン流量1sccm,水素49sccm,RF電力密度5mW/cm2であった。微結晶シリコン膜中の主要な不純物である酸素,炭素,窒素の濃度は二次イオン質量分析法により調べた。

(イ) 結果と議論

図1(a)に200℃で製膜した微結晶シリコン膜の酸素,炭素,窒素濃度のSIMSによる深さ方向分析の結果を示す。結晶シリコン領域のシグナルは主に試料に吸着している不純物ガスと考えられるので,バックグランドとして差し引くと,酸素不純物の濃度は5×1016cm-3,炭素不純物の濃度は6×1015cm-3,窒素濃度は3×1016cm-3と見積もられる。微結晶シリコン膜としては世界最高純度であるが,我々が以前,作製したアモルファスシリコン膜に比べると,酸素濃度で一桁程度高い。高い品質の微結晶シリコン膜を得るために,アモルファスシリコンに比べて,製膜速度が一桁低いので,壁から脱着してくる不純物ガスの寄与が増えるためと考えられる。図1(b)に示したのは,450℃で作製したシリコン薄膜に関する結果であり,酸素濃度5×1017cm-3,炭素濃度1×1016cm-3,窒素濃度5×1016cm-3であった。

イ 乙2について

乙2(特表2004-526318号公報)には,概略,次のような記載がある。

シラン(SiH4),テトラエチルオルトケイ酸(TEOS),シラシクロブタンのようなシリコン含有材料及びトリメチルシランのようなアルキルシランから,半導体装置上のSiO2,SiNC又はSiC薄膜を生産するための化学気相蒸着(CVD)の使用は,当業界において開示されている。化学気相蒸着法は,気体のシリコン含有材料及び反応性気体を,半導体基板を含有する反応器中へ導入することを典型的に含む。熱的な又はプラズマのようなエネルギー源は,シリコン含有材料及び反応性気体の間の反応を誘導し,これにより,半導体装置上のSiO2,SiNC又はSiCの薄膜の蒸着が結果的に得られる。プラズマ促進化学気相蒸着(PECVD法)は,典型的には低温(500℃未満)にて行われ,これによりPECVD法は,半導体装置上の誘電的及び不動態化膜を生産するための適切な手段となる(【0002】)。

明細書中で生産される非晶質フッ素化水素化シリコンカーバイド膜中には,いくらかの酸素不純物があるであろう。酸素不純物は,典型的には膜中の全ての原子に基づき3原子%未満であり,より典型的には膜中の全ての原子に基づき1~3原子%の範囲中にあるであろう(【0008】)。

ウ 以上の各記載からすると,PECVD法によって形成されたSiC膜中に,不可避的に酸素が含まれることは,本件出願に係る優先権主張日当時,当業者にとって技術常識であったということができる。

そうすると,周知例に記載されたBlokも,有機ケイ素ガスを用いてPECVD法により形成されたSiC膜である以上,不可避的に酸素を含むものであって,これを材料とする引用発明の応力再配分層も,不可避的に酸素を含むものということになる。

なお,周知例には,概略,「図1(判決注:甲13の1の図Bと同じものである。)は,アニール前後のBlok膜及び従来のSiC:H膜のFTIRスペクトルである。これは,ケイ素,炭素及び水素が,C-H,Si-H,Si-CH3,Si-(-CH2)n-及びSi-Cの形で結合していることを示している。Blokと従来のSiC:Hとを比較すると,BlokはかなりたくさんのSi-CH3及びSi-(CH2)n結合からなる。」との記載があるが,これは,Blok膜と従来のSiC:H膜とが,どのような結合から構成されるものであるのかを測定したものであり,不可避不純物としての酸素が含まれているか否かを測定したものではない。したがって,この測定結果は,Blokに不可避不純物として酸素が含まれていないことを示すものではない

4  本願発明の容易想到性について

(1)  本願発明の認定について

ア 本願発明に係る特許請求の範囲には,「複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である」との記載がある。このうち,「前記cは0を含まない0~0.8である」との記載は,その文言に照らして,cが0に限りなく近い小さな値から0.8の範囲であることを意味するものと認めるのが相当である。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,本願明細書(【0012】)には「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)…で構成される。」との記載があるから,当業者であれば,特許請求の範囲に記載された「cは0を含まない0~0.8である」との文言についても,酸素をその効果が発揮できる程度に意図的に含有させたものを示すものと容易に想像することができる旨主張する。

しかしながら,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「cは0を含まない0~0.8である」との文言について,その技術的意義が一義的に明確に理解することができないものということはできないし,原告が挙げる本願明細書の記載(【0012】)に照らしても,一見して特許請求の範囲の上記文言が誤記であるということもできないから,本願発明の認定は,特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである。

そうすると,本願発明に係る特許請求の範囲の上記文言は,cが0に限りなく近い小さな値から0.8の範囲であることを意味するものというべきであって,原告の主張は,採用することができない。

(イ) 原告は,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定しておらず,本願発明の効果は,不可避的に含まれる微量の酸素に加えて酸素を含有させることで得られるものであるから,仮に,Blokが不可避的に微量の酸素を含むものであるとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものであるなどと主張する。

しかしながら,本願発明の特許請求の範囲には,「酸素を含有する炭化シリコン」が意図的に酸素を含有させたものであるとは記載されていないし,本願明細書にも,「酸素を含有する炭化シリコン」が意図的に酸素を含有させるものであることの記載や示唆はない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(2)  容易想到性について

ア 前記3(1)及び(2)のとおり,Blokが有機ケイ素ガスを用いたPECVD法により形成されたSiC膜であること及びPECVD法によって形成されたSiC膜中に,不可避的に酸素が含まれることは,本件出願に係る優先権主張日当時,集積回路用の配線構造の技術分野において周知の事項ないし技術常識であったものである。

そして,引用発明において応力再分配層の材料となるSiC膜について,これに不可避的に混在する酸素を考慮して,本願発明と同様の組成式で表すと,SiaCbOc(a≒1,b≒1,c:不可避に混在する程度の微量)となることは当業者にとって自明であるところ,酸素の組成比は,引用発明では不可避的に混在する程度の微量であるが,本願発明においても,前記のとおり,0に限りなく近いもの,すなわち不可避的に含まれるような微量の場合を含むものであるから,本願発明と引用発明との間に,酸素の構成比において実質的な相違はない。

また,本願明細書には,実施例において,圧縮応力を有する少なくとも1つの応力調整層を形成することにより,配線構造を構成する低k誘電層により生じる引張り応力は調整され,低k誘電体を利用する場合,配線構造の信頼性を向上しつつ,ダマシン構造に発生するような問題を防止することができるとの作用効果は記載されているものの,応力調整層の組成比について,「a=0.8~1.2,b=0.8~1.2」との数値限定を設定することの根拠については何ら記載されておらず,その臨界的意義を認めることはできない。

したがって,相違点に係る本願発明の構成は,当業者であれば,引用発明及び本件出願に係る優先権主張日当時の技術常識に基づき,容易に想到することができたものである。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,周知例には,PECVD法によって形成されるBlokフィルムが,引用例に記載された応力再分配層として使用できることについての記載も示唆もないから,当業者がBlokフィルムを引用例の応力再分配層に使用することの動機付けはないなどとして,本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,本件審決には,「Blokが,有機ケイ素を用いてPECVD法により形成されたSiC膜(プロセス上,不可避の元素を含む)であることは,以下の周知例にもあるように当該技術分野において,周知である。」との記載があるとおり,本件審決は,Blokが有機ケイ素ガスを用いてPECVD法により形成されたSiC膜であるという当業者の技術常識を立証するために周知例を提示したものであり,Blokフィルムを引用例に記載された応力再分配層に使用する動機付けがあることを示すために提示したものではない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(イ) 原告は,周知例はBlokが有機ケイ素ガスを用いたPECVD法によって形成されたSiC膜であることを教示しているのみで,具体的にどのような種類のガスを用いるのかについての記載や示唆はないから,当業者は,Blokが不可避的に酸素を含むという事実を確認することはできないなどと主張する。

しかしながら,有機ケイ素ガスを用いてPECVD法により形成されたSiC膜中に,不可避的に酸素が含まれるという技術常識は,用いる有機ケイ素ガスの種類によらないものであるから,PECVD法にどのような種類のガスを用いるかは,完成したBlokが不可避的に酸素を含むものであるという前記3(2)ウの認定を左右するものではない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(ウ) 原告は,本願発明では,「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である」ことに技術的特徴があり,仮に,炭素Cの添え字bが1.2を超えるならば,応力調整層の応力が低くなり,応力を調整する機能を発揮しなくなり,また炭素Cの添え字bが0.8未満になると,炭素の組成が高くなることにより,応力調整層に対するリークの問題が起こる可能性があるなどとして,応力調整層の構成比の数値限定は,臨界的意義を有すると主張する。

しかしながら,本願明細書(【0012】)には,a及びbの数値範囲をそれぞれ0.8~1.2とし,cの数値範囲を0を含まない0~0.8とすることの技術的意義は何ら記載されていない。

したがって,原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものであり,これを採用することはできない。

5  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 大鷹一郎 裁判官 齋藤巌)

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