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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10263号 判決 2013年3月13日

原告

X

訴訟代理人弁護士

西本恭彦

訴訟代理人弁理士

原裕子

橋元成央

訴訟復代理人弁護士

栗原由紀子

被告

特許庁長官

指定代理人

小川慶子

秋月美紀子

中島庸子

芦葉松美

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-22418号事件について平成24年6月5日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,発明の名称を「新規漬物,調味液及びその製造方法」とする発明について,平成15年10月30日に特許出願(特願2003-371287号)をし,平成21年7月10日付け手続補正書により特許請求の範囲を補正したが,同年8月11日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,平成21年11月17日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2009-22418号)をしたが,特許庁は,平成24年6月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

平成21年7月10日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲(請求項の数6)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。)

「【請求項1】

生醤油に辛味種の非加熱の青唐辛子を漬け込むことにより製造される青唐辛子の漬物。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平10-150946号公報(以下,「引用刊行物1」といい,引用刊行物1に記載された発明を「引用発明」という。)に記載された発明,特開平1-181763号公報(以下「引用刊行物2」という。)に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。

審決が認定した引用発明の内容,同発明と本願発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

(1)  引用発明の内容

紅熟前の唐辛子の果実を刻んで熱処理をしたものに適量の醤油を加えて容器に入れ密封してなる唐辛子の醤油漬。

(2)  一致点

漬け液に辛味種の青唐辛子を漬け込むことにより製造される青唐辛子の漬物。

(3)  相違点

ア 相違点1

本願発明は,「非加熱の青唐辛子を漬け込む」のに対して,引用発明は,「熱処理をしたもの」を漬ける点。

イ 相違点2

本願発明は,漬け液が「生醤油」であるのに対して,引用発明は,「醤油」である点。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

(1)  取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)

審決は,本願発明と引用発明の一致点として「漬物」であることを挙げるが,引用刊行物1の段落【0002】,【0005】,【0006】等の記載によれば,引用発明は,「香辛料」の発明であるから,上記一致点の認定には誤りがある。「漬物」とは,野菜などを塩または糠味噌などに漬けて,ならした食品であるのに対し,「香辛料」とは,辛味または香り・色などを飲食物に付与する調味料であって,両者は全く別物であり,相互に置換可能な物ではない。

(2)  取消事由2(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)

審決は,引用発明において,殺菌のための熱処理を行うことなく,非加熱のままの唐辛子に醤油を加えて醤油漬とすることに想到することは容易であり,非加熱の青唐辛子を用いたことにより奏される「極めて良好な味・食感」等の効果も容易に予測できるものであると判断する。

しかし,引用刊行物1には,熱処理による殺菌が必要である旨記載されており,殺菌のための熱処理を行うことなく,非加熱のままの唐辛子に醤油を加えて醤油漬とすることは,記載も示唆もされていない。むしろ,引用発明において,熱処理を省略することは,①食品である引用発明の基本的な課題である,衛生管理と細菌増殖の抑制を達成できない,②唐辛子の固さを少し柔らかにし,これを醤油に漬け込むことにより,程良い辛さの唐辛子に醤油の味が溶け込み,各種の料理,特に和食の香辛料として用いると一段と料理を美味にするとの効果を得られなくなるとの阻害要因がある。これに対し,被告は,漬物製造における原料野菜の前処理の殺菌としては,殺菌剤による洗浄が一般的で,酢酸液または食酢による洗浄なども実施されており,引用発明において熱処理を省略することに阻害要因があるとはいえないと主張するが,事後分析的な主張にすぎない。

また,本願発明において,非加熱の青唐辛子を生醤油に漬けた漬物が,室温でも3か月又はそれ以上に長期保存できるとの効果は,引用発明とは異なる効果であって,当業者の予測を超えた有利な効果である。

したがって,審決の相違点1に係る容易想到性判断には誤りがある。

(3)  取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)

審決は,本願発明で生醤油を用いる理由の1つは,生醤油の複雑な醤油香味成分を漬物に生かすことであること,引用刊行物2には,保存性の悪い生醤油でも生にんにくを浸漬してにんにく成分を共存させることにより,高い防バイ力価を有し,香気,味ともに優れたにんにく醤油が得られ,浸漬したにんにく自体も醤油とにんにくの香りを合わせ持った漬物等として利用できることが開示されていること,にんにく中の防菌,防カビ作用を有するアリシンと,唐辛子中の殺菌,殺虫作用を有するカプサイシンは,どちらも微生物及びカビの発生を抑制することからすれば,引用発明において,漬け液として,醤油に代えて,生醤油を用いることは容易に想到し得たことである,と判断する。

しかし,引用刊行物2記載の発明は,「にんにく醤油の製造法」であって,「漬物」に関する発明ではない。また,引用刊行物2は,生にんにくを生醤油に漬けて,低温で一定期間保持してにんにく成分を生醤油中に抽出,溶解させることを開示するものであり,青唐辛子を同様に生醤油中に漬け込むことで青唐辛子成分が生醤油中に抽出,溶解するか否かについては記載も示唆もされていない。さらに,引用発明は,常温保存できることが前提とされているところ,引用刊行物2を参照し,引用発明の漬け液である醤油に代えて,低温保存が必要であることが教示される生醤油を適用することには,動機付けがないばかりか阻害要因がある。

したがって,審決の相違点2に係る容易想到性判断には誤りがある。

2  被告の反論

(1)  取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)に対して

原告は,引用発明は,香辛料の発明であるから,「漬物」を本願発明と引用発明の一致点とした審決の認定には誤りがあると主張する。

しかし,引用発明は「紅熟前の唐辛子の果実を刻んで熱処理をしたものに適量の醤油を加えて容器に入れ密封してなる唐辛子の醤油漬」であって,厚生省の衛生規範(甲10)において漬物の大分類の1つとされている「しょうゆ漬」であり,漬物にほかならない。また,①引用刊行物1の段落【0002】は,従来技術に関するものであって,引用発明を規定しないこと,②段落【0005】は,第1工程~第5工程からなる製造方法の変法として,すりつぶして第3工程以降の手順で制作すると液状の製品となり,それを乾燥させると顆粒状の製品となることを記載したものであり,通常の製造方法によって刻んだ唐辛子果実を用いた場合の最終製品は,固体と液体の混合物となり,液状や顆粒状ではないこと,③段落【0006】には,香辛料としての用途が記載されるとともに,「健康食品として役立つ」との記載があり,唐辛子の醤油漬を健康食品として食することが意図されていることからすれば,引用刊行物1に記載された発明は漬物といえる。さらに,漬物は,塩や糠味噌に漬けたものだけに限らず,しょうゆや酢に漬けたものも漬物といい,漬物を調味料として使用することは古来から一般家庭で行われており,漬物と香辛料との境界は曖昧な部分があるから,1つの食品を異なった観点から捉えて漬物とみたり,香辛料(調味料)とみたりすることもできる。

したがって,「漬物」を本願発明と引用発明の一致点とした審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)に対して

原告は,引用刊行物1には,非加熱のままの唐辛子に醤油を加えて醤油漬とすることは記載も示唆もされておらず,むしろ,引用発明において殺菌のための熱処理を省略することには阻害要因がある,また,本願発明において非加熱の青唐辛子を生醤油と組み合わせて用いたことにより奏される効果は,当業者の予測を超えた有利な効果であるとして,審決の相違点1に係る容易想到性判断には誤りがあると主張する。

しかし,醤油漬はありふれた漬物の一種であり,非加熱のきゅうりや青唐辛子を原料野菜の一種とする醤油漬も周知のものであり,生の野菜を醤油漬にする動機付けは存在する。

また,引用発明の熱処理は,原料野菜である唐辛子の殺菌のためであるところ,漬物の製造工程における原料野菜の前処理の殺菌としては,殺菌剤による洗浄が一般的で,酢酸液または食酢による洗浄なども実施されていることからすれば,引用発明の熱処理を省略することに阻害要因があるとはいえない。

さらに,唐辛子は,熱を加えても辛味が変化しないことが周知であるから,引用発明におけるまろやかな辛味は,加熱したことによりもたらされるわけではなく,のみならず,紅熟前の唐辛子,すなわち青唐辛子を原料として用いたことに起因するものである。漬物の原理も,野菜が加熱により柔らかくなるのも,いずれも細胞壁の破壊によるものであるから,長期間漬けたものと加熱したものとは食感に差がない。

そして,本願明細書の段落【0011】によれば,本願発明は,カプサイシンのカビ繁殖抑制作用により,カビの繁殖しやすい生醤油でも使うことができるというものであり,生醤油を用いたことにより保存性が更に高まるというものではない。そうすると,原告主張の効果は,非加熱の青唐辛子を生醤油と組み合わせて用いたことによって初めて奏される効果とはいえず,周知技術として示したカプサイシンの殺菌作用,強い保存性から容易に予測可能な効果である。

なお,本願発明は,冷蔵保存を排除しておらず(本願明細書の段落【0020】),常温保存は本願発明を特定する事項ではない。そもそも,保存性は,菌の抑制作用如何によるものであり,抑制作用が強力ならば常温でも長期保存が可能となることは明らかである。

したがって,審決の相違点1に係る容易想到性判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)に対して

原告は,引用刊行物2記載の発明は,にんにく醤油の製造法であって,漬物に関する発明ではなく,また,引用発明は常温保存できることが前提とされているところ,引用刊行物2を参照し,引用発明の漬け液である醤油に代えて,低温保存が必要であることが教示される生醤油を適用することには,動機付けがないばかりか阻害要因があるから,相違点2に係る構成について,当業者が容易に想到し得ることであるとした審決の判断には誤りがある,と主張する。

しかし,引用刊行物2には,浸漬後のにんにくをそのまま酒のつまみとして食することが記載されており,酒のつまみとしてそのまま食する食品は,にんにくの醤油漬にほかならないし,漬物は常温保存が一般的とはいえず,引用発明についても常温保存できることが前提とはいえない。

また,引用刊行物2には,アリシンのような防菌,防カビ作用を有する成分を含む材料を浸漬する場合,浸漬液が保存性の悪い生醤油であってもカビが発生しにくいとの技術事項が開示されているところ,唐辛子に含まれるカプサイシンは,殺菌作用,強い保存性をもつことが周知事項であるから,引用刊行物2記載の技術事項及び周知事項を勘案すれば,アリシンとカプサイシンとがそれぞれ有する作用の共通性に着目して,唐辛子を漬ける引用発明において,漬け液として生醤油を用いることは,当業者が容易に想到し得えたことである。

さらに,カプサイシンの周知の殺菌作用等に鑑みれば,引用発明に生醤油を適用することに阻害要因があるとはいえない。

したがって,審決の相違点2に係る容易想到性判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,審決には,本願発明と引用発明の対比に誤りはなく,本願発明は引用発明及び周知技術に基づき容易に想到できたものであると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)について

(1)  事実認定

ア 本願発明に係る特許請求の範囲の記載は前記第2の2記載のとおりである。すなわち,本願発明は,「生醤油に辛味種の非加熱の青唐辛子を漬け込むことにより製造される青唐辛子の漬物。」というものである。

イ 引用刊行物1(甲1)には,以下の記載がある。

「【請求項1】唐辛子を刻んで熱処理をしたものに適量の醤油を加えてからなる唐辛子の醤油漬の製造方法。」

「【0001】

【発明の属する技術分野】この発明は唐辛子を醤油漬にする製造方法に関するものである。

【0002】

【従来の技術】従来,唐辛子は七味唐辛子,唐辛子味噌,漬物等に辛味の香辛料として利用されている。

【0003】

【発明が解決しようとする課題】これは次のような欠点があった。従来唐辛子の利用方法は主に紅熟したものを顆粒状にしたり,すりつぶしたりして他の食品と混ぜて利用されているだけであった。このため唐辛子の紅熟前のまろやかな辛味を利用されておらず利用法が限られていた。本発明は,以上の欠点を解決するため紅熟前の唐辛子を利用するものである。

【0004】

【課題を解決するための手段】紅熟前の唐辛子を刻んで熱処理をする。それに適量の醤油を加えて容器に保存する。以上の製造方法からなる唐辛子の醤油漬の製造方法である。

【0005】

【発明の実施の形態】以下本発明の実施の形態について説明する。

第1工程 唐辛子の果実は通常春に種を蒔くと秋に紅熟する。紅熟すると辛味が強くなり果実は固くなるので,まだ柔らかくても十分育成した夏の終わり頃に収穫して用いる。

第2工程 上記の唐辛子の果実を洗い適当な大きさに刻む。この際,へたは取り除く。種は入っていてもかまわない。

第3工程 第2工程を経たものを電子レンジなどで殺菌のため熱処理を行う。そうすると果実の色が緑色から少し黄色に変わり,固さも少し柔らかになる。

第4工程 上記の唐辛子の果実に適量の醤油を加える。

第5工程 上記の唐辛子の果実に醤油を加えたものを容器に入れ密封すると最終製品となる。

本製品は唐辛子の果実をすりつぶして上記の第3工程からの手順で制作すると液状の製品となる。又それを乾燥させると顆粒状の製品となる。

【0006】

【発明の効果】

(イ) 本発明の唐辛子の醤油漬を味見すると程良い辛さの唐辛子に醤油の味が溶け込み,各種の料理,特に和食の香辛料として用いると一段と料理を美味にする。

(ロ) 唐辛子は毛細血管を刺激する作用があるので健康食品として役立つ。

(ハ) 唐辛子と醤油を組み合わせた味は従来の香辛料にはなかった味である。透明感のある味覚が食欲を誘う。」

(2)  判断

上記によれば,唐辛子は,従来から辛味の香辛料として利用されているが,主に紅熟したものを顆粒状にしたり,すりつぶしたりして他の食品と混ぜて利用されているだけで,紅熟前のまろやかな辛味が利用されず利用法が限られていたこと,引用発明に係る唐辛子の醤油漬は,紅熟前の唐辛子,すなわち青唐辛子を利用するものであり,程良い辛さの唐辛子に醤油の味が溶け込み,各種の料理,特に和食の香辛料として用いると一段と料理を美味にするとの効果を奏するものであることが認められる。

以上のとおり,引用発明は,主として香辛料として利用されるものと理解することができ,「漬物」と定義することが相当でないとしても,引用刊行物1には,本願発明と同様に食用に供される青唐辛子の醤油漬が開示されているものと認められ,本願発明と引用発明は,審決が認定するとおり,本願発明は非加熱の青唐辛子を生醤油に漬け込むのに対して,引用発明は熱処理をした青唐辛子を醤油に漬け込む点で相違するにすぎないから,審決の引用発明と本願発明との対比に誤りがあるとまではいえない。

したがって,原告が主張する取消事由1には理由がない。

2  取消事由2(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)について

原告は,引用刊行物1には,非加熱のままの唐辛子に醤油を加えて醤油漬とすることは記載も示唆もされておらず,むしろ,引用発明において殺菌のための熱処理を省略することには阻害要因がある上,本願発明において,非加熱の青唐辛子を生醤油と組み合わせて用いたことにより奏される効果は,当業者の予測を超えた有利な効果であるとして,審決の相違点1に係る容易想到性判断には誤りがあると主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下のとおり採用することができない。

(1)  上記のとおり,引用刊行物1には,唐辛子の醤油漬が開示されているところ,主として香辛料として利用するか,それ自体を漬物として食するかはともかく,野菜のしょうゆ漬け自体は一般的なものであり,その原料野菜として非加熱のものを使用することも周知である(甲2,乙1,5,6。特に,乙6には,田舎料理として,非加熱の青唐辛子としその実を水で洗浄した後,醤油,酒,みりんの煮切に半月ほど漬け込む料理が紹介されている。)。

また,引用発明の請求項1では,上記のとおり,「唐辛子を刻んで熱処理したもの」と特定されており,原告主張に沿うかのようであるが,引用刊行物1の上記記載を子細に検討してみると,引用発明の熱処理は,原料野菜である唐辛子の殺菌のためであると解される(この点,引用刊行物1には,「殺菌のため熱処理を行う。そうすると果実の色が緑色から少し黄色に変わり,固さも少し柔らかになる。」との記載があるものの,その他の記載に照らすと,唐辛子を柔らかくすることや,辛味を調節することを目的として熱処理を加えるものと解することはできない。)。

そして,漬物の製造工程において原料野菜の前処理として行う殺菌には,熱処理のほか,水,殺菌剤,酢酸液又は食酢による洗浄など種々のものがあり,いずれの方法によるかは,保存期間,製造における手間暇・コスト,完成品の味,食感等を考慮して,適宜選択されるものと認められる(甲12,乙1参照)。さらに,唐辛子に含まれる強い辛味成分であるカプサイシンが強い保存性,殺菌作用を有することも周知の事項である(甲3,乙5)。

以上によれば,引用発明について,原料野菜として,殺菌のため熱処理を行わず,非加熱の青唐辛子を使用することに想到することは容易であって,原告主張のような阻害要因が存在するともいえない。

(2)  本願明細書(甲6)の段落【0011】,【0020】,【0027】によれば,本願発明は,極めて良好な風味を有しており,そのままで御飯や粥の上に乗せて,又は納豆と混ぜ合わせ,或いは飲茶や魚,肉などにつけて食した場合に極めて良好な味・食感を与えるものであること,3か月以上漬け込んだものでも品質として何ら問題がなく,冷蔵で保存する場合は6か月以上漬け込んでも問題はないとの効果を奏するものであるが,具体的な味・食感や,保存条件等は判然としない(なお,意見書(甲8)及び手続補正書(甲9)に記載された検体(甲4,5)も,実験成績証明書(甲11,13,14)に記載されたサンプルも,その保存条件等が判然としない。)。そうすると,本願発明に係る漬物の味や食感は,青唐辛子と生醤油を用いることにより容易に予測できるものであり,長期保存性は,強い保存性,殺菌作用を有する唐辛子を用いることにより容易に予測されるものであるといえる。なお,本願明細書には,本願発明に係る漬物について,「冷蔵で保存する場合は6か月以上漬け込んでも問題はない」(段落【0020】)と記載されており,本願発明においても冷蔵保存することは除外されていない。

したがって,本願発明が奏する効果は,当業者において予測可能なものであり,格別顕著なものとはいえない。

(3)  以上によれば,審決の相違点1に係る容易想到性判断に誤りはない。

3  取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について。

原告は,引用刊行物2記載の発明は,にんにく醤油の製造法であって,漬物に関する発明ではなく,また,引用発明は常温保存できることが前提とされているところ,引用刊行物2を参照し,引用発明の漬け液である醤油に代えて,低温保存が必要であることが教示される生醤油を適用することには,動機付けがないばかりか阻害要因があるから,相違点2に係る構成について,当業者が容易に想到し得ることであるとした審決の判断には誤りがある,と主張する。

しかし,一般に,醤油漬に使用される醤油には種々のものが考えられるところ,引用刊行物2の記載に照らすと,風味の点などから生醤油を選択することも適宜行われるものといえる。この際,生醤油は醤油よりも保存性が劣ることが問題となるが,引用刊行物2には,アリシンのような防菌,防カビ作用を有する成分を含む材料を浸漬する場合,浸漬液が保存性の悪い生醤油であってもカビが発生し難いとの技術事項が開示されていること,上記のとおり,唐辛子に含まれるカプサイシンも強い保存性,殺菌作用を有することなどを勘案すれば,引用発明において,漬け液として生醤油を用いることに格別の阻害要因があったとはいえない(なお,引用刊行物2は,主ににんにく醤油に関する事項が記載されているが,浸漬後のにんにくをそのまま酒のつまみとして食することも記載されており,にんにく醤油の製造法のみが開示されているものではなく,また,引用刊行物1には,常温保存できることが前提となっているとの記載はなく,原告の上記主張は採用の限りでない。)。

したがって,審決の相違点2に係る容易想到性判断に誤りはない。

4  結論

以上のとおり,原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 西理香 裁判官 知野明)

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