知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10264号 判決 2013年3月28日
原告
ザ ジェネラル ホスピタルコーポレイション
同訴訟代理人弁護士
渡邊隆
阿部達彦
同
増本要子
同
黒田晋平
同
赤井吉郎
被告
特許庁長官
同指定代理人
福田聡
岡田孝博
田部元史
守屋友宏
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2010-8153号事件について平成24年3月5日にした審決 を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成15年1月10日,発明の名称を「解像度と深さ領域を改善するための軸方向線焦点を用いたOCT撮像用装置」とする特許を出願した(特願2003-560471号。パリ条約による優先権主張:平成14年1月11日,米国。甲2)が,平成21年12月11日付けで拒絶査定を受けた(甲4)ので,平成22年4月16日,これに対する不服の審判を請求した。
(2) 特許庁は,前記請求を不服2010-8153号事件として審理したが,平 成24年3月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その 謄本は,同月21日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件審決が審理の対象とした特許請求の範囲の請求項1及び13は,次のとおりである(ただし,平成23年12月21日付け補正(甲3)後のものである。)。以下,そこに記載の発明を「本願発明1」及び「本願発明13」といい,両者を含む本件出願に係る発明を「本願発明」というほか,本願発明に係る明細書(甲2)を 「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,原文における改行箇所を示す。
【請求項1】少なくとも試料の一部を撮像するための装置であって,/電磁的な放 射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた第1の干渉装置;及び/前記電 磁的な放射を受け入れるように構成され,かつ合成電磁的強度分布を生成し,光学 的な試料の像を提供するように構成された第2の装置を備え,/光軸方向に沿って, 少なくとも予め設定された距離の間の前記強度分布が概ね一定とされ,さらに前記電磁放射の波長が,前記強度分布が概ね一定とされた少なくとも予め設定された距離の間概ね同一であり,/前記第2の装置はさらに,前記試料と前記強度分布の少なくとも一つを移す手段を備えており,且つオフセット・ファイバ・アレイを備え ているか,またはファイバ・アレイ及びマイクロレンズアレイを備えており,多次 元像を提供する装置
【請求項13】少なくとも試料の一部を撮像するための装置であって,/電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた第1の干渉装置;及び/前記電磁的な放射を受け入れるように構成され,かつ合成電磁的強度分布を生成し,光学的な試料の像を提供するように構成された第2の装置を備え,/光軸方向に沿って,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの幅が概ね等しくされ,さらに前記電磁放射の波長が,少なくとも,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの間概ね同一であり,/前記第2の装置はさらに,前記試料と前記強度分布の少なくとも一つを移す手段を備えており,且つオフセット・ファイバ・アレイを備えているか,またはファイバ・アレイ及びマイクロレンズアレイを備えており,多次元像 を提供する装置
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,①本願発明1及び13が特許法36条6項2号の要件を満たしておらず,②本願発明13と引用例(特開平9-149878号 公報。甲1)に記載の発明(以下「引用発明」という。)との間に実質的な相違点が なく,両発明が同一であるから,同法29条1項3号の規定により,特許を受ける ことができない,というものである。
(2) 本件審決が認定した引用発明,本願発明13と引用発明との一致点及び相違 点は,以下のとおりである。
ア 引用発明:光源からの光を二分し二分された光のうちの一方の光を被検体に照射して該被検体からの反射光と二分された他方の光との干渉光を受講する光ヘテロダイン法を用いて該被検体の画像を得る画像計測装置において,被検体に向けて前記一方の光を照射する測定ヘッドと,一端側が前記測定ヘッドに保持され前記一 方の光を該測定ヘッドに導くと共に被検体からの反射光を該一端側の先端から入射して他端側に導く光ファイバと,前記光ファイバの前記一端側を,該一端側の光軸 に交わる方向に振動させることにより,被検体上を前記一方の光で走査する走査機構とを備え,前記光ファイバが,それぞれの一端側が振動方向に交わる面内に配列されるとともに,それぞれの一端側の先端からの射出された光により,被検体の,光軸に対し斜めに広がる面上が走査されるように,それぞれの先端が位置決めされ た複数本の光ファイバからなり,前記測定ヘッドの,被検体に向けて照射される前記一方の光の射出端が,光軸に対し傾斜した面を成している画像計測装置
イ 一致点:少なくとも試料の一部を撮像するための装置であって,/電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた第1の干渉装置;及び前記電 磁的な放射を受け入れるように構成され,かつ合成電磁的強度分布を生成し,光学的な試料の像を提供するように構成された第2の装置を備え,/前記第2の装置はさらに,前記強度分布を移す手段を備えており,且つオフセット・ファイバ・アレイを備えている,/多次元像を提供する装置
ウ 相違点:「合成電磁的強度分布」について,本願発明13では「光軸方向に沿 って,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの幅が概ね等しくされ,さらに前記電磁放射の波長が,少なくとも,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの間概ね同一であ」るのに対し,引用発明ではそのような構成であるか否か不明で ある点
4 取消事由
(1) 本願発明1及び13についての明確性に係る判断の誤り(取消事由1)
(2) 本願発明13についての新規性に係る判断の誤り(取消事由2)
第3 当事者の主張当事者の主張
1 取消事由11(本願発明1及び13についての明確性に係る判断の誤り)につ いて
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本願発明1及び13の「電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた」の特定では,光源からの電磁波を分離する構成のみであって,どのような電磁波を分離し,当該電磁波をどのように「干渉」させるのか特定されておらず,依然として「第1の干渉装置」が不明であるとする。 しかしながら,「第1の干渉装置」と述べている以上,これが干渉機能を担ってい ることは,当然に理解可能であり,その具体的構成としては,本願明細書の例えば図2(別紙参照。以下,図1ないし7について同じ。)及び図4Aに示されたマイケルソン干渉計が当業者にはよく知られている。また,本願発明1及び13にあっては,「ビームスプリッタ」で分離された光が,異なる長さの光路をそれぞれ通過した 後,再度合成されて干渉を生じさせることが可能であることも,当業者には周知である。すなわち,本願発明1及び13において,どのような電磁波を分離し,当該電磁波をどのように干渉させるのかが特定されていないとしても,「第1の干渉装 置」との発明特定事項に何ら不明な点は,存在しない。
さらに,本願発明1及び13の「少なくとも試料の一部を撮像するための装置」, 「第1の干渉装置」,「合成電磁的強度分布」,「光学的な試料の像を提供」及び「多次元像を提供する」との記載は,本願発明1及び13が光干渉トモグラフィー(OCT)システムに関するものであることを示している。
したがって,当業者は,「第1の干渉装置」の具体的構成として本願明細書の図2 及び図4Aに示されたマイケルソン干渉計を適用し,「ビームスプリッタ」で分離された光が,異なる長さの光路を通過した後に再度合成されて干渉を生じさせることが可能であることを理解可能である。
(2) 本件審決は,本願発明1及び13の「前記電磁的な放射を受け入れるように構成され」との記載では,光源からの「電磁的な放射」を受け入れることとなり, 「ビームスプリッタ」にて分離された電磁波との関係が明確に特定されているとはいえず,依然として,「第1の干渉装置」と「第2の装置」との関係が不明であるとする。
しかしながら,仮に「前記電磁的な放射」が光源から直接入力される電磁的な放射であるとすれば,ビームスプリッタを設ける意味がなく,装置としての体をなさないから,当業者であれば,「前記電磁的な放射」とは,光源から直接入力される電磁的な放射ではなく,「ビームスプリッタにて分離された電磁波」を意味することをごく自然に理解できる。そして,「第2の装置」の典型例は,アキシコン・レンズであり,これが入射光を受け入れ,特定の電磁強度分布を有する光軸方向の線焦点を生成するものである。
このように,本願発明1及び13の「第1の干渉装置」と「第2の装置」との関 係が不明であるとの本件審決の判断は,失当である。なお,特許庁は,平成23年6月16日付け拒絶理由通知書(甲6)においては,この点について,「ビームスプリッタにて分離された電磁波との関係」については何ら指摘していなかったから,本件審決に至って「ビームスプリッタにて分離された電磁波との関係」を問題とすることは,原告の適切な反論を封じるものであって,許されるものではない。 (3) 本件審決は,本願発明1では「光軸方向に沿って,少なくとも予め設定され た距離の間の前記強度分布が概ね一定とされ」ており,「第2の装置」が「オフセット・ファイバ・アレイ」等を備えていることについて,本願発明1が本願明細書の図6又は図7に記載されたものを実施例とする発明であるとした上で,図6及び図 7にあっては集束スポットが光軸上に並んだ「線焦点」ではなく光軸方向と走査方 向に集光された「点焦点」が形成されるため,「第2の装置」が光軸方向に沿った「線焦点」を形成し,かつ,「オフセット・ファイバ・アレイ」等を備えることを満足す る具体的な構成が図6及び図7を含む本願明細書の記載を参照しても把握することができないほか,本願発明1が本願明細書の図5の実施例の発明とは基本的に相違する発明であり,これらを組み合わせた発明が本願明細書にも記載されておらず, 当該記載から自明な事項でもないとする。
しかしながら,原告は,本願明細書(【0023】【0024】【0030】【0037】~【0039】【0042】【0046】)において,主として「線焦点」に言 及しており,本願発明の名称は,「線焦点を用いたOCT撮像用装置」であるばかりか,本願発明は,高い横解像度で広い深さ領域の光干渉トモグラフィーを行う簡易な装置を実現することを課題としており(【0004】),軸方向線焦点性光学素子をコンパクトで低価格化できる点を一つの長所としている(【0005】)。そして,本願明細書の図5の実施例は,アキシコンに従う電磁的強度分布を表現するラインに沿って,強度分布及びその幅がおおむね一定となることで,「予め設定された距離の間概ね一定となる強度分布」との結果をもたらすものであり,本願明細書には,図 5のシステムが備える光学素子により線焦点及び試料上に集束されたスポット列(スポットアレイ)が得られる旨の記載がある(【0039】)。このように,本願明細書の図5の実施例は,一つの線焦点しか描かれていないが,複数の「線焦点(集束スポット)」の「アレイ」が配置されることを示唆することで,アキシコンに従う電磁的強度分布を表現するラインを使う「線焦点」を明確かつ典型的に示しており, 図6及び図7は,線焦点のアレイを用いる構成と同等の効果を得ることを目的とし た他の具体的構成を示すものであって,1本のライン(深さ方向)上に複数の「点 焦点」である集束スポットが存在することで,1本の線焦点と同等の機能を有し得るものである。
したがって,本願明細書の図5の実施例を,図6及び図7の実施例に適用すること,例えば,図5の実施例のビーム再指向素子として,図6又は図7の実施例の構成を適用して,複数の線焦点が集束スポットの例として配置され,高い横解像度で多次元像を得ることができるような構成を導出することは,当業者が無理なく想起できるものである。
なお,図5の実施例のビーム再指向素子は,ビームスプリッタのみに限定解釈されるものではなく,それ以外の構成も取り得ることを理解していれば,ビーム再指 向素子として,複数の構成を光学素子まで伝搬する図6又は図7の実施例を適用することに困難性はない。
このように,本願発明1の「第2の装置」との発明特定事項には何ら不明な点は 存在しない。
(4) 本件審決は,本願発明1及び13の「前記電磁放射の波長が,…概ね同一で ある」との特定では,「前記電磁放射」がその前に記載された「光源の電磁的な放射」を意味するとしても,「波長」が同一であることにより,「第2の装置」のどのような光学的構成を特定しようとしているのか不明であるとする。
しかしながら,本願発明1の「前記電磁放射の波長が,…概ね同一である」との特定は,当該記載に先立つ「光軸方向に沿って,少なくとも予め設定された距離の間の前記強度分布が概ね一定とされ」との特定と相俟って,本願発明1の装置が「線焦点」を形成していることを確認的に記載したものである。確かに,本願発明1において,「第2の装置」に関する特定が作用的な記載を含んでいることは,本件審決 の指摘のとおりであるが,かかる記載に特段不明確な点はない。
また,本願発明13の「前記電磁放射の波長が,…概ね同一である」との特定は, 当該記載に先立つ「光軸方向に沿って,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの幅が概ね等しくされ」との記載及び当該記載後の「前記第2の装置はさらに, 前記試料と前記強度分布の少なくとも一つを移す手段を備えており,且つオフセット・ファイバ・アレイを備えているか,またはファイバ・アレイ及びマイクロレン ズアレイを備えており,多次元像を提供する」との記載と相俟って,本願発明13が,本願明細書の図6及び図7の実施例である旨,すなわち,線焦点を用いた場合 と同等の効果が得られるように,1本のライン上に複数の集束スポットが,そのライン上に沿って幅がおおむね等しく,強度分布がおおむね等しい旨を規定していることが明らかである。ここで,本願発明13における「光軸」との用語は,複数の集束スポットを連結するラインを意味することを意図した便宜的なものであること が明らかである。
〔被告の主張〕
(1) 「第1の干渉装置」が「干渉」という機能を担うものであり,マイケルソン 干渉計が周知であって,「第1の干渉装置」として「ビームスプリッタ」で分離された光が異なる長さの光路をそれぞれ通過した後,再度合成されて干渉を生じさせることが可能であることが周知であったとしても,そのことは,当業者が本願発明1 及び13の「第1の干渉装置」をマイケルソン干渉計によって構成できることを意味するにすぎず,これらの周知の事項に基づいて「第1の干渉装置」を一義的に明確に理解できることを意味するものではない。したがって,「電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた第1の干渉装置」との特定では,どのような電磁波を分離し,当該電磁波をどのように干渉させるのかが特定されておらず, 依然として「第1の干渉装置」は,不明である。
(2) 本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載には,「電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた第1の干渉装置;及び」に続けて「前記電 磁的な放射を受け入れるように構成され,かつ合成電磁的強度分布を生成し,光学的な試料の像を提供するように構成された第2の装置を備え,」と記載されているか ら,後段の「前記電磁的な放射」は,前段の「電磁的な放射」を指すと考えられる。 したがって,「第2の装置」は,光源からの「電磁的な放射」を受け入れることとなり,ビームスプリッタにて分離された電磁波との関係が明確に特定されているとはいえず,第1の干渉装置との関係が不明である。
また,本願明細書には,「ビームスプリッタ」に関する記述が一切なく,図2及び図4Aにはそれが図示されているにすぎず,前記のとおり,「第1の干渉装置」をマイケルソン干渉計に限定して解釈できないから,本願発明1及び13は,発明の詳 細な説明等を参酌してもなお,光干渉トモグラフィー(OCT)システムに限定して解釈することができず,その特許請求の範囲の記載にいう「第1の干渉装置」が備える「ビームスプリッタ」の役割及び機能を把握することができない。したがって,本願発明1及び13は,そもそも装置としての体をなすように発明特定事項が記載されていない。
なお,平成23年6月16日付け拒絶理由通知書(甲6)の段階においては,特許請求の範囲には「ビームスプリッタ」が記載されていなかったから,「ビームスプリッタにて分離された電磁波との関係」については何ら指摘しないのは,当然である。
(3) 本願明細書には,「線焦点」を用いる図5の実施例と,「線焦点」と同等の効果を得ることを目的とした他の構成を示す図6及び図7の実施例とが記載されているが,両者は,基本的に相違する発明であり,両者を組み合わせた発明は,本願明細書に記載がなく,その記載から自明な事項であるともいえないから,本願発明1 において,「第2の装置」が「線焦点」を形成し,かつ,「オフセット・ファイバ・ アレイを備えているか,またはファイバ・アレイ及びマイクロレンズアレイを備え」 ていることを満足する具体的な構成を把握することができない。
原告は,本願明細書の図5及び「線焦点ならびに試料上に集束されたスポット列 (スポットアレイ)」との記載(【0039】)は,複数の「線焦点(集束スポット)」 の「アレイ」が配置されていることを示唆していると理解すべきであると主張するようである。
しかしながら,本願明細書における「集束スポット」との記載は,いずれも「焦点合わせされて結像されたスポット」すなわちいわゆる「点焦点」を意味するものとして一貫して用いられている(【0014】【0040】【0041】)から,本願 明細書の図5等から,それが「線焦点(集束スポット)」の「アレイ」と解釈することはできず,原告の上記主張は,本願明細書の記載に基づかないものである。むしろ,本願明細書は,図5の実施例と図6及び図7の実施例とを,互いの組合せについて何ら言及することなく並列的に列記しており,これらに代替する図8及び図9についても,線焦点と複数集束スポットのアレイとを二者択一的な選択的事項として記載している(【0042】)ことから,複数の集束スポットが1本の線焦点と同等の機能を有し得るものであることを前提としており,両者を組み合わせることを何ら意図していないことが明らかである。
また,図5の実施例における「ビーム再指向素子」とは,図2及び図4Aとの対 比からみて「ビームスプリッタ」に相当する構成であるが,こうした「ビーム再指向素子」として全く作用機能が異なる「オフセット・ファイバ・アレイ」に関する図6及び図7の実施例の構成を適用できるという原告の主張は,根拠を欠くもので ある。
(4) 本願発明1及び13の「前記電磁放射の波長が,…概ね同一である」との特定では,「波長」が同一であることにより,「第2の装置」のどのような光学的構成を特定しようとするのか,依然として不明確であるというほかない。
また,本願発明13の「光軸」とは,本願明細書に定義がない一方,一般に,「光 学系においてレンズ・反射鏡などの中心を結ぶ直線」(広辞苑第6版)であり,本願発明13は,本願明細書の図6及び図7の実施例の発明であるから,その「光軸」は,図6における「対物レンズ」,「ミラー」及び「オフセット・ファイバ・アレイ」 の中心を通る線を,図7における「対物レンズ」,「回折格子」,「マイクロレンズア レイ」及び「ファイバ・アレイ」の中心を通る線を指すことが明らかである。
そして,本願明細書の記載(【0012】【0013】【0021】【0022】)に よれば,本願発明における「光軸方向」とは,「縦方向」と同義(略同一の方向)であって,「横方向」と直交する方向として本願明細書全体を通して用いられていることが明らかである。このことを前提として,本願明細書は,図6及び図7の実施例 において集束(結像)スポットの列が,「縦と横の次元に」再配置されること(【0 040】【0041】),すなわち複数の集束(結像)スポットが,縦方向とも横方向とも完全には一致せず,両方向と交差する特定の方向に整列させられるものである旨を記載している。
なお,平成23年6月16日付け拒絶理由通知書(甲6)の段階においては,本願発明13の特許請求の範囲には「光軸」又は「光軸方向」についての記載はなかった。
2取消事由2(本願発明13についての新規性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,①本願発明13の「強度分布の少なくとも2つのセクション」 とは,「点焦点」からほぼ同一距離離れた光軸上の上流位置と下流位置における「強度分布のセクション」であると解することが可能であり,当該2つの強度分布のセクションの幅及び波長がおおむね等しくなることは技術常識である,②引用発明においては,「前記光ファイバが,それぞれの一端側が振動方向に交わる面内に配列されるとともに,それぞれの一端側の先端から射出された光により,被検体の,光軸に対し斜めに広がる面上が走査される」のであるから,図18に示されているように,各光ファイバから射出された光の光軸上に点焦点が形成されることとなるが, 「点焦点」からほぼ同一距離離れた光軸上の上流位置と下流位置における2つの強 度分布のセクションの幅及び波長がおおむね等しくなることは技術常識である,③ そうすると,引用発明においても,本願発明13と同様に,「光軸方向に沿って,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの幅が概ね等しくされ,さらに前記電磁放射の波長が,少なくとも,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの間概ね 同一であ」るといえるから,本願発明13と引用発明との間に実質的な相違点はなく,両発明は同一であるとする。
(2) しかしながら,前記のとおり,本願発明13においては,線焦点を用いた場合と同様の効果を得るために,複数の集束スポットを連結するラインを便宜上「光軸」と称し,そのライン上の複数の集束スポット(すなわち,少なくとも2つのセクション)の強度分布の幅がおおむね等しくされ,さらに電磁放射の波長が複数の集束スポット(少なくとも2つのセクション)の間おおむね同一であると理解する ことができる。
したがって,本件審決によるセクションの解釈は,本願発明13のセクションの解釈としては妥当ではなく,本願発明13の「光軸方向に沿って,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの幅が概ね等しくされ,さらに前記電磁放射の波長が,少なくとも,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの間概ね同一であり」との構成については,技術常識ということができず,引用発明から自明でもない。
また,引用例は,「複数本の光ファイバの先端を斜めに,かつ,対物レンズの特性により定まるある曲線に沿って配列すると,被検体内部を,光軸Lに対し傾いた走査線に沿って走査することができる。」(【0038】)と記載しているだけであり,この記載からだけでは,本願発明13の,各集束スポットの幅がおおむね等しく, 各集束スポットの波長がおおむね同一であるという特徴(「光軸方向に沿って,前記 強度分布の少なくとも2つのセクションの幅が概ね等しくされ,さらに前記電磁放射の波長が,少なくとも,前記強度分布の少なくとも2つのセクションの間概ね同一」であるという特徴)を把握することができず,このような特徴を達成するように構成されている本願発明13の「オフセット・ファイバ・アレイ」と引用発明の 「複数本の光ファイバ」とを実質的に同一であると判断することはできない。
(3) よって,本願発明13と引用発明との間に実質的な相違点がないとする本件審決の前記判断は,失当である。
〔原告の主張〕
(1) 前記のとおり,本願発明における「光軸方向」とは,「縦方向」と同義(略 同一の方向)であって,「横方向」と直交する方向を意味するものであるが,仮に,本願発明における「光軸」を原告主張のとおりに解釈したとしても,本願明細書の図6と引用例の図18との対比から明らかなとおり,本願発明13と引用発明とは,ともに光学的に等価な光学配置を備えたものであることが明らかであって,実質的に同一である。 そして,本願発明13が本願明細書の図6及び図7の実施例の発明であることを考えれば,本願発明13の「光軸に沿っ」た「強度分布の少なくとも2つのセクシ ョン」は,本願明細書では説明されていないのであるから,「光軸」の適正な解釈を 前提とすると,「点焦点」からほぼ同一距離離れた光軸上の上流位置と下流位置における「強度分布のセクション」と解釈されることは,当然であって,結局,本願発明13と引用発明との間には,実質的な相違点が存在しない。
(2) よって,以上と同旨の本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
(1) 本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであ るところ,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,本願発明についておおむね次の記載がある。
ア 技術分野
本願発明は,光干渉トモグラフィー(OCT)を用いて組織試料を撮像するための装置であって,横解像度と焦点深度を改善するための光学素子を備えている装置に関する(【0002】)。
イ 背景技術
現在,OCTの使用は,生体組織内のモフォロジックな形態的構造を視覚化することに限定されている。細胞以下の形状を,OCTを用いて撮像することは,これまでいまくいかなかった。というのも,焦点深度を保つために横解像度(横断方向の解像度)を比較的悪くしなければならないからである。横解像度が高く,深さ領 域の広い断面OCT撮像を行うことができれば,細胞以下のレベルの解像度が求め られる上皮癌の早期診断及びその他の生体医療撮像診断に応用することができよう (【0003】)。
ウ 発明が解決しようとする課題
これまでのところ,広い深さ領域にわたって高い横解像度で撮像を行うことがで きるOCTの構成は,知られていない。高い横解像度で広い深さ領域のOCTを行う簡易な装置を実現することが求められているといえよう。その上,単一の光ファイバを通して光を送ることができれば,この装置は,さらに,カテーテルないし内視鏡の内部に容易に組み込まれることであろう。こういった特性によれば,上記の装置は,生物系内の遠隔部位における細胞以下の解像度の撮像にOCTを応用することを可能にする技術になることであろう(【0004】)。
エ 定義
「アキシコン」とは,軸方向に線状に焦点(軸方向線焦点)を生成することができるあらゆる光学素子(若しくはその組合わせ)を意味するものとする(【0006】) 「縦方向(Longitudinal)」とは,光軸に対して略平行であることを意味するものとする(【0012】)。 「横方向(Transverse)」とは,光軸に対して略垂直であることを意味するものとする(【0021】)
オ 基本原理
長い長さ(すなわち焦点深度)にわたり狭い横方向ビーム径を有した軸方向線焦点が生成される。OCTとともに用いられる場合,線焦点の直径は,横解像度を決 め,その長さは,領域の深さ(深さ領域)を決める。OCTで普通行われているように,軸方向焦点に沿った部位から後方反射された光の検出は,マイケルソン干渉 計を用いて行われる。光源が有限のスペクトル幅を有している場合には,この構成は,後方反射部位の軸方向位置を決めるのに用いることができる。軸方向解像度は, 光源のコヒーレンス長によって決定される(【0023】)。当業者であれば,線焦点 を生成するための多様な既知の装置が存在することを理解することであろう。アキシコンは,この場合,当業者に既知の許容可能な模範例であり,広い深さ領域にわたる高解像度撮像を実現するための軸方向線焦点によるOCTの利用を実際に示すために本願発明において採用される方法となるが,他を除外する模範ではない。限定するわけではないが,他の既知の形態には,レイリー・ウッド・レンズといった多焦点レンズ(波長に依存する縦方向軸線に沿った焦点の列を生成するために色収 差を利用する。)などがある(【0024】)。屈折型のアキシコン・レンズを通る光 の強度分布は,式(1)によって与えられ,式(2a)及び(2b)は,軸方向線焦点の直径を決めるのに用いることができ,平面波照明の場合には,焦点径は,式 (3)により与えられる(【0025】~【0031】)。反射型ないし回折型のアキシコンの場合には,式(1)は,変更が加えられるものの,それは,いかなる場合 でも撮像系の横解像度を決定する軸方向焦点の直径である。本願発明の主題は,現在のOCTシステムによくみられる低い横解像度が,焦点の占める空間の大きさ(パ ワー分布)が横方向の次元においても軸方向の次元においても限定されている標準的な集束形状から,焦点の大きさが横方向においてのみ制限されるような集束形状へと変更されることで,改善できることにある(【0032】)。
カ 像形成
(ア) 図4Aは,本願発明の一実施形態によるOCT/アキシコン・システムの 全体を示す。アキシコン・プローブを除けば全ての構成要素は,OCTに標準的なものである。OCTを用いて,後方反射を軸方向線焦点に沿った距離の関数として求めることにより,1次元ラスター走査が行われる。この走査は,通常,干渉計参 照アームの長さを走査することによってなされる。アキシコンというものは,焦点の軸方向位置のそれぞれが,当該アキシコンの入射開口位置でのひとつの環に一意 的に対応するという特徴を持っている(図3参照)。この関係によれば参照アームの 長さ方向の走査が,アキシコン開口における環状照明の走査によって置き換えられる(【0037】)。軸方向の次元をどのように走査するかにかかわらず,像を得るためには,もう一つ別の軸の走査を行う必要がある。この第2の走査を行う次元は, 通常,もっと遅い速度で実行される。第2の軸のこのゆっくりとした走査を行う方法は,複数の方法が既知である(図4B~D参照)(【0038】)。
(イ) 図5は,広い深さ領域にわたって高い横解像度を実現するのに用いられる別の装置を概略的に示す。このシステムは,光源,ビーム再指向素子,検出器及び 光学素子を備えている。上記光学素子により,線焦点及び試料上に集束されたスポ ット列(スポットアレイ)が得られる(【0039】)。
(ウ) 図6が示すのは,オフセット・ファイバ・アレイ(段違いファイバ列)で あり,反射鏡(ミラー)により対物レンズを通して指向され,試料上の縦と横の次 元に集束(スポット)を再配置するのに用いられる。これらのスポットは,走査さ れ(走査方向は,水平方向の線と矢印によって示されている。),多次元像を生成す る(【0040】)。図7は,試料上の縦と横の次元に集束(結像)スポットを再配置するのに用いられるファイバ・アレイ,マイクロレンズアレイ及び回折格子(反射 鏡のアレイ)の概略である。光源からの光は,アレイになったファイバを通過し, さらにマイクロレンズアレイを通過して回折格子に至る。回折格子によって指向された光は,対物レンズを通過して試料上に焦点合わせされる。スポットは,走査され(走査方向は,水平方向の線と矢印によって示されている。),多次元像を生成す る(【0041】)。
(エ) 大きな焦点深度にわたって高い横解像度を得るための別の方法は,結像レンズの背面にフィルタを用いることである。通常アポダイゼーションと呼ばれるこの技術は,アキシコンにおけるような線焦点,もしくは長さ方向の次元に沿って配置された複数集束スポットのいずれの生成も可能にする。ビームの集束を形成するための環状アポダイゼーションは,これまでにも公知文献に記載されているが,長 い焦点距離にわたって高い横解像度を得るためにアポダイゼーションを用いること は,これまでに示されたことはなかった(【0042】)。
キ 本願発明の長所は,コンパクトな光ファイバーベースのパッケージにおいて, 細胞以下の解像度で横方向及び縦方向の次元に沿った撮像がOCT撮像装置により 可能になるという点にある。もう一つの長所は,アポダイザーレンズの組み合わせ, もしくはアキシコンといったような,軸方向焦点性光学素子を,コンパクトで低価格にできる点にある(【0046】)。
ク なお,本願明細書の図1ないし図3並びに図4A及び図4Bには,アキシコ ン・レンズ及びこれを用いたOCTシステムが,図5には,広い深さ領域にわたっ て高い横解像度を実現するために用いられるシステムの概略図が,図6には,オフ セット・ファイバ・アレイの概略図が,図7には,ファイバ・アレイ,マイクロレンズアレイ及び回折格子の概略図が,それぞれ示されている。
(2) 本願発明1及び13の技術的思想について
本願発明1及び13は,いずれも「オフセット・ファイバ・アレイを備えている か,またはファイバ・アレイ及びマイクロレンズアレイを備えて」いるものであるが,以上の本願明細書の記載を参酌すると,従前の光干渉トモグラフィー(OCT) を用いた装置が焦点深度を保つために横解像度を比較的悪くしなければならないため,その使用が生体組織内のモフォロジックな形態的構造を視覚化することに限定 されているという課題を解決するため,OCTを用いた装置の光学素子として,上記オフセット・ファイバ・アレイ等を採用したものであって,これにより,コンパ クトな光ファイバーベースのパッケージにおいて,横解像度が高く,深さ領域の広い断面OCT撮像を実現し,OCTを細胞以下のレベルの解像度が求められる上皮 癌の早期診断及びその他の生体医療撮像診断に応用することができようにするなど の作用効果を奏するものであると認められる。
2 取消事由1(本願発明1及び13についての明確性に係る判断の誤り)につ いて
(1) 「第1の干渉装置」(本願発明1及び13)について
ア 本願発明1及び13の「第1の干渉装置」は,いずれもその特許請求の範囲 の記載において,「電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた」 ものとされている。そして,「光源」とは,光の供給源を意味し,光は,電磁波の一 種である一方,「ビームスプリッタ」については,本願明細書の発明の詳細な説明を 参酌しても,その意義又は形態を限定する特段の記載が見当たらないから,入射光 を透過及び反射の2方向に分離する光学機器といった一般的な意味に解するほかない。したがって,本願発明1及び13にいう「電磁的な放射を供給する光源,及びビームスプリッタを備えた」との記載は,「第1の干渉装置」が光源及びビームスプ リッタを備えたものであることを明らかにしているにとどまる。
また,「第1の干渉装置」は,その名称から光の干渉,すなわち2つ以上の光が合 成することによって生じる波動的な現象を実施する装置であることを意味するものと理解することが可能であるが,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は, 上記のとおり,「第1の干渉装置」が光源及びビームスプリッタを備えたものであることを明らかにしているにとどまるから,「第1の干渉装置」が2つ以上の光をどのように干渉させる装置であるのかは,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載からは何ら明らかであるとはいえない。
そこで,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌すると,そこには,OCTにおい てマイケルソン干渉計が光の検出のために普通に用いられている旨の記載がある (【0023】)。そして,マイケルソン干渉計は,光源からの光をビームスプリッタで2系統に分割し,それぞれの光を反射させて再び合流させることで干渉縞を生み出すものであることが当業者の技術常識であり,光源及びビームスプリッタを備えているほか,2つの光を干渉させるものであるから,本願発明1及び13の「第1の干渉装置」が備える要素をいずれも備えているということができる。
しかしながら,マイケルソン干渉計は,上記の干渉縞を生成するために光源及び ビームスプリッタのほかにも各種の構成を必要とするものであるところ,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,これらの構成を何ら特定していない。しかも,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌しても,マイケルソン干渉計以外の選択肢を排除する記載や,本願発明の構成として他にいかなる構成があり得るのかについての記載は,いずれも見当たらない。
したがって,本願発明1及び13にいう「第1の干渉装置」は,当業者の技術常識を考慮し,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌しても,マイケルソン干渉計が その実施例の一つであるとみる余地があるにとどまり,専らマイケルソン干渉計を意味するものとして特定することができないばかりか,マイケルソン干渉計のほか にいかなる構成があり得るのかも不明確であるというほかない。
イ 原告は,この点について,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載(「撮 像するための装置」,「第1の干渉装置」,「合成電磁的強度分布」,「光学的な試料の 像を提供」及び「多次元像を提供する」)から,当業者が本願発明1及び13をOC Tシステムに関するものと把握することが可能であり,「第1の干渉装置」の具体的構成としてマイケルソン干渉装置を適用できると主張する。
しかしながら,前記のとおり,マイケルソン干渉計は,光源及びビームスプリッタのほかにも各種の構成を必要とするものであるところ,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,上記のとおり断片的なものであって,それ自体,マイケルソン干渉計の構成を明らかにしているとは到底いえないから,当該記載によって, 「第1の干渉装置」が専らマイケルソン干渉計を特定して意味するものであると理解することはできない。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 以上のとおり,本願発明1及び13にいう「第1の干渉装置」は,当業者の技術常識を考慮し,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌したとしても,その内容が不明確であるから,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の要件を満たしていないものというほかなく,これと同旨の本件審決の 判断に誤りはない。
(2) 「第2の装置」の「前記電磁的な放射を受け入れるように構成され」との記載(本願発明1及び13)について
ア 本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,いずれも「第2の装置」が 「前記電磁的な放射を受け入れるように構成され」るものであるとしているところ, ここで「第2の装置」が受け入れる「電磁的な放射」は,「前記」との文言によって特定されているから,文理上,「光源」によって供給される「電磁的な放射」である ことが明らかである。
ところで,本願発明1及び13の「第1の干渉装置」は,「光源」に加えて「ビー ムスプリッタ」を備えているところ,「第2の装置」が当該「ビームスプリッタ」といかなる関係にあるのかは,その特許請求の範囲の記載からは一義的に明確ではない。そこで,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌すると,そこには,ビームスプリッタについての具体的な記載は見当たらないものの,本願発明がOCTシステム に関するものである旨の記載があり,図2及び図4Aには,OCTシステムの一環 としてビームスプリッタが示されている一方,「第2の装置」が「ビームスプリッタ」 により分離されない「電磁的な放射を受け入れる」ことを窺わせる記載は,見当たらない。そして,OCTシステムにおいてはビームスプリッタにより分離された光が試料に向かって放射されるものであることが技術常識であることを併せ考えると, 本願明細書の発明の詳細な説明をみる限り,「第2の装置」が受け入れる「電磁的な放射」は,専ら「ビームスプリッタ」により分離された光が想定されているものと理解される。
しかるところ,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載には,この点が何ら特定されておらず,上記のとおり「第2の装置」が受け入れる「電磁的な放射」は, 「光源」によって供給されるものであるとしか特定されていないから,「ビームスプリッタ」により分離されない光を含むものと解釈せざるを得ない。
このように,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,本願明細書の発明の詳細な説明と整合しておらず,そのため,「第2の装置」は,「第1の干渉装置」 との関係が不明確であるというほかない。
イ 以上のとおり,本願発明1及び13にいう「第2の装置」は,当業者の技術 常識を考慮し,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌したとしても,「第1の干渉装置」との関係が不明確であるから,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の要件を満たしていないものというほかなく,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
なお,原告は,特許庁が拒絶理由通知書において「ビームスプリッタにて分離された電磁波との関係」について指摘していなかったから本件審決に至ってこの点を指摘することが許されないと主張する。
しかしながら,上記拒絶理由通知書が出された当時において,本願発明1及び13の特許請求の範囲の記載には,そもそも「ビームスプリッタ」が記載されていなかった(甲2,3)ものである以上,その後にされた補正で付加された「ビームスプリッタ」及びそれによって分離された電磁波との関係について本件審決が判断するのは,当然のことであって,原告の上記主張は,失当である。
(3) 「光軸方向に沿って,…概ね一定とされ」ていること及び「第2の装置」が「オフセット・ファイバ・アレイ」等を備えていること(本願発明1)について
ア 本願発明1は,「光軸方向に沿って,少なくとも予め設定された距離の間の前 記強度分布が概ね一定とされ」ているほか,その「第2の装置」は,さらに,「オフ セット・ファイバ・アレイを備えているか,またはファイバ・アレイ及びマイクロ レンズアレイを備えて」いるとされている。そして,ここにいう「光軸」又は「光軸方向」の意義を明らかにするために本願明細書の発明の詳細な説明を参酌すると, そこには,「アキシコン」とは,軸方向に線状に焦点(軸方向線焦点)を生成することができるあらゆる光学素子(若しくはその組合せ)を意味するものとして(【00 06】),「縦方向(Longitudinal)」とは,光軸に対して略平行であることを意味するものとして(【0012】),「横方向(Transverse)」とは,光軸に対して略垂直 であることを意味するものとして(【0021】),それぞれ定義されているところ, 「アキシコン」の定義における「軸方向」とは,その定義に照らせば,「縦方向」及 び「横方向」の定義における「光軸」の方向と同義であると認められる。また,本願明細書の発明の詳細な説明には,「線焦点」,「軸方向焦点」,「焦点の軸方向」,「縦 方向軸線」及び「軸方向線焦点」等の用語が用いられているが(【0023】【00 24】【0032】【0037】【0039】),これらの「軸」又は「軸方向」との用 語も,上記の用語の定義を前提として,「光軸」又は「光軸方向」と同義で用いられていることが明らかである。
そして,本願明細書の発明の詳細な説明におけるこれらの記載を参酌しても,本 願発明1の「光軸」又は「光軸方向」は,通常の意味どおり,光学系においてレンズ・反射板などの中心を結ぶ直線又はその方向を意味するにとどまるものと認められる。
また,本願発明1は,「光軸方向に沿って,少なくとも予め設定された距離の間の前記強度分布が概ね一定とされ」ているものであるが,ここにいう「強度分布」とは,「前記」との文言によって特定されているから,文理上,「電磁的な放射を受け入れるように構成され」た「第2の装置」により生成される「合成電磁的強度分布」と同義であることが明らかである。そして,その意義を明らかにするために本願明 細書の発明の詳細な説明を参酌すると,そこでは,軸方向に線状に焦点(軸方向線 焦点)を生成することができるあらゆる光学素子が「アキシコン」として定義された上で(【0006】),当該「アキシコン」が高解像度撮像を実現するための軸方向 線焦点によるOCTの利用を実際に示すために本願発明において採用される方法と なる模範であるとして言及され(【0024】),アキシコン・レンズの作用機序及びそれにより生成されるスポット列が「光軸方向に沿って」形成されることを具体的に解説し(【0037】),線焦点及び試料上に集束されたスポット列(スポットアレイ)が得られる実施例についても図解されている(【0039】図5)。発明の詳細 な説明におけるこれらの記載によれば,上記「合成電磁的強度分布」及び「強度分布」とは,「電磁的な放射を受け入れるように構成され」た「第2の装置」が備える例えばアキシコン・レンズの作用によって,光軸方向に沿って生成される線焦点として連続するスポット列(スポットアレイ)を意味するものと解するのが自然であ る。
ところで,本願発明1の「第2の装置」は,「オフセット・ファイバ・アレイを備えているか,またはファイバ・アレイ及びマイクロレンズアレイを備えて」いるも のである。そして,その意義を明らかにするための本願明細書の発明の詳細な説明 を参酌すると,そこには,オフセット・ファイバ・アレイ(段違いファイバ列)又 はファイバ・アレイ及びマイクロレンズアレイ等により試料の縦と横の次元に集束 (スポット)が再配置される様子が具体的に図解されている(【0040】【0041】図6及び図7)。しかるところ,そこで示されている光の集束(スポット)は, 点焦点の集合であって,線焦点として連続するスポット列(スポットアレイ)とは いえないばかりか,当該点焦点の集合は,縦と横の次元の中間に配置されており, 光軸が直線として指向する方向(光軸方向)に対して斜め方向に並んでいる。したがって,「オフセット・ファイバ・アレイ」等により生成される上記点焦点の集合は, 本願発明1の「光軸方向に沿って,少なくとも予め設定された距離の間の前記強度分布が概ね一定とされ」ている構成とは異なるものであるというほかない。
以上によれば,本願発明1の特許請求の範囲の記載は,「第2の装置」が「オフセ ット・ファイバ・アレイ」等を備えることによって,「光軸方向に沿って,少なくとも予め設定された距離の間の前記強度分布が概ね一定とされ」ている構成との間で矛盾を来すものとなっており,当業者の技術常識を考慮してもこの点を合理的に理 解することはできず,また,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌しても,この矛盾を解消する手がかりとなる記載が見当たらない。
イ 原告は,この点について,図5及び本願明細書(【0039】)の記載から, 複数の集束スポットのアレイが配置されることが示唆されているから,当業者は図 5の実施例に「オフセット・ファイバ・アレイ」等を採用した図6及び図7の実施例を適用することを想起できると主張する。
しかしながら,図5及び本願明細書の発明の詳細な説明(【0039】)は,点焦点のアレイによって1本の線焦点が形成されることを説明している一方,本願明細 書は,本願発明について横解像度と焦点深度を改善するための光学素子を備えている装置に関するものである(【0002】)とした上で,当該光学素子として,アキ シコン・レンズによる場合(【0039】図5),「オフセット・ファイバ・アレイ」 等による場合(【0040】【0041】図6及び図7)及びアポダイゼーションに よる場合(【0042】)を個別に説明しているばかりか,アキシコン・レンズ(【0 024】【0037】【0039】)と「オフセット・ファイバ・アレイ」等(【00 40】【0041】図6及び図7)とでは生成される焦点の形状が異なることも記載 しているのであるから,本願明細書に接した当業者が,図5の実施例を図6及び図 7の実施例に適用することを理解することはできないというべきである。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 以上のとおり,本願発明1にいう「光軸方向に沿って,…概ね一定とされ」 ているとの記載と「第2の装置」が「オフセット・ファイバ・アレイ」等を備えているとの記載は,当業者の技術常識を考慮し,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌したとしても,矛盾したものとなっており,両者の関係が不明確であるから,本願発明1の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の要件を満たしていな いものというほかなく,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
3結論
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)
file_2.jpg別紙