知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10271号 判決 2013年6月11日
原告
株式会社シグマ
訴訟代理人弁護士
小杉丈夫
西村光治
高橋慶彦
田中健夫
弁理士
小林武
被告
株式会社ニコン
訴訟代理人弁護士
深井俊至
山口裕司
弁理士
宮前徹
鐘ヶ江幸男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が無効2011-800176号事件について平成24年6月20日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求不成立審決の取消訴訟である。争点は,サポート要件,実施可能要件,補正が明細書の要旨変更に当たるか否か,及び容易想到性である。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「超音波モータと振動検出器とを備えた装置」とする本件特許第3269223号(出願日:平成5年10月15日,登録日:平成14年1月18日)の特許権者である。被告は,設定登録前の平成13年9月28日付けで,特許請求の範囲の変更を含む手続補正(甲2)をした。
原告は,平成23年9月16日,本件特許の請求項すべてについて無効審判を請求した(無効2011-800176号,甲37)。
特許庁は,平成24年6月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨
(以下,各請求項に係る発明を,それぞれの請求項の番号に対応させて「本件発明1」などといい,各請求項に係る発明をまとめて「本件発明」という。)。
【請求項1】
超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,
前記超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定したこと
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項2】
超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,
前記振動検出素子の共振の半値幅帯域と前記超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定したこと
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項3】
超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,
前記超音波モータの周波数制御範囲を前記振動検出素子の1次の共振周波数帯域と2次の共振周波数帯域との間に設定したこと
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項4】
超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,
前記振動検出素子の共振の半値幅帯域と前記超音波モータの共振周波数帯域とを別の帯域に設定したこと
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項5】
超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,
前記超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定したこと
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項6】
超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,
前記超音波モータの周波数制御範囲を前記振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定したこと
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項7】
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置において,
前記装置は,撮影レンズとカメラボディとが一体又は着脱可能なカメラシステムであること
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項8】
請求項7に記載の超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置において,
前記超音波モータは,前記撮影レンズに設けられ,
前記振動検出素子は,前記撮影レンズ又は前記カメラボディに設けられていること
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
【請求項9】
請求項7又は請求項8に記載の超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置において,
前記超音波モータは,撮影レンズの焦点整合用の駆動源であり,
前記振動検出素子は,手振れの検出用のセンサであること
を特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。
3 原告が審判で主張した無効理由
原告が審判で主張した無効理由は,以下のとおりである。
(1) 無効理由1(要旨変更の補正に基づく無効理由)
平成13年9月28日付け手続補正(本件補正)は,明細書の要旨を変更するものであるから,本件特許に係る出願日は,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条の規定により当該補正書が提出された平成13年9月28日とみなされ,本件発明1ないし9は,甲3(みなし出願日前に頒布された刊行物であって,本件特許に係る出願の公開公報である特開平7-115781号公報)に記載された発明であるか,又は,甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条1項3号又は2項の規定により特許を受けることができないものである。
(2) 無効理由2(記載不備に基づく無効理由)
本件発明1,3,4及び5並びにこれらを引用する本件発明7ないし9は,発明の詳細な説明に記載されたものではないから,本件特許は,特許法36条5項1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してなされたものであり,また,本件発明1ないし9は,その発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されていないから,本件特許は,特許法36条4項に規定する要件を満たさない特許出願に対してなされたものである。
(3) 無効理由3(進歩性欠如に基づく無効理由)
本件発明2及び6並びに7ないし9は,甲4(特開平4-134316号公報),甲5(特開平5-118854号公報),甲6(特開平5-107623号公報)及び甲7(日本電子材料工業会編,「圧電セラミックス新技術」,株式会社オーム社,平成3年10月20日,116-127頁,174-182頁)に記載された発明並びに共振に係る技術常識に基いて,もしくは,甲4,甲10(日本音響学会誌,Vol.48 No.8,1992年,第572-576頁)及び甲11(特開平5-115183号公報)に記載された発明に基いて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
4 審決の理由の要点
(1) 審決は,以下のとおり判断した。
ア 無効理由1(要旨変更の補正に基づく無効理由)について
(ア) 請求項3,5及び6において,超音波モータの共振周波数帯域や周波数制御範囲を,振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数に関連して定まる帯域との間に設定した,とする補正(補正事項3)であって,(3-1)請求項3において,「前記超音波モータの周波数制御範囲を前記振動検出素子の1次の共振周波数帯域と2次の共振周波数帯域との間に設定した」とし,(3-2)請求項5において,「前記超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」とし,(3-3)請求項6において,「前記超音波モータの周波数制御範囲を前記振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」とするもの,について
a 請求項6に係る補正事項について
本件発明の目的及び作用効果を踏まえて,【0023】,【0024】段落の上記摘記事項及び図1をみれば,超音波モータの駆動制御範囲(周波数制御範囲)と振動検出素子の共振周波数帯域が一致しない範囲で,「1次の共振の半値幅の帯域と2次の共振の半値幅の帯域との間の領域」が,選択可能であることは,当業者にとって自明の事項である。
したがって,請求項6において,「超音波モータの周波数制御範囲を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」構成は,当初明細書等に記載した事項から自明な事項であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであって,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。よって,請求項6に係る補正事項は,明細書の要旨を変更するものではない。
よって,請求項6に係る補正事項は,明細書の要旨を変更するものではない。
b 請求項3に係る補正事項について
当初明細書等の上記各記載事項を総合して考慮すれば,「超音波モータの周波数制御範囲を振動検出素子の1次の共振周波数帯域と2次の共振周波数帯域との間に設定した」構成は,当初明細書等に記載した事項から自明な事項であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであって,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
よって,請求項3に係る補正事項は,明細書の要旨を変更するものではない。
c 請求項5に係る補正事項について
当初明細書等の上記の各記載事項を総合して考慮すれば,「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」構成は,当初明細書等に記載した事項から自明な事項であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであって,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
よって,請求項5に係る補正事項は,明細書の要旨を変更するものではない。
そうすると,原告が明細書の要旨を変更するものと主張した補正事項3に係る補正は,明細書の要旨を変更するものとは認められない。
(イ) 請求項1の記載のうち,「振動検出素子の共振周波数帯域と前記超音波モータの共振周波数帯域とを別の帯域に設定した」を「超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」とする補正(補正事項1)について
当初明細書等の請求項1には,振動検出素子の共振周波数帯域と超音波モータの共振周波数帯域とを別の帯域に設定したことが記載され,
図1には,超音波モータの共振周波数f2を含み所定の周波数範囲を有する共振特性L2が,振動検出素子の1次の共振周波数f1と,2次の共振特性L3との間に設定された態様が記載されている。
そして,超音波モータの共振特性L2は,共振周波数f2から所定の周波数範囲を有する,共振特性を表すものであるから,共振周波数帯域ということができ,振動検出素子の2次の共振特性L3は,共振周波数f3から所定の周波数範囲を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域ということができる。
そうすると,当初明細書等の上記の各記載事項を総合して考慮すれば,「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」構成は,当初明細書等に記載した事項から自明な事項であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであって,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
よって,請求項1に係る補正事項は,明細書の要旨を変更するものではない。
そうすると,原告が明細書の要旨を変更するものと主張した補正事項1に係る補正は,明細書の要旨を変更するものとは認められない。
(ウ) 請求項1ないし6において「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」とする補正(補正事項2)について
本件出願時の上記いくつかの技術常識からして,手振れの振動を検出すべきものといえるカメラにおける手振れの検出用のセンサとして機能し,励振されており,かつ,振動を間接的に検出できる「振動検出素子」を,本質的な構成要素とする「検出器」である,「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」は,当業者であれば当初明細書等に記載されているのと同然であると理解するから,当初明細書等の記載から自明な事項であり,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものでもない。
そうすると,原告が明細書の要旨を変更するものと主張した補正事項2に係る補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるから,明細書の要旨を変更するものとは認められない。
イ 無効理由2(記載不備に基づく無効理由)について
(ア) 「共振周波数帯域」(記載事項1)について
本件発明1は,図1に「超音波モータの共振特性L2を,振動検出素子の1次の共振周波数f1と2次の共振特性L3との間に設定した」態様として記載されており,
本件発明3は,図1に「超音波モータの周波数制御範囲Δf2を,振動検出素子の1次の共振特性L1と2次の共振特性L3との間に設定した」態様として記載されており,
本件発明5は,図1に「超音波モータの共振特性L2を,振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域Δf1と2次の共振の半値幅帯域Δf3との間に設定した」態様として記載されているということができる。
また,本件発明4は,図1に「振動検出素子の1次または2次の共振の半値幅帯域Δf1またはΔf3と,超音波モータの共振特性L2とを別の帯域に設定した」態様として記載されているということができる。
そして,本件発明1,3,4,5はいずれも,超音波モータの振動によって振動検出素子が共振することがなくなり,正確な振動検出が可能になる,という効果を奏することが明らかである。
したがって,本件発明1,3,4及び5並びにこれらを引用する本件発明7ないし9は,本件明細書等の発明の詳細な説明に記載されたものである。
(イ) 「振動を検出する振動検出器」(記載事項2)について
「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」の構成,特に,「振動を検出する振動検出器」は,当業者であれば特許明細書に記載されているのと同然と理解する事項である。
そして,「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」が,先の目的,効果の範囲内のものであることも,当業者は理解できる。
そうであれば,本件発明の属する技術分野において研究開発(文献解析,実験,分析,製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い,通常の創作能力を発揮できる者(当業者)が,明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識,特に,圧電振動ジャイロに係る技術常識とに基づき,本件発明1ないし9の「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」を理解することができる程度に,先の目的,効果の範囲内で,本件発明1ないし9の装置が,発明の詳細な説明に記載されているものと認められる。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1ないし9に係る「振動検出器」を理解できる程度の記載がなされているから,記載された条件の中で,当業者が技術常識を加味して,具体的な実施条件を決定すべきものであり,これにより本件発明1ないし9に係る「振動検出器」を実施することは,可能であるというべきである。
したがって,本件発明1ないし9は,その明細書及び図面に記載された発明の実施に係る事項と出願時の技術常識とに基づいて,当業者が発明を実施しようとした場合に,どのように実施するかが理解できない,例えば,どのように実施するかを発見するために,当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要がある,とすることはできない。
そうすると,本件発明1ないし9は,いずれも構成要件とする「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」を含め,発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施することができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されていないとすることはできない。
ウ 無効理由3(進歩性欠如に基づく無効理由)について
本件発明2は,原告の主張する各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件発明6は,原告の主張する各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件発明2及び本件発明6は,原告の主張する各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,それらを引用する形式で特定される本件発明7ないし9も当然に,各甲号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2) 審決が無効事由3についての判断の前提として認定した甲4記載の発明(引用発明),甲5記載技術,甲6記載技術,甲7記載技術,甲7記載課題,甲8(日本放送出版協会編集,「エレクトロニクスライフ 1992年3月号」,日本放送出版協会,1992年(平成4年)3月1日,169頁)記載技術,甲9(フリー百科事典「ウィキペディア」からの出力物)記載技術,甲10記載発明,甲11記載発明,甲12(特開昭61-288057号公報)記載技術,甲13(特公昭63-22083号公報)記載技術,甲14(物理学辞典編集委員会編,「物理学辞典 改訂版」,株式会社培風館,1992年5月20日,457頁-458頁)記載技術,甲18(特開平3-108670号公報)記載課題,甲19(特開平3-2516号公報)記載課題,甲20(特開平3-282372号公報)記載課題,甲23(特開平2-282717号公報)記載発明,本件発明2と引用発明との一致点及び相違点,並びに,本件発明6と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明
「超音波モータ112,113と,機械的振動センサを用いて手ぶれによる振動を検出する振動検出手段と,を具備する撮影レンズ102とカメラの本体101とが着脱可能なカメラ。」
イ 甲5記載技術
「カメラのブレ防止のための検出器として励振された振動子を用いた圧電振動ジャイロで角速度を検出する。」
ウ 甲6記載技術
「カメラの振れ防止のための検出器として振動ジャイロで角速度を検出する。」
エ 甲7記載技術
「カメラのブレ防止のための検出器として励振された振動検出素子を用いた圧電振動ジャイロで角速度を検出する。」
オ 甲7記載課題
「超音波モータは,励振された振動体により移動体を移動させるものであり,このため,外部の機械系と接続すると機械系に不要な振動を励振する場合があり,これに対する対応策が必要である。」
カ 甲8記載技術
「いわゆる圧電体は,機械的な圧力を加えると電圧を発生し,逆に電圧を加えると変形するが,この加える電圧の周波数が,その圧電体の機械的な固有振動数に一致すると,非常に強力な共振現象を起こし,加える電圧の周波数がごくわずかでもずれると,共振はたちまち減衰してしまう。」
キ 甲9記載技術
「固体の固有振動数に近い周期で振動を与えると,振動の振幅は次第に大きくなり,固有振動数と大きく異なる周期で振動を与えると,振幅は大きくならない。」
ク 甲10記載発明
「恒弾性金属材料(エリンバ材)を素材とした正3角形音片型振動子を備えたカメラ用の角速度を検出する振動ジャイロであって,その共振周波数を24.0kHzとするもの。」
ケ 甲11記載発明
「カメラの焦点調節部材を駆動する超音波モータであって,その駆動周波数を35~45kHzとしたもの。」
コ 甲12記載技術
「恒弾性材料のエリンバーの振動子であって,10kHz以上の高い周波数で共振せしめた場合に25000以上のメカニカルQ値の特性を持つ恒弾性材料。」
サ 甲13記載技術
「エリンバーの振動子であって,5kHzの周波数で共振せしめた場合に5000のQ値の振動子。」
シ 甲14記載技術
「半値幅=ω0/Qで近似される。ただし,QはQ値でありQ>>1の場合で,ω0は共振周波数である。」
ス 甲18記載課題
「音叉構造振動型の角速度センサは外部からの振動や衝撃によって出力が変動するという欠点があり,特に検知用圧電バイモルフのたわみ方向の振動や衝撃に弱くかつ,音叉振動の周波数付近の振動や音叉振動の周波数成分の高調波を含む衝撃に対して弱い。」
セ 甲19記載課題
「音叉構造の振動型角速度センサは,素子を一定周波数で振動させているため,この周波数に近い周波数成分を含む外乱振動が加わると,誤動作してしまう。特に音叉振動の周期ω0もしくはω0の整数倍の周波数の成分を含む振動については誤動作しやすい。」
ソ 甲20記載課題
「外部から,振動ジャイロの振動駆動部の周波数の振動成分を含む衝撃が支持手段から伝わると,振動駆動部の振動振幅を変化させたり,あるいは振動片を歪ませて,誤差出力を生じる。」
タ 甲23記載発明
「超音波モータは,回動部材20がステータ16の中心に回転中心を持つロータである場合に相当するが,回動部材20がステータ16の中心とは異なる回動中心軸19を回動中心としている,超音波モータの原理を応用したアクチュエーさを検出可能な振動している音叉によって生じたコリオリの力を利用した角速度センサ(本件発明2及び6の「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」に相当する。)とを備えたカメラ31(本件発明2及び6の「装置」に相当する。)」
チ 本件発明2と引用発明との一致点及び相違点
[一致点]
「超音波モータとセンサを用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,超音波モータと振動検出器とを備えた装置」の点
[相違点1]
センサに関し,本件発明2が「励振された振動検出素子」であるのに対し,引用発明が「機械的振動センサ」である点。
[相違点2]
センサと超音波モータとの関係について,本件発明2が「振動検出素子の共振の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定した」態様に特定しているのに対し,引用発明は特段の特定をしていない点。
ツ 本件発明6と引用発明との一致点及び相違点
[一致点]
「超音波モータとセンサを用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置であって,超音波モータと振動検出器とを備えた装置」の点
[相違点3]
センサに関し,本件発明6が「励振された振動検出素子」であるのに対し,引用発明が「機械的振動センサ」である点。
[相違点4]
超音波モータとセンサとの関係について,本件発明6が「超音波モータの周波数制御範囲を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」態様に特定しているのに対し,引用発明は特段の特定をしていない点。
(3) 審決は,相違点1,3は引用発明に周知技術を組み合わせることにより当業者が容易に想到し得たが,相違点2,4は引用発明と甲号証に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到し得たものではないと判断した。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(「共振周波数帯域」に関する記載不備の認定・判断の誤り)
「共振周波数」及び「周波数帯域」という用語は技術用語としてその意義が明らかであるが,両者を組み合わせた「共振周波数帯域」という用語は,一般的な技術用語ではなく造語であって,それ自身で一義的に定まった意味を持つものではない。したがって,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明において,「共振周波数帯域」の用語が用いられていない場合には,発明の詳細な説明中に「共振周波数帯域」との関係が一義的に定められている用語がなければ,発明の詳細な説明には,「共振周波数帯域」の用語を含む発明が記載されているとはいえない。
審決は,本件明細書中に,「共振周波数帯域」の記載があると判示するが,【0 006】,【0008】~【0010】,【0012】及び【0013】は,課題を解決する為の手段として,単に特許請求の範囲の記載の一部を引用したものに過ぎず,【0018】は,本件発明の作用を説明するために,特許請求の範囲の一部を引用したものであって,いずれの記載も,「共振周波数帯域」の用語を定義づけるものではないから,この記載からは,「共振周波数帯域」の用語が,本件明細書の【0019】~【0026】の【実施例】に記載された用語のいずれにあたるかを関連付けるものではない。
審決は,「共振周波数帯域」について,「共振周波数から所定の周波数範囲を有するもの」,「振動検出素子の1次の共振特性L1,2次の共振特性L3は,いずれも共振周波数f1,f3から所定の周波数範囲を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域ということができる。」と認定した。この認定は,「①共振周波数帯域は,共振周波数から所定の周波数範囲を有するものであり,②共振特性は,共振周波数から所定の周波数範囲を有するものであるから,共振周波数帯域は,共振特性である。」という論理構成のように思われる。しかし,共振特性の用語が,仮に,所定の周波数範囲を表すものであれば,共振特性は共振周波数から所定の周波数範囲を有するものということはできるが,共振周波数から所定の周波数範囲を有するものは,全て共振特性というものではない。審決の論理構成は,2つの用語をそれぞれ上位概念で表し,上位概念が同じであるから2つの用語は同一であると結論付けたものにすぎない。
図1に示された共振特性とは,共振周波数を基準として,外力の周波数を変化させた場合の振動検出素子又は超音波モータの「振動振幅」を表したものと解されるのであって,周波数帯域を表すものでもない。また,図1は,振動検出素子の共振特性については,1次の共振周波数と2次の共振周波数近傍の,ある程度以上「振動振幅」の大きな範囲のみを表示しており,超音波モータの共振特性においては,共振周波数近傍のある程度以上「振動振幅」の大きい部分のみを表示しているのみであって,それ以外の部分(例えば,振動検出素子の共振特性における1次の共振周波数から2次の共振周波数にかけての「振動振幅」が小さな部分)については共振特性を表示していないから,振動検出素子の周波数帯域の領域を示したものであるとはいえないし,審決は,図1においてどの周波数帯域の幅が共振特性の周波数帯域の幅であるかも示していない。
したがって,「共振周波数帯域」の用語を含む,本件発明1,3,4及び5は,いずれも発明の詳細な説明に記載された発明ではない。
2 取消事由2(「振動検出器」に関する記載不備の認定・判断の誤り)
「振動検出素子」は,一般に用いられる技術用語ではなく造語であるから,その用語の意義は,本件明細書において,「振動検出素子」がどのように定義されて用いられているかにより判断しなければならない。「振動検出素子」は,振動を検出する素子と解することもできるし,本件発明は「励振された振動検出素子」を構成要素としているから,振動する検出素子と解することもできる。
発明の詳細な説明には,【0021】に,「振動検出素子8は,圧電振動ジャイロ型と呼ばれるものであり,励振用圧電素子8aが三角柱8cを励振させ,検出用圧電素子8bにより,コリオリの力を利用して,被検出物の変動を検出するものである。」と記載されており,圧電振動ジャイロは,基本的には角速度センサであって,カメラの技術分野ではカメラのブレを検出するものであるが,その検出出力を演算処理することによって,一般的な装置において振動検出用,姿勢制御用,誘導用などに用いられることもあるものである(甲7)から,【0021】の記載からでは,本件発明の「装置」において,「振動検出素子」が,振動を検出する素子であると一義的に導けるものではない。
一方,圧電振動ジャイロの動作原理は,検知素子を励振して振動させた状態において,センサ軸方向に回転運動すなわち角速度ωが生じたときに発生するコリオリの力を利用して角速度を検出するものである(甲7)。また,本件特許の出願において提出された意見書においても,「振動検出素子」は振動するものであると主張されている(甲22)。そうすると,本件明細書において,「振動検出素子」は,振動する検出素子の意味で用いられていると解するのが妥当である。
審決は,「カメラにおける『手振れの検出用のセンサ』は手振れの振動を検出すべきものであることは,本件出願時における技術常識であったものといえる。」とするが,たとえこの認定が正しいとしても,本件発明1ないし6は,いずれも「装置」の発明であって,カメラに限定されたものではないから,この認定に基づいて,本件発明1ないし6の構成要素である「振動検出素子」は手振れの振動を検出するものであると解することはできない。
したがって,「振動検出素子」をカメラにおける「手振れの検出用のセンサ」であると限定し,さらに,カメラの手振れを振動と呼ぶ他の特許文献を採用して,「振動検出素子」は,「カメラにおける手振れの振動を検出すべき手振れの検出用のセンサとして機能するものである」とする審決の結論は適切でない。
また,本件発明の実施例に記載された「振動検出素子8」(圧電振動ジャイロ)であっても,カメラの手ぶれ補正の技術分野において角速度を検出するものであるから「振動を検出する振動検出器」に用いられるべきと解することはできない。
また,本件明細書には,「振動を検出する振動検出器」とカメラの「手振れの検出用のセンサ」との関係も記載がされていない。本件発明がカメラシステムである場合において「手振れの検出用のセンサ」を構成要件とする請求項9ですら,「振動検出素子」が,「手振れの検出用のセンサ」であるとしているのであって,「振動を検出する振動検出器」がカメラの手振れを検出するものであるとはされていない。
「振動を検出する振動検出器」の語は,本件特許の特許請求の範囲に記載されているのみであって,本件明細書における発明の詳細な説明には用いられていない。何らの説明もせずに,「振動検出器」が検出する「振動」という用語が用いられているのであれば,その用語の意義は,本件発明1~6が対象とする一般的な装置の分野で用いられるJIS用語辞典の用語の解釈(甲17)に基づくべきである。審決が指摘する他の特許文献(甲4,甲6,甲20及び乙2ないし乙6)において,「振動」の用語に,カメラの手振れの振動を表すような解釈があるとしても,本件明細書にはカメラの手振れの振動を振動と呼ぶと定義する記載はないのであるから,本件発明の「振動」をカメラの手振れの振動であると一義的に解釈することはできない。また,圧電振動ジャイロは,振動を検出する振動検出器として用いることはできるが,発明の詳細な説明には,振動検出素子の実施例である圧電振動型ジャイロは,被検出物の振動を検出するものとはされていないのであるから,発明の詳細な説明の記載からは,振動を検出する振動検出器が一義的に記載されているとは認定できない。審決の認定は,一般的な技術用語の解釈から,一つの解釈が導き出せるとするものであって,明細書の記載に基づく認定ではない。本件明細書には,実施例として,振動ジャイロで撮影レンズのブレを検出するものは記載されているが,振動ジャイロで一般的な「装置」の「振動」を検出することは記載されていない。カメラの手振れの振動の技術常識から,カメラの「手振れの検出用のセンサ」が手振れの振動を検出すべきものと解されるとしても,本件明細書には,手振れの検出が振動の検出であることは明記されておらず(【0021】の記載からすれば,手振れは「変動」の下位概念として記載されていた。),かつ,カメラ以外の「装置」において振動を検出することについては記載されていなかった。
「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」の構成は,特許請求の範囲に記載されているのみであって,これに対応する構成は,発明の詳細な説明に記載されていないのであるから,本件発明を当業者が容易に実施をすることができる程度に発明の詳細な説明に構成が記載されているとはいえない。
3 取消事由3(要旨変更に関する認定・判断の誤り)
(1) 補正事項1について(「振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」とする点)
本件特許の願書に添付された図面の図1には,超音波モータの共振特性L2,振動検出素子の1次の共振特性L1及び2次の共振特性L3についての,ある一つの関係が開示されている。
file_2.jpgwyしかし,図1は,超音波モータの共振特性L2が設定されうる領域を開示するものではない。審決は,「図1には,超音波モータの共振周波数f2を含み所定の周波数帯域を有する共振特性L2が,振動検出素子の1次の共振周波数f1と,2次の共振特性L3との間に設定された態様が記載されている。」と認定するが,この認定が,図1に超音波モータの共振特性L2が設定されうる領域が開示されていると認定したというものであれば,その認定は誤りであるし,開示されていると認定していないというものであれば,当初明細書等の請求項1においても図1においても,超音波モータの振動に関する諸元が設定されうる領域を特定するための,超音波モータの共振特性L2と振動検出素子の1次の共振周波数f1又は2次の共振特性L3との関係が記載されていないのであるから,仮に,「共振周波数帯域」が「共振特性」を意味するものであると解したとしても,「『超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した』構成は,当初明細書等に記載した事項から自明な事項であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであ」るとの審決の認定は,何ら根拠が示されていない認定であって,誤りである。
当初明細書等においては,超音波モータの振動に関する諸元として,共振周波数f2(【0023】及び【0024】),共振周波数帯域(請求項1等)及び周波数制御範囲Δf2(【0023】及び【0024】及び請求項2等)が挙げられていたが,超音波モータの共振特性L2については,振動検出素子の振動に関する諸元(1次の共振周波数,2次の共振周波数帯域等)を基準として設定されうる領域を特定する記載はなかった。したがって,仮に,「共振周波数帯域」が「共振特性」を意味するものであると解したとしても,補正事項1による明細書の請求項1の構成(超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した構成)は,当初明細書等には記載がされていなかった。なお,当初明細書等には,【0023】に,「①超音波モータ5の共振周波数f2を,振動検出素子8の1次(基本モード)の共振周波数f1から離す。②超音波モータ5の周波数制御範囲Δf2を振動検出素子8の1次(基本振動モード)の共振周波数f1から離す。」との記載があるが,超音波モータの振動に関する諸元を振動検出素子の1次の共振周波数f1からどの程度離せばよいかについての開示はされていない。
また,「共振周波数帯域」は造語であると共に,その定義が本件明細書によって一義的に定まっているものではないから,振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域とで特定される超音波モータの振動に関する諸元が設定されうる領域は,意味不明なものである。意味不明なものが,当初明細書等に記載されたものであるということはできない。
補正事項1による本件特許の請求項1は,当初明細書等の請求項1とは異なり,振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域とで超音波モータの振動に関する諸元が設定されうる領域を特定するものであるから,補正事項1により同じ「共振周波数帯域」の用語を用いているからといって,本件特許の請求項1は,当初明細書等の請求項1を限定したものであるとはいえない。仮に,「共振周波数帯域」を「共振特性」と解釈した場合,超音波モータの共振周波数帯域(共振特性L2)の設定されうる領域については,当初明細書等の請求項1では,振動検出素子の1次の共振周波数帯域(共振特性L1)が除かれていたにもかかわらず,本件特許の請求項1では,振動検出素子の共振周波数(共振周波数f1)に重ならない限り,振動検出素子の共振周波数帯域(共振特性L1)の範囲内にまで領域が拡張されることとなったのであるから,補正事項1は,当初明細書等の特許請求の範囲を拡張する部分があるものであり,要旨変更の補正であることは明らかである。
(2) 補正事項2について(「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」とした点)
ア 本件発明1~6は,請求項1~6に記載のとおり,いずれもカメラに 限定された発明ではなく,一般的な「装置」についての発明であり,発明の要旨 は,特許請求の範囲に記載されているのであるから,補正が要旨変更に当たるか 否かの判断をするに際しては,補正がされた特許請求の範囲の記載を基にその補 正の適否の判断をしなければならない。
請求項1~6に記載の発明の対象は,「超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」というものであるから,文言上,この「装置」はカメラに限定されるものではないことは明らかである。一般的な「装置」の発明が記載された本件特許の特許請求の範囲において,「『振動検出素子』はカメラにおける『手振れ検出用のセンサ』として機能するものである」ということはない。
本件発明1~6と同様,発明の対象が一般的な「装置」である当初明細書等に記載された請求項1~9は,「超音波モータと振動検出素子とを備えた装置」との構成を備えていたものであったところ,甲43記載の自走式掃除機は,当初明細書等の請求項1~9に記載されたこの構成を充足していたものと解される。ところが,甲43記載の自走式掃除機は,振動ジャイロを具備するからといって審決が認定するような手振れを検出する手段も備えていないし,甲43の振動ジャイロを用いて移動方向を検出する手段は,「振動を検出する振動検出器」と呼べるものでもない。そして,補正により,当初明細書等の請求項1~9における「超音波モータと振動検出素子とを備えた装置」との構成が,本件発明1~6における「超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」との構成に変更されると,甲43記載の自走式掃除機(「装置」)に搭載された振動ジャイロが手振れを検出する手段としてみなされるようになるわけでもないから,甲43記載の自走式掃除機は補正後の本件発明1~6における「振動を検出する振動検出器」の構成を充足しなくなるということは明らかである。このことは,「振動を検出する振動検出器」の構成が,当初明細書等の請求項1~9記載の発明に新たに付加されたことによるものであるが,その付加された構成は,当初明細書等には記載されていなかったものである。すなわち,「振動を検出する振動検出器」を新たに付加する補正は,新たな技術的事項を導入するものであって,発明の要旨を変更する補正に当たることは明らかである。
審決が採用する他の特許文献(甲4,甲6,甲20及び乙2ないし乙6)の記載は,カメラの手振れの現象が,撮影者がカメラを支える手の振動を原因とするものであると記載されているものであって,本件発明の構成要素である「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)の技術常識について記載されたものではない。審決が採用したいずれの特許文献にも,「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)が「振動を検出すべきもの」とは記載されていない。
本件発明は,いずれも「超音波モータと励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」と特定されており,カメラに限定されていないのであるから,発明の詳細な説明に記載がない「振動を検出する振動検出器」の用語を解釈するに際し,カメラの技術分野で使われている意味で使われていると解釈しなければならないという理由はない。
本件明細書には,カメラの「手振れ」が,「振動検出器」で検出される「振動」の下位概念であるとは記載されていない(【請求項9】には,「前記振動検出素子は,手振れの検出用のセンサである」と記載されているが,振動検出器が手振れの検出用のセンサであるとは記載されていない)。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,焦点整合用レンズ4を駆動する超音波モータ5と撮影レンズ3のブレを検出する振動検出素子8とを備えたカメラシステムが実施例として記載され(【0019】),その実施例において,「振動検出素子8」は,コリオリの力を利用して被検出物の変動を検出するものであるとされている(【0021】)のであるから,「撮影レンズのブレ」が,「変動」の下位概念として記載されていると理解される。
本件明細書の発明の詳細な説明には,特許請求の範囲に記載された「振動を検出する振動検出器」と,「撮影レンズのブレ」や,被検出物の変動を検出することとの関係については何らの記載もないのであるから,「振動を検出する振動検出器」については,当業者が,当初明細書等から理解することはできない。
イ 当初明細書等には,「振動検出素子8」は,被検出物の変動を検出するものである旨の記載があり(【0021】),この振動検出素子自体では,検出した値を出力できるわけではないから,振動検出素子を要素とする何らかの「検出器」が当初明細書等に記載されていたことについて争わないが,その「検出器」は,せいぜい「被検出物の変動」を検出する検出器であって,「振動を検出する振動検出器」ではない。
「JIS用語辞典」(甲17)の記載は,振動の現象について説明したものであって,本件発明の構成要素である「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)が被検出物の振動を間接的に検出するためのものであることについて説明したものではない。
甲17の当該記載から,ある時間における振動の現象が変動と表されるものであったとして,その変動を検出するものは必ずしも振動の現象自体を検出するように構成されているとは限らないし,また,振動の現象自体を検出する構成とする必要性があるとは限らない。
さらに,当初明細書等の実施例においても,「振動検出素子8」は「撮影レンズ3のブレ」を検出しているのであって,撮影レンズの振動を検出しているとも,手の振動を検出するとも記載されていない。
さらに,審決は,「『変動』の検出により『振動』を検出できるといえるので」とするが,当初明細書等には,【0021】に記載された「振動検出素子8」の「変動」の検出により「振動」を検出することは記載されていない。当初明細書等においては,①特許請求の範囲の請求項1から請求項9で,発明の対象を「装置」とし,請求項10で「装置」を「カメラシステム」と限定し,請求項12で,「振動検出素子」を「手振れの検出用のセンサ」と限定していること,②発明の詳細な説明で,カメラシステムが実施例として記載されていること(【0019】及び図2),③振動検出素子の説明として被検出物の変動を検出するものと記載されている(【0021】)と共に,「振動検出素子が撮影レンズのブレを検出する装置の場合には」との記載があること(【0028】)からすれば,【0021】の「被検出物」は,特許請求の範囲の「装置」に対応し,「装置」の下位概念として「カメラシステム」が挙げられており,【0021】の「変動」の下位概念として「手振れ(撮影レンズのブレ)」が挙げられていると理解すべきである。
すなわち,審決が「振動」であると認定する「手振れ(撮影レンズのブレ)」は,【0021】の「変動」の下位概念とされているものであって,「変動」である「手振れ(撮影レンズのブレ)」の検出により「振動」を検出すべきとは当初明細書等から理解できない。さらに,一般的な「装置」の「振動」とは,JIS用語辞典に定義された「振動」の用語により解釈されるのであって,そのような「振動」を検出する「振動検出器」が,当初明細書等に記載されているのと同然であるとはいえない。当初明細書等では,「振動検出素子」は,「被検出物の変動」(実施例における「撮影レンズのブレ」)を検出するものが記載されているのみである。一方,補正後の本件発明の振動検出素子は,当初明細書等の記載に何ら基づくことなく,被検出物の振動を検出するために用いられるものとなった。
そして,一般的な「装置」において「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)が「自動車電装用など産業用各種機器・装置の振動検出用」に用いられる可能性があるとしても,このことと本件特許について「『振動検出素子8』は振動を間接的に検出できると,当初明細書等の記載から理解できるというべきである」とすることとは別の問題である。当初明細書等には,「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)を「振動を検出する振動検出器」として使用することについては記載がなかった。
特に,カメラの像ブレ補正の技術分野においては,「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)は,回転角速度(単位時間あたりの角変位)を検出するものであり(甲7),これによりカメラのブレを検出するものである(甲5)。
本件明細書の【0021】には,「振動検出素子8は,圧電振動ジャイロ型と呼ばれるものであり,励振用圧電素子8aが三角柱8cを励振させ,検出用圧電素子8bにより,コリオリの力を利用して,被検出物の変動を検出するものである。」と記載されており,本件発明の構成要素である「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)が,「コリオリの力を利用して」検出できるものについては,振動ジャイロの技術常識からも,振動ではなく回転角速度であることは明らかである。
したがって,本件発明について,特に,カメラの像ブレ補正の技術分野において解釈したとしても,「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)は検出した回転角速度により撮影レンズのブレを検出しているのであって,更に 振動検出器により振動を検出しているとは,当業者であっても理解できない。
また,「圧電セラミックス新技術」(甲7)には,「この音叉型角速度センサはビデオカメラの画振れ防止用として実用化した。今後の課題としては,安定な温度特性や経時特性・耐衝撃性など,より高機能・高信頼性であり,自動車電装用など産業用各種機器・装置の振動検出用,姿勢制御用,誘導用など幅広い応用展開が期待されている。」と記載されており,「音叉型角速度センサ」(振動ジャイロ)の応用として「自動車電装用など産業用各種機器・装置の振動検出用」が示唆されているが,当初明細書等の【0021】に記載された「振動検出素子8」は,カメラにおける「手振れ検出用のセンサ」として機能するものであって,カメラの技術分野において甲7に記載されたような「振動検出用」として使用されることが本件出願時における振動ジャイロの技術常識であったとはいえない。「振動検出素子8」は,当初明細書等において,甲7に記載の「ビデオカメラの画振れ防止用」と同様の方法で使用されていることは明らかである。
したがって,「振動検出素子8」が振動を間接的に検出できるという事項は,振動ジャイロの応用展開の例として「自動車電装用など産業用各種機器・装置の振動検出用」が甲7に記載されているからといって,当業者であれば本件特許の当初明細書等に記載されているのと同然であると理解できる事項ではない。
審決は,「コリオリ力と変動とは異なる物理量であるから,両者の間の何らかの変換がなされているはずであることは,当業者にとって自明である。」とするが,当初明細書等の【0021】にも「振動検出素子8は,・・・コリオリの力を利用して,被検出物の変動を検出するものである。」と記載されているように,「振動検出素子8」自体が,コリオリの力を利用して被検出物の変動を検出する。また,「両者の間の何らかの変換」という曖昧なものはなく,振動ジャイロは,コリオリの力によって角速度を検出することができるのであるから,当初明細書等に記載のない「振動を検出する振動検出器」について,「当業者であれば『検出器』は当初明細書等に記載されているのと同然であると理解する事項であり,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものでもない。」とはいえない。
圧電振動ジャイロに係る技術常識及び当初明細書等から,「振動検出素子8」は,それ自体が角速度(ブレ)を検出するものである。「振動検出素子8」の他に回路などの構成が設けられた検出器があったとしても,角速度(ブレ)は振動とは異なる物理量であるから,当初明細書等に記載のない「振動を検出する振動検出器」を追加する補正は新たな技術的事項を導入するものである。
したがって,「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)について,カメラの像ブレ補正の技術常識とともに解釈したとしても,当初明細書等に記載されていない「振動を検出する振動検出器」が記載されているのも同然と解釈することはできない。
(3)補正事項3について(「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」と限定した点)
審決は,【0023】及び【0024】並びに図1の記載を挙げ,「超音波モータの駆動制御範囲(周波数制御範囲)と振動検出素子の共振周波数帯域が一致しない範囲で,『1次の共振の半値幅の帯域と2次の共振の半値幅の帯域との間の領域』が,選択可能であることは,当業者にとって自明の事項である。」と認定・判断する。
しかし,「選択可能」であることと,選択した範囲が当初明細書に発明として記載されていたこととは関係がない。本件発明6は,振動検出素子の共振周波数を基準とする座標系に対して,超音波モータの周波数制御範囲が存在する帯域(領域)を限定した発明であるから,数値限定発明と同じ範疇に属するものといえる。現行法である新規事項の審査基準では,数値限定発明について単に選択可能であるというだけでは,補正は認められないとしている。当初明細書で限定された数値範囲の一部を選択することは,出願当初の明細書に数値限定が明示されているか,その範囲について,課題・効果等が記載されていなければならない。
「1次の共振の半値幅の帯域と2次の共振の半値幅の帯域との間」の領域が当初明細書の請求項2の「振動検出素子の共振周波数の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域」設定した場合の超音波モータの周波数制御範囲が設定される領域の一部であるから,出願当初に記載された範囲の発明の範囲内であって,新たな技術的事項を追加するものではないと解する余地はあるが,被告は,その限定によって,限定された範囲について当初明細書から自明ではない効果を主張しているのであるから,当業者によって,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項以外の事項が導入されている。
審決は,本件発明6の「1次の共振の半値幅の帯域と2次の共振の半値幅の帯域との間の領域」を「選択可能」であるとする根拠の記載として,図1を挙げているが,図1は,出願当初の明細書の段落【0023】及び段落【0024】の記載を図面に簡潔に表現する概念図として採用されたものと理解されるのであって,単に抽象的な振動検出素子の共振特性の図と抽象的な超音波モータの共振特性の図とを組み合わせた合成図であるから,当業者は,図1を見たときに超音波モータの周波数制御範囲が振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定することに技術的意義があるとは認識しない。
(4) まとめ
以上のとおり,要旨変更に関する審決の認定はいずれも誤りであり,その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取り消されるべきである。
4 取消事由4(進歩性の認定・判断の誤り)
審決は,相違点2についての判断において,甲18,甲19及び甲20の記載から,「そうすると,結局,振動ジャイロの振動検出素子の共振周波数に近い周波数成分を含む外乱振動が加わると,振動ジャイロは誤出力することは,本件特許の出願時の振動ジャイロの共振周波数に関する技術常識と認められる。」と認定した(50頁)。審決はこのように認定しながらも,「超音波モータと振動ジャイロとをカメラに同時に搭載する際に,振動検出素子の共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とがともに超音波周波数域であるとしても,それらが重なる蓋然性が高く,重なる場合には振動ジャイロは誤出力してしまうという,それらの振動の周波数に関わる特有の課題が存在することについては,請求人が提示したいずれの証拠にも開示されていないし,当業者が認識し得るものでもない。」と認定しているが,本件出願前において,カメラに搭載される振動ジャイロに加えられる外乱としては駆動モータの振動が認識されていたのであり,また,超音波モータはその作動原理上振動体が駆動周波数で振動するから,超音波モータからは駆動周波数の振動が外部に伝達されると認識できた。したがって,当業者は,振動ジャイロの共振周波数に超音波モータの駆動周波数が近くなると,振動ジャイロが誤出力するおそれがあるということを当然に認識できたのである。
したがって,振動検出素子(振動ジャイロ)の共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とが重なると振動ジャイロは誤出力してしまうという課題の存在を直接記載した文献がないからといって,この課題を認識できないというものではない。
超音波モータの駆動周波数は,共振周波数より高い周波数の範囲で選択されるが,共振周波数から離れると急速に回転数が下がるから,振動体の共振周波数とは無関係にどのような範囲でも選択することができるというものではなく,おのずからその範囲には制限がある。
一方,振動ジャイロについて,本件特許の実施例と同様のカメラに用いられる正三角形音片型振動ジャイロの例を記載した甲10では,1次の共振周波数が24.0kHzである。この振動子は,0.225lの中心線上にノード点があり,そのノード点で支持を行うとされているから,その振動の形態は,両端自由の支持条件となる。すなわち,正三角形音片を一般的な梁の両端自由の振動モードに当てはめると,2次の共振周波数は66.1kHzとなり,より高次の共振周波数の間隔では,更に大きな帯域となる。
したがって,甲10に記載されたカメラの手振れ検出に適した共振周波数の振動ジャイロに対して,カメラ用に選択した超音波モータを組み合わせたときには,超音波モータの周波数制御範囲が振動ジャイロの共振の半値幅帯域と重なる場合よりも,重ならない場合の蓋然性の方が高い。
また,本件出願前の従来技術において,カメラの焦点調節部材の駆動源として超音波モータが用いられ,また,カメラの手振れの検出用のセンサに圧電振動ジャイロが用いられていたのであるから,カメラの焦点調節部材の駆動源に適した超音波モータであれば,これをカメラに適用する動機付けはあるのであり,カメラの手振れの検出用のセンサに適した圧電振動ジャイロがあれば,これをカメラに適用する動機付けはある。
甲11に記載された超音波モータは,カメラのオートフォーカス用に発明されたものなのであるから,オートフォーカス機能を備えた甲4記載のカメラに適用することに困難性はない。そして,甲4記載のカメラの手振れの検出用のセンサを圧電振動ジャイロに置き換えるときは,カメラ(装置)に適した共振周波数を有する圧電振動ジャイロを採用する必要があるから,甲10記載の振動ジャイロを採用することがより自然である。
仮に,本件発明の課題及び効果が新規なものであるとしても,それは,甲4,甲10及び甲11記載のものから容易に構成できるものの効果を発見したにすぎず,本件発明が新たな物の構成を発明したというものではない。本件発明は,物の発明であるから,その課題が認識されていたか否かにかかわらず,本件発明と同一の構成を備えたものが本件出願前に知られていた技術から容易に想到することができるものであれば,進歩性は否定される。
審決は,カメラに採用できる超音波モータと圧電振動ジャイロについて,何らの根拠も示さずに,「どちらも,多種多様なものがある中において個別特定の公知技術の採用が容易に想到し得るものであるとはいえず」と認定するが(51頁),カメラ(装置)に組み込むのに適した超音波モータ及び圧電振動ジャイロには,技術的な制約があるのであって,どのような共振周波数のものでも採用できるというものではない。圧電振動ジャイロと超音波モータについては,それぞれに多種多様のものがあるということはできるが,カメラに適した圧電振動ジャイロは,カメラの手振れを検出するのに適した共振周波数のものが用いられるのであり,また,超音波モータの共振周波数は,超音波モータの大きさに左右されるのであって,カメラに組み込むにはその大きさ・構造に制限があるのであるから,必然的に共振周波数も定まってくる。
甲4記載のカメラ(装置)に,甲10記載のカメラ用の振動ジャイロ及び甲11記載のカメラのオートフォーカス用の超音波モータを組み合わせた場合,その組み合わされたカメラの構成が本件発明と一致してしまうのは,後付けで本件発明と一致するようなものを選んだということではなく,同じカメラ(装置)についての振動ジャイロと超音波モータを任意に選択した場合には,本件発明の構成となる蓋然性が高いということに原因がある。
審決は,カメラにおいて超音波モータと振動検出素子とを同時に搭載することについて,相違点1の判断において,「引用発明にカメラのぶれを検出するカメラのセンサとして励振された振動子を用いた圧電振動ジャイロを利用するとの上記周知技術を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものである。」と認定している。そうであれば,カメラに適用できるとされる公知の超音波モータの中からいずれかの超音波モータを選択し,また,カメラに適するとされる公知の圧電振動ジャイロの中からいずれかの圧電振動ジャイロを選択することは,特別の事情がない限り,当業者が適宜選択することができる設計事項という程度のものであるから,カメラに適するとされる公知の超音波モータ及びカメラに適するとされる公知の圧電振動ジャイロの中から選択するのであれば,それらに多種多様のものがあるからといって,それだけで容易に想到し得ないというものではない。
振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載することは,相違点1として容易想到であると審決で判断されているのであって,振動ジャイロが共振しないように超音波モータの周波数制御範囲を定めることは,設計変更にすぎない。
以上のとおり,審決の相違点2に関する認定・判断はいずれも誤りであり(相違点4についても同様),これらの認定・判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は違法であり,取り消されるべきである。
第4被告の反論
1 取消事由1(「共振周波数帯域」に関する記載不備の認定・判断の誤り)に対し
(1) 原告は,請求項1,3,4及び5において使用されている「共振周波数帯域」との用語について,それ自身で一義的に定まった意味を持つものではなく,また,明細書の発明の詳細な説明中にも一義的にその意味を説明する記載がないから,審決は,「共振周波数帯域」との用語を恣意的に解釈したもので,誤りである,と主張している。
しかし,審判手続において,「共振周波数帯域」とは,「共振周波数から所定の幅を有するもの」を意味するとの解釈について,原被告間に争いはなかった(甲42)。審判体も「共振周波数帯域」との用語から「共振周波数から所定の幅を有するもの」というように解釈でき,また,「所定の幅」とは「所定の周波数範囲」を意味すると解されるとの判断の下で,認定を行ったのである。また,本件訴訟においても,原告は,当該審決の認定を争っていない。
よって,原告が,審決は「『共振周波数帯域』の用語を恣意的に解釈したものであって,誤りである。」との主張をすること自体,失当である。
(2) 原告は,審決の「振動検出素子の1次の共振特性L1,2次の共振特性L3は,いずれも共振周波数f1,f3から所定の周波数範囲を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域ということができる。」という認定の論理構成が誤りであると主張する。
しかし,審決は,図1記載の「振動検出素子の1次の共振特性L1,2次の共振特性L3は,いずれも共振周波数f1,f3から所定の周波数範囲を有する共振特性を表すものであって」と認定し,「共振周波数から所定の周波数範囲を有するもの」と解される「共振周波数帯域」が図1に記載されていると認定している。
「共振周波数帯域」の用語の解釈は当事者間に争いなく,審決の認定に論理構成の誤りはない。
2 取消事由2(「振動検出器」に関する記載不備の認定・判断の誤り)に対し
(1) 原告は,「『振動検出素子』は,振動を検出する素子と解することもできるし,本件発明は『励振された振動検出素子』を構成要素としているから,振動する検出素子と解することもできる」と述べて,「圧電振動ジャイロの動作原理は,検知素子を励振して振動させた状態において,センサ軸方向に回転運動すなわち角速度ωが生じたときに発生するコリオリの力を利用して角速度を検出するものである」ことや,「本件出願において提出された意見書においても,『振動検出素子』は振動するものであると主張されている」ことから,「『振動検出素子』は,振動する検出素子の意味で用いられていると解するのが妥当である」と主張する。
しかし,用語の自然な解釈として,「振動検出素子」とは,振動を検出する素子と理解するのが素直な解釈である。また,本件明細書(甲1)【0019】段落には,「撮影レンズ3のブレを検出する振動検出素子8」と記載されている。この「ブレ」の中には,撮影者が撮影対象にカメラを向けたときに発生する,撮影対象に対する角度の揺らぎ(いわゆる「角度ブレ」)が含まれており,角度の揺らぎは,角速度を生じさせるから,本件発明の一実施例の振動検出素子は,この角速度を検出することにより,「ブレ」を検出するものである。また,本件明細書【0021】段落には,「振動検出素子8は,・・・被検出物の変動を検出するものである。」と記載されている。「変動を検出する,励振された振動検出素子を用いると,振動を検出する振動検出器を構成できる」ことも審判段階から当事者間に争いがない(甲42)。
よって,「振動検出素子」とは,振動を検出する素子であり,「本件発明の『振動検出素子』は,当業者が上記手振れ振動に係る本件特許の出願時の技術常識を考慮すると,カメラにおける手振れの振動を検出すべき手振れの検出用のセンサとして機能するものであると,当初明細書等(甲3)の記載から理解できるというべきである。」という審決の認定にも誤りはない。
(2) 原告は,「請求項9ですら,『振動検出素子』が,『手振れの検出用のセンサ』であるとしているのであって,『振動を検出する振動検出器』がカメラの手振れを検出するものであるとはされていない」と主張するが,「「検出素子」と「検出器」との違いは,要するに「検出素子」を用いた「検出器」であって,「検出素子」は「検出器」の本質的な構成要素であり,「検出器」は「検出素子」のほかに回路などの構成を含むもの,といえる」のであり,このことは,原告も認めている(甲42)。先に挙げた【0019】段落,【0020】段落等,本件明細書を見れば,「振動を検出する振動検出器」がカメラの手振れを検出できるとされていることは明らかである。「振動を検出する振動検出器」がカメラの手振れを検出するものであるとはされていないとする原告の主張は失当である。
(3) 原告は,「振動検出器」が検出する「振動」という用語の意義は,JIS用語辞典の用語の解釈に基づくべきであるとか,本件明細書には,手振れの検出が振動の検出であることは明記されていないと主張している。
しかし,振動工学などの分野においては,「振動」との語は,正弦波のような一定の周期で繰り返す規則的な運動(狭義の振動)のみを指すのではなく,周期性のない複雑な形状の波形や,あるいは1発で終わるような衝撃のような不規則現象なども含むもの(広義の振動)と定義されており(甲24),原告の主張するように検出される「振動」を狭義に解して本件発明の検出される「振動」と明細書の実施例に記載の「変動」を区別することは,本件発明の技術分野においては一般的ではない。また,本件発明の請求項9の「・・・前記振動検出素子は,手振れの検出用のセンサであることを特徴とする超音波モータと振動検出器とを備えた装置。」という記載や本件明細書の【0019】段落以下の実施例から,「振動検出器」における「振動」が「手振れ」を含むことは明らかと言える。
3 取消事由3(要旨変更に関する認定・判断の誤り)に対し
(1) 補正事項1(「振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」とする点)について
ア 原告は,「本件特許の願書に添付された図面の図1には,超音波モータの共振特性L2,振動検出素子の1次の共振特性L1及び2次の共振特性L3についての,ある一つの関係が開示されている。しかしながら,図1は,超音波モータの共振周波特性L2が設定されうる領域を開示するものではない。」と主張し,審決の「『超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した』構成は,当初明細書等(甲3)に記載した事項から自明な事項であり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであ」るという認定を,根拠が示されていない認定であって,誤りであると主張している。
しかし,図1において超音波モータの共振特性L2,振動検出素子の1次の共振特性L1及び2次の共振特性L3についての関係が開示されているのであり,「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」構成も,当該開示から当業者が理解できる構成なのであるから,審決の認定に誤りはなく,原告の主張は失当である。
イ 原告は,超音波モータの共振周波数帯域の設定されうる領域を当初明細書等の請求項1と本件特許の請求項1で対比し,補正事項1は,当初明細書等の特許請求の範囲を拡張する部分があり,要旨変更の補正であると主張している。
しかし,本件特許の出願日は,平成5年10月15日で,平成5年法律第26号「特許法等の一部を改正する法律」が施行された平成6年1月1日より前に出願されている。よって,平成5年法律第26号附則2条1項により,平成5年法律第26号による改正前の特許法41条が適用される。
そうすると,本件特許の請求項1に「前記超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定したこと」という記載が補正によって追加されていても,この補正事項1は,「願書に最初に添付した明細書」の請求項1,図1,【0022】段落及び【0023】段落の「① 超音波モータ5の共振周波数f2を,振動検出素子8の1次(基本振動モード)の共振周波数f1から離す。」という記載事項の範囲内において請求項1の範囲を「増加し減少し又は変更」した補正であるから,明細書の要旨を変更しないものとみなされる。
(2) 補正事項2(「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」とした点)について
ア 原告は,本件発明1~6が,いずれもカメラに限定された発明ではなく,一般的な「装置」についての発明であるとして,発明の要旨を変更する補正に当たると主張する。
しかし,当初明細書等の記載を踏まえれば,審決が正当に認定したように,「振動検出素子」は,カメラにおける手振れの振動を検出すべき手振れの検出用のセンサとして機能するものであると当業者は理解できるのであり,原告の主張は失当である。
イ 原告は,審決が「カメラにおける『手振れの検出用のセンサ』は手振れの振動を検出すべきものであることは,本件特許の出願時におけるカメラの技術分野における手振れ振動に係る技術常識であったものといえる。」と認定したことにつき,いずれの特許文献にも,「励振された振動検出素子」(振動ジャイロ)が「振動を検出すべきもの」とは記載されていないと批判している。
しかし,本件明細書(甲1)【0019】段落には,「撮影レンズ3のブレを検出する振動検出素子8」と記載され,また,【0021】段落には,「振動検出素子8は,・・・被検出物の変動を検出するものである。」と記載されており,「変動を検出する,励振された振動検出素子を用いると,振動を検出する振動検出器を構成できる」ことも審判段階から当事者間に争いがない(甲42)。そして,カメラの手振れも「振動」と呼ばれることは,審決が引用する甲4,甲6,甲20及び乙2~乙6から明白である。
ウ 原告は,審決が,「振動」の用語と「変動」の用語との関係の認定において,「「変動」の検出により「振動」を検出できるといえる」としたことに関し,「「変動」である「手振れ(撮影レンズのブレ)」の検出により「振動」を検出すべきとは当初明細書等から理解できない」と主張している。
しかし,無効審判の口頭審理において,原告は,「変動を検出する,励振された振動検出素子を用いると,振動を検出する振動検出器を構成できる」と陳述しており(甲42),審判体も技術的にもこれが正しいと判断の下,審決は,「励振された振動検出素子が被検出物の振動を間接的に検出できることも,技術的に自明といえる。」と判断したのであって,審決の結論は正当である。
エ 原告は,圧電振動ジャイロに係る技術常識及び当初明細書等から,「振動検出素子8」それ自体が角速度(ブレ)を検出するものであるとして,「振動検出素子8」の他に回路などの構成が設けられた検出器があったとしても,角速度(ブレ)は振動とは異なる物理量であるから,当初明細書等に記載のない「振動を検出する振動検出器」を追加する補正は新たな技術的事項を導入するものであると主張している。
しかし,圧電振動ジャイロで回転角速度を検出することで装置の振動を検出することができるのであり,角速度(ブレ)は振動とは異なる物理量であるという理屈で,「振動を検出する振動検出器」が新たな技術的事項となるものではない。
(3) 補正事項3(「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」と限定した点)について
ア 原告は,「本件発明6は,振動検出素子の共振周波数を基準とする座標系に対して,超音波モータの周波数制御範囲が存在する帯域(領域)を限定した発明であるから,数値限定発明と同じ範疇に属するものと言えるのである。」と主張している。
しかし,本件発明6は,何ら「数値」により限定してはおらず,超音波モータの周波数制御範囲の構成として規定しているに過ぎないから,原告の主張は誤りである。
イ 原告は,「当業者は,図1を見たときに超音波モータの周波数制御範囲が振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定することに技術的意義があるとは認識しない。」と主張している。
しかし,本件発明(甲1)の図1のみを【0023】及び【0024】段落と切り離してみるべきではないし,【0023】及び【0024】段落で与えられた条件に基づいて,超音波モータの周波数制御範囲を導けば,「1次の共振の半値幅の帯域と2次の共振の半値幅の帯域との間の領域」を設定することができるのであって,図1は概念図であっても当業者の理解を確認するのに役立つから,審決が,【0023】及び【0024】段落並びに図1に基づき,超音波モータの駆動制御範囲(周波数制御範囲)と振動検出素子の共振周波数帯域が一致しない範囲で,「1次の共振の半値幅の帯域と2次の共振の半値幅の帯域との間の領域」が,選択可能であることが,当業者にとって自明の事項であると認定したことに誤りはなく,その結果,「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」と限定した補正は,明細書の要旨を変更するものにはならない。
原告は,超音波モータの周波数制御範囲が振動検出素子の1次の共振と2次の共振との間に設定することに技術的意義を認識することができないと主張しているが,当業者は,超音波モータの周波数制御範囲を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定することの開示に従い,本件発明を容易に実施することができ,また,この構成により,超音波モータの振動によって,振動検出素子が共振して,正確な振動検出ができなくなるという問題点(本件明細書【0004】段落)を回避できることを当業者は認識できるから,原告の主張は当たらない。
4 取消事由4(進歩性の認定・判断の誤り)に対し
(1) 本件課題解決方法着想の非容易性
ア 原告は,当業者は,振動ジャイロの共振周波数に超音波モータの駆動周波数が近くなると,振動ジャイロが誤出力するおそれがあるということを当然に認識できたと主張するものの,その課題を解決するための手段を採用することは容易であると主張しているわけではなく,振動ジャイロと超音波モータを任意に選択した場合には,本件発明の構成となる蓋然性が高い,甲10と甲11が選択されれば,それは本件発明の構成になると主張している。原告の主張は,課題を認識しての課題解決方法の選択の容易性を主張するものではなく,そのような認識がなくとも任意に選択すれば本件発明の構成を満たす振動ジャイロと超音波モータが選択される蓋然性が高い,というものであり,抽象的な主張に留まる点で失当である。任意に選択すれば本件発明の構成を満たす振動ジャイロと超音波モータが選択される蓋然性が高いとの点は争う。
進歩性を判断する際に問題とすべきは,当業者が課題の存在を認識することが可能か不可能かということではなく,対象とする特許発明の構成に当業者が導かれるような動機付けとなる示唆等が存在し,その示唆等に基づいて当業者が特許発明の構成を容易に想到できたかどうかである。よって,原告の主張は,審決の結論に影響する誤りを指摘するものでない。
イ 本件出願前に,ジャイロとしては,圧電振動ジャイロのほかにも,光ファイバージャイロ(特開平2-82113(甲29),特開平5-173241(甲30)の【0019】段落)ないし光レートジャイロ(特開平5-158101(甲31)の【0080】段落),オートジャイロ(特開平5-66442(甲32)の【0002】段落),ハイドロスタティックセンサ(特開平5-142613(甲33))ないし流体慣性型角変位計(特開平5-158101(甲31)の【0044】-【0049】段落)等が知られていた。当業者がジャイロとして圧電振動ジャイロを採用することを検討したとしても,圧電振動ジャイロには外部からの振動により誤信号を出力する可能性があるという阻害要因があり,圧電振動ジャイロを避け,上記の他のジャイロを採用すると考えるのが相当である。よって,圧電振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載する場合には誤信号を出力してしまうという課題を認識したならば,超音波モータと圧電信号ジャイロの組合せは避けるのが通常ということになる。
仮に,圧電振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載する場合に誤信号を出力してしまうという課題を認識しないで圧電振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載するということを想定した場合は,何らの対策が施されないということになる。審決は甲23を根拠に圧電振動ジャイロと超音波モータの組合せ自体に困難性があるとは言い難いと認定しているが,甲23には,圧電振動ジャイロと超音波モータを組み合わせた場合の特有の課題も,それに関わる解決手段も,その解決手段を採用する動機も記載されていない。
誤信号の出力という課題を認識した場合でも,これを認識せず何らの対策が施されない場合でも,いずれにせよ,当業者が本件発明の構成を容易に想到できないということに変わりはない。
ウ 以上のとおり,原告主張が前提とする点のうち,「振動ジャイロと超音波モータを任意に選択」するという点について,これが容易になされるとは言えないし,本件発明の構成を容易に想到できるとも言えない。
(2) 後知恵による甲4,甲10及び甲11の組合せの主張
ア 原告は,「甲4記載のカメラ(装置)に,甲10記載のカメラ用の駆動ジャイロ及び甲11記載のカメラのオートフォーカス用の超音波モータを組み合わせた場合,その組み合わされたカメラの構成が本件発明と一致してしまう」と主張し,甲4,甲10及び甲11の組合せによる無効主張をしている。しかし,当該主張は,後知恵による主張である。
イ 原告は,「同じカメラ(装置)についての振動ジャイロと超音波モータを任意に選択した場合には,本件発明の構成となる蓋然性が高い」と主張するが,甲10及び甲11の組合せは,原告が本件発明の構成を念頭において,それらの構成に沿うような個別の開示例を組み合わせたものであり,当業者による任意の選択ではない。
まず,甲4のカメラは,従前,超音波モータを搭載したカメラの開示例の主引例として主張されたものであるが,ここでの超音波モータは,補正光学素子(手ぶれ補正レンズ)108,109を駆動するためのディスク型超音波モータ112,113である(甲4の7頁左下欄下から11行目-下から3行目,第11図参照。なお,ディスク型超音波モータについては甲7の177頁下から8行目からの説明参照。)。一方,甲11の超音波モータは,ディスク型超音波モータではなく,「棒状のペンシル型超音波モータ」であって(甲11の【0001】,【0002】,【0018】,【0019】段落等参照),これは,原告が主張するとおり,オートフォーカス用レンズ駆動用である。甲4の補正光学素子(手ぶれ補正レンズ)駆動用の超音波モータ112,113として甲11の超音波モータを適用する根拠や動機がない。
仮に,甲4の超音波モータ112,113として甲11の超音波モータを適用しようとした場合,レンズの外形が著しく大型化する,被駆動体に駆動力を伝達するのにギアを配置するスペースが必要になり更に大型化し,ギアのガタ等が手ぶれ補正レンズ108,109の駆動精度に悪影響を及ぼす等の問題が生じる。当業者は甲11の超音波モータを甲4の超音波モータ112,113として適用するようなことはしないのが常識である。
以上のとおり,当業者は,甲4の超音波モータ112,113として甲11の超音波モータを適用するということはしない。
原告は,甲11のオートフォーカス用の超音波モータを,甲4のカメラのオートフォーカス用のモータとして採用することを新たに主張しているが,この点も失当である。甲4には,カメラのオートフォーカス用のモータとして超音波モータを採用するという記載はなく,カメラのレンズ駆動用モータとして多く用いられていたDC(直流)モータ,ステッピングモータ及びボイスコイルモータではなく,超音波モータが選択されたはずであるという根拠や動機は見出だせない。仮に超音波モータが選択されたとしても,甲11のような棒状の超音波モータは,甲11が出願公開された平成5年当時においても未だ開発途上であり,実用化はなお困難であったから,当時,オートフォーカス用として超音波モータを使用する場合に主に採用されていた円環(リング)型超音波モータに替えて,当業者が,甲11の棒状の超音波モータを,甲4のオートフォーカス用のモータとして採用することを容易に想到することはない。よって,甲4のオートフォーカス用として,仮に超音波モータを採用することを検討したとし,さらに甲11の棒状の超音波モータを知っていたとしても,甲4のオートフォーカス用レンズの駆動用として,甲11の棒状の超音波モータは,当業者に採用され得ない。さらに,超音波モータとして,甲11の超音波モータ以外の超音波モータが多種多様に存在していた。特に甲11の超音波モータが選択されるという根拠や動機は見出だせないから,甲11の超音波モータが任意に選択されることにならない。
圧電振動ジャイロも多種多様のものが存在する。原告の主張する甲10の振動ジャイロの1次共振周波数(24.0kHz)と異なる1次共振周波数の圧電振動ジャイロの例も存在していた。また,原告は,「甲11の記載により周波数制御範囲が10KHzの超音波モータを想定し」としているが,超音波モータの周波数制御範囲は10kHzに限られるものではない。それゆえ,圧電振動ジャイロと超音波モータを任意に選択すると,本件発明の構成となる蓋然性が高いという原告の主張は失当である。
原告が本件出願時における圧電振動ジャイロと超音波モータを一緒にカメラに搭載した例を一例も提出していないという事実は,一口にモータやジャイロといっても多種多様なものがあり,その中で超音波モータと圧電振動ジャイロが選択されること自体の蓋然性は存在しないこと,及び超音波モータと圧電振動ジャイロを選択することを試みようとしたとしても,前記のとおりの阻害要因から,当業者はそれらを同じ機器に搭載することを避けたと考えるのが合理的であることを推認させる。
ウ 以上のとおり,甲4,甲10及び甲11の組合せによる容易想到の原告主張について,「どちらも,多種多様のものがある中において個別特定の公知技術の採用が容易に想到し得るものであるとはいえず,その対策を満たすべく,上記[相違点2]に係る本件発明2の構成を満足する,甲10記載発明と甲11記載発明とを,単に事後分析的に提示したにすぎないといわれてもやむを得ない」とした審決の認定に誤りはなく,原告主張は失当である。
原告は,「本件発明は,物の発明であるから,その課題が認識されていたか否かにかかわらず,本件発明と同一の構成を備えたものが本件出願前に知られていた技術から容易に想到することができるものであれば,進歩性は否定される。」と主張するが,本件では,特定の共振周波数を有する振動ジャイロ(甲10)と特定の駆動周波数を有する超音波モータ(甲11)を甲4のカメラに同時に搭載するという動機付けを見出すことはできない。
(3) 無効理由の要旨変更
原告の無効理由の主張は,無効審判請求書(甲37)17頁10行目-3頁2行目に記載されているとおり,甲4を主引例とし,甲5~甲7を副引例とするものであった。その主引例と副引例を証拠とする無効理由の具体的内容は,甲4にディスク型超音波モータ112,113と角速度検出部119a,119bが記載されており,角速度検出部119a,119bとして,圧電振動ジャイロを採用することは容易であるというものであった。超音波モータとして前提としたのは,あくまでディスク型超音波モータ112,113である。
しかし,原告は本件訴訟で,「甲4記載のカメラ(装置)に,甲10記載のカメラ用の駆動ジャイロ及び甲11記載のカメラのオートフォーカス用の超音波モータを組み合わせた場合,その組み合わされたカメラの構成が本件発明と一致してしまう」と主張し,甲4,甲10及び甲11の組合せによる無効主張をしている。これまでの原告の無効主張は,甲4のディスク型超音波モータ112,113(オートフォーカス用ではない。)を前提としていたのである。甲4に新たにオートフォーカス用に超音波モータを組み合わせることを想定し,当該超音波モータとして甲11を採用するという主張であるならば,新たな無効理由の主張であって,無効理由の要旨変更となり,審決取消理由とならない。
原告の主張が,オートフォーカス用の甲11の超音波モータを,甲4のディスク型超音波モータに替えて使用するというものであるならば,甲4のディスク型超音波モータはオートフォーカスのための超音波モータとして使用されているわけではないから,オートフォーカス用の甲11の超音波モータをこれに替えて使用するという動機や根拠に欠けることになる。また,前記のとおり,ディスク型超音波モータに替えて,棒状のペンシル型超音波モータをあえて採用するということは常識的に考えられず,特に甲11の超音波モータを選択するという動機や根拠もない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(「共振周波数帯域」に関する記載不備の認定・判断の誤り)
(1) 本件明細書の記載
本件明細書(甲1)には,本件発明の解決しようとする課題及び作用効果について,次のとおり記載されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかし,前述したような超音波モータと振動検出素子とを,1つの装置に組み込んだ場合には,超音波モータの振動によって,振動検出素子が共振して,正確な振動検出ができなくなる,という問題点があった。
【0005】
そこで,本発明は,超音波モータと振動検出素子とが備えられている場合に,超音波モータの駆動効率を低下させることなく,振動検出素子の検出が正確に行える超音波モータと振動検出器とを備えた装置を提供することを目的とする。
【0018】
【作用】
本発明においては,超音波モータの共振周波数帯域および/または駆動制御範囲と,振動検出素子の第1次又は第2次の共振周波数帯域および/又は第1次又は第2次の共振の半値幅帯域が別の帯域になるように設定したので,超音波モータの振動によって,振動検出素子が共振することがなくなり,正確な振動検出が可能になる。
【0027】
【発明の効果】
以上のように本発明によれば,超音波モータの共振周波数帯域および/または周波数制御範囲が,振動検出素子の1次又は2次の共振周波数帯域および/または共振の半値幅帯域とが一致しないように構成したので,超音波モータの振動によって振動検出素子が共振することがなくなり,正確な振動検出が可能になる,という効果がある。】
【0028】
また,超音波モータが焦点整合用レンズを駆動し,振動検出素子が撮影レンズのブレを検出する装置の場合には,正確なブレ防止が可能になる。
上記記載事項からみて,本件発明の解決しようとする課題及び作用効果は,超音波モータと振動検出素子とを1つの装置に組み込んだ場合には,超音波モータの振動によって振動検出素子が共振して,正確な振動検出ができなくなるという問題点があるところ,超音波モータの共振周波数帯域および/または駆動制御範囲と,振動検出素子の第1次または第2次の共振周波数帯域および/または第1次または第2次の共振の半値幅帯域が別の帯域になるように(一致しないように)設定することにより,超音波モータの振動によって,振動検出素子が共振することがなくなり,正確な振動検出が可能になることであるといえる。
(2) 図1(甲1)について
本件明細書(甲1)の図1は,本件発明による超音波モータと振動検出素子とを備えた装置の実施例の共振特性の関係が,横軸に周波数,縦軸に超音波モータ5および振動検出素子8の振動振幅の絶対値として表された図であって(段落【0022】),図1には,超音波モータの共振特性L2が共振周波数f2とともに,また振動検出素子の1次及び2次の共振特性L1,L3が1次及び2次の共振周波数f1,f3とともに図示(記載)されている。
(3) 「共振特性」と「共振周波数帯域」について
「共振周波数帯域」は,共振周波数の帯域,すなわち「共振周波数から所定の幅を有するもの」を意味すると解釈でき(このように解釈することに,審判手続において当事者間に争いはなかった(甲42)。),また,本件発明の解決しようとする課題及び作用効果並びに本件明細書の図1の記載事項は上記のとおりであることを考慮すると,超音波モータの共振特性L2は,共振周波数f2から所定の周波数範囲,すなわち所定の幅を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域を示していると解釈でき,また,振動検出素子の1次の共振特性L1,2次の共振特性L3は,いずれも共振周波数f1,f3から所定の周波数範囲,すなわち所定の幅を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域を示していると解釈できる。
よって,「共振周波数帯域」の用語を含む,本件発明1,3,4及び5並びにこれらを引用する本願発明7ないし9は,いずれも発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。
(4) 小括
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1には,理由がない。
2 取消事由2(「振動検出器」に関する記載不備の認定・判断の誤り)について
(1) 「振動検出素子」について
「振動検出素子」とは,振動を検出する素子と理解するのが素直である。
本件明細書の段落【0014】に「前記振動検出素子は,手振れの検出用のセンサである」と記載され,同段落【0019】に「・・・カメラボディ1には,ファインダ2と撮影レンズ3が取り付けられ,カメラシステムを構成している。・・・,撮影レンズ3のブレを検出する振動検出素子8・・・」と記載されているから,本件発明の「振動検出素子」は,カメラにおける「手振れの検出用のセンサ」として機能するものと解釈できる。
そして,カメラにおける「手振れの検出用のセンサ」は手振れの振動を検出するものであることは,本件出願時におけるカメラの技術分野での手振れ振動に係る技術常識であること(甲4,甲6,甲20,甲25~甲29)を考慮すると,本件発明の「振動検出素子」はカメラにおける手振れの振動を検出すべき手振れの検出用のセンサとして機能するものであると解釈できる。
「(機械)振動」は,「機械系の運動又は変位を表す量の大きさが,ある平均値又は基準値よりも大きい状態と小さい状態とを交互に繰り返す時間的変化。」との意味である(甲17)。「変位」は位置の変化であり「変動」と言い換えられるから,「機械系の変動を表す量の大きさが,ある平均値又は基準値よりも大きい状態と小さい状態とを交互に繰り返す時間的変化。」であるといえる。また,「振動」とは,正弦波のような一定の周期で繰り返す規則的な運動のみを指すのではなく,周期性のない複雑な形状の波形や,あるいは1発で終わるような衝撃のような不規則現象なども含むものと解釈できる(甲24)。
原告は「振動」と「変動」を区別して論じるが,上記のことを踏まえると,本件発明に係る「振動」と「変動」は区別できない。
以上のことから,「振動検出素子」は,振動を検出する素子であるといえる。
(2) 「振動検出器」について
「検出素子」は「検出器」の本質的な構成要素であり,「検出器」は「検出素子」のほかに回路などの構成を含むものであると理解することができ,また,上記(1)のとおり,本件発明の「振動検出素子」は,カメラにおける「手振れの検出用のセンサ」として機能するとともに,振動を検出する素子であると解釈できるから,「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」の構成は,当業者であれば特許明細書に記載されているのと同然と理解できる。
また,「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」が,上記1(1)で記載した発明の解決しようとする課題(目的)及び作用効果の範囲内のものであることも,当業者は理解できる。
上記1(1)で認定した発明の解決しようとする課題(目的)及び作用効果は,カメラに限定されたものではないから,カメラ以外の「装置」についても振動を検出することが当然に予定されているものと,当業者であれば容易に理解できる。
したがって,本件発明の属する技術分野において研究開発(文献解析,実験,分析,製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い,通常の創作能力を発揮できる者(当業者)が,明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識,特に,手振れの検出用のセンサに係る技術常識とに基づき,本件発明1~9の「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器とを備えた装置」を理解することができる程度に,発明の解決しようとする課題(目的)及び作用効果の範囲内で,本件発明1~9の装置が,発明の詳細な説明に記載されているものといえる。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1~9に係る「振動検出器」を理解できる程度の記載がなされているから,記載された条件の中で,当業者が技術常識を加味して,具体的な実施条件を決定すべきものであり,これにより本件発明1~9に係る「振動検出器」を実施することは,可能である。
したがって,「振動を検出する振動検出器」に関して原告が主張するような記載不備があるとは認められない。
(3) 小括
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2には,理由がない。
3 取消事由3(要旨変更に関する認定・判断の誤り)について
(1) 共振周波数帯域(請求項1,6)に関する補正(補正事項1,3)について
ア 本件補正前の請求項1は,「・・・前記振動検出素子の共振周波数帯域と前記超音波モータの共振周波数帯域とを別の帯域に設定したこと・・・」と記載し,段落【0023】には,「① 超音波モータ5の共振周波数f2を,振動検出素子8の1次(基本振動モード)の共振周波数f1から離す。」と記載されている。
出願当初の図1(補正前後で変更はない。)は,本件発明による超音波モータと振動検出素子とを備えた装置の実施例の共振特性の関係が,横軸に周波数,縦軸に超音波モータ5および振動検出素子8の振動振幅の絶対値として表された図であって(段落【0022】),図1には,超音波モータの共振特性L2が共振周波数f2とともに,また振動検出素子の1次及び2次の共振特性L1,L3が1次及び2次の共振周波数f1,f3とともに図示(記載)されている。また,図1には,超音波モータの共振特性L2が,振動検出素子の1次の共振周波数f1と,2次の共振特性L3との間に設定された態様が図示(記載)されている。
本件発明における「共振周波数帯域」の意味,及び,本件発明の解決しようとする課題及び作用効果を考慮すると,出願当初の図1には,超音波モータの共振特性L2が共振周波数f2から所定の周波数範囲を有し,振動検出素子の1次の共振特性L1が1次の共振周波数f1から所定の周波数範囲を有し,振動検出素子の2次の共振特性L3が2次の共振周波数f3から所定の周波数範囲を有することが図示(記載)されているといえる。
したがって,超音波モータの共振特性L2は,共振周波数f2から所定の周波数範囲を有し,すなわち所定の幅を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域を示していると解釈でき,また,振動検出素子の1次の共振特性L1,2次の共振特性L3は,いずれも共振周波数f1,f3から所定の周波数範囲,すなわち所定の幅を有する共振特性を表すものであって,共振周波数帯域を示していると解釈できる。
以上のとおり,出願当初の明細書及び図面の記載事項を総合して考慮すれば,「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」構成は,出願当初明細書に記載した事項から自明な事項であり,出願当初明細書に記載した事項の範囲内のものであって,出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
よって,請求項1に記載の「振動検出素子の共振周波数帯域と前記超音波モータの共振周波数帯域とを別の帯域に設定した」を「超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」とする補正は,明細書の要旨を変更するものではない。
イ 原告は,出願当初の図1には,超音波モータの共振特性L2が設定されうる領域を開示するものではなく,仮に,「共振周波数帯域」が「共振特性」を意味するものであると解したとしても,請求項1の「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」構成は,出願当初明細書に記載されていなかった旨を主張している。
しかし,上記アのとおり,請求項1の「超音波モータの共振周波数帯域を振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定した」構成は,出願当初の明細書及び図面(甲3)に記載した事項から自明な事項であるから,原告の主張は認めることはできない。
原告は,補正後の請求項1は,振動検出素子の共振周波数f1に重ならない限り,振動検出素子の共振周波数帯域(共振特性L1)の範囲内にまで領域が拡張されることとなるから,要旨変更の補正である旨を主張している。
しかし,本件補正によって請求項1に「前記超音波モータの共振周波数帯域を前記振動検出素子の1次の共振周波数と2次の共振周波数帯域との間に設定したこと」との特定が追加されていても,この補正は,出願当初における,請求項1,図1,明細書の段落【0022】,及び段落【0023】の「① 超音波モータ5の共振周波数f2を,振動検出素子8の1次(基本振動モード)の共振周波数f1から離す。」という記載事項の範囲内において請求項1の範囲を「増加し減少し又は変更」した補正であって,平成5年法律第26号による改正前の特許法41条により明細書の要旨を変更しないものとみなされるから,原告の主張には理由がない。
(2) 振動検出器に関する補正(補正事項2)について
本件明細書(甲1)に基づく「振動検出素子」及び「振動検出器」の意味につ いては,上記2に判示したとおりである。マ
そして,出願当初明細書の段落【0017】及び【0019】には,本件明細 書の段落【0014】及び【0019】と同じ記載がある。
そうすると,本件出願時の技術常識からして,手振れの振動を検出すべきものといえるカメラにおける手振れの検出用のセンサとして機能し,励振されており,かつ,振動を検出できる「振動検出素子」を,本質的な構成要素とする「検出器」である,「励振された振動検出素子を用いて振動を検出する振動検出器」は,当業者であれば出願当初明細書に記載されているのと同然であると理解するから,出願当初明細書の記載から自明な事項であり,出願当初の請求項及び図面を含めた記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものでもない。
したがって,原告が明細書の要旨を変更するものと主張した検出器に係る補正は,出願当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであるから,明細書の要旨を変更するものとは認められない。
(3) 小括
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由3には,理由がない。
4 取消事由4(進歩性の認定・判断の誤り)について
(1) 本件発明
本件明細書(甲1)によれば,本件発明は,超音波モータと振動検出器とを備えた装置に関するものであって(【0001】),従来,進行性振動波を発生する電気-機械エネルギー変換手段からなる振動波モータ(超音波モータ)を用いたレンズ駆動装置や(【0002】),像ブレを防止するための補正光学系と,その補正光学系を駆動する駆動装置と,被写体の移動速度情報を出力として発生する被写体速度情報発生手段(振動検出素子)とを有するカメラが知られているが(【0003】),超音波モータと振動検出素子とを,1つの装置に組み込んだ場合には,超音波モータの振動によって,振動検出素子が共振して,正確な振動検出ができなくなる,という問題点があったので(【0004】),超音波モータと振動検出素子とが備えられている場合に,超音波モータの駆動効率を低下させることなく,振動検出素子の検出が正確に行える超音波モータと振動検出器とを備えた装置を提供することを目的として(【0005】),請求項1~9に記載の構成とすることにより,すなわち,超音波モータの共振周波数帯域および/または駆動制御範囲と,振動検出素子の第1次又は第2次の共振周波数帯域および/又は第1次又は第2次の共振の半値幅帯域が別の帯域になるように設定することにより,超音波モータの振動によって,振動検出素子が共振することがなくなり(【0018】),正確な振動検出が可能になる,という効果が奏するものである(【0027】)。
(2) 引用発明
ア 甲4(特開平4-134316号公報)には,図面とともに次の事項が記載されている。
a 産業上の利用分野(2頁左上欄3~4行)
本発明は,物体の移動速度検出装置およびカメラの像ぶれ補正装置に関する。
b 従来の技術(2頁左上欄6行~右上欄5行)
従来,カメラとして,ぶれのある写真やビデオ映像が撮影されることを防止するための像ぶれ補正装置を用いたものが知られている。・・・像ぶれの原因としては,撮影者がカメラを支える手の振動(以下,この振動を「手ぶれ」と称す)によるものと被写体自体の移動によるものとがある。
撮影者の手ぶれに起因する像ぶれを補正する像ぶれ補正装置としては,従来,手ぶれによるカメラの移動(振動)を加速度センサ等の振動センサで検出し,検出した振動に応じてレンズ鏡筒全体或いは撮像素子等を移動させるもの(例えば特公平1-53957号公報)が知られている。また,手ぶれに起因する像ぶれと被写体自体の移動に起因する像ぶれとの両方を補正する像ぶれ補正装置として,物体の移動速度検出装置を用いたものが知られている。
c 発明が解決しようとする課題(2頁左下欄14行~右下欄7行)従来の物体の移動速度検出装置では,手ぶれの影響が大きい場合は被写体の移動速度を正確に検出することができず,したがって,かかる物体の移動速度検出装置を用いた像ぶれ補正装置では,像ぶれの防止を高い精度で行うことができなかった。・・・
本発明は,手ぶれの影響が大きい場合であっても被写体の移動速度を正確に検出することができる物体の移動速度検出装置および高精度の像ぶれ補正を行うことができるカメラの像ぶれ補正装置を提供することを目的とする。
d 課題を解決するための手段(2頁右下欄20行~3頁左上欄13行)
また,本発明のカメラの像ぶれ補正装置は,被写体像を映像信号に変換する光電変換手段と,この光電変換手段の表面に前記被写体像を結像させる光学系と,前記光電変換手段より入力した前記映像信号を用いて前記被写体像の移動を検出する移動検出手段と,機械的振動センサを用いて前記移動検出手段の振動を検出する振動検出手段と,この振動検出手段より入力した前記移動検出手段の振動の検出値と前記移動検出手段より入力した前記被写体像の移動の検出値とを用いて,前記被写体の移動速度を演算する速度演算手段と,この速度演算手段より入力した前記被写体の移動速度に基づいて像ぶれの補正を行なう補正手段とを具備している。
e 作用(3頁右上欄2~9行)
本発明のカメラの像ぶれ補正装置は,光学系によって光電変換手段の表面に結像された被写体像の移動を光電変換手段の出力する映像信号により移動検出手段で検出すると共に,手ぶれによる移動検出手段の振動を振動検出手段で検出し,さらに,移動検出手段の検出値と振動検出手段の検出値とにより被写体自体の移動速度を算出し,この算出値を用いて補正手段で像ぶれの補正を行なう。
f 実施例(7頁右上欄20行~8頁右上欄3行)
次に,第1図に示した防振装置13について,詳細に説明する。
第11図および第12図は,かかる防振装置13の構成を概略的に示すものであり,第11図は断面図,第12図は斜視図である。両図において,101はカメラの本体,102は撮影レンズである。撮影レンズ102は,撮影光学系103,第4図に示したy軸の回転方向に対する振動を検知するための第1の加速度センサ119a,第4図に示したx軸の回転方向に対する振動を検知するための第2の加速度センサ119b,軸110aを中心に回転できるように構成されたyz平面内の振動を補正するための第1の補正光学素子108,軸111aを中心に回転できるように構成されたxz平面内の振動を補正するための第2の補正光学素子109,第1の補正光学素子108を駆動させるためのディスク型超音波モータ112,第2の補正光学素子109を駆動させるためのディスク型超音波モータ113,第1の補正光学素子108の回転状態を検出するためのエンコーダ114,第2の補正光学素子109の回転状態を検出するためのエンコーダ115,ディスク型超音波モータ112および113の駆動を行なうための電気回路部120,カメラの本体101と撮影レンズ102との信号のやり取りを行なうための撮影レンズ側接点116により構成されている。なお,エンコーダ114は,第1の補正光学素子108の回転に応じて回転するドラム114a,ドラム114aの回転状態を検出するための磁気センサ(磁気ヘッド等,以下,MRセンサと称する)114b,ドラム114aの回転の終端を検出するための図示していない光学センサ(フォトリフレクタ等,以下,PRセンサと称する)により構成されている。同様に,エンコーダ115は,第2の補正光学素子109の回転に応じて回転するドラム115a,ドラム115aの回転状態を検出するためのMRセンサ115b,ドラム115aの回転の終端を検出するためのPRセンサ(図示せず)により構成されている。一方,カメラの本体101は,クイックリターンミラー104,焦点検出光学系2およびファインダー光学系からなる本体光学系106,接眼レンズ107,信号処理やカメラのぶれ量の演算等を行なうための電気回路部118,カメラの本体101と撮影レンズ102との信号のやり取りを行なうためのカメラ本体側接点117により構成されている。
また,カメラの本体101には,カメラの機械的なぶれ量を検出するために,y軸角速度検出部119aとx軸角速度検出部119bが搭載されている。ここで,カメラのx軸方向およびy軸方向を第13図のように定める。y軸角速度検出部119aは,カメラのy軸回りの回転方向のぶれの角速度を検出するためのものである。このy軸回りの回転方向のぶれは,フィルム105上でのx軸方向の像ぶれを発生させる要因となる。また,x軸角速度検出部119aは,カメラのx軸回りの回転方向のぶれの角速度を検出するためのものであり,このx軸回りの回転方向のぶれは,フィルム105上でのy軸方向の像ぶれを発生させる要因となる。y軸角速度検出部119aおよびx軸角速度検出部119bにより検出されたぶれ情報は,カメラ本体101の電気回路部118内に具備されたCPU5に転送される。
g 発明の効果(14頁右上欄16行~左下欄1行)
本発明のカメラの像ぶれ補正装置によれば,カメラの手ぶれによる像ぶれと被写体の移動による像ぶれの両方に起因して像ぶれが生じている場合であっても,高精度の像ぶれ補正を行うことが可能となり,特に,動体などの流し撮り撮影を行うときに有効である。
h 第11,12図の図示内容
第11図には防振装置の構成を概略的に示す断面図が,第12図には防振装置の構成を概略的に示す斜視図が示され,両図には,カメラの本体101に第1及び第2の角速度検出器119a及び119bが設けられ,撮影レンズ102に補正光学素子108及び109を駆動するディスク型超音波モータ112及び113が設けられた,撮影レンズ102とカメラの本体101とが着脱可能なカメラが図示されている。
イ 上記アの記載事項及び図示内容からみて,甲4には,物体の移動速度検出装置およびカメラの像ぶれ補正装置に関して,従来は,手ぶれに起因する像ぶれと被写体自体の移動に起因する像ぶれとの両方を補正する像ぶれ補正装置として,物体の移動速度検出装置を用いたものが知られていたが,従来の物体の移動速度検出装置では,手ぶれの影響が大きい場合は被写体の移動速度を正確に検出することができず,したがって,かかる物体の移動速度検出装置を用いた像ぶれ補正装置では,像ぶれの防止を高い精度で行うことができなかったので,手ぶれの影響が大きい場合であっても被写体の移動速度を正確に検出することができる物体の移動速度検出装置および高精度の像ぶれ補正を行うことができるカメラの像ぶれ補正装置を提供することを目的として,光学系によって光電変換手段の表面に結像された被写体像の移動を光電変換手段の出力する映像信号により移動検出手段で検出すると共に,手ぶれによる移動検出手段の振動を振動検出手段で検出し,さらに,移動検出手段の検出値と振動検出手段の検出値とにより被写体自体の移動速度を算出し,この算出値を用いて補正手段で像ぶれの補正を行なうように構成することにより,カメラの手ぶれによる像ぶれと被写体の移動による像ぶれの両方に起因して像ぶれが生じている場合であっても,高精度の像ぶれ補正を行うことを可能とする技術が記載されており,審決が認定したとおりの引用発明が記載されていると認められる。
審決は,引用発明との相違点として1~4を認定した。すなわち,甲4には,本件発明2及び6の相違点1,3に係る構成である「励振された振動検出素子」からなるセンサについては記載がなく,センサと超音波モータとの関係,すなわち本件発明2の相違点2に係る構成である「振動検出素子の共振の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定した」ことの記載はなく,本件発明6の相違点4に係る構成である「超音波モータの周波数制御範囲を振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間に設定した」ことの記載もない。
(3) 甲10,11について
ところで,甲10(日本音響学会誌,Vol.48 No.8,1992 年,第572-576 頁)には,圧電振動ジャイロに関する技術が記載されており,審決が認定したとおりの甲10記載発明が記載されていると認められる。しかし,甲10には,振動ジャイロをカメラに用いることは記載されているが,超音波モータを備えたカメラに用いることは記載されておらず,振動ジャイロ(センサ)と超音波モータとの関係,すなわち本件発明2,6の相違点2,4に係る構成である「振動検出素子の共振の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定した」ことは何ら記載されていない。
また,甲11(特開平5-115183号公報)には,ペンシル型の振動体を屈曲振動させ,その該振動体表面粒子を円または楕円運動させることで,これに押圧した移動体を摩擦駆動する超音波モータに関して,2組の固有振動数を概ね合わせ,かつ他の振動モードの直交した固有振動モードの固有振動数を大きく離すことができるため,駆動中に発生する鳴きの防止を図ることが可能となった技術が記載されており,審決で認定したとおりの甲11記載発明が記載されていると認められる。しかし,甲11には,センサと超音波モータとの関係,すなわち本件発明2及び6の相違点2,4に係る構成である「振動検出素子の共振の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定した」ことの記載はない。
(4) 対比・判断の総論
審決は,相違点1,3に係る本件発明1,6の構成は容易想到と判断したが,相違点2,4に係る本件発明1,6の構成は容易不想到とした。原告は,この後者の審決判断を争っているので,相違点2,4に係る容易想到性についてみると,超音波モータと振動ジャイロとをカメラに同時に搭載する際に,振動検出素子の共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とがともに超音波周波数域であるとしても,それらが重なる蓋然性が高く,重なる場合には振動ジャイロは誤出力してしまうという,それらの振動の周波数に関わる特有の課題が存在することについては,これを開示する証拠はない。そして,上記特有の課題を開示する証拠がない以上,それを解決するための手段を採用する動機付けがあるとは認められない。
また,所定の帯域あるいは範囲を含め,超音波モータの共振周波数あるいは駆動周波数を,励振センサの共振周波数に関係した帯域に関連して設定することが,公知であったことを示す証拠もない。
一般的に,関連する技術分野の発明や技術事項を組み合わせることは,当業者が容易に着想し得ることであるから,ともにカメラに用いられる甲10記載のような振動ジャイロや甲11記載のような超音波モータを,引用発明(甲4)のカメラに適用することを,当業者は着想し得るといえる。
しかし,モータや振動を検出するセンサには様々な態様のものが存在しているのであって,超音波モータも多種多様に存在しており,甲11はその一例に過ぎず,また,圧電振動ジャイロも多種多様のものが存在しており,甲10はその一例に過ぎない。上記(3)に判示したとおり,甲10には,振動ジャイロを,超音波モータを備えたカメラに用いることの記載はなく,振動ジャイロ(振動検出素子)の共振の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定したことは何ら記載されておらず,また,上記(3)に判示したとおり,甲11には,励振された振動検出素子からなるセンサについては記載がなく,振動検出素子の共振の半値幅帯域と超音波モータの周波数制御範囲とを別の帯域に設定したことは記載されておらず,さらに,超音波モータがすでに備えられている引用発明に,甲11記載発明の超音波モータを適用しようとする動機があるとはいえず,超音波モータと振動ジャイロとをカメラに同時に搭載する際の特有の課題,解決手段,及びそれを採用する動機のいずれも公知とは認められないことを踏まえると,個別特定の公知技術である甲10記載発明と甲11記載発明とをともに適用することが,当業者にとって容易に想到し得ることであるとはいえない。
原告が主張するように,甲10記載発明の振動ジャイロと甲11記載発明の超音波モータとをともに適用すれば,超音波モータの周波数制御範囲が振動ジャイロの1次と2次の共振の半値幅帯域に重ならないものとなり,上記相違点2に係る本件発明2の構成を満足することとなるが,甲10記載発明と甲11記載発明とを単に事後分析的に選択したに過ぎないといえる。
したがって,引用発明において,上記相違点2に係る本件発明2の構成とすることは,引用発明(甲4)並びに甲10記載発明及び甲11記載発明に基づいて当業者が容易になし得たものであるとはいえない。相違点4に係る本件発明6の構成は,本件発明2において単に「振動検出素子の共振の半値幅帯域と別の帯域」と特定していたものを,本件発明6においては「振動検出素子の1次の共振の半値幅帯域と2次の共振の半値幅帯域との間」と更に限定して特定したものに相当すると解される。よって,本件発明6のこの構成も,当業者が容易になし得たものとすることはできない。
(5) 原告主張についての付言
原告は,当業者が,振動ジャイロの共振周波数に超音波モータの駆動周波数が近くなると,振動ジャイロが誤出力するおそれがあるということを当然に認識できたのであるから,振動検出素子(振動ジャイロ)の共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とが重なると振動ジャイロは誤出力してしまうという課題の存在を直接記載した文献がないからといって,この課題を認識できないというものではない,と主張する。
しかし,超音波モータと振動ジャイロ(振動検出素子)とをカメラに同時に搭載する際に,振動ジャイロの共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とが重なる場合には,振動ジャイロは誤出力してしまうという,特有の課題が存在することについては,証拠がなく,当業者が認識できていたとはいえない。
また,振動ジャイロの振動検出素子の共振周波数に近い周波数成分を含む外乱振動が加わると,振動ジャイロは誤出力することは,本件出願時の振動ジャイロの共振周波数に関する技術常識であるとしても,そのことから直ちに,超音波モータと振動ジャイロ(振動検出素子)とをカメラに同時に搭載することを想定し,振動ジャイロが誤出力してしまうことを認識できるとはいえない。振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載する場合には誤信号を出力してしまうという課題を認識したとしても,超音波モータと振動ジャイロの組合せを避けるのが合理的な考えであるといえる。
原告は,甲10に記載されたカメラの手振れ検出に適した共振周波数の振動ジャイロに対して,カメラ用に選択した超音波モータを組み合わせたときには,超音波モータの周波数制御範囲が振動ジャイロの共振の半値幅帯域と重なる場合よりも,重ならない場合の蓋然性の方が高い,と主張する。
しかし,超音波モータと振動ジャイロとを任意に選択すれば,本件発明に係る振動ジャイロの共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とが重ならない構成を満たす振動ジャイロと超音波モータが選択されるとの根拠はない。
また,甲10記載発明の振動ジャイロをカメラ用に選択した超音波モータと組み合わせたときには,超音波モータの周波数制御範囲が振動ジャイロの共振の半値幅帯域と重なる場合よりも,重ならない場合の蓋然性の方が高い,との根拠もない。
すなわち,超音波モータには多種多様のものが存在しており,甲11記載発明の超音波モータは一例にすぎず,甲10の振動ジャイロの1次の共振(24.0kHz)の半値幅帯域に重なる周波数制御範囲を有する超音波モータの例(乙3)も,2次の共振(66.1kHz)の半値幅帯域に重なる周波数制御範囲を有する超音波モータの例(乙2)も存在していたので,特に甲11の超音波モータが選択されるという根拠や動機は見出だせない。振動ジャイロにも多種多様のものが存在しており,甲10の振動ジャイロの1次共振周波数(24.0kHz)と異なる1次共振周波数の圧電振動ジャイロの例(乙4)も認められる。
原告は,2つの技術の組合せの動機付けの有無は,本件発明の課題とは無関係であって,複数の技術を組み合わせる動機付けは,本件発明の課題に限られるものではないと主張する。
しかし,甲10記載発明や甲11記載発明の組合せは,原告が本件発明の構成を念頭において,それらの構成に沿うような個別の公知発明・技術を組み合わせたものであって,本件発明の課題から離れて検討したとしても,引用発明(甲4)に甲10記載発明と甲11記載発明をともに組み合わせる動機付けがあるとはいえない。すなわち,甲4の補正光学素子(手ぶれ補正レンズ)駆動用の超音波モータ112,113として,甲11の(ディスク型とは異なる棒状のペンシル型で,かつオートフォーカス用レンズ駆動用である)超音波モータを適用する根拠や動機がない。
原告は,仮に,本件発明の課題及び効果が新規なものであるとしても,それは,甲4,甲10及び甲11記載のものから容易に構成できるものの効果を発見したにすぎず,本件発明が新たな物の構成を発明したというものではない,また,本件発明と同一の構成を備えたものが本件出願前に知られていた技術から容易に想到することができるものであれば,進歩性は否定されると主張している。
しかし,本件出願時における振動ジャイロと超音波モータを一緒にカメラに搭載した例を記載した証拠はない。モータや振動を検出するセンサには様々な態様のものが存在しており,その中の超音波モータや振動ジャイロも多種多様のものが存在している中において,個別特定の公知技術である甲10記載発明と甲11記載発明とをともに適用することが,当業者にとって容易に想到し得ることであるとはいえない。
原告は,振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載することは,相違点1として容易想到であると審決で判断されているのであって,振動ジャイロが共振しないように超音波モータの周波数制御範囲を定めることは,設計変更にすぎない旨を主張している。
しかし,振動ジャイロと超音波モータを同じ機器に搭載することと,その際に振動ジャイロが共振しないように超音波モータの周波数制御範囲を定めることは,異なる技術思想である。また,振動ジャイロの共振周波数と超音波モータが与える不要な振動の周波数とが重なる場合に,振動ジャイロが誤出力してしまうという課題を認識し,それを解決するために本件発明のごとく振動ジャイロが共振しないように超音波モータの周波数制御範囲を定めることが設計変更であるといえる根拠もない。
(6) 小括
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由4には,理由がない。
第6結論
以上によれば,取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)