知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10279号 判決 2013年1月24日
原告
トライエンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁理士
牛木護
高橋知之
清水榮松
守屋嘉高
矢野卓哉
外山邦昭
被告
特許庁長官
指定代理人
川崎芳孝
遠藤行久
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2012-214号事件について平成24年6月18日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,意匠登録出願の拒絶審決の取消訴訟である。争点は,引用意匠との類否(意匠法3条1項3号)である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成21年7月30日付けで,意匠に係る物品を「雨樋用管」とする意匠について,別紙第1記載の本願意匠の意匠登録出願をしたが,平成23年11月21日付けの拒絶査定(甲6)を受けたので,平成24年1月6日付けで,これに対する不服の審判を請求した(不服2012-214号,甲7)。
特許庁は,平成24年6月18日,同請求につき「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年7月2日,原告に送達された。
2 審決の理由の要点
本願意匠は,日本国特許庁発行の公開特許公報(公開日:2004年(平成16年)3月11日)に記載された特開2004-076302号の図1において1及び2で示されている「雨樋」の引用意匠(別紙第2)と,意匠に係る物品が,雨水を軒樋から地上に排水するために使用される雨樋用の管材であって一致し,また,両意匠の形態についても,両意匠の共通点が,看者に強い共通感を与えて,両意匠の類否判断を決定付けているのに対し,両意匠の相違点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱で,それらの相違点が相乗して生じる視覚効果を考慮しても,その効果は,前記共通感を覆すほどのものではないから,両意匠は,意匠全体として類似するものであり,意匠法3条1項3号の意匠に該当する。
(1) 本願意匠と引用意匠との間には,形態について次の共通点と相違点がある。
ア 共通点
基本的構成態様として,
(A) 全体は,断面同一形状に連続する管状体で,管本体部及びガイドレール部から成るものであって,管本体部を,薄肉の円筒形状の管体とし,ガイドレール部を,管本体部の表面の長手方向に突設して形成し,当該ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた点。
具体的構成態様として,
(B) 管本体部のガイドレール部を除く表面を,凹凸のない平滑面とした点,
(C) 管本体部の直径に対して,ガイドレール部の左右方向の最大幅を約1/5とし,ガイドレール部の上下方向の最大高を約1/10とした点,
(D) 2本のガイド片を詳細に観察すると,それぞれのガイド片は,管本体部に接する立ち上がり部とその先端に内側に向かって屈曲した爪部とから成り,爪部は,それぞれの平面視の幅を,立ち上がり部の高さの略1/2とした点。
イ 相違点
具体的構成態様として,
(a) 2本のガイド片の立ち上がり部につき,正面視すると,本願意匠は,略「ハ」の字状を呈しているのに対して,引用意匠は,ほぼ垂直対向状である点,
(b) 2本のガイド片の爪部につき,詳細に観察すると,本願意匠は,立ち上がり部に対し,それぞれやや鋭角に内側に向かって屈曲しているのに対して,引用意匠は,それぞれ略直角に内側に向かって屈曲している点,
(2) 本願意匠と引用意匠の類否判断
ア 形態の共通点の評価
基本的構成態様に係る共通点(A)は,両意匠の形態全体にわたる骨格的な態様に係り,両意匠の基調を形成して,共通の印象を強く与えるものであって,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすところとなっている。
また,具体的構成態様に係る,共通点(B)は,この種物品においては,管本体部の表面を,凹凸のない平滑面とすることがありふれた態様であったとしても,当該部は,両意匠の外観の大部を占める部分であって,両意匠の類否判断に一定の影響を及ぼすものであり,また,(C)及び(D)についても,両意匠の全体形状が単純な構成要素から形成される中にあっては,管本体部に対するガイドレール部の各部の構成比率が共通する態様は,両意匠の類否判断に一定の影響を及ぼすものであり,これらの具体的構成態様に係る共通点は,前記基本的構成態様に係る 共通点(A)と一体となって,見る者に与える共通の印象を一層強くするものとなっている。
イ 形態の相違点の評価
これに対して,具体的構成態様に係る相違点(a)及び(b)が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は,いずれも微弱にとどまるものであって,上記共通点が看者に与える強い共通感を覆すほどのものではない。
すなわち,相違点(a)の,本願意匠の2本のガイド片の立ち上がり部につき,本願意匠は,略「ハ」の字状を呈している点は,この種の物品において,施工時に雨樋等の縦管を容易に調整可能とするなどの効果を目的として,本願意匠のように,ガイド片の立ち上がり部を略「ハ」の字状に形成することは,本願出願前に,例えば,2009年(平成21年)1月8日に,日本国特許庁が発行した公開特許公報に記載された特開2009-1972(発明の名称,パイプ取付構造)の図1及び図2に示された12の取付部(別紙第3参照)にも既に見られるとおり,格別,本願意匠のみに見られる特徴ある態様とは言い難く,相違点(b)については,本願意匠の立ち上がり部と爪部は,引用意匠と同様にほぼ直角といえる程度の鋭角を成すものであって,そもそも前記共通点としてあげた立ち上がり部と爪部との関係性を前提とすれば,微弱な相違であり,いずれも,両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱なものというほかない。
ウ 小括
そうすると,両意匠は,意匠に係る物品が一致し,また,両意匠の形態についても,両意匠の共通点が,看者に強い共通感を与えて,両意匠の類否判断を決定付けているのに対し,両意匠の相違点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱で,それらの相違点が相乗して生じる視覚効果を考慮しても,その効果は,前記共通感を覆すほどのものではないから,両意匠は,意匠全体として類似する。
第3原告主張の審決取消事由(意匠法3条1項3号の解釈適用の違法性)
1 取消事由1(両意匠の共通点及び相違点に関する認定の誤り)
審決は,本願意匠と引用意匠との共通点として「当該ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた点。」を認定している。
しかし,基本的構成態様が,意匠を大つかみにした態様,すなわち意匠の骨格的な態様を示すものであるならば,ガイドレール部におけるガイド片の端面形状等の具体的な構成や態様を基本的構成態様として認定するべきではない。
したがって,本願意匠と引用意匠との共通点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 本願意匠と引用意匠との共通点
基本的構成態様
(A) 両意匠は,薄肉の円筒形状の管本体部と,管本体部表面の上下方向に連続して突設したガイドレール部とにより構成され,全体として上下方向に連続する断面同一形状の管状体を成す点。
具体的構成態様
(B) ガイドレール部は,2本のガイド片により構成され,これら2本のガイド片は空隙を設けて対向しており,ガイド片の端面は一方が「略L字状」,他方が対称形状となる「略逆L字状」を成している点。
(C) 管本体部のガイドレール部を除く表面を,凹凸のない平滑面とした点。
(D) 管本体部の直径に対して,正面視におけるガイドレール部の最大幅が略1/5であり,ガイドレール部の最大高が略1/10である点。
(E) 2本のガイド片は,管本体部に接する立ち上がり部とその先端に内側に向かって屈曲した爪部により構成され,正面視における爪部の最大幅が立ち上がり部の最大高の略1/2である点。
イ 本願意匠と引用意匠との相違点
具体的構成態様
(a) 本願意匠のガイドレール部は,正面視すると,2本のガイド片がそれぞれ一端側から他端側にかけて左右方向に離れるようにして傾斜する立ち上がり部が形成されることにより,端面が「略ハ字状」を呈しているのに対して,引用意匠のガイドレール部は,正面視すると,2本のガイド片がそれぞれ垂直に立ち上がる立ち上がり部が形成されることにより,端面が「略コ字状」を呈している点。
(b) 本願意匠における2本のガイド片は,立ち上がり部の他端と接続する爪部が,それぞれ鋭角に内側に向かって屈曲しているのに対して,引用意匠における2本のガイド片は,立ち上がり部の他端と接続する爪部が,それぞれ略直角に内側に向かい屈曲している点。
(c) 本願意匠における2本のガイド片は,正面視すると,爪部がそれぞれ下方に向かって湾曲することで「略弧状」を成すのに対して,引用意匠における2本のガイド片は,正面視すると,爪部がそれぞれ略水平であることで「平坦状」を成している点。
2 取消事由2(本願意匠と引用意匠の類否判断の誤り)
審決は,「基本的構成態様に係る共通点(A)は,両意匠の形態全体にわたる骨格的な態様に係り,両意匠の基調を形成して,共通の印象を強く与えるものであって,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすところとなっている。」,「具体的構成態様に係る相違点(a)及び(b)が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は,いずれも微弱にとどまるものであって,上記共通点が看者に与える強い共通感を覆すほどのものではない。」と認定している。
しかし,この認定は誤りである。
基本的構成態様において,両意匠が共通する「全体として上下方向に連続する管状体である」とした態様は,本体部の態様が大きく影響するものであるが,本体部が管状体を成す態様は,先行意匠一覧(甲3)からも明らかなように本願意匠の出願前よりありふれた態様である。しかも,本願意匠に係る物品は,管状体あるいは直方体からなる雨樋用縦管の外周面に沿って取り付けられる「雨樋用管」であることから,機能面により形状が限定されてしまうため,この種物品においては「全体として上下方向に連続する管状体である」とした態様が,特に需要者の目を惹く態様であるとは言えないので,「両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼす」とした認定には承服できない。さらに,管本体部表面の上下方向に連続して突設したガイドレール部の態様についても,引用意匠が特許出願に係ることからも明らかなように機能面から採用されてきた形態であり,実開昭59-69340号公報(甲4)が発行された当時より,ありふれた態様であったといえる。
こうしたことから,管本体部を管状体とした態様及び管本体部表面の上下方向に連続して突設したガイドレール部の態様による共通感は,この種物品においてありふれた態様であることから,需要者の美感に大きな影響を与えるものとはならず,類否判断に及ぼす影響は,微弱である。
上記共通点に対して,両意匠は,具体的構成態様におけるガイドレール部の形態に顕著な相違点が認められる。すなわち,本願意匠のガイドレール部が,端面が「略ハ字状」を成しているのに対して,引用意匠のガイドレール部が,端面が「略コ字状」を成している点(a)で相違する。該ガイドレール部の形態は,家屋等の壁面に固定された固定具に取り付ける取付構造に関係するため,需要者の注意を惹く部分であり,視認され易い。また,基本的構成態様として,薄肉の円筒形状の管本体部と,管本体部表面の上下方向に連続して突設したガイドレール部とにより構成され,全体として上下方向に連続する断面同一形状の管状体を成し,具体的構成態様として,本願意匠と同様に立ち上がり部を「略ハ字状」とした意匠が,意匠登録第1267857号(甲5)として引用意匠の公開後に登録されている。
上記登録意匠は,引用意匠との関係で,本願意匠と引用意匠との共通点(A)と同様の共通点が基本的構成態様に存するものの,ガイドレール部における形態,すなわち上記登録意匠が「略ハ字状」であるのに対して,引用意匠が「略コ字状」であるとした相違点が類否判断に大きく影響することにより登録されている。
上記登録例を本件に照らせば,本願意匠のガイドレール部が「略ハ字状」であるのに対して,引用意匠のガイドレール部が「略コ字状」であるので,両意匠のガイドレール部の形態としての印象は相違し,需要者による類否判断に大きく影響を与えるといえる。
一方,本願意匠と引用意匠とは,ガイドレール部を構成するガイド片に空隙を設けた点(B)が共通しているが,本願意匠がガイド片の立ち上がり部を取付具により外側より挟持して家屋等の壁面に固定された固定具に取り付けられるのに対し,引用意匠がガイド片の空隙より嵌め入れる取付具により家屋等の壁面に固定された固定具と連結して取り付けられる構造であるため,需要者が物品を観察した際には,ガイド片に空隙を設けたことによる共通の印象よりも,機能面から異なる形態であるとした印象の方が大きいといえ,ガイド片に空隙を設けたことによる共通の印象は,ガイドレール部の形態が異なる印象を覆すほどのものとはいえない。
なお,審決は,「ガイド片の立ち上がり部を略「ハ」の字状に形成することは,本願出願前に,例えば,2009年(平成21年)1月8日に,日本国特許庁が発行した公開特許公報に記載された特開2009-1972(発明の名称,パイプ取付構造)の図1及び図2に示された12の取付部にも既に見られるとおり,格別,本願意匠のみに見られる特徴ある態様とは言い難く」と認定している。
しかし,上記登録意匠が登録されている事実からして,引用意匠との関係で,ガイド片の立ち上がり部を「略ハ字状」とするか「略コ字状」とするかの態様が異なることにより,類否判断への影響が大きいことは明らかであり,2本のガイド片から構成されるガイドレール部の立ち上がり部を傾斜させて形成することにより,「略ハ字状」とする形態は斬新というほかない。
また,この他の共通点として挙げられる(C)~(E)については,本願意匠の物品分野においてありふれた態様であり,両意匠の類否判断に一定の影響を与えるとしても,微弱であるといえる。これに対して,相違点として挙げられる(b)及び(c)は,ガイドレール部において形態が相違する印象を一層顕著にするものであって,上記相違点(a)と相俟って需要者に全く異なる印象を与える。
そうすると,基本的構成態様における形態の共通点は,何れもありふれた態様であることから,類否判断における影響は微弱であるが,具体的構成態様における形態の相違点は,顕著であって,類否判断における影響が大きいといえるので,意匠全体を観察して総合的に判断すれば,共通点(A)~(E)のありふれた態様による共通した印象を,相違点(a)~(c)の異なる印象が凌駕しているため,非類似である。
第4被告の反論
1 取消事由1(両意匠の共通点及び相違点に関する認定の誤り)に対して
(1) 本願意匠と引用意匠との共通する基本的構成態様について
審決が,本願意匠と引用意匠の形態における共通する基本的構成態様として「当該ガイドレール部は,端面が略『L』字状,及び,その対称形状である略逆『L』字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた点。」(2頁17行~19行)を基本的構成態様に含めた点については,誤りはない。
すなわち,両意匠は,全体が,管本体部及びガイドレール部という2つの構成部分からなるシンプルな構成の,断面同一形状に連続する管状体であることから,一見して把握することができる,当該管状体を構成する前記2つの構成部分の形態について,大つかみにした態様を,両意匠に共通する基本的構成態様として,認定すべきである。
そうすると,管本体部の基本的構成態様を,薄肉の円筒形状と認定する以上,ガイドレール部の基本的構成態様を,単に管本体部の表面の長手方向に突設して形成したという概念的な認定のみでは,大つかみにした態様というには不十分であって,当該ガイドレール部の基本的構成態様は,管本体部の表面の長手方向に突設して形成され,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させたものである,と認定すべきである。
(2) 本願意匠と引用意匠との具体的構成態様における相違点について
ア 原告が主張する相違点(a)について
原告は,本願意匠のガイドレール部の端面が「略ハ字状」を呈していると主張するが,ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状の左右2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させたものであり,それぞれのガイド片は,管本体部に接する立ち上がり部と,その先端に内側に向かって屈曲した爪部から構成されていることから,略「ハ」の字状を呈しているのは,正面視した時の2本のガイド片の立ち上がり部である。
そうすると,引用意匠の立ち上がり部を正面視した時の形態は,ほぼ垂直対向状であるから,この形態を強いて例えるならば,略倒「ニ」の字状というべきである。
仮に,原告が主張するように,ガイド片の立ち上がり部と爪部をも含めた,ガイドレール部の端面形状を認定したとしても,立ち上がり部の他端と接する部分に内側に向いた爪部を有する本願意匠の端面形状を「略ハ字状」,そして,2本のガイド片の爪部の間に空隙を有している引用意匠の端面形状を「略コ字状」と例えることは,相当ではない。
イ 原告が主張する相違点(b)について
原告は,本願意匠における2本のガイド片は,立ち上がり部の他端と接する爪部が,それぞれ鋭角に内側に向かって屈曲していると主張するが,「鋭角」とは,直角より小さい角を指す言葉であることから,本願意匠の当該屈曲の程度を表現するには,適切ではない。
そうすると,本願意匠における2本のガイド片の立ち上がり部の他端と接する爪部とが成す角度は,直角よりやや小さい角度であるから,審決のように,「それぞれやや鋭角に内側に向かって屈曲している」(2頁下から2行)と認定すべきである。
ウ 原告が主張する相違点(c)について
原告は,本願意匠における2本のガイド片は,正面視すると,爪部がそれぞれ下方に向かって湾曲することで「略弧状」を成すのに対して,引用意匠における2本のガイド片は,正面視すると,爪部がそれぞれ略水平であることで「平坦状」をなしている旨主張する。
しかし,本願意匠における2本のガイド片の爪部を正面視したときの形態は,子細に観察すれば,それぞれの爪部は,空隙に向かって,ほんの僅かに下方に傾斜する短い直線状であり,爪部全体として見れば,原告が主張するような「略弧状」を成すのではなく,むしろ,引用意匠と同様に,略「平坦状」を成しているというべきである。
そうすると,両意匠の爪部の態様の相違は,細部の子細な相違に過ぎないというべきであって,審決において,これをことさら採り上げなかったとしても,審決の結論には影響がないから,審決が,この点を相違点として採り上げなかったことに誤りはない。
2 取消事由2(本願意匠と引用意匠の類否判断の誤り)に対して
(1) 共通点
ア 基本的構成態様における「全体として上下方向に連続する管状体である」とした態様について
審決が,「両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼす」とした共通する基本的構成態様は,単に,「全体として上下方向に連続する管状体」の態様だけではなく,当該管状体の2つの構成部分の態様,すなわち,管本体部を薄肉の円筒形状の管体とした態様,及び,ガイドレール部を管本体部の表面の長手方向に突設して形成し,当該ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた態様をも含めたものである。
そこで,公知意匠(甲3)を検討するに,公知意匠2(意匠登録第1267857号)は,本願意匠及び引用意匠と同様に,「全体は,断面同一形状に連続する管状体で,管本体部及びガイドレール部から成るものであって,管本体部を,薄肉の円筒形状の管体とし,ガイドレール部を管本体部の表面の長手方向に突設して形成した点」においては共通するが,「当該ガイドレール部は,端面が略『L』字状,及び,その対称形状である略逆『L』字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた点」は,認められない。
同様に,公知意匠1,及び,公知意匠3ないし10の各公知意匠についても,審決が認定した,両意匠に共通する基本的構成態様と同様の態様を呈するものは見受けられないことから,審決が認定した,両意匠に共通する基本的構成態様は,本件出願前より,ありふれた態様のものとはいえない。
また,原告は,管本体部表面の上下方向に連続して突設したガイドレール部の態様についても,実開昭59-69340号公報(甲4)を理由に,ありふれた態様であったと主張するが,甲4に示された意匠のガイドレール部は,正面視すると,断面が矩形状の管本体部の左右側面部と,ガイドレール部のそれぞれの立ち上がり部が面一となっており,本願意匠及び引用意匠のように,管本体部表面に突設したという印象を与えるものとは言えないことから,甲4に示された意匠を理由に,両意匠のガイドレール部の態様が,ありふれた態様である旨の原告の主張は,失当である。
したがって,本願意匠及び引用意匠の基本的構成態様に係る共通点(A)として,審決が認定した,「全体は,断面同一形状に連続する管状体で,管本体部及びガイドレール部から成るものであって,管本体部を,薄肉の円筒形状の管体とし,ガイドレール部を管本体部の表面の長手方向に突設して形成し」(2頁15行~17行)た点が,本件出願前に,公知意匠に見受けられるとしても,それらは,両意匠の大部分を占める構成態様に係るものであることから,少なからず,需要者に共通する印象を与えるものであり,さらに,「当該ガイドレール部は,端面が略『L』字状,及び,その対称形状である略逆『L』字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた点。」(2頁17行~19行)は,両意匠のみに見られる特徴ある態様のものといえることから,審決が,本願意匠と引用意匠の類否判断における,形態の共通点の評価において,「基本的構成態様に係る共通点(A)は,両意匠の形態全体にわたる骨格的な態様に係り,両意匠の基調を形成して,共通の印象を強く与えるものであって,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすところとなっている。」(3頁5行~7行)とした点に,誤りはない。
イ ガイドレール部を構成するガイド片に空隙を設けた点について
本願意匠に係る願書の記載及び添付図面を精査するに,取付け構造について,具体的に説明した記載はなされていないことから,本願意匠が,2本のガイド片の空隙に取付け具を嵌め入れる構造ではないとする理由は見当たらず,需要者が本願意匠を観察するならば,2本のガイド片の空隙に,引用意匠と同様に取付け具を嵌め入れる構造をも有していると認識するというべきである。
そうすると,「ガイドレール部を管本体部の表面の長手方向に突設して形成し,ガイドレール部を,端面が略『L』字状,及び,その対称形状である略逆『L』字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた点。」は,両意匠の共通する基本的構成態様の一部を構成する点であり,さらに,そのような,2本のガイド片をやや空隙を設けて対向させた態様のガイドレール部は,甲3及び甲4に記載された,いずれの意匠にも見受けられず,本願意匠及び引用意匠のみに見られる特徴ある共通する態様というべきであるから,両意匠のガイドレール部の機能において多少相違する点を有しているとしても,その相違点を凌駕して,両意匠の類否判断に大きな影響を与えるとするのが相当である。
ウ 原告が挙げた,共通点(C)~(E)について
原告の挙げた共通点(C)~(E)は,審決が,具体的構成態様における共通点として挙げた(B)~(D)(2頁21行~28行)と実質的に同一であり,これらは,たとえ,その一部にありふれた態様が含まれていたとしても,管本体部とガイドレール部との限られた構成部分からなる両意匠においては,「基本的構成態様に係る共通点(A)と一体となって,見る者に与える共通の印象を一層強くするもの」(3頁15行・16行)というべきである。
(2) 相違点
ア 「ガイドレール部」の形態について
本願意匠において略「ハ」の字状を呈しているのは,ガイドレール部の端面の形態ではなく,2本のガイド片の立ち上がり部を正面視した時の形態であり,それに相当する,引用意匠の当該部の形態は,ほぼ垂直対向状であって,強いて例えるならば,略倒「ニ」の字状というべきである。
そして,本願意匠のように,ガイド片の立ち上がり部を,取付具により外方より挟持するために略「ハ」の字状とすることは,本件出願前に,例えば,意匠登録第1267857号の「たて樋」の意匠(甲5),2009年(平成21年)1月8日に,日本国特許庁が発行した公開特許公報に記載された特開2009-1972(発明の名称,パイプ取付構造)の図1及び図2に示された12の取付部(乙1)にも既に見られるとおり,格別,本願意匠のみに見られる特徴ある態様とはいえないことから,需要者の注意を強く惹く点とはいえない。
そうすると,正面視,2本のガイド片の立ち上がり部が,略「ハ」の字状を呈しているか,ほぼ垂直対向状の略倒「ニ」の字状を呈しているかの相違は,「ガイドレール部を管本体部の表面の長手方向に突設して形成し,ガイドレール部を,端面が略『L』字状,及び,その対称形状である略逆『L』字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた」という,特徴ある共通する基本的構成態様の中にあっては,部分的な僅かな相違というべきであり,審決が,「本願意匠の2本のガイド片の立ち上がり部につき,本願意匠は,略『ハ』の字状を呈している点は,・・・・・・格別,本願意匠のみに見られる特徴ある態様とは言い難く,・・・・・・両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱なものというほかない。」(3頁21行~33行)とした点に,誤りはない。
なお,原告は,本願意匠と同様に立ち上がり部を「略ハ字状」とした意匠が,意匠登録第1267857号(甲5)として引用意匠の公開後に登録されていることから,両意匠のガイドレール部の形態としての印象は相違し,需要者による類否判断に大きく影響を与える旨主張するが,甲5の意匠と引用意匠とは,需要者の注意を強く惹く部分といえる,ガイドレール部が,空隙を設けた2本のガイド片により構成されているか否かの顕著な相違点をも有していることから,両意匠の立ち上がり部の態様の相違が,両意匠の類否判断に大きく影響したとする原告の主張には理由がなく,その点を根拠に,本願意匠と引用意匠とが非類似であるとの原告の主張にも理由がない。
イ その他の相違点(b)及び(c)について
原告は,原告が挙げた相違点(b),すなわち,2本のガイド片の,立ち上がり部の他端と接する爪部とがなす角度につき,本願意匠は,それぞれ鋭角に内側に向かって屈曲しているのに対して,引用意匠は,それぞれ略直角に内側に向かい屈曲している点は,原告が挙げた相違点(a)と相俟って需要者に全く異なる印象を与えると主張するが,本願意匠の当該角度は,直角よりやや小さい角度であって,やや鋭角に内側に向かって屈曲しているというべきである。
したがって,審決が,「本願意匠の立ち上がり部と爪部は,引用意匠と同様にほぼ直角といえる程度の鋭角を成すものであって,そもそも共通点としてあげた立ち上がり部と爪部との関係性を前提とすれば,微弱な相違であり,両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱なものというほかない。」(3頁29行~33行)とした点に,誤りはない。
また,原告は,原告が挙げた相違点(c),すなわち,2本のガイド片の爪部の正面視につき,本願意匠は,爪部がそれぞれ下方に向かって湾曲することで「略弧状」を成すのに対して,引用意匠は,爪部がそれぞれ略水平であり「平坦状」を成している点は,原告が挙げた相違点(a)と相俟って需要者に全く異なる印象を与えると主張するが,本願意匠における2本のガイド片の爪部を正面視したときの形態は,子細に観察すれば,それぞれの爪部は,空隙に向かって,ほんの僅かに下方に傾斜する短い直線状であり,爪部全体として見れば,むしろ,引用意匠と同様に,略「平坦状」を成す共通する態様と言える程度の細部の子細な相違に過ぎず,両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱なものというべきである。
第5当裁判所の判断
1 類否判断の前提となる事実
(1) 本願意匠の形態
本願意匠は,別紙第1記載のとおりである。
本願意匠は,雨樋用管に係る意匠であって,全体の形状は,断面同一形状に連続する管状体であり,薄肉の円筒形状の管本体部と,管本体部の表面の長手方向に突設して形成されたガイドレール部からなる。管本体部のガイドレール部を除く表面は,凹凸のない平滑面である。管本体部の直径に対して,ガイドレール部の左右方向の最大幅は約1/5,上下方向の最大高は約1/10である。ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させてなる。それぞれのガイド片は,管本体部に接する立ち上がり部と,その先端に内側に向かって屈曲した爪部とからなり,爪部は,それぞれの平面視の幅が,立ち上がり部の高さの略1/2である。立ち上がり部を正面視すると,略「ハ」の字状を呈している。爪部は,立ち上がり部に対し,それぞれやや鋭角に内側に向かって屈曲している。左右の爪部は,一直線上にはなく,先端に向かってわずかに下に傾斜している。
(2) 引用意匠の形態
引用意匠は,別紙第2記載のとおりである。
引用意匠は,雨樋用管に係る意匠であって,全体の形状は,断面同一形状に連続する管状体であり,薄肉の円筒形状の管本体部と,管本体部の表面の長手方向に突設して形成されたガイドレール部からなる。管本体部のガイドレール部を除く表面は,凹凸のない平滑面である。管本体部の直径に対して,ガイドレール部の左右方向の最大幅は約1/5,上下方向の最大高は約1/10である。ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させてなる。それぞれのガイド片は,管本体部に接する立ち上がり部と,その先端に内側に向かって屈曲した爪部とからなり,爪部は,それぞれの平面視の幅が,立ち上がり部の高さの略1/2である。立ち上がり部を正面視すると,ほぼ垂直対向状である。爪部は,立ち上がり部に対し,それぞれ略直角に内側に向かって屈曲している。左右の爪部は,略「平坦状」をなす。
2 両意匠の対比
(1) 共通点と相違点
審決は,本願意匠と引用意匠との間の共通点((A)の基本的構成態様及び(B)(C)(D)の具体的構成態様)と相違点(a)(b)を,前記審決の理由の要点で示したとおりに認定した。
原告は取消事由1において,審決がした形態についての共通点と相違点の認定に異を唱えている。本願意匠と引用意匠との類否判断に際しては,共通点と相違点の認定が前提となり,その認定が類否判断をする出発点になるが,類否判断はこの共通点,相違点の認定も含めた総合的判断となるものである。審決がした上記認定に不自然な点はなく,当裁判所は,この認定を前提にして,共通点,相違点の評価につき,原告が取消事由1,そして類否判断の誤りに関する取消事由2で主張する点を念頭に置いて判断を進めることにする。
(2) 両意匠の類否判断
ア 審決は,上記基本的構成態様に係る共通点(A)は,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすところとなっているとし,類否判断に一定の影響を及ぼす具体的構成態様に係る共通点(B)(C)(D)は,基本的構成態様に係る共通点と一体となって,看者に与える共通の印象を一層強くするものとなっていると判断した。そして,上記相違点(a)(b)は微弱なものであるとして,それら相違点が相乗して生じる視覚効果を考慮しても,共通点を凌駕するものではない,と判断した。
イ 原告が取消事由1,2を通じて,両意匠が類似するものではないとする主張の根拠の要点は,次の2点にある。
① 全体として上下方向に連続する管状体である点と,管本体部表面の上下方向に連続して突設したガイドレール部は,共にありふれた態様であって,これらの態様による共通感は,需要者の美感に大きな影響を与えない。
② ガイドレール部の形態が,本願意匠においては「略ハ字状」を成しているのに対し,引用意匠においては「略コ字状」を成している相違点は,家屋等の壁面に固定された固定具と連結して取り付けられる構造部分に関するもので,機能面からみて,異なる形態であるとの印象が大きい。
ウ まず①の点についてみると,基本的構成態様(A),すなわち,全体は,断面同一形状に連続する管状体で,管本体部及びガイドレール部から成るものであって,管本体部を,薄肉の円筒形状の管体とし,ガイドレール部を,管本体部の表面の長手方向に突設して形成し,当該ガイドレール部は,端面が略「L」字状,及び,その対称形状である略逆「L」字状とした2本のガイド片を,やや空隙を設けて対向させた,との態様は,斜視図から明らかなとおり,本願意匠及び引用意匠の形態全体にわたる骨格的な態様であり,両意匠の基調を形成して,共通の印象を強く与えるものであって,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすものであることは否定することができない。また,具体的構成態様についてみても,共通点(B),すなわち,管本体部のガイドレール部を除く表面を,凹凸のない平滑面とした点は,両意匠の外観の大部を占める部分であることも明らかである。
そして,(B)の共通点の態様は,この種物品においては,管本体部の表面を,凹凸のない平滑面とすることが,原告主張のようにありふれた態様であるといえるとしても(甲3の先行意匠一覧),そのような態様である必然性はない。斜視図においてこの態様は強い印象を与えるものであるし,(C)の共通点,すなわち,管本体部の直径に対して,ガイドレール部の左右方向の最大幅を約1/5とし,ガイドレール部の上下方向の最大高を約1/10とした点,そして(D)の共通点,すなわち,2本のガイド片を詳細に観察すると,それぞれのガイド片は,管本体部に接する立ち上がり部とその先端に内側に向かって屈曲した爪部とから成り,爪部は,それぞれの平面視の幅を,立ち上がり部の高さの略1/2とした点は,両意匠の全体形状が単純な構成要素から形成されるという,上記ありふれた態様の中にあって,管本体部に対するガイドレール部の各部の構成比率の具体的な共通点であって,共に両意匠の類否判断に一定の影響を及ぼすものということができる。
そして,これらの具体的構成態様に係る共通点は,前記基本的構成態様に係る共通点(A)と一体となって強い印象を与えるものとなっている。
以上にみた両意匠の対比からすると,原告が上記①に関して主張する点は理由がないといわざるを得ない。
エ 次に②の点は,美感というよりは,むしろ,機能の相違からくる相違について述べるものであるにすぎないが,機能面を斟酌するにしても,本願意匠においては「略ハ字状」を成し,引用意匠において「略コ字状」を成している点が,実際の施工場面において異なる場合はあり得るとしても,家屋等の壁面に固定された固定具と連結して取り付けられる構造部分に関するものとして機能が異なる,すなわち,あらゆる機能の態様において異なるとまで認めることはできない。
美感の観点からすれば,具体的構成態様としての相違点,すなわち,(a)2本のガイド片の立ち上がり部につき,正面視すると,本願意匠は,略「ハ」の字状を呈しているのに対して,引用意匠は,ほぼ垂直対向状である点,(b)2本のガイド片の爪部につき,詳細に観察すると,本願意匠は,立ち上がり部に対し,それぞれやや鋭角に内側に向かって屈曲しているのに対して,引用意匠は,それぞれ略直角に内側に向かって屈曲している点は,共に,前記共通点が看者に与える強い印象に比して微弱なものであるから,両意匠の類否判断に及ぼす影響は僅かなものにとどまる。
したがって,②に関する原告の主張も,類否判断に際して理由がない。
原告は,本願意匠と同様に立ち上がり部を「略ハ字状」とした意匠が,意匠登録第1267857号(甲5)として引用意匠の公開後に登録されていることを根拠に,ガイドレール部における形態,すなわち上記登録意匠が「略ハ字状」であるのに対して,引用意匠が「略コ字状」であるとした相違点は類否判断に大きく影響すると主張する。しかし,原告が援用する甲5の意匠は,ガイドレール部が空隙を設けた2本のガイド片により構成されておらず(すなわち空隙を有さない。),この点は斜視図において本願意匠や引用意匠(図2)との間で顕著に相違するから,原告のこの主張も,上記類否判断を左右するものではない。
オ 以上判断したところによると,共通点,相違点に関する審決の認定に誤りはなく(取消事由1は理由がない。),「両意匠は,意匠に係る物品が一致し,また,両意匠の形態についても,両意匠の共通点が,看者に強い共通感を与えて,両意匠の類否判断を決定付けているのに対し,両意匠の相違点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱で,それらの相違点が相乗して生じる視覚効果を考慮しても,その効果は,前記共通感を覆すほどのものではないから,両意匠は,意匠全体として類似する」とした審決の結論は支持することができる(取消事由2も理由がない。)。
第6結論
よって,本願意匠は意匠法3条1項3号に該当するとした審決の判断に違法はないので,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎)
file_2.jpg別紙