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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10282号 判決 2013年11月27日

原告

ジンテーズ ゲゼルシャフト

ミト ベシュレンクテル ハフツング

訴訟代理人弁護士・弁理士

浜田治雄

訴訟代理人弁理士

西口克

赤津悌二

田辺稜

被告

特許庁長官

指定代理人

長﨑洋一

瀬津太朗

氏原康宏

堀内仁子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2010-27835号事件について平成24年3月27日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯

発明の名称を「髄内釘」とする発明について,平成15年10月21日に国際出願がされ(以下「本願」といい,本願に係る明細書を「本願明細書」という。),平成22年3月19日,特許請求の範囲を変更する旨の手続補正が行われたが(甲7),同年8月16日,拒絶査定された(甲9)。これに対し,原告は,拒絶査定不服審判(不服2010-27835号事件)を請求し(甲10),特許庁は,平成24年3月27日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし(甲11),その謄本は,同年4月6日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本願に係る,平成22年3月19日付け手続補正後の特許請求の範囲の請求項1は,以下のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)(甲7)。

「特に脛骨用の髄内釘(1)であって,近位端部(2)と,髄腔への導入に適した遠位端部(3)と,中心軸(6)とを有し,

A)200~500mmの範囲の全長Lを有し,かつ

B)長さG≦Lの湾曲部(4)を有する髄内釘(1)において,

C)前記長さGの湾曲部(4)が300~1300mmの範囲の曲率半径を有し,

D)比L/Rが0.2~0.8の範囲にあり,かつ

E)遠位端部(3)が,長さ「l」≦Lの直線部(5)として構成されており,

F)前記湾曲部(4)の両終点の接線が,7°~12°の範囲の角度アルファを含むことを特徴とする髄内釘(1)。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。

(1)  審決の認定した本願発明とスイス国特許出願公開第674613号明細書(以下「刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)の内容,引用発明と本願発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明の内容

「脛骨髄内釘であって,中央部1に対して,近端部2と,後部皮質に打ち込まれる時にスライダの役割をする遠端部3とを有し,管状であり,

220~420mmの範囲の全長Lを有し,

全長Lよりも短い,直線状中央部1と,中央部1に接続されるわん曲片6からなる部分を有し,

わん曲片6と中央部1とからなる部分のうち,わん曲片6は,その部分長A″が全長Lに合わせて調整され,180~220mmの曲率半径rを有し,

全長L/曲率半径rが1.0~2.33の範囲であり,

遠端部3が直線状に形成されており,

近端部2と遠端部3とが中央部1の中心軸4に対して折れ曲がることにより,近端部2と遠端部3とは中央部1を介して12°~24°だけ偏る,

解剖学的条件に最適の形状を有する脛骨髄内釘。」

イ 一致点

「特に脛骨用の髄内釘であって,近位端部と,髄腔への導入に適した遠位端部と,中心軸とを有し,A)220~420mmの範囲の全長Lを有し,かつB)長さG≦Lの湾曲部を有する髄内釘において,C)長さGの湾曲部が所定の曲率半径を有する部分を有し,E)遠位端部が,長さ「l」≦Lの直線部として構成されており,F)前記湾曲部の両終点の接線が,12°の角度アルファを含むことを特徴とする髄内釘(1)。」

ウ 相違点

(ア) 相違点1

「全長Lが,本願発明では,200~500mmの範囲であるのに対して,刊行物に記載された発明では,220~420mmの範囲である点。」

(イ) 相違点2

「湾曲部が,本願発明では,300~1300mmの範囲の曲率半径を有し,比L/Rが0.2~0.8の範囲にあるのに対して,刊行物に記載された発明では,中央部1とわん曲片6とからなる部分のうち,わん曲片6は,その部分長A″が全長Lに合わせて調整され,180~220mmの曲率半径rを有し,全長L/曲率半径rが1.0~2.33の範囲である点。」

(ウ) 相違点3

「湾曲部の両終点の接線が,本願発明では,7°~12°の範囲の角度アルファを含むのに対して,刊行物に記載された発明では,近端部2と遠端部3とが中央部1の中心軸4に対して折れ曲がることにより,近端部2と遠端部3とは中央部1を介して12°~24°だけ偏る点。」

(2)  審決の容易想到性判断の内容は,以下のとおりである。

すなわち,審決は,①相違点1については,髄内釘の技術分野において,髄内釘を解剖学的条件に最適の形状とするために,年齢や個人差により異なる患者の骨形状に対応する広い範囲の形状の髄内釘を予め作成しておき,治療に際して患者に最適の髄内釘を選択可能とすることは本願前に周知の技術事項であり,引用発明において,解剖学的条件に最適の形状を有する髄内釘を得るために,上記周知の技術事項を考慮して,骨折に伴う治療に際して,年齢や個人差により異なる患者の脛骨に対して解剖学的条件に最適な形状の脛骨髄内釘を幅広く選択できるように,全長Lを220~420mmの範囲から,200~500mmの範囲に広げて作成することは当業者が適宜なし得たとし,②相違点2については,引用発明において,解剖学的条件に最適の形状を有する髄内釘を得るために,上記周知の技術事項等を考慮して,骨折に伴う治療に際して,年齢や個人差により異なる患者の脛骨に対して解剖学的条件に最適な形状の脛骨髄内釘を幅広く選択できるように,相違点2に係る構成とすることは,当業者が適宜なし得たとし,③相違点3についても,脛骨用髄内釘の技術分野において,近位端部と遠位端部とのそれぞれの中心軸の偏りを7°~12°の範囲とすることは,本願前に周知の技術事項であり,引用発明において,解剖学的条件に最適の形状を有する髄内釘を得るために,前記周知の技術事項及び上記周知の技術事項を適用して,骨折に伴う治療に際して,年齢や個人差により異なる患者の脛骨に対して解剖学的条件に最適な形状の脛骨髄内釘を幅広く選択できるように相違点3に係る構成とすることは,当業者が適宜なし得たとした。また,本願発明の奏する効果も,引用発明及び周知の技術事項から,当業者が予測できた効果の範囲内のものであると判断した。

第3取消事由に関する当事者の主張

1  原告の主張

本願発明には当業者が予測し得ない格別の効果があり,本願発明が容易想到であるとした審決の判断には,以下のとおりの誤りがある。

(1)  本願発明の解決課題等について

本願発明の課題は,脛骨の―その長さに対する―解剖学的比率を考慮し,特にその髄管経路に最適化されている髄内釘を提供することである。

本願発明によって達成される利点は,本願発明による髄内釘を使用することにより,

a)一定の適応における挿入力が―特に非穴あけ法において―削減されており,

b)より小さな挿入力によってより小さな整復損失が生じ,

c)髄内釘が挿入が行われた後に髄管における生化学的に理想の状態にあり,

d)髄内釘が挿入に際して後壁に突当たると,その屈曲が有効となる(従来技術ではこの点で歪められ,または整復損失を甘受しなければならない)点にある。

また,本願発明における髄内釘の遠位端部は長さ「l」≦Lの直線部として構成されている。それによって,以下の利点,すなわち

a)生体力学的な軸との一致,

b)整復損失のない遠位骨折治療の可能性,及び

c)遠位骨断片の転位の回避

がもたらされる。

(2)  本願発明の容易想到性の有無について

本願発明に係る髄内釘は,各相違点(特に相違点2及び相違点3)の構成を組み合わせることにより,わずかな曲率を備えた髄内釘となるため,挿入力が小さくて済み,また,髄内釘挿入の際に骨断片の互いに対する移動が,皆無となるか最小限に留まることとになり,当業者が予測し得ない相乗的な効果を奏する。

これに対し,刊行物並びに甲12及び13には,単に患者の長骨に合わせて髄内釘の数値を変動させる発明が記載されており,本願発明の相違点に係る構成を組み合わせることにより上記のような相乗効果が生じることについての記載も示唆もない。

したがって,本願発明は,容易に想到することはできない。

2  被告の反論

(1)  本願発明の解決課題等に係る主張に対して

本願発明の課題は,脛骨の長さに対する解剖学的比率を考慮し,特にその髄管経路に最適化されている髄内釘を提供することにある。

本願発明において,髄内釘の全長Lを200~500mmの範囲とするのは,患者ごとの脛骨の長さに対応するためであるが,本願明細書には,全長Lを上記数値の範囲内とすることの臨界的意義について,記載も示唆もない。

また,本願発明に係る髄内釘の湾曲部の長さGを「G≦L」の範囲とすることに実質的な意義はない。

本願発明において,髄内釘(1)の曲率半径Rを髄内釘の全長Lに応じて変えることは,髄内釘(1)の挿入に際し,低いエネルギー消費と整復の損失を低くできるという意義を有するといえる。しかし,本願明細書には,「曲率半径Rの下限値を300mmとし,その上限値を1300mmとすること」,及び,「『全長L/曲率半径R』の下限値を0.2とし,その上限値を0.8とすること」の臨界的意義について,記載も示唆もない。

本願発明において,湾曲部(4)の両終点の接線がなす角度アルファαを7°~12°の範囲とすることの技術的意義は,遠位端(直線部)を有すること及び曲率半径を特定の値とすることとともに,髄内釘(1)の進入点に対して,髄管における髄内釘(1)の最適な状態を生じることにあるといえる。そして,湾曲部(4)の両終点の接線,遠位端部(3)及び湾曲部(4)の曲率半径が一定の相関する関係を有することにより効果を生じることが考えられる。しかし,本願明細書には,上記角度アルファαの下限値を7°とし,その上限値を12°とすることの意義について,何ら記載も示唆もない。

(2)  本願発明の容易想到性に係る主張に対して

ア 引用発明

引用発明における解決課題は,髄腔と植え込み方法との解剖学的条件に最適の形状を有し,かつ全ての症状の下腿骨折の治療に使用するための髄内釘を提供すること,塑性変形せずに導入でき,導入の後に安定な副木固定をもたらす脛骨髄内釘を提供することである。引用発明は,脛骨髄内釘の全長Lを220~420mmの範囲とすることにより,すべての症状の下腿骨折の治療に使用できるとの効果を奏する。

引用発明では,曲率半径rを180~220mmの範囲とし,「全長L/曲率半径r」を1.0~2.33の範囲とし,さらに,近端部2と遠端部3との偏り角を12°~24°としたことにより,脛骨髄内釘をすべての症状の下腿骨折の治療に使用できるように,骨に余計な負担を掛けずに,かつ,塑性変形させずに比較的簡単に髄腔に導入することができ,さらに,導入後の打ち込んだ状態で骨と形状的に最終結合されることで,安定な副木固定をもたらすことができるとの効果を奏する。

引用発明における遠端部はスライダの役割をし,脛骨の軸に相当する髄腔の幾何学的形状に従う傾向を強くし,かつ,比較的遠位の骨折の手当の際に解剖学的に最適に適応したものであるという意義を有する。

引用発明は,上記の構成を採用することにより「解剖学的に適応した形状のお陰で比較的簡単に,内植体または骨に余計な負担をかけずに髄腔に導入することができ,打ち込んだ状態で骨と経常的に最終結合される」との効果を奏する。

イ 本願発明に格別の効果がないことについて

本願明細書には,本願発明全体の効果として,

「a)一定の適応における挿入力が―特に非穴あけ法において―削減されており,

b)より小さな挿入力によってより小さな整復損失が生じ,

c)髄内釘が挿入が行われた後に髄管における生化学的に理想の状態にあり,

d)髄内釘が挿入に際して後壁に突当たると,その屈曲が有効となる(従来技術ではこの点で歪められ,または整復損失を甘受しなければならない)。」

と記載されている。

引用発明の効果は上記のとおりであり,両者が奏する効果に実質的な相違はない。本願発明の奏する効果は,引用発明から予測し得る範囲内のものであり,格別なものではない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,各相違点の構成を採用することによって,本願発明には当業者が予測し得ない格別の効果があるとする原告の主張は採用の限りでないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  認定事実

(1)  本願明細書の記載

本願明細書には,以下の記載がある。また,本願に係る図面の図1は別紙図1のとおりである。(甲1,2)

「【背景技術】

【0002】特許文献1により,近位端部および遠位端部を有し,これら両方が中央部から曲げられている一般的な髄内釘が周知である。近位端部は,最大半径220mmの屈曲を有しうる。

脛骨は自然のままでは各患者においてさまざまに形成されており,特にさまざな長さおよび脛骨プラトーの大きさを―互いに依存して―有するため,髄内釘もそれぞれの長さに応じてさまざまなパラメータを有する必要がある。したがって,すべての髄内釘の長さに有効な一定の曲率半径は,高いエネルギー消費とともに整復の高い損失をもたらすため挿入には最適ではない。

【特許文献1】スイス特許第A674613号明細書

【発明の開示】

【0003】この点で本発明は改善を提供する。本発明の課題は,脛骨の―その長さに対する―解剖学的比率を考慮し,特にその髄管経路に最適化されている髄内釘を提供することである。

本発明は,請求項1の特徴を有する髄内釘で上記の課題を解決する。

本発明によって達成される利点は,本発明による髄内釘のおかげで,

a)一定の適応における挿入力が―特に非穴あけ法において―削減されており,

b)より小さな挿入力によってより小さな整復損失が生じ,

c)髄内釘が挿入が行われた後に髄管における生化学的に理想の状態にあり,

d)髄内釘が挿入に際して後壁に突当たると,その屈曲が有効となる(従来技術ではこの点で歪められ,または整復損失を甘受しなければならない)。

点において実質的に確認される。

特定の実施形態においては,髄内釘の遠位端部は長さ「l」≦Lの直線部として構成されている。それによって,さまざま利点,すなわち

a)生体力学的な軸との一致,

b)整復損失のない遠位骨折治療の可能性,および

c)遠位骨断片の転位の回避

がもたらされる。」

「【0004】特定の実施形態においては,湾曲部が髄内釘の直線部とともに,7°~12°,好ましくは,8°~10°の範囲の角度アルファを含む。遠位端および特定の曲率半径とともに―髄内釘の進入点に対して―髄管における髄内釘の最適な状態が生じる。」

「【0005】別の実施形態においては,湾曲部の曲率半径Rは350~1200mmの範囲,好ましくは,400~1100mmの範囲にある。比L/Rは,適切に0.3~0.7の範囲,好ましくは,0.4~0.6の範囲にある。」

「【0008】図1および2に示されている髄内釘1は,脛骨における使用に意図されている。これは近位端部2と,髄腔への導入に適した遠位端部3と,中心軸6とを有する。近位端部2には,通常の照準補助を受入れことができるネジ穴11が備えられている。髄内釘1の全長Lは255mmである。さらに,髄内釘は,長さG=127.5mmの湾曲部を有し,これは380mmの曲率半径を有する。したがって,比L/Rは0.67である。図面における髄内釘の屈曲は―髄内釘1の移植が行われた後―解剖学的な中外側面に対応し,すなわち,髄内釘1は移植が行われた後に前後方向に曲げられる。

遠位端部3は,長さ「l」=127.5mmの直線部5として構成されている。湾曲部4は,直線部5とともに8°の角度アルファを含む。」

(2)  刊行物の記載

刊行物には,以下の記載がある(甲15。以下,対応する国内特許出願(特願平1-55249)の公開特許公報に基づいて記載する。)。

「2.特許請求の範囲

1.中央部1に対して折れ曲がった近端部2と遠端部3を有し,一体に形成された脛骨髄内釘において,近端部2が中央部1の中心軸4から角-(注:マイナス)10゜≦α(注:アルファ)≦-20゜,好ましくは-13゜≦α≦-17゜だけ偏り,遠端部3が中央部1の中心軸4から角+2゜≦β≦+4゜だけ偏り,近端部2が122~162mm,好ましくは137~147mmの長さAを有することを特徴とする脛骨髄内釘。」(1頁左欄4行目ないし12行目)

「[産業上の利用分野]本発明は,中央部Bに対して折れ曲がった近端部(A)と遠端部(C)を有し,一体に形成された脛骨髄内釘に関する。」(2頁左上段8行目ないし11行目)

「[発明が解決しようとする課題]本発明はこの点で対策と講じようとするものである。本発明の根底にある課題は,髄腔と植え込み方法との解剖学的条件に最適の形状を有し,かつすべての症状の下腿骨折の治療に使用するための髄内釘を提供することである。特に一方では塑性変形せずに髄腔に導入することができ,他方では導入の後に安定な副木固定をもたらす脛骨髄内釘を提供する課題が解決される。

[課題を解決するための手段]本発明は,特許請求の範囲第1項の特徴を有する脛骨髄内釘によって上記の課題を解決する。

本発明に基づく脛骨髄内釘は,中央部の中心軸に対して屈折した遠端部を有する。この遠端部は髄内釘を後部皮質に打ち込む時にスライダの役割をする。このため髄内釘先端部の進入角は一層鋭角をなし,髄内釘は髄腔の幾何学的形状に従う傾向が強い。遥かに長く-先行技術と比較して-形成された近端部(ヘルツオークのわん曲部)は遥かに早期に髄腔内に没入するから,髄内釘の過度のたわみまたは曲げ応力を防止する。髄内釘を完全に打ち込むと,この過長のへルツオークわん曲部が前部皮質に当接する。それは,骨釘に補助部材を付けなくても,脛骨が最適に副木固定される利点がある。

本発明に基づく髄内釘と先行技術による公知の骨折を比較すれば,公知の脛骨髄内釘は打ち込みの時に固く入りにくいが,打ち込んだ状態で髄腔内でゆるむことが認められる。本発明に基づく髄内釘は解剖学的に適応した形状のお蔭で比較的簡単に,内植体または骨に余計な負担を掛けずに髄腔に導入することができ,打ち込んだ状態で骨と形状的に最終結合される。ねじ固定式髄内釘固定術を行なわなければならないときに,この基本的相違が一層顕著に現われる。その場合は植込体が骨の長さと回転を保証しなければならない。このいわゆるねじ固定式髄内釘は増加した肉厚と,それによって約80%高い曲げ硬さを有する。このような骨釘を植込むことができるように,手術医は従来,髄腔を通常の場合より1.0~2.0mm広く穴あけせざるを得なかった。それにはかなり多くの生きた骨を削り取らなければならず,しかも骨接合の安定の増加が得られない不都合があった。

本発明に基づく骨釘はいわゆる線束式髄内釘固定術と比較しても大きな利点がある。既に述べたように線束式髄内釘固定術は管状骨の専ら内部の副木固定である。この方法では,たいてい穴あけしない髄腔が太さ約2.0mmの針金で充填される。・・・髄腔は砂時計状であり,針金で十分に充填し,こうして安定化できる部分は短く狭いから,この骨釘固定術の適応症は極めて局限されている。複雑骨折または層次骨折の場合に脛骨の長さを維持する可能性およびこの種の骨折の場合の回転の保証は,線束式髄内釘固定術にはない。層次骨折または複雑骨折および比較的遠位または近位の骨折の手当の際に,解剖学的に最適に適応した本発明の脛骨髄内釘によって長さと回転を保証することができる。その場合は脛骨に働く荷重と完全に引受けることができる比較的剛直な植込体が扱われるからである。」(2頁右側下段7行目ないし3頁左欄下段11行目)

2  容易想到性の判断

上記認定に係る本願明細書及び刊行物の記載に基づいて,本願発明は,各相違点に係る構成を採用することによって,格別の効果が生じ,それ故に容易に発明をすることができないとの原告の主張の当否について判断する。

(1)  引用発明の解決課題及び効果について

上記のとおり,引用発明は脛骨髄内釘に係る発明である。

刊行物には,引用発明の課題は,「髄腔と植え込み方法との解剖学的条件に最適の形状を有し,かつすべての症状の下腿骨折の治療に使用するための髄内釘を提供すること」であり,特に「一方では塑性変形せずに髄腔に導入することができ,他方では導入の後に安定な副木固定をもたらす脛骨髄内釘を提供する」ことであると記載されている。そして,引用発明は,中央部に対して折れ曲がった近端部と遠端部を有し,一体に形成された脛骨髄内釘とし,その全長,「わん曲片」の曲率半径等を調整することにより上記課題を解決すると記載されている。

刊行物には,引用発明に係る髄内釘は,解剖学的に適応した形状となっており,近端部は先行技術より早期に髄腔内に没入することから,髄内釘の過度のたわみ又は曲げ応力が防止され,髄内釘を完全に打ち込むと,近端部(へルツオーク湾曲部)が前部皮質に当接して,脛骨が最適に副木固定されること,内植体または骨に余計な負担を掛けずに髄腔に導入することができ,打ち込んだ状態で骨と形状的に最終結合されること,層次骨折又は複雑骨折及び比較的遠位又は近位の骨折の場合でも,脛骨の長さを維持し,この種の骨折の場合の回転を保証することができることが,その効果として記載されている。

(2)  本願発明の解決課題,効果について

ア 本願発明は,近位端部及び遠位端部を有し,これら両方が中央部から曲げられている一般的な髄内釘において,各患者によって脛骨の長さ及び脛骨プラトーの大きさが様々であるため,全ての髄内釘の長さに有効な一定の曲率半径を定めることは最適ではないことから,脛骨の長さに対する解剖学的比率を考慮し,特にその髄管経路に最適化された髄内釘を提供することを解決課題とする発明である。

本願明細書の記載によると,本願発明における髄内釘は,次の効果を有するとされている。

〔効果1〕

a)一定の適応における挿入力が―特に非穴あけ法において―削減されており,

b)より小さな挿入力によってより小さな整復損失が生じ,

c)髄内釘が挿入が行われた後に髄管における生化学的に理想の状態にあり,

d)髄内釘が挿入に際して後壁に突当たると,その屈曲が有効となる(従来技術ではこの点で歪められ,または整復損失を甘受しなければならない)

〔効果2〕

髄内釘の遠位端部を長さ「l」≦全長Lの直線部とすることにより,

a)生体力学的な軸との一致,

b)整復損失のない遠位骨折治療の可能性,

c)遠位骨断片の転位の回避

イ 本願明細書には,本願発明に係る構成を採用することにより効果1を奏し,髄内釘の遠位端部を直線部とすることにより効果2を奏するとの記載がある。

しかし,髄内釘について,①200~500mmの範囲の全長Lを有すること,②長さG≦Lの湾曲部を有すること,③湾曲部が300~1300mmの範囲の曲率半径を有すること,④比L/Rが0.2~0.8の範囲とすること,⑤遠位端部を,長さ「l」≦Lの直線部とすること,⑥湾曲部の両終点の接線が,7°~12°の範囲の角度アルファを含むものとするとの構成を備えることによって,なぜ,上記のような効果を生じるかを的確に説明した記載も示唆もない。のみならず,本件訴訟においても,相違点に係る構成が上記効果を生じるとの説明はされていない。

以上によると,引用発明の解決課題は本願発明の解決課題と概ね同一であり,また,引用発明に係る髄内釘の効果は本願発明における効果1及び2とおおむね共通する。さらに,本願明細書には,本願発明において前記のような数値を設定することにより,引用発明に比べ著しい効果が生ずることを推認させる記載もない。

そうすると,本願発明に格別な効果があるとは認められず,本願発明が容易想到であるとした審決の判断に誤りはない。

ウ 原告は,本願発明は,各相違点に係る構成を組み合わせることにより,相乗的な効果を奏すると主張する。

しかし,前記のとおり,刊行物には本願発明における効果1及び2とおおむね共通する効果が記載されているところ,本願明細書には,各相違点に係る構成を採用することにより,その相乗的な効果として,引用発明からは予測し得ないような効果が生ずるとの記載はなく,原告の主張は失当である(本件訴訟においても,その点の具体的な主張もない。)。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,審決に誤りはない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。なお,本願発明が容易想到とはいえないとする原告の訴訟上の主張及びその理由が,上記争点にとどまる以上,審決の判断に誤りがあったとすることはできない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

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