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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10300号 判決 2013年7月17日

原告

スリーエム カンパニー

訴訟代理人弁護士

上谷清

仁田陸郎

萩尾保繁

山口健司

薄葉健司

石神恒太郎

関口尚久

訴訟代理人弁理士

古賀哲次

永坂友康

胡田尚則

高橋正俊

出野知

被告

特許庁長官

指定代理人

田口昌浩

小野寺務

加賀直人

瀬良聡機

堀内仁子

主文

1  特許庁が不服2009-9616号事件について平成24年4月10日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「可撓性ポリウレタン材料」とする発明について,平成11年3月19日,国際出願をし(パリ条約に基づく優先権主張 平成10年4月22日 アメリカ合衆国。以下「本願」という。)(甲1),平成21年1月29日,拒絶査定を受け(甲6),同年5月7日,拒絶査定不服審判(不服2009-9616号事件)を請求し(甲7),平成24年2月16日,手続補正をした(以下,同補正後の本願に係る明細書を「本願明細書」という。)(甲11)。特許庁は,同年4月10日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同月24日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

平成24年2月16日付け手続補正後の本願に係る特許請求の範囲の請求項1は,以下のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」という。)(甲11)。

「第1級脂肪族イソシアネート架橋を有し,また,少なくとも25重量%の第1級ポリイソシアネート架橋を有しており,かつ1.0×108パスカル以下の曲げ弾性率,1.0×108パスカル以下の貯蔵弾性率,および94未満のショアA硬度を呈するポリウレタンであって,さらにそのポリウレタンは,2以下のホフマン引掻硬度試験結果,および1ΔE以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)のいずれか一方または両方の性質を呈するか,または呈しないポリウレタン。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その概要は,①本願発明1と特開昭56-37253号公報(甲12。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)との相違点である相違点1及び2は,いずれも実質的な相違点ではないから,本願発明1は,引用例に記載された発明であり,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号(以下,単に「特許法29条1項3号」という。)に該当する,②本願発明1は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるとは認められないから,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号(以下,単に「特許法36条6項1号」という。)に規定する要件を満たしていないというものである。

審決が認定した引用発明の内容,本願発明1と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

(1)  引用発明の内容

「ポリエーテルポリオール1850gと,1,6-ヘキサメチレンジイソシアネート716gのビウレットとを,ジブチルすずジラウレート0.19gの存在下に加熱して硬化させて得たシヨア硬度が10より低いポリウレタンからなる接着層」

(2)  一致点

「第1級脂肪族イソシアネート架橋を有し,また,少なくとも25重量%の第1級ポリイソシアネート架橋を有するポリウレタン」の点

(3)  相違点

ア 相違点1

本願発明1は,ポリウレタンのショアA硬度,曲げ弾性率及び貯蔵弾性率を限定するが,引用発明ではそのような限定を行っていない点。

イ 相違点2

本願発明1は,ポリウレタンを特定するために,「2以下のホフマン引掻硬度試験結果,および1ΔE以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)のいずれか一方または両方の性質を呈するか,または呈しない」との特定を行っているが,引用発明ではそのような特定を行っていない点。

第3取消事由に関する当事者の主張

1  原告の主張

審決には,①新規性(特許法29条1項3号該当性)についての判断の誤り(取消事由1)及び②記載要件不備(同法36条6項1号違反)についての判断の誤り(取消事由2)があり,取り消されるべきである。

(1)  新規性についての判断の誤り(取消事由1)

ア 引用発明の認定の誤り

審決は,引用発明が「ポリウレタン」の発明であると認定したが,以下のとおり,引用例に記載されているのは「ポリウレタン」ではなく「ウレタン結合を含むポリオール」であり,審決の上記認定には,誤りがある。

(ア) ポリウレタンとは,通常,ポリイソシアネート化合物とポリオール化合物との重縮合反応により,主鎖中にウレタン結合-NHCOO-をもつ高分子物質の総称である。ウレタン結合の形成を通して高分子物質へと至ることから,イソシアネート基対水酸基の数の比(NCO/OH比)は,ほぼ等しいことが求められ,高分子物質であるポリウレタンとしての性質を示すためには,1対1を中心として,概ね0.7~1.5の範囲とするのが通常である。

本願発明1は,ポリウレタンに係る発明であるが,本願明細書の「第1および第2の反応成分を組み合わせると,約0.75~約1.25のNCO:OH比を有する無溶剤混合物が得られる。」(段落【0026】)の記載もこれに沿うものである。また,本願明細書の実施例1及び4ないし12において用いられた第1成分(ポリイソシアネート):第2成分(ポリオール)の当量比(「第1成分(ポリイソシアネート)のイソシアネート基の数と第2成分(ポリオール)の水酸基の数の比(NCO/OH比)」に対応する。)も,約0.75~約1.25の範囲内である(なお,実施例2及び3は,本願発明1の実施態様には該当しない。)。

(イ) 審決が引用発明認定の基礎とした引用例中の「例1」に,得られた物質が「ポリウレタン」であるとの記載はない。

引用発明は,積層ガラスの中間層として有効なポリオール(層)を提供することを課題とし,その課題を解決するために,イソシアネート基対水酸基の数の比を0.2~0.6とする技術的事項を開示したものである。引用例の請求項1には「ポリオール成分と,多価イソシアネート成分とからなり,ポリオール成分を大過剰に使用してイソシアネート基対水酸基の数の比を0.2~0.6とした」と記載されており,例1を含む引用例に記載された実施例は,いずれも,イソシアネート基対水酸基の数の比が「0.2~0.6」の範囲である。そして,引用例には,「この混合物は重合した反応生成物が厳密な意味ではポリウレタンではない。それは水酸基を有する成分が大過剰であるので,どちらかといえばポリウレタン基を含むポリオールである。」(3頁右上欄10行~13行)と記載されている。

このように,引用例に記載された,多価イソシアネート成分とポリオール成分との反応生成物は,ポリオール成分を大過剰に使用したものであり,「ポリウレタン」ではなく,「ウレタン結合を含むポリオール」である。そして,このポリオールは,末端に水酸基を持ち,反応性を有する,いわば「プレポリマー」である。

(ウ) 引用例は,フランス特許出願79-22014号を優先権の主張の基礎とする日本の特願昭55-120726号の公開公報であるが,同出願は特許されていない。さらに,上記フランス特許出願の内容は,引用例の内容と概ね一致するところ,上記フランス特許出願を優先権の基礎とした欧州特許及び米国特許では,「ウレタン」の記載を含む引用例の請求項8に対応するクレームが削除されている。この経過からも,引用例の請求項8に係る発明を「ポリウレタン」と認定したことには,誤りがあるといえる。

(エ) 以上のとおり,本願発明1における「ポリウレタン」と,引用例に記載された「ポリウレタン結合を含む末端に水酸基を有するポリオール」とは,明確に異なる。

イ 相違点の認定の誤り

(ア) 前記のとおり,本願発明1は「ポリウレタン」に関する発明であるのに対し,引用発明は「ウレタン結合を有するポリオール」に関する発明である点で相違しており(以下,この相違点を「相違点3」という場合がある。),審決にはこの相違点を看過した誤りがある。

(イ) 本願発明1は,可撓性,耐久性及び耐候性を備え,光学的に透明なポリウレタン(被膜)を提供することを課題(目的)とし,耐久性及び耐候性を備えて光学的に透明なポリウレタン(被膜)を得るという作用効果を有する。これに対し,引用発明は,積層ガラスの中間層として有効なポリオール(層)を提供することを課題(目的)とするものであって,耐久性,耐候性は必要とされておらず,シリケートガラスの表面に接着性を有し,粘弾性が低くて応力吸収性がよく,温度変化に過敏でない靭性を有し,積層ガラスの破損時にもガラス破片を保持でき,防音効果の優れた接着層を得るという作用効果を有する。

引用発明においては,その課題を解決し,所期の作用効果を奏するため,得られる反応生成物は反応性の水酸基を末端に有する,ウレタン結合を有するポリオールである必要がある。これに対し,本願発明1では,特許請求の範囲に記載の構成のポリウレタンを基本的構成とすることにより,所期の課題を解決することができる。

以上のとおり,発明の課題及び作用効果に照らすならば,本願発明1と引用発明とには,相違点3があることが確認できる。

ウ 相違点1が実質的な相違点でないとした判断の誤り

審決は,相違点1は実質的な相違点ではないと判断するが,同判断には,以下のとおり誤りがある。

審決の判断は,引用発明がポリウレタンであることを前提としたものであるが,前記のとおり,引用発明は「ポリウレタン」ではなく,反応性の水酸基を末端に有する「ポリオール」であるから,その前提に誤りがある。また,引用例には,本願発明1の相違点1に係る具体的な構成「1.0×108パスカル以下の曲げ弾性率」及び「1.0×108パスカル以下の貯蔵弾性率」について,何ら記載がない。

審決は,これらの点を看過して,実質的な相違点ではないと判断したのであり,誤りである。

(2)  記載要件不備についての判断の誤り(取消事由2)

審決は,本願発明1は発明の詳細な説明に記載されたものであるとは認められず,特許法36条6項1号の規定する要件を満たしていないと判断する。しかし,以下のとおり,審決のこの判断には誤りがある。

本願発明1の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,個々の構成要件について,「構成a」,「構成b」,「構成c」などという。)。

分説事項

a 第1級脂肪族イソシアネート架橋を有し,

b また,少なくとも25重量%の第1級ポリイソシアネート架橋を有しており,

c かつ1.0×108パスカル以下の曲げ弾性率,

d 1.0×108パスカル以下の貯蔵弾性率,

e および94未満のショアA硬度を呈する

f ポリウレタンであって,

g さらにそのポリウレタンは,

h 2以下のホフマン引掻硬度試験結果,

i および1ΔE以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)の

j いずれか一方または両方の性質を呈するか,または呈しない

k ポリウレタン。

本願発明1は,構成aないし構成f及び構成kを基本的構成とし,構成gないし構成jを選択的構成とするものであり,必ずしも選択的な構成gないし構成jのすべての組合せについて実施例として記載する必要はなく,本願明細書の発明の詳細な説明(実施例を含めて)により,発明が記載されていると解されれば足りる。

本願明細書の段落【0068】及び【0071】並びに表2ないし6には,基本的な構成aないし構成fを満たす実施例1,6,13及び14が記載されており,それが本願発明1の所期の課題(ポリウレタンの可撓性,耐久性,及び耐候性)を解決していることが理解できる。また,選択的構成に関しても,実施例1は,「「2以下のホフマン引掻硬度試験結果」との性質を呈すること」(以下「要件a」という。)及び「「1△E以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)」との性質を呈すること」(以下「要件b」という。)を満足し,実施例13及び14は,要件aを満足し,本願発明1の所期の課題を解決していることが示されている。そして,当業者であれば,本願発明1の実施例1ないし18及びその説明に係る本願明細書の記載,特に表6と「実施例および表2~6に関する考察」の記載に基づき,要件bのみを満足する場合,並びに,「「2以下のホフマン引掻硬度試験結果」及び「1△E以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)」のいずれの性質も呈しないこと」(以下「要件c」という。)を満足する場合も,本願発明1の課題を解決できることが理解できる。

さらに,当業者であれば,実施例14に記載された組成を調整して,要件bのみを満足するポリウレタン及び要件cを満足するポリウレタンを製造することは容易である。

以上のとおり,本願発明1は,本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された発明であると理解,認識される。

これに対し,審決は,選択的な構成gないし構成jの全ての組合せについて実施例として記載することを必要とするとの基準に立って判断したものであり,誤りである。

2  被告の反論

(1)  新規性についての判断の誤り(取消事由1)に対して

ア 引用発明の認定の誤りに対して

原告は,引用発明は「ウレタン結合を含むポリオール」を構成とするものであり,本願発明1の「ポリウレタン」とは異なると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。

(ア) 引用例には,引用発明は,ポリウレタンを構成とする旨が明確に記載されている。「ポリ」とは,2以上の数を示す接頭語であり,分子構造中にイソシアネート基と水酸基との反応によって形成されたウレタン結合を2以上含むものであれば,ポリウレタンであるといえるから,引用発明はポリウレタンを構成とする発明である。

また,本願発明1は,ポリウレタンのNCO/OH比を特定の範囲に限定するものではない。本願明細書の段落【0026】には「第1および第2の反応成分を組み合わせると,約0.75~約1.25のNCO:OH比を有する無溶剤混合物が得られる。」と記載されているが,実施例2及び3には,上記のNCO/OH比の数値範囲を超えてイソシアネートが大過剰のもの(NCO/OH比が1.5及び1.8)が記載されている。このことから,段落【0026】の記載は,NCO/OH比が,1を中心にして1よりも小さい当量及び1よりも大きい当量のものが得られることを意味するものと解されるのであって,「約0.75~約1.25」との数値に厳密な意味があると解することは適当ではない。

(イ) 本願発明1のポリウレタンも引用発明のポリウレタンもポリウレタンエラストマーである。本願発明1のポリウレタンは,ポリウレタンエラストマーが有する一般的な物性である構成c及び構成dを有し,しかもシェアA硬度が94未満(構成e)である。引用発明もポリウレタンエラストマーであり,シェアA硬度が10より低いものであるから構成eと一致し,また,構成c及び構成dを満たしている蓋然性が高いといえる。

よって,本願発明1と引用発明は,構成a,構成b,構成e及び構成fの点で一致するものであり,構成c及び構成dの点でも一致するものと認められ,本願発明1のポリウレタンが引用発明の反応生成物とは異なるとはいえない。

(ウ) 原告は,海外における特許出願の経緯を根拠に審決に誤りがあると主張する。しかし,海外における特許出願の経緯は引用例の記載と関係するものではなく,これをもって審決の引用発明の認定が誤っているということはできない。

イ 相違点の認定の誤りに対して

引用発明は,ポリウレタンを構成とするものであるから,相違点3は存在しない。

本願発明1は,化学構造及び物理的物性によって特定されたポリウレタンに係る発明であって,その用途や性質が特定されたものではない。本願発明1は,可撓性,耐久性及び耐候性を備えたポリウレタンの提供を課題とするものであるが,これらの性質はガラスの接着層において当然に求められるものであり,課題及び作用効果が特異なものではない。したがって,本願発明1と引用発明とが,発明の課題及び作用効果の側面からも,相違点3において異なるとはいえない。

ウ 相違点1が実質的な相違点でないとした判断の誤りに対して

前記のとおり,引用発明は本願発明1と同様にポリウレタンエラストマーであり,また,シェアA硬度が10より低いものであるから,構成eと一致し,構成c及び構成dを満たしている蓋然性が高いとした審決の判断に誤りはない。

(2)  記載要件不備についての判断の誤り(取消事由2)に対して当業者は,本願明細書の表6やその他の記載からは,要件bのみを満足するポリウレタンや要件cを満たすポリウレタンを容易に得ることはできず,当業者であれば,要件b及び要件cの場合でも本願発明1の課題が解決できることが理解できるとはいえない。

本願発明1は,一定程度の耐久性,耐候性を備えている可撓性ポリウレタン材料を提供することを課題としているところ,要件cの場合には,耐久性や耐候性に対応した引掻硬度特性や変色特性が満たされないものを含むことになるから,発明の詳細な説明に記載された範囲を超えて,特許請求の範囲の記載がなされているといえる。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,本願発明1は新規性がなく,かつ,記載要件に不備があるとした審決には,誤りがあると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  認定事実

(1)  本願明細書の記載

本願明細書には,以下の記載がある。本願明細書の表6は,別紙「表6.規格試験結果」のとおりである。(甲1,11)

「【0001】発明の分野

本発明は,可撓性ポリウレタン材料に関し,より詳細には,無溶剤2成分ポリウレタンに関し,更により詳細には,透明でありかつ改良された可撓性,耐久性,および耐候性を呈するそのようなポリウレタンに関する。また,本発明には,トップコートとしてポリウレタンを利用した物品およびそのようなポリウレタントップコートの作製方法が包含される。

【0002】発明の背景

装飾用品では,多くの場合,ベース基材および該基材上に位置する任意の表示または装飾構造体を被覆または保護するためにポリウレタントップコートが利用される。」

「【0007】可撓性,耐久性,および耐候性を備えたポリウレタンを提供する必要がある。更に,そのようなポリウレタンは,実質的な量のガスを発生させることなく種々の基材に適切できるものでなければならない。こうした特筆すべき性質を備えた好適なポリウレタンは,内装用途および/または外装用途のいずれにおいても種々の基材上の保護コーティングとして使用するのに好適であろう。

【0008】発明の概要

本発明は,2成分ポリウレタン,該ポリウレタンを利用した物品,および該ポリウレタンの製造方法を提供する。硬化させたポリウレタンは,可撓性,耐久性,および耐候性を備えている。光学的に透明なポリウレタンは,種々の基材上で保護コーティングとして使用するのに好適である。

【0009】本発明のポリウレタンは,第1級脂肪族イソシアネート架橋を有する。ポリウレタンは,2つの反応成分の反応生成物である。第1の反応成分には,1種以上のポリオールが含まれる。・・・

【0010】第2の成分には,第1級脂肪族ポリイソシアネート架橋剤が含まれる。この特筆すべきポリイソシアネートは,好ましくは,第2の成分中に存在している全イソシアネートの少なくとも約50重量%を占める。第1および第2の成分を組み合わせると無溶剤混合物が形成され,この無溶剤混合物は,次に,所望の基材上に適用して硬化させることが可能である。・・・

【0011】硬化した光学的に透明なポリウレタンは,可撓性,耐久性,および耐候性を備えている。ポリウレタンの可撓性は,ショアA硬度試験,曲げ弾性率試験,および貯蔵弾性率試験を介して実証される。ポリウレタンは,94未満のショア硬度,1.0×108パスカル以下の貯蔵弾性率,および1.0×108パスカル以下の曲げ弾性率を有する。

【0012】本発明品の耐久性および耐候性は,ホフマン引掻抵抗試験や熱老化試験などの試験を介して実証される。本発明のポリウレタンは,ホフマン引掻硬度試験の結果が2以下である表面を有する。更に,このポリウレタンは,熱老化試験にかけた場合,1以下のカラーシフト値を呈する。」

「【0015】好ましい実施形態の詳細な説明」

「【0026】第1および第2の反応成分を組み合わせると,約0.75~約1.25のNCO:OH比を有する無溶剤混合物が得られる。」

(2)  引用例の記載

引用例は発明の名称を「ガラス接着層,および積層ガラス,その製法」とする発明に係る公開特許公報であるが,引用例には以下の記載がある(甲12)。

「1. ポリオール成分と,多価イソシアネート成分とからなり,ポリオール成分を大過剰に使用してイソシアネート基対水酸基の数の比を0.2~0.6としたことを特徴とする,積層ガラスの中間層に使用する接着層。」(特許請求の範囲,第1項)

「4. イソシアネート成分が,・・・または3個以上のイソシアネート基を有するビウレット,またはイソシアヌレートからなる,特許請求の範囲第1ないし4項のいずれかに記載の接着層。」(特許請求の範囲,第4項)

「8. 1枚以上のガラス板と,1枚以上のポリカーボネート板とをポリウレタンからなる層によって相互に組合せた積層ガラス,特に防犯ガラスすなわち保護ガラスであって,接着層が多価イソシアネート成分とポリオール成分とから形成したポリウレタンであって,ポリオール成分を大過剰に使用してイソシアネート基対水酸基の数の比を0.2~0.6とし,この接着層の厚みを1.5mm以上とした,シヨア硬度が20より低いことを特徴とする,積層ガラス。」(特許請求の範囲,第8項)

「3. 発明の詳細な説明

本発明は積層ガラスの接着中間層として使用する新規なプラスチック材料層,およびこの接着層を含む積層ガラス,その製法に関する。」(2頁左下欄6行ないし9行)

「本発明の中間層はポリオール成分と,多価イソシアネート成分との注型可能な混合物からなり,ポリオール成分を大過剰に使用して混合物中のイソシアネート基対水酸基の数の比を0.2~0.6とする。

この混合物は重合した反応生成物が厳密な意味ではポリウレタンではない。それは水酸基を有する成分が大過剰であるので,どちらかといえばポリウレタン基を含むポリオールである。」(3頁右上欄5行ないし13行)

「例1

次の成分を減圧して気泡の形成を防ぎながら混合した。

ポリエーテルポリオール1850g・・・

ジブチルすずジラウレート0.19g

1  6-ヘキサメチレンジイソシアネートのビウレット716g・・・

得た混合物は注型に適しており,厚み8mmのガラス板上に厚み4mmの層とした。この接着層上に厚み4mmのガラス板を載せた。温度313°K(40℃)に3.5h加熱して硬化させた。硬化前にこの層は水平位置から流去ることがなかった。完全に固化する前に接着層はイソシアネート基対水酸基の数の比が約30%であった。シヨア硬度は10より低かった。接着層の弾性および塑性変形は温度256~353°K(-15~+80°C)において変化しなかった。」(4頁左上欄5行ないし右上欄7行)

2  新規性についての判断の誤り(取消事由1)について

(1)  引用発明の認定の誤りについて

ア 引用例には,ポリオール成分と,多価イソシアネート成分とからなる積層ガラスの中間層に使用する接着層の発明が開示されており,引用例の例1の記載から,引用発明は,ポリオール成分であるポリエーテルポリオール1850gと多価イソシアネート成分である1,6-ヘキサメチレンジイソシアネートのビウレット716gからなる接着層に係る発明であり,イソシアネート基対水酸基の数の比(NCO/OH比)は約0.3であると認められる。

化学大辞典(甲14)によると,「ポリウレタン」は,主鎖中にウレタン結合-NHCOO-を持つ高分子物質の総称である。そして,引用発明における反応生成物は,ポリオール成分であるポリエーテルポリオールと多価イソシアネート成分である1,6-ヘキサメチレンジイソシアネートを反応させてなる高分子物質であり,両成分がポリウレタン結合-NHCOO-で結合しており,上記の定義による「ポリウレタン」に該当する。したがって,審決が引用発明における反応生成物を「ポリウレタン」と認定したことに誤りはない。

イ 原告は,ポリウレタンは,イソシアネート基対水酸基の数の比(NCO/OH比)がほぼ等しいことが求められ,1対1を中心として,概ね0.7~1.5の範囲とするのが通常であること,本願発明1の「ポリウレタン」もNCO/OH比が約0.75~約1.25の範囲内のものであること,引用例の「この混合物は重合した反応生成物が厳密な意味ではポリウレタンではない。それは水酸基を有する成分が大過剰であるので,どちらかといえばポリウレタン基を含むポリオールである。」との記載及び引用例に係る特許出願や海外の特許出願の経緯から,引用例に記載されているのは,「ポリウレタン」ではなく「ウレタン結合を含むポリオール」であると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。

(ア) ポリウレタンのNCO/OH比は,過不足なく全てウレタン結合を形成させるためには1対1とするが,要求される最終特性に依存して1以下(例えば0.7)とする場合も1以上(例えば1.5)とする場合もあると認められ(甲13,16),その数値が0.3である場合はポリウレタンには該当しないと認めるに足りる証拠はない。

(イ) 本願発明1に係る特許請求の範囲には,ポリウレタンの成分に関して,「第1級脂肪族イソシアネート架橋を有し,また,少なくとも25重量%の第1級ポリイソシアネート架橋を有しており」とのみ記載され,NCO/OH比に関する限定はない。

本願明細書によれば,「第1および第2の反応成分を組み合わせると,約0.75~約1.25のNCO:OH比を有する無溶剤混合物が得られる。」と記載されている(段落【0026】)。また,実施例1及び4ないし12のNCO/OH比は1~1.15(当事者間に争いがない。)であり,段落【0026】の範囲に含まれる(なお,実施例2及び実施例3のポリウレタンは,「第1級脂肪族イソシアネート架橋を有し,また,少なくとも25重量%の第1級ポリイソシアネート架橋を有しており」との要件を充足しないので,これらの実施例を除外したものである。また,実施例1及び4ないし12のうち,本願明細書の表6から本願発明1の構成の全てを充足していることが確認できるのは,実施例1のみである。)。

しかし,これらのNCO/OH比は,イソシアネート類の種類や量等の条件を変えることにより,本願発明1における可撓性,耐久性及び耐候性を備えたポリウレタンを生成しようとしたところ,上記の「約0.75~約1.25」や「1~1.15」のNCO/OH比が得られたとの趣旨と理解することができ,「ポリウレタン」がこれらのNCO/OH比を有するものに限られる根拠とはならないというべきである。その他,本願明細書の発明の詳細な説明中に,「ポリウレタン」を定義する記載もない。

以上によると,本願明細書の記載から,NCO/OH比が0.3となる場合にはポリウレタンには該当しないと断定することはできない。

(ウ) 引用例には,「この混合物は重合した反応生成物が厳密な意味ではポリウレタンではない。それは水酸基を有する成分が大過剰であるので,どちらかといえばポリウレタン基を含むポリオールである。」との記載があるが,同記載部分は,引用例に記載の反応生成物が厳密な意味ではポリウレタンではないことを記載したものであって,一般的な意味でポリウレタンに該当することを否定したものと解することはできない。

(エ) さらに,引用例に係る特許出願や海外の特許出願が原告主張のような経緯であったとしても,その理由は不明であり,これをもって,引用発明の「ポリウレタン」の認定が誤っているということはできない。

(2)  相違点の認定の誤りについて

ア 前記のとおり,引用発明は,「ポリウレタン」に関する発明であるといえる。したがって,本願発明1は「ポリウレタン」に関する発明であるのに対し,引用発明は「ウレタン結合を有するポリオール」に関する発明である点で相違するとの原告の主張は,失当である。

さらに,前記のとおり,本願明細書の段落【0026】には,「第1および第2の反応成分を組み合わせると,約0.75~約1.25のNCO:OH比を有する無溶剤混合物が得られる。」との記載があり,実施例1及び4ないし12のNCO/OH比は1~1.15であって,上記数値の範囲に含まれるが,本願発明1に係る特許請求の範囲には,NCO/OH比に関する限定はないこと,本願明細書の段落【0026】は,「好ましい実施形態の詳細な説明」としての記載であること,本願発明1のポリウレタンは実施例に限定されるものではないことからすると,本願発明1のポリウレタンはNCO/OH比が「約0.75~約1.25」のものに限定されると解することもできない。したがって,本願発明1と引用発明とが,ポリウレタンのNCO/OH比の点で相違するということもできない。

イ 原告は,発明の課題及び作用効果に照らすならば,本願発明1と引用発明とには,相違点3が存在すると認定されるべきであると主張する。

しかし,原告の主張は,本願発明1は「ポリウレタン」に関する発明であるのに対し,引用発明は「ウレタン結合を有するポリオール」に関する発明である点で相違していることを前提とする主張であって,その前提が失当である以上,採用の限りでない。

ウ 以上のとおり,審決に相違点の認定の誤りはない。

(3)  相違点1が実質的な相違点でないとした判断の誤りについて

審決は,①引用発明のポリウレタンは,ショア硬度が10より低いものであるから,技術常識から,本願発明1におけるポリウレタンの性質である「94未満のショアA硬度」の要件(構成e)と重複一致し,また,②引用発明のポリウレタンは,ショア硬度が十分に低い(つまり,軟らかい)ことから,本願発明1の構成c及び構成dを満たす蓋然性が高いと解され,相違点1は実質的な相違点ではないと判断する。

しかし,以下のとおり,審決の実質的な相違点でないとした判断には誤りがある。

ポリウレタンには,「ショア10Aから90D」までの硬度(硬さ)があるとされている(乙1)。他方,前記のとおり,引用発明のポリウレタンは,「シヨア硬度が10より低い」と記載されているが,同記載における「シヨア硬度」が「ショアA硬度」を指すか否か,「シヨア硬度10」がどの程度の硬度であるか明確でない。

したがって,引用発明のポリウレタンが「シヨア硬度が10より低い」と記載されていることのみから,本願発明1におけるポリウレタンの性質である「94未満のショアA硬度」の要件と重複一致し,また,本願発明1の構成c及びdを満たす蓋然性が高く,相違点1は実質的な相違点でないと判断したことには,誤りがあるというべきである。

(4)  小括

以上のとおり,引用発明のポリウレタンが,本願発明1の構成eと一致し,また,構成c及び構成dを満たす蓋然性が高く,相違点1が実質的な相違点でないとした審決の判断には,十分な根拠がなく,是認することができない。

3  記載要件不備についての判断の誤り(取消事由2)について

本願発明1の構成要件を再載すると,次のとおりである。

「a 第1級脂肪族イソシアネート架橋を有し,

b また,少なくとも25重量%の第1級ポリイソシアネート架橋を有しており,

c かつ1.0×108パスカル以下の曲げ弾性率,

d 1.0×108パスカル以下の貯蔵弾性率,

e および94未満のショアA硬度を呈する

f ポリウレタンであって,

g さらにそのポリウレタンは,

h 2以下のホフマン引掻硬度試験結果,

i および1ΔE以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)の

j いずれか一方または両方の性質を呈するか,または呈しない

k ポリウレタン。」

しかるに,審決は,以下のとおり判断する。すなわち,特許請求の範囲の記載において,本願発明1におけるポリウレタンは,「構成gないし構成k」の部分に係る「要件a及び/又は要件b」,あるいは,「要件c」を満たすことが必要であるところ,本願明細書の発明の詳細な説明には,「要件a及び要件b」を満足する具体例,並びに「要件a」を満足する具体例の記載はあるが,「要件bのみ」及び「要件c」を満足する具体例の記載がなく,当業者が,本願明細書の記載に基づいて,「要件bのみ」及び「要件c」を満足するポリウレタンがその発明の課題を解決できると認識できるとは認められないから,特許法36条6項1号を充足しないと判断した。

しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。

本願発明1に係る特許請求の範囲の記載は,「構成aないし構成f」と「構成gないし構成k」からなる。このうち「構成gないし構成k」の部分は,「2以下のホフマン引掻硬度試験結果,および1ΔE以内のカラーシフト(熱老化試験ASTM D2244-79に準拠)のいずれか一方または両方の性質を呈するか,または呈しない」と記載されており,その記載振りからも明らかなように,同記載部分は,発明の専有権の範囲を限定する何らの文言を含むものではないので,格別の意味を有するものではない。

「構成gないし構成k」の部分は,限定的な意味を有するものではないことから,本願発明1の技術的範囲は,「構成aないし構成f」の記載によって限定される範囲であると合理的に解釈される。そして,本願明細書の段落【0049】【0050】【0059】ないし【0061】並びに表3,表5及び表6には,本願発明1の構成aないし構成fを充足する実施例1,13及び14が記載されていると理解される。

以上のとおりであるから,本願発明1については,本願明細書の発明の詳細な説明において,「構成gないし構成k」の部分に係る「要件bのみ」及び「要件c」を満足する具体例を記載開示しなかったことが,少なくとも,特許法36条6項1号の規定に反すると評価することはできない。

したがって,「要件bのみ」及び「要件c」を満足する具体例の記載がないことを理由として,特許法36条6項1号の要件を充足しないとした審決の判断には,誤りがある。

4  結論

以上によると,原告主張の取消事由は理由があり,審決にはその結論に影響を及ぼす誤りがある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

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