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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10305号 判決 2013年7月31日

原告

株式会社アマダ

訴訟代理人弁護士

高橋元弘

末吉亙

訴訟代理人弁理士

豊岡静男

廣瀬文雄

被告

三菱電機株式会社

訴訟代理人弁護士

近藤惠嗣

重入正希

前田将貴

訴訟代理人弁理士

加藤恒

小川文男

中根孝之

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2012-800011号事件について平成24年7月19日にした審決を取り消す。

第2前提事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「レーザ加工方法,被レーザ加工物の生産方法,およびレーザ加工装置,並びに,レーザ加工または被レーザ加工物の生産方法をコンピュータに実行させるプログラムを格納したコンピュータが読取可能な記録媒体」とする特許第3512634号(平成10年5月11日出願,平成16年1月16日設定登録。請求項の数は9である。以下「本件特許」といい,その明細書(甲12)を「本件明細書」という。)の特許権者である。

原告は,平成24年2月15日,特許庁に対し,本件特許の請求項3及び9を無効にするとの無効審判を請求した(無効2012-800011号)。

特許庁は,平成24年7月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を同月27日原告に送達した。

2  特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲12。以下,請求項3の発明を「本件発明1」といい,請求項9の発明を「本件発明2」といい,これらを併せて「本件発明」という。)。

「【請求項3】被覆材を表面に設けた被加工物を,アシストガスを用いたレーザ光により加工するにあたり,最終加工とは異なる加工条件により最終加工軌跡上の被覆材を除去する第1加工工程と,被覆材を除去した被加工物の所定経路上にレーザ光を照射し,加工を行う第2加工工程とを含むレーザ加工方法において,

最終加工軌跡上における加工開始部位または/および加工終了部位を前記第1加工工程による被覆材の除去範囲としたことを特徴とするレーザ加工方法。」

「【請求項9】前記請求項1~5のいずれか一つに記載されたレーザ加工方法,または,前記請求項6に記載された被レーザ加工物の生産方法を,コンピュータに実行させるプログラムを格納したことを特徴とするコンピュータが読取可能な記録媒体。」

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,要するに,本件発明は,特開平7-241688号公報(甲1。以下「甲1公報」という。)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず,本件特許を無効とすることはできないというものである。

(2)  審決が認定した甲1発明の内容,同発明と本件発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 甲1発明の内容

「保護シート5を表面に貼付したワーク4を,アシストガス300を用いたレーザビーム100により加工するにあたり,切断加工とは異なる加工条件により切断加工経路102上の保護シート5を焼付ける工程と,保護シート5を焼付けたワーク4の切断加工経路102上にレーザビーム100を照射し,加工を行う切断加工工程とを含むレーザ加工方法において,

切断加工経路102上に沿った焼付け面101を前記焼付工程による保護シート5の焼付け範囲としたレーザ加工方法。」

イ 一致点

「被覆材を表面に設けた被加工物を,アシストガスを用いたレーザ光により加工するにあたり,最終加工とは異なる加工条件により最終加工軌跡上の被覆材を処理する第1加工工程と,被覆材を処理した被加工物の所定経路上にレーザ光を照射し,加工を行う第2加工工程とを含むレーザ加工方法において,

最終加工軌跡上における加工部位を前記第1加工工程による被覆材の処理範囲としたレーザ加工方法。」

ウ 相違点

(ア) 相違点1

被覆材を「処理する」第1加工工程が,本件発明1では「除去する」工程であるのに対し,甲1発明では「焼付ける」工程である点。

(イ) 相違点2

「第1加工工程による被覆材の処理範囲」が,本件発明1では「最終加工軌跡上における加工開始部位または/および加工終了部位」のみであるのに対し,甲1発明では「最終加工軌跡上に沿った焼付面」すなわち,加工部位全体である点。

第3原告主張の取消事由

審決には,本件発明1についての相違点1の判断の誤り(取消事由1),本件発明1についての相違点2の判断の誤り(取消事由2)及び本件発明2についての判断の誤り(取消事由3)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきである。

1  取消事由1(本件発明1についての相違点1の判断の誤り)

(1)  審決は,甲1発明における被覆材は被加工物を保護するため,被覆材を被加工物上に「残すこと」を目的とするものであるのに対し,特開昭63-33191号公報(甲2。以下「甲2公報」という。)及び特開昭60-174289号公報(甲3。以下「甲3公報」という。)によって認められる周知技術は,被覆材が被加工物上に溶着することがないように,最終加工軌跡上の被覆材を除去するものであるから,両者は相容れないものであり,甲1発明の「焼付ける」工程を「除去する」工程とする相違点1を容易とすることはできないと判断している。

(2)  しかし,甲1発明において保護シートを「焼付ける」工程を採用しているのは,保護シートの剥離を防止するためであるが,保護シートが剥離するのは,保護シートとワークとの間にアシストガスが流入するためであるから,保護シートを「焼付ける」工程を設ける代わりに,アシストガスが流入する範囲の保護シートを「除去する」工程を設けてもよいのは自明である。このことは,特開平2-295688号公報(甲6。以下「甲6公報」という。)に,母材の切断と同時ではあるが,保護シートを溶解蒸発させて除去することにより,保護シートの剥離を防止することが記載されていることからも明らかである(2頁左下欄7行~17行)。

そして,甲2公報及び甲3公報の記載によれば,被覆材を表面に設けた被加工物を,レーザ光により加工するにあたり,被覆材を剥離することなく,かつ,被加工物を損傷することなくレーザ加工することを目的として,弱い出力のレーザにより被覆材のみを除去する第1工程と,強い出力のレーザ光により被覆材が除去された部分の被加工物を切断する第2工程とを含むレーザ加工方法は周知技術である。そして,甲1発明と上記周知技術とは,被覆材の被覆された被加工物のレーザ加工という同一の技術分野に属し,また,被覆材の被覆された被加工物のレーザ加工において,被覆材を剥がさずにレーザ切断加工を行うことを可能にするという共通の課題を有するものである。そうすると,甲1発明において,保護シートを「焼付ける」工程を設ける代わりに,アシストガスが流入する範囲の保護シートを「除去する」工程を設けることは,当業者が適宜選択できる設計的事項にすぎないものである。

(3)  また,甲2公報及び甲3公報の記載によれば,被覆材を表面に設けた被加工物に対して,被覆材を残したままレーザ光により加工すると,被覆材が被加工物に溶着して損傷することは周知である。そして,甲1発明においても,被覆材を残したままレーザ光により加工すると,被覆材が被加工物に溶着して損傷するという課題を有しているといえる(甲1の【0011】)。そうすると,当該課題を解決するために,甲1発明に甲2公報及び甲3公報に記載された上記周知技術を適用する動機付けはあり,かつ,保護シートの剥離を防止できることは同様であって適用の阻害要因もないから,甲1発明に上記周知技術を適用して,甲1発明の「焼付ける」工程を本件発明1の「除去する」工程にすることに格別の困難性は存在しない。

(4)  以上のとおり,甲1発明において,被覆材を「処理する」第1加工工程としての「焼付ける」工程に代えて,従来周知の技術である「除去する」工程とすることは,単なる設計的事項あるいは当業者が容易に想到できたものであるから,審決の判断は誤りである。

2  取消事由2(本件発明1についての相違点2の判断の誤り)

(1)ア  審決は,原告が周知であると主張した「被覆材が被覆された被加工物をレーザ加工するにあたり,被覆材の剥離を防止するため,ピアシング時だけ被覆材の剥離が生じないように特別の工夫をして被加工物を穿設し,ピアシング後の切断時には,被覆材に何らの措置も施すことなく通常の被加工物の切断作業を行うこと」が周知であるとは認められないとして,相違点2を容易とすることはできないと判断している。

イ  しかし,特開平2-284780号公報(甲4。以下「甲4公報」という。)及び特開平9-192871号公報(甲5。以下「甲5公報」という。)に記載されているように,被覆材が被覆された被加工物をレーザ加工するにあたり,被覆材の剥離を防止するため,ピアシング時には,アシストガスを排出しやすくしたり,あるいは被覆材を母材に押しつけたりして,被覆材の剥離が生じない工夫をするとともに,ピアシング後の切断時には,アシストガスが切断溝から下方に排出されることから,通常の切断作業を行うようにすることは,従来周知であったのであり,特開平7-100683号公報(甲13。以下「甲13公報」という。)の記載からも,被覆材が被覆された被加工物をレーザ加工するにあたり,被覆材の剥離を防止するため,ピアシング時だけ被覆材の剥離が生じないように特別の工夫をして被加工物を穿設し,ピアシング後の切断時には,ピアシング時に行う特別の工夫を行わない切断作業を行うことは周知である。

したがって,審決の周知技術の認定は誤りである。

ウ  また,審決は何ら判断していないが,甲4公報,甲5公報及び甲6公報に記載されているように,被覆材が被覆された被加工物をレーザ加工する際,被覆材と母材との間にアシストガスが侵入して被覆材が剥離を起こし,切断加工に支障をきたすこと,特に,切断開始点における穿孔作業であるピアシング時において被覆材の剥離が顕著であることは,従来周知であった。また,甲5公報及び甲6公報に記載されているように,被覆材が被覆された被加工物をレーザ加工する際,被覆材の剥離を防止するため,まず,レーザビームをデフォーカスさせた状態で切断経路上の被覆材を溶融させ,その後,レーザビームの焦点を合わせた状態で再度同じ経路をピアシング及び切断することが行われていたこと,及び,この場合には,加工時間が2倍近く必要になるという問題があることは,従来周知であった。

エ  以上の点を踏まえれば,以下のとおり,相違点2は容易想到である。

(ア) 甲5公報及び甲6公報に記載された上記の周知な課題からすれば,甲1発明のように,被覆材の前処理を行い,その後,レーザビームの焦点を合わせた状態で再度同じ経路をピアシング及び切断する場合には,加工時間が2倍近く必要になるという課題が認識できる。そして,切断開始点における穿孔作業であるピアシング時において被覆材の剥離が顕著であり,また,被覆材が被覆された被加工物をレーザ加工するにあたり,被覆材の剥離を防止するため,ピアシング時だけ被覆材の剥離が生じないように特別の工夫をして被加工物を穿設し,ピアシング後の切断時には,被覆材に当該特別の工夫もすることなく被加工物の切断作業を行うことも,甲4公報,甲5公報及び甲13公報に記載されているように,レーザ加工方法において従来周知である。そうすると,当業者であれば,甲1発明に潜在する周知の問題を認識した場合には,その問題の解決のために甲4公報,甲5公報及び甲13公報に記載されたレーザ加工方法における周知技術の適用に想到するはずである。したがって,甲1発明に上記周知技術を適用する動機付けは十分に存在する。

そして,上記周知技術における特別の工夫とは,ピアシング時に被覆材の剥離が生じないようにするための工夫であり,甲1発明は,保護シートがアシストガスによって剥離することなく,レーザ切断加工を行うことができるようにするために,ワークにあらかじめ保護シートの焼付けを施すものであって,相違点2では,「第1加工工程による被覆材の処理」とされているものである。よって,甲1発明に上記周知技術を適用すると,甲1発明において第1加工工程による被覆材の処理範囲を最終加工軌跡上におけるすべての加工部位としているものを,最終加工軌跡上におけるピアシング位置,すなわち加工開始部位とするという相違点2の構成となることは明らかである。

(イ) また,本件発明1は,レーザ切断中は,アシストガスの通気性が良くなり,被覆材の膨張や剥離が生じにくくなること,被覆材の接合度や被覆材の厚さが一定程度あれば,レーザ切断中は,被覆材を除去しなくても剥離が生じないことを見いだし,加工開始部位または/および加工終了部位を被覆材の除去範囲としたものと解されるところ,甲4公報,甲5公報,甲6公報及び甲13公報によれば,加工開始部位においては,アシストガスによる被覆材の剥離が生じやすく,切断作業時には,ピアスや切断スリットからアシストガスが流れるので剥離は生じにくいとの知見は周知である。また,被覆材の接合度や被覆材の厚さが被覆材の剥離に関連することは自明であるから,これらが一定程度あればレーザ切断中には剥離が生じないことも当業者であれば当然に想到することであり,実際,甲4公報には,ピアスや切断スリットからアシストガスが流れるので,切断作業時に剥離は生じないことが明示されている。

上記のとおり,本件発明1の発想は,従来周知の事項から自明であるか,少なくとも公知のものであり,発想さえあれば,本件発明1は甲1発明から容易に想到できるものであるから,本件発明1に進歩性があると考える余地はない。

(2)ア  審決は,特開平9-47888号公報(甲7。以下「甲7公報」という。)に記載された事項(以下「甲7事項」という。)を,「所定の塗装厚の合成樹脂塗料からなる弊害物が表面に付着した被加工材に対し,レーザ光を照射すると共にアシストガスを噴射して加工するにあたり,ピアシングとは異なる加工条件によりピアシング位置上の弊害物を除去する弊害物除去工程と,レーザ光を照射しピアシングを行う穿孔工程と,集光レンズ位置を設定し切断を行う切断工程を行うレーザ加工方法において,ピアシング位置を弊害物の除去範囲としたレーザ加工方法」(審決29頁5行~11行)と認定した上,甲7事項の「所定の塗装厚の合成樹脂塗料からなる弊害物」は,本来は被加工物上に残すことは効率の良い穿孔の支障となるものであって,本件発明1及び甲1発明と技術的思想を異にする甲7事項は,弊害物除去工程,穿孔工程,切断工程の3工程からなり,「第1加工工程」,「第2加工工程」の2工程からなる甲1発明とは前提を異にするから置き換える動機がないと判断している。

しかし,甲7公報では塗料を弊害物と称しているが,レーザ光が照射される箇所にある塗料は弊害物といえるとしても,それ以外の箇所にある塗料は被加工物を保護するものであって,甲1発明の保護シートと変わるところはない(甲7の【0009】)。

また,審決は,甲1発明は被覆材を被加工物上に残すことを目的とするものであることを前提として判断しているが,甲1発明においても,レーザ加工によって,切断加工幅より少し広い幅の保護シートは熔けてなくなり,それ以外の保護シートがワーク上に残るのであり,残っている保護シートや塗料等が被加工材の表面を保護している点に変わりはない。

さらに,甲1発明は焼付けているのに対し,甲7事項は除去している点で異なるとしても,焼付けか除去かについては相違点1で判断される事項であり,被覆材の剥離防止のためには,焼付けても除去してもよいから,相違点1は容易である。相違点2は,「第1加工工程による被覆材の処理範囲」について,加工開始部位または/および加工終了部位のみか,加工部位全体であるかであり,相違点1が容易であると判断される以上,甲1発明の「第1加工工程による被覆材の処理」として,焼付けを除去に置き換えたもので,相違点2を判断をすることに何ら問題はないというべきである。

さらに,甲1発明の「第2加工工程」はピアシング加工と切断加工からなるものであるから,2工程からなる甲1発明と前提を異にするとの審決の認定は誤りである。

イ  また,本件明細書には,表面が低融点物質で被覆されている被加工物にレーザ加工を施す場合,加工中に低融点物質が加工範囲に侵入し,加工品質に欠陥が生じることを防止することが課題として挙げられており,本件発明の従来例として挙げられた特開平7-236984号公報(甲15)には,表面に被覆されている低融点物質としてコーティング材,酸化膜,錆が例示されている。

これに対して,甲7公報に記載されているのは,錆やマーキングあるいは塗料等の弊害物であるから,上記例示と同様のものである。したがって,本件発明1の被覆材は,甲7事項の錆やマーキングあるいは塗料等の弊害物と甲1発明のシートの両者を含むものであるから,本件発明1の進歩性の判断において,両者は互いに関連のあるものであることは明らかであり,塗料等の弊害物に関する甲7公報に記載された公知技術を,甲1発明のような被覆材の剥離に適用して本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものである。

(3)  以上のとおり,相違点2は,甲1発明に甲4公報若しくは甲7公報に記載された公知技術,又は,甲1発明に甲4公報,甲5公報,甲6公報及び甲13公報に記載された周知技術を適用して,当業者が容易に想到し得るものであるから,審決の判断は誤りである。

3  取消事由3(本件発明2についての判断の誤り)

上記1,2のとおり,本件発明1と甲1発明の相違点1及び相違点2についての審決の判断は誤りであり,相違点1及び相違点2は容易想到である。したがって,本件発明2も容易に想到することができたものであるから,審決の判断は誤りである。

第4被告の反論

1  取消事由1(本件発明1についての相違点1の判断の誤り)に対し

甲1発明と甲2公報及び甲3公報に記載された発明とでは,保護シート(保護材,被膜)がワーク(母材)に焼付くことに対する評価が正反対である。すなわち,甲1発明では焼付けることを積極的に目的としているのに対して,甲2公報及び甲3公報に記載された発明ではそれを避けるために除去を行っている。したがって,甲1発明における焼付けに代えて甲2公報及び甲3公報に記載された除去を用いることには全く動機がなく,明白な阻害事由がある。

原告は,「保護シートを焼付ける工程を設ける代わりに,アシストガスが流入する範囲の保護シートを除去する工程を設けてもよいことは自明である。」と主張し,その理由として,「保護シートを焼付ける工程を採用しているのは,保護シートの剥離を防止するためであるが,保護シートが剥離するのは,保護シートとワークとの間にアシストガスが流入するためであるから」と主張している。しかし,甲2公報及び甲3公報には,切断加工工程において保護シートとワークとの間にアシストガスが流入することによって保護材(被膜)が剥離することなどが述べられていない。甲2公報及び甲3公報では,保護材(被膜)が母材に焼付くことを防止するために,切断加工前に保護材を剥離しておくことが述べられており,その場合の剥離に代わる手段として,甲2公報及び甲3公報では保護材(被膜)の除去工程を設けることが記載されている。除去工程によって,母材に焼付く保護材(被膜)がなくなることが除去工程の効果であり,甲2公報にも,甲3公報にも,切断加工工程において保護材(被膜)が剥離するか否かについての記載は一切ない。原告の主張は典型的な後知恵である。

以上のとおりであるから,取消事由1は成り立たない。

2  取消事由2(本件発明1についての相違点2の判断の誤り)に対し

(1)  相違点2の容易想到性に係る原告の主張は,「ピアシング時だけ被覆材の剥離が生じないように特別の工夫をして被加工物を穿設し,ピアシング後の切断時には,被覆材に当該特別の工夫もすることなく被加工物の切断作業を行うこと」という周知事項の存在を前提としている。しかし,かかる周知事項は認められない。したがって,審決の判断は正当であり,取消事由2は成り立たない。

(2)  甲7事項に係る原告の主張は,要するに,(ア)本件発明1の被覆材と甲7事項の弊害物とは異ならない,(イ)甲7事項の弊害物除去工程は本件発明1の第1加工工程に対応し,甲7事項の穿孔工程と切断工程は本件発明1の第2加工工程に対応するから,「甲1発明の『被覆材』を甲7事項の『所定の塗装厚の合成樹脂塗料からなる弊害物』に置き換えることは,動機がない。」という審決の認定は誤りであるという点にある。しかし,以下に述べるとおり,審決の認定は,結論において誤っていない。

まず,審決が「甲7事項は,・・・3工程からなり,・・・2工程からなる甲1発明と,前提を異にする」と述べた部分に表現上の不適切さが存在することは否めない。また,審決が「甲1発明の『被覆材』を甲7事項の『所定の塗装厚の合成樹脂塗料からなる弊害物』に置き換えることは,動機がない。」と述べている点も的外れの感を否めない。なぜなら,審決が判断した争点は,「甲1発明の『被覆材』を甲7事項の『所定の塗装厚の合成樹脂塗料からなる弊害物』に置き換えること」ではなく,「甲1発明の『被覆材除去工程』(切断加工軌跡全体に及ぶ)を甲7事項の『弊害物除去工程』(ピアス加工前のみ)に置き換えること」の容易性であったからである。

しかし,審決の理由を全体として理解すれば,審決が「甲1発明の『被覆材除去工程』(切断加工軌跡全体に及ぶ)を甲7事項の『弊害物除去工程』(ピアス加工前のみ)に置き換えること」の容易性を判断したことは明らかであり,以下のとおり,その動機がないと判断した結論には誤りがない。

まず,甲1発明の目的は,保護シートの剥離防止にあるのに対して,甲7事項の目的は,「錆やマーキング或いは塗装等の弊害物が形成された被加工材に於いては,該弊害物によって照射したレーザ光が吸収或いは反射されてしまい,その結果被加工材へのレーザエネルギーが低下することにより穿孔に時間がかかるといった問題」や,「被加工材表面に施された塗料などが蒸発或いは燃焼することによって発生したガスや燃焼生成物質がアシストガスに作用してアシストガスの純度を低下させ,ピアシングに時間がかかるといった問題」を解決することにあり(【0007】,【0008】),両者は目的を異にする。したがって,一方の解決手段が他方の解決手段にもなるという関係にはない。すなわち,保護シートの剥離防止に有効な手段が弊害物によるピアシング時間の長時間化の防止にも役立つという技術常識は存在しないし,反対に,弊害物によるピアシング時間の長時間化の防止に有効な手段が保護シートの剥離防止に役立つという技術常識も存在しない。

次に,穿孔工程に先立って穿孔加工点付近の弊害物除去工程を行い,切断工程に先立っては弊害物除去工程を行わないという甲7事項の構成を甲1発明に適用する動機はない。

すなわち,甲7事項が解決課題として挙げている,「錆やマーキング或いは塗装等の弊害物が形成された被加工材に於いては,該弊害物によって照射したレーザ光が吸収或いは反射されてしまい,その結果被加工材へのレーザエネルギーが低下することにより穿孔に時間がかかるといった問題」や,「被加工材表面に施された塗料などが蒸発或いは燃焼することによって発生したガスや燃焼生成物質がアシストガスに作用してアシストガスの純度を低下させ,ピアシングに時間がかかるといった問題」はピアシング時に特有な問題であり,切断時には大きな問題とはならないというのが,甲7事項における前提である。

他方,甲1発明の目的である保護シートの剥離防止という課題は,ピアシング時のみに存在するものではない。そして,甲1発明では,保護シートの焼付処理を切断加工軌跡全体に沿って行っている。したがって,仮に,甲1発明に接した当業者が甲7事項にも接したとしても,ピアス穴付近のみで保護シートの焼付処理を行えば,そのまま切断加工を行っても保護シートの剥離が生じることはないとの効果を予測することはあり得ない。したがって,甲1発明に甲7事項を適用するという動機は全く存在しない。

(3)  以上のとおりであるから,取消事由2は成り立たない。

3  取消事由3(本件発明2についての判断の誤り)に対し

取消事由3は取消事由2が成り立つことを前提とするものであるところ,取消事由2が成り立たないことは前記のとおりである。したがって,取消事由3も成り立たない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件発明1についての相違点1の判断の誤り)について

(1)ア  本件発明1と甲1発明とは,いずれも,被覆材を表面に設けた被加工物を,アシストガスを用いたレーザ光により加工するレーザ加工方法に関するものであり,両発明の技術分野は共通する(本件明細書の【0001】,甲1公報の【0001】)。また,本件発明1と甲1発明とは,レーザ加工中に,被加工物と被覆材との間にアシストガスが侵入して被覆材が剥離するのを防止するために,第1加工工程として,最終加工とは異なる加工条件により被覆材を処理する点でも共通する(本件明細書の【0002】~【0008】,【0014】,【0050】,甲1公報の【0002】~【0006】,【0008】,【0018】)。

しかし,本件発明1は,被覆材をあらかじめ除去するものであるのに対し,甲1発明は,保護シート(被覆材)が剥離するのを防止するために,ワーク(被加工物)にあらかじめ保護シートを焼付けるものであり,この点において,両発明は相違する。甲1公報には,保護シートをあらかじめ除去することについては記載も示唆もなく,甲1発明の保護シートが剥離するのを防止するために,保護シートをあらかじめ除去することを動機付けるものはない。

かえって,甲1公報には,保護シートがワーク上に貼付されたままであることが望ましい(【0003】)が,保護シート付きワークにレーザビーム及びアシストガスを照射して切断加工を行うと,保護シートが剥離してしまうため,保護シートをワーク上に残すことを目的とするレーザによる切断加工は実際には行われていなかった(【0005】)ことが記載されている。このような記載に照らすと,甲1発明は,保護シートをあらかじめ除去してワークを露出させることは,望ましくないとの認識を前提とするものと解される。そうすると,甲1発明においては,保護シートをあらかじめ除去してワークを一定範囲にわたり露出させることは,保護シートが剥離するのを防止するためであるとはいえ,そもそも意図するところではないともいえる。

イ  一方,甲2公報には,表面を合成樹脂等の保護材で覆った状態の金属材に対して,レーザによる溶断加工を実施すると,保護材が金属材に溶着して表面を汚すこと(甲2・1頁右下欄16行~2頁左上欄8行),また,このような溶着を防止するために,低い出力のレーザ光エネルギで保護材を溶断した後,高い出力のレーザ光エネルギで金属部材を加工すること(同・特許請求の範囲)が記載されている。また,甲3公報には,ステンレスなどの金属からなる母材の表面に合成樹脂の被膜を付着させた材料を,レーザ光で切断する際に,これらを同時に切断すると,被膜が炭化した状態で母材の表面に焼付いてしまうこと(甲3・1頁左下欄18行~2頁左上欄2行),また,このような被膜の炭化を防止するために,弱いエネルギのレーザ光で被膜だけ切断してから,強いエネルギのレーザ光で母材を切断すること(同・特許請求の範囲)が記載されている。

甲2公報及び甲3公報の上記記載によれば,被覆材を表面に設けた被加工物をレーザ光により加工する際に,被覆材が被加工物に溶着したり,被覆材が炭化して被加工物に焼付いたりするのを防止するために,低いエネルギのレーザ光で被覆材をあらかじめ除去した後,高いエネルギのレーザ光で被加工物を加工することは,周知技術であると認められる。

しかし,甲1発明は,ワークと保護シートとの間にアシストガスが流入して保護シートが剥離するのを防止するために,ワークにあらかじめ保護シートを焼付けるものであるのに対し,上記周知技術において,被覆材の除去は,被覆材が被加工物に溶着すること等を防止するために行われるものであり,被加工物と被覆材との間にアシストガスが侵入して被覆材が剥離するのを防止するために行われるものではない。そもそも,甲2公報及び甲3公報には,アシストガスについての記載はなく,アシストガスが被加工物と被覆材との間に侵入して,被覆材が剥離することについても何ら記載はない。そうすると,上記周知技術における「被覆材を除去する」ことと,甲1発明における「ワークに保護シートを焼付ける」ことは,相互に置換可能な手段であるとはいえないから,甲1発明において,ワークにあらかじめ保護シートを焼付けることに代えて,保護シートをあらかじめ除去する動機付けがあるということはできない。

ウ  以上のとおりであるから,甲1発明において,ワークにあらかじめ保護シートを焼付けることに代えて,保護シートをあらかじめ除去することは,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,保護シートを「焼付ける」工程を設ける代わりに,アシストガスが流入する範囲の保護シートを「除去する」工程を設けてもよいのは自明であり,このことは,甲6公報の記載(甲6・2頁左下欄7行~17行)からも明らかであると主張し,この主張を前提として,甲1発明に,甲2公報及び甲3公報に記載された周知技術とを組み合わせて,保護シートを「焼付ける」工程を設ける代わりに,アシストガスが流入する範囲の保護シートを「除去する」工程を設けることは,当業者が適宜選択できる設計的事項にすぎないものであると主張する。

しかし,まず,甲6公報に記載されている発明は,母材の切断と同時に,フィルムコーティング材を溶かして蒸発させるものであり(甲6・特許請求の範囲,2頁右上欄19行~左下欄17行),本件発明1や甲1発明とは異なるものである。

また,前記(1)のとおり,甲2公報及び甲3公報から認められる周知技術における「被覆材を除去する」ことと,甲1発明における「ワークに保護シートを焼付ける」ことは,相互に置換可能な手段であるとはいえない以上,甲6公報に記載されている発明の内容のいかんにかかわらず,甲1発明において,ワークにあらかじめ保護シートを焼付けることに代えて,保護シートをあらかじめ除去する動機付けがあるといえないことに変わりはない。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

イ 原告は,甲2公報及び甲3公報の記載によれば,被覆材を表面に設けた被加工物に対して,被覆材を残したままレーザ光により加工すると,被覆材が被加工物に溶着して損傷することは周知であり,甲1発明においても,被覆材を残したままレーザ光により加工すると,被覆材が被加工物に溶着して損傷するという課題を有しているといえる(甲1の【0011】)から,当該課題を解決するために,甲1発明に甲2公報及び甲3公報に記載された上記周知技術を適用する動機付けはあり,かつ,保護シートの剥離を防止できることは同様であって適用の阻害要因もないから,甲1発明に上記周知技術を適用して,甲1発明の「焼付ける」工程を本件発明1の「除去する」工程にすることに格別の困難性は存在しないとも主張する。

しかし,甲1発明は,ワークにあらかじめ保護シートを焼付けるものであるから,このような発明に甲2公報及び甲3公報から認められる上記周知技術を適用したとしても,保護シートを焼付けたワークを切断加工する際に,その切断加工前に,焼き付けた保護シートの一部をあらかじめ除去するという発明に想到するにすぎず,甲1発明の「焼付ける」工程を「除去する」工程に置換することにならないことは明らかである。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3)  小括

よって,取消事由1は理由がない。

したがって,取消事由2(本件発明1についての相違点2の判断の誤り)について検討するまでもなく,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2  取消事由3(本件発明2についての判断の誤り)について

取消事由3は取消事由1の存在を前提とするものであるから,取消事由1に理由がない以上,取消事由3は理由がなく,本件発明2は,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3  まとめ

よって,本件特許を無効とすることはできないとした審決の判断に誤りはなく,審決に取り消すべき違法はない。

第6結論

よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 田中正哉)

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