知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10317号 判決 2013年4月24日
原告
X
訴訟代理人弁理士
松下昌弘
被告
特許庁長官
指定代理人
井出英一郎
同
水莖弥
同
堀内仁子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-25080号事件について平成24年7月19日にした審決を取り消す。
第2前提となる事実
1 原告は,平成22年12月29日,「MOKUMEGANEKOUBOU」の欧文字を標準文字で表した商標につき,第14類「キーホルダー,宝石箱,記念カップ,記念たて,身飾品,イヤリング,ペンダント,指輪,宝石ブローチ,宝玉及びその模造品」及び第40類「金属の加工,身飾品の加工」を指定商品・役務とする商標登録出願(商願2010-102352。以下「本願」といい,本願に係る商標を「本願商標」という。)をしたが,拒絶査定を受けたので,拒絶査定不服審判を請求(不服2011-25080号事件)した。これに対して,特許庁は,平成24年7月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年8月8日,原告に送達された。
2 審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりである。審決は,要するに,本願商標中の「MOKUMEGANE」の文字は,金属加工技術の一種である「木目金(杢目金)」を欧文字をもって表したもの,「KOUBOU」の文字は,「工芸家などの仕事場」を意味する「工房」の語を欧文字をもって表したものというのが相当であって,これに接する需要者は,「木目金(杢目金)の技術による商品の製作ないし同技術を用いた金属(金属製品)の加工を行っている工房」程の意味合いを認識するにとどまるから,「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」(商標法3条1項6号)に該当するとして,本願は拒絶すべきものであると判断した。
第3取消事由に関する当事者の主張
1 原告の主張
欧文字からなる本願商標「MOKUMEGANEKOUBOU」が,本願の指定商品・指定役務に係る分野において一般的に使用されているという事実はない。
本願商標から当然に「木目金(杢目金)工房」の観念が生じることはなく,特定分野の知識・経験に基づいて本願商標を意識的に解釈し,その結果として漢字表記の「木目金(杢目金)工房」を思い付いた場合に限り,そのような観念が生じ得る。
本願商標については,以下のとおり,①通常の単語に比べて非常に長い,②スペース等の区切りが存在しない,③多様な読み方が存在する,④我が国において欧文表記「MOKUMEGANE」は,よく知られていない,⑤本願商標中の「KOUBOU」部分は,多様な意味を有するなどの特徴がある。すなわち,本願商標は,一見すると,欧文字(ローマ字)で表記されたもののように見えるが,通常よりも語長が長いため,全体を一瞥してスムーズに読み通すことが困難であり,また,途中にスペース等の区切りが存在しないため,分節して意味を理解することが困難であり,種々の語として理解される余地がある。
複数の語が結合された日本語を欧文字で表記する場合,通常は,結合された複数の語の間にスペースやハイフンなどの区切り記号を挿入したり,それぞれの語の語頭を大文字にして,その他を小文字にしたりすることによって,外観上,それぞれの語を容易に区別できるようにするが,本願商標は,そのような外観が採用されていない。本願商標の上記①及び②の特徴は,需要者に対し強い印象を与えている。
仮に,本願商標を先頭から順に「モ・ク・メ・ガ・ネ・コ・ウ・ボ・ウ」と読み進み,前半の「モ・ク・メ・ガ・ネ」部分の読みと文字列から「木目金(杢目金)」を,後半の「コ・ウ・ボ・ウ」部分の読みと文字列から「工房」をそれぞれ連想することができたとしても,普通に存在するべき区切り(スペース等)がないため,確定的な観念を生じさせることは困難といえる。
本願商標は,このような特徴があり,この点が,需要者に対して強い印象を与えるから,本願商標から,「木目金(杢目金)工房」の観念は生じ難い。また,仮に,「木目金(杢目金)工房」との意味を暗示させることがあるとしても,全体として自他商品又は役務の識別力を十分に備えている。
審決は,本願商標の認定を誤り,その結果,本願商標が商標法3条1項6号に該当すると誤って判断したのであるから,取り消されるべきである。
2 被告の反論
本願商標は,空白等の区切りを設けずに,全16文字からなる欧文字「MOKUMEGANEKOUBOU」を一連に表記した長い文字からなる商標である。しかし,本願商標が,途中に空白等の区切りがない欧文字による長い文字列である等の特徴を有していることのみによっては,これに接する当該指定商品及び指定役務の需要者が,称呼を確定することができないとはいえず,また,観念を想起できないともいえない。
すなわち,本願商標(「MOKUMEGANEKOUBOU」)は,ごく普通の書体で表された欧文字商標であることから,これに接する当該指定商品及び指定役務の需要者は,その読み方については,我が国で最も親しまれているローマ字の読み方にならって読もうとするし,また,その意味についても,当該指定商品又は指定役務との関連性を優先させ,自己の知識・経験に基づき,自然な解釈により理解しようとするのが通常である。
そうすると,本願商標の「MOKUMEGANE」部分からは,ローマ字読みにより「モクメガネ」との称呼を生じさせ,本願商標の同部分から,指定商品及び指定役務との関係で,金属加工技術の一種である「木目金(杢目金)」との観念を生じさせる。
また,本願商標の「KOUBOU」部分からは,「コウボウ」との称呼を生じさせ,本願商標の同部分から,前半部分が金属加工技術を指称する普通名詞の「木目金(杢目金)」を認識させることと相まって,工芸家などの仕事場を意味する「工房」を連想させる。
以上のとおり,本願商標は,「モクメガネコウボウ」との称呼を生じ,その指定商品及び指定役務との関係では,これに接した需要者は,「木目金(杢目金)の技術による商品の製作ないし同技術を用いた金属(金属製品)の加工を行っている工房」との意味合いを認識させる「木目金(杢目金)工房」を欧文字(ローマ字)で表したものと認識,理解する。したがって,本願商標は,「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」に該当する。
本願商標は,商標法3条1項6号に当たるとした審決に違法はない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本願商標が商標法3条1項6号に該当するとした審決に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本願商標について
本願商標は,「MOKUMEGANEKOUBOU」との16字からなる欧文字を標準文字により表記した商標であり,表記どおりの外観を呈する。本願商標からは,「モクメガネコウボウ」との称呼を生じる(その他の称呼を生じる余地はない。)。
本願商標から,特定の観念が生じるか否か,観念が生じるとしてどのような観念か,について検討する(以下,本願商標中の「MOKUMEGANE」部分について,称呼を指すに当たり,片仮名により表記する場合がある。)。
(1) 「MOKUMEGANE(モクメガネ)」部分について
ア モクメガネと称呼される語としては,「木目金(杢目金)」がある。その意義については,次のような説明がされている。
「木目金の教科書・TEXTBOOK OF MOKUMEGANE」(柏書店松原株式会社発行・高橋正樹,日本杢目金研究所企画・監修)には,「木目金とは 色の異なる金属を幾重にも重ね合わせたものを,丹念に彫って鍛え,美しい木目状の文様を作り出す日本独自の金属工芸技術(および作品)を『木目金』といいます。約四百年前,江戸時代初期,刀装具の職人だった出羽秋田住(出羽ノ国,現在の秋田県在住)正阿弥伝兵衛によって考案されたといわれています」との説明がされている(乙2)。
また,ウェブサイト辞書では,「木目金(杢目金)」について,「金・銀・赤銅など色の違う金属を重ね合わせて鍛え,木目状の模様を打ち出す技法。また,それによる製品。江戸初期に刀の鍔(つば)の鍛造に始まる。日本独自の金属加工技術。」との説明がある(乙3)。
イ 「MOKUMEGANE」,「木目金(杢目金)」について,次のような使用例がみられる。
(ア) 「株式会社木目金の高田」のウェブサイトには,右上部に「木目金工房」との記載があり,また,「木目金とは?」,「木目金の誕生」,「木目金の危機」,「世界に広がる日本の伝統『Mokume Gane』」,「江戸時代の木目金と,現在の木目金の違いについて」の各項に,それぞれ,木目金についての記載がある(乙5)。また,同社の他のウェブサイトには,「木目金製造工程1(素材準備編)」,「木目金製造工程2(溶接編)」,「木目金製造工程3(鍛造手法編)」の各項に,それぞれ,木目金の製造工程についての記載等がある(乙6)。
(イ) 「銅器工房 株式会社」の運営するウェブサイトには,「杢目金工房/corporate site」の記載があるほか,同ウェブサイトの著作権の表示欄には,「Mokumegane-koubou.」の記載があり,商号の英文表記として「mokumegane koubou Co.,Ltd.」の記載がある(乙7)。
(ウ) 「株式会社木目金屋」の運営するウェブサイトには,「杢目金屋/MOKUMEGANEYA」及び「杢目金屋は木目金の結婚指輪の日本唯一オーダーメイド専門店です。」の記載があり(乙8),商号として「MOKUMEGANEYA CO.,LTD.」の記載がある(乙9)。
(エ) 「LABRO」のウェブサイトには,「コシモ(COSIMO)はパラジウムホワイトゴールド,イエローゴールド,スターリングシルバーとF-G/VSエクセレントカットのダイヤモンドを組み合わせた木目金リングです。もちろん,木目金の他の金属の組み合わせもお選び頂けます。木目金のタイプに関する詳細は,本ページ下部のエンゲージリング&ウェディングリングの詳細をご覧下さい。」の記載等がある(乙10)。
(オ) 「有限会社ソラ(SORA)」のウェブサイトには,「伝統技法『木目金(もくめがね)/MOKUMEGANE』の奥深い・・・」との記載,「木目金は,金属を幾層にも重ね,削り出しながらひとつひとつの模様を表現する江戸時代から続く日本の伝統技法です。SORAでは,受け継がれたその伝統と現代の技術を融合させ,奥深い美しさを守り続けながら,新しい美しさを追求しています。」との記載等がある(乙11)。
(カ) 「山本鍛造工房」のウェブサイトには,「木目金の結婚指輪をオーダーするなら,山本鍛造工房へ。・・・木目金と呼ばれている伝統技術で作られた結婚指輪をフルオーダーメイドできる工房です。木目金とは,延性,展性に富む金属の特性を応用し,色の異なる金属で木目模様を作り出した日本の伝統技術である。江戸時代に鈴木重吉(秋田住正阿弥伝米)が発明したこの伝統技術は近年,日本よりも早くアメリカなどで大ブレイクした。」との記載等がある(乙12)。
(キ) 「goldsmith dAb」のウェブサイトには,「木目金(杢目金)MOKUMEGANE」の項に,「二種類以上の金属を薄く重ね合わせ,彫り込む事によって木目のような美しい模様が現れる。古来より,日本の飾り職人によって培われた技術。」の記載等がある(乙13)。
(ク) 新聞記事においても「銅や銀,赤銅など種類の違う複数の金属板を重ねて表面に模様を彫り,木目模様を打ち出す『木目金(もくめがね)』の技術が高く評価された。」との記載等がある(乙1)。
ウ 以上のとおりの,「木目金(杢目金)」の意義・使用例に加えて,「木目金(杢目金)」が金属加工技術として一般的に認知されていることについては,当事者間に争いがないことからすれば,「MOKUMEGANE(モクメガネ)」部分は,「木目金(杢目金)」,すなわち,「色の異なる金属を幾重にも重ね合わせたものを彫って鍛えた金属工芸品」を想起させる。
(2) 「KOUBOU(コウボウ)」部分について
指定商品及び指定役務と関連する「コウボウ」と称呼される語としては,「工房」が想起される。「工房」は,「美術家や工芸家などの仕事場。アトリエ。」との意味を有する。商品や技芸等を表す語に続いて表記される「○○工房」は,商品や技芸等を取り扱う工房(仕事場)の意味で使用される例が多い(乙18ないし乙48)。
(3) 本願商標から生じる観念について
以上によれば,本願商標から「色の異なる金属を幾重にも重ね合わせたものを彫って鍛えた金属工芸品の仕事場」との観念を生じる。
2 判断
以上認定した事実に基づいて,商標法3条1項6号への該当性について判断する。
(1) 以上の事実認定を踏まえると,本願商標に接した需要者は,指定商品及び指定役務(14類「キーホルダー,宝石箱,記念カップ,記念たて,身飾品,イヤリング,ペンダント,指輪,宝石ブローチ,宝玉及びその模造品」,40類「金属の加工,身飾品の加工」)との関係では,本願商標から,「木目金・杢目金(色の異なる金属を幾重にも重ね合わせたものを彫って鍛えた金属工芸品)の仕事場」程の意味を想起すると解するのが自然である。
そうすると,本願商標は,指定商品及び指定役務の内容を説明する語によって構成された商標であると解されるから,商標法3条1項6号所定の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することはできない商標」に該当するというべきである。
(2) この点について,原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用の限りでない。
すなわち,本願商標については,①通常の単語に比べて非常に長い,②スペース等の区切りが存在しない,③多様な読み方が存在する,④我が国において欧文表記「MOKUMEGANE」は,よく知られていない,⑤本願商標中の「KOUBOU」部分は,多様な意味を有するなどの特徴があり,本願商標は,一見すると,欧文字(ローマ字)で表記されたもののように見えるが,通常よりも語長が長いため,全体を一瞥してスムーズに読み通すことが困難であって,途中にスペース等の区切りが存在しないため,分節して意味を理解することが難しく,種々の語として理解される余地があると主張する。
しかし,前記認定したとおりの事実を前提とするならば,指定商品及び指定役務との関連では,本願商標に接した需要者は,本願商標から,「木目金・杢目金(色の異なる金属を幾重にも重ね合わせたものを彫って鍛えた金属工芸品)の仕事場」との観念を生じるのが自然であり,本願商標が,「MOKUMEGANEKOUBOU」と欧文字16字によって構成されていることや区切りがなく綴られているとの表記態様のみから,本願商標の前記指定商品,指定役務に係る需要者が,上記のような観念を想起することが困難であるとすることは,合理性を欠く。
以上のとおりであり,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)