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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10318号 判決 2013年7月11日

原告

コーニンクレッカ フィリップス

エレクトロニクス エヌ ヴィ

訴訟代理人弁理士

津軽進

笛田秀仙

小松広和

被告

特許庁長官

指定代理人

和田志郎

清水稔

樋口信宏

堀内仁子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2011-10276号事件について平成24年4月25日にした「本件審判の請求は成り立たない。」との審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決取消訴訟である。争点は,①補正発明に係る進歩性の判断の誤りの有無,②手続違背の有無,③補正前発明に係る進歩性の判断の誤りの有無である。

以下「特許法」を単に「法」と表記する。

1  特許庁における手続の経緯

本件出願は,平成17年7月21日(優先権主張平成16年8月2日)を国際出願日とし,「圧力依存型視覚フィードバックを備えるタッチスクリーン」を発明の名称とする特許出願であるが,平成22年7月30日付けで拒絶理由が発送された(甲7)。原告は,請求項を限定する手続補正書(甲5)を提出したが,平成23年1月17日,拒絶査定が発送された(甲8)。原告は同年5月17日に拒絶査定不服の審判を請求し(甲13。特願2007-524433号),同日,請求項を更に限定する手続補正書(甲6)を提出した(以下,「本件補正」という。)。特許庁は,平成24年4月25日,本件審判請求は成り立たない旨の審決をした。

2  本願発明の要旨(本件補正後の特許請求の範囲)

本件補正後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。

【請求項1】

表示モニタを覆って配置される圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムであって,前記モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって,登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し,前記表示が,前記接触領域の下にある,前記モニタにおける第1領域を中心となるようにレンダリングされ,前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御されるシステム。(判決注:下線部が補正部分である。)

3  審決の理由の要点

(1)  本件補正の却下

補正発明は引用例1(特開2004-70492号公報,甲1)記載の発明(引用発明)及び引用例2(特開平11-212726号公報,甲2)記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,独立特許要件を満たさない。

ア 補正発明と引用発明とは次の点で一致している。

表示モニタを覆って配置される圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムであって,前記モニタが,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し,前記表示が,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の下にある,前記モニタにおける第1領域を中心とされるようにレンダリングされ,前記第1領域の第1寸法が前記領域の第2寸法よりも大きくなるように制御されるシステム

イ 補正発明と引用発明とは次の点で相違している。

(ア) 相違点1:補正発明は,「モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供」するのに対し,引用発明は,ユーザがタッチパネルにタッチ操作したときの接触領域の登録により,アイコン20が表示画面に表示されるものではない点

(イ) 相違点2:補正発明は,前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御されるのに対し,引用発明は,タッチした領域のサイズに依存してアイコン20の表示サイズを制御したことは記載されていない点

ウ 相違点1,2についての容易想到性

引用例1には,「タッチされたアイコン20の色が変わったり,振動したりするので,使用者はタッチされた位置を明確に把握することができる。そして,このタッチされたアイコン20を強く押し込む操作で,さらにアイコン20を変化させるので,指の動作に連動して視覚的に押し込み操作を自覚させることができる。」と記載されており,タッチされた位置及び押し込み操作を視覚的表示の変化によりユーザに把握させることが示されている。

そして,引用例2には,指Fが触れたタッチパネル6の領域の下にある表示装置5の表示画面5a上の領域にスイッチS1,S2のマークを出力表示するようにすること,及び指Fの大きさ(補正発明の「ユーザの接触オブジェクトの寸法」に相当する。)の違いによりタッチパネル6との接触面積(補正発明の「接触領域」に相当する。)に違いが生じるので,接触面積に応じてスイッチのマークの長さ,表示間隔を変更することが記載されている。

したがって,引用発明において,上記引用例2記載の技術を適用し,「モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し,前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される」ようにすることは当業者が容易になし得ることである。そして,補正発明の奏する効果は,引用発明及び引用例2に記載された技術から予測される範囲内のものにすぎない。したがって,補正発明は,引用発明及び引用例2に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)  補正前発明

引用発明は,表示画面に表示されたアイコン20をユーザが指先でタッチして押し込む操作により,ユーザが指先でタッチしているアイコン20内の領域よりもアイコン20のサイズを大きく表示している。

また,タッチパネル入力装置において,タッチした領域のサイズに依存して画面に表示されるアイコン,ボタン等のサイズを制御することは,本願優先権主張の日前に周知技術である。引用発明において,上記周知技術を適用し,「前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御されるようにすることは当業者が容易なし得ることである。そして,補正前発明の奏する効果は,引用発明及び周知技術から予測される範囲内のものにすぎない。したがって,本願発明は,補正前発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(補正発明に係る進歩性の判断の誤り)

(1)  視覚的表示の提供について

審決の引用発明との相違点についての判断は,正確ではない。審決は,引用発明につき「接触領域の登録によりアイコンが表示画面に表示されるものではない」と表現したが,実際の引用例1の内容は,「登録により,・・・表示されるものではない」というに留まるものではなく,「登録がされる以前から表示されている」というべきものである。引用発明では,指先のタッチ位置の検出前から既にアイコンが表示画面に表示されているのであり,タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により初めて視覚的表示を提供する補正発明とは全く異なる思想の上に創作されたものである。この点を峻別するために引用発明の認定において「登録がされる以前から表示されている」との表現は欠くべきではなく,引用発明は「ユーザがタッチパネルにタッチ操作したときの接触領域の登録がされる以前から,アイコン20が表示画面に表示されているものである」と認定されるべきである。審決の認定は,引用発明の認定を補正発明に整合させるためになされたものであり,許されない。

このとおり,上記相違点に関し,引用発明は,「指先のタッチ位置の検出前から既にアイコンが表示画面に表示されている」点で,「モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供」する補正発明と相違すると判断されるべきである。

したがって,補正発明とは全く異なる思想の上に創作されたこのような構成を有する引用発明を,補正発明の進歩性を判断するにあたってその先行技術として用いるべきではないことは明らかである。

(2)  進歩性の判断について

補正発明の進歩性に関する審決の判断は誤りである。引用例1は,指先のタッチ位置の検出前から既に表示されているアイコンが,その領域内における任意の位置でのタッチ及び所定圧力の検出により,色を変えたり,サイズを変えたり,振動したりすることを開示しているが,このアイコンは,タッチ及び所定圧力の2段階で変化するだけであり,圧力の大きさに依存して徐々に変化するものとはいえない。また,引用例1のアイコンは,接触領域の寸法に基づき変化するものではないから,接触領域の寸法よりも大きくなるように制御されるはずもない。審決において新たに引用された引用例2は,指が画面に触れた場合に接触面積に応じた表示を与えることを開示しているが,この表示は,当該表示が与えられた後に変化するものではなく,引用例2は,表示された視覚的表示が接触領域の寸法に基づき変化することを開示するものではない。したがって,引用例1,引用例2は,補正発明のような,圧力の大きさに依存して徐々に変化する視覚的表示を,接触領域の寸法よりも大きくなるように制御することを開示するものではないことは明らかである。

また,引用発明は,上記(1)で述べたように,補正発明の進歩性を判断するにあたってその先行技術として用いるべきではないが,仮に先行技術として用いる場合であっても,引用発明は,指先のタッチ位置の検出前から既にアイコンが表示画面に表示されていることを前提とするものであるので,引用発明に接した当業者といえども,そもそも接触領域の登録により視覚的表示を提供するという構成を前提とする補正発明に想到し得たとする動機が全く存在しない。

また,引用例2記載の技術は,補正発明と同様に,指が画面に触れた場合に表示を与えるものであることから,指先のタッチ位置の検出前から既にアイコンが表示画面に表示されていることを前提とする引用発明とは,その技術的思想の前提となるものが全く異なるので,引用例1,引用例2に接した当業者がこれらを組み合わせ得たとする動機も存在しない。また,仮に組み合わせたとしても,上述のように,引用例1,引用例2のいずれにおいても,補正発明の上記構成が開示されていないことから,補正発明に至るはずもない。

このように,引用例1,引用例2には,補正発明の技術的思想の開示がなく,作用効果上も顕著な相違点があり,補正発明の進歩性を否定する根拠となる動機づけとなり得るものが存在しない。ゆえに,引用例1,引用例2に記載の発明及びそれらのいかような組み合わせに基づいても,補正発明が,その出願前に当業者によって容易に発明され得たとは考えられない。

(3)  以上のとおり,本件補正を却下した審決の判断は誤りであり,取り消されるべきである。

2  取消事由2(手続違背)

審査段階では,平成22年7月30日付拒絶理由通知書(甲7)において,引用例1を引用文献1として引用して,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知がなされ,その理由による拒絶査定(甲8)があった。また,審判手続中の平成23年12月19日付審尋(甲9)では,引用例1に加えて特開2001-350586号公報が引用文献2として新たに引用された。ところが,審決は,引用文献2を取り下げ,引用例1に加えて引用例2を新たに引用して,補正発明は法29条2項の規定により独立特許要件を具備しないと判断した。引用例2は,審決においても明示されているとおり,上記拒絶理由通知,拒絶査定及び審尋では引用されておらず,審決で初めて引用されたものである。

拒絶査定不服審判請求日から30日以内に行った本件補正は,法17条の2第3項ないし5項に規定される要件を満たす必要があり,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正について同条の2第5項により準用される法126条4項は,「発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない」と規定するから,本件補正は,いわゆる「独立特許要件」を充足する必要がある。

そして,法53条は,法17条の2第1項3号に係る補正が,同条3項から5項までの規定に違反している場合には,決定をもってその補正を却下するものとし,審査官による補正却下に関する法53条の規定は,法159条1項で拒絶査定不服審判に準用されて読み替えられる。また,法50条ただし書は,拒絶査定をする場合であっても,補正の却下をするときは,拒絶理由を通知する必要はないものとし,同条ただし書は,法159条2項で拒絶査定不服審判に準用されて読み替えられる。したがって,拒絶査定不服審判請求に際して行われた補正については,いわゆる新規事項の追加に該当する場合や補正の目的に反する場合だけでなく,新規性,進歩性等の独立特許要件を欠く場合であっても,これを却下すべきこととされ,その場合,拒絶理由を通知することは必要とされていない。

しかしながら,拒絶査定と審決との間になされた審尋においても,拒絶査定時に引用された引用例1に加えて引用文献2が引用されたが,上述したとおり,審決では,引用文献2が取り下げられたことから,引用例1及び引用文献2に基づく拒絶理由は審尋に対する回答書により解消されており,いわゆる独立特許要件を満たしているものと考えられる。この場合,法159条2項における「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる理由を発見した場合」に当たることは明らかである。したがって,このような場合には,審査官(審判長)は新たに拒絶理由を通知しなければならない。

また,審決は,拒絶査定時に引用された引用例1に加えて引用例2を新たに引用していることから,審判請求時の補正によって,引用例1に基づく拒絶理由は解消したと認められ,この点においても,いわゆる独立特許要件を満たしていると考えられる。その後,前置審査官が先行文献調査を新たに行うことにより審尋において引用文献2を新たに引用し,その後さらに,審判官が先行文献調査を新たに行うことにより審決において引用例2を新たに引用したと考えることができる。そうであるとすると,この場合が,法159条2項における「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる理由を発見した場合」に当たることは明らかである。

なお,法159条2項により読み替えて準用する法50条ただし書の規定の趣旨は,拒絶査定不服審判請求時の補正が新規事項を追加するものである場合に,法50条に基づいて拒絶理由を通知すると,審判請求人に再度の補正の機会が与えられることになって審判の審理の迅速性が損なわれるのを回避することにあるところ,本件補正による補正発明は,新規事項を追加するものではない。それにもかかわらず,審決は,補正発明の進歩性を否定し,いわゆる独立特許要件を具備しないことを理由に,本件補正を却下した。この審決の判断は,出願人の抗弁の機会を封ずるものであり,行政機関の行為として許されず,法50条ただし書の規定の趣旨に反する。

以上のとおり,審決は,拒絶査定における引用文献とは異なる引用刊行物を用いて補正発明の進歩性を否定したことに基づくものであり,出願人である原告には,拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由について意見書を提出する機会が与えられなかったから,審判手続には法159条2項で準用する法50条の規定に違反する瑕疵があり,当該瑕疵は審決の結論に影響を及ぼす違法なものである。

3  取消事由3(補正前発明に係る進歩性の判断の誤り)

仮に当該補正が却下されたとしても,審決が補正前発明の進歩性に関してした判断は誤りである。

引用例1は,圧力感知タッチスクリーンにおける,圧力が加えられた第2領域の下の,モニタにおける第1領域を中心とされるようにレンダリングされる,圧力の大きさに依存した視覚的表示を,タッチスクリーンに圧力が登録されることによって初めて提供するという補正前発明の構成を開示するものではない。引用例1は,指先のタッチ位置の検出前から既に表示されているアイコンの領域内の任意の位置で指先のタッチ位置を検出した後に,このアイコンを所定圧力の検出により変化させることを開示している。つまり,引用例1のアイコンは,指先のタッチ位置の検出後に初めて提供されるものではなく,更に,アイコンの領域内の任意の位置でタッチ位置を検出可能であることから,指先のタッチ位置を中心にレンダリングされるものでもない。

そして,審決では,タッチパネル入力装置において,タッチした領域のサイズに依存して画面に表示されるアイコン,ボタン等のサイズを制御することが周知技術と認定されているが,補正前発明の上記構成は,そのような周知技術に該当するものでもない。

加えて,引用例1は,アイコンが,タッチ及び所定圧力の検出により,色を変えたり,サイズを変えたり,振動したりすることを開示しているが,このアイコンは,タッチ及び所定圧力の2段階で変化するだけであり,圧力の大きさに依存して徐々に変化するものであるとはいえない。また,引用例1のアイコンは,接触領域の寸法に基づき変化するものではないことから,接触領域の寸法よりも大きくなるように制御されるはずもない。したがって,引用例1は,圧力の大きさに依存して徐々に変化する視覚的表示の寸法を,圧力感知タッチスクリーンとの接触領域の寸法よりも常に大きくなるように制御するという補正前発明の思想を開示するものではない。

このように,引用例1には補正前発明の技術的思想の開示がなく,この相違点は本願優先権主張の日前の周知技術ではなく,引用例1には補正前発明の課題及び作用効果について開示も示唆もないことから,補正前発明の進歩性を否定する根拠となる動機付けとなり得るものが存在しない。したがって,引用例1に記載の発明に基づき,補正前発明がその出願前に当業者によって容易に発明され得たとは考えられない。

以上のとおり,補正前発明について,法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断は誤りであり取り消されるべきである。

第4被告の反論

1  取消事由1(補正発明の進歩性の判断の誤り)に対して

(1)  視覚的表示の提供について

ア 原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

すなわち,補正された請求項1には,「前記モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し」という記載は存在するものの,例えば,「タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により初めて視覚的表示を提供する」や「タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録前は視覚的表示を提供せず」といった記載は存在しない。そうしてみると,補正発明は,接触領域の登録前において,①圧力の大きさに依存した視覚的表示はもとより,視覚的表示それ自体が全く提供されない(例:本件出願の図3(甲16)のように,しきい値T以下では表示の寸法Dを特に0とするプログラムを具備する)発明,及び,②圧力の大きさに依存した視覚的表示は提供されないが,視覚的表示は提供される(例:本件出願の発明の詳細な説明の段落【0009】の「接触位置及び接触圧力を表すデータを受信し,このデータを,例えば,ウェブページ及び地理的地図などに表示されるユーザ選択可能なオプションのメニューにおけるカーソルの位置及び視覚的形態を制御する命令として解釈する」)発明,の双方を含むものである。

したがって,引用発明が「指先のタッチ位置検出前から既にアイコンが表示画面に表示されている」点は,補正発明との相違点ではない。

イ 前記アで述べたように,補正発明は,「指先のタッチ位置検出前にはアイコンが表示画面に表示されていない発明」及び「指先のタッチ位置検出前からアイコンが表示画面に表示されている発明」の双方を含むものである。

したがって,補正発明が後者のみであることを前提とした原告の主張は,前提において失当である。

(2)  進歩性の判断について

原告の主張は,特許請求の範囲に基づかないものであるか,審決に記載した容易推考の論理付けとは無関係な事項である。

ア 請求項1には,「前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し」という記載は存在するものの,例えば,「前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存して徐々に変化する視覚的表示を提供し」という記載は存在しないから,特許請求の範囲に基づかない主張であり失当である。

イ 引用発明は,圧力の大きさに依存してアイコンのサイズが大きく表示されるものである。したがって,引用発明において,アイコンの大きさの変化が視認可能なように「前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が制御され」ていることは明らかであるから,補正却下の決定においても一致点としたのは正当である。そして,引用例2に記載されたスイッチのマークは,指の大きさの違いによりタッチパネルとの接触面積(ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の第2寸法)に違いが生じるので,接触面積に応じてスイッチのマークの長さ,表示間隔が変更されるものである。

そうすると,引用発明と引用例2に記載された技術を組み合わせてなるものは,圧力の大きさに依存して変化する視覚的表示を,接触領域の寸法よりも大きくなるように接触領域の寸法に依存して制御するものとなり,補正発明と同じになる。

ウ 補正発明は,「前記モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し」という構成及び「前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される」という構成を具備し,また,これら接触領域に基づく視覚的表示の構成に関しては,審決に記載した補正却下の決定においても相違点1及び2としたところである。しかしながら,これら接触領域に基づく視覚的表示の構成に関しては,ひとまとまりの構成として考えたとしても,引用例2に開示されている。また,引用発明は,圧力の大きさに依存してアイコンのサイズが大きく表示されるものであるから,引用発明において,アイコンの大きさの変化が十分に視認可能なように,引用発明と引用例2に記載された技術を組み合わせることには動機付けがある。

なお,アイコンの大きさを,指先のタッチ領域の検出により得られるタッチ領域よりも大きくなるように制御することの必要性は,指先のタッチ位置の検出前からアイコンが表示されているか否かに左右されない。

したがって,原告の主張には理由がない。

エ 指先のタッチ位置の検出前から既に視覚的表示が画面に表示されているか否かは,単に視覚的表示の種類に応じて適宜選択すべき設計的事項にすぎないものであり,「その技術思想の前提となるものが全く異なる」ものではない。

例えば,①タッチした箇所に表示されるポップアップメニュー(例:マウスの右クリックで表示されるメニュー)であれば指先でタッチする前は表示されていないであろうが,②タッチパネルにおけるカーソルやポインタであれば指先でタッチする前から表示されていても構わない。すなわち,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0002】に開示された欧州特許出願公開0595746号に対応する特開平6-202776号公報(乙4)の段落【0024】には「ブロック74では表示装置内の選択された領域においてデバイスポインタの画像化を行う。もちろん,デバイスポインタはそれ以前から表示装置内にあってもよく,単に示したい位置に描き直すだけでもかまわない。」と記載されている。そして,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0009】には,「前記サービスプロバイダは,GUIを提供し,接触位置及び接触圧力を表すデータを受信し,このデータを,例えば,ウェブページ及び地理的地図などに表示されるユーザ選択可能なオプションのメニューにおけるカーソルの位置及び視覚的形態を制御する命令として解釈する。」と記載されている。これらの記載からみても,補正発明において,視覚的表示が接触領域の登録以前から提供されていても提供されていなくとも良いことは,明らかである。

2  取消事由2(手続違背)に対して

審判請求時に特許請求の範囲が補正されたとしても,補正後の発明が独立して特許を受けることができることができない場合は,審判請求時の補正は却下される。また,補正却下の決定の理由が拒絶査定における引用例とは異なる引用例(本件の場合は引用例2)を用いて補正発明の進歩性を否定するものであったとしても,補正却下の決定をする前に拒絶理由を通知する必要はない。

原告は,独立特許要件違反を理由に審判請求時の補正を却下する場合においては改めて拒絶理由を通知すべきと主張するが,審判は審査の妥当性を審理する立場にあるから,審判請求時の補正が不適法な場合は直ちに補正を却下して審理を進めることができ,改めて拒絶理由を通知してさらなる補正の機会を与えて審理をやり直す必要はない。

本件についてみると,審判請求時の本件補正前の請求項1(甲5)に係る補正前発明は,「表示モニタを覆って配置される圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムであって,前記モニタが,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し,前記表示が,前記圧力が加えられる前記スクリーンにおける第2領域の下にある,前記モニタにおける第1領域を中心とされるようにレンダリングされ,前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される,システム。」であった。また,「前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御され」の構成に関連して,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0014】には,「【0014】好ましくは,表示202の寸法は,表示202が,意味のあるユーザ入力として採用され得る圧力の最も控えめな値においても可視状態であるようにするために,接触領域の寸法より大きい最小値を有する。・・・最小値寸法Dminは,例えば,生体測定に基づく統計に基づいて且つ事前に決定されて,タッチスクリーン106及びユーザの指110の間の接触領域より大きいように選択される。代替的に,タッチスクリーン106は,可能であればユーザ110が最小寸法Dminに関する自身の好みに従いシステム100をプログラムした後で,接触領域の位置及びサイズの両方を登録し,表示202のサイズを十分に大きいようにするために調整する。」と記載されているから,補正前発明は,①生体測定に基づく統計に基づいてかつ事前に決定された寸法に依存して視覚的表示の第1寸法が制御される構成や,②ユーザが最小寸法に関する自身の好みに従いシステムをプログラムした寸法に依存して視覚的表示の第1寸法が制御される構成を具体例とする広い概念のものであり,このようなものは,審決に記載したとおり,周知技術にすぎない。

これに対して,審判請求時の本件補正後の請求項1に係る補正発明は,前記のとおりである。したがって,補正により,前記①のような,システム設計段階において事前に決定された寸法に依存して視覚的表示の第1寸法が制御される構成は発明の要旨から除かれ,実際にそのシステムを使用するユーザの接触領域の第2寸法に依存して視覚的表示の第1寸法が制御される構成に減縮された(②の構成に減縮された。)。また,特許請求の範囲の「ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し」及び「前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される」の記載をひとまとまりの構成として理解するならば,補正発明には,前記②のような,視覚的表示を表示する前にユーザがプログラムする第2寸法に依存して視覚的表示の第1寸法が制御される構成のみならず,本件出願の発明の詳細な説明に具体的には例示されていない,③接触領域の登録により圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供する,まさしくその時の接触領域の寸法に依存して視覚的表示の第1寸法が制御される構成も含まれることが明らかとなった。

そこで,審判合議体は,本件補正発明が独立して特許を受けることができるか否かを審理し,特に前記③の構成,及び,審判請求人である原告の,「補正前発明は,前記構成を具備することで,前記視覚的表示のサイズが,接触領域,即ちユーザがタッチする領域のサイズに依存するようにされることを保障し,前記視覚的表示が,現在のユーザの指のサイズ,又はタッチスクリーンと相互作用するのに用いられるスタイラスのサイズに関係なく,常に見えるという作用効果を得ることができます(例えば,本願の当初明細書中の段落【0005】参照)。」という主張(甲13の4頁1ないし6行)に配慮し,補正発明は引用発明及び引用例2に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとして,本件補正を却下したものである。

3  取消事由3(補正前発明に係る進歩性の判断の誤り)に対して

(1)  補正前発明は,視覚的表示を,タッチスクリーンに圧力が登録されることによって初めて提供する発明と,圧力の登録前から提供する発明の双方を含むものであるから,「指先のタッチ位置の検出後に初めて提供される」の構成については,補正前発明と引用発明の相違点ではない。

また,引用発明において,タッチ位置が画面内のアイコン20のエリア内である場合,圧力PがP≧P2と判定されると,アイコン20のサイズが大きくされて表示され,アイコン20は指先でタッチされたタッチパネル9の領域の下にある画面の領域を中心として表示されているといえる。

原告は,「第1領域」のことを「指先のタッチ位置」と置き換えて主張しているが,補正前発明の第1領域は,①「前記圧力が加えられる前記スクリーンにおける第2領域の下にある,前記モニタにおける」ものであるとともに,②「前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される」ものであるから,補正前発明の「第1領域」を「指先のタッチ位置(第2領域)の真下にある領域のみ」の意味であると解釈すると,②の要件と齟齬が生じる。補正前発明の「第1領域」は,前記①及び②の記載に合致するよう,「指先のタッチ位置(第2領域)の下にある視覚的表示が表示されている領域」,すなわち,アイコンが表示されている領域の意味と解するのが妥当である。

(2)  審決は,補正前発明と周知技術の異同を判断しているのではなく,引用発明に周知技術を適用して「前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される」ようにすることは当業者が容易になし得ることであると判断したものである。

(3)  補正前の請求項1には「前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し」という記載は存在するものの,例えば,「前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存して徐々に変化する視覚的表示を提供し」という記載は存在しない。原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

(4)  引用発明は,圧力の大きさに依存してアイコンのサイズが大きく表示されるものである。したがって,引用発明において,アイコンの大きさの変化が視認可能なように「前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が制御され」ていることは明らかである。また,タッチパネル入力装置において,タッチした領域(接触領域)のサイズ(第2寸法)に依存して画面に表示されるアイコン,ボタン等(視覚的表示)のサイズ(第1寸法)を制御することは,本願優先権主張の日前に周知技術である。

引用発明と周知技術を組み合わせてなるものは,「圧力の大きさに依存して変化する視覚的表示の寸法を,圧力感知タッチスクリーンとの接触領域の寸法よりも常に大きくなるように制御する」ものである。

(5)  引用発明は,圧力の大きさに依存してアイコンのサイズが大きく表示されるものであるから,引用発明において,アイコンの大きさの変化が十分に視認可能なように,引用発明と周知技術を組み合わせることには動機付けがある。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(補正発明の進歩性の判断)

(1)  補正発明について

補正発明の明細書(甲3)には次のとおりの記載がある。

「【技術分野】本発明は,データ処理システムであって,当該システムとのユーザ相互作用を可能にする圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムに関する。」(段落【0001】)

「【発明が解決しようとする課題】本発明者は,前記既知のシステムで与えられる圧力依存型の視覚的フィードバックが重大な欠点を有すること,すなわち,視覚的フィードバックが,タッチスクリーンにおける位置であって,圧力が加えられる当該スクリーンの別の位置から離れたタッチスクリーンにおける位置に与えられることとしていることを理解していた。当該位置が同一である場合,ユーザの手若しくは指,又はユーザによって操作されるスタイラスが,視覚的フィードバックを覆い隠し得る。しかし,この異なるスクリーン位置の構成は,ユーザが,当該システムの動作時において両方の位置を見張っておく必要があるので,インタラクションをあまりユーザフレンドリでないものにする。加えて,1つの位置を接触用に使用し,別の位置を対応する圧力依存型の視覚的フィードバック用に使用することは,特にPDA,携帯電話,及びMP3プレーヤなどのハンドヘルド型の装置のスクリーン面積に関してあまり効率的でない。」(段落【0003】)

「【課題を解決するための手段】すなわち,本発明は,表示モニタを覆って配置される圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムに関する。前記モニタは,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供する。前記表示が,前記圧力が加えられる前記スクリーンにおける第2領域の下にある前記モニタにおける第1領域を中心とされるようにレンダリングされる。斯様にして,ユーザは,加えられる圧力に関する視覚的なフィードバックを得るために接触領域を実際に見ていることになる。好ましくは,前記第1領域が,前記第2領域の第2寸法の制御の下にある第1寸法を有する。この特徴は,前記視覚的表示のサイズが,接触領域,すなわちユーザがタッチする領域のサイズに依存するようにされることを保障する。有利な点は,前記視覚的効果が,現在のユーザの指のサイズ,又はタッチスクリーンと相互作用するのに用いられるスタイラスのサイズに関係なく,常に見えることである。好ましくは,前記表示が,例えば,サイズ,形状,色,又はタッチされる領域における前記ディスプレイにレンダリングされる画像とのコントラストなど,前記圧力の大きさに依存した属性を備えるグラフィカル像を有する。本発明の実施例において,前記視覚的表示は,圧力が取り除かれた後しばらくの間可視の状態に維持されるようにされ得る。」(段落【0005】)

「また本発明は,表示モニタを覆って配置される圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムとのユーザインタラクションを促進する方法にも関する。本発明の当該方法は,前記モニタに,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供するステップを有し,前記表示は,前記圧力が加えられる前記スクリーンにおける第2領域の下にある前記モニタにおける第1領域を中心とされるようにレンダリングされる。本発明の実施例において,前記方法は,前記第1領域の第1寸法を,前記第2領域の第2寸法に依存させて制御するステップを有する。前記方法の更なる実施例において,前記表示は,前記圧力の大きさに依存する属性を備えるグラフィカル像を有する。前記属性は,例えば,サイズ,形状,色,前記ディスプレイにレンダリングされる画像とのコントラスト,及び透明性などを備える。好ましくは,前記属性は,ユーザプログラム可能である特性を有する。斯様な方法は,インターネットなどのデータネットワークを介してサービスを提供するサービスプロバイダなどに関する。前記サービスプロバイダは,GUIを提供し,接触位置及び接触圧力を表すデータを受信し,このデータを,例えば,ウェブページ及び地理的地図などに表示されるユーザ選択可能なオプションのメニューにおけるカーソルの位置及び視覚的形態を制御する命令として解釈する。」(段落【0009】)

「図2は,本発明の第1の実施例の動作を例示する。図2において,タッチスクリーン106は,ここではユーザの指110である接触オブジェクトの寸法によって決定される特定の位置における特定の表面領域を有するユーザ110との接触を登録する。システム100は,この場合,モニタ104にレンダリングされる視覚的表示202を提供する。表示202は,センサ108によって登録される圧力の大きさに依存する属性,ここでは寸法を有する。表示202は,例えば,不透明又は半透明のディスクなどのように形作られ得る。ユーザが圧力を増加させる場合,前記表示の寸法は,これに伴い増加され,表示204を生じさせる。ユーザが更に圧力を増加させる場合,当該表示は,同様に増大され,表示206になる。ユーザが,圧力を同様に減少させる場合,当該表示は,表示204の外観を呈し得る。代替的に,最も高い圧力に対応する表示は,圧力が減少した又はなくなった後にしばらくの間,可視の状態を維持し得る。このことは,適切なソフトウェア116の問題である。当該表示の寸法は,圧力の大きさに滑らかに追従して表示され得る。代替的に,当該表示は,圧力の2つの近接した数値範囲の間のしきい値を考慮された圧力の値に達すると,離散的なステップで変化し得る。例えば,メニューにおける複数のオプションの中から選択するのに圧力が用いられる場合に後者のオプションは有用である。

好ましくは,表示202の寸法は,表示202が,意味のあるユーザ入力として採用され得る圧力の最も控えめな値においても可視状態であるようにするために,接触領域の寸法より大きい最小値を有する。図3は,このことを,圧力「p」の関数として,表示の寸法「D」のグラフを用いて例として例示する。ゼロ圧力において,及び低圧力値の関数的に狭い範囲R内において,何の表示も全くレンダリングされない。この場合,圧力の値が,好ましくはプログラム可能であるしきい値Tを超えて増加されると,当該表示は,非ゼロ最小値寸法Dminを用いてレンダリングされる。最小値寸法Dminは,例えば,生体測定に基づく統計に基づいて且つ事前に決定されて,タッチスクリーン106及びユーザの指110の間の接触領域より大きいように選択される。代替的に,タッチスクリーン106は,可能であればユーザ110が最小寸法Dminに関する自身の好みに従いシステム100をプログラムした後で,接触領域の位置及びサイズの両方を登録し,表示202のサイズを十分に大きいようにするために調整する。ユーザ110が更に圧力を増加させる場合,これに伴い,表示の寸法は,示される例においては線形的に変化する。線形以外の関係も同様に用いられ得,例えば,単位圧力pの変化毎の寸法Dの変化率が,より大きい圧力の大きさpに関しては,より大きくなる。また,圧力pが,タッチスクリーンが耐え得る物理的限界の範囲内に入る特定の高い値に達する場合,ユーザへの警告として表示モニタ104のスクリーンを完全に覆うように表示がされ得る。

表示の属性が寸法であることに対する代替案として,又はそれに加えて,視覚的表示は,圧力に依存して変化する色,及び/又は色に依存して変化する形状などを有し得る。」(段落【0013】~【0015】)

このように,補正発明は,圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムに関するものであり,以下のような特徴が認められる。すなわち,既知のシステムでは,ユーザの手などにより,視覚的フィードバックが覆い隠されるため,圧力が加えられる位置から離れた位置に視覚的フィードバックが与えられていた。しかし,このような構成は,ユーザが,両方の位置を見張っておく必要があることに加えて,特にPDAなどのハンドヘルド型の装置のスクリーン面積に関してあまり効率的でないという課題が存在する。補正発明においては,表示モニタは,タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示に関して,(a)圧力が加えられる領域の下にある領域を中心としてレンダリングすることにより,ユーザは,視覚的なフィードバックを得るために接触領域を実際に見ることができ,(b)視覚的効果が,ユーザの指などのサイズに関係なく,常に見えること,また,(c)好ましくは,前記表示が,サイズ,形状,色など,圧力の大きさに依存した属性を備えるグラフィカル像を有する。この表示の寸法は,圧力の大きさに滑らかに追従して表示され得るが,代替的に,圧力の2つの数値範囲の間のしきい値に達すると,離散的なステップで変化し得る。表示の寸法は,接触領域の寸法より大きい最小値を有するが,この最小値寸法Dminは,例えば,生体測定に基づく統計に基づいてかつ事前に決定されて,タッチスクリーンとユーザの指との接触領域より大きいように選択される。代替的にユーザ自身の好みに従い接触領域の位置及びサイズの両方を登録し,表示のサイズを十分に大きいようにするために調整する。表示の属性として,寸法の代替案として,圧力に依存して変化する色,色に依存して変化する形状などを有し得る。そして,接触位置及び接触圧力を表すデータは,ウェブページなどに表示されるユーザ選択可能なオプションのメニューにおけるカーソルの位置及び視覚的形態を制御する命令として解釈されるものであるから,既に表示されているメニューにおけるカーソルの位置および視覚的形態を制御する態様を含むものである。

(2)  引用例1について

引用例1(甲1)には次のとおりの記載がある。

「【0019】タッチパネル9は,表示面8a全体を覆う透明な膜を設けた構成をなしており,ユーザが指先などでタッチしたことを検知して(タッチ検知),そのタッチ位置を検出する(位置検出)ものであるが,さらに,この具体例では,このタッチしたときの圧力を検出する(圧力検出の)機能も備えている。この圧力検出の機能を持たせる方法としては,次の表1に示すように,3つの方法がある。」

「【0047】いま,タッチ操作として,一瞬にして図3(c)に示すようなタッチパネル9へのタッチ操作がなされると,図9に示すように,タッチパネル9へのタッチ操作によってP≧P2まで圧力が変化するが,制御部17は,まず,P≧P1と判定し(ステップ102),次いで,P≧P2と判定する(ステップ103)動作を瞬間的に行なう。以下,かかる操作を押し込み操作という。

【0048】そして,制御部17は,タッチ位置を検出して,図6で説明したように,このタッチ位置が機能するアイコンのエリア内にあるか否か判定し(ステップ104),図8に示す画面(1)内のアイコン20以外のエリアがタッチされているときには,ステップ100に戻り,タッチ状態に変化がない限り,ステップ100~104の一連の動作を繰り返す。しかし,タッチ位置が図8に示す画面(1)内のアイコン20のエリア内である場合には(ステップ104),タッチされたアイコン20の色が変わったり,振動したりした図8の画面(2)に移るが,この場合,P≧P2であることから,この画面(2)も一瞬であって,アイコン20の色をさらに変えたり,サイズを変えたり,振動をさらに激しくするなどした図8の画面(3)となり,これとともに,このアイコン20によって決められる機能が実行される(ステップ105)。そして,指先16をタッチパネル9から離すなどしてP<P2の状態となると,制御部17はアイコン20の機能を終了させ(ステップ107),ステップ100に戻ってステップ100~102の動作を繰り返し,図8の画面(4)が表示されて待機する。

【0049】この第1の実施形態によれば,タッチされたアイコン20の色が変わったり,振動したりするので,使用者はタッチされた位置を明確に把握することができる。そして,このタッチされたアイコン20を強く押し込む操作で,さらにアイコン20を変化させるので,指の動作に連動して視覚的に押し込み操作を自覚させることができる。これにより,キーボードのようなタッチ感覚と押し込み操作の2段階操作を実現して,使用者に確かな操作感覚を提供することができる。

【0050】以上はP≧P2の場合であったが,P2>P≧P1の場合には(ステップ102,103),制御部17(図5)はタッチセンサの出力から指先16のタッチ位置を検知し,これと記憶部19(図5)のデータとを比較することにより,このタッチ位置がアイコン20のエリア内かどうか判定する。このエリア内である場合には,このアイコン20が移動可能であるかどうかを判定し,移動可能である場合には,制御部17はタッチ位置が移動可能なアイコン20のエリア内にあると判定し,アイコン20が移動可能であるとともに,移動を開始できることを示すように表示した図10に示す画面(2)を表示画面2に表示させる(ステップ108)。かかる移動可能であること,移動を開始できることを示す表示方法としては,例えば,アイコン20の表示色を変化させたり,振動させたりするなどの方法がある。また,サイズを変えるようにしてもよいし,これらを組み合わせてもよい。」

以上のように,引用例1には次のような特徴のある発明が記載されている。すなわち,引用発明のタッチパネルは,タッチ検知,位置検出するものであり,圧力検出の機能も備えている。ユーザが,タッチ操作として,押し込み操作を行うと,制御部は,タッチ位置を検出して,アイコンのエリア内にあるか否か判定し,アイコン20のエリア内である場合には,(a)タッチされたアイコンの色をさらに変えたり(補正発明について説明した(a)の特徴に対応),(c)サイズを変えたり(同じく(c)の特徴に対応),振動をさらに激しくするとともに,このアイコンによって決められる機能が実行される。この実施形態によれば,タッチされたアイコンの色が変わったり,振動したりするので,使用者はタッチされた位置を明確に把握することができる。そして,このタッチされたアイコンを強く押し込む操作で,さらにアイコンを変化させるので,指の動作に連動して視覚的に押し込み操作を自覚させることができる。また,P2>P≧P1の場合には,制御部はタッチ位置がアイコン20のエリア内かどうか判定して,アイコン20の表示色を変化させたり,振動させたり,サイズを変えるようにしてもよいし,これらを組み合わせてもよい。

(3)  視覚的表示の提供について

原告は,引用発明は「指先のタッチ位置の検出前から既にアイコンが表示画面に表示されている」点で「モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供」する補正発明と相違すると判断されるべきである,補正発明とは全く異なる思想の上に創作されたこのような構成を有する引用発明を,補正発明の進歩性を判断するに当たってその先行技術として用いるべきでない旨主張する。

しかしながら,本願明細書には,接触領域の登録により提供される表示の属性として,寸法の他に,色や色に依存して変化する形状などを有し得ること,既に表示されているメニューにおけるカーソルの位置及び視覚的形態を制御する態様を含むことが記載されているから,補正発明は,接触領域の登録前において,何らかの視覚的表示が提供される発明も想定している。

請求項による構成上からも,視覚的表示につき,審決が認定した相違点1を超えて,原告がここで主張した点を踏まえての新たな相違点は,引用発明との間に認定する必要はない。

(4)  進歩性の判断に関する原告の主張について

原告の主張は次のとおり整理することができる。

① 引用例1に記載されたアイコンは,タッチ及び所定圧力の2段階で変化するだけであるから,圧力の大きさに依存して徐々に変化するものではない。

② 引用例1に記載されたアイコンは,接触領域の寸法に基づき変化するものではないことから,接触領域の寸法よりも大きくなるように制御されるはずがないし,引用例2に記載されたスイッチのマークは,表示された視覚的表示が接触領域の寸法に基づき変化することを開示するものではなく,引用例1及び引用例2は,圧力の大きさに依存して徐々に変化する視覚的表示を,接触領域の寸法よりも大きくなるように制御することを開示するものではない。

③ 引用発明は,タッチ検出前からアイコンが表示されていることを前提とするから,接触領域の登録により視覚的表示を提供する補正発明に想到する動機が存在しない。

④ 引用例2に記載された技術は,補正発明と同様に,指が画面に触れた場合に表示を与えるものであるから,指先のタッチ位置の検出前から既にアイコンが表示画面に表示されていることを前提とする引用発明とは,その技術思想の前提となるものが全く異なるから,引用例1及び引用例2に接した当業者がこれらを組み合わせ得たとする動機も存在しない。

ア しかしながら,まず,①の点についていえば,補正発明における「前記タッチスクリーンによって登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し」とあるのは,視覚的表示が「圧力の大きさに依存」して提供されることを規定するのみであって,依存の態様として,「圧力の大きさに依存して徐々に変化する」ことを規定するとはいえない。本願明細書(甲3)には,「表示の寸法は,圧力の大きさに滑らかに追従して表示され得る。代替的に,当該表示は,圧力の2つの近接した数値範囲の間のしきい値を考慮された圧力の値に達すると,離散的なステップで変化し得る」(段落【0013】)とあり,視覚的表示が「圧力の大きさに依存」して提供される態様として,「圧力の2つの近接した数値範囲の間のしきい値を考慮された圧力の値に達すると,離散的なステップで変化」する態様,すなわち,圧力の大きさに依存して徐々に変化するものではない態様を含むものとして記載されており,原告の主張は前提を欠く。

イ 次に,②の点を検討すると,引用例1には,ユーザが,押し込み操作を行うと,タッチされたアイコンの色をさらに変えたり,サイズを変えたりすることにより,アイコンを変化させ,指の動作に連動して視覚的に押し込み操作を自覚させることができることが記載されているから,ユーザがアイコンの変化を視覚的に認識可能であることを前提とすることは明らかである。すると,引用例1に記載されたアイコンは,ユーザがタッチしている状態で視覚的に認識可能な変化をするものであるから,接触領域以外の部分にも表示されることを前提とするものでもある。そして,アイコンが接触領域以外の部分にも表示される態様として,補正発明につき説明した(b)の特徴に対応する事項,すなわち接触領域の寸法よりもアイコンを大きく表示することは,自明の態様というべきである。また,審決は,引用例2について,「引用例2には,指Fが触れたタッチパネル6の領域の下にある表示装置5の表示画面5a上の領域にスイッチS1,S2のマークを出力表示するようにすること,及び指Fの大きさ(補正発明の「ユーザの接触オブジェクトの寸法」に相当する。)の違いによりタッチパネル6との接触面積(補正発明の「接触領域」に相当する。)に違いが生じるので,接触面積に応じてスイッチのマークの長さ,表示間隔を変更することが記載されている」と認定したものであり,この認定は支持することができる。このように,審決は,引用例2について,原告主張のように「スイッチのマークは,表示された視覚的表示が接触領域の寸法に基づき変化する」と認定したものではない。そして,引用例1及び引用例2はタッチパネルにタッチした場合の指などの接触オブジェクトと,タッチした領域に表示されるアイコンやマークの表示態様の制御で一致するから,両者を組み合わせることに動機付けが存在する。②の主張も理由がない。

ウ さらに,③の点を検討すると,前記(3)のとおり,補正発明は,視覚的表示を接触領域の登録によって初めて提供するものとはいえないから,前提において失当である。

エ 加えて,④の点についていえば,引用発明は,圧力の大きさに依存してアイコンのサイズが大きく表示されるものであるが,このアイコンは,ユーザがタッチしている状態で視覚的に認識可能な変化をするものであるから,接触領域以外の部分にも表示されることを前提とするものである。また,アイコンが接触領域以外の部分にも表示される態様として,接触領域の寸法よりもアイコンを大きく表示することは,前記イのとおり自明の態様である。そして,引用発明における接触領域の寸法よりもアイコンを大きく表示する態様として,アイコンの大きさの変化が十分に視認可能なように,引用例2に記載された「接触面積に応じてスイッチのマークの長さ,表示間隔を変更する」技術を組み合わせることにはその課題や目的に照らして十分に動機付けがある。

なお,ユーザがタッチしている状態で視覚的に認識可能な変化をするように表示されるアイコンの大きさを,指先のタッチ領域の検出により得られるタッチ領域よりも大きくなるように制御する必要性は,指先のタッチ位置の検出前からアイコンが表示されているか否かに左右されないことは明らかである。

(5)  取消事由1についてのまとめ

以上のとおりであり,審決がした補正前発明の容易想到性判断に,原告主張の誤りはなく,この点の審決の認定判断は支持することができる。

2  取消事由2(手続違背)

(1)  原告は,審決において拒絶査定時に引用された引用例1に加えて引用例2を新たに引用しているから,拒絶理由は解消されているといえること,拒絶査定時に引用された引用文献2については審決では取り下げられていることから,従前の拒絶理由は審尋に対する回答書で解消されているといえることといった理由で独立特許要件を満たしていると考えられるから,法159条2項における「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に該当し,新たな拒絶理由を通知しなければならないにもかかわらず,これに違反した手続違背がある旨主張する。

(2)  まず,審決時に引用例を追加したことをもって,引用例1に基づく拒絶理由解消が認められたことになるとの原告の主張は,理由がない。

(3)  原告の主張は,本件のように補正却下において拒絶査定時に引用されなかった文献が示された場合には,拒絶理由通知をすることなく補正が却下されることになり,請求人に反論の機会が与えられず,実質的に手続保障が尽くされていないとの趣旨を含むので,この点を検討する。

法159条2項の準用する法50条の本文は,限定的減縮の補正について,法50条ただし書に基づいて補正却下した結果,拒絶査定の対象となった補正前発明について審決しようとするとき,その拒絶理由が拒絶査定の理由と異なる場合に,拒絶理由の通知を要求している。

この点,本件において,拒絶査定の理由は,「引用文献1記載の発明は,タッチした位置において押圧力の変化に応じて表示にフィードバックを行うものであり,補正後の本願請求項1に係る発明と格別相違しない。なお,意見書における『任意の位置』というのは,請求項に基づく主張でないため採用しない。また,仮に任意の位置に補正したとしても,引用文献1におけるアイコンとのマッチング処理を省略するだけであり,引用文献1記載の発明から容易に発明をすることができたものである」(甲8)というものであるのに対し,本件補正を却下した理由は,「引用発明において,上記引用例2記載の技術を適用し,『前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される』ようにすることは当業者が容易なし得ること」というものである。

確かに,引用例2は審決時において初めて原告に提示されたものであり,それまでの手続で示されたものではなく,平成23年12月20日に発送された審尋(甲9)時に提示された引用文献2(甲19。特開2001-350586)とは異なっている。しかしながら,引用例2においては指が太い場合に接触面の大きさに従ってスイッチの視覚的表示が拡大するという点で,引用文献2と一見異なるようであるが,実質的には,指の接触面の大きさ,すなわち圧力に従ったスイッチという点で共通点がある上に,そのことは,前記1(4)イで判断したように引用例1においても自明のものとして既に評価し尽くされているといってもよく,進歩性判断を妨げる理由として引用例2で実質的に新しい事項を追加したというまでもない。

拒絶査定は,「引用発明と格別相違しないか,容易に発明をすることができた」との趣旨であり,審決は「引用発明に引用例2を適用することは容易になし得た」との趣旨のものである。両者の判断は骨子部分で重なり合っているし,審決が適用した引用例2の技術は,引用例1において自明であるような当業者の技術常識ともいえる事項であるから,本件をもって,改めて拒絶理由の通知をしなければ,請求人である原告の手続保障が十分図れなかった事案であったということはできない。

したがって,本件は,改めて拒絶理由通知をしなければ手続保障に反するということはできず,原告主張の手続違背は存しないというべきである。

3  取消事由3(補正前発明に係る進歩性の判断)

(1)  原告は,引用例1のアイコンは,指先のタッチ位置の検出後に初めて提供されるものではなく,更に,アイコンの領域内の任意の位置でタッチ位置を検出可能であることから,指先のタッチ位置を中心にレンダリングされるものでもない旨主張する。

しかしながら,補正前発明は,視覚的表示を接触領域の登録によって初めて提供するものとはいえないことはその構成から明らかである。原告の主張は前提を欠き理由がない。

(2)  また,原告は,審決は,タッチパネル入力装置において,タッチした領域のサイズに依存して画面に表示されるアイコン,ボタン等のサイズを制御することが周知技術と認定したが,補正前発明の構成は,そのような周知技術に該当しない旨主張する。

しかしながら,審決が認定した引用発明との相違点は,「補正前発明は,『前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される』のに対し,引用発明は,タッチした領域のサイズに依存してアイコン20の表示サイズを制御することは記載されていない点」である。そして,審決が引用した周知例である(1)特開平10-49305号公報(甲17),(2)特開2003-271310号公報(甲18),(3)特開平11-212726号公報(引用例2)の記載からすれば,審決が「タッチパネル入力装置において,タッチした領域のサイズに依存して画面に表示されるアイコン,ボタン等のサイズを制御すること」を周知技術として認定したことに誤りはなく,かかる当時の周知技術に照らせば,当業者にとって引用例1から補正前発明に到達することは容易であったといえる。

(3)  以上によれば,取消事由3に関する原告の主張は理由がない。

第6結論

以上より,原告の請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)

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