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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10335号 判決 2013年6月06日

原告

栗田工業株式会社

訴訟代理人弁理士

重野剛

被告

特許庁長官

指定代理人

河原英雄

紀本孝

中島庸子

堀内仁子

主文

特許庁が不服2011-15748号事件について平成24年8月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

主文同旨

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は容易想到性である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成18年11月15日,発明の名称を「斑点防止方法」とする発明につき特許出願をしたが,平成22年7月13日,拒絶理由通知を受け(甲8,起案日は同月7日付け),同年8月25日,手続補正をしたが(甲10),同年12月7日,再び拒絶理由通知を受け(甲11,起案日は同年11月24日付け),平成23年1月27日,2度目の手続補正をしたが(甲13),同年5月31日,拒絶査定を受けたので(甲14,起案日は同年5月24日付け),同年7月21日,不服の審判(不服2011-15748号)を請求するとともに(甲15),手続補正をした(本件補正,甲16)。特許庁は,平成24年8月20日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月4日,原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  本件補正後の本願発明(補正発明)は,本件補正に係る請求項1に記載された次のとおりである(甲16)。

「填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において,

製紙工程水に塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加する方法であって,

該塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を原料系と回収系との双方に添加することを特徴とする斑点防止方法。」

(2)  本件補正前の本願発明(補正前発明)は,平成23年1月27日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定されるものであるところ,その請求項1に係る発明は,次のとおりである(甲13)。

「製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において,

製紙工程水に塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加する方法であって,

該塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を原料系と回収系との双方に添加することを特徴とする斑点防止方法。」

3  審決の理由の要点

審決は,「補正発明は,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。」,「補正前発明は,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」と判断した。

審決が上記判断の前提として認定した刊行物1(特開平5-146785号公報,甲1)に記載された発明(引用発明),補正発明と引用発明との一致点及び相違点,相違点についての審決の判断は,以下のとおりである。

(1)  引用発明

「パルプスラリーの濃原液に,次亜塩素酸ナトリウム及び臭化アンモニウムを混合した混合物を添加する,水性システムにおける微生物を殺害し,そして生物汚染を阻害するための方法。」

(2)  一致点及び相違点

ア 一致点

「製紙工程水に塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加する方法。」

イ 相違点1

補正発明においては,「填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程において」と限定がされているのに対し,引用発明においては,そのような限定がされていない点。

ウ 相違点2

補正発明においては,「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において」及び「斑点防止方法」と限定されているのに対し,引用発明においては,「水性システムにおける微生物を殺害し,そして生物汚染を阻害するための方法」と限定されている点。

エ 相違点3

塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物の添加箇所について,補正発明においては,「原料系と回収系との双方に」添加するのに対し,引用発明においては,「パルプスラリーの濃原液に」添加する点。

(3)  相違点についての審決の判断

[相違点1及び相違点2について]

填料として炭酸カルシウムを用いる製紙方法は周知であり(例えば,前置報告書において例示された特開平8-176996号公報(周知例1)の段落0003,及び江草清行,“抄紙工程におけるデポジットコントロール剤の最近の技術動向(第1報)デポジット問題の基礎知識とスライムコントロール剤”,紙パ技協誌,日本,紙パルプ技術協会,1996年7月1日,第50巻第7号,992-1005頁(周知例2)の995頁右欄27~28行),また,製紙原料として古紙を用いることは例示するまでもなく周知の技術であって,填料として炭酸カルシウムを含有する古紙を製紙原料とした製紙工程,すなわち古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程も,例示するまでもなく周知である。さらに,(ア)炭酸カルシウムを填料として用いることができる中性抄紙又はアルカリ抄紙においては,製紙工程水中で微生物が繁殖し易いこと,及び(イ)製紙工程において,装置の器壁に付着した微生物が微細繊維や填料等を取り込みながら増殖することによってスライムデポジットが生成し,このスライムデポジットが流速により脱落して,抄紙された紙における斑点等の障害の原因となることは,いずれも周知の事項であり((ア)については,例えば周知例1の段落0003及び周知例2の1000頁左欄下から2行~1001頁左欄3行,(イ)については,例えば周知例2の996頁左欄25~31行及び997頁図4参照),また,製紙工程において,微生物の繁殖に起因するスライム障害を防止するために微生物の増殖抑制又は殺菌のためにスライムコントロール剤を製紙工程水に添加することは常套手段である(例えば周知例1の段落0004及び周知例2の1002頁左欄6行~右欄下から3行参照)。したがって,填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,微生物の増殖に起因する斑点を防止するために,製紙工程水にスライムコントロール剤を添加することは,当業者が普通に想到し得ることである。

そして,具体的なスライムコントロール剤は,その効力や他の添加剤への影響等を勘案しつつ当業者が適宜に選択し得るものであり(周知例2の1003頁右欄27行~1004頁5行参照),刊行物1には,引用発明の方法は中性又はアルカリ性の条件で効果的であること,及び引用発明の方法は他のスライムコントロール剤を用いた場合に比較して殺菌の効力において優れていることも記載されているから(段落0018,0019,0039~0041),引用発明において,中性又はアルカリ性で行われる製紙工程である「填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程」においてとの限定を付すことは,当業者が容易に想到し得ることである。

そして,引用発明の方法によって微生物の増殖抑制又は殺菌が行われると,填料を取り込んだスライムデポジットに起因する斑点が防止されるのであり,微生物の増殖に起因するものである限り,炭酸カルシウムを主体とする斑点についても,その発生が防止できることは当業者にとって明らかである。よって,補正発明において,「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において」及び「斑点防止方法」と限定した点が格別のものであるとはいえない。

以上のことから,前記相違点1及び相違点2に係る補正発明の構成とすることは,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に想到し得ることである。

[相違点3について]

製紙工程において,スライムコントロール剤の添加箇所は,微生物の発生箇所や薬剤添加の効果を勘案して当業者が適宜に設定し得る設計的事項であり,スライムコントロール剤を原料系や回収系に添加することは周知の技術である(例えば,拒絶査定において例示された特開2005-205354号公報(段落0043),特開2000-256993号公報(段落0002,0035,0041,0042),及び特開2005-336636号公報(段落0012~0019))。

したがって,引用発明における次亜塩素酸ナトリウム及び臭化アンモニウムを混合した混合物を,製紙工程における原料系と回収系との双方に添加して,前記相違点3に係る補正発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得ることである。

そして,補正発明によって当業者が予期し得ない格別の効果が奏されるとは認められない。

以上のことから,補正発明は,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)  補正前発明と引用発明との相違点についての審決の判断

補正前発明は,前記(3)で検討した補正発明における製紙工程についての「填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する」という限定事項を省いたものである。

そうすると,補正前発明の特定事項をすべて含み,さらに他の特定事項を付加したものに相当する補正発明が,前記(3)に記載したとおり,引用発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,補正前発明も,同様の理由により,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(相違点1及び相違点2の判断の誤り)

(1)  刊行物1について

刊行物1(甲1)の【特許請求の範囲】の【請求項1】,【0023】,【0039】~【0041】の記載によれば,刊行物1には,パルプスラリーの濃原液に酸化生物殺生剤としてNH4Br+NaOClを添加して微生物を殺害することは記載されている。

しかしながら,それによって,填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程において抄紙される紙における炭酸カルシウムを主体とする斑点の発生を防止することは刊行物1には記載されていない。

すなわち,補正発明で処理対象とする製紙工程は,「填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程」,すなわち,「炭酸カルシウムが存在する製紙工程」であり,補正発明は,このような「炭酸カルシウムが存在する製紙工程」における「紙に発生する炭酸カルシウム主体の斑点を防止する」ものである。

これに対して,刊行物1には,刊行物1に係る「スライム(微生物)の除去方法」の処理対象である「漂白-パルプ及び紙等の製紙分野」に「炭酸カルシウムが存在する」との記載も示唆もなく,刊行物1には,「炭酸カルシウムが存在する製紙工程」において,「炭酸カルシウム主体の斑点が紙に発生する」という,補正発明で解決すべき課題の開示はない。

刊行物1記載の「漂白-パルプ及び紙等の製紙分野」,すなわち,「炭酸カルシウム主体の斑点の問題のない漂白-パルプ及び紙等の製紙分野」に刊行物1に記載される「NH4Br+NaOCl」を添加しても,「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点の防止」という効果を得ることはできない。

(2)  周知例2について

周知例2(甲3)の992頁右欄8~14行,996頁左欄25~31行の記載によれば,周知例2には,白水循環系のフローボックス・ワイヤー下・白水ピット・スクリーン・デフレーター等に付着・成長したスライムデポジットがある程度の大きさになると脱落し,斑点が発生すること,このスライムデポジットは微生物が主体となって生じる泥状粘着物質であることが記載されている。

(3)  審決における刊行物1及び周知例2と補正発明との対比の誤りについて

ア 上記のとおり,刊行物1には,パルプスラリーの濃原液にNH4Br+NaOClを添加して微生物を殺害することが記載されており,周知例2には,白水循環系のフローボックス・ワイヤー下・白水ピット・スクリーン・デフレーター等に付着・成長したスライムデポジットがある程度の大きさになると脱落し,スライムデポジットによる斑点が発生すること,及びスライムデポジットは微生物が主体となって生じる泥状粘着物質であることが記載されている。

したがって,刊行物1と周知例2とを組み合わせた場合には,「パルプスラリーの濃原液にNH4Br+NaOClを添加して微生物を殺害し,これにより,白水循環系のフローボックス・ワイヤー下・白水ピット・スクリーン・デフレーター等へのスライムを主体としたスライムデポジットの付着・成長を防止し,スライムデポジットによる斑点発生を防止する」という技術思想に想到できる。

補正発明は,「製紙工程で紙に発生する斑点は炭酸カルシウム主体であり,スライムの判定に用いるニンヒドリン判定では陰性を示すことから,従来は,スライムとは無関係と考えられてきた。しかし,本発明者らが詳細に検討した結果,製紙工程で紙に発生する斑点には,極微量のスライムが関与していることが判明した。また,微量スライムはその重量の1000倍以上の炭酸カルシウム凝集させることも判明した。すなわち,抄紙系だけではなく原料系や回収系に付着した微量スライムが,系内に混入した炭酸カルシウムを凝集させ,この結果,斑点が発生することとなる。」(本願明細書(甲7)【0008】)という知見に基づくものであり,「本発明では,こうした微量スライムを除去することにより斑点,特に炭酸カルシウム主体の斑点の発生を防止するものである。本発明では微量スライムの除去に有効な薬剤を製紙工程に添加して系内全体にわたってスライムの付着を完全に防止し,その結果,微量スライムによる炭酸カルシウムの凝集を防ぎ,斑点の発生を抑える。」(甲7【0009】)という作用効果を奏する。

すなわち,補正発明では,製紙工程水に塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加することにより,微量スライムを除去することで炭酸カルシウムの凝集を防止し,これにより炭酸カルシウム主体の斑点の発生を防止する。

かかる塩素系酸化剤とアンモニウム塩の反応物の添加が奏する,微量スライム除去による炭酸カルシウムの凝集防止及び炭酸カルシウムを主体とする斑点防止という作用は,「NH4Br+NaOClを添加して微生物を殺害し,これにより白水循環系のフローボックス・ワイヤー下・白水ピット・スクリーン・デフレーター等へのスライムを主体としたスライムデポジットの付着・成長を防止し,スライムデポジットによる斑点発生を防止する」という刊行物1及び周知例2からの想到技術思想とは相違する。

すなわち,補正発明は,製紙工程水への塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物の添加は,炭酸カルシウムの凝集を防止して斑点を防止するものであるのに対し,刊行物1及び周知例2からの想到技術思想は,スライムを主体としたスライムデポジットの付着・成長を防止し,スライムデポジットによる斑点を防止するものであるから,補正発明と,刊行物1及び周知例2からの想到技術思想とは,斑点が凝集炭酸カルシウムによるものであるか,微生物が主体となって生じる泥状粘着物質よりなるスライムデポジットによるものであるかにおいて根本的に相違する。

補正発明がスライムデポジットの付着・成長を防止することによって斑点を防止するものでないことは,本願明細書【0029】~【0033】の[実験例1]で,炭酸カルシウム分散剤であるポリアクリル酸ソーダは,本系では全く効果を発揮せず(No.2~4),DBNPA等のスライムコントロール剤は,高濃度に添加しても,炭酸カルシウムの凝集,付着を完全に抑えることはできなかった(No.5~19)のに対して,本発明によれば,低濃度で完全に炭酸カルシウムの凝集,付着を防止することができた(No.20~24)ことから明らかである。

したがって,審決の,「引用発明の方法によって微生物の増殖抑制又は殺菌が行われると,填料を取り込んだスライムデポジットに起因する斑点が防止されるのであり,微生物の増殖に起因するものである限り,炭酸カルシウムを主体とする斑点についても,その発生が防止できることは当業者にとって明らかである。よって,補正発明において,「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において」及び「斑点防止方法」と限定した点が格別のものであるとはいえない。」との認定は誤っている。

炭酸カルシウムを主体とする斑点の点に関し,審決は,「微生物の増殖に起因するものである限り,炭酸カルシウムを主体とする斑点についても,その発生が防止できることは当業者にとって明らかである。」と認定している。しかしながら,補正発明は,スライムデポジットに起因する斑点を防止するのではなく,引用発明からは予見し得ない炭酸カルシウムの凝集に起因する斑点を防止するものであるから,審決のかかる認定は誤りである。

すなわち,周知例2では,微生物が主体となって生じるスライムデポジットが白水循環系のフローボックス・ワイヤー下・白水ピット・スクリーン・デフレーター等に付着・成長し,ある程度の大きさになると脱落し,斑点等のスライムデポジットによる問題点が発生することをスライムコントロール剤によって防止するのであるのに対し,補正発明は,「炭酸カルシウムの凝集を防止して炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する」のであるから,斑点の組成のみならず,斑点の発生及び防止のメカニズムが周知例2とは根本的に相違する。

イ 補正発明は,刊行物1及び周知例2に加えさらに周知例1(甲2)を参照したとしても容易に発明をすることができたものではない。

すなわち,周知例1には,その請求項1のとおり,パルプ工場・製紙工場の工程水にヒダントイン系化合物を添加してスライム構成菌を殺滅または生育阻害することを特徴とするスライム障害防止方法について記載されているが,このヒダントイン系化合物の添加によって炭酸カルシウムの凝集を防止し,これによって炭酸カルシウムを主体とする斑点の発生を防止することは記載されていない。

周知例1の【0003】には「アルカリ抄紙法では,白水のクローズド化が可能となり,また安価な炭酸カルシウムを填料として使えるといった事情から有利な点が多い。しかし,一方でこのように抄紙法がアルカリ抄紙法に変わると,白水のクローズド化による水温の上昇,栄養分の濃縮,填料などの付着が微生物の棲息場所となり,加えてスライムを形成する微生物類の最適pHが6~8であることなど,従来の酸性抄紙法に較べて遥かにスライムが付着,生長し易い環境になったという不利な点も指摘されている。」と記載されており,アルカリ抄紙法ではスライムが付着,成長し易いことが示されているが,炭酸カルシウムを主体とする斑点に関しては全く記述がない。

また,周知例1の【0004】には,「パルプ工場,製紙工場の工程水中における微生物抑制,スライム障害防止については従来からいろいろな殺微生物剤の提案があり,例えば2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド,1,4ビスブロモアセトキシ-2-ブテンに代表される有機Br系化合物,5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾロン-3-オンと2-メチル-4-イソチアゾロン-3-オンの混合物に代表されるイソチアゾロン系化合物,α-クロロベンズアルドキシム(特開平6-49797号)などが提案されている。」と記載されているが,かかる殺微生物剤を添加すると炭酸カルシウムを主体とする斑点が効果的に抑制される点の記述はない。

周知例1の【0004】に記載の上記殺微生物剤のうち,「2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド,1,4ビスブロモアセトキシ-2-ブテン,5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾロン-3-オン」は本願明細書の比較例(実験No.5~7,11~13,14~16)で用いたものであり,また,周知例1の請求項1で用いられるヒダントイン系化合物よりなる殺微生物剤の具体例である1-ブロモ-3-クロロ-5,5-ジメチルヒダントイン(周知例1第3ページ左欄38~40行)も,本願明細書の比較例(実験No.17~19)で用いたBCDMH(ブロモクロロジメチルヒダントイン)であり,いずれも補正発明に比べて炭酸カルシウムを主体とする斑点防止効果が格段に劣ることが実証されている。

補正発明は,塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を製紙工程水にスライムの付着・成長の防止のために添加するのではなく,炭酸カルシウムの凝集防止のために添加するものであり,周知例1にはこの点の記載がないのであるから,補正発明は刊行物1及び周知例2に加え,さらに周知例1を参照しても当業者が容易に想到し得たものではなく,審決の認定は誤っている。

2  取消事由2(本願発明の誤認)

上記のとおり,本件補正の却下は違法であって取り消されるべきものであるから,審決は本願発明の要旨を誤認したものであり,取り消されるべきものである。

第4被告の反論

1  取消事由1に対して

(1)  刊行物1(甲1)について

「填料として炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程において,微生物が填料等を取り込みながら増殖して生成するスライムデポジットが原因で発生する斑点を防止する」という課題は,審決認定の周知の事項から,当業者にとって自明の課題である。

そして,引用発明に炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程を適用することは当業者が容易に想到し得ることであり,引用発明に前記周知の製紙工程を適用すれば,微生物が殺され又は増殖抑制され,填料である炭酸カルシウム等が取り込まれるスライムの生成及び成長が抑制され,スライムデポジットが原因で生じる斑点も防止されることとなる。原告が主張する「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点の防止」という効果は,引用発明に周知の技術等を適用することによって結果的にもたらされる効果に過ぎない。

(2)  周知例2について

周知例2(甲3)には原告主張のとおりの記載がある。前記記載における「泥状粘着物質」とは,周知例2の図4(997頁)に記載されている「微細繊維や填料を取り込み急激に成長」したスライムのことであり,前記「泥状粘着物質」は,填料等が取り込まれているものである。したがって,原告主張の周知例2の記載は,審決が認定した事項(周知の技術等)と何ら矛盾しない。

(3)  審決における刊行物1及び周知例2と補正発明との対比の誤りについて

ア 刊行物1と周知例2との組み合わせについて

刊行物1(甲1)と周知例2(甲3)とを組み合わせて原告主張の上記技術思想を想到できることには異論はない。そして,「スライムデポジットによる斑点発生」が防止されるという効果が,すなわち,填料として炭酸カルシウムが使用された場合の「炭酸カルシウムを主体とする斑点」の発生が防止されるという効果なのである。

イ 斑点の組成,斑点の発生及び防止のメカニズムについて

補正発明における「炭酸カルシウムを主体とする斑点」と,炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程において,微生物に起因したスライムに炭酸カルシウムが取り込まれたスライムデポジットが原因となって紙に発生する斑点とは,その発生のメカニズムにおいて相違するものではない。

また,引用発明に炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程を適用すれば,微生物が効果的に殺され又は増殖抑制され,填料である炭酸カルシウム等が取り込まれるスライムの生成及び成長が抑制され,スライムデポジットが原因で生じる斑点は防止されることとなる。微生物のスライムが原因で生じる「炭酸カルシウムを主体とする斑点」も,微生物を殺害する引用発明の方法によって防止されることは当業者にとって明らかである。

一方,補正発明も,薬剤の添加によって微量スライムを除去することにより炭酸カルシウムの凝集を防止し,これにより炭酸カルシウム主体の斑点の発生を防止するものである。

補正発明と,引用発明に炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程を適用した場合とで,斑点の組成,斑点の発生及び防止のメカニズムは相違するものではない。

原告は,「補正発明と,刊行物1及び周知例2からの想到技術思想とは,斑点が凝集炭酸カルシウムによるものであるか,微生物が主体となって生じる泥状粘着物質よりなるスライムデポジットによるものであるかにおいて根本的に相違する」と主張するが,補正発明における「炭酸カルシウムを主体とする斑点」と,周知例2に記載されたスライムデポジットが原因で発生する斑点は,いずれも,填料及び微生物の存在が原因で発生するものであり,微生物を殺し又は増殖抑制することで防止されるものである。補正発明における「炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する」という事項は,引用発明に炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程を適用した場合に結果的に奏される効果を特定したものに過ぎず,補正発明と,刊行物1及び周知例2からの想到技術思想とが根本的に相違するとの原告主張は失当である。

なお,原告主張は,炭酸カルシウムの凝集や補正発明が防止対象としている「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点」が,微生物とは無関係に生じ,補正発明において添加される薬剤が,微生物の増殖抑制又は殺菌と無関係に炭酸カルシウムの凝集を直接的に防止するものであることを前提としたような主張であるとも解釈できる。

しかしながら,そのような主張は,本願明細書(甲7)の記載と相容れない。すなわち,本願明細書の【0008】~【0012】には,微量スライムが炭酸カルシウムを凝集すること,及び微量スライムを除去することによって炭酸カルシウム主体の斑点の発生を防止できることが記載されており,また,前記したとおり,本願明細書でいう「スライム」及び「微量スライム」は,微生物に起因するものを指していることは明らかであるから,そのような微量スライムによって凝集される「炭酸カルシウム主体の斑点」は,周知例2に記載されたような,微生物に起因し填料を取り込んだスライムデポジットに由来する斑点と同じく,微生物に起因するものである。炭酸カルシウムの凝集や炭酸カルシウム主体の斑点が,微生物とは無関係であることを前提とした原告主張は,その前提において,本願明細書の記載と整合せず,むしろ矛盾するものであって失当である。

ウ 本願明細書の実験例及び実施例について

薬剤が異なれば効力が異なるのは普通のことであり,すべてのスライムコントロール剤が同程度の微生物の増殖抑制または殺微生物の効力を有しているとは限らないことも明らかである。現に,例えば,周知例1(甲2【0004】)及び周知例2(1004頁左欄7行~同頁右欄30行)に,薬剤の種類によって微生物の増殖抑制または殺微生物の効力が異なることが記載されている。本願明細書に記載された,周知のスライムコントロール剤を用いた実験例5~19と,補正発明に係る実験例20~24との効果の相違は,薬剤の種類によって効力が異なることによって生じた相違ともいえるから,前記効果の相違から,必ずしも,スライムデポジット防止作用と炭酸カルシウム凝集抑制作用とが別異の作用であるといえる訳ではない。

実験例5~19及び20~24の結果から「補正発明がスライムデポジットの付着・成長を防止することによって斑点を防止するものでない」ことをいう原告主張は,誤りである。

原告は,補正発明の優れた効果は実施例からも明確であると主張する。しかしながら,以下に述べるとおり,補正発明の効果は,引用発明及び周知の技術等から当業者が予期し得るものであって,当業者が予期し得ない格別顕著なものとはいえない。

刊行物1(【0039】~【0041】)には,引用発明における薬剤(次亜塩素酸ナトリウム及び臭化アンモニウムを混合した混合物)は,他の従来のスライムコントロール剤(例えば,本願明細書に記載された実験例で比較例として用いられたDBNPA)に比して優れた殺生物力を有していることが記載されている。したがって,引用発明に炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程を適用すれば,微生物に起因するスライムの発生を効果的に抑制でき,結果として,炭酸カルシウムが取り込まれたスライムデポジットによる斑点の発生も効果的に防止できるであろうことは,刊行物1の記載に基づいて当業者が予期し得ることである。

原告が主張する補正発明の効果は,単に,引用発明における前記薬剤が殺微生物の効力において優れているという刊行物1に記載された点を追認したものに過ぎず,当業者が予期し得ない格別の効果であるとはいえない。

エ 周知例1について

審決において,周知例1は,周知の技術等を認定するに際して例示したものである。原告の主張は審決を正解せずになされたものであって失当である。

また,原告が主張する,周知例1に記載された薬剤が,補正発明に比べて効果が劣ることについては,上記ウで述べたとおりである。

そして,原告の「補正発明は,塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を製紙工程水にスライムの付着・成長の防止のために添加するのではなく,炭酸カルシウムの凝集防止のために添加するものであり」との主張は,上記イで述べたとおり,炭酸カルシウムの凝集や炭酸カルシウム主体の斑点が,微生物とは無関係であることを前提とした主張であり,その前提において,本願明細書の記載と整合せず,むしろ矛盾するものであって失当である。

2  取消事由2に対して

上記のとおり,補正発明が,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはなく,取消事由2は前提を欠く。

第5当裁判所の判断

1  補正発明について

本願明細書(甲7)の記載によれば,補正発明の概要は以下のとおりである。

補正発明は,製紙工程において,抄紙される紙に発生する斑点,特に中性抄紙系における炭酸カルシウムを主体とする斑点を効果的に防止して,高品質の紙を歩留り良く製造するための斑点防止方法に関するものである(【0001】)。

近年の製紙工程の高度なクローズド化,古紙利用の促進,操業条件や添加薬品の多様化などから,製紙工程において汚れが現れやすくなっている。特に,近年の中性抄紙化に伴い,填料として炭酸カルシウムの使用量が増えてきていること,さらに,近年の古紙の利用率の上昇に従い,古紙に含まれる炭酸カルシウムが抄紙系内に多量に混入することから,製紙工程では,得られる紙に炭酸カルシウム主体の斑点が発生し,紙の品質低下,生産効率低下の要因となっている(【0003】)。

従来,これらの斑点が炭酸カルシウム主体であることから,ポリアクリル酸ナトリウム等の炭酸カルシウムスケール防止剤の添加や,スルファミン酸による抄紙系内の酸洗浄により,斑点の発生を抑制してきたが,このような従来の対策では十分ではなく,経日的に斑点が増加する状況にあった(【0004】)。

補正発明は,製紙工程における斑点の発生,特に中性抄紙系における炭酸カルシウム主体の斑点の発生を効果的に防止する方法を提供することを目的としたものであり(【0006】),填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において,原料系と回収系との双方の製紙工程水に,塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加するものである。そして,それにより,製紙工程において,抄紙される紙に発生する斑点,特に中性抄紙系における炭酸カルシウムを効果的に防止して,高品質の紙を歩留り良く製造することができるという効果を奏するものである(【0017】)。

2  引用発明について

刊行物1(甲1)によれば,引用発明の概要は以下のとおりである。

刊行物1の特許請求の範囲に記載された発明は,高い塩素要求水における微生物を殺害し,そして生物汚染を制御するための方法に関するものである(請求項1)。

循環水の生物学的汚染は,よく知られ且つ十分に実証された問題である(【0001】)。藻類,菌類,細菌及び他の単純な生命形が循環水に見出され,微生物のタイプ及び微生物増殖の程度は水源及び他の要因に依存するが,循環水における生物学的増殖は,パイプラインを汚染し,腐蝕を促進し,木材を攻撃し,熱トランスファーを低め,フィルターをふさぎ,紙シートの欠陥を引き起こし;サイジング混合物を分解し,そして多くの他の工程の妨害を引き起こすことができる(【0002】【0003】)。

塩素ガス,次亜塩素酸,臭素及び他の酸化生物殺生剤を包含する酸化生物殺生剤は,再循環水に広く使用される(【0004】)。水及び生物フィルムにおける微生物の増殖は,水の塩素要求(水における物質により減じられ,又は塩素の不活性形に転換される塩素の量として定義される。)及び処理されるべくシステムの塩素要求に寄与する。酸化生物殺生剤は,重スライムを含む高塩素要求水においては無効果である。非酸化生物殺生剤が通常,そのような水のためにすすめられる(【0005】【0006】)。

刊行物1の特許請求の範囲に記載された発明は,水,特に冷却水及び高い塩素要求水を有する水性システムにおける微生物を殺害し,そして生物汚染を阻害するための方法及び組成物を提供することを目的としたものであり(【0013】),高い塩素要求水における微生物を殺害し,そして生物汚染を制御するための方法であって,次亜塩素酸ナトリウム等の酸化体と,臭化アンモニウム等のアンモニウム塩を混合し,その混合物をすぐに処理されるべき水性システムに添加するものである。上記混合物は,水システムにおける要求が60分以内で2.0ppm~1.8ppmのCl2を越える場合,他の酸化生物殺生剤(たとえば塩素又は臭素)よりもより効果的であるという効果を奏するものである(【0018】)。

引用発明は,上記の高い塩素要求水としてパルプスラリーの濃原液を用いた実施例の例6に係るものであり,パルプスラリーの濃原液に,次亜塩素酸ナトリウムと臭化アンモニウムとの混合物を添加するものである(【0039】~【0041】,表6)。

3  相違点1及び相違点2の判断について

(1)  補正発明は,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法に関するもので,本願明細書の記載によれば,炭酸カルシウムが存在する製紙工程では,抄紙系,原料系,回収系に付着した微量スライムが炭酸カルシウムを凝集させ,紙に炭酸カルシウムを主体とする斑点が発生する(甲7【0003】【0008】)が,その斑点の発生を防止するために,原料系と回収系の双方の製紙工程水に,塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加するものである。それにより,微量スライムを除去し,系内全体にわたってスライムの付着を防止することで,微量スライムによる炭酸カルシウムの凝集を防ぎ,炭酸カルシウムを主体とする斑点の発生を防止することができる(【0009】)というものである。

上記の斑点は,炭酸カルシウムを主体とするものであり,本願明細書の記載によれば,ニンヒドリン反応では陰性を示すもの(【0008】)であり,従来の炭酸カルシウムスケール防止剤やスライムコントロール剤では,その濃度を高くしたとしても十分に防止できないもの(【0004】【0010】表1)と認められる。

(2)  上記2のとおり,引用発明は,パルプスラリー(製紙工程水)の濃原液における微生物を殺害し,生物汚染を阻害するための方法に関するもので,パルプスラリーの濃原液に,次亜塩素酸ナトリウム及び臭化アンモニウムを混合した混合物を添加することにより,微生物を殺害し,生物汚染を阻害するというものである。

補正発明と引用発明とは,製紙工程水に,塩素系酸化剤とアンモニウム塩との反応物を添加する点で共通するものである。しかし,引用発明は,パルプスラリーの濃原液における微生物を殺害し,生物汚染を阻害するものであり,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止するものではない。

刊行物1には,循環水における微生物の増殖は,紙シートの欠陥を引き起こすこと(【0002】【0003】)が記載されているが,その具体的な内容は明らかではなく,刊行物1の実施例の例6(【0039】~【0041】,表6)においても,パルプスラリーの濃原液に各種の薬剤(生物殺生剤)を添加した場合における,微生物の生存計数が示されるのみである。刊行物1には,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,微量スライムが炭酸カルシウムを凝集させることにより,紙に炭酸カルシウムを主体とする斑点が発生すること,また,製紙工程水に上記一致する反応物を添加することにより,このような斑点を防止できることについては記載も示唆もない。したがって,刊行物1は,引用発明に係る方法を,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において実施することにより,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止することを動機づけるものではない。

(3)  甲2,3(周知例1,2)によれば,①填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程は周知のものと認められ,また,②炭酸カルシウムが存在する製紙工程では,微生物が繁殖しやすいこと,③微生物の繁殖により,微生物を主体とし填料等を含むスライムデポジットが生成され,紙に斑点が発生する等の問題を生じること,④このような問題を防止するために,製紙工程水にスライムコントロール剤を添加し,微生物の繁殖を抑制し又は殺菌することは,いずれも周知の事項と認められる。

しかし,上記の斑点は,微生物を主体とするスライムデポジットによるものであり,ニンヒドリン反応では陽性を示すもの(本願明細書【0008】,甲19)と考えられる。また,補正発明における炭酸カルシウムを主体とする斑点が,従来のスライムコントロール剤では,その濃度を高くしたとしても十分に防止できず,上記反応物によれば防止できるものであることも考慮すれば,上記の斑点は,填料を含むものではあるものの,補正発明における炭酸カルシウムを主体とする斑点とは異なるものと認めるのが相当である。周知例1,2にも,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,微量スライムが炭酸カルシウムを凝集させることにより,紙に炭酸カルシウムを主体とする斑点が発生すること,また,製紙工程水に上記反応物を添加することにより,このような斑点を防止できることについては記載も示唆もない。周知例1,2も,引用発明に係る方法を,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において実施することにより,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止することを動機づけるものではない。

以上のとおり,周知例1,2には,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,製紙工程水に上記反応物を添加することにより,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止できることについて記載も示唆もない以上,引用発明に係る方法を,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において実施することにより,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する動機づけは認められない。

(4)  被告は,刊行物1には,引用発明における薬剤は,他の従来のスライムコントロール剤に比して,優れた殺生物力を有していることが記載されており,引用発明に炭酸カルシウムが存在する周知の製紙工程を適用すれば,微生物に起因するスライムの発生を効果的に抑制でき,結果として,炭酸カルシウムが取り込まれたスライムデポジットによる斑点の発生も効果的に防止できることは,刊行物1の記載に基づいて当業者が予期し得ることであるから,補正発明の効果は,当業者が予期し得ない格別顕著なものとはいえないと主張する。

しかし,補正発明の効果は,本願明細書の記載によれば,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を効果的に防止して,高品質の紙を歩留り良く製造することができる(【0017】)ことと認められるところ,上記(3)のとおり,炭酸カルシウムを主体とする斑点と,スライムデポジットによる斑点とは,異なるものである。被告の主張は,炭酸カルシウムを主体とする斑点が,スライムデポジットによる斑点と同じものであることを前提とするものであり,前提において失当である。

また,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,微量スライムが炭酸カルシウムを凝集させることにより,紙に炭酸カルシウムを主体とする斑点が発生することは,いずれの証拠にも記載も示唆もない。補正発明における炭酸カルシウムを主体とする斑点は,そもそも,その存在自体が知られておらず,また,その発生に微量スライムが関与していることも知られていない以上,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を効果的に防止して,高品質の紙を歩留り良く製造することができるという補正発明の効果は,当業者といえども予測できないものであることは明らかである。

(5)  そうすると,引用発明に係る方法を,炭酸カルシウムが存在する製紙工程において実施し,紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法とすること,すなわち,引用発明において,「填料としての炭酸カルシウム及び/又は古紙由来の炭酸カルシウムが存在する製紙工程において」と特定するとともに(相違点1),「紙に発生する炭酸カルシウムを主体とする斑点を防止する方法において」及び「斑点防止方法」と特定すること(相違点2)は,当業者が容易に想到することとはいえない。

4  小括

以上によれば,「補正発明は,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。」との審決の判断には誤りがある。取消事由1には理由があり,取消事由2も理由がある。

第6結論

以上によれば,原告の請求には理由がある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)

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