知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10351号 判決 2013年3月14日
原告
X
被告
特許庁長官
同指定代理人
井上信一
手島聖治
西山昇
田部元史
守屋友宏
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2011-9285号事件について平成24年8月13日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成17年12月7日,発明の名称を「購入用QRコード」とする特許出願(特願2005-352786号。請求項の数1)をした(甲1)。
特許庁は,平成23年1月19日付けで拒絶査定をしたため(甲5。以下「本件拒絶査定」という。),原告は,同年5月2日,これに対する不服の審判を請求した(甲6)。
(2) 特許庁は,これを不服2011-9285号事件として審理し,平成24年8月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同年9月24日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,特許請求の範囲に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲1)を,図面を含めて「本願明細書」という。)。
個人が携帯電話機等でコンテンツサーバへの接続可能な機器を用いて,数字選択式宝くじ,スポーツ振興くじ及び各公営競技において購入したい内容をコンテンツから割り当てる第1の割り当て手段と,第1の割り当て手段から入力された情報を受け取る第2の送信手段と,第2の送信手段から受け取った情報をQRコード化する第3の変換手段と,第3の変換手段からQRコード化した情報を返送する第4の手段と,第4の手段から受け取ったQRコードをQRコードスキャナに読み取らせ,購入したい内容のデータに変換し,発券機より各くじのチケット及び各公営競技の投票券が購入可能となる第5の手段を備えることを特徴とする情報処理装置
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,後記引用例に記載された発明並びに後記周知例1及び2等に記載された周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例:特開2003-77023号公報(甲9)
イ 周知例1:特開2003-242287号公報(甲10)
ウ 周知例2:特開2001-344545号公報(甲12)
(2) 本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明:投票者(ファン)が,インターネット接続サービスを通じてアプリケーション・サーバにアクセスできる携帯電話で,競馬,競艇,競輪等の公営競技において投票券を購入するに当たって,ダウンロードした投票用テンプレートと投票内容の記入に必要なソフトウェアで投票内容を記入する構成と,そのデータをアプリケーション・サーバに送信する構成と,アプリケーション・サーバでは,投票内容のデータを,開催場,レース番号,賭け式,組番及び購入金額の各データで定まるバーコードデータへ変換する構成と,バーコードデータを携帯電話に送信する構成と,自動投票券販売機は,携帯電話の画面上のバーコードを読み取り,相当する投票金額が投入されると,バーコードで示された投票内容を反映した投票券を発券する構成とを備え,投票用紙を不要とし,投票者(ファン)の手間を省き,効率的に投票できる,プログラムによって実行される公営競技等における投票システム
イ 一致点:個人が携帯電話機等でコンテンツサーバへの接続可能な機器を用いて,各公営競技において購入したい内容をコンテンツから割り当てる第1の割り当て手段と,第1の割り当て手段から入力された情報を受け取る第2の送信手段と,第2の送信手段から受け取った情報を識別コード化する第3の変換手段と,第3の変換手段から識別コード化した情報を返送する第4の手段と,第4の手段から受け取った識別コードをコードスキャナに読み取らせ,購入したい内容のデータに変換し,発券機より各公営競技の投票券が購入可能となる第5の手段とを備える情報処理装置
ウ 相違点1:本願発明は,識別コードの種類が「QRコード」であり,「QRコード化」する第3の変換手段と,「QRコード化」した情報を返送する第4の手段と,「QRコードをQRコードスキャナに読み取らせ」る第5の手段を備えるものであるのに対し,引用発明は,識別コードの種類が「バーコード」であり,各構成において「QRコード」を処理することが明確に特定されていない点
エ 相違点2:本願発明では,取り扱う対象が,「数字選択式宝くじ,スポーツ振興くじ及び各公営競技において購入したい内容」であり,発券機により「各くじのチケット及び各公営競技の投票券」を購入可能であるのに対し,引用発明では,取り扱う対象が「競馬,競艇,競輪等の公営競技」の「投票券」であり,発券機により「公営競技等」の「投票券」が購入可能であるものの「数字選択式宝くじ,スポーツ振興くじ」の「チケット」に関して購入可能であるかどうかに関して,明確に特定されていない点
4 取消事由
本願発明の容易想到性に係る判断の誤り
(1) 引用発明の認定の誤り
(2) 一致点及び相違点の認定の誤り
(3) 相違点1に係る判断の誤り
(4) 本願発明の奏する顕著な効果に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1 引用発明の認定の誤りについて
引用例に記載された発明は,携帯電話においてバーコード変換ソフトウェアをダウンロードし,同ソフトウェアを起動して画面を表示し,携帯電話で入力した内容を同ソフトウェアの記入内容の処理によりバーコード変換させるものである。携帯電話でバーコード変換させない場合,同ソフトウェアの一部を起動して画面を表示し,アプリケーション・サーバにてバーコード変換させるものである。
本件審決は,引用例に記載された発明を認定する際,携帯電話でバーコード変換ソフトウェアを起動するという部分を意図的に無視したものであって,同発明は,「携帯端末からアプリケーション・サーバにアクセスして,投票内容を送信する」ものではない。
したがって,引用例に記載された発明は,「携帯電話にて,バーコード変換ソフトウェアを起動させて,そのスイッチング操作にて,アプリケーション・サーバにて,バーコード変換させる方式を備えるものである」と認定されるべきであって,本件審決の引用発明の認定は誤りである。
2 一致点及び相違点の認定の誤りについて
(1) 一致点の認定の誤りについて
ア 本願明細書(【0007】)によれば,本願発明は,「コンテンツサーバ」にてコンテンツを作成して,それを携帯電話機等に表示させるものである。
他方,引用例(【0016】【0032】)によれば,引用例に記載された発明の携帯電話は,バーコード変換ソフトウェアをダウンロードして,そのソフトウェアを起動することにより画面を表示してバーコードデータに変換するものであり,同ソフトウェアを1度ダウンロードすれば,ソフトウェアの変更がない限り,アプリケーション・サーバと接続しなくてもバーコードデータに変換することが可能である。
イ アプリケーション・サーバとは,「ビジネスロジックなどを実装したアプリケーションソフトウェアを実行することを専門とするコンピュータネットワーク上のサーバコンピュータ,若しくはそのようなコンピュータ上でのアプリケーションの実行を管理補助するミドルウェアのこと」を意味するものであり,コンテンツサーバとは,「あるものの「内容」のこと,概念」であって,「情報そのもののことについて記す」ものである。
アプリケーション・サーバは,携帯電話でプログラムをダウンロードしたり起動したりすることを管理するサーバであり,コンテンツサーバは,単にホームページで作成された画面を管理するサーバであるから,両者のサーバの役割や仕組みは全く異なる。そして,アプリケーション・サーバは,携帯電話の対応機種に対応して画面を表示するプログラムが左右されるものであるが,コンテンツサーバは,携帯電話とは関係なく,ネットワークに接続できるか否かに左右されるものである。
また,引用例に記載された発明は,携帯電話でプログラムを起動して画面を表示する方式であるiアプリと同一の方式であるから,本願発明とは,機器構成のみならず,システム構成も異なるものである。
ウ したがって,本願発明の「コンテンツサーバ」と引用例に記載された発明の「アプリケーション・サーバ」とは,その用途及び意味が異なるものであるから,これらを混同して,本願発明と引用発明とは「個人が携帯電話機等でコンテンツサーバへの接続可能な機器を用いて,各公営競技において購入したい内容をコンテンツから割り当てる第1の割り当て手段」を備える点において共通するとした本件審決の一致点の認定は誤りである。
(2) 相違点の認定の誤りについて
本願発明は,コンテンツサーバからの携帯電話機等へのコンテンツの表示により「QRコード化」するのに対し,引用例に記載された発明は,携帯電話でバーコード変換ソフトウェアを起動し,画面を表示させることにより「バーコード化」するものであり,一度,同ソフトウェアを携帯電話にダウンロードすると,アプリケーション・サーバとの接続なしでバーコード化が可能である。
したがって,本願発明と引用例に記載された発明との一致点は,携帯電話機等及びサーバの送受信の部分のみであり,その他は全て相違するものであるから,本件審決の相違点1の認定は誤りである。
3 相違点1に係る判断の誤りについて
(1) 二次元コードについて
ア 本件審決は,二次元コードはQRコードしかなく,一次元コードに係る発明が存在する以上,二次元コードに係る発明は当業者が容易に想到し得たものであると判断したようであるが,二次元コードはQRコードに限られるものではなく,「Data Matrix」等も存在する。しかも,周知例1は「Data Matrix」に関する文献であり,周知例2はQRコードに関する文献である。
また,バーコードは,1次元コードに分類されるものであるが,QRコードはバーではなく,ドットの集合体であるから,2次元のバーコードと称することは誤りであり,2次元コードに分類されるべきものであって,被告は,二次元コードについて,正確に理解していないものである。
イ 本件審決は,QRコードを対象とした特許出願をするか否かは扱う情報量や価格などを考慮して決めるべき事項にすぎないなどと,引用例に記載されていない前提に基づいて判断している。しかし,引用例に記載された発明は,バーコードに限定した発明であって,引用例には,バーコードを一次元コードと思わせるような記載や二次元コードも存在すると思わせるような示唆はないから,QRコードを含む二次元コードにも適応できると理解することはできず,引用例に記載された発明に基づいて,当業者がバーコードとQRコードとを同様に取り扱うことができるものと想到することは,極めて困難である。被告は,バーコードを1次元のバーコード,QRコードを2次元のバーコードと称することによって,本願発明の容易想到性を作為的に導き出そうとしているにすぎない。
ウ 本願発明及び引用例に記載された発明は,いずれも投票用紙が介在しない課題解決手段を採用するものであるが,引用例に記載された発明は,ファンに手軽な投票システムを提供することを目的として,バーコード技術を基礎に改良して投票用紙を不要とするものであり,インターネット接続料を抑えるため,アプリケーションプログラムを携帯端末に保持させることにより,ファンがインターネットに接続することなく,いつでも,どこでも利用可能とするものである。バーコード技術を用いた機器構成は実用化されているので,新たな開発は不要である。
他方,本願発明は,その目的において個人及び主催者の両方の便宜を考慮し,個人に対してはより間違いなく購入できる方法として,主催者に対しては新たな投票方法でも対応できる方法及びマーケティング戦略を図ることができる方法として,投票用紙をQRコードに代えるものであり,QRコード変換プログラムをコンテンツサーバに持たせる構成,作成したQRコードを携帯端末に送信するシステム構成及び画面に表示されたQRコードを読み取り発券するための機器構成を新たに開発したものである。本願発明により,個人については,購入の際の間違いをより少なくすることが可能となり,主催者については,新たな投票方法が開発されてもコンテンツの変更のみで直ちに対応可能であるほか,個人の購入データを分析してマーケティング戦略を取り入れることが可能となるのであって,引用例に記載された発明とは,その目的及び課題解決手段が異なるものである。
エ POSシステムをQRコード対応にすることは,小売店の設備投資等の経費に影響を与えるため,QRコードリーダーを用いた決済システムは現在においても存在していないから,本願発明は新規性を有するものである。本願発明は,QRコードリーダーを用いた決済システムが存在しない,すなわち,商品の識別をQRコード化して決済するシステムを発明することが容易ではない状況において,一部の限られた業種であれば,これを障害なく適応可能であることを発明したものである。
(2) QRコード変換ソフトウェアについて
ア QRコードの開発元が提供しているQRコード変換ソフトウェアは,パソコン用のいわゆるWindows版で,携帯電話のOSでは起動することができないから,引用例に記載された発明において,QRコード変換ソフトウェアを携帯電話にダウンロードすることはできない。
イ 引用例に記載された発明では,携帯電話において,携帯電話とサーバのいずれかでQRコード変換するかを選択することになるため,QRコード変換ソフトウェアの一部を起動させて,アプリケーション・サーバにて変換させるスイッチングソフトウェアが必要となる。しかし,QRコードの開発元は,スイッチング機能を有するQRコード変換ソフトウェアを提供していないところ,当業者がスイッチングソフトウェアを作成することは容易ではないから,引用例に記載された発明において,携帯電話でQRコード変換先を変更することはできない。
周知例1及び2でも,QRコード変換は携帯端末等では行われていない。
ウ したがって,引用例に記載された発明における携帯電話では,QRコード変換プログラムを起動することはできず,その他の文献においても,本件出願日当時,携帯端末等でQRコード変換する方法が開示されているということはできない。
(3) 周知例1及び2について
ア 周知例1及び2は,いずれも拒絶査定されたものであり,本件拒絶査定の引用文献等一覧にも記載されていないから,これら周知例と引用例との関係や,周知例に基づいて本願発明の進歩性を否定することができる事実的及び法的根拠は不明である。
イ QRコードは,平成6年に開発されたものであるから,どのような英数字でも識別コード化できることは周知技術であるということができるが,引用例は,バーコードに係る発明を開示するものであり,QRコードに関して何らの手掛かりや因果関係もないから,当業者が引用例に記載された発明に基づいて,QRコードに係る発明を容易に想到し得たものと解することは,乱暴な結び付けである。
ウ 引用例と周知例との間に何らの因果関係が認められない以上,これらの文献を指摘するのみで本願発明を拒絶することは相当ではなく,特許法52条1項及び同法51条違反であるというほかない。
(4) 小括
したがって,本件審決の相違点1に係る判断は誤りである。
4 本願発明の奏する顕著な効果に係る判断の誤りについて
(1) QRコードは,バーコードと比較して,①大容量データの収納が可能であること,②小スペースへの印字が可能であること,③漢字もQRコード化できること,④汚れ・破損に強いこと,⑤360度どの方向からでも読み取り可能であること,⑥連結可能であることという有効な効果を奏するものであるところ,本件審決は,QRコードの上記効果を斟酌していない。
(2) 個人が投票用紙を用いて購入する場合,いつ,どこで,何を,いくら買ったかを特定することは不可能であるが,本願発明は,情報を多く詰め込むことができるQRコードを採用することにより,マーケティング戦略を図ることができるという効果を奏するものであって,一般には着想しない課題を設定した場合,すなわち「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」に相当するというべきである。
5 以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
〔被告の主張〕
1 引用発明の認定の誤りについて
本件審決は,引用発明の認定において,引用例(【0031】【0032】)から,ダウンロードした投票用テンプレートと投票内容の記入に必要なソフトウェアにより投票内容を記入し,そのデータをアプリケーション・サーバに送信する構成,すなわちバーコード変換ソフトウェアの一部を用いる構成を認定しており,原告が主張するように,携帯電話でバーコード変換ソフトウェアを起動するという部分を意図的に無視し,単純に携帯端末からアプリケーション・サーバにアクセスして投票内容を送信するものとは認定していない。
したがって,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。
2 一致点及び相違点の認定の誤りについて
(1) 一致点の認定の誤りについて
ア 本願発明において,コンテンツは,購入したい内容の割当てに用いられるから,コンテンツサーバとは,そのコンテンツを提供するサーバを意味する。
引用発明のアプリケーション・サーバは,投票用テンプレートを携帯電話に提供する機能を有するところ,投票用テンプレートを提供する機能に着目すれば,投票用テンプレートは購入したい投票内容を記入するために用いられるから,本願発明のコンテンツに相当することは明らかである。
イ 本願発明のコンテンツサーバは,単にコンテンツの提供のみならず,携帯電話機等から受け取った情報(購入したい内容)を識別コード化(QRコード化)する変換処理を行うものである。
引用発明のアプリケーション・サーバも,コンテンツ(投票用テンプレート)のみならず,携帯電話から送信された投票内容を識別コード化(バーコード変換)する変換処理を行う点において,本願発明のコンテンツサーバと共通する。
本件審決は,識別コード化について,本願発明が「QRコード化」であるのに対し,引用発明が「バーコードデータへ変換」である点を相違点1として認定した上で判断しているのであるから,本件審決の一致点の認定に誤りはない。
(2) 相違点の認定の誤りについて
前記(1)のとおり,本件審決の一致点の認定に誤りがない以上,相違点の認定もまた,誤りがないことは明らかである。
3 相違点1に係る判断の誤りについて
(1) 二次元コードについて
ア QRコード以外にも二次元コード(二次元のバーコード)が存在すること及びQRコードが代表的な二次元コードの1つであることは技術常識である。本件審決は,識別コードを「バーコード」とした上で,QRコードを二次元のバーコードと表現したものにすぎず,「二次元コード」を「QRコード」に限定してはいない。
イ 引用発明において,携帯電話で表示する識別コードにつき,一次元のバーコードに代えて二次元のバーコードであるQRコードを採用することは,当業者であれば容易になし得たことである。原告は,QRコードリーダーを用いた決済システムが存在しないことから,本願発明には新規性が認められるなどと主張するが,そのような事情は本願発明の進歩性を肯定する理由とはならない。
(2) QRコード変換ソフトウェアについて
引用発明において,投票内容のデータを識別コード化するのは,携帯電話側ではなく,アプリケーション・サーバ側であり,携帯電話がダウンロードするソフトウェアは,投票テンプレートへの投票内容の記入に必要なソフトウェア(プログラム)であって,投票内容のデータをバーコードデータへ変換するためのソフトウェアではないし,いずれの側で識別コード化するかをスイッチングソフトウェアなるもので選択するものでもない。
また,仮に,パソコン用のQRコード変換ソフトウェアしか存在しないとしても,引用発明のバーコードをQRコードに置換することが技術的に不可能であるわけではない。
(3) 周知例1及び2について
ア 本件審決は,物品の受取のためのQRコードをサーバ側で生成して利用者の携帯電話に送信し,携帯電話で表示して読み取らせることによって,物品の受取を可能とする場合に,店で提示する携帯電話用識別コードとしてQRコードを採用することが,本件出願日当時,周知の技術事項であったことを裏付ける根拠として,周知例1及び2を例示したものである。
イ 本件審決は,QRコードがバーコード等で表現できる情報一般に適用できることは当業者に明らかであること,すなわち引用発明に上記周知の技術事項を適用する動機付けを説明した上で,引用発明において,上記周知の技術事項を考慮することにより,携帯電話で表示するバーコードからなる識別コードとして,二次元のバーコード,すなわちQRコードを採用することは,当業者であれば容易に想到し得たものであると判断した。原告は,特許法52条1 項及び同法51条に違反すると主張するが,これらの規定は,引用発明の認定や本願発明の容易想到性の判断等の拒絶の理由が相当であるか否かとは無関係であって,失当である。
(4) したがって,本件審決の相違点1に係る判断に誤りはない。
4 本願発明の奏する顕著な効果に係る判断の誤りについて
QRコードは,大容量データの収納が可能である等の特長を有することは周知の事項であり,引用発明においてQRコードを採用した場合,QRコード自体が奏する上記効果を得られることは当業者にとって自明であるから,本願発明の効果も,引用発明及び周知の技術事項から十分に予測できる範囲内のものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
5 以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
第4当裁判所の判断
1 本願発明について
本願発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲1)には,おおむね次の記載がある。
(1) 技術分野
本願発明は,マークシートでの購入方法に代わる新たな購入方法に関するものである(【0001】)。
(2) 背景技術
現在の電子投票以外の現金交換による各くじのチケット及び各公営競技の投票券の購入方法には,各公営競技のみに存在する口頭申込みによるオペレータの入力による方法と,各くじ及び各公営競技が用意したマークシートの記入により,マークシートスキャナにその内容を読み込ませて購入する方法とがある(【0002】)。
マークシートの記入方法では,マークシートスキャナにおいて読み取りエラーと判別され,マークシートが返却されると,個人が返却されたマークシートを見て,読み取りエラーとなった箇所を発見して修正できずに発売締切時間を過ぎると,購入することができないという問題があった(【0003】)。各公営競技の場合,投票券及び投票方法の種類が複数あることから,これらの方法にそれぞれ対応したマークシートが用意されており,記入方法もそれぞれ異なるため,より多くの記入ミスや読み取りエラーが発生し,混乱が生じやすい(【0004】)。
また,口頭方式は,投票種類及び投票方法を明確に話さなくてはならないため,言い間違い,オペレータの聞き間違い,入力間違いが多くなり,申込み時間も長くなることにより,他の個人が投票できなくなったり,人件費負担によるコストパフォーマンスが低下することから,発売窓口が減少した(【0005】)。
(3) 発明が解決しようとする課題
本願発明は,個人が購入したいものをより間違いを起こすことなく購入できるようにすることを目的とする(【0006】)。
(4) 課題を解決するための手段
本願発明は,携帯電話機等のコンテンツの閲覧が可能な機器を用いて,コンテンツから購入したいものを入力し,それをQRコードに変換し,QRコードスキャナに読み込ませて,購入したいものを間違いなく購入できるようにすることを最も主要な特徴とする(【0007】)。
(5) 発明の効果
本願発明の購入用QRコードは,従来のマークシートに代わるものとして紙や鉛筆等の資源の減少,携帯電話機等でのボタン操作と画面確認を行うことにより塗り潰しミスの回避及び新たな投票方法の開発に対応するコンテンツ作成のみにて即時の対応を図ることができるという利点がある(【0008】)。
また,個人が所有している携帯電話機等からQRコードをQRコードスキャナに読み取らせて購入するものであるため,個人がいつ,どこで,何を,いくら買ったかが判明するため,個人に対して様々なマーケティング戦略が図ることができると同時に全体の購買促進への試行方法を見いだすことができる要素が追加されるという利点がある(【0009】)。
(6) 発明を実施するための最良の形態
本願発明は,個人が購入したいものを間違いなく購入するという目的を,個人がコンテンツを利用して入力した内容を通信によりQRコードを返信するシステムを構築することにより実現した(【0010】)。
(7) 実施例
ア 個人は携帯電話機等から購入用QRコード変換コンテンツへアクセスし,コンテンツを受け取り,購入したい内容を入力してコンテンツサーバへ送信し,コンテンツサーバから返された購入したい内容の確認要求について間違いがなければ,コンテンツサーバへQRコード変換要求を行い,QRコードを受け取る。発券機に購入金額を入金し,QRコードスキャナにQRコードを読ませ,発券機よりチケットを受け取る(【0011】【図1】)。
イ 本願明細書の【図2】は,本願発明の購入用QRコードシステムの動作を説明するフローチャートであるところ,同フローチャートには,「S1 携帯電話機等からコンテンツサーバへコンテンツを要求する」「S2 コンテンツサーバからコンテンツを携帯電話機等へ送信する」「S3 携帯電話機等から購入内容を入力し,コンテンツサーバへ送信する」及び「S6 コンテンツサーバは,受け取った内容をQRコードへ変換し,QRコードを携帯電話機等へ送信する」との記載がある。
2 引用発明の認定の誤りについて
(1) 引用例の記載について
引用例(甲9)には,おおむね次の記載がある。
ア 発明の属する技術分野
引用例に記載された発明は,公営競技等における投票システムに関する(【0001】)。
イ 従来の技術
競馬,競艇,競輪等の公営競技において投票券を購入する際,通常,レースごとに発売窓口において投票内容を従事員に告げて購入手続を依頼するか,投票内容をマークカードに記入して窓口の従業員に手渡し,従業員がマークカードを自動販売機に挿入するようにしている(【0002】)。しかし,投票者にとっては,マークカードを書くこと自体が煩瑣であり,また,賭式ごとにマークカードを分けて投票券を購入する必要があり,不便であるとともに,発売窓口や自動販売機が混雑するなどの問題がある(【0003】)。
投票を効率的に処理するための従来技術としては,サッカーくじの投票用紙に付された投票内容に対応するバーコードを読み取り,サッカーくじの投票券を発券することにより,投票用紙への書き損じや投票用紙の汚れ等による投票者の意図に反する投票内容の投票券が発行されることを予防する装置があった(【0004】)。
ウ 発明が解決しようとする課題
従来技術では,投票内容に対応するバーコードがあらかじめ印刷されているサッカーくじ投票用紙をバーコードリーダでPOSターミナル等に読み込ませた上でサッカーくじ発券処理を行うため,投票用紙が介在することになり,やはり手続が煩瑣である(【0005】)。引用例に記載された発明は,このような問題点に着目し,投票者(ファン)の手間を省き,効率的に投票できるとともに発売窓口や自動販売機における混雑を緩和でき,しかも投票用紙の介在を排除した手軽な投票システムを提供することを目的とする(【0006】)。
エ 課題を解決するための手段
引用例に記載された発明の投票システムは,携帯端末のインターネット接続サービスを利用し,投票内容をバーコードに変換するためのソフトウェアを提供し,競走場などの自動投票券発売機にバーコードを読み取らせて投票券を発行するようにしたものである(【0007】)。引用例に記載された発明の投票システムは,投票者が携帯するインターネット接続機能を備えた携帯端末と,携帯端末によるインターネット接続サービスからの請求に対し,投票用テンプレートとそれを使って投票内容を入力するためのソフトウェアを携帯端末にダウンロードし,携帯端末から入力された投票内容が送信されてくると,それをバーコードに変換して携帯端末へ送信するアプリケーション・サーバと,携帯端末の画面に表示されたバーコードを読み取り,その内容を反映した投票券を発行する投票券発行機とを有することを特徴とする(【0010】)。
引用例に記載された発明では,投票者が携帯する携帯端末によるインターネット接続サービスからの請求に対し,投票用テンプレートとそれを使って投票内容を入力するためのソフトウェアをアプリケーション・サーバから携帯端末にダウンロードする。携帯端末においては,投票用テンプレートを使って投票者が投票内容を入力し,同サーバへ送信する。同サーバは,投票内容が送信されてくると,バーコードに変換して携帯端末へ送信する。携帯端末は,送信されてきたバーコードを記憶し,記憶したバーコードを携帯端末の画面に表示させ,投票券発行機に読み取らせることにより,投票内容を反映した投票券を発行する(【0011】)。このように,投票内容の記入と,それに対応する投票券の発売とを携帯端末で行うため投票用紙が不要となるので,ファンの手間を省き,効率的に投票できるようになる(【0012】)。
オ 発明の実施の形態
引用例に記載された発明の投票システムは,携帯端末のインターネット接続サービスを利用してアクセスされるソフトウェアにより携帯端末で入力された投票内容が変換され携帯端末の画面に表示されたバーコードを自動投票券発行機に読み取らせることによって,投票内容を反映した投票券を発行することを特徴とする(【0013】)。
カ 実施例
(ア) 引用例に記載された発明の投票システムは,馬券の発売に関し,アプリケーション・サーバと,自動投票券発売機と,ファンが携帯する携帯電話とで構成される(【0015】【図1】)。
アプリケーション・サーバは,マークカードに代わる投票用紙のテンプレートと,それを使って投票する内容とをバーコードに変換するためのソフトウェアを携帯電話のインターネット接続サービスを通じて携帯電話にダウンロードする機能を持つ装置である。バーコード変換ソフトウェアは,投票内容のバーコード変換のほか,ファンが投票用テンプレートへ投票内容を記入していくための画面の切替えや記入内容の処理をも行う。また,投票内容のバーコードへの変換に必要なバーコードデータも内蔵している(【0016】)。
携帯電話は,インターネット接続サービスを通じてアプリケーション・サーバにアクセスし,本サービスに必要な投票用紙のテンプレートと,バーコード変換ソフトウェアをダウンロードできる。変換されたバーコードは携帯電話の記憶機能により記憶される。ファンは,自動投票券発売機が設置された場所で,携帯電話に記憶させたバーコードを携帯電話の画面に表示させ,照らすことによって自動投票券発売機に読み取らせることができる。このような機能を備えた携帯端末であれば携帯電話に限定されることはない(【0017】)。
自動投票券発売機は,競走場や競争場外投票所に設置され,ファンから照らされた携帯電話の画面上のバーコードを読み取り,相当する投票金額を計算して表示する機能を持つ。その金額が投入されると,計算した金額と一致するか検証の上,バーコードで示された投票内容を反映した投票券を発券する(【0018】)。
(イ) 引用例に記載された発明のほかの実施例では,投票内容のバーコードへの変換が,携帯電話ではなく,アプリケーション・サーバで行われる(【0031】)。
携帯電話からダウンロード要求があると,アプリケーション・サーバは,投票用テンプレートとそれへの投票内容の記入に必要なソフトウェア(バーコード変換ソフトウェアの一部)をダウンロードする。ファンは,投票内容を記入し,そのデータを同サーバに送信する。投票内容のバーコードへの変換は同サーバで行い,携帯電話に送信する。その後の携帯電話における処理は,前記(ア)と同様である(【0032】【図2】【図9】)。投票用画面において,ファンにより投票内容が携帯電話に入力されると,そのデータを同サーバへ送信する。同サーバでは,それをバーコードデータに変換して,携帯電話に配信する。バーコードデータは,ファンによって入力された開催場,レース番号,賭け式,組番及び購入金額の各データによって定まる。最後に,バーコードパターンを携帯電話の画面に表示する(【0034】【図3】~【図6】【図10】)。
(2) 本件審決の引用発明の認定について
原告は,引用例に記載された発明は携帯電話においてバーコード変換ソフトウェアをダウンロードし,同ソフトウェアを起動して画面を表示し,携帯電話で入力した内容を同ソフトウェアの記入内容の処理によりバーコード変換させるものであり,携帯電話でバーコード変換させない場合,同ソフトウェアの一部を起動して画面を表示し,アプリケーション・サーバにてバーコード変換させるものであるから,「携帯端末からアプリケーション・サーバにアクセスして,投票内容を送信する」ものではないと主張する。
しかしながら,前記(1)によれば,引用例には,実施例の1つとして,投票内容のバーコードへの変換をアプリケーション・サーバで行うこと及び携帯電話からダウンロード要求があると,同サーバは,投票用テンプレートとそれへの投票内容の記入に必要なソフトウェア(バーコード変換ソフトウェアの一部)をダウンロードし,ファンが投票内容を記入してそのデータを同サーバに送信すると,投票内容のバーコードへの変換を同サーバで行い,携帯電話に送信することが記載されているから,引用例に記載された発明において,同サーバから携帯電話にダウンロードされるのは,バーコード変換ソフトウェアのうち,投票用テンプレートへの記入に必要な一部のソフトウェアであり,また,投票内容のバーコードへの変換は同サーバで行われるのであって,バーコード変換ソフトウェアのうち,投票内容をバーコード変換するソフトウェアが携帯電話にダウンロードされるわけではない。
したがって,原告の前記主張は採用することができず,前記(1)によれば,引用例には,前記第2の3(2)アのとおりの引用発明が記載されているということができるから,本件審決の引用発明の認定に誤りがあるということはできない。
3 一致点及び相違点の認定の誤りについて
(1) 一致点の認定の誤りについて
原告は,本願発明と引用発明との一致点のうち,本願発明の「コンテンツサーバ」と引用発明の「アプリケーション・サーバ」とは,その用途及び意味が異なるものであるから,これらを混同して,本願発明と引用発明とは「個人が携帯電話機等でコンテンツサーバへの接続可能な機器を用いて,各公営競技において購入したい内容をコンテンツから割り当てる第1の割り当て手段」を備える点において共通するとした本件審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら,前記1によれば,本願発明におけるコンテンツとは,購入したい内容をコンテンツから割り当てるものであることからすると,携帯電話機により購入したい内容の割当てに用いられる情報であると解される。
また,本願明細書(【0007】【0010】【0011】【図1】【図2】)によれば,本願発明におけるコンテンツサーバは,コンテンツを携帯電話機に送信するとともに,携帯電話機から購入内容が入力されたコンテンツを受信し,購入内容を識別コードであるQRコードに変換するものであると解される。
他方,前記2(1)によれば,引用発明におけるアプリケーション・サーバは,投票用テンプレートとそれへの投票内容の記入に必要なソフトウェアを携帯電話に送信するともに,携帯電話から投票内容が記入された投票用テンプレートを受信し,投票内容を識別コードであるバーコードに変換するものであると解されるところ,投票用テンプレートは,携帯電話機により公営競技の投票券について購入したい投票内容の割当てに用いられる情報であると解される。
そうすると,引用発明における「投票用テンプレート」が本願発明における「コンテンツ」に相当することは明らかであり,また,引用発明における「アプリケーション・サーバ」は,コンテンツを携帯電話機に送信するとともに,携帯電話機から購入内容が入力されたコンテンツを受信し,購入内容を識別コード化する点において本願発明の「コンテンツサーバ」と共通するということができるから,本件審決において,「本願発明と,引用発明とは,「個人が携帯電話機等でコンテンツサーバへの接続可能な機器を用いて,各公営競技において購入したい内容をコンテンツから割り当てる第1の割り当て手段」を備える点において共通する。」と認定した点に,誤りがあるということはできない。
したがって,原告の前記主張は採用することができず,本件審決の一致点の認定に誤りがあるということはできない。
(2) 相違点の認定の誤りについて
原告は,本願発明と引用発明との相違点のうち,本願発明は,「QRコード化」する方法として,コンテンツサーバからの携帯電話機等へのコンテンツの表示により「QRコード化」するのに対し,引用発明は,携帯電話でバーコード変換ソフトウェアを起動し,画面を表示させることにより「バーコード化」するものであり,一度,同ソフトウェアを携帯電話にダウンロードすると,アプリケーション・サーバとの接続なしでバーコード化が可能であるから,本願発明と引用発明との一致点は,携帯電話機等及びサーバの送受信の部分のみであり,その他は全て相違するものであるから,本件審決の相違点1の認定は誤りであると主張する。
しかしながら,原告の主張は,前記第2の3(2)に記載した本件審決の引用発明及び一致点の認定が誤りであることを前提とするものであるところ,前記2(2)及び前記(1)によれば,原告の主張はその前提を欠くというべきである。
したがって,原告の前記主張は採用することができず,本件審決の相違点の認定に誤りがあるということはできない。
4 相違点1に係る判断の誤りについて
(1) 周知例について
ア 周知例1(甲10)は,「チケット販売システム」に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,携帯端末を用いたチケット販売システムにおいて,チケットサーバから携帯端末に送信された購入済みのチケットを識別する識別コードを携帯端末の表示手段に表示し,認識装置を使用して識別コードを読み取るシステムにおいて,1次元のバーコードと同一面積で比較すると20ないし100倍程度の情報を記録することができるために広く採用されているQRコードを識別コードとして用いることが望ましいことが記載されている。
イ 周知例2(甲12)は,「処理システム,サーバ,処理端末,通信端末,処理方法,データ管理方法,処理実行方法,プログラム」に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,顧客が店舗において代金の決済を行う際,携帯型通信端末でクレジットカードを選択し,パスワードを入力すると,その入力情報が管理センターのサーバに転送され,対顧客処理部において認証処理が行われること,認証処理完了後,顧客が店舗側に提示する支払情報としてデータ(文字列データ)が生成され,このデータに基づいて2次元バーコードのデータが画像データの形式で生成されること及び2次元バーコードとしては,液晶パネルからなる表示部の表示解像度とバーコードリーダの読み取り能力との関係から,確実に読み取ることの可能なマトリクス方式のQRコードあるいはデータコードが好適であることが記載されている。
ウ 前記ア及びイによれば,本件出願日当時,QRコードは,バーコードと比較してより多くの情報を扱うことができ,また,液晶パネルの表示解像度やバーコードリーダの性能との関係から確実な読み取りが可能であることから,物品の受取のためのQRコードをサーバ側で生成し,QRコードを利用者の携帯電話等の携帯端末に送信し,携帯端末でQRコードを表示し,それを読み取らせることによって物品の受取を可能にすることは,周知の技術事項であったと認められる。
(2) 相違点1に係る判断について
引用発明は,投票者(ファン)の手間を省き,効率的に投票できるとともに,投票用紙の介在を排除した手軽な投票システムを提供することを目的とするものであるところ,引用発明の投票内容のデータを表す識別コードにおいて,扱える情報を多くするとともに,確実な読み取りを可能とすることは,投票者(ファン)の利便性向上のために,当業者が普通に期待することであって,引用発明には,QRコードに係る前記周知の技術事項を適用する動機付けが認められる。
また,本願発明は,宝くじや各公営競技の投票券の購入を対象とするものであり,引用発明も,各公営競技の投票券の購入を対象とするものであるから,共通する技術分野に属するものであるところ,扱える情報を多くするとともに,確実な読み取りを可能とすることにより,投票者,すなわち購入者の利便性を向上するという目的は,宝くじや各公営競技の投票券の購入に限らず,物品の販売において共通する目的であって,引用発明にQRコードに係る前記周知の技術事項を適用することについて,阻害事由が認められるものでもない。
したがって,引用発明において,投票内容のデータを表す識別コードにつき,扱える情報を多くするとともに,確実な読み取りを可能とするために,投票内容のデータをバーコードデータに変換することに代えて,QRコードに変換することは,前記周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(3) 原告の主張について
ア 二次元コードに係る主張について
(ア) 原告は,被告は二次元コードについて正確に理解しておらず,引用発明は,バーコードに限定した発明であって,引用例には,バーコードを一次元コードと思わせるような記載や二次元コードも存在すると思わせるような示唆はないから,当業者がバーコードとQRコードとを同様に取り扱うことができるものと想到することは,極めて困難であると主張する。
しかしながら,前記のとおり,周知例1及び2には,物品の受取のための識別コードとしてQRコードが好適であることが記載されているのみならず,引用発明には,QRコードに係る周知の技術事項を適用する動機付けが存在するというべきであるから,当業者がバーコードとQRコードとを同様に取り扱うことができるものと想到することが困難であるということはできない。
(イ) 原告は,本願発明により,個人の購入データを分析してマーケティング戦略を取り入れることが可能となるのであって,本願発明と引用発明とは,その目的及び課題解決手段が異なるものであると主張する。
しかしながら,本願明細書(【0009】)によれば,本願発明は,個人が所有している携帯電話機等から投票内容のデータを表す識別コードをスキャナに読み取らせて購入する構成を採用したことによって,個人に対して様々なマーケティング戦略を図ることができるという作用効果を実現したものである(原告も,「個人が投票用紙を用いて購入する場合,いつ,どこで,何を,いくら買ったかを特定することは不可能である」ことを前提として,本願発明の顕著な効果について主張しているものである。)。引用発明も,携帯電話の画面上に表示させた投票内容のデータを表す識別コードであるバーコードを自動投票券販売機で読み取り,バーコードで示された投票内容を反映した投票券を発券する構成を有するから,マーケティング戦略に係る同様の作用効果を奏するものということができる。そうすると,この点において本願発明と引用発明との間に相違があるとは認められない。
(ウ) 原告は,小売店の設備投資等の経費に影響を与えるために商品の識別をQRコード化して決済するシステムを発明することが容易ではない状況において,本願発明は,一部の限られた業種であれば,これを障害なく適応可能であることを発明したものであると主張する。
しかしながら,経済性の見地からQRコードリーダーを用いた決済システムが商業的に実施されていなかったとしても,そのことをもって,当業者が引用発明にQRコードに係る周知の技術事項を適用することが直ちに困難となるわけではない。
イ QRコード変換ソフトウェアに係る主張について
原告は,QRコードの開発元が提供しているQRコード変換ソフトウェアは携帯電話のOSでは起動することができないから,引用発明において,QRコード変換ソフトウェアを携帯電話にダウンロードすることはできない,QRコードの開発元は,スイッチング機能を有するQRコード変換ソフトウェアを提供していないところ,当業者がスイッチングソフトウェアを作成することは容易ではないから,引用発明において,携帯電話でQRコード変換先を変更することはできないと主張する。
しかしながら,引用発明において,アプリケーション・サーバから携帯電話にダウンロードされるのは,バーコード変換ソフトウェアのうち,投票用テンプレートへの記入に必要な一部のソフトウェアであり,また,投票内容のバーコードへの変換は同サーバで行われるのであって,バーコード変換ソフトウェアのうち,投票内容をバーコード変換するソフトウェアが携帯電話にダウンロードされるものではない。
したがって,引用発明にQRコードに係る周知の技術事項を適用し,投票内容のデータをバーコードに変換することに代えて,QRコードに変換するようにした場合,投票内容のQRコードへの変換はアプリケーション・サーバで行われ,QRコード変換ソフトウェアが携帯電話にダウンロードされるものではないから,原告が主張するようなバーコード変換ソフトウェアのダウンロードに関する支障が生じることはない。
ウ 周知例1及び2に係る主張について
原告は,周知例1及び2はいずれも拒絶査定されたものであり,本件拒絶査定の引用文献等一覧にも記載されていないから,これら周知例と引用例との関係や,周知例に基づいて本願発明の進歩性を否定することができる事実的及び法的根拠は不明である,QRコードがどのような英数字でも識別コード化できることは周知技術であるが,引用例は,バーコードに係る発明を開示するものであり,QRコードに関して何らの手掛かりや因果関係もないから,当業者が引用発明に基づいて,QRコードに係る発明を容易に想到し得たものと解することは乱暴な結び付けであって,これらの文献を指摘するのみで本願発明を拒絶することは,特許法52条1項及び同法51条違反であると主張する。
しかしながら,本件拒絶査定(甲5)の「備考」欄末尾の「<引用文献等>」欄には,周知例1及び2が記載されていないものの,「備考」欄には,周知例1にはデータ量が限られた1次元バーコードに代えて2次元コードを採用することが開示されていること及びチケットの発券に2次元コードを採用することは周知例2にみられるように周知であることから,引用発明において,バーコードとして周知のQRコードを採用することは,当業者が適宜設計したことであるとの結論が記載されているのであって,本件拒絶査定には,引用例並びに周知例1及び2に基づいて本願発明の進歩性を否定することができる理由を具体的に付しているものということができる。本件審決についても同様である。
また,周知例1及び2が,いずれも拒絶査定された特許出願に係る文献であることをもって,周知技術の認定に用いることが否定されるものではない。
さらに,原告が主張する事由をもって,本件審決が特許法52条1項に定める「理由」を付していないということはできないし,同法51条が定める「拒絶の理由を発見しないとき」に該当するということもできないことは明らかである。
エ 以上のとおり,原告の前記各主張はいずれも採用することができず,本件審決の相違点1に係る判断に誤りはない。
5 本願発明の奏する顕著な効果に係る判断の誤りについて
原告は,本件審決はQRコードの有する効果を斟酌していない,個人が投票用紙を用いて購入する場合,いつ,どこで,何を,いくら買ったかを特定することは不可能であるが,本願発明は,情報を多く詰め込むことができるQRコードを採用することにより,マーケティング戦略を図ることができるという効果を奏するものであって,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」に相当すると主張する。
しかしながら,原告が主張するQRコードの有する効果は,いずれもQRコード自体が有する作用効果であるというべきであるから,本願発明がこれらの効果を奏することをもって,格別顕著な効果を奏するものと認めることはできない。
また,前記のとおり,マーケティング戦略が可能となる点について,本願発明と引用発明との間に相違は認められない。
したがって,原告の前記主張はいずれも採用することができず,本願発明が格別顕著な効果を奏するものと認めることはできない。
6 よって,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
第5結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 髙部眞規子 裁判官 荒井章光)