知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10368号 判決 2013年10月30日
原告
三星ディスプレイ株式會社
(審決時の商号・三星モバイルディスプレイ株式會社)
訴訟代理人弁理士
亀谷美明
同
松本一騎
同
平山淳
同
伊藤学
被告
特許庁長官
指定代理人
小林紀史
同
飯野茂
同
樋口信宏
同
大橋信彦
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2010-4598号事件について平成24年6月11日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(証拠を掲記しない事実は争いがないか記録上明らかである。)
三星エスディアイ株式會社は,発明の名称を「有機発光表示装置及びその駆動方法」とする発明につき,平成17年11月25日を出願日とする特許出願(特願2005-340896号。パリ条約に基づく優先権主張・2005年4月28日,大韓民国。以下「本願」という。)をした。三星モバイルディスプレイ株式會社(2008年(平成20年)9月5日付け会社分割により三星エスディアイ株式會社から本願に係る権利を承継した(甲24)。)は,平成21年10月29日付けで拒絶の査定を受け,平成22年3月2日,拒絶査定に対する不服の審判(不服2010-4598号)を請求するとともに,同日付け手続補正書(甲7)により明細書の特許請求の範囲についての補正をした。三星モバイルディスプレイ株式會社は,平成23年12月13日付けで拒絶理由の通知を受けたので,平成24年3月19日付け手続補正書(甲18)により明細書の特許請求の範囲についての補正をするとともに(以下「本件補正」という。また,本件補正後の本願の明細書と図面をまとめて「本件明細書」という。),同日付け意見書を提出した。
特許庁は,平成24年6月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月26日,三星モバイルディスプレイ株式會社に送達した。
原告は,同年7月2日,三星モバイルディスプレイ株式會社を吸収合併した。
2 本願の概要及び特許請求の範囲の記載(甲18)
本願は,使用者の要求に応じて多様に輝度を制御しながら消費電力及びメモリを節減するようにした有機発光表示装置を提供することを課題とするものである。
本件補正後の本願の特許請求の範囲(請求項の数8)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。なお,別紙【図2】は本件発明の第1実施形態による有機発光表示装置の構造を表す図,同【図5】は上記【図2】に図示された輝度制御部の一実施形態を表すブロック図,同【図6】は上記【図5】に図示された第1ルックアップテーブルの実施形態を表す説明図,同【図7a】は,上記【図5】に図示された第2ルックアップテーブルの第1実施形態を表す説明図である。)。
「データ線に映像データに対応するデータ信号を供給するデータ駆動部と;走査線に走査信号を順次供給し,発光制御線に発光制御信号を順次供給する走査駆動部と;
前記データ信号,前記走査信号及び前記発光制御信号の供給を受けて映像を表現する複数の画素を具備する画素部と;
前記画素部の輝度を制御する輝度制御部と;
を備え,
前記輝度制御部は,
一フレーム分の前記映像データに対応する前記発光制御信号の幅情報を持つ少なくとも一つの第1データが保存される第1ルックアップテーブルと;
前記発光制御信号の幅情報が外部入力モードによって変更されるようにする少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブルと;
を有し,
前記輝度制御部は,
前記一フレーム分の映像データを合算して合算データを生成し,前記合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値を制御データとして生成するデータ合算部と;
前記第2ルックアップテーブルから前記外部入力モードに対応する前記第2データを抽出するモード選択部と;
前記第1ルックアップテーブルから前記制御データの値に対応する前記第1データを抽出し,前記抽出された第1データ及び第2データを利用して前記発光制御信号の幅情報を持つ第3データを生成する制御部と;
前記第3データに対応する輝度制御信号を生成して前記走査駆動部に伝送する輝度制御信号生成部と;
をさらに有し,
前記走査駆動部は,前記輝度制御信号に対応して前記発光制御信号の幅を制御し,
前記第2データは,前記外部入力モードに対応する前記発光制御信号の幅情報の変動値を持ち,
前記制御部は,前記第1データから前記第2データを減算して前記第3データを生成することを特徴とする,有機発光表示装置。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開2005-55726号公報(甲1。以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許を受けることができないというものである。
審決が認定した引用発明の内容,同発明と本願発明との一致点及び本件と関係する相違点は以下のとおりである(なお,別紙【図197】は引用発明におけるDutyカーブの実施例を示した図である。)。
(1) 引用発明の内容
「ソース信号線18に,EL素子15に流すべき,画像データに対応する電流値を流すソースドライバ回路14と,
第1の走査線であるゲート信号線17aにON電圧及びOFF電圧を順次印加するとともに,所定期間におけるEL素子15の点灯期間であるDuty比を制御するオンオフ信号を,ゲート信号線17bに順次印加するゲートドライバ回路12と,
EL素子15に流すべき電流値及びゲート信号線17a,17bからの信号の供給を受けて画像を表示する複数の画素16を有する表示画面50と,
表示画面50の輝度を制御する演算処理回路839と,
を備え,
1フレーム分の画像データのデータ和/最大値に対応するDuty比がDutyカーブとしてメモリされ,
前記Dutyカーブがユーザの操作に応じて切り替えられるように複数のDutyカーブがメモリされ,
1フレーム分の画像データの総和を求め,該総和に基づく値であるデータ和/最大値を生成し,
ユーザの操作に対応するDutyカーブに切り替え,
ユーザの操作に対応するDutyカーブに基づいて,データ和/最大値に対応するDuty比を求め,
前記演算処理回路839は,Duty比制御のデータを制御データとしてゲートドライバ回路12に送出して,
前記ゲートドライバ回路12は,前記Duty比制御データに基づいてDuty比制御を実施する有機EL表示装置。」
(2) 一致点
「データ線に映像データに対応するデータ信号を供給するデータ駆動部と;
走査線に走査信号を順次供給し,発光制御線に発光制御信号を順次供給する走査駆動部と;
前記データ信号,前記走査信号及び前記発光制御信号の供給を受けて映像を表現する複数の画素を具備する画素部と;
前記画素部の輝度を制御する輝度制御部と;
を備える有機発光表示装置であって,
該有機発光表示装置は,
一フレーム分の前記映像データに対応する前記発光制御信号の幅情報を持つ少なくとも一つの第1データが保存され;
発光制御信号の幅情報が外部入力モードによって変更されるように構成され;
また,前記有機発光表示装置は,
一フレーム分の映像データを合算して合算データを生成し,前記合算データに基づく値を生成する処理を行う処理部と;
一フレーム分の映像データを合算した合算データに基づく値及び外部入力モードに対応する発光制御信号の幅情報を持つ第3データを生成する制御部と;
をさらに有し,
前記輝度制御部は,
前記第3データに対応する輝度制御信号を生成して前記走査駆動部に伝送する輝度制御信号生成部;
を有し,
前記走査駆動部は,前記輝度制御信号に対応して前記発光制御信号の幅を制御する有機発光表示装置。」
(3) 相違点
ア 相違点1
「一フレーム分の前記映像データに対応する前記発光制御信号の幅情報を持つ少なくとも一つの第1データ(Duty比)の保存に関して,本願発明においては,「第1データ」が,ルックアップテーブルの形式で「第1のルックアップテーブル」として保存されるのに対して,引用発明においては,「Duty比」が「Dutyカーブとして」メモリされているものの,該Dutyカーブが,どのような形式で保存されるのかが特定されていない点で相違している。」
イ 相違点2
「両者は,発光制御信号の幅情報を外部入力モード(ユーザの操作)によって変更するための構成において相違している。
すなわち,発光制御信号の幅情報を外部入力モードによって変更するための構成として,本願発明においては,「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」を有しており,さらに,該第2データは,「前記外部入力モードに対応する前記発光制御信号の幅情報の変動値を持」っているのに対して,引用発明においては,「複数のDutyカーブがメモリされ」ている点で相違し,また,「外部入力モードに対応するための処理を行うモード選択部」における処理及び「一フレーム分の映像データを合算した合算データに基づく値及び外部入力モードに対応する発光制御信号の幅情報を持つ第3データを生成する制御部」における第3データの生成の仕方に関して,本願発明においては,モード選択部において「外部入力モードに対応する第2データを抽出」し,制御部において,「合算データに基づく値」である制御データに対応する「第1データを抽出」し,「前記第1データから前記第2データを減算して」第3データを生成するのに対して,引用発明においては,「ユーザの操作に対応するDutyカーブに切り替えて」,「ユーザの操作に対応するDutyカーブに基づいて,データ和/最大値に対応するDuty比を求め」て第3データを生成する点で相違する。」
ウ 相違点3
「合算データ(総和)に基づく値に関して,本願発明においては「合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」であるのに対して,引用発明においては「データ和/最大値」である点で相違している。」
エ 相違点4
「本願発明及び引用発明は,どちらも,「一フレーム分の前記映像データに対応する前記発光制御信号の幅情報を持つ少なくとも一つの第1データが保存」され,「発光制御信号の幅情報が外部入力モードによって変更されるように構成」されており,さらに「一フレーム分の映像データを合算して合算データを生成し,前記合算データに基づく値を生成する処理を行う処理部」及び「一フレーム分の映像データを合算した合算データに基づく値及び外部入力モードに対応する発光制御信号の幅情報を持つ第3データを生成する制御部」を備えている点で共通しているが,これらの構成要件に関して,本願発明においては,「輝度制御部」がこれらの構成要件を有するとしているのに対して,引用発明においては,これらの構成要件をどこに備えているかについて具体的に特定されていない点で相違する。」
第3原告主張の取消事由
以下のとおり,審決には相違点2及び3の判断についての誤りがあり,違法として取り消されるべきものである。
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)
審決は,「ルックアップテーブルのような対応付けのためのデータ(以下,「LUT等」という。)を用いた制御を行う技術分野において,複数のLUT等を記憶することに代えて,基準となる「第1データ」が保存される第1のLUT等と,該「第1データ」を変更するための「第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有し,抽出された「第1データ」と「第2データ」を利用して「第3データ」を生成する構成を採用して,メモリ量の増大を抑えることは,本願の優先日前において周知の技術事項(例えば,当審拒絶理由で引用した国際公開第2005/027088号(特に,第2ページ第25行~第3ページ第25行,第6ページ第31行~第8ページ第5行,FIG.4A,FIG.4Bを参照。)や,同じく当審拒絶理由で引用した特開平8-300712号公報(特に,【0007】,【0015】,【0018】~【0020】を参照。)を参照。)である。」と認定し(以下,国際公開第2005/027088号(甲3)を「甲3公報」と,特開平8-300712号公報(甲4)を「甲4公報」と,審決が認定した上記周知の技術事項を「周知技術1」という。),その上で,「引用発明における,発光制御信号の幅情報を外部入力モードによって変更するための構成において,前記周知技術1を適用して,「複数のDutyカーブがメモリされ」ることに代えて,基準となる1つのDutyカーブ(LUT等)と,該LUT等から得られる値(第1データ)を変更するための「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有するように構成することは,当業者であれば容易に想到し得たことである。」とし,さらに,前記第1データを変更するための処理として,第1データに対する所定の倍率として第2データを乗算することも,第1データの所定の変動値として第2データを加算することも,どちらも周知の技術事項であり,引用発明において,「複数のDutyカーブがメモリされ」ることに代えて,基準となる1つのDutyカーブと,そこから得られる第1データを変更するための少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブルとを有するように構成するに際して,第1データを変更するための前記第2データとして,第1データに対する所定の倍率として乗算される第2データを採用するか,第1データの所定の変動値として加算される第2データを採用するかは,当業者が適宜選択し得ることであると認められるから,後者を採用して本願発明のようになすことは,当業者が適宜なし得たことである,さらに,「幅情報の変動値」によって第1データを変更するに当たり,加算するか減算するかは,基準となる第1のLUT等の選び方や第2データの符号に応じて適宜選択されることであり,本願発明において減算するとしたことによって格別の効果があるとも認められないから,この点も,当業者が適宜選択し得ることである,と判断した。しかし,審決の認定判断には,次の理由により誤りがある。
(1) 引用発明では,ユーザーの操作とデータ和/最大値の大きさとに基づいて一つの処理でDuty比を制御する手法を採用しているのに対し,本願発明では,第1処理において,外部入力モードの要因を除外した状態で制御データの値に対応する第1データを抽出し,第2処理において,第1データと外部入力モードに対応する第2データとを利用して発光制御信号の幅情報を持つ第3データを生成するという二つの処理で発光制御信号の幅を制御する手法を採用している。このような手法を採用することにより,本願発明においては,引用発明と比較して高精度かつ高速な発光制御信号に対する制御を実現することが可能である。
具体的には,制御データの大きさに基づいて発光制御信号の幅を制御し,制御データの大きさに基づいて制御された発光制御信号の幅から,外部入力モードに対応する変動値を減算して発光制御信号の幅を制御することが可能となり,一つの処理でDuty比を制御する引用発明と比較して,より緻密な制御が可能である。
また,本願発明では,制御部によって発光制御信号の幅を抽出する処理と,モード選択部によって変動値を抽出する処理とを並行して行うことが可能であり,発光制御信号の幅を算出する処理を効率良く高速に行うことができるが,引用発明では,ユーザーの操作によってDuty比カーブa,b,cのいずれか一つに切り換えた後に,切り換えられた一つのDuty比カーブa,b,cカーブを用いてデータ和/最大値に対応するDuty比が出力されるため,ユーザーの操作に応じた処理とデータ和/最大値に応じた処理とを並行して行うことはできず,Duty比の出力を高速に行うことは困難である。
さらに,本願発明においては,第1ルックアップテーブルでは,外部入力モードの影響を除外した状態で,制御データの値に対応する発光制御信号の幅の特性を一つ保存するのみでよく,第2ルックアップテーブルでは,外部入力モードに対応する発光制御信号の幅情報の変動値を保存するのみでよいため,複数のユーザー操作に応じた複数のDuty比カーブa,b,cをあらかじめ保持しておく必要がある引用発明と比較して,ルックアップテーブルを保存するためのデータ量を大幅に削減することが可能である。
以上のとおり,本願発明は,引用発明とは構成が異なっており,引用発明から得られない特有の効果を奏する。
(2) 引用発明におけるDuty比カーブa,b,cでは,引用刊行物の【図197】(別紙参照)に記載されているように,Duty比の差分はデータ和/最大値が大きくなるほど広がっているほか,データ和/最大値が大きくなるほどDuty比が低下するものである。このような引用発明のDuty比カーブa,b,cに,甲4公報記載の「所定の値を加算する」技術を適用した場合,各Duty比カーブのDuty比の差分はデータ和/最大値に関わらず一定となるはずである。また,このような引用発明のDuty比カーブa,b,cに,甲3公報記載の「所定の係数の乗算を行う」技術を適用した場合,各Duty比カーブのDuty比の差分はデータ和/最大値が大きくなるほど狭まるはずである。
したがって,引用発明のDuty比カーブa,b,cを実現しようとする当業者が周知技術1を適用することには動機付けとなり得るものがなく,「引用発明において,「複数のDutyカーブがメモリされ」ることに代えて,基準となる1つのDutyカーブと,そこから得られる第1データを変更するための少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブルとを有するように構成するに際して,第1データを変更するための前記第2データとして,第1データに対する所定の倍率として乗算される第2データを採用するか,第1データの所定の変動値として加算される第2データを採用するかは,当業者が適宜選択し得ることであると認められるから,後者を採用して本願発明のようになすことは,当業者が適宜なし得たことである。」とする審決の認定判断は,引用発明と周知技術1が異なる輝度制御を行うものであり,引用発明の具体的処理として当業者が周知技術1を採用することがあり得ないため,明らかな誤りである。
(3)ア 周知技術1を構成する甲4公報記載の技術の属する技術分野は「サーマルプリンタ」であり,本願発明が属する技術分野である「有機EL表示装置」とは明らかに異なっており,本願発明と引用発明との対比による相違点2に係る構成,特に,第1データから第2データの減算に関する構成を,引用発明の技術分野とは異なる技術分野に属する甲4公報記載の周知技術1を適用することにより判断することは妥当ではなく,審決の判断は誤っている。
イ 甲4公報【0017】を参照すると,補正データを用いた補正に関しては,「ストローブコントロール回路5では,入力された補正データに基づいて,所定のパルス幅を持つストローブパルスをサーマルヘッドへ印加する。」と記載されているにすぎず,補正データを用いてどのようにしてパルス幅を補正するかについては言及がなされていない。
一方,甲4公報【0021】を参照すれば,「従来のサーマルヘッド温度補正データ(e)に,さらに放熱量補正データ(f)を加算(あるいは減算)して補正できるため,パルス幅(印画濃度)の微調ができる。」と記載されているが,サーマルヘッド温度補正データ(e)と放熱量補正データ(f)との加算(あるいは減算)がパルス幅自体の補正を意味するものではなく,補正データ同士の加算(あるいは減算)を意味しているのは明らかである。
したがって,仮に引用発明に周知技術1を適用して,引用発明において,第1のルックアックテーブルによって「データ和/最大値」による補正を行うとともに第2のルックアックテーブルによって「ユーザーの操作」による補正を行い,第1のルックアックテーブルの出力データを第2のルックアックテーブルの出力データで減算補正してDuty比を得る構成を採用し得たとしても,補正データ同士を減算することによって全体としての補正データを得る構成にしか想到し得ず,補正データを減算することによってDuty比を得る本願発明の構成には想到し得ない。
また,本願発明においては,第1ルックアップテーブルから出力される第1データは制御データに対応するデータであり,第2ルックアップテーブルから出力される第2データは外部入力モードに対応するデータであり,第1データから第2データを減算することによって第1データを変動させるという手法を採用している。すなわち,本願発明においては,第1データは基準となるデータに相当し,第2データは第1データを変動させるための変動値に相当している。他方,引用発明はDuty比自体を変動させるものであり,周知技術1は変動値同士を加算させるものであるため,引用発明に周知技術1を適用したとしても,変動値同士が加算された結果として算出された全体としての変動値に基づいてDuty比を変動させることにしか及ばず,変動対象であるDuty比から変動値を減算することには想到し得ない。したがって,引用発明に甲4公報記載の周知技術1を適用したとしても,補正データ同士が加算された結果として算出された全体としての補正データに基づいてパルス幅を補正することにしか及ばず,パルス幅から補正データを減算することには想到し得ない。
(4) 引用発明におけるDuty比カーブa,b,cでは,引用刊行物の【図197】に記載されているように,データ和/最大値が大きくなるほどDuty比の差分が広がっているために,画面が明るい場合,過度に輝度を制限してしまう。これに対し,本願発明においては,第1データと第3データとの差分は一定に維持されるため,画面が明るい場合であっても,過度に輝度を制限してしまうことを抑止することが可能である。したがって,本願発明によれば,適正な輝度で表示を行うことが可能であるという格別な効果を奏する。
また,引用発明におけるDuty比カーブa,b,cでは,引用刊行物の【図197】に記載されているように,データ和/最大値が小さくなるほどDuty比の差分が狭まっているために,画面が暗い場合,消費電力の低減が制限されてしまう。一方,本願発明においては,第1データと第3データとの差分は一定に維持されるため,画面が暗い場合であっても,消費電力を一定以上低減させることができるという優れた効果を奏する。
そして,以上の効果は,引用発明並びに甲3公報及び甲4公報記載の周知技術1の奏するはずのない異質な効果である。
したがって,いかなる当業者であっても,引用発明と,周知技術1とを組み合わせることによって,かかる格別な効果を奏する本願発明に想到することはあり得ない。
2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)
審決は,画像データの総和に基づく値として,画像データの総和に対してビットシフト演算で除算を行うことは,本件出願の優先日前において周知の技術事項(例えば特開2003-255884号公報(甲5。以下「甲5公報」という。)の第0249段落を参照。)であり,上記ビットシフト演算で除算を行うことが,最上位ビットを含む上位のビット値を抽出することと実質的に同じ意味であることは,当業者にとって自明な事項であるとした上で,引用発明において,「データ和/最大値」は,「画面の消費電流量を予測」するための値の一例であって,「データ和」がどの程度の大きさであるのかが分かればよく,固定値としての「最大値」で除することに特段の技術的意義があるものではないので,「データ和(画像データの総和)」に対して「最大値」で除算を行うことに代えて,上記周知の技術事項である,画像データの総和に対してビットシフト演算で除算を行うことを採用して,「画像データの総和(本願発明における「合算データ」に相当する。)の最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」を求めるようにすることは,当業者が適宜なし得た設計的な事項である,と判断した。
しかし,本願発明は,「前記輝度制御部は,前記一フレーム分の映像データを合算して合算データを生成し,前記合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値を制御データとして生成するデータ合算部と;・・・前記第1ルックアップテーブルから前記制御データの値に対応する前記第1データを抽出し,前記抽出された第1データ及び第2データを利用して前記発光制御信号の幅情報を持つ第3データを生成する制御部と;・・・」との構成を有し「合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」を「制御データ」としている。このため,合算データが所定値以下の場合には,合算データは下位ビット(最上位ビットを含む少なくとも二つのビット以外のビット)の値のみによって表され,合算データの値は制御データの値(最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値)に何ら影響を与えることがなく,制御データの値は「0」となる。
そうすると,第1ルックアップテーブルは,制御データの値に対応する第1データを保存しているのであるから,制御データが「0」の場合に,制御部が第1ルックアップテーブルから制御データの値に対応する第1データを抽出すると,第1データは必ず同一となる。このように,合算データが所定値以下の区間をいわゆる不感帯として利用することができ,この区間では第1データが常に一定に維持される。なお,被告の主張するように「最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」が合算データそのものである場合,合算データそのものは逐次変化するので,合算データの値が所定値以下に設定される場合に第1発光制御信号の幅を一定に維持する制御は実現不可能である。したがって,「前記合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」は,被告の主張するように合算データそのものではない。
かかる構成を有することにより,本願発明は,暗い画像を表示する場合に,明暗比を向上させ,コントラストを高めた画像を表示することができるという優れた効果を奏する。また,本願発明は,暗い画像を表示する場合に,省電力を達成することができるという優れた効果を奏する。
一方,引用発明は,データ和/最大値が所定値以下の場合に発光制御信号の幅を一定に維持するための構成を何ら備えていない。また,甲5公報に記載された発明は,「画像データの総和に基づく値として,画像データの総和に対してビットシフト演算で除算を行う」ものであるが,同公報の【0249】に記載されているように,かかる除算は「ハードウェアを簡略化」するために行われるものであり,「コントラストを高めた画像を表示する」といった効果を享受することを期待したものではない。
したがって,審決の上記判断は誤っている。
第4被告の反論
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
(1) 原告の主張する① より緻密な制御が可能であるとの効果,② 並列処理による効率化・高速化が可能であるとの効果及び③ データ量を大幅に削減可能という効果は,いずれも,引用発明に周知技術1を適用することにより得られる効果として自明であり,格別な効果とはいえない。また,①及び②の効果は,本願の明細書に記載されたものではなく,②の効果は,特許請求の範囲に基づかない主張でもある。さらに,①及び②をより可能とするのは引用発明の方であり,原告の主張は技術的にみても根拠がない。
また,本件明細書【0037】及び【0038】に記載された本願発明の効果についても,引用発明も,引用発明の構成を採用することによって同様の効果を奏するし,そのうちメモリを過度に消費しないという効果は,引用発明に周知技術1を適用することにより得られる効果として自明であり,格別な効果とはいえない。
(2) 引用刊行物【1303】の記載によれば,引用発明におけるDuty比カーブは図示されたものに限定されず,ユーザーの操作に応じてデータ和/最大値とDuty比との関係を適宜設定できる。さらに,引用刊行物【1301】及び【1306】の記載にも照らすと,ユーザーの操作に応じて輝度制御をどのような演算で行うかは当業者が適宜決定し得る設計事項にすぎない。
(3)ア 引用発明のコントロールICによる画像処理の制御方法を具体化するに際し,当業者が,関連技術分野におけるルックアップテーブルによるデータ変換技術,特に,データ変換の目的課題ないし機能が画像処理であるプリンタの画像処理におけるルックアップテーブルによるデータ変換技術を自らの知識とすることは,その技術が技術水準を示す周知技術である以上当然である。さらに,ルックアップテーブルによるデータ変換技術は,製品が「表示装置」であるか「プリンタ」であるかの点で相違するにもかかわらず,その画像処理におけるデータ変換のために周知慣用されている。
したがって,引用発明に接した当業者が,プリンタの画像処理における技術水準である甲4公報記載のルックアップテーブルによるデータ変換の周知技術1を参照して引用発明と組み合わせることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。
イ 甲4公報記載の周知技術1を知悉した当業者ならば,引用発明において,第1のルックアップテーブルによって「データ和/最大値」による補正を行うとともに第2のルックアップテーブルによって「ユーザーの操作」による補正を行い,第1のルックアップテーブルの出力データを第2のルックアップテーブルの出力データで減算補正してDuty比を得る構成を採用することによって,ルックアップテーブルの数は増えるが「データ和/最大値」による補正と「ユーザーの操作」による補正とを二つのルックアップテーブルにてそれぞれ独立にでき,補正に用いるパラメータを減らせるため,ルックアップテーブルの容量を減らし,大容量のルックアップテーブルを用いることなく高精度の補正を行うという目的効果を達することを容易に想到する。なお,引用刊行物にも甲4公報にも,「変動対象」や「変動値」といった記載は存在せず,原告の主張はそもそも根拠がない。
(4) 審決が判断したとおり,引用発明に周知技術1を適用して基準となる一つのDutyカーブ(LUT等)と,該LUT等から得られる値(第1データ)を変更するための「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有するようにし,さらに,上記第1データを変更するための上記第2データとして,第1データの所定の変動値として減算される第2データを採用することは当業者が容易に推考できたものである。そして,このようなものは,ユーザーの操作に応じた輝度制御が減算により行われて差分が一定に維持され,本願発明と同じ効果を奏するから,原告が主張する効果は格別なものではない。そもそも,本件明細書には,「第1データと第3データとの差分が一定に維持されること」と「画面が明るい場合でも輝度を過度に制限することを防止する」ことを関連付ける記載はなく,原告の主張は発明の詳細な説明の記載に基づくものではない。
2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)について
審決が判断したとおり,引用発明に周知の技術事項である,画像データの総和に対してビットシフト演算で除算を行うことを採用して,データ和の最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値を求めるようにすることは,当業者が適宜なし得た設計的事項である。そして,このようなものは,データ和が所定値以下の場合はDuty比が1となり,いわゆる不感帯となるから,原告が主張する効果を自明なものとして奏する。
そもそも,本願発明における「制御データ」は,「合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」であるから,「合算データの最上位ビットを含むすべてのビット値」,すなわち,合算データそのものであってもよい。この場合,合算データが変化すると必ず制御データも変化するから,第1データが必ず同一の値になるとは限らない。したがって,不感帯の存在を前提とする原告の主張は,請求項1に記載された事項に基づくものではない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由の主張には理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
(1) 引用刊行物について
引用刊行物には,前記第2の3(1)の内容の発明が記載されているものと認められる(甲1)。
そして,引用刊行物の記載(甲1【1301】,【図197】)に照らすと,引用発明は,前記第2の3(1)の構成を採用することにより,「データ和/最大値とDUTY比の関係は,画像データの内容,・・・に合わせて設定する・・・また,ユーザーが自由に設定あるいは調整できるように構成する」(【1301】)ようにしたもので,具体的には,周辺が明るい屋外ではDuty比を大きくすることで表示輝度を高くし,周辺が暗い屋内ではDuty比を小さくすることで表示輝度を低くした(【図197】)ものと認められる。
また,引用刊行物【1303】には,引用発明においては,「外部のマイコンなどにより,Duty比カーブ,傾きなどを書き換えるように構成すること」が好ましい旨記載されている。
(2) 周知技術等について
ア 表示装置の分野において,発光時間(デューティ比)を得るためのカーブをルックアップテーブルの形式で記憶することは,特開2003-228331号公報(甲2)にみられるように本願の優先日前において慣用的な技術である(原告もこの点につき争っていない。)。
イ(ア) 甲3公報は発明の名称を「参照テーブル(LOOK-UP-TABLE)メモリを低減された電気泳動ディスプレイ」とする発明に関するものであるが,同公報には以下の記載がある(甲3。特表2007―506133号公報に記載された訳文のみ記載する。)(以下,下線は裁判所において付した。)。
a 特許請求の範囲
「請求項1
流体中で荷電粒子を有する電気泳動物質を有する表示素子;
該表示素子に結合された第1の電極及び第2の電極;
前記表示素子へ電位差の列を供給するよう配置された駆動手段;
当該ディスプレイの基準温度において当該ディスプレイへの画像情報の伝送に対して決定される電位差の少なくとも1つの参照列を表すデータを受け取る第1のメモリ;
当該ディスプレイの少なくとも1つの温度を表すスケーリング係数を受け取って記憶する第2のメモリ;及び
制御部;
を有し,
該制御部は,当該ディスプレイの前記少なくとも1つの温度を表す温度読み込みを受け取り,前記第2のメモリから前記スケーリング係数を読み出し,前記第1のメモリから前記少なくとも1つの参照列を読み出し,前記温度読み込みに対して電位差の調整された列を決定するよう前記少なくとも1つの参照列へ前記スケーリング係数を適用するように,構成され,
前記電位差の調整された列は,前記表示素子の光学状態の所望の変化に対して前記第1の電極及び前記第2の電極へ印加されることが可能である,
ことを特徴とするディスプレイ。」
b 「図3は,本発明に従う実施例を略ブロック図で表す。駆動手段300は,電位差又はパルスをディスプレイ301の表示素子及びメモリ314へ印加する制御部315を有する。夫々,ディスプレイの温度を測定して,伝送する温度センサ325及び変換器326も設けられている。
例えばROM又はRAMを含むメモリ314は,ディスプレイの任意の基準温度においてディスプレイ301にとって最適である基準波形のデータを有するLUT(参照テーブル)を有する。メモリは,別個の外付けの記憶装置として存在しても良いが,代替的には,制御部315又はより大きなメモリ若しくは駆動システムの一部を形成しても良い。メモリは,基準波形が制御部からの要求で制御部315へ送られるようにプログラムされている。」(甲3公報の5頁28行~6頁7行に相当。)
c 「図4Aは,スケーリング係数の例となるグラフを示す。図4Bは,表形式でスケーリング係数を示す。グラフのx軸430及び表の第1の列431の値は,摂氏温度(℃)である。グラフのy軸432及び表の第2の列433の値は,スケーリング係数である。スケーリング係数は,特定のディスプレイ設計に対して実験的に決定される。・・・スケーリングは,電位差の列に対して選択されており,これは,25℃の温度に対して最適である。25℃に対して最適な基本列は,20℃に対して150%のスケーリング係数により調整され,30℃に対してはスケーリング係数70%で調整される。」(甲3公報の6頁15行~同頁24行に相当。)
d 「上記解決法が調整の基礎として単一のLUTの使用を検討する一方で,温度の極限において,このような温度での調整の基礎として使用されるべき1つ又はそれ以上の更なるLUTを発生させることが必要とされても良いことが明らかに可能である。2又は3のLUT(45の代わり)しか必要としないディスプレイは,また,大幅なコスト削減を実現する。」(甲3公報の10頁1行~同頁23行に相当。)
(イ) 甲4公報は発明の名称を「サーマルプリンタ」とする発明に関するものであるが,同公報には以下の記載がある(甲4)。
a 「【0005】図2に従来のサーマルプリンタに用いられる階調補正部分を示す。また,各信号に,()内に小文字のアルファベットを用いた符号を付してある。図2は,サーマルヘッドの温度のみを検出して補正する場合の階調補正部分を示してある。サーマルヘッドの温度をサーミスタなどにより検出し,検出された温度(h)に応じて,ストローブパルス(サーマルヘッドを通電する期間を決定するパルス)を補正するようにしてある。補正はルックアップテーブル(以下,LUTという)10を参照することにより行われ,LUT10からの信号(サーマルヘッド温度補正データ(i))に基づいて,ストローブコントロール回路11からストローブパルスが出力される。なお,階調数に応じてストローブパルスの幅を決定できるように階調数のデータ(g)もLUT10に入力されている。」
b 「【0014】【実施例】図1は本発明のサーマルプリンタの一実施例を示すブロック図である。・・・
【0015】サーマルヘッドの温度上昇は,サーミスタによって検出され,この温度データ(b)は,LUT1へ供給される。LUT1には,階調数のデータ(a)も供給されており,階調数(a)と温度データ(b)からこれに対応するデータ(ヘッド温度補正データ(e))を出力する。さらに,もう一つのLUT2では,温度検出器(たとえば,熱電対あるいはサーミスタなどの温度センサ)により検出された外気温(c)とサーマルヘッドの温度(b)との温度差(減算部3の出力信号d)からこれに対応するデータ(放熱量補正データf)を出力する。これらのデータ(e),(f)を加算部4にて加算し,加算されたデータをストローブコントロール回路5へ供給する。」
c 「【0017】ストローブコントロール回路5では,入力された補正データに基づいて,所定のパルス幅を持つストローブパルスをサーマルヘッドへ印加する。」
d 「【0021】このような構成にすることにより,サーマルヘッドの温度および放熱量に対する補正を,それぞれ独立に行えるため,補正に必要なパラメータを減らせ,LUT1,2の容量を減らすことができる。また,従来のサーマルヘッド温度補正データ(e)に,さらに放熱量補正データ(f)を加算(あるいは減算)して補正できるため,パルス幅(印画濃度)の微調ができる。」
(ウ) 上記(ア)及び(イ)において認定したところに照らすと,ルックアップテーブルのような対応付けのためのデータ(以下「LUT等」という。)を用いた制御を行う技術分野において,複数のLUT等を記憶することに代えて,基準となる「第1データ」が保存される第1のLUT等と,該「第1データ」を変更するための「第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有し,抽出された「第1データ」と「第2データ」を利用して「第3データ」を生成する構成を採用して,メモリ量の増大を抑えることは,本願の優先日前において周知の技術であると認められる(周知技術1。上記技術事項が周知技術であること自体は原告も争っていない。)。
ウ(ア) 特開昭63-116855号公報は,発明の名称を「カラープリンタ」とする発明に関するものであるが,同公報1頁右下欄15行目~2頁左上欄8行目には,「第6図は従来のカラープリンタ20で,ホスト側機器10の画像データPSを記録する場合の構成例を示しており,ホスト側機器10は画像データPSのカラーコードをCRT等の表示装置12で表示するためのRGB画像信号DSに変換するルックアップテーブル11を有しており,RGB画像信号DSは表示装置12に入力されて画像表示されるようになっている。そして,ホスト側機器10の画像データPSを端末のカラープリンタ20に伝送して画像記録を行なう場合には,カラープリンタ20内に設けられている記録変換用のルックアップテーブル21に画像データPSを入力し,変換された画像記録信号PRをプリント部22に送って記録を行うようにしている。」との記載がある(乙6)。
(イ) 特開平10-31728号公報は,発明の名称を「画像情報の処理方法および処理装置」とする発明に関するものであるが,同公報【0002】には,「【従来の技術】赤外線やX線などを含む各種のテレビカメラで撮影された電子画像データを,1画素ずつLUT(ルックアップテーブル)変換して画質を調整し,ディスプレイやプリンタに表示する方法が知られている。」との記載がある(乙7)。
(ウ) 特開2003-244457号公報は,発明の名称を「色変換装置,および色変換方法」とする発明に関するものであるが,同公報には,「【0002】【従来の技術】画像表示装置においては,入力された色データを表示する際に,使用条件等に合わせ所望の色再現を行うために色変換処理が行われている。また,プリンタ装置においても,インクが純色でないことによる混色性や,非線形な入出力特性により発生する画質劣化を補正し,良好な色再現を行うための色変換処理が行われている。
【0003】代表的な色変換方法として,テーブル変換方式とマトリクス演算方式の2種類がある。テーブル変換方式は,R,G,Bの各色を表す入力色データに対応する変換係数をROMなどのメモリに予め記憶し,記憶された変換係数に基づいて色変換を行う方法であり,任意の変換特性に基づき色変換を行うことができる。」との記載がある(乙8)。
(エ) 上記(ア)~(ウ)において認定したところに照らすと,ルックアップテーブルにより画像データを変換することは,本願の優先日前において,表示装置及びプリンタの両方において,画像処理におけるデータ変換技術として,当業者により普通に採用されていたものと認められる。
(3) 容易想到性の判断について
ア 上記(2)アにおいて認定したところに照らすと,引用発明においてDuty比カーブをメモリするに当たり,上記(2)ア記載の慣用的な技術を採用し,ルックアップテーブルの形式でメモリして,第1ルックアップテーブルを有するようにすることは,当業者が適宜なし得た事項であるものと認められる(原告もこの点につき争っていない。)。
イ ルックアップテーブルにより画像データを変換することは,本願の優先日前において,表示装置及びプリンタの両方において,画像処理におけるデータ変換技術として,当業者により普通に採用されていたものであるので(上記(2)ウ),EL表示装置に関する引用発明にサーマルプリンタないしは電気泳動ディスプレイに関する周知技術1(上記(2)イ)を適用することは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
そうすると,引用発明においてDuty比カーブをルックアップテーブルの形式でメモリする際に,複数のDuty比カーブがメモリされることに代えて,基準となる1つのDuty比カーブ(LUT等)と,該LUT等から得られる値(第1データ)を変更するための「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有するように構成することは,周知技術1を適用することにより,当業者であれば容易になし得たものであると認められる。
ウ そして,甲3公報には,第1のメモリから読み出された参照列に所定のスケーリング係数の乗算を行うことが(上記(2)イ(ア)a及びc),甲4公報には,サーマルヘッド温度補正データに,さらに放熱量補正データを加算又は減算して補正することが(上記(2)イ(イ)d)それぞれ記載されている。
また,前記(1)認定のとおり,引用刊行物に「また,外部のマイコンなどにより,Duty比カーブ,傾きなどを書き換えるように構成することが好ましい。」(【1303】)と記載されているので,同記載に接した当業者であれば,引用発明におけるDuty比カーブは,引用刊行物に図示されたものに限定されず,周辺の明るさに応じたデータ和/最大値とDuty比との関係を適宜設定できることを理解できるものと認められる。
そうすると,引用発明に周知技術1を適用し,基準となる一つのDuty比カーブ(LUT等)と,該LUT等から得られる値(第1データ)を変更するための「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有するように構成する際に,上記第2データとして,第1データの所定の変動値として減算される第2データを採用することは,当業者が適宜選択し得るものであると認められる。
エ 以上によれば,相違点2に係る構成は,引用発明に周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到し得たものということができ,審決の判断に誤りはない。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,本願発明は,引用発明とは構成が異なっており,引用発明から得られない種々の特有の効果を奏する旨主張する。
しかし,引用発明に周知技術1を適用することによって,基準となる一つのDuty比カーブ(LUT等)と,該LUT等から得られる値(第1データ)を変更するための「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有するように構成することで,ルックアップテーブルを保存するためのデータ量を削減することができるとの作用効果を奏することは,当業者には自明であると認められ,格別な効果であるとはいえない。また,上記構成により,一つの処理でDuty比を制御する引用発明と比較して,より緻密な制御が可能であるとの作用効果,及び制御部によって発光制御信号の幅を抽出する処理とモード選択部によって変動値を抽出する処理とを並行して行うことが可能であるとの作用効果が得られることは,当業者には自明であると認められる。
以上によれば,原告の主張する本願発明の作用効果は,引用発明に周知技術1を適用することにより,当業者が容易に予測し得た作用効果であるにすぎず,引用発明に周知技術1を適用し,本願発明との相違点2に係る構成に至ることが容易である以上,本願発明の進歩性を基礎付ける理由とはならない。
よって,原告の上記主張を採用することはできない。
イ 原告は,引用発明におけるDuty比カーブa,b,cでは,引用刊行物の【図197】に記載されているように,Duty比の差分はデータ和/最大値が大きくなるほど広がっているほか,データ和/最大値が大きくなるほどDuty比が低下するものであり,これに甲4公報記載の「所定の値を加算する」技術を適用した場合,各Duty比カーブのDuty比の差分はデータ和/最大値に関わらず一定となるはずであるし,引用発明のDuty比カーブa,b,cに,甲3公報記載の「所定の係数の乗算を行う」技術を適用した場合,各Duty比カーブのDuty比の差分はデータ和/最大値が大きくなるほど狭まるはずであるので,引用発明と周知技術1を組み合わせることには,いかなる当業者であっても想到し得ない旨主張する。
しかし,前記(2)ウ認定のとおり,引用発明におけるDuty比カーブは,周辺の明るさに応じたデータ和/最大値とDuty比との関係を適宜設定できるものであり,引用発明に周知技術1を適用し,データ和/最大値に基づいて生成したデータを,ルックアップテーブルを参照して設定したユーザーの操作に応じたデータで補正する際に,データ和/最大値に基づいて生成したデータからユーザーの操作に応じたデータを減算することは,引用刊行物の上記記載に基づいて,ユーザーの操作に応じたデータ和/最大値とDuty比との関係を設定するに当たり,当業者が適宜選択し得るものであるので,原告の上記主張を採用することはできない。
ウ(ア) 原告は,引用発明と甲4公報記載の周知技術1とでは技術分野が異なるので引用発明に甲4公報記載の周知技術1を適用することはできない旨主張するが,上記(3)イにおいて認定したところに照らすと,原告の上記主張を採用することはできない。
(イ) 原告は,仮に引用発明に周知技術1を適用しても,補正データ同士を減算することによって全体としての補正データを得る構成にしか想到し得ず,補正データを減算することによってDuty比を得る本願発明の構成には想到し得ないとか,本願発明においては,第1データは基準となるデータに相当し,第2データは第1データを変動させるための変動値に相当している一方,引用発明はDuty比自体を変動させるものであり,周知技術1は変動値同士を加算させるものであるため,引用発明に周知技術1を適用したとしても,補正データ同士が加算された結果として算出された全体としての補正データに基づいてパルス幅を補正することにしか及ばず,パルス幅から補正データを減算することには想到し得ないなどと主張する。
しかし,前記(2)イ(イ)認定のとおり,甲4公報には,従来技術では,階調数のデータ及びサーマルヘッドの温度のデータをLUT(ルックアップテーブル)に入力し,LUTからの信号(サーマルヘッド温度補正データ)を,ストローブコントロール回路に供給することで,サーマルヘッドに印加されるストローブパルスが出力されていたところ,甲4公報記載の発明においては,二つのルックアップテーブルLUT1及びLUT2を用い,LUT1に階調数と温度データが供給され,これに対応するデータ(サーマルヘッド温度補正データ)を出力し,また,LUT2に外気温とサーマルヘッドの温度との温度差のデータを供給し,これに対応するデータ(放熱量補正データ)を出力し,サーマルヘッド温度補正データと放熱量補正データとを加算部にて加算又は減算し,加算又は減算されたデータをストローブコントロール回路へ供給するようにしたこと,上記構成により,上記LUT1及びLUT2の容量を減らし,従来のサーマルヘッド温度補正データに,さらに放熱量補正データを加算又は減算して補正することで,パルス幅(印画濃度)の微調ができることがそれぞれ記載されている。
以上の甲4公報の記載に照らすと,甲4公報記載の発明は,補正データ同士を加算又は減算するものではなく,むしろ基準となるサーマルヘッド温度補正データに対し,放熱量補正データを用いて補正を加えるものと認められる。
なお,前記(2)イ(ア)認定の甲3公報の記載に照らすと,甲3公報記載の発明においても,基準となる参照列に対してスケーリング係数を用いて補正がなされることが明らかである。
以上によれば,原告の上記主張を採用することはできない。
エ 原告は,引用発明におけるDuty比カーブa,b,cでは,引用刊行物の【図197】に記載されているように,データ和/最大値が大きくなるほどDuty比の差分が広がっているために,画面が明るい場合,過度に輝度を制限してしまう一方,本願発明においては,第1データと第3データとの差分は一定に維持されるため,画面が明るい場合であっても,過度に輝度を制限してしまうことを抑止することが可能であり,本願発明によれば,適正な輝度で表示を行うことが可能であるという格別な効果を奏する,また,引用発明におけるDuty比カーブa,b,cでは,データ和/最大値が小さくなるほどDuty比の差分が狭まっているために,画面が暗い場合,消費電力の低減が制限されてしまうのに対し,本願発明においては,第1データと第3データとの差分は一定に維持されるため,画面が暗い場合であっても,消費電力を一定以上低減させることができるという優れた効果を奏するのであって,これらの効果は,引用発明及び周知技術1が奏するはずのない異質な効果である旨主張する。
しかし,引用発明に周知技術1を適用し,基準となる一つのDuty比カーブ(LUT等)と,該LUT等から得られる値(第1データ)を変更するための「少なくとも一つの第2データが保存される第2ルックアップテーブル」とを有するように構成する際に,上記第2データとして,第1データの所定の変動値として減算される第2データを採用することにより原告の主張する上記の各作用効果が得られることは,当業者が容易に予測し得るものであり,格別なものとはいえない。
よって,原告の上記主張を採用することはできない。
2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)について
(1) 引用刊行物について
引用刊行物には,画面の消費電流量を予測できる値を求め,この値により,Duty比制御を行うこと(【1212】),「データ和/最大値」は,映像データの和から求められ,処理を行う画面の画像データの最大値に対する割合であるが,データ和,最大値とも1画面のデータを正確に加算することを必要としないこと(【1255】,【1292】,【1293】),Duty比カーブに基づいて,「データ和/最大値」に対応するDuty比を求めることにより,Duty比制御を行うこと(【1295】~【1297】,【図197】)がそれぞれ記載されていることが認められる(甲1)。
そして,上記記載に照らすと,引用発明における「データ和/最大値」は,画面の消費電流量を予測するための値の一例であり,「データ和/最大値」に限らず,1フレーム分の画像データの総和に基づく値であれば他の値も使用できることは,上記記載に接した当業者において容易に理解し得るものであるものと認められる。
(2) 周知技術について
ア 発明の名称を「表示装置及びその画像信号処理装置及び駆動制御装置」とする発明に関する甲5公報には,以下の記載がある(甲5)。
「【0247】(平均輝度レベル検出手段)輝度情報を検出するための平均輝度レベル検出手段221は,逆γ変換後の画像データRa,Ga,Baを参照してフレームごとの平均輝度を検出するための手段である。同手段はRa,Ga,Baの画像データをフレームごとに加算してフレーム単位の画像データの総和を算出するとともに,フレーム単位の画像データの総和を画面の画素数で除算して平均輝度レベルを検出する。
【0248】本発明に用いられる輝度情報の検出は,この方法に限定されるものではなく,平均輝度レベルに対応する値を検出できるものであれば前述したような他の手段を用いてもよい。
【0249】平均輝度レベルに対応する値は,画面の画素数ではなく適当な固定値で画像データの総和を除算することにより算出してもよい。この場合,固定値として2のべき乗の値を用いれば,ビットシフト演算で除算を行うことができ,ハードウエアを簡略化できる。」
イ 上記記載及び弁論の全趣旨に照らすと,表示装置において,1フレーム分の画像データの総和を,固定値で除算して,1フレーム分の画像データの総和に基づく値を得ること,及び固定値として2のべき乗の値で除算することにより,ビットシフト演算で除算を行うことができることは,本願の優先日前において周知の技術(以下「周知技術2」という。)であることが認められる。
そして,ビットシフト演算で除算を行うことが,最上位ビットを含む上位のビット値を抽出することと等価な処理であることは,表示装置の技術分野では技術常識であると解される。
(3) 容易想到性の判断について
上記(1)及び(2)において認定したところに照らすと,引用発明において,Duty比カーブに基づいて,「データ和/最大値」に対応するDuty比を求めるに当たり,1フレーム分の画像データの総和に基づく値として,「データ和(画像データの総和)」を固定値である2のべき乗の値で除算した値,すなわち,「データ和(画像データの総和)」に対してビットシフト演算で除算した値を採用し,この値に対応するDuty比を求めるようにすることは,周知技術2に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるものと認められる。
そして,引用発明に周知技術2を適用し,「データ和」(画像データの総和)に対してビットシフト演算で除算すると,「データ和」(画像データの総和)(本願発明における合算データに相当するものと認められる。)の最上位ビットを含む上位のビット値が抽出されることは当業者においては自明のことであると認められ,さらに,本願発明におけるように「合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」を求めるようにすることは,引用発明に周知技術2を適用する際に,当業者が適宜なし得たものと認められる。
以上によれば,相違点3に係る構成は,引用発明に周知技術2を適用することにより,当業者が容易に想到し得たものということができ,審決の判断に誤りはない。
(4) 原告の主張について
原告は,本願発明では,「合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値」を「制御データ」としており,合算データが所定値以下の場合には,合算データは下位ビット(最上位ビットを含む少なくとも二つのビット以外のビット)の値のみによって表され,合算データの値は制御データの値(最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値)に何ら影響を与えることがなく,制御データの値は「0」となるから,本願発明は,暗い画像を表示する場合に,明暗比を向上させ,コントラストを高めた画像を表示することができる,及び暗い画像を表示する場合に,省電力を達成することができるとの優れた効果を奏するものであり,相違点3に係る構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない旨主張する。
しかし,引用発明に周知技術2を適用して,「データ和(画像データの総和)」に対してビットシフト演算で除算を行い,「データ和(画像データの総和)」の最上位ビットを含む上位のビット値が抽出されることにより,「データ和(画像データの総和)」が所定値以下の区間ではデータの値が同一となり,「合算データが所定値以下の場合には,制御データの値に対応する第1データを同一とすることができる。」との本願発明と同様の作用効果を奏することとなる。また,本願発明の作用効果が引用発明と周知技術2の組合せから予測できないような顕著なものであるともいえない。
しかも,本願の特許請求の範囲の請求項1における「前記一フレーム分の映像データを合算して合算データを生成し,前記合算データの最上位ビットを含む少なくとも二つのビット値を制御データとして生成するデータ合算部」との発明特定事項には,その文言上,一フレーム分のデータを合算して生成した合算データの全てのビット値を「制御データ」として伝送する場合が含まれるものと解されるところ,この場合には,「合算データが所定値以下の場合には,制御データの値に対応する第1データを同一とすることができる。」との作用効果を奏するとはいえない。そうすると,そもそも本願発明は,必ずしも原告主張の上記の作用効果を奏するとは認められない。
よって,原告の上記主張を採用することはできない。
3 まとめ
以上のとおり,原告主張の各取消事由はいずれも理由がない。また,他に審決に取り消すべき違法もない。
第6結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 神谷厚毅)
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