知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10370号 判決 2013年7月18日
原告
株式会社安川電機
同訴訟代理人弁護士
松尾和子
相良由里子
佐竹勝一
小林正和
同弁理士
大塚文昭
倉澤伊知郎
被告
日本電産サンキョー株式会社
同訴訟代理人弁護士
新保克芳
髙﨑仁
近藤元樹
洞敬
井上彰
酒匂禎裕
同弁理士
村瀬一美
佐藤和彦
主文
1 特許庁が無効2009-800096号事件につい
て平成24年9月19日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,被告の後記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は,平成18年4月12日,発明の名称を「ダブルアーム型ロボット」とする特許出願(特願2006―109567号。特願2000―82983号(出願日:平成12年3月23日)を原出願とする分割出願)をし,平成19年6月22日,設定の登録(特許第3973048号。請求項の数10)を受けた(甲33。以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 原告は,平成21年5月15日,本件特許の請求項1ないし10に係る発明について,特許無効審判を請求し,無効2009-800096号事件として係属したところ,特許庁は,同年12月21日,審判請求不成立の審決(甲38。以下「前審決」という。)をした。
(3) 原告は,平成22年1月29日,知的財産高等裁判所に対し,前審決の取消しを求める訴え(平成22年(行ケ)第10034号)を提起した。
知的財産高等裁判所は,平成23年1月25日,前審決を取り消す旨の判決(甲44。以下「前判決」という。)を言い渡し,その後,同判決は確定した。
(4) 被告は,平成24年6月14日,訂正請求をした(甲42。以下「本件訂正」という。)。
特許庁は,無効2009-800096号事件を更に審理し,同年9月19日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項の数は,8になったところ,請求項1ないし8に記載の発明(以下,請求項1ないし8に係る発明を,請求項の番号に応じて「本件発明1」ないし「本件発明8」といい,これらを併せて「本件発明」という。)は,次のとおりである。
【請求項1】関節部により回転可能に連結されて回転駆動源による回転力を伝達しハンド部に所望の動作をさせるアームを二組備えたダブルアーム型ロボットにおいて,コラムと当該コラムから前記ハンド部の移動方向と直交するように側方に突出し互いに上下に異なる高さで配置されて前記二組のアームがその基端の関節部を介して取り付けられ且つ前記コラムの側面を上下方向にスライド移動可能に前記コラムに保持される上側の第1の支持部材及び下側の第2の支持部材とからなる移動部材と,前記移動部材が取り付けられる旋回可能な台座部とを備え,前記二組のアームは複数の関節部を有し,水平多関節型ロボットであり,前記二組のアームのうちの一方のアームの前記基端の関節部は前記第1の支持部材の移動方向下側の面に取り付けられるとともに前記二組のアームのうちの他方のアームの前記基端の関節部は前記第2の支持部材の移動方向上側の面に取り付けられて前記二組のアームが前記第1の支持部材と前記第2の支持部材との間に配置され,前記ハンド部は前記移動部材によって前記コラムの上下方向の長さと重なる範囲以内で上下に移動可能とされ且つ一方向を向いて前記第1及び第2の支持部材の移動方向及び前記支持部材が前記コラムから延びる方向に関して直交する方向で前記アームを伸ばしきった伸長位置と前記アームを折り畳み前記ハンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するようになされ,前記コラムは,前記台座部が旋回するときの前記台座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置されるとともに,前記アームの前記基端の関節部は,前記支持部材の前記コラムに取り付けられている側とは反対の自由端である先端部に,前記二組のアームを挟んで配置され,前記ハンド部がワークを載置して前記伸長位置と前記縮み位置の間を移動する際に前記アームの先端と前記ハンド部とが連結するハンド関節部及び前記ワークの前記ハンド関節部側端部の少なくとも一部が前記コラムと前記第1の支持部材と前記第2の支持部材とで囲まれた空間を通過するとともに,前記ハンド部が前記ワークを載置して前記縮み位置に移動したときに前記ワークを前記コラムの上下方向の長さと重なる範囲以内で前記第1の支持部材の移動方向下側の面に取り付けられた前記アームの前記基端の関節部と前記第2の支持部材の移動方向上側の面に取り付けられた前記アームの前記基端の関節部との間に位置させるものであることを特徴とするダブルアーム型ロボット。
【請求項2】前記アームを縮み位置に移動したとき,前記ハンド部が前記基端の関節部の間に位置し,前記ハンド部により保持されるワークの中心が台座の回転中心と一致するものである請求項1記載のダブルアーム型ロボット。
【請求項3】前記二組のアームが縮み位置に移動するに際し,前記アームの肘関節部がハンド部の移動方向の側方で且つ互いに同方向に突出するものである請求項1または2記載のダブルアーム型ロボット。
【請求項4】前記アームの基端の関節部の回転中心軸は,前記台座部の旋回中心軸から,前記二組のアームの伸縮方向と直交する方向で偏心させ,前記二組のアームの伸縮動作に伴い移動する前記アーム基端の関節部以外の関節部の位置を前記旋回中心軸に近づけるものである請求項1から3のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット。
【請求項5】前記二組のアームは,前記第1及び第2の支持部材の間に互いに干渉することなく上下方向に対称に配置されるものである請求項1から4のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット。
【請求項6】前記二組のアームがそれぞれ対面するように配置されることを特徴とする請求項1から5のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット。
【請求項7】前記二組のアームの基端の関節部の回転中心軸が同軸方向に重なるように取り付けられたことを特徴とする請求項1から6のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット。
【請求項8】前記二組のアームの基端の関節部の回転中心軸が同軸に重ならないものである請求項1から6のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,後記引用例に記載された発明及び後記周知例1ないし8等に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明
ア 引用例:特開平4-87785号公報(甲2)
イ 周知例1:特開昭58-109284号公報(甲5)
ウ 周知例2:特開平10-297714号公報(甲6)
エ 周知例3:実願昭62-64194号(実開昭63-173107号)のマ
オ 周知例4:特開平11-3929号公報(甲15)
カ 周知例5:特開平11-314890号公報(甲16)
キ 周知例6:特開平11-208818号公報(甲17)
ク 周知例7:特開平11-334810号公報(甲18)
ケ 周知例8:特開平8-127405号公報(甲19)
(2) 本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明:第1駆動軸,ボス部,軸部により回転可能に連結されて,第1,第2モータによる回転力を伝達しハンドに所望の動作をさせるアーム部を二組備えたダブルアーム型ロボットにおいて,互いに上下に異なる高さで配置されて前記二組のアーム部が第1駆動軸を介して上下方向に移動可能に取り付けられた搬送チャンバの上板及び下板を備え,前記二組のアーム部は複数の関節部を有し,水平多関節型ロボットであり,前記二組のアーム部のうちの一方のアーム部の第1駆動軸は搬送チャンバの上板から下側の面に張り出すとともに,前記二組のアーム部のうちの他方のアーム部の第1駆動軸は搬送チャンバの下板から上側の面に張り出すことにより前記二組のアーム部が前記搬送チャンバの上板と下板との間に配置され,前記ハンドは,前記搬送チャンバ内で上下に移動可能とされ前記アーム部を伸ばしきった伸長位置と前記アーム部を折り畳み前記ハンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するようになされ,前記アーム部の前記第1駆動軸は,前記二組のアーム部を挟んで配置され,前記ハンドが基板を載置して前記伸長位置と前記縮み位置との間を移動するものであるダブルアーム型ロボット
イ 一致点:関節部により回転可能に連結されて回転駆動源による回転力を伝達しハンド部に所望の動作をさせるアームを二組備えたダブルアーム型ロボットにおいて,互いに上下に異なる高さで配置されて前記二組のアームがその基端の関節部を介して取り付けられ且つ上下方向に移動可能な保持部分の支持部分を備え,前記二組のアームは複数の関節部を有し,水平多関節型ロボットであり,前記二組のアームのうちの一方のアームの前記基端の関節部は前記保持部分の前記支持部分から下側の面に取り付けられるとともに,前記二組のアームのうちの他方のアームの前記基端の関節部は前記保持部分の前記支持部分から上側の面に取り付けられて前記二組のアームが前記保持部分の前記支持部分と支持部分との間に配置され,前記ハンド部は,前記保持部分内で上下に移動可能とされ前記アームを伸ばしきった伸長位置と前記アームを折り畳み前記ハンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するようになされ,前記アームの前記基端の関節部は,前記二組のアームを挟んで配置され,前記ハンド部がワークを載置して前記伸長位置と前記縮み位置との間を移動するものであるダブルアーム型ロボット
ウ 相違点1:保持部分及び支持部分に関して,本件発明1は,「コラムと当該コラムからハンド部の移動方向と直交するように側方に突出し互いに上下に異なる高さで配置されて二組のアームがその基端の関節部を介して取り付けられ且つ前記コラムの側面を上下方向にスライド可能に前記コラムに保持される上側の第1の支持部材及び下側の第2の支持部材とからなる移動部材」を備え,「前記二組のアームのうちの一方のアームの前記基端の関節部は前記第1の支持部材の移動方向下側の面に取り付けられるとともに前記二組のアームのうちの他方のアームの前記基端の関節部は前記第2の支持部材の移動方向上側の面に取り付けられて前記二組のアームが前記第1の支持部材と前記第2の支持部材との間に配置され」,そして前記ハンド部は「前記移動部材によって前記コラムの上下方向の長さと重なる範囲以内」で上下に移動可能とされ,且つ,「一方向を向いて前記第1及び第2の支持部材の移動方向及び前記支持部材が前記コラムから延びる方向に関して直交する方向」で移動するようになされるものであるのに対して,引用発明は,「互いに上下に異なる高さで配置されて二組のアーム部が第1駆動軸を介して上下方向に移動可能に取り付けられた搬送チャンバの上板及び下板」を備え,「前記二組のアーム部のうちの一方のアーム部の第1駆動軸は搬送チャンバの上板から下側の面に張り出すとともに,前記二組のアーム部のうちの他方のアーム部の第1駆動軸は搬送チャンバの下板から上側の面に張り出すことにより前記二組のアーム部が前記搬送チャンバの上板と下板との間に配置され」,そして前記ハンドは,「前記搬送チャンバ内」で上下に移動可能とされ,且つ,移動するものである点
エ 相違点2:本件発明1は,「移動部材が取り付けられる旋回可能な台座部」を備え,「コラムは,前記台座部が旋回するときの前記台座部の旋回中心に関して,第1及び第2の支持部材にアームの基端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置され」,前記アームの前記基端の関節部は,「前記支持部材の前記コラムに取り付けられている側とは反対の自由端である先端部」に配置されるものであるが,引用発明は旋回可能な台座部及びコラムを有するものではない点
オ 相違点3:ハンド部の縮み位置に関して,本件発明1は,「アームの先端とハンド部とが連結するハンド関節部及びワークの前記ハンド関節部側端部の少なくとも一部がコラムと第1の支持部材と第2の支持部材とで囲まれた空間を通過するとともに,前記ハンド部が前記ワークを載置して縮み位置に移動したときに前記ワークを前記コラムの上下方向の長さと重なる範囲以内で前記第1の支持部材の移動方向下側の面に取り付けられた前記アームの基端の関節部と前記第2の支持部材の移動方向上側の面に取り付けられた前記アームの前記基端の関節部との間に位置させる」ものであるのに対して,引用発明では,ハンドが縮み位置の時にどのような状態にあるのか不明な点
4 取消事由
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1 本件発明1の容易想到性に係る判断について
(1) 引用発明及び相違点1の認定について
ア 本件審決は,引用例に記載された発明は搬送チャンバ内の搬送装置に係る発明であって,上側のアーム部を搬送チャンバの上板の下側の面から張り出させ,下側のアーム部を下板の上側の面から張り出させていることは必然にすぎないとしたが,誤りである。
引用例に記載された発明は,水平多関節型ロボットを2つ上下に配置して,相対向するハンド部の距離を十分小さくすることによって,2つのロボットを並列配置した従来技術の搬送装置の問題点を解消するものであって,引用例に記載された発明に係る基板搬送装置は,実施形態として示された搬送チャンバを有する構造に限定されるものではない。
イ 前記アのとおり,本件審決の引用発明の認定が誤りである以上,相違点1の認定もまた,誤りである。
ウ 前判決は,本件発明1及び引用例に記載された発明の課題はいずれも産業用ロボットにおいて普遍的な課題というべき省スペース化や可動範囲の拡大を目的とするものであると認定しているが,当該認定は,本件訂正による影響を受けるものではないから,当該認定に反する主張は許されるものではない。
(2) 相違点1に係る判断について
ア コラムに対して上下に移動自在な複数の支持部材を採用することについて
(ア) コラムとコラムに対して上下に移動自在な支持部材を有するアーム型ロボット自体,周知技術であるところ,引用例に記載された発明においてコラム型の上下移動機構(以下「コラム型」という。)を採用する場合,「コラムに対して上下に移動自在な支持部材」を採用することも容易である。
また,ロボットを上下に相対向して配設することを特徴とする引用例に記載された発明と,上記周知技術とを組み合わせる際,二組のアームを取り付けるため,「コラムに対して上下に移動自在な支持部材」を複数設けることは,引用例に記載された発明の構成からすればむしろ当然であって,当業者にとって何ら困難なことではない。実際,周知例6には,3本以上のアーム部を有するロボットにおいて,第3のアームが第1及び第2のアーム部のいずれかに対して上下関係で配置される構成が開示されている。
(イ) 前判決は,引用例に記載された発明において,搬送チャンバとは無関係に,アーム部とハンド部とを,支持部材を介して周知技術であるコラム型に組み合わせることは,容易であると判断している。本件訂正によっても,本件発明1の支持部材に係る構成には何らの実質的な変更は加えられていないから,前判決の上記判断は,本件訂正によって何らの影響を受けるものではなく,拘束力ないしこれに準ずる効力を有するというべきである。
イ 上下に相対向して設けられた二組のアームを採用することについて
(ア) 引用例に記載された発明の課題及びその解決手段は,ロボットを上下に相対向して配設し,相対向するハンド部の距離を十分小さくすることであるから,引用例に記載された発明に周知技術であるコラム型を採用する場合,ロボットを上下に相対向して配設し,相対向するハンド部の距離を十分小さくするという引用例に記載された発明の特徴的な構成をあえて変更する必要はないし,むしろ変更すべきではない。
(イ) 引用例に記載された発明は,上板及び下板を有する搬送チャンバを必須とする発明ではないから,上板及び下板に代えて,コラムから側方に突出した支持部材を採用したからといって,前記の特徴的な構成を維持することが困難になるものではない。
ウ したがって,周知例に支持部材を複数設けた構成が記載されていないことから,当業者が相違点1に係る構成を容易になし得たものとすることはできないとした本件審決の判断は,誤りである。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明1は,引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
2 本件発明2ないし8の容易想到性に係る判断について
前記1のとおり,本件審決の本件発明1に係る判断が誤りである以上,このような誤った判断を前提とする本件審決の本件発明2ないし8に係る判断も,同様に誤りであるというほかない。
したがって,本件発明2ないし8も,引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
〔被告の主張〕
1 本件発明1の容易想到性に係る判断について
(1) 引用発明及び相違点1の認定について
ア 引用発明が搬送チャンバ内における基板搬送装置であることは,引用例の記載から明らかであって,搬送チャンバ内における発明とは限らないとの原告主張は引用例の具体的記載に反する。
イ 引用例には,基板処理装置における基板搬送装置を提供することを目的とする旨の記載がある以上,課題を解決するための手段として示されている基板搬送装置とは,まさに,基板処理装置におけるものにほかならない。引用発明の「一側面が相対向するようにして上下に前記ロボットが配設されている」との特徴は,引用例の従来の技術などに係る記載も併せ考慮すると,「基板処理装置を構成するチャンバの上板・下板にロボットが配設されていること」を意味し,当該特徴によって,死角をなくすという効果を発揮することができるものというべきである。引用例において,これ以外に,全方向にわたって死角をなくすという効果を奏する構成は,開示も示唆もされていない。
ウ したがって,引用発明を搬送チャンバという密閉された空間内を搬送するためのロボットであるとした本件審決の認定に誤りはない。
エ 前記ウのとおり,本件審決の引用発明の認定が誤りではない以上,相違点1の認定もまた,誤りがあるということはできない。
(2) 相違点1に係る判断について
ア コラムに対して上下に移動自在な複数の支持部材を採用することについて
(ア) コラムとコラムに対して上下に移動自在な支持部材を有するアーム型ロボットが周知であったとしても,直ちに当業者が引用発明との組合せを容易に行うことができたと判断することはできず,引用発明と当該技術を適用する示唆や動機付けが必要である。
引用発明に上下移動機構を採用するとしても,本件訂正による特徴を備える上下の支持部材,引用発明の課題解決を阻害してしまう死角が生じることになるコラム,駆動部を不動にした上でアーム部やハンドのみを昇降させる構成とはなり得ないコラムとからなる上下移動機構を採用する動機付けは存在しない。
また,引用発明において,ハンドを大きなストロークで上下移動するように構成することは,ロボット間距離を小さくして設置スペースを小さくするという引用発明の特徴的な構成を変更することにほかならない。引用発明に移動機構を採用する場合,当業者は,むしろ,死角がないという引用発明の特徴を維持することができ,駆動部を不動にした上でアーム部やハンドのみを昇降させる構成が可能となる,テレスコピック型の上下移動機構(以下「テレスコピック型」という。)を採用するというべきである。
(イ) 周知例6には,単に「アーム部を3つ以上有するものであっても,さらに効率を上げることができる」との記載があるにすぎず,具体的な設置構成について開示するものではない。
(ウ) 前判決は,本件訂正前の支持部材に係る構成を前提として判断したものであるところ,本件訂正により,支持部材に係る構成が変更されたのであるから,前判決の認定及び判断に拘束力を認めることはできない。
イ 上下に相対向して設けられた二組のアームを採用することについて
引用発明において,ロボットを上下に相対向して配設するのは,ハンド間の距離を小さくすることにより,ロボット間距離を小さくしてチャンバ内に収納することを要件とするからであって,前記のとおり,ハンドを大きなストロークで上下移動するように構成することは,引用発明の特徴的な構成を変更することにほかならな
ウ したがって,本件審決の相違点1に係る判断に誤りはない。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
2 本件発明2ないし8の容易想到性に係る判断について
前記1のとおり,本件審決の本件発明1に係る判断に誤りはなく,本件発明1に従属する本件発明2ないし8も,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
第4当裁判所の判断
1 本件発明について
本件発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲33,42)には,おおむね次の記載がある。
(1) 発明の属する技術分野
本発明は,ワークの取り出し及び供給を行うダブルアーム型ロボットに関する発明である(【0001】)。
(2) 従来の技術
従来,液晶用のガラス基板や半導体ウェハ等の薄板状のワークをストッカから取り出したり,ワークをストッカに供給するために,ダブルアーム型ロボットが利用されている(【0002】)。
このダブルアーム型ロボットによれば,アームによりハンド部がワーク取り出し・供給方向に移動して,ワークをストッカから取り出したり,ワークをストッカに供給することができ,一方のアームを供給用,他方を取り出し用とし,ワークの供給動作と別のワークの取り出し動作とを同時に行うことを可能としている。また,液晶用のガラス基板等のワークは塵埃を避ける必要があるため,ダブルアーム型ロボットの作業は全てクリーンルーム内で行われる(【0008】)。
(3) 発明が解決しようとする課題
従来のダブルアーム型ロボットは,両アームが縮んだ際,両肘関節部が左右対称に突出して,ロボットの旋回領域が大きくなってしまうという問題点がある。さらに,2つのハンド部が接触することがないように,コの字型コラムが基台上部の旋回中心の外側に向かって突出しており,ロボットの旋回半径がさらに大きなものとなってしまうという問題点や,コの字型コラムの重量が大きく,ロボットが大型化してしまうという問題点があった(【0010】)。
そのため,他の装置にぶつかることがないように,ロボットの周囲に十分なスペースを設ける必要が生じ,クリーンルーム内の占有スペースの増大化によるコスト高,レイアウトの自由度低下という支障が生じる(【0011】)。
近年,液晶用ガラス基板の大型化により,ガラス板の撓みも大きくなり,それに伴い,ストッカの各段の間隔を大きくする必要が生じるため,ロボットの上下方向のストロークを大きくする必要がある。
従来のダブルアーム型ロボットでは,アームの縮み動作に伴い,両肘関節部が左右対称に突出するため,設置スペースを考慮すると,アームの移動機構はアームの下側に配置する必要があるが,上下移動機構として従来採用されている多段テレスコピック機構では,上下方向のストロークを大きくするほど複雑大型化するなどの問題が生じる(【0012】)。
本発明は,旋回半径が小さく,また,装置の大型化・複雑化を伴わない上下移動機構により構成可能なダブルアーム型ロボットを提供することを目的とする(【0013】)。
(4) 課題を解決するための手段
このような目的を達成するため,本件発明1ないし8は,請求項1ないし8に各記載の構成を有するものである(【0014】)。
(5) 発明の効果
ア 本件発明1によると,コラムに沿って昇降可能な一体若しくは別体の第1及び第2の支持部材を介して二組のアームを互いに上下に異なる高さで支持し,旋回台の旋回によりアームの向きを変更できるので,アームの作業可能範囲を広げることができ,さらに,機構を複雑化・大型化することなく上下移動方向のストロークを大きくできる(【0026】)。
また,ロボットの旋回半径に関して,コラムの旋回領域の内側にアーム基端の関節部を位置させるようにオフセットしているので,アームの基端の肩関節の回転中心からコラムまでの支持部材の長さにコラムの厚み寸法分を加えた長さにほぼ対応する分のロボットの旋回作動領域を小さくすることができる。すなわち,ロボットが旋回する際,コラム旋回領域の内側に折り畳んだ状態のアームが旋回する領域を確保できるため,ロボット作動領域の省スペース化が実現でき,これにより,高価なクリーンルームや工場スペースの利用効率を大幅に高めることができる(【0027】【0028】)。
さらに,本件発明1によると,コラムから離れた位置(支持部材のコラム側とは反対の端部)にアームの基端の関節部を設けたので,上下の基端関節部の間に基板(ワーク)を引き込む動作(縮み動作)において,旋回半径に関してコラムよりも内側にワークの縁の移動軌跡が配置されることにより,ワークとコラムが干渉してワークが壊れることを防止できるほか,ハンド部の高さを互いに変えているため,コの字型コラムを設ける必要がないことから,旋回半径の径方向外側への突出物が減少し,さらに旋回半径を小さくできる。しかも,支持部材がコラムに対し異なる高さで設置されているために,アームを縮め位置に引き込んだ際,アームの基端の関節部即ち肩関節部の間にハンド部を収容させて旋回中心近傍にハンド部ひいてはワークを配置することができるので,旋回半径の最小化が可能となる(【0029】【0030】)。
イ 本件発明2によると,ワークの角部の軌跡が最小となるため,ダブルアーム型ロボットの旋回半径がこれ以上小さくできない最小半径となる(【0031】)。
ウ 本件発明3によると,アームが縮んだときの張り出し量が左右に対称に張り出す従来の構造と比べて片方だけに二組のアームが張り出すため,その分だけロボット旋回時の旋回半径を小さくすることができる。また,二組のアームが同方向に突出するため,肘関節部が突出しない側部にコラムを配置することができる(【0032】)。
エ 本件発明4によると,ロボット全体の旋回中心となる台座部の回転中心あるいはその近傍を通ってハンド部を伸縮動作させ得るので,旋回半径を小さくすることができる(【0033】)。
オ 本件発明5及び6によると,二組のアームを,互いに接触することがないように,かつ,接近させて配置することが可能になり,ワークの供給動作と別のワークの取り出し動作とを効率良く行うことができる(【0035】【0036】)。
カ 本件発明7によると,二組のアームが互いに干渉することなく,同軸に肩関節部の回転中心軸を配置することにより,更に旋回半径を小さくすることができる(【0037】)。
キ 本件発明8によると,二組のアームの基端の関節部の回転中心軸は,同軸でなくとも,上下に配置されているだけでその重なり分だけ旋回時におけるアームの突出量を少なくして旋回半径を小さくし,ロボットの占有スペースを減らすことに十分寄与できる(【0038】)。
2 引用例及び周知例について
(1) 引用例について
引用例(甲2)には,おおむね次の記載がある。
ア 特許請求の範囲
駆動部と該駆動部の一側面に沿って動作するアーム部とよりなるロボットを備え,前記アーム部の先端に設けられたハンドに基板を載せて移動させる基板搬送装置であって,前記一側面が相対向するようにして上下に前記ロボットが配設されていることを特徴とする基板搬送装置。
イ 産業上の利用分野
本発明は,半導体基板等に対してエッチング等の処理を施す処理装置における基板の搬送装置に関するものである。
ウ 従来の技術及び発明が解決しようとする課題
半導体基板等にエッチング処理を施す装置において,基板を載せるハンドが先端に設けられたアーム部を有するロボットを有する搬送装置が用いられているところ,このような搬送装置は,従来,ロボットを1台しか搭載しておらず,基板の搬送に要する時間が長く,処理装置のスループット(単位時間当たりの基板処理枚数)が低下するという問題があった。
2台のロボットを並べて搬送装置を構成すると,ロボット相互の干渉により,スループットを向上させることができないのみならず,基板処理装置が横方向に大型になり,高価なクリーンルームにおいて占める面積が増大する。
エ 課題を解決するための手段
本発明の基板搬送装置は,駆動部と該駆動部の一側面に沿って動作するアーム部とよりなるロボットを備え,アーム部の先端に設けられたハンドに基板を載せて移動させる基板搬送装置であって,一側面が相対向するようにして上下にロボットが配設されているものである。
オ 作用
本発明の基板処理装置は,各ロボットのそれぞれのアーム部がどの方向に動作しても,アーム部,ハンドあるいはハンドに載せた基板が互いに干渉することはなく,しかも,上下のロボットのハンドを相互に重ねるようにして同時に処理室へ挿入することができる。ロボットは上下に配設するので,設置スペースは少なくとも従来と同様に小さく維持できる。
カ 実施例
本発明の一実施例は,第1図ないし第5図のとおりである
本発明のロボットは,ハンドが二次元的にしか動作できないものに限られず,例えば,ハンドがアーム部に対して昇降する機能を有していたり,アーム部及びハンド全体が昇降する機能を有していてもよい。
キ 発明の効果
本発明によると,基板の搬送時間は従来よりも大幅に低減され,基板処理装置のスループットを格段に向上することができる。
また,ロボットを上下に配設するので,横方向の大きさは少なくとも従来と同じであり,基板処理装置のクリーンルーム内に占める面積が従来よりも大きくならないという効果を奏する。
(2) 周知例について
ア 周知例1(甲5)は,ロボット装置に関する発明についての文献であるところ,同文献には,従来のロボットにおいて,設置専有空間を広く確保する必要があり,特に,ロボットの後部空間では全く作業ができないという課題が指摘されている。また,第7図には,シングルアーム型ロボットにおいて,コラム型の昇降機構と台座の旋回機構を有する構成が開示されている。
イ 周知例2(甲6)は,自動荷格納用のロボット装置に関する発明についての文献であるところ,図1には,シングルアーム型ロボットにおいて,コラム型の昇降機構と台座の旋回機構を有する構成が開示されている。
ウ 周知例6(甲17)は,保管庫に関する発明についての文献であるところ,図2には,コラム型の上下移動装置を有する移載機の構成が開示されている。
エ 特開平4-85812号公報(乙1)は,半導体製造装置に関する発明についての文献であるところ,第3図には,ダブルアーム型ロボットにおいて,2組の昇降機構が上下に移動するコラム型の上下移動装置の構成が開示されている。
3 本件発明1の容易想到性に係る判断について
(1) 引用発明及び相違点1の認定について
ア 原告は,引用例に記載された発明の有する具体的構成が前記2(1)のとおりであることを特に争うものではなく,本件審決が,引用発明は搬送チャンバ内の搬送装置に係る発明であって,上側のアーム部を搬送チャンバの上板の下側の面から張り出させ,下側のアーム部を下板の上側の面から張り出させていることは必然にすぎないとした点が,誤りであると主張するものである。
イ 前記2(1)によると,引用例の特許請求の範囲に記載された発明特定事項にチャンバは含まれておらず,チャンバの存在を前提とする「エッチング」についても,従来技術においてロボットが用いられている工程の例示として指摘されているにすぎない。また,引用例に記載された発明の目的は,クリーンルーム内等でのロボットの占有面積を減少させる点において本件発明と共通するところ,当該目的自体は,チャンバの有無とは無関係である。
したがって,引用例は,搬送チャンバ内の搬送装置に係る発明のみを開示するものではなく,引用発明は,搬送チャンバ内の搬送装置に係る発明に限定されるものではないというべきである。
ウ 被告は,引用発明が搬送チャンバ内における発明とは限らないとの原告主張は引用例の具体的記載に反する,引用例には,基板処理装置における基板搬送装置を提供することを目的とする旨の記載があるところ,引用発明の「一側面が相対向するようにして上下に前記ロボットが配設されている」との特徴は,引用例の従来の技術などに係る記載も併せ考慮すると,「基板処理装置を構成するチャンバの上板・下板にロボットが配設されていること」を意味し,当該特徴によって,死角をなくすという効果を発揮することができるものというべきであるなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,引用例の特許請求の範囲に記載された発明特定事項にチャンバは含まれておらず,引用例にも,引用発明を搬送チャンバ内における発明に限定する旨の記載はない。
また,引用発明の解決課題は,基板処理装置のスループットの向上及び省スペース化の実現であって,全方向にわたって死角をなくす点が解決課題として引用例に記載されているものではない。
したがって,被告の前記主張は,いずれも採用することができない。
(2) 相違点1に係る判断について
ア コラムに対して上下に移動自在な複数の支持部材を採用することについて
(ア) 引用発明は,基板の搬送時間の短縮及び基板処理装置のスループットの向上並びに基板処理装置のクリーンルーム内に占める面積の減少を目的として,一側面が相対向するようにして上下にロボットが配設される構成を採用するものであるところ,引用例には,ハンドが二次元的にしか動作できないものに限らず,「ハンドがアーム部に対して昇降する機能や,アーム部及びハンド全体が昇降する機能」を有してもよい旨が記載されており,しかも,引用例の特許請求の範囲に記載された発明特定事項にチャンバは含まれていないから,相対向するロボットに上下移動機構を採用し,作業範囲を増加させることについて,動機付けが認められる。
また,前記2(2)によれば,本件特許に係る原出願の出願当時,コラム型を有する産業用ロボットは,ダブルアーム型ロボットを含め,周知技術であったということができる。
したがって,当業者が,引用例の記載から,実施例において開示された搬送チャンバ内に上下一対に配設されたロボットについて,搬送チャンバとは無関係に,「ハンドがアーム部に対して昇降する機能や,アーム部及びハンド全体が昇降する機能」を有する構成を実現するため,周知技術であるコラム型の上下移動装置を採用することは,容易に想到し得るものということができる。
また,上下一対に配設されたロボットのアーム部とハンド部とを上下移動機構に組み合わせる際に,支持部材を設けることは当然であるから,当該構成も,同様に,容易に想到し得るものということができる。
(イ) 被告は,引用発明において,ハンドを大きなストロークで上下移動するように構成することは,ロボット間距離を小さくして設置スペースを小さくするという引用発明の特徴的な構成を変更することにほかならない,引用発明に移動機構を採用する場合,当業者は,むしろ,死角がないという引用発明の特徴を維持することができ,駆動部を不動にした上でアーム部やハンドのみを昇降させる構成が可能となるテレスコピック型を採用するというべきであって,コラム型を採用する動機付けは存在しないなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,引用例には,搬送チャンバとは無関係に,「ハンドがアーム部に対して昇降する機能や,アーム部及びハンド全体が昇降する機能」を有する構成が開示されている以上,ハンドを大きなストロークで上下移動する構成を採用することについて,阻害事由があるということはできない。
また,前記(1)ウのとおり,全方向にわたって死角をなくす点が解決課題として引用例に記載されているものではないし,当該機能を実現するために,当業者が当然にテレスコピック型を採用するとまでいうこともできない。
したがって,被告の前記主張は,いずれも採用することができない。
イ 上下に相対向して設けられた二組のアームを採用することについて
二組のアーム部及びハンド部を支持部材を介してコラム型の移動装置と組み合わせる場合,上下二組のアーム部及びハンド部の配置としては,それらの支持部材に対して,上側と上側,下側と下側,上側と下側,下側と上側の4とおりの配置が想定できるところ,引用例において,上下二組のアーム部及びハンド部を相対向するように設けることが開示されているから,引用発明において,コラム型を採用する際,上下二組のアーム部及びハンド部をそれらの支持部材に対して下側と上側に配置することは,当業者が容易に想到し得るものということができる。
ウ 以上のとおり,本件審決の相違点1に係る判断は誤りであるところ,本件審決は,その余の相違点に係る各構成が当業者にとって容易に想到し得たか否かについて審理を尽くしていない。
したがって,その余の相違点に係る各構成の容易想到性について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。
4 本件発明2ないし8の容易想到性に係る判断について
本件審決は,本件発明1が引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたとはいえない以上,本件発明1に従属し,その発明特定事項を全て含む本件発明2ないし8も,同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないとするが,前記3のとおり,その前提自体が誤りである以上,本件審決の本件発明2ないし8の容易想到性に係る判断を直ちに是認することはできない。
5 結論
以上の次第であるから,本件審決は取消しを免れないものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 田中芳樹 裁判官 荒井章光)