知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10382号 判決 2013年3月21日
原 告
リズムホールディング
リミテッド
同訴訟代理人弁護士
城山康文
岩瀬吉和
前田千尋
同 弁理士
北口貴大
永岡愛
被 告
株式会社オギツ
同訴訟代理人弁理士
中村政美
原田寛
主文
1 特許庁が取消2011-300367号事件につい
て平成24年6月29日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1の被告の本件商標に係る登録商標に対する不使用を理由とする当該登録の取消しを求める原告の後記2の本件審判請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 本件商標
被告は,平成17年3月7日,「rhythm」の文字を横書きしてなる商標(以下「本件商標」という。)について,第25類「履物,乗馬靴」を指定商品として,商標登録出願し,同年9月16日に設定登録を受けた(登録第4894428号商標。甲1)。
2 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成23年4月12日,継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが本件商標を指定商品中第25類「履物」について使用した事実がないと主張して,取消審判を請求し,当該請求は同月27日に登録された(弁論の全趣旨)。
(2) 特許庁は,これを取消2011-300367号事件として審理し,平成24年6月29日,「本件審判の請求は成り立たない。」との本件審決をし,同年7月9日にその謄本が原告に送達された。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,商標権者である被告は,本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において,指定商品「履物」について,本件商標と社会通念上同一の商標ということができる別紙使用商標目録1ないし3記載の商標(以下,順に「使用商標1」などといい,併せて「使用商標」ということがある。)を使用していたものであるから,本件商標は,商標法50条1項の規定により,指定商品「履物」についての登録を取り消すべきではない,というものである。
4 取消事由
使用商標が本件商標と社会通念上同一であるとした判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1 商標法50条1項について
商標は,商品又は役務の識別標識であり,ある1つの商標が文字や記号の組合せからなる場合においても,全体としては識別標識として一体をなすものである。したがって,これらの部分を総括した一体としての商標を基準として,商標の同一性を判断されなければならない。
商標法50条1項の「登録商標と社会通念上同一と認められる商標」は,①書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,②平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標,③外観において同視される図形からなる商標と同程度で,同一の範囲にとどまるものでなければならない。そして,登録商標に何らかの文字や図形を付加した商標は,これが使用されたとしても,特段の事情がない限り,同項の「社会通念上同一」には該当しないものと解するべきである。
2 本件審決の誤り
(1) 使用商標について
本件審決は,使用商標について,「RHYTHM」の文字部分が独立して看者の注意を強く惹き,自他商品識別のための要部となることを理由に,本件商標と社会通念上同一であると認定判断した。
しかし,使用商標は,いずれも「NEO」の文字を伴って使用されていたものであり,全体が一体不可分であって,本件商標とは,社会通念上同一ということはできない。
(2) 使用商標の「NEO」の文字部分を捨象することができないこと
本件審決は,使用商標において,「NEO」の文字部分が籠字風に表され,「RHYTHM」の文字部分とは明らかに態様が異なり,両文字部分は,視覚上分離して看取されると認定したが,以下のとおり誤りである。
ア 使用商標は,いずれも「NEO RHYTHM」又は「NEORHYTHM」の欧文字からなり,それぞれ同一の大きさ,同一の書体で,外観上まとまりよく一体的に表されている。また,当該構成から生ずる「ネオリズム」の称呼も5音と短く冗長ではなく,よどみなく一気に称呼されるものである。さらに,使用商標からは,「新しいリズム」や「新しい調子」といったまとまった1つの観念が生じる。したがって,「NEO RHYTHM」及び「NEORHYTHM」の文字は,これに接する需要者に一体のものとして認識されるものとみるのが自然であり,殊更「RHYTHM」部分を抽出して商品の識別標識として認識するとみるのは極めて不自然である。
イ 単に「NEO」の文字部分のみが籠字風に表されていることからは,使用商標の外観上の一体性は損なわれず,「NEO」及び「RHYTHM」の文字を視覚上分離して看取させるものではない。すなわち,一部の文字部分のみを籠字風に表することは,籠字風に表されている文字とそうでない文字の間に一定の視覚上の差異を生ぜしめるものであったとしても,生ずる視覚上の差異は極めて限定的である。特に使用商標において,「NEO」の文字中の「O」や「RHYTHM」の文字中の「R」のデザインは,本来丸みを帯びて表される文字の形状の一部に,特徴ある角張ったデザインが共通して施されており,籠字風に表されていることによっても,かかる書体の特徴は失われていない。また,「NEO」及び「RHYTHM」の各文字は,籠字風に表されているか否かに関わらず,文字の太さもほぼ同一であり,全体として統一感のある書体で表されている。したがって,構成する文字の一部が籠字風に表されていることのみをもっては,使用商標の外観上の一体性は損なわれない。
(3) 使用商標の全体が成語として親しまれていないことについて
本件審決は,「NEO」及び「RHYTHM」のいずれも既成語であること,両文字を結合した全体をもって既成の観念を有する成語として親しまれているとはいえないことを,「RHYTHM」の文字部分が独立して看者の注意を強く惹くことの根拠としている。
しかしながら,2つの既成語から成る商標については,これらの部分を総括した一体としての商標を基準として判断されなければならず,両語を結合した全体をもって既成の観念を有する成語として親しまれていないことは,いずれかの文字部分のみを特に抽出して判断する理由とはなり得ない。むしろ,「NEO」は「新,新しい」の意味合いを,「RHYTHM」は「リズム,調子」といった意味合いを有する英単語として我が国で一般的に親しまれているのであり,両語からは「新しいリズム」,「新しい調子」といったまとまった観念を容易に理解,認識することができる。よって,両語は分離されるどころか,全体として1つの造語を構成するものとして認識される。したがって,使用商標に接した取引者・需要者が,単に「RHYTHM」の文字部分のみをもって独立した出所識別標識として認識することはない。
(4) 「NEO」の識別力が極めて弱いことについて
本件審決は,「NEO」の文字が,「新,新しい」の意味を有する接頭辞として他の語に冠して使用される語であることをもって,それ自体は自他商品の識別力がないか極めて弱いものであるとして,「RHYTHM」の文字部分が独立して看者の注意を強く惹き,自他商品識別のための要部であるとしたが,以下のとおり誤りである。
ア 本件審決は,「NEO」が,各種商品において,新製品あるいは最新の商品であること,すなわち商品の品質を表すものとして,普通に採択,使用されているものであることを前提として,その指定商品との関係においては自他商品の識別力がないか,極めて弱いと判断しているものと考えられる。
イ しかし,「NEO」が,「新,新しい」の意を有する英単語であることから,直ちに識別力を有しないということにはならない。需要者等は,ある商品の出所を識別するに当たっては,過去の取引で記憶に止めた商標の外観,称呼,観念を手がかりとして自らが欲する商品を他の同種の商品群から識別する。その際に,商標の構成に商品の内容を記述的に表す語が含まれている場合には,当該語を捨象することもあるが,その判断は,前後の語との関係,商標全体の使用態様等から総合的にされることとなる。
使用商標は,「NEORHYTHM」又は「NEO RHYTHM」と表されるものであり,「新しいリズム(調子)」といった観念が把握される。すなわち,「NEO」は,商品の性質を記述的に表すために用いられているのではなく,それに続く「RHYTHM」を修飾する語として用いられているのであり,需要者にもそのように理解される。「NEO」及び「RHYTHM」の語は,平易な英単語であり,簡易迅速を尊ぶ取引においても,「新しいリズム(調子)」の意味合いが容易に把握されるから,需要者等が,「NEO」の語を殊更「RHYTHM」の語と分断し,使用された商品との関係で,記述的な用語として認識するとは到底考えられない。
ウ 「履物」の業界において,「NEO」や,これと同義である「NEW」の語が,商品の品質等を記述的に表す語として一般的に用いられている事実はない。
エ 被告の過去の営業形態を見ても,需要者等が「NEO」の部分を新しい商品であることを示すために用いられていると認識する余地はない。すなわち,被告は,被告の販売する婦人靴について使用商標のみを用いてきたのであり,本件商標を単独で使用していた事実は見当たらない。かかる事情の下では,使用商標に接する需要者・取引者が,「rhythm」という名称が付された商品の新商品であると認識することはあり得ない。したがって,「NEO」が商品の品質等を示すものと認識されないことは明らかである。
オ 加えて,被告の販売する婦人靴は,「ふかふかのインソールで,まさにノンストレスな履き心地。女性らしい色や質感で,ルックスにも自信あり。」として宣伝されているが,このような婦人靴の主な需要者は,靴のデザイン性・機能性の双方を重視し,靴の選択にこだわりを持つ女性が想定される。かかる需要者は,商標やブランドについて詳細な知識を持ち,商品の購入に際し,メーカー名などについて常に注意深く確認するものと考えられ,過去に被告が「婦人靴」について「リズム」商品を販売していた実績がない以上,使用商標に接する需要者が,これを「リズム」の新商品と認識することはあり得ない。
以上のとおり,実際の取引において,「NEO」が商品の品質等を示すものと認識されないことは明らかである。
カ したがって,使用商標の構成態様を考慮せず,単に「NEO」の文字が,「新,新しい」の意味を有する接頭辞として他の語に冠して使用される語であることをもって,「NEO」の文字の商品の識別力がないか極めて弱いものであるとして,使用商標1ないし3のうち,「RHYTHM」の文字部分のみが独立して看者の注意を強く惹き,自他商品識別のための要部であるとすることはできない。
キ さらに,「NEO」の文字部分の自他商品の識別力の有無ないし強弱は,使用商標の「RHYTHM」の文字のみを要部として分離して観察すべき根拠には,必ずしもならない。
ク 以上のとおり,使用商標の「NEO」の文字部分は,自他商品の識別力がないか極めて弱いものであるとはいえないし,仮にそうだとしても,それのみをもって「RHYTHM」の文字のみを要部として抽出する理由とはならない。
3 被告の登録商標
(1) 被告は,平成16年に指定商品を第25類「履物」とする商標「neorhythm」について商標登録出願し,平成17年に指定商品を第25類「履物,乗馬靴」とする商標「neo rhythm」について商標登録出願し,いずれも商標登録を受けている(以下「別件登録商標」という。)。また,被告の販売する婦人靴「ネオリズム」は,平成16年から販売が開始されている。
そうすると,被告が,被告の販売する婦人靴について「rhythm」ではなく「neorhythm」又は「neo rhythm」という名称の使用を意図して,当該婦人靴販売開始年に別件登録商標を出願したことは想像に難くない。よって,被告も,使用商標は,別件登録商標についての使用であると認識していると推測される。
(2) 商標法の保護は,商標の使用によって蓄積された信用に対して与えられるのが本来的な姿であるところ,登録商標の不使用取消審判制度の趣旨は,一定期間登録商標の使用をしない場合には,そのような信用が発生しないか,又は消滅してその保護すべき対象がなくなること及び不使用に係る登録商標に対して排他的独占的な権利を与えておく理由はなく,かつ,その存在により商標使用を希望する第三者の商標選択の余地を狭めることから,そのような商標登録を取り消すことにある。
被告は,別件登録商標を有し,これと実質的に同一である使用商標を使用している。かかる状況下で,被告の使用商標の使用によって信用が蓄積されてきたのは,本件商標ではなく別件登録商標であり,よって,保護すべき信用が発生していない本件商標の登録の維持を認めることは,不使用取消審判の制度の趣旨にも反する。
(3) 「rhythm」と「neorhythm」及び「neo rhythm」が社会通念上同一であるとすると,「rhythm」という商標の使用が,登録商標たる「rhythm」のみならず,同じく登録商標「neorhythm」の使用にも該当することとなる。しかし,この帰結は,「新,新しい」の観念を何ら有しない商標の使用が,社会通念上,「新,新しい」の観念を有する商標の使用が認められたということを意味するものといえ,制度目的に照らし,妥当でない。
〔被告の主張〕
1 使用商標の態様
(1) 被告が使用する使用商標の態様は,いずれも「NEO RHYTHM」又は「NEORHYTHM」の文字からなり,「NEO」の文字部分は籠字風であることは原告も認めるところであり,また,「RHYTHM」の文字部分はいわば塗り潰された状態で表示されている。使用商標は,商品である婦人靴に付して,またこの婦人靴に関する広告に使用されている。
(2) 使用商標において,「RHYTHM」の文字が「NEO」とは分離されたそれ自身で認識・把握される自他商品識別のための要部となっているから,本件商標「rhythm」とは社会通念上同一であるといわざるを得ない。
2 使用商標と本件商標との同一性
(1) 使用商標における「NEO」の文字部分が捨象されること
使用商標において,籠字風に表示された「NEO」の文字部分と,塗り潰された状態で表示された「RHYTHM」の文字部分とは,視覚上異なっている。また,籠字風であることでその背景に埋没するような表示態様である「NEO」の文字部分に比し,塗り潰し状に明瞭に表示されている「RHYTHM」の部分は一層強くアピールされ,また,「NEO」との間では若干でも分離された態様であることと相俟ち,看者をして「RHYTHM」の部分が強く印象づけられる。
原告は,使用商標が,同一の大きさ,同一の書体で,外観上まとまりよく一体的に表示されていると主張するが,商標態様の表示を無視したものであり,外観的には一体性があるとはいえない。
(2) 全体が既成の観念を有する成語として親しまれていないこと
「NEO」は「新,新しい」なる意味を有する英語に通じ,また「RHYTHM」は「リズム,調子」なる意味を有する英語に通じる既成語として一般に親しまれている。しかし,これらを結合した「NEORHYTHM」そのものは,一般的に通常使用される親しみある既成語として認識されていないから,原告主張のようにこれが一連一体の「新しいリズム」,「新しい調子」なる意味合いのものとして理解されるものではない。
仮に,「新しいリズム」,「新しい調子」なる意味合いがあるとしても,その対象となる,いわば古いリズム,古い調子との相違が具体的にどのようなものか,その相違があるとすればいかなるものか,抽象的にでも認識,把握できるものではない。このように比較される新旧の「リズム」,「調子」が具体的にイメージされない上,一般的にも「NEORHYTHM」としての既成語として使用されておらず,親しみもないのである。
(3) 「NEO」が接頭辞であり,識別力がないか極めて弱いこと
ア 使用商標は,いずれも籠字風の「NEO」が前半部分に表示されている。「NEO」は,「新,新しい」なる意味を有する英語の接頭語として一般的に使用されており,従来から商標が使用される商品に関し,それが「新しい」ものであることを示す記述的表示として使用されるにすぎないから,自他商品の識別力がないか極めて弱いものである。
すなわち,「NEO」は,「新しい」の意味を有する接頭語であり,新製品や最新の商品であることの表示として,商品名や商標に付加して商取引上普通に採択,使用されており,商品の品質を誇示するための結合辞として使用されるものとして一般的に理解されている。しかも,使用商標においては,「RHYTHM」とは異なる籠字風で表示されていることからも,「RHYTHM」とは一体性があるものとは看取されず,単なる品質表示として認識されるにすぎない。
イ 原告は,使用商標を一体的に,「ネオリズム」なる称呼が生じ,また「新しいリズム」,「新しい調子」なる観念が生じると主張する。しかし,上記主張は,使用される商品との関係を無視した静的な商標態様からの見解にすぎず,現実的な商取引の実情を理解しないものである。
ウ 従前の判決例,審決例によって,「NEO」,「ネオ」,「neo」は自他商品識別力がないことが示されているから,使用商標において,「NEO」は自他商品識別力がないか,極めて弱いことは明らかである。しかも,「NEO」は籠字風に表されていることで背景に埋没されるものとなり,その結果,塗り潰されて表されている「RHYTHM」の部分が強く印象づけられる。したがって,「RHYTHM」をもって生じる称呼で取引されることからも,使用商標は,本件商標と社会通念上同一と認められる。
エ また,従来の審決例によれば,「新」を意味する「ニュー」が付された使用商標が,これが付されていない登録商標と社会通念上の同一商標であるとし,その使用であると認められている。さらに,自他商品識別機能を有しない文字が付加された使用商標が,これらが付加されていない登録商標と社会通念上同一であるとした審決例が多数存在する。
オ 原告は,被告の営業形態から「rhythm」が単独使用された事実がない故に,使用商標がその商品の新商品であると認識することはあり得ないと主張する。
しかしながら,商標の使用,その採択・選択はこれを使用する者の任意によるものであるから,旧タイプの「rhythm」なる商品がないからといって,現在使用の商品に「NEO」を付すのが不当であるとは限らない。
(4) 小括
以上のとおり,使用商標において,「NEO」と「RHYTHM」とは態様が明らかに異なるから,視覚上分離して看取できるばかりでなく,「NEO」部分は自他商品の識別力がないか極めて弱いものであり,全体を持って既成の観念を有する成語として親しまれているとはいえないから,使用商標は,本件商標と社会通念上同一というべきである。
3 別件登録商標について
(1) 原告は,使用商標は別件登録商標の使用に相当するから,これを本件商標の使用の根拠とするのは,使用の事実と矛盾すると主張する。
しかし,使用商標が「NEO RHYTHM」ないし「NEORHYTHM」であるとしても,これは「RHYTHM」としても認識できる商標の使用であるから,使用の事実と矛盾しない。
(2) 原告は,被告の信用が蓄積されたのは本件商標によるものではなく,別件登録商標の使用によることは想像に難くなく,保護すべき信用が発生していない本件商標の登録の維持を認めることは,不使用取消審判の制度趣旨に反すると主張する。
しかしながら,被告の使用商標1ないし3は,いずれも「NEO」が捨象される態様での使用であるから,本件商標の使用であることに変わりはなく,また,別件登録商標の使用に該当するとしても,何らの問題も生じない。実際の商取引に際し,現実に使用される使用商標が複数の登録商標の使用に該当することになるのは,数多く認められるところである。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 使用商標の態様
ア 被告は,平成21年1月19日から同年5月11日までの間に複数回にわたり,松坂屋名古屋店及び高島屋岡山店に対し,婦人靴に使用商標を付し又はその包装用箱に使用商標を付した婦人靴を販売した(甲21の4の1・2)。
イ 使用商標1は,靴の中敷き及び包装用箱に表示されているものであるところ,「NEO RHYTHM」の文字からなり,このうち,「NEO」の文字は白抜きで籠字風に表され,「RHYTHM」の文字は塗り潰しで表されており,両者の間には半文字分程の間隔がある(甲21の3の1)。
ウ 使用商標2は,靴底に刻印されているものであるところ,「NEORHYTHM」の文字からなり,「NEO」の文字部分のみ籠字風に表されている(甲21の3の1・2)。
エ 使用商標3は,靴の中敷き及び包装用箱に表示されているものであるところ,「NEORHYTHM」の文字からなり,「NEO」の文字は白抜きで籠字風に表され,「RHYTHM」の文字は塗り潰しで表されているが,使用商標1に比べ,各文字は間隔をやや広く均一に配置された態様である(甲21の3の2)。
(2) 被告の婦人靴の取引の実情
ア 前記使用商標1ないし3が付された婦人靴の値札には,同一の書体で「NEORHYTHM」と表示されている(甲21の3の1・2)。
イ 平成20年9月から平成22年11月までの間に発行された新聞や雑誌に,被告の業務に係る商品「婦人靴」について,10回以上,紹介記事又は広告が掲載された。それらの記事又は広告においては,使用商標3とほぼ同一の態様からなる籠字風の「NEO」の文字と白塗りの「RHYTHM」の文字を横一列に表したものが1件ある(甲21の6の1)ほかは,いずれも,上記婦人靴について,同一の書体で「ネオリズム」「NEORHYTHM」「NEO RHYTHM」と表記されている(甲21の5の1~4,21の6の2,21の7の1~6)。
(3) 別件登録商標
被告は,使用商標1ないし3を付した婦人靴の販売を開始した頃,指定商品を第25類「履物」とする「neorhythm」,指定商品を第25類「履物,乗馬靴」とする「neo rhythm」について,別件登録商標を登録出願し,商標登録を受けた(甲5,6)。
2 登録商標と社会通念上同一と認められる商標の使用について
(1) 商標の同一性
商標法50条1項は,「継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標,外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下この条において同じ。)の使用をしていないときは,何人も,その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」旨規定するところ,同項において,①書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,②平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標,③外観において同視される図形からなる商標が例示されていることに鑑みれば,同項にいう「登録商標と社会通念上同一と認められる商標」は,上記①ないし③に準ずるような,これと同程度のものをいうものと解される。なお,文言上,登録商標と「同一」と認められるものでなければならず,「類似」の商標は含まれない。
(2) 本件商標と使用商標の同一性
ア 本件商標は,「rhythm」の文字からなり,「リズム」という称呼を生じ,「リズム」,「調子」という観念を生じるのに対し,使用商標は,いずれも,「NEO」の文字を伴って,「NEORHYTHM」又は「NEO RHYTHM」の文字からなり,「ネオリズム」という称呼を生じ,「新しいリズム」,「新しい調子」という観念を生じる。
そして,使用商標は,「NEORHYTHM」又は「NEO RHYTHM」の文字からなり,「NEO」の文字は白抜きで籠字風に表され,「RHYTHM」の文字は塗り潰しのゴシック体風の文字で表されているところ,①本件商標の書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標とはいえないし,②本件商標のローマ字の文字の表示を平仮名や片仮名に変更して同一の称呼及び観念を生ずる商標でもなく,また,③外観において本件商標と同視される図形からなる商標でもなく,これらと同程度のものということもできない。
よって,使用商標は,本件商標と社会通念上同一のものと認められる商標ということはできない。
なお,前記1(3)認定のとおり,被告自ら,本件商標とは別個に,同様の指定商品(第25類「履物,乗馬靴」)について,「neorhythm」又は「neo rhythm」という別件登録商標の登録出願をした上でその商標登録を得ていることに照らしても,本件商標と使用商標とが社会通念上同一であると認めることはできない。
イ 被告の主張について
(ア) 被告は,使用商標において「RHYTHM」の部分が要部となっているから,本件商標と社会通念上同一であると主張する。
しかしながら,前記1(1)認定の使用商標の態様並びに同(2)認定の被告の婦人靴の取引の実情を総合すると,同一の大きさ,同一の書体で表された「NEORHYTHM」又は「NEO RHYTHM」の文字からなる使用商標において,「RHYTHM」の部分が取引者,需要者に対し商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものとまではいうことはできない。また,「NEO」の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないともいうことはできない。よって,使用商標から「RHYTHM」の部分のみを抽出し,この部分だけを本件商標と比較して商標そのものの同一性を判断することは,許されない。
(イ) 被告は,籠字風に表示された「NEO」の文字部分は,塗り潰された状態で表示された「RHYTHM」の文字部分とは,視覚上異なり,その背景に埋没するような表示態様であって,看者をして「RHYTHM」の部分が強く印象づけられると主張する。
しかし,使用商標の文字は,いずれも同一の大きさ,同一の書体で表され,外観上まとまりよく一体的に表示されているのであって,籠字風に表示されたからといって,「NEO」の部分が捨象されるとはいえない。
(ウ) 被告は,「NEO RHYTHM」又は「NEORHYTHM」全体が既成の観念を有する成語として親しまれていないと主張する。
しかし,「NEO」は「新,新しい」なる意味を有する英語に通じ,また「RHYTHM」は「リズム,調子」なる意味を有する英語に通じる既成語として一般に親しまれている。したがって,これらを結合した「NEO RHYTHM」又は「NEORHYTHM」については,それ自体が既成の成語として認識されていないとしても,「新しいリズム」,「新しい調子」なる意味合いのものとして理解することは容易であり,そこから「ネオリズム」という称呼が生じる。
(エ) 被告は,「NEO」が接頭辞であり,自他商品の識別力がないか極めて弱いと主張する。
しかし,接頭語として使用されるからといって,直ちに使用商標と本件商標とが社会通念上同一であるということはできない。
(オ) 以上のとおり,被告の主張は,いずれも採用することができない。
(3) 商標の使用の有無
以上によれば,商標権者である被告は,本件審判請求の登録前3年以内に,日本国内において,指定商品について,使用商標を使用していたことをもって,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用していたとはいえないものである。
3 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由には理由があり,本件審決は取り消されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)
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