知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10392号 判決 2013年3月21日
原告
キューピー株式会社
同訴訟代理人弁護士
宮嶋学
大野浩之
髙田泰彦
柏延之
同弁理士
勝沼宏仁
宇梶暁貴
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
山本隆司
井奈波朋子
山田雄介
永田玲子
植田貴之
主文
1 特許庁が無効2012-890008号事件について平成24年10月4日にした審決のうち,登録第5022219号商標の指定役務「飲食物の提供」に係る部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを12分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2012-890008号事件について平成24年10月4日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告の後記1の本件商標に係る商標登録を無効とすることを求める原告の後記2の本件審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4のとおりの取消事由があると主張して,本件審決の取消しを求める事案である。
1 本件商標
本件商標(登録第第5022219号)は,,後記の構成からなり,平成17年10月25日に登録出願され,第43類「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ,飲食物の提供,動物の宿泊施設の提供,保育所における乳幼児の保育,老人の養護,会議室の貸与,展示施設の貸与,家具の貸与,壁掛けの貸与,敷物の貸与,タオルの貸与」を指定役務として,平成18年12月14日に登録査定を受け,平成19年2月2日に設定登録されたものである(甲1)。
file_2.jpg2 特許庁における手続の経緯
原告は,平成24年1月31日,特許庁に対し,本件商標の登録を無効にすることを求めて審判を請求した。特許庁は,これを無効2012-890008号事件として審理し,平成24年10月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする本件審決をし,その謄本は,同月12日,原告に送達された。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,①本件商標は別紙目録記載の引用商標1ないし7とは互いに紛れるおそれのない非類似の商標であるから,商標法4条1項11号に該当しない,②本件商標に接する取引者及び需要者は別紙目録記載の引用商標8及び9を想起又は連想することはないから,商標法4条1項15号に該当しない,というものである。
4 取消事由
(1) 商標法4条1項11号の該当性に係る認定・判断の誤り(取消事由1)
(2) 商標法4条1項15号の該当性に係る認定・判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(商標法4条1項11号の該当性に係る認定・判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,外観及び称呼の点からみれば,本件商標を「ROSEO’NEILL」「ローズオニール」の文字部分と「KEWPIE」「キューピー」の文字部分とに分離して,「KEWPIE」「キューピー」の文字部分のみを抽出して観察しなければならない格別の理由は見いだせず,また,観念の点からみれば,様々の態様のキューピーが存在し,あるいは「キューピー」の語と他の語を結語した商標等が多数存在するといった取引の実情があるとして,本件商標を「ROSEO’NEILL」「ローズオニール」の文字部分と「KEWPIE」「キューピー」の文字部分とに分離し,「KEWPIE」「キューピー」の文字部分のみを抽出して観念しなければならない理由は見いだせないから,「ローズオニールキューピー」の称呼及び「ローズオニールのキューピー」の観念を生じる本件商標と,「キューピー」等の称呼及び観念を生じる各引用商標とは,外観,称呼及び観念のいずれの点についても非類似の商標であるとする。
(2) しかしながら,ローズ・オニール氏がキューピーというキャラクターを創作したことは,一般的にはほとんど知られていない一方,「ROSE/ローズ」は,英語圏における一般的な女性名の1つとして,また,「バラ」を意味する英単語として,「O’NEILL/オニール」は,英語圏における一般的なアイルランド系の名字の1つとして,「KEWPIE/キューピー」は,日本国内において広く知られているキャラクターの名称として,また,少なくとも一定の商品及び役務について原告が使用する商標として,いずれも日本国内において広く認識されている。
このように,本件商標は,いずれも日本国内において広く認識されている3語の名称を結合させたものであるから,本件商標は,称呼・観念的に「ROSE/ローズ」,「O’NEILL/オニール」及び「KEWPIE/キューピー」に分離して認識される。
また,本件商標のような冗長な商標においては,その一部のみを分離して認識されることは,審決例においても少なからずあることである。
そして,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分が強い印象を与え,この部分のみが分離して認識されることも少なからずあることは,後記の取引の実情を踏まえて考察すれば明らかである。
(3) 被告は,株式会社ローズオニールキューピー・インターナショナル(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であるところ,訴外会社は,「ローズオニールキューピー」及び「Rose O’Neill Kewpie」に係る商標権等の権利に基づき日本等において「キューピー」に係るライセンスビジネスを展開するに当たり,そのウェブショップにおいても,多数のキューピー人形及び「ローズオニール」の語が付されていない単なる「キューピー」の語を表示し,「Rose O’Neill」の部分よりも「Kewpie」の部分をはっきり目立つ態様にしたロゴを付した商品を販売するなどしているほか,キューピー人形を使用したキャンペーン等を行っている。
本件商標は,日本国内で広く知られたキャラクターを表す「KEWPIE/キューピー」の語と,キューピーの原作者の名前である「ROSEO’NEILL/ローズオニール」の語とを結合させた商標であるところ,このような被告による「ローズオニールキューピー」及び「Rose O’Neill Kewpie」商標の実際の使用態様に照らすと,本件商標がキャラクターのキューピー又はキューピー人形とは無関係に使用されることが事実上あり得ず,また,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分を強調して使用されることもあるという取引の実情が存在するといえる。
このような取引の実情からすれば,本件商標が使用される場面において,取引者・需要者に対し,キャラクターのキューピー又はキューピー人形の印象を強く与え,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分が強い印象を与えることが多々あることは,極めて明らかである。
(4) 様々な態様のキューピーが存在し,あるいは「キューピー」の語と他の語を結語した商標等が多数存在するなどという状況は,全く存在しないから,本件商標の指定役務の分野において,取引者・需要者が例えば「○○キューピー」と「△△キューピー」とを区別して役務の出所を識別しているといった取引の実情が存在しないことは,明らかである。
むしろ,「キューピー」又は「KEWPIE」の文字を含む商標に係る商標権を食品関連商品について有しているのは,原告のみであり,本件商標の指定役務である「飲食物の提供」等の役務については,本件商標を含む被告が商標権者である3件の商標のほかは,いずれも原告が商標権者である。そして,原告のキューピー関連商標の著名性は,特に,「飲食物の提供」等の役務に強く関連する食品・飲食物関連分野に強く及んでいる。
このような商標の登録状況等からみても,少なくとも食品関連商品及び飲食物の提供の分野においては,「キューピー」又は「KEWPIE」といえば,原告を指し示すことは,極めて明白である。
(5) 以上の取引の実情を踏まえると,本件商標に接した取引者・需要者に対し,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分が強い印象を与え,本件商標から,「キューピー」の称呼及び観念が生じることが少なからずあることは,明らかである。現に,本件商標について行われたインターネット又は訪問面接によるアンケート調査の結果によれば,本件商標から原告を思い浮かべるとの回答や,本件商標から「キューピー」の語を分離観察している回答が多数にのぼる一方,「ローズオニールのキューピー」を思い浮かべるといった回答は,ほぼ皆無である。
他方,引用商標1ないし7は,いずれも「キューピー」の称呼及び観念を生じるものであり,本件商標と称呼及び観念を共通にするものであって,本件商標から「KEWPIE/キューピー」の部分が分離して観察されることが少なくないことからすれば,引用商標1ないし7と本件商標との間の外観の相違も,実質的なものではない。
(6) したがって,引用商標1ないし7と本件商標とは,商標法4条1項11号の類似の商標であるというほかなく,両者を非類似の商標とした本件審決は,取消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1) 「キューピー」及び「キューピー人形」は,米国人女流画家ローズ・オニールの創作活動により生まれた後,特にキューピー人形について,人気が世界に広まっていったのであるから,本件商標は,その構成全体をもって「ローズオニールのキューピー」という観念が想起されるものというべきであり,「ROSE/ローズ」,「O’NEILL/オニール」及び「KEWPIE/キューピー」の3つの語に観念的に区切れるものではない。また,本件商標は,文字全体がまとまりよく一体的に表されているといえ,冗長とはいえず,本件商標から生じる「ローズオニールキューピー」という称呼も,よどみなく称呼し得るものである。
(2) 本件商標の指定役務は,「飲食物の提供」等である一方,訴外会社のウェブサイトで販売されている商品は,飲食物等ではなく,そこに記載の表示も,本件商標ではない。しかも,上記ウェブサイトに表示されている「キューピー」の語は,単に「キューピー」という著作物の名称として表示されているのであり,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」部分をことさら強調して表示したものではない。キャンペーンの対象も,本件商標の指定役務とは関係なく,本件商標も使用されていない。
原告の主張は,本件商標ではない「ローズオニールキューピー」及び「RoseO’Neill Kewpie」との表示が本件商標として使用されたという誤った前提に基づくものである。また,「キューピー」との表示も,著作物の名称として表示されているだけであり,本件商標とは関係がない。したがって,キャラクターのキューピーないしキューピー人形と本件商標が関連付けて使用されているという取引の実情は存在しないし,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分が強調して使用されているという取引の実情も存在しない。
(3) 様々な態様のキューピーが存在し,あるいは「キューピー」の語と他の語を結語した商標等が多数存在するというべきであることは,本件審決が認定したとおりである。
(4) 本件商標に接した取引者・需要者に対し,本件商標の構成中「KEWPIE/キューピー」の部分が強い印象を与え,本件商標から「キューピー」の称呼及び観念が生じることが少なからずあるなどとはいえない。
本件商標について行われたアンケート調査の結果は,審判で審理された事項ではなく,新証拠であるから,提出が許されず,証拠能力が認められない。
上記アンケート調査の結果に証拠能力が認められるとしても,当該結果によれば,問3で本件商標が飲食店の名前として使われていた場合に「キューピー」を想起すると回答した者は約7.9%しかいない上,問4で「キューピー」を「マヨネーズ」という調味料(飲食物の提供ではない。)の出所識別機能として認識して回答した者が相当数存在する可能性を否定できない。このように,上記アンケート調査は,その実施方法に問題があり,本件商標から「キューピー」の称呼及び観念が生ずるか否かという命題を解決するものではない。したがって,上記アンケート調査の結果によれば,本件商標から「飲食物の提供」という指定役務において,「キューピー」の称呼及び観念が必ずしも生じるとはいえない。
(5) よって,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念を異にするものであり,商標法4条1項11号の類似の商標には該当せず,両者を非類似の商標とした本件審決に誤りはない。
2 取消事由2(商標法4条1項15号の該当性に係る認定・判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用商標8及び9が「マヨネーズ,液状ドレッシング,ソース類缶詰,パスタソース」等の調味料を中心とする加工食品について著名性を有することを認定する一方,商標法4条1項11号に係る判断と同様の理由で本件商標とは非類似の商標であるとして,本件商標が役務の出所について混同を生じるおそれがある商標ということはできないとする。また,本件審決は,原告の主張に対し,①引用商標8及び9の著名性が,上記加工食品以外の分野には及ばないこと,②「キューピー」の語が「キューピッドの絵を模したセルロイド製のおもちゃ」を意味する一般的な語として広く認識されている実情から,本件商標中の「KEWPIE/キューピー」の文字部分は,特定の企業と結びつくものではないこと,③甲31ないし36では,5,6社程度の食品製造販売業者が「飲食物の提供」の業務を行っていることしか分からず,これが商取引社会における一般的実情とまではいえないこと,④「飲食物」の提供の場において引用商標8及び9が表示された調味料等が直接顧客に使用されるなどの事情が存在するとしても,本件商標は,一体不可分と認識されて「KEWPIE/キューピー」の文字部分のみが独立して自他役務の識別機能を発揮するものではなく,日本において「キューピー」が相当程度普遍的・一般的キャラクターとして認知されていたことからすれば,「KEWPIE/キューピー」の文字が含まれている本件商標を「飲食物の提供」について使用したとしても,そのことのみをもって,本件商標に接する需要者が直ちに,引用商標8及び9又は原告を想起又は連想し,当該役務の出所について誤認を生ずるおそれがあるとはいえないとした。
(2) しかしながら,前記のとおり,本件商標からは「キューピー」との称呼及び観念をも生じるから,同じく「キューピー」との称呼及び観念を生じる引用商標8及び9と類似する商標である。仮に,両者が商標法4条1項11号にいう「類似する商標」とまでいえないとしても,本件商標と引用商標8及び9とは,キューピーを意味する文字又は図形を含む点で共通するから,類似性の高い商標である。
(3) 本件審決も認定するとおり,引用商標8及び9は,原告の業務に係る商品「マヨネーズ,液状ドレッシング,ソース類缶詰,パスタソース」等の調味料を中心とする加工食品を表示するものとして,当該商品分野又はこれと密接に関連する分野においては,本件商標の登録出願日前には既に,我が国の需要者の間に広く認識されていたものであって,その著名性は,本件商標の登録査定日にも継続していたものと認められる。なお,引用商標8及び9の著名性は,スープ類及びベビーフードについても及んでいる。
このように,食品分野において,引用商標8及び9等の原告のキューピー関連商標が著名であることに加えて,原告の一社提供番組である「キユーピー3分クッキング」は,昭和37年12月に放送が開始されてから約50年にわたり日曜日を除くほぼ毎日,日本全国で放送され続けており(日本一の長寿テレビ料理番組としてギネスブックに掲載),その平均視聴率は,4ないし6%であって,そこでは,引用商標8及び9並びにキューピー人形等が使用されている。そして,同番組は,テレビ番組における料理レシピの提供にとどまらず,紙媒体によるテキストが日本テレビ系列から年12冊(1冊当たり18万部),中部日本放送系列からは年4冊(1冊当たり3万1400部。いずれも平成21年度実績)販売されており,ウェブサイトでも多数回の閲覧を受けるなどしている。
以上によれば,「キユーピー3分クッキング」が原告の一社提供番組である飲食物(料理)のレシピに関する情報を提供するテレビ番組として極めて著名であることは,明らかであり,引用商標8及び9等の原告のキューピー関連商標が飲食物(料理)のレシピに関する情報の提供について著名であることは,明らかである。
したがって,引用商標8及び9等の原告のキューピー関連商標の著名性が,少なくとも本件商標の指定役務である「飲食物の提供」と類似の役務分野に及んでいることは,明らかであって,飲食物(料理)に関連して「キューピー」といえば原告又は原告と何らかの関係のある者が想起されることは,極めて明らかである。
(4) 「KEWPIE/キューピー」の文字が飲食店の名前に使用された場合に想起するもの等に関するアンケート調査の結果によれば,「キューピーマヨネーズ,マヨネーズ」との回答が80%以上もの圧倒的多数を占めており,極めて多数の者がその役務の出所として原告を想起することが明確に示されているから,原告のキューピー関連商標の著名性が,本件商標の指定役務である「飲食物の提供」分野そのものについても強く及んでいることが明白である。
食品製造販売業者が飲食店を経営し,特にそのブランド名と同一又は実質的に同一の店舗名で飲食店を経営することや,食品製造販売業者が当該飲食店で提供されるものを食品として販売することは,多数の有名企業を含めて広く一般的に行われており,原告も,「キユーピー3分クッキング南青山3丁目キッチン」という店舗名のレストランを開業予定である。このような取引の実情に照らすと,本件商標の指定役務である「飲食物の提供」等と,引用商標8及び9が特に著名性を有する加工食品等とが密接な関連を有することは,極めて明白である。
さらに,役務「飲食物の提供」に関する商標の使用態様には,飲食店で顧客に展示されるメニューに商標を表示することも含まれると解されるところ,原告が取り扱っている主たる商品である加工食品には,調理を要せずにそのまま飲食できるものや,調理された飲食物に顧客の好みに応じて味を加えたりする調味料が存在するため,引用商標8及び9や商標「KEWPIE(Kewpie)」が使用された原告の加工食品が,飲食店,学生食堂又は飲食物販売店の飲食コーナーにおいてそのまま提供され,需要者(顧客)の目に触れることも多い。そのため,本件商標の登録が維持されると,本件商標が料理の名前としてメニューに掲載されることも考えられるところ,この場合,需要者は,当該料理が原告の製造販売に係る飲食物であるかのように誤認し,「飲食物の提供」の役務が原告と関連のある者の提供に係るかのような出所の混同を生じるおそれが高い。
そして,本件商標の指定役務である「飲食物の提供」等の需要者と,引用商標8及び9が特に著名性を有する加工食品等の取引者・需要者とは,共通することが明らかである。
したがって,本件商標の指定役務である「飲食物の提供」等と,引用商標8及び9が特に著名性を有する加工食品等とは,密接な関連を有することが明らかであり,本件商標をその指定役務,特に「飲食物の提供」について使用すれば,特に「加工食品等」といった食品・飲食物関連分野において著名性を有する引用商標8及び9等のキューピー関連商標を使用する原告又は原告と何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのように,役務の出所について混同を生ずるおそれがあることは,明らかである。現に,別件商標について行われたアンケート調査の結果によれば,別件商標を特に「飲食物の提供」について使用すれば,別件商標に接する取引者・需要者は,引用商標15及び16からは原告を想起又は連想し,当該役務の出所について誤認を生ずるおそれがあることが明らかである。
(5) 引用商標8及び9は,いずれもほぼ全ての商品役務区分において防護標章の登録が認められており,本件商標の指定役務と同一又は類似の役務についても防護標章登録が存在するばかりか,引用商標8及びこれと「KEWPIE」との欧文字からなる商標は,「FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN」に日本の著名商標として掲載されている。したがって,引用商標15及び16は,「飲食物の提供」以外の本件商標の指定役務の分野においても,著名性を有するというほかない。
(6) 以上によれば,本件商標は,引用商標8及び9等のキューピー関連商標を使用する原告との関係で,混同を生じるおそれがある商標であることは,極めて明白であり,特に本件商標の指定役務中「飲食物の提供」について混同を生じるおそれがあることは,明白であって,本件審決の判断は,誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 本件商標と引用商標8及び9とは,類似するものではない。
(2) 食品分野において,引用商標8及び9等の原告のキューピー関連商標が著名であるとはいえない。
仮に,テレビ番組「キユーピー3分クッキング」が飲食物のレシピに関する情報を提供するものとして著名であったとしても,「飲食物のレシピに関する情報の提供」は,飲食物を調理する者に対してそのノウハウを提供するものであるのに対して,「飲食物の提供」は,飲食をする者に対して調理された飲食物そのものを提供するものであるから,両者の役務は,根本的に異なるのであって,類似の役務分野とはいえない。よって,指定商品を「調味料,香辛料」とする引用商標8及び9の著名性が「飲食物の提供」と類似の役務分野に及んでいるとはいえない。
(3) 「KEWPIE/キューピー」の文字が飲食店の名前に使用された場合に想起するもの等に関するアンケート調査の結果は,引用商標8及び9とは関係のない文字についての印象を回答させるものであり,新証拠でもあるから,提出が許されず,証拠能力が認められない。
上記アンケート調査の結果に証拠能力が認められるとしても,当該アンケート調査は,引用商標8及び9とは異なる商標を対象としているから,その結果から引用商標8及び9の著名性を判断できるものではないばかりか,問4で「キューピー」を「マヨネーズ」という調味料(飲食物の提供ではない。)の出所識別機能として認識して回答した者が相当数存在する可能性を否定できない。したがって,上記アンケート調査の結果によっても,引用商標8及び9の著名性が本件商標の指定役務である「飲食物の提供」分野そのものに及んでいるとまではいえない。
(4) 食品製造販売業者が飲食店を一般的に経営していること,飲食店で提供されるメニュー等が食品として一般的に販売されていること,原告が飲食店を開業すること,飲食店内等において引用商標8及び9等のキューピー関連商標が需要者の目に触れることが多いことは,いずれも否認ないし争う。
引用商標の指定商品「調味料,香辛料」が飲食の主たる目的になることはなく,本件商標の指定役務「飲食物の提供」等とは用途が異なるから,当該指定役務と原告の引用商標8及び9が特に著名性を有する加工食品との間に関連性を見いだすことはできない。
また,引用商標8及び9の指定商品の主要な取引者・需要者は,食品商社,食品工業の事業者,食品流通業者,レストラン等食品関連業の事業者及び消費者であり,企業は,食品卸売業者の仲介により,消費者は,小売店で購入する傾向が強いのに対し,飲食物の提供という役務は,飲食店の店舗で提供され,需要者の範囲は,一般需要者であるから,引用商標8及び9と本件商標とでは,取引者・需要者及び提供場所が全く異なり,共通性がない。
さらに,前記のとおり,本件商標について行われたアンケート調査の結果は,引用商標8及び9に関する主張とは関係なく,新証拠でもあるから,提出が許されず,証拠能力が認められない。
上記アンケート調査の結果に証拠能力が認められるとしても,当該結果によれば,前記のとおり,問4で「キューピー」を「マヨネーズ」という調味料(飲食物の提供ではない。)の出所識別機能として認識して回答した者が相当数存在する可能性を否定できない。また,問5で本件商標が飲食店の名前として使われた場合の経営会社として「ローズオニールキューピー」等の選択肢は存在しない。このように,上記アンケート調査は,その実施方法に問題があり,本件商標が飲食店の名前として使用された場合に,「飲食物の提供」という役務の出所として原告を想起することの裏付けにはならない。
(5) 以上のとおり,引用商標8及び9と本件商標との間に,混同を生じるおそれがあることを示す取引の実情は,存在せず,本件商標は,引用商標8及び9等のキューピー関連商標を使用する原告との関係で混同を生じるおそれがある商標ではないから,商標法4条1項15号に該当しないとした本件審決の判断は,正当である。
第4当裁判所の判断
1 事実認定
(1) 後掲証拠によれば,次の事実を認めることができる。
ア 米国人女流画家ローズ・オニール(Rose O’Neill)は,明治42年(1909年)12月,米国の雑誌「レディース・ホーム・ジャーナル」誌のクリスマス特集号に,自作の詩とともに可愛く戯れる新しいキャラクターの一群を描いたイラストを発表し,そのキャラクターに,「キューピー(KEWPIE)」という名を付けた(弁論の全趣)。
このキャラクターの際立った特徴は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしていることであった。
キューピーのキャラクターは,その後,その人形の製造が開始されたこともあり,我が国を含む世界各国で高い人気を博するようになった(甲78,80,弁論の全趣旨)。
イ 原告は,大正8年に設立され(当時の商号は,食品工業株式会社),大正14年,マヨネーズの製造・販売を開始したが,それ以来現在に至るまで,一貫して前記キューピーの特徴を備えたキャラクターを,マヨネーズを含む原告の商品の広告等に使用しており,昭和32年には商号を「キユーピー株式会社」に改めたほか,同様の特徴を備えたキャラクター又は「キューピー」との称呼を生じる商標について複数登録を受けている。中でも,引用商標3(引用商標8)及びこれと「KEWPIE」との欧文字からなる商標は,「FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN」という書籍(平成10年版及び平成16年版)に日本の著名商標として掲載されている(甲1~13,24~27,弁論の全趣旨)。
原告は,各種のマヨネーズ,香辛料,液状ドレッシング,食酢等を製造・販売しており,本件商標の出願日及び登録査定日前である平成16年当時,我が国において,マヨネーズ類の生産について56.6%(業界1位),マヨネーズ類の販売について71.1%(業界1位),液状ドレッシングの生産について51.9%(業界1位),液状ドレッシングの販売について42.7%(業界1位),食酢の生産について12.8%(業界2位),ソース類缶詰の販売について19.1%(業界1位),パスタソース類の販売について25.0%(業界2位),スープ類の販売について9.0%(業界3位),ベビーフードの販売について23.7%(業界2位)のシェアを有していた(甲14,15,弁論の全趣旨)。
また,原告は,日本経済新聞による各企業の独自性,プレミアム,推奨度等の調査結果である「企業ブランド知覚指数・消費者版ランキング」において,平成15年には第2位,平成16年には第4位であったが,平成17年から平成19年までは第1位となったほか,日経BP社による専業主婦ら女性を対象とした「食の安心・安全ブランド」のイメージ調査の結果でも,平成16年に第1位,平成17年及び平成18年に第3位となった(甲16~23。枝番号は省略する。以下同じ。)。
ウ 中部日本放送は,昭和37年12月3日,日本テレビは,昭和38年1月21日,それぞれ原告による一社提供番組である「キユーピー3分クッキング」のテレビ放送を開始し,以来,日曜日を除く毎日,現在に至るまで50年以上にわたって日本一の長寿テレビ料理番組として飲食物の料理方法を紹介しているが,その平成18年における全国平均視聴率は,中部日本放送系列において4.1%であり,日本テレビ系列において4.8%である。そして,上記テレビ番組においては,放送開始当時から,番組名又は原告の製造・販売に係る商品を画面で紹介する際に引用商標2(引用商標9)のロゴ及び前記キューピーの特徴を備えたキャラクターの人形(引用商標1)の映像等が放送されているほか,原告は,自社のウェブページ及び月刊のテキスト「キユーピー3分クッキング」において,上記番組で紹介する料理の料理法を紹介しており,当該ウェブページには多数のアクセスがされている(甲86~111)。
なお,我が国においては,食品製造会社がそのブランド名と同一又は類似する店舗名の飲食店を経営している例が多数見られる(甲31,32,34~36,122)。
エ 我が国には,本件商標の出願日及び登録査定日前において,原告以外にも,引越運送業務等を主たる目的とする会社が,指定役務を「貨物自動車による輸送」として,前記の特徴を備えたキューピーのキャラクターを商標として登録して使用していた例が存在する(甲10)。
また,被告は,訴外会社(ローズオニールキューピー・インターナショナル)の代表取締役であるところ,訴外会社は,本件商標の出願日及び登録査定日前から,「ローズオニールキューピー」及び「Rose O’Neill Kewpie」に係る商標権等の権利に基づき我が国等においてライセンスビジネスを展開しており,各種のキューピー人形や前記の特徴を備えたキューピーのキャラクターが記載された各種の生活用品等を製造・販売している。また,被告が代表を務める「日本キューピークラブ」は,本件商標の出願日及び登録査定日前から,会報を発行して,キューピーの創作者であるローズ・オニールの顕彰活動及び訴外会社による上記商品の宣伝広告を行うなどしている(甲71~84)。
オ 原告の委託を受けた調査会社が,平成24年12月,本件商標について,「この文字が飲食店の名前として使われていた場合,あなたは何を思い浮かべますかどのようなことでもけっこうですので,ご自由にお知らせください。」との質問をしたインターネット(全国の15歳から59歳までの男女1000名が対象)又は訪問面接(首都圏の15歳から59歳までの男女630名)によるアンケート調査を行ったところ,その回答結果は,「マヨネーズ,キユーピーマヨネーズ」が30.6%(インターネット)又は24.0%(訪問面接)であり,「それでは,以下の文字(本件商標)が飲食店の名前として使われていた場合,あなたは経営している会社としてどこを思い浮かべますか。ご自由にお知らせください。」との質問に対する回答結果は,「キューピー」が45.7%(インターネット)又は53.7%(訪問面接),「キユーピーマヨネーズ・マヨネーズ」が14.7%(インターネット)又は9.0%(訪問面接),「キユーピー株式会社」が3.5%(インターネット)又は2.5%(訪問面接)であり,「「前の質問で,あなたがお答えになった会社」が,扱っている主な商品,または,行っている飲食店以外の業務・サービスとして何を思い浮かべますか。ご自由にお知らせください。」との質問に対する回答結果は,「マヨネーズ」が37.0%(インターネット)又は45.7%(訪問面接),「ドレッシング」が14.4%(インターネット)又は20.6%(訪問面接),「調味料,香辛料」が5.6%(インターネット)又は5.9%(訪問面接)であったが,前の問において「マヨネーズ」と回答した者による回答結果は,「マヨネーズ」が56.6%(インターネット)又は66.9%(訪問面接),「ドレッシング」が20.4%(インターネット)又は29.3%(訪問面接),「調味料,香辛料」が7.1%(インターネット及び訪問面接)であった(甲127~130)。
(2) 以上のとおり,キューピーのキャラクターは,その創作後から高い人気を博しており,原告及び被告を含む複数の企業が広告等に使用し続けるなどしてきたため,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国において周知となっていたものと認められる。
他方,ローズ・オニールは,キューピーのキャラクターの創作者であるが,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国においてこのことが周知であったと認めるに足りる証拠はない。
2 取消事由1(商標法4条1項11号の該当性に係る認定・判断の誤り)について
(1) 商標の類否の判断基準について
商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁)。
しかるところ,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれぞれ分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1612頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁)。
(2) 引用商標1ないし7の構成等について
ア 引用商標1は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしている幼児の人形(立体商標)である。
引用商標2は,「キユーピー」との片仮名文字を肉厚の書体で横書きしてなるものである。
引用商標3は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしている幼児の図形である。
引用商標4は,引用商標3の図形の上部に引用商標2の片仮名文字を配し,当該図形の下部に「KEWPIE」との欧文字を普通の書体で横書きしたものを配したものである。
引用商標5は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな幼児が「キユーピー/とっておきレシピ」と2段書きされた横長で帯状の掲示物を右手で上から握持し,顔及び斜め上方にのばした左腕が当該掲示物の上部に配されたものである。
引用商標6及び7は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしている幼児2名が並んで正面を向き,各外側の手で両者の間の胸付近に配されたハート模様を握持し,各幼児両眼の黒眼部分が当該ハート模様の向きに配されている全体として左右対称のものであって,幼児の姿を描く線及び当該ハート模様がいずれも赤色で彩色されたものである。
イ 引用商標2及び4の片仮名文字及び欧文字からは,いずれも「キューピー」との称呼が生ずるほか,引用商標1及び3ないし7の人形又は幼児の図形の外観も,前記のとおり我が国において周知となっていたキューピーのキャラクターが備える特徴と一致している。したがって,引用商標1ないし7に接した取引者,需要者において,これらの商標からは「キューピー」との称呼が生じるとともに,当該特徴を備えた我が国でも周知のキューピーのキャラクターとの観念が生じるほか,引用商標5からは,その掲示物に記載された「キユーピーとっておきレシピ」との称呼が生じるものと認められる。
(3) 本件商標の構成等について
ア 本件商標は,前記第2の1に記載のとおり,「ROSEO’NEILLKEWPIE」の欧文字と「ローズオニールキューピー」の片仮名文字を2段に横書きしてなるもので,これらの欧文字及び片仮名文字は,それぞれ同一の書体で同一の大きさ,同一の間隔で一体的に表されており,片仮名文字部分の左右端は,いずれも欧文字部分の左右端よりも僅かに外側に広がっているが,その広がり具合は,左右均等であって,構成全体としてみた場合,欧文字及び片仮名文字の全体がまとまりよく一体的に表されているものである。したがって,本件商標は,その外観に照らすと,「ROSEO’NEILLKEWPIE」及び「ローズオニールキューピー」の各部分からなるものであるが,これを各部分に分離して観察すべき理由は見当たらず,むしろ,後記のとおり両者の称呼が同一であることに鑑みると,片仮名文字部分は,欧文字部分の読み方を紹介するものとして看取されるから,これらを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる。
イ 本件商標の欧文字部分は,英語で「ローズオニールキューピー」と称呼されることが明らかであり,当該称呼は,本件商標の片仮名文字部分の称呼と同一であるから,本件商標からは,「ローズオニールキューピー」との称呼が生じるものと認められる。
ウ 本件商標のうち,「KEWPIE/キューピー」の部分は,我が国でも周知であるキューピーのキャラクターの観念を想起させるものである。また,本件商標のうち,「O’NEILL/オニール」の部分は,英語圏にみられる名字であることが我が国でも周知である(甲57~62)から,これに伴って,「ROSE/ローズ」の部分は,やはり英語圏にみられる女性の名前であることが我が国でも周知である(甲57~59)結果,本件商標のうち,「ROSEO’NEILL/ローズオニール」の部分は,「ローズ・オニール」という英語圏の女性の名前であると観念される(なお,前記1(2)に認定のとおり,我が国においてローズ・オニールがキューピーのキャラクターの創作者であることが周知であると認めるに足りる証拠はない。)。
そして,本件商標の「ROSEO’NEILL/ローズオニール」の部分は,「KEWPIE/キューピー」の部分の前に配されているから,本件商標からは,「ローズ・オニール(という女性)のキューピー」という観念が生じるものと認められる。
エ ところで,原告は,前記1(1)イ及びウに認定のとおり,キューピーの特徴を備えたキャラクター又は「キューピー」との称呼を生じる商標(引用商標)について複数登録を受け,引用商標3が著名なものとして文献にも紹介されているほか,マヨネーズを中心とする調味料や加工食品の分野において我が国において高い市場占有率を誇っており,食品関係会社として我が国の一般消費者に広く認識されているばかりか,約50年間にわたって,引用商標2のロゴ及び前記キューピーの特徴を備えたキャラクターの人形(引用商標1)の映像等とともに日曜日を除く毎日放映されてきた「キユーピー3分クッキング」というテレビ番組の提供を続けるなどしている。
オ 以上によれば,原告(キユーピー株式会社)は,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国の食品関係の取引者及び一般消費者の間で,マヨネーズを中心とする調味料や加工食品を製造・販売するほか,飲食物の料理方法を教授する会社として著名であり,引用商標1ないし3は,当該分野における役務の提供について,原告を出所として識別させる商標として著名であったものと認められる。
さらに,我が国においては,前記1(1)ウに認定のとおり,食品製造会社がそのブランド名と同一又は類似する店舗名の飲食店を経営している例が多数見られることを併せ考えると,引用商標1ないし3は,加工食品の製造・販売及び飲食物の料理方法の教授という役務と密接に関連する「飲食物の提供」という役務においても,取引者,需要者である食品関係の取引者及び一般消費者に対し役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。このことは,前記1(1)オに認定のとおり,本件商標が飲食店の名前として使われた場合に多くの者が原告又は原告の主要商品を製造する会社を想起したとのアンケート調査の結果によっても裏付けられる。
そして,本件商標の指定役務は,前記第2の1に記載のとおり,第43類「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ,飲食物の提供,動物の宿泊施設の提供,保育所における乳幼児の保育,老人の養護,会議室の貸与,展示施設の貸与,家具の貸与,壁掛けの貸与,敷物の貸与,タオルの貸与」であるところ,本件商標がこれらのうち「飲食物の提供」に使用される場合,「KEWPIE/キューピー」の部分は,上記のとおり,取引者,需要者に対し役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える引用商標1ないし3と称呼及び観念が同一のものであるから,当該部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも許されるものというべきである。
カ 他方,キューピーのキャラクターは,前記1(2)に認定のとおり,その創作後から高い人気を博しており,原告及び被告を含む複数の企業が広告や商品販売等に使用し続けるなどしてきたものであるところ,引用商標1ないし7は,本件商標の指定役務のうち「飲食物の提供」を除く各役務については,取引者,需要者に対し役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであるという事情を認めるに足りる証拠はない。
また,本件商標のうち「ROSEO’NEILL/ローズオニール」の部分は,本件商標の構成の半分以上を占めるものであって,「KEWPIE/キューピー」の部分に密接に関連する一般的ないし普遍的な文字であると直ちにいうこともできないから,出所識別標識としての称呼,観念が生じないとまでは認められない。
キ よって,本件商標は,それが指定役務のうち「飲食物の提供」に使用される場合には,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分だけを他の商標と比較することで類否を判断することができるものというべきであり,この場合,「キューピー」との称呼及びキューピーのキャラクターとの観念を生じるが,上記のような場合でない限り,原則として,その全体をもって他の商標との類否を判断する必要があり,この場合,「ローズオニールキューピー」との称呼及び「ローズ・オニール(という女性)のキューピー」との観念を生じるものというべきである。
(4) 本件商標と引用商標1ないし7との類否について
ア 本件商標は,前記(3)キに説示のとおり,指定役務のうち「飲食物の提供」に使用される場合には,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分だけを他の商標と比較することで類否を判断することができるものというべきである。
そして,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分からは,「キューピー」との称呼が生じ,かつ,我が国でも周知のキューピーのキャラクターとの観念が生じるところ,これと称呼及び観念を共通にする引用商標1ないし4及び7は,いずれも指定役務に「飲食物の提供」が含まれている。
よって,本件商標は,指定役務のうち「飲食物の提供」に使用する場合,引用商標1ないし4及び7とは類似する商標であるというほかない。
イ 他方,本件商標を前記ア以外の指定役務に使用する場合には,本件商標は,その全体を観察した場合,引用商標1ないし7といずれも外観が異なるほか,「ローズオニールキューピー」との称呼が生じ,かつ,「ローズ・オニール(という女性)のキューピー」という観念が生じるものである。
したがって,本件商標は,「キューピー」又は「キューピーとっておきレシピ」との称呼が生じ,かつ,我が国でも周知のキューピーのキャラクターとの観念が生じる引用商標1ないし7とは,外観,称呼及び観念が一致しない。
また,本件全証拠によっても,本件商標の指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務に係る取引に当たり,取引者,需要者が,「ROSEO’NEILL/ローズオニール」との部分が付加された本件商標と,「キューピー」との称呼及び観念が生じる引用商標とで出所について混同を生じる実情があるとは認められない。
よって,本件商標は,指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務に使用する場合,引用商標1ないし7とは非類似の商標であるといえる。
(5) 原告の主張について
原告は,本件商標が冗長であり,我が国において広く認識されている3語の名称を結合させたものであるばかりか,本件商標がキャラクターの「キューピー」等と無関係に使用されることがなく,また,訴外会社が本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分を強調して使用しているから,当該部分が強い印象を与えることが多々あるほか,アンケート調査の結果がこれを裏付けているとして,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分のみを引用商標1ないし7と比較すべきであると主張する。
しかしながら,キャラクターの「キューピー」が我が国で周知である以上,訴外会社が「Rose O’Neill Kwepie」とのロゴの入った商品を販売するに当たり,「Kewpie」の部分を強調したロゴを使用することは,それ自体何ら不自然ではない。また,上記アンケート調査は,前記1(1)オに認定のとおり,専ら本件商標が飲食店の名前として使われた場合を想定しているにとどまるから,「飲食物の提供」以外の役務において「KEWPIE/キューピー」の部分が取引者,需要者に対し役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えることを直ちに裏付けるものではない。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(6) 被告の主張について
被告は,本件商標について行われたアンケート調査の結果に証拠能力がなく,また,当該結果からは,「飲食物の提供」という役務において本件商標から「キューピー」の称呼及び観念が生じるとはいえないと主張する。
しかしながら,上記アンケート調査の結果は,「飲食物の提供」という役務において本件商標がどのような印象を与えるかを調査したものであって,審判に提出されていないからといって直ちに証拠能力が否定されるものではないし,前記1(1)オに認定の調査結果に照らせば,「飲食物の提供」という役務に関する限り,「キューピー」との名称が取引者,需要者に対し役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えることを裏付けるに足りるものというべきである。
よって,被告の上記主張は,採用することができない。
(7) 小括
以上のとおり,本件商標は,指定役務「飲食物の提供」については,原告の有する引用商標1ないし4及び7と類似の商標であって,商標法4条1項11号に該当するが,「飲食物の提供」以外の指定役務については,原告の有する引用商標1ないし7とは非類似の商標であって,同号に該当しないものであるというべきである。
したがって,本件審決は,指定役務「飲食物の提供」については商標法4条1項11号の該当性に係る判断を誤っているものというべく,本件審決のこの部分は,取消しを免れない。
3 取消事由2(商標法4条1項15号の該当性に係る認定・判断の誤り)について
前記のとおり,本件商標は,指定役務「飲食物の提供」については商標法4条1項11号に該当するので,以下では,それ以外の指定役務について検討する。
(1) 商標法4条1項15号について
商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標を含むものと解するのが相当である。
そして,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品及び指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品及び指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
(2) 本件商標と引用商標8及び9との「混同のおそれ」について
ア 本件商標は,その全体を観察した場合,引用商標8及び9のいずれとも外観が異なるほか,「ローズオニールキューピー」との称呼が生じ,かつ,「ローズ・オニール(という女性)のキューピー」という観念が生じるものであって,「キューピー」との称呼及び我が国でも周知のキューピーのキャラクターとの観念が生じる引用商標8及び9とは,外観,称呼及び観念が一致しない。
また,本件商標は,その構成に「キューピー」という片仮名文字部分を含み,当該部分は,引用商標9と類似するが,本件商標の一部分であるにすぎない。
したがって,本件商標と引用商標8及び9との類似性は,高いものとはいえない。
イ 前記2(3)オに説示のとおり,原告(キユーピー株式会社)は,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国の食品関係の取引者及び一般消費者の間で,マヨネーズを中心とする調味料や加工食品を製造・販売するほか,飲食物の料理方法を教授する会社として著名であり,引用商標1ないし3と同様,引用商標8及び9は,原告を出所として識別させる商標として著名であったものと認められ,その構成にも一定の独創性を認めることができる。
ウ 本件商標の「飲食物の提供」以外の指定役務は,第43類「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ,動物の宿泊施設の提供,保育所における乳幼児の保育,老人の養護,会議室の貸与,展示施設の貸与,家具の貸与,壁掛けの貸与,敷物の貸与,タオルの貸与」であるのに対し,原告は,マヨネーズを中心とする調味料や加工食品を製造・販売するほか,飲食物の料理方法を教授する会社として著名であるとは認められるものの,上記指定役務又はこれに関連する分野においても事業活動を行っていることや,これが著名であることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件商標の上記指定役務と原告の業務に係る役務とは,関連性が乏しく,したがって,その取引者及び需要者にも共通性が見いだし難いというほかない。
エ 以上によれば,本件商標と引用商標8及び9との類似性は,高いものとはいえず,本件商標の指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務と原告の業務に係る役務とは,関連性が乏しく,また,その取引者及び需要者にも共通性が見いだし難いから,引用商標8及び9が原告を出所として識別させる商標として著名であり,その構成にも一定の独創性が認められるとしても,当該役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準としてみたとき,当該役務の提供が原告又は原告と関連する者の業務に係るものであると誤信されるおそれがあるとまでいうことはできず,商標法4条1項15号にいう混同を生ずるおそれは認められないというべきである。
(3) 原告の主張について
原告は,引用商標8及び9が本件商標の指定役務と同一又は類似の役務について防護標章登録を受けており,引用商標8等が日本の著名商標として紹介されているから,本件商標の指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務の分野においても著名であると主張する。
しかしながら,本件商標と引用商標8及び9との類似性は,高いものとはいえず,また,引用商標8等が著名であるとしても,「飲食物の提供」以外の役務と原告の業務に係る役務とは,関連性が乏しく,また,その取引者及び需要者にも共通性が見いだし難い以上,本件商標が当該役務の提供について使用されたとしても,商標法4条1項15号にいう混同を生ずるおそれは認められないというべきである。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 小括
以上のとおり,本件商標は,その指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務について使用されたとしても,他人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれはなく,この点に関する本件審決の判断に誤りは認められない。
4 結論
以上の次第であるから,原告の請求は,本件審決のうち本件商標の指定役務「飲食物の提供」に係る部分の取消しを求める限度で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)
file_3.jpg別紙