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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10400号 判決 2013年8月28日

原告

訴訟代理人弁理士

三浦光康

被告

株式会社ベストライフ

訴訟代理人弁理士

稲葉良幸

塩谷英明

佐藤宏樹

訴訟代理人弁護士

根本浩

友村明弘

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2011-800252号事件について平成24年10月17日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯等

被告は,発明の名称を「筋力トレーニング方法」とする特許第2670421号(平成5年11月22日出願,平成9年7月4日設定登録。請求項の数3。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は,平成23年12月7日,本件特許について無効審判請求(無効2011-800252号事件)をした。これに対して,被告は,平成24年5月7日,特許請求の範囲を訂正することを内容とする訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。特許庁は,同年10月17日,本件訂正を認める,審判請求は成り立たない旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された(争いのない事実)。

2  特許請求の範囲の記載

本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲(請求項1ないし3)の記載は,次のとおりである。

【請求項1】

筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ,筋肉に負荷を与えることにより筋肉に疲労を生じさせ,もって筋肉を増大させる筋肉トレーニング方法であって,筋肉に疲労を生じさせるために筋肉に与える負荷が,筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するものである筋力トレーニング方法。

【請求項2】

緊締具が,筋肉に流れる血流を阻害する締め付け力を付与するものであり,締め付けの度合いを可変にするロック手段を備えた帯状体又は紐状体とされた請求項1記載の筋力トレーニング方法。

【請求項3】

緊締具が,更に締め付け力の表示手段が接続されたものとされ,少なくとも皮膚に接触する側に皮膚を保護するための素材を配したものとされた請求項2記載の筋力トレーニング方法。

3  審決の概要

(1)  審判手続における原告主張に係る無効理由

原告が,本件訂正後の本件特許について,審判手続で主張していた無効理由の概要は,次の2点である(新規性・進歩性・公序良俗違反の主張は,審判手続中に撤回された。甲42)。

ア 本件訂正後の本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下,本件訂正後の本件特許に係る発明を,請求項の番号を付して「本件発明1」等という。また,本件発明1ないし3を併せて「本件発明」という。)は,反復性を有する技術ではなく,特許法2条1項所定の発明に該当しない。また,発明に該当するとしても,産業上利用することができる発明には該当しない。よって,特許法29条1項柱書の規定に違反する。

イ 本件発明1ないし3の特許請求の範囲の記載は,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項2号及び6項(以下,同法による改正前の特許法36条を指して「改正前の特許法36条」という。)の規定に違反する。

(2)  無効理由通知における無効理由

特許庁が平成24年4月2日付けで行った無効理由通知に記載された無効理由は,次のとおりであった(甲39)。

ア 本件発明1は,下記の刊行物1に記載された発明と同一であり,本件特許は平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号(以下,「改正前の特許法29条1項3号」という。)の規定に違反してされたものである。

イ 本件発明1ないし3は,下記の刊行物1ないし3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。

ウ 請求項1ないし3に係る特許は,改正前の特許法36条5項2号,6項及び4項の規定に違反してされたものである。

刊行物1:五味雅吉,腰痛自分で治すバンドの本,日本,株式会社八広社,平成元年12月20日,p.73~77,p.106~107,p.118~121(甲40)

刊行物2:実願昭59-68953号(実開昭60-180459号)のマイクロフィルム(甲5)

刊行物3:特開平2-215478号公報(甲6)

(3)  審決の内容---刊行物1に記載の発明との一致点,相違点

審決が認定した刊行物1に記載の発明の内容及び本件発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 刊行物1に記載の発明の内容

「平ゴム状のバンドであるニューバンド『平M2m』を,腕の骨格筋が両端にある腱によってふたつの骨に付着している付着点うち,心臓に近いところから関節1つ通りこしたところにできるだけきつめに巻き,

血流を止め,我慢できなくなったらはずすことで,ダムの水門を開いたように,バンドの所で滞留していた血液がどっと流れ込み,これまで充分にいきわたっていなかったところまで勢いよく入り込み,疲れて栄養素や酸素が欠乏している細胞にたまっていた老廃物が,バンドをしめることでにじみ出て,はずしたことで奔流のように流れ込んできた血液がそれを回収するようにするという原理で,

少し痛いかも知れないが,腕を何度も曲げたりするとより効果的なニューバンド『平M2m』の活用法。」

イ 刊行物1に記載の発明と本件発明1との一致点

「筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ,筋肉に負荷を与える方法であって,筋肉に与える負荷が,筋肉に流れる血流を阻害するものである方法」である点

ウ 刊行物1に記載の発明と本件発明1との相違点

本件発明1は,緊締具の周の長さを減少させて筋肉に与える負荷が,「筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するもの」であって,「筋肉に疲労を生じさせ」るためのものであり,「もって筋肉を増大させる筋肉トレーニング方法」であるのに対し,刊行物1に記載の発明は,バンドを巻き筋肉に与える負荷が,バンドをできるだけきつめに巻いて血流を止めるものであるが,筋肉に流れる血流を阻害する程度も明らかでなく,筋肉に疲労を生じさせるためのものか明らかでなく,「もって筋肉を増大させる筋肉トレーニング方法」であるかどうかも明らかでない点。

(4)  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりであり,次のように,本件特許は無効とすることができないとするものである。すなわち,

ア 本件発明は,反復可能性を有するから発明として未完成ではなく,また,自然法則を利用しており,単なる発見ではないから,特許法2条1項にいう「発明」に該当する。

イ 本件発明は,医療行為方法,業として利用できない発明,実際上明らかに実施できない発明のいずれにも該当しないから,特許法29条1項柱書にいう「産業上利用することができる発明」に該当する。

ウ 本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)は,改正前の特許法36条5項2号,6項及び4項の規定に反するものではない。

エ 本件発明1は,刊行物1に記載された発明ではないから,改正前の特許法29条1項3号の規定には違反せず,また,当業者が容易に発明することができたものでもないから同条2項の規定にも違反しない。

第3取消事由に係る当事者の主張

1  原告の主張

(1)  本件発明は,特許法2条1項所定の「発明」に該当するとした判断の誤り(取消事由1)

以下のとおり,本件発明は,特許法2条1項の発明に該当しない。

ア 具体性・客観性等の欠如について

特許法2条1項の「発明」に該当するためには,その技術内容が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度まで具体性・客観性を有するものでなければならない。

本件発明は,そのような具体性・客観性を有しないから「発明」に該当しない。

これに反し,本件発明が特許法2条1項に該当するとした審決には,誤りがある(なお,審決は,改正前の特許法36条5項2号及び6項の要件充足性を判断しているが,同要件を充足するからといって,発明該当性を充足することにはならない。)。

イ 自然法則の利用の欠如について

本件発明の内容は,人間に対する筋肉を加圧するトレーニング方法であり,当該方法は,安全性の観点から必ず医学的知識を有する指導員を要するとされていることからすると,自然法則を利用するというよりは人為的取決めに該当する。また,本件発明は,自然法則そのものであり,自然法則を利用したものではないから,発明に該当しない。

これに反し,本件発明が特許法2条1項に該当するとした審決には,誤りがある。

ウ 効果の発見である点について

本件発明は,「筋肉増強」という新たな効果の発見にすぎず,特許法2条1項の「発明」に該当しない。

すなわち,本件特許の出願前に,筋肉を加圧するトレーニング運動療法が公然と用いられていたことが記載されている文献(甲44。佐藤義昭,加圧トレーニングの奇跡(16頁~35頁)。以下「甲44文献」という。)が存在するから,本件発明は,「筋肉増強」という新たな用途の発見にすぎず,単なる自然法則の発見というべきである。

審決は,本件発明が特許法2条1項に該当するとした点で誤りがある。

(2)  本件発明の,特許法1条及び29条1項柱書所定の「産業の発達に寄与する」,「産業上利用することができる」との要件充足性を肯定した判断の誤り(取消事由2)

ア 産業上利用可能性がない点について

本件発明は,緊締具の締め付け程度のみならず,緊締具の締め付け部位や軽いダンベル運動を行った場合とそうでない場合との区別が明瞭ではないこと,また,筋肉の質的な増強が筋肉肥大に関する量的な増大を意味するのか不明であること,さらに,当業者が過度の試行錯誤を経なければならないことからすれば,発明が不明確であり,特許法1条及び29条1項柱書所定の「産業の発達に寄与する」又は「産業上利用することができる発明」には該当しない。

審決は,本件発明が「産業上利用することができる発明」に該当することを前提として判断した点で誤りがある。

イ 医療行為方法について

本件発明は,筋肉加圧トレーニング運動療法にも使用可能であって,医療目的で使用することが予定され,期待されていた。被告は,本件発明の出願前から,筋肉加圧トレーニングに関連した医療行為を行っている。

審決は,本件発明が医療行為方法には該当しないとした点で誤りがある。

(3)  改正前の特許法36条5項2号及び6項違反に当たらないとした判断の誤り(取消事由3)

本件発明に関しては,補正及び本件訂正がされたが,審決は,本件発明が平成5年法律第26号による改正前の特許法40条(以下,同法による改正前の特許法40条を指して,「改正前の特許法40条」という。)の規定に違反しているか否かについて,判断を欠いている。本件発明に係る特許請求の範囲には,緊締具の装着方法,その回数,装着時間,その他の道具に関する事項が明確に記載されていない。疲労を効率的に発生させることができることが,当業者にとって,一義的かつ明確に「筋肉の増大」を意味するか否かは不明である。

本件発明は自然法則を利用したものでなく,また,未完成発明である。仮に,当業者にとって,疲労を効率的に発生させることができることが「筋肉の増大」を意味することが明確になったとしても,その時期は,本件訂正の時点かあるいは専門家が関与したごく最近の時点であるというべきである。

審決は,本件発明に係る特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項が記載されており,改正前の特許法36条5項2号及び6項の規定に違反するものでないと判断した点に誤りがある。

(4)  新規性の有無についての判断の誤り(取消事由4)

本件発明は,甲44文献に記載されている発明と実質的に同一の発明である。本訴訟において新たに提出した証拠も,刊行物1の補充証拠になるというべきである。

また,本件特許が,改正前の特許法40条に違反してされたとすると,出願日は出願後の補正の時点(平成8年4月12日)に繰り下がることになり,本件特許は,本件特許に係る出願の公開特許公報(甲59。平成7年6月6日公開。)と同一であることになる。

(5)  進歩性の有無についての判断の誤り(取消事由5)

加圧バンドを使用して筋肉を強化するトレーニング方法は当業者の周知事項であり,甲44文献によれば,本件発明は進歩性を有しないというべきである。

進歩性の欠如の取消事由についても,例えば刊行物1と甲1(実開平4-77955)とを組み合わせ,さらに,甲44文献に本件発明が公知である旨の自白が記載されていること及び当業者の周知事項を考慮すると,少なくとも医療行為において,筋肉を強化することができるという本件発明の作用・効果は,当業者にとって予測可能な範囲であるから,進歩性が欠如するというべきである。

2  被告の反論

(1)  本件発明は,特許法2条1項所定の「発明」に該当するとした判断の誤り(取消事由1)に対して

ア 具体性・客観性等の欠如について

個体差があるためにばらつきの程度が大きい技術分野における発明に関して,当該発明の所期の効果を得るためにいわゆる当業者が試行錯誤することが,直ちに,「発明」の技術内容として要求される「具体化され,客観化されたものであること」を失わせることにはならない。

筋肉の増大を図る筋肉トレーニング方法である本件発明についても,トレーニングを受ける者の年齢や体格等に個体差があることから,筋肉の増大という効果に対して一定程度のばらつきが生じることは,発明の性質上当然予想される。審決は,このような本件発明の特性に鑑み,試行錯誤を行うことにより,科学的にその再現をすることが可能であることをもって反復可能であると判断したのであって,審決に何ら取り消されるべき違法はない。

イ 自然法則の利用について

本件発明は,以下のとおり,「人為的取決め」を内容とする発明には該当しない。すなわち,「自然法則」から除外されるべき人為的な取決めとは,一般的に,スポーツやゲームのルール,暗号表等の,人間が創作した一定の体系の下での取決めを指すのであって,仮に本件発明の実施に当たり指導員等がトレーニングを補助することがあったとしても,そのことを理由に本件発明が「人為的取決め」となるわけではない。本件発明は,筋肉に流れる血流の阻害とそれに対する生理反応との因果関係に基づく自然法則を利用したものであって,「人為的取決め」には該当しない。

ウ 効果の発見である点について

本件発明は,特定的に増強しようとする目的の筋肉部位ヘの血行を緊締具により適度に阻害する状態をつくりだすことにより,疲労を効率的に発生させて,目的筋肉をより特定的に増強できるとの着想に基づくものであり,単なる自然法則の「発見」を超えて,自然法則を利用した技術的思想の創作といい得る要素が含まれている。審決の判断に誤りはない。

(2)  本件発明の特許法1条及び29条1項柱書所定の「産業の発達に寄与する」,「産業上利用することができる」との要件充足性を肯定した判断の誤り(取消事由2)に対して

ア 産業上利用可能性がない点について

本件発明が,「産業上利用することができる発明」に該当する発明であることを前提とした審決に誤りはない。

イ 医療行為方法に対して

本件明細書には,医療に関する事項については何ら記載されていないし,本件発明がリハビリに使用されることは,その出願時において想定されておらず,出願後に研究が進められた結果発見されたものにすぎない。加圧トレーニングの臨床応用例が紹介されているとしても,本件発明は「筋力トレーニング」に関するものであり,医療行為方法を含むものではない。なお,「KAATSU JAPAN株式会社」や「KAATSU International社」が警告書を送付し,訴訟を提起し,ライセンスをしたりする事実があったとしても,同社は,被告とは無関係である。

(3)  改正前の特許法36条5項2号及び6項違反に当たらないとした判断の誤り(取消事由3)に対して

本件発明は,目的の筋肉への血行を阻害した状態でトレーニングを行うと,大幅にトレーニング効果が上がるという知見に基づき,筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻き付け,その緊締具の周の長さを減少させることで,筋肉への血行(血流)を阻害させる締め付け力を調整しつつ目的の筋肉部位へ施し,これによって筋肉に疲労を生じさせその増大を図るというものであって,まとまりのある一の技術的事項を把握することができ,特許請求の範囲の記載に記載不備はない。

本件明細書は,改正前の特許法40条の規定に違反するものではなく,また,同条違反が明細書の記載不備になるものでもない。原告は,審判手続で同条に違反するとの主張はしていなかった。

(4)  新規性の有無についての判断の誤り(取消事由4)・進歩性の有無についての判断の誤り(取消事由5)に対して

原告の主張は,本件特許が改正前の特許法40条に違反してされたことを前提としており,その主張自体失当である。また,審判手続において審理判断されていない甲59に基づく取消事由の主張は,審決の取消事由として主張することは許されない。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  本件明細書の記載

「【0002】

【発明の背景】筋力トレーニングを行う場合,一般には,ダンベルやバーベル等の重量物や,バネ,ゴム等の弾性力に基づく抵抗力等を利用して所望の筋肉部位に負荷を与え,その状態で一定の疲労を得る程度にその筋肉部位を伸縮運動させることによってトレーニング効果を得るようにしている。このトレーニング方法による場合,トレーニング効果を更に上げるには,器具の重量や抵抗力を増やしたり,伸縮運動の回数を増やしたりするしかなかった。しかし,筋肉への負荷を無定見に増やしても,その増えた負荷を他の筋肉がかばって負荷の分散がおこなわれ目的外の筋肉が増強してしまったり,場合によっては筋肉や関節等を損傷したりする。

【0003】

【発明が解決しようとする課題】本発明はこのような事情を背景になされたもので,目的筋肉をより特定的に増強できるとともに関節や筋肉の損傷がより少なくて済み,さらにトレーニング期間を短縮できる,筋力トレーニング方法の提供を目的としている。

【0004】

【課題を解決するための手段】本発明者は,長年筋力トレーニングの研究に携わって来たが,その中で,以下のような事実を見出した。即ち,目的の筋肉への血行を阻害した状態でトレーニングを行うと,大幅にトレーニング効果が上がるということである。本発明は,このような知見に基づいてなされたもので,筋肉への血行を阻害させる締め付け力を筋肉部位へ施し,その締め付け力を調整することによって筋肉に疲労を生じさせることを特徴とする筋肉のトレーニング方法を提供する。」

「【0006】この緊締具は,例えば腕の付け根部分にその締め付けループを巻き付けて用いられ,この状態で例えばダンベルを用いて腕の筋肉トレーニングを行なえば,軽いダンベルで重いダンベルと同様のトレーニング効果が得られ,しかもトレーニング時間が短くて済むと同時に,目的外の筋肉に影響を与えたり関節の損傷を招くなどの事態を有効に阻止できる。

【0007】緊締具によってこのようなトレーニング効果の増大をもたらすことの理由は必ずしも明かではないが,一応以下のようなメカニズムが推測される。

【0008】即ち,よく知られているように筋肉増強は,トレーニングにより疲労した筋肉が,疲労の回復過程で以前の状態を越えた状態になる,いわゆる「超回復」によりなされる。従って,トレーニングによる疲労をより効率的に生じさせる条件を与えてやれば,トレーニング効率も上げることができる。

【0009】ところで,筋肉の疲労は筋肉へのエネルギー源や酸素の供給,さらにはエネルギー代謝過程で生じる乳酸の処理に大きく関係しており,これらはまた筋肉への血行に大きく左右されている。従って,目的の筋肉部位への血行を緊締具により適度に阻害してやることにより,疲労を効率的に発生させることができる。」

「【0016】ここで,図1では,三角筋と上腕二頭筋の間の部位を締め付けるようにしているが,この部位に限られるものでなく,さまざまな部位に用いることができるのは勿論である。サイズも様々なものとすることができ,また,例えば両肩からのたすき掛けによってX字状に緊締するように,適宜組み合わせて用いることも可能である。さらにまた,本体2の色,図柄,形状等を適宜デザインすれば,スポーツやトレーニングの場にふさわしい外観意匠性を与えることができる。

【0017】効果を確認するため,この緊締具を用いたグループと,この緊締具を用いないグループの二つに分け,それぞれのグループにつき一回2時間のトレーニングを週2回の周期で6か月間行った。緊締具を施す部位は三角筋と上腕二頭筋の間とした。トレーニングを始める前とトレーニングを始めてから6か月後の上碗二頭筋部位における周囲寸法を計測したところ,この緊締具を用いたグループの筋肉増強効果は,緊締具を用いないグループに比べ,約3倍であることが確認できた。」

(2)  刊行物1の記載

「仙腸間接理論とゴムバンド療法

1  バラコン法」

「(バラコンバンドの効能)」

「2。血管内を清掃し血管にも弾力がでる。

バンドを強く締めると,そこで血流が止まる。

心臓からは絶え間なく血液は送られてくる。

血液は,バンドの所で滞留し,血量はその部で倍加される。

バンドをはずすと,血は倍の速力で血管内を流れる。その時血管壁を掃除し,動脈硬化を治し,血管そのものも弾力がでる。

3。筋肉に弾力がつく。

筋肉は筋細胞の集まりで,筋繊維を造り,さらに束になって伸縮する。筋細胞の一つひとつは,膜があって中はコロイド状で,栄養素と酸素が化合してエネルギーを造り出すという,生命に直結する重要な働きをしている。疲れると老廃物がたまり,栄養素や酸素が欠乏している。この状態のとき,バンドを巻くと,その圧力で細胞内の老廃物がにじみ出る。

動作の際,体に力が入れば巻いたバンドはゆるむ。そのとき,血液は細胞内に流れ込む。(栄養素,酸素を供給する)力が抜ければ,バンドは締まる。そのとき,老廃物が排泄される,といった繰り返しで筋細胞が復活する。

つまり,あんま,マッサージ,指圧をしているようなもので,筋肉は復活する。神経管,靱帯なども同じ。」

「ニューバンド「平M2m」の活用法 手と足-おどろき自己療法」

「バラコン法の基本は,正常で活発な血液循環を促すことにある。正しい骨格の矯正→正常な血液循環→生命の力(良くなろうとする力=自然良能力)を生む。

こうしたことに,1本のバラコンバンドがおどろくばかりの効果を発揮する。ただのゴムバンド。表も裏もない。しかもいたって簡単な方法で,びっくりするほどの効果があがる。その秘密はいったいどこにあるのだろうか?ただ足首に巻く(かかと三角巻き)。手に巻く(腕巻き)。それだけで,おどろくほどの効果がある。例えば,二の腕にぐるぐる巻く。できるだけきつめにする。痛いほどにだ。そして我慢できなくなったらはずそう。これで,腕ばかりでなく,首や肩のこり,痛みがとれて,実に軽くなっている。また,足首に巻く。同じ要領で痛くなったらはずす。下肢の疲れ,しびれ,痛みばかりか,腰の疲れも解消する。その効果はおどろくばかりだ。

なぜか?

血液の流れにその因がある

人体の骨格筋は両端にある腱によってふたつの骨に付着している。その付着点で,心臓に近いところを起始(不動点)といい,関節1つ通りこしたところを停止(運動点)というのである。

この停止部分にバンドを巻く。一つでも関節を越したほうがよく効くので,手の場合なら肘の下の二つの腕にバンドを巻くといい。(肘の上から巻き込んでいてもかまわない)きつめに巻いて,我慢できなくなったらはずそう。するとダムの水門を開いたように,血液がどっと流れ込み,これまで充分にいきわたっていなかったところにまで勢いよく入り込む。疲れのある箇所にたまっていた老廃物が,バンドをしめることでにじみ出て,はずしたことで奔流のように流れ込んできた血液がそれらを回収するのだ。体が軽くなったり,痛みが消えるのは当然のことである。そればかりか「足裏指巻き」で長年悩まされた水虫がきれいになくなる。全て同じ原理だ。

こうした手足に巻くバンドとして,新たに開発されたのが『平M2m』で平ゴム状のもの。手足ばかりでなく,はち巻きや,巻いた部分がごろごろしなくて抜群の使用感なので,長時間使用にも適している。このニューバンド,評判は上々である。

手と足を巻く。少し痛いかも知れないが,腕を何度も曲げたり,踵を回す運動をするとより効果的だ。体の他の障害部位にも効果があらわれてくる。」

2  取消事由1(本件発明は,特許法2条1項所定の「発明」に該当するとした判断の誤り)について

(1)  原告は,特許法上の発明であるためには,その技術内容が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度まで具体性・客観性を有するものであることが要件とされ,また自然法則を利用したものであることが要件とされているが,本件発明については,そのような要件を充足していないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,

ア 本件発明の特許請求の範囲(請求項1ないし3)には,第2の2のとおり,「筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ,筋肉に負荷を与えることにより筋肉に疲労を生じさせ(ること)」及び「筋力トレーニング方法(であること)」などの構成が具体的に記載されている。

イ 本件明細書には,本件発明の推測されるメカニズムとして,筋肉増強は,疲労の回復過程での超回復によりなされるところ,筋肉の疲労はエネルギー源や酸素の供給,乳酸の処理に大きく関係しており,これらは筋肉への血行に大きく左右されており,特定的に増強しようとする目的の筋肉部位への血行を緊締具により適度に阻害してやることにより,疲労を効率的に発生させて,目的筋肉をより特定的に増強できることが,説明,開示されている(【0008】,【0009】)。

また,効果を確認するため,緊締具を用いたグループと緊締具を用いないグループのそれぞれにつき一回2時間のトレーニングを週2回の周期で6か月間行い,緊締具を用いるグループには,図1のように三角筋と該上腕二頭筋の間に緊締具を施して,該上腕二頭筋部位への血流を適度に阻害してやることにより,疲労を効率的に発生させ,トレーニングを始めてから6か月後の該上腕二頭筋部位における周囲寸法を計測したところ,緊締具を用いたグループの筋肉増強効果は,緊締具を用いないグループに比べ,約3倍であることが確認できたことが,説明,開示されている(【0016】,【0017】)。

ウ 上記の各記載によれば,本件発明は,推測されるべき機序及び効果が示されており,その技術内容は,当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして示されているといえる。また,本件発明は,緊締具の周の長さを減少させ,筋肉に流れる血流の阻害とそれに対する生理反応を利用するものであって,生理反応は自然法則に基くものであるから,発明全体として自然法則を利用しているというべきである。

したがって,本件発明が,具体性・客観性を有しないこと,及び自然法則の利用がないことを理由として,特許法2条1項所定の「発明」に該当しないとする原告の主張は,採用の限りでない。

(2)  原告は,本件発明は,「筋肉増強」という新たな効果の発見にすぎず,特許法2条1項の「発明」に該当しないとも主張する。

しかし,この点の原告の主張も,採用の限りでない。

原告の主張は,要するに,本件特許の出願前に,筋肉を加圧するトレーニング運動療法に関連した文献(甲44文献)が存在した点を指摘するにすぎないのであって,同主張に係る事実によっては,本件発明が特許法2条1項所定の「発明」に該当しない根拠とはなり得ない。

本件発明は,前記のメカニズムにより,目的筋肉を増強できるとの着想に基づき,特許請求の範囲の請求項1に記載した構成を採用したことによって,一定の効果を得る方法を開示するものであるから,単なる自然法則の発見ではない。

この点に係る原告の主張は採用できない。

3  取消事由2(本件発明の,特許法1条及び29条1項柱書所定の「産業の発達に寄与する」,「産業上利用することができる」との要件充足性を肯定した判断の誤り)に対して

(1)  産業上利用可能性について

本件発明は,特定的に増強しようとする目的の筋肉部位への血行を緊締具により適度に阻害してやることにより,疲労を効率的に発生させて,目的筋肉をより特定的に増強できるとともに関節や筋肉の損傷がより少なくて済み,さらにトレーニング期間を短縮できる筋力トレーニング方法を提供するというものであって,本件発明は,いわゆるフィットネス,スポーツジム等の筋力トレーニングに関連する産業において利用できる技術を開示しているといえる。そして,本件明細書中には,本件発明を医療方法として用いることができることについては何ら言及されていないことを考慮すれば,本件発明が,「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)であることを否定する理由はない。

(2)  医療行為方法について

原告は,被告が本件発明を背景にして医療行為を行っている等と縷々主張する。本件発明が,筋力の減退を伴う各種疾病の治療方法として用いられており(甲17,29等),被告やその関係者が本件発明を治療方法あるいは医業類似行為にも用いることが可能であることを積極的に喧伝していたこと(甲63,67,68等)が認められる。しかし,本件発明が治療方法あるいは医業類似行為に用いることが可能であったとしても,本件発明が「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)であることを否定する根拠にはならない。

この点に係る原告の主張は採用できない。

4  取消事由3(改正前の特許法36条5項2号及び6項違反に当たらないとした判断の誤り)について

本件特許の特許請求の範囲の記載は,改正前の特許法36条5項2号及び6項に反しない。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,従来の方法には,目的外の筋肉が増強されてしまったり,場合によっては,筋肉や関節等を損傷したりするといった課題が存在したところ,本件発明は,これらの課題を解決すべく,「目的の筋肉への血行を阻害した状態でトレーニングを行うと,大幅にトレーニング効果が上がる」(【0004】)との知見に基づき,筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻き付け,その緊締具の周の長さを減少させることにより,筋肉への血行(血流)を阻害させる締め付け力を調整しつつ目的の筋肉部位へ施し,これによって筋肉に疲労を生じさせその増大を図るという方法を採用したものである。

そうすると,本件特許の特許請求の範囲には,本件発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているといえる。

この点,原告は,緊締具の装着方法,その回数,装着時間,その他の道具に関する事項が明確に記載されていないと主張する。しかし,本件発明に係る発明の詳細な説明の記載に照らし,特許請求の範囲に,緊締具の装着方法,回数等の事項を逐一記載しなければならない技術的意義は何ら見いだし難く,この点の原告の主張は,採用の限りでない。

また,原告は,「筋肉の増大」の意義が不明であるとも主張する。本件明細書の【0008】に「よく知られているように筋肉増強は,トレーニングにより疲労した筋肉が,疲労の回復過程で以前の状態を越えた状態になる,いわゆる「超回復」によりなされる。したがって,トレーニングによる疲労をより効率的に生じさせる条件を与えてやれば,トレーニング効率も上げることができる。」との記載から,「筋肉の増大」の技術的意義は,当業者において,十分理解できる。

改正前の特許法40条は,出願公告決定後の補正が不適法な場合の効果について定めた規定であるところ,補正が不適法であったとしても記載不備となるものでもないから,原告の主張は失当であるし,本件発明が自然法則を利用していること,未完成発明でもないことは,前記2のとおりである。

以上のとおり,この点に関する原告の主張は,いずれも採用できない。

5  取消事由4(新規性の有無についての判断の誤り)について

原告は,甲44文献及び甲59を指摘して,本件発明は新規性を欠くと縷々主張するが,原告はこれらの文献を審判手続において提出しておらず,これらの文献を審決取消事由として主張することは許されない。刊行物1に記載の発明と本件発明1との間に,前記第2,3(3)ウのとおりの相違点があるとした審決の判断は相当であって,その判断に誤りはない。

6  取消事由5(進歩性の有無についての判断の誤り)について

原告は甲44文献を指摘して本件発明は進歩性を欠くと縷々主張するが,甲44文献を審決取消事由として主張することが許されないことは,前記5のとおりである。

刊行物1に記載の発明の「ニューバンド『平M2m』の活用法」は,筋肉を増大させるトレーニング方法に関するものともいえず,この発明を,筋肉を増大させる方法とすることは容易ではないし,刊行物1に記載の発明の用いる原理と本件発明1につき推測されるメカニズムとの差異からみて,刊行物1に記載の発明において,前記の相違点に係る構成を採用することが,当業者が容易になし得たとすることはできない。さらに,甲1や刊行物2,3のいずれにも,筋肉に流れる血流を止めることなく阻害し,筋肉に疲労を生じさせ,もって筋肉を増大させることは開示されていない。そうすると,本件発明は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づき当業者が容易になし得たとすることはできないのであって,審決のこの点に関する判断は相当であって,その判断に誤りはない。

7  結論

原告は,その他にも,その趣旨をにわかに理解し難い主張も含めて,縷々主張するが,いずれも採用の限りではなく,審決の結論に違法はない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

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