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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10404号 判決 2013年3月28日

原告

京栄食品株式会社

同訴訟代理人弁護士

田中健治

下元高文

同弁理士

齊藤整

被告

株式会社三創

同訴訟代理人弁理士

赤澤一博

宮澤岳志

主文

1  特許庁が無効2012-890033号事件につい

て平成24年10月22日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文1項と同旨

第2事案の概要

本件は,原告が,後記1の本件商標に対する後記2のとおりの手続において,被告の商標登録を無効にすることを求める原告の審判請求について,特許庁が同請求とおり)には,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  本件商標

被告は,平成21年4月30日,別紙の構成からなり,第30類「菓子及びパン」及び第35類「菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を指定商品及び指定役務として(以下「本件指定商品等」という。),商標登録出願し,同年11月5日に登録査定を受け,同年12月18日に設定登録を受けたものである(登録第5288377号商標。以下「本件商標」という。甲1)。

2  特許庁における手続の経緯

原告は,平成24年3月27日,特許庁に対し,本件商標の登録を無効にすることを求めて審判を請求した。特許庁は,これを無効2012-890033号事件として審理した上,同年10月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,原告に対し,同年11月1日,送達された。

3  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,本件商標は,①後記引用商標とは非類似の商標であって,商標法4条1項11号に該当するものとはいえない,②同項15号に該当該当するものとはいえないから,同法46条1項1号により,無効とすることはできない,というものである。

引用商標:登録第4724156号商標(「BOLONIYA」の欧文字と「ボロニヤ」の片仮名を二段に横書きしてなり,平成8年5月28日に登録出願,第30類「菓子及びパン」を含む商品を指定商品として,平成15年11月7日に設定登録されたもの。甲2)

4  取消事由

(1)  商標法4条1項11号該当性に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)  商標法4条1項15号該当性に係る判断の誤り(取消事由2)

(3)  商標法4条1項7号該当性に係る判断の誤り(取消事由3)

(4)  商標法4条1項19号該当性に係る判断の誤り(取消事由4)

第3当事者の主張

1  取消事由1(商標法4条1項11号該当性に係る判断の誤り)について

(1)  引用商標の著名性

引用商標は,本件商標の登録出願時ないし登録査定時において,引用商標が原告等の業務に係る商品を表示するものとして取引者,需要者の間で広く認識されている商標である。

ア 引用商標の使用開始時期

原告は,昭和40年に設立され,昭和54年に京都の祇園においてパンの製造・販売店「ボロニヤ・BOLONIYA」をオープンした。原告は,平成元年にデニッシュ食パンを発売したところ,全国的に一大ブームを巻き起こすほどのヒットとなり,引用商標は,原告及びその関連会社である株式会社東京ボロニヤが製造販売するデニッシュ食パンの商標として全国的に周知著名となった。

イ 引用商標の由来

原告は,創業当初よりハム類の販売を手がけていたところ,京都祇園においてパンの製造販売を始めるに当たり,元々はソーセージの名称に用いられていた「ボロニヤ」をパン屋の屋号として採択したものであり,商品「パン」の商標として「ボロニヤ」を採択し,使用し始めたのは原告である。

ウ 引用商標のメディア等における掲載実績

原告が開発したデニッシュ食パンは,「デニッシュ食パン」というジャンルの先駆け的存在であり,多量のバターを使用し,パイのように何層にも折り重ねられているのが特徴で,そのバターの風味と柔らかくまろやかな食感で人気を博し,評判が口コミで広がるにつれて雑誌の記事等で採り上げられることも多くなり,焼き上げる傍から売り切れるほどの超ヒット商品となった

エ 引用商標に係る商品の売上高

原告は,現在,パンの製造小売を業として行っており,原告の取り扱うパンには常に引用商標が使用されている。平成15年に1億4000万円あった売上げは,一旦は株式会社東京ボロニヤの清算の影響等もあり1億円以下に落ち込んだものの,その後,ネットでの販売が好調なこともあって,1億7000万円以上にまで伸びてきている。

オ 引用商標の使用地域

原告は,平成10年の時点で,北は北海道から南は九州に至るまで,全国163実店舗における店頭販売の規模を縮小し,現在は,京都本店のほか,関西19店舗,中国2店舗,東海1店舗,北陸6店舗での販売となっているものの,最近では全国的な周知性を生かしたインターネット上での通信販売にも力を入れ,売上げランキングで1位を取るほどの評判となっている。

カ 小括

このように,引用商標を付した原告のデニッシュ食パンの周知性は,本件商標の登録出願時や登録査定時はもちろん,現在に至るまで,十分に継続している。

(2)  本件商標と引用商標の対比

ア 本件商標について

(ア) 本件商標の後半の「JAPAN」の文字部分は,日本の英文名称であって国名に準ずるものであり,出所識別標識としての称呼,観念は殊更生じない。

なお,本件商標と引用商標は,共に食品分野における商標であるところ,食品分野において国名は原産地表示としても一般に用いられることからも,国名を表したにすぎない「JAPAN」の文字部分は,商品との関係において,出所標識としての機能を十分に発揮し得ない部分と見るべきである。実際,国内で焼き上げることが一般的である商品「パン」についても,産地や加工地を示すためにあえて我が国の国名を表示することはさして珍しいことではない。

このように,食品の産地を重視する需要者が本件商標に接した場合,「JAPAN」の文字部分を出所標識と認識せず,それよりも強く支配的な印象を与える「BOLONIA」の文字部分に着目し,当該部分をもって出所標識と認識する者がいると見るのは,自然なことである。

また,「BOLONIA」部分は各文字間に隙間が設けられているのに対し,「JAPAN」部分は隙間が設けられていないから,看者をして「JAPAN」が付記したように小さく記載されている印象を受ける。

(イ) 被告は,本件商標の構成中「BOLONIA」部分と「JAPAN」部分とをあえて分断して記載したり,「BOLONIA」と略して使用するなど,「BOLONIA」の文字部分こそが要部であると認識している。このように,「BOLONIA」の部分のみが抽出され,独立して取引に資され得るものである。

(ウ) 本件商標に接した取引者,需要者は,日本に在住する者である以上,その構成に含まれる「JAPAN」の文字は,我が国の英文名称であると容易に理解し把握するから,「形容詞的文字」とみるべきであり,本件商標から「ボロニア」の称呼も生ずると見るべきである。

(エ) 以上のとおり,本件商標の構成文字中,「BOLONIA」の文字部分こそが取引者,需要者に対し商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであり,「JAPAN」の文字部分からは出所識別標識としての称呼,観念が生じないから,本件商標の要部は「BOLONIA」の文字部分であることを前提として,本件商標と引用商標の類否を判断すべきである。

イ 本件商標から生ずる外観,称呼,観念

本件商標は,全体から生ずる「ボロニアジャパン」なる称呼のほか,その要部である「BOLONIA」の文字部分に相応して「ボロニア」の称呼も生じる。また,「BOLONIA」の文字はイタリアの地方・都市名であり,「JAPAN」の文字は我が国の国名「日本」を表す語であるため,ここからは,全体の構成文字に相応して「日本のボロニア(地方)」なる観念が生ずるほか,その要部である「BOLONIA」の文字部分に相応して,単に「ボロニア(地方)」なる観念も生じる。

ウ 引用商標から生ずる外観,称呼,観念

引用商標は,その構成文字から,「ボロニヤ」の称呼が生ずる。なお,引用商標の由来は,ソーセージの名称である「ボロニヤソーセージ(bologna sausage)」のボロニヤに由来するものであるところ,かかる「ボロニヤソーセージ」は「ボロニアソーセージ」と称されることも少なくなく,かかる「ボロニアソーセージ」はイタリアのボロニア地方がその起源とされているから,引用商標からは,「ボロニア(地方)」なる観念が生ずる。

エ 称呼の対比

本件商標からは「ボロニアジャパン」のほかに「ボロニア」のみの称呼も生じ,引用商標からは「ボロニヤ」の称呼が生じるところ,両者を対比すると,4音中3音が共通するのみならず,音感において酷似するものであり,彼此聞き違えるおそれが十分あり,称呼上類似する。

オ 外観の対比

本件商標は,「BOLONIA」部分と「JAPAN」部分とが不可分的に結合しているものとは認められず,かえって被告自身がこれらを分断して用いていること,我が国の国名である「JAPAN」の文字部分が出所識別標識として認識,把握されるものとは考え難いことからすれば,本件商標中,「BOLONIA」の文字部分のみが分離して把握される。よって,両商標は外観上も相紛らわしく,見る者をして近似した印象を与えるものである。

カ 観念の対比

本件商標と引用商標は,共に「ボロニア(地方)」なる共通の観念が生じ得るため,両商標は観念上相紛れるおそれのある商標である。

(3)  商標法4条1項11号に係る判断の誤り

以上のとおり,本件商標と引用商標は,観念及び称呼において類似し,また,外観上も近似した印象を与えるものであるから,引用商標の周知著名性も含めて総合的に勘案すれば,両商標は,彼此相紛れるおそれのある類似の商標である。また,本件商標の指定商品・役務と引用商標の指定商品は互いに同一又は類似するものであるから,本件商標は,商標法4条1項11号に該当する。

〔被告の主張〕

(1)  引用商標の周知性について

引用商標は,本件商標の登録出願時ないし登録査定時において原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者,需要者の間で広く認識されている商標ではない。

ア 周知性の判断時点について

引用商標に関する周知性の有無は,本件商標の登録出願時(平成21年4月30日)及び登録査定時(同年11月5日)のそれぞれの時点において判断される(商標法4条3項)。

イ 本件商標登録無効審判において提出された立証資料について

本件無効審判において,原告が原告の使用に係る商標(以下「原告使用商標」という。)の周知性を立証するべく提出した証拠(甲9,11~23)は,本件商標の登録査定時点より10年近く前において発行等されたものである。これらの証拠により,原告使用商標が,需要者等にある程度知られていたとしても,それは本件商標の登録査定時から10年近く前の時期である。約10年という長い期間,原告使用商標の周知性が何一つ立証されておらず,その周知性の立証が不可能な空白期間が約10年も存在するという客観的な事実からすれば,原告使用商標に係る事業は,平成11年以降次第に衰退し,少なくとも本件商標の登録出願時及び登録査定時において周知ではなかったと理解するのが合理的である。

一般に何らかの事業を継続的に行っていれば,種々のマスコミ事業者にある程度取材され,メディアを介して公衆に紹介されることはありふれたことであるから,上記証拠のみによって原告使用商標の周知性を証明するのは,質的・量的に説得力を欠くものである。

したがって,本件無効審判において提出された立証資料によっては,原告使用商標が周知であったことを,どの時点においても立証することはできない。

ウ 本件訴訟において追加提出された書証について

(ア) 原告は,本件訴訟において,原告使用商標の周知性を立証するための書証として,新たな証拠(甲37~52)を追加提出したが,本件審決の違法性が争われる本件訴訟において,本件無効審判で審理判断されていない新たな書証をもって原告使用商標の周知性を立証することは許されない。

なぜならば,本件無効審判の請求人である原告は,任意に請求日を設定することができる立場にあり,除斥期間(商標法47条1項)に留意さえすれば,本件無効審判を請求するに当たり提出すべき周知性の立証資料を準備するための十分な時間的猶予を持ち得ていたからである。仮に,追加提出した書証が有効なものとして取り扱われるならば,被告が審判事件答弁書によって尽くした原告使用商標の周知性に関する防御の主張が十分に尊重されない結果となり,その一方で,原告は周知性を後出しにより立証できる結果となり,原告と被告の公平性を欠くことになる。

(イ) 甲37ないし41及び甲45ないし52は,本件商標が登録査定を受けた時点から2年以上も後に発行等されたものであるから,周知性を立証するための書証にはなり得ない。そもそも,客観的にみて,量的・質的に乏しいことは明らかである。

(ウ) 原告は,甲42及び43により,原告の売上高から原告使用商標の周知性を立証しようとしているが,原告の売上高は,本件商標に関係する平成21年において1億2500万円程度のものであり,原告使用商標が全国的又は地域的に周知であることを証することはできない。しかも,示された売上高では,原告使用商標に関連付いた数字が不明である。原告使用商標に類似する「Bo-Lo´Gne」を使用する他社であるボローニャの売上高は,原告の売上高と比較して圧倒的に多いのであり,現在においても,原告の原告使用商標を用いた商品の販売規模はかなりの小規模であるといわざるを得ない。

(エ) 甲44ないし46では,本件商標の登録出願日及び登録査定時における店舗数が不明である。しかも,商品の販売チャネルがインターネットにシフトしつつあるという近時の商取引の形態を考慮したとしても,平成10年の店舗数(163店舗)と比べ,現時点の商品取扱店舗数(29店舗)が著しく少ないことが客観的に明らかである。

エ 他の商標登録無効審判及び東京ボロニヤについて

(ア) 原告は,本件無効審判とは別に,商標法4条1項15号を理由として商標登録無効審判を請求したが(無効2004-89064事件),その審決では,平成16年2月16日時点における原告使用商標の周知性が否定されている。

原告は,上記無効審判の当事者であるから,上記審決において原告使用商標の周知性が否定されたということを知っているにもかかわらず,本件無効審判では,上記審決で明示された平成16年2月16日という時点の前後はおろか,平成11年7月以降から本件商標の商標登録日である平成21年12月18日までの間を発行日とする証拠資料を,一切提出することができなかった。

(イ) 原告使用商標の周知性を牽引する役割を担うはずの株式会社東京ボロニヤに関し,平成20年10月29日の時点で破産手続が開始されているから,原告使用商標を使用した事業は,平成11年から衰弱の一途をたどり,本件商標が登録出願された頃には,原告使用商標の周知性を議論できないほど弱体化していたことが推認される。株式会社ボロニヤ及び株式会社東京ボロニヤの清算は,原告の営業力等の欠如に起因して原告使用商標を付した商品が売れず,事業が衰退したためである。

オ 小括

以上のとおり,引用商標は,本件商標の登録出願の時点ないし登録査定の時点において,原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者,需要者の間で広く認識されている商標ではない。

(2)  本件商標と引用商標との非類似性

ア 外観について

本件商標は,欧文字を用いた「BOLONIAJAPAN」であり,外観上まとまりよく一連に表されているものであるから,これに接する需要者,取引者の通常有する注意力に鑑みれば,全体的に捉えて一体的に把握するというのが通常である。

引用商標は,欧文字の「BOLONIYA」と,片仮名文字の「ボロニヤ」とを上下に配してなり,これに接する需要者,取引者の通常有する注意力に鑑みれば,外観上一定間隔をあけて上下に配された各語を別個に把握するものである。

本件商標は,「BOLONI」の欧文字を含んでいる点において引用商標と共通するが,引用商標は,本件商標では外観上存在しない「ボロニヤ」の片仮名文字部分を有しており,「JAPAN」が外観上実在していないという点で,外観において,本件商標とは著しく相違する。

イ 称呼について

本件商標は,「ぼろにあじゃぱん」という称呼を生じ,「ぼ」,「ろ」,「に」,「あ」,「じゃ」,「ぱ」及び「ん」という比較的長音となる7音全体をよどみなく一気に称呼し得るものであり,冗長なところや称呼の一連性を阻害するような要素は存しない。換言すれば,前半部分の「ぼろにあ」という称呼と,後半部分の「じゃぱん」という称呼は,よどみなく連続して称呼されるものである。本件商標における「ぼろにあ」部分は特段の抑揚もなく同一音調により称呼されることを特徴としているが,それは,後半に「じゃぱん」という称呼部分が存在することによるものである。したがって,本件商標は,「ぼろにあ」と「じゃぱん」とが称呼上互いに強固に連結した関係にある。本件商標は,上記称呼のうち,後半にある「じゃぱん」が相対的に強く称呼されることを特徴とし,特に「ぱ」の部分が強く称呼されるため,全体称呼は,「ぱ(ん)」の強い称呼によって歯切れよく快活に終了するものとなっている。

これに対し,引用商標は,「ぼろにや」の称呼を生じ,「ぼ」,「ろ」,「に」及び「や」の4音の称呼を生ずる。引用商標は,「ぼ」の称呼の後に続く「ろ」が相対的に強く称呼され,この「ろ」の部分が「ぼ」と比べて高音に称呼されるのが通常である。

そうすると,引用商標は,称呼される全体の語数が本件商標と3語も相違するものであり,本件商標において相対的に強く称呼される「じゃぱん」に相応する称呼が一切生じ得ない点,引用商標「ぼろにや」の称呼の音調に高低がはっきり生じる一方で,本件商標の一部である「ぼろにあ(じゃ)」の称呼には音調の高低がほとんど生じない点において,両者は,聴者に与える称呼の全体的印象が著しく相違するものである。

ウ 観念について

本件商標は,「BOLONIAJAPAN」という一体的な造語であり,本件商標は,一体的な外観をなし,一連の称呼を生ずるものであるため,部分的に離反して特定の観念が生じるものではない。

引用商標は,近時における我が国需要者等の通常の知識をもって広く知られているイタリアの都市の名称「ボロニヤ(Bologna)」を容易に把握,連想させ得るものであるから,そのような観念を生ぜしめるものである。その一方で,引用商標の構成文字に照らしてみれば,特定の観念を生じないと考える余地もある。

本件商標と引用商標とを対比すると,本件商標は,特定の観念が生じないものであるのに対し,引用商標は,「イタリアの都市の名称」という観念が生ずるか又は特定の観念を生じないものであるから,両者は観念において著しく相違するかあるいはこれを比較することができないものである。

(3)  本件商標に対する一部抽出類否判断の適否

ア 本件商標は,その具体的構成に照らし,商標全体を一体不可分のものとして取り扱うのが客観的かつ合理的であり,本件商標に対して一部抽出類否判断を適用することはできない。商標法4条1項11号に係る商標の類否判断は,法文上明らかなように,商標登録出願の願書によって具体的・客観的に特定された出願に係る商標と引用商標とを対比することにより行われるものであり,商標全体を一体不可分のものとして取り扱うべきであるとする合理的理由が客観的に存在するものであれば,一部抽出類否判断は行われるべきではない。

イ 本件商標は,その具体的構成に照らし,商標全体を一体不可分のものとして取り扱うべきであるとする合理的理由が客観的に存在する。以下の理由により,本件商標に対して一部抽出類否判断を行うのは不適切である。

(ア) 本件商標は,その具体的構成から,外観において,一連一体のものである。

(イ) 本件商標は,その具体的構成から,前半部分の「ぼろにあ」という称呼と,後半部分の「じゃぱん」という称呼とがよどみなく連続して称呼されるものである。

(ウ) 本件商標は,その具体的構成から,特定の観念が生じ得ないものである。

(エ) 本件商標が,外観及び称呼においてそれぞれ一連一体であるため,「BOLONIA」と「JAPAN」との間を画一的に境界として分離する点に合理性がない。

(オ) 仮に,「BOLONIA」と「JAPAN」とを分離して強制的にそれぞれの観念を認定すると,「イタリアの地名+日本」という組み合わせることができない観念が組み合わさった理不尽な観念が形成されることになる。そのような理不尽な観念について,商標を瞬間的に見て判断する需要者等が,精緻に分析を繰り広げて解釈できるとは考えられない。

ウ 原告の主張について

(ア) 原告は,「ジャパン」や「JAPAN」を含む商号又は商標が,極めて多くの者にその使用を欲せられ,また,数多く使用されているという現状があるなどと主張して,甲53ないし55を提出する。

しかしながら,上記証拠に示された商号又は商標が全体として一体不可分なのか,部分的に「JAPAN」が他の部分と離反して取り扱われるべきものなのかは,商号又は商標の具体的構成に照らして個別具体的に判断されるものであって,上記証拠が,本件商標に対する一部抽出類否判断を肯定する根拠にはなり得ない。

(イ) 原告は,産地や加工地が需要者等における関心事項であることから,「JAPAN」という表示が出所標識としての機能を発揮しないと主張して,甲58な いし62を提出する。

しかしながら,上記証拠は,需要者等が商品の「原産地(原産国)」について関心が高いという事実を証明するものであって,需要者の関心に対応する表示は,具体的に示された「原産国:日本」のような商品説明として用いる表示である。つまり,商品説明として用いる表示ではなく,あくまでも商標の一部分を構成する「ジャパン」を原産地表示と解するかどうかは,商標の具体的構成に照らして個別具体的に判断されるものである。したがって,上記証拠をもって本件商標に対する一部抽出類否判断が肯定されるものではない。

(ウ) 原告は,本件商標の構成中において,「BOLONIA」部分が商標の要部であることを被告自身が認識していると主張して,甲63ないし69を提出する。

しかしながら,現に被告が使用している商標のほとんどが,一体不可分に結合した「ボロニアジャパン」又は「BOLONIAJAPAN」の表示である。

(エ) 原告は,「ジャパン」ないし「JAPAN」を含む複数の商標登録出願が特許庁において拒絶されていると主張して,甲70及び71を提出する。

しかしながら,出願に係る商標が全体として一体不可分なのか,あるいは,部分的に「ジャパン」や「JAPAN」が他の部分と離反して取り扱われるべきかは,出願に係る商標の具体的構成に照らして個別具体的に判断されるものであって,上記証拠が,本件商標に対する一部抽出類否判断を肯定する根拠にはなり得ない。商標全体における語尾部分に「ジャパン(JAPAN)」の表示が存在するものと,それを含まないものとがそれぞれ商標登録されているという例は複数存在している。

(オ) 原告は,称呼における「や」と「あ」の音が近似している旨を主張する。

しかしながら,称呼上近似するものかどうかは,商標全体における配置等に照らし,個別具体的に判断されるべきである。本件商標の「あ」は商標全体における中間(7音中の4音目)に位置し,引用商標の「や」は商標全体における最後(4音中の4音目)に位置する。このため,後に他の称呼が控えている「あ」と,称呼が終結する語である「や」の相違は,著しいものである。

エ 小括

以上のように,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念の各要素において明らかに相違するため,類似する関係にはない。したがって,本件商標は,商標法4条1項11号に違反して商標登録されたものではない

2  取消事由2(商標法4条1項15号に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件商標と引用商標との類似性

ア 本件審決は,本件商標と引用商標とが非類似の商標であることを前提として,商品等の出所について混同を生ずるおそれはないと判断したが,前記1のとおり,本件商標と引用商標とはそもそも類似する商標であるから,誤りである。

イ 仮に両商標が類似しないとしても,引用商標の周知著名性や原告の商品と本件商標の指定商品との関連性,現に生じている出所混同や混同のおそれ等を総合的に考慮すれば,被告が本件商標を本件指定商品等について使用すると,出所について混同の生ずるおそれがあることは明白である。

原告の取引者でさえも,現に誤認して使用している事実があることからすれば,本件商標の要部である「BOLONIA」の文字に相応して生じる「ボロニア」なる称呼と引用商標から生じる「ボロニヤ」なる称呼は相紛らわしく,両商標は出所の混同が生ずるほど類似する商標と見るべきである。

(2) 取引における混同

原告商品の取引者や需要者が単に引用商標を「ボロニア」と読み間違えることもあれば,逆に,被告による本件商標の使用が紛らわしいとして,原告に苦情等を申し立てたり,自らのブログなどに両者が紛らわしいことを嘆く需要者も存在する。

(3) 本件指定商品等と原告指定商品との関連性

本件指定商品等と,引用商標の指定商品とは,類似商品・役務審査基準上も同一・類似の商品・役務であって,関連性の極めて高い商品である。

(4) 混同のおそれ

引用商標の周知著名性,商品の関連性,現に取引の場において出所混同が生じている実情等を総合的に考慮すれば,被告が本件商標を本件指定商品等について使用すると,出所について混同するおそれがある。また,被告による本件商標の使用は,かかる出所混同のおそれに加え,周知著名な引用商標の有する顧客吸引力や指標力の希釈化(いわゆるダイリューション)を招くおそれも十分にある。

よって,本件商標は,商標法4条1項15号に違反して登録されたものである。

〔被告の主張〕

(1) 引用商標及び原告使用商標の周知性について

原告使用商標は,本件商標の登録出願の時点及び登録査定の時点において,何ら周知著名性を有していない。したがって,原告使用商標に関連する引用商標も,本件商標の登録出願の時点及び登録査定の時点において,原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者,需要者の間で周知著名な商標ではない。

(2) 取引の実情

食品分野に属する「菓子・パン」は,需要者に興味ないし好奇心をもって食されるものであり,需要者等は,購入しようとする商品が自らの希望するものであるか否かをそれなりに注意して確認するものである。被告は,自由競争社会の下,商品の購入を決定する立場にある需要者等に自己の商品を選択してもらえるよう,包装の品質,密封方法及び意匠性等,あらゆる側面から鋭意努力を重ねている。そして,被告は,本件商標を付した商品に,品質保持対策として脱酸素剤を入れ,ISO22000を取得し,楽天市場において売上げランキング第1位を獲得している。

したがって,需要者等は,被告の上記努力が具体化されている本件商標を付した商品と原告商品とを,こだわりをもって評価するのであって,両者を混同して取り扱うことはない。

(3) 原告の主張について

ア 原告が「ボロニヤ」と「ボロニア」が称呼において相紛らわしいと主張して提出した証拠(甲77~81)は,本件商標が登録査定された時点よりも後のもので,商標法4条1項15号を主張するための根拠とはなり得ない。上記証拠によれば,需要者等が記載する引用商標に「表記ゆれ」が認められるところ,表記ゆれが散見されるような商標に周知性があるというのは合理的ではない。

イ 原告が追加提出した証拠(甲27~30)は,本件商標が登録査定された時点よりも後のものや,ブログ記事などであって,信憑性に欠ける。

(4) 小括

以上のように,本件商標は,原告に係る商品と混同を生ずるおそれはないから,商標法4条1項15号に違反して商標登録されたものではない。

3  取消事由3(商標法4条1項7号に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 公序良俗の概念

本件審決における商標法4条1項7号に係る公序良俗概念は狭きに失する。同号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」とは,商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠き,その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合も含まれ,同号に該当するか否かは,当該商標登録出願がされた具体的事情に照らして判断されるべきである。

(2) 基本合意書締結の経緯

原告と被告間の平成11年4月30日付け基本合意書が締結された経緯は,次のとおりである。

ア 原告が平成元年頃に販売を開始したデニッシュパンは飛ぶように売れ,「京都祇園の幻の食パン」として全国的に有名になっていったことから,原告のAは,原告商品の販路の拡大と「BOLONIYA」「ボロニヤ」の一元的管理を目指して,平成9年,株式会社ボロニヤを設立し,各地にフランチャイジーとなる会社を設立してフランチャイズ契約を締結し,「BOLONIYA」「ボロニヤ」は,全国的な周知著名性を獲得した。

被告代表者Yは,株式会社ボロニヤの発起人にも入っており,設立時の取締役にも就任した。原告は,同社の設立に当たり,原告が開発し,全国的に人気となったデニッシュパンのレシピも,被告代表者に開示していた。

しかしながら,株式会社ボロニヤは,当初から利益分配の方法を巡って経営陣の折り合いが悪く,実質的な活動はほとんど行われなかった。また,被告は,株式会社ボロニヤからライセンスを受けてデニッシュパンの製造,販売を行い,対価として所定のロイヤリティを支払う義務を負っていたが,一度も支払わなかった。さらに,平成10年頃には,被告代表者が事業外で事件を起こすという事態に陥り,株式会社ボロニヤの事業活動はほぼ不可能となった。

平成11年には,被告が,原告から許諾を受けることなく,単独で経営する伏見区,東山区,中京区の店舗において,「ボロニヤ」の標章を使用した商号を看板に表示し,さらに,商品の包装紙,包装袋に「BOLONIYA」と表示して,パンの製造販売業務を行っていることが判明し,原告は,被告に対して,これらの使用の停止を求める平成11年1月12日付け申入書を送付した。

イ かかる事態の下で作成されたのが,平成11年4月30日付け基本合意書であり,その4条4項では,「三創またはYは,デニッシュ食パンの製造または販売に関し,『ボロニヤ』と同一または類似の名称,商号,商標,商品名,ロゴ等を自身が使用しないのみならず,第三者をして使用させることもしない」と規定されている。

ウ 上記経緯により,「ボロニヤ」と同一又は類似の名称,商号,商標,商品名,ロゴ等の使用を禁じられた被告が出願したのが,本件商標である。被告が偶然「BOLONIAJAPAN」という名称を登録したことは絶対にない。

エ 被告は,当事者として株式会社ボロニヤの設立及び経営に参画し,引用商標の周知性についても知悉していたから,これに類似する本件商標を使用することで,取引者,需要者の間に混乱を引き起こすことは十分理解していた。にもかかわらず被告が本件商標を出願したのは,引用商標に化体した信用や名声,顧客吸引力を利用するフリーライド等の不正の目的を持ってされたものにほかならない。そもそも商標法は商道徳,取引上の信義則に照らして適切な商行為を保護するための法律であり,本件商標の如く過去の経緯に照らして不正の目的でされた商標の登録を認めることは,商標法の目的に反し,公の秩序を著しく害するものである。

(3) 小括

よって,本件商標は,商標法4条1項7号に違反して登録されたものである。

〔被告の主張〕

(1) 公序良俗違反の有無について

本件商標は,その構成自体がきょう激,卑わい,差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形ではなく,それ自体公序良俗違反を生ぜしめる要素は存在しない。また,本件商標の登録出願の経緯に何ら社会的妥当性を欠くものはないから,商標法4条1項7号の要件に違反するものではない。

(2) 原告の主張について

ア 拡張適用について

①商標法4条1項7号が商標自体の性質に着目した規定となっていること,②商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同項各号に個別に不登録事由が定められていること,③商標法においては,商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮すると,商標自体に公序良俗違反のない商標が同項7号に該当するのは,その商標登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるべきであるところ,本件商標は,そのような場合には,該当しない。

イ 社会的妥当性を欠くような行為について

本件商標は,自己の業務に係る適切な範囲の指定商品等を指定した上で,特許庁に対して正当に登録出願されたものである。被告は,引用商標が既に商標登録されていた段階で,本件商標を登録出願したのであって,他人が優先的な使用権原を有するものと認められる商標をそっくりそのまま先回りして登録出願したのではない。被告は,商標登録出願における先願主義の原則を一切悪用することなく,商標登録出願により商標登録を受けたいという意思表示を特許庁に対して正当に示し,意見書の提出を経て,商標登録を受けたのである。

ウ 原告は,本件商標についての一連の行為が基本合意書の趣旨及び文言に反するものであるから,公序良俗違反に該当すると主張する。

しかしながら,本件商標は引用商標と非類似であるから,基本合意書における契約違反の主張は,前提を欠く。基本合意書に関する解釈に齟齬が生じたとしても,それは私的問題として当事者間においてのみ生じ,私的問題を著しく逸脱するほどの信義則に反する行為等が客観的に存在しない限り,当事者以外の第三者にまで広く波及し社会公共の利益を損ねるという同号の公益的な問題が生じるものではない。

エ 被告は,株式会社ボロニヤに対し,契約どおりロイヤリティの支払を行っていたが,原告は,被告に対し,平成11年1月12日付申入書を送り付けた。

原告が同申入書により原告が平成11年1月12日付申入書により,被告に対し,商標の使用の停止を求めた対象は,「ボロニヤ」及び「BOLONIYA」の表示に関するものである。よって,上記表示とは非類似の本件商標が同号に該当するというのは,合理性がない。

(3) 商標登録出願行為等の妥当性

被告は,本件商標の商標登録出願の時点において,引用商標等が商標登録されていることを知っていた。そして,被告は,事業を行うに当たり,引用商標等と類似しないという確信の下,本件商標を採用した。しかして,被告は,第三者による客観的見解が最も鮮明となる商標登録出願を行い,引用商標等との類否の判断を特許庁に求めたのである。本件商標登録出願について,商標法4条1項11号に係る拒絶理由が通知され,被告は,意見書を提出し,商標登録を受けたのである。以上の商標登録出願の手続を検討しても,原告主張の適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠く行為は見当たらない。仮に本件商標に同項7号が適用されるとするなら,商標登録出願が特許庁の審査に付されることを理解し,かつ,先願優位の原則を何ら悪用していない商標登録出願人が,その自由意思によって出願に係る商標を自由に選択することができず,商標登録出願ができないという理不尽な結果になり,法的安定性を損なう。

そうすると,原告の引用商標と被告の本件商標がそれぞれ商標登録されており,そのような状況で被告が本件商標を正当に使用する行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱したものではなく,被告の本件商標の登録出願行為は妥当なものである。

(4) 小括

以上のように,本件商標は,商標それ自体が,公の秩序又は善良の風俗を害するものではなく,また,本件商標の登録出願の経緯に何ら社会的妥当性を欠くものはないため,商標法4条1項7号の要件に違反するものではない。

4  取消事由4(商標法4条1項19号に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 被告代表者は,「ボロニヤ」の商標を一元管理し,原告のデニッシュパンをフランチャイズにより全国展開する目的で設立された株式会社ボロニヤの設立及び経営に参画していたのであり,被告自身,「ボロニヤ」「BOLONIYA」との標章を看板や包装紙等に使用したことにより原告より警告を受けているのであるから,引用商標の周知性,顧客吸引力について十分に知悉していた。

また,被告は,平成11年4月30日付け基本合意書において「ボロニヤ」と同一又は類似の商標等を使用しない旨合意していたにもかかわらず,本件商標を出願したのであって,かかる経緯に鑑みても,本件商標は,引用商標の顧客吸引力にフリーライドする不正の目的で使用されていることは明らかである。

(2) したがって,本件商標は,周知な引用商標に類似し,かつ,不正の目的をもって使用されており,商標法4条1項19号に該当する。

〔被告の主張〕

(1) 引用商標について

引用商標は,他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者,取引者の間に広く認識されている商標ではない。

(2) 本件商標と原告使用商標との類似関係について

本件商標は,原告使用商標と同一又は類似関係にはない。

(3) 「不正の目的」について

原告使用商標と同一又は類似の商標が,我が国で登録されていないことを奇貨として,被告が先願主義の原則を悪用し本件商標を登録出願したのではない。

原告使用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,周知性を備えていないから,フリーライドされる顧客吸引力を備え持っておらず,本件商標が登録されたことによって,出所表示機能が希釈化したり,名声等が毀損されたりということは,生じ得ない。しかも,被告は,原告に対して自己が保有する本件商標に係る商標権を行使したという事実は一切ない。したがって,本件商標は,「不正の目的」という要件を満たすものではない。

(4) 小括

よって,本件商標は,商標法4条1項19号に違反して登録されたものではない。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

後掲各証拠(特に断らない限り,枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  引用商標について

ア 原告は,昭和40年に,食料品の販売及びこれに附帯する一切の業務を目的として設立された(甲3)。

イ 原告は,昭和54年に京都市の祇園においてパンの製造・販売店「ボロニヤ・BOLONIYA」をオープンした。原告は,元々はソーセージの名称「ボロニヤソーセージ」に用いられていた「ボロニヤ」をパン屋の屋号として採択し,屋号を「京都祇園ボロニヤ」と称した(甲4,9)。

ウ 原告代表者の夫であるAは,平成元年頃デニッシュ食パンを考案し,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」という商標を付したデニッシュ食パン(以下「原告商品」という。)の発売を開始した(甲4,9,10,弁論の全趣旨)。

エ 原告商品は,デニッシュ食パンの先駆けであり,バターをたっぷり使いパイのように何層にも折り重ねられているのが特徴で,そのバターの風味とふんわりまろやかな食感で人気を博し,評判が口コミで広がって,原告は,平成5年頃には,行列のできる店として評判になった(甲15,19,90)。

オ 原告は,平成8年5月28日,「BOLONIYA」の欧文字と「ボロニヤ」の片仮名を二段に横書きしてなり,第30類「菓子及びパン」を含む商品を指定商品とする引用商標について商標登録出願し,平成15年11月7日,設定登録を受けた(甲2)。

カ 原告及び原告商品については,「ぴあ 関西版」(平成7年10月3日号。甲14)において,「京都の人気モノ」としてボロニヤ錦店のデニッシュパンについて,「ウワサがウワサを呼び今や大評判のデニッシュ食パン」と紹介され,「町かどのうまいもん in京都」(京都新聞社,平成8年9月発行。甲12)では,「BOLONIYA(ぼろにや)」が需要者のアンケート結果に基づき選び出され,「デニッシュ食パンが店頭に並べたそばからどんどん売れていく人気食品」と紹介され,雑誌「サンデー毎日」(平成9年5月11日・18日合併号。甲11)では,「平成の究極のパンとして巷の評判を集めている…ボロニヤのデニッシュ食パン」と紹介され,ランキング雑誌「ぴあ ランキン‘グルメ」(ぴあ,平成9年8月発行。甲13)では,パン部門において「BOLONIYA東京本店」が第4位にランキングされて「デニッシュ食パン」が取り上げられ,「焼きたてパンの店 in 京都」(京都新聞社,平成10年9月発行。甲15)では,「ボロニヤ古川町本店」が「今や日本全国にその名を響かせるデニッシュ食パン。その本家本元が,ここボロニヤである」などと雑誌の記事等でも度々採り上げられた(甲16~23)。

キ Aは,息子であり原告の専務取締役であったBとともに,原告商品の販路の拡大と「BOLONIYA」「ボロニヤ」の一元的管理を目指して,平成9年,株式会社ボロニヤを設立し,被告を始めとする各社とフランチャイズ契約を締結した。原告商品を販売する店舗(工場を含む。)は,平成10年8月時点で,北海道10店舗,新潟県5店舗,関東地方28店舗,東海地方13店舗,関西地方23店舗,四国6店舗,中国地方4店舗,九州66店舗の,合計155に上った。その中には,大丸,東武,阪急,高島屋,そごう及び銀座プランタン等の百貨店や,JR及び私鉄の駅などの店舗もあった(甲33,44,90~93,95,弁論の全趣 旨)。

ク Aは,平成10年,株式会社東京ボロニヤを設立し,東京での販売を行った(甲36)。

(2)  その後の状況

ア 株式会社ボロニヤは,経営陣の折り合いが悪く,まもなく事業活動はほぼ不可能となり,フランチャイズ契約も徐々に解消されていった(甲33,90,弁論の全趣旨)。

イ 原告の平成15年9月1日から平成16年8月31日までの第39期の売上げは1億4200万円余,同年9月1日から平成17年8月31日までの第40期の売上げは1億6500万円余,同年9月1日から平成18年8月31日までの第41期の売上げは1億3100万円余であった。また,原告は,同年からインターネットによる販売を行うようになり,同年9月1日から平成19年8月31日までの第42期の売上げは1億800万円余(ネット売上高は不明),同年9月1日から平成20年8月31日までの第43期の売上げは9900万円余(うちネット売上高730万円余),同年9月1日から平成21年8月31日までの第44期の売上げは1億1000万円余(うちネット売上高1370万円余),同年9月1日から平成22年8月31日までの第45期の売上げは1億2500万円余(うちネット売上高2580万円余),同年9月1日から平成23年8月31日までの第46期の売上げは1億4900万円余(うちネット売上高3450万円余),同年9月1日から平成24年8月31日までの第47期の売上げは1億7100万円余(うちネット売上高4660万円余)であった(甲42,95,101,102)。

ウ 株式会社ボロニヤは,平成20年6月30日解散し,同年9月30日に清算結了した。また,株式会社東京ボロニヤは,同年10月29日に破産手続が開始され,平成21年1月29日,破産手続廃止の決定が確定した(甲36,91)。

エ 原告の平成21年頃の店舗は,京都本店のほか,関西地方19店舗,中国地方2店舗,東海地方1店舗及び新潟県7店舗であるが,原告においては,平成18年からウェブサイトにおける直販を始めたほか,平成20年からYahoo!の販売サイト,平成22年から楽天市場の販売サイトに出店し,その他bidders,Amazonなどにも出店し,インターネット上の通信販売が中心になってきた。そして,いわゆる「お取り寄せ」ブームなどの影響もあり,平成24年にはインターネット(楽天市場)におけるデニッシュパンの売上げランキングで第1位を獲得した(甲38,45~51,95,102~106)。

オ 原告及び原告商品については,最近も,「パンシェルジュ検定2級公式テキスト」(ホームメイド協会監修,平成22年6月発行。甲10)において,デニッシュ食パンの考案者が「京都祇園ボロニヤ」であり,「伝説のパン」として話題を呼んだと紹介され,「絶品!大人の定番パン」(同年12月号。甲24)において,京都祇園ボロニヤ本店が「元祖デニッシュ食パンの老舗」として紹介され,ABC朝日放送「おはよう朝日です」(平成23年9月29日放送。甲25,37,弁論の全趣旨)において,原告商品が採り上げられ,テレビ金沢「となりのテレ金ちゃん」(平成24年11月21日放送。甲39)において,「京都祇園ボロニヤの元祖デニッシュ」として原告商品がデニッシュランキングの人気ナンバーワンの商品として採り上げられ,「ヒット商品ランキング」(平成25年1月。甲40)でも,「デニッシュ食パンの本家本元」の「京都祇園ボロニヤ本店」がネット通販で話題の商品を紹介する「噂のグルメをお取り寄せ」と題する雑誌記事に紹介されたりしている。

(3)  被告の本件商標の使用状況

ア 被告は,株式会社ボロニヤの発起人であり,被告代表者Yは,平成9年当時,株式会社ボロニヤの取締役であって,「ボロニヤ」の名称を使用して原告のパンの販売事業に関与していた(甲33,弁論の全趣旨)。

イ 原告と被告は,平成11年4月30日,被告が「BOLONIYA」「ボロニヤ」ブランドによるパンの販売事業から撤退するに当たり,以下の内容の基本合意書を締結した(甲33)。

(ア) Yは,株式会社ボロニヤの取締役を辞任する。

(イ) 被告は,既に使用している「ボロニヤ」又は類似の名称,商号,商標,商品名,ロゴ等の使用を平成11年5月1日までに廃止する。

(ウ) 被告又はYは,デニッシュ食パンの製造又は販売に関し,「ボロニヤ」と同一又は類似の名称,商号,商標,商品名,ロゴ等を自身が使用しないのみならず,第三者をして使用させることもしない。

ウ 被告は,平成21年4月30日,本件商標登録出願をした(甲1)。

エ 被告は,「BOLONIA.JP」というドメインネームを取得し,「BOLONIAJAPAN」(ボロニアジャパン)というウェブサイトにおいて「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」と記載した上で,デニッシュパン等を販売している。また,被告は,楽天市場でも,「BOLONIAJAPAN」について「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」「京都祇園ボロニア ジャパン」「BOLONIAデニッシュ」などと記載した上で,デニッシュパン等を販売している。被告の販売するデニッシュ食パンも,平成23年以降,楽天市場における売上げランキングで,第1位を獲得している(甲64,65,67~69,100,乙10,弁論の全趣旨)。

オ 被告のレシートにおいては,「BOLONIA」と大きく記載され,その下に小さく「JAPAN」と記載されている(甲63)。

2  取消事由2(商標法4条1項15号に係る判断の誤り)について

(1)  商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして,上記の「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。

(2)  混同を生ずるおそれの有無

ア 商標の類似性の程度

(ア) 本件商標は,別紙の構成からなり,全体が黒地の長方形内に金色の欧文字で「BOLONIAJAPAN」と記載され,「BOLONIA」と「JAPAN」からなる結合商標である。本件商標においては,「BOLONIA」の部分の文字の間隔が「JAPAN」の部分の文字の間隔よりやや広い。

本件商標の構成中「JAPAN」の部分は,我が国の国名「日本」を表す語であって,日本と何らかの関係性がある会社や商品であることを示すために,商号や商標の一部に含めることが広く一般的に行われており(甲53,54),自他商品の出所識別力は乏しく,出所識別標識として支配的な印象を与えるものではない。

他方,本件商標の構成中「BOLONIA」の部分は,イタリアの地方・都市名であり,ボロニア地方が起源とされている「ボロニアソーセージ」(ボロニヤソーセージ)が知られている(甲72~75)。

本件商標を構成する「BOLONIA」及び「JAPAN」は,上記のとおりいずれもよく知られた概念であり,簡易迅速性を重んずる取引の実際においては,その一部分のみによって簡略に表記ないし称呼されることもあり得るものである。

(イ) 後記イのとおり,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,原告又は原告商品を示すものとして一定の周知性を有している。なお,原告の「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」は,「ボロニヤソーセージ」の「ボロニヤ」に由来するものであり,イタリアの地方・都市名である(甲8,9)。

(ウ) そうすると,本件商標「「BOLONIAJAPAN」を,指定商品のうち「パン」に使用した場合は,「ボロニアジャパン」のみならず,「ボロニア」という称呼・観念も生じることもあり得る。そして,その場合には,原告又は原告商品を示すものとして周知な「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」と類似性を有するものということができる。

イ 「BOLONIYA」及び「ボロニヤ」の周知著名性及び独創性の程度

(ア) 前記1(1)認定のとおり,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,原告が元々はソーセージの名称「ボロニヤソーセージ」に用いられていた「ボロニヤ」をパン屋の屋号として採択したものである。そして,「ボロニヤソーセージ」の「ボロニヤ」は,イタリアの地方・都市名であって,これをソーセージではなくパンに用いる場合には,独創性がないとはいえない。

(イ) 前記1(1)認定の事実を総合すれば,平成10年頃までには,原告及びそのフランチャイジーが製造販売するデニッシュ食パンは,「元祖デニッシュ食パン」などとして,全国的に周知となったことが認められる。そして,原告商品には,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示が使用されていたものであり,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,当時,原告又は原告商品を示すものとして周知性を有していたものと認められる。

前記1(2)認定のとおり,その後,株式会社ボロニヤによるフランチャイズ契約が解消された結果,店舗数が減少し,株式会社ボロニヤの清算や株式会社東京ボロニヤの破産等があって売上げが低下した時期もあったが,原告は,平成20年9月以降,毎年1億円以上の売上げを上げ,平成22年頃からは再び「伝説のパン」「京都祇園ボロニヤの元祖デニッシュ」などとして雑誌等にも採り上げられ,インターネット販売等でも売上げランキング1位を獲得するなど,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,近時も,原告又は原告商品を示すものとして周知性を有しているものと認められる。

そして,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示が,一旦,原告又は原告商品を示すものとして周知性を獲得し,近時も周知性を有していることに照らすと,特段の事情がない限り,その間の期間においても,周知性が継続していたものと推認されるところ,店舗数が減少し売上げが低下した時期もあったものの,インターネットによる通信販売等もあって原告の売上げ自体が大幅に減少したものでもないから,本件商標の登録出願の時点及び登録査定の時点においても,一定の周知性があったものと認められる。

ウ 商品の関連性

本件指定商品等には,「パン」が含まれ,原告を示す表示として周知性のある「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の「デニッシュ食パン」を包含するものである。よって,原告商品と本件商標の指定商品は,取引者及び需要者が共通する。

エ 本件商標の使用態様と取引の実情

前記1(3)のとおり,被告は,「BOLONIA.JP」というドメインネームを取得して,「BOLONIAJAPAN」(ボロニアジャパン)というウェブサイトにおいて「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」と記載した上で,デニッシュパン等を販売し,楽天市場でも,「BOLONIAJAPAN」について「京都祇園生まれのデニッシュ食パン」「京都祇園ボロニア ジャパン」「BOLONIAデニッシュ」などと記載した上で,デニッシュパン等を販売しており,被告のレシートにおいては,「BOLONIA」と大きく記載され,その下に小さく「JAPAN」と記載されている。

なお,本件商標の指定商品が日常的に消費される性質の商品であることや,その需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であることからすると,これを購入するに際して払われる注意力はさほど高いものでない。上記のような被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力の程度に照らすと,被告が本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した需要者は,かつて周知性を有していた「京都祇園ボロニヤの元祖デニッシュ」や現在も一定の周知性を有する「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示を連想する可能性がある。

オ まとめ

前記のとおり,①本件商標を,指定商品のうち「パン」に使用した場合は,原告又は原告商品を示すものとして周知な「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」と類似性を有すること(前記ア),②「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示は,独創性が高いとはいえないものの,「デニッシュ食パン」の分野では,原告又は原告商品を示すものとして一定の周知性を有していること(前記イ),③本件商標の指定商品は,「デニッシュ食パン」を包含するから,原告商品と取引者及び需要者が共通すること(前記ウ),④被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力等に照らし,被告が本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した需要者が,「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示を連想する可能性があること(前記エ)を総合的に判断すれば,本件商標を,指定商品のうち「パン」に使用した場合は,これに接した取引者及び需要者に対し,原告使用に係る「BOLONIYA」又は「ボロニヤ」の表示を連想させて,当該商品が原告との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信され,商品の出所につき誤認を生じさせるとともに,原告の表示の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じかねない。

そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれが ある商標」に当たると解するのが相当である。

カ 被告の主張について

被告は,本件訴訟において追加提出された書証は,公平を欠くから,有効なものとして取り扱うべきではなく,原告使用商標が本件商標の登録出願の時点ないし登録査定の時点において,原告の業務に係る商品を表示するものとして取引者,需要者の間で周知著名な商標ではないと主張する。

しかし,商標登録無効審判請求不成立審決の取消訴訟において,商標の類否や周知性の判断に必要な証拠を,事実審の口頭弁論終結時までに提出することは,これが許されないとする規定がない以上,許容されるものであるし,本件訴訟において書証を追加提出することが,公平を欠くとまではいえない。そして,これらの証拠も含め,原告使用商標が本件商標の登録出願の時点ないし登録査定の時点において,原告の業務に係る商品を表示するものとして一定の周知性を有していたことは,前記(2)イのとおりである。

3  結論

以上の次第であって,取消事由2は,理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。

(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

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