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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10407号 判決 2013年6月26日

原告

株式会社安全運輸

訴訟代理人弁理士

古田剛啓

被告

特許庁長官

指定代理人

小関峰夫

大熊雄治

氏原康宏

堀内仁子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2011-25814号事件について平成24年10月3日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成19年8月6日,発明の名称を「セミトレーラー自動車」とする発明について特許出願をし(以下「本願」という。)(甲6),平成23年3月28日,発明の名称を「ポール兼セミトレーラー自動車」に変更するほか,特許請求の範囲,明細書等を変更する旨の手続補正を行ったが(甲9),同年8月18日付けで拒絶査定を受け(甲11),同年11月30日,拒絶査定不服審判(不服2011-25814号事件)を請求した(甲12)。原告は,平成24年6月1日付けで拒絶理由通知を受け(甲18),同年8月7日,特許請求の範囲,明細書等の変更等を行う旨の手続補正を行った(以下,同手続補正後の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)(甲20)。特許庁は,同年10月3日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

平成24年8月7日付け手続補正後の特許請求の範囲の請求項1は,以下のとおりである(以下,同請求項1に係る発明を「本願発明」という。)(甲20)。

「車長(L)が長さ寸法限度(Ls)を超えないように12m近く迄長く且つ後車輪(12)から後方への張出部(15)のあるシャシーフレーム(14)を有するところのポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター(10)の後車輪上のシャシーフレームにカプラー(13)を配置し,カプラーに係脱する荷台フレーム(23)の下面固着キングピン(26)から荷台フレーム後端(25)迄の長さ(M)が長さ寸法限度(Ms)を超えないように12m近く迄長いところの荷台フレームをキャビン(17)と接触しない位置まで前方に延長してオーバーハング部(24)を形成し,トレーラー後輪(22)をトラクター前車輪(11)と連動して変向する操舵連動装置を設けたことを特徴とするポール兼セミトレーラー自動車。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,要するに,本願発明は,本願前に頒布された刊行物である実願昭57-2211号(実開昭58-104780号)のマイクロフィルム(甲1。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及びその他の刊行物記載の事項から,当業者が容易に発明をすることができたものであるということである。

審決が認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

(1)  引用発明の内容

「けん引車両2の後車輪上に荷台部が設けられ,荷台部にスライドテーブル及びターンテーブル等が設置されており,荷台部は後車輪よりも後方へ張出している,平ボデートラツクを使用したポールトレーラのけん引車。」

(2)  一致点

「後車輪から後方への張出部のあるシャシーフレームを有するところのポールトレーラー自動車用のトラクターの後車輪上のシャシーフレームに連結装置を配置したポールトレーラー自動車。」

(3)  相違点

ア 相違点1

トラクターの車長に関して,本願発明では「車長が長さ寸法限度を超えないように12m近く迄長く」しているのに対して,引用発明では,けん引車両の車長は明らかではない点。

イ 相違点2

トラクターに関し,本願発明では「ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター」であるのに対して,引用発明では「ポールトレーラのけん引車両」である点。

ウ 相違点3

連結装置に関して,本願発明では「カプラー」及び「カプラーに係脱する荷台フレームの下面固着キングピン」であるのに対して,引用発明では「スライドテーブル及びターンテーブル等」である点。

エ 相違点4

本願発明では「カプラーに係脱する荷台フレームの下面固着キングピンから荷台フレーム後端迄の長さが長さ寸法限度を超えないように12m近く迄長いところの荷台フレームをキャビンと接触しない位置まで前方に延長してオーバーハング部を形成」しているのに対して,引用発明では荷台フレーム及びオーバーハング部を備えていない点。

オ 相違点5

本願発明では「トレーラー後輪をトラクター前車輪と連動して変向する操舵連動装置」を設けているのに対して,引用発明では,このような操舵連動装置を設けていない点。

第3取消事由に関する当事者の主張

1  原告の主張

審決には,一致点の認定の誤り(取消事由1),相違点1及び4の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)があり,審決は取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

引用発明のけん引車両は本願発明のトラクターに相当するとした審決の認定には,誤りがある。

本願発明のトラクター10と引用発明のけん引車両2とは,本願発明のトラクター10はトレーラー20の後退に用いることができるのに対し,引用発明のけん引車両2はトレーラーの後退に用いることはない点において,相違する。

セミトレーラーのトレーラーを後退させて所定位置まで移動するには,セミトレーラーの鉛直キングピンをカプラーによって水平方向に押し動かすが,カプラーに対し,キングピンは回動可能なので,トレーラーを所定位置まで後退させるのには,高度な運転技術が必要である。引用発明のように,後車輪軸上から運転席側にキングピン位置が寄っているトラクターをセミトレーラーに使用すると,操縦操作に不自然感がある。後車輪上にキングピン位置がある本願発明のセミトレーラーにおいては,そのような不自然感はない。

(2)  相違点1及び4の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)

ア 本願発明は,「ポール兼セミトレーラー自動車1aのトラクター10を利用することにより今迄より長く大きな荷台を有するセミトレーラー自動車を容易安価に提供する」ことを課題としている。本願発明の車両は,車長Lが12m以下に限定されているポールトラクター10,キングピン26から後端25までの長さMが12m以下に限定されている荷台フレーム23(セミトレーラー20),当該荷台フレーム23から前方にキャビン17と接触しない位置まで延長して形成したオーバーハング部24,及びトレーラー20の後輪22をトラクター10の前車輪11と連動して変向する操舵連動装置を設けている。本願発明のトラクターはポールトラクターであり,セミトラクターよりも全長が3倍程度長く,セミトレーラーに形成されるオーバーハング部も数メートル程度(5m程度)に設定することができる。

このような構成を採用することにより,「従来の通常のセミトレーラー自動車1bのトラクター[セミトラクター]10bのホイールベースWbと,本発明に用いるトラクター[ポールトラクター]のホイールベースWとの差W-Wbだけ本発明の荷台フレーム23の長さを長く出来」る。また,「前車輪11と連動して後輪22が操舵されるので,全車長Yが長いにも拘わらず良好な操舵性」を保つことができる。

本願発明では,オーバーハング部の長さが数メートルに及ぶため,本願発明における車両は,一度に,より多くの荷物を運搬することができ,運搬効率を大幅に向上させるとの作用効果を有する。

イ 審決は,引用発明のトラクターをセミトレーラー自動車用のトラクターとした場合に,相違点4に係る構成とすることは,適宜行う設計事項であると判断するが,この判断には誤りがある。

引用発明における平ボデートラックは,実質的にはポールトラクターであり,引用発明における車両は,ポールトラクターとポールトレーラーを備えている。引用例1には,引用発明のポールトラクターをセミトラクターに換える必要性やそのような技術思想は,何ら示されていない。引用発明は,けん引車両のターンテーブルに関するものであり,本願発明のように,荷台を長くするという課題,本願発明の相違点4に係る構成及びその作用効果は示されていない。したがって,相違点4に係る構成に至るのは容易でない。

ウ 実願平5-10687号(実開平6-69085号)のCD-ROM(甲2。以下「引用例2」という。)には,セミトラクターとポールトラクターを兼用することが記載されているが,引用例2に記載されたトラクターはセミトラクターであり,本願発明のようにポールトラクターではない。

引用例2には,荷台(トレーラー)をそれまでよりも長くするという本願発明の課題,ポールトラクターとセミトレーラーを連結し,セミトレーラーに数メートルのオーバーハング部を形成するという構成,及びその作用効果は,何ら示されていない。

エ 特開平9-24867号公報(甲3。以下「引用例3」という。)には,道路運送車両の保安基準の一部改正によって,セミトレーラーの荷台フレームのキングピンから後端までの長さが12m以下と規定されたこと,及び,規制緩和に対応して,トレーラーを前方に長くして,オーバーハング部を形成することが記載されている。しかし,引用例3には,セミトラクターにセミトレーラーを連結した車両における技術事項は記載されているが,本願発明のように,ポールトラクターにセミトレーラーを連結した車両における技術事項は記載されていない。引用例3に記載のフロントオーバーハングは,820mm程度にすぎない。

引用例3に接した当業者は,ポールトラクターにセミトレーラーを連結し,数メートルのオーバーハング部を形成するとの本願発明における技術思想には,容易に想到し得ない。

また,引用例3の車両では,キングピン58の位置を大きく後ろに変位させて配置すると,トラクターとトレーラーとの間を結ぶ配線配管の中央の垂れ下がり量が大きくなるため,12m近くのトラクターにおいて,キングピンを後方に配置することはできない。これに対し,本願発明では,車長の長いセミトラクターのキングピンを後方に配置することができる。

2  被告の反論

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)に対して

原告の主張は,本願発明における車両は後車輪上にキングピン位置があり,引用発明においては,後車軸上から運転席側にキングピン位置が寄っていることを前提とするが,そのような前提には誤りがあり,原告の主張は,失当である。

本願発明に係る特許請求の範囲には「カプラーに係脱する荷台フレーム(23)の下面固着キングピン(26)・・・」及び「トラクター(10)の後車輪上のシャシーフレームにカプラー(13)を配置し」と記載されており,キングピンはカプラーと同一の位置にあることは理解されるが,キングピンと後車輪との位置関係については,何らの特定もない。

また,引用例1の図1では,ターンテーブルが後車輪よりも前側に寄っているが,引用発明における車両は,同図に記載された実施形態に限定されるわけではない。

(2)  相違点1及び4の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対して

ア 相違点1の容易想到性について

引用例3には,ホイールベースの長いトラクターを使用して輸送効率を向上することが記載されている。そして,一般的に,車両の全長を長くすればホイールベースを長くすることができるから,トラクターの全長を長くすれば,輸送効率が向上するといえる。また,引用例3には,道路運送車両の保安基準で,トラクターの全長が12m以下であることが記載されている。

以上のとおり,トラクターの全長を長くすれば,輸送効率を向上させられるが,他方,保安基準でトラクターの全長が12m以下とされていることから,引用発明において,保安基準を前提として,輸送効率向上のために,「車長が長さ寸法限度を超えないように12m近く迄長く」することにより,本願発明の相違点1に係る構成に至ることは,当業者が容易になし得たものといえる。

イ 相違点4の容易想到性について

(ア) 引用発明の「ポールトレーラのけん引車両」を「ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター」とすることは,引用例2に基づいて,当業者が容易になし得たといえる(審決における相違点2の判断)。「ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター」は,セミトラクターとしても機能させるということであるから,引用発明のポールトラクターをセミトラクターとするという動機付けは,引用例2に示唆されている。

前記のとおり,トレーラーの全長が長い方が,輸送効率の向上に資する。他方,引用例3に記載されているように,道路運送車両の保安基準によれば,セミトレーラーのキングピン中心から車両後端までの寸法は12m以下に規制されていることから,セミトレーラーの荷台フレームのキングピンから後端までの長さを12m近くに設定することは,輸送効率を向上させるための合理的な選択といえる。

他方,オーバーハング部が長いと,トラクターの運転室後端にトレーラー前端の左右が接触するという不都合が生じる。したがって,トレーラーをトラクターの運転室と接触しない位置まで前方に延長してオーバーハング部を形成することは,輸送効率向上と上記不都合とを考慮に入れて適宜行う設計事項といえる。

引用例3には,トラクターホイールベースの長いトラクターを使用し,かつ,フロントオーバーハングの長いトレーラーとすることにより,輸送効率の向上を図ることが可能であるとの示唆があり,トラクターのホイールベースを長くし,荷台フレームも長くして,輸送効率を上げるという点で,本願発明と作用効果を共通とする。

したがって,当業者が相違点4に係る構成に至るのは容易である。

(イ) 原告は,本願発明では,オーバーハング部の長さが数メートルに及ぶと主張するが,本願発明に係る特許請求の範囲には,オーバーハング部の具体的な長さについては,記載がない。

また,原告は,引用例3に記載されているのは,セミトラクターにセミトレーラーを連結した車両における技術事項であり,本願発明のように,ポールトラクターにセミトレーラーを連結した車両におけるものではないと主張する。しかし,トレーラーの全長を長くすれば,輸送効率は向上すること,セミトレーラーの長さには道路運送車両の保安基準による規制があること,オーバーハング部はトラクターの運転室後部との間に十分な空間を確保する必要があることは,セミトレーラーがセミトラクター又はポールトラクターのいずれによってけん引されるかにかかわらず,適用される技術事項である。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由は,いずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  認定事実

(1)  本願明細書の記載

本願明細書には,以下の記載がある。また,本願明細書中の図1,図4は,別紙本願明細書図1,同図4のとおりである。(甲6,9,20)

「【技術分野】

【0001】本発明は,前輪を有しないセミトレーラーを,ポール兼セミトレーラー用トラクターのシャシーフレーム後部に載せて牽引するポール兼セミトレーラー自動車に関するものである。

【背景技術】

【0002】図4に示す如く,従来のセミトレーラー自動車1bは,トラクター10bの後車輪12上のシャシー14bにカプラー13を取付けると共に,トラクター10bは荷台架装の空間が不要なので,行動性の向上を良くするためにホイールベースWbを短くしている。

【0003】また,一般道路を走行する自動車は,その独立した車両各々に関し,長さ,幅,高さに寸法制限を受けている。そしてセミトレーラー自動車1bのトレーラー20bについては,トラクター10bのカプラー13に連結するキングピン26の中心線からトレーラー20bの後端25迄の長さMが前記した長さ方向の寸法制限を受けており,その制限値Msは他の自動車の長さ方向の制限値Lsと同一である(Ms=Ls)。」

「【発明が解決しようとする課題】

【0004】上述したトラクター10b及びトレーラー20bの長さ方向の制限値Ls,Msはいずれも12mである。

【0005】この発明は,セミトレーラー自動車のトラクター10b及びトレーラー20bの長さL,Mが長さ方向の制限値Ls,Msを越えないようにして,トレーラーの荷台を大きくし且つ同トラクター10bをポール兼セミトレーラー用のトラクターとしても利用出来るようにしようとするものである。」

「【0008】この発明は,ポール兼セミトレーラー自動車1cのトラクター10を利用することにより,今迄より長く大きな荷台を有するセミトレーラー自動車を容易安価に提供するものである。

【0009】図1~図3を参考にしてこの発明に係るポール兼セミトレーラー自動車を説明する。セミトレーラー自動車1aは,車長Lが長さ寸法限度Lsを超えないように12m近く迄長く且つ後車輪12から後方への張出部15のあるシャシーフレーム14を有するところのポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター10の後車輪12上のシャシーフレーム14にカプラー13を配置し,カプラー13に係脱する荷台フレーム23の下面固着キングピン26から荷台フレーム後端25迄の長さMが長さ寸法限度Msを超えないように12m近く迄長いところの荷台フレーム23を,キャビン17と接触しない位置まで前方に延長しオーバーハング部24を形成し,而もトレーラー後輪22をトラクター前車輪11と連動して変向する操舵連動装置を設けたものである。

【発明の効果】

【0010】この発明に係るポール兼セミトレーラー自動車1aは,車長Lが長さ寸法限度Ls近く迄長く且つ後車輪12から後方への張出部15のあるシャシーフレーム14を有するところのポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター10の後車輪12のシャシーフレーム14上にカプラー13を配置し,カプラー13に係脱する荷台フレーム23の下面固着キングピン26から荷台後端25迄の長さMが長さ寸法限度Ms近く迄長いところの荷台フレーム23を,キャビン17と接触しない位置まで前方に延長しオーバーハング部24を形成している。このため,カプラー13の後側に不要な張出部15があるように見えるが,既存のポール兼セミトレーラー用トラクターを殆どそのまま利用出来るので,少量生産でも製造が容易安価である。また,トレーラー後輪22をトラクター前車輪11と連動して変向する操舵連動装置を設けているので,トラクター10のホイールベースW及びトレーラー20のホイールベースZは,いずれも大きくても操舵性は良好である。」

(2)  引用例1の記載

引用例1には,以下の記載がある。(甲1)

「長尺物運搬等に使用されるポールトレーラのけん引車として平ボデートラツクを使用する場合,平ボデートラツクの荷台部に旋回を可能にするためスライドテーブル及びターンテーブル等を設置し積荷している。」(明細書1ページ15行目ないし19行目)

「即ち,一般にポールトレーラ1,けん引車両2の場合,けん引車両2に取付いているサブフレーム3と床板4にボス5及びスライドテーブル6を設置し,ターンテーブル7をセツトピン8にてセツトする。」(明細書2頁7行目ないし11行目)

(3)  引用例3の記載

引用例3には,以下の記載がある。(甲3)

「【0008】ところが,昨年,トラックの総重量に関する規制が緩和されるとともに,道路運送車両の保安基準の一部改正が行われ,セミトレーラの総重量は,キングピンの中心からトレーラの最後軸中心までの距離に応じて緩和され,その結果,従来はトラクタ,トレーラともそれぞれの全長が12m以下であったものが,セミトレーラにおいてはキングピン中心から車両後端までの寸法が12m以下となり,車両の全長の規制はなくなった。

【0009】そのため,セミトレーラにコンテナを搭載する場合は,キングピンの中心からコンテナの前端までのいわゆるフロントオーバーハングの寸法は規制されないことになるので,トラクタホイールベースの長いトラクタを使用し,かつフロントオーバーハングの長いコンテナを搭載することにより輸送効率の向上を図ることが可能になった。

【0010】

【発明が解決しようとする課題】セミトレーラにおいては,トラクタの運転室後端からトレーラの前端までの空隙をキャブバックと称しているが,キャブバックには,ハンドル操作によってトラクタを進行方向に対して直角に旋回させたとき,トラクタの運転室後端にトレーラ前端の左右が接触しないように十分な空間を確保することが必要である。」

2  判断

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)について

ア 本願発明は,セミトレーラー及びこれをけん引するトラクターの長さを制限値である12mを越えない範囲で長くすることにより,セミトレーラーの荷台を大きくするとともに,上記トラクターをポール兼セミトレーラー自動車用のトラクターとして利用できるようにするものである。本願発明に係るトラクターは,12m近くまで長く,かつ,後車輪から後方への張出部のあるシャシーフレームを有する,ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクターであり,その後車輪上のシャシーフレームにはカプラーが配置される。トレーラーの荷台フレームは,カプラーに係脱する下面固着キングピンから荷台フレーム後端までの長さが12m近くまで長く,かつ,キャビンと接触しない位置まで前方に延長してオーバーハング部を形成している。トレーラー後輪とトラクター前車輪とは,連動して変向する操舵連動装置を設けている。

これに対し,引用発明は,第2,3(1)のとおり,「けん引車両2の後車輪上に荷台部が設けられ,荷台部にスライドテーブル及びターンテーブル等が設置されており,荷台部は後車輪よりも後方へ張出している,平ボデートラツクを使用したポールトレーラのけん引車」である。

以上のとおり,引用発明のけん引車両は,「シャシーフレーム」である荷台部が設けられ,ポールトレーラーをけん引する車両である点において,本願発明のトラクターと共通する。したがって,審決の一致点の認定に誤りはない。

イ 原告は,引用発明のけん引車両は,後車輪軸上から運転席側にキングピン(ターンテーブル等)の位置が寄っているのに対し,本願発明のトラクターでは,後車輪上にキングピン位置があることを前提として,引用発明のけん引車両は本願発明のトラクターとは異なると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本願発明に係る特許請求の範囲には,「ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター(10)の後車輪上のシャシーフレームにカプラー(13)を配置し」との記載があるのみであり,カプラー及びこれに係脱するキングピンが,シャシーフレームのどの位置に配置されるかについての特定はない。本願明細書の図1では,トラクターの2つの後車輪の上に当たる位置にカプラーが配置されているが,本願発明は図1の実施形態に限定されるものではない。

以上のとおり,原告の主張は,主張自体失当であり,採用の限りでない。

(2)  相違点1及び4の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について

ア 引用例2には,従来,用途に応じて,セミトラクターとポールトラクターとをそれぞれ用意しなければならなかったとの問題点を解決するため,1台でセミトラクターとポールトラクターとに兼用して使用することができるトラクターに関する記載がある。そして,引用発明の「ポールトレーラーのけん引車」,すなわちポールトレーラー用のトラクターを,本願発明の「ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクター」とすることは,審決が判断するとおり,困難な点はない(当事者間に争いがない。)。そして,ポール兼セミトレーラー自動車用のトラクターを,セミトレーラー自動車用のトラクターとして使用する場合において,けん引するトレーラーをセミトレーラーとすることも,当業者にとって容易といえる。

そして,引用例3には,道路運送車両の保安基準の改正により,セミトレーラーについては,キングピン中心から車両後端までの寸法が12m以下に規制され,コンテナを搭載する場合には,キングピンの中心からコンテナの前端までのフロントオーバーハングの寸法は規制がなくなったため,ホイールベースの長いトラクターを使用し,かつ,フロントオーバーハングの長いコンテナを搭載することにより,輸送効率を向上させられること,上記保安基準では,トラクターの全長の規制が12m以下であること,ハンドル操作によってトラクターを進行方向に対して直角に旋回させたとき,トラクターの運転室後端にトレーラー前端の左右が接触しないように,十分な空間を確保する必要があることが記載されている。

また,引用例1には,輸送効率の向上に関する記載はないものの,けん引車両における輸送効率の向上は,一般的な解決課題であるといえる。

以上を総合すると,引用発明に接した当業者が,引用発明におけるけん引車(トラクター)をポール兼セミトレーラー自動車用のトラクターとした上で,セミトレーラー自動車用のトラクターとして使用し,上記保安基準を満たす中で,輸送効率の向上を図り,引用発明に引用例3を組み合わせて,相違点1と4に係る構成とすることに困難性はないというべきである。

イ この点につき,原告は,以下のとおり主張する。

すなわち,原告は,本願発明はポールトラクターにセミトレーラーを連結したものであり,本願発明のトラクターはポールトラクターであるから,セミトラクターよりも全長が3倍程度長く,セミトレーラーに形成されるオーバーハング部も数メートル程度(5m程度)に設定することができるところ,①引用発明における車両は,ポールトラクターとポールトレーラーを備えた車両であるが,引用例1には,本願発明の課題,すなわち,荷台を長くするとの課題及びその作用効果,引用発明のポールトラクターをセミトラクターに換える必要性等は示されていない,②引用例2のトラクターはセミトラクターであるが,引用例2には,荷台(トレーラー)を長くするという本願発明の課題,ポールトラクターとセミトレーラーを連結し,セミトレーラーに数メートルのオーバーハング部を形成するという構成及びその作用効果は示されていない,③引用例3には,セミトラクターにセミトレーラーを連結した車両における技術事項が記載されているのみであり,引用例3に接した当業者は,ポールトラクターにセミトレーラーを連結し,数メートルのオーバーハング部を形成するという本願発明における技術思想には,容易に想到し得ない,④引用例3の車両では,キングピンを後方に配置することはできないのに対し,本願発明では,車長の長いセミトラクターのキングピンを後方に配置することができる旨主張する。

しかし,原告の主張は,いずれも,以下のとおり失当である。

本願発明のポール兼セミトレーラー自動車用のトラクターは,原告がその主張の前提としているポールトラクターではなく,本願発明は,ポールトラクターにセミトレーラーを連結したものではない。また,引用例2のトラクターも,セミトラクターとポールトラクターとに兼用して使用することができるトラクターであって,原告①がなそいのし主③は張の,前そ提のと前し提てにい誤るりセがミありトラ,ク主タ張ー自体で失は当ないで。あこる。のよまうたに,前,記原の告とのお主り,本願発明に係る特許請求の範囲には,シャシーフレームのいかなる位置に,カプラー及びこれに係脱するキングピンを配置すべきかについては特定がされていないので,原告の主張④も失当である。

上記アで述べたとおり,相違点1及び4について容易想到であるとした審決の判断に誤りはない。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,審決に誤りはない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

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