大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10416号 判決 2014年1月30日

原告

テレフオンアクチーボラゲット

エルエムエリクソン(パブル)

訴訟代理人弁理士

大塚康徳

大塚康弘

高柳司郎

江嶋清仁

坂本隆志

木村秀二

下山治

訴訟復代理人弁理士

坂田恭弘

被告

特許庁長官

指定代理人

藤井浩

新川圭二

樋口信宏

堀内仁子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2011-7716号事件について平成24年7月20日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,発明の名称を「内蔵アンテナを有した電子機器」とする発明について,平成17年7月4日を国際出願日とする特許出願(PCT/SE2005/001080,優先権主張なし,特願2008-519211号。以下「本願」という。)をしたところ,平成22年12月8日付けで拒絶査定がされたため,拒絶査定不服審判(不服2011-7716号事件)を請求するとともに,同日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした。これに対して,特許庁は,平成24年7月20日付けで,本件審判の請求は成り立たない旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年8月3日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。

「少なくとも第1の主表面(120,610)を有し,さらに,コンピュータと第2のパーティとの間の電磁波を介したMIMOを用いた通信のための少なくとも第1のアンテナ(110,620)を有し,前記アンテナが少なくとも第1のアンテナ要素(111)と第2のアンテナ要素(112)とを有するフラットなアレイアンテナであり,前記アレイアンテナが前記第1の主表面上に配置される個人利用の電子機器(100,600)であって,

前記アンテナ(110,620)は,第1の接続ポート(222)と第2の接続ポート(223)とを有し,

前記ポート夫々は,前記アンテナのビームの各1つ(232,233)と関係付けられており,前記ポート夫々に関係付けられるビームは互いに非相関であり,N個のMIMOビームとM個のアンテナビームがあり,M>Nであり,前記ポートからの最も高い信号品質をもつ信号が前記電子機器で用いられるようにされたことを特徴とする電子機器。」

3  審決の理由

(1)  理由の概要

審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりである。要するに,審決は,本願発明は,甲1(特表平4-503133号公報。以下「引用例1」という。)に記載の発明(以下「引用発明1」という。),甲2(特開2001-102848号公報。以下「引用例2」という。)に記載の発明(以下「引用発明2」という。)及び周知技術から当業者が容易に想到し得たものであるから,本件補正は独立特許要件(平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項において準用する特許法126条5項の定める要件)に違反するとして却下し,本件補正前の本願発明も容易想到であるとして,拒絶査定不服審判請求を不成立とするものである。

(2)  引用発明1

審決が認定した引用発明1は,次のとおりである。

「通信機器と通信相手との間の電磁波を介した通信のための少なくとも第1のパッチアレイを有し,前記パッチアレイが少なくとも第1のパッチと第2のパッチとを有する平らなアンテナアレイであり,前記アンテナアレイを有する通信機器であって,

前記アンテナアレイは,第1のビーム口と第2のビーム口とを有し,

前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連付けられており,上記ビーム口夫々に関連付けられているビームは互いに異なっており,2nつのアンテナビームがあり,前記ビーム口からの信号が前記通信機器で用いられるようにされた通信機器。」

(3)  一致点及び相違点

審決が認定した,本願発明と引用発明1との間の一致点及び相違点は次のとおりである。

ア 一致点

「電子機器と第2のパーティとの間の電磁波を介した通信のための少なくとも第1のアンテナを有し,前記アンテナが少なくとも第1のアンテナ要素と第2のアンテナ要素とを有するフラットなアレイアンテナであり,前記アレイアンテナを有する電子機器であって,前記アンテナは,第1の接続ポートと第2の接続ポートとを有し,前記ポート夫々は,前記アンテナのビームの各1つと関係付けられており,前記ポート夫々に関係付けられるビームは互いに非相関であり,M個のアンテナビームがあり,前記ポートからの信号が前記電子機器で用いられるようにされた電子機器。」

イ 相違点1

「アレイアンテナを有する電子機器」に関し,本願発明は,少なくとも第1の主表面を有し,アレイアンテナが前記第1の主表面上に配置される個人利用の電子機器であるのに対し,引用発明1は,航空機などにおける通信機器であって,アレイアンテナの配置箇所は不明である点。

ウ 相違点2

本願発明の第1のアンテナは,「コンピュータ」と第2のパーティとの間の通信のためのものであるのに対し,引用発明1の第1のパッチアレイは,「通信機器」と通信相手との間の通信のためのものである点。

エ 相違点3

本願発明の通信は「MIMOを用いた」ものであるとともに,N個のMIMOビームがあり,M(アンテナビームの個数)>Nの関係であるのに対し,引用発明1の通信は「MIMOを用いた」ものではない点。

オ 相違点4

本願発明は「前記ポートからの最も高い信号品質をもつ信号が前記電子機器で用いられるようにされた」ものであるのに対し,引用発明1はそのようにされているか否かについて明記されていない点。

第3取消事由に係る当事者の主張

1  原告の主張

(1)  引用発明1の認定の誤り(取消事由1)

ア 審決は,引用発明1を「前記パッチアレイが少なくとも第1のパッチと第2のパッチとを有する平らなアンテナアレイであり」と認定する。

しかし,引用例1の図5記載のアンテナアレイにおいては,直列接続パッチアレイ13aと直列接続パッチアレイ13bとは接続されていない。図5では,RF信号が給電線15a,15b,15cの各々に加えられてアンテナとして動作するものであって,給電線と給電線から離間して給電線と交差する直列接続パッチアレイが配置されて動作することが特徴であり,直列接続パッチアレイ13aに給電線が接続されているわけではない。

このように本願のアンテナと引用例1に記載されたアンテナとは,構造及び動作において異なる。しかるに,審決は,引用発明1の特徴的な構成(直列接続パッチアレイ間の関係,及び,給電線と直列接続パッチアレイの関係)を看過し,その構成が本願の図2に記載のアンテナと同じようなものであるという誤った認識に基づいて引用発明1を認定している。

イ 審決は,引用発明1を「前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連付けられており」と認定する。

しかし,引用例1には,「この特定のアレイが各々の給電線毎に3つの放射可能なビーム方向(図8bではA,B,C)を有することが明らかである。これに加えて,給電線がその両端から励振されるならば,(180°―θ)におけるビームも発生させられ,給電線の数がnつである場合には,一般的に,合計で2nつのビームを与える。」と記載されているのみで,前記審決の認定に係る構成は開示も示唆もされていないから,審決の認定は誤りである。

ウ 審決は,引用発明1を「通信機器」と認定する。しかし,引用例1に記載された発明それ自体が通信機器の発明であることは自明ではなく,審決もこの点を説明していないから,審決の認定は誤りである。

(2)  一致点の認定の誤り(取消事由2)

審決は,本願発明と引用発明1の一致点を認定するに当たり,①引用例1のアンテナは給電線と給電線から離間して交差して配置された直列接続パッチアレイから構成されて動作しており,各直列接続パッチアレイも離間している点,②引用発明1は,「通信機器」の発明ではない点,③引用発明1は,ビーム口夫々はビームの1つと関連付けられていない点を考慮していないため,その一致点の認定には次のような誤りがある。

ア 審決は,引用発明1の「第1のビーム口」及び「第2のビーム口」は通信機器と接続するためのポートであるといえるから,本願発明の「第1の接続ポート」及び「第2の接続ポート」にそれぞれ相当すると認定する。しかし,引用例1の給電線15aと,直列接続パッチアレイ13aないし13c及びビーム口との関係を見ると,給電線15aと直列接続パッチアレイ13aないし13cは相互に隔離して配置されており,引用発明1の「ビーム口」は,「第1のパッチアレイ」には接続されていない。これに対して,本願発明では,アンテナがこれに接続した接続ポートを有しているのであるから,本願発明の「第1の接続ポート」及び「第2の接続ポート」は,引用発明1の「第1のビーム口」及び「第2のビーム口」とは異なるもので,これを一致するとした審決の認定は誤りである。

イ 本願発明の「非相関」とは,そのようなビームを発するアンテナ構造を特定するためのものであり,引用発明1のアンテナ構造と本願発明のアンテナ構造は異なるから,審決の一致点の認定は誤っている。

ウ 審決は,引用発明1の「第1のパッチ」及び「第2のパッチ」はアレイアンテナの要素であるから,本願発明の「第1のアンテナ要素」及び「第2のアンテナ要素」にそれぞれ相当するとして,一致点を認定している。

一般に「要素」とは,「それ以上簡単なものに分析できないもの」の意味である。したがって,本願発明にいう「アンテナ要素」とは,アンテナを構成するもののうちの最小単位,すなわち,アンテナの最小単位である1つのパッチを意味する。他方,引用発明1の「第1のパッチ」及び「第2のパッチ」は,「直列接続パッチアレイ13a」及び「直列接続パッチアレイ13b」のことを指すと解するのが自然である。両者のアンテナの構造は異なるから,両者を一致するものと認定した審決は誤っている。

エ 審決が引用発明1を「通信機器」と認定したことは誤りであり,また,仮に引用例1に記載された発明が「通信機器」であったとしても,これと本願発明の「コンピュータ」が同一であるとすることはできない。また,ビームとビーム口との関係についても,引用例1の記載から引用発明1において「前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連付けられて」いると認定することはできないから,審決は一致点の認定を誤っている。

(3)  相違点の容易想到性判断の誤り(取消事由3)

審決の一致点の認定は誤りであるから,審決の容易想到性の判断も誤りがある。

引用発明1は,宇宙船と航空機における応用に有益であるとされるマイクロストリップパッチアンテナに関するもので,仮にこれを通信機器としたとしても,本願発明のように,アレイアンテナをディスプレイ部の背面上に配置したラップトップコンピュータとすることは,容易とはいえない。

なお,引用発明1はアレイアンテナの発明であって,これにMIMO技術を適用するとはいかなることを意味するのか不明であって,審決の理由には不備がある。

(4)  補正却下を踏まえた判断の誤り(取消事由4)

取消事由1ないし3のとおり,審決は,引用発明1の認定を誤っており,それに伴い,一致点の認定を誤り,相違点を看過し相違点の判断を誤っている。同様に,本件補正前の本願発明が容易想到であるとする審決の判断も誤りである。

(5)  被告による新たな拒絶理由(取消事由5)

被告準備書面(第1回)における被告の主張は,審決において,引用例1の図5に基づいて認定した引用発明1を,引用例1の図13及び乙1(被告作成に係る技術説明資料)に基づいて認定した別の引用発明に差し替えるものであって,新たな拒絶の理由に基づく判断を示すことに等しい。このような理由は,審査段階においても一度も通知されておらず,原告には本来与えられるべきであった意見書を提出する機会及び補正を行う機会が与えられなかった。

2  被告の反論

(1)  引用発明1の認定の誤り(取消事由1)に対して

ア 引用例1の図5記載のアンテナアレイは,給電線15aないし15cと直列接続パッチアレイ13aないし13cが電磁的結合によって結合された給電構成を採用するものであるが,これは,給電線がパッチアレイと直接接続によって結合する引用例1の図13のような給電構成と等価であることは,当業者にとって明らかである。

また,引用例1の図5のアンテナアレイは,各々が放射素子である直列接続パッチアレイ13aないし13cが給電方向に並んでいるから,進行波アンテナの構造を持つものである。

以上よりすると,引用例1の図5のアンテナアレイは,直列接続パッチアレイ13aないし13cの間をそれぞれ長さが異なる給電線15aないし15cで実質的に接続した進行波アレイアンテナである。

イ 引用例1の図5に示されるアレイアンテナのビーム方向θは,次の式で与えられる。

file_2.jpg

上記式によれば,給電RF信号の波長 λm と直線アレイを接続する給電線の長さd’との大小に応じて,ビーム角度が変化する。したがって,引用例1の図5のアレイアンテナは,複数の直列接続パッチアレイ間を接続する長さの異なる複数の給電線を適宜選択して給電することにより,そのビーム方向を種々に変えるように動作する。さらには,給電線がその両端から励振されるならば,角度θのビームに加えて,角度-θのビームも発生するから,給電線の数がnつであれば,合計で2nつのビームを発生させることができる。

引用例1においては,給電の方向によって,アンテナアレイのビーム方向が決まるのであるから,「ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各一つと関連づけられており」とした審決の認定に誤りはない。

ウ また,マイクロストリップパッチアンテナが宇宙船や航空機に応用されているという引用例1の記載に基づいて,宇宙船や航空機に装備される通信機器に当該アンテナを接続して電磁波を介した通信の通信機器に対する入出力部として用いる構成が引用例1に記載されているに等しいとした審決の判断に誤りはない。

(2)  一致点の認定の誤り(取消事由2)に対して

引用例1の図5の複数の給電線15aないし15cは,3つの直列接続パッチアレイ13aないし13cの下部を通過しているものの,電気的には,各給電線は,各直列接続パッチアレイ間を接続するように結合しているとすることができる。したがって,引用発明1の「第1のビーム口」及び「第2のビーム口」が,本願発明の「第1の接続ポート」及び「第2の接続ポート」にそれぞれ相当するとした審決の判断に誤りはない。同様に,「第1のパッチ」(直列接続パッチアレイ)及び「第2のパッチ」(直列接続パッチアレイ)を,本願発明の「第1のアンテナ要素」及び「第2のアンテナ要素」に相当するとした審決の判断にも誤りはない。

さらに,引用発明1のアレイアンテナと本願発明のアンテナの構造,動作は同じであり,同じ構造により発生するビームは,同様に「互いに非相関」となる。

また,引用発明1の「通信機器」と本願発明の「コンピュータ」が「電子機器」である点で共通するとの審決には誤りはないし,引用発明1と本願発明の一致点として「前記ポート夫々は,前記アンテナビームの各一つと関係づけられており」とした審決にも誤りはない。

(3)  相違点の容易想到性判断の誤り(取消事由3)に対して

原告の主張する取消事由1及び2は失当であるから,審決が看過した相違点は存在せず,審決に誤りはない。

原告は,引用発明1を「通信機器」と認定できたとしても,宇宙船や航空機に登載するような通信機器を,アレイアンテナをディスプレイ部の背面上部に配置したラップトップコンピュータとすることが容易とはいえないと主張する。しかし,引用発明1におけるアレイアンテナは,軽量であり平らな形状であるから,このアレイアンテナの特性を活かせるように,アレイアンテナに接続する通信機器を宇宙船や航空機以外の種々の通信機器とすることは当業者にとって容易に想到し得ることである。したがって,審決の判断に誤りはない。

(4)  補正却下を踏まえた判断の誤り(取消事由4)に対して

原告の主張する取消事由1ないし3はいずれも失当であるから,審決は,引用発明1の認定を誤っておらず,一致点の認定も誤っておらず,相違点を看過しておらず,相違点の判断も誤っていないのであって,本件補正前の本願発明が容易想到であるとの審決の判断も誤っていない。

(5)  被告による新たな拒絶理由(取消事由5)に対して

本件訴訟における被告の主張は,引用例1の記載内容から確認される図5のアンテナアレイの構造・動作についての原告の主張に対して,反論のため,原理を説明したものである。被告は,審決においても,準備書面においても,本願発明は引用例1の図5の発明に基づいて容易に発明できたとするものであって,引用発明を差し替えるものではなく,新たな拒絶理由の追加に当たらない。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  本願に係る明細書の記載

本願に係る明細書(図面を含む意味で用いる。)には,次のとおりの記載がある(図は別紙のとおり。)。

「【0003】

MIMOを達成する1つの方法は,互いに関して非相関の出力をもついくつかのアンテナ(非相関アンテナ)を用いることである。コンピュータ,特に,携帯型コンピュータ(“ラップトップ”コンピュータ)に,幾つかの直交する,従って,非相関のアンテナを装備することが知られている。

【発明の開示】

【発明が解決しようとする課題】

【0004】

しかしながら,そのような既知のアンテナシステムはコンピュータ上で利用可能な表面を利用して,複数のアンテナをできる限り遠くに離間させることにより,それらアンテナ間のカップリングをできる限り小さくする。

【0005】

従って,コンピュータ上で利用可能な領域は,効率的に“リンクバジェット(link budget)”を増やすためには用いられていない。

【0006】

従って,上述のように,コンピュータのためのアンテナシステムと,そのようなアンテナシステムを備えたコンピュータが必要とされる。そのコンピュータでは,アンテナシステムは,そのコンピュータと,別のコンピュータ或いはコンピュータが含まれるネットワークのような第2のパーティとの間の接続のために高性能の“リンクバジェット”を備えたMIMO技術の利用を可能にする。」

「【発明を実施するための最良の形態】

【0011】

図1は本発明に従う電子機器の第1の実施例を示しており,この例では,パーソナルコンピュータ100として示されている。図1に示されたコンピュータ100は,携帯型コンピュータ(“ラップトップ”)であるが,後述するように,本発明は他の種類のパーソナルコンピュータや電子機器にも同様に適用可能である。

【0012】

コンピュータ100は,第2のユーザ,つまり,別のコンピュータやそのコンピュータが一部を構成するネットワークと電磁波による無線通信を行なう。その通信に関し,コンピュータ100は,コンピュータ100の蓋110の上,或いは,その内部に設置されたアレイアンテナ110を用いる。当然のことであるが,そのアレイアンテナはコンピュータの本体部130の上,或いは,その内部に設置することもできる。

【0013】

アレイアンテナ110は数多くのアンテナ要素を有し,その中に,少なくとも第1のアンテナ要素111と第2のアンテナ要素112がある。アレイアンテナはそれとして数多くのそのようなアンテナの公知の設計から選択されており,その全ては実質的にフラットなアンテナを提供し,そのアンテナはコンピュータの蓋や本体部上での外面“層”として収容されるか,代替的には,例えば,“レドーム”,即ち,実質的に電磁波に対しては透明であるカバーによって覆われてそのコンピュータの蓋や本体部に収容されても良い。

【0014】

図2は本発明のコンピュータ100で用いられるアンテナ200の例を示している。アンテナ200は,少なくとも第1の放射要素211と第2の放射要素212を備え,それらが互いから中心距離Dを保って直列に配列された,所謂“進行波”タイプのアレイアンテナである。その放射要素は互いに直列に接続されているので,第1の“終端”要素と第2の“終端”要素とがあり,それらはアンテナ200の入出力ポート222,223に取り付けられる。

【0015】

図2に示されているように,アンテナ200は第1のアンテナビーム232と第2のアンテナビーム233とをもっており,それらは各々,アンテナポート222,223の1つと関係付けられる。このことは第1のビーム232が第1のポート222にアクセスすることにより用いられ,同様にして,第2のビーム233が第2のポート223と関係付けられる。そのビーム間の角度は,そのアンテナのアンテナ要素間の中心距離Dにより決定される。

【0016】

また,図2から分かるように,進行波アンテナの2つのアンテナビームはアンテナに垂直な方向に伸びる仮想線240に関して,互いの“鏡像”となる。従って,これら2つのビームはしばしば“+(プラス)”或いは“-(マイナス)”方向として言及される。

【0017】

図示のように,所望のアンテナビーム間では非相関となるために多数のビームを提供するフラットアンテナが用いられ,アレイアンテナと同時に,実質的にフラットなアンテナは上述のように,コンピュータにすっきりした方法で収容される。

【0018】

図3はアンテナの別のバージョン300を示しており,それも本発明のコンピュータで用いられる。アンテナ300は,図2に関連して示され,また説明した種類の進行波アンテナを複数有している。図3では,3つのアンテナ310,311,312が示されている。しかし,アンテナの数はもっと自由に変えられても良いことは当然である。

【0019】

前に説明した原理に従って,3つの進行波アンテナを用いる結果,6つの異なるアンテナビーム321-327が生み出され,各ビームは6つの異なるアンテナポート331-337の1つに関係付けられる。

【0020】

もしアンテナ300がMIMO受信に用いられるなら,これは次のような方法で実行されると良い。もし,N個のMIMOビームとM個のアンテナビームがあり,M>Nであるなら,受信信号品質が常に或いはある間隔で,M個のアンテナポート各々で測定される。・・・」

(2)  引用例1の記載

引用例1(甲1)には,次のとおりの記載がある(図は別紙のとおり。)。

「本発明は,通信分野とレーダ分野とに応用されるマイクロストリップパッチアンテナ(microstrip patch antenas)に係わる。マイクロストリップパッチアンテナは,その軽量性と平らな形状との故に,特に宇宙船と航空機とにおける応用に有益である。」(2頁右上欄3~6行)

「本発明の目的は,広い視野に亙って同時的に又はスイッチングによってビームを及ぼすことを容易にすべく,多重ビーム能力を有するマイクロストリップパッチアレイを提供することである。

従来的には,多重ビームアレイは,適切に一群にされた放射素子(例えばマイクロストリップパッチ)を「ビーム形成」回路を介して給電することによって,形成されてきた。・・・図4の配置では,ビームの数はビーム口の数に等しい。

ビーム形成回路は前記パッチアレイに近接して配置されるが,この回路は1つの別個の構成要素であり,大きな体積を占める可能性がある。多数のビームを有する大型のアレイの場合には,そうしたマトリックスは大きなものとなる。そのアンテナが制限された空間の中で作動させられることが必要な場合には,これは1つの欠点である。本発明は,アンテナとビーム形成機能とが単一の構造物に統合される,従来のものに比べて遥かにコンパクトな装置を提供する。」(2頁左下欄15行~同頁右下欄17行)

「本発明は,Nつの実質的に互いに平行な縦列を成し且つnつの実質的に互いに平行な横列を成す放射素子13と,nつの給電線15とを含む,多重ビームマイクロストリップパッチアンテナアレイから成り,前記マイクロストリップパッチアンテナアレイでは,前記給電線の各々が,nつの放射素子横列の中の1つの横列に結合され,前記Nつの縦列の各々の列の中のnつの素子が直線アレイを形成すべく電気的に接続され,直線アレイは,適切な励振信号が前記給電線の少なくとも1つに加えられる時に前記アレイに沿って電圧定在波が発生させられるように成端されており,更に,前記マイクロストリップパッチアンテナアレイは,1つの給電線に沿って隣接する放射要素の相互間の給電線の実効長が,少なくとも1つの他の給電線に沿って隣接する放射要素の相互間の給電線の実効長とは異なっていることを特徴とする。

このアレイは,超小形電子回路技術を使用して製造されることが可能である。1つの具体例では,給電線とそれらに関連した放射素子との間の結合は電磁的結合であり,放射素子は,給電線の網目の上に置かれ,1つの誘電層によってこの網目から分離されている。別の具体例では,給電線網目と放射素子とが,同一の基体上に形成され,各々の給電線は各々に適切な放射要素に直接接続される。」(2頁右下欄18行~3頁左上欄19行)「図5に示されるように,前記マイクロストリップパッチの網目は,3つの直列接続パッチアレイ13a,13b,13cとを有し,各々の直線アレイ内には3つのパッチが配置される。このパッチ網目の下を走る給電線の網目は,点線15a,15b,15cで表される。給電線は,各々のパッチの中心から距離「S」だけ片寄らされており,各々の給電線の長さは,点線15bと15cとに含まれる曲折17の存在の故に異なっている。各々の直線パッチアレイは,その最も近い隣接の直線パッチアレイから距離「d」だけ離され,各々のアレイはその端の各々に1つの開路を有する。

作動時には,RF信号が給電線15a,15b,15cの各々に加えられる。各々の直線アレイ内の互いに隣接するパッチの間の間隔は,そのアレイが特定の励振周波数に対する共振素子として働くように選択される。こうして,電圧定在波パターンが,図7に示されるように,各々の直線アレイに沿って生じさせられる。この定在波が直線アレイに沿って周期的であるが故に,この定在波を何れの電圧ピークにも励振することが可能である。従って,パッチの下を走るどの給電線も,直線アレイの各々において1つの定在波を励振することが可能であり,直線アレイの各々はナローペンシル放射ビームを結果的に生じさせる。」(3頁左下欄18行~右下欄18行)

「理想化された事例では,ビーム方向は常に,各々の直線アレイの直線に垂直な平面の中にあるだろう。図8はこれを図解する。各々の直線アレイはφ=90°方向に沿って位置し,そのφ=90°平面内では,放射ビームは常にθ=0゜にある。

別の平面内では,即ち,φ=0°平面の場合には,ビーム方向は,進行波アレイのための公知の給電配置によって決められ,そのビーム方向θは次式で与えられ,

file_3.jpg(1)

前式中でdとd′の各々が,直線アレイの間隔と,直線アレイを接続する給電線の長さであり,λmとεeの各々が,給電線の波長と,実効誘電率であり,pが1つの整数であり,δはスイッチの切られたアレイかスイッチの入れられたアレイかで0又は1である。d′と従ってビーム方向とが,図15(判決注:「図5」の誤記と認める。)に示される曲折17によって給電線の線の長さを変化させることによって制御されることが可能である。従って,実際には多くの場合にp=-1だけがsinθ<1を与えるにすぎないにも係わらず,この特定のアレイが各々の給電線毎に3つの放射可能なビーム方向(図8bではA,B,C)を有することが明らかである。これに加えて,給電線がその両端から励振されるならば,(180°-θ)におけるビームも発生させられ,給電線の数がnつである場合には,一般的に,合計で2nつのビームを与える。・・・

図9と図10は,厚さ0.79mm及びεr=2.32の2つのPTFE基体を使用する図5の形状の5×5素子アンテナアレイの,φ=0°平面内とφ=90°平面内の,各々の10.3GHzにおける測定放射パターンを示す。この実施例では,3つの給電線がその両端から励振され,合計で6つのビームを与える。予想されるように,ビーム相互間の概ね等しい間隔が,3つのビームの各々の組合せにおいて生じる。」(3頁右下欄20行~4頁左下欄5行)

(3)  引用発明2

引用例2(甲2)には,次のとおりの記載がある。

「【要約】

【課題】 電子的に方位操作可能なパッチ式アンテナアレイを提供する。

【解決手段】 アンテナアレイはラップトップコンピュータのディスプレイの背部に形成されて無線通信に利用される。このアレイはディスプレイパネル表面上,あるいはディスプレイパネルのサブレイヤー上に直に形成されるか,あるいは別の基板上に形成してから装置に取り付けられる。また,ビーム形成回路を用いて外部からの無線送信位置を検出し,検出方向にアンテナビームの焦点を合わせることにより,送信帯域幅の増加および受信信号の高SN比を見込むことができる。」

「【0001】

【発明の分野】本発明は,無線電子データ通信用のアンテナに関し,特に,ラップトップコンピュータに用い,電子的に向きの操作がなされるアンテナに関するものである。」

「【0006】

【発明の概要】本発明によれば,アンテナアレイは,ラップトップコンピュータのフラットパネルディスプレイの背面等,無線装置の適所に埋め込まれているか,もしくは無線装置の表面適所に形成されている。該アンテナアレイは,相応な構成,通常は矩形格子状に配列された多数のアンテナ素子を備える。該アレイは,プリント配線,もしくは他の金属蒸着法により,ディスプレイ装置上じかに,または該ディスプレイ装置内に形成される。また,別の基板上に形成し,装置に取り付けてもよい。」

「【0008】最も好ましい実施例においては,少なくともアンテナ素子のいくつかが個別フィーダを有して個別に制御可能となる。このため,出力ビームが電子的に「進路操作(steered)」され,アンテナ受信が調節可能となり,SN比を向上することができる。このようなアンテナは,ビーム形成マトリックスおよび関連ビーム形成プロセッサによって駆動することができる。このビーム形成プロセッサは,各アンテナ素子が受信した信号の位相および振幅を測定し,送信発生元の方向を判断する。また,該システムは,アンテナ素子によって送信される信号の位相および振幅も制御し,必要に応じてビーム全長の方向および幅を調節する。例えば,ラップトップを特定位置に置いて送信源に対しておおよそ向きを合わせたなら,システムトランシーバの電波を補足してその位置を見つけるのに幅広のビームが利用可能となる。そして,トランシーバが位置づけされると,電力効率,SN比,およびデータ伝送レートを同時に高めることを見込んだ狭ビームの利用が可能となる。」

(4)  周知例

ア 甲3(宮下和己(外5名),MIMOチャネルにおける固有ビーム空間分割多重(E-SDM)方式,電子情報通信学会技術研究報告 RCS2002-53,日本,P.13-18。以下「周知例1」という。)には以下の記載がある。

「2.SDMとE-SDM

2.1 チャネルモデル

以下では,N素子の送信アンテナ,L素子の受信アンテナで構成されたMIMOチャネル(等価低域系)を考える。・・・」

「2.3 固有チャネル

・・・次の関係を満足するK個(K=min{N,L})の固有ベクトルek(k=1,・・・K)が得られる。」(14頁)

イ 甲4(特開2005-57497号公報。以下「周知例2」という。)には以下の記載がある。

「【0002】

近年,無線通信はその利便性により目覚しく普及している。このため,利用周波数の逼迫対策が急がれている.この周波数を有効に利用する技術の一つとして,近年送受信機で複数のアンテナを用いて高速信号伝送を行うMIMO(Multi-Input Multi-Output)システムの研究が盛んに行われている。MIMOシステムでは,送受信機で複数のアンテナを用いることにより,送受信機が1アンテナの場合より高容量が達成できることが知られている。」

「【0007】

・・・受信ウエイトvnにはさまざまな決定方法があるが,出力yn(p)が信号sn(p)に近づくよう各信信ウエイトvnを決定する。たとえば,ZF(ZeroForcing)基準に基づくウエイト決定では,次式が満たされるようにウエイトvnを決定する。

vnThn0

=1

n0=nの場合

=0

n0がn以外の場合

(式1)

【0008】(式1)は,希望信号sn(p)が強く受信され,他の信号sn0(p)(n0はn以外の整数)が抑圧される条件を示している。従って,希望信号のみを良好に受信することができる。」

「【0010】しかし,現実には(式1)は,信号多重数Nが受信アンテナ数M以下の場合(N≦M)に実現可能であるが,N>Mの場合には実現不可能となる。」

2  取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について

(1)  アンテナの構造の認定について

ア 原告は,審決は引用例1に記載のアンテナの特徴的な構成(直列接続パッチアレイ間の関係,及び,給電線と直列接続パッチアレイの関係)を看過し,その構成が本願に係る明細書の図2に記載のアンテナと同じようなものであるという誤った認識に基づいて引用発明1を認定していると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,

イ 前記1(2)のとおり,引用例1には,アンテナが,Nつの実質的に互いに平行な縦列を成し且つnつの実質的に互いに平行な横列を成す放射素子13と,nつの給電線15とを含む,多重ビームマイクロストリップパッチアンテナアレイから成り,前記マイクロストリップパッチアンテナアレイでは,前記給電線の各々が,nつの放射素子横列の中の1つの横列に結合され,前記Nつの縦列の各々の列の中のnつの素子が直線アレイを形成すべく電気的に接続されることが記載され,また,1つの具体例では,給電線とそれらに関連した放射素子との間の結合は電磁的結合であり,放射素子は,給電線の網目の上に置かれ,1つの誘電層によってこの網目から分離されているが,別の具体例では,給電線網目と放射素子とが,同一の基体上に形成され,各々の給電線は各々に適切な放射要素に直接接続されることも記載されている(甲1の2頁右下欄18行~3頁左上欄19行)。

そうすると,引用例1の上記の記載から,引用例1には,マイクロストリップパッチアンテナアレイにおいて,直列接続パッチアレイ13a及び13bが,同じ給電線に直接接続され,それにより,直列接続パッチアレイ13a及び13bが給電線により接続されることが開示されていると認めることができる。

そうすると,審決が,引用発明1について「前記パッチアレイが少なくとも第1のパッチと第2のパッチとを有する平らなアンテナアレイであり」と認定した点に誤りはないというべきである。

ウ これに対し,原告は,審決は引用例1のアンテナアレイが「両端を有する複数の給電線15a,15b,15cと,給電線ごとに設けられた3つの直列接続パッチアレイアンテナ13a,13b,13cとを有し」と認定した上で,引用発明1を認定しているが,引用例1のアンテナアレイに対する上記の認定は誤っており,これに基づいて認定した引用発明1も誤っていると主張する。

しかし,審決は,引用発明1について,「前記パッチアレイが少なくとも第1のパッチと第2のパッチとを有する平らなアンテナアレイ」と認定したのであって,「給電線ごとに設けられた3つの直列接続パッチアレイアンテナ13a,13b,13cとを有」すると認定したのではないから,仮に審決が引用例1のアンテナアレイの構造について言及する部分に誤りがあったとしても,審決の認定する引用発明1には影響するものではなく,この点に関する原告の主張は採用の限りではない。

また,原告は,本願発明において,アンテナ200は,放射要素211と放射要素212とが直列に配列された進行波タイプのアレイアンテナで,アンテナ200においては,放射要素が互いに直列に接続され,アンテナ200には“終端”要素が取り付けられる入出力ポート222,223があるのに対し,引用例1のアンテナでは直列接続パッチアレイ13aと13bは接続されておらず,また,給電線が直列接続パッチアレイ13aに接続されているわけでないにもかかわらず,審決は,引用例1に記載の特徴的な構成を看過し,引用発明1を本願に係る明細書の図2に記載のアンテナと同じようなものであるという誤った認識に基づいて認定したと主張する。

しかし,本願発明に係る特許請求の範囲は,「前記アンテナが少なくとも第1のアンテナ要素(111)と第2のアンテナ要素(112)とを有するフラットなアレイアンテナを有し」,「前記アンテナ(110,620)は,第1の接続ポート(222)と第2の接続ポート(223)とを有し」と記載され,「第1のアンテナ要素(111)」と「第2のアンテナ要素(112)」との接続関係や,「第1のアンテナ要素(111)」及び「第2のアンテナ要素(112)」と「第1の接続ポート(222)」及び「第2の接続ポート(223)」との接続関係を限定した記載はない。

本願発明の構成に関する原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づく主張ではなく,採用の限りではない。

(2)  通信機器との認定について

原告は,審決が引用発明1を「通信機器」と認定したことは誤りであると主張する。

しかし,前記1(2)のとおり,引用例1には「本発明は,通信分野とレーダ分野とに応用されるマイクロストリップパッチアンテナ(microstrip patch antenas)に係わる。マイクロストリップパッチアンテナは,その軽量性と平らな形状との故に,特に宇宙船と航空機とにおける応用に有益である。」(2頁右上欄3~6行)との記載があり,当該記載からは,引用例1には,マイクロストリップパッチアンテナだけでなく,当該アンテナを接続して電磁波を介した通信を行う通信機器も記載されていると理解することができ,審決のこの点に関する認定に誤りはない。

(3)  ビームとビーム口の関係について

原告は,引用例1には「アンテナアレイ」のビーム方向はどの給電線のどちら側の端(ビーム口)から励振されるかにより定まるといえることは開示も示唆もされていないから,審決の,「前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連付けられており」との引用発明1の認定は誤りであると主張する。

しかし,前記1(2)のとおり,引用例1には,「d′と従ってビーム方向とが,図15(判決注:「図5」の誤記と認める。)に示される曲折17によって給電線の線の長さを変化させることによって制御されることが可能である。従って,実際には多くの場合にp=-1だけがsinθ<1を与えるにすぎないにも係わらず,この特定のアレイが各々の給電線毎に3つの放射可能なビーム方向(図8bではA,B,C)を有することが明らかである。これに加えて,給電線がその両端から励振されるならば,(180°-θ)におけるビームも発生させられ,給電線の数がnつである場合には,一般的に,合計で2nつのビームを与える。・・・」(4頁左上欄12行~右上欄2行)と記載されている。

このうち「(180°-θ)におけるビームも発生させられ」との記載は,「-θにおけるビームも発生させられ」の誤記と認められる(この点は,当事者間に争いのないものと認められるし,引用例1の図9の測定放射パターンからも支持される。)。そうすると,引用例1の上記の記載からは,特定の直列接続パッチアレイに対し,特定の給電線がその一方の端から給電(励振)されるならば,上記直列接続パッチアレイは,特定の方向θにおけるビームを発生し,上記給電線がその両端から給電(励振)されるならば,上記直列接続パッチアレイは,-θにおけるビームも発生すると解され,この新たに発生した-θ方向のビームは,上記給電線の他方の端から給電(励振)されたときに発生したビームであることは,引用例1の上記の記載に接した当業者には明らかである。

そうすると,審決の引用発明1の認定において,「前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連付けられており」と認定した点に誤りはない。

(4)  小括

したがって,審決における引用発明1の認定に関する原告の主張は採用することはできず,審決における引用発明1の認定に誤りはない。

3  取消事由2(一致点の認定の誤り)について

(1)  引用発明1の認定誤りによる一致点の認定誤りについて

原告は,審決における引用発明1の認定には誤りがあるから,本願発明と引用発明1との一致点の認定も誤りであると主張する。

しかし,審決による引用発明1の認定が誤りである旨の原告の主張が採用できないことは前記2に記載のとおりであり,原告の上記の主張は前提を欠くものである。

(2)  ビーム口と接続ポートとの関係について

原告は,審決の引用発明1の「第1のビーム口」及び「第2のビーム口」が本願発明の「第1の接続ポート」及び「第2の接続ポート」にそれぞれ相当するとの認定は誤りであると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本願発明に係る特許請求の範囲には,「第1の接続ポート(222)」及び「第2の接続ポート(223)」について,「アンテナ(110,620)は,第1の接続ポート(222)と第2の接続ポート(223)とを有し,前記ポート夫々は,前記アンテナのビームの各1つ(232,233)と関係付けられており」との記載があるだけである。他方,引用例1には,前記2のとおり,直列接続パッチアレイに給電線が接続されている構成とすることが記載され,また,引用例1の記載から,給電線の両端にはビーム口が設けられていると認められるから,引用例1には,給電線のビーム口が直列接続パッチアレイに接続された構成が記載されていると認められる。そして,引用発明1において,給電線の両端に設けられるビーム口に通信機器が接続されることは,当業者には自明である。そうすると,審決が,引用発明1の「第1のビーム口」及び「第2のビーム口」を,本願発明の「第1の接続ポート」及び「第2の接続ポート」にそれぞれ相当するとした認定に誤りはない。

この点に関し,原告は,本願発明が「アンテナ200」においては放射要素が互いに直列に接続され,「アンテナ200」には終端要素が取り付けられる「入出力ポート222,223」を備えるとの構成を有するものであるとの理解を前提として,審決の一致点の認定に誤りがあると主張する。しかし,原告の同主張は,本願特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,採用の限りではない。

(3)  アンテナビームが互いに非相関であることについて

原告は,審決が,引用発明1のビーム口夫々に関連付けられる互いに異なったビームは「互いに非相関」であると認定した点に誤りがあると主張する。

この点,本願発明の「非相関」との文言の意義は,特許請求の範囲の記載のみからは必ずしも明らかではないところ,本願の明細書には,図2のように,アンテナ200は,第1のアンテナビーム232と第2のアンテナビーム232とをもち,それらは各々,アンテナポート222,223の1つと関係付けられ,また,2つのアンテナビームはアンテナに垂直な方向に伸びる仮想線240に関して,互いの“鏡像”となり,所望のアンテナビーム間では非相関となるため,多数のビームを提供するフラットアンテナが用いられる旨の記載がある(段落【0014】~【0017】)。これらの記載を参照すると,本願発明において「非相関」とは,2つのアンテナビームについて,アンテナに垂直な方向に伸びる仮想線に関して互いの「鏡像」となり,二つのアンテナビームが,実用上差し支えのない程度に相関が低いという程度の意味であると解される。

他方,前記2(3)のとおり,「前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連づけられており」とした審決の引用発明1の認定に誤りはなく,また,引用例1の記載から,引用発明1において,θをアンテナアレイ平面に垂直な上方向からの角度とした時に,特定の直列接続パッチアレイに対し,特定の給電線がその一方の端から給電(励振)されるならば,上記直列接続パッチアレイは,特定の方向θにおけるビームを発生し,上他方の端からから給電(励振)されるならば,上記直列接続パッチアレイは,-θにおけるビームを発生すると解される。そうすると,引用発明1において,「上記ビーム口夫々に関連づけられているビーム」は,アンテナアレイ平面に垂直な方向に伸びる仮想線に関してθ方向のビームと-θ方向のビームであり,両者は上記仮想線に関して互いの「鏡像」となり,両者は実用上差し支えのない程度に相関が低いものと解されるから,引用発明1のアンテナアレイは,「上記ビーム口夫々に関連づけられているビーム」が「互いに非相関」となるビームを発生するアンテナ構造であると認められる。

以上によれば,本願発明と引用発明1は,いずれも,「前記ポート夫々に関係付けられるビームは互いに非相関」であるビームを発するアンテナ構造を有すると認められるから,この点で,本願発明と引用発明1が一致するとした審決の認定に誤りはない。

(4)  アンテナ要素を有することについて

原告は,審決が引用発明1の「第1のパッチ」及び「第2のパッチ」を,本願発明の「第1のアンテナ要素」及び「第2のアンテナ要素」にそれぞれ相当するとした認定には誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,

本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,「少なくとも第1のアンテナ(110,620)を有し,前記アンテナが少なくとも第1のアンテナ要素(111)と第2のアンテナ要素(112)とを有するフラットなアレイアンテナであり」というものであって,「アレイアンテナ」が「少なくとも第1のアンテナ要素(111)と第2のアンテナ要素(112)とを有する」ことが特定されているにとどまり,「第1のアンテナ要素(111)」と「第2のアンテナ要素(112)」との接続関係について特定されているものではない。

そして,前記2(1)のとおり,引用例1には,マイクロストリップパッチアンテナアレイにおいて,直列接続パッチアレイ13a及び13bが,同じ給電線に直接接続され,それにより,直列接続パッチアレイ13a及び13bが給電線により接続されることが開示されていると認められる。

加えて,引用例1には「作動時には,RF信号が給電線15a,15b,15cの各々に加えられる。各々の直線アレイ内の互いに隣接するパッチの間の間隔は,そのアレイが特定の励振周波数に対する共振素子として働くように選択される。・・・従って,パッチの下を走るどの給電線も,直線アレイの各々において1つの定在波を励振することが可能であり,直線アレイの各々はナローペンシル放射ビームを結果的に生じさせる。」(3頁右下欄9~18行)と記載され,RF信号の給電線への印加により,「直列接続パッチアレイ13a」及び「直列接続パッチアレイ13b」は,アンテナビームを放射することが開示されている。

そうすると,引用例1の記載より,マイクロストリップパッチアンテナアレイにおいて,「直列接続パッチアレイ13a」及び「直列接続パッチアレイ13b」は,給電線により接続され,RF信号の給電線への印加によりアンテナビームを放射する要素と認められるから,「引用発明1の「第1のパッチ」及び「第2のパッチ」はアレイアンテナの要素である」とした審決の認定に誤りはない。

(5)  「電子機器」であるとした点について

原告は,審決が引用発明1を「通信機器」と認定したことは誤りであり,また,仮に引用例1に記載された発明が「通信機器」であったとしても,これと本願発明の「コンピュータ」が共通するとはいえないと主張する。しかし,前記2(2)のとおり,引用発明1を「通信機器」と認定したことに誤りはなく,通信機器もコンピュータのような情報機器も電子機器の範疇に含まれる機器であることは明らかであるから,審決の判断に誤りはない。

(6)  ビームとビーム口の関係について

原告は,審決によるビームとビーム口の関係についての認定も誤っていると主張する。しかし,前記2(3)のとおり,「前記ビーム口夫々は,上記アンテナアレイのビームの各1つと関連づけられており」とした審決の引用発明1の認定に誤りはなく,また,引用発明1において,給電線の両端に設けられるビーム口に通信機器が接続されることは,引用例1の記載に接した当業者には自明であるから,審決の認定に誤りはない。

(7)  小括

以上のとおり,この点に関する原告の主張はいずれも採用の限りではなく,審決による本願発明と引用発明1の一致点の認定に誤りはない。

4  取消事由3(相違点の容易想到性判断の誤り)について

(1)  引用発明1の認定誤り等による相違点判断の誤りについて原告は,審決は引用発明1の認定,及び本願発明と引用発明1との一致点の認定を誤っているから相違点を看過しており,看過された相違点について審決は判断しておらず,審決における相違点の判断には誤りがあると主張する。

しかし,前記2及び3のとおり,審決における引用発明1の認定,及び本願発明と引用発明1との一致点の認定に誤りはないから,この点に関する原告の主張は前提を欠く。

(2)  相違点1の容易想到性判断の誤りについて

引用発明1及び引用発明2は,アンテナアレイという共通の技術分野に属するものであるとともに,フラットなアンテナでビームの向きを変え通信を行うという共通の課題を有するものといえる。引用発明1は,軽量性と平らな形状を有し,多重ビーム能力を有するマイクロストリップパッチアレイに関するもので,引用例1に「特に宇宙船と航空機とにおける応用に有益である」との記載があるからといって,引用発明1を,アンテナとビーム形成機能とが単一の構造物に統合される他の通信機器に適用することを妨げる要因があるとは認められない。

そうすると,引用発明1に引用発明2を適用することは当業者が容易になしえたことであるから,引用発明1を,引用発明2のようにアレイアンテナをディスプレイ部の背面上に配置したラップトップコンピュータとすることにより,相違点1に係る構成に至ることは,当業者が容易に想到し得たものであって,この点についての審決の判断に誤りはない。

(3)  相違点3の容易想到性判断の誤りについて

引用発明1のアンテナアレイにおける各直列接続パッチアレイでは,「2nつのアンテナビーム」を同時に使用可能であり,引用発明1における各々の直列接続パッチアレイは各々独立して使用可能であるといえるところ,通信容量を増加させるという課題は,通信分野において広く一般的なものであるということができ,また,本願出願前,通信容量を増大させるために複数のアンテナを用いて信号を多重伝送するMIMO技術は,周知例1及び2にみられるように,当該技術分野では周知の技術であったと認められる。

そうすると,引用発明1において,通信容量を増大させるために,独立して同時使用可能な複数のアンテナ(直列接続パッチアレイ)を用いて複数のビームを受信することは,上記周知のMIMO技術を適用することにより,当業者が容易に想到し得たものと認められる。

そして,MIMO技術による信号多重数は,送信アンテナ数と受信アンテナ数のうち少ない方のアンテナ数以下であることも,周知例1にみられるように,当該技術分野では周知の事項であるから,引用発明1において,上記周知のMIMO技術に基づき,独立して同時使用可能な複数のアンテナを用いて複数のビームを受信するようにする際に,受信するMIMOビームの数(N)より,アンテナビームの数(M)を大きくすることにより,MIMOビームを全て受信できるようにすることは,当業者が適宜なし得るものと認められる。

そうすると,相違点3に係る構成について,引用発明1に,周知例1及び2にみられるような周知のMIMO技術を適用することにより,当業者が容易になし得たものであるとした審決の判断に誤りはない。

(4)  小括

したがって,審決における相違点判断に関する原告の主張は採用することはできず,審決における相違点の判断に誤りはない。

5  取消事由4(補正却下を踏まえた判断の誤り)について

原告は,審決は,引用発明1の認定を誤っており,それに伴い,一致点の認定を誤り,相違点を看過し相違点の判断を誤っているから,本件補正前の本願発明が容易想到であるとする審決の判断も誤りであるとする。しかし,取消事由1ないし3に係る原告の主張には理由がなく,本件補正前の本願発明も,同様に,当業者が引用発明1,引用発明2及び周知技術に基いて容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。

6  取消事由5(被告による新たな拒絶理由)について

原告は,被告準備書面(第1回)における被告の主張は,新たな拒絶の理由に基づく判断を示すことと等しいが,このような新たな拒絶の理由は,審査段階においても一度も通知されず,原告に本来与えられるべきであった意見書を提出する機会及び補正を行う機会が与えられなかったから,本件の手続には本質的な瑕疵があると主張する。

しかし,被告が訴訟段階において,審査審判手続における通知等と異なる反論主張をしたからといって,そのような主張をしたこと自体が審決の手続に違法を来すことにはならない。よって,取消事由5には理由がない。

7  まとめ

以上よりすると,原告の主張に係る取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するがいずれも採用の限りではない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 小田真治)

file_4.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例