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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10428号 判決 2013年4月24日

原     告

X

被     告

特許庁長官

指定代理人

黒瀬雅一

鈴木秀幹

氏原康宏

芦葉松美

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1請求

特許庁が不服2011-20570号事件について平成24年10月23日にした審決を取り消す。

第2前提事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,平成21年8月20日に,発明の名称を「ラケットグリップの補助具」とする特許出願(特願2009-190562号。優先権主張平成20年8月30日,同年11月4日,平成21年2月16日,同年3月13日,同年3月30日,同年5月13日。以下「本願」という。)をしたところ,平成23年8月23日付けで拒絶査定を受け,同年9月23日,これに対する拒絶査定不服の審判を請求(不服2011-20570号事件)し,平成24年5月14日付けの拒絶の理由の通知に対し,同年6月28日付けで手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。

特許庁は,平成24年10月23日付けで「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年11月8日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件補正による補正後の本願の特許請求の範囲の請求項5の記載は次のとおりである(甲3の3。以下,この発明を「本願発明」という。)。本件補正後の本願の特許請求の範囲,発明の詳細な説明及び図面(甲3の1,甲3の3)を総称して,「本願明細書」ということがある。なお,本願明細書の【図2】(本発明のグリップ補助具の一例として,親指と中指の指掛け部が,ラケットの表面側にある例)は,別紙1のとおりである。

「【請求項5】ラケットグリップを回すための,繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる親指の指掛け部,又は,繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる中指の指掛け部,又は,繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる親指の指掛け部及び中指の指掛け部を備えてなる事を特徴とするラケットグリップ。」

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本願発明は,本願優先権主張日前に頒布された実願平1-93479号(実開平3-33673号)のマイクロフィルム(甲1。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない,②本願発明は,本願優先主張日前に頒布された特開2001-112900号公報(甲2。以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び引用発明1に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

(2)  審決の認定した引用発明1,2の内容,引用発明1,2と本願発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明1の内容

「長手方向のグリップエンドと反対側のラバー貼付部に近い箇所の両側に突起部を設けて,親指を立てて突起部を巻き込んで引き下ろせばグリップは回転して,ラケットは,180度反転するものであるグリップ。」

イ 引用発明2の内容

「コルク材により形成され,親指と中指とで把持される指かかり部を取り付けてなる卓球用ラケットのグリップ部。」

ウ 本願発明と引用発明1との対比

(ア) 一致点

「ラケットグリップを回すための,親指の指掛け部を備えてなるラケットグリップ。」

(イ) 相違点1

本願発明は,親指の指掛け部が,「繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる」のに対し,引用発明1は,その素材が明らかではない点。

エ 本願発明と引用発明2との対比

(ア) 一致点

「繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる親指の指掛け部,又は,繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる中指の指掛け部,又は,繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体の中の1以上の素材からなる親指の指掛け部及び中指の指掛け部を備えてなるラケットグリップ。」

(イ) 相違点2

本願発明は,「ラケットグリップを回すための」指掛け部であるのに対し,引用発明2は,その点が明らかではない点。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決は,手続の不明確性(取消事由1),本願発明の認定の誤り(取消事由2),引用発明1の認定の誤り(取消事由3),本願発明と引用発明1及び引用発明2との一致点,相違点の認定の誤り(取消事由4),相違点2に関する容易想到性判断の誤り(取消事由5)があり,これらの誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。

(1)  手続の不明確性(取消事由1)

審決は,本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明を本願発明と認定した。

しかし,本願の特許請求の範囲に記載された請求項1ないし4,請求項6ないし8についての判断は記載されず,手続が不明確である。また,本願の特許請求の範囲に記載された請求項の中で,請求項5のみを抽出し,請求項5に対する拒絶の理由を通知することなく,これを本願発明と認定した理由も不明である。さらに,審決は,拒絶理由通知の理由とは異なり,かつ,審査基準に合致しない理由で,引用発明1及び2を組み合わせて,本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明と対比している。

したがって,審決には手続的な不明確性があり,特許法29条1項,憲法15条,29条,32条,76条等にも関わる違法がある。

(2)  本願発明の認定の誤り(取消事由2)

審決は,本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明のみを本願発明と認定した。

しかし,本件補正後の本願の特許請求の範囲には,請求項1ないし8が記載されているから,請求項5記載の発明のみを本願発明とした審決の認定には,憲法29条,99条等にも関わる誤りがある。

(3)  引用発明1の認定の誤り(取消事由3)

審決は,引用例1の記載から,上記第2の3(2)アのとおり,引用発明1を認定した。

しかし,以下のとおり,引用例1は,必要とされる技術内容の開示が不十分,不明確であって,その記載内容は,特許法29条1項各号所定の発明とは認められず,また,引用例1記載の技術内容は,発明としては未完成のものであり,特許法2条1項にいう「発明」とはいえないものである。

まず,引用例1の「考案が解決しようとする課題」には「しかし卓球の競技などでひとたびプレーとなってボールを相手に打ち返し,次のボールを打つまでの短い時間にラケットを反転させることは非常に難しく,反転を習得するには長い練習時間が必要であった。本考案はそのような場合に,初級者でも簡単にラケットを反転させることのできるグリップを提供することを目的とする。」と記載されており,ラケット打球面を反転の後,各指は,次に打球できる位置・状態に戻って備える必要があるが,引用例1には,3本指(親指,人差指,中指)による反転過程とその後の,指位置と状態遷移についての記述がない。すなわち,「実施例」の「人差指で突起部18の裏側を押してやればグリップは45度回転する。次に親指を立てて突起部18を巻き込んで引き下ろせばグリップ5cは135度回転し,ラケットAは,180度反転する。」(7,8頁)の後の記述がなく,突起部とその他凹凸部を成型の反転指掛け部付グリップボード(2枚)を,ラケットグリップの上下(表裏)に貼り付け,3本指でグリップを把持しながら,ラケットを反転させ,その後,切り替えられた側のグリップボード上で,3本指が,どのように次の打球をできる状態になるかについて,説明されていない。

また,引用例1は,3本指の指力を緩めた上,3本指で掴む輪(空間)内で,グリップを転がすような指使いを示すものと推測されるが,突起や凹凸が多く,転がり難いことに関わる記述がない。

さらに,引用例1の第5図で,3本指(親指・人差指・中指)で,反転しようとする時に,下からせり上がってきた突起部(親指で引き下ろした突起部の他の側の突起部)に,人差指(及び中指)が押し上げられる。元の位置に戻すには,指を離して(指力を緩めて),人差指(及び中指)を,突起部の下に,持って行く必要がある。その時,既に,親指も,引き下ろした突起部の上に載っていて,グリップを下から支える力が無くなり,ラケット(グリップ)は,落下することになるが,これについての記述もない。

加えて,引用例1は,現行のラケット把持方法のようにラケット打球面の裏側に中指,薬指,小指を,揃えて置くのではなく,中指もグリップの下に付けて支えるので,薬指,小指は,ラケット裏面の所定の位置に届かず,遊離状態となるから,常に,3本指でグリップを握って打球する不安定な状態となり,手指の健康問題も発生する。打球時だけ,現行ラケットのグリップのように持ち替えて打球するような対策も,当該グリップではできない。

したがって,引用例1から引用発明1を認定した審決には誤りがある。

(4)  本願発明と引用発明1及び引用発明2との一致点,相違点の認定の誤り(取消事由4)

ア 本願発明と引用発明1との一致点,相違点の認定の誤り

(ア) 審決は,引用発明1における「突起部」は,親指によって巻き込まれて引き下ろされる,つまり親指に掛けられることにより,グリップを回転させるのであるから,その構造,機能,作用等からみて,本願発明における「親指の指掛け部」に相当し,引用発明1における「グリップ」は,本願発明の「ラケットグリップ」に相当する,また,引用発明1の「突起部」は,親指によって巻き込まれて引き下ろされる,つまり親指に掛けられることにより,グリップを回転させているから,「グリップを回すための」ものといえるとして,上記第2の3(2)ウのとおり,一致点及び相違点を認定した。

しかし,引用発明1の「グリップ」は,本願発明の「ラケットグリップ」と同じではなく,また,引用発明1の「突起部」は,本願発明の「親指の指掛け部」に相当しない。

すなわち,本願発明は,本件補正により,人差指に関する部分を削除(減縮)した結果,シェークハンドラケットのグリップに限定されたところ,シェークハンドラケットグリップでは,親指と人差指でラケット(及びグリップ)を両側から挟み,中指,薬指,小指で,グリップを把持するので,親指と中指の指掛け部が有用である。本願発明では,グリップを回すための指掛け部は,親指,又は,中指,又は,両方のいずれかであり,人差指は含まれない。本願発明の指掛け部は,本来の,5本指でしっかりグリップを握っている状態で機能する。ラケットスイングの打球時に,手指を強く握り,親指の指掛け部が押されると,その弾力性による可動範囲内で動き,グリップを回し,既に開始された前腕による回内動作を促進し,打球後,指掛け部への圧力が緩めば,元の位置に戻る。グリップをしっかり把持しなければ,適切な打球はできない。

一方,引用発明1のペンホルダーラケットグリップでは,親指と人差指で,打球面とグリップの連繋部分を掴み,中指,薬指,小指は,ラケット裏面の右方に,揃えて置くので,必然的に,親指と人差指の指掛け部が有用となる。ただし,引用例1のグリップは,3本指(親指,人差指,中指)でグリップを把持して,薬指と小指はラケット裏面に届かず,中指に添える形となる。引用発明1は,親指,人差指,中指のための,突起や凹凸を設けたグリップパネル(グリップボード)であり,ラケットグリップの上下に貼り,それらの突起や凹凸を活用するものである。引用例1において,グリップの反転は,常に,3本指(親指,人差指,中指)が関わる協調操作となり,人差指の腹の部分で突起部を押し,次に,親指を立てて,突起部に伸ばし,引き下ろして,反転させることが記載される。その後,反転の完結に至るまでの記述がないが,3本指でしっかり握った状態では,特定の指の操作では動かず,反転の時には,3本の指力を緩め,協調操作で,反転させることになり,その要領は,3本指で掴む輪(空間)の中でグリップを転がすようなものであると推測される。つまり,3本指の指力を緩め,かなり不安定な把持状態となるが,そうしなければ,3本指でグリップを転がす術がない。すなわち,引用発明1の「突起部」は,親指に掛けられることにより,グリップを回転させるとはいえない。

したがって,3本指で掴む輪(空間)の内でグリップを転がす態様の引用発明1は,回内,回外動作を促進するためにグリップを回す手段の指掛け部を備える本願発明とは異なるものであり,引用発明1の突起部は,本願発明の指掛け部には相当しないから,これを前提とする審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである。

(イ) また,審決は,一般に,ラケットグリップにおいて,その素材として,樹脂,ゴム,皮革,その他弾性体等を用いることは,普通に採用されており,引用発明1においても,このような普通に採用されている素材からなるものであることは,自明であるとして,本願発明と引用発明1とは,相違点1において,実質的な差異はなく,本願発明は,引用発明1と同一である旨判断した。

しかし,本願発明の指掛け部は,グリップに取り付けるもので,グリップそのものではない。「1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる」は,本願発明の指掛け部の材質であって,ラケットグリップの材質とは関係がない。なお,ラケットのグリップには,主に木材が使われ,竹材もある。卓球ラケットのグリップ部は,打球面と同じ材質のグリップ相当部分に,更に指で掴むため,コルクやその他木材を貼るものである。

したがって,親指の指掛け部の素材に関し,本願発明と引用発明1とが実質的な差異がないとした審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである。

イ 本願発明と引用発明2との一致点,相違点の認定の誤り

審決は,引用発明2における「コルク材」は,弾性体といえるものであるから,その構造,機能,作用等からみて,本願発明における「その他弾性体」に相当し,引用発明2における「指かかり部」は,親指と中指とで把持されるから,本願発明の「親指の指掛け部」,「中指の指掛け部」又は「親指の指掛け部及び中指の指掛け部」に相当し,引用発明2の「グリップ部」は,本願発明の「ラケットグリップ」に相当するとして,第2の3(2)エのとおり,一致点及び相違点を認定した。

しかし,審決の認定は,以下のとおり誤りである。

(ア) コルクは,その他弾性体の一つであるが,コルクそのものには特に機能作用がないから,コルク材が使用されているからといって,引用発明2の,単一・共用の指かかり部が,本願発明の,1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる指掛け部に相当するとはいえない。コルクは,打球時に指掛け部が押され,その弾力性ゆえの可動範囲内で動き,グリップを回し,回内,回外動作を促進して,打球後に元に戻るための弾力性が不十分となるため,本願発明の指掛け部の材質条件に合致せず,除外されていると解すべきである。

(イ) また,引用発明2では,親指の指掛け部,中指の指掛け部,人差指の指掛け部は,単独では存在せず,常に,親指と中指,又は,親指と人差指の固定的な組合せで両側から押さえられるから,その果たし得る役割は自ずと限定され,結果的には,単に押さえるための物といえる。一方,本願発明の親指の指掛け部,中指の指掛け部は,それぞれ単独で,ラケットスイング中の打球時に,各指でしっかりグリップを把持した状態で独立して機能し,前腕による回内,回外動作を促進(加速)する。なお,本願発明において,指掛け部は人差指では把持されない。そうすると,引用発明2の「指かかり部」は,本願発明の,独立し,必要に応じて設定される親指の指掛け部,中指の指掛け部とは異なる。

(ウ) さらに,本願発明は,指掛け部を付けたシェークハンドラケットグリップに関わるが,引用発明2は,打球面とグリップの連繋部分に形成された単一・共用の指かかり部,又は,打球面とグリップの連繋部分に,単一・共用の指かかり部が形成されたペンホルダーラケット又はシェークハンドラケットといえるものであり,引用発明2の指かかり部はグリップには入らない。

(エ) したがって,審決は,本願発明と引用発明2との一致点の認定を誤り,相違点を看過した誤りがある。

(5)  相違点2に関する容易想到性判断の誤り(取消事由5)

審決は,相違点2に係る本願発明の構成について,引用発明2及び引用発明1に基づいて,当業者が容易に想到し得るものである旨判断した。

しかし,引用例1記載の技術思想と引用例2記載の技術思想とは,相互に排他的であり,目的(課題),構成(手段),効果が全く異なるから,引用発明2に引用発明1を組み合わせることはできない。

すなわち,引用例1の技術思想は,ラケットグリップの上下(表裏)に貼り付けたグリップボード上に成型の突起や凹凸部分を,3本指(親指,人差指,中指)で押さえ,協調操作で,表から裏へ,裏から表へ,打球面を,反転させ,ラケットの上下(表裏)に貼られたラバーを活用するものであり,もっぱら,フォアハンドによる打球を対象として,両面のラバーを活用できるものである。引用例1は,3本指でラケットグリップを把持して打球し,反転させるものであり,この反転は,3本指の指力を緩め,3本指で掴む空間内で,グリップを転がすようなものと推測され,突起や凹凸が多いと転がらないのであるから,引用例1には安定性という課題はない。

一方,引用例2の技術思想は,ラケット打球面とグリップの連繋部分に円筒状の指かかり部を設け,フォアハンド,バックハンドの打球を安定して行えるようにするものであるから,引用例1の,表裏のラバーを活用する利便性追及のための反転指掛け部付グリップボードと,引用例2の,打球の安定化のための円筒状の指かかり部は,相反する技術思想に基づくものである。

また,引用例1の目的(課題)は,ボールを打ち返し,次のボールを打つまでの短時間にラケットの打球面を反転させるというものであり,その構成(手段)は,ペンホルダーラケットグリップの上下(表裏)に,反転のための突起部,凹凸のある反転指掛け部を貼り,常時,親指,人差指,中指でグリップを把持し,協調操作で,反転させ,突起や凹凸は,2枚のグリップボードの両方にあるというものであり,材質は不明である。突起部や凹凸部は,単に指で操作されるだけであり,作用はない。効果は,ラケットの打球面を反転させ,表裏のラバーを活用するというものである。

一方,引用例2の目的(課題)は,フォアハンド,バックハンドでの打球を安定して行える卓球ラケットを提供するというものであり,その構成(手段)は,ペンホルダーラケット又はシェークハンドラケットの,打球面とグリップの連繋部分に,単一・共用の円筒状の指かかり部を設け,常時,親指と人差指,又は,親指と中指で,両側から押さえるというものである。指かかり部は,コルクなどであり,独立の指かかり部は存在しない。指かかり部は,単に指で押さえられるだけであり,作用はない。効果は,円筒状の指かかり部によって,フォアハンド,バックハンドの打球を安定させるというものである。そうすると,引用発明1と引用発明2は,目的(課題),構成(手段),効果が全く異なり,「指掛け部に指を掛けるという共通の機能,作用を奏するもの」でもないから,意味のある共通性がなく,複数の引用例を組み合わせた進歩性の判断は不適当である。

そして,本願発明の構成によって奏される効果も,引用発明2及び引用発明1から当事者が予測し得る範囲のものではない。

したがって,審決の相違点2に関する容易想到性判断には誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼす。

2  被告の反論

以下のとおり,審決には取り消されるべき誤りはない。

(1)  取消事由1(手続の不明確性)に対し

原告は,審決が,本願の特許請求の範囲に記載された請求項1ないし4,請求項6ないし8についての判断を記載しなかったこと,特許請求の範囲に記載された請求項の中で,請求項5のみを抽出し,拒絶の理由を通知することなく,これを本願発明と認定したこと,拒絶理由通知の理由とは異なり,かつ,審査基準に合致しない理由で,引用発明1及び2を組み合わせて,本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明と対比したことは,手続が不明確であり,違法である旨主張する。

しかし,特許法49条,51条によれば,一つの特許出願について,拒絶査定か特許査定かのいずれかの行政処分をなすべきことを規定されるところ,特許無効の審判については「2以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。」(同法123条1項柱書き)と明文で規定され,特許査定という行政処分をなした後には,請求項ごとに無効審判の申立てをすることができることが明記されるのに対し,同法49条,51条においては「特許出願について」拒絶査定ないし特許査定をすることが規定される。これらの規定にかんがみると,特許法49条は,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明のいずれか一つが,同法29条等の規定に該当し,特許をすることができないものであるときは,その特許出願全体を拒絶すべきことを規定しているというべきである。審決は,本願発明(本願の特許請求の範囲の請求項5に係る発明)につき,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断しているのであるから,これによって特許出願が全体として同法49条2号に該当し,拒絶をすべきものとなることは明らかである。仮に,審決が本願の請求項1~4,及び6~8に係る発明について具体的に判断をしたとしても,本願発明が特許法49条2号に該当する以上,特許出願全体を拒絶すべきものであるという結論には影響しない。

また,審判合議体は,審判手続において,審判請求人(原告)に対し,本願発明について,平成24年5月14日付けで,「本願発明は,引用発明1であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。」,及び「本願発明は,引用発明1,2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」旨の拒絶の理由(乙12)を通知し,これに対し,審判請求人(原告)は,同年6月28日付けで意見書(乙13)及び手続補正書(甲3の3)を提出した。してみると,審判請求人(原告)に対して,審判合議体は,本願発明について,拒絶の理由を通知し,審判請求人(原告)に意見の機会を与えており,審判請求人(原告)は,これに対して意見を述べているから,本件審判手続に手続違背はない。したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。

(2)  取消事由2(本願発明の認定の誤り)に対し

原告は,本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明のみを本願発明とした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし,原告は,本願発明の認定判断の誤りの具体的な理由を示さず,単に本件発明の認定判断が誤っていることを主張するにすぎないから,原告の上記主張は失当である。

また,審決は,本願発明(本願の請求項5に係る発明)を,本件補正によって補正された特許請求の範囲,明細書,及び図面の記載からみて,特許請求の範囲の請求項5に記載されたとおりのものと認めて,上記第2の2のとおり,本願発明の認定を行っており,その認定に誤りはない。仮に,原告が,審決は,請求項1~4,及び,6~8に係る発明について判断をしていないから,本願発明の認定においても,本願の請求項1~4,及び6~8に係る発明について認定しなければならないところ,審決は,これらの請求項に係る発明の認定を行っておらず,その認定に誤りがある旨の主張するものとしても,上記(1)と同様の理由により,請求項5記載の発明のみを本願発明と認定した審決に違法はない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3)  取消事由3(引用発明1の認定の誤り)に対し

原告は,引用例1は,必要とされる技術内容の開示が不十分,不明確であって,その記載内容は,特許法29条1項各号所定の発明とは認められず,また,引用例1記載の技術内容は,発明としては未完成のものであり,同法2条1項にいう「発明」とはいえないものであるから,審決の引用発明1の認定には誤りがある旨主張する。

しかし,原告は,引用発明1の認定の誤りの具体的な理由を示さず,単に引用発明1の認定が誤っていると主張するにすぎないから,原告の上記主張は失当である。

また,審決は,「第5図に示すように,第3図,第4図と同様に下面は平坦であり,長手方向のグリップエンド15と反対側のラバー貼付部2に近い箇所の両側に突起部18,18′を設けている。本実施例の場合には通常は親指載置部19に親指を載せ,人差指掛け部12に人差指をかけ,中指掛け部13に中指をかけてグリップ5cを保持している。従ってこれを反転させるためには,人差指で突起部18の裏側を押してやればグリップは45度回転する。次に親指を立てて突起部18を巻き込んで引き下ろせばグリップ5cは135度回転し,ラケットAは,180度反転する。」との引用例1の記載(7頁13行ないし8頁4行)を摘記し,その記載事項に基づいて,引用発明1の認定を行っており,その認定に誤りはない。

さらに,引用例1には,グリップにおける突起部の位置や180度反転させるための方法が示されている(7頁11行ないし8頁4行)。すなわち,グリップ5cに形成された突起部18,18′は,長手方向のグリップエンド15と反対側のラバー貼付部2に近い箇所の両側に設けられており,ラケットAを180度反転する方法として,親指載置部19に親指を載せ,人差指掛け部12に人差指をかけ,中指掛け部13に中指をかけてグリップ5cを保持している通常の状態から,まず,人差指で突起部18の裏側を押す(押し上げる)ことにより,グリップを45度回転させ,次に,親指を立てて45度回転している突起部18に親指をかけて巻き込みながら親指を引き下ろせば,すなわち下方に押し下げれば,グリップ5cは更に135度回転して,ラケットAを,180度反転させることが示されているといえる。そして,ラケットAは,180度反転したのであるから,再び上記に示した通常のグリップ5cを保持している状態に親指等をかけることになることは,明らかである。そうすると,引用例1の記載に技術的な矛盾や不備はなく,これに接した当業者は,グリップにおける突起部の位置や180度反転させるための方法について理解することができる。

したがって,原告の上記のいずれの主張にも理由はない。

(4)  取消事由4(本願発明と引用発明1及び引用発明2との一致点,相違点の認定の誤り)に対し

ア 本願発明と引用発明1との一致点,相違点の認定の誤り

原告は,①引用発明1の「グリップ」は,本願発明の「ラケットグリップ」と同じではなく,また,引用発明1の「突起部」は,本願発明の「親指の指掛け部」に相当しないのであり,3本指で掴む輪(空間)の内でグリップを転がす態様の引用発明1は,回内,回外動作を促進するためにグリップを回す手段の指掛け部を備える本願発明とは異なるものであるから,これを前提とする審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである,②「1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる」は,本願発明の指掛け部の材質であって,ラケットグリップの材質とは関係がないから,親指の指掛け部の素材に関し,本願発明と引用発明1とが実質的な差異がないとした審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり,いずれも理由がない。

(ア) 上記①の主張に対し

引用例1には,ラケットAを180度反転する方法として,まず,人差指で突起部18の裏側を押す(押し上げる)ことにより,グリップを45度回転させ,次に,親指を立てて45度回転している突起部18に親指をかけて巻き込みながら親指を引き下ろせば,すなわち下方に押し下げれば,グリップ5cは更に135度回転して,ラケットAを,180度反転させることが示されるから,引用発明1の「突起部」は,親指が掛けられて下方に押し下げることによって,グリップを回すものである。一方,本願発明の「親指の指掛け部」も,本願発明に「ラケットグリップを回すための」と特定されているように,ラケットグリップを回すためのものである。そうすると,引用発明1の「突起部」と本願発明の「親指の指掛け部」とは,親指を掛ける部位であり,ラケットグリップを回すという共通する構造,機能,作用を備えるから,引用発明1の「突起部」は,本願発明の「親指の指掛け部」に相当するものであるといえる。

また,上記のとおり,「『突起部』は,親指によって巻き込まれて引き下ろされる」ということは,突起部に親指を掛けて下方に押し下げることであり,このことにより,グリップを回転させるのであるから,引用発明1の「突起部」は,「グリップを回すための」ものといえる。

さらに,本願明細書の特許請求の範囲の請求項5は,本願発明について,単に「ラケットグリップ」と特定するのみであって,「シェークハンドラケット用のラケットグリップ」とは特定していない。また,本願発明は,指掛け部に関し,「~親指の指掛け部,又は,~中指の指掛け部,又は,親指の指掛け部及び中指の指掛け部を備えてなる」と選択的に特定されるから,「親指の指掛け部」,「中指の指掛け部」,「親指の指掛け部及び中指の指掛け部」の内のいずれかの指掛け部を備えていればよいものである。そうすると,本願発明において,指掛け部に関して,「親指の指掛け部」を備えてなると特定した場合,本願明細書の段落【0029】,【0036】記載のように,ラケットグリップは,シェークハンドラケット用,ペンホルダーラケット用のいずれの場合であっても,親指が親指の指掛け部に掛けられるものであるから,本願発明のラケットグリップが,シェークハンドラケット用のものであると限定して解することもできず,本願発明がシェークハンドラケット用のものであることを前提とする原告の主張は,その前提に誤りがある。

以上のとおり,引用発明1の「突起部」が本願発明の「親指の指掛け部」に相当し,「引用発明1の「突起部」は,親指によって巻き込まれて引き下ろされる,つまり親指に掛けられることにより,グリップを回転させているから,「グリップを回すための」ものといえる。」との審決の認定に誤りはない。

(イ) 上記②の主張に対し

本願の特許請求の範囲の請求項5の記載によれば,親指等の指掛け部は,ラケットグリップを構成する一つの部位として特定されていること,及びラケットグリップを構成する親指等の指掛け部をラケットグリップを同じ素材で形成することは,技術的に自然であることから,ラケットグリップの素材が,樹脂,ゴム,皮革,その他弾性体等であれば,当然親指等の指掛け部は,これらの素材からなるものと解することができる。

したがって,本願発明と引用発明1とは,相違点1において,実質的な差異はないというべきである。

イ 本願発明と引用発明2との一致点,相違点の認定の誤り

原告は,①コルクは,その他弾性体の一つであるが,コルクそのものには特に機能作用がないから,コルク材が使用されているからといって,引用発明2の,単一・共用の指かかり部が,本願発明の,1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる指掛け部に相当するとはいえない,②引用発明2の「指かかり部」は,本願発明の,独立し,必要に応じて設定される親指の指掛け部,中指の指掛け部とは異なる,③本願発明は,指掛け部を付けたシェークハンドラケットグリップに関わるが,引用発明2は,打球面とグリップの連繋部分に形成された単一・共用の指かかり部,又は,打球面とグリップの連繋部分に,単一・共用の指かかり部が形成されたペンホルダーラケット又はシェークハンドラケットといえるものであり,引用発明2の指かかり部はグリップには入らないとして,審決は,本願発明と引用発明2との一致点の認定を誤り,相違点を看過した誤りがある旨主張する。

しかし,以下のとおり,原告の主張はいずれも理由がない。

(ア) 上記①の主張に対し

一般に引用発明の認定を行うにあたっては,本願発明との対比に必要な範囲の発明特定事項を認定すればよいから,審決が,引用発明2について,指かかり部を「コルク材により形成され」と認定したことに誤りはない。

また,本願の特許請求の範囲の請求項5,及び,本願明細書には,指掛け部の素材として,コルク材を除外するといった記載や示唆はないから,原告の主張は,本願の特許請求の範囲,及び,本願明細書の記載に基づかないものである。

(イ) 上記②の主張に対し

本願の特許請求の範囲の請求項5には,「指掛け部」に関して,その個数や「親指の指掛け部」と「中指の指掛け部」とが別個の独立したものであるとは特定されていないから,原告の主張は,本願の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。また,引用発明2の「指かかり部」には,引用例2の図6のとおり,親指,中指が掛けられているから,「親指の指掛け部」,「中指の指掛け部」,または「親指の指掛け部及び中指の指掛け部」といえる。

(ウ) 上記③の主張に対し

引用例2の段落【0018】,【0019】の記載によれば,グリップ部は,芯板材,及び表板部から構成されており,この芯板材,及び表板部,つまりグリップ部の一部を切り欠いた切欠部に指かかり部が備えられているから,引用発明2について,「指かかり部を取り付けてなる卓球用ラケットのグリップ部」とした審決の認定に誤りはなく,当然本願発明と引用発明2との一致点の認定にも誤りはない。

(5)  取消事由5(相違点2に関する容易想到性判断の誤り)に対し

原告は,引用例1記載の技術思想と引用例2記載の技術思想とは,相互に排他的であり,目的(課題),構成(手段),効果が全く異なるから,引用発明2に引用発明1を組み合わせることはできず,相違点2に係る本願発明の構成について,本願発明が,引用発明2及び引用発明1に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,本願明細書の段落【0004】,【0007】,【0009】に記載されるように,一般に卓球競技では,対戦相手からの打球を適切に返球するために,ラケットグリップを把持している(握っている)親指等の通常の把持状態から,親指等でラケットグリップを押したり,ずらして,ラケットグリップを回して(回動させて)傾けて適切にラケット面の角度調整を行い,この角度調整を行った後は,当然ラケットグリップを緩むことなく安定的に保持して適切に返球を行うものであるから,卓球における返球のための一連のスイング動作は,親指等でラケットグリップを押したり,ずらして,ラケットグリップを回動させて角度調整を行い,その後,安定的に保持することにより,適切に返球するものである。そうすると,引用発明1のグリップも,ラケットを180度反転させた後は,当然グリップを安定的に保持するものであり,引用発明2のグリップ部も,グリップ部を安定的に把持する前に,返球のために,当然グリップ部を回動させて角度調整を行っているものと理解できる。してみると,ラケットグリップを回動させて,一時的に把持状態を不安定にして角度調整を行うことと,その後,適切に返球するために,ラケットグリップを安定的に把持することとは,技術的に相反する(阻害する)課題ではなく,共に卓球のラケットグリップにおける一般的な課題といえる。

したがって,引用発明2において,引用発明1と照らして,相違点2に係る本願発明の発明特定事項とすることに,阻害要因はない。また,引用発明1と引用発明2とは,共に(卓球の)ラケットグリップという技術分野に属し,指掛け部に指を掛けてラケットグリップを回動させるという共通の機能,作用を奏するものであり(引用例2の図6をみると,指かかり部の周面に親指を添わせ,中指を指かかり部に掛けて把持している。),さらに,ラケットグリップを回動させて角度調整を行い,その後,ラケットグリップを安定的に保持するという共通の課題を有するから,引用発明2において,引用発明1と照らして,相違点2に係る本願発明の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得るものである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由にはいずれも理由がないものと判断する。

1  取消事由1(手続の不明確性)について

原告は,審決が,本願の特許請求の範囲に記載された請求項1ないし4,請求項6ないし8についての判断を記載しなかったこと,特許請求の範囲に記載された請求項の中で,請求項5のみを抽出し,拒絶の理由を通知することなく,これを本願発明と認定したこと,拒絶理由通知の理由とは異なり,かつ,審査基準に合致しない理由で,引用発明1及び2を組み合わせて,本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明と対比したことは,手続が不明確であり,違法である旨主張する。

しかし,特許法は,1つの特許出願に対し,1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて1つの特許が付与され,1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このことは,特許法49条(平成23年法律第63号による改正前の同条),51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかであるといえる。そうすると,特許出願に係る発明中に,特許法29条等により特許をすることができないものが存するときは,その特許出願は全体として拒絶されることとなり,この理は,審査官による審査においても,拒絶査定不服審判においても異なることはないと解される。

また,本件において,審判合議体は,平成24年5月14日付けで本願発明は引用例1(拒絶理由通知書においては「引用文献2」と呼称されている。)に記載された発明である旨,及び,本願の特許請求の範囲に記載の請求項1ないし8に記載された発明は引用例2(拒絶理由通知書においては「引用文献1」と呼称されている。),引用例1等に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨を理由とする拒絶の理由を通知し(乙12),原告は,これに対し,同年6月28日付けで意見書(乙13)及び手続補正書(甲3の3)を提出したことが認められる。

以上によれば,審決が,本願の特許請求の範囲に記載された請求項の中で,請求項5のみを抽出して判断を示したことが違法であるとはいえず,また,審判の手続に不明確性や違法があるとも認められない。

したがって,原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(本願発明の認定の誤り)について

原告は,本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明のみを本願発明とした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし,上記1と同様の理由により,本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項5記載の発明のみを本願発明と認定した審決に誤りはないというべきである。

3  取消事由3(引用発明1の認定の誤り)について

原告は,引用例1は,必要とされる技術内容の開示が不十分,不明確であって,その記載内容は,特許法29条1項各号所定の発明とは認められず,また,引用例1記載の技術内容は,発明としては未完成のものであり,同法2条1項にいう「発明」とはいえないものであるから,審決の引用発明1の認定には誤りがある旨主張するので,以下,検討する。

(1)  認定事実

引用例1(甲1)には,以下の記載がある。

「「考案が解決しようとする課題」

しかし卓球の競技などでひとたびプレーとなってボールを相手に打ち返し,次のボールを打つまでの短い時間にラケットを反転させることは非常に難しく,反転を修得するには長い練習時間が必要であった。本考案はそのような場合に,初級者でも簡単にラケットを反転させることのできるグリップを提供することを目的とする。」(3頁8行~16行)

「「課題を解決しようとする手段」

・・・ペンホルダー型卓球用ラケットのグリップに於いて,上下一対よりなるグリップの各々の上面に指掛け部を設けたことを特徴とする卓球用ラケットの反転指掛け部付きグリップによって上記の課題を解決した。」(3頁17行~4頁6行)

「「実施例」

・・・第5図(判決注:別紙2のとおりである。)は本考案のグリップを示す拡大斜視図である。・・・第5図に示すように,・・・下面は平坦であり,長手方向のグリップエンド15と反対側のラバー貼付部2に近い箇所の両側に突起部18,18′を設けている。

本実施例の場合には通常は親指載置部19に親指を載せ,人差指掛け部12に人差指をかけ,中指掛け部13に中指をかけてグリップ5cを保持している。従ってこれを反転させるためには,人差指で突起部18の裏側を押してやればグリップは45度回転する。次に親指を立てて突起部18を巻き込んで引き下ろせばグリップ5cは135度回転し,ラケットAは180度反転する。」(4頁11行~8頁4行)

「「考案の効果」

・・・本考案の卓球用ラケットの反転指掛け部付きグリップによれば,ペンホルダー型のラケットを使用した場合に初級者でもラケットを容易に反転させることが出来るから,卓球用ラケットの打球面の一面と他の一面に異なったラバーを貼って必要な時にラケットの打球面を反転させて,異なった球種や打球のスピード,及び切れ角度を極度に変化させることができ,卓球を更に楽しむことが出来るという利点がある。」(8頁5行~15行)

(2)  判断

ア 上記(1)認定の事実によれば,引用例1には,技術の解決課題,課題解決手段,実施例及びその効果が記載されており,これを参照すれば,当業者は,当該技術の目的,構成,作用等を十分理解することができるものと認められるから,引用例1記載の技術が,特許法29条1項各号所定の発明に当たらないとか,発明として未完成であるということはできない。

イ 原告の主張に対し

(ア) 原告は,ラケット打球面を反転後,各指が,次に打球できる位置・状態に戻って備える必要があるところ,引用例1には,ラケット打球面を反転後,3本指(親指,人差指,中指)による反転過程と,その後の指位置と状態遷移について記載されていない旨主張する。

しかし,ラケット打球面を反転した後,次に打球を打ち返せるように手指で保持されることになるのは当然のことであって,その際,中指上でラケットが反転されることは,当業者であれば容易に理解できる。また,上記(1)認定のとおり,引用例1記載の技術は,初級者でも簡単にラケットを反転させることのできるグリップを提供することを目的とするから,引用例1に,ラケット打球面の反転後の指等の動きが詳細に説明されていないとしても,引用例1記載の技術が,特許法29条1項各号所定の発明に当たらないとか,発明として未完成であるとはいえない。

(イ) また,原告は,引用例1記載の技術では,突起や凹凸が多く,グリップが転がり難い,ラケットを反転後,元の位置に戻す際にラケットが落下する,3本指でグリップを握るため不安定な状態になるということがあるが,これらについて,引用例1には記載がない旨主張する。

しかし,原告が指摘する点は,いずれも引用例1記載の技術の有用性の問題であって,仮に,引用例1記載の技術に原告主張のような問題点があるとしても,だからといって,引用例1の記載が不明確である,引用例1記載の技術が,特許法29条1項各号所定の発明に当たらない,発明として未完成であるなどということはできない。

ウ したがって,原告の主張には理由がなく,引用例1の記載に基づく審決の引用発明1の認定に誤りがあるとは認められない。

4  取消事由4(本願発明と引用発明1及び引用発明2との一致点,相違点の認定の誤り)について

(1)  本願発明と引用発明1との一致点,相違点の認定の誤り

原告は,①引用発明1の「グリップ」は,本願発明の「ラケットグリップ」と同じではなく,また,引用発明1の「突起部」は,本願発明の「親指の指掛け部」に相当しないのであり,3本指で掴む輪(空間)の内でグリップを転がす態様の引用発明1は,回内,回外動作を促進するためにグリップを回す手段の指掛け部を備える本願発明とは異なるものであるから,これを前提とする審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである,②「1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる」は,本願発明の指掛け部の材質であって,ラケットグリップの材質とは関係がないから,親指の指掛け部の素材に関し,本願発明と引用発明1とが実質的な差異がないとした審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである旨主張する。

ア 上記①の主張について

原告の上記①の主張は,本願発明がシェークハンドラケットのグリップに限定され,また,本願発明の「指掛け部」が「親指のみ」,「中指のみ」,又は,「親指及び中指」を掛けるものに限定され,「人差指」を「指掛け部」に掛けることは除外されていることを前提とするものである。

しかし,本願の特許請求の範囲の請求項5の記載は,上記第2の2のとおりであり,この記載から,当業者において,本願発明がシェークハンドラケットのグリップに限定されているとか,本願発明の「指掛け部」に「人差指」を掛けることが除外されていると認識することはできないものと解され,このことは,仮に,本願明細書の発明の詳細な説明を参酌したとしても同様である。

したがって,原告の主張は,本願の特許請求の範囲の請求項5の記載に基づかないものであり,前提を欠くから,失当である。

イ 上記②の主張について

原告の上記②の主張は,審決が,「1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる」を,本願発明の指掛け部の材質ではなく,ラケットグリップの材質であるとして,本願発明と引用発明1との一致点,相違点を認定したことを前提とするものと解される。

しかし,審決の認定した本願発明と引用発明1との一致点,相違点は,上記第2の3(2)ウのとおりであって,審決が,「1以上の繊維,樹脂,ゴム,皮革,金属,その他弾性体からなる」を,本願発明のラケットグリップの材質ではなく,指掛け部の材質として,一致点,相違点を認定したことは明らかである。

したがって,原告の主張は,その前提を欠くもので,失当である。

ウ 前記3のとおり,引用発明1の認定に誤りはないこと,また,本願発明と引用発明1との一致点,相違点の認定に誤りはなく,実質的な相違点はないことにかんがみると,結局,「本願発明の発明特定事項は,すべて引用発明1が備えているから,本願発明は,引用発明1と同一である。」とした審決の判断に誤りはない。

(2)  その余の取消事由について

上記のとおり,本願発明と引用発明1との関係についての認定,判断に誤りはなく,本願発明には新規性が認められないから,その余の取消事由(取消事由5を含む。)に対する判断は,これ以上必要がない。

第5結論

以上によれば,原告の主張する取消事由は理由がなく,審決を取り消すべき違法は認められない。原告は,他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 岡本岳)

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