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知財高等裁判所 平成24年(行ケ)10433号 判決 2013年9月19日

原告

日立電線株式会社訴訟承継人

日立金属株式会社

訴訟代理人弁理士

長谷川芳樹

荒井寿王

城戸博兒

阿部寛

平野裕之

沖川寛

被告

特許庁長官

指定代理人

服部秀男

樋口信宏

守屋友宏

星野浩一

主文

1  特許庁が不服2011-28155号事件について平成24年11月5日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文1項と同旨

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  日立電線株式会社(以下「日立電線」という。)は,平成16年8月13日,発明の名称を「太陽電池用平角導体及びその製造方法並びに太陽電池用リード線」とする特許出願(特願2004-235823号。請求項の数6)をした(甲1)。

特許庁は,平成23年9月30日付けで拒絶査定をしたため,日立電線は,同年12月28日,これに対する不服の審判を請求した。

(2)  特許庁は,これを不服2011-28155号事件として審理し,平成24年11月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日,日立電線に送達された。

(3)  日立電線は,平成24年12月19日,本件審決の取消訴訟を提起した。

(4)  原告は,平成25年7月1日,日立電線を吸収合併した。

2  特許請求の範囲の記載

本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載(平成22年9月24日付け手続補正書(甲6)による補正後のもの)は,次のとおりである(以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲1,3,6)を,図面を含めて「本願明細書」という。)。

体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)であることを特徴とする太陽電池用平角導体。

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特願2006-513698号(国際出願日:平成17年(2005年)5月18日)が優先権主張の基礎とする特願2004-152538号(平成16年5月21日出願。以下「先願基礎出願」という。)の願書に最初に添付された明細書又は図面(甲10。以下,明細書及び図面を総称して,「先願基礎明細書」という。)に記載された発明(以下「先願基礎発明」という。)と実質的に同一である,というものである。

(2)  本件審決が認定した先願基礎発明は,次のとおりである。

体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6~49MPaである太陽電池用芯材

(3)  対比

ア 一致点

体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である太陽電池用平角導体

イ 相違点

本願発明は,引張り試験における0.2%耐力値について,「(ただし,49MPa以下を除く)」とされている点

(4)  判断の要旨

先願基礎発明は,芯材を低耐力材とすることにより,半導体基板にはんだ付けする際に生じる熱応力を軽減解消することができ,半導体基板にクラックが生じ難くするものであり,芯材の耐力について,半導体基板にクラックが生じない範囲として49MPa以下に特定したものであるが,クラックの発生が芯材の耐力によってのみ影響されるものでないことは当業者に明らかであり,さらに,半導体基板の厚さにも依存するものであると認められるから,上記耐力の範囲は,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて適宜決定されるべき設計事項というべきであり,芯材の耐力が49MPa以下である構成は,かかる設計事項を特定したものである。

そうすると,前記相違点に係る本願発明の構成である「(ただし,49MPa以下を除く)」とされる点は,先願基礎発明において適宜決定されるべき設計事項の相違にとどまるものであって,技術的思想すなわち発明として格別の差異を生じるものとは認められない。

したがって,本願発明は,先願基礎発明と実質的に同一のものというべきである。

4  取消事由

本願発明と先願基礎発明との実質的同一性に係る判断の誤り

第3当事者の主張

〔原告の主張〕

1  一致点の認定について

先願基礎出願当時の「JIS Z 2241」では,耐力はオフセット法,永久伸び法,又は全伸び法のいずれかの方法によって算出するとされており,0.2%耐力値は,オフセット法の備考欄に耐力の式によって例示されているのみであるから,「JIS Z 2241」に規定された方法の引張試験で測定した耐力が0.2%耐力値であるとは限らないというべきである。

先願基礎発明の耐力は,「JIS Z 2241」に規定されたいずれかの方法で測定したか不明である以上,0.2%耐力値であると一義的にいうことはできない。

したがって,先願基礎発明の耐力が本願発明と同様に0.2%耐力値であるか否か不明であるにもかかわらず,先願基礎発明と本願発明とが引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下の点で一致するとした本件審決の認定は誤りである。

2  相違点に係る判断について

(1) 本願発明は,シリコンセルの反りに着目し,反りを生じ難くすることを解決課題とし,「0.2%耐力値が90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」とする課題解決手段を採用することにより,太陽電池モジュールの生産性や信頼性の低下を抑制するという効果を奏するものである。

他方,先願基礎発明は,クラック(シリコンセルの割れ目やひび割れ)に着目し,クラックを生じ難くすることを解決課題とした上で,半導体基板の厚さを因子とせず,「耐力を19.6~49MPa」とする課題解決手段を採用するものであり,先願基礎明細書には,シリコンセルの反り及び反りに起因する弊害を低減することに関する記載及び示唆はない。

(2) 先願基礎発明は,クラックを生じ難くするために特定の耐力に係る数値範囲を規定しているのに対し,本願発明は,反りを生じ難くするために,先願基礎発明が積極的に排除した数値範囲を発明特定事項とするものである。

先願基礎発明における「19.6~49MPaの耐力範囲」は,先願基礎発明の本質的部分であって,設計上適宜定められるものではない。先願基礎明細書において,その数値範囲以外の耐力値でクラックを生じ難くしようとする発明が開示されているわけではないから,先願基礎発明の数値範囲が設計上適宜定められるにすぎないものと理解されることはあり得ない。

(3) 本件審決は,先願基礎明細書の表1(以下「表1」という。)の試料No.3及び5の結果に基づいて,クラックの発生が芯材の耐力によってのみ影響されるものではないとし,また,シリコン基板として,厚さが200μmより厚いものを採用すれば,耐力の上限として,49MPaより大きいもの,すなわち先願基礎発明が排除している耐力の値を採用し得るとする。

しかしながら,表1の試料No.3は,体積抵抗率が大きいことから,比較例とされたものであるし,原告による実験結果(甲19)によれば,表1のNo.3に関する記載は,クラック発生の有無に関する結果の信憑性に乏しい。また,試料No.5は,先願基礎発明及び本願発明から除外されている従来例にすぎない。

先願基礎発明は,半導体基板の厚さによらずに,耐力を19.6ないし49MPaとすることによって半導体基板におけるクラックの発生を防止しようというものであるから,「19.6~49MPaの低耐力材で芯材が形成されると半導体基板にクラックが生じ難い」ことをその本質的部分としており,先願基礎明細書において,クラックの発生に関する他の因子は特定されていない。にもかかわらず,本件審決は,試料No.3及び5の結果から,直ちに,クラックの発生が芯材の耐力によってのみ影響されるものではないと判断し,先願基礎発明が排除している耐力に係る数値範囲を採用できるとしているから,本件審決の判断は誤りである。

(4) 以上のとおり,本願発明と先願基礎発明とでは,発明の本質的部分である耐力に係る数値範囲が互いに相容れない。これに加えて,両者における課題及び効果に関する数値限定の技術的意義も互いに異なっているから,両発明が実質的に同一の発明であるということはできない。

〔被告の主張〕

1  一致点の認定について

「JIS Z 2241」により測定される耐力は,オフセット法,永久伸び法又は全伸び法のいずれかにより算出されるものであるところ,永久伸び法は耐力が規定に合格するか否かを定める場合に,全伸び法は全伸びλ%が明らかである場合に,それぞれ用いられる方法であり,先願基礎発明の芯材のように,降伏点が明瞭でない材料(銅等)については,一般的にはオフセット法が用いられるものである。しかも,特に規定のない場合,永久伸びの値を0.2%とするのが一般的であるから,先願基礎発明における耐力が0.2%耐力であることは明らかである。

したがって,本件審決の一致点の認定に誤りはない。

2  相違点に係る判断について

(1) クラックが発生するか否かは,芯材の耐力のみが影響するものではなく,半導体基板の厚さにも依存するものであって,先願基礎発明の耐力は,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて設計上適宜に定められたものということができる。

本願発明及び先願基礎発明は,いずれもシリコン結晶ウェハを薄板化した際に生じる問題を解決するために,平角導体(芯材)を塑性変形させることによってはんだ付けする際の熱応力を低減させる点において,共通の技術的思想に基づく発明である。本願明細書において,0.2%耐力値として49MPa以下を除くことの技術的意義に関する記載はなく,本願発明の耐力に係る数値範囲について,90MPa以下から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできない。

(2) 先願基礎発明の耐力に係る数値範囲(19.6~49MPa)も,設計上適宜に定められたものにすぎないから当該数値範囲に限られるものではなく,本願発明及び先願基礎発明における耐力に係る数値範囲の特定についての相違は,発明の実施に際し適宜定められる設計的事項の相違にとどまるものであって,発明として格別差異を生じさせるものではない。

(3) 原告は,実験結果を根拠として,表1のNo.3に関する記載はクラック発生の有無に関する結果の信憑性に乏しいなどと主張するが,当該主張は,先願基礎明細書の記載に基づかない主張である。

(4) 以上のとおりであるから,本願発明は,先願基礎発明と実質的に同一であるとした本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

本願発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲1,3,6)には,おおむね次の記載がある。

(1)  技術分野

本願発明は,太陽電池のシリコンセルとはんだ接続してもシリコンセルの反りが少なく,かつ,電気的特性にも優れた太陽電池用の平角導体及びその製造方法並びに太陽電池用リード線に関する発明である(【0001】)。

(2)  背景技術

基板上にシリコン結晶を成長させた太陽電池では,通常,シリコン結晶ウェハ(シリコンセル)の所定の領域に接合した接続用リード線を通じて電力を伝送する構成としており(【0002】),この接続用リード線には,平角導体の表面に,セルとの接続のためのはんだめっき膜が形成される(【0003】)。

太陽電池を構成する部材では,シリコン結晶ウェハが材料コストの大半を占めることから,製造コストの低減を図るべく,シリコン結晶ウェハの薄板化が検討されている。しかし,シリコン結晶ウェハを薄板化すると,接続用リード線のはんだ接合時における加熱プロセスや,太陽電池使用時における温度変化により,はんだめっきを介して接続したシリコンセル及び接続用リード線が反ったり,破損したりするおそれがあるため,例えば熱膨張が小さいインバー(Fe-36mass%Ni)を銅材でクラッドし,表面にはんだめっき膜を形成したもののように,熱膨張が小さい接続用リード線のニーズが高まっている(【0004】【0005】)。

(3)  発明が解決しようとする課題

銅-インバー-銅(Cu/Fe-36mass%Ni/Cu)の材料特性を,Cu単独,インバー単独(Fe-36mass%Ni),シリコン単独の材料特性と比較すると,低熱膨張であるインバーを用いて,銅-インバー-銅をクラッドした平角導体では,シリコンとの熱膨張整合が可能になるものの,Cuに比べて体積抵抗率が増大するため,導電率が低下して太陽電池としての発電効率が下落するし,インバーにはニッケルが36%程度も含まれているため,高価になってしまう(【0006】~【0008】【表1】)。

また,銅-インバー-銅の3層構造では,インバーの両側に配置されている銅材料の結晶の配向又は結晶粒の不均一によって,反りなどの変形が生ずることがあり,これらは,太陽電池モジュールの生産性低下や,長期間使用した際の発電効率低下等,信頼性を低下させる原因となっていた。加えて,側面の銅-インバー-銅接合部が水分にさらされることにより,局部電池化し,腐食する恐れもあった。

したがって,本願発明の目的は,シリコン結晶ウェハを薄板化した場合でも接続用リード線の接合時にシリコン結晶ウェハの反り若しくは破損が生じにくく,導電率が良好な太陽電池用平角導体及び太陽電池用リード線を提供することにある(【0009】【0011】【0012】)。

(4)  課題を解決するための手段

前記課題を解決するため,本願発明は,体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)の導体を平角状に形成したことを特徴とする(【0014】)。

(5)  発明の効果

本願発明は,導体の0.2%耐力値を低減させているので,はんだ接続後の導体の熱収縮によって発生する,セルを反らせる力を低減できる。そのため,シリコンセルとはんだ接続後の熱収縮の際,セルの反りを減少させることができる。

また,体積抵抗率が50μΩ・mm以下の導体を用いているので,高導電性を有する太陽電池の接続用リード線を提供することができる(【0020】)。

(6)  発明を実施するための最良の形態

本願発明の実施形態の1つとしての太陽電池用平角導体は,セルヘのはんだ接続が容易となるように,軟質材の導体の外形形状が平角状とされている(【0022】【図1】)。

導体は,太陽電池の発電ロスを軽減する観点から,体積抵抗率が比較的小さい導体材料(例えば,体積抵抗率が50μΩ・mm以下の材料)を用いることが好ましい。体積抵抗率が比較的小さい導体材料としては,Cuのほか,Au,Ag,Alなどがあるが,この中で体積抵抗率が最も低いのはAgであり,発電効率を最大限にすることが可能である。他方,低コスト化を優先する場合,Cuが良く,軽量化を図る場合,Alを選択するのが望ましい(【0023】【0024】【表2】)。

一般に熱膨張率の異なる異種金属を高温で接続した場合,温度変化に熱膨張率とヤング率とを積算した値が反りを発生させる力となる。しかし,太陽電池のように接続する両部材の剛性が著しく異なり,また,はんだ接続温度も200℃以上と高温のものでは,断面積が少ない導体の方が降伏してしまい,熱膨張率とヤング率とによる力がそのまま反り発生力とはならない(【0025】)。

導体の場合,降伏応力が小さいと少ない力で塑性変形してしまい,それ以上の変形抵抗とならない。低強度及び低耐力であるほど,接合時のシリコン結晶ウェハへの負荷が軽減する。そのため,塑性変形の指標として引張り試験における0.2%耐力値を用い,導体の0.2%耐力が90MPa以下,好ましくは80MPa以下,より好ましくは70MPa以下とする。0.2%耐力値の低い軟質の導体を選択することにより,シリコン結晶ウェハヘ導体接合の際の熱応力を低減することができる。また,0.2%耐力を80MPa以下にすることにより,銅-インバー-銅のクラッド材よりもシリコン反りを低減することが可能となり,実用上大きな効果が得られる(【0026】)。

本実施形態の太陽電池用平角導体及び太陽電池用リード線は,導体の0.2%耐力値として90MPa以下のものを用いているので,はんだ接続後の導体の熱収縮によって発生する,セルを反らせる力を低減できる。このため,シリコンセルとはんだ接続後の熱収縮の際に,セルの反りを減少させることができる。また,体積抵抗率が50μΩ・mm以下の高導電性を有する導体を用いているので,太陽電池としての発電効率を良好に維持することができる(【0031】)。

(7)  実施例

幅2.0mm,厚さ0.16mmのCu材料を平角線状に圧延成形して導体とし,その周囲をSn-3%Ag-0.5%Cu系の鉛フリーはんだで被覆してはんだめっき膜を形成し,太陽電池用リード線とした。熱処理条件を変えて種々の0.2%耐力の太陽電池用リード線を製作し,縦150mm×横150mm,厚み200μmのシリコンセルにはんだ接続したものの反りを調べたところ,0.2%耐力の低下とともに反りも低減した(【0033】~【0035】【表3】)。

2  先願基礎発明について

先願基礎明細書(甲10)には,おおむね次の記載がある。

(1)  特許請求の範囲

【請求項1】体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6~49MPaである芯材と,前記芯材の表面に積層形成された溶融はんだめっき層を備えた太陽電池用電極線材。

(2)  技術分野

本願発明は,例えば太陽電池などの電子部品の接続用リード線として用いられる電極線材に関する発明である(【0001】)。

(3)  背景技術

太陽電池は,PN接合を有するシリコン半導体で形成された半導体基板と,半導体基板の表面に線状に設けられた複数の表面電極にはんだ付けされた接続用リード線を備えており,通常,所望の起電力を得るために複数の太陽電池を直列に接続して使用される(【0002】)。

従来,接続用リード線の素材となる電極線材は,タフピッチ銅で形成された丸形断面の銅線が圧延されて平坦状に潰された潰し銅線を芯材とし,その表面に溶融はんだめっき層が積層形成されたものが用いられていた。溶融はんだめっき層は,芯材の上に付着した溶融はんだが凝固する際に表面張力の作用によって,芯材の幅方向の端部から中央部にかけて膨らんだ山形になる(【0003】)。

電極線材を半導体基板にはんだ付けする際,電極線材の芯材を形成する銅と半導体基板を形成するシリコン等との熱膨張率が相違するため,加熱温度は,はんだ材の融点近傍の温度に厳格に制御される。すなわち,高価な半導体基板にクラックを発生させる原因となる熱応力をできるだけ小さくするように,電極線材は低温ではんだ付けされる(【0004】)。

半導体基板は,従来,その厚さが300μm程度のものが用いられてきたが,近年,コスト低減を目的として薄肉化する傾向にあり,最近では250μm程度のものが用いられるようになってきた。このため,従来の潰し導線を芯材とした電極線材では,はんだ付けの際に半導体基板にクラックが発生しやすいという問題があった。このようなクラックを防止するため,近年では半導体材料との熱膨張差の小さい導電性材料(Fe,Niの合金であるインバー(代表的組成:Fe-36%Ni)で形成された中間層の両面に銅層を積層一体化したクラッド材等)を芯材として用いるようになってきた(【0005】)。

(4)  発明が解決しようとする課題

クラッド材を芯材とする電極線材(クラッド電極線材)は,半導体基板に生じる熱応力を軽減することができるものの,体積抵抗率が比較的高いFe-Ni合金やFe-Ni-Co合金などの合金材によって中間層が形成されるため,電気抵抗が高くなり,太陽電池の発電効率が低下するという問題がある(【0007】)。

本発明は,従来のクラッド電極線材と代替可能であり,はんだ付けの際,太陽電池用半導体基板にクラックが生じ難く,しかも導電性に優れた太陽電池用電極線材を提供することを目的とする(【0008】)。

(5)  課題を解決するための手段及び発明の効果

本発明の太陽電池用電極線材は,体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6ないし49MPaである芯材と,芯材の表面に積層形成された溶融はんだめっき層とを備えるものである。この電極線材によれば,芯材の耐力が19.6ないし49MPaとされているので,溶融はんだめっき処理やその後の取扱い上,過度に変形することがなく,取扱い性が良好であり,しかも半導体基板にはんだ付けする際,凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消することができるので,半導体基板にクラックが生じ難い。また,体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下なので,導電性に優れるため,優れた発電効率を得ることができる(【0009】【0015】)。

(6)  発明を実施するための最良の形態

本発明の電極線材は,帯板状の芯材と,芯材の表面及び裏面に積層形成された溶融はんだめっき層を有し,芯材は体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6ないし49MPaの低耐力金属で形成されている。芯材の側面にも溶融はんだめっき層がめっき処理の際に不可避的に形成される(【0016】【図1】)。

本発明には,純銅,純銀などの導電性,はんだ付け性の良好な各種金属材を用いることができるが,材料コストの点からは,純銅が好ましく,銅の純度は高いほど良い(【0017】)。

溶融はんだめっき収容用凹部が形成された本発明の電極線材を用いて接続用リード線を形成した太陽電池は,PN接合を有するシリコン半導体で形成された半導体基板と,その表面に線状に設けられた複数の表面電極にはんだ付けされた接続用リード線を備えている。半導体基板の裏面には,40ないし80m㎡程度の大形表面の裏面電極が複数個設けられている(【0029】【図5】)。

接続用リード線がはんだ付けされる前の半導体基板には,複数の線状表面電極に導通するように,これらの表面電極に直交して配置されたはんだ帯が形成されている。このはんだ帯に沿って,電極線材の溶融はんだめっき層がはんだ帯に当接するように電極線材を半導体基板に載置し,半導体基板のはんだ帯及び電極線材の溶融はんだめっき層をともに溶融して電極線材を半導体基板の表面にはんだ付けする。これにより,半導体基板に電極線材によって形成された接続用リード線が接合される(【0030】)。

この太陽電池によれば,電極線材のはんだ付けの際,電極線材が熱応力によって塑性変形し,半導体基板に生じる熱応力を緩和するので,半導体基板にクラックが入り難く,しかも電極線材は体積抵抗率が低いため,導電性に優れ,発電効率を向上させることができる。電極線材には溶融はんだめっき収容用凹部が形成され,これに表面が平坦状とされた溶融はんだめっき層が形成されるので,はんだ付け性に優れ,接続用リード線が強固に半導体基板に接合されることになり,接続用リード線が半導体基板から外れ難く,耐久性に優れる(【0031】)。

(7)  実施例

アルミニウムやインバーからなる中間層の両面に無酸素銅を圧接,拡散焼鈍により積層形成したクラッド材(芯材素材。全体厚さ160μm)を製作した。クラッド材をスリットして幅2mmの帯板材を製作し,これを長さ150mmに切断して芯材片を得た。この芯材片の一部に対して軟化焼鈍(500℃×1分)を施した。また,無酸素銅からなる圧延シートを用いて,同様に芯材片を製作し,一部のものに焼鈍を施した。さらに,タフピッチ銅からなる潰し銅線(厚さ160μmで,幅ほぼ2mm)を長さ150mmに切断し,焼鈍を施すことなく芯材片とした。

各芯材片を用いて,「JIS Z 2241」に規定の方法により長さ方向に引っ張る引張試験を行い,耐力を測定した。また,「JIS H 0505」に規定の方法により,芯材の体積抵抗率を測定した(【0033】【0037】【表1】)。

さらに,芯材片の表面をアセトンで清浄後,溶融はんだめっき浴(はんだ組成:Sn-3.5mass%Ag,融点:220℃,浴温:300℃)に浸漬し,速やかに引き上げて芯材片の表面に厚さが片面平均40μm程度の溶融はんだめっき層を形成した(【0034】)。

これらの電極線材を太陽電池用シリコン基板(厚さ200μm)のはんだ帯に当接させ,260℃で1分間保持してはんだ付けした。はんだ帯は,シリコン基板に形成された複数の表面電極を縦断するように基板の表面に付着形成されたものである。はんだ付け後,シリコン基板のクラックの有無を調べたところ,実施例の電極線材(試料No.1,2,4)は,単層タイプ,クラッドタイプを問わず,耐力が49MPa以下であるため,200μmの薄形シリコン基板であってもクラックは皆無であった。他方,無酸素銅を用いた電極線材でも,軟化焼鈍を行わず,加工のままのもの(試料No.7)では耐力が147MPaと高くなり,シリコン基板にクラックが生じた。また,本発明の実施例の電極線材(試料No.1,2,4)は,体積抵抗率が従来の中間層をインバーで形成したクラッド電極線材(試料No.5)よりも低く,優れた導電性を有することが確認された(【0035】~【0037】【表1】)。

3  一致点の認定について

(1)  先願基礎明細書の記載

前記2(7)によると,先願基礎明細書には,耐力を,「JIS Z 2241に規定の方法」により,長さ方向に引っ張る引張試験を行って測定した旨の記載がある。

(2)  「JIS Z 2241」に関する文献の記載

ア 「JIS Z 2241 金属材料引張試験方法」(甲20。財団法人日本規耐力は,次のいずれかの方法によって算出する。

(ア) オフセット法

(イ) 永久伸び法 耐力が規格に合格するか否かを決めるだけでよい場合,日本工業規格の材料規格における既定値に原断面積を乗じて得た力を15秒間加え,これを除いて測定した標点間の永久伸びが規定値以下かどうかによって判定してもよい。

(ウ) 全伸び法 規定の永久伸びε%が得られる力(Fλ)での全伸びλ%が明らかである場合,全伸び法を用いてもよい。

イ 「図解 金属材料技術用語辞典(第2版)」(乙1。日刊工業新聞社発行)には,耐力について,おおむね次の記載がある。

引張試験において降伏点が明瞭でない材料では,規定された永久伸びを起こすときの応力を塑性変形の開始点としている。特に規定のない場合は,永久伸びの値を0.2%とする。応力-ひずみ線図から耐力を求めるには3つの方法があるが,一般にオフセット法が用いられる。

ウ 「JISハンドブック3非鉄」(乙2。財団法人日本規格協会発行)には,耐力の定義について,おおむね次の記載がある。

耐力:引張試験において,規定された永久伸びを生じるときの荷重を試験片の平行部の原断面積で除した値(JIS Z 2241)

降伏点が明瞭でない伸銅品では,降伏応力の代わりに耐力が用いられる。なお,伸銅品では,通常,オフセット法が用いられ,特に規定のない場合には,永久伸びの値を0.2%とする。

(3)  検討

ア 前記(1)のとおり,先願基礎明細書には,芯材の耐力を,「JIS Z 2241に規定の方法」である引張試験により測定することが記載されているが,当該芯材の降伏点に関する記載はない。

そして,前記(2)のとおり,「JIS Z 2241に規定の方法」である金属材料引張試験方法により測定される耐力は,オフセット法,永久伸び法,全伸び法のいずれかにより算出されるものであるが,永久伸び法は耐力が規格に合格するか否かを決めるだけでよい場合に用いられ,全伸び法は全伸びλ%が明らかである場合に用いられる方法であって,引張試験において降伏点が明瞭でない材料では,一般的にはオフセット法が用いられ,特に規定のない場合には,永久伸びの値を0.2%とするものとされている。

したがって,先願基礎発明における耐力は,「JIS Z 2241に規定の方法」において,降伏点が明瞭でない材料に対して一般的に採用される,永久伸びの値を0.2%としたオフセット法により算出した耐力,すなわち,本願発明と同様に,「引張り試験における0.2%耐力値」であるということができる。

イ 原告は,この点について,「JIS Z 2241」では,耐力はオフセット法,永久伸び法,又は全伸び法のいずれかの方法によって算出するとされており,0.2%耐力値は,オフセット法の備考欄に耐力の式によって例示されているのみであるから,「JIS Z 2241」に規定された方法の引張試験で測定した耐力が0.2%耐力値であるとは限らないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,降伏点が明瞭でない材料に対しては,一般的にオフセット法における0.2%耐力値が用いられるとされている以上,先願基礎明細書に接した当業者は,0.2%耐力値が用いられるものと理解するというべきである。

したがって,原告の前記主張は,採用することができない。

(4)  以上によると,先願基礎発明の「耐力」が,本願発明と同様の「引張試験における0.2%耐力値」と認められるとした本件審決の判断に誤りはない。

4  相違点に係る判断について

(1)  本願発明について

前記1によると,本願発明は,従来,太陽電池を構成する部材であるシリコン結晶ウェハを薄板化することに伴って生じる,シリコンセルや接続用リード線が反ったり破損したりすることを防止することを目的とするものである。本願発明は,太陽電池用平角導体の体積抵抗率を50μΩ・mm以下とすることにより,太陽電池としての発電効率を良好に維持し,高導電性を有する接続用リード線を提供できるのみならず,引張り試験における0.2%耐力値を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を,平角導体を塑性変形させることで低減し,セルの反りを減少させることができるという効果を奏するものである。

(2)  先願基礎発明について

前記2によると,先願基礎発明は,従来,はんだ付けの際に半導体基板に生じる熱応力を軽減し,半導体基板の薄肉化によるクラックの発生を防止するために,半導体材料と熱膨張差の小さい導電性材料からなるクラッド材を用いると,体積抵抗率が比較的高い合金材によって中間層が形成されるため,電気抵抗が高くなり,太陽電池の発電効率が低下するという問題を解決課題とするものである。先願基礎発明は,芯材の体積抵抗率を2.3μΩ・cm(23μΩ・mm)以下とすることにより,優れた導電性及び発電効率を得ることができるとともに,耐力を19.6ないし49MPaとすることによって,過度に変形することがなく,取扱い性が良好であり,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消することができるので,半導体基板にクラックが生じ難いという効果を奏するものである。

(3)  耐力に係る数値範囲について

ア 前記(1)及び(2)によれば,本願発明と先願基礎発明とは,体積抵抗率が23μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体である点で一致する(その点で,体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下で一致するとする本件審決の認定は相当ではない。)にすぎず,引張り試験における0.2%耐力値については,本願発明は90MPa以下で,かつ49MPa以下を除いているため,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲(19.6~49MPa)を排除している。

したがって,本願発明と先願基礎発明とは,耐力に係る数値範囲について重複部分すら存在せず,全く異なるものである。

イ 先願基礎発明は,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとするものであるが,先願基礎明細書(甲10)には,太陽電池用平角導体の0.2%耐力値を,本願発明のように,90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることを示唆する記載はない。また,半導体基板に発生するクラックが,半導体基板の厚さにも依存するものであるとしても,耐力に係る数値範囲を本願発明のとおりとすることについて,本件出願当時に周知技術又は慣用技術であると認めるに足りる証拠はないから,先願基礎発明において,本願発明と同様の0.2%耐力値を採用することが,周知技術又は慣用技術の単なる適用であり,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて適宜決定されるべき設計事項であるということはできない。

したがって,本願発明と先願基礎発明との相違点に係る構成(耐力に係る数値範囲の相違)が,課題解決のための具体化手段における微差であるということはできない。

ウ 本願発明は,前記(1)のとおり,耐力に係る数値範囲を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を平角導体を塑性変形させることで低減させて,セルの反りを減少させるものである。

これに対し,先願基礎発明は,前記(2)のとおり,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとすることによって,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消させて,半導体基板にクラックが発生するのを防止するというものである。

そうすると,両発明は,はんだ接続後の熱収縮を,平角導体(芯材)を塑性変形させることで低減させる点で共通しているものの,本願発明は,セルの反りを減少させることに着目して耐力に係る数値範囲を決定しており,他方,先願基礎発明は,半導体基板に発生するクラックを防止することに着目して耐力に係る数値範囲を決定しているのであって,両発明の課題が同一であるということはできない。

(4)  被告の主張について

被告は,本願発明及び先願基礎発明は,いずれもシリコン結晶ウェハを薄板化した際に生じる問題を解決するために,平角導体(芯材)を塑性変形させることによって,はんだ付けする際の熱応力を低減させる点において,共通の技術的思想に基づく発明であるところ,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲も,設計上適宜に定められたものにすぎないから,当該数値範囲に限られるものではなく,本願発明及び先願基礎発明における耐力に係る数値範囲の特定についての相違は,発明の実施に際し,適宜定められる設計的事項の相違にとどまるものであって,発明として格別差異を生じさせるものではないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,本願発明はセルの反りを減少させることに,先願基礎発明はクラックを防止することに,それぞれ着目して,耐力に係る数値範囲を決定しているのであるから,両発明の課題は異なり,共通の技術的思想に基づくものとはいえないから,被告の主張は,その前提自体を欠くものである。

また,前記のとおり,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことが,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲についても,同様に,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできない。

したがって,被告の上記主張は,採用することができない。

(5)  まとめ

よって,本件審決の相違点に係る判断は誤っている旨の原告の取消事由の主張は理由がある。

5  結論

以上のとおり,本願発明と先願基礎発明とは,実質的に同一の発明であるということはできないから,本願発明は先願基礎発明と実質的に同一の発明であるとした本件審決の認定及び判断には誤りがある。

よって,本件審決には違法があるから,これを取り消すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 田中芳樹 裁判官 荒井章光)

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