知財高等裁判所 平成25年(ネ)10003号 判決 2013年7月09日
控訴人(原告)
株式会社インターリンク
訴訟代理人弁護士
生田哲郎
森本晋
佐野辰巳
中所昌司
弁理士
吉浦洋一
被控訴人(被告)
ソフトバンクBB株式会社
訴訟代理人弁護士
五十嵐敦
岡田誠
関真也
補佐人弁理士
伊藤健太郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成23年1月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件請求の要旨
控訴人は,名称を「インターネット電話用アダプタ」とする発明についての本件特許(特許番号・第4397507号,出願日・平成12年4月27日,登録日・平成21年10月30日)の特許権者であるが,被控訴人が譲渡,貸与等をしている原判決別紙物件目録記載1~3のインターネット電話用アダプタ(それぞれ順に被告アダプタ1~3)が本件特許権に係る次のとおりの請求項1,2の発明の技術的範囲に属すると主張して,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償として1億円及び遅延損害金の支払を求めている。
本件特許権の請求項1及び2は次のとおりである。
① 請求項1
【1A】公衆回線用電話機を用いてインターネットを介した通話を行うためのアダプタであって,
【1B(a)】中央演算装置と,
【1B(b)】呼出信号発生部と,
【1B(c)】インターネットに接続されたコンピュータとの通信手段と,
【1B(d)】公衆回線用電話機との接続手段と,
【1B(e)】オフフック検出部と,
【1B(f)】DTMF信号検出部と,
【1B(g)】トーン発生部と,を備え,
【1C】インターネットを介した通話呼出がなされた場合に,前記呼出信号発生部において呼出信号を発生し,該呼出信号を公衆回線用電話機に対して出力し,
【1D】相手方のIPアドレスを変換した番号をダイヤルすることで発呼することを可能とする,
【1E】ことを特徴とするインターネット電話用アダプタ。
② 請求項2
【2A】公衆回線用電話機を用いてインターネットを介した通話を行うためのアダプタであって,
【2B(a)】中央演算装置と,
【2B(b)】呼出信号発生部と,
【2B(c)】インターネットに接続されたコンピュータとの通信手段と,
【2B(d)】公衆回線用電話機との接続手段と,
【2B(e)】オフフック検出部と,
【2B(f)】DTMF信号検出部と,
【2B(g)】トーン発生部と,を備え,
【2C】インターネットを介した通話呼出がなされた場合に,前記呼出信号発生部において呼出信号を発生し,該呼出信号を公衆回線用電話機に対して出力し,
【2D】相手方のIPアドレスを意味する番号をダイヤルすることで発呼することを可能とする,
【2E】ことを特徴とするインターネット電話用アダプタ。
(2) 原審の判断
原判決は,①被告アダプタ1~3は,いずれも,少なくとも本件発明1(請求項1の発明)及び本件発明2(請求項2の発明)の構成要件1B(c)及び2B(c)を充足しない,②被告アダプタ1~3は,特開平11-275070号公報(乙1公報)に開示された公知技術(乙1発明)と同一のものであるから,本件発明の構成と均等ではない,③本件発明は,乙1発明に特開平11-220549号公報(乙2公報)に記載された発明(乙2発明)を適用することによって当業者が容易に発明することができ無効審判請求によって無効にされるべきものである,として,控訴人の請求を全部棄却した。
2 前提となる事実
本件の前提となる事実は,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2(争いのない事実等)のとおりであり,争点は,同第2の3(争点)のとおりである。
第3当事者の主張
当事者の主張は,下記1~5のとおりに付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第3(争点に関する当事者の主張)に記載のとおりである。
1 原判決の付加訂正
(1) 原判決8頁5行目の「1A,1C」の次に「,2A,2C」を加える。
(2) 原判決12頁20行目の「しかし,」の次に「IPアドレスとは別に『VoIP呼制御用識別番号』を必要とする理由は,1個の相手方IPアドレスについて各々電話番号を異にする複数の電話機が接続されている場合であるところ,」を加える。
(3) 原判決23頁5行目末尾に行を改め「また,乙1発明は,およそインターネット電話を実現可能な技術ではなく,インターネット電話を実現している被告アダプタと同一性を認める余地はなく,この点は,後記6〔原告の主張〕(1)(原判決39頁以下)にて控訴人が主張するところを援用する。」を加える。
(4) 原判決28頁3行目末尾に行を改め「また,乙1発明がインターネット電話を実現可能な技術ではないとの控訴人の主張は失当であり,この点は,後記6〔被告の主張〕(4)ア(原判決33頁以下)にて被控訴人が主張するところを援用する。」を加える。
(5) 原判決32頁23行目の「及び」を「又は」に改める。
(6) 原判決35頁12~14行目の「当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,本件特許は,特許法36条4項1号の規定に基づく無効理由を有することになる。」を「当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないことになる。」に改める。
(7) 原判決39頁1~3行目の「乙1発明には,構成要件1D及び2Dが全て開示されていることになり,本件特許は,特許法29条1項3号の規定に基づく無効理由を有することになる。」を「乙1発明には,構成要件1D及び2Dがすべて開示されていることになる。」に改める。
(8) 原判決42頁18行目・21行目,46頁6行目及び47頁2行目の「本件発明1及び2」を,いずれも「本件発明」に改める。
2 控訴人の当審における新たな主張(構成要件1B(c)及び2B(c)に関する予備的主張)
(1) 新たな文言侵害の主張
被告アダプタにおいてバッファ処理等を行うアプリケーションがインストールされている部分は,構成要件1B(c)及び2B(c)の「インターネットに接続されたコンピュータ」に該当するところ,この部分と被告アダプタの他の部分と間ではインターネットを介した通話を行うために必要な信号・データの通信が行なわれており,構成要件1B(c)及び2B(c)の「通信手段」がある。そうすると,被告アダプタ自体が構成要件1B(c)及び2B(c)の「インターネットに接続されたコンピュータ」であって,かつ,被告アダプタは,「インターネットに接続されたコンピュータとの通信手段」を有することになり,構成要件1B(c)及び2B(c)を充足する。
なお,このように解すると,被告アダプタにおいては「アダプタ」(構成要件1A,1E,2A,2E)と「コンピュータ」(構成要件1B(c),2B(c))とが一体となっていることになるが,本件特許の特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載を見ても,両者が別体でなければならないとの限定は導かれない。そして,両者を一体とするか別体とするかは,当業者が適宜選択可能な事項である。
(2) 新たな均等侵害の主張
仮に文言解釈上「アダプタ」と「コンピュータ」とが別体でなければならないとしても,被告アダプタは,構成要件1B(c)及び2B(c)の点で本件発明の構成と均等である。
ア 第1要件(非本質的部分)
本件発明は,既存のインターネット電話技術を所与の前提として,インターネット電話において従来の公衆回線用電話機を使用できるようにし,その取扱いも従来の電話機と同様の感覚でなし得るようにすることを課題とする発明である(本件明細書【0001】~【0006】)。本件発明の本質的部分は,受信時の公衆回線用電話機に対する呼出信号制御を規定した構成要件1C及び2Cと,発呼時に相手方のIPアドレスを変換した又は意味する番号を公衆回線用電話機でダイヤルすることで発呼を可能とするようにした構成要件1D及び2Dにある。
したがって,「コンピュータ」と「アダプタ」が一体であるか別体であるかという相違は,本件発明の本質的部分にかかる相違とはいえない。
イ 第2要件(置換可能性)
本件発明と被告アダプタは,いずれも「一般の電話と同様に,着信時には電話機自身のベルが鳴り,また,発呼においても,ユーザは,通常の電話機と同様の操作のみで,インターネット電話をかけることができる。このため,ユーザは,コンピュータを意識することなく,インターネット電話を使用することができる。」との作用効果(本件明細書【0034】)を奏する。
したがって,本件発明と被告アダプタとは,「コンピュータ」と「アダプタ」が一体であるか別体であるかという相違にかかわりなく同一の作用効果を奏する。
ウ 第3要件(置換容易性)
「コンピュータ」と「アダプタ」を一体とするか別体とするかは,被告アダプタの製造の時点において当業者が適宜設計できる事項である。
したがって,本件発明との相違部分を被告アダプタにおけるものと置き換えることが,被告製品の製造の時点において容易に想到できた。
エ 第4要件(非容易推考性)
この点については,原判決22頁17行目から23頁5行目まで(上記1(3)にて付加された後のもの)のとおりである。
オ 第5要件(意識的除外)
この点については,原判決23頁9行目から10行目までのとおりである。
3 時機に後れた攻撃防御方法の主張について
(1) 被控訴人
控訴人の上記2の予備的主張は,第一審においてこれを提出するのに十分な期間及び機会があったにもかかわらず控訴審に至ってから提出されたものであり,その内容も被告アダプタの捉え方自体を変更する主張であるから,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
(2) 控訴人
控訴人の予備的主張は,原判決の認定判断を承けてされた予備的主張の追加であり,その内容も被告アダプタの構成要件該当性と均等論という文言解釈と法的評価の是非にすぎないから,その控訴審における提出に当たり控訴人に故意又は重過失はなく,また,訴訟の完結を遅延させるでもない。
4 上記2の新主張に対する被控訴人の反論
(1) 新たな文言侵害の主張に対して
アダプタとは,「機能や規格の異なる機器を接合させるための補助器具」を意味する用語であるところ(広辞苑 第五版),本件発明における「アダプタ」は,公衆回線用電話機を用いたインターネットを介した通話を実現することを目的として,「インターネットに接続されたコンピュータとの通信手段」(構成要件1B(c))と,「公衆回線用電話機との接続手段」(構成要件1B(d))とを有し,これらを相互に接続するためのアダプタである(本件明細書【0008】【0018】【0020】)。したがって,本件発明における「アダプタ」は,公衆回線用電話機とコンピュータという機能等の異なる機器とを接合(接続)するための補助器具であって,コンピュータとは独立した装置であることが当然に想定されている。
したがって,「アダプタ」と「コンピュータ」は別体のものであると解すべきであり,「コンピュータ」と「アダプタ」が一体である場合を含むと解する余地はない。
(2) 新たな均等侵害の主張に対して
ア 第1要件(非本質的部分)について
上記(1)のとおり,「アダプタ」という用語は,機能や規格の異なる機器を接合させるための補助器具という意義を本来的に有するものであり,また,本件明細書の各記載からも,接続される対象の機器と一体となるものは「アダプタ」ではあり得ない。
したがって,接続される対象の機器と本件発明の「アダプタ」とが別体であることは本件発明の本質的部分である。
イ 第2要件(置換可能性)について
「コンピュータ」と「アダプタ」が一体となったものは,もはや「アダプタ」ではないから,このような構成は,本件発明とは根本的に全く異なる技術であり,置換可能性はない。
ウ 第3要件(置換容易性)について
「コンピュータ」と「アダプタ」が一体となったものは,もはや「アダプタ」ではないから,このような構成は,本件発明とは根本的に全く異なる技術であり,置換容易性はない。
エ 第4要件(非容易推考性)について
この点については,原判決26頁末行から28頁3行目まで(上記1(4)にて付加された後のもの)を引用する。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,被告アダプタ1~3は本件発明の技術的範囲に属さないと解するから,その余の点について判断するまでもなく,本件請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりに付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第4(当裁判所の判断),1(本件発明の意義),同2(争点(1)ア〔構成要件1B(c)及び2B(c)の充足性〕について)及び同3(争点(1)オ〔均等侵害の成否〕について)に記載のとおりである。
1 原判決の訂正
(1) 原判決50頁2行目の「本件発明の目的の達成に不必要なものであるとすれば,」を「本件発明の目的の達成に当たって必須の構成ではないとすれば,」に,同頁末行から51頁初行までの「信号・データの通信を行うものではないことをうかがわせる記載は見いだせないから,」を「信号・データの通信を行わない場合もあることをうかがわせる記載は見いだせないから,」にそれぞれ改める。
(2) 原判決54頁6行目の「この図において」を「図3・・・・・において」に改め,25行目の次に行を改め,次のとおり図3を加える。
「file_2.bmp」
(3) 原判決54頁26行目から56頁20行目までを次のとおり改める。
「イ 上記アの各記載によれば,乙1発明は,①通常の電話機をインターネットに接続し,従来の電話と同等のサービスを提供することが可能な接続装置に関する発明であるところ(【0007】),その接続装置は,②CPUなどで構成されていて装置の各部を制御する制御部20a(【0034】)と,③(a)呼出信号を発生する呼出信号発生回路,(b)オフフックされたことを検出するオフフック検出回路から成り,(c)電話機に対してダイアルトーン信号を出力する電話機制御部20d(【0036】【0046】)と,④プッシュボタン式の電話機から出力されるPB信号を入力して,対応するコードに変換するPB信号デコード部20g(【0037】【0038】)をそれぞれ備え,⑤電話機との接続手段を有し(【図1】【図2】【図3】),⑥通話相手から呼出しがされた場合,電話機に対して呼出しがされたことを示す呼出信号を送って電話機を制御すること(【0013】【0036】【0050】)が認められる。また,乙1発明においては,⑦電話機で,通話相手の電話番号を入力することで,通話が可能になる(【0011】【0046】【図4】)。
さらに,乙1公報の段落【0017】,【0044】及び【図1】~【図3】には,上記接続装置が,⑧ルータを介して又はルータの代わりにハブ(集線装置)を介してインターネットに接続されることが開示されている。
ウ 前記第2,2(6)のとおり,被告アダプタが,[1]公衆回線用電話機を用いてインターネットを介した通話を行うためのアダプタであり,[2]中央演算装置と,[3]呼出信号発生部と,[4]オフフック検出部と,[5]トーン発生部と,[6]DTMF信号検出部と,[7]公衆回線用電話機との接続手段とを備え,[8]インターネットを介した通話呼出がなされた場合に,前記呼出信号発生部において呼出信号を発生し,該呼出信号を公衆回線用電話機に対して出力するとの構成を有していることは,当事者間に争いがない。また,前記第2,2(6)のとおり,被告アダプタは,[9]「050」で始まる相手方の電話番号をダイヤルすることで発呼を可能にするものである。
さらに,前記第2,2(6)及び上記2(2)アによれば,被告アダプタは,[10]直接インターネットに接続する手段を備えていることが認められる(別紙被告アダプタ説明書1~3参照)。
エ 乙1発明のルータは,パケットを中継するものとして位置付けられているにすぎないから,上記ウの本件発明の構成に係る限度で把握されるべき被告アダプタの構成を,上記イの乙1発明が少なくとも有する乙1公報に記載された事項とを対比すると,被告アダプタは,乙1公報に記載された接続装置にルータ又はハブとを併せたものと同一の構成を有するものと認められる。
そうすると,被告アダプタは,乙1公報に開示された公知技術と同一のものということができる。」
(4) 原判決57頁初行の「また,」から2行目までを,改行の上,次のとおり改める。
「カ 控訴人は,乙1発明はインターネット電話を実現可能とする技術ではないから乙1発明と被告アダプタとに同一性を認める余地はない旨を主張し,具体的には,乙1発明が,①インターネット電話の実施に不適なプロトコルであるTCP/IPを用いていること,及び②インターネット電話の実施に必須の音声データのバッファリング処理(これに必要なタイマを含む。)の構成を備えていないことを挙げる。
(ア) プロトコルの方式について
証拠(甲7,8,10,11,16,18,19,乙8,9)及び弁論の全趣旨によれば,①国際標準化機構(ISO)により制定されたOSI参照モデルにおける第3層(ネットワーク層)に該当する機能を果たす代表的なプロトコルとしてIPがあり,同第4層(トランスポート層)に該当する機能を果たす代表的なプロトコルとしてTCPとUDPがあること,②TCPは信頼性が高いが転送速度が低いため,音声データなどの通信には適しておらず,音声通信のメカニズムとして採用される見込みはないが,一方,UDPは信頼性が低いが転送速度が高く,音声などの通信に適していること,③「TCP/IP」とは,字義のとおりにIPとTCPの各プロトコルを採用した場合を意味することもあるが,実際には,インターネットで使われる多数のプロトコルの総称として用いられることがあり,この場合には,TCPとIPだけではなく,UDP,ICMP,HTTPなどの各種プロトコルを含む意味で用いられることが認められる。
そうすると,乙1公報に乙1発明に係る接続装置が「TCP/IP」の方式を用いることが記載されているとしても(乙1公報【請求項1】【0016】【0017】等),当然には乙1発明がTCPとIPを採用したことを意味するとは解されないものといえるところ,従来の電話と同等の音声通話サービスを提供することを可能にするための接続装置についての発明である乙1発明が(【0007】),わざわざその実施が不能となるような方式を用いていると理解すべき理由は見当たらない。したがって,乙1公報に記載された「TCP/IP」は,インターネットで用いられるプロトコルの意味にすぎないものと解するのが相当である。
これに対して控訴人は,乙1公報の段落【0016】及び【0053】の各記載から,乙1公報記載の「TCP/IP」がTCPとIPを採用したことを意味すると理解できると主張するが,該当箇所の記載は積極的にTCPとIPを採用していることを意味するものとは解し得ない。
また,控訴人は,乙1発明と同時期に乙1発明の出願人によって出願された甲14発明については,出願人が,甲14公報で「TCP/IP」をTCPとIPを採用した意味で用いているから,乙1公報の「TCP/IP」も同様に解すべきと主張するが,関連する技術について同時期に同一出願人によって出願されたからといって,各明細書の用語の意義を同一に解さなければならない理由はない。
(イ) バッファリング処理について
特許発明に係る明細書に特許出願当時の技術常識をすべて記載する必要はないのであるから,その記載がないからといって当該特許発明がそれを排除する構成をとっているとの解釈をとる根拠はないところ,証拠(甲14,乙10,19~21)によれば,インターネット電話において,送受信された音声データをバッファリング処理することは,乙1発明の特許出願当時の技術常識であったと認められる。したがって,乙1公報に音声データのバッファリング処理に関する記載がないからといって,それを根拠として乙1発明の接続装置がバッファリング処理を伴わないもので,それゆえにインターネット電話として機能し得ないものであるということはできない。
以上によれば,控訴人の上記各主張は,いずれも理由がなく,被告アダプタは公知技術と同一である。」
(5) 原判決57頁3行目から6行目までを次のとおり改める。
「(3)小括
以上のとおり,被告アダプタは,乙1公報に開示された公知技術と同一のものであり,均等の第4要件(非容易推考性)を充足しないから,構成要件1D及び2Dの充足の有無並びにその余の均等の要件について判断するまでもなく,本件発明の構成と均等なものとなり得ないことが明らかであるから,被告アダプタが本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。」
2 控訴人の当審における新たな主張に対する判断
(1) 時機に後れた攻撃防御方法の主張について
被控訴人は,控訴人の予備的主張が時期に後れた攻撃防御方法に当たる旨を主張するが,既に提出済みの証拠関係に基づき判断可能なものであるから,訴訟の完結を遅延させるものとはいえない。
したがって,上記主張を時期に後れた攻撃防御方法として却下はしない。
(2) 新たな文言侵害の主張について
控訴人は,被告アダプタが本件発明の「アダプタ」(構成要件1A,1E,2A,2E)であると同時に本件発明の「コンピュータ」(構成要件1B(c),2B(c))でもある旨を主張する。
『アダプタ』とは,一般的には,機能や規格の異なる機器を接合させるための補助器具を意味するものであるところ,本件発明の請求項の記載をみれば,本件発明の「インターネット電話用アダプタ」は,まさしく,「公衆回線用電話機を用いてインターネットを介した通話を行うためのアダプタ」であり(構成要件1A,2A),「インターネットに接続されたコンピュータとの通信手段」(構成要件1B(c),2B(c))及び「公衆回線用電話機との接続手段」(構成要件1B(d),2B(d))とを備えることが規定されている。そして,本件明細書にも次の記載がある。
「【0003】しかし,これまでのインターネット電話は,あくまでパーソナルコンピュータのひとつの機能として捉えられていた。すなわち,コンピュータの画面をみながら,コンピュータのキーボードを用いて行うものであり,電話の呼出音等もコンピュータに付属のスピーカ,あるいは外部スピーカから出されていた。【0004】ところが,このようなコンピュータの1機能としてのインターネット電話は,従来の電話とは,概念も取り扱いも異なるため,コンピュータの取り扱いに不慣れなものにとっては,とりつきにくいものであった。【0005】【発明が解決しようとする課題】そこで,本発明は,従来の電話機と同様の感覚で取り扱うことができるインターネット電話環境を実現することを課題とする。【0006】【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するために,本発明は,従来の電話機をそのまま用い,その取り扱いも従来の電話機と同様の感覚でなしうるインターネット電話を実現するためのアダプタを提供する。・・・・・【0008】本発明のアダプタは,通常家庭等で用いられている公衆回線(一般回線)用の電話機を用い,この電話機とコンピュータの間に接続されるものである。すなわち,コンピュータと本発明のアダプタはたとえばシリアル通信等の通信手段により接続され,また,本発明のアダプタと電話機は,モジュラケーブル等を介して接続される。【0009】相手方からインターネット電話がかかってくると,コンピュータ上のソフトウェアがその呼出を検出し,本発明のアダプタに対し信号出力をなす。すると,本発明のアダプタ上の中央演算装置がこれをうけとり,当該中央演算装置の指示に基づき,呼出信号発生部により,電話の呼出音が生成される。そして,当該呼出音が,モジュラケーブル等を介して電話機に出力され,電話機のベルがなる。ユーザは,これを聞いて電話機の受話器を取り上げて話をすることになる。【0010】これらの発明によれば,ユーザは,コンピュータのキーボード等を用いることなく,通常の電話と同様に電話機のダイヤルを廻すことでインターネット電話の発呼が可能である。具体的には,話したい相手の,IPアドレス(を加工したナンバー)等をダイヤルすることになる。・・・・・【0013】以上のように,ユーザは,コンピュータの操作を意識することなく,通常の電話と同様に,電話機を操作するのみで,インターネット電話をかけることができる。」
上記本件発明の構成及び本件明細書の記載からみると,本件発明は,①コンピュータの一機能である従来のインターネット電話がコンピュータの取扱に不慣れなものにはとりつきにくいものであったことを前提に,②かかる課題を解決するために従来の電話機をそのままに使用して従来の電話機と同様の感覚でなし得るインターネット電話を実現しようとし,③そのために通常家庭等で用いられている公衆回線用の電話機とコンピュータの間に接続される『アダプタ』を提供し,④当該アダプタは,コンピュータとは例えばシリアル通信等の通信手段により接続され,電話機とはモジュラケーブル等を介して接続されており,⑤その結果,ユーザは,通常の電話機と同様の操作のみでインターネット電話をかけることができるようになり,その一方で,キーボード等を用いるなどのコンピュータの操作を意識することがなくなるとして,請求項1又は2に記載された構成とした発明であると認められる。
そうすると,本件発明における「アダプタ」は,「コンピュータ」と「公衆回線用電話機」との間に介在して両機器を接続するための補助器具であり,接続される対象の機器である公衆回線用電話機又はコンピュータのいずれとも異なる装置と解される。
したがって,本件発明における構成要件1B(c)及び2B(c)の「インターネットに接続されたコンピュータ」は「アダプタ」とは異なる装置であり,同「通信手段」も当該異なる装置との間の通信手段でなければならないというべきであり,控訴人の主張する特許請求の範囲の解釈は採り得ず,これを前提とする文言侵害に係る構成要件該当性の主張も理由がない。
(3) 新たな均等侵害の主張について
当裁判所が訂正した部分を含め,引用した原判決の前記認定判断のとおり被告アダプタが均等侵害の第4要件(非容易推考性)を満たさない以上,控訴人の新たな主張に基づく均等侵害の第1~第3要件の当否に関わらず,被告アダプタが本件発明の構成と均等でないことは明らかである。
したがって,控訴人の新たな均等侵害の主張は理由がない。
第5結論
よって,本件請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)