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知財高等裁判所 平成25年(ネ)10016号 判決 2013年12月26日

控訴人

株式会社KBC

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

鈴木一徳

補佐人弁理士

岩﨑孝治

七條耕司

紀田馨

被控訴人

株式会社メディオン・リサーチ・

ラボラトリーズ

訴訟代理人弁護士

山田威一郎

補佐人弁理士

田中順也

水谷馨也

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  原判決主文第10項は,当審において,被控訴人が損害賠償請求に係る部分の附帯請求について請求の減縮をしたことにより,「控訴人は,被控訴人に対し,2億8859万1466円並びに内2億6907万0894円(ただし,1400万円の限度で1審被告有限会社サンクス製薬と,985万0379円の限度で1審被告株式会社サレア化研と,それぞれ連帯して)に対する平成23年1月8日から及び内1952万0572円に対する平成24年3月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。」と変更された。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  前項の取消しに係る部分につき,被控訴人の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,発明の名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする特許第4659980号(以下,この特許を「本件特許」,この特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被控訴人が,控訴人,1審被告有限会社サンクス製薬(以下「1審被告サンクス」という。)及び1審被告株式会社サレア化研(以下「1審被告サレア」という。)による原判決別紙被告製品目録1ないし14記載の各製品(以下,同目録記載の番号(枝番を含む。)に応じて「被告製品1」,「被告製品2」などという。)の製造,販売等が本件特許権の侵害に当たるなどと主張して,控訴人ほか上記2社に対し,特許法100条1項,2項に基づき,上記各製品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,同法65条1項に基づく補償金及び本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償並びに遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は,被控訴人の控訴人ほか上記2社に対する請求を一部認容した。被控訴人は,控訴人との関係では,被告製品4ないし14の製造,販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,補償金の一部請求及び損害賠償請求として合計4億円並びに内3億円(補償金請求に係る部分。ただし,1400万円の限度で1審被告サンクスと,2億6320万2450円の限度で1審被告サレアと,それぞれ連帯して)に対する平成23年1月8日(本件特許権の設定登録日の翌日)から,内1億円(損害賠償請求に係る部分)に対する同年4月29日(訴状送達の日の翌日)からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による各遅延損害金の支払を求めたが,原判決は,被控訴人に対し,被告製品4ないし13の製造,販売等の差止め及び廃棄並びに2億8859万1466円及び内2億6907万0894円(補償金請求に係る部分。ただし,1400万円の限度で1審被告サンクスと,985万0379円の限度で1審被告サレアと,それぞれ連帯して)に対する平成23年1月8日から,内1952万0572円(損害賠償請求に係る部分)に対する同年4月29日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で認容し,被控訴人のその余の請求を棄却した。原判決に対し,控訴人のみが敗訴部分を不服として控訴を提起した。

なお,被控訴人は,当審において,損害賠償請求に係る部分の附帯請求についてその起算日を平成23年4月29日(訴状送達の日の翌日)から平成24年3月1日とする旨の請求の減縮をし,控訴人は,これに同意した。

2  前提事実(末尾に証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)

(1)  当事者等

ア 被控訴人は,医薬品,医薬部外品,化粧品,医療用機械器具,美容機器・福祉用具の研究,開発,製造,販売及びこれらのコンサルティング業務等を目的とする会社である。

イ 控訴人(旧商号「株式会社カルゥ」)は,化粧品の企画,製造,販売及び輸出入業,美容器具の企画,開発,販売及び輸出入業等を目的とする会社である。

また,1審被告サンクス及び1審被告サレアは,いずれも医薬部外品の製造販売等を目的とする会社である。

(2)  被控訴人の特許権

ア 被控訴人は,本件特許の特許権者である。

本件特許については,被控訴人が平成10年10月5日を国際出願日とする特許出願(特願2000-520135号,優先権主張日平成9年11月7日,優先権主張国日本国。以下「本件出願」という。)をし,平成11年5月20日に本件出願の出願公開(国際公開)がされた後,平成23年1月7日に本件特許権の設定登録(請求項の数13)がされた。

イ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし5,7ないし13の記載は,次のとおりである(以下,請求項番号に応じて請求項1に係る発明を「本件特許発明1」,請求項2に係る発明を「本件特許発明2」などといい,本件特許発明1ないし5,7ないし13を総称して「本件各特許発明」という。)。

「【請求項1】

部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,

1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は

2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ

からなり,

含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,

含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。

【請求項2】

得られる二酸化炭素含有粘性組成物が,二酸化炭素を5~90容量%含有するものである,請求項1に記載のキット。

【請求項3】

含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,請求項1又は2に記載のキット。

【請求項4】

含水粘性組成物がアルギン酸ナトリウムを2重量%以上含むものである,請求項1乃至3のいずれかに記載のキット。

【請求項5】

含有粘性組成物が水を87重量%以上含むものである,請求項1乃至4のいずれかに記載のキット。

【請求項7】

請求項1~5のいずれかに記載のキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料。

【請求項8】

顔,脚,腕,腹部,脇腹,背中,首,又は顎の部分肥満改善用である,請求項7に記載の化粧料。

【請求項9】

部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を調製する方法であって,

1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤;又は

2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物;

を用いて,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素含有粘性組成物を調製する工程を含み,

含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものである,二酸化炭素含有粘性組成物の調製方法。

【請求項10】

調製される二酸化炭素含有粘性組成物が,二酸化炭素を5~90容量%含有するものである,請求項9に記載の調製方法。

【請求項11】

含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,請求項9又は10に記載の調製方法。

【請求項12】

含水粘性組成物がアルギン酸ナトリウムを2重量%以上含むものである,請求項9乃至11のいずれかに記載の調製方法。

【請求項13】

含有粘性組成物が水を87重量%以上含むものである,請求項9乃至12のいずれかに記載の調製方法。」

(3)  構成要件の分説

本件各特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件1-A」,「構成要件1-B」などという。)。

ア 本件特許発明1

1-A 部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,

1-B 1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は

2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ

からなり,

1-C 含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,

1-D 含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。

イ 本件特許発明2

2-A 得られる二酸化炭素含有粘性組成物が,二酸化炭素を5~90容量%含有するものである,

2-B 請求項1に記載のキット。

ウ 本件特許発明3

3-A 含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,

3-B 請求項1又は2に記載のキット。

エ 本件特許発明4

4-A 含水粘性組成物がアルギン酸ナトリウムを2重量%以上含むものである,

4-B 請求項1乃至3のいずれかに記載のキット。

オ 本件特許発明5

5-A 含有粘性組成物が水を87重量%以上含むものである,

5-B 請求項1乃至4のいずれかに記載のキット。

カ 本件特許発明7

7-A 請求項1~5のいずれかに記載のキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む

7-B 部分肥満改善用化粧料。

キ 本件特許発明8

8-A 顔,脚,腕,腹部,脇腹,背中,首,又は顎の部分肥満改善用である,

8-B 請求項7に記載の化粧料。

ク 本件特許発明9

9-A 部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を調製する方法であって,

9-B 1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤;又は

2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物;

を用いて,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素含有粘性組成物を調製する工程を含み,

9-C 含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものである,

9-D 二酸化炭素含有粘性組成物の調製方法。

ケ 本件特許発明10

10-A 調製される二酸化炭素含有粘性組成物が,二酸化炭素を5~90容量%含有するものである,

10-B 請求項9に記載の調製方法。

コ 本件特許発明11

11-A 含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,

11-B 請求項9又は10に記載の調製方法。

サ 本件特許発明12

12-A 含水粘性組成物がアルギン酸ナトリウムを2重量%以上含むものである,

12-B 請求項9乃至11のいずれかに記載の調製方法。

シ 本件特許発明13

13-A 含有粘性組成物が水を87重量%以上含むものである,

13-B 請求項9乃至12のいずれかに記載の調製方法。

(4)  本件の経過

ア 被控訴人は,平成11年9月から,本件各特許発明の実施品である製品(以下「原告製品」という。)を製造販売していた。

被控訴人は,平成13年10月20日から,1審被告サンクスに対し,原告製品の製造を委託するようになった。

被控訴人と1審被告サンクスは,平成14年5月27日,同日付け委託製造契約書(甲7)をもって,被控訴人が「開発・販売する商品」に関し,被控訴人が1審被告サンクスにその製造を委託する旨の委託製造契約を締結した。上記委託製造契約書の第1条は,「本件契約の対象」は,「被控訴人が開発した基本処方及び技術(出願番号 特許平9-305151及び国際出願PCT/JP98/04503)を使用し,被控訴人が従来製造・販売していた製品(メディプローラー)を改良した製品(以下「本件製品」という),もしくは本件製品を構成するジェル(以下「本件ジェル」という)」である旨を,第5条1項は,1審被告サンクスは,「本件製品又は本件ジェル」について,その類似物を含めて被控訴人からの事前の書面による許可なく一切製造することはできず,被控訴人以外の者に製造させることも販売することもできない旨を,同条3項は,同条1項は,「本件契約終了後」,10年間有効とする旨を規定している。

その後,被控訴人は,平成16年,1審被告サンクスが被控訴人の許可なく被告製品1ないし3を製造販売するなどして上記委託製造契約に違反したとして,1審被告サンクスに対し,上記委託製造契約に基づいて,被告製品1ないし3などの製造販売の差止めを求めるとともに,上記委託製造契約の債務不履行に基づく損害賠償として5830万円及び遅延損害金の支払を求める訴え(大阪地方裁判所平成16年(ワ)第7539号)を提起した。大阪地方裁判所は,平成18年4月27日,1審被告サンクスに対し,被告製品1ないし3の製造販売の差止め,損害賠償として200万円及び遅延損害金の支払を命じる限度で被控訴人の請求を認容する旨の判決を言い渡し,同判決は,同年5月12日,確定した(甲3の1,2)。

一方で,同年4月12日,1審被告サンクスの元従業員で,被控訴人との取引を担当していたAによって,1審被告サレアが設立された。

イ 被控訴人は,平成16年12月21日付けの通知書(甲24)をもって,控訴人に対し,本件出願が既に出願公開されていることを述べた上で,控訴人による「CO2ジェル商品」の販売が本件出願に係る発明の実施に当たり,特許法65条1項に基づく補償金の対象となるので,その販売を行わないよう警告をする旨の通知をした。

控訴人は,上記通知を受けた後,被告製品5ないし12を販売した。

このうち,被告製品5及び6は,控訴人が1審被告サンクス又は1審被告サレアに,被告製品7-1は,控訴人が1審被告サレアにそれぞれ製造を委託して上記各1審被告から納品を受けたものである。

(5)  被告製品4ないし13の構成要件充足性等

ア 被告製品4ないし13は,いずれも,ジェル剤と顆粒剤とからなる化粧料のキット製品であり,ジェル剤には水,アルギン酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを含有し,顆粒剤にはコハク酸又はアスコルビン酸を含有しており,容器の中でジェル剤と顆粒剤を混ぜ合わせ,この混ぜ合わせた組成物を肌に直接塗布して使用する(甲9,15ないし23,27,28(枝番のあるものは枝番を含む。))。

イ 被告製品4ないし13は,本件特許発明1ないし5の各構成要件を全て充足し,その技術的範囲に属する。

被告製品4ないし13により得られる化粧料は,本件特許発明7及び8の各構成要件を全て充足し,その技術的範囲に属する。

被告製品4ないし12を使用する方法は,本件特許発明9ないし13の各構成要件を全て充足し,その技術的範囲に属する。

3  争点

本件の当審における争点は,以下のとおりである。

(1)  特許法104条の3第1項の規定(同法65条6項による準用を含む。以下同じ。)に基づく被控訴人の権利行使の制限の成否(争点1)

(2)  被告製品4ないし13についての間接侵害の成否(争点2)

(3)  特許法65条1項に基づく補償金支払義務の有無及び補償金の額(争点3)

(4)  被控訴人の損害額(争点4)

第3当事者の主張

1  争点1(特許法104条の3第1項の規定に基づく被控訴人の権利行使の制限の成否)について

(1)  控訴人の主張

本件特許には,以下のとおりの無効理由があり,特許無効審判により無効とされるべきものであるから,特許法104条の3第1項の規定により,被控訴人は,控訴人に対し,本件各特許発明に係る本件特許権を行使することができない。

ア 無効理由1(本件各特許発明の進歩性の欠如)

本件各特許発明は,本件出願の優先権主張日前に頒布された刊行物である乙3(特開昭60-215606号公報)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるから,進歩性が欠如し,本件各特許発明に係る本件特許には,特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。

(ア) 乙3の記載事項から導出される発明

a 乙3には,「炭酸塩と酸による炭酸ガス発生物質を含有するパック剤」の発明(特許請求の範囲の請求項1及び2)が記載され,その発明の「実施形態③」として,「③ 炭酸塩と酸をそれぞれ異なる2つの上記担体に担持させる。この担体には,②と同様に公知のパック剤成分を担持させることも,また水分を保持させることもできる。」(2頁左下欄1行~4行)との記載がある。

この記載は,「公知のパック剤成分」を担持させる構成及び水分を保持させる構成をそれぞれ独立して選択し得ることを示したものであるが,炭酸塩の担体と酸の担体の「2つの異なる担体」のいずれについて上記各構成を採用するのかを明示していないから,乙3には,「実施形態③」における「水分を保持させる構成」として,①炭酸塩の担体と酸の担体との双方につき,水分を保持させる構成,②炭酸塩の担体に水分を保持させ,酸の担体に水分を保持させていない構成,③炭酸塩の担体に水分を保持させずに,酸の担体に水分を保持させる構成を開示又は示唆するものといえる。

また,上記記載は,②の構成を選択した場合,更に「公知のパック剤成分」を炭酸塩の担体又は酸の担体のいずれか一方に担持させることにより,「炭酸塩の担体に水分を保持させるだけでなく,公知のパック剤成分をも担持させる構成」(以下「構成α」という。)又は「炭酸塩の担体に水分を保持させ,酸の担体に公知のパック剤成分を担持させる構成」を選択できること開示又は示唆するものといえる。

そして,構成αを採用したパック剤は,「炭酸塩を担持しているパック剤につき,公知のパック剤成分を担持させ,かつ,水を保持させる」構成及び「酸を担持しているパック剤につき,公知のパック剤成分を担持させておらず,しかも,水を保持させていない」構成を有するものである。

b 乙3記載の「パック剤」は,「ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロース,各種天然ガム質等の水性粘稠液を主剤とし,これに種々の添加成分を配合したもの」(1頁右下欄1行~4行)であり,この「水性粘稠液」は,粘性を有する液体であるから,「粘性組成物」に該当する。ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロースは本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。甲2)に例示(3頁48行,4頁8行)するとおり,「増粘剤」である。

乙3には,乙3記載のパック剤によって発生した「炭酸ガスによる血行促進作用によつて皮膚をしつとりさせることができる」効果を奏すること(1頁左欄12行~末行)の記載があり,「製造例1ないし4」の各パック剤につき,左腕内側(4頁右下欄の「(1) 血流量」測定の場合),両腕内側(4頁右下欄~5頁左上欄の「(2) 皮膚水分量」測定の場合),顔面(5頁右上欄の「(3) しっとり感」の検査の場合)に塗布したうえで,約30~40分後に乾燥させた場合,血流量の増加,皮膚水分量の増加,しっとり感につき,所定の効果が発生したこと(5頁左下欄の第1表。別紙2参照)の記載がある。仮に炭酸塩と酸との水中での反応により各パック剤において生成された二酸化炭素が,水性粘稠液に含有され,かつ,保持されていないのであれば,当該二酸化炭素は,塗布された部位から直ちに散逸し,上記血流量,皮膚水分量,しっとり感に所定の効果を得ることは不可能である。

したがって,上記記載は,炭酸塩と酸との水中での反応により各パック剤において生成された二酸化炭素を水性粘稠液が気泡状に含有し,かつ,保持する状態が約30~40分継続したがゆえに,上記所定の効果が得られたことを示すものといえる。

そして,構成αを採用したパック剤(二つの異なるパック剤)を上記各部位に重畳した状態で塗布した場合,「製造例4」の場合(双方のパック剤に公知のパック剤成分を担持させ,かつ,水分を保持させた構成のもの)と同様に,公知のパック剤成分を構成する水性粘稠液が「二酸化炭素を気泡状で保持できるものであること」は明らかである。

構成αを採用したパック剤(二つの異なるパック剤)は,炭酸ガスを発生するという本来の機能を発揮し得る以上,本来,一揃えとして結合を予定している「キット」に該当する。

c 前記a及びbを総合すれば,乙3の記載事項から,構成αを採用したパック剤(二つの異なるパック剤)に係る発明として,「炭酸塩及び公知のパック剤成分である増粘剤を含有する含水粘性組成物と,固体である酸の組合せからなり,血行促進剤及び皮膚水分量増加剤として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」(以下,この発明を「構成α発明」という。)を導出することができる。

d 被控訴人は,この点に関し,乙3から導出される構成αは,酸と炭酸塩の双方をそれぞれ2枚の異なる担体(シート)に保持させることが必須となっており,乙3から,担体(シート)を使用しない構成α発明を導出することはできない旨主張する。

しかしながら,乙3の「実施形態③」に対応している製造例4においては,炭酸塩(炭酸ナトリウム)を含有する組成物であるA剤と,酸(酒石酸)を含有する組成物であるB剤とを使用時にストレートに混合すること(4頁左下欄12行~13行)によって,血流量及び皮膚水分量の測定を行っており,乙3記載のパック剤は,「実施形態③」の例示の場合のようなシート剤によるキットのみに限定するものではないから,乙3から担体(シート)を使用しない構成α発明を導出することができないとの被控訴人の上記主張は,理由がない。

(イ) 本件特許発明1と構成α発明との対比

本件特許発明1と構成α発明とを対比すると,次のとおりの相違点があるが,その余の構成は一致する。本件特許発明1の構成中の「含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する」との構成(構成要件1-D)は,前記(ア)bのとおり,構成α発明において達成できるから,構成α発明との相違点にはならない。

(相違点1)

二酸化炭素含有粘性組成物の用途が,本件特許発明1では「部分肥満改善用」であるのに対して,構成α発明では「血行促進及び皮膚水分量増加用」である点。

(相違点2)

含水粘性組成物が含有する増粘剤の種類が,本件特許発明1では「アルギン酸ナトリウム」であるのに対して,構成α発明では特定されていない点。

(相違点3)

酸の形態が,本件特許発明1では「顆粒(細粒,粉末)」であるのに対して,構成α発明では固体である点。

(ウ) 本件特許発明1の容易想到性

a 相違点1について

肥満には,脂肪の蓄積によるタイプと水太り・むくみ太りのタイプが存在する(丙23の1)。

皮膚水分量の増加は,皮膚の内側の体内における水分の減少を不可欠としているから,皮膚水分量の増加を繰り返した場合には,水太りによる肥満防止が可能であることを推認できる。

また,血液循環の改善(血行促進作用)は,局所的な肥満の改善を実現する(丙23の1ないし3)。

さらに,乙3には,前記(ア)bのとおり,パック剤を「左腕内側」,「両腕内側」,「顔面」にそれぞれ当接することによって,血行促進,皮膚水分量の増加,更には血行促進に伴う「しっとり感」という作用効果を発揮した旨の記載がある。これらの作用効果は,皮膚上に皮膜を形成することによって皮膚への二酸化炭素の浸透量を増大させたことによる部分肥満改善作用にほかならない。

そうすると,「血行促進及び皮膚水分量増加用」の用途を有する構成α発明は,部分肥満改善作用を発揮し得るから,当業者は,構成α発明を「部分肥満改善用」の用途(相違点1に係る本件特許発明1の構成)に使用することを容易に想到することができたものである。

b 相違点2について

(a) 「粘稠剤」とは,液体に粘性を与えるために物質をいい(丙32),アルギン酸ナトリウムは,「粘稠剤」に該当する。そして,アルギン酸ナトリウムは,水溶性であるから,乙3記載の公知のパック剤成分の一つである「水性粘稠液」を形成することができる。

また,本件出願の優先権主張日当時,水中の二酸化炭素の気泡をアルギン酸ナトリウム,又はアルギン酸ナトリウムと他の水溶性粘稠液による皮膜によって包むことは,周知の技術的事項であった(例えば,乙2,丙24,28,39の1ないし5,39の6の1,2)。

したがって,当業者は,構成α発明において,「水性粘稠液」(増粘剤)を形成する水溶性粘稠剤としてアルギン酸ナトリウム(相違点2に係る本件特許発明1の構成)を採用することを容易に想到することができたものである。

(b) 被控訴人は,この点に関し,アルギン酸ナトリウムは,皮膜を形成しないポリマーであり,また,皮膜の形成を阻害するように働くから,皮膜形成型のパック剤である構成αを採用したパック剤において,増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを配合する動機付けがない旨主張する。

しかしながら,含水粘性組成物は,皮膜を形成しなければ水中の二酸化炭素の気泡を包むことによって保持することができず,しかも,当該皮膜は,水の蒸発を原因として,含水状態から順次固化するのであり,この点は,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と他の含水粘性組成物とで変わりはない。

すなわち,丙29の2(控訴人作成の平成25年6月5日付け試験結果報告書(2))は,含水粘性組成物としてアルギン酸ナトリウムを含有しない「キットA」,アルギン酸ナトリウムを50重量%含有する「キットB」,アルギン酸ナトリウムを100%含有する「キットC」をそれぞれ人体の皮膚に塗布して使用した場合における皮膜の形成の有無,部分肥満改善効果等を確認した試験の試験結果報告書であるが,同報告書によれば,キットAないしCのいずれについても,塗布後6時間経過した段階では,皮膜が形成されており,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物においても皮膜が形成されることを実証している。

また,丙35(特開2012ー85954号公報)は,アルギン酸ナトリウム水溶液を皮膚に塗布した場合,アルギン酸ナトリウム水溶液が空気の接触を原因とする水分の揮発を介して皮膜を形成することを示している。

さらに,本件明細書(甲2)は,「部分肥満解消作用」を発揮するのに必要な含水粘性組成物に含有する増粘剤として,「3.・・・アラビアゴム,カラギーナン,…カルボキシメチルセルロース…アルギン酸ナトリウム,…ポリビニルアルコール,…ラポナイトからなる群より選ばれる少なくとも1種であること」を列挙し(3頁~4頁),アルギン酸ナトリウムと乙3記載のカルボキシメチルセルロース,ポリビニルアルコールとを同列に位置付けている。

したがって,被控訴人の上記主張は,その前提において,失当である。

c 相違点3について

「酸を含む顆粒(細粒,粉末)」とは,酸を含んだ状態で構成している細粒剤又は粉末剤をいい,必然的に「粉末状態」の酸も顆粒状の酸に該当する。しかるところ,乙3記載の固体状の酸は,粉末状の酸を当然包摂している。

また,本件出願の優先権主張日当時,乙3が例示するクエン酸,酒石酸,テレフタル酸等の酸が粉末状であること,特にクエン酸が粉末状又は顆粒状のいずれかであることは公知であった(丙34の1ないし6)。

したがって,当業者は,構成α発明において,上記酸を採用して酸の形態を「顆粒(細粒,粉末)」とすること(相違点3に係る本件特許発明1の構成)を容易に想到することができたものである。

d 小括

以上によれば,本件特許発明1は,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(エ) 本件特許発明2の容易想到性

本件特許発明2は,本件特許発明1の請求項を引用した発明であり,本件特許発明2のうち,本件特許発明1に相当する構成について,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に想到することができたことは,前記(ウ)のとおりである。

本件特許発明2は,「得られる二酸化炭素含有粘性組成物が,二酸化炭素を5~90容量%含有するものである」との構成(構成要件2-A)を有している点で,本件特許発明1の構成と相違する。

しかるところ,丙25(特開昭62-181219号公報)には,0.1重量%の濃度で水溶液を形成している炭酸塩と有機酸とを水中で反応させることによって得られる二酸化炭素の濃度が300ppm以上であり,好ましい濃度が500ppm以上であること(1頁左欄の特許請求の範囲の請求項1,2頁左下欄1行~3行)の開示がある。平均常温25℃に換算した場合の二酸化炭素の密度が1.807×10-3g/c㎥ (丙26の1,2)であることを前提に,上記濃度を容積(相対量)に換算すると,16.6%~27.7%となり,これは,構成要件2-Aを充足する。

以上によれば,本件特許発明2は,当業者が乙3及び丙25に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(オ) 本件特許発明3の容易想到性

本件特許発明3は,本件特許発明1の請求項を引用した発明であり,本件特許発明3のうち,本件特許発明1に相当する構成について,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に想到することができたことは,前記(ウ)のとおりである。

本件特許発明3は,「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである」との構成(構成要件3-A)を有している点で,本件特許発明1の構成と相違する。

しかるところ,丙27(平成25年3月11日付け試験結果報告書)には,控訴人が,①乙2(特公平7-8779号公報)の実施例6,9について,水を第1剤であるクエン酸側に配合することに代えて,第2剤であるアルギン酸ナトリウム側に配合した実施形態(以下「逆転実施形態6,9」という。),②逆転実施形態6,9について,第2剤のポリエチレングリコールに代えて乙3記載の水性粘稠液であるカルボキシメチルセルロースを採用した実施形態(以下「逆転実施形態6′,9′」という。)において,第1剤と第2剤とを攪拌混合することによって形成された発泡状態が2時間後にどの程度減少するかを目的とした試験を行い,その試験の結果,逆転実施形態6,9及び逆転実施形態6′,9′のいずれにおいても,攪拌後の発泡による最大高さに対し,2時間経過後の高さは50%を超えていた旨の記載がある。丙27の上記試験結果は,逆転実施形態6,9及び逆転実施形態6′,9′が構成要件3-Aを充足することを示すものである。

そして,逆転実施形態6,9及び逆転実施形態6′,9′は構成α発明に該当する以上,当業者は,逆転実施形態6,9及び逆転実施形態6′,9′を採用することを容易に想到することができたものである。

以上によれば,本件特許発明3は,当業者が乙3及び乙2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(カ) 本件特許発明4の容易想到性

本件特許発明4は,本件特許発明1の請求項を引用した発明であり,本件特許発明4のうち,本件特許発明1に相当する構成について,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に想到することができたことは,前記(ウ)のとおりである。

本件特許発明4は,「含水粘性組成物がアルギン酸ナトリウムを2重量%以上含むものである」との構成(構成要件4-A)を有している点で,本件特許発明1の構成と相違する。

しかるところ,逆転実施形態6,9においては,100gのサンプルを作成した場合にアルギン酸ナトリウムが占める重量は,いずれも4.5重量%であり,構成要件4-Aを充足する。

そして,当業者が逆転実施形態6,9を採用することを容易に想到することができたことは,前記(オ)のとおりである。

以上によれば,本件特許発明4は,当業者が乙3及び乙2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(キ) 本件特許発明5の容易想到性

本件特許発明5は,本件特許発明1の請求項を引用した発明であり,本件特許発明4のうち,本件特許発明1に相当する構成について,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に想到することができたことは,前記(ウ)のとおりである。

本件特許発明5は,「含有粘性組成物が水を87重量%以上含むものである」との構成(構成要件5-A)を有している点で,本件特許発明1の構成と相違する。

しかるところ,乙2の実施例1は,「クエン酸+水」と,「ポリエチレングリコール+炭酸水素ナトリウム+アルギン酸ナトリウム」とを,10:1の重量比で配合したものである。この実施例1について,水を第2剤と共存状態に配合した実施形態(以下「逆転実施形態1」という。)を採用した場合,「水+ポリエチレングリコール+アルギン酸ナトリウムによる含有粘性組成物」において,水が占める割合は,91%となり,これは,構成要件5-Aを充足する。

そして,逆転実施形態1は構成α発明に該当する以上,当業者は,逆転実施形態1を採用することを容易に想到することができたものである。

以上によれば,本件特許発明5は,当業者が乙3及び乙2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(ク) 本件特許発明7の容易想到性

本件特許発明7は,本件特許発明1ないし5のいずれかのキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料である。

当業者が構成α発明を「部分肥満改善用」の用途に使用することを容易に想到することができたことは,前記(ウ)aのとおりである。

以上によれば,本件特許発明7は,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(ケ) 本件特許発明8の容易想到性

本件特許発明8は,本件特許発明7における部分肥満改善の対象を「顔,脚,腕,腹部,脇腹,背中,首,又は顎の部分」(構成要件8-A)に特定している点で本件特許発明7と相違する。

しかるところ,乙3には,パック剤を「左腕内側」,「両腕内側」,「顔面」にそれぞれ当接することによって,血行促進,皮膚水分量の増加,更には血行促進に伴う「しっとり感」という作用効果を発揮した旨の記載があり,これらの作用効果は,部分肥満改善作用にほかならないことは,前記(ウ)aのとおりである。

また,丙23の2(特開平6-285175号公報)の段落【0015】)は,部分肥満改善を行う対象領域として,「腹部,胴部,臀部,太腿,上腕部,首等」を挙げている。

以上によれば,本件特許発明8は,当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

(コ) 本件特許発明9ないし13の容易想到性

本件特許発明9ないし13は,それぞれ本件特許発明1ないし5のキットによって得られる二酸化炭素含有粘性組成物の調製方法の発明である。

そうすると,本件特許発明9ないし13は,前記(ウ)ないし(キ)で述べたのと同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,進歩性が欠如している。

イ 無効理由2(本件特許発明3及び11の明確性要件違反)

本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)記載の「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである」との構成(構成要件3-A)中の「炭酸塩と酸を反応させた後」の用語が,反応をどのような段階に至らせることを意味するのか一義的に導出することはできない。

一方で,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,「本発明の組成物は,調製直後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後においても通常30以上,好ましくは50以上,より好ましくは70以上の容量を保持している。」(11頁11行~13行)との記載がある。「調整」とは,「調合して製作する」ことを意味するが,調合によって炭酸塩と酸との反応が開始することを考慮すると,上記記載中の「調製直後」とは,「反応を開始させた直後」の趣旨と解するほかない。

しかしながら,本件特許発明3は,容量100を実現し得るような「反応させた後」の段階では,発泡による容量が所定レベルに至っていることを必要としており,単なる反応の開始によって上記レベルに至るという保証はない。

したがって,上記記載中の「調製直後」は,本件特許発明3の「反応させた後」の技術的趣旨の状態と明らかに相反しており,当該技術的趣旨を裏付けることにはならない。

そうすると,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)の記載は,「炭酸塩と酸を反応させた後」の用語の技術的趣旨が不明であるから,特許を受けようとする発明が明確でないというべきである。同様の理由により,本件特許発明11の特許請求の範囲(請求項11)の記載は,特許を受けようとする発明が明確でないというべきである。

以上によれば,本件特許発明3及び11に係る本件特許には,特許法36条6項2号に規定する要件(明確性要件)を満たしていない特許出願に対してされた無効理由(同法123条1項4号)がある。

ウ 無効理由3(本件特許発明3及び11のサポート要件違反)

本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)記載の「炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」についての記載がない。

すなわち,前記イのとおり,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,「本発明の組成物は,調製直後にメスシリンダーに入れたときの容量」(11頁11行)との記載があるが,この記載は,本件特許発明3の「反応させた後」の技術的趣旨を裏付けるものではない。

また,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例109~144における「気泡の持続性」について,「炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1g相当量の酸の顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,その2時間後の体積を測定して体積の減少率をパーセントで求め,評価基準2に従い,気泡の持続性を評価する。」(23頁43行~46行)との記載がある。この記載は,炭酸塩と酸とをカップ内で攪拌混合して得られた二酸化炭素含有粘性組成物をメスシリンダーに入れることなく,当該容器内で1分後の体積を測定し,更には2時間後の体積を測定した上で,攪拌混合1分後の体積を100とした場合の2時間後の体積の減少割合に基づいて気泡の持続性を評価したことを示したものであり,このような気泡の持続性テストは,本件特許発明3の「炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」を基準とするものとは,メスシリンダーに入れるか否かにおいて明らかに相違している。

そうすると,上記記載は,本件特許発明3の「炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」についての記載とはいえない。

以上によれば,本件特許発明3は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえず,同様の理由により,本件特許発明11は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないから,本件特許発明3及び11に係る本件特許には,特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない特許出願に対してされた無効理由(同法123条1項4号)がある。

(2)  被控訴人の主張

ア 無効理由1に対し

(ア) 乙3から構成α発明を導出できないこと

控訴人主張の構成αは,乙3の「実施形態③」に含まれる「炭酸塩の担体に水分を保持させ,酸の担体に水分を保持させていない構成」を前提とした上で,更に炭酸塩と水を保持した担体に公知のパック剤成分を担持させたものである。

乙3には,「不織布,布,紙等の担体」(2頁右上欄8行)との記載があり,乙3における「担体」とは,いわゆるシート状基材である。また,乙3には,「実施態様③」に関し,「本パック剤は,使用時被パック部位に重ねて付着させ,必要な場合(パック剤が水を含まない場合)には,②と同様に水を供給して炭酸ガスを発生させる。」(2頁左下欄5行~8行)との記載があり,使用時には,2枚のシートを重ねることが想定されている。

そうすると,上記「炭酸塩の担体に水分を保持させ,酸の担体に水分を保持させていない構成」は,「炭酸塩と水を保持させたシート」と「酸を保持し,水を保持していないシート」の組合せを意味するものであり,この構成を前提とした構成αは,公知のパック剤成分として増粘剤を担持させるとしても,せいぜい「炭酸塩と増粘剤と水を保持させたシート」と「酸を保持し,水を保持していないシート」からなる2枚のシートが導出されるにすぎない。

このように乙3から導出される構成αにおいては,酸と炭酸塩の双方をそれぞれ2枚の異なる担体(シート)に保持させることが必須となっている。

したがって,乙3から,担体(シート)を使用しない,「炭酸塩及び公知のパック剤成分である増粘剤を含有する含水粘性組成物」と「固体である酸」の組合せからなる構成α発明を導出することはできない。

また,構成αを採用したパック剤においては,酸と炭酸塩がそれぞれ2枚の異なるシートに保持されているため,酸と炭酸塩を反応させるには2枚のシートを重ねるしか術がない上,2枚のシートを重ね合わせても,2枚のシートの界面で酸と炭酸塩の反応が生じるに止まり,発生した二酸化炭素をパック剤中に効率的に保持させることはできず,「含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるもの」(構成要件1-C)であるとはいえない。

(イ) 本件特許発明1の容易想到性について

a 乙3から導出される構成αを採用したパック剤は,前記(ア)のとおり,酸と炭酸塩の双方をそれぞれ2枚の異なる担体(シート)に保持させることが必須となっており,その製剤形態(剤形)は,シート剤,シート状剤などと表示されるのが一般的である。

乙3には,構成αを採用したパック剤について,担体(シート)を使用しないことの記載や示唆はなく,その剤形を「炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物」と「酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤」の組合せの構成(構成要件1-B)とする動機付けがない。

したがって,構成αを採用したパック剤について,酸の形態を「顆粒(細粒,粉末)」(相違点3に係る本件特許発明1の構成)とする動機付けもない。

b パック化粧料は,皮膚に適用すると,水分が蒸散して乾燥することにより皮膜を形成する皮膜形成型のパック剤と,皮膚に適用しても皮膜を形成しない非皮膜形成型のパック剤に大別され,皮膜形成型のパック剤では,皮膜形成時(乾燥時)の収縮力や吸着力を利用して肌の引き締めを主目的としているのに対して,非皮膜形成型のパック剤では有効成分の浸透を主目的としている。また,皮膜形成型のパック剤では,皮膚への適用後,水の蒸散(乾燥)と皮膜の形成が必要になるため,水分保持能が低く,かつ,皮膜を形成できる皮膜形成成分(ポリマー)の配合が必須になるのに対して,非皮膜形成型のパック剤では,皮膚への適用後,水が蒸散(乾燥)しないように水分保持能が高い増粘剤(ポリマー)を使用することが必要になる。

このように皮膜形成型のパック剤と非皮膜形成型のパック剤では,その目的や機能が全く異なっており,それに伴って配合するポリマーも異なることは,化粧料分野における技術常識である(甲65)。

乙3には,皮膜形成型のパック剤が開示されており(1頁右欄1行~7行,5頁左上欄7行~11行,右上欄2行~4行),乙3記載のパック剤は,ポリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースといった皮膜形成剤を増粘剤として配合することが必須となっている。乙3の実施例においても,ポリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースといった皮膜形成剤が増粘剤として配合されている。

一方,アルギン酸ナトリウムは,水と共存させると,二酸化炭素を気泡状で保持し得る粘性を呈し,しかも,水分保持能も備えており,皮膚への適用後でも水が蒸散(乾燥)するのを抑制し,皮膜を形成しないポリマーである(丙33の657頁及び658頁の「表1.1.1」)。また,アルギン酸ナトリウムには,優れた水分保持能があるため,ポリビニルアルコールやカルボキシメチルアルコール等の皮膜形成剤を含む含水組成物に添加すると,当該含水組成物に水分保持能を付与し,皮膚への適用後でも水が蒸散(乾燥)するのを抑制し,皮膜形成剤による皮膜の形成を阻害するように働くと考えられる。そのため,乙3記載のパック剤において,皮膜形成剤に代えてアルギン酸ナトリウムを配合したり,アルギン酸を追加配合すると,乙3記載のパック剤の本来の目的である皮膜の形成ができず,又は皮膜形成能が低下する。

このようなアルギン酸ナトリウムの作用を考慮すると,構成αを採用したパック剤において,増粘剤として「アルギン酸ナトリウム」を配合(相違点2に係る本件特許発明1の構成)する動機付けはない。

c 本件特許発明1は,アルギン酸ナトリウムを水と接触させてあらかじめ増粘させた含水粘性組成物を備え,当該含水粘性組成物中で酸と炭酸塩を反応させて二酸化炭素を発生させ,これを当該含水粘性組成物中に封じ込めて気泡状で保持することにより,皮膚上で皮膜を形成させることなく,二酸化炭素を持続的に効率的に皮膚へ浸透させ,部分肥満の改善効果(本件明細書(甲2)の試験例8,9,13,甲32)を奏するようにしたものである。

しかるところ,乙3には,部分肥満の改善効果について一切触れられておらず,血行促進作用や物理的刺激が部分肥満改善をもたらすことについての示唆すらない。

一方,丙23の1ないし3には,血行促進(血液循環の活性化,血流の改善)が,部分肥満の改善効果との相関性があることが開示されている。しかしながら,部分肥満の改善効果は,血行を僅かにでも促進できれば実現可能になるのではなく,血行促進作用が強く発揮されることによって実現できるのであるが,丙23の1ないし3には,二酸化炭素の経皮吸収によって,部分肥満の改善効果が認められる程度にまで血行を促進できることについての開示がない。

したがって,乙3等の記載を総合的に斟酌したとしても,構成αを採用したパック剤について,本件特許発明1で規定する「部分肥満改善用化粧料」という用途(相違点1に係る本件特許発明1の構成)を想到し得るものではない。

d 以上によれば,本件特許発明1は当業者が乙3に記載された発明(構成α発明)に基づいて容易に発明をすることができたとの控訴人の主張は,理由がない。

(ウ) 本件特許発明2ないし5,7ないし13の容易想到性について

本件特許発明2ないし5,7及び8は,本件特許発明1の請求項を引用した発明であるから,本件特許発明1について述べたのと同様の理由(前記(イ))により,当業者が本件特許発明2ないし5,7及び8を容易に発明をすることができたとの控訴人の主張は,理由がない。

また,本件特許発明9は,本件特許発明1のキットによって得られる二酸化炭素含有粘性組成物の調製方法の発明であり,本件特許発明10ないし13は,本件特許発明9の請求項を引用した発明であるから,上記と同様の理由により,当業者が本件特許発明9ないし13を容易に発明をすることができたとの控訴人の主張は,理由がない。

(エ) 小括

以上によれば,控訴人主張の無効理由1は,理由がない。

イ 無効理由2に対し

本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,二酸化炭素含有粘性組成物の気泡の持続性に関し,

「炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1gを直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,その2時間後の体積を測定して体積の減少率をパーセントで求め,評価基準2に従い,気泡の持続性を評価する。

<評価基準2>

減少率      気泡の持続性

20%以下     +++

20%~40%   ++

40%~60%   +

60%以上     0

体積の測定は,各々の測定時点での二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,該組成物を除去した後でそれらの高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定する。」(12頁10行~23行)との記載がある。

本件明細書の上記記載を参酌すれば,本件特許発明3及び11の「含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後」とは,含水粘性組成物と顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し,攪拌混合1分後の段階を指していることは,当業者にとって自明である。

したがって,本件特許発明3及び11の特許請求の範囲(請求項3及び11)の記載は,明確であり,明確性要件に適合するから,控訴人主張の無効理由2は理由がない。

ウ 無効理由3に対し

前記イのとおり,本件特許発明3及び11の「含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後」とは,含水粘性組成物と顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し,攪拌混合1分後の段階を指している。

また,前記イのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,「体積の測定は,各々の測定時点での二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,該組成物を除去した後でそれらの高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定する」との記載がある。

そうすると,本件特許発明3及び11の「含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」とは,含水粘性組成物と顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れて10秒間に20回攪拌混合し,所定時間における二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,その後,二酸化炭素含有粘性組成物を除去して,前記カップに記しが付された高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定することを意味していることは,明らかである,なお,本件特許発明3及び11の特許請求の範囲(請求項3及び11)には,二酸化炭素含有粘性組成物をメスシリンダーに直接入れて容積を測定するとは規定されていない。

このように本件特許発明3及び11における「含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」の発明特定事項は,本件明細書の発明の詳細な記載の「気泡の持続性」の評価を行った条件と符合している。

したがって,本件特許発明3及び11の特許請求の範囲(請求項3及び11)の記載は,発明の詳細な説明に記載したものであり,サポート要件に適合するから,控訴人主張の無効理由3は理由がない。

2  争点2(被告製品4ないし13についての間接侵害の成否)について

(1)  被控訴人の主張

ア 本件特許発明7及び8

(ア) 被告製品4ないし13が,ジェル剤と顆粒剤のキットからなる化粧料であって,本件特許発明1の技術的範囲に属することは,前記第2の2(5)のとおりであり,また,控訴人が,被控訴人から平成16年12月21日付け通知書による警告の通知を受けた後,被告製品5ないし12を販売したことは,同(4)イのとおりである。

このほか,控訴人は,上記警告の通知を受けた後,株式会社グレース・アイコに対し,被告製品4及び13を販売していた。

(イ) 被告製品4ないし13は,購入した需要者によって,キットを構成するジェル剤及び顆粒剤を混ぜ合わせて,二酸化炭素を含んだジェル状の「部分肥満改善用化粧料」(請求項7)を生成することが予定されており,それ以外の用途は考えられない。

また,上記ジェル剤及び顆粒剤のキットは本件特許発明7の課題解決のために不可欠なものであり,控訴人は,被告製品4ないし13が「二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料」を生成するために使用されることを認識している。

したがって,控訴人による被告製品4ないし13の製造,販売について,本件特許発明7に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条1号,2号)が成立する。

また,被告製品4ないし13は,主に「顔」の「部分肥満改善用」(請求項8)に用いられているので,控訴人による被告製品4ないし13の製造,販売について,本件特許発明8に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条1号,2号)も成立する。

イ 本件特許発明9ないし13

被告製品4ないし12を使用する方法が,本件特許発明9の技術的範囲に属することは,第2の2(5)イのとおりであり,また,控訴人が,被控訴人から平成16年12月21日付け通知書による警告の通知を受けた後,被告製品4ないし12を販売したことは,同(4)イのとおりである。

そして,被告製品4ないし12は,購入した需要者によって,キットを構成するジェル剤及び顆粒剤を混ぜ合わせて,「部分肥満改善用化粧料」として使用される「二酸化炭素含有粘性組成物」を調製すること(請求項9)が予定されており,それ以外の用途は考えられない。また,上記ジェル剤及び顆粒剤のキットは,本件特許発明9の課題解決のために不可欠なものであり,控訴人は,被告製品4ないし12が「部分肥満改善用化粧料」として使用される「二酸化炭素含有粘性組成物」を調整するために使用されることを認識している。

したがって,控訴人による被告製品4ないし12の製造,販売について,本件特許発明9に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5号)が成立する。

また,被告製品4ないし12を使用する方法が本件特許発明10ないし13の技術的範囲に属することは,前記第2の2(5)イのとおりであるので,控訴人による被告製品4ないし12の製造,販売について,本件特許発明10ないし13に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5号)も成立する。

(2)  控訴人の主張

被控訴人の主張は争う。

3  争点3(特許法65条1項に基づく補償金支払義務の有無及び補償金の額)について

(1)  被控訴人の主張

ア 被控訴人は,平成11年5月20日に本件出願の出願公開がされた後,控訴人に対し,平成16年12月21日付けの通知書(甲24)の送付により,本件出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して,控訴人による「CO2ジェル商品」の販売が特許法65条1項に基づく補償金の対象となる旨の警告をした。

イ 控訴人は,上記警告を受けた後,本件特許権の設定登録日の前日(平成23年1月6日)までの間,次のとおり,被告製品4,6ないし13を販売した。

(ア) 被告製品4及び13

販売数量    合計1080万6060回分

売上高     合計27億0151万5000円

(イ) 被告製品6ないし12

販売数量    合計50万5320回分

売上高     合計1億2606万8838円

ウ 化学分野の特許に関する実施料率の平均は約5.3%であり,裁判例において認定された実施料率の平均は約6.1%(最大値は約20%)である。被告製品4,6ないし13は9割以上の高い利益率の製品であり,利益率に対する本件特許の寄与は大きい。

被控訴人は,本件特許権を侵害する製品を販売していた控訴人ら以外の第三者との間で,実施料率に換算すると11%に相当する和解金の支払を受ける内容の和解をした。

これらの事情からすれば,本件各特許発明の実施に対し受けるべき補償金の額は,主位的には,被告製品4,6ないし13の最終小売価格(1回分当たり1500円)に,予備的には,被告製品4,6ないし13の前記イの売上高に実施料率10%を乗じて算定すべきである。

そうすると,被控訴人の補償金額は,次のとおりとなる。

(主位的主張)    合計16億9670万7000円

【計算式】11,311,380×1500×0.1=1,696,707,000

(予備的主張)    合計2億8275万8383円

エ 以上によれば,被控訴人は,控訴人に対し,特許法65条1項に基づく補償金の一部請求として3億円及びこれに対する平成23年1月8日(本件特許権の設定登録日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

(2)  控訴人の主張

被控訴人の主張のうち,アの事実は認め,その余は争う。

本件特許よりも特許出願が先行する同様の特許が成立し,被告製品4,6ないし13以外にも原告製品と類似する製品が安価かつ多量に広告販売されている。このような市場環境等からすれば,被控訴人主張の実施料率は高額にすぎる。

また,化粧料の効能として「部分肥満改善」という効果を示して販売することは,薬事法に違反するものである。

これらの事情によれば,本件特許権に関する実施料率は1%を下回るというべきである。

4  争点4(被控訴人の損害額)について

(1)  被控訴人の主張

被控訴人の主張は,原判決36頁19行目末尾に行を改めて次のとおり付加するほか,原判決35頁11行目から36頁19行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

「(5) 小括

以上によれば,被控訴人は,控訴人に対し,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償として1億円及びこれに対する平成24年3月1日(不法行為の後)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。」

(2)  控訴人の主張

控訴人の主張は,原判決36頁20行目から38頁8行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

第4当裁判所の判断

1  争点1(特許法104条の3第1項の規定に基づく被控訴人の権利行使の制限の成否)について

控訴人は,本件特許には,無効理由(無効理由1ないし3)があり,特許無効審判により無効とされるべきものであるから,特許法104条の3第1項の規定により,被控訴人は,控訴人に対し,本件各特許発明に係る本件特許権を行使することができない旨主張するので,以下において判断する。

(1)  無効理由1(本件各特許発明の進歩性の欠如)について

控訴人は,本件各特許発明は,本件出願の優先権主張日前に頒布された刊行物である乙3(特開昭60-215606号公報)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるから,進歩性が欠如し,本件各特許発明に係る本件特許には,特許法29条2項に違反する無効理由がある旨主張するので,以下において判断する。

ア 本件明細書の記載事項

本件各特許発明の特許請求の範囲(請求項1ないし5,7ないし13)の記載は,前記第2の2(2)イのとおりである。

本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「表1」,「表2」,「表10ないし12」については別紙1を参照)。

(ア) 「背景技術

痒みの治療に対して,局所療法として外用の抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤などが一般に使用される。これらは痒みが発生したときに使用され,一時的にある程度痒みを抑える。湿疹に伴う痒みに対しては外用の非ステロイド抗炎症剤やステロイド剤の使用が一般的であり,これらは炎症を抑えることにより痒みの発生を防ごうとするものである。

しかしながら,外用の抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤はアトピー性皮膚炎,水虫や虫さされの痒みにはほとんど効果がない。外用の非ステロイド抗炎症剤やステロイド剤は,痒みに対する効果は弱く,即効性もない。また,ステロイド剤は副作用が強いため,使用が容易でない。

本発明は,水虫,虫さされ,アトピー性皮膚炎,貨幣状湿疹,乾皮症,脂漏性湿疹,蕁麻疹,痒疹,主婦湿疹,尋常性ざ瘡,膿痂疹,毛包炎,癰,せつ,蜂窩織炎,膿皮症,乾癬,魚鱗癬,掌蹠角化症,苔癬,粃糠疹,創傷,熱傷,き裂,びらん,凍瘡などの皮膚粘膜疾患もしくは皮膚粘膜障害に伴う痒みに有効な製剤とそれを用いる治療及び予防方法を提供することにある。

また本発明は,褥創,創傷,熱傷,口角炎,口内炎,皮膚潰瘍,き裂,びらん,凍瘡,壊疽などの皮膚粘膜損傷;移植皮膚片,皮弁などの生着不全;歯肉炎,歯槽膿漏,義歯性潰瘍,黒色化歯肉,口内炎などの歯科疾患;閉塞性血栓血管炎,閉塞性動脈硬化症,糖尿病性末梢循環障害,下肢静脈瘤などの末梢循環障害に基づく皮膚潰瘍や冷感,しびれ感;慢性関節リウマチ,頸肩腕症候群,筋肉痛,関節痛,腰痛症などの筋骨格系疾患;神経痛,多発性神経炎,スモン病などの神経系疾患;乾癬,鶏眼,たこ,魚鱗癬,掌蹠角化症,苔癬,粃糠疹などの角化異常症;尋常性ざ瘡,膿痂疹,毛包炎,癰,せつ,蜂窩織炎,膿皮症,化膿性湿疹などの化膿性皮膚疾患;排便反射の減衰または喪失に基づく便秘;除毛後の再発毛抑制(むだ毛処理);そばかす,肌荒れ,肌のくすみ,肌の張りや肌の艶の衰え,髪の艶の衰えなどの皮膚や毛髪などの美容上の問題及び部分肥満に有効な製剤とそれを用いる予防及び治療方法を提供することを目的とする。」(3頁7行~31行)

(イ) 「発明の開示

本発明者らは鋭意研究を行った結果,二酸化炭素含有粘性組成物が,外用の抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤,非ステロイド抗炎症剤,ステロイド剤などが無効な痒みにも有効であることを発見し,更に該組成物が抗炎症作用や創傷治癒促進作用,美肌作用,部分肥満解消作用,経皮吸収促進作用なども有することを発見して本発明を完成した。」(3頁32行~36行)

「本発明でいう「含水粘性組成物」とは,水に溶解した,又は水で膨潤させた増粘剤の1種又は2種以上を含む組成物である。該組成物に二酸化炭素を気泡状で保持させ,皮膚粘膜又は損傷皮膚組織等に適用した場合,二酸化炭素を皮下組織等に十分量供給できる程度に二酸化炭素の気泡を保持できる。該組成物は,二酸化炭素を気泡状で保持するためのものであれば特に限定されず,通常の医薬品,化粧品,食品等で使用される増粘剤を制限なく使用でき,剤形としてもジェル,クリーム,ペースト,ムースなど皮膚粘膜や損傷組織,毛髪などに一般的に適用される剤形が利用できる。」(6頁18行~24行)

「本発明には,例えば以下のキットが含まれる。…

3)炭酸塩含有含水粘性組成物と酸の顆粒(細粒,粉末)剤とのキット;…

6)炭酸塩と酸の複合顆粒(細粒,粉末)剤と含水粘性組成物のキット;…

気泡状の二酸化炭素を含む本発明の組成物は,これらキットの各成分を使用時に混合することにより製造できる。」(6頁25行~39行)

(ウ) 「増粘剤としては,例えば天然高分子,半合成高分子,合成高分子,無機物などがあげられ,これらの1種又は2種以上が用いられる。」(6頁40行~41行)

「本発明の増粘剤に用いる半合成高分子の中のセルロース系高分子としては…カルボキシメチルエチルセルロース及びその塩類…などがあげられる。」(7頁4行~10行)

「本発明の増粘剤に用いる半合成高分子の中のアルギン酸系高分子としてはアルギン酸ナトリウム,アルギン酸プロピレングリコールエステルなどがあげられる。」(7頁14行~15行)

「本発明の増粘剤に用いる合成高分子としては…ポリビニルアルコール…などがあげられる。」(7頁18行~23行)

(エ) 「本発明の含水粘性組成物に二酸化炭素を保持させる方法としては,該組成物に炭酸ガスボンベなどを用いて二酸化炭素を直接吹き込む方法がある。

また,反応により二酸化炭素を発生する物質を含水粘性組成物中で反応させて二酸化炭素を発生させるか,又は含水粘性組成物を形成すると同時に二酸化炭素を発生させて二酸化炭素含有粘性組成物を得ることも可能である。二酸化炭素を発生する物質としては,例えば炭酸塩と酸の組み合わせがある。具体的には以下のような組み合わせにより二酸化炭素含有粘性組成物を得ることが可能であるが,本発明は二酸化炭素が気泡状で保持される二酸化炭素含有粘性組成物が形成される組み合わせであれば,これらの組み合わせに限定されるものではない。…

3)炭酸塩含有含水粘性組成物と酸の顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;…

6)炭酸塩と酸の複合顆粒(細粒,粉末)剤と含水粘性組成物の組み合わせ;」(7頁26行~40行)

(オ) 「本発明に用いる炭酸塩としては…炭酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウム…などがあげられ,これらの1種または2種以上が用いられる。」(8頁2行~5行)

「本発明に用いる酸としては,有機酸,無機酸のいずれでもよく,これらの1種または2種以上が用いられる。

有機酸としては…コハク酸…酒石酸,クエン酸,乳酸…アスコルビン酸・・・などがあげられる。

無機酸としては…リン酸二水素カリウム…などがあげられる。」(8頁6行~17行)

「また,香料や色材,保湿剤,油性成分,界面活性剤などを加え,クリーム,ジェル,ペースト,クレンジングフォーム,パック,マスクなどの剤形にして,使用感や使用の利便性等を向上させることができる。」(8頁22行~24行)

(カ) 「本発明の二酸化炭素含有粘性組成物を皮膚粘膜疾患もしくは皮膚粘膜障害の治療や予防目的,又は美容目的で使用する場合は,該組成物を直接使用部位に塗布するか,あるいはガーゼやスポンジ等の吸収性素材に含浸させるか,またはこれらの素材を袋状に成形してその中に該組成物を入れて使用部位に貼付してもよい。該組成物を塗布又は貼付した部位を通気性の乏しいフィルム,ドレッシング材などで覆う閉鎖療法を併用すれば更に高い効果が期待できる。」(10頁3行~8行)

「本発明の二酸化炭素含有粘性組成物を腹部等に適用して部分痩せを行う場合には,入浴時などに行えば,所定時間後に容易に洗い流すことができる。

本発明の二酸化炭素含有粘性組成物は,数分程度皮膚または粘膜に適用し,すぐに拭き取ってもかゆみ,各種皮膚粘膜疾患もしくは皮膚粘膜障害の治療や予防,あるいは美容に有効であるが,通常5分以上皮膚粘膜もしくは損傷皮膚組織等に適用する。…部分痩せ用途に対しては,1日1回の使用を1ヶ月以上継続すれば十分な効果が得られるが,使用時間や使用回数,使用期間を増やせば効果は更に高まる。」(10頁26行~35行)

「また,用時調製により使用することも可能である。用時調製による二酸化炭素含有粘性組成物の具体的な使用方法としては,例えば,炭酸塩を含有する含水粘性組成物や含水もしくは多孔性高分子フィルム又はシート等を使用部位に塗布又は貼付し,その上に酸を含有する含水粘性組成物や含水もしくは多孔性高分子フィルム又はシート,顆粒剤等を塗布したり,貼付又は散布して二酸化炭素含有粘性組成物を得ることもできる。また,この顆粒剤等は通気性の乏しい高分子フィルム又はシート等に粘着剤で接着しておき,この高分子フィルム又はシート等を,炭酸塩を含有する含水粘性組成物や含水もしくは多孔性高分子フィルム又はシート等を塗布又は貼付した上からそれを覆うように貼付すれば二酸化炭素含有粘性組成物が得られると同時に,閉鎖療法が簡便に実施できる。もちろんこれらの組み合わせで炭酸塩と酸を入れ替えても有効であるし,顆粒剤等を炭酸塩と酸の複合顆粒剤等とし,含水粘性組成物との組み合わせで二酸化炭素含有粘性組成物を得ることも可能である。用時調製では二酸化炭素の発生に伴う吸熱反応により二酸化炭素含有粘性組成物が冷たくなるため,調製用の材料を暖めておくか,又は調製後に二酸化炭素含有粘性組成物を暖めてもよい。」(10頁37行~末行)

(キ) 「本発明の二酸化炭素含有粘性組成物の水分量は,40~99重量%程度,好ましくは60~96重量%程度である。

炭酸塩と酸を使用して二酸化炭素を発生させる場合,含水粘性組成物100重量部に対し,炭酸塩0.01~30重量部程度,酸0.01~30重量部程度を使用できる。」(11頁7行~10行)

「本発明の組成物は,調製直後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後においても通常30以上,好ましくは50以上,より好ましくは70以上の容量を保持している。」(11頁11行~13行)

「本発明の二酸化炭素含有粘性組成物は,使用時に気泡状の二酸化炭素を1~99容量%程度,好ましくは5~90容量%程度,より好ましくは10~80容量%程度含む。」(11頁14行~15行)

(ク) 「発明を実施するための最良の形態

実施例を示して本発明を更に詳しく説明するが,本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚,表中の数字は特にことわらない限り重量部を表す。」(11頁31行~33行)

(ケ) 「実施例1~84

炭酸塩含有含水粘性組成物と酸との組み合わせよりなる二酸化炭素含有粘性組成物を表1~表7に示す。

〔製造方法〕

増粘剤と精製水,炭酸塩を表1~表7のように組み合わせ,炭酸塩含有含水粘性組成物をあらかじめ調製する。酸は,固形の場合はそのまま,又は粉砕して,又は適当な溶媒に溶解又は分散させて,液体の場合はそのまま,又は適当な溶媒で希釈して用いる。炭酸塩含有含水粘性組成物と酸を混合し,二酸化炭素含有粘性組成物を得る。

<炭酸塩含有含水粘性組成物の製造>

ビーカー等の容器中で精製水に増粘剤を溶解又は膨潤させ,炭酸塩を溶解又は分散させる。このとき必要であれば精製水を加熱して増粘剤の溶解,膨潤を促進してもよいし,増粘剤を適当な溶媒に溶解又は分散させておいて用いてもよい。必要に応じてこれに適当な添加剤や薬効物質等を加えてもよい。

〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕

<発泡性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1gを直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,その体積を測定する。これを10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,攪拌混合前の体積からの増加率をパーセントで求め,評価基準1に従い発泡性を評価する。<評価基準1>

増加率     発泡性

70%以上     +++

50%~70%   ++

30%~50%   +

30%以下     0

体積の測定は,各々の測定時点での二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,該組成物を除去した後でそれらの高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定する。

<気泡の持続性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1gを直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,その2時間後の体積を測定して体積の減少率をパーセントで求め,評価基準2に従い,気泡の持続性を評価する。

<評価基準2>

減少率      気泡の持続性

20%以下     +++

20%~40%   ++

40%~60%   +

60%以上     0

体積の測定は,各々の測定時点での二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,該組成物を除去した後でそれらの高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定する。」(11頁33行~12頁末行)

(コ) 「実施例109~144

炭酸塩含有含水粘性組成物と酸の顆粒剤との組み合わせよりなる二酸化炭素含有粘性組成物を表10~表12に示す。

〔製造方法〕

増粘剤と精製水,炭酸塩と酸(有機酸及び/又は無機酸),マトリックス基剤を表10~表12のように組み合わせ,炭酸塩含有含水粘性組成物と酸の顆粒剤をあらかじめ調製する。この顆粒剤は徐放性であってもよい。炭酸塩含有含水粘性組成物と酸の顆粒剤を混合し,二酸化炭素含有粘性組成物を得る。本発明でいうマトリックス基剤とは,溶媒による溶解や膨潤,加熱による溶融などにより流動化し,他の化合物を包含した後,溶媒除去又は冷却等により固化し,粉砕等により顆粒を形成する化合物,もしくは他の化合物と混合,圧縮して固化し,粉砕等により顆粒を形成する化合物で水により溶解もしくは崩壊するものすべてをいう。マトリックス基剤としては,エチルセルロース,エリスリトール,カルボキシメチルスターチ及びその塩,カルボキシメチルセルロース及びその塩,含水二酸化ケイ素,キシリトール,クロスカルメロースナトリウム,軽質無水ケイ酸,結晶セルロース,合成ケイ酸アルミニウム,合成ヒドロタルサイト,ステアリルアルコール,セタノール,ソルビトール,デキストリン,澱粉,乳糖,白糖,ヒドロキシエチルセルロース,ヒドロキシプロピルセルロース,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート,ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート,プルラン,ポリエチレングリコール,ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリドン,マンノース,メチルセルロースなどがあげられ,これらの1種又は2種以上が用いられる。

<炭酸塩含有含水粘性組成物の製造>

実施例1~84に記載の炭酸塩含有含水粘性組成物の製造方法に従い製造する。

<酸の顆粒剤の製造>

マトリックス基剤に低融点化合物を使用する場合は,ビーカー等の容器中で加熱により溶融させた低融点マトリックス基剤に酸を加えて十分攪拌,混合する。必要に応じてこれに適当な添加剤や薬効物質等を加えてもよい。これを室温で徐々に冷やしながら更に攪拌し,固まるまで放置する。ある程度固まってきたら冷蔵庫等で急速に冷却してもよい。マトリックス基剤に低融点化合物を用いない場合は,ビーカー等の容器中でマトリックス基剤を水又はエタノールのような適当な溶媒に溶解又は分散させ,これに酸を溶解又は分散させて十分混合した後にオーブン等で加熱して溶媒を除去し,乾燥させる。完全に固まったら粉砕し顆粒とする。このとき顆粒の大きさを揃えるために篩過してもよい。

なお,本発明において上記の酸の顆粒剤の製造方法は本実施例に限定されることはなく,乾式破砕造粒法や湿式破砕造粒法,流動層造粒法,高速攪拌造粒法,押し出し造粒法などの常法に従い製造できる。

〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕

<発泡性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1g相当量の酸の顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,その体積を測定する。これを10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,攪拌混合前の体積からの増加率をパーセントで求め,評価基準1に従い,発泡性を評価する。

体積の測定は,実施例1~84の〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕の<発泡性>に記載の方法に従い測定する。

<気泡の持続性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1g相当量の酸の顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,その2時間後の体積を測定して体積の減少率をパーセントで求め,評価基準2に従い,気泡の持続性を評価する。

体積の測定は,実施例1~84の〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕の<気泡の持続性>に記載の方法に従い測定する。」(22頁49行~23頁末行)

(サ) 「試験例8(顔と腹部の部分痩せ試験)

41歳男性。ふっくらした頬と太いウエストを痩せさせたいと希望し,実施例8の組成物を1日1回15分間右頬に30g,腹部に100g塗布した。2ヶ月後に右頬が5名の評価者全員により明らかに小さくなったと判断された。腹部はウエストが6cm減少した。」(46頁33行~36行)

「試験例9(肌質改善及び顔痩せ試験)

37歳女性。ふっくらした頬と荒れ肌,肌のくすみに悩み,種々の化粧品を試したが効果が得られなかった。実施例20の組成物50gを1日1回10分間顔全体に塗布したところ,1回目の塗布で肌のくすみが消えて白くなり,きめ細かい肌になった。2週間後には3名の評価者全員により,顔が小さくなったと判断された。」(46頁37行~41行)

「試験例13(腕の部分痩せ試験)

36歳女性。二の腕の太さを気にしていたため,実施例18の組成物30gを左の二の腕に塗布し,食品包装用フィルム(商品名サランラップ,旭化成社製)をその上からまいて6時間放置したところ,二の腕の周囲長が2cm減少した。」(47頁4行~7行)

イ 乙3の記載事項

乙3には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「第1表」については別紙2を参照)。

(ア) 「2.特許請求の範囲

1.炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質を含有することを特徴とするパック剤。

2.炭酸ガス発生物質が炭酸塩と酸である特許請求の範囲第1項記載のパック剤。」(1頁左欄3行~7行)

(イ) 「3.発明の詳細な説明

本発明はパック剤に関し,更に詳細には,炭酸ガスによる血行促進作用によつて皮膚をしつとりさせることができるパック剤に関する。

パック剤は,通常ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロース,各種天然ガム質等の水性粘稠液を主剤とし,これに種々の添加成分を配合したもので,その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に,皮膚表面の汚れを吸着して清浄する皮膚化粧料の一つである。

パック剤には,一般に添加成分の一つとして,血行促進作用を有する合成又は天然エキス等が配合されるが,これらは少量の配合では効果が不充分であり,また多量の配合では血行は促進されるが,その反面適用部位に不快な刺激感を与えると共に,連続使用すると皮膚炎を惹起するなどの欠点があり,その改善が所望されていた。

そこで,本発明者は,このような欠点がなく,血行をよく促進するパック剤を提供すべく鋭意研究を行つた結果,炭酸ガスを皮膚に直接作用させると皮膚の血流がよくなり,皮膚にしつとり感を与えることを見出し,本発明を完成した。

すなわち,本発明は,炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質を含有するパック剤を提供するものである。」(1頁左欄11行~2頁左上欄9行)

(ウ) 「本発明のパック剤は,次に示すように,従来のパック剤と併用することもできるし,また単なる炭酸ガスパック剤として使用することもできる。

本発明のパック剤は次のような形態とすることができる。

① 従来公知のパック剤を耐圧容器に入れ,これに高圧炭酸ガス,あるいは炭酸塩と酸,もしくはドライアイス等の炭酸ガス発生源を加えて密閉する。

本パック剤は使用時内容物を吐出させて被パック部位に塗布する。

② 炭酸塩と酸を実質的に水の存在しない状態で,一つの不織布,布,紙等の担体に担持させる。更にこの担体に公知のパック剤成分を一緒に担持させておいてもよい。

本パック剤は,使用時被パック部位に付着させ,この上に蒸しタオルを重ねるとか,水を添加するとかの方法によつてパック剤に水を供給して,当該炭酸塩と酸とを反応させて炭酸ガスを発生させる。

③ 炭酸塩と酸をそれぞれ異なる2つの上記担体に担持させる。この担体には,②と同様に公知のパック剤成分を担持させることも,また水分を保持させることもできる。

本パック剤は,使用時被パック部位に重ねて付着させ,必要な場合(パック剤が水を含まない場合)には,②と同様に水を供給して炭酸ガスを発生させる。」(2頁左上欄10行~左下欄8行)

(エ) 「本発明で使用される炭酸塩としては,例えば炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム…等が挙げられ,これらは単独又は2種以上を組合わせて使用できる。

また,酸としては,有機酸及び無機酸の何れも使用できるが,水溶性で固体のものが好ましい。有機酸としては,例えば…コハク酸…テレフタル酸…酒石酸,クエン酸…並びにこれら有機酸の酸性塩が挙げられる。」(2頁右下欄3行~3頁左上欄13行)

「本発明のパック剤には上記必須成分のほかに,通常のパック剤に使用される油性基剤,エモリエント剤,保湿剤,皮膜剤,ゲル化剤,増粘剤,アルコールおよび精製水,さらに必要に応じて界面活性剤,血行促進剤,消炎剤,ビタミン類,殺菌剤などの薬効剤,防腐剤,香料,色素などを適宜配合することができる。また本発明のパック剤に,ピールオフタイプのもの,ウォッシュオフタイプのものなどのタイプのものにも適用することができる。

叙上の如く,本発明のパック剤は,短時間ですぐれた血行促進作用を示し,また適用部位に不快を刺激感を与えず,肌にしつとり感を与え,連続使用しても皮膚炎をおこす心配がないというすぐれた性質を示す。」(3頁左下欄5行~右下欄4行)

(オ) 「次に実施例を拳げて本発明を説明する。

実施例1

製造例1~4で得た本発明のパック剤,従来法で得たパック剤〔(P)及び(Q)〕について,血流量,NMF値及びしっとり感を測定した。

パック剤(P)

平均分子量40万のポリビニルアルコール15部,平均分子量10万のポリビニルアルコール6部,ポリエチレングリコール(平均分子量300)2部,1,3-ブチレングリコール6部,エタノール5部,酸化チタン3部,香料0.2部,ホウ砂0.1部,色素を微量,および水63.8部から常法により製造した。

パック剤(Q)

平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール5部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール5部,コラーゲン2部,酸化チタン2部,香料0.2部,色素を微量,および水61.8部から常法により製造した。

製造例1

パック剤(P)を耐圧容器に入れ,高圧の炭酸ガスを封入し,炭酸ガス含有のパック剤を得た。耐圧容器内の最終ガス圧は4気圧とした。使用時のpHは6.1。

製造例2

平均分子量40万のポリビニルアルコール15部,平均分子量5万のポリビニルアルコール5部,1,3-プチレングリコール20部,エタノール5部,スクワラン10部,酸化チタン5部,ポリエチレングリコール(平均分子量300)30部,炭酸水素ナトリウム5部,クエン酸5部から常法により製造した。使用時のpHは6.3。

製造例3

製造例2で製したパック剤を不織布に均一に塗布して得た。

製造例4

平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール4部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール6部,カルボキシメチルセルロースナトリウム3部,亜鉛華4部,炭酸水素ナトリウム5部,香料0.3部,色素を微量および水53.7部から,常法により製造したものをA剤とした。

平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール5部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール5部,コラーゲン2部,酸化チタン2部,酒石酸5部,香料0.3部,色素を微量および水56.8部から常法により製造して得たものをB剤とした。使用時,A剤2重量部とB剤3重量部を混合する。使用時のpHは6.2」(3頁右下欄5行~4頁左下欄14行)

(カ) 「〔測定方法〕

(1)  血流量

レザードップラー血流計を用いて測定した。ヒト(24才,女性)の左腕内側に血流計のプローブを装着し,平常時の血流を測定した後,プローブの周囲に多量のパック剤を塗布し,血流の変化を観察した。

(2)  皮膚水分量(NMF値)

電気伝導度が水分量に比例する原理を用いたソフイーナメーターによつて測定できるNMF値を角質水分量とした。

実験条件:被検者:女性(21~24歳,両腕内側,n=4)

室温:25℃

湿度;72~76%

実験方法:入室10分後に両腕を石鹸で洗浄し,タオルでふきとり,15分間放置後,平常値を測定し一定面積(5×5㎝)を両腕内側に左右対称に設定し,従来のパック剤とCO2含有パック剤を各0.8gとつて均一に塗布する。

乾燥後(約30~40分後)皮膜となったパック剤を剥離した直後から,ソフイーナメーターによってNMF値を3分おきに30分後まで測定する。

ソフイーナメーターによるNMF値はプループのあて方によって誤差が生じやすいので,5回測定し,その平均値とした。

(3)  しつとり感

石鹸で洗顔後,パック剤を顔面に塗布し,乾燥後(約30~40分)パック剤を剥離し,その30分後のしつとり感を評価した。評価は,非常にしつとりする(3点),しつとりする(2点),ややしつとりする(1点),しつとりしない(0点)とし,健康な女性4人によって評価した。

〔結果〕

その結果は第1表のとおりである。…

(1)  血流量は,塗布前を1とした相対値で示した。

(2)  NMF値は塗布30分後の値を塗布前を1とした相対値で示した。

(3)  しつとり感はn=4の平均値を示した。

第1表から明らかなように,発明品は従来品に比較し,血流量,NMF値及びしっとり感の何れにおいても顕著に優れている。」(4頁左下欄末行~5頁右下欄4行)

(キ) 「実施例2

実施例1の製造例1で製したパック剤を,かさつきが目立つ女性3人に継続使用(1週間に3回,3週間)してもらったところ,不快な刺激感はなく,肌がしつとりしてきたとの評価を得た。また皮膚炎をおこすなどの問題は生じなかつた。」(5頁右下欄5行~末行)

ウ 乙3における「構成α発明」の記載の有無

(ア) 控訴人は,乙3には,①「炭酸塩と酸による炭酸ガス発生物質を含有するパック剤」の「実施形態③」として,「炭酸塩と酸をそれぞれ異なる2つの上記担体に担持させる。この担体には,②と同様に公知のパック剤成分を担持させることも,また水分を保持させることもできる。」との記載がある,②この記載は,「水分を保持させる構成」として,「炭酸塩の担体に水分を保持させ,酸の担体に水分を保持させていない構成」を開示又は示唆し,更に上記構成の炭酸塩の担体に「公知のパック剤成分」を担持させた「炭酸塩の担体に水分を保持させるだけでなく,公知のパック剤成分をも担持させる構成」(構成α)を選択できることを開示又は示唆するものである,③乙3の記載事項から,構成αを採用したパック剤(二つの異なるパック剤)に係る発明として,「炭酸塩及び公知のパック剤成分である増粘剤を含有する含水粘性組成物と,固体である酸の組合せからなり,血行促進剤及び皮膚水分量増加剤として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」(構成α発明)を導出することができる旨主張する。

そこで検討するに,乙3には,「本発明のパック剤」の形態として,「②炭酸塩と酸を実質的に水の存在しない状態で,一つの不織布,布,紙等の担体に担持させる。更にこの担体に公知のパック剤成分を一緒に担持させておいてもよい。本パック剤は,使用時被パック部位に付着させ,この上に蒸しタオルを重ねるとか,水を添加するとかの方法によつてパック剤に水を供給して,当該炭酸塩と酸とを反応させて炭酸ガスを発生させる。」,「③ 炭酸塩と酸をそれぞれ異なる2つの上記担体に担持させる。この担体には,②と同様に公知のパック剤成分を担持させることも,また水分を保持させることもできる。本パック剤は,使用時被パック部位に重ねて付着させ,必要な場合(パック剤が水を含まない場合)には,②と同様に水を供給して炭酸ガスを発生させる。」(以上,前記イ(ウ))との記載がある。

上記記載によれば,乙3記載の「本発明のパック剤」の「③の形態」は,炭酸塩と酸をそれぞれ不織布,布,紙等の担体に担持させ,この二つの担体を使用時に被パック部位に重ねて付着させ,水の存在下に炭酸塩と酸とを反応させて炭酸ガスを発生させるパック剤であり,この担体の双方又はいずれか一方にそれぞれ「公知のパック剤成分を担持」させ,「水分を保持」させることができることを理解できる。加えて,乙3には,「パック剤は,通常ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロース,各種天然ガム質等の水性粘稠液を主剤とし,これに種々の添加成分を配合したもの」であり,「本発明のパック剤には…通常のパック剤に使用される油性基剤,エモリエント剤,保湿剤,皮膜剤,ゲル化剤,増粘剤,アルコールおよび精製水,さらに必要に応じて界面活性剤,血行促進剤,消炎剤,ビタミン類,殺菌剤などの薬効剤,防腐剤,香料,色素などを適宜配合することができる。」(以上,前記イ(エ))との記載があることに鑑みると,乙3記載の「本発明のパック剤」の「③の形態」には,炭酸塩の担体側にのみ公知のパック剤成分を担持させ,かつ,水分を保持させた,「炭酸塩及び公知のパック剤成分を担持させ,かつ,水分を保持させた担体」(構成α)と「酸を担持させた担体」の二つの異なる担体から構成されたパック剤が含まれることを理解できる。

そして,乙3には,上記のとおり,「パック剤は,通常ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロース,各種天然ガム質等の水性粘稠液を主剤とし,これに種々の添加成分を配合したもの」であるとの記載があるから,構成αには,「公知のパック剤成分」としてパック剤の主剤成分である上記水性粘稠液(含水粘性物質)を担持させた構成のものが含まれることを理解できる。

しかしながら,乙3には,「本発明のパック剤」の「③の形態」において,炭酸塩及び酸を不織布,布,紙等の担体に担持させないことについての記載や示唆はない。

加えて,乙3には,上記のとおり,「③の形態」の「本発明のパック剤」の使用態様について,二つの担体を使用時に被パック部位に重ねて付着させ,水の存在下に炭酸塩と酸とを反応させて炭酸ガスを発生させるとの記載があるが,他の使用態様の記載がないことに照らすと,乙3に接した当業者が,「③の形態」の「本発明のパック剤」において,担体を使用しない2剤のキット構成のものが含まれると理解することは困難である。

もっとも,乙3には,「製造例1~4で得た本発明のパック剤」の実施例(「実施例1」)の記載があり,そのうちの「製造例4」のパック剤について,「平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール4部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール6部,カルボキシメチルセルロースナトリウム3部,亜鉛華4部,炭酸水素ナトリウム5部,香料0.3部,色素を微量および水53.7部から,常法により製造」した「A剤」と,「平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール5部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール5部,コラーゲン2部,酸化チタン2部,酒石酸5部,香料0.3部,色素を微量および水56.8部から常法により製造」して得た「B剤」とで構成され,「使用時にA剤2重量部とB剤3重量部を混合する」(以上,前記イ(オ))との記載がある。この記載によれば,製造例4のパック剤は,炭酸塩として「炭酸水素ナトリウム」,水性粘稠液の粘性物質として「ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロースナトリウム」及び水を含有するA剤と,酸として「酒石酸」,水性粘稠液の粘性物質として「ポリビニルアルコール」及び水を含有するB剤との2剤のキット構成のものであると理解できる。

しかしながら,A剤及びB剤は,いずれも粘性物質及び水を含む「含水粘性組成物」であり,炭酸塩を含有する含水粘性組成物と固体である酸の組合せからなる2剤のキット構成のものではない。他に乙3において炭酸塩を含有する含水粘性組成物と固体である酸の組合せからなる2剤のキット構成のパック剤を示唆する記載ない。

以上によれば,乙3において,「本発明のパック剤」の「③の形態」に含まれる構成αを採用したパック剤(二つの異なるパック剤)として,「炭酸塩及び公知のパック剤成分である増粘剤を含有する含水粘性組成物と,固体である酸の組合せ」からなる「二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」が記載されているものと認めることはできない。

したがって,乙3の記載事項から控訴人主張の構成α発明を導出することはできないから,乙3において,構成α発明が記載されているものと認められない。

(イ) 控訴人は,この点に関し,乙3の「実施形態③」(「本発明のパック剤」の「③の形態」)に対応している製造例4においては,炭酸塩(炭酸ナトリウム)を含有する組成物であるA剤と,酸(酒石酸)を含有する組成物であるB剤とを使用時にストレートに混合することによって,血流量及び皮膚水分量の測定を行っており,乙3記載のパック剤は,「本発明のパック剤」の「③の形態」の例示の場合のようなシート剤によるキットのみに限定するものではなく,乙3の記載事項から構成α発明を導出できる旨主張する。

しかしながら,前記(ア)で述べたとおり,製造例4のA剤及びB剤は,いずれも粘性物質及び水を含む「含水粘性組成物」であって,炭酸塩を含有する含水粘性組成物と固体である酸の組合せからなる2剤のキット構成のものではなく,他に乙3には上記組合せからなる2剤のキット構成のパック剤を示唆する記載はないから,当業者が,乙3の記載事項から,乙3において,「炭酸塩及び公知のパック剤成分である増粘剤を含有する含水粘性組成物と,固体である酸の組合せ」からなる「二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」が記載されているものと理解することは困難である。

したがって,乙3における「本発明のパック剤」の「③の形態」と製造例4に係る各記載を併せ考慮しても,乙3の記載事項から構成α発明を導出できるものではなく,控訴人の上記主張は,理由がない。

エ 本件特許発明1の容易想到性について

控訴人は,乙3に構成α発明が記載されていることを前提とした上で,本件特許発明1と構成α発明とを対比して,その一致点及び相違点1ないし3を抽出し,当業者であれば,構成α発明に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を容易に想到することができた旨主張する。

しかしながら,前記ウで説示したとおり,乙3において構成α発明が記載されているものと認められないから,控訴人の上記主張は,その前提において理由がない。

なお,前記ウ(ア)認定のとおり,乙3記載の「本発明のパック剤」の「③の形態」には,「炭酸塩及び公知のパック剤成分を担持させ,かつ,水分を保持させた担体」(構成α)と「酸を担持させた担体」の二つの異なる担体から構成されたパック剤が含まれるので,念のため,この構成αを採用したパック剤に基づいて当業者が本件特許発明1を容易に想到することができたかどうかを判断する。

そこで検討するに,本件特許発明1と構成αを採用したパック剤とを対比すると,両者は,いずれも2剤のキット構成である点で一致するが,2剤の剤形が,本件特許発明1では「炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ」であって,担体を使用していないのに対し,構成αを採用したパック剤では「炭酸塩及び公知のパック剤成分を担持させ,かつ,水分を保持させた担体」(構成α)と「酸を担持させた担体」である点などで相違する。

しかるところ,前記ウ(ア)認定のとおり,乙3には,「本発明のパック剤」の「③の形態」において,炭酸塩及び酸を不織布,布,紙等の担体に担持させないことについての記載や示唆はない。また,乙3には,「③の形態」の「本発明のパック剤」の使用態様について,二つの担体を使用時に被パック部位に重ねて付着させ,水の存在下に炭酸塩と酸とを反応させて炭酸ガスを発生させるとの記載があるが,他の使用態様の記載がない。

そうすると,乙3の記載事項から,乙3記載の構成αを採用したパック剤において,担体を使用せずに,その剤形を,炭酸塩を含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の2剤の組合せとする動機付けを見いだすことはできない。

したがって,当業者が乙3記載の構成αを採用したパック剤に基づいて上記相違点に係る本件特許発明1の構成を容易に想到することができたものと認められないから,その余の点について検討するまでもなく,当業者が本件特許発明1を容易に想到することができたものとは認められない。

オ 本件特許発明2ないし5,7ないし13の容易想到性について

本件特許発明2ないし5は,本件特許発明1の請求項1の発明特定事項を引用したキットの発明であるから,本件特許発明1について述べたのと同様の理由(前記エ)により,当業者が本件特許発明2ないし5を容易に発明をすることができたとの控訴人の主張は,理由がない。

また,本件特許発明7及び8は,本件特許発明1のキットから得ることができる二酸化炭素含有組成物を含む化粧料の発明であるから,上記と同様の理由により,当業者が本件特許発明7及び8を容易に発明をすることができたとの控訴人の主張は,理由がない。

さらに,本件特許発明9は,本件特許発明1のキットを用いて得られる二酸化炭素含有粘性組成物の調製方法の発明であり,本件特許発明10ないし13は,本件特許発明9の請求項9の発明特定事項を引用した発明であるから,上記と同様の理由により,当業者が本件特許発明9ないし13を容易に発明をすることができたとの控訴人の主張は,理由がない。

カ 小括

以上によれば,控訴人主張の無効理由1は,理由がない。

(2) 無効理由2(本件特許発明3及び11の明確性要件違反)について

控訴人は,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)記載の「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである」との構成中の「炭酸塩と酸を反応させた後」の用語が,反応をどのような段階に至らせることを意味するのか技術的趣旨が不明であるため,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)の記載は特許を受けようとする発明が明確でなく,また,同様の理由により,本件特許発明11の特許請求の範囲(請求項11)の記載は特許を受けようとする発明が明確でないから,本件特許発明3及び11に係る本件特許には,特許法36条6項2号に規定する要件(明確性要件)を満たしていない特許出願に対してされた無効理由がある旨主張する。

そこで検討するに,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)の記載は,「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,請求項1又は2に記載のキット。」というものであり,請求項3で引用する請求項1は,「部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせからなり,含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。」というものである。

請求項1及び3の記載によれば,請求項1は,「含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるもの」であり,この「気泡状の二酸化炭素」は「含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより」得られることを発明特定事項とし,請求項3は,含水粘性組成物における気泡状の二酸化炭素の保持の程度について,「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである」ことを発明特定事項としているものといえる。

そして,保持の程度は初期値に対する変動の割合で表すのが通常であり,気泡の保持の程度を表す場合の初期値は最大気泡量となるから,請求項3の「炭酸塩と酸を反応させた後」とは,「炭酸塩と酸を反応させて生成した二酸化炭素の気泡により含水粘性組成物の容量が最大となった時点」を意味するものと理解できる。

そうすると,請求項3の「炭酸塩と酸を反応させた後」の用語の技術内容は明確であるから,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)の記載は特許を受けようとする発明が明確でないとの控訴人の主張は,その前提において理由がなく,採用することができない。同様に,本件特許発明11の特許請求の範囲(請求項11)の記載は特許を受けようとする発明が明確でないとの控訴人の主張も採用することができない。

したがって,控訴人主張の無効理由2は理由がない。

(3)  無効理由3(本件特許発明3及び11のサポート要件違反)について

ア 控訴人は,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)記載の「炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」についての記載がないから,本件特許発明3は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえず,同様の理由により,本件特許発明11は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないから,本件特許発明3及び11に係る本件特許には,特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない特許出願に対してされた無効理由がある旨主張する。

(ア) そこで検討するに,まず,請求項3の「炭酸塩と酸を反応させた後」とは,「炭酸塩と酸を反応させて生成した二酸化炭素の気泡により含水粘性組成物の容量が最大となった時点」を意味することは,前記(2)のとおりである。

(イ) 次に,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある。

a 「本発明の組成物は,調製直後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後においても通常30以上,好ましくは50以上,より好ましくは70以上の容量を保持している。」(前記(1)ア(キ))

b 「実施例1~84

炭酸塩含有含水粘性組成物と酸との組み合わせよりなる二酸化炭素含有粘性組成物を表1~表7に示す。…

〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕

<発泡性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1gを直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,その体積を測定する。これを10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,攪拌混合前の体積からの増加率をパーセントで求め,評価基準1に従い発泡性を評価する。…

体積の測定は,各々の測定時点での二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,該組成物を除去した後でそれらの高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定する。

<気泡の持続性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1gを直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,その2時間後の体積を測定して体積の減少率をパーセントで求め,評価基準2に従い,気泡の持続性を評価する。

<評価基準2>

減少率      気泡の持続性

20%以下     +++

20%~40%   ++

40%~60%   +

60%以上     0

体積の測定は,各々の測定時点での二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,該組成物を除去した後でそれらの高さまで水を入れ,それらの水の体積をメスシリンダーで測定する。」(前記(1)ア(ケ))

c 「実施例109~144

炭酸塩含有含水粘性組成物と酸の顆粒剤との組み合わせよりなる二酸化炭素含有粘性組成物を表10~表12に示す。…

〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕…

<気泡の持続性>

炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1g相当量の酸の顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積を測定し,その2時間後の体積を測定して体積の減少率をパーセントで求め,評価基準2に従い,気泡の持続性を評価する。

体積の測定は,実施例1~84の〔二酸化炭素含有粘性組成物の評価〕の<気泡の持続性>に記載の方法に従い測定する。」(前記(1)ア(コ))

(ウ) そして,前記(イ)aの記載事項における「本発明の組成物」とは,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素含有粘性組成物を意味し,「調製直後にメスシリンダーに入れたときの容量」にいう「調製直後」とは,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応を完結させて二酸化炭素含有粘性組成物を完成した直後,すなわち,炭酸塩と酸を反応させて生成した二酸化炭素の気泡により含水粘性組成物の容量が最大となった時点(請求項3の「炭酸塩と酸を反応させた後」)を意味するものと理解することができる。

そうすると,前記(イ)aの記載事項は,請求項3の「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,請求項1記載のキット。」について記載したものといえる。

また,前記(イ)cの記載事項には,本件特許発明1に含まれる「炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ」からなるキットにより得られた二酸化炭素含有粘性組成物に係る実施例について,気泡の持続性を評価したことが示されている。前記(イ)cの記載事項中の「炭酸塩含有含水粘性組成物50gと酸1g相当量の酸の顆粒剤を直径5cm,高さ10cmのカップに入れ,10秒間に20回攪拌混合し二酸化炭素含有粘性組成物を得る。攪拌混合1分後の該組成物の体積」とは,「炭酸塩と酸を反応させて生成した二酸化炭素の気泡により含水粘性組成物の容量が最大となった時点の体積」を意味するものと解される。

前記(イ)cの記載事項では,炭酸塩と酸の反応で生成した二酸化炭素含有粘性組成物をメスシリンダーに入れてその容量を測定するのではなく,二酸化炭素含有粘性組成物の高さをカップに記し,当該二酸化炭素含有粘性組成物を除去した後でその高さまで当該カップに水を入れ,その水の体積をメスシリンダーで測定することにより当該二酸化炭素含有粘性組成物の容積を測定している。このように前記(イ)cの記載事項における二酸化炭素含有粘性組成物の容量の測定方法は,「メスシリンダーに入れたときの容量」を直接測定するものではないが,上記カップ内の水の容量は炭酸塩と酸の反応で生成した二酸化炭素含有粘性組成物の容量と等しいことは明らかであり,しかも,気泡の持続性は,容量の初期値に対する変動率でみるのであるから,カップの大きさ等に左右されるものではない。

そうすると,前記(イ)cの記載事項は,請求項3の「含水粘性組成物が,含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量を100としたとき,2時間後において50以上の容量を保持できるものである,請求項1記載のキット。」について実質的に記載したものといえる。

イ 前記ア(ア)ないし(ウ)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明3の特許請求の範囲(請求項3)記載の「炭酸塩と酸を反応させた後にメスシリンダーに入れたときの容量」についての記載があるといえるから,本件特許発明3は本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないとの控訴人の主張は,その前提において理由がなく,採用することができない。同様に,本件特許発明11は本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものといえないとの控訴人の主張も採用することができない。

したがって,控訴人主張の無効理由3は理由がない。

(4)  小括

以上によれば,特許法104条の3第1項の規定により本件各特許発明に係る本件特許権を行使することができないとの控訴人の主張は,理由がない。

2  争点2(被告製品4ないし13についての間接侵害の成否)について

(1)  本件特許発明7及び8について

控訴人による被告製品4ないし13の製造,販売について,本件特許発明7及び8に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条1号)が成立するものと認められる。

その理由は,次のとおり訂正するほか,原判決39頁22行目から40頁6行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決39頁22行目から40頁6行目までの各「被告各製品」をいずれも「被告製品4ないし13」と改める。

イ 原判決39頁22行目の「前記(1)のとおり,」を削除する。

ウ 原判決40頁3行目の「上述のとおり,」及び同4行目の「後記(3)のとおり,」をいずれも削除する。

(2)  本件特許発明9について

控訴人による被告製品4ないし12の製造,販売について,本件特許発明9に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号)が成立するものと認められる。

その理由は,次のとおり訂正するほか,原判決40頁8行目から19行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決40頁8行目の「前記(1)のとおり,」及び10行目の「前記アのとおり,」をいずれも削除する。

イ 原判決40頁8行目から9行目にかけての「被告各製品(なお,原告が被告製品13について同発明に係る間接侵害を主張していないため,同製品を除く。)」,同頁14行目の「被告各製品」及び同頁17行目の「被告製品13を除く被告各製品」をそれぞれ「被告製品4ないし12」と改める。

ウ 原判決40頁18行目から19行目にかけての「(前記アと同様「部分肥満改善」の該当性については,後記(3)のとおり。)」を削除する。

(3)  本件特許発明10ないし13について

控訴人による被告製品4ないし12の製造,販売について,本件特許発明10ないし13に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号)が成立するものと認められる。

その理由は,次のとおり訂正するほか,原判決40頁21行目から41頁1行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決40頁21行目の「前記イのとおり,」及び23行目の「前記エのとおり,」をいずれも削除する。

イ 原判決40頁21行目の「被告各製品(前記エと同様に被告製品13を除く。)」及び同頁末行の「被告製品13を除く被告各製品」をそれぞれ「被告製品4ないし12」と改める。

(4)  小括

以上のとおり,控訴人による被告製品4ないし13の製造,販売について本件特許発明7及び8に係る本件特許権の間接侵害が,控訴人による被告製品4ないし12の製造,販売について本件特許発明9ないし13に係る本件特許権の間接侵害がそれぞれ成立する。

また,被告製品4ないし13は,前記第2の2(5)イのとおり,本件特許発明1ないし5の各構成要件を全て充足し,その技術的範囲に属するから,控訴人による被告製品4ないし13の製造,販売は,本件特許発明1ないし5に係る特許権の侵害行為に該当する。

そうすると,被控訴人の被告製品4ないし13の製造,販売等の差止め及び廃棄請求は理由があり,これと同旨の原判決は相当である。

3  争点3(特許法65条1項に基づく補償金支払義務の有無及び補償金の額)について

(1)  被控訴人が,平成11年5月20日に本件出願の出願公開がされた後,控訴人に対し,平成16年12月21日付けの通知書(甲24)の送付により,本件出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して,控訴人による「CO2ジェル商品」の販売が特許法65条1項に基づく補償金の対象となる旨の警告をしたことは,争いがない。

(2)ア  証拠(丙A1ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人が,前記(1)の警告を受けた後,平成18年3月1日から平成23年1月6日までの間に販売した被告製品6ないし12の販売数量は合計50万5320回分であり,売上高は合計1億2606万8838円であることが認められる。

イ  証拠(甲61)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人が,前記(1)の警告を受けた後,平成17年1月1日から平成22年12月31日までの間に販売した被告製品4及び13の販売数量は合計1080万6060回分であることが認められる。

このうち1回分当たりの販売額は,同種製品である被告製品6ないし12の前記アの販売数量及び売上高に基づいて,249円と推定される。

そうすると,被告製品4及び13の上記販売数量に係る売上高は,合計26億9070万8940円であることが認められる。

【計算式】126,068,838÷505,320≒249

249×10,806,060=2,690,708,940

(3)  甲48(株式会社帝国データバンク作成の「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の在り方に関する調査報告書」(平成22年3月))には,①「国内企業・ロイヤルティ料率アンケート調査と文献調査におけるロイヤルティ料率の比較」と題する表に,日本国内の化学の産業分野のロイヤルティ料が5.3%であること,②「(i)日本」の「産業別司法決定ロイヤルティ料率(2004~2008年)」と題する表に,化学の産業分野の「平均値」が6.1%,「最大値」が20.0%であることの記載がある。

そして,上記記載の各ロイヤルティ料率,本件各特許発明の内容及び作用効果,被告製品4,6ないし13の構成,本件の経過等本件に現れた諸般の事情を考慮すると,被控訴人が本件各特許発明の実施に対し受けるべき補償金の額は,控訴人による被告製品4,6ないし13の販売価格(売上高)に実施料率10%を乗じて算定するのが相当である。

これに反する被控訴人の主位的主張及び控訴人の主張は,いずれも採用することができない。

(4)  以上によれば,被控訴人が本件各特許発明の実施に対し受けるべき補償金の額は,控訴人による被告製品4,6ないし13の売上高合計28億1677万7778円(前記(2)ア及びイの合計額)に実施料率10%を乗じた2億8167万7777円と認められる。

したがって,被控訴人の補償金請求は,控訴人に対し,2億8167万7777円及びこれに対する平成23年1月8日(本件特許権の設定登録の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。

そうすると,原判決が被控訴人が本件各特許発明の実施に対し受けるべき補償金の額を2億6907万0894円と認定(原判決59頁2行~3行)した上で,被控訴人の補償金請求について同額及びこれに対する平成23年1月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容したのは誤りである。

しかしながら,被控訴人は原判決に対して控訴の提起も附帯控訴の提起もしていないので,いわゆる不利益変更禁止の原則(民事訴訟法304条)により,原判決を変更することはできない。

4  争点4(被控訴人の損害額)について

(1)  争点4についての判断は,原判決59頁11行目から61頁17行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  そうすると,被控訴人の損害賠償請求(当審における附帯請求の減縮後のもの)は,控訴人に対し,1952万0572円及びこれに対する平成24年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,これと同旨の原判決は相当である。

第5結論

以上の次第であるから,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 齋藤巌)

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