知財高等裁判所 平成25年(ネ)10036号 判決 2014年4月16日
控訴人
ミハル通信株式会社
訴訟代理人弁護士
上山浩
同
小川尚史
被控訴人
ホーチキ株式会社
訴訟代理人弁護士
大野聖二
同
小林英了
訴訟代理人弁理士
鈴木守
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録記載の製品を製造及び譲渡してはならない。
3 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録記載の製品の在庫品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成22年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本判決の略称は,以下に掲記するほか,原判決に従う。
1 本件は,CATV用光受信機のAGC方法に関する特許第3479124号の特許権(本件特許権)を有する控訴人において,被控訴人が製造・譲渡する被控訴人製品が本件特許権の間接侵害(特許法101条4号及び平成18年法律第55号による改正前の特許法101条3号)に当たると主張して,被控訴人に対し,本件特許権に基づき,被控訴人製品の製造及び譲渡の差止め並びに廃棄を求めるとともに,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害金3億2400万円のうち1億円及び訴状送達の日の翌日である平成22年12月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,被控訴人製品1及び2を製造・譲渡する行為が本件特許権の間接侵害に当たるものの,本件発明は乙5発明から当業者が容易に想到し得たものであって,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるなどとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人がこれを不服として本件控訴に及んだ。
2 前提事実及び争点
前提事実及び争点は,原判決4頁16行目の後に,改行の上,以下のとおり加えるほかは,原判決「事実及び理由」の第2の1及び2記載のとおりであるから,これを引用する。
「(7) 無効審判請求の経緯
ア 被控訴人は,平成24年11月30日,本件発明について,特許無効審判を請求し,無効2012-800198号事件として係属した。
イ 特許庁は,平成25年6月25日,「特許第3479124号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決の予告をした(甲49)。
ウ 控訴人は,平成25年8月27日,訂正請求をした(甲85。以下「本件訂正」といい,本件訂正後の本件訂正発明を,「本件訂正発明」という。また,その訂正明細書(甲2,3,85)を「本件訂正明細書」という。)。
エ 特許庁は,平成25年10月1日,本件訂正を認めた上,「特許第3479124号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(甲51。以下「本件審決」という。)をした。
オ 控訴人は,本件審決の取消しを求める審決取消訴訟を提起した。
(8) 本件訂正発明
ア 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである。
同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステムにおいて,パイロット信号を含まない光信号をCATV用光受信機に設けられた受光素子(1)で受光して光/電気変換し,変換された電気信号を受光素子(1)に設けられたモニタ端子(3)から取出し,モニタ端子(3)から取出されたモニタ信号を制御回路(12)に入力し,この制御回路(12)から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,可変減衰器において,前記光信号のレベルに応じたAGC電圧で,前記受光素子(1)で光信号から電気信号に変換されそしてRFアンプで増幅された後に前記可変減衰器を通る該電気信号にAGCをかけるようにしたことを特徴とするCATV受信機のAGC方法。
イ 本件訂正発明の構成要件は,以下のとおり分説することができる。なお,構成要件Aないし構成要件Fは,本件発明の分説と同一である。
(ア) 構成要件G:同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステムにおいて,
(イ) 構成要件A:パイロット信号を含まない光信号を CATV 用光受信機に設けられた受光素子(1)で受光して光/電気変換し,
(ウ) 構成要件B:変換された電気信号を受光素子(1)に設けられたモニタ端子(3)から取出し,
(エ) 構成要件C:モニタ端子(3)から取出されたモニタ信号を制御回路(12)に入力し,
(オ) 構成要件D:この制御回路(12)から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,
(カ) 構成要件E:可変減衰器において,前記光信号のレベルに応じたAGC電圧で,前記受光素子(1)で光信号から電気信号に変換されそしてRFアンプで増幅された後に前記可変減衰器を通る該電気信号にAGCをかけるようにしたことを特徴とする
(キ) 構成要件F:CATV用光受信機のAGC方法。
(9) 本件審決の理由の要旨(甲51)
ア 本件審決の理由は,要するに,本件訂正発明は,①引用例である特開昭57-168513号公報(乙20)に記載された乙20発明及び周知技術に基づいて,②引用例である実開昭57-74523号公報(乙6)に記載された乙6発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により無効とすべきであるなどというものである。
なお,本件審決は,本件訂正発明は特公平1-33058号公報(乙5)に記載された乙5発明と同一ではなく,乙5発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたとはいえないとした。
イ 本件審決が認定した乙20発明並びに本件訂正発明と乙20発明との一致点,相違点1及び2は,次のとおりである。
(ア) 乙20発明(別紙2参照)
「パイロット信号を含まない光入力信号を電気信号に変換するPINフォトダイオード2と,この電気信号を入力として出力を送出する可変利得受信増幅器とを含む光受信器において,前記PINフォトダイオード2の出力信号の平均値を検出する回路を備え,この回路の検出出力により前記受信増幅器の利得を制御するAGC方法であって,
光入力信号はPINフォトダイオード2に照射され,このPINフォトダイオード2のアノードはマニアル利得制御増幅器3に接続され,このマニアル利得制御増幅器3の出力は自動利得制御増幅器4に導かれており,
PINフォトダイオード2のカソードは積分器11に接続され,この積分器11の出力は差動増幅器12の負相入力に導かれており,この差動増幅器12の正相入力には基準電圧9が接続されており,この差動増幅器12の出力は前記自動利得制御増幅器4の制御入力に導かれているものであるAGC方法。」
(イ) 一致点
「パイロット信号を含まない光信号を光受信機に設けられた受光素子で受光して光/電気変換し,変換された電気信号を受光素子に設けられたモニタ端子から取出し,モニタ端子から取出されたモニタ信号を制御回路に入力し,この制御回路から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,可変利得部において,前記光信号のレベルに応じたAGC電圧で,前記受光素子で光信号から電気信号に変換され前記可変利得部を通る該電気信号にAGCをかけるようにしたことを特徴とするAGC方法。」
(ウ) 相違点1
本件訂正発明は,可変利得部が,RFアンプと可変減衰器とで構成され,RFアンプで増幅された後に可変減衰器を通る電気信号にAGCをかけるものであるのに対して,
乙20発明は,可変利得部を備え,該可変利得部を通る電気信号にAGCをかけるものであるが,該可変利得部がどのような構成からなるものであるのか明確ではない点。
(エ) 相違点2
本件訂正発明は,同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステムにおいて用いられるCATV受信機のAGC方法であるのに対して,
乙20発明は,光受信機のAGC方法であるものの,光受信機が同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVにおいて用いられるものであるのか否かが明確ではない点。
ウ 本件審決が認定した乙6発明並びに本件訂正発明と乙6発明との一致点及び相違点3は,次のとおりである。
(ア) 乙6発明
「光入力レベルに比例してフォトダイオードまたはアバランシェフォトダイオードDを流れる光電流の平均値を検出する平均光電流検出回路AVPと,
平均光電流検出回路の出力を所定のレベルまで増幅したあと,これを可変利得制御増幅器AMPの制御形式に応じて,電流又は電圧に変換する増幅・変換回路COVと,
制御電圧又は制御電流に比例して利得が変化する可変利得制御増幅器AMPとを有し,
前記可変利得制御増幅器AMPは,可変抵抗ダイオードD1などの前後に利得固定増幅器A1,A2が接続されて構成されており,制御入力CTに加わる電流が,抵抗R3,可変抵抗ダイオードD1,抵抗R4を介して接地端に流されるように構成されていて,制御入力CTに加わる電流値によって可変抵抗ダイオードD1の抵抗値が変化し,その結果利得が変化するものであって,
光入力レベルが変化するとこの変化に比例して,フォトダイオード又はアバランシェフォトダイオードDを流れる平均光電流が変化し,この変化は増幅・変化されて,可変利得制御増幅器AMPの利得を変化させ,制御系の利得および変化極性を適当にえらべば電気出力のレベルを光入力レベルにかかわらず一定に保つようにすることができるAGC機能付光電気変換回路。」
(イ) 一致点
「パイロット信号を含まない光信号を受光素子で受光して光/電気変換し,変換された電気信号を受光素子に設けられたモニタ端子から取出し,モニタ端子から取出されたモニタ信号を制御回路に入力し,この制御回路から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,可変減衰器において,前記光信号のレベルに応じたAGC電圧で,前記受光素子で光信号から電気信号に変換されそしてRFアンプで増幅された後に前記可変減衰器を通る該電気信号にAGCをかけるようにしたことを特徴とするAGC方法。」
(ウ) 相違点3
本件訂正発明は,同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステムにおいて用いられるCATV受信機であるのに対して,
乙6発明は,用途が特定されず,単にAGC機能付光電気変換回路である点。」
第3当事者の主張
当事者双方の主張は,原判決5頁21行目「優れた特性であること」を「優れた特性を有すること」と,原判決27頁18行目「ノイズ除去の主張に関する発明」を「ノイズ除去に関する発明」と各改め,次のとおり当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
〔当審における控訴人の主張〕
1 争点2-2(乙5に基づく新規性・進歩性要件違反)について
(1) 原判決は,本件発明と乙5発明とがCATV受信機のAGC(自動利得制御)方法であることも含めて一致点として認定した上で,本件発明は乙5発明から当業者が容易に想到し得たものであるとする。
しかしながら,本件発明のAGCは,光信号として伝送される映像信号そのものを制御の対象としているのに対し,乙5発明は,映像信号に付加された,映像信号の邪魔になる電気的擾乱を制御の対象としており,制御の対象が全く異なっている。
本来伝送すべき信号に加え,ノイズも含めて「ノイズ信号」と呼ぶ場合はあるが,通常は,単に「信号」と「雑音」や「ノイズ」という場合,前者は「電気通信の回路又は機器において,信号の邪魔になる電気的擾乱」における「信号」を意味し,「雑音」「ノイズ」は,「信号の邪魔になる電気的擾乱」を意味するものである。
原判決は,ノイズとAGCの制御対象となる信号を混同し,両者を同一視したために,判断を誤ったものというほかない。
(2) AGCとは,入力された信号のレベルが過大又は過小に変動するという問題が発生した場合でも,出力される信号のレベルが一定になるよう利得の量を自動的に制御する技術である。そのため,AGCが対象とするレベル変動は,ノイズキャンセル技術の対象となる数%程度のレベル変動とは全く異なるものであり,ノイズキャンセルとは異なる回路構成が必要となる。
これに対し,ノイズキャンセルとは,本来伝送されるべき信号に雑音が混入した場合に,当該雑音成分を除去又は軽減する技術であり,制御対象は雑音のみであり,レベル変動の大きさも非常に微少なものにすぎない。
そうすると,本件発明と乙5発明との一致点は,「パイロット信号を含まない光信号をCATV用光受信機に設けられた受光素子で受光して光/電気変換し,」のみであり,「受光素子に設けられたモニタ端子から取出し,」「モニタ端子から取出されたモニタ信号を制御回路に入力し,」「この制御回路から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,」の部分は相違点である。
したがって,原判決の本件発明と乙5発明との一致点及び相違点の認定は誤りであるから,原判決の相違点の判断も誤りであるというほかない。
(3) 以上によると,乙5発明は,ノイズキャンセル技術に関するものであって,AGCに関するものではなく,AGC電圧を発生する構成を有しておらず,AGC電圧を発生する制御回路も存在しないというべきである。
したがって,本件発明は,乙5発明から当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
2 争点2-3(乙6に基づく新規性・進歩性要件違反),争点2-4(乙7に基づく進歩性要件違反)及び争点2-5(乙20に基づく進歩性要件違反)について
(1) 被控訴人は,乙6,乙7及び乙20には,CATVに用いる方法の発明が開示されているし,明確に開示されているといえないとしても,これらの発明をCATVに適用することは容易であるなどと主張する。
しかしながら,本件発明は,本件出願当時,光CATVシステムとして唯一実用化されていたHFCシステムを除外した上で,研究段階に止まっていたFTTH方式を対象として特定し,モニタ信号方式(フィードフォワード方式)によるAGCが産業上利用可能であることを見いだしたものである。
したがって,本件発明が容易想到であるというためには,当時のCATVシステムに係る技術状況を前提として,少なくとも主流であったHFCシステムを除外し,研究段階にあったFTTH方式に適用対象を限定すれば,パイロット信号を用いたAGCよりも精度の劣るAGC方式でも,システム要件を満足し得ることに関する開示又は示唆が必要である。
しかしながら,乙6,乙7及び乙20のいずれにも,このような開示や示唆は認められない。
(2) 本件出願当時,光受信機において用いられ,AGC方法を検討できる程度に具体化していた光CATVシステムとしては,パイロットAGCを前提とするHFCシステムしか存在しなかった。
当時のHFCシステムは,一部の同軸ケーブル回線を光ファイバ回線に置き換えた以外は,従来の全同軸ケーブルシステムと何ら変わるところはなかったから,AGC方法を別の方法に置き換える動機付けはなく,システム要件を満足するためのAGC方式は,従来通りパイロットAGC方法のみが利用され続けていた。
したがって,HFCシステムにおいて,当業者がフィードフォワード方式のAGC方法を想起することはない。
(3) HFCシステムは,伝送路に多段の同軸アンプをカスケード接続しているから,HFCシステムの光受信機に乙6発明,乙7発明及び乙20発明のフィードフォワード方式のAGC方法を適用することは技術的に不可能である。また,HFCシステムにフィードフォワード方式のAGC方法を適用した場合,CSO,CTB及びCN比という光CATVシステムにおいて要求される要件の一部又は全部を満たすことができないから,その適用には阻害事由が認められる。
(4) 光CATVが登場する以前は,光ファイバの温度変動や経年劣化による光入力レベルの変動のみに対応すればよかったため,光信号レベル範囲はせいぜい±0.5db程度の範囲が想定されていた(甲4の1~3)。
しかしながら,光CATVでは,光コネクタの挿抜による光嵌合損失の偏差に対応すること,1つのシステムで多数の加入者をカバーするため,伝送距離が短い場合から長い場合までカバーできること,光分岐を行った場合の光分岐損失に対応できることが求められるため,光受信機においては,少なくとも±2db程度の範囲の光入力レベルに対応できることが必要となる。
乙6発明,乙7発明及び乙20発明は,いずれも,光信号レベル範囲が非常に狭いか,あるいは光信号レベル範囲が広い場合に生じる課題に関する認識を欠くものである。しかも,フィードフォワード方式のAGC方式は,広い光信号レベル範囲では,精度が著しく劣化する。
本件出願当時,光CATVでは,映像信号を品質良く送るため,光受信機や同軸アンプからの電気信号出力レベル変動を非常に小さく設定する仕様とされるのが一般的であったため,フィードバック方式により精度良くAGCをかけられるパイロットAGCに代えて,精度に劣るフィードフォワード方式のAGCを使用することはあり得なかった。
したがって,当業者が,HFCシステムの光CATVの広い光入力レベル範囲において,光CATVシステムで求められるシステム要件を満足させるために,AGC特性に劣る乙6発明,乙7発明及び乙20発明の方式を採用することはあり得ず,その適用には阻害事由が認められる。
(5) 以上のとおり, 本件発明は,乙6発明,乙7発明及び乙20発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るものということはできない。
3 訂正の対抗主張
(1) 本件訂正について
控訴人は,平成25年8月27日,本件訂正をし,本件審決で認められた。本件訂正により付加された構成要件Gの「同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除く」とは,本件発明の技術的範囲からパイロット信号を用いるタイプのHFCシステムを除外することを表している。当該訂正は,従前の請求項の記載の趣旨をより明確にするために,パイロット信号を用いるHFCシステムを除外することの明示的記載を加えたものである。本件訂正は,そのほか,構成要件Gを付加する訂正に伴い,本件明細書の該当箇所を訂正するものであるから,いずれも実質上特許請求の範囲を拡張・変更する訂正には当たらず,特許法126条6項に反しない。
また,本件訂正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるといえるから,特許法126条5項に反しない。
(2) 被控訴人製品を用いる方法の本件訂正発明の充足性及び間接侵害の成否
被控訴人製品1及び2は,FTTH方式で用いられる光受信機であり,FTTH方式は「同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステム」に当たるから,被控訴人製品1及び2を用いる方法は構成要件Gを充足する。
被控訴人製品1及び2が構成要件Aないし構成要件Fを充足することは,原判決が認定したとおりである。
したがって,被控訴人製品1及び2を用いる方法は,本件訂正発明の構成要件の全てを充足する。
また,被控訴人製品1及び2は,「同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステム」において用いられるものであるから,本件発明と同様に,本件訂正発明との関係でも,特許法101条4号(及び平成18年法律第55号による改正前の特許法101条3号)により,本件特許権を侵害するものとみなされる。
(3) 本件訂正により本件発明の無効理由が解消されたことについて
ア 乙20発明に基づく容易想到性について
本件審決は,乙20発明の可変利得増幅器を,RFアンプの後に可変減衰器を設けて構成することは,当業者が適宜なし得た程度のことであること(相違点1の判断)及び本件出願当時において,FTTH方式のCATVは周知であったから,乙20発明をFTTH方式のCATVに適用することは当業者が容易になし得たことであること(相違点2の判断)から,本件訂正発明は,乙20発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るとした。
本件審決の乙20発明の認定並びに本件訂正発明と乙20発明との一致点及び相違点の認定については争わないが,本件訂正発明は,乙20発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るものではないから,本件審決の相違点1及び2の判断は誤りである。
(ア) 相違点1について
a 本件審決は,乙20発明の可変利得増幅器をRFアンプの後に可変減衰器を設けて構成することは,当業者が適宜なし得た程度のことであるとする。
確かに,FTTH方式におけるAGC方法という用途以外の場合,可変利得増幅器をRFアンプの後に可変減衰器を設けて構成することはあり得ることである。しかし,本件出願時において,FTTH方式のCATVはHFCシステムにより培われた技術を応用するものと考えられていたから,FTTH方式におけるAGC方法において,可変利得増幅器をRFアンプの後に可変減衰器を設けて構成することは,当業者が適宜なし得た程度のことということはできない。
b フィードフォワード方式のAGC方法は,狭い光入力レベル範囲ではAGC精度がよい。
乙20には明示されていないが,図1のローパスフィルタは,パイロット信号を除去するためのものであるから,乙20発明は1チャンネルアナログベースバンド信号のAGC方法に関するものであり,要求される光入力レベル範囲は狭い。
これに対し,光入力範囲が広く,光信号の変動範囲の大きな光CATVにこのようなAGC方法を適用すると,AGC精度が大きく劣化してしまう。そのため,HFCシステムの受信機に乙20発明の回路を適用した場合,光CATVで必要とされる特性を実現することはできない。また,前記のとおり,本件出願当時,FTTH方式はHFCシステムの延長線上にあると考えられていた(甲16)。
したがって,当業者は,FTTH方式のCATVの受信機に乙20発明を適用した場合,光CATVで必要とされる特性を実現できないと考えたはずであり,乙20発明をFTTH方式におけるAGC方法に適用することには,阻害事由がある。
c また,本件審決は,RFアンプの後に可変減衰器を設けて可変利得部を構成することが周知技術である根拠として,周知例1ないし3(乙38~40)及び乙6を指摘するが,このうち,周知例1ないし3は,パイロットAGC方法を行う場合の例が示されているのみであるから,乙6だけをもって周知ということはできず,本件審決の認定は失当である。
d さらに,乙20発明は,1チャンネルアナログベースバンド信号の狭帯域伝送におけるAGC方法であるから,AGCアンプとしては,オペアンプやトランジスタを使った構成しか想起できないことは明白である。乙20には,広帯域の周波数特性を要求する多チャンネルのCATVでは必須とされる,複雑かつコスト高となる「RFアンプ+可変減衰器+RFアンプ」の構成に関する記載はなく,そのような構成を採用することを当業者が想到することはあり得ない。
e 以上によれば,本件審決の相違点1の判断は誤りである。
(イ) 相違点2について
a FTTH方式のCATVの周知性について
本件審決は,本件出願当時,FTTH方式のCATVは周知であったことを前提として,用途の限定がない汎用の発明である乙20発明をFTTH方式のCATVに適用することは当業者が容易になし得たことであるとする。
しかしながら,本件出願当時の技術水準において,FTTH方式の光CATVは,AGC採用の可能性があるAM-FDM方式以外にも,ACG不要のFM-FDM方式,FM一括変換方式が候補として研究されている段階にあった。
しかも,AM-FDM方式については,光多重反射に弱く,広帯域における低雑音化,低歪について欠点があり,AM―FDM伝送によるFTTH方式は,伝送品質改善の途上にあり,その開発の主たる焦点はLD低雑音化やEDFAに当たっており,光受信機のAGC方法にまで焦点は当たっていなかった(甲77,78)。そして,AM-FDM伝送方式には,上記のような欠点があることから,その欠点のないFM-FDM方式やFM一括変換方式が検討されており,また,CATV事業者においては,HFCシステムをベースとして,徐々に光回線の部分を放送局に近い部分の回線から進めていく方針を採用していた段階であり,各家庭まで光ファイバで伝送するFTTH方式のことまで具体的に検討する段階にはなく(甲86),電子情報通信学会やIEEEの学会論文,国内特許出願の内容からしても,本件出願当時は,CATVにおける研究開発の主たる対象はシステム・伝送特性と光送信機の技術分野にあり,光受信機に関する技術にまでは研究開発の対象が移行していなかった(甲87)。
以上のとおり,本件出願当時は,広帯域・低雑音・低歪という基本的な技術的課題との関係で複数の伝送方式が研究されていた段階であり,使用される伝送機器についても,当時の研究の焦点は光送信機で使用されるDFBレーザや光ファイバ増幅器にあったのであり,光受信機のAGC方法にまで開発の焦点は移行していなかった。
b FTTH方式のCATVに乙20発明の方法を適用することについて
(a) 仮に百歩譲って,各種方式の中からAM-FDM方式を採用し,当該方式においてAGCをかけることまで想起したとしても,本件出願当時,AM-FDM方式は,CATVにおけるHFCシステムにおいて広く採用されている技術であった。そして,FTTH方式のCATVは,本件出願当時,HFCシステムの延長上の技術として捉えられていた(乙16)。AGC方法には,パイロットAGCのようなフィードバックAGCと,乙20発明や本件発明のようなフィードフォワードAGCに分けられる。これらの方式を比較すると,乙20発明のフィードフォワードAGCは,AGC精度,広帯域化のいずれも普通のレベルであり,パイロットAGCに比較すると精度において劣っている(甲72)。本件出願当時,周波数が多重化された映像信号を伝送するシステムでは,有線・無線を問わず,パイロットAGCを用いることが常識であり,多チャンネル光伝送システムの雑音特性や線形特性などの品質を確保する上で,精度に優れたパイロットAGCが最適であると認識されており,パイロットAGCは,既に商品化されていたHFCシステムにおいても使用実績があったことから,FTTH方式のCATVで使用される光受信機のAGC方式としては,HFCシステムと同様の技術であるパイロットAGCを使用していた(甲88)。また,本件出願当時は,光機器の歪特性確保が極めて困難な技術状況にあったことから,光受信機の歪特性を緩和することができず,光受信機のRF出力レベルを一定に保つことが映像品質維持のために極めて重要であり,光受信機のAC方法としては,パイロットAGCを採用するのが当然であり,実績のない別の方法に変更することなど考え得る状況ではなかった(甲86)。
以上からすれば,本件出願当時においては,FTTH方式のCATVで使用される光受信機の技術は,当然HFCシステムと同様の技術であるパイロットAGCを使用することを想起する状況にあったことが明らかであり,AGC精度が劣るフィードフォワードのAGC方法を想到することが容易であるとはいえない。
(b) 乙20発明は,光受信機における温度変化又は経年変化による出力信号レベルの変動(±0.5dbの範囲の変動)を補正することを目的とする発明であり,電柱の移設などによる光伝送路の経路変更や,経路上の光機器のコネクタの挿抜などに起因するレベル変動(±2dbの範囲の変動)を補正することを目的とはしていない。光ファイバの温度変動・経年劣化による光信号のレベル変動は非常に小さなものであるから,光CATVにおいて,AGCをかけなくとも要求される出力レベル範囲を満足することは可能である。すなわち,光ファイバの温度変動・経年劣化による光信号のレベル変動を補償するだけの目的であれば,AGCを行う必要はない。
したがって,乙20発明には汎用性がなく,この点に関する本件審決の判断は誤りである。
本件審決は,FTTH方式のCATVに乙20発明で採用されているフィードフォワードのAGC方式を組み合わせることの動機付けとして,乙20発明が対象とする出力信号レベルの変動と,光CATVにおけるAGCの出力信号レベルの変動が同程度であることを指摘する。本件審決は,動機付けに関し,温度変化又は経年変化等による出力信号レベル変動の存在について認定したが,FTTH方式ではAGCをかける必要が存在しない以上,光ファイバの温度変化又は経年変化等による出力信号レベル変動の存在は,本件訂正発明を想起するための動機付けとはなり得ない。
乙20発明は,伝送路の温度変化や経年劣化に起因する小さなレベル変動の制御を対象とするものであり,より大きなレベル変動の補償はマニュアル(MGC)により行うようになっているから,乙20には,より大きなレベル変動の補償が必要とされる光CATVの分野に適用することの開示も示唆もないというべきである。
また,ほかに,そのような大きなレベル変動に対してフィードフォワードのAGCを適用可能であったことを示す証拠は存在しない。
(c) 本件出願当時のCATVは,「同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステム」であったから,光CATVに乙20発明のAGC方法を適用するとすれば,HFCシステムに適用することになる。
しかしながら,HFCシステムに乙20発明のAGC方法を適用することについては,前記2(3)及び(4)のとおりの阻害事由が認められるから,乙20発明のAGC方法を適用するためには,HFCシステムを除外することの開示又は示唆が存在することが必要であるところ,本件全証拠においても,そのような開示や示唆は認められない。
(d) 以上によれば,本件審決の相違点2の判断は誤りである。
(ウ) 小括
以上のとおり,本件訂正発明は,乙20発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るということはできない。
イ 乙6発明に基づく容易想到性について
本件審決は,乙6発明を同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVに適用することは,当業者が容易に想到し得たことであるとする。
本件審決の乙6発明の認定並びに本件訂正発明と乙6発明との一致点及び相違点の認定については争わないが,本件審決の相違点3の判断は誤りであるから,本件訂正発明は,乙6発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るものではない。
(ア) 本件審決は,本件出願当時,FTTH方式のCATVが周知であったことを前提に,一般に,増幅器を固定利得で用いることもあれば,AGCをかけて出力信号レベルが一定になるように可変利得で用いることもあることは技術常識であり,乙6発明を同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVに適用することは,当業者が容易に想到し得たことであるとする。
しかしながら,乙6発明のAGC方法を光CATVで要求される広い光入力レベル範囲に適用した場合,乙20発明と同様に,一般的なフォトダイオードと可変減衰器の特性が原因で,出力信号のレベルの精度が低くなってしまい,光CATVで必要とされる特性を実現できないという阻害事由がある。
(イ) 本件出願当時,当業者は,AM-FDM方式のFTTH方式を採用した光CATVに関する文献に接した場合,前記ア(イ)bのとおり,仮に光受信機にAGCを適用することを想起できたとしても,HFCシステムと同様にパイロットAGC(フィードバックのAGC方法)の適用しか想到することができず,HFCシステムで一切使用されていなかったフィードフォワードのAGC方法は容易に想到できなかったというべきである。
(ウ) 本件審決は,光CATVにおいても乙6発明と同様の出力信号レベル変動が予想されるものであることを理由として,乙6発明をFTTH方式のCATV用光受信機に適用することが容易であるとする。
しかしながら,本件審決は,乙6発明がどのような分野の発明なのか,出力レベル変動はどのような要因で生じ,どの程度の大きさのものが想定されているのか等,光CATVにおいても乙6発明と同様の出力信号レベル変動が予想されると判断する前提となる基本的事項を一切検討していない。
乙6発明は,デジタルベースバンド伝送であるデータリンク回路において,発振を抑えて応答時間を早くすることを実現するという,光CATVで求められるAGCとは全く異質の制御を技術的課題とするものであり,乙6発明の用途にはCATVが含まれていないことは明らかである。
したがって,本件審決の判断は,具体的根拠に基づかない主観的判断にすぎず,乙6発明をFTTH方式のCATV用光受信機に適用することの動機付けを認める根拠は存在しない。本件審決の判断はいわゆる後知恵によるものというほかない。
(エ) 以上のとおり,本件訂正発明は,乙6発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るということはできない。
ウ 乙5発明に基づく容易想到性について
本件訂正発明が,乙5発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものではないことは,本件発明について前記のとおりである。本件審決も,本件訂正発明は,乙5発明に基づいて当業者が容易に相当し得るものではないとした。
エ 小括
以上のとおり,本件訂正により,本件発明の無効理由は解消されたものというべきである。
(4) 小括
以上によれば,被控訴人製品1及び2が用いる方法は,本件訂正発明の技術的範囲に属し,また,被控訴人製品1及び2は,間接侵害に該当し,本件特許権を侵害するものとみなされるところ,本件訂正発明は,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないから,原判決は誤りである。
〔当審における被控訴人の主張〕
1 争点2-2(乙5に基づく新規性・進歩性要件違反)について
(1) 乙5発明の回路は,光信号のレベルと対応したモニタ信号(低周波成分)を用いて光信号のレベル変動の補償を行うものであるから,光信号のレベル変動を検出して補償する回路であり,AGCを行うための回路であることは明らかである。
(2) 本件発明のAGC回路と乙5発明の回路は,いずれも,低周波成分を用いて光信号のレベル変動を補償する回路であって,何ら異なるところはない。乙5発明では,補償すべき変動として比較的小さい変動に着目し,これを「妨害雑音成分」と呼んでいるだけであって,この回路が光信号のレベル変動を検出して補償するものであることに変わりはない。
そして,本件発明と乙5発明は,いずれもCATVシステムにおいて光レベルの変動を検出して補償するという点で技術思想が共通しており,また,光レベルの変動を補償するという適用場面も同じであるから,本件発明におけるAGCには,乙5発明における比較的小さいレベル変動の補償も含まれることは自明である。
(3) 乙5発明の回路は,低周波成分によって光信号のレベルを検出して,検出されたレベルが「1+n(t)」の場合に可変利得増幅器によって「1」になるように制御しているのであるから,逆極性の波を作り出すものではなく,ノイズキャンセル技術とは全く異なる。
また,乙5発明の回路は,分波器により取り出された本来の伝送信号(送信すべき情報を含む高周波成分の信号)を可変利得増幅器に入力し,分波器により取り出された低周波成分の信号レベルに基づいて,当該伝送信号のレベルを補償するものである。AGCにおける制御の対象が本来の伝送信号であるとの控訴人の主張を前提としても,乙5発明の回路は正にAGCを行う回路であり,ノイズキャンセルとは明らかに相違する。
(4) 乙5発明は,光ファイバの伝送系で生じた伝送信号の乱れを補正すると同時に,光ファイバの伝送系で生じるレベル変動を一定レベルに補償することができるものである。そうすると,乙5発明に接した当業者は,乙5発明によって光ファイバを伝送した信号のレベル変動に対してAGCをかけることにより,当該信号のレベルを一定にすることができることを想起するものである。
また,乙5発明の回路がAGCの回路と同一であることからすれば,当業者が乙5発明をAGCに適用するのは極めて容易である。
仮に,乙5発明の受信器がAGC回路を備えていないとしても,乙5発明の受信機に,乙6発明,乙7発明又は乙20発明のAGC回路を適用し,本件発明を想到することは当業者にとって容易である。
(5) 以上によれば,本件発明は,乙5発明に基づき当業者が容易に想到し得たものであるから,原判決の判断に誤りはない。
2 争点2-3(乙6に基づく新規性・進歩性要件違反),争点2-4(乙7に基づく進歩性要件違反)及び争点2-5(乙20に基づく進歩性要件違反)について
(1) 控訴人は,同軸ケーブルに比して優れた光ファイバ回線の特性に基づいて,フィードフォワードAGCをFTTH方式に適用した点に本件発明の技術的意義があるなどと主張するが,本件明細書には,光ファイバ回線が同軸ケーブルに比して優れた特性であることに鑑みて光受信機を簡素化した旨の記載はないばかりか,FTTH方式についての言及すらない。本件発明の技術的意義に関する控訴人の主張は,本件明細書の記載に基づくものではない。
また,控訴人は,本件出願当時,光受信機において用いられ,AGC方法を検討できる程度に具体化していた光CATVシステムとしては,パイロットAGCを前提とするHFCシステムしか存在しなかったなどと主張する。
しかしながら,光ファイバをCATVの全線に適用するFTTH方式は,本件特許出願のはるか以前より考えられていたことである。また,衛星放送(BS)や通信衛星(CS)による番組を家庭に分配しようとすると,同軸ケーブルでは帯域が狭く,制限が生じることから,HFCシステムの次には,伝送帯域を拡大したFTTH方式が求められていることは当業者にとって自明であった。実際,平成6年以前から,FTTH方式の試験研究は非常に活発に行われていた。
そして,フィードフォワード方式のAGC自体は本件出願時の周知技術であることについて,当事者間に争いはないから,FTTH方式の光伝送システムに公知のフィードフォワード方式のAGCを適用することは,当業者が必要に応じて適宜なし得る設計事項にすぎない。
(2) 控訴人は,伝送路に多段の同軸アンプをカスケード接続しているHFCシステムに,乙6発明,乙7発明及び乙20発明が採用するフィードフォワード方式のAGCを適用することは技術的に不可能であり,その適用には阻害事由が認められるなどと主張する。
しかしながら,上記各発明の光受信機は,光信号が入力される光受信機である点で本件発明と同様であるし,上記各発明にフィードフォワード方式のAGCを適用した場合にシステム要求を満たすか否かは,本件発明の無効事由の有無とは無関係である。
控訴人の主張は,本件出願当時,FTTH方式の光CATVシステムについての研究が行われており,当業者に広く知られていた技術であったことを無視するものであって,前提において失当である。
(3) 控訴人は,本件出願当時,光CATVでは,映像信号を品質良く送るため,光受信機や同軸アンプからの電気信号出力レベル変動を非常に小さく設定する仕様とされるのが一般的であったため,フィードバック方式により精度良くAGCをかけられるパイロットAGCに代えて,精度に劣るフィードフォワード方式のAGCを使用することはあり得なかったなどと主張する。
しかしながら,控訴人の主張は,光CATVでは①光コネクタの挿抜による光嵌合損失の偏差,②伝送距離が短い場合から長い場合までカバーできること,③光分岐を行った場合の光分岐損失に対応できることが求められることを前提とするが,上記各事項は本件明細書には全く記載がなく,本件発明がこれらに対応したものであるとする控訴人の主張は根拠を欠き,失当である。?また,控訴人の主張は,乙6発明,乙7発明及び乙20発明が対象とする光信号レベル範囲が±0.5(db)と非常に狭いことを前提としているが,乙6,乙7及び乙20には,対象とする光信号レベル範囲が±0.5(db)であることは一切記載されていない。乙6発明のAGC回路は,本件発明の構成と完全に一致しているから,一般的なフォトダイオードや可変減衰器を用いたAGC方式では±2(db)の変動範囲に対応できないのであれば,本件発明も,同様に±2(db)の範囲に対応できないことになる。
したがって,HFCシステムの光CATVの広い光入力レベル範囲において,当業者が乙6発明,乙7発明及び乙20発明の方式を採用することに阻害事由を認めることはできない。
(4) 以上のとおり, 本件発明は,乙6発明,乙7発明及び乙20発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るものというべきである。
3 訂正の対抗主張
本件訂正発明は,①乙20発明及び周知技術に基づいて,②乙6発明及び周知技術に基づいて,③乙5発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るというべきであって,本件訂正によっても無効理由が解消したということはできない。
したがって,本件訂正が訂正要件を充足するか否か,被控訴人製品1及び2について本件訂正発明の充足性を検討するまでもなく,控訴人の請求は理由がないことは明らかである。
(1) 乙20発明に基づく容易想到性について
控訴人は,本件訂正発明を無効であるとした本件審決の相違点1及び相違点2の判断について,誤りであると主張する。しかし,本件審決の判断に誤りはなく,本件訂正発明は乙20発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るというべきである。
ア 相違点1について
(ア) 控訴人は,乙20発明は1チャンネルアナログベースバンド伝送に関するものであることを前提として主張するが,乙20には,1チャンネルアナログベースバンド伝送に関する発明であるとの記載はないし,乙20の出願当時(昭和56年4月),既に半導体レーザ(LD)を用いた光CATVシステムにおいて多チャンネル信号の送受信を行うことは広く知られていた技術(乙6~8)であったから,乙20発明は,このような技術を前提とするものであることは明らかである。
したがって,乙20発明が1チャンネルアナログベースバンド伝送に関する発明であることを前提とする控訴人主張は,その前提自体が誤りである。
(イ) 乙20発明のAGC精度に関しては,広帯域の信号の帯域特性を劣化させないために可変減衰器を用いることが知られていた(乙9,13,14)から,広帯域の光CATVに適用する際,RFアンプの後に可変減衰器を設けて構成した周知の可変利得増幅器を適用し,AGC精度を劣化させないようにすることは,当業者が容易になし得る設計事項にすぎない。
(ウ) 以上によれば,本件審決の相違点1の判断に誤りはない。
イ 相違点2について
(ア) FTTH方式のCATVの周知性について
本件出願当時の技術水準において,FTTH方式の光CATVは,AM-FDM方式,FM-FDM方式,FM一括変換方式の3種類しかなく,そのうち,AM-FDM方式においてAGCが必要であるならば,当業者は,AGC方法を検討することが可能であったということができる。
光CATVの伝送方式については,伝送方式を決定後,AGC方法を検討するのではなく,AGC方法やその精度なども一つの考慮要素として総合的な観点から伝送方式を選択するのが普通である。AGC方法は,本件出願よりも相当期間前から採用されていた技術であるから,本件出願前にFTTH方式が研究されていたことは,当然,FTTH方式におけるAGC方法についても検討されていたというべきである。フィードフォワードのAGC方法も,古くから知られた周知技術であった以上,FTTH方式にフィードフォワードのAGC方法を適用することは,当業者が容易になし得る事項にすぎない。
(イ) FTTH方式のCATVに乙20発明の方法を適用することについて
a FTTH方式は,従来の「光ファイババックボーンシステム」を単にユーザ宅まで延長したものではないから,FTTH方式において,HFCシステムのAGC方式がそのまま使用されるのが当然であるかのような控訴人の主張は失当である。
HFCシステムの中継局とFTTH方式のユーザ端末は,その役割や要求される仕様が異なるから,HFCシステムでパイロットAGC方式を採用していたからといって,直ちに,FTTH方式でもパイロットAGC方法が採用されるわけではない。
また,光ファイバ回線の特性が同軸ケーブルと比較して優れていることは技術常識であり,FTTH方式ではパイロットAGC方法ほどの高精度なレベル制御は不要である。フィードフォワードのAGC方法がパイロットAGC方法と比較して精度が低いとしても,FTTH方式に適用するには十分な性能を有しているから,当業者がFTTH方式にフィードフォワードのAGC方法を適用することに阻害事由は存在しない。
b 控訴人は,本件出願時において,乙20発明のAGC方法を適用するためには,HFCシステムを除外することの開示又は示唆が存在することが必要であるなどと主張するが,本件訂正によって,本件発明からHFCシステムが除外され,FTTH方式の発明に限定されたならば,光ファイバを用いたCATVには,HFCシステムとFTTH方式しか存在しなかったことが技術常識であったといわざるを得ない。この技術常識を前提とするならば,光ファイバを用いたCATVにおいて,AGC方法を用いることは周知技術(乙2~5)であった以上,FTTH方式にAGC方法を組み合わせることを容易に読み取ることが可能である。
c 相違点2では,乙20発明をFTTH方式に適用することの容易想到性が問題とされているから,HFCシステムに乙20発明を適用することに関する阻害事由が存在するとの控訴人主張は,前提自体が誤りである。
(ウ) 以上によれば,本件審決の相違点2の判断に誤りはない。
ウ 小括
以上のとおり,本件訂正発明は,乙20発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るというべきである。
(2) 乙6発明に基づく容易想到性について
控訴人は,本件訂正発明を無効であるとした本件審決の相違点3の判断について,誤りであると主張する。しかし,本件審決の判断に誤りはなく,本件訂正発明は乙6発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るというべきである。
ア 相違点3について
(ア) 乙20発明について前記のとおり,FTTH方式のCATVではパイロットAGCの適用しか想到することができなかった旨及び乙6発明のAGC方法をFTTH方式に適用することには阻害事由がある旨の控訴人の主張は,いずれも誤りである。
(イ) 控訴人は,光CATVにおいても乙6発明と同様の出力信号レベル変動が予想されると判断する前提となる基本的事項を一切検討していない本件審決は,具体的根拠に基づかないと主張するが,本件訂正発明が具体的にどのような光レベル変動を対象としたものであって,どのような構成のAGC回路を採用しているかについて,本件訂正明細書には何らの記載もないから,控訴人の主張はその前提を欠き誤りである。
用途の限定がない汎用の発明を特定の用途で具現化する際,当該汎用の発明の各構成要素を当該特定の用途の要求仕様を満たすものとすることは,当業者が当然に考慮する事項であるから,乙6発明を光CATVに適用する際,その光レベル変動を抑制する仕様とすることは当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。
(ウ) 以上によれば,本件審決の相違点3の判断に誤りはない。
イ 小括
以上のとおり,本件訂正発明は,乙6発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るというべきである。
(3) 乙5発明に基づく容易想到性について
乙5発明に基づく本件訂正発明の容易想到性を否定した本件審決は以下のとおり誤りである。
ア 本件審決は,「光信号に対するAGCを行う場合,入力される光信号のレベルが予め決まっているものではなく,任意のレベルの信号が来ても,『ある一定の値』の出力レベルが得られるように制御がなされるものであって,『ある一定の値』ということから明らかなように,設定される出力レベルは,不変なものではなく,所要の範囲で任意に設定可能なものである。」として,制御の目標値を変更できないものはAGC方法に該当しないとする。
しかし,「ある一定の値」に制御がなされるということと,その一定の値が「任意に設定可能なもの」であることは,全く関係のない事項であり,「ある一定の値」に制御がなされるということは,その一定の値が「任意に設定可能なもの」であることを意味しない。AGC(Auto Gain Control:自動利得制御)は,その名称のとおり,自動的に利得を制御すれば足りるのであって,その出力を任意に設定可能であることまで要しない。一般的に,AGC機能は,①変化を検出する。②その変化を補償する。という二つの機能から成り立っているなどと定義されており,「一定の値」という限定はされていない。
したがって,本件審決が前提とするAGC方法の定義自体,誤りであるというほかない。
イ 以上によれば,乙5発明がAGCを行っていないとした本件審決の判断は誤りであって,本件訂正発明は,本件発明と同様に,乙5発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るものというべきである。
(4) 小括
以上のとおり,本件訂正発明は,特許無効審判により無効とされるべきものであるから,控訴人の訂正の対抗主張は理由がない。
したがって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は,その結論において正当である。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の本訴請求は,本件発明及び本件訂正発明はいずれも進歩性を欠くものであって,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 争点1(被控訴人製品を用いる方法が本件発明の技術的範囲に属するか)について
原判決第3の1(原判決40頁17行目から50頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点2(本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか)について
(1) 本件発明について
本件発明の特許請求の範囲は,引用にかかる原判決第2の1の(2)に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲2,3)には,おおむね次の記載がある(図面については,別紙1の本件明細書図面目録を参照。)。
ア 産業上の利用分野
本発明は,CATVシステムの光通信の分野で使用されるCATV用光受信機に関するものであり,光受信機で受光される光信号にレベル変動があっても同受信機から出力される電気信号のレベルが一定に保たれるようにするためのAGC方法に関するものである(段落【0001】)。
イ 従来の技術
光伝送システムでは光受信機の受光レベルが変化すると,光受信機から出力される電気信号のレベルも変化してしまう。しかし受光レベルが変化しても電気信号の出力レベルは一定にするのが望ましい。そこで従来は,光受信機を別紙1の図2に示すような構成にして出力レベルを調整していた(段落【0002】)。
別紙1の図2は光通信の分野で使用される従来型の光受信機の概略図である。この光受信機は,光ファイバにより伝送されてくる光信号を受光素子(フォトダイオード)Aで電気信号に変換し,この電気信号をRFアンプB-可変減衰器C-分岐器D-RFアンプEの系路で増幅している。この光受信機では前記分岐器Dで信号を分岐し,この分岐信号をSAWフィルタ(バンドパスフィルタの一種)Fに通してパイロット信号を取り出し,このパイロット信号を検波器Gで検波してAGC電圧を発生し,このAGC電圧に基づいて制御回路Hが可変減衰器Cの減衰量を自動的に可変させて電気信号のレベルを調整(AGC)している。なお,前記可変減衰器C,分岐器D,SAWフィルタF,検波回路G,制御回路Hで構成される回路は一般にAGC回路と呼ばれている(段落【0003】)。
ウ 発明が解決しようとする課題
(ア) しかしながら,従来型のCATV用光受信機では受信信号のAGCにパイロット信号を用いるため,次のような問題があった(段落【0004】)。
a パイロット信号を送信しないCATVシステム,例えば難視共聴システムでは,別紙1の図2の光受信機ではAGCをかけることができない。
b AGC回路の構成が複雑であり,光受信機の小型化,コストの低減,メンテナンスの簡易化を阻害していた。
c 特にAGC回路を構成する部品のうち,SAWフィルタFは高価であり,コスト低減に難を有していた。
(イ) 本発明の目的は,パイロット信号がないCATVシステムでも信号レベルを自動調整でき,光受信機の小型化,低コスト化,メンテナンスの簡易化に寄与できるCATV用光受信機のAGC方法を提供することにある(段落【0005】)。
エ 課題を解決するための手段
本発明のCATV用光受信機のAGC方法は,パイロット信号を含まない光信号をCATV用光受信機に設けられた受光素子1で受光して光/電気変換し,変換された電気信号を受光素子1に設けられたモニタ端子3から取出し,モニタ端子3から取出されたモニタ信号を制御回路12に入力し,この制御回路12から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,このAGC電圧で,前記受光素子1で光信号から電気信号に変換された信号にAGCをかけるようにしたことを特徴とするものである(段落【0006】)。
オ 作用
本発明のCATV用光受信機のAGC方法では,受光素子1に受光される光信号のレベルを,同受光素子1に設けられたモニタ端子3でモニタし,このモニタ端子3からのモニタ信号で,受光素子1により光信号から電気信号に変換された信号にAGCをかけるようにしたため,パイロット信号がなくともAGCをかけることができる(段落【0007】)。
カ 実施例
別紙1の図1は本発明のCATV用光受信機のAGC方法の一実施例を示したものである。このAGC方法では,光ファイバにより伝送される光信号を受光素子(例えばフォトダイオード)1で電気信号に変換し,同電気信号を2つのRFアンプ10,11で増幅できるようにしてある。またこのRFアンプ10,11間には可変減衰器2を配置してあり,この可変減衰器2で電気信号のレベルを任意に加減できるようにしてある(段落【0008】)。
前記受光素子1は,受光した光信号のレベルをモニタすることができるモニタ端子3を備えたものであり,このモニタ端子3からは前記光信号のレベルと対応した電気信号(モニタ信号)が出力されるようにしてある。このモニタ信号は,例えば光信号のレベルが低いと小さい電流としてモニタ端子3から出力され,光信号のレベルが大きいと大きい電流としてモニタ端子3から出力されるものである(段落【0009】)。
前記可変減衰器2は電圧制御型のものであり,印加する電圧を可変することによりその減衰量を連続して可変させることができる。そこで前記受光素子1のモニタ端子3から出力されるモニタ信号を制御回路12に入力し,この制御回路12で前記光信号のレベルに応じた電圧(AGC電圧)を発生し,このAGC電圧を可変減衰器2に印加するようにしてある。制御回路12のAGC電圧が可変減衰器2に印加されると,このAGC電圧に応じて可変減衰器2の減衰量が加減されるが,同AGC電圧の変化量あるいは可変減衰器2の減衰特性は,光信号の変動を解消して,アンプ11から出力される電気信号のレベルを一定にするように調整してある(段落【0010】)。
キ 発明の効果
本発明のCATV用光受信機のAGC方法では次の効果がある(段落【0011】)。
(ア) パイロット信号が不要であり,このためパイロット信号がないCATVシステムでもAGC機能を持たせた光受信機を使用できるようになる。
(イ) SAWフィルタ,検波回路等が不要なため,AGC回路の構成が簡潔なものとなり,光受信機の小型化,低コスト化,メンテナンスの簡易化が期待できる。
(ウ) 乙20発明に基づく本件発明の容易想到性について
ア 乙20について
乙20には,おおむね次の記載がある(図面については,別紙2の乙20図面目録を参照。)。
(ア) 特許請求の範囲
光入力信号を電気信号に変換するPINフォトダイオードと,この電気信号を入力として出力を送出する可変利得の受信増幅器とを含む光受信機において,前記PINフォトダイオードの出力信号の平均値を検出する回路を備え,この回路の検出出力により前記受信増幅器の利得を制御するように構成されたことを特徴とする光受信機の自動利得制御方式。
(イ) 発明の詳細な説明
a 本発明は,PINフォトダイオードを使用した光アナログ受信器の自動利得制御方式に関する。特にPINフォトダイオードの出力電流の平均値又は積分値を検出することにより自動利得制御増幅器を制御する簡易型自動利得制御方式に関するものである。
光ファイバケーブルを使用した伝送系においては,周囲温度変化や経年変化等により受信増幅器の入力レベルが変化する。この結果,伝送品質が劣化することとなる。これを防止するため,従来からパイロット信号を送受して自動利得制御を行うパイロットAGC方式が知られている。これは,送信部で,信号帯域外にパイロット信号を重畳して伝送路に送出し,受信側で検出パイロット信号のレベルが初期設定値を保持するように受信増幅器の利得を自動調整するものである。このパイロットAGC方式における光受信機の従来例要部ブロック構成図を別紙2の第1図に示す。第1図で1は光入力信号,2はPINフォトダイオード,3はマニアル利得制御増幅器,4は自動利得制御増幅器,5はローパスフィルタ,6は出力端子,7はバンドパスフィルタ,8は整流器,9は基準電圧,10は演算増幅器をそれぞれ示す。しかし,このパイロットAGC方式では,送信機側に発振器を必要とし,さらに受信器内にパイロット信号検出用のバンドパスフィルタを必要として,装置が複雑化,大型化し,高価となる欠点を有する。
また,この他の従来例方式として,光ファイバケーブルの温度特性及び経年変化特性が優れている点に着目し,別紙2の第2図に示すように,AGC回路を持たずに済ませるいわゆるMGC方式も採用されている。
しかし,このMGC方式には受信機出力レベルが変動するとそれが出力に直接現れるためシステムの安定性を保証することができない欠点を有する。
本発明はこの点を改良するもので,装置が複雑とならず,しかも装置を小型化,安価とすることができる光アナログ通信機のAGC方式を提供することを目的とする。
本発明は,光受信機において,PINフォトダイオードの出力電流の平均値又は時間積分値を検出し,これにより受信増幅器の利得を自動制御するものである。
本発明は,光入力信号を電気信号に変換するPINフォトダイオードと,この電気信号を入力として出力を送出する可変利得受信増幅器とを含む光受信機において,前記PINフォトダイオードの出力信号の平均値を検出する回路を備え,この回路の検出出力により前記受信増幅器の利得を制御するように構成されたことを特徴とする。
b 本発明の一実施例を図面に基づいて説明する。別紙2の第3図は,本発明の一実施例の要部ブロック構成図である。第3図は光受信機を示している。
すなわち,光入力信号1はPINフォトダイオード2に照射されている。このPINフォトダイオード2のアノードはマニアル利得制御増幅器3に接続されている。このマニアル利得制御増幅器3の出力は自動利得制御増幅器4に導かれている。また,PINフォトダイオード2のカソードは積分器11に接続されている。この積分器11の出力は差動増幅器12の負相入力に導かれている。この差動増幅器12の正相入力には基準電圧9が接続されている。この差動増幅器12の出力は前記自動利得制御増幅器4の制御入力に導かれている。
このような回路構成の特徴ある動作を説明する。まず,本装置の初期設定動作を説明すると,別紙2の第3図において,PINフォトダイオード2の出力電流はマニアル利得制御増幅器3及び自動利得制御増幅器4により増幅され,初期設定出力が出力端子6に現われる。この初期設定時には増幅器4の利得は利得可変範囲のほぼ中央に設定する。ただし,この利得設定時には制御入力は非接続状態にしておく。
また,PINフォトダイオード2のカソード側からも同一の出力電流が取出されるが,これは積分器11により積分されるため,差動増幅器12への入力信号はアナログ信号電圧は表われず直流電圧のみとなる。しかしこの直流電圧が変動した場合には同じ割合だけ増幅器3に与えられる出力電流の交流電流が変動する。したがって,基準電圧9は差動増幅器12の出力電圧が初期設定時に増幅器4が初期設定利得となるように,すなわち出力端子6の出力電圧が初期値となるように設定する。このように各回路を調整することにより,光ケーブル損失がある値のときの光受信系が初期設定される。
この状態の後に温度変化又は経年変化等により光入力信号1のレベルが低下すると出力端子6の交流出力振幅も低下する方向で変化する。しかし,実際には積分器11の出力である直流電圧が低下し,差動増幅器12の出力電圧が増幅器4の利得を増大する方向に変化するため,出力信号電圧の変化は極めて少なくなる。
また,光入力信号1のレベルが増大した際には前述と逆の動作が行われ出力信号電圧を一定にする。
以上説明したように,本発明によれば,光受光器のPINフォトダイオードの出力電流を検出し,これにより受信増幅器の利得を自動制御することとした。
したがって,送信側において従来行われていたパイロット信号を発生するための発振器が不要となり,受信側においてもパイロット信号検出用のフィルタが不要となる等,装置を簡単化,小型化,安価とすることができる効果を有する。
イ 乙20発明について
(ア) 乙20には,以下のとおり乙20発明が記載されていることは,当事者間に争いがない。
「パイロット信号を含まない光入力信号を電気信号に変換するPINフォトダイオード2と,この電気信号を入力として出力を送出する可変利得受信増幅器とを含む光受信器において,前記PINフォトダイオード2の出力信号の平均値を検出する回路を備え,この回路の検出出力により前記受信増幅器の利得を制御するAGC方法であって,
光入力信号はPINフォトダイオード2に照射され,このPINフォトダイオード2のアノードはマニアル利得制御増幅器3に接続され,このマニアル利得制御増幅器3の出力は自動利得制御増幅器4に導かれており,
PINフォトダイオード2のカソードは積分器11に接続され,この積分器11の出力は差動増幅器12の負相入力に導かれており,この差動増幅器12の正相入力には基準電圧9が接続されており,この差動増幅器12の出力は前記自動利得制御増幅器4の制御入力に導かれているものであるAGC方法。」
(イ) 控訴人は,訂正の対抗主張において,本件審決の本件訂正発明と乙20発明との一致点及び相違点の判断を格別争わない。本件訂正は,本件発明について,「同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除くCATVシステム」に用いられる点を明らかにしたものであるから,本件発明と乙20発明の一致点及び相違点は,以下のとおりとなる。
a 一致点
「パイロット信号を含まない光信号を光受信機に設けられた受光素子で受光して光/電気変換し,変換された電気信号を受光素子に設けられたモニタ端子から取出し,モニタ端子から取出されたモニタ信号を制御回路に入力し,この制御回路から前記光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,可変利得部において,前記光信号のレベルに応じたAGC電圧で,前記受光素子で光信号から電気信号に変換され前記可変利得部を通る該電気信号にAGCをかけるようにしたことを特徴とするAGC方法。」
b 相違点1
本件発明は,可変利得部が,RFアンプと可変減衰器とで構成され,RFアンプで増幅された後に可変減衰器を通る電気信号にAGCをかけるものであるに対して,乙20発明は,可変利得部を備え,該可変利得部を通る電気信号にAGCをかけるものであるが,該可変利得部がどのような構成からなるものであるのか明確ではない点。
c 相違点2
本件発明は,CATV受信機のAGC方法であるのに対して,
乙20発明は,光受信機のAGC方法であるものの,光受信機がCATVにおいて用いられるものであるのか否かが明確ではない点。
ウ 相違点1について
(ア) 前記(1)によれば,本件発明は,CATVシステムの光通信の分野で使用されるCATV用光受信機に関するものであり,パイロット信号がないCATVシステムでも信号レベルを自動調整できるCATV用光受信機のAGC方法を提供するためのものである。
本件発明の構成は,パイロット信号を含まない光信号をCATV用光受信機に設けられた受光素子で受光して光/電気変換し,モニタ端子から取出されたモニタ信号により光信号のレベルに応じたAGC電圧を発生し,このAGC電圧で,光信号から電気信号に変換された信号にAGCをかけるようにしたものである。
(イ) 証拠(乙6,乙38~40)によれば,マルチチャンネルの映像信号を周波数分割多重して伝送する多重伝送方式など,広帯域信号に用いられる可変利得増幅器として,RFアンプの後に可変減衰器を設けて可変利得部を構成することが周知技術であると認められる。
そうすると,「RFアンプの後に可変減衰器を設けた」可変利得増幅器は,可変利得増幅器として周知の構成であるから,乙20発明の自動利得制御増幅器について,増幅器と可変減衰器とが組み合わされた周知の構成を含み得ると認識することは自然である。
そして,具体的にいかなる回路構成の可変利得増幅器を採用するかは,利得制御の対象となる信号の帯域特性などに応じて,当業者が適宜決定すべき設計事項であるから,乙20発明の可変利得増幅器として,周知の構成であるRFアンプの後に可変減衰器を設けた可変利得増幅器を採用することは,当業者が適宜なし得た程度のことであって,相違点1は格別のものということはできない。
(ウ) 以上によれば,相違点1の構成は,当業者が容易に想到し得るものというべきである。
エ 相違点2について
控訴人は,本件発明について,本件出願当時,光CATVシステムとして唯一実用化されていたHFCシステムを除外した上で,研究段階に止まっていたFTTH方式を対象として特定し,モニタ信号方式(フィードフォワード方式)によるAGCが産業上利用可能であることを見いだしたものであるなどと主張する。
そこで,以下,本件出願当時,当業者がFTTH方式についてどのような認識を有していたかについて検討する。
(ア) 本件出願当時の文献において,多チャンネルのCATV信号を光ファイバでユーザ宅まで伝送するFTTH方式による光CATVについて,以下の記載がある。
a 平成4年5月30日発行の「光増幅器とその応用」と題する文献(乙16)には,①現在急速に研究開発が進んでいる光増幅技術は光分岐を可能とすること,②光増幅技術を光ファイババックボーンシステムにより培われたアナログ光映像伝送技術と組み合わせることにより,さらに優れた光映像分配システムができること,③同軸ケーブルを全く使用せず,ユーザ宅まで光ファイバにより映像を伝送し,映像を分配サービスするシステムにより,ユーザからの多様な要求に応えることができるようになること,④たとえば,100チャネル以上の映像分配サービスや,高品位TV(HDTV)映像分配サービスなどの提供も可能となることが記載されている。
上記記載によれば,ユーザ宅まで光ファイバにより100チャネル以上の映像分配をするシステム,すなわち,FTTH方式によるCATVが,平成4年当時,研究されていたことが認められる。
b 昭和56年12月12日発行の「新版・光ファイバ通信」と題する文献(乙25)には,CATV加入者への適用について,加入者系も含めたCATVシステムの4種類の構成法として,①個別配線型(切替接続),②個別配線型(VHF多重型),③分配配線型(光分配型),④分配配線型(同軸分配型)が示されているが,このうち,①ないし③は,ユーザ宅まで光ファイバが引かれるFTTH方式であるとされている。また,①及び②については,多チャンネルのCATV信号を前提とするものである。
c 平成5年発行の「多チャネル光映像分配システムの構成と特性」と題する論文(乙26)には,多チャンネルの映像信号を周波数分割多重して光伝送するサブキャリア多重伝送方式(SCM方式)が,CATV網における幹線系の光化の経済的手段として4年ほど前からすでに実用に供されていること,同軸ケーブルを使わずに,分配系をも光化したFTTHの形態をとれば伝送帯域が飛躍的に拡大でき,光増幅技術とSCM伝送技術とを結びつけた映像分配システムについて,平成4年3月からは50チャンネルFM映像信号の分配が可能な試作装置の評価実験が進められてきたことが記載されており,また,FTTH方式による多チャネル光映像分配システムの構成が図示されている。
d 平成3年発行の「光ファイバ増幅器を用いた映像分配システムの構成法」と題する文献(乙27)には,光信号が各ユーザ宅に分配されるFDM多重光映像分配システムの基本構成が記載されているが,FDM多重光映像分配システムは,光信号が各ユーザ宅まで伝送される方式であるから,FTTH方式である。
e 特公平1-33058号公報(乙5)には,光ファイバによる信号伝送システムの発明について,以下の記載がある。
本発明は,光ファイバによる信号伝送システムに係り,特に広帯域で,しかも高品質の信号を得るのに好適な光ファイバによる信号伝送システムに関するものである。ここで問題としているのは,数十MHz以上のいわゆるVHF帯におけるTV信号の多重伝送システムであり,90-222MHz帯を用いて12チャンネルの伝送を行う。
上記記載によれば,平成元年当時,光ファイバにより,VHF帯における12チャンネルの多重伝送を行う信号伝送システム,すなわちFTTH方式が研究されていたことが認められる。
(イ) 前記(ア)aないしeの周知文献の記載によれば,本件出願当時,光信号を用いたCATVシステム(光信号を「CATV用光信号」として用いること)が開発されており,光信号を用いたCATVシステムの中には,多チャンネルのCATV信号を光ファイバでユーザ宅まで伝送するFTTH方式も,光信号の周知の利用形態であったものと認められる。
(ウ) FTTH方式のCATVに乙20発明の方法を適用することについて
乙20には,乙20発明の「光受信器の自動利得制御方式」について,特定の光信号のみに限定して適用される旨の記載や,CATV用光信号への適用を妨げる旨の記載はないから,乙20発明を光信号の周知の利用形態であるFTTH方式のCATVに適用することは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎず,この点に格別の困難性を認めることはできない。
また,乙20発明の「光受信器の自動利得制御方式」を,CATV用光信号の光電気変換回路であるCATV用光受信機に適用した場合,受光素子で光信号から電気信号に変換される「電気信号」も,CATV用の電気信号となることは明らかである。
したがって,当業者は,乙20発明をFTTH方式に適用することにより,相違点2の構成に容易に想到し得るものというべきである。
(エ) 控訴人の主張について
a 控訴人は,本件発明が容易想到であるというためには,本件出願当時のCATVシステムに係る技術状況を前提として,少なくとも主流であったHFCシステムを除外し,研究段階にあったFTTH方式に適用対象を限定すれば,パイロット信号を用いたAGCよりも精度の劣るAGC方式でも,システム要件を満足し得ることに関する開示又は示唆が必要であるが,乙6,乙7及び乙20のいずれにも,このような開示や示唆は認められないなどと主張する。
しかしながら,本件発明は「CATV受信機のAGC方法」であり,文言上,FTTH方式の光CATVに限定するものではない。
また,本件明細書にも,単に「パイロット信号を送信しないCATVシステム,例えば難視共聴システムでは図2の光受信機ではAGCをかけることができない」などと記載されているのみであって,「パイロット信号を送信しないCATVシステム」がFTTH方式であることについて具体的な言及はない。
そうすると,本件発明には,FTTH方式のCATVだけではなく,「1チャンネルアナログベースバンドによるCATVシステム」などのCATVシステムも含まれるから,本件発明がFTTH方式のCATVにおけるAGC方法であることを前提とする控訴人の主張は失当である。
しかも,前記エ(ア)aないしeの文献によれば,本件出願当時,FTTH方式のCATVは周知技術であったと認められる以上,FTTH方式が研究段階にすぎなかった旨の控訴人の主張はその前提を欠く上,仮に,FTTH方式が研究段階にあったとしても,当該方式自体は周知技術であったから,そのことは相違点2の構成の容易想到性に係る判断を左右するものではない。
b 控訴人は,当時のHFCシステムは,一部の同軸ケーブル回線を光ファイバ回線に置き換えた以外は,従来の全同軸ケーブルシステムと何ら変わるところはなかったから,AGC方法を別の方法に置き換える動機付けはなく,システム要件を満足するためのAGC方式は,従来通りパイロットAGC方法のみが利用され続けていたから,HFCシステムにおいて,当業者がフィードフォワード方式のAGC方法を想起することはないなどと主張する。
しかしながら,FTTH方式は,HFCシステムと異なる方式であり,HFCシステムの中継局とFTTH方式のユーザ端末とは,その役割や仕様が異なるから,FTTH方式のCATV用光受信機に適用されるAGC方法として,HFCシステムの中継局と同一のAGC方法以外は想起し得ないということはできない。
前記のとおり,乙20には,乙20発明の適用範囲を限定したり,CATV用光信号への適用を妨げる旨の記載はないから,乙20発明を周知技術であるFTTH方式のCATVに適用することに格別困難性はない。控訴人が主張するとおり,乙20発明が1チャンネルアナログベースバンド信号のAGC方法に関するものであるとしても,同様である。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
c 控訴人は,HFCシステムに乙20発明のAGC方法を適用することには阻害事由が認められるなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,FTTH方式は,HFCシステムと異なる方式であり,HFCシステムの中継局とFTTH方式のユーザ端末とはその役割や仕様が異なるから,HFCシステムに乙20発明の方法を適用することに阻害事由が存在するか否かは,FTTH方式に乙20発明を適用することが当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないとする前記判断を左右するものではない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
d 控訴人は,当業者が,HFCシステムの光CATVの広い光入力レベル範囲において,光CATVシステムで求められるシステム要件を満足させるために,AGC特性に劣る乙6発明,乙7発明及び乙20発明の方式を採用することはあり得ず,その適用には阻害事由が認められるなどと主張する。
しかしながら,乙20発明は,光ファイバケーブルを使用した伝送系において用いられる光受信機の自動利得制御方式であるから,光信号の出力信号レベルは,温度変化又は経年変化だけではなく,光伝送路の経路変更や,経路上の光機器のコネクタの挿抜などによって変動する可能性があることは明らかである。また,乙20には「光ファイバケーブルを使用した伝送系においては,周囲温度変化や経年変化等により受信増幅器の入力レベルが変化する」と記載されているが,温度変動や経年変化による入力レベルの変化に限られる旨の記載はないから,乙20に接した当業者は,例示された温度変化や経年変化以外の要因による出力信号レベルの変動の可能性についても当然想起するといえるものであり,起こり得るレベル変動について,自動利得制御を行う動機付けは存在するというべきである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上によれば,本件発明は,乙20発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるから,その余の無効理由について検討するまでもなく,特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。
3 訂正の対抗主張について
(1) 本件訂正について
本件訂正は,本件発明に構成要件G(同軸伝送路中にパイロットAGC搭載同軸アンプを用いたHFCシステムを除く)を付加し,本件発明の技術的範囲からパイロット信号を用いるタイプのHFCシステムを除外するものである。
本件訂正により,パイロット信号を用いるHFCシステムが本件訂正発明の対象から除外されたが,FTTH方式のCATVは,本件訂正発明に含まれるものである。
(2) 本件訂正発明について
ア 本件訂正発明の容易想到性について
本件訂正発明にFTTH方式のCATVが含まれるものである以上,本件発明と同様の理由により,本件訂正発明も,乙20発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るというべきである。
イ 控訴人の主張について
(ア) 相違点1について
a 控訴人は,①本件出願時,FTTH方式におけるAGC方法において,可変利得増幅器をRFアンプの後に可変減衰器を設けて構成することは,当業者が適宜なし得た程度のことということはできない,②HFCシステムの受信機に乙20発明の回路を適用した場合,光CATVで必要とされる特性を実現できないから,乙20発明をFTTH方式におけるAGC方法に適用することには,阻害事由がある,③光CATVと乙20発明の1チャンネルアナログベースバンド伝送では,光入力レベル範囲の相違に応じてAGC方法に求められる課題も異なり,光CATVにおけるAGC方法にまで乙20発明が汎用的に利用可能であるということはできないなどと主張する。
しかしながら,前記2(2)エ(ウ)のとおり,乙20には,乙20発明の光受信機の自動利得制御方式について,特定の光信号にのみに限定して適用される旨の記載や,CATV用光信号への適用を妨げる記載はないから,乙20発明は1チャンネルアナログベースバンド伝送を前提にしたものということはできない。そして,前記2(2)ウ(イ)のとおり,乙20発明を,光信号の周知の利用形態であるFTTH方式のCATVに適用する場合に,利得制御の対象となる信号の帯域特性などに適合する可変利得増幅器を採用することは,当業者が適宜決定すべき設計事項であって,周知の構成であるRFアンプの後に可変減衰器を設けた可変利得増幅器を採用することは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎず,この点に格別の困難性は認められない。
したがって,広帯域の光CATVにおいて,RFアンプの後に可変減衰器を設けて構成した周知の可変利得増幅器を適用し,広帯域の光CATVに必要とされるレベル変動を補償可能として,AGC精度を劣化させないようにすることは,当業者が容易になし得る事項にすぎないというべきである。
b 控訴人は,①乙38ないし40は,パイロットAGC方法を行う場合の例が示されているのみであるから,乙6だけで周知ということはできない,②1チャンネルアナログベースバンド信号のAGC方法において,AGCアンプとして想起するのは,オペアンプやトランジスタを使った構成であり,複雑かつコスト高となる「RFアンプ+可変減衰器+RFアンプ」の構成を採用することを当業者が想到することはあり得ないなどと主張する。
しかしながら,RFアンプの後に可変減衰器を設けて構成した周知の可変利得増幅器は,利得の制御信号として,パイロット信号を用いるだけではなく,制御対象となる信号の強度に関連した信号を用いることが可能であることは明らかであり,パイロットAGC方法に特有の構成とはいえないから,乙20発明のようなフィードフォワードのAGC方法に適用可能であることは明らかである。
また,本件訂正明細書には,2つのRFアンプの間に可変減衰器を配置し,この可変減衰器で電気信号のレベルを任意に加減できる可変増幅器が記載されているが,このような構成は,乙6,乙38ないし40に開示されているように公知であり,このような構成の可変増幅器について,複雑でコスト高となる旨の記載はなく,むしろ,発明の効果として,AGC回路の構成が簡潔なものとなり,光受信機の小型化,低コスト化,メンテナンスの簡易化が期待できると記載されているから,相違点1の構成について,当業者が想到することがあり得ないほど複雑かつコスト高の構成であるとは解し難い。
したがって,控訴人の相違点1に関する主張はいずれも採用することができない。
(イ) 相違点2について
a 控訴人は,本件出願当時の技術水準において,FTTH方式の光CATVは研究段階にあり,AGC採用の可能性のあるAM-FDM方式以外にも,ACG不要のFM-FDM方式等が候補として研究されている段階にある上,AM-FDM方式については多くの欠点があり,研究の対象は光送信機の技術分野にあったのであって,光受信機のAGC方式にまで開発の焦点は移行していなかったと主張する。
しかし,控訴人の挙げる証拠(甲77,78,86,87)によっても,本件出願当時,FTTH方式の光CATVの中で,AM-FDM方式が否定されていたわけではなく,その存在を前提として,種々の研究が行われていたのであるから,控訴人の主張する上記の状況は,乙20発明のAGC方法をFTTH方式の光CATVに適用することを阻害する事情とはいうことができず,控訴人の上記主張は理由がない。
b 控訴人は,本件出願当時,AM-FDM方式は,HFCシステムにおいて広く採用されている技術であり,HFCシステムにおいては,多チャンネル光伝送システムの品質を確保する上で,精度に優れたパイロットAGCが最適であると認識されていたから,AGC精度が劣るフィードフォワードAGC方法である乙20の方式を想到することが容易であるとはいえないと主張する。
しかし,控訴人も主張するように,HFCシステムとFTTH方式は異なる方式であり,本件出願当時,AM―FDM方式がHFCシステムで採用されていたとしても,FTTH方式におけるAM-FDM方式とは,光受信機の役割や仕様が異なるから,HFCシステムで採用が困難であることが,乙20発明のAGC方式をFTTH方式に適用することについて,これを阻害する事情となるものではないことは明らかである。そして,前記のとおり,乙20発明のAGC方式を適用するに当たっては,可変利得部の構成の設計によってこれに適した構造とすることは当業者が当然なし得る設計事項と認められる。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
c 控訴人は,乙20発明は光受信機における温度変化又は経年変化による出力信号レベルの変動を補正することを目的とする発明であるが,光ファイバの温度変動・経年劣化による光信号のレベル変動を補償するだけの目的であれば,AGCを行う必要はなく,FTTH方式ではAGCをかける必要が存在しない以上,光ファイバの温度変化又は経年変化等による出力信号レベル変動は,本件訂正発明を想起するための動機付けとはなり得ないなどと主張する。
しかしながら,乙20発明は,光ファイバケーブルを使用した伝送系において用いられる光受信機の自動利得制御方式であるから,光信号の出力信号レベルは,温度変化又は経年変化だけではなく,光伝送路の経路変更や,経路上の光機器のコネクタの挿抜などによって変動する可能性があること,乙20に接した当業者は,例示された「温度変化または経年変化」以外の要因による出力信号レベルの変動の可能性についても当然想起するといえるものであり,起こり得るレベル変動について,自動利得制御を行う動機付けは存在するというべきであることは,本件発明について前記2(2)エ(エ)dで述べたとおりである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
d 控訴人は,HFCシステムに乙20発明のAGC方法を適用することには阻害事由が認められるから,乙20発明のAGC方法を適用するためには,HFCシステムを除外することの開示又は示唆が存在することが必要であるところ,本件全証拠においても,そのような開示や示唆は認められないなどと主張する。
しかしながら,本件は,HFCシステムにではなく,これを除く方式,特にFTTH方式について乙20発明のAGC方法を適用することが問われているのであるから,控訴人の主張はその前提を欠く。いずれにせよ,HFCシステムに乙20発明の方法を適用することに阻害事由が存在するか否かは,FTTH方式に乙20発明を適用することが当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないとする前記判断を左右するものではない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上によれば,本件訂正発明は,乙20発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるから,その余の無効理由について検討するまでもなく,本件訂正によっても,本件発明の無効理由は解消したものということはできない。
したがって,控訴人が当審においてした訂正の対抗主張は採用することができず,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないというべきである。
4 結論
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,これを棄却した原判決は結論において正当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 田中芳樹)
裁判官荒井章光は,転補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 富田善範
file_2.jpg別紙