知財高等裁判所 平成25年(ネ)10051号 判決 2015年11月19日
控訴人
三菱重工印刷紙工機械株式会社
同訴訟代理人弁護士
大野聖二
同
飯塚暁夫
同
清水亘
同訴訟代理人弁理士
鈴木守
被控訴人
株式会社東京機械製作所
同訴訟代理人弁護士
松本好史
同
松井保仁
同
鈴木雅人
同
岸野正
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,8799万0088円及びこれに対する平成23年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録1記載の装置を生産し,使用し,譲渡し,貸渡し,輸出若しくは輸入し,又は譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸渡しのための展示を含む。)をしてはならない。
3 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録1記載の装置を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,2億4500万円及びこれに対する平成23年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(控訴人は,当審において,原審における1000万円及びこれに対する平成23年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を,拡張したものである。)。
第2事案の概要(略称は,審級により読み替えるほか,原判決に従う。)
1 本件は,控訴人が,①被控訴人において,原判決別紙被告製品目録1記載の装置(被告製品1)を製造,販売等する行為は,控訴人の有する,発明の名称を「印刷物の品質管理装置及び印刷機」とする特許権(特許番号第3790490号。本件特許権1)を侵害する行為であると主張し,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品1の製造,販売等の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告製品1の廃棄を求め,併せて,損害賠償請求権(民法709条,特許法102条3項)に基づき,平成18年4月7日から平成23年5月31日までの間の被告製品1の製造,販売等に関する損害額1億3440万円の一部として500万円の支払を求め,②被控訴人が原判決別紙被告製品目録2記載の版胴(被告製品2)を製造,販売等した行為は,控訴人の有していた,発明の名称を「オフセット輪転機版胴」とする特許権(特許番号第2137621号。本件特許権2)を侵害する行為であると主張し,被控訴人に対し,損害賠償請求権(民法709条,特許法102条1項ないし3項)に基づき,平成8年2月28日から平成23年3月26日(存続期間満了日)までの間の被告製品2の製造,販売等に関する損害額●●●●●●●円の一部として2億4000万円の支払を求めた事案である。
なお,附帯請求は,損害賠償金の合計額に対する訴状送達日の翌日である平成23年7月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求である。
原判決は,①被告製品1は,本件特許権1に係る特許(本件特許1)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明1)の技術的範囲に属しないから,被控訴人が被告製品1を製造,販売等する行為は,本件特許権1の侵害行為に該当せず,②被告製品2は,本件特許権2に係る特許(本件特許2)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明2)の技術的範囲に属するが,本件特許2は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許2に係る権利を行使することはできない(特許法104条の3)として,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人が,原判決を不服として控訴したものである。
控訴人は,本件特許2の請求項1について,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判を請求し(甲16),平成25年6月4日に,訂正明細書のとおり訂正することを認める旨の審決がされ(甲17,18。訂正2013-390073号),そのころ確定した(以下「本件訂正」という。)。
2 前提事実(争いのない事実以外は,証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 控訴人は,三菱重工業株式会社(以下「三菱重工」という。)の100%子会社であり,印刷機械・紙工機械の製造販売,据付け,アフターサービス,修理,改造及び保守並びに上記機械の部品の製作販売等を営んでいる。
控訴人は,平成22年7月1日,会社分割(吸収分割)によって三菱重工の印刷・紙工機械事業を承継し,これと同時に,商号を「三菱重工印刷紙工機械販売株式会社」から現商号へと変更した。
イ 被控訴人は,新聞用輪転機,新聞輪転機用自動化・省力化機器,商業用輪転機,商業輪転機用自動化・省力化機器等の製造及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 本件各特許権
控訴人は,下記アのとおりの内容の本件特許権1を有しており,また,下記イのとおりの内容の本件特許権2を有していた。
ア 本件特許権1
特許番号 特許第3790490号
発明の名称 印刷物の品質管理装置及び印刷機
出願日 平成14年3月29日
出願番号 特願2002-97824
登録日 平成18年4月7日
イ 本件特許権2
特許番号 特許第2137621号
発明の名称 オフセット輪転機版胴
出願日 平成3年3月26日
出願番号 特願平3-61845
登録日 平成10年7月31日
ウ 本件各特許権は,控訴人が,前記(1)アのとおり会社分割(吸収分割)により三菱重工から印刷・紙工機械事業を承継した際に,会社分割に基づく一般承継により取得したものである。
エ 本件特許権2は,平成23年3月26日,存続期間満了により消滅した。
(3) 特許請求の範囲の記載
ア 本件特許1の請求項1
本件特許1に係る特許請求の範囲の請求項1の記載(本件発明1)は,次のとおりである。
印刷機の印刷部の下流に配置されて上記印刷部で用紙に印刷された印刷絵柄を読み取るラインセンサと,当該ラインセンサで読み取られた印刷絵柄データを記憶する印刷絵柄データ記憶部と,上記印刷絵柄の見本となる見本絵柄データを取得するデータ取得手段と,当該データ取得手段が取得した見本絵柄データを記憶する見本絵柄データ記憶部と,上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して上記画素毎或いは上記ブロック毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記印刷絵柄の幅方向に上記印刷部のインキキーの幅単位で比較して上記インキキー幅毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差の大きさに応じて上記インキキーの開度を調整するインキキー開度制御手段とを備え,上記所定の閾値を,上記インキキー開度制御手段による濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲よりも大きい値に設定したことを特徴とする,印刷物の品質管理装置。
イ 本件訂正前の本件特許2の請求項1
本件特許2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載(本件発明2。なお,平成6年法律第116号による改正前の特許法64条による出願公告後の補正がされたもの。)は,次のとおりである。
版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴。
ウ 本件訂正後の本件特許2の請求項1
本件訂正後の本件特許2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は訂正部分である。以下,本件訂正後の請求項1に記載の発明を「本件訂正発明2」といい,本件訂正後の本件明細書2を「本件訂正明細書2」という。)。
版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴。
(4) 構成要件の分説
本件発明1及び本件訂正発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」などという。)。
ア 本件発明1の構成要件
A 印刷機の印刷部の下流に配置されて上記印刷部で用紙に印刷された印刷絵柄を読み取るラインセンサと,
B 当該ラインセンサで読み取られた印刷絵柄データを記憶する印刷絵柄データ記憶部と,
C 上記印刷絵柄の見本となる見本絵柄データを取得するデータ取得手段と,
D 当該データ取得手段が取得した見本絵柄データを記憶する見本絵柄データ記憶部と,
E 上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して上記画素毎或いは上記ブロック毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,
F 上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記印刷絵柄の幅方向に上記印刷部のインキキーの幅単位で比較して上記インキキー幅毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差の大きさに応じて上記インキキーの開度を調整するインキキー開度制御手段とを備え,
G 上記所定の閾値を,上記インキキー開度制御手段による濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲よりも大きい値に設定した
H ことを特徴とする,印刷物の品質管理装置。
イ 本件訂正発明2の構成要件
I 版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,
J 前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,
K’該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整した
L ことを特徴とするオフセット輪転機版胴。
(5) 被控訴人の行為
ア 被告製品1
(ア) 被控訴人は,業として,被告製品1の生産,譲渡及び譲渡の申出を行っている。
(イ) 被告製品1の構成は,原判決別紙「被告製品1の構成」記載のとおりである(以下,原判決別紙「被告製品1の構成」記載の構成をそれぞれ「構成a」などという。)(甲9,10,弁論の全趣旨)。
(ウ) 被告製品1の構成a,b,hは,本件発明1の構成要件A,B,Hを各充足する。
イ 被告製品2
(ア) 被控訴人は,本件特許2の存続期間中に,業として,以下の行為を行った。
a 被控訴人は,平成20年12月,株式会社高速オフセットから,オフセット輪転機2セットを受注し,原判決別紙被告製品目録2(1)記載の摂津工場内に,平成22年8月及び平成23年2月各1セットずつ納入した(以下,納入された輪転機を「被告輪転機2(1)」といい,その部品として販売納入された版胴を「被告製品2(1)」という。)。
b 被控訴人は,平成22年9月頃,株式会社日経首都圏印刷から,原判決別紙被告製品目録2(2)記載の八潮工場内に設置されたオフセット輪転機2セット(以下,同輪転機を「被告輪転機2(2)」という。)の各版胴にヘアライン加工を施す工事を受注し,同年10月までに,同工事を施工した(以下,加工された版胴を「被告製品2(2)」という。)。
c 被控訴人は,平成22年10月頃,株式会社日経首都圏印刷から,原判決別紙被告製品目録2(3)記載の千葉工場内に設置されたオフセット輪転機2セット(以下,同輪転機を「被告輪転機2(3)」という。)の各版胴にヘアライン加工を施す工事を受注し,同月,同工事を施工した(以下,加工された版胴を「被告製品2(3)」という。)。」
(イ) 被告製品2(1)ないし(3)の構成jないしlは,本件訂正発明2の構成要件J,K’及びLを各充足する。
3 争点
(1) 被告製品1が本件発明1の技術的範囲に属するか。
ア 「見本絵柄データ」(構成要件C~F),「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)の充足性
イ 「上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した…インキキー開度制御手段」(構成要件F)の充足性
(2) 本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか。
(3) 本件特許権1の侵害に基づく損害額
(4) 被告製品2が本件訂正発明2の技術的範囲に属するか。
(5) 本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか。
ア 新規性の欠如
イ 進歩性の欠如
ウ 記載要件違反
(6) 本件特許権2の侵害に基づく損害額
第3争点に対する当事者の主張
以下のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第3の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 争点(1)(被告製品1が本件発明1の技術的範囲に属するか)について
〔控訴人の主張〕
(1) 「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)の充足性について
ア 原判決の解釈について
原判決は,単に「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」(「濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲」)よりも結果的に大きいものであることでは足りず,その単位が同一であり,大小関係が積極的に設定されているものであることを要するとする。
しかし,以下のとおり,原判決の上記解釈には根拠がない。
(ア) 乙10文献(特開平6-115050号公報)との関係
a 本件発明1における印刷欠陥検出手段
本件発明1において,「印刷欠陥」とは,「インキが付くべきところにインキが付いていなかったり,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっていたりするような,通常の濃度制御では対処できない異常」を指している(【0004】)。したがって,印刷欠陥検出は,濃度制御とは別の制御であって,濃度調整では対処できない場合に,印刷欠陥として検出するというものではない。
本件発明1における印刷欠陥検出手段は,「画素単位及び所定画素数のブロック単位」での比較を行うものであり,「所定の閾値」は,画素単位及び所定画素数のブロック単位での比較に用いられる閾値であるが,印刷欠陥検出は,比較単位がインキキー開度制御に比べて格段に狭いことから,通常の濃度制御では検出することができない印刷欠陥を検出することができる。
以上のとおり,印刷欠陥検出とインキキー開度制御は,制御の目的や検知の対象,範囲等において,全く異なる制御である。
b 乙10文献における印刷濃度の適正・不適正の判断
乙10文献における印刷濃度の適正・不適正の判断は,コラム毎の濃度レベルを判断するものである(【0048】)。
ここで,「コラム」は,本件発明1における「インキキーの幅単位」に相当するから(【0019】),印刷濃度の適正・不適正の判断は,印刷画線の濃度レベルをインキキーの幅単位で比較するものである。
コラム毎(インキキーの幅単位)の濃度レベルの判定では,「インキが付くべきでないところに付いている場合」や「インキが付くべきところに付いていない場合」等の本件発明1にいう印刷欠陥を検出することはできない。
そして,乙10文献には,印刷濃度が許容指定値範囲内にない場合には,不良印刷紙として排出することが記載されているものの,これと並列して,インキポンプ送出し量を調整することも記載されていることから,許容指定値は,許容指定値範囲外になったら濃度制御を開始するための閾値であって,印刷欠陥を検出する所定の閾値でないことは明らかである。なお,【0052】には,「コラム間の濃度のばらつき」を小さくするように制御することが記載されているのであって,本件発明1の構成要件Fのように,印刷絵柄データと見本絵柄データとを比較するものではない。
以上のとおり,乙10文献に記載されているのは,コラム毎に濃度を測定し,原画情報との差分が許容指定値範囲外なら濃度が不適正と判断し,不良紙とするか,インキポンプ送出し量を調整し,許容指定値範囲内なら濃度が適正と判断すること,濃度が適正と判断された場合であっても,コラム間で濃度ばらつきがある場合には,ばらつきを小さくするように制御することである。
c 乙10文献と本件発明1との対比
乙10文献における「印刷濃度の適正・不適正」と本件発明1における「印刷欠陥の有無」とは全く別物である。
すなわち,乙10文献には,コラム毎(「インキキーの幅単位」に相当)に印刷濃度を測定し,濃度制御を行っていることしか記載されておらず,画素又は所定画素数のブロックの単位で比較することにより印刷欠陥を検出するという記載は一切ない。
したがって,乙10文献には,本件発明1の「印刷欠陥検出手段」も,印刷欠陥を検出するための「所定の閾値」も存在しない。
d 被控訴人の主張について
⒜ 被控訴人は,乙10文献に,印刷欠陥を検出する手段が記載されている根拠として,【0003】,【0022】,【0048】,【0088】を挙げる。
しかし,いずれの段落にも,コラム毎に印刷濃度の比較を行うことしか記載されておらず,ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位での比較を行う印刷欠陥検出手段(構成要件E)は全く記載されていない。
乙10文献において,「コラム」の用語は,特許請求の範囲の「印刷単位」の具体例として示されたものであるが(【0019】,【0021】,【0022】,【0045】等),「印刷単位」とは,インキ送り量を制御する単位となる領域であるから(請求項14,17,【0115】),「コラム」は,インキ送り量を制御する単位(インキキー開度の制御の単位)であることは明らかである。
⒝ 被控訴人は,本件発明1の印刷欠陥検出手段(構成要件E)の比較単位である「ブロック」について,「ブロックの大きさは任意である」と記載されていること(【0032】)をもって,印刷欠陥検出手段の比較単位には,「ブロック」をコラムのような印刷単位毎に設定したものも含まれる旨主張する。
しかし,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段における各比較対象は,印刷欠陥検出手段については「ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位」,インキキー開度制御手段について「インキキーの幅単位」というように,特許請求の範囲の文言上明確に異なること,印刷欠陥は,通常の濃度制御では対処できない異常であり(【0004】),印刷欠陥を検出するためには,「ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位」での比較を行う必要があることに照らし,「ブロックの大きさは任意である」(【0032】)との記載は,印刷欠陥検出手段がその機能を果たすことができるという範囲内で,「任意」の大きさであってもよいことを述べたものであり,コラムのような印刷単位(インキキーの幅単位)の大きさまで含まないことは明らかである。
e 以上のとおり,乙10文献の存在は,構成要件Gを限定解釈する理由にはならない。
(イ) 本件明細書1の記載
a 特許請求の範囲には,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」については,前者を後者よりも「大きい値に設定した」との記載があるのみであり,発明の詳細な説明においても,「上記の閾値は,…による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている。」との記載があるのみである(【0033】)。
請求項1の「設定した」は,【0033】の上記記載に基づくものであり,本件発明1が物の発明である以上,当該装置において,「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」よりも大きな値に設定された状態になっていれば,構成要件Gを充足することは明らかである。
b 本件明細書1には,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」が,同一のデータ形式でなければならないこと,同一の単位によって設定されること及び前者を後者よりも数字として大きい値に設定することは,一切記載されていない。本件明細書1には,実施形態として,見本絵柄データと印刷絵柄データが同内容のデータに変換された上でそれぞれのデータ記憶部に記憶されている例が記載されているが,本件発明1の技術的範囲は,一実施例の範囲に限定されるものではない。
c 以上のとおり,本件明細書1には,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」のデータ形式及び単位が同一でなければならないとする合理的根拠は全くなく,まして意識的に大小を設定しなければならないなどという限定もない。本件発明1においては,「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」よりも客観的に見て大きな値に設定されていれば構成要件Gの充足性を肯定するには十分である。
スペクトル値,網点面積率,濃度及び色座標値は,画像情報を表現する異なるデータ形式であり,これらの間の変換は,当業者が必要に応じて行う事項にすぎない。データ形式の異なるデータ間で,データ形式を相互に容易に変換可能である以上(【0025】,【0026】),そもそもデータ形式及び単位の違いは,各データの大小関係を考える上で全く問題とならない。
(ウ) 構成要件Gの技術的意義
そもそも,特許請求の範囲に「当然の事項を確認的に記載」してはならないという規則はない。
また,構成要件G以外に従来技術との相違点が存在しないのであれば,従来技術との対比の観点から,当然の事項を確認的に記載したものとは解し得ない可能性もあるが,同じラインセンサ(構成要件A)で読み取った印刷絵柄データを,印刷欠陥検出手段(構成要件E)にも,インキキー開度制御手段(構成要件F)にも活用する構成が従来には存在しなかった新しい構成であって,構成要件Gのみが本件発明1と従来技術との相違点を構成するわけではない。
構成要件Gは,上記新規の構成に伴って,印刷欠陥検出手段で用いる「所定の閾値」とインキキー開度制御手段で制御する「濃度差等の範囲」との大小関係を具体的な構成として記載したものである。
控訴人は,意見書(乙5)においても,引用文献には同じラインセンサで読み取った印刷絵柄を濃度制御と印刷欠陥検出に用いることについての記載や示唆がないことを明確に主張した上で,引用文献には,閾値についての記載や示唆がないことを主張している。
イ 構成要件Gの意義
構成要件Gは,印刷欠陥を検出するための「所定の閾値」とインキキー開度制御のための「濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲」(「濃度差等の範囲」)の大小関係が,「所定の閾値」>「濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲」であることを規定したものである。
本件発明1は物の発明であるから,「上記所定の閾値を…よりも大きい値に設定した」とは,そのような値に設定がなされた物の構成を有することと解すべきである。
構成要件Gの解釈にあたって,閾値を設定する過程における「積極的に設定するか否か」という設定者の主観までも必要とする原判決の判断は失当である。
ウ 被告製品1の充足性
被控訴人は,「同一のデータの組合せの比較を2つの機能に共用する場合,当然に「印刷欠陥の閾値>濃度制御において通常生じる濃度差の範囲」となる」旨主張していることから,被告製品1においても,上記大小関係を有することは明らかである。
構成要件Gは,「所定の閾値」が「濃度差の範囲」よりも大きい値になっていれば足りると文言通りに解釈すべきであるから,被告製品1は,構成要件Gを充足する。
(2) 「見本絵柄データ」(構成要件C~F)の充足性について
ア 原判決における判断は正当である。
本件明細書1には,「印刷絵柄データ」と比較される「見本絵柄データ」として,製版データと見本印刷物データを併用する構成(以下「併用構成」という。)を排除する記載はなく,また,本件発明1の技術的意義を考慮しても,併用構成は排除されない。
したがって,被告製品1は,「見本絵柄データ」(構成要件C~F)を充足する。
イ 被控訴人の主張について
(ア) 被控訴人は,併用構成は,必ずデータ変換を伴うこととなって,データ変換装置の追加により設置スペースやコストの増加を招くことになるから,本件発明1の解決課題との関係で,併用構成は排除される旨主張する。
しかし,データの変換はソフトウェアにより行えるから,特別な装置を要しない(【0025】)。
(イ) 被控訴人は,製版データと見本印刷物データ(OKシートデータ)とでは,画像品質が全く異なるので,たとえ最終的にデータ変換により同一単位に揃えるとしても,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」の大小設定の前提を欠くことになる旨主張する。
しかし,実際には,OKシートデータも「所望の印刷品質を備えた見本印刷物」(【0038】)である以上,印刷品質管理の観点からは,製版データと,ほぼ同一の品質を備えており,印刷欠陥検出の閾値と濃度制御の濃度差等の範囲の大小関係に影響があるほどの劣化はあり得ず,被控訴人の主張するような大小関係の逆転などあり得ない。
(3) 「インキキー幅単位での比較」(構成要件F)の充足性について
原判決における判断は正当である。
被告製品1では,インキキーの幅単位で差分の平均をとって比較を行っているから,構成要件Fを充足する。
被告製品1において,印刷濃度は,インキキーの開度によりインキキーの幅単位で決まるのであるから,制御の指標となる濃度の比較も当然にインキキーの幅単位でなされる必要があり,この観点からも,被告製品1が構成要件Fを充足することは明らかである。
(4) 小括
以上のとおり,被告製品1は,本件発明1の構成要件AないしHをいずれも充足するから,本件発明1の技術的範囲に属する。
〔被控訴人の主張〕
(1) 「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)の充足性について
ア 原判決の解釈について
原判決における構成要件Gの解釈は,以下のとおり,正当である。
(ア) 乙10文献との関係
a 本件発明1の内容
本件発明1は,「見本絵柄データ」と「印刷絵柄データ」とを比較し,その濃度差等の大きさに応じて,印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,インキキーの開度を制御して印刷絵柄の濃度を制御するインキキー開度制御手段とを備え,「印刷絵柄データ」を,インキキー開度の調整のみならず,印刷欠陥の検出にも有効活用するための工夫として,構成要件G(印刷欠陥検出に用いる所定の閾値を,インキキー開度制御手段による濃度制御において生じる濃度差等の範囲よりも大きい値に設定する構成)を採用し,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段の統合を可能としたものである(【0010】)。
ここで「印刷欠陥」とは,インキが付くべきところにインキが付いていなかったり,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまったりしているような,通常濃度調整では対処できない異常を指すから(【0004】),印刷欠陥検出に用いる所定の閾値が,インキキー開度制御手段による濃度制御において生じる濃度差等の範囲よりも客観的に大きい値となることは,自明のことである。
b 乙10文献における印刷濃度の適正・不適正の判断
乙10文献の印刷検査装置では,印刷胴の後に配置した撮像機が撮影する画像に基づき,印刷紙面の印刷画線濃度を測定した上で,原画情報から測定した画線濃度と比較するものであり(【0032】等),原画情報としては,ⅰ)版下,版パターンフィルムネガ,コンピュータ組版の最終信号,ファクシミリの出力信号などから得られる製版データのほか,ⅱ)先行して印刷された紙面から得られるOKシートデータが含まれる(【0041】,【0044】等)。
そして,①コラムのような印刷単位毎の上記比較結果が許容指定値範囲内になければ,印刷濃度が不適正であると判断し,不良印刷紙として排出等することにより,濃度不適正,しみ,汚点などの欠陥を検出する手段(【0003】,【0022】,【0048】,【0088】等)と,②上記印刷単位毎の印刷濃度が適正範囲内にあっても,印刷紙面全体として,印刷単位間の濃度ばらつきが許容できない場合にはこれが小さくなるようにインキポンプ送出し量等を制御する手段(【0023】,【0052】等)とが設けられている(【0102】等)。
以上のとおり,乙10文献には,見本絵柄データとして,ⅰ)製版データ又はⅱ)OKシートデータを用いて,撮像機が撮影する印刷絵柄データと比較することにより,①印刷欠陥の検出と②インキキー開度の調整の両方を行う印刷検査装置が開示されており,①の処理における許容指定値は,②の処理を行う範囲よりも客観的に大きくなる。
c 構成要件Gの解釈
乙10文献の存在を前提とすれば,本件発明1が新規性を有するためには,構成要件Gは,印刷欠陥検出及びインキキー開度制御を同一の比較単位(濃度又は濃度に相関するパラメータ値)で行うことを前提として,印刷欠陥検出の閾値とインキキー開度制御の濃度差等の範囲を相互に関連づけ,前者が後者よりも大きい数値にあらかじめ意識的に設定されている場合を指すと解釈される必要がある。
d 控訴人の主張について
⒜ 控訴人は,乙10文献の印刷検査装置は,コラム毎の濃度レベルを判断するものであるのに対し,本件発明1の印刷欠陥検出手段は「画素単位或いは所定画素数のブロック単位」で比較するものであるから,乙10文献には,本件発明1でいう「印刷欠陥検出手段」が存在しない旨主張する。
しかし,乙10文献には,例えば【請求項3】に「印刷紙面の所定範囲内の印刷画線濃度を測定し」と記載されており,【0021】,【0022】にも「コラムのような印刷単位毎に」と記載されているように,控訴人が指摘する「コラム」単位での比較は一実施例の記載にすぎず,印刷欠陥検出やインキキー開度制御の比較領域の単位が「コラム」に限定されるものではない。また,「コラム」は,「例えばコラム毎にインキポンプが配置される」(【0019】)とあるように,インキキーの幅単位に限定されない任意の印刷単位である。
本件発明1の「印刷欠陥検出手段」と「インキキー開度制御手段」は,いずれも「濃度」の比較に基づく制御を行うものであり,本件明細書1には,所定画素数の「ブロックの大きさは任意である」(【0032】)と記載されていることから,本件発明1の「印刷欠陥検出手段」には,比較領域である「ブロック」をコラムのような印刷単位毎に設定したものも含まれる。もともと,「ブロック」の大きさについては,単純に小さければよいものでもなく,その時点での検査装置の具体的構成やコストパフォーマンス,印刷物に求められる精度の高さ等を踏まえながら,当業者が適宜決定するものである(乙30)。
⒝ 控訴人は,乙10文献における,インキキー開度制御は,【0052】の記載に照らし,「コラム間の濃度のばらつき」を小さくするためのものであって,本件発明1の構成要件Fのように印刷絵柄データと見本絵柄データとを比較するものではない旨主張する。
しかし,【0053】では「このために,本発明では,前記比較結果の各々が許容指定範囲内のどこにあるかを比較し,この比較結果のばらつきが同一紙面内で大きいときは,このばらつきを小さくするように,インキ送り量や湿し水量をさらに制御する」と記載されている。そして,見本絵柄データの目標濃度から最も離れた濃度のコラムに他のコラムの濃度を揃えても濃度調整として意味がないことは明らかであるから,乙10文献においても,各コラムにおける印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較結果を踏まえて,印刷紙面全体として,より目標濃度に近づける方向で濃度のばらつきを制御すべく各コラムのインキキー開度の大小を制御することは,明らかである。
(イ) 上記解釈が本件明細書1の記載や構成要件Gの技術的意義からも裏付けられるものであることは,原判決における判示のとおりである。
イ 被告製品1の充足性
否認する。
被告製品1は,紙面監視手段における不良紙判定用閾値と,濃度判定手段における濃度差等の範囲が,前者はRGBの各スペクトル値,後者はCMYKの網点面積率という異なる単位において,相互に関連づけられることなく設定されているものであるから,構成要件Gを充足しない。
(2) 「見本絵柄データ」(構成要件C~F)の充足性について
ア 原判決の解釈について
原判決は,「見本絵柄データ」として,製版データと見本印刷物データを併用する併用構成も許容されるとするが,以下のとおり,誤りである。
(ア) 請求項7について
本件特許1に係る当初明細書(乙11)における特許請求の範囲には,2種類の見本絵柄データを併用する構成は含まれておらず,また,発明の詳細な説明中にも,併用の可能性を示唆する記載は存しない。
しかし,補正後の請求項7には,「請求項1~6の何れか1項に記載の印刷物の品質管理装置」と記載されており,請求項6に従属する内容となっている。
仮に,本件発明1において併用構成が許容されるとすれば,かかる補正は,当初の出願範囲を超えるものであって,特許法17条の2第3項の規定する補正要件に違反するとともに,同法36条6項1号の規定するサポート要件にも違反することになる。
(イ) 構成要件Gとの関係で,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段でそれぞれ比較される見本絵柄データと印刷絵柄データのデータ形式を最終的には統一する必要があることから,データ形式の異なる2種類の見本絵柄データを併用することは,必ずデータ変換を伴うことになる。
したがって,併用構成を採用した場合,データ変換装置の追加により,設置スペースやコストの増加を招くことになる。
(ウ) 製版データと見本印刷物データの品質の相違「製版データ」という要求品質として完璧なものと,そこから版の作成,用紙への印刷及び用紙上の印刷結果の読み取りという過程を経て大きく画像品質が劣化した「OKシートデータ」とでは,その画像品質において全く異なるものである。
このため,見本絵柄データと印刷絵柄データとの間との比較において通常生じ得る最大濃度差等も,印刷絵柄データと同じく画質の劣化した印刷物からラインセンサで読み取られる「OKシートデータ」を見本絵柄データとして用いる場合には小さくなるのに対し,劣化のない「製版データ」を見本絵柄データに用いる場合には大きくなり,両者は異なる比較となる。
そして,具体的な閾値等の設定というのは,その前提となる最大濃度差等に左右されるところ,「OKシートデータ」を用いた最大濃度差等が小さい中での設定(閾値や濃度差等の範囲の数値はいずれも小さくなる)と,「製版データ」を用いた最大濃度差等が大きい中での設定(閾値や濃度差等の範囲の数値はいずれも大きくなる)とは,自ずと閾値等のレンジが異なってくる。
そうすると,併用構成を認めると,「OKシートデータを用いた印刷欠陥検出手段の閾値<製版データを用いたインキキー開度制御手段に用いる濃度差等の範囲」となる場合も生じ得る。
しかし,このような場合に,個々の比較における最大濃度差等に応じて閾値等を換算するなど,相対的に大小設定を行うような記載は,本件明細書1のどこにも見当たらない。
(エ) 以上によれば,本件発明1は,併用構成を予定していないと解すべきである。
イ 被告製品1の充足性
被告製品1では,「見本絵柄データ」として,製版データと見本印刷物データとを併用しているから,構成要件CないしFを充足しない。
(3) 「インキキー幅単位での比較」(構成要件F)の充足性について
ア 原判決の解釈について
原判決は,「インキキー幅単位での比較」について,印刷絵柄データと見本絵柄データとの濃度差が,最終的にインキキーの幅毎に計算されていると評価できれば足りるとする。
しかし,かかる解釈は,構成要件Fにおいて,濃度差等の「計算」のみならず「比較」についても「インキキーの幅単位」で行われることが明記されているのに反する上,データの比較領域の単位が,印刷欠陥検出手段では「ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位」と,インキキー開度制御手段では「インキキーの幅単位」と,文言上明確に書き分けられていることに照らしても妥当でない。
イ 被告製品1の充足性
被告製品1では,見本絵柄データと印刷絵柄データとを「インキキーの幅単位で比較」していないから,本件発明1の構成要件Eを充足しない。
(4) 小括
以上のとおり,被告製品1は,本件発明1の構成要件CないしGを充足しないから,本件発明1の技術的範囲に属しない。
2 争点(2)(本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか)について
〔被控訴人の主張〕
本件特許1は,以下の無効理由を有し,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人は,被控訴人に対し,その権利を行使することができない(特許法104条の3)。
(1) 新規性の欠如について
本件発明1は,その出願前に頒布された刊行物である乙10文献に記載された発明と同一であって新規性がない。
(2) 補正要件及びサポート要件違反について
本件特許1に係る当初明細書(乙11)における特許請求の範囲には,2種類の見本絵柄データを併用する構成は含まれておらず,また,発明の詳細な説明中にも,併用の可能性を示唆する記載は存しないが,補正後の請求項7は,請求項6に従属し,併用構成を規定するものとなっている。
したがって,本件発明1は,補正要件及びサポート要件に違反する。
〔控訴人の主張〕
(1) 新規性の欠如について
本件発明1は,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段の2つの手段を有し,各手段において異なる方法で濃度差等を比較する技術であるのに対し,乙10文献に記載された発明は,コラム単位(「インキキー幅単位」に相当)の比較で濃度制御を行うのみであり,単一の比較手段しか有していない。
乙10文献には,本件発明1の「印刷欠陥検出手段」が記載されていない以上,印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」も,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」との大小関係も記載されていないのであるから,乙10文献記載の発明と本件発明1が同一であるはずがない。
(2) 補正要件及びサポート要件違反について
ア 補正要件違反について
当初明細書(乙11)においても,見本絵柄データとして製版データとOKシートを併用する構成は記載されている。
すなわち,補正後の請求項6は,補正前の請求項8に対応するところ(乙5),見本絵柄データとして製版データを利用する補正前の請求項8に従属した請求項12においては「所望の印刷品質を備えた見本印刷物」(OKシート)をラインセンサで読み取って見本絵柄データを取得することが記載されているから,請求項12は併用構成を記載している。
そして,当初明細書には,併用構成を排除する趣旨の記載はない。
したがって,請求項7に係る補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,補正要件違反の主張は失当である。
イ サポート要件違反について
併用構成を採用したとしても,装置が物理的に増加し,スペースやコストの増加をもたらすものではないから,本件発明1の解決課題との関係で,被控訴人の主張する限定解釈が導かれるものではない。
本件明細書1の【0020】の記載は,製版データ及び見本印刷物データを見本絵柄データとして取得する方法が,いずれも見本絵柄データの取得方法として「好ましい」ものとして挙げられているにすぎず,いずれか一方のみを用いる構成に限定する趣旨までも含むものではないし,その他,本件明細書1には,併用構成を排除するような記載は存しない。
したがって,請求項7に記載された発明(併用構成)は,本件明細書1の発明の詳細な説明に記載されたものであるから,サポート要件違反の主張は失当である。
3 争点(3)(本件特許権1の侵害に基づく損害額)について
〔控訴人の主張〕
(1) 特許法102条3項に基づく損害額
被控訴人は,遅くとも平成18年4月7日から平成23年5月末日までの間に,被告製品1の製造,販売等により,少なくとも11億2000万円を売り上げた。
これにより,本件特許1の特許権者が受けるべき金銭の額は,1億3440万円を下らない。
(2) 損害賠償請求権の承継
控訴人は,三菱重工からの会社分割により,被控訴人に対する本件特許権1の侵害による損害賠償請求権(会社分割時までのもの)を承継した。
(3) 小括
よって,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権1に基づき,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償の一部として,500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年7月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被控訴人の主張〕
控訴人の主張は,否認ないし争う。
4 争点(4)(被告製品2が本件訂正発明2の技術的範囲に属するか)について
〔控訴人の主張〕
(1) 構成要件Iについて
ア 「版」の意義について
本件特許2の請求項1は,「版」について限定を加えておらず,本件訂正明細書2の発明の詳細な説明にも「版」を限定する記載はない。また,CTP版もPS版の一種であり,刷版であることに変わりはない。
したがって,「版」を限定解釈するべきではなく,「版」とは,刷版であればPS版,CTP版のいずれも含むと解するべきである。
イ 被告製品2の充足性
被告製品2は,構成要件Iを充足する。
(2) 小括
被告製品2は,本件発明2の構成要件IないしLを充足するから,本件発明2の技術的範囲に属する。
〔被控訴人の主張〕
(1) 構成要件Iについて
ア 「版」の意義について
(ア) 新聞印刷の分野で用いられるオフセット輪転機では,円筒状の版胴の円周面に沿って印刷版が取り付けられ,印圧を負荷してブランケット胴と接触・回転する構造を有するところ,この印刷版と版胴との相対位置が変化することを「版ずれ」という。
本件訂正明細書2は,その出願当時から一般的に版ずれの課題があったかのように記載しているが,従来のPS版が使用されていた時代には,印刷版に「これまで,アルミニウムなどの金属を支持体とする平板印刷版では,一般に版伸びまたは版ずれなどによる色ずれは起こらないとされていた。」のであり(乙7の【0006】),実際にも,被控訴人製の新聞印刷用輪転機で版ずれの問題が起きたことはなかった(甲11)。
ところが,平成8年以降のCTP版への変更に伴って,「版ずれ」が新たな問題として浮上してきたものである。
(イ) この新たな「版ずれ」の技術課題を解決する発明は,乙7に係る特許出願(平成18年10月)当時,ほとんど存在しておらず,本件訂正発明2は,かかる「版ずれ」の技術課題を解決する発明として言及されていない(乙7)。
これは,本件訂正発明2がPS版時代のほとんど起こりえなかった版ずれを課題とする発明であり,CTP版の時代の版ずれとは技術的課題が異なるためである。
(ウ) 以上のように,まだCTP版が存在しなかった時代に出願された本件訂正発明2の構成要件Iにおける「版」とは,PS版のみを指すと解釈されるべきである。
イ 被告製品2の充足性
被告製品2は,CTP版の使用による版ずれに対応したものであり,構成要件Iを充足しない。
(2) 小括
被告製品2は,本件訂正発明2の構成要件Iを充足しないから,本件訂正発明2の技術的範囲に含まれない。
5 争点(5)(本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか)について
〔被控訴人の主張〕
本件訂正発明2は,以下のとおり,独立特許要件(特許法126条7項)違反の無効理由を有し,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人は,被控訴人に対し,その権利を行使することができない(同法104条の3)。
(1) 新規性の欠如について
ア 本件特許2の出願前に頒布された刊行物である特開昭51-103506号公報(乙28。以下「乙28文献」という。)には,「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面粗さRaをRa=7~25ミクロンに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴」の構成が開示されている。
そうすると,乙28文献に記載された発明の構成と本件訂正発明2の構成は,版胴の表面粗さが乙28文献に記載された発明では「Ra=7~25ミクロン」であるのに対して,本件訂正発明2では「6.0μm≦Rmax≦100μm」と記載されている点が異なるのみである。
イ RaとRmaxの関係について
RaとRmaxの関係について,「JIS 表面粗さの定義と表示 JIS-B-0601-1982」(乙2。以下「JIS規格」という。)では,「RaはRmax又はRzの1/4に等しいように記載されているが,この関係が成立するのは同じ高さの三角山が並んでいる場合だけで,一般の加工面では大約にしかあてはまらない。」とされている。「解説表1」によれば,Ra=12.5~25ミクロンの範囲は,「同じ高さの三角山」に該当する(▽)の範囲であって,「RaはRmax…の1/4に等しい関係が成立する」ものであり,これはRmax50~100μmに相当し,本件訂正発明2の「6.0μm≦Rmax≦100μm」の構成のうち,少なくとも「50μm≦Rmax≦100μm」の構成が開示されていることになる。上記相関関係については「Rmax=50~100S(Ra=12.5~25μmにほぼ相当)」として学術論文(乙32)にも技術常識として記載されている。
また,日本工業規格によれば,表面粗さRmaxは,0.8μmを超えて6.3μm以下の場合は基準長さが0.8mm,6.3μmを超えて25μm以下の場合は2.5mm,25μmを超えて100μm以下の場合は8mmであり,この基準長さの範囲で求められるものである。版胴は,通常1620mmの長さがあり,版胴の表面粗さを0.8mm,2,5mm又は8mmの長さを基準とした表面粗さで版胴全長の表面粗さを規定できるのは,版胴の表面が極めて均一に加工されているからであって,版胴の表面粗さについては,全長にわたり大約「RaはRmax又はRzの1/4に等しい」という関係が成立するといえ,乙28文献には,大約「28μm≦Rmax≦100μm」の構成についても開示されているといえる。
もともと,本件訂正発明2の「Rmax」の範囲は6.0μm≦Rmax≦100μmであって,加工的観点からの「厳密さ」は不要であることも明らかである。
したがって,本件訂正発明2は,その規定するRmaxの範囲のうち少なくとも大半が公知であった。
ウ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,乙28文献の特許請求の範囲に記載された「上記シリンダもしくはローラの表面粗さ」が「金属シリンダ固有の表面」の粗さを指す旨主張する。
a しかし,乙28文献の特許請求の範囲は,「オフセットシリンダ,インプレッションシリンダ,フォルメシリンダ,ダンピングローラ等の印刷機用のシリンダおよびローラにおいて,」で始まることから,フォルメシリンダ(版胴)を含む「印刷機用のシリンダおよびローラ」の特徴が記載されていることは明らかである。また,「金属シリンダもしくはローラの表面は,…の分離しえない表面層を有し,」と記載されていることから,金属シリンダ若しくはローラの表面は表面層を含むものであることが明らかである。
そして,「該表面層と金属シリンダもしくはローラとの間には,…少なくとも一つの中間層を設け,」と記載されていることから,中間層が表面層と金属シリンダ若しくはローラの間の層として設けられていることが分かる。
そうすると,「かつ上記シリンダもしくはローラの表面粗さを」の「上記シリンダもしくはローラ」は,「金属シリンダもしくはローラ」であり,「表面粗さ」は,上述のように表面層を含む「金属シリンダもしくはローラの表面粗さ」を指すことは明らかである。
したがって,乙28文献に記載された発明は,金属製のシリンダ若しくはローラ本体に中間層を設け,さらに表面層を設けてなる,フォルメシリンダ(版胴)を含む「印刷機用のシリンダおよびローラ」の表面粗さをRa=7~25ミクロンとした発明である。
b 乙28文献には,乙28文献に記載された発明は,フォルメシリンダ等の表面が「水,印刷染料,および印刷機上で印刷のため使用される種々の化学薬品と接触する。」ことから「表面の耐腐食性」の高さが要求されるという技術に関する発明であることが記載されており,乙28文献に記載された発明の構成により,「本発明による上記の層を具えたシリンダおよびローラの表面は極めて耐食性が高く,印刷技術に使用する化学薬品の影響に強く,それ故シリンダの寿命は延長される。」との効果を奏することが記載されている。
この「印刷技術に使用する化学薬品の影響に強く」の記載から明らかなように,「シリンダおよびローラの表面」は,控訴人が主張するような「金属シリンダ固有の表面」ではなく,シリンダまたはローラが化学薬品と接する表面層の最外殻の面を指すことは明らかである。
(イ) 控訴人は,乙28文献に記載された発明は,インプレッションシリンダについてのものである旨主張する。
しかしながら,乙28文献の特許請求の範囲には,インプレッションシリンダに限定された発明である旨の記載は一切ない。
また,乙28文献に記載された発明の構成によれば,シリンダの耐腐食性を満足することが記載されているが,これはインプレッションシリンダに限らず,フォルメシリンダも含む「印刷機用のシリンダおよびローラ」全般についての効果であることは明らかである。これに対し,インプレッションシリンダの「特別の要請」,すなわち,シリンダ表面にインクを蓄積させない要請については,「本発明のように,多色印刷機および紙シートの両面印刷機のためのインプレッションシリンダ用のシリンダの表面層を粗にすると,紙上の乾いていない印刷物のインクが擦りつけられるおそれは減ぜられる利点がある。」との効果が記載されている。
エ 以上によれば,乙28文献には,「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面粗さRaをRa=7~25ミクロンに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴」の構成が開示されており,本件訂正発明2の版胴の表面粗さRmaxの数値範囲に係る構成(「6.0μm≦Rmax≦100μm」)のうち,少なくとも「50μm≦Rmax≦100μm」の構成,又は大約「28μm≦Rmax≦100μm」の構成についても開示されていると認められるから,乙28文献に記載された発明と本件訂正発明2とは同一であり,本件訂正発明2は新規性が欠如する。
(2) 進歩性の欠如について
ア 本件特許2の出願前に,表面粗さが2.47~4.02μmの版胴(乙16,17。表面粗さRmaxを1.5μmと設計した(乙15),東日印刷向けの被控訴人製の版胴)が存在した。
イ 本件訂正発明2は,耐食性,耐摩耗性,汚れ除去性等を高めるために,版胴の表面粗さを極力平滑(Rmax<1.0μm)に調整した結果,版との間に版ずれトラブルを生じることになったので,版胴表面のRmax値を大きくすることによって,耐食性,耐摩耗性,汚れ除去性を維持しながら版ずれトラブルを防止する発明である。
ウ 従来,表面粗さの粗い版胴が用いられていたが,印刷機の機械精度を上げる一環として,版胴表面が「研削」されるようになり,さらに控訴人では「研磨」加工を行うことによりRmax<1.0μmに調整されるようになっていたものであるが,このように版胴の表面粗さを少なくする改良が行き過ぎれば,その上に装着される版との間の摩擦係数を低下させ,版ずれトラブルが起こりやすくなることは当然である。
この点,特開昭57―156296号公報(乙29。以下「乙29文献」という。)には,版ずれトラブル防止を目的として,金属製の版ではないものの,版胴との接触面となる版の裏面の(具体的な表面粗さの種類は特定されていないがJIS規格による)表面粗さを20μm以上,好ましくは25~100μmとすることにより,版胴へのフィット性を向上させ,印刷中に版胴との間にズレや歪みを生じにくくした技術が開示されている。かかる技術は,版と版胴のズレが,版の裏面と版胴の表面との摩擦係数に影響されるとの知見に基づくものであり,本件訂正発明2と同じ解決原理に基づくものである。
以上のとおり,本件訂正発明2は,版ずれトラブルの原因が版と版胴との摩擦係数にあることが,版胴表面と相対する版の裏側の表面を粗くした乙29文献などで広く知られ,表面粗さが2.47~4.02μmの版胴(乙16,17。表面粗さRmaxを1.5μmと設計した(乙15),東日印刷向けの被控訴人製の版胴)が存在した状況において,版胴の表面をRmax≧6.0μmと更に粗くしたにすぎないものであって,その表面粗さに関する数値の上限値及び下限値の設定において,公知技術と別異の目的もなければ,公知技術とは明らかに異なる作用効果を奏するものではない。
したがって,版胴の表面粗さをどの程度にするかは,版胴が版ずれトラブルを起こすことなく正常に稼働しつつ,耐食性,耐摩耗性,汚れ除去性等の要請も考慮して,当業者が設計するものであるから,本件訂正発明2は,摩擦係数による版ずれ防止と印刷品質の向上とのバランスにおいて表面粗さの臨界値を特定することにその技術的意義があり,本件訂正発明2に進歩性が認められるためには,Rmaxの数値範囲に臨界的意義が必要である。
エ 本件訂正明細書2には,【図2】のグラフ及びその説明(【0009】)が示されているが,Rmaxをいかなる値にした版胴をいくつ実験に用いたのか,図2の3つの丸印からなぜ実線のグラフが得られるのか,いかなる条件をどのように変更して破線のグラフ及び「実験条件によるデータの変更範囲」が得られたのかについては開示・示唆がない。また,「Rmax>100μmでは,版胴の寸法精度や汚れ除去特性に問題が生じることが考えられる」(【0010】)との記載からも明らかなとおり,上限値については実験例がないようである。そうすると,【図2】のグラフは根拠のないものであり,発明の詳細な説明には,Rmaxの上限値及び下限値の臨界的意義を基礎付ける実験例や理論的根拠の記載がないということになる。
本件訂正明細書2の【0011】には,「Rmax≒6.0μm」の値が実験結果として記載されているが,この実験が【図2】記載の実験例の一部であるのかどうかすら明確ではなく,使用した版胴が4枚であるのに破線が2本であることの説明も一切ない。本件訂正発明2のRmaxの下限値である「6.0μm≦Rmax」の臨界的意義も不明である。
オ 以上によれば,本件特許2の出願前に表面粗さを2.47~4.02μmとした版胴(版としてPS版を使用)で版ずれトラブルがなかった被控訴人製の版胴(乙15~17)を主引用例として,これに版と版胴のズレが版の裏面と版胴の表面との摩擦係数に影響されるとの知見に基づき版ずれ防止のために版の裏面の表面粗さを20μm以上,好ましくは25~100μmとした乙29文献を組み合わせれば,本件訂正発明2は容易に想到することができ,進歩性に欠ける。
(3) 記載要件違反について
ア サポート要件違反について
前記(2)ウ記載のとおり,本件訂正明細書2には,Rmaxの範囲の記載と得られる版ずれ防止効果との関係の技術的意味に関し,本件訂正発明2に接した当業者が,本件訂正発明2に示されたRmaxの範囲であれば,所望の(上限値及び下限値において従来技術との関係で臨界的意義があるような,異質又は顕著な)版ずれ防止効果が得られると認識できる程度の具体例を示した記載がされているものとはいえないから,本件訂正発明2に係る特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず,特許法36条6項1号(サポート要件)に違反するものである。
イ 実施可能要件違反について
(ア) 本件訂正発明2は,オフセット輪転機版胴においてRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmの範囲に調整したことにより版ずれ防止効果を奏することを内容とするものであるところ,本件訂正明細書2には,版胴のどの部分をどのように計測してRmaxの値を算出するのか,また,どの部分のRmaxが本件訂正発明2の範囲内に入っていれば上記効果を奏することができるのかについて手がかりとなる記載は一切ない。
(イ) 本件特許2の出願当時のJIS規格(乙2)において,最大高さRmaxは,「断面曲線から基準長さだけを抜き取った部分(「抜取り部分」)の平均線に平行な2直線で抜取り部分を挟んだとき,この2直線の間隔を断面曲線の縦倍率の方向に測定して,この値をマイクロメートル(μm)で表したものをいう。」と定義されており,また,Rmaxが100μm以下の場合の基準長さは8mmと定められているから,本件訂正発明2は,版胴のうち,基準長さである8mmについて計測した数値をクレームしたものということになる。
本件訂正発明2が版を装着する部分の表面粗さを問題とするものであることが当業者にとって自明であるとしても,版胴表面の幅は約1800mm,周長は約1100mmもあり,このうち「版を装着する部分」といってもなお広範であるから,上記基準長さである8mmの取り方は無限に存在するというべきである。
加えて,本件訂正発明2の出願当時において,研削加工精度の問題から,版胴の表面粗さを均一にすることは困難であり,実際,同じ版胴でも測定箇所により表面粗さにかなりのばらつきがみられることからすれば(乙16,17),このような表面粗さのばらつきにも配慮した測定方法の記載なくして,当業者が本件訂正発明2を実施することは不可能である。
(ウ) 以上によれば,本件訂正発明2に係る発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,特許法36条4項1号(実施可能要件)に違反する。
〔控訴人の主張〕
(1) 新規性の欠如について
ア 本件訂正発明2と乙28文献に記載された発明とは,少なくとも以下の点で相違する。
(ア) 課題の相違
本件訂正発明2の課題は,版ずれ防止であるのに対し,乙28文献に記載された発明の課題は,耐腐食性の向上である。
(イ) 表面粗さの単位の相違
本件訂正発明2では,Rmaxで表面粗さを規定しているのに対し,乙28文献に記載された発明では,Raで表面粗さを規定している。
本件訂正発明2は,版ずれの問題がRmaxに関係するという知見に基づいてされたものであり,Raではない。
JIS規格(乙2)によれば,Raは「中心線平均粗さ」であって,「最大高さRmax」ではない。被控訴人は,RaがRmaxの1/4に等しい旨主張するが,JIS規格には,「…3種類の表示相互間には,恒等的な関係はあり得ない。したがって,三角記号の数との関係も,すべてを一般的に定めることはできない。」(17頁)と記載されているとおり,RaとRmaxは明確に異なるものである。RaとRmaxは求め方が全く異なり,単純に換算できるものではないから,乙28文献に,版胴の表面粗さRmaxを「6.0μm≦Rmax≦100μm」とすることが開示されていると解することはできない。
(ウ) 表面粗さの部位の相違
本件訂正発明2では,版がかかる版胴の最外表面の表面粗さを規定しているのに対し,乙28文献に記載された発明では,その特許請求の範囲の記載から明らかなように,金属シリンダ固有の表面の表面粗さを規定している。
このことは,発明の詳細な説明中に,シリンダ固有の表面の表面粗さRaを規定することによる作用効果が記載されていることからも明らかである。
乙28文献に記載された発明は,シリンダ固有の表面の表面粗さが最外表面に正確にコピーされるという誤った見解に基づいて,中間層や表面層を設ける前のシリンダの表面粗さを規定することとしたものである。
(エ) フォルメシリンダとインプレッションシリンダの相違
乙28文献に記載された発明が規定しているのは,紙と接触する「インプレッションシリンダ:圧胴」の表面粗さのみであり,版と接触する「フォルメシリンダ:版胴」については表面粗さが規定されていない点で,「フォルメシリンダ:版胴」の表面粗さを規定した本件訂正発明2とは異なる。
乙28文献に記載された発明において表面粗さを規定しているのは,両面印刷機のための圧胴の場合のみである。それ以外のシリンダ又はローラーについては,乙28文献には,良好な表面性質となるよう,大概はみがかれていることが明記されており,版胴については表面粗さが規定されていない。
このことは,乙28文献が,両面印刷機のためのインプレッションシリンダ(圧胴)の場合には,他のシリンダやローラとは異なる「特殊な要請」があることや,表面層を粗にしたときの効果がインプレッションシリンダ(圧胴)用のシリンダについてのみ記載されており,版胴における版ずれ防止効果は一切記載されていないことからも明らかである。
イ 以上によれば,乙28文献には,フォルメシリンダ(版胴)の表面粗さに関する記載はなく,本件訂正発明2の構成要件K’の「該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整した」が記載されていないので,乙28文献に記載された発明と本件訂正発明2とは同一性を欠き,乙28文献に基づく被控訴人の新規性欠如の主張は失当である。
(2) 進歩性の欠如について
ア 被控訴人は,版胴の表面粗さを2.47~4.02μmの版胴とした被控訴人製の版胴(乙15~17)を主引用例として,これに乙29文献を組み合わせれば,本件訂正発明2は容易に想到し得た旨主張する。
しかし,乙15に係る版胴は,表面粗さがたまたま1.5μmと設計されたというだけであり,版ずれと表面粗さとの関係についての知見は全くない。
そもそも,被控訴人が主張するとおり,乙15に係る版胴に版ずれトラブルがなかったとすれば,版ずれトラブルを防止するために表面粗さを変えるという動機付けは全く存在しないから,かかる版胴と乙29文献の組合せに基づく進歩性欠如の主張は失当である。
イ 本件訂正発明2は,版ずれという課題が版胴の表面粗さRmaxと関係することを見出し,この知見に基づいて版胴の表面粗さRmaxを調整することにより版ずれ防止効果の高い版胴を完成させたものである。
乙29文献には,このような知見は開示されておらず,乙29に記載された発明が,本件訂正発明2と同じ解決原理に基づくものであるとの被控訴人の主張は失当である。
平織物(印刷版用基材)側だけの表面粗さを記載した乙29文献に基づいて,版胴の表面粗さRmaxを調整することにより版ずれ防止の効果があることを見いだすことは不可能である。
また,乙29文献は,版胴ではなく,版胴にかけられる印刷版用基材の発明であり,印刷版用基材の裏面の表面粗さを規定したものである。
したがって,乙15に係る版胴と乙29文献とを組み合わせても,版胴にかけられる印刷版用基材の裏面の表面粗さが規定されるだけであり,本件訂正発明2に想到し得ない。
ウ 被控訴人は,本件訂正発明2が進歩性を有するには,数値範囲の上限及び下限につき臨界的意義が要求される旨主張する。
しかし,乙29文献にも東日印刷向けの版胴(乙15)にも,版ずれという課題が版胴の表面粗さRmaxと関係することは記載されておらず,被控訴人の主張は失当である。
(3) 記載要件違反について
ア サポート要件違反について
前記(2)ウのとおり,本件訂正発明2の数値範囲には臨界的意義は要求されない。
そして,本件訂正明細書2には,Rmaxの数値範囲に関し,「Rmax≧100μmでは,版胴の寸法精度や汚れ除去特性に問題が生じることが考えられるので,Rmaxの上限値をRmax≦100μmとする」,「Rmax<1.0μmでは従来版胴に比べて版ずれ防止効果が小さいので,その下限をRmax≧1.0μmとする。」との記載がある。したがって,本件特許2にサポート要件に違反する点はない。
イ 実施可能要件違反について
本件訂正発明2は,版胴の版ずれ防止を技術的課題とする発明である以上,版を装着する部分のRmaxを問題としていることは当業者にとって自明であり,版胴のどの部分のRmaxであるかを全て具体的に明示しなかったからといって,本件特許2が実施可能要件に違反するものではない。
6 争点(6)(本件特許権2の侵害に基づく損害額)について
〔控訴人の主張〕
特許法102条1項ないし3項に基づく損害賠償額のうち最も高い金額が,本件特許権2の侵害による損害額として認定されるべきである。
(1) 特許法102条1項に基づく損害額
ア 被告製品2(2)及び(3)についても同項が適用されること
(ア) 特許法102条1項は,「譲渡」以外の行為についても,同項の算定ルールが妥当する場合には,同算定ルールを適用して損害賠償額を算定することが可能であると説明されていること,同項の適用においては,特許権者の製品の販売機会が喪失すれば,有償,無償等の侵害態様を問わず,同項が適用されるとするのが特許法の趣旨であることなどからすれば,被告製品2(2)及び(3)が「既存版胴に対するヘアライン加工」という,より安価な侵害態様であっても,特許権者の製品の販売機会が喪失する以上,同項が適用されるべきである。
(イ) 仮に,特許法102条1項を適用するには,被控訴人が主張するような「補完関係が相当程度あったと認められる特段の事情」が必要であったとしても,被控訴人の顧客は,現実に版ずれ問題に悩まされていたのであるから,もし,被控訴人がヘアライン加工を行わなかったとするならば,控訴人が本件訂正発明2の実施品である版胴を販売し得たことは,本件訂正発明2の技術的意義,優位性から明らかである。
したがって,被告製品2(2)及び(3)について,かかる補完関係は十分に認められるというべきである。
(ウ) 以上によれば,被告製品2(2)及び(3)についても,特許法102条1項を適用して,控訴人の販売利益に基づき損害額を推定すべきである。
イ 販売利益に基づく損害額
被控訴人が譲渡した版胴の個数に,版胴1個当たりの控訴人の販売利益の額を乗じて得た額が,控訴人の被った損害額である。
(ア) 譲渡数量
a 被告輪転機2(1)に係る販売数量
被控訴人は,48個(「4×1」機向け「一本胴」)を販売した。
さらに,故障等に備えるための交換用版胴として,通常,少なくとも輪転機1セット当たり2個を追加購入すると考えられるので,交換用版胴として合計4個を販売した。
b 被告輪転機2(2)に係る加工数量等
被控訴人は,48個(「4×2」機向け「一本胴」12個,「4×2」機向け「シェル胴」36個)にヘアライン加工を施した。
さらに,交換用版胴として,通常,少なくとも輪転機1セット当たり2個を追加購入すると考えられるので,被控訴人は,交換用版胴として合計4個を譲渡したものと考えられる。
c 被告輪転機2(3)に係る加工数量等
被控訴人は,48個(「4×2」機向け「一本胴」12個,「4×2」機向け「シェル胴」36個)にヘアライン加工を施した。
さらに,交換用版胴として,通常,少なくとも輪転機1セット当たり2個を追加購入すると考えられるので,被控訴人は,交換用版胴として合計4個を譲渡したものと考えられる。
(イ) 版胴1個当たりの控訴人の利益額
控訴人は,平成8年2月28日から平成23年3月26日までの期間,本件訂正発明2の実施品であるオフセット輪転機版胴(以下「控訴人製品」という。)を販売していた。
控訴人製品1個当たりの限界利益の額については,控訴人における取引事例を参照すると,以下のとおり算定されるべきである。
a 「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額
控訴人製品の「4×2」機向け「一本胴」に係る取引事例(甲25,甲40の1~3,甲41)によれば,その限界利益額は●●●●●●●●円である。
b 「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額
被控訴人においては,「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額は「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額の●●●●%となっていることから,この比率を用いて控訴人製品について,「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額を算定すると,●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×●●●●●)となる。
c 「4×2」機向け「シェル胴」の限界利益額
控訴人製品の「4×2」機向け「シェル胴」に係る取引事例(甲45の1~8,甲46の1~8)によれば,その限界利益額は,両取引事例の限界利益の平均額●●●●●●●●円(●●●●●●●●●円+●●●●●●●●円)●●)と算定されるべきである。
(ウ) 算定
a 被告製品2(1)
被告輪転機2(1)は,「4×1」機向け「一本胴」48個から構成されているから,●●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×48個。計算額は控訴人主張による。)となる。
b 被告製品2(2)
被告輪転機2(2)は,「4×2」機向け「一本胴」12個及び「4×2」機向け「シェル胴」36個から構成されているから,●●●●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×12個+●●●●●●●●円×36個)となる。
c 被告製品2(3)
被告輪転機2(3)は,「4×2」機向け「一本胴」12個及び「4×2」機向け「シェル胴」36個から構成されているから,●●●●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×12個+●●●●●●●●円×36個)となる。
d 合計額
●●●●●●●●●●●円
(エ) 控訴人の実施の能力について
控訴人は,平成11年から平成23年の期間において,年平均で控訴人製品を●●●個製造しており,最大で●●●個製造していたから,控訴人が被告製品2(1)ないし(3)の譲渡数量に相当する控訴人製品の製造能力を有していたことは明らかである。
また,控訴人は,「4×1」輪転機について,海外では既に顧客に納入した実績があり,国内では,平成21年11月の時点では,国内で6セットの受注実績があった。したがって,被控訴人が被告製品2(1)ないし(3)を顧客に譲渡した当時,控訴人には,「4×1」版胴の供給能力があったことは明らかである。
ウ 加工利益に基づく損害額
仮に,被告製品2(2)及び(3)について,控訴人の販売利益に基づき損害額を推定すべきではないとしても,控訴人が既存版胴への追加工に応じることができたものとして,控訴人における版胴1個当たりの追加工による利益額に加工版胴の個数を乗じることにより控訴人が受けた損害額を推定すべきである。
控訴人において被告製品2(2)及び(3)の合計96個分について追加工を施した場合の利益額は,●●●●●円と算定することができる(甲54)。
また,上記金額は「製造原価」に相当するものであり,前記イ(イ)aの取引事例を参考に,これに一般管理費や利益を加算し,製造原価及び変動経費を控除して限界利益額を推計してみると,控訴人において被告製品2(2)及び(3)の合計96個分について追加工を施した場合の限界利益額は,●●●●●●●●●円と算定することができる。
エ 被控訴人の主張(特許法102条1項ただし書による譲渡数量の控除)について
特許法102条1項が規定された趣旨に鑑みれば,「販売することができないとする事情があるとき」等の減額要素を認めることについては謙抑的であるべきである。
本件においては,輪転機ユーザーにとって大きな問題である版ずれの問題を根本的に解決できる技術が,本件訂正発明2以外に存在すると認めるに足る証拠はなく,競合技術が存在しない事案であって,上記事情があるとする被控訴人の主張は失当である。
また,被控訴人が主張する事情は,以下のとおり,いずれも上記事情に該当するとはいえない。
(ア) 被控訴人製の輪転機に用いる版胴との代替可能性について
特許法102条1項は,権利者製品と侵害品とが,市場において一応補完関係に立つという擬制の上に設けられている規定であるから,権利者製品と侵害品とが市場で競合し得ること(代替可能性)さえ立証されればよく,権利者製品と侵害品とが完全に同一の構成を有するか否かを問題とする余地はない。
本件の場合,輪転機の部品であるという特殊性はあるが,被告製品2(1)ないし(3)の図面を入手し,あるいは,実測しさえすれば調整可能であるところ,納入先である株式会社高速オフセット及び株式会社日経首都圏印刷から控訴人がおよそ図面を入手できず,あるいは実測できないことを認めるに足る証拠はない。かえって,上記2社と控訴人との間に輪転機の取引があること及び本件特許権2を侵害せずに版ずれ防止を根本的に解決する方法がないことに照らすと,上記2社が版ずれ防止策について控訴人に相談し,その解決のために,輪転機及び被控訴人製の版胴の設計図面を開示する可能性や実測を許可する可能性は相当程度高いといえる。
控訴人は三菱重工時代の昭和37年から印刷機械を生産しており,新聞用輪転機に関する高い技術力を有し,印刷品質を左右する版胴に関しても豊富な知見を有しているから,控訴人にとって,被控訴人製の輪転機に,控訴人製品(版胴)を装着することには,格別の技術的困難性はない。
(イ) 版胴単体での取引について
控訴人が版胴単体での取引をしている例があり,他社においても,版胴単体での販売の申出をしている例(甲32の1・2,甲33)がある。
加えて,被控訴人においても,改造工事の際に従来版胴を取り外し,新規にシェル版胴を取り付けるという工事を施工しており,輪転機の販売に付随しない版胴交換に関する取引を行っている(甲34,35)。
(ウ) 競合メーカーの存在について
版胴は輪転機の販売に必ずしも付随しない単体での取引が想定されるものであるから,版胴自体の販売機会に代えて輪転機の販売機会を問題にする被控訴人の主張は失当である。
本件訂正発明2は,版胴に関する技術であり,被告製品2も版胴であるから,輪転機のシェアを立証しても,特許法102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」を立証したことにはならない。
仮に,輪転機のシェアを考慮するとしても,被控訴人による被告製品2(1)ないし(3)に係る取引時期が含まれる期間(●●●●●●●●●●●●●●●)に新規稼働した輪転機のシェアは,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●となっており,控訴人と被控訴人の二社寡占状態であった。
しかも,控訴人以外の他社は,本件訂正発明2の実施品を販売することはできないから,そもそも競合メーカーたり得ない。
(エ) 寄与率について
版ずれ問題は,輪転機ユーザーにとって,有形無形の多大のコストが生じる重大な問題であること,本件特許権2を侵害せずに版ずれ防止を根本的に解決する方法がないこと,被控訴人の顧客は現実に版ずれ問題に悩まされていたことに照らせば,本件訂正発明2が版胴需要喚起への寄与が低いものであるとはいえない。
(2) 特許法102条2項に基づく損害額
被控訴人は,被告製品2(1)ないし(3)に係る取引により,以下の利益を得た。被控訴人の得た利益額が控訴人の被った損害額である。
ア 被告製品2(1)ないし(3)の売上額
被告製品2(1)ないし(3)の1個当たりの価格は1000万円を下らない。
したがって,被控訴人は,被告製品2(1)ないし(3)に係る取引により,合計15億6000万円(52個×1000万円×3)を売り上げた。
イ 被控訴人の利益率
被控訴人が被告製品2(1)ないし(3)の取引により得た利益率は,売上高の30%を下らない。
ウ 被控訴人の利益額
被控訴人が被告製品2(1)ないし(3)の取引により得た利益額は,4億6800万円(15億6000万円×0.3)を下らない。
エ 被控訴人の主張について
(ア) 被控訴人による被告製品2(1)ないし(3)の利益額の算定方法について
被控訴人は,輪転機全体の販売価格に,版胴の製造原価率を乗じて,版胴の限界利益額を算定すべきである旨主張するが,輪転機全体に占める版胴の寄与率は相当に高いから,輪転機全体の製造原価に占める版胴の製造原価比率をもって,版胴の販売価格を算出するのは相当でない。
(イ) 被告製品2(2)及び(3)の利益額について
被控訴人が主張する加工賃は,桁違いに低廉である。被控訴人が,このように低廉な額で被告製品2(2)及び(3)のヘアライン加工を請け負ったのは,版ずれ問題が頻繁に生じ,被控訴人が販売した輪転機が正常に動作しなくなったためであり,いわばクレーム対応として行ったものと考えざるを得ない。
したがって,このようなクレーム対応における低廉な加工賃を基に被控訴人の利益額を算定することは妥当ではない。
(ウ) 推定覆滅事由について
被控訴人が主張する事情は,前記(1)エのとおり,いずれも推定覆滅事由に該当しない。
(3) 特許法102条3項に基づく損害額
本件訂正発明2の技術的優位性,有用性が極めて高いこと,被控訴人が控訴人の市場における競合相手であり,通常は実施許諾することはあり得ないこと及び被控訴人が本件特許権2を侵害していること等を総合的に勘案すると,控訴人が「特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額」は,被控訴人の売上高の12%を下回ることはないというべきである。
被控訴人は,被告製品2(1)ないし(3)の販売により,合計15億6000万円(52個×1000万円×3)を売り上げた。
したがって,控訴人が受けるべき金銭の額は,1億8720万円(15億6000万円×0.12)を下回ることはない。
(4) 弁護士・弁理士費用
控訴人は,本件訴訟の遂行を控訴人代理人弁護士及び弁理士に委任した。
被控訴人による本件特許権2の侵害行為と相当因果関係のある弁護士・弁理士費用は4000万円を下らない。
(5) 損害賠償請求権の承継
控訴人は,三菱重工からの会社分割により,被控訴人に対する本件特許権2の侵害による損害賠償請求権(会社分割時までのもの)を承継した。
(6) 小括
よって,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権2に基づき,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償の一部として,2億4000万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被控訴人の主張〕
(1) 特許法102条1項に基づく損害額について
ア 被告製品2(2)及び(3)について
(ア) 被告製品2(2)及び(3)は,既納入の輪転機の版胴に被控訴人が表面粗さを高める「加工」を行っただけであって,これらについては,「譲渡」がなく「生産」の実施行為があっただけであるから,特許法102条1項は適用されない。
(イ) ところで,同項については,「譲渡」以外の場合(「貸渡し」等)についても,同項の算定ルールが妥当する場合には,この考え方を参考にした損害賠償額の算定が可能と考えられると説明される。
この観点からすれば,同項の類推適用が認められるためには,権利者と侵害者双方の実施行為が,関係する市場において競合し,双方の実施行為の間に一定の補完関係が認められることを要すると解すべきである。
被告製品2(2)及び(3)の「加工」について,控訴人製品の販売利益を用いる前提で特許法102条1項を類推適用するには,被控訴人による「加工」がなければ控訴人製品が「販売」できたという補完関係が相当程度あったと認められる特段の事情が必要であるというべきである。
(ウ) 版胴に追加工する場合の顧客の負担と版胴を控訴人製品に交換する場合の顧客の負担(前者は版胴48個で●●●円,後者は1個当たり●●●●円)に鑑みれば,被控訴人製の輪転機の顧客が,本件訂正発明2を実施した版胴を得たいがためだけに,既存の版胴を廃棄し,控訴人製品をあえて購入した現実的可能性はない。
(エ) したがって,被告製品2(2)及び(3)について,上記補完関係はないから,加工利益を用いるなら格別,販売利益を用いる前提で特許法102条1項を類推適用することはできない。
(オ) 加工利益について
控訴人主張の加工利益は,ショットブラスト加工を前提とするものである。既に輪転機に組み込まれた版胴への追加工の場合に,ヘアライン加工ではなくショットブラスト加工を選択することは現実的でないから,控訴人主張の加工利益を用いるのは妥当でない。
イ 特許法102条1項ただし書による譲渡数量の控除について
本件においては,以下のとおり,同項ただし書の規定する「販売することができないとする事情」があるから,販売数量の全量控除又は少なくとも被告製品2(2)及び(3)に相当する数量の控除が認められるべきである。
(ア) 被控訴人製の輪転機に用いる版胴との代替可能性について
オフセット輪転機は,多数の部品から構成される複数の機能ユニット(給紙部・印刷部・レールフレーム部・折部)から成る複雑な機械であり,購入者は,印刷品質や処理速度といった性能面のみならず,輪転機全体のサイズ,作業性,操作性,メンテナンスの容易さ,耐久性,騒音対策といった機能面,価格,保証内容,メンテナンス費用,消費電力,資材使用量といったコスト面など,様々な要素を総合的に考慮して購入機種を選定している。
版胴は,輪転機の印刷部を構成する多数の部品の一つにすぎず,被控訴人製の輪転機でいえば,全体で約10万点ある部品のうち,版胴に係る部品は約50点にとどまることに加え,輪転機購入時から版ずれ現象が生じることを予期することは困難であるから,本件訂正発明2の実施品である版胴を組み込んだ輪転機か否かは,需要者による輪転機の選定に影響を与えない。
需要者が被控訴人の輪転機を選定する限り,当然に被控訴人製の版胴がその一部品として販売されるのであり,被控訴人製の輪転機と機械的互換性のない控訴人製品が販売できたと見る余地はない。
(イ) 版胴単体での取引について
a 他社製の輪転機向けの版胴単体での取引は想定されない。
被控訴人においても,版胴単体の取引が過去に存在しないことはもちろん,他の輪転機メーカーにおいても他社製の輪転機向け版胴の単体取引は行っていない。
これは,そもそも詳細な図面なしには他社製の輪転機向け版胴を事実上製造できないことや実測に基づく類似品の製造にも過分の追加費用を要すること,交換部品として販売しても,当該版胴を組み付けた他社製輪転機が正常に作動することの保証ができないことにある。
b 控訴人製の版胴と被控訴人製の版胴との間には機械的互換性がなく,印刷機に要求される機械精度との関係で,被控訴人製の版胴の図面なくしてその構成を正確に再現した版胴を製造することは事実上不可能である。
被告製品2(2)及び(3)は,事後的にヘアライン加工を施したものにすぎないところ,控訴人製の版胴と被控訴人製の版胴との間に機械的互換性がないことからすれば,既納入の輪転機で版ずれの問題が起きるようになったとしても,被控訴人製の輪転機購入者が,控訴人製の版胴を購入した可能性はない。
この意味においても,控訴人製の版胴が被控訴人製の版胴に代替できた可能性はない。
c さらに,版胴に追加工する場合の顧客の負担と版胴を控訴人製品に交換する場合の顧客の負担(前者は版胴48個で●●●円,後者は1個当たり●●●●円)に鑑みれば,被控訴人製の輪転機の顧客が,本件訂正発明2を実施した版胴を得たいがためだけに,既存の版胴を廃棄し,控訴人製品をあえて購入した現実的可能性はない。
(ウ) 競合メーカーの存在について
被告製品2(1)の購入者である株式会社高速オフセットでも,輪転機購入機種の選定において,控訴人,被控訴人,他2社の輪転機を検討している(甲24)。
したがって,被告製品2(1)の販売がなくても,控訴人製品が販売できたとはいえない。
(エ) 本件訂正発明2の版胴需要喚起への寄与率について
被告製品2(1)は,顧客に被控訴人製の輪転機が採用されたため,その一部品として一緒に販売されたにすぎない。
顧客が輪転機の選定に当たって考慮した特徴や被控訴人の対応力は,本件訂正発明2とは無関係であり,本件訂正発明2を実施した版胴が顧客の機種選定に与えた影響はなく,版胴需要喚起への寄与はないか,仮に認め得るとしても極めて低いものである。
(2) 特許法102条2項に基づく損害額について
ア 被告製品2(1)について
(ア) 被控訴人の利益額
被控訴人においては版胴が単体で販売された実績はない。
したがって,輪転機全体の販売価格に,版胴の製造原価率を乗じて,版胴の限界利益額を算出するのが相当である。
かかる観点から被控訴人における版胴の限界利益額を算定すると,被告製品2(1)については,●●●●●●●●●円となる。
(イ) 推定覆滅事由について
前記(1)イ記載の事情は,特許法102条2項における推定の覆滅事由又は本件訂正発明2の版胴需要喚起への寄与率の低さとして考慮されるべきである。
イ 被告製品2(2)及び(3)について
特許法102条2項の損害額は,被告製品2(2)及び(3)については,被控訴人が「加工」によって得た利益額を用いて算定されるべきである。
被控訴人が,被告製品2(2)及び(3)の加工により得た利益額は,●●●●円(合計●●●●円)にとどまる。
(3) 特許法102条3項に基づく損害額について
本件訂正発明2の進歩性の低さ,本件特許権2の残存期間の短さ(平成23年3月26日の経過をもって存続期間満了),平成21年11月から平成22年2月にかけて調査が行われた技術分野別ロイヤルティ料率調査によると,印刷分野の特許実施許諾料の平均値は3.3%となっていることを考慮すれば,「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」は被控訴人の売上高の2%を超えないというべきである。
第4当裁判所の判断
1 争点(1)(被告製品1が本件発明1の技術的範囲に属するか)について
(1) 本件明細書1の記載
本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2(3)アのとおりであり,本件明細書1の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
ア 従来の技術
【0004】印刷欠陥検査装置21は,用紙1に印刷された印刷絵柄2内の印刷欠陥を検査する装置である。ここでいう印刷欠陥とは,インキが付くべきところにインキが付いていなかったり,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっていたりするような,通常の濃度調整では対処できない異常を指している。印刷欠陥検査装置21はラインセンサ11で印刷絵柄2を読み取って,得られた印刷絵柄2の画像データと予め印刷開始後に取込んだ印刷絵柄(正常な印刷絵柄の印刷物)の画像データとを所定のエリア毎に比較し,濃度差が所定の閾値を超えているエリアについては,印刷欠陥が有ると判定するようになっている。なお,比較の単位となる上記のエリアは,ラインセンサ11の画素単位或いは所定画素数のブロック単位で定められている。また,印刷欠陥検査装置21による検査結果は,専用の表示器31に表示される。
【0006】濃度制御装置23は,印刷絵柄2の濃度を制御する装置である。印刷絵柄2の濃度はインキの供給量で決まり,このインキ供給量は,インキ元ローラ6とインキキー7との隙間量(インキキー開度)により,インキキー7の幅単位で印刷絵柄2の幅方向に任意に設定することができる。濃度制御装置23は,濃度制御用の濃度センサ11により印刷絵柄2を読み取り,得られた印刷絵柄2の濃度データと予め読み取っておいたOKシートの濃度データとをインキキー7の幅単位で比較し,その濃度差に応じて各インキキー7の開度を調整するようになっている。また,濃度制御装置23による制御結果は,専用の表示器33に表示される。
イ 発明が解決しようとする課題
【0007】上記の品質管理装置20,21,22,23は,高品質の印刷物を生産する上で,輪転印刷機にとってはいずれも不可欠な装置であるものの,用紙1の走行経路に沿って複数の入力装置10,11,12,13が設置されることになるため,輪転印刷機内に多くの設置スペースが必要になってしまう。また,各品質管理装置20,21,22,23は独立しており,且つそれぞれに専用の表示器30,31,32,33を有しているために,これらの品質管理装置20,21,22,23や表示器30,31,32,33を設置するための多くの設置スペースも必要になってしまう。さらに,このように多くの装置類が必要となるためにコストも高くなってしまう。
【0008】本発明は,このような課題に鑑み創案されたもので,無駄の無い構成により省スペース且つ低コストで印刷物の品質管理できるようにした,印刷物の品質管理装置及び印刷機を提供することを目的とする。
ウ 課題を解決するための手段
【0009】上記目的を達成するための手段として,本発明は,品質管理のためのデータ入力手段としてラインセンサを用い,このラインセンサで読み取った印刷絵柄データを利用して各種の品質管理処理を行うことで,印刷物の品質管理にかかる複数の機能を一つの装置に統合した。
【0010】…印刷欠陥検出手段は,印刷絵柄データと見本絵柄データとをラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して画素毎或いはブロック毎に濃度差(或いは濃度に相関するパラメータ値の差)を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する。インキキー開度制御手段は,印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを印刷絵柄の幅方向に印刷部のインキキーの幅単位で比較してインキキー幅毎に濃度差(或いは濃度に相関するパラメータ値の差)を計算し,計算した差の大きさに応じてインキキーの開度を調整する。そして,印刷欠陥検出に用いる上記の所定の閾値は,インキキー開度制御手段による濃度制御において生じる差の範囲よりも大きい値に設定する(請求項1)。このような構成によれば,ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができる。
【0020】なお,上記の印刷物の品質管理装置において,データ取得手段による見本絵柄データの取得方法は以下の何れかの方法が好ましい。一つは,印刷部で用いられる版を作製した製版システムから,版の作製に用いられた版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得する方法である(請求項6)。もう一つは,所望の印刷品質を備えた見本印刷物をラインセンサにより読み取ることで見本絵柄データを取得する方法である(請求項7)。…
エ 発明の実施の形態
【0022】…一体化品質管理装置40には,このラインセンサ50からの画像データである印刷絵柄データの他,上流工程である製版システム70から見本絵柄のデータ(見本絵柄データ)が入力されるようになっている。見本絵柄データは製版のためのデータであり,製版システム70ではこの見本絵柄データに基づいて版5が作製される。…
【0023】一体化品質管理装置40の機能は,図2の機能ブロック図に詳細に示されている。図2に示すように一体化品質管理装置40は,印刷絵柄データ記憶部401,見本絵柄データ記憶部402,ヒストグラム作成部403,版掛け誤り判別部404,境界位置ずれ検出部405,断裁見当制御部406,インキキー幅別濃度比較部407,インキキー開度制御部408,画素別濃度比較部409及び印刷欠陥検出部410を備えている。なお,一体化品質管理装置40は一般的なコンピュータを用いて実現することも可能であり,この場合はCPU,RAM,ROM等のコンピュータの構成部品とプログラムとの協働によって,上記の各部401~410が仮想的に構成されることになる。
【0024】印刷絵柄データ記憶部401は,ラインセンサ50で読み取られた印刷絵柄データを記憶する部位である。ラインセンサ50から印刷絵柄データ記憶部401へは所定の周期で印刷絵柄データが送信され,印刷絵柄データ記憶部401は少なくとも一つの印刷絵柄2に相当する量の印刷絵柄データを一時的に記憶するようになっている。…
【0025】見本絵柄データ記憶部402は,製版システム70から取得した見本絵柄データを記憶する部位である。製版システム70から見本絵柄データ記憶部402への見本絵柄データの入力は,通信ネットワークを介したオンライン入力でもよく,磁気ディスク等の記録媒体を介したオフライン入力でもよい。なお,ラインセンサ50では一般にスペクトル値が計測される一方,見本絵柄データのデータ形式としては,各色(C,M,Y,K)の網点面積率や濃度や色座標値(L,a,b)が用いられる。一体化品質管理装置40には,これらスペクトル値,網点面積率,濃度及び色座標値を互いに関連づけるテーブル(図示略)が予め容易(ママ)されており,印刷絵柄データと見本絵柄データは,それぞれ同内容のデータ,ここでは濃度に変換された上でそれぞれの記憶部401,402に記憶される。
【0030】インキキー幅別濃度比較部407とインキキー開度制御部408とは,本発明にかかるインキキー開度制御手段に相当する部位である。インキキー幅別濃度比較部407は,図5に示すように,印刷絵柄データ記憶部401に記憶された印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部402に記憶されている見本絵柄データとを印刷絵柄2の幅方向にインキキー7の幅Wの領域A1単位で比較し,このインキキー幅領域A1毎に濃度差を計算する。
【0032】画素別濃度比較部409と印刷欠陥検出部410とは,本発明にかかる印刷欠陥検出手段に相当する部位である。画素別濃度比較部409は,図6に示すようにラインセンサ50の画素P単位で印刷絵柄データ記憶部401に記憶された印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部402に記憶されている見本絵柄データとを比較し,画素P毎に濃度差を計算する。なお,画素P単位ではなく,複数の画素Pからなるブロック単位で濃度差を比較してもよい。ブロックの大きさは任意であるが,高い精度で印刷欠陥を検出するにはブロックは小さく設定するのが好ましい。
【0033】印刷欠陥検出部410は,画素別濃度比較部409で計算された濃度差を所定の閾値と比較する。ここでは,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のように印刷濃度に異常が生じる欠陥を検出するため,上記の閾値は,インキキー幅別濃度比較部407及びインキキー開度制御部408による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている。…
【0034】このように,本実施形態の品質管理装置は,ラインセンサ50で読み取られた印刷絵柄データを用いて,版の掛け誤りを判別し,断裁見当を制御し,インキキー開度を制御し,さらに印刷欠陥を検出することができる。したがって,従来のように用紙1の走行経路上に複数のカメラ類を設置するための設置スペースを確保する必要がない。また,一つの一体化品質管理装置40内に全ての機能(掛け誤り判別,断裁見当制御,インキキー開度制御及び印刷欠陥検出)が集約されているので,一体化品質管理装置40と表示器60を一つずつ備えるだけで従来通りの品質管理を行うことができる。したがって,これらの機材のための設置スペースを少なくすることができるとともに,コストも低減することができる。
【0038】また,上述の実施形態では,製版システムから版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得しているが,所望の印刷品質を備えた見本印刷物(いわゆるOKシート)をラインセンサ50で読み取ることで見本絵柄データを取得することも可能である。この場合は見本絵柄データも印刷絵柄データと同じくスペクトル値となるので,実施形態のようにテーブルを用いたデータ変換を行うことなく,両者を直接比較してその差分からインキキー開度を制御したり,印刷欠陥を検出したりすることも可能である。
(2) 本件発明1の特徴
前記(1)の記載によれば,本件発明1の特徴は,以下のとおりであると認められる。
ア 従来の品質管理装置は,用紙の走行経路に沿って複数の入力装置が設置されることになるため,輪転印刷機内に多くの設置スペースが必要になり,また,各品質管理装置が独立しており,かつそれぞれに専用の表示器を有しているために,品質管理装置や表示器を設置するための多くの設置スペースも必要になってしまい,多くの装置類が必要となるためにコストも高くなってしまうという問題があったことから(【0007】),本件発明1は,無駄のない構成により省スペースかつ低コストで印刷物の品質管理ができるようにした,印刷物の品質管理装置及び印刷機を提供することを目的とする(【0008】)。
イ 本件発明1は,前記アの課題を解決するために,品質管理のためのデータ入力手段としてラインセンサを用い,このラインセンサで読み取った印刷絵柄データを利用して印刷欠陥検出及びインキキー開度の調整の両品質管理処理を行い,印刷欠陥検出手段では,印刷絵柄データと見本絵柄データとを所定の単位毎に濃度差等を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出し,インキキー開度制御手段では,印刷絵柄データと見本絵柄データとをインキキーの幅単位で比較してインキキー幅毎に濃度差等を計算し,計算した差の大きさに応じてインキキーの開度を調整し,印刷欠陥検出に用いる所定の閾値は,インキキー開度制御手段による濃度制御において生じる差の範囲よりも大きい値に設定する構成とした(【0009】,【0010】)。
ウ 本件発明1は,前記イの構成により,ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができるという効果を奏する(【0010】)。
(3) 「見本絵柄データ」(構成要件C~F)について
ア 特許請求の範囲(請求項1)の記載
請求項1の構成要件Cは「上記印刷絵柄の見本となる見本絵柄データを取得するデータ取得手段と,」,構成要件Dは「当該データ取得手段が取得した見本絵柄データを記憶する見本絵柄データ記憶部と,」,構成要件Eは「上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位で比較して上記画素毎或いは上記ブロック毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差と所定の閾値との比較により印刷欠陥を検出する印刷欠陥検出手段と,」,構成要件Fは「上記印刷絵柄データ記憶部が記憶した印刷絵柄データと上記見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データとを上記印刷絵柄の幅方向に上記印刷部のインキキーの幅単位で比較して上記インキキー幅毎に濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差を計算し,計算した差の大きさに応じて上記インキキーの開度を調整するインキキー開度制御手段とを備え,」である。これによれば,本件発明1の「見本絵柄データ」は,印刷機の印刷部で用紙に印刷された印刷絵柄の見本となるデータであり(構成要件C),見本絵柄データ記憶部に記憶され(構成要件D),印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段の両手段において,印刷絵柄をラインセンサで読み取った印刷絵柄データとの比較に用いられるものである(構成要件E,F)。
しかし,請求項1の記載からは,本件発明1における「見本絵柄データ」の内容,すなわち,印刷欠陥検出手段において印刷絵柄データとの比較に用いられる見本絵柄データと,インキキー開度制御手段において印刷絵柄データとの比較に用いられる見本絵柄データとの関係(併用構成が含まれるか否か)は一義的に明らかであるとはいえない。
イ 発明の詳細な説明の記載
(ア) 本件明細書1には,「データ取得手段による見本絵柄データの取得方法は以下の何れかの方法が好ましい。一つは,印刷部で用いられる版を作製した製版システムから,版の作製に用いられた版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得する方法である(請求項6)。もう一つは,所望の印刷品質を備えた見本印刷物をラインセンサにより読み取ることで見本絵柄データを取得する方法である(請求項7)。」(【0020】)との記載がある。このように「見本絵柄データ」は,①版の作製に用いられた版作成用の画像データ(製版データ)を取得する方法と,②所望の印刷品質を備えた見本印刷物(OKシートデータ)を取得する方法の二つの取得方法の「何れか」の方法により取得するのが好ましいと明記する一方で,両取得方法を併用することを示唆する記載は存しない。
また,本件明細書1には,本件発明1の実施形態として,①印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「製版システムから取得した版作成用の画像データ」(製版データ)である形態(【0022】~【0025】,【0030】,【0032】,【0033】)及び②「上述の実施形態では,製版システムから版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得しているが,所望の印刷品質を備えた見本印刷物(いわゆるOKシート)をラインセンサ50で読み取ることで見本絵柄データを取得することも可能である。」として,印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「OKシートデータ」である形態(【0038】)が記載されている。他方,両手段で用いられる「見本絵柄データ」として,一方が「製版データ」,他方が「OKシートデータ」というように,異なるデータを併用する形態についての記載は一切ない。
むしろ,本件明細書1には,①「見本絵柄データ」として「製版データ」を取得した場合は,ラインセンサで読み取った「印刷絵柄データ」がスペクトル値であるので,「印刷絵柄データ」を「見本絵柄データ」と同内容のデータ(例えば濃度)に変換した上で記憶部に記憶する必要があるが(【0025】),②「見本絵柄データ」として「OKシートデータ」を用いる場合は,「見本絵柄データも印刷絵柄データと同じくスペクトル値となるので,実施形態のようにテーブルを用いたデータ変換を行うことなく,両者を直接比較してその差分からインキキー開度を制御したり,印刷欠陥を検出したりすることも可能である。」(【0038】)と記載されているように,「見本絵柄データ」として「製版データ」又は「OKシートデータ」が用いられる場合の処理について記載するのみで,「製版データ」及び「OKシートデータ」が併用して用いられる場合の処理については何ら言及がない。
(イ) 本件発明1は,前記(2)のとおり,無駄のない構成により省スペースかつ低コストで印刷物の品質管理ができるようにした,印刷物の品質管理装置及び印刷機を提供することを目的とし,品質管理のためのデータ入力手段としてラインセンサを用い,このラインセンサで読み取った印刷絵柄データを利用して印刷欠陥検出及びインキキー開度の調整の両品質管理処理を行うことによって,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができるという効果を奏するというものである。
そうすると,上記目的や効果は,本件発明1において,「見本絵柄データ」として「製版データ」及び「OKシートデータ」が併用して用いられる場合をその技術的範囲に含まないと解すべき根拠となるものではないが,逆に,両者を併用して用いる場合をその技術的範囲に当然含むと解すべき根拠となるものでもない。
ウ 控訴人の主張について
控訴人は,本件明細書1には,請求項7が請求項6の従属項として記載されているとして,請求項7の品質管理装置を根拠に,本件明細書1には,「製版データ」を取得する方法と「OKシートデータ」を取得する方法の両方の方法によって見本絵柄データを取得してよいことが記載されている旨主張する。
請求項6は,請求項1の構成要件Cの「データ取得手段」を受けて,上記データ取得手段が「製版データ」を取得することを特徴とする「請求項1~5」のいずれか1項に記載の品質管理装置を規定しており,請求項7は,上記データ取得手段が「OKシートデータ」を取得することを特徴とする「請求項1~6の何れか1項に記載」の品質管理装置を規定しているから,請求項7には,製版データに加え,OKシートのデータを取得し,これらを見本絵柄データ記憶部に記憶する形態が文言上規定されていることになる。
しかし,前記イ(ア)のとおり,本件明細書1には,「見本絵柄データ」として,「製版データ」と「OKシートデータ」の両取得方法を併用することの記載も示唆もない。また,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」として,一方が「製版データ」,他方が「OKシートデータ」というように,異なるデータを併用する形態についての記載も示唆も一切ないのであるから,請求項7は,サポート要件の観点からは問題があるといわざるを得ない。
したがって,請求項7の存在を根拠に,本件明細書1の発明の詳細な説明には併用構成についての記載も示唆も存しないにもかかわらず,請求項1における「見本絵柄データ」が「製版データ」及び「OKシートデータ」の併用を含むものであると解すべきであるということはできない。
エ 「見本絵柄データ」(構成要件C~F)の意義
以上によれば,特許請求の範囲(請求項1)の記載に加え,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,本件発明1において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」は,「製版データ」又は「OKシートデータ」のいずれかであって,両手段における「見本絵柄データ」として「製版データ」及び「OKシートデータ」を併用する場合は含まれないものと解するのが相当である。
オ 被告製品1の充足性
被告製品1は,原判決別紙「被告製品1の構成」記載のとおり,紙面監視手段において,良紙時点でティーチング(基準値取り込み)をして取得したRGB基準データ(本件明細書1における「OKシートデータ」に相当)を印刷絵柄の見本として用い(構成e),濃度判定手段において,製版システムから取得したCMYK目標濃度データ(本件明細書1における「製版データ」に相当)を印刷絵柄の見本として用いる(構成f)ものであり,「製版データ」と「OKシートデータ」を併用するものである。
よって,被告製品1は,本件発明1における「見本絵柄データ」(構成要件C~F)を充足しない。
(4) 「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)について
ア 特許請求の範囲(請求項1)の記載
請求項1の構成要件Gは「上記所定の閾値を,上記インキキー開度制御手段による濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲よりも大きい値に設定した」である。このように,構成要件Gは,印刷欠陥検出手段(構成要件E)において,「印刷絵柄データ」と「見本絵柄データ」の比較により算出されるラインセンサの画素毎或いは所定画素数のブロック毎に計算される濃度差等との比較に用いられる「所定の閾値」を,インキキー開度制御手段(構成要件F)による「濃度制御において用いる上記の濃度差或いは濃度に相関するパラメータ値の差の範囲」(「濃度制御において用いる濃度差等の範囲」)よりも大きい値に設定したことを規定する。
イ 発明の詳細な説明の記載
(ア) 「濃度制御において用いる濃度差等の範囲」の意義については,構成要件Fにおいて対応する記載がなく,その意義が明確ではない。そこで,本件明細書1の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,本件明細書1の「インキキー開度の変化に伴うインキ供給量の変化が,印刷絵柄2と見本絵柄との濃度差を解消する方向にインキキー7を作動させる」(【0031】),「印刷欠陥検出部410は,画素別濃度比較部409で計算された濃度差を所定の閾値と比較する。ここでは,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のように印刷濃度に異常が生じる欠陥を検出するため,上記の閾値は,インキキー幅別濃度比較部407及びインキキー開度制御部408による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている。…」(【0033】)等の記載がある。
これらの記載によれば,本件発明1において,インキキー開度制御は,インキキーの開度の大小によって通常生じる濃度差の範囲において,印刷絵柄データと見本絵柄データの比較により計算された濃度差等を解消するようインキキー開度を調整するものであると解することができる。
そうすると,「濃度制御において用いる濃度差等の範囲」とは,インキキー開度制御が,同制御により対処可能な程度の一定の濃度差等の範囲でのみ行われるものであることを前提として,インキキー開度制御を行う濃度差等の差分の範囲の上限値を意味するものとして記載されているものと解するのが相当である。
そして,「所定の閾値」とは,印刷欠陥検出手段において,印刷絵柄データと見本絵柄データとの間の濃度差等につき,当該数値を超えた場合に印刷欠陥を検出するものとして設定されるものであり,「濃度差等の範囲」とは,インキキー開度制御を行う濃度差等の差分の範囲の上限値を意味するものと解されるから,「所定の閾値」及び「濃度差等の範囲」は,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段において用いられる「濃度差」又は「濃度に相関するパラメータ値」のデータ形式(濃度,スペクトル値,網点面積率,色座標値等【0025】)に応じて,それぞれ設定されるものと解される。
(イ) 以上を前提に,構成要件Gの意義について検討するに,本件明細書1の【0010】には,構成要件Gが,構成要件E及びFとともに,「ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現する」ために必要な構成であることが記載されている。
本件明細書1には,本件発明1の実施形態として,印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「製版システムから取得した版作成用の画像データ」(製版データ)である形態(【0022】~【0025】,【0030】,【0032】,【0033】)及び「上述の実施形態では,製版システムから版作成用の画像データを見本絵柄データとして取得しているが,所望の印刷品質を備えた見本印刷物(いわゆるOKシート)をラインセンサ50で読み取ることで見本絵柄データを取得することも可能である。」として,印刷欠陥検出手段で用いられる「見本絵柄データ」とインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」が,いずれも「OKシートデータ」である形態(【0038】)が記載されている。そして,これらの実施形態において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段において,印刷絵柄データと見本絵柄データを比較して濃度差等を計算し,これを「所定の閾値」や「濃度差等の範囲」と比較する方法として,①「見本絵柄データ」として「製版データ」を取得した場合は,ラインセンサで読み取った「印刷絵柄データ」がスペクトル値であるので,「印刷絵柄データ」を「見本絵柄データ」と同内容のデータ(例えば濃度)に変換した上で記憶部に記憶する必要があるが(【0025】),②「見本絵柄データ」として「OKシートデータ」を用いる場合は,「見本絵柄データも印刷絵柄データと同じくスペクトル値となるので,実施形態のようにテーブルを用いたデータ変換を行うことなく,両者を直接比較してその差分からインキキー開度を制御したり,印刷欠陥を検出したりすることも可能である。」(【0038】)ことが記載されている。
これに対し,本件明細書1には,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を異なる形式のデータで行う場合については何ら言及がない。
(ウ) ところで,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を同じ形式のデータで行う場合には,控訴人が主張するように,「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」より小さいと,濃度制御が可能な濃度差を印刷欠陥として検出してしまうという不都合が生じ得ることから,【0033】にあるように,「インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のように印刷濃度に異常が生じる欠陥を検出するため,上記の閾値は,インキキー幅別濃度比較部407及びインキキー開度制御部408による濃度制御において通常生じる濃度差の範囲よりも,格段に大きい値に設定されている」必要があることが,本件明細書1の記載から理解できる。
これに対し,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を異なる形式のデータで行う場合には,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とは,ラインセンサで読み取った同じ印刷絵柄データを用いる点で共通するのみで,それぞれ別個の制御を行っているのであるから,従来技術におけるのと同様,「所定の閾値」と「濃度差等の範囲」の大小関係を問題とする必要がないものと解され,構成要件Gの技術的意義を本件明細書1の記載から理解することはできない。本件明細書1には,前記のとおり,印刷欠陥検出手段とインキキー開度制御手段とで,印刷絵柄データと見本絵柄データとの比較を異なる形式のデータで行う場合については何ら言及がないから,このような場合を予定していないと解するほかない。
ウ 「上記所定の閾値を…大きい値に設定した」(構成要件G)の意義
以上によれば,本件発明1において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段の両手段において比較に用いられる「印刷絵柄データ」と「見本絵柄データ」(濃度差又は濃度に相関するパラメータ値)は,同じデータ形式のものであり,したがって,印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」とインキキー開度制御手段における「濃度差等の範囲」も,同じデータ形式によって設定されるものであって,所定の閾値を濃度差等の範囲よりも「大きい値に設定」するとは,前者を後者よりも数字として大きい値に設定することを意味するものと解するのが相当である。
上記解釈は,構成要件Gが,「所定の閾値」が「濃度差等の範囲」よりも大きい「値」に設定したことを規定し,両者の数値自体の大小関係を問題とするものと解されることとも整合する。
また,上記解釈は,前記(3)のとおり,本件発明1において,印刷欠陥検出手段及びインキキー開度制御手段で用いられる「見本絵柄データ」は,「製版データ」又は「OKシートデータ」のいずれかであって,両手段における「見本絵柄データ」として「製版データ」及び「OKシートデータ」を併用する場合は含まれないものと解することとも整合し,本件発明1の構成要件EないしG全体の解釈としても自然なものであるということができる。
エ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,本件発明1は,同じラインセンサ(構成要件A)で読み取った印刷絵柄データを,印刷欠陥検出手段(構成要件E)にも,インキキー開度制御手段(構成要件F)にも活用する構成が従来には存在しなかった新しい構成であって,構成要件Gは,上記新規の構成に伴って,印刷欠陥検出手段で用いる「所定の閾値」とインキキー開度制御手段で制御する「濃度差等の範囲」との大小関係を前者が後者よりも客観的に見て大きな値に設定されているという具体的な構成として記載したものである旨主張する。
(イ) 本件明細書1の【0010】には,構成要件Gが,構成要件E及びFとともに,「ラインセンサが読み取った画像データを印刷欠陥の検出とインキキー開度の調整に有効活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現する」ために必要な構成であることが記載されている。
加えて,控訴人が,本件特許1の出願経過において,特許庁審査官による拒絶理由通知(乙12)を受けて,上記拒絶理由解消のため,平成18年2月6日付け補正書とともに提出した意見書(乙5)には,「…本願発明(請求項1)の印刷物の品質管理装置…によれば,印刷欠陥検出手段410及びインキキー開度制御手段408が印刷絵柄データ記憶部401が記憶した印刷絵柄データと見本絵柄データ記憶部が記憶した見本絵柄データ40とを比較する際に,印刷欠陥検出手段410が用いる所定の閾値を,インキキー開度制御手段408による濃度制御(インキキー開度制御)において用いる差の範囲よりも大きい値に設定するので,本来,専ら印刷物の濃度制御にのみ用いられるラインセンサ50で読み取った情報をインキキー開度の調整に加えて,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のような印刷欠陥の検出にも有効に活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができる(段落0010,0033~0035)。」(3頁8行目~18行目)と記載していることに鑑みれば,構成要件Gに記載された構成は,一つのラインセンサで読み取った印刷絵柄データを印刷欠陥検出とインキキー開度制御の双方に用いることを可能とする具体的構成として記載されているものであることが明らかである。
本件明細書1の記載及び上記意見書の記載によれば,構成要件Gに係る大小関係を有する印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」及びインキキー開度制御手段における「濃度差等の範囲」の設定によって,従来は,独立して別個に行われていた濃度制御と印刷欠陥に係る制御に対して,専ら印刷物の濃度制御にのみ用いられていたラインセンサで読み取った情報をインキキー開度の調整に加えて,インキが付くべきところにインキが付いていない場合や,インキが付きすぎて絵柄が潰れてしまっている場合のような印刷欠陥の検出にも有効に活用することができ,印刷欠陥の検出機能とインキキー開度の調整機能(印刷物の濃度制御機能)とを一つの装置に統合して省スペース化と低コスト化とを実現することができる,という本件発明1の作用効果を奏するものであると理解される。
そうすると,構成要件Gは,控訴人が主張するように,印刷欠陥検出手段で用いる「所定の閾値」がインキキー開度制御手段で制御する「濃度差等の範囲」よりも客観的に見て,すなわち,両手段における制御との関連はないが,それぞれ設定された数値を同じデータ形式に変換して比較した結果,前者が後者よりも大きな値となっていることを規定したにすぎないと解するのは相当でない。
(ウ) また,乙10文献には,印刷胴の後に配置された撮像機(CCD撮像機)が読み取った画像に基づき,印刷紙面の所定範囲内の印刷画線面積ないし濃度を測定した上で,当該所定範囲に対応する原画情報から測定した画線面積ないし濃度を求め,両者を比較判定する印刷検査装置が開示されており(【0032】,【0038】等),この印刷検査装置は,印刷機の立ち上がり時と定常運転時との両者の制御を射程に入れ(【0001】,【0018】等),不良印刷紙の排出とインク量調整の両制御を行うものであることが記載されている(【0042】~【0043】等)。そして,乙10文献の印刷検査装置は,「コラム毎に撮像機による印刷画線の濃度レベルをフィルムスキャナによる画線面積や必要インキ量と比較し,この比較結果が許容指定値範囲内にあれば,印刷濃度が適正であると判断する。また,許容指定値範囲内になければ,印刷濃度が不適正であると判断する。そして,不良印刷紙として排出したり,インキポンプ送出し量や湿し水送出し量を調整する。」ものであることが記載されている(【0048】)。
さらに,乙10文献の「例えば,比較演算の結果がいずれかのコラムで所定の許容値範囲になければ,印刷濃度が不適正であると判断して,アラームを起動すると共に,当該紙面を除去装置でラインから除去したり,当該許容値範囲に入るように中央制御盤においてインキポンプ調整弁18を微調整して,インキポンプ送出し量を適正にする。」(【0071】,【図1】),「ネガフィルム1~nに対してフィルムスキャナー29を適用し,走査結果の測定値…に対し,変換部で係数α1~αnをかけて,比較部28へ送る。」(【0090】),「…新聞紙面のコラム1~nに対し,CCD撮像機20を適用してCCD撮像機20からの信号を信号処理22して比較部28へ送る。比較部28の結果を…表示装置30で表示すると共に,排紙装置6で不良印刷紙を排出する。また,比較部28の差異情報は,インキポンプ及び/または湿し水装置の調整量データとして送出する。」(【0091】,【図13】)等の記載からすると,乙10文献の印刷検査装置は,不良印刷紙の排出を行う制御とインキ量調整の制御の両制御を一体として行うものであることを把握することができる。
これに対し,乙10文献には,不良印刷紙の排出を行う制御とインキ量調整の制御の両制御における閾値の関係についての明示的な記載は見当たらないものの,「印刷紙面の各コラムの印刷濃度が適性範囲内にあっても,印刷紙面全体として,コラム間の濃度ばらつきが許容できない程になる場合がある。このような状態を防止するために,コラム間の濃度ばらつきを小さくするように制御する。」(【0052】),「このために,本発明では,前記比較結果の各々が許容指定範囲内のどこにあるかを比較し,この比較結果のばらつきが同一紙面内で大きいときは,このばらつきを小さくするように,インキ送り量や湿し水量をさらに制御する。」(【0053】)とあるように,印刷画線の濃度レベルが適性範囲内にあっても,インキ送り量や湿し水量を制御する場合があることが記載されているから,乙10文献の印刷検査装置では,不良印刷紙として排出するかを判断するのに用いられる「許容指定値」は,インキ送り量調整に用いられる「濃度ばらつきの差」よりも大きいものとされていることを把握することができる。
乙10文献に記載された「不良印刷紙の排出を行う制御」は,「コラム毎」(「コラム」は,印刷単位となり,例えば,コラム毎にインキポンプが配置される。【0019】等)に撮像機による印刷画線情報と原画情報とを比較するものであり,「インキ量調整の制御」における比較単位と異ならない。これに対し,本件発明1は,「印刷欠陥検出手段」における「印刷絵柄データ」と「見本絵柄データ」の比較単位は「ラインセンサの画素単位或いは所定画素数のブロック単位」とされ(構成要件E),「インキキー開度制御手段」における比較単位が「インキキーの幅単位」とされているのとは異なる。そうすると,乙10文献に記載された「不良印刷紙の排出を行う制御」が,直ちに,本件発明1の「印刷欠陥検出手段」に相当するとはいえない。しかし,乙10文献には,上記のとおり,同じラインセンサで読み取った情報を,不良印刷紙として排出すべき印刷欠陥の検出にも,濃度制御のためのインキ量調整にも活用する構成が開示されていること,しかも,不良印刷紙として排出するかを判断するのに用いられる「許容指定値」は,インキ送り量調整に用いられる「濃度ばらつきの差」よりも大きいものであることも把握可能であることからすれば,控訴人が主張するように,構成要件Gがいわば自明な客観的事実を規定したにすぎないとして,本件発明1の技術的範囲を拡張して解釈することは相当でないというべきである。
(エ) 以上によれば,控訴人の上記主張は理由がない。
オ 被告製品1の充足性について
被告製品1の紙面監視手段(構成e)は,印刷絵柄データのスペクトル値(RGBデータ)とRGB基準データのスペクトル値を,読取センサの画素単位でR,G,Bそれぞれについて比較し,その差分を上記画素毎に計算し,上記差分が不良紙判定用閾値を超える場合には,不良紙と判定するものであるから,不良紙判定用閾値(「所定の閾値」に相当する。)は,スペクトル値として設定されるものであると解される。これに対し,被告製品1の濃度判定手段(構成f)は,CMYK濃度データ(面積率)に変換済みの印刷絵柄データと,CMYK目標濃度データを比較し,C,M,Y,Kそれぞれについて網点面積率の差分を計算し,特定のインキキーの幅に属する上記各領域における差分の平均を,インキ制御用閾値と比較することにより,インキキーの開度制御を行うものであるから,インキ制御用閾値(「濃度差等の範囲」)は,C,M,Y,Kの網点面積率として設定されているものであると解される。
すなわち,被告製品1は,印刷欠陥を検出する紙面監視手段(構成e)とインキキーの開度を調整する濃度判定手段(構成f)とでは,用いる見本となるデータは別のもの(前者はRGB基準データ,後者はCMYK目標濃度データ)であり,両閾値は,あくまで印刷欠陥検出処理とインキキー開度制御という2つの別個の制御に係る閾値であり,関連付けて設定する必要のないものである。そうすると,両者は,わざわざデータを変換した上で両閾値のデータ形式を同一のものとして大小関係を設定する技術的意義はないから,紙面監視手段における不良紙判定用閾値はR,G,Bの各スペクトル値で,濃度判定手段における濃度差等の範囲はC,M,Y,Kの網点面積率で,設定されているものと解される。
したがって,被告製品1は,印刷欠陥検出手段における「所定の閾値」とインキキー開度制御手段における「濃度差等の範囲」が,同じデータ形式によって設定されたものとはいえないから,構成要件Gを充足しない。
(5) 小括
以上のとおり,被告製品1は,構成要件C~F及びGを充足せず,本件発明1の技術的範囲に属しないから,争点(2)及び(3)について判断するまでもなく,本件特許権1の侵害に基づく控訴人の請求は理由がない。
2 争点(4)(被告製品2が本件訂正発明2の技術的範囲に属するか)について
(1) 本件訂正明細書2について
ア 本件訂正明細書2の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
(ア) 産業上の利用分野
【0001】本発明はオフセット輪転機の版胴に関する。
(イ) 従来の技術
【0002】従来のオフセット輪転機の版胴は耐食性,耐摩耗性,汚れ除去性等の観点から,その表面にCrメッキ施工後,研磨加工によりRmax<1.0μmに調整されたもの,又は耐食材を肉盛溶接後研磨加工されたものが用いられていた。
(ウ) 発明が解決しようとする課題
【0003】前述の従来技術には,次のような問題点がある。図4に示すように,従来の版胴1に版2を装着して印刷する場合,印圧Pを負荷して接触・回転する相手ブランケット胴3との間で相互に周長差があると,版胴1に装着された版2に接線力Fが作用することになる。
【0004】このため,この接線力Fによって,版2と版胴1間で,上記周長差に対応した微小すべりを発生し,印刷作業の進行と共に,このすべりが蓄積され,版2と版胴1の相対位置が変化するいわゆる版ずれトラブルが発生する。…
【0005】本発明は,上記の版ずれトラブルを容易に防止できる版胴を提供することを目的とするものである。
(エ) 課題を解決するための手段
【0006】従来,Crメッキあるいは耐食鋼を肉盛溶接後,研磨加工によりRmax<1.0μm程度に仕上げ加工されていた版胴表面粗さを,6.0μm≦Rmax≦100μmに調整する。
(オ) 作用
【0007】版胴の表面粗さを6.0μm≦Rmax≦100μmとすることによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させることができ,これにより版ずれトラブルが防止できる。
(カ) 発明の効果
【0014】本発明は,版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことにより,版胴の表面は耐食性及び耐摩耗性を向上させると共に版ずれトラブルを防止できる。
イ 前記アの記載によれば,本件訂正発明2は,オフセット輪転機の版胴に関する発明であり(【0001】),従来の版胴は表面にCrメッキ施工後,研磨加工によりRmax<1.0μmに調整されたもの又は耐食材を肉盛溶接後研磨加工されたものが用いられていたが(【0002】),従来の版胴に版を装着して印刷する場合,ブランケット胴との間で相互に周長差があると,版胴に装着された版に接線力が作用することになるため,版と版胴との間で,周長差に対応した微小すべりを発生し,印刷作業の進行と共に,このすべりが蓄積され,版と版胴の相対位置が変化する,いわゆる版ずれトラブルが発生するという問題があったことから(【0003】,【0004】),版ずれトラブルを容易に防止できる版胴を提供することを目的とし(【0005】),かかる課題を解決する手段として,表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成した版胴の表面粗さを,6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させることができ,これにより版ずれトラブルを防止するというものである(【0006】,【0007】,【0014】)。
(2) 「版」(構成要件I)の意義について
ア 特許請求の範囲(請求項1)には,「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴」と記載されており,オフセット輪転機版胴に装着される「版」の種類を特定のものに限定する記載はない。
また,本件訂正明細書2の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件訂正発明2のオフセット輪転機版胴に装着される「版」の種類を特定のものに限定する記載はない。
イ 乙6(「新聞印刷ハンドブック改訂版」社団法人日本新聞協会2006年4月発行)によれば,「オフセット輪転機の刷版は,PS版(Pre-Sensitized Plate)と呼ばれる版材を使用する。PS版は,あらかじめ感光性物質を支持体に塗布した印刷板の総称として用いる。そのような意味ではフィルム製版で用いる刷版も,CTPで使用する刷版もともにPS版と定義されるが,区別を明確にするために前者をPS版,後者をCTP版(CTPプレート)と呼ぶことが多い。」(30頁),「CTPは従来のフィルム製版と異なり,上位の組み版システムからの画像データを直接CTP版に描画する製版方式を表す。」(43頁)との記載がある。そうすると,フィルム製版で用いる刷版とCTP版とは,描画する方法(製版方法)が異なるにすぎず,いずれも,あらかじめ感光性物質を支持体に塗布した印刷板(PS版)という点では共通し,版胴に装着しての使用方法も異なるものではないと認められる。
ここで,本件訂正発明2は,前記(1)のとおり,ブランケット胴との間で周長差があると,版胴に装着された版に接線力が作用して,版と版胴との間ですべりを発生し,版ずれトラブルが発生するという問題を解決するため,版胴の表面粗さを調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させるというものであるが,「フィルム製版で用いる刷版」と「CTP版」とは,あらかじめ感光性物質を支持体に塗布した印刷板(PS版)という点では共通し,版胴に装着しての使用方法が異ならないにもかかわらず,版ずれトラブルが発生する原因が異なると認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上によれば,「版」(構成要件I)を,PS版に限定して解釈すべき理由はないというべきであり,PS版のみならずCTP版も構成要件Iにいう「版」に含まれると解される。
なお,本件特許2の出願当時,PS版が一般に用いられており,日本においてはまだCTP版が実用化されていなかったとしても(乙6),前記ア及びイに照らせば,かかる事情は前記認定を左右しないというべきである。
エ 被控訴人の主張について
被控訴人は,乙7や甲11の記載を根拠に,PS版からCTP版への変更に伴い,PS版の時代にはなかった「版ずれ」の問題が新たに浮上したとして,本件訂正発明2は,PS版の版ずれを課題とする発明であって,CTP版の版ずれを課題とするものではないから,構成要件Iの「版」は,PS版を意味するものと限定解釈されるべきである旨主張する。
乙7(特開2008-105227号公報)には,「…これまで,アルミニウムなどの金属を支持体とする平版印刷版では,一般に版伸びまたは版ずれなどによる色ずれは起こらないとされていた。」との記載があるが,これに続けて,「高速輪転機による新聞オフセットカラー印刷においては,…印刷条件によって,版伸びまたは版ずれに起因した色ずれが起こることがしばしば観察されている。従来の白黒印刷においては重ね刷りの必要がなかったため,このような色ずれの問題は生じることはなかった。一方で,高速輪転機による新聞オフセットカラー印刷においては色ずれが生じることが確認されており,…」との記載があり(【0006】),「…このような色ずれの原因の一因として,平版印刷版の版ずれが考えられる。そしてこの版ずれの原因は,単に版がずれたためなのか,版が伸びたためなのか,あるいは,それらの複合効果によるのか,現時点では明確には解明されていない。しかしいずれにしても,高速に回転するブランケットとの摩擦によって,版胴に装着した版そのものが伸びるか,版胴に装着するために折り曲げた版の銜え(くわえ)部分が伸びるかずれるかして,版ずれが生じ,そしてこの版ずれによって色ずれが起こるものと考えられる。」との記載がある(【0007】)。
また,甲11(株式会社日経首都圏印刷社報「しゅとけん」2010年9月号の記事)には,「八潮,千葉両工場(東京機械製輪転機)を悩ませてきた版ズレ問題が,新たに採用したヘアーライン加工により解決へ大きく前進した。」との記載とともに,「版ズレは,CTP版に移行以来の問題で,二年前から頻繁に発生するようになった。」との記載があるが,その解決策として,「版胴表面にヘアーライン加工を施し,版胴表面と刷版裏面との摩擦力を高める方法が東京機械より示された。」と記載されている。
これらの記載からは,CTP版において版ずれが発生する原因やその解決方法が,本件訂正発明2における課題やその解決方法と異なるものであると認めることはできず,むしろ,その記載内容に照らせば,本件訂正発明2における課題やその解決方法と同じであることがうかがわれるというべきである。
したがって,これらの記載を根拠として,本件訂正発明2の技術的範囲はPS版の版ずれの問題に限定されるべきであるとする被控訴人の主張は,理由がない。
(3) 被告製品2の充足性
構成要件Iの「版」には,PS版のみならずCTP版も含まれるから,被告製品2の構成iは,本件訂正発明2の構成要件Iを充足するものと認められる。
(4) 小括
被告製品2(1)ないし(3)が,本件訂正発明2の構成要件J,K’及びLを充足することは,前記第2の2(5)イのとおりであるから,被告製品2(1)ないし(3)は,本件訂正発明2の技術的範囲に属する。
3 争点(5)(本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか)について
(1) 新規性の欠如について
ア 乙28文献の記載
乙28文献には,概略,次のような記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
オフセットシリンダ,インプレッションシリンダ,フォルメシリンダ,ダンピングローラ等の印刷機用のシリンダおよびローラにおいて,金属シリンダもしくはローラの表面は,…酸化クロムCr2O3…等の金属酸化物もしくは該酸化物の混合物,又は約80重量%のニッケルと20重量%のクロムより成るニッケル-クロム合金,ニッケル-クロム-ポラシウム-シリカ合金,又はステンレス鉄より成る厚さ0.05~0.6mmの分離しえない表面層を有し,該表面層と金属シリンダもしくはローラとの間には,…等の合金のうち一つを有する少なくとも一つの中間層を設け,かつ上記シリンダもしくはローラの表面粗さをRa=7~25ミクロンとした印刷機用のシリンダ及びローラ。
(イ) 発明の詳細な説明
本発明は印刷機,特にオフセット印刷用のプリンテングシリンダ,インプレッションシリンダ,フォルメ(forme)シリンダ,およびダンピングローラ等の表面の耐腐食性が極めて高くなければならずかつ印刷工程時使用される化学薬品の影響に強くなければならないシリンダ,ローラ類に関する。(1頁右欄5行~11行)
かかるシリンダやローラの表面は水,印刷染料,および印刷機上で印刷のため使用される種々の化学薬品と接触する。これらの物質は印刷シリンダの表面の好ましくない腐食の原因になる。(1頁右欄12行~15行)
シリンダおよびローラの表面は,シリンダ面が正しい幾何的形状になり,シリンダの位置がその表面と正確に同軸となり,かつ良好な表面性質となるよう,大概はみがかれていて,これにより印刷の質に実質的な影響を与えている。(1頁右欄19行~2頁左上欄4行)
以上述べた耐腐食性とは別に,多色印刷機,又は紙シートの一側に印刷しそれから調整の後紙シートの両側印刷する印刷機のためのインプレッションシリンダの表面には特殊な要請がある。このインプレッションシリンダの表面は紙シート上の印刷された像の表面にまだ乾いていないインク-これは第2の印刷ユニットのインプレッションシリンダに伝達される-を擦り付けにくい性質,およびインプレッションシリンダの表面にインクを蓄積させない性質を具備せねばならない。(2頁左下欄2行~11行)
上記した公知技術の欠点を避けるため,本発明によれば金属シリンダの表面には,…から成る0.05~0.6mmの厚みの分離し得ない層を設けるようにしている。金属シリンダ上のこの分離し得ない表面層は,…からも作り得る。シリンダ上の分離しえない表面層は…から作ることもできる。この表面層と金属シリンダの固有の表面との間には,…から構成した少なくとも一つの中間層を設ける。表面粗さはRa=7~25ミクロンの範囲とする。(3頁左上欄12行~右上欄17行)
本発明による上記の層を具えたシリンダおよびローラの表面は極めて耐食性が高く,印刷技術に使用する化学薬品の影響に強く,それ故シリンダの寿命は延長される。本発明によれば,金属シリコンにより形成される表面は導電性でなくフォルメシリンダの表面と印刷プレート間に通常発生する接触腐食は避けられる。(3頁右上欄18行~左下欄4行)
本発明に係る印刷シリンダの利点によれば,表面層はシリンダの固有の表面を正確にコピーし,その結果シリンダの表面幾何形状は変更されず,それ故シリンダ表面に適合させるための付加的な研摩工程が不用なのである。(3頁左下欄8行~12行)
本発明のように,多色印刷機および紙シートの両面印刷機のためのインプレッションシリンダ用のシリンダの表面層を粗にすると,紙上の乾いていない印刷物のインクが擦りつけられるおそれは減ぜられる利点がある。(3頁左下欄13行~17行)
(ウ) 実施例
〔実施例1〕
表面が研削され,約70重量%の酸化アルミニユームAl2O3と30重量%の酸化チタンTiO2から成り,0.2mmの表面厚さを持つ表面2…を具えた鋳造鉄製のフォルメシリンダを作った。(3頁左下欄19行~右下欄4行)
〔実施例2〕
表面研摩の後,約70重量%のニッケルと30%のアルミニユームとよりなるニッケル-アルミニユーム合金から構成した厚み0.05mmの中間層3,ならびに約87%の酸化アルミニユームAl2O3と13%の酸化チタンより成る厚さ0.2mmの表面層2を具えた鋳造鉄製のフォルメシリンダを作った。(3頁右下欄5行~12行)
〔実施例3〕
紙シート両面の印刷が可能な印刷機のための鋳造鉄製インプレッションシリンダであって,その表面に研摩の後,表面粗さRa=14ミクロンのクロム-ニッケルを含有したステンレス鉄から成る表面層2を具えたインプレッションシリンダを作った。(3頁右下欄13行~19行)
〔実施例4〕
紙シートの両面印刷機用の鋳造鉄製インプレッションシリンダであって,その表面に,研摩後,70重量%のニッケルと30重量%のアルミニユームとよりなるニッケル-アルミニユーム合金より構成した厚さ0.05mmの中間層3を設け,この中間層3は厚み0.15mm表面粗さR(ママ)=14ミクロンの,クロム,ニッケル含有ステンレス鉄から成る表面層2の基部として構成したインプレッションシリンダを作った。(3頁右下欄20行~4頁左上欄9行)
イ 乙28文献に記載された発明
(ア) 前記アの記載によれば,乙28文献には,以下の発明が記載されているものと認められる。
「版を装着して使用するオフセット印刷用のインプレッションシリンダにおいて,前記インプレッションシリンダの表面層をクロム系金属で形成し,該インプレッションシリンダの表面粗さRaを7ミクロン≦Ra≦25ミクロンに調整したオフセット印刷用のインプレッションシリンダ」(以下「乙28発明」という。)
(イ) 被控訴人の主張について
被控訴人は,乙28文献には,「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面粗さRaをRa=7~25ミクロンに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴」が記載されている旨主張する。
前記アの記載によれば,乙28文献には,「オフセットシリンダ,インプレッションシリンダ,フォルメシリンダ,ダンピングローラ等の印刷機用のシリンダおよびローラ」を対象として,耐食性の向上を課題とした発明が記載されているものと認められる。そして,特許請求の範囲には,金属シリンダの表面は,クロム系金属の表面層が設けられ,該表面層と金属シリンダとの間には,ニッケル系金属の中間層が設けられ,「シリンダの表面粗さをRa=7~25ミクロンとした」旨記載されており,「表面粗さをRa=7~25ミクロンとした」との事項が,印刷機用のシリンダのうち特にインプレッションシリンダについての発明特定事項を規定したものであることを示す記載はない。しかし,発明の詳細な説明には,インプレッションシリンダについては,他のシリンダとは異なり,表面は紙シート上の印刷された像の表面にまだ乾いていないインクを擦り付けにくい性質及び表面にインクを蓄積させない性質を具備しなければならないという「特殊な要請」があることが記載され,乙28文献に記載された発明のように「インプレッションシリンダ用のシリンダの表面層を粗にすると,紙上の乾いていない印刷物のインクが擦りつけられるおそれは減ぜられる利点がある」ことが記載されており,実施例3及び4として,表面粗さをRa=14ミクロンとした表面層を具えたインプレッションシリンダの例が記載されている。
これに対し,乙28文献の発明の詳細な説明には,「版胴」(フォルメシリンダ)については,「本発明によれば,金属シリコンにより形成される表面は導電性でなくフォルメシリンダの表面と印刷プレート間に通常発生する接触腐食は避けられる。」と記載されているものの,シリンダの表面層を粗にする要請があることやそれによる利点があることについては何ら記載がなく,実施例1及び2に記載されたフォルメシリンダの例には「表面粗さをRa=7~25ミクロンとした」点は記載されていない。
以上のとおり,特許請求の範囲の記載のみならず,発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,乙28文献において,「表面粗さをRa=7~25ミクロンとした」シリンダとして開示されているのは,インプレッションシリンダであって,版胴(フォルメシリンダ)ではないと認められる。
したがって,乙28文献に,「表面粗さをRa=7~25ミクロンとした」版胴(フォルメシリンダ)が開示されているとは認められないから,被控訴人の上記主張は理由がない。
ウ 本件訂正発明2と乙28発明との対比
(ア) 本件訂正発明2と乙28発明とは,「版を装着して使用するオフセット印刷用のシリンダにおいて,前記シリンダの表面層をクロム系金属で形成し,該シリンダの表面粗さを調整したオフセット印刷用のシリンダ」である点で一致する。
(イ) 本件訂正発明2と乙28発明とは,以下の点において相違する。
a 相違点1
オフセット印刷用のシリンダの対象が,本件訂正発明2では,版胴(フォルメシリンダ)であるのに対し,乙28発明では,インプレッションシリンダである点
b 相違点2
シリンダの表面粗さの調整について,本件訂正発明2では,表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整しているのに対し,乙28発明では,表面粗さRaを7ミクロン≦Ra≦25ミクロンに調整している点
(ウ) 相違点2について
a JIS規格(乙2)には,以下の事項が記載されている。
⒜ 「表面粗さ」とは,対象物の表面からランダムに抜き取った各部分におけるRa(中心線平均粗さ),Rmax(最大高さ)又はRz(十点平均粗さ)のそれぞれの算術平均値を意味する。(1頁)
⒝ Ra(中心線平均粗さ)は,粗さ曲線からその中心線の方向に測定長さlの部分を抜き取り,この抜取り部分の中心線をX軸,縦倍率の方向をY軸とし,粗さ曲線をy=f(x)で表したとき,次の式によって求められる値をマイクロメートル(μm)で表したものをいう。(2頁)
file_3.jpgRa=fy|f (x) |dx⒞ Rmax(最大高さ)は,断面曲線から基準長さだけ抜き取った部分の平均線に平行な2直線で抜取り部分を挟んだとき,この2直線の間隔を断面曲線の縦倍率の方向に測定して,この値をマイクロメートル(μm)で表したものをいう。
最大高さを求める場合の基準長さは,原則として,0.08mm,0.25mm,0.8mm,2.5mm,8mm,25mmの6種類であるが,特に指定する必要がない限り,「0.8μmRmaxを超え6.3μmRmax以下」では基準長さは0.8mm,「6.3μmRmaxを超え25μmRmax以下」では基準長さは2.5mm,「25μmRmaxを超え100μmRmax以下」では基準長さは8mmの区分による。(3~4頁)
⒟ 解説表1では,Ra=12.5は,Rmax=50に相当し,Ra=25は,Rmax=100に相当するとされている。(17頁)
⒠ 解説表1などでは,RaはRmax又はRzの1/4に等しいように記載されているが,この関係が成立するのは,解説図2⒜に示した同じ高さの三角山が並んでいる場合だけで,解説図2⒝のように不規則な凸凹の面に対しては大約にしか成立しない。(14頁)
⒡ 解説表1では,RzはRmaxに等しく,RaはRmax又はRzの1/4に等しいように記載されているが,この関係が成立するのは同じ高さの三角山が並んでいる場合だけで,一般の加工面では大約にしかあてはまらない。これは表面粗さの数値が機械的な量であることから当然のことで,3種類の表示相互間には,恒等的な関係はありえない。したがって,三角記号の数との関係も,すべてを一般的に定めることはできない。ただ,表面粗さをおおざっぱに指定する場合の便宜を考えて,この関係を表記のように一括したものである。もし,より厳密さを要するならば,それがRa,Rmax又はRzのいずれを指定するかを明示しなければならない。(17頁)
b JIS規格(乙2)の上記aの記載によれば,RaとRmaxとの関係は,一義的には定まらず,両者の間に恒等的な関係はないと認められる。
したがって,RmaxとRaとは,表面粗さを示す数値である点では共通するが,それぞれの定義が異なり,また,両者の間に恒等的な関係は成立しないから,それぞれの数値を単に換算・比較して,同一性を論ずることはできないというべきである。
エ 以上によれば,本件訂正発明2と乙28発明とは,相違点1及び相違点2において相違しているから,本件訂正発明2と乙28発明とが同一であると認めることはできない。
したがって,被控訴人の新規性の欠如に係る主張は理由がない。
(2) 進歩性の欠如について
ア 被控訴人は,本件特許2の出願前に表面粗さを2.47~4.02μmとした版胴(版としてPS版を使用)で版ずれトラブルがなかった被控訴人製の版胴(以下「東日印刷版胴」という。)を主引用例として,これに版と版胴のズレが版の裏面と版胴の表面との摩擦係数に影響されるとの知見に基づき版ずれ防止のために版の裏面の表面粗さを20μm以上,好ましくは25~100μmとした乙29文献を組み合わせれば,本件訂正発明2は容易に想到することができたものである旨主張する。
イ 主引用例(東日印刷版胴)について
証拠(乙2,13~17,21~23,26。枝番を含む。)によれば,被控訴人は,昭和63年8月に東日印刷株式会社に被控訴人製の版胴を納入したこと,東日印刷版胴の設計図面(乙15の1)には,表面粗さRmaxを1.5μmに調整することが記載されていること,上記設計図面に基づいて製作され納入された東日印刷版胴は,平成23年1月から2月にかけて測定した結果,その表面粗さRmax=2.47~4.02μmに調整されていたことが認められる。しかし,これらの事実から,版ずれを防止するために版胴の表面粗さRmaxを調整するという技術的思想や版胴の表面粗さRmaxをより大きな値に調整するという技術的思想を読み取ることはできない。
したがって,被控訴人が主張する主引用例(東日印刷版胴)から,版胴の表面粗さRmaxをより粗に(大きな数値に)調整することの動機を見いだすことはできない。
ウ 乙29文献の記載
(ア) 乙29文献には,概略,次のような記載がある。
a 特許請求の範囲
平織物の表裏両面に樹脂層を設けた印刷版用基材において,版胴との接触面となる裏面は平織物を構成する糸の一部が露出され,かつ裏面の表面粗さが20μ以上であることを特徴とする平版印刷版用基材。
b 発明の詳細な説明
この発明は平版印刷版に使用する基材に関する。(1頁左欄14行)
従来,平版印刷(オフセット印刷)は,…上記印刷版用基材として,アルミニウム…などの金属板およびこれら金属板に銅,クロムなどをメッキしたものが使用され,これら金属板は耐久性,印刷性が良好で数万枚の多量の紙の印刷も可能である。(1頁左欄15行~右欄5行)
…軽印刷やビジネス印刷では,特に即応性が要求され,従って製版も自動化の傾向をたどっている。この自動製版システムにおいては,上記金属板を基材とする印刷板は,連続ロールの形で供給できないという大きな欠点があり,また印刷中にインキ汚れや印刷板のずれを生じて印刷不能になる場合があり,さらに金属板は厚み0.1~0.3mm程度の薄板であるために取扱いにくく,作業時の安全性にも問題がある。(1頁右欄9行~17行)
この発明は,平版印刷版用の基材として平織物を使用することによって,印刷機への自動装填を容易にし,かつ版胴に対するフィット性を向上させ,印刷中の見当不良を軽減し,鮮明かつ安定な印刷を可能としたものである。(2頁左上欄12行~16行)
すなわちこの発明は,平織物の表裏両面に樹脂層を設けた印刷版用基材において,版胴との接触面となる裏面は平織物を構成する糸の一部が露出され,かつ裏面の表面粗さが20μm以上であることを特徴とする平版印刷版用基材である。(2頁左上欄17行~右上欄1行)
この発明の一つの特長は,版胴との接触面となる基材裏面の表面粗さが20μ以上,好ましくは25~100μである。なお,上記表面粗さはJIS-B0601によって測定された値である。基材裏面の表面粗さが20μ未満では版胴へのフィット性が低下し,印刷中に基材と版胴との間にズレや歪が発生し,数千枚以上の印刷を均一に行うことができない。(2頁右上欄13行~20行)
この発明の他の特長は平織物を使用することである。平織物以外の組織の織物,たとえば綾織物を使用したときは,版胴へのフィット適性および印刷見当性が悪くなる。(2頁左下欄1行~4行)
この発明による平版印刷版用基材は,従来の金属板やマスタペーパと異なり,平織物と樹脂層との複合シートであり,かつ版胴との接触面となる裏面に適度な凹凸があるため,圧縮弾性が大きくて版胴に対するフィット性が良好であり,圧縮弾性による印圧の作用がはたらいて耐刷性,グリップ適性が,マスタペーパに比べて優れている。また版胴に対するフィット性が良好なために,高速印刷においてズレが発生せず,従って見当性その他の印刷性能は従来の金属板に比べて劣ることはない。(3頁左上欄11行~右上欄1行)
(イ) 前記(ア)のとおり,乙29文献に記載されているのは,版胴に取り付けられる平版印刷版用基材に関する発明であって,版胴に関する発明ではないから,本件訂正発明2とは,表面粗さを規定する対象が異なる。
(ウ) さらに,本件訂正発明2は,前記2(1)イ記載のとおり,版胴とブランケット胴との間の周長差に起因して版胴に装着された版に接線力が作用し,版と版胴との間で版ずれトラブルが発生するという課題に対し,版胴の表面粗さを調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させることにより,版ずれトラブルを防止するというものである。
これに対し,前記(ア)の記載によれば,乙29文献には,平織物の表裏両面に樹脂層を設けた印刷版用基材において,版胴との接触面となる基材裏面の表面粗さが20μm以上,好ましくは25~100μmとすることによって,平織物と樹脂層との複合シートであり,かつ版胴との接触面となる裏面に適度な凹凸があるため,圧縮弾性が大きく,版胴に対するフィット性が良好であり,高速印刷においてズレが発生するのを防止することができることが記載されているものと認められる。ここでの版胴とのズレの発生を防止するための解決原理は,基材として金属ではない平織物と樹脂層との複合シートを用い,かつその裏面に適度な凹凸をつけることによって,圧縮弾性を大きくし,版胴に対するフィット性を高めるというものであって,本件訂正発明2の解決原理である金属製の版胴の表面粗さを調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させるというものとは異なる。
したがって,乙29文献からは,金属製の版胴の表面粗さを調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させ,これにより版ずれトラブルを防止するという技術的思想を読み取ることはできず,乙29文献に,本件訂正発明2に係る版胴の表面粗さRmaxの構成が記載又は示唆されているということはできない。
エ 被控訴人の主張について
被控訴人は,本件訂正発明2は,版ずれトラブルの原因が版と版胴との摩擦係数にあることが乙29文献などで広く知られ,東日印刷版胴が存在した状況において,版胴の表面粗さをRmax≧6.0μmと更に粗くしたにすぎないものであるとして,表面粗さの程度は,設計的事項であって,本件訂正発明2に進歩性が認められるには,Rmaxの数値範囲に臨界的意義が必要である旨主張する。
しかしながら,前記イ及びウのとおり,東日印刷版胴や乙29文献に,版胴の表面粗さRmaxを調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させ,これにより版ずれトラブルを防止するということが開示されていると認めることはできず,他に本件特許2の出願当時上記事項が当業者に周知であったことを認めるに足りる証拠はないから,本件訂正発明2の規定する版胴の表面粗さRmaxの数値範囲が,当業者において適宜定めるべき設計的事項にすぎないとはいえない。
オ 前記イ及びウのとおり,東日印刷版胴(表面粗さを2.47~4.02μmとした版胴)には,版ずれトラブルの防止という課題や版と版胴のズレが版の裏面と版胴の表面との摩擦係数に影響されるとの知見は存せず,また,乙29文献にも,版ずれを防止するために版胴の表面粗さRmaxを調整するという技術的思想は存しないから,東日印刷版胴に,版ずれトラブル防止のために,乙29文献に記載された発明を組み合わせる動機付けがあるとは認められない。
さらに,仮に,当業者において,東日印刷版胴に乙29文献に記載された発明の適用を試みたとしても,前記ウのとおり,乙29文献に記載された発明は平版印刷版用基材の裏面の表面粗さを20μm以上,好ましくは25~100μmに調整する発明にすぎないから,東日印刷版胴において,その版胴の表面粗さRmaxをより粗に(大きな数値に)調整することにはならない。
以上によれば,本件訂正発明2は,東日印刷版胴に乙29文献に記載された発明を組み合わせることによって,容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
したがって,被控訴人の進歩性の欠如に係る主張は理由がない。
(3) 記載要件違反について
ア サポート要件違反について
(ア) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(イ) そこで,特許請求の範囲の記載と本件訂正明細書2の発明の詳細な説明の記載とを対比するに,本件訂正発明2の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2(3)ウ記載のとおりである。
そして,本件訂正明細書2の発明の詳細な説明には,前記2(1)イのとおり,本件訂正発明2は,オフセット輪転機の版胴に関し(【0001】),従来の版胴に版を装着して印刷する場合,ブランケット胴との間で相互に周長差があると,版胴に装着された版に接線力が作用することになるため,版と版胴との間で,周長差に対応した微小すべりを発生し,印刷作業の進行と共に,このすべりが蓄積され,版と版胴の相対位置が変化する,いわゆる版ずれトラブルが発生するという問題があったことから(【0003】,【0004】),版ずれトラブルを容易に防止できる版胴を提供することを目的とし(【0005】),かかる課題を解決する手段として,表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成した版胴の表面粗さを,6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させることができ,これにより版ずれトラブルを防止することができることが記載されている(【0006】,【0007】,【0014】)。また,本件訂正明細書2には,実施例として,版胴の表面粗さRmaxと約20万部印刷後の版ずれ量の関係の実験例が図2のグラフに示されており(【0009】,【図2】),図2から,「Rmaxが大きい程,版ずれ防止効果も優れていることが容易に推測されるが,Rmax>100μmでは,版胴の寸法精度や汚れ除去特性に問題が生じることが考えられるので,Rmaxの上限値をRmax≦100μmとする。」として,数値範囲の上限値を100μmとする理由が示されるとともに,「Rmax<1.0μmでは従来版胴に比べて版ずれ防止効果が小さいので,その下限をRmax≧1.0μmとする。」として,数値範囲の下限値を1.0μmとする理由が示されている(【0009】,【0010】)。さらに,表面粗度Rmax≒6.0μmとした版胴を用いて,版ずれ量を調査する実験を行い,同寸法・形状の従来版胴を用いた場合の版ずれ量との比較をした結果(それぞれ版4枚ずつの実験を行い,4枚分のデータを得ている。)が,図3のグラフに示されており,「各版で版ずれ量にばらつきがあるが,従来品では版ずれが発生しており,本発明版胴では4枚とも版ずれが発生していないという結果がでている。」として(【0011】,【0012】,【図3】),「図3から,本発明版胴の版ずれ防止効果が極めて優れていることが分かる。」と記載されている(【0013】)。
以上のように,本件訂正明細書2の発明の詳細な説明には,版胴の表面粗さRmaxを1.0μm以上とした場合,表面粗さが大きくなるほど,版ずれの量が小さくなるが,Rmaxが100μmを超えると版胴の寸法精度や汚れ除去特性に問題が生じること,逆にRmaxが1.0μmより小さいと版ずれ防止効果が小さいことが記載されており,また,表面粗さが1.0μmより大きくなるほど版ずれの量が小さくなるので,Rmaxが6.0μmの場合は,これが1.0μmの場合よりも版ずれ量が小さくなり,版ずれ防止効果が高いことも,当業者であれば理解できる事項である。
(ウ) 以上によれば,本件訂正明細書2には,版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することにより,版ずれトラブルを防止するという課題が解決されることが記載されているから,本件訂正発明2の特許請求の範囲は,本件訂正明細書2の記載により,当業者が本件訂正発明2の上記課題を解決できると認識できる範囲のものということができ,サポート要件を充足するというべきである。
したがって,被控訴人のサポート要件違反に係る主張は理由がない。
イ 実施可能要件違反について
(ア) 本件訂正明細書2には,前記ア(イ)のとおり,本件訂正発明2は,表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成した版胴の表面粗さを,6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させ,これにより版ずれトラブルを防止するものであることが記載されているから,当業者は,本件訂正発明2が,版胴表面のうち,版を装着する部分のRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmの範囲に調整することで,上記作用効果を奏するものであることを容易に理解することができる。
そして,JIS規格(乙2)には,表面粗さは,対象物の表面から「ランダム」に抜き取った各部分におけるRa,Rmax又はRzのそれぞれの算術平均値をいい,このうちRmax(最大高さ)は,断面曲線から基準長さだけ抜き取った部分の平均線に平行な2直線で抜取り部分を挟んだとき,この2直線の間隔を断面曲線の縦倍率の方向に測定して,この値をマイクロメートル(μm)で表したものを指すこと,最大高さを求めるとき,被測定面が曲面の場合には,切り口に現れるはずの曲線に沿って最大高さを求めることや最大高さを求める場合,きずとみなされるような並はずれて高い山や深い谷のない部分から,基準長さだけ抜き取ること,基準長さについても,表面粗さの表示や指示を行う場合,その都度これを指定するのは不便であるので,特に指定する必要がない限りは,基準長さの標準値(「0.8μmRmaxを超え6.3μmRmax以下」では基準長さは0.8mm,「6.3μmRmaxを超え25μmRmax以下」では基準長さは2.5mm,「25μmRmaxを超え100μmRmax以下」では基準長さは8mm)を用いるものとすること等,Rmaxの定義やその求め方の規格が示されている。そうすると,当業者であれば,JIS規格に示された測定方法等に従い,版胴の版を装着する部分のうち任意に抜き取った各部分のRmaxを測定し,この算術平均値が,版胴全体として,6.0μm≦Rmax≦100μmとなるように調整することは十分に可能であると認められる。
したがって,当業者であれば,本件訂正明細書2の記載及び本件特許2の出願日当時の技術常識に基づいて,本件訂正発明2を実施することが可能であったというべきである。
(イ) 被控訴人の主張について
被控訴人は,版胴の版を装着する部分といっても広範であり,基準長さである8mmの取り方は無限に存在し,また,本件特許2の出願当時の研削加工精度の問題から版胴の表面粗さを均一にすることは困難であり,同じ版胴でも測定箇所によりばらつきがみられることから,版胴のどの部分をどのように測定するのか測定方法の記載がなければ,当業者において本件訂正発明2を実施することが可能であるとはいえない旨主張する。
しかし,JIS規格には,前記(ア)のとおり,表面粗さRmaxの定義やその求め方の規格が示されており,しかも,本件訂正発明2の表面粗さRmaxの数値範囲は6.0μm≦Rmax≦100μmと幅をもったものであるから,版を装着する部分の範囲が広範であるからといって,当業者において,JIS規格に基づいて表面粗さRmaxを調整することが可能でないとはいえない。
また,JIS規格は,対象物の表面粗さにある程度のばらつきがあることを予定しているものと認められるから(乙2の13頁「5.3 基準長さ」),測定箇所によりRmaxの数値にばらつきがみられるとしても,当業者において,JIS規格に基づいて表面粗さRmaxを本件訂正発明2の数値範囲内に調整することが可能でないとはいえない。
(ウ) したがって,被控訴人の実施可能要件違反に係る主張は理由がない。
(4) 小括
以上によれば,本件訂正発明2が特許無効審判により無効にされるべきものであるとは認められない。
4 争点(6)(本件特許権2の侵害に基づく損害額)について
(1) 譲渡数量及び譲渡された版胴の種別について
ア 証拠(甲22,24,乙33,44の2,55の2)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,①被告製品2(1)につき,合計48個を譲渡したこと,②被告製品2(2)につき,合計48個を加工したこと,③被告製品2(3)につき,合計48個を加工したことが認められる。
オフセット輪転機には,「4×1」(4頁幅×1頁周長)機及び「4×2」(4頁幅×2頁周長)機があり,版胴のタイプには「一本胴」と「シェル胴」があるところ,被告製品2(1)の内訳は,「4×1」機向け「一本胴」48個であり,被告製品2(2)の内訳は,「4×2」機向け「一本胴」12個,「4×2」機向け「シェル胴」36個であり,被告製品2(3)の内訳は,「4×2」機向け「一本胴」12個,「4×2」機向け「シェル胴」36個である。
イ 控訴人は,上記譲渡数量に加えて,被告輪転機2(1)ないし(3)につき,故障等に備えるための交換用版胴として,輪転機1セット当たり2個,合計12個を譲渡した旨主張するが,かかる事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 被告製品2⑵及び⑶(「4×2」機向け「一本胴」24個,「4×2」機向け「シェル胴」72個)の加工による損害額について
ア 被告製品2(2)及び(3)についての特許法102条1項の適用の可否
(ア) 被告製品2(2)及び(3)に係る被控訴人の行為は,前記第2の2(5)イのとおり,顧客先の輪転機に既存の版胴に対するヘアライン加工を受注し,同工事を施工したというものであるところ,控訴人は,被告製品2(2)及び(3)が既存版胴に対する加工というより安価な侵害態様であっても,特許権者の製品の販売機会が喪失する以上,特許法102条1項が適用されるとして,被告製品2(2)及び(3)を譲渡数量に含めた損害額の算定を主張するのに対し,被控訴人は,被告製品2(2)及び(3)については,「譲渡」ではなく,「生産」の実施行為があっただけであるから,これらについて同項の適用はない旨主張する。
(イ) 製品について加工や部材の交換をする行為であっても,当該製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して,その行為によって特許製品を新たに作り出すものと認められるときは,特許製品の「生産」(特許法2条3項1号)として,侵害行為に当たると解するのが相当である。
本件訂正発明2は,前記2(1)イのとおり,オフセット輪転機の版胴に関する発明であり,版胴の表面粗さを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させ,これにより版ずれトラブルを防止するというものである。
そして,被控訴人が,被告製品2(2)及び(3)に対して施工した版胴表面のヘアライン加工は,金属(版胴)の表面を一定方向に研磨することで連続的な髪の毛のように細かい線の傷をつける加工であり(乙79),表面粗さRmaxが加工前は6.0μmよりも小さい値であったのを,加工後は約10μmに調整するものであるから,上記加工は,版胴の表面粗さを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整した本件訂正発明2に係る版胴を新たに作り出す行為であると認められる(弁論の全趣旨)。
したがって,被控訴人の被告製品2(2)及び(3)に係る行為は,特許法2条3項1号の「生産」に当たるというべきである。
(ウ) また,被控訴人は,顧客から被告製品2(2)及び(3)に対するヘアライン加工を有償で受注し,上記のとおり,ヘアライン加工の施工により本件訂正発明2の版胴を新たに作り出し,これを顧客に納入していること(乙72~77。枝番を含む。)により,控訴人の販売機会を喪失させたことになるから,被告製品2(2)及び(3)についても,特許法102条1項を適用することができるというべきである。
(エ) 被控訴人の主張について
被控訴人は,版胴に追加工する場合の顧客の負担と版胴を控訴人製品に交換する場合の顧客の負担に鑑みれば,被控訴人製の輪転機の顧客が,本件訂正発明2を実施した版胴を得たいがためだけに,既存の版胴を廃棄し,控訴人製品をあえて購入した現実的可能性はない旨主張する。
しかし,版ずれトラブルに直面した被控訴人製の輪転機ユーザーにおいて,版ずれトラブルを回避するために,控訴人に対して,輪転機や版胴の組立図面を提供し,現地調査を依頼するなどし,これによって,控訴人において,当該輪転機用に調整された版胴を作製するために必要な情報を得て,被控訴人製の輪転機に用いる版胴を作製することがおよそできないものと認めることはできない。
また,証拠(甲11,23,26)及び弁論の全趣旨によれば,①版ずれトラブルが生じると,輪転機ユーザーは輪転機を停止し,版交換を行わなければならず,印刷工程の遅れにつながるため,厳しい納期の下で新聞印刷を行う印刷会社にとって,版ずれトラブルは正に「頭の痛い問題」であること,②版ずれトラブルが生じた場合には,版の再製作が必要となり,その都度新しい版代(1枚1000円程度)がかかるほか,版交換のために輪転機を停止し,再開することに伴う損紙のコスト,残業代等の人件費,工場から販売店への輸送の遅れを回避するためのチャーター便の費用等がかかることがあり,経費削減の面からも,版ずれトラブルは輪転機ユーザーが避けなければならない問題であること,③版ずれトラブルは,輪転機の稼働年数とともに発生件数が増加し,多いときには月に40件以上も発生する例もあること,④他の手段を試みても解決しなかった版ずれトラブルを解決する手段として,本件訂正発明2(版胴表面粗さRmaxを調整)は,有効であることが認められる。上記のとおり,輪転機ユーザーにとって版胴トラブルを解決することが重要であること,本件訂正発明2が版胴トラブルの解決に有効な手段であることに照らせば,版ずれトラブルに直面した被控訴人製の輪転機ユーザーにおいて,版ずれトラブルを回避するために,控訴人製品を購入した可能性がないとまでいうことはできない。そして,被控訴人主張の上記事情については,特許法102条1項ただし書において考慮すべきものである。
イ 特許法102条1項に基づく損害額について
(ア) 特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,同項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定し,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,従前オールオアナッシング的な認定にならざるを得なかったことから,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。また,「単位数量当たりの利益額」は,特許権者等の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が立証責任を負い,かかる事情の存在が立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものであるが,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし,例えば,市場における競合品の存在,侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴),市場の非同一性(価格,販売形態)などの事情がこれに該当するというべきである。
(イ) 「侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額」について
a 控訴人は,控訴人製品の限界利益について,以下の取引事例3例を挙げるが,その立証としては,わずかに後掲各証拠しか提出しない(なお,受注に至らない段階の見積書にすぎない甲47は除く。)。後掲各証拠は,取引ごとに見積書,契約金額算出書類等の体裁や費目の計上の仕方等が異なる上に,いずれも大半が黒塗りであって,費目の詳細が明らかでないものがあるところ,各証拠の記載に弁論の全趣旨を総合して認められる事実は,以下のとおりである。
⒜ 取引事例1
ⅰ 取引の内容
控訴人は,●●●●●●●頃,本件訂正発明2の実施品であるオフセット輪転機版胴(「●●●」機向け「シェル胴」)●個及びブランケット胴の新製交換工事の発注を受け,これを契約金額●●●●●円(税抜価格)で受注した(以下「取引事例1」という。甲45の2,45の4~7)。
ⅱ 控訴人製品の売上額
取引事例1の上記契約金額は,「工事費」と「部品費」とから成り,部品費には,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●が含まれる(甲45の1)。
そして,契約金額全体に占める部品費の割合は,全体の約●●●●%(●●●●●●●●●円/●●●●●●●●●円。小数点第2位以下四捨五入。以下同じ。)であり,部品費全体に対する上記②の版胴の部品費の比率は●●●●%(●●●●●●●●円/●●●●●●●●●円)と認められる(甲45の1)。
したがって,取引事例1における控訴人製品(版胴)の売上額は,契約金額のうち部品費に相当する額に,部品費全体に占める上記②の版胴部分の割合を乗じた額である●●●●●●●●●円(●●●●●円×●●●●%×●●●●%)に相当するものとして,算定することとする。
ⅲ 経費
取引事例1における版胴の製造原価は,●●●●●●●●円である(甲45の1)。それ以外に控除すべき変動経費についての立証はないが,取引事例1について,控訴人内部の契約金額算出書類(甲45の3)に計上された「製造原価」の額は●●●●●●●●●円であり,見積書(甲45の1)における部品費の額である●●●●●●●●●円におおむね一致することからすると,控訴人内部の契約金額算出書類(甲45の3)において,製造原価以外の経費として計上された費目は,見積書(甲45の1)においては,「工事費」に含め計上されているものと推認される。
ⅳ 限界利益額
取引事例1における控訴人製品(「4×2」機向け「シェル胴」)1個当たりの限界利益額は,上記ⅱの控訴人製品の売上額である●●●●●●●●●円から,上記ⅲの製造原価として●●●●●●●●円を控除した,●●●●●●●●円をもって相当と認める。
⒝ 取引事例2
ⅰ 取引の内容
控訴人は,●●●●●●●頃,本件訂正発明2の実施品であるオフセット輪転機版胴(「●●●」機向け「一本胴」)●個の発注を受け,これを契約金額●●●●円(税抜価格)で受注した(以下「取引事例2」という。甲37の1~3,甲39,甲40の1~3)。
ⅱ 控訴人製品の売上額
取引事例2の上記契約金額は,顧客先版胴の●●●●●●●●●,●●●●●●●●●●)と●●●●●●●●及び●●●●●●を取り付ける工事全体の契約金額である(甲40の3)。
取引事例2の契約金額全体に占める控訴人製品の割合は,取引事例2に係る証拠からは明らかではないが,取引事例1における契約金額全体に占める部品費の割合と同等として,取引事例2の契約金額●●●●円に占める控訴人製品の売上額に相当する額を推定すると,●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●%)となる。
ⅲ 経費
取引事例2に関する控訴人内部の契約金額算出書類(甲25の2)には,「製造原価」として,●●●●●●●●円が計上されている。この製造原価に含まれる費目の詳細は,取引事例2に係る証拠からは明らかではないが,費目の計上の仕方などその体裁からすると,このうちには,「工事費」に係る原価も含まれていることが窺われる。したがって,製造原価全体に占める控訴人製品に係る製造原価の割合を上記と同等として,製造原価の額を推定すると,●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×●●●●%)となる。
また,控訴人は,変動経費として,「一般管理費」として計上された●●●●●●●●円(甲25の2)のうち,大半が人件費によって占められるとする●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●円(甲25の2)を控除し,その残額に,控訴人における「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」(甲41)の一般管理費中の変動費の割合である●●●●%を乗じた額を控除することを自認しており,この額は●●●●●●●円である。
ⅳ 限界利益額
したがって,取引事例2における控訴人製品の限界利益額は,上記ⅱの売上額●●●●●●●●円から上記ⅲの製造原価額●●●●●●●●円及び変動経費額●●●●●●●円を控除した●●●●●●●●円をもって相当と認める。
⒞ 取引事例3
ⅰ 取引の内容
控訴人は,平成25年3月頃,本件訂正発明2の実施品であるオフセット輪転機版胴(「●●●」機向け「シェル胴」)●個の新製交換工事の発注を受け,これを契約金額●●●●●円(税抜価格)で受注した(以下「取引事例3」という。甲46の2,46の4~7)。
ⅱ 控訴人製品の売上額
取引事例3の上記契約金額は,「●●●●●●●●●●●●●●」から成る。契約金額全体に占める「●●●●●●」の割合は,●●●●%(●●●●●●●●●円/●●●●●●●●●円。甲46の1)であるから,控訴人製品の売上額は,●●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●●%)と推定される。
ⅲ 経費
取引事例3に関する控訴人内部の契約金額算出書類(甲46の3)には,「●●●●●●●●●●●●●●●●●円が計上されている。この製造原価に含まれる費目の詳細は,取引事例3に係る証拠からは明らかではないが,費目の計上の仕方などその体裁からすると,このうちには,「●●●●」に係る原価も含まれていることが窺われる。したがって,製造原価全体に占める控訴人製品に係る製造原価の割合を,契約金額全体に占める控訴人製品の割合と同等として,製造原価の額を推定することとする。控訴人によれば,取引事例3の製造原価は,「●●●●」として計上された●●●●●●●●円から,大半が人件費によって占められるとする「●●●●●●●●●●●●●●●●●●円」を控除した●●●●●●●●円(甲46の3)であるから,この額に上記割合を乗じると,●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×●●●●%)と推定される。
また,控訴人は,変動経費として,「一般管理費」として計上された●●●●●●●●円(甲46の3)に,控訴人における「●●●●●●●●●●●●●●」(甲46の8)における変動費の割合である●●●●%を乗じた額を控除することを自認しており,この額は●●●●●●●円である。
ⅳ 限界利益額
したがって,取引事例3における控訴人製品の限界利益額は,上記ⅱの売上額●●●●●●●●●円から上記ⅲの製造原価額●●●●●●●●円及び変動経費額●●●●●●●円を控除した●●●●●●●●円をもって相当と認める。
b 前記aの取引事例1ないし3に係る控訴人製品は,いずれも被告製品2(2)及び(3)と市場において競合関係に立つ製品であるから,特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」に当たる(甲37の1~3,45の4~7,46の4~7)。
c そして,控訴人製品の販売による1個当たりの限界利益額は,以下のとおり認めることができる。
⒜ 「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額
「4×2」機向け「一本胴」の取引例は,取引事例2のみしか立証されていないところ,その販売による限界利益額は,●●●●●●●●円として算定することとする。
⒝ 「4×2」機向け「シェル胴」の限界利益額
「4×2」機向け「シェル胴」についての取引例としては,取引事例1及び3があるところ,取引事例1における限界利益額は,●●●●●●●●円と算定されるのに対し,取引事例3における限界利益額は,●●●●●●●●円と約2倍となっている。両取引事例において,限界利益額に大きな差が生じた事情について,控訴人は何ら説明しないこと,取引事例3が本件特許権2の存続期間中のものではないこと等を考慮して,「4×2」機向け「シェル胴」の販売による限界利益額は,少なくとも●●●●●●●●円であるとして算定することとする。
(ウ) 実施能力について
a 特許法102条1項は,前記(ア)のとおり,譲渡数量に特許権者等の製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定するものであるが,特許権者等の実施能力は,侵害行為の行われた期間に現実に存在していなくても,侵害行為の行われた期間又はこれに近接する時期において,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して供給し得る潜在的能力が認められれば足りると解すべきである。
b 控訴人の実施能力
証拠(甲23,48,49,52)及び弁論の全趣旨によれば,①控訴人は,●●●●●●●●●●●●の期間において,年間平均で約●●●個の控訴人製品を製造しており,最大で●●●個の製造実績があること,②控訴人の生産設備の稼働能力に照らせば,上記の期間において,実際に受注製造した個数に加え,少なくとも144個の控訴人製品を製造することが可能であったことが認められる。
以上の事実に照らせば,本件侵害行為の当時,控訴人には,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して控訴人製品を供給し得る能力があったものと認められる。
(エ) 譲渡数量に単位数量当たりの利益を乗じた額
譲渡数量に単位数量当たりの利益を乗じた額は,以下の計算式のとおり,合計●●●●●●●●●●●円となる。
a 被告製品2(2)
「4×2」機向け「一本胴」:●●●●●●●●円×12個=●●●●●●●●●円
「4×2」機向け「シェル胴」:●●●●●●●●円×36個=●●●●●●●●●円
小計 ●●●●●●●●●●●円
b 被告製品2(3)
「4×2」機向け「一本胴」:●●●●●●●●円×12個=●●●●●●●●●円
「4×2」機向け「シェル胴」:●●●●●●●●円×36個=●●●●●●●●●円
小計 ●●●●●●●●●●●円
c 合計 ●●●●●●●●●●●円
(オ) 「販売することができないとする事情」の有無
a 被控訴人は,「販売することができないとする事情」として,①控訴人製品は被控訴人製の輪転機に用いる版胴との代替可能性がないこと,②版胴単体での取引が想定されないこと(他社製の輪転機向けの版胴単体での取引が想定されないこと,控訴人製の版胴と被控訴人製の版胴との間には機械的互換性がないこと,顧客の負担額に鑑みれば,控訴人製品をあえて購入した現実的可能性がないこと),③競合メーカーが存在すること,④本件訂正発明2は版胴需要喚起への寄与がないか又は著しく低いこと等を主張する。
b 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⒜ 市場における競合品の存在
本件訂正発明2(版胴表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整すること)は,版ずれトラブルを解決する手段として有効である(甲11,23,26,乙79)。
他方,証拠(乙2,13~17,19,21~23,26。枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,昭和63年8月に東日印刷株式会社に被控訴人製の版胴を納入したこと,東日印刷版胴の設計図面(乙15の1)には,表面粗さRmaxを1.5μmに調整することが記載されていること,上記設計図面に基づいて製作され納入された東日印刷版胴は,平成23年1月から2月にかけて測定した結果,その表面粗さRmax=2.47~4.02μmに調整されていたことが認められる。
以上のとおり,本件特許2の出願前に被控訴人が製造し東日印刷株式会社に納入した東日印刷版胴は,表面粗さRmaxが1.5μmに調整されるように設計され,平成23年の測定では2.47~4.02μmに調整されていたところ,本件訂正明細書2の記載に照らすと,本件訂正前の特許請求の範囲に係る「1.0μm≦Rmax<6.0μm」の数値範囲内に版胴表面粗さRmaxを調整することによっても,版ずれトラブルを解決するのに一定の効果があることが認められる(甲7,8,17)。
⒝ 侵害者の営業努力等
ⅰ 被控訴人が被告製品2(2)及び(3)を加工した時期が含まれる●●●●●●●から●●●●●●●の期間に新規稼働した輪転機のシェアは,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●となっており,輪転機市場においては,控訴人と被控訴人の二社寡占状態であった(甲36,弁論の全趣旨)。
ⅱ 株式会社高速オフセットは,控訴人,被控訴人を含めた輪転機メーカー4社の中から購入する輪転機の選定を進めた結果,「シングル版胴で5年間の海外実績があり,当社の要望に対する技術陣の真摯な対応に期待が持てた」として,被控訴人の版胴が登載された被控訴人製の輪転機を選定したものである(乙70)。
⒞ 侵害品の特徴等
版胴は,輪転機の印刷部を構成する多数の部品の一つであり,控訴人製の輪転機には控訴人製の版胴を,被控訴人製の輪転機には被控訴人製の版胴を,用いるのが通常である。
他方,被控訴人製の輪転機の構成部品である版胴として控訴人製品を導入することは,技術的に不可能であるとまではいえないにせよ,版胴には高い機械精度が求められるところ,控訴人は,各部の寸法や製造条件等が記載された加工図面を入手することはできないから,被告輪転機2(2)及び(3)に導入する控訴人製品を作製するのは容易ではない。そして,これを製造,販売しようとすれば,顧客先において実測等の調査を行い,各部の寸法や製造条件等を検討し,版胴の設計を経て,これを生産するという過程を要することから,実際に版胴を製造し,これを顧客に引き渡すまでには長期間を要する(乙66,弁論の全趣旨)。しかるに,被控訴人が被告製品2(2)について工事の発注を受けたのは平成22年9月頃,被告製品2(3)についての工事の発注を受けたのは同年10月頃であり,本件特許2の存続期間は平成23年3月26日までであった。
⒟ 市場の非同一性
被控訴人が被告製品2(2)及び(3)に対してヘアライン加工を施したことによる顧客の負担額は,被告製品2(2)及び(3)について●●●●円合計●●●●円であった(乙74,77)。
これに対し,被告輪転機2(2)及び(3)に,控訴人製品を導入する場合には,加工費用とは比較にならないほど高額の費用を要することになる(取引事例2及び3を参照しても,1個●●●●円から●●●●●円の契約金額で,輪転機2セット分48個の版胴となると,顧客の負担額は●●円前後となる。)。
c 被告製品2(2)及び(3)に係る譲渡数量の控除
控訴人において,輪転機の販売を伴わない版胴取引を行った例があること(取引事例1~3)に加え,証拠(甲32の1・2,甲33~35)及び弁論の全趣旨によれば,他社においても,インターネットホームページに,版胴単体の取引の申込みを行っている例があり,また,被控訴人においても,被告輪転機2(2)及び(3)の増設工事に伴い,輪転機の販売を伴わない版胴取引を行っていることが認められることからすれば,輪転機の販売を伴わない版胴単体での取引がおよそ想定されないものであるとは認められない。
しかし,前記bに認定したとおり,①本件訂正発明2のほかに,版ずれトラブルを解決するのに一定の効果がある手段(版胴表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax<6.0μmに調整すること)が存したこと,②被控訴人は,被告製品2(2)及び(3)の加工当時,控訴人に次ぐシェアを有する輪転機メーカーであり,顧客から,技術力や営業力を評価されていたこと,③版胴は,輪転機の印刷部を構成する多数の部品の一つであり,被告輪転機2(2)及び(3)にあえて控訴人製品を導入することについては時間と費用がかかるところ,被控訴人が被告製品2(2)について工事の発注を受けたのは平成22年9月頃,被告製品2(3)についての工事の発注を受けたのは同年10月頃であり,本件特許2の存続期間は平成23年3月26日までであるにもかかわらず,控訴人が,被告輪転機2(2)及び(3)に導入する控訴人製品を製造,販売しようとすれば,実際に版胴を製造し,これを顧客に引き渡すまでには長期間を要すること,④被控訴人が被告製品2(2)及び(3)に対してヘアライン加工を施したことによる顧客の負担額は,合計で●●●●円にすぎないのに対し,被告輪転機2(2)及び(3)に,控訴人製品を導入する場合には,●●円前後の高額の費用を要することが認められる。
これらの事実を総合考慮すれば,被告製品2(2)及び(3)について,その譲渡数量の4分の3に相当する数量については,控訴人が販売することができない事情があるというべきである。
(カ) したがって,特許法102条1項に基づく損害額は,前記(エ)の合計●●●●●●●●●●●円から●●●●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●●円×●●●)を控除した額である●●●●●●●●●円と認められる。
ウ 特許法102条2項に基づく損害額の算定について
(ア) 控訴人は,特許法102条2項に基づく損害額として,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引し,利益率は売上額の30%であるとして,被告製品2(2)及び(3)について,被控訴人の得た利益額は3億1200万円である旨主張する。
しかし,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引したことを認めるに足りる証拠はない。
(イ) 他方,被控訴人が,被告製品2(2)及び(3)について,ヘアライン加工を施すことにより得た利益は●●●●●●円であると認められる(乙74,77)。
なお,控訴人は,被控訴人が主張する加工賃が低廉であるとして,被控訴人による被告製品2(2)及び(3)に対する加工は,クレーム対応として行ったものと考えられるから,被控訴人の主張する加工賃を基に被控訴人の利益額を算定することは妥当ではない旨主張するが,被控訴人における上記加工が,クレーム対応としてのものであることを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) したがって,被告製品2(2)及び(3)について,被控訴人の主張する推定覆滅事由や寄与率について判断するまでもなく,特許法102条2項に基づく損害額が前記イの損害額を上回ることはない。
エ 特許法102条3項に基づく損害額の算定について
(ア) 控訴人は,特許法102条3項に基づく損害額として,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引したところ,実施料率は被控訴人の売上高の12%を下回ることはないとして,被告製品(2)及び(3)について,1億2480万円を主張する。
しかし,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引したことを認めるに足りる証拠はない。
(イ) 被控訴人は,過去に,被告輪転機2(2)及び(3)とともに版胴を販売した際の販売価格は,「4×2」機向け「一本胴」1個当たり●●●●●●●●円,「4×2」機向け「シェル胴」1個当たり●●●●●●●●円である旨主張するところ,これを前提に,仮に,控訴人の主張する実施料率を用いて,特許法102条3項に基づく損害額を算定したとしても,その額は,●●●●●●●●●円((●●●●●●●●円×●●個+●●●●●●●●円×●●個)×0.12。円未満切捨て。以下同じ。)に止まるから,前記イの損害額を上回ることはない。
オ 以上によれば,被告製品2(2)及び(3)についての控訴人の損害額は,特許法102条1項に基づき算定された●●●●●●●●●円である。
(3) 被告製品2(1)(「4×1」機向け「一本胴」48個)の製造,譲渡による損害額について
ア 特許法102条1項に基づく損害額について
(ア) 譲渡数量
被控訴人が,被告製品2(1)について譲渡した版胴は,前記(1)のとおり,「4×1」機向け「一本胴」を48個である。
(イ) 「4×1」機向け「一本胴」の単位数量当たりの利益額について
a 取引事例1ないし3は,いずれも「4×1」機向け「一本胴」に関するものではないところ,控訴人は,「4×1」機向け「一本胴」単体での取引事例がないとして,これについての単位数量当たりの利益額は,控訴人の「4×2」機向け「一本胴」における限界利益額に,被控訴人における「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額の「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額に対する比率を乗じて,算定すべきである旨主張する。
b 「4×1」機向け「一本胴」は,4頁幅×1頁周長の版胴であるのに対し,「4×2」機向け「一本胴」は,4頁幅×2頁周長の版胴であるから,「4×1」機向け「一本胴」の製造に必要な鋼材量は,「4×2」機向け「一本胴」の約4分の1程度となるが,「4×1」機向け「一本胴」は,「4×2」機向け「一本胴」に比べて,表面加工や部品の組込み等に高度な加工技術が必要となり,加工費用も高額となるから,体積(鋼材量)や表面積の比率がそのまま,「4×1」機向け「一本胴」と「4×2」機向け「一本胴」の価格比となるものではない。また,「シェル胴」は二重構造であることから,単体構造の「一本胴」に比べて,その価格は高額となる(弁論の全趣旨)。
したがって,「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額に体積(鋼材量)や表面積の比率を乗じた額を「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額と推認し,あるいは,「4×2」機向け「シェル胴」の限界利益額から「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額を推認するのは合理的であるとはいえない。
他方,「4×1」機向け「一本胴」と「4×2」機向け「一本胴」とは,大きさが異なるもののその構造を同じくするものであること,被控訴人が控訴人に次ぐシェアを有する輪転機メーカーであることに照らせば,控訴人における「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額の「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額に対する比率と,被控訴人における「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額の「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額に対する比率に,大きな違いはないものと推認される。
そうすると,控訴人の主張する算定方法は,他に証拠がない本件においては,必ずしも不合理とはいえない。
c 被控訴人における比率
⒜ 被控訴人は,被告製品2(1)(「4×1」機向け「一本胴」48個)の販売による限界利益額が●●●●●●●●●円と主張するところ,輪転機全体と版胴部分のそれぞれの製造原価の割合に従って,輪転機の販売価格から版胴部分の販売価格を算出し,そこから版胴部分の製造原価を控除して限界利益を算出すると,後記イのとおり,被告製品2(1)(「4×1」機向け「一本胴」48個)の販売による限界利益額は,●●●●●●●●●円と認められる。したがって,被告製品2(1)(「4×1」機向け「一本胴」)の1個当たりの限界利益額は,●●●●●●●円(●●●●●●●●●円÷●●個)である。
⒝ 被控訴人は,過去に,被告輪転機2(3)とともに,「4×2」機向け「一本胴」12個,「4×2」機向け「シェル胴」36個を販売したことがあり,そのうち「4×2」機向け「一本胴」の1個当たりの製造原価額は●●●●●●●円であり,「4×2」機向け「シェル胴」の1個当たりの製造原価額は●●●●●●●円であった(乙51,52)。輪転機全体と版胴部分のそれぞれの製造原価の割合に従って,輪転機の販売価格から版胴部分の販売価格を算出し,そこから版胴部分の製造原価を控除して限界利益を算出すると,同じ輪転機の中では限界利益額と製造原価額の割合が等しくなるはずであるところ,被控訴人の自認する上記版胴の販売による限界利益の合計は●●●●●●●●●円であるから,「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額の合計は●●●●●●●●円(●●●●●●●●●円×(●●●●●●●円×12個)/(●●●●●●●円×●●個+●●●●●●●円×36個))となる。したがって,「4×2」機向け「一本胴」の1個当たりの限界利益額は,●●●●●●●円(●●●●●●●●円÷12個)と推認できる。
⒞ そうすると,被控訴人における「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額の「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額に対する比率は,●●●●%(●●●●●●●円/●●●●●●●円)となるところ,控訴人が主張する比率である●●●●%の方が控えめであるから,控訴人の主張する比率を用いて,「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額を算定することとする。
d 限界利益額
控訴人製品のうち「4×2」機向け「一本胴」の限界利益額は,前記のとおり,●●●●●●●●円であるから,「4×1」機向け「一本胴」の限界利益額は,●●●●●●●円(●●●●●●●●円×●●●●●)と推認することができる。
(ウ) 実施能力について
証拠(甲23,48,49,52)及び弁論の全趣旨によれば,前記(2)イ(ウ)bの事情に加え,控訴人は,被控訴人が被告製品2(1)を受注した平成20年12月当時,既に,海外では,「4×1」輪転機を納入した実績があり,国内においても,平成21年3月には控訴人製の「4×1」輪転機が稼働しており,同年11月の時点では,国内において複数の受注実績があったことが認められる。
以上の事実に照らせば,本件侵害行為の当時,控訴人には,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して控訴人製品(「4×1」機向け「一本胴」)を供給し得る能力があったものと認められる。
(エ) 譲渡数量に単位数量当たりの利益を乗じた額
「4×1」機向け「一本胴」の譲渡数量に単位数量当たりの利益を乗じた額は,合計●●●●●●●●●円(●●●●●●●円×48個)となる。
(オ) 「販売することができないとする事情」の有無
前記(2)イ(オ)cのとおり,輪転機の販売を伴わない版胴単体での取引がおよそ想定されないものであるとはいえないが,①本件訂正発明2のほかに,版ずれトラブルを解決するのに一定の効果がある手段(版胴表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax<6.0μmに調整すること)が存したこと,②被控訴人は,被告製品2(1)の納入当時,控訴人に次ぐシェアを有する輪転機メーカーであり,顧客から,技術力や営業力を評価されていたことが認められ,また,③版胴は輪転機の印刷部を構成する多数の部品の一つであり,被告製品2(1)の顧客である株式会社高速オフセットは,控訴人,被控訴人を含めた輪転機メーカー4社に問い合わせて購入する輪転機の選定を進めた結果,「シングル版胴で5年間の海外実績があり,当社の要望に対する技術陣の真摯な対応に期待が持てた」として,被控訴人製の輪転機を選定した(乙70)ように,被控訴人の輪転機の販売に付随して被告製品2(1)の譲渡が行われたことが認められる。
これらの事実を総合考慮すれば,被告製品2(1)について,その譲渡数量の2分の1に相当する数量については,控訴人が販売することができない事情があるというべきである。
(カ) したがって,特許法102条1項に基づく損害額は,前記(エ)の合計●●●●●●●●●円から●●●●●●●●●円(●●●●●●●●●円×●●●)を控除した額である●●●●●●●●●円と認められる。
イ 特許法102条2項に基づく損害額について
(ア) 控訴人は,特許法102条2項に基づく損害額として,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引し,利益率は売上額の30%であるとして,被告製品2(1)について,被控訴人の得た利益額は1億5600万円である旨主張する。
しかし,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引したことを認めるに足りる証拠はない。
(イ) 被控訴人は,被告輪転機2(1)を,●●●●●●●●円で譲渡したところ(乙33,34),輪転機全体の製造原価は●●●●●●●●●●●●円であり,版胴48個の製造原価は●●●●●●●●●円である(乙35~42)。
輪転機全体の製造原価に占める版胴48個の製造原価の割合を被告輪転機2(1)の販売価格に乗じて,版胴の販売価格を算出すると,●●●●●●●●●円(●●●●●●●●円×●●●●●●●●●円/●●●●●●●●●●●●円)となる。
被控訴人は,本件において,製造原価以外に販売価格から控除すべき経費を特段主張立証しないから,上記により算出された販売価格である●●●●●●●●●円から版胴48個の製造原価である●●●●●●●●●円を控除すると,被控訴人が被告製品2(1)の譲渡につき得た利益額は,●●●●●●●●●円となり,被控訴人が自認する額となる。
なお,控訴人は,輪転機全体に占める版胴の価値が高いから,輪転機全体の製造原価に占める版胴の製造原価比率をもって,版胴の販売価格を算出するのは相当でないなどと主張するが,その主張を具体的に裏付ける事情については,何ら立証しないから,本件においては,上記のとおり,輪転機全体の製造原価に占める版胴の製造原価比率をもって,版胴の販売価格を算出するほかない。
(ウ) したがって,被控訴人の主張する推定覆滅事由や寄与率について判断するまでもなく,特許法102条2項に基づく損害額が,前記アの損害額を上回ることはない。
ウ 特許法102条3項に基づく損害額について
(ア) 控訴人は,特許法102条3項に基づく損害額として,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引したところ,実施料率は被控訴人の売上高の12%を下回ることはないとして,被告製品2(1)について,6240万円を主張する。
しかし,被控訴人が版胴を1個当たり1000万円を下らない価格で取引したことを認めるに足りる証拠はない。
(イ) 前記イ(イ)のとおり,被告製品2(1)の販売価格は●●●●●●●●●円と算定されるところ,仮に,控訴人の主張する実施料率を用いて,同項に基づく損害額を算定したとしても,その額は,●●●●●●●●円(●●●●●●●●●円×●●●●)に止まるから,前記アの損害額を上回ることはない。
エ 以上によれば,被告製品2(1)についての控訴人の損害額は,特許法102条1項に基づき算定された●●●●●●●●●円である。
(4) 被告製品2(1)ないし(3)の損害額について
前記(2)及び(3)によれば,被告製品2(1)ないし(3)に係る損害額は,合計●●●●●●●●●円となる。
(5) 弁護士・弁理士費用について
控訴人は,本件訴訟の提起・遂行を控訴人訴訟代理人弁護士及び弁理士に委任し,その弁護士費用及び弁理士費用を支出しているものと認められる。
そして,本件事案の内容,事案の難易,損害認定額,訴訟の経緯等,本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,被控訴人の本件特許権2の侵害による不法行為と相当因果関係のある弁護士・弁理士費用の額は,1000万円と認めるのが相当である。
(6) 損害賠償請求権の承継
控訴人は,三菱重工からの会社分割により,本件特許権2の侵害による損害賠償請求権(会社分割時までのもの)を承継したものと認められる(弁論の全趣旨)。
(7) 小括
以上によれば,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権2の侵害による損害賠償として合計8799万0088円及びこれに対する不法行為の後の日である平成23年7月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求権を有する。
5 結論
以上の次第で,控訴人の本訴請求のうち,本件特許権1の侵害に基づく請求はいずれも理由がないから,これを棄却し,本件特許権2の侵害に基づく請求は,被控訴人に対し,8799万0088円及びこれに対する平成23年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,棄却すべきである。
以上と異なる原判決は変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 柵木澄子 裁判官 鈴木わかな)