大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成25年(ネ)10054号 判決 2013年11月21日

控訴人(原告)

訴訟代理人弁護士

角謙一

被控訴人(被告)

新日鐵住金株式会社

訴訟代理人弁護士

増井和夫

橋口尚幸

齋藤誠二郎

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人との間において,控訴人が,原判決別紙発明目録記載の請求項1~7の各発明(以下「本件各発明」と総称する。)について,特許を受ける権利を有することを確認する。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人・株式会社日鐵テクノリサーチ社(テクノリサーチ社)間の覚書に基づいて,同社が職務発明規定(本件発明考案規定)により控訴人から承継したとして特許を受ける権利に係る本件各発明について特許出願をしたことについて,テクノリサーチ社の従業員であった控訴人が,本件各発明は控訴人による自由発明に当たると主張して,被控訴人に対し,控訴人に特許を受ける権利の属することの確認を求めた訴訟である。

原判決は,控訴人の請求を棄却した。

2  前提となる事実

原判決の「事実及び理由」欄の第2,1項のとおりである。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は,以下の2点である。

①  本件各発明は職務発明に該当するか否か。

②  本件発明考案規定により特許を受ける権利が承継されたか否か

(1) 争点①(本件各発明は職務発明に該当するか否か)について

(控訴人の主張)

本件各発明は,以下のとおり,控訴人の自由発明であって,職務発明に当たらない。

ア 本件各発明は,ドラフトサーベイに用いるものであるところ,ドラフトサーベイは,港湾運送事業法の規定上,国土交通大臣の許可を受けた者しかその事業を行うことができない。ところが,テクノリサーチ社は,その許可を受けておらず,将来的にもそのような許可を受けてドラフトサーベイを行う予定はないから,本件各発明はテクノリサーチ社の業務範囲に属しない。また,本件各発明に係る傾斜測定器は,ドラフトサーベイに関する特定計量器に当たり,これを製造する場合には,あらかじめ計量法40条1項の届出をしなければならないところ,テクノリサーチ社は当該届出をしていなかった。このような製造が,テクノリサーチ社の業務範囲に属することはなく,また,控訴人の業務範囲に属するはずがない。さらに,テクノリサーチ社の商業登記簿謄本に係る履歴事項全部証明書の「目的」欄には,測定器の開発・発明は記載されていないから,本件各発明は同社の業務範囲に属しない。

加えて,控訴人は,被控訴人・テクノリサーチ社間の業務委託契約に係る業務に従事し,テクノリサーチ社に多大な利益をもたらしたのに,テクノリサーチ社から適正な報酬を得られておらず,このことは,テクノリサーチ社が,控訴人の構築した体制及び是正活動は同社の業務範囲に属しない発明と考えていたためであろうから,是正業務等はテクノリサーチ社の業務範囲に属しないというべきである。

イ テクノリサーチ社は,控訴人に対してドラフトサーベイに用いる本件各発明を職務として行うよう命令したことはなかった。また,控訴人は,テクノリサーチ社への転籍以降,その職務として,あくまでドラフトサーベイの是正活動(厳正化活動)に従事していたのであって,ドラフトサーベイ自体を行っていたのではない。また,控訴人が引き受けた是正活動は,①Constant の是正,②Tank 内の残水量の確定についての船長との話合い,③積載量が少なくならないよう船長に要請することの3点のみであり,それ以外の是正業務は引き受けていない。

さらに,本件各発明によると,喫水検査の結果は不正確なものとなるのであり,喫水検査の是正活動を阻害するのであるから,控訴人の職務(同是正活動)には属しない発明であった。しかも,本件各発明につきテクノリサーチ社が負担したのは,約9000円にすぎない。

そうすると,本件各発明は,控訴人の職務に属するものとはいえないから,職務発明ではなく,控訴人の自由発明に当たる。

(被控訴人の主張)

原判決3頁20行目から4頁2行目までのとおりである。

(2) 争点②(本件発明考案規定により特許を受ける権利が承継されたか否か)について

(被控訴人の主張)

本件発明についての特許を受ける権利は,本件発明考案規定により,控訴人からテクノリサーチ社に移転している。

本件発明考案規定については,平成19年10月ころからテクノリサーチ社内のイントラネット上に掲載しており,テクノリサーチ社の社員は,本件発明考案規定をダウンロードする方法により,いつでも本件発明考案規定を確認し得る状態であった。また,テクノリサーチ社の知的財産管理の担当者であったAが,控訴人に対し,平成20年4月9日ないし18日の間に,同規定についての説明も行った。

(控訴人の主張)

控訴人は,本件発明考案規定の存在を知らない。

控訴人は,Aと会ったことはあるが,そのときに本件発明考案規定の説明を受けたかどうかは記憶にない。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,原判決の認定判断は正当であって,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,次に付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」1及び2(4頁18行目から8頁10行目まで)に記載のとおりである。

1  4頁22行目「後記2項」を「後記3項」と改める。

2  4頁26行目「認められれば,」の次に「本件発明考案規定の適用のある限り,」を加える。

3  5頁2行目「検討する」の次に「(争点①)」を加える。

4  5頁4行目「ア 」の次に「控訴人は,検査機関によるドラフトサーベイが数十年前からほとんど変わらない方法で実施されており,その結果は甚だ不正確なものであり,船が積んでいる実際の鉄鉱石等の重量が実際よりも大きく計算されていることを認識していたため,ドラフトサーベイの是正のために活動することは,鉄鉱石等の原料輸入の公正な把握につながり,被控訴人の利益にもなると考えて,ドラフトサーベイの是正活動を被控訴人に提案し,控訴人は被控訴人の子会社であるテクノリサーチ社に出向してドラフトサーベイの是正活動を実施することとなった。そこで,」を加え,同頁6行目「行っていた。」を「行うようになった。」と改める。

5  5頁22行目「平成20年2月ころ,」の次に「テクノリサーチ社の従業員に依頼して,原料試験課において,」を加え,同23行目「測定器を作成した」を「測定器が作成された」と改める。

6  6頁6行目末尾に行を改め「控訴人は,同月31日付けで『アクアチューブ傾斜計開発について』と題する書面を作成し,各本船・検査会社等に対して製品化した傾斜測定器の活用を求め,水チューブの水に含まれる空気が泡となって,チューブ内の高所に溜まることにより正確な測定ができないという問題点を解消する目的で製品が作成された旨述べた。その中で,当該製品について,『当社製品は恒久的に誤差の出ないハンドリングに優れた測定器です。』と記載し,末尾に,『問い合わせ先』として,テクノリサーチ社の電話番号を記し,担当者として,自らの名前とテクノリサーチ社の従業員であるBの名前を記した。(甲7)」を加える。

7  6頁19行目「被告は,本件各発明について,テクノリサーチ社との間の覚書に基づき」を「被控訴人とテクノリサーチ社との間には,上記業務委託契約に基づき実施された業務に関連して生じた発明等は全て被控訴人に帰属し,テクノリサーチ社の従業員等がした成果は,テクノリサーチ社が従業員等から承継し,これを被控訴人に譲渡する旨の覚書(以下「本件覚書」という。)が締結されているところ,被控訴人は,本件各発明について,本件覚書に基づき,」と改める。

8  7頁9行目「被告の施設等において」の次に「,テクノリサーチ社の従業員を補助者とするなどして,」を加える。

9  7頁10行目「本件各発明を完成させた」を「本件各発明を完成させ,さらに,本件各発明に係る実施品を『当社製品』と呼んでドラフトサーベイにおける使用を勧め,また,その問合せに際してテクノリサーチ社の従業員を補助者とするなどしているほか,テクノリサーチ社の従業員を交えて,担当弁理士と本件各発明に係る出願について打合せをし,特許を受ける権利がテクノリサーチ社に帰属することを前提とする言動をとった」と改める。

10  7頁26行目末尾に行を改め,以下を加える。

「また,控訴人は,本件各発明に基づいて計量器を製造するに際して,テクノリサーチ社が計量法40条1項に基づく届出をしていないことや,履歴事項全部証明書上の『目的』欄に測定器の開発・発明が記載されていないことを理由として,本件各発明はテクノリサーチ社の業務範囲に属しない旨主張する。しかし,職務発明に該当するか否かの基準となる「使用者等の業務範囲」とは,定款及びこれを反映した商業登記簿上の記載や計量法等の行政法規に基づく届出の有無によって判定されるものではなく,使用者が現に行っている,あるいは,将来行うことが具体的に予定されている業務がこれに該当するものと解される。そして,上記1(2)で認定したとおり,傾斜測定器の開発製造は,被控訴人から委託を受けたドラフトサーベイの改善業務と直接関連するものとして,テクノリサーチ社の現に行う業務に属するものであるから,控訴人の上記主張は採用できない。

次に,控訴人は,同人が引き受けた是正活動は,①Constant の是正,②Tank 内の残水量の確定についての船長との話合い,③積載量が少なくならないよう船長に要請することの3点のみであり,それ以外の是正業務は引き受けていないと主張し,控訴人の職務に本件各発明が含まれないと主張する。しかし,控訴人の職務が上記に限られると認めるに足りる的確な証拠はない。かえって,証拠(甲19ないし21)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,各地に出張してテクノリサーチ社の他の従業員と共に本件各発明に係る水チューブの普及に努めていたことが認められることを考慮すれば,控訴人は,本件各発明を利用してドラフトサーベイにおける正確性の確保や経費節減を目指して,テクノリサーチ社における控訴人の職務として取り組んできたものと認められる。

さらに,控訴人は,本件各発明によると,喫水検査の結果は不正確なものとなるのであり,喫水検査の是正活動を阻害するのであるから,控訴人の職務(同是正活動)には属しない発明であったと主張するが,証拠(甲1の2,4,7,20,21)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,正確な喫水検査を行うための装置を提供する目的で測定器の開発に取り組み,本件各発明を行ったことは明らかであって,これと矛盾する上記主張は採用することができない。また,控訴人は,本件各発明につきテクノリサーチ社が負担したのは約9000円にすぎない旨主張するが,テクノリサーチ社の費用負担については,上記1(1)に認定したとおりであって,9000円に留まるものではないから,控訴人の上記主張は採用できない。その他,控訴人がるる主張する点については,いずれも本件各発明が職務発明に該当するか否かとは関連性を有しない。」

11  8頁1行目以下の2項を3項とし,1項の次に以下の2項を加える。

「2 控訴人は,本件発明考案規定の存在を知らず,本件発明考案規定によるテクノリサーチ社に本件各発明の特許を受ける権利は承継されない旨主張するので,以下,この点について検討する(争点②)。

証拠(乙25)及び弁論の全趣旨によれば,テクノリサーチ社では,社内のイントラネットに本件発明考案規定のワードファイルを掲示しており,従業員がこのファイルをクリックすることで本件発明考案規定がダウンロードされ,閲覧できる仕組みとなっており,テクノリサーチ社の従業員であれば,いつでもこれを知り得るような合理的な方法で明示されていたものと認められる。したがって,本件発明考案規定はテクノリサーチ社・控訴人間で有効な勤務規則と解され,同規定に基づいて,控訴人からテクノリサーチ社へ特許を受ける権利が承継されたと認めるのが相当である。また,前記1(1)のとおり,控訴人は,試作品作成のための材料代や本件各発明の実施品の製作費用について,テクノリサーチ社に対して立替払請求をしてその支払を受けていること,検査会社等に対して,自らの所属がテクノリサーチ社であることを明らかにした上で,乗船申入れをして,本件各発明のテストの実施をしていること,本件各発明の実施品について「当社製品」と呼び,テクノリサーチ社の依頼した弁理士と打合せをした上で,本件各発明についての出願準備をしており,自らは出願費用を全く負担していないことなどを考慮すると,控訴人は,本件各発明についての特許を受ける権利をテクノリサーチ社又は被告に譲り渡すことを前提として行動していたものと推認されるから,控訴人は本件発明考案規定を認識していたものと認められる。

なお,控訴人は,本件覚書(乙2)について不知と主張するところ,仮に本件覚書の存在を知らなかったとしても,本件覚書はテクノリサーチ社から被控訴人に対する権利承継等についての規定であり,控訴人の認識によってその法的効力が左右されるものではない。」

第4結論

よって,本件控訴には理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例