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知財高等裁判所 平成25年(ネ)10081号 判決 2014年2月13日

控訴人

大昌建設株式会社

訴訟代理人弁護士

原田活也

被控訴人

ノーベル技研工業株式会社

被控訴人

北都建機サービス株式会社

上記2名訴訟代理人弁護士

勝又祐一

高橋敬一郎

補佐人弁理士

神保欣正

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して2000万円及びこれに対する平成22年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人北都建機サービス株式会社(以下「被控訴人北都」という。)が製造し,被控訴人ノーベル技研工業株式会社(以下「被控訴人ノーベル」という。)が使用していた原判決別紙「被告らイ号物件説明書」記載の法面用加工機械(以下「イ号物件」という。)は,控訴人代表者A(以下「A」という。)が有していた,発明の名称を「法面等の加工機械」とする特許権(特許第2128294号。以下「本件特許権」という。)の特許請求の範囲の請求項2記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属しており,被控訴人らによる上記機械の製造,使用は本件特許権を侵害すると主張して,Aから本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権を譲り受けたと主張する控訴人が,被控訴人らに対し,不法行為に基づき,損害賠償を請求した事案である。原審は,イ号物件は,本件発明の技術的範囲に属しないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が上記の裁判を求めて控訴した。

2  前提となる事実,主な争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の2及び3並びに第3記載のとおりであるから,これを引用する(以下,原判決を引用する場合は,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と,それぞれ読み替える。)。

(1)  原判決3頁5行目の「その請求項2の発明(以下「本件発明」という。)の特許請求の範囲」を「その請求項2の記載」と改める。

(2)  原判決5頁11行目冒頭から同頁20行目末尾までを次のとおり改める。

「(4) 無効審判及び審決取消訴訟の経緯

ア 被控訴人ノーベルは,平成23年2月8日,本件特許権の請求項2について,明確性違反(特許法36条6項2号違反)及び進歩性違反(同法29条2項違反)を無効理由として,特許無効審判を請求した(無効2011-800022。甲8。以下「本件無効審判」という。)。これに対して,Aは,同年4月26日,訂正請求をした(甲6。以下「本件訂正」という。)。

特許庁は,平成23年11月1日,本件訂正を認めた上,被控訴人ノーベルの請求は成り立たないとの審決をした(甲8。以下「本件審決」という。)。

イ 被控訴人ノーベルは,本件審決について,明確性の要件に係る判断の誤り及び容易想到性に係る判断の誤りを取消事由として,審決取消訴訟を提起した(知財高裁平成23年(行ケ)第10409号。乙19。以下「本件審決取消訴訟」という。)。

知的財産高等裁判所は,平成24年8月8日,被控訴人ノーベルの請求を棄却する旨の判決をし(乙19。以下「別件判決」という。),同判決は確定した(弁論の全趣旨)。」

(3)  原判決5頁23ないし24行目の「満了したため,」の次に「原審において,」を加える。

(4)  原判決6頁9行目の「(原告の主張)」の次に,改行の上,「〔主位的主張〕」を加える。

(5)  原判決7頁8行目冒頭から同頁9行目末尾までを次のとおり改める。

「すなわち,構成要件Hの「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」とは,その文理を素直に解釈する限り,逆ハの字のワイヤーを巻き取る作業を行うものであれば足り,逆ハの字のワイヤーを巻き取るのに適した構造を有するものであることまでは要求していない。」

(6)  原判決7頁9行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「〔予備的主張〕

(5) 仮に,イ号物件のウインチ6aが車体の回動機構側(後方)に取り付けられていることをもって構成要件Hの「前記車体あるいはベース板の一方・・・に・・・取付けられた一対のウインチ」に該当しないというのであれば,控訴人は,予備的に,イ号物件のウインチ6bが構成要件Hの「前記車体あるいはベース板の一方・・・に・・・取付けられた一対のウインチ」に該当すると主張する。

そして,イ号物件のウインチ6bは,車体の枢支機構側(前方)の両端部に互いに距離を置いて取り付けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ逆ハの字のワイヤーをそれぞれ巻き取る作業を行うものであるから,イ号物件は構成要件Hを充足する。

被控訴人らは,イ号物件のウインチ6bは,昇降用のワイヤーをより長く収納可能にするための補助的なものであると主張する。しかし,補助的であれ,逆ハの字のワイヤーを巻き取る作業を行うウインチであることに変わりはない。したがって,被控訴人らの主張は理由がない。」

(7)  原判決7頁10行目末尾に,改行の上,「〔主位的主張について〕」を加える。

(8)  原判決8頁11行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。

「〔予備的主張について〕

(4)ア イ号物件のウインチ6に配置されている前側ドラム6bは,昇降用のワイヤーをより長く収納可能にするための補助的なものであり,構成要件Hの「ウインチ」には該当しない。構成要件Hの「ウインチ」とは,「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」であるから,「一対のワイヤー」を「巻き取る」ものでなければならない。イ号物件の前側ドラム6bは,巻き取り機能を有しないから,構成要件Hの「ウインチ」には当たらない。

イ 被控訴人らは,原審において,イ号物件において構成要件Hの「ウインチ」に相当するものは6aであると主張し(平成25年2月18日付け「被告ら第9準備書面」参照),これに対して控訴人は,何らの異議も述べず,構成要件Hの「ウインチ」に相当するものは後側ドラム6aであると主張していたことからすると,控訴人は,前側ドラム6bが構成要件Hの「ウインチ」に当たらないことを認めていたものと考えられる。

したがって,控訴人の予備的主張は,民事訴訟上の信義則あるいは禁反言に反するものとして,又は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。」

第3当裁判所の判断

当裁判所も,イ号物件は,本件発明の構成要件Hを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しないから,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

1  本件発明について

証拠(甲1,6)によれば,本件発明は,概要次のとおりのものであることが認められる(括弧内は,甲6(訂正請求書)添付の訂正明細書の段落番号を示す。)。

本件発明は,急勾配の地形部分に法面を形成したり,アースアンカー孔を形成したりする場合等に使用される法面等の加工機械に関するものである(【0001】)。従来,高くて急勾配の地形部分に法面を形成する場合,全面にわたってブルトーザーやバックホウ等の土木機械の投入が不可能であるため,土木機械での作業が不可能な部分を安全ロープを使用した人の手作業によって,該部の土砂等の切取り,掘削等の作業を行なっていたために(【0002】),作業効率が悪く,危険な作業であるとともに,工期が長くなり,コスト高になるという欠点があった(【0003】)。また,従来,高くて急勾配の法面にアースアンカー孔を形成する場合,法面に足場を組立て,該足場上にボーリングマシンを設置して行なっていたが(【0002】),足場を組立てなければならず,作業効率が悪く,時間がかかるとともに,コスト高になるという欠点があった(【0003】)。本件発明は,以上のような従来の欠点に鑑み,高くて急勾配の地形部分でも作業者がほぼ水平状態で操作できる機械を用いて土砂等の切取り,掘削等の作業や,アースアンカー孔の形成作業を安全に効率よく,短時間に行なうことができる法面等の加工機械を提供することを目的として(【0004】),請求項2記載の構成としたものであり,中でも「車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに距離を置いて取付けられた一対のウインチであって,該車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」を有する構成を採用したことにより,自走することができない傾斜面部位において,一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,土砂等の切取り等の法面形成作業を効率よく行なうことができるようになったものである(【0026】)。

2  構成要件Hの「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」の意味について

(1)  証拠(甲6,8,乙19)によれば,次の事実が認められる。

ア 本件無効審判の被請求人(本件特許権者)であるAは,本件訂正前の本件特許の請求項2記載の「車体を支持するワイヤーを巻き取る一対のウインチ」の部分を,「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」と減縮訂正するなど,本件訂正をした。

イ 本件審決は,本件訂正を認めた上で,「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」との記載が不明確であるとする被控訴人ノーベルの主張について,同記載は,「一対のウインチ」が「該車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る」のに適した構造を有しているという限度で理解でき,不明確であるとはいえないと判断した。

ウ Aは,本件審決取消訴訟において,本件審決の上記判断には誤りがあるとする被控訴人ノーベルの主張に対し,本件審決の上記判断部分を引用して,「本件発明の『車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ』」との構成は,『一対のウインチ』が『車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る』のに適した構造を有しているという限度で理解することができるから,ウインチの向き等が具体的に定められていないからといって,直ちに不明確であるということはできない。」と主張した(乙19・6頁24行目から7頁3行目)。

エ 別件判決は,本件審決の上記判断には誤りがあるとする被控訴人ノーベルの主張について,「「ウインチ」自体は周知の技術用語であり,ウインチによって「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤー」を巻き取る場合に,車体から斜めに延在するワイヤーをウインチが円滑に巻き取るためには,例えば,原告(本判決注・「被告」すなわち「A」の誤りと認められる。)が指摘するように,車体に対して逆ハの字状に配置するなど,ウインチが当該作業に適した構造を有すべきことは,当業者であれば,出願時の技術水準に照らして容易に理解することができる」と判示して,構成要件Hの「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る」との記載が明確でないということはできないと判断した。

(2)  上記の経緯により,別件判決が確定し,被控訴人ノーベル主張の明確性違反(特許法36条6項2号)の無効理由によっては本件特許を無効とすることができないとの本件審決の判断が確定したこと,及び控訴人も,本件訴訟において,同無効理由に関し,構成要件Hについて,本件審決の上記(1)イの判断と同旨の主張をしていること(本判決が引用する原判決9頁19行目冒頭から同21行目末尾まで参照)に照らすと,構成要件Hの「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」の解釈については,本件特許権者であったAが本件審決取消訴訟において主張し,別件判決がこれに基づいて上記のとおり判示したように,ウインチ自体の構造として,「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る」のに適した構造を有している,一対のウインチを意味するものと解するのが相当である。控訴人は,構成要件Hの「一対のウインチ」については,逆ハの字のワイヤーを巻き取る作業を行うものであれば足り,逆ハの字のワイヤーを巻き取るのに適した構造を有するものであることまでは要求していないと主張する。しかし,控訴人の同主張は,本件訴訟における前記無効理由に対する控訴人自身の主張とも矛盾するものであり,また,上記認定の本件無効審判と本件審決取消訴訟における本件特許権者の主張の経過や別件判決の判断内容に照らして,到底採用することはできない。

3  イ号物件について

(1)  控訴人の主位的主張について

控訴人は,主位的主張として,イ号物件において構成要件Hの「ウインチ」に対応するのは後側ドラム6aであり,後側ドラム6aは「車体を支持し,かつ,上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」に該当する旨主張する。しかし,原判決別紙「被告らイ号物件説明書」によっても,イ号物件の後側ドラム6aは車体の両側面と平行に配置されているだけであり,例えば,後側ドラム6aを車体に対して逆ハの字状に配置するなど,後側ドラム6aが,それ自体の構造として,逆ハの字のワイヤーを巻き取るのに適した構造を有しているものと認めることはできない。したがって,イ号物件の後側ドラム6aは,「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」とはいえない。

控訴人は,イ号物件は車体前方にフェアリーダーを設置しているのであるから,「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る」のに適した構造であるといえると主張する。しかし,前記2のとおり,「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」とは,ウインチ自体の構造として,「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る」のに適した構造を有している,一対のウインチを意味すると解すべきである。イ号物件の後側ドラム6aは,上記のとおり,それ自体の構造として,車体に対して逆ハの字状に配置するなど,ワイヤーを巻き取るのに適した構造を有しているとは認められないのであるから,仮にイ号物件が車体前方にフェアリーダーを設置していることにより,「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る」ことが可能であるとしても,これをもって,イ号物件が構成要件Hを充足するということはできない。

したがって,控訴人の主位的主張は理由がない。

(2)  控訴人の予備的主張について

控訴人は,予備的主張として,イ号物件において構成要件Hの「ウインチ」に対応するのは前側ドラム6bであり,前側ドラム6bは「車体を支持し,かつ,上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」に該当する旨主張する。

しかし,構成要件Hの「ウインチ」とは,「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」であるのに対し,原判決別紙「被告らイ号物件説明書」の記載によれば,イ号物件において,ワイヤーを「巻き取る」機能を有する「一対のウインチ」に当たるものは,後側ウインチ6aであることは明らかであり,前側ドラム6bは,後側ドラム6aによって巻き取られるワイヤーをより長く巻き取ることを可能にするための補助的なウインチにすぎず,構成要件Hの「ウインチ」にはそもそも該当しない(控訴人自身も,原審において,後ろ側ドラム6aが構成要件Hの「一対のウインチ」に当たると主張し,当審においてもこれを主位的主張として維持しているものである。)。

したがって,控訴人の予備的主張は理由がない。

4  まとめ

以上のとおり,イ号物件は,本件発明の技術的範囲に属しない。

第4結論

以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 田中正哉)

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