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知財高等裁判所 平成25年(ネ)10095号 判決 2015年2月19日

控訴人

株式会社TOWA

控訴人

X1

控訴人

X2

上記3名訴訟代理人弁護士

吉成昌之

日吉由美子

被控訴人

東和レジスター東関東販売株式会社

訴訟代理人弁護士

鈴木銀治郎

木下達彦

滝口博一

吉田俊一

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して1110万4450円及びこれに対する平成23年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,控訴人らと被控訴人との間では,第1,2審を通じこれを10分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)

1  本件は,被控訴人が,その販売製品の仕入先であった一審被告株式会社TBグループ(以下「一審被告メックス」という。)の子会社である控訴人株式会社TOWA(以下「控訴人TOWA」という。)に被控訴人の顧客に対する商品の修理,交換等の顧客対応業務を移管した際,一審被告メックス,控訴人TOWA,一審被告メックスの元取締役兼控訴人TOWAの代表取締役である控訴人X1(以下「控訴人X1」という。)及び控訴人TOWAの取締役である控訴人X2(以下「控訴人X2」という。)が共同して,①被控訴人の保有する,販売先の名称,連絡先,販売製品や販売時期等の情報から構成される顧客情報(本件顧客情報)について,不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為を行い,当該不正競争行為により被控訴人は少なくとも1億1000万円(弁護士費用相当損害金1000万円を含む。)の損害を被った,②顧客対応業務委託費用名下に被控訴人から金員を騙取し,当該不法行為により被控訴人は1035万2200円(弁護士費用相当損害金94万円を含む。)の損害を被ったと主張して,控訴人ら及び一審被告メックスに対し,不正競争防止法4条又は民法709条に基づき,連帯して,損害金合計1億2035万2200円及びこれに対する不正競争行為又は不法行為の後である平成23年7月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は,上記①の請求については,控訴人X1及び同X2は,共同して,被控訴人の元従業員であったAが不正の手段により被控訴人の営業秘密である本件顧客情報を取得したことを知って,若しくは重大な過失により知らないでAから本件顧客情報を取得し,又は取得した後に,Aが不正の手段により被控訴人の営業秘密である本件顧客情報を取得したことを知って,若しくは重大な過失により知らないで,Aから取得した本件顧客情報を使用したものというべきであり,被控訴人は,控訴人X1及び同X2の上記不正競争行為がなければ,控訴人TOWAに対して本件顧客情報をその価値相当額で譲渡することができたにもかかわらず,上記不正競争行為により,控訴人TOWAが本件顧客情報を取得して譲渡の協議に応じなくなってしまい,本件顧客情報の価値相当額の利益を失ったと認められ,控訴人X1の上記不正競争行為は,控訴人TOWAの職務を行うについてされたものであるとして,控訴人らに対し,連帯して,5296万6100円(逸失利益4815万1000円及び弁護士費用481万5100円)及びこれに対する平成23年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で被控訴人の請求を認容し,他方,一審被告メックスが控訴人X1や同X2の上記不正競争行為について同控訴人らと共謀したことを認めるに足りる証拠はないとして,一審被告メックスに対する請求を棄却し,上記②の請求については,一審被告メックス,控訴人X1及び同X2が共同して被控訴人を欺罔したということはできないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。

そこで,原判決を不服として,控訴人らが控訴したものであり,当審における審理の対象は,原判決が一部認容した控訴人TOWA,同X1及び同X2に対する上記①の請求の当否である。

2  前提事実は,次のとおり訂正するほかは,原判決の「第2 事案の概要」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

原判決5頁9行目の「このうちの12名が」を「従業員14名(ただし,元従業員数名を含む。)が」に改める。

3  争点

(1)  本件顧客情報が不正競争防止法2条6項の営業秘密に当たるか否か(争点1)

(2)  控訴人X1及び同X2が,不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為を行ったか否か(争点2)

(3)  被控訴人の損害の発生及びその額(争点3)

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件顧客情報が不正競争防止法2条6項の営業秘密に当たるか否か)について

〔被控訴人〕

ア 秘密管理性について

被控訴人は,本件顧客情報を本社3階にある管理部の執務室に設置した専用パソコン1台(顧客管理パソコン)に集約して管理していた。顧客管理パソコンには,起動パスワードが設定されており,管理部所属の従業員4名だけがこれにアクセスすることができた。

また,管理部の執務室は,その出入口の扉が施錠されているほか,警備会社によりセキュリティ管理がされており,扉の鍵及び警備会社によるセキュリティを解除する警備カードキーは,被控訴人の役員,管理部所属の正社員3名しか保有しておらず,管理部の執務室が不在となる場合には,扉に施錠され,警備がかけられていた。

さらに,被控訴人は,個人情報保護基本規定(本件規定。甲8の1)や就業規則(本件就業規則。甲83),業務通達(甲8の2),勤務契約書(甲84)で従業員に対し顧客に関する情報の守秘義務を課し,これらの内容の従業員への周知も図っていた。

加えて,管理部に所属する者以外の者がその業務に本件顧客情報を必要とする場合には,本社に書面で申請することとされており,申請があると,本社の管理部において必要な部分に限りこれを送付していたが,顧客情報を送付するについては,送付先の所属長(個人情報管理責任者)に対し厳重管理を指示して送付しており,顧客情報を受領した所属長は,その旨の返信書面(甲7)を本社管理部に提出する扱いとなっていた。

以上のとおり,本件顧客情報は,秘密として管理されていた。

イ 有用性,非公知性について

本件顧客情報は,平成22年3月31日の時点で2万6378件の販売情報から構成されており,リース期間等の満了が近づいた顧客に対し買替えを勧めたり,顧客に対し消耗品等の購入を勧めたりする際に,有用な営業上の情報であり,また,一体的には公開されていないから,公然と知られていないものである。

ウ 以上によれば,本件顧客情報は,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当する。

〔控訴人ら〕

ア 秘密管理性について

顧客管理パソコンの起動パスワードは,Bが平成22年3月31日に被控訴人を退職するまで,一度も変更されたことはない。したがって,管理部に所属したことがある従業員であれば,顧客管理パソコンを起動し,本件顧客情報にアクセスすることができ,実際にも,Bは,平成21年9月に管理部から営業部に配置換えとなった後も,管理部の指示で,顧客管理パソコンから本件顧客情報を抽出して送付する作業に従事することがあった。

そして,被控訴人は,本件規定や本件就業規則等で守秘義務を課していることを従業員に周知徹底していなかったし,各支店に送付した本件顧客情報については,その管理を送付先の長に任せており,本社の管理部が,各支店における顧客情報の管理状況を調査したり監督したりすることはなかったから,本件顧客情報が秘密として管理されていたとはいえない。

イ 有用性,非公知性について

本件顧客情報には,既に廃業している顧客に関するものも含まれており,その全部が有用な情報であるとはいえない。

また,本件顧客情報に含まれる内容は,顧客が行う宣伝広告,一審被告メックスの行う宣伝広告,顧客の店舗等への訪問により,知ることができるものであって,本件顧客情報によらなければ入手できないというものではないから,公然と知られていない情報には当たらない。

ウ 以上によれば,本件顧客情報は,不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当しない。

(2)  争点2(控訴人X1及び同X2が,不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為を行ったか否か)について

〔被控訴人〕

ア 控訴人TOWAへの顧客対応業務の移管(本件移管)の経緯

被控訴人は,平成21年5月上旬に一審被告メックスから控訴人TOWAへの被控訴人の事業の譲渡を打診され,一審被告メックスや控訴人TOWAと協議したが,内容が不明確な上,従業員の引継ぎや待遇等の具体的な条件も提示されなかったので,同年7月,協議を中断した。

被控訴人は,同年12月,一審被告メックスに協議の再開を求め,控訴人TOWAとの間で,被控訴人の事業を控訴人TOWAに譲渡することで基本合意が成立したが,対価等の条件については継続して協議することとされた。

しかしながら,平成22年2月下旬,被控訴人は,顧客から訴訟を提起され,また,同月末ころには,多数の従業員から同年3月末日をもって退職する旨の退職届が提出されるなどしたため,控訴人TOWAに対し,事業譲渡に関する協議の中断を申し入れた。

被控訴人は,同年3月2日ころ,控訴人X1に対し,多数の従業員が同月末日をもって退職すること等の事情を説明し,控訴人TOWAとの間で,同年4月1日以降の被控訴人の顧客対応業務を控訴人TOWAに移管すること(本件移管)を合意した。

被控訴人は,同年3月中旬ころ,従業員らから集団的に未払賃金等の請求を受けたため,同月下旬ころ,一審被告メックスに対し,かかる未払賃金等の請求に係る紛争を解決するまで事業譲渡の条件に関する協議を中断することを申し入れ,一審被告メックスから了解を得た。

しかしながら,控訴人らは,後記のとおり,Aと結託し,同人を利用して本件顧客情報を取得するや,以後事業譲渡の協議に全く応じなくなったものである。

以上のとおり,被控訴人は,従業員の大半の退職により平成22年4月から顧客対応をする従業員に不足するため,控訴人TOWAへの正式な事業譲渡に先行して,被控訴人の顧客対応業務のうち,顧客からの修理依頼等に対する応対,修理やメンテナンス等現場対応といった緊急性の高いものに限って,控訴人TOWAに移管することとしたものである。そうであるから,被控訴人は,本件移管において,修理や交換等に必要な工具,ソフトウェア等の引渡しは認めたが,事業譲渡における中心的な資産である,契約書や台帳類の引渡し,本件顧客情報の開示は認めなかった。このことは,控訴人TOWAへの事業譲渡を主導した控訴人X1や同X2も認識しており,本件移管により,控訴人TOWAが顧客への対応に顧客情報を必要とする場合は,その都度,当該顧客に関する情報を被控訴人に対して個別に照会することが予定されていた。

イ 控訴人X1及び同X2による不正競争行為

(ア) 不正競争防止法2条1項4号該当行為

控訴人X1及び同X2は,平成22年3月ころ,A及びBに指示して,同人らに被控訴人に無断で,本件顧客情報を顧客管理パソコンから電光表示器変更パソコンへ複製させ,同年4月上旬,被控訴人から電光表示器変更パソコンの引渡しを受けて,本件顧客情報を取得し,これを控訴人TOWAの営業活動に使用した。

控訴人X1及び同X2は,平成22年4月16日,Cに指示して,同人に被控訴人に無断で,2万6378件の本件顧客情報を顧客管理パソコンから複製させて取得し,本件顧客情報を控訴人TOWAの営業活動に使用した。

控訴人X1及び同X2のこれらの行為は,不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当する。

(イ) 不正競争防止法2条1項5号及び6号該当行為

仮に,控訴人X1及び同X2において,A及びBに対し,本件顧客情報の取得を指示した事実がなかったとしても,控訴人X1及び同X2は,A又はBから,同人らが再就職先である控訴人TOWAでの地位を有利なものとするために,平成22年3月ころ,被控訴人に無断で本件顧客情報を顧客管理パソコンから電光表示器変更パソコンへ複製したことの説明を受け,A又はBによる不正取得行為が介在したことを知って,又は重大な過失により知らないで,同年4月上旬,被控訴人から電光表示器変更パソコンの引渡しを受けて本件顧客情報を取得し,又は取得した後に,A又はBが不正の手段により本件顧客情報を取得したことを知って,又は重大な過失により知らないで,取得した本件顧客情報を控訴人TOWAの営業活動に使用したものである。

控訴人X1及び同X2のこれらの行為は,不正競争防止法2条1項5号又は6号の不正競争行為に該当する。

(ウ) 不正競争防止法2条1項7号該当行為

仮に,A又はBが,本件通知書の発送作業のために本件顧客情報を本件パソコンに複製,保存したものであり,A及びBが被控訴人から本件顧客情報を示された者であると評価されるとしても,A及びBは,被控訴人と控訴人TOWAとの間では,被控訴人の顧客情報を控訴人TOWAに移転するなどの合意がされていないことを知りながら,控訴人TOWAに対価なく被控訴人の顧客情報を取得させる目的で,又は営業に使用することで控訴人TOWAの利益を図る目的で,あるいは,再就職した控訴人TOWAでの自らの地位を有利にする目的で,電光表示器変更パソコンに保存されている本件顧客情報を控訴人X1や控訴人X2,最終的には控訴人TOWAに渡したものであり,A及びBの上記行為は,不正競争防止法2条1項7号の開示行為に該当する。

これに対し,控訴人X1及び同X2は,A又はBから,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報が保存されていることを聞くと,これを奇貨として,A及びBに対し,本件顧客情報を対価なく控訴人TOWAの営業に使用するため,A及びBを雇用する立場であることを利用して,これを開示するよう働きかけたものである。

控訴人X1及び同X2の上記行為は,A及びBと共同しての不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に該当する。

(エ) 不正競争防止法2条1項8号及び9号該当行為

a 仮に,控訴人X1及び同X2が,A及びBに対し,本件顧客情報を開示するように働きかけた事実がなかったとしても,控訴人X1及び同X2は,A及びBによる本件顧客情報の開示行為が,不正競争防止法2条1項7号に該当する不正開示行為であることを知って,又は重大な過失により知らないで,本件顧客情報の開示を受けてこれを取得し,又は取得した後に,A又はBによる開示行為が不正開示行為であることを知って,又は重大な過失により知らないで,取得した本件顧客情報を控訴人TOWAの営業活動に使用したものである。

控訴人X1及び同X2の上記行為は,不正競争防止法2条1項8号又は9号の不正競争行為に該当する。

b 仮に,A及びBに不正競争防止法2条1項7号に該当する不正開示行為が認められないとしても,控訴人X1及び同X2は,平成22年4月上旬に被控訴人から引渡しを受けた電光表示器変更パソコン内に,本件通知書が作成される際に一時的に複製された本件顧客情報が残っていたことから,A及びBが被控訴人との間の守秘義務に違反して本件顧客情報を開示したもの(「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」)であることを知って,又は重大な過失により知らないで,A及びBから本件顧客情報を取得し,これを控訴人TOWAの営業活動に使用し,又は取得した後に,A又はBによる開示行為が不正開示行為であることを知って,又は重大な過失により知らないで,取得した本件顧客情報を控訴人TOWAの営業活動に使用したものである。

控訴人X1及び同X2の上記行為は,不正競争防止法2条1項8号又は9号の不正競争行為に該当する。

(オ) 小括

以上のとおり,控訴人X1及び同X2の上記行為は,不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為に該当する。

そして,控訴人X1及び同X2の上記行為は,控訴人TOWAの代表取締役であるX1及びその取締役であるX2がその職務として行ったものであったから,控訴人X1及び同X2の個人の不正競争行為であると同時に,控訴人TOWAの不正競争行為にも該当するというべきである。

ウ 控訴人らの主張に対する反論等

(ア) 原判決の事実誤認との主張について

a 控訴人らは,平成22年3月下旬に行われた本件通知書の発送作業の際,電光表示器変更パソコンで本件通知書の封筒の宛名印刷作業を行う必要があったため,同パソコンに本件顧客情報が入れられたものである旨主張する。

しかしながら,本件通知書の発送作業の際に,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報が入れられたのであったとしても,それは,本件通知書の発送作業を行うことを目的としたものではなく,同年4月以降に控訴人TOWAに再就職することが決まっていたAが,控訴人X1及び同X2と結託し,あるいは指示を受けるなどして,本件顧客情報を持ち出すことを目的に,Bに指示して行ったものである。

b 控訴人らは,電光表示器変更パソコンを控訴人TOWAに引き渡すことは,被控訴人の社内決定に基づいて行われたことであり,Aの意思で引き渡させたものではない旨主張する。

しかしながら,電光表示器変更パソコンを控訴人TOWAに引き渡すこと自体は,平成22年3月27日ころの被控訴人内の打合せにおいて決まったものであっても,Aは,その打合せに参加していたにもかかわらず,同パソコン内に本件顧客情報が入っていることを知りながらそのことに言及せず,また,電光表示器変更パソコンから本件顧客情報を削除する措置を講じることもなく,本件顧客情報が入った同パソコンが控訴人TOWAに物理的に引き渡されることを利用して,本件顧客情報を取得したものである。

c 控訴人らは,平成22年3月31日にAがBに指示して顧客管理パソコンから記憶媒体に本件顧客情報をアクセスファイルの形式で複製させることは不可能であった旨主張する。

しかしながら,同日の被控訴人の管理部の状況は,残業代の計算等で多忙ではあったが,顧客管理パソコンから記憶媒体に本件顧客情報を複製する作業自体は,数分あれば十分に可能なものである。

したがって,Aが,他の管理部所属の従業員が離席している間に,Bに指示して本件顧客情報を複製させることは時間的には十分可能であったし,総務部課長兼顧客情報管理の責任者であるAが,D(以下「D」という。)が離席している間に,在席している他の管理部所属従業員に対し,例えば本件通知書の送付漏れがあったと虚偽の説明をするなどして,怪しまれずにBに作業させることも十分可能であった。

d 控訴人らは,Bは,本件通知書の発送作業のために電光表示器変更パソコンに本件顧客情報が入っていることを熟知していたのであるから,その後に顧客管理パソコンからわざわざ本件顧客情報を複製する必要はない旨主張する。

しかしながら,Bは,再就職先の控訴人TOWAとの窓口となっていたAから指示されれば,これに従わざるを得ない立場にあった。また,Aが,被控訴人の総務部課長兼顧客情報管理の責任者であったことからすれば,Bに対して,アクセスファイルの形式で本件顧客情報を控訴人TOWAに引き渡すことになったなどと虚偽の説明をして,Bに作業させることは十分可能である。

e 控訴人らは,甲第10号証の「db23.mdb」が意味するのは,「誰かが,平成22年3月31日午前9時ころ,アクセスデータベースを開き,閉じた。そして,閉じた際,最適化されたが,最適化が途中終了になった。」という事実でしかない旨主張する。

しかしながら,控訴人らの主張を前提としても,平成22年3月31日の時点では,翌日から顧客対応業務が被控訴人から控訴人TOWAに移管されるのであるから,被控訴人の業務上,本件顧客情報のアクセスデータを開く必要性があったとは考え難い。そうであるにもかかわらず,これを誰かが開いたというのであれば,本件顧客情報の不正持出しであった可能性が高い。

そして,最適化が途中終了したというのも,最適化中に何らかの予期せぬ事態が生じたことが疑われる。A又はBが本件顧客情報を複製するためにファイルを開いたが,他の管理部所属の従業員に疑問を持たれないように早く作業を終わらせる必要があったため,最適化が終了することを待つことができずに通常とは異なるパソコン作業を行い,途中終了してしまった可能性も高い。

したがって,控訴人らの主張を前提としても,甲第10号証はAらの本件顧客情報の不正取得を裏付ける重要な証拠であるといえる。

f 以上のとおり,原判決の認定は正当であって,事実誤認はない。

(イ) 不正競争防止法の適用の誤りとの主張について

a 控訴人らは,不正競争防止法2条1項4号ないし9号が適用されるには,事業者間に事業活動上の競争関係が存在することが必要であるとした上で,被控訴人は平成22年2月下旬の段階で事業を廃止していたから,本件に上記各号が適用される余地はない旨主張する。

しかしながら,不正競争防止法2条1項4号ないし9号において,競業関係の存在は法文上要件とされておらず,営業主体間に競争関係があることを要するものではない。

また,被控訴人は,平成22年4月の本件移管前は,従前どおり業務を行っていた。本件移管後は,移管した顧客対応業務は行っておらず,これまでの主な業務であった一審被告メックス製品の営業販売は停止したが,平成22年4月以降においても,被控訴人は,従前からの契約に関する事項の対応,売掛金の回収等を継続し,控訴人TOWAとの関係でいえば事業譲渡の金額等の協議を継続しており,さらに,新規事業の営業活動等を現在も行っているのであって,廃業してはいない。

b 控訴人らは,不正競争防止法2条1項は,「営業秘密の開示を受ける」行為を「不正競争」とは定義しておらず,また,本件顧客情報を「使用」した事業を行っているのは控訴人TOWAであって,控訴人X1や同X2ではないから,控訴人X1及び同X2は不正競争防止法上の不正競争行為を行っておらず,同条1項4号ないし9号が適用される余地はない旨主張する。

しかしながら,控訴人X1及び同X2が本件顧客情報の「開示を受けた」ことは,本件顧客情報の不正「取得」に該当することは明らかであり,また,「本件顧客情報を使用した」事業を行っているのが控訴人TOWAであることは間違いないが,使用することの指示,承認をした控訴人X1及び同X2の行為も「使用」に該当する。

c 原判決が控訴人X1及び同X2の各行為が不正競争防止法の規定する不正競争行為に該当すると判断したことに誤りはない。

〔控訴人ら〕

ア 控訴人TOWAへの本件顧客情報の開示経緯

一審被告メックスは,平成21年5月上旬,被控訴人に対し控訴人TOWAへの事業譲渡を打診し,同年7月に公認会計士に譲渡額を試算させ,従業員の引継ぎや待遇等の具体的な条件も提示したが,被控訴人からの申入れにより協議を中断した。

同年12月に被控訴人からの申入れにより事業譲渡の協議を再開した後,控訴人TOWAは,被控訴人の資産に対する簡易査定をしたが,平成22年2月下旬ころ,被控訴人から,労働問題が発生した旨の連絡があり,同年3月に入ると,被控訴人の従業員23名から退職届が提出され,同月4日から出勤しなくなってしまったため,被控訴人が事実上廃業状態に陥ったことが判明した。そのため,被控訴人から控訴人TOWAへの事業譲渡の話は完全になくなり,その協議も終了した。

もっとも,平成22年3月2日及び3日にかけて,被控訴人から控訴人TOWAに対し,「事業の継続が不可能となったので,顧客対応業務を引き受けてもらいたい」との依頼があり,控訴人TOWAは,顧客保護の観点から,被控訴人の顧客対応業務を引き受けることにした。

控訴人TOWAに顧客対応業務を移管するに当たって,被控訴人は,修理や交換等に必要な工具,ソフトウェア等の引渡しだけでなく,顧客対応業務の円滑な遂行に必要な顧客情報の控訴人TOWAへの開示も認めたものである(顧客対応業務を控訴人TOWAに依頼する意思表示の中には,当然に当該業務に必要な情報である顧客情報を提供する意思も含まれていた。)。なお,本件通知書は,移管する顧客対応業務から契約の問合せを除いているが,これは控訴人TOWAが契約書に記載されていない特約には対応しないとの趣旨にすぎない。

控訴人TOWAは,本件移管に伴い,平成22年4月1日に被控訴人から,被控訴人の意思に基づき,電光表示器変更パソコンの引き渡しを受けたが,同パソコンに本件顧客情報が入っていたことから,本件顧客情報を取得したにすぎない。そして,その時点で同パソコンに本件顧客情報が入っていたのは,同年3月26日から同月29日にかけて,被控訴人の従業員によって被控訴人の本社2階及び3階で行われた本件通知書の発送作業の際,限られた時間の中で発送作業を終了させるため,電光表示器変更パソコンで本件通知書の封筒の宛名印刷作業を行う必要があったからである。すなわち,同年4月1日からの本件移管を事前に通知するという本件通知書の性質上,遅くとも同年3月29日か同月30日にはその発送を終了する必要があり,時間的な余裕は3,4日しかなかったが,事実上の業務停止状態となっていた被控訴人において,パソコン等を駆使して封筒宛名印刷作業を行うことができるのはBだけであった。そこで,Bは,時間的な余裕のない中で大量の封筒宛名印刷作業を行うには,顧客管理パソコンから本件顧客情報をエクセルファイルの形式でUSBメモリーに複製した上で,本件顧客情報を処理速度の速い電光表示器変更パソコンに移行し,同パソコンを使用して封筒宛名印刷作業を行うことが最適であると判断し,管理部の承諾を得て,その作業を開始したものである。なお,当時の本件顧客情報の管理責任者はD(以下「D」という。)であった(甲69)。

控訴人TOWAは,被控訴人から移転を受けた電光表示器変更パソコンの中に入っていた本件顧客情報を使用したにすぎない。

イ 原判決の事実誤認について

原判決は,Aは,平成22年3月31日,Bに指示して,本件顧客情報を管理部にある顧客管理パソコンから記憶媒体にアクセスファイルの形式で複製させて取得し,同年4月上旬に,電光表示器変更パソコンの中に本件顧客情報が入っていることを知りながら,同パソコンを被控訴人から控訴人TOWAに引き渡させて本件顧客情報を取得したのであるから,不正の手段により本件顧客情報を取得したということができる旨認定した。

しかしながら,原判決の認定は,次のとおり,誤りである。

(ア) 「Bが,平成22年3月31日,本件顧客情報を記憶媒体に複製した」との事実や「AがBにその複製を指示した」との事実を推認させる証拠は全くない。

(イ) 電光表示器変更パソコンの控訴人TOWAへの引渡しは,平成22年3月27日に行われた被控訴人の「解散に伴う処理に関する社内会議」での協議と被控訴人の代表者であるEの承認を経て決定されたものであり,原判決が認定したように,Aが自分一人の意思で引き渡させたものではない。

(ウ) 被控訴人の本社3階の管理部は,社員の机の間にパーティションがあるわけでもなく,全員が互いに丸見えの状態で業務に従事するというレイアウトである。

そのような状態の管理部で,管理部に所属していないBが,平成22年3月31日に,本件通知書の発送作業も終わっているのに,Dらに怪しまれることなく,顧客管理パソコンにUSBメモリーを挿入し,何らかの操作を行うことなどは,およそ不可能である。

また,Bは,同年3月29日ころまでに行った本件通知書の発送作業のために,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報を入れたことを熟知していたのであるから,その後に3階の顧客管理パソコンからわざわざ本件顧客情報を取得する必要性はない。

(エ) 原判決は,甲第10号証の「db23.mdb(作成日時 2010/03/319:28)」との記載に基づき,「Bは,平成22年3月31日,Aの指示により,本件顧客情報2万件超を顧客管理パソコンから記憶媒体にアクセスファイルの形式で複製させて取得した」との事実を認定したものと考えられる。

しかしながら,甲第10号証は,原判決が認定した上記事実を証明するものではない。すなわち,アクセスソフト上の「db 数字.mdb」というファイル名は,①アクセスファイルが「最適化中」に途中終了した場合か,②テーブル(日付,備考等の項目名)を新規作成した場合に自動的に付けられる名前であるが,被控訴人が事業停止となってから約1か月経過した平成22年3月31日の段階で,被控訴人が本件顧客情報のデータベースのテーブルを新規作成する可能性はないから,当日行われた作業は,「最適化が途中終了」したということである。したがって,この「db23.mdb」が意味することは,「誰かが,平成22年3月31日午前9時ころ,アクセスデータベースを開き,閉じた。そして,閉じた際,最適化されたが,最適化が途中終了になった。」という事実でしかなく,Bを含む誰かが,本件顧客情報を記憶媒体に複製した証拠となるものではない。

ウ 不正競争防止法2条1項4号ないし9号の適用の誤り

(ア) 競争関係の不存在

不正競争防止法が適用されるには,当事者たる事業者間に事業活動上の競争関係が存在することが必要である。

しかるに,被控訴人は,控訴人TOWAが本件顧客情報を入手した平成22年4月1日より1か月以上前の段階で,事業停止状態に陥っていたのであり,同年3月上旬の段階で,既に両者の間に競争関係はなかったものである。

したがって,控訴人らによる本件顧客情報の使用について,不正競争防止法2条1項4号ないし9号を適用するのは誤りである。

(イ) 不正競争行為の不存在

本件は,被控訴人の従業員らが,被控訴人が行うべき本件通知書の発送業務を履行した過程で,被控訴人が所有する電光表示器変更パソコンに入れられた本件顧客情報が,被控訴人の社内決定に基づき控訴人TOWAに引き渡されたことにより,ハードウェアとともに物理的に移転したという事案である。

したがって,控訴人ら,A,Bの中に誰一人として,不正競争防止法上の不正取得行為(同法2条1項4号)又は不正開示行為(同項8号)を行った者はいない。

(ウ) 不正競争防止法2条1項の要件の不充足

原判決は,控訴人X1及び同X2が,営業秘密を不正取得したAから本件顧客情報の開示を受けたこと,又は本件顧客情報を使用したことをもって不正競争防止法上の不正競争行為に当たると認定した。

しかしながら,不正競争防止法2条1項は,「営業秘密の開示を受ける」行為を「不正競争」とは定義していない。また,本件顧客情報を使用した事業を行っているのは控訴人TOWAであって,控訴人X1や控訴人X2ではない。

したがって,原判決が,控訴人X1及び同X2が不正競争防止法上の不正競争行為を行ったと判断したのは,誤りである。

(3)  争点3(被控訴人の損害の発生及びその額)について

〔被控訴人〕

ア 被控訴人は,控訴人X1及び同X2による不正競争行為がなければ,控訴人TOWAに対し,本件顧客情報を中心的な資産とする被控訴人の事業をその価値相当額で譲渡することができたにもかかわらず,上記不正競争行為により,控訴人TOWAが事業譲渡の協議に応じなくなり,本件顧客情報の価値相当額の損害を被った。

イ 被控訴人が被った損害額は,以下のとおりであり,各損害額を選択的に主張する。

逸失利益 1億円

a 不正競争防止法5条3項3号に基づく損害額

⒜ 控訴人らが不正取得した本件顧客情報の使用に対し,被控訴人が受けるべき金銭相当額は,次のとおり,本件顧客情報の価値である7億5013万3882円(①と②の合計額)から経費として人件費相当額合計1億7205万8676円(③)及び車両費等の合計7531万2161円(④)を控除した5億0276万3045円であり,少なくとも被控訴人が請求する1億円を下るものではない。

① リプレイス販売による利益

レジスター等の販売には,通常,6年間のリース契約等が用いられ,残リース期間等が2年未満となった顧客に旧製品から新製品へ切り替えるリプレイス販売を勧めると,飛込みで営業を行うよりも,効率良く販売することができるが,本件顧客情報がなければ,このようなリプレイス販売をすることはできない。

被控訴人は,平成16年1月から平成21年12月までの6年間に,本件顧客情報を使用したリプレイス販売により,レジスターを636台,電光表示器を945台,その他券売機等を174台販売したところ,各1台当たりの平均粗利額は,レジスターが20万7195円(販売価格の約63パーセント),電光表示器が34万2778円(販売価格の約56パーセント),その他券売機等が19万1645円(販売価格の約50パーセント)であったから,次の計算式のとおり,4億8904万7460円の利益を得た。

そうすると,本件顧客情報を使用したリプレイス販売により,4億8904万7460円の利益を得ることができるところ,この利益は,本件顧客情報の価値を構成する。

(計算式)

20万7195円×636台+34万2778円×945台+19万1645円×174台=4億8904万7460円

② 複数契約による利益

残リース料や残リース期間等が少なくなった顧客に周辺機器等の製品を追加販売する複数契約を勧めると,飛込みで営業を行うよりも,効率良く販売することができるが,本件顧客情報がなければ,このような複数契約をすることはできない。

被控訴人は,平成16年1月から平成22年3月までの約6年間に,本件顧客情報を使用した複数契約により,少なくとも合計4億6622万5754円を売り上げたところ,平均粗利益率は約56パーセント((63+56+50)÷3)であったから,次の計算式のとおり,少なくとも2億6108万6422円の利益を得た。

そうすると,本件顧客情報を使用した複数契約により,2億6108万6422円の利益を得ることができるところ,この利益は,本件顧客情報の価値を構成する。

(計算式)

4億6622万5754円×0.56=2億6108万6422円

③ 人件費

本件顧客情報を使用してリプレイス販売や複数契約をするには,人件費を要する。この人件費は,被控訴人から控訴人TOWAに転職した営業職従業員4名の転職前給与の6年分全額と事務職従業員7名の転職前給与の6年分の半額の合計額とするのが相当であり,1億7205万8676円となる。

④ 車両費及び旅費交通費等

本件顧客情報を使用してリプレイス販売や複数契約をするには,車両費,旅費交通費,保険料,荷造運賃及び外注加工費を要する。被控訴人の平成16年度から平成21年度まで6年間の総粗利額に占めるリプレイス販売と複数契約の粗利合計額の割合は,31.9パーセントであったから,これらの費用は,被控訴人の同期間におけるそれらの費用2億3616万6059円の31.9パーセント相当額とするのが相当であり,7531万2161円となる。

⒝ また,前記⒜の算定方法を取り得ないとしても,控訴人らが不正取得した本件顧客情報の使用に対し,被控訴人が受けるべき金銭相当額は,次のとおり,控訴人TOWAの平成22年4月1日から平成28年3月31日までの6年間の売上高の10パーセントを下らない。

① 売上高

被控訴人が受けるべき使用料相当額を算定するに当たっては,控訴人TOWAの平成22年4月から平成28年3月までの6年間の売上高を対象とすべきである。

これは,本件顧客情報を使用した売上げが,6年間をサイクルとする,買い替え(リプレイス販売)等が過去の実績から合理的に算出可能であり,かつその実現可能性が高いことを特質とすることによる。上記は,平成22年4月から平成26年3月までの控訴人TOWAにおける被控訴人の元顧客に対する売上高が,継続して約7000万円に達していること(乙56等),5年目(平成26年度)及び6年目(平成27年度)において,突如として本件顧客情報を使用したリプレイス販売等の売上げが喪失するとは考えられないことから裏付けられる。

控訴人ら提出に係る証拠(乙57~62)によれば,平成22年4月から平成26年3月までの4年間の売上高が3億0171万7465円となる。そして,被控訴人において集計した結果によれば,控訴人らの集計に係る上記売上げ以外にも,本来計上されるべき売上げが1060万5892円存在したから,平成22年4月から平成26年3月までの4年間の売上高は,合計3億1232万3357円となる。

したがって,6年間分の売上高は,控訴人TOWAの柏支店のものに限っても,これに4分の6を乗じた4億6848万5035円となる。

② 使用料率

被控訴人が約30年間にわたる営業により独自に管理し保管してきた本件顧客情報は,システム化及び継続した保守管理料等で多額の費用をかけて維持,更新してきたものであり,その内容は,販売した製品やリース期間等の詳細かつ正確な情報が整理記録され,かつ,リース期間等の別で検索して抽出し一覧にすることができる点に,営業販売(リプレイス販売や複数契約)における有用性を高めるものである。

また,既存顧客への営業は,全くの新規店舗等に対する営業と比べ,その効率が高くなることは明らかであるが,それにとどまらず,リプレイス販売及び複数契約はその営業効率が極めて高いものである。これらリプレイス販売等における営業販売は,本件顧客情報がなければ行うことができず,本件顧客情報は,これらの営業販売に直結し,その売上げへの寄与率が非常に高い。

特に,控訴人TOWAは,本件顧客情報をそのまま営業販売に利用することができ,本件顧客情報の取得から約4年経過した現在においても,控訴人TOWAの柏支店の売上げの半分以上が本件顧客情報に依存したものとなっている。

以上によれば,控訴人らによる本件顧客情報の使用に対し,被控訴人が受けるべき使用料相当額は,少なくとも控訴人TOWAの売上高の10パーセントを下るものではない。

これは,控訴人らが提出した証拠によっても,裏付けられる。すなわち,当初3年間(平成22年4月から平成25年3月まで)だけでなく,4年目(平成25年4月から平成26年3月まで)においても,本件顧客情報を使用したリプレイス販売等の売上げが約7000万円計上されていることからも,本件顧客情報が営業販売に直結するものであり,寄与率が極めて高いものであることが分かる。

③ 被控訴人が受けるべき使用料相当額

控訴人らによる本件顧客情報の使用に対し,被控訴人が受けるべき使用料相当額は,下記のとおり,4684万8503円を下らない。

(計算式)

3億1232万3357円×6/4×10%=4684万8503円

b 不正競争防止法5条2項に基づく損害額

控訴人らが本件顧客情報を不正取得したことにより享受した利益は,控訴人TOWAが本件顧客情報をそのまま自らの業務に独占的に使用できるものであるから,本件顧客情報の価値である5億0276万3045円そのものであり,少なくとも被控訴人が請求する1億円を下るものではない。

c 民法709条に基づく損害額

被控訴人は,本件顧客情報の価値である5億0276万3045円について,控訴人らの不正競争行為によって不正に取得,利用されたため,何らの対価を受け取っておらず,その損害額は,被控訴人が請求する1億円を下るものではない。

(イ) 弁護士費用 1000万円

被控訴人は,本件について弁護士による訴訟遂行を余儀なくされたが,控訴人らの不正競争行為によって被った弁護士費用相当額の損害額は,逸失利益の額の1割に相当する1000万円である。

(ウ) 合計額 1億1000万円

ウ 控訴人らの主張に対する反論

(ア) 損害の発生及び因果関係が存在しないとの主張について

控訴人らは,被控訴人は,本件顧客情報が控訴人TOWAに移転する約1か月前には自らの意思で営業活動を停止していたのであるから,その営業活動と相当因果関係のある何らの営業上の損害の発生もないなどと主張する。

しかしながら,被控訴人は,控訴人らによる不正競争行為がなければ,控訴人TOWAに対し,本件顧客情報をその価値相当額で譲渡することができたにもかかわらず,上記不正競争行為により,控訴人TOWAが本件顧客情報を取得して譲渡の協議に応じなくなったため,本件顧客情報の価値相当額の利益を失った。

被控訴人が失った本件顧客情報の価値相当額の利益が営業上の損害にあたり,これと控訴人らの不正競争行為との間に因果関係が存することは明らかである。

(イ) 損害額に関する主張について

控訴人らは,被控訴人がそれまで通りの事業を継続するかのように仮定して,損害が営業上の逸失利益と等しいと判断した原判決は不合理である旨主張する。

しかしながら,原判決は,被控訴人の損害を「本件顧客情報の価値相当額の利益」と認定した上で,「本件顧客情報の価値は,これを使用することによって得られる利益(粗利)からこれを使用することによって要する費用(変動費)を控除したいわゆる限界利益がこれに相当する。」としているのであり,被控訴人の損害が「本件顧客情報の価値相当額の利益」であると認定している。

したがって,控訴人らの主張は,その前提において誤りがあり,失当である。

(ウ) 損益相殺の主張について

控訴人らは,控訴人TOWAに生じた経費は,衡平の観点から,本件顧客情報の使用により被控訴人に生じた損害と損益相殺されるべきである旨主張する。

しかしながら,原判決は,人件費等を控除して損害額を認定しているのであって,控訴人らの主張は失当である。

〔控訴人ら〕

ア 被控訴人の主張は否認ないし争う。

イ 原判決は,控訴人らの不正競争行為により,被控訴人が被った損害額は,本件顧客情報を使用することにより得られる利益からこれを使用するために要する費用を控除した逸失利益(限界利益)に相当する4815万1000円に弁護士費用相当額481万5100円を加えた合計5296万6100円であると判断した。

しかし,原判決の上記判断は,次のとおり,誤りである。

(ア) 損害の発生及び因果関係の不存在について

控訴人TOWAに移転した本件顧客情報は複製物であり,その元となった本件顧客情報のデータベースは依然として被控訴人の下に残っていたのであるから,被控訴人としては,いつでもこれを使用して営業活動を行うことができた。

しかるに,被控訴人がこれをしなかったのは,平成22年3月には営業活動継続の意思も能力も失い,営業を停止するに至っていたという,専ら被控訴人側の事情による。本件顧客情報の控訴人TOWAへの移転は,同年4月1日の電光表示器変更パソコンの引渡しに伴って起こったことであるが,被控訴人は,本件顧客情報が控訴人TOWAに移転する約1か月前には自らの意思で営業活動を停止していたのであり,控訴人TOWAへの本件顧客情報の移転及び同控訴人による本件顧客情報の使用は,被控訴人の営業活動に何らの影響も与えていない。

以上のとおり,本件顧客情報が控訴人TOWAに移転した平成22年4月1日の約1か月前には事業活動を停止していた被控訴人に,「控訴人らの不正競争行為がなければ,被控訴人は,その営業活動によって,逸失利益(限界利益)に該当する利益を得ることができたか,あるいはその可能性があった」とはいえず,被控訴人に営業活動と相当因果関係のある営業上の損害が発生していないことは明らかである。

(イ) 損害額の認定方法の不合理

仮に,控訴人TOWAによる本件顧客情報の使用が不正競争行為に該当し,被控訴人に相当因果関係のある何らかの損害が発生していたとしても,控訴人TOWAが本件顧客情報を使用した時点で,被控訴人は既に事業を停止していたのであるから,本件顧客情報の使用による被控訴人の損害とは,被控訴人の営業上の逸失利益ではなく,本件顧客情報そのものの価値でしかないはずである。

したがって,あたかも,被控訴人がそれまで通りの事業を継続するかのように仮定して,被控訴人の損害が被控訴人の営業上の逸失利益になるとした原判決は,不合理である。

(ウ) 損益相殺について

控訴人TOWAは,一審被告メックスの製品販売を担う仲間である被控訴人の事業停止という緊急事態を受けて,顧客対応業務を引き受けたものである。そして,当該業務を行うためには,できる限りの範囲で被控訴人の従業員も引き受ける必要があるとも考え,被控訴人から相当数の従業員を引受け,控訴人TOWAに正社員として入社させた。また,顧客対応業務の履行には,部品調達費用等のアフターサービス履行費用及びアフターサービスを履行する要員の人件費等の経費も要する。

仮に,控訴人TOWAが顧客対応業務を引き受けなかった場合には,被控訴人は,第三者に委託業務料を支払ってでも,顧客に対するアフターサービスを履行しなければならなかった。

したがって,控訴人TOWAが,被控訴人からの依頼を受けて,顧客対応業務を引受け,本件顧客情報を使用して顧客対応業務を履行している本件において,控訴人TOWAに生じた経費は,衡平の観点から見ても,当然,本件顧客情報の使用により被控訴人に生じた損害と損益相殺されるべきである。

ウ 不正競争防止法5条3項3号の損害額について

(ア) 被控訴人の不正競争防止法5条3項3号に基づく損害額の主張は,本件においては,同号を適用する前提となるべき事実,すなわち,不正競争行為,それによる営業上の利益の侵害及び損害の発生がないから,失当である。

(イ) 使用料率の主張について

被控訴人は,本件顧客情報の使用料率として控訴人TOWAの売上高の10パーセントを主張する。

しかし,①被控訴人は,事業廃止前6年間(平成17年5月期から平成22年5月期)の業績の累計において,利益を生むどころか1000万円を超える損失を計上していること,②本件顧客情報が移転した後の控訴人TOWAの柏支店における販売取引は,現在まで利益を生むまでには至っていないこと,③被控訴人は,平成22年3月上旬には,事業を継続することを自ら断念し,控訴人TOWAに対し,顧客対応業務を引き受けるよう依頼したが,その際,顧客対応業務のためにも必要な情報を含む本件顧客情報について,控訴人TOWAとの間で何の取決めも行っていないことなどに照らせば,被控訴人の主張する使用料率10パーセントには何の根拠もないというべきである。

加えて,④被控訴人における一審被告メックスの製品の販売事業は,本件顧客情報されあれば利益が出るというような性質のものではなく,営業要員による顧客に対するアフターサービス等の日々のきめ細かな対応(顧客対応業務の誠実な履行)及び営業要員による粘り強い営業活動の継続があって初めて新たな商品販売取引に結びつく性質のものであって,本件顧客情報は,単に新たな取引のきっかけとなるものにすぎないこと,⑤控訴人TOWAは,顧客対応業務を被控訴人の要請により引き受けたが,被控訴人は,控訴人TOWAに対し,現在に至るまで顧客対応業務の履行の対価を支払っていないこと,⑥被控訴人から引き受けた顧客対応業務については,被控訴人が顧客との間でリース期間中のメンテナンスを無料とする約束をしていたため,控訴人TOWAは,顧客に対し,アフターサービス費用の支払を求めることができず,控訴人TOWAが顧客対応業務の履行に要する人件費等の費用を負担している状況にあることを考慮すれば,本件において,被控訴人が本件顧客情報の使用について受けるべき金銭の額は,ゼロ又はゼロに極めて近い金額と評価されるべきである。

(ウ) 控訴人TOWAの売上高について

控訴人TOWAの売上げに関する証拠(乙57,58,乙60ないし62)は,控訴人TOWAにおいて,柏支店の営業売上一覧を基に1件ごとに担当営業要員に聴き取り調査を行った上で作成されたものであり,作成に当たっては,①顧客の側からクレーム・アフターサービス依頼等のアプローチがあって,当該顧客を訪問し,成約に結びついた取引,②当該営業要員が旧知の間柄で,頻繁に接触していた顧客との間の取引,③いわゆる「軒並み訪問」により成約に至ったと明らかに認められる取引については,本件顧客情報には依拠しなかったか,又は本件顧客情報に依拠する必要がなかったものであるから集計から除外したが,それ以外の取引については集計している。

被控訴人は,控訴人TOWAの集計に係る売上げ以外にも,本来計上されるべき売上げが1060万5892円存在する旨主張するが,いずれの取引も,本件顧客情報を使用した取引には該当しない。

また,控訴人TOWAにおいて,柏支店以外には,本件顧客情報を使用したと評価されるような営業活動は存在せず,本件顧客情報の使用料相当額の算定に反映されるべき営業実績はない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(本件顧客情報が不正競争防止法2条6項の営業秘密に当たるか否か)については,次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「第3 当裁判所の判断」の1(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決18頁14行目から同頁21行目までを次のとおり改める。

「前記(ア)の認定事実,並びに前記第2,2の前提事実(2)イ及び(3)の事実によれば,被控訴人は,本件顧客情報を管理部に設置された顧客管理パソコンに集約した上で,施錠や警備装置の設置によって,管理部内への部外者の立入りを制限し,また,顧客管理パソコンについてのパスワードの設定,本件顧客情報へのアクセス権者の限定及び本件顧客情報の開示手続と開示された顧客情報の管理責任者の明確化によって,本件顧客情報の閲覧を制限し,さらに,就業規則等で本件顧客情報の守秘義務を従業員に課すとともに,その周知に努めていたものと認められる。」

(2)  原判決18頁22行目から19頁11行目までを削除する。

(3)  原判決20頁1行目の後に,改行の上,次のとおり付加する。

「また,Bの陳述書(乙20)やAの陳述書(乙19)には,Bが平成21年9月に管理部から営業部に配置換えとなった後も,管理部の指示で,顧客管理パソコンの本件顧客情報から必要な情報を抽出してCDに記憶する作業を行っていた旨の記載があり,原審証人Aも,その証人尋問においてこれに沿う証言をするが,仮に,そのような事実があったとしても,Bは,前記のように本件就業規則等により守秘義務を課された状況で,管理部からの個別具体的な指示に基づいて当該作業を行っていたというものであるから,それによって直ちに本件顧客情報の秘密管理性が失われるものではない。」

(4)  原判決20頁21行目の「営業秘密」を「不正競争防止法2条6項の営業秘密」と改める。

2  争点2(控訴人X1及び同X2が,不正競争防止法2条1項4号ないし9号の不正競争行為を行ったか否か)について

(1)  前記前提事実に証拠(甲4,9,甲26の1ないし3,甲28ないし32,34,35,41,55,甲56の2・3,甲63,甲64の1ないし3,甲65の1ないし4,甲66,甲67の1ないし11,甲68,甲76の1・2,甲78の1ないし6,甲79,80,82ないし86,乙1,乙2の1ないし3,乙4,5,乙6の1・2,乙9の1ないし3,乙10,11,16ないし21,23,24,47ないし54,原審証人D,同A,原審被控訴人代表者本人,原審控訴人TOWA代表者兼控訴人X1本人,原審控訴人X2本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

ア 被控訴人の事業内容等

被控訴人は,昭和57年6月8日,レジスター,計算機の製造及び販売等を業とする東和レジスター販売株式会社の販売会社として設立され,平成3年2月1日には,同社を吸収合併した一審被告メックスとの間で,売買取引契約を締結した。

被控訴人は,一審被告メックスとの間で売買取引契約を締結した後は,同社からレジスターや電光表示器等の製品を継続的に仕入れてこれを顧客に販売する業務を行うとともに,販売した製品の修理や交換等の顧客対応業務を行っていた。

イ Aの被控訴人における職務上の地位等

(ア) Aは,平成4年11月に被控訴人に入社したが,その際,被控訴人に対し,「勤務契約書」(甲84)を差し入れた。

上記勤務契約書には,「在職中は勿論,退職後も貴社(判決注・被控訴人)の利害に関する事項及び業務上知り得た機密は他に漏洩しないこと」を誓約する旨の記載がある。

(イ) Aは,平成5年5月ころから平成22年3月31日に退職するまでの間,被控訴人の本社の管理部に勤務していた。

被控訴人においては,管理部が顧客情報の運用管理を担っているが,Aは,平成21年7月から退職するまでの間,営業管理部の総務課長の職にあった。Aの部下には,F及びB(平成21年9月9日以降は,Bに替わりG)が配置されており,顧客情報の運用管理を行う責任者の立場にあった。

ウ 被控訴人が営業活動を停止するに至る経緯等

(ア) 一審被告メックス代表取締役のHとその取締役であった控訴人X1は,平成21年5月上旬,被控訴人代表取締役のEに対し,被控訴人の事業を一審被告メックスの子会社である控訴人TOWAに譲渡することを打診した。

Eは,被控訴人の売上げが平成18年ころから毎年減少し,平成20年5月期(平成19年6月1日から平成20年5月31日)以降の決算では損失を計上する状況に至っていたので,控訴人TOWAへの事業譲渡の方針に賛同し,以後,控訴人X1,被控訴人の事業評価を担当する公認会計士であるI(以下「I」という。)との間で,譲渡や評価の方法,役員や従業員の引継ぎや待遇等につき,協議をするようになった。

(イ) 平成21年6月10日,E,控訴人X1及びIが出席して,事業譲渡に関する打合せが行われた。

この際,Iから,E及び控訴人X1に対し,被控訴人の平成20年5月期決算資料を基に被控訴人の事業を暫定的に評価した「TX東関東販売 初期的試算」と題する書面(甲28)が提示され,事業譲渡のスキーム,被控訴人の事業価値評価の方法や評価の前提,被控訴人の役員や従業員の処遇など,今後事業譲渡に向けて協議すべき内容の確認やスケジュール等について打合せが行われた。

なお,被控訴人の「のれん代」については,上記試算においては考慮されていないことから,控訴人TOWAと被控訴人との間で協議することになった。

(ウ) 平成21年7月16日,E,控訴人X1(同年6月30日に控訴人TOWAの代表取締役に就任)及びIらが出席して,事業譲渡に関する打合せが行われた。

この際,Iから,被控訴人について行ったデューデリジェンスに関する説明や,Eからの質問事項に対するその当時における控訴人TOWAの考えに関する説明等がされた。すなわち,Eから,他の販売会社との統合計画の進捗状況を含めた今後の控訴人TOWAの組織体制,被控訴人の従業員の処遇等について質問がされ,控訴人X1から,控訴人TOWAにおいて被控訴人の従業員を全員引き継ぐこと,給与体系については半年間は待遇を変更しないが,その後は協議の上変更していく予定であること,販売拠点の統廃合はいずれ行うことになること等が説明された。

(エ) しかし,Eは,控訴人TOWAとの間で進行していた協議内容(譲渡代金を含めた事業譲渡の条件)について納得がいかなかったことから,平成21年7月22日,控訴人X1に対し,事業譲渡の話を一旦断った。

(オ) Eは,その後,被控訴人の売上げが更に減少し(平成21年5月期の決算では売上高が約4億7622万円であったのに対し,平成22年5月期の決算では売上高が約2億1671万円と半分以下に減少している。甲78の5・6),経営状況も厳しくなっていたので,平成21年12月14日,Hと控訴人X1に対し,控訴人TOWAへの事業譲渡を申し入れた。

以後,Eと控訴人X1との間で,事業譲渡について再び協議が行われることになった。

(カ) 控訴人X1は,被控訴人に対し,被控訴人の事業価値の評価に必要な直近の決算書や試算表等資料の提出を求め,平成22年1月15日には,被控訴人から,平成21年11月30日現在の貸借対照表(乙9の2)や損益計算書(乙9の3)の提出を受けた。

控訴人X1は,これらの資料を示して,Iに事業譲渡についての意見を求めた。Iは,控訴人X1に対し,以前の事業譲渡の協議時から時間が経過しており,控訴人TOWA,被控訴人それぞれの経営環境,外部環境,社内体制等に変化が生じていることから,以前の事業譲渡の協議の継続ではなく,現時点における状況を踏まえ,改めて事業譲渡の可能性について検討すべきであること,事業譲渡の範囲や手法等スキーム自体を再検討する必要があること,現時点における被控訴人の業績は,前の協議時(平成21年4月の月次まで)よりも悪化しており,平成21年5月期には営業損失を計上し,その後も営業赤字の状況が続いていることから,営業権を含めて厳しい評価にならざるを得ないこと,このように厳しい評価となることを前提としても,事業譲渡の話を進める意向があるのか否かについては予め被控訴人に確認しておく方がよいこと等を助言した(乙11)。

(キ) 控訴人X1は,Iからの助言を受け,被控訴人から提出された資料に基づき,被控訴人の事業について時価純資産方式で約2300万円と試算した簡単な試算表(甲30)を作成し,平成22年2月初旬ころ,Eに対し,前記試算表を提示した上,事業譲渡よりも被控訴人を解散した方が早い,被控訴人から控訴人TOWAが引き継ぐ資産については評価額を算定して譲渡を受けるなどの話をした。

(ク) Eは,被控訴人の業績が悪化する中で,平成22年5月期の決算までに処理を間に合わせたいという考えもあったことから,被控訴人の解散手続を先行させた上で,控訴人TOWAと同社への資産譲渡,譲渡価格の決定に向けた協議を行っていくこととした。

そこで,Eは,平成22年2月9日の被控訴人の所別長を集めた会議において,出席した所別長らに対し,控訴人TOWAへの事業譲渡を交渉したが,控訴人TOWAにとってメリットがなく,買い取れないと言われたことを話し,さらに,被控訴人を同年2月28日をもって解散し,従業員を全員解雇扱いとすること,新たな事業を行う新会社を設立するが,従業員の採用基準は厳しくすることなどの方針を示し,各所別長に対し,所員に上記方針を伝えるよう求めた。

これを受け,各所別長は,所員に対し,Eが被控訴人を平成22年2月28日をもって解散する方針であることを伝えた。

(ケ) また,Eは,平成22年2月19日,控訴人X1に対し,控訴人TOWAへの資産譲渡,譲渡価格の決定に向けた協議を同社と行っていく方針であることを伝えた。

しかし,Eは,その直後に,被控訴人が顧客から提訴されていたことを知るとともに,被控訴人が労働基準監督署から勧告を受けたことから,同日,控訴人X1に対し,控訴人TOWAへの譲渡に関する協議を一旦停止したいと告げ,その了解を得た。

Eは,同月22日,被控訴人の所別長を集めた会議において,出席した所別長らに対し,被控訴人を解散する方針を撤回する旨を伝えたが,そのころ,被控訴人の従業員に対し,退職を希望する者については会社都合にするので退職届を提出するよう求めた。

これを受け,被控訴人の従業員31名のうち23名から,同月27日ころ,被控訴人に対し,同年3月31日限りで被控訴人を退職する旨の退職届が提出された。

(コ) Eは,多数の従業員から退職届が提出されたことから,平成22年4月1日以降の被控訴人の営業活動の継続を断念し,同年3月2日,控訴人X1に対し,経緯を説明した上で,同年4月1日以降の被控訴人の顧客対応業務の引受けと退職する従業員の雇用を依頼した。

これを受けて,控訴人X1は,一審被告メックスの製品の顧客を保護するという観点から,被控訴人の顧客対応業務を引き受けることにし,また,被控訴人を退職する従業員についても,控訴人TOWAへの就職希望者には面接を行い雇用を検討することにして,その旨を,Eに伝えた。

以後,被控訴人側はAが,控訴人TOWA側は控訴人X2がそれぞれ窓口となって,被控訴人従業員の転職に伴う作業を進めることになった。

(サ) 被控訴人は,平成22年3月3日,従業員に対する会社説明会を行い,控訴人TOWAが被控訴人の受け皿として,従業員を雇用する方針であることについて説明し,転職の希望の有無を聴取した。

控訴人X2は,同月3日,Aから控訴人X1を経由して,被控訴人から控訴人TOWAへの転職を希望する従業員27名の年齢や勤続年数等をまとめた一覧表(乙6の2)の送信を受けたので,控訴人TOWAでの採用準備を進めていたが,同月5日にはうち6名が転職を辞退したことから,同月中旬ころ残る21名について面接を実施したが,同月9日にうち10名が被控訴人に対し過去約2年分の残業代の支払を請求する内容証明郵便を被控訴人に送付していたことが判明したことから,同人らを除く11名を採用することとした。

エ 控訴人TOWAの本件顧客情報の取得の経緯等

(ア) 平成22年3月26日,控訴人TOWAの本社において,控訴人X2と,控訴人TOWAに転職することになっている被控訴人の従業員らとの間で,同年4月1日以降の業務等について打合せが行われたが,その際,被控訴人から顧客に対して,同年4月1日以降の顧客対応業務が控訴人TOWAに移管される旨の通知を未だに行っていなかったことが判明した。

そこで,控訴人X2が,直ちに,顧客への通知書の文案(甲4)を起案し,打合せに参加していたAが,これを被控訴人にファックス送信してEの承認を得た(乙5)。

上記通知書は,その作成日付を平成22年3月29日,作成名義を被控訴人代表取締役社長のE,題名を「お客様サポートセンター開設のご案内」とするものであり,文面には,「東和レジスター東関東販売株式会社はこのたび都合により,平成22年4月1日をもって業務を株式会社TOWAに移管することとなりました。」,「つきましては,今後,お客様にご使用いただいております商品のサービス及びメンテナンスに伴うサポートに限り,株式会社TOWAが引き続き承るべく「お客様サポートセンター」を開設致しました。」,「業務内容 ①東和レジスター東関東販売のお客様問い合わせ(修理依頼等)に対する応対 ②上記お客様に対する修理・メンテナンスに関する現場対応 ※東和レジスター東関東販売㈱とのご契約に関するお問い合わせ等には対応出来ませんので,予めご了承願います。」などと記載されていた。

(イ) Aは,控訴人X2から通知書の文案を受け取ると,平成22年3月26日,被控訴人の本社に戻り,顧客への本件通知書の発送作業にとりかかった。

Aは,通知書を発送する顧客の範囲については,直近6年間に被控訴人と取引のあった顧客に絞ることとし,パソコン作業に詳しいBに対して,顧客管理パソコンを用いての対象者の抽出や封筒の宛名印刷を指示した。また,管理部に所属するDやFに対しては,Bが封筒の宛名印刷を開始し,本件通知書の封入ができる状況になったら,他の業務より優先してその作業に従事するように指示した。

Aから指示を受けたBは,同日,3階の管理部にある顧客管理パソコンからUSBメモリに本件顧客情報を記憶させ,USBメモリから2階にある電光表示器変更パソコンに本件顧客情報を移行して,同月29日ころまで電光表示器変更パソコンを使用して封筒の宛名印刷作業を行った。

Aら管理部員は,Bが宛名印刷を終えた封筒に本件通知書を封入する作業に従事し,同月29日ころ,本件通知書を顧客に向けて発送した。

なお,同月27日午後ころから封筒への宛名印刷が開始されたが,本件通知書を発送する対象となる顧客数は7529名に上ったことから,Aは,他の管理部員とも相談の上,うち約3250件については外部の業者に発送作業を委託することにした(甲76の1)。

(ウ) 平成22年3月27日,Eの招集により,被控訴人の社長室において社内会議が開催され,本件移管に伴って控訴人TOWAに引き渡す物品の決定や同年4月1日以降営業活動を停止することに伴う諸契約の処理等について話し合われた。同会議には,Eのほか,Aや営業部に所属するJ(以下「J」という。)を含め数名の従業員が参加していた。

同会議において,サービス責任者の立場にあったJから,アフターサービスとして電光看板の宣伝内容を変更するときには,表示変更ソフトが必要であるから,電光表示器変更パソコンを控訴人TOWAに引き渡すことが提案され,Eは,同パソコンを控訴人TOWAに引き渡すことを決定したが,本件通知書の発送業務には関与していなかったため,当時,電光表示器変更パソコンの中に本件顧客情報が入っていることを知らなかった。

Aは,その前日である同月26日に,本件通知書の発送対象者の抽出や封筒の宛名印刷をAから指示されたBが,2階にある電光表示器変更パソコンに本件顧客情報を移行して,同パソコンを使用して上記作業を行っているのを知っていたが,上記会議の席上で,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報を移行して通知書の発送作業を行っていることに何ら言及しなかった。

(エ) Aは,平成22年3月29日ころには本件通知書の発送作業が終了していたにもかかわらず,同日以降もBに対して,電光表示器変更パソコンからの本件顧客情報の削除を指示することはなかった。

Aは,同月31日をもって被控訴人を退職し,同年4月1日控訴人TOWAに入社した。

(オ) 平成22年4月1日,本件移管にともなって,被控訴人から控訴人TOWAに対し,電光表示器変更パソコンが引き渡され,控訴人TOWAは,同パソコン内に記憶されていた本件顧客情報を取得した。

Bは,同年3月31日をもって被控訴人を退職し,同年4月1日控訴人TOWAに入社した。Bは,同日,控訴人TOWAに出勤すると,被控訴人から引き渡された電光表示器変更パソコンを起動し,同パソコン内に本件顧客情報が記憶されたままであることを確認した。

オ 控訴人TOWAにおける本件顧客情報の使用等

(ア) Bは,控訴人TOWAでは,サービス部に配属となり,被控訴人から移管された顧客対応業務等に従事したが,その業務を遂行するについて,本件顧客情報を使用していた。

(イ) Aは,控訴人TOWAでは,管理部に配属となり,被控訴人から移管された顧客対応業務等に従事したが,その業務を遂行するについて,本件顧客情報を使用していた。

(ウ) 控訴人TOWAは,平成22年4月からしばらくの間は本店営業部における営業活動において本件顧客情報を使用していたが,同年6月1日以降は,被控訴人が従前柏営業所として使用していた賃借物件を引き継ぎ,同物件を柏支店(開始当初は柏営業所)として営業を開示し,柏支店における営業活動に本件顧客情報を使用するようになり,その後も現在に至るまで柏支店における営業活動に本件顧客情報の使用を継続している。

控訴人TOWAの柏支店には,開店当初から,被控訴人で営業を担当していたK,L及びMらが勤務していた。

カ 控訴人X1及び同X2が本件顧客情報の取得及び使用を認識するに至る経緯等

(ア) AやBは,被控訴人から移管された顧客対応業務を遂行するについて,本件顧客情報以外の情報や被控訴人の対応が必要になると,「サービスカード」(甲64の1ないし3等)という照会用紙に販売先の名称や連絡先,販売した製品,用件等を記載して,これを被控訴人に送付し,被控訴人に回答してもらったり,対応してもらったりしていた。

(イ) Eは,平成22年7月ころ,一審被告メックスの他の販売会社の社長から,同社が,控訴人TOWAから被控訴人の顧客に関する情報を教えてもらったことが数回ある旨の話を聞き,控訴人TOWAが本件顧客情報を取得したのではないかと疑いを持った。

その後,Eは,Dから,Aから送付される「サービスカード」に契約番号等の本件顧客情報を使用しなければ記載することができないはずの情報が記載されている旨の報告を受け,同年6月以降に送付されてきた「サービスカード」を確認したところ,Dからの報告のとおり,そこに契約番号等の情報が記載されていた。

(ウ) そこで,Eは,平成22年8月18日ころ,Aに電話をかけ,「サービスカードになぜ契約番号が載っているんだ。顧客データを使っているんだろう。」などと,本件顧客情報を使用しているのではないかと問い質した。これに対し,Aは,初めは使用していないと否定したが,Eが更に詰問したところ,本件顧客情報を使用していることを認めるに至った。

(エ) Aは,Eから上記電話を受けた後,上司である控訴人X2に対し,Eから本件顧客情報を被控訴人の許可なく使用しているとして詰問する電話を受けたことを報告し,その対処方を相談した。

控訴人X2は,Aからの報告を受けた後も,Aを始め控訴人TOWAの従業員らに対し,本件顧客情報の使用の停止を指示することはなく,かえって,「東関東販売のユーザーサポートをするのだから,顧客情報があってもいいだろう。」などと述べ,従業員らがその後も,控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報を使用することを承認した。

Aは,控訴人X2とも相談の上,以後,「サービスカード」に契約番号などの情報を記載しなくなった(甲65の1ないし4)。

(オ) Eは,平成22年8月下旬ころ,控訴人TOWAを訪問し,控訴人X1に対し,被告TOWAの業務の遂行に本件顧客情報が被控訴人の許可なく使用されていることを指摘し,その理由を問い質すなどした。

控訴人X1は,自分は関与していないなどと述べるのみで,Eに対し,明確な回答をしなかった。

控訴人X1は,Eから指摘を受けた後も,Aを始め控訴人TOWAの従業員らに対し,本件顧客情報の使用の停止を指示することはなく,従業員らにその後も,控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報の使用を継続させた。

(カ) なお,Eから,控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報を被控訴人の許可なく使用している旨の指摘を受けるのに先立ち,控訴人X1は,平成22年7月13日ころ,Eに対し,本件移管に関して,被控訴人が控訴人TOWAに対し,顧客台帳や最大限の情報を提供するなどして協力すること,被控訴人が負う1年間の「通常無償保証サービス」を控訴人TOWAが引き受けた顧客先に対しては,控訴人TOWAにおいて通常の営業活動を行うことを認めること,被控訴人が控訴人TOWAに対し,上記「通常無償保証サービス」を引き受けるために必要な経費として1820万円を支払うことなどを記載した覚書(甲35)に押印するよう求めたが,Eは,これに応じなかった。

また,これを受けて,Eからは,同年8月ころ,控訴人X1に対し,被控訴人にある営業権を評価して買い取って欲しい旨の要求があったが,控訴人X1はこれを拒絶した。

(2)  原審証人Aは,平成22年3月27日の社内会議に出席していたが,当時,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報が記憶されていることを知らなかった旨証言し,当審において提出した陳述書(乙53)にも同旨の記載がある。

しかしながら,Aが原審において提出した陳述書(乙19)では,「2階にあるパソコンにも顧客情報をコピーして印刷することになりました。その際,対象となるユーザーだけ選別してコピーするのは逆に手間と時間がかかるため,管理部の社員で話し合って,全てのデータをコピーすることになりました。」と記載していたこと,原審証人尋問において,全てのデータをコピーすることに関し,管理部の誰と話をしたのかという原告代理人の質問に対し,Dとは最低話をしていると思う旨証言し,さらに,発送作業に必要な部分だけではなく全てのデータをコピーした理由は,Bから6年間に取引のあった顧客7000件を抽出してからコピーをするよりも,全てのデータをコピーした方が速いと聞いたからである旨や本件顧客情報をコピーする作業を行ったのはBであるが,上記社内会議の時点において,Bから本件顧客情報のデータを削除したという報告を受けたことはない旨を証言していることに照らし,これらと矛盾する上記証言部分及び陳述書(乙53)における記載は,容易に信用することはできない。

Bは,本件通知書の発送作業を行った当時,被控訴人の管理部所属ではなかったが,管理部の総務課長であるAからの指示で上記発送作業に従事したことや,平成22年3月当時,Aに対して,本件移管に際し,被控訴人の備品の整理に伴い顧客情報等を消去しておく必要があるか否か指示を仰いでいたことなどに照らせば,Bが,Aの了解を得ずに,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報を複製したとは考え難いのであって,Aは,Bが,本件通知書の発送作業を行うに際し,電光表示器変更パソコンに本件顧客情報を複製したことを認識していたものと認めることができる。

なお,控訴人X1及び同X2が,AやB,あるいはCに指示して,本件顧客情報を顧客管理パソコンから複製して取得したとの事実,Aが平成22年3月31日にBに指示して本件顧客情報を顧客管理パソコンから複製して取得したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  不正競争行為該当性について

ア 前記第2,2の前提事実(3)のとおり,被控訴人においては,本件規定3や本件就業規則9条11号,11条,50条により,被控訴人を退職する前後を問わず,正当な理由なく,従業員が被控訴人の顧客情報,その他の機密情報等を取得したり,社外に持ち出したり,第三者に開示したりすることを禁止しており,さらに,前記(1)イ(ア)のとおり,Aは,被控訴人に入社した際,「勤務契約書」(甲84)を差し入れて,退職する前後を問わず,業務上知り得た被控訴人の機密を他に漏洩しないことを誓約していた。

しかるに,顧客情報を管理する管理部の総務課長であったAは,平成22年3月26日ころ,顧客に対して本件移管を通知する本件通知書の発送作業を行う際に,Bに指示して,顧客管理パソコンから電光表示器変更パソコンに本件顧客情報をエクセルファイルの形式で複製させたが,同パソコン内に本件顧客情報が記憶されていることを上司であるEに報告することはなかった。そして,同月27日に被控訴人で開催された社内会議において,電光表示器変更パソコンを本件移管に伴い控訴人TOWAに引き渡すことが提案されたが,Aは,同会議に出席していたにもかかわらず,同パソコン内に本件顧客情報が記憶されていることに言及せず,電光表示器変更パソコン内に本件顧客情報が記憶されていることを知らないEによって,同パソコンを控訴人TOWAに引き渡すことが決定された。さらに,Aは,本件移管に伴い電光表示器変更パソコンが控訴人TOWAに引き渡されることを知りながら,本件通知書の発送作業を終えた後においても,同パソコン内に記憶された本件顧客情報を自ら削除することも,Bに指示して削除させることもしなかった。このため,同年4月1日に本件顧客情報のデータが記憶されたままの状態の電光表示器変更パソコンが被控訴人から控訴人TOWAに引き渡される事態となり,本件移管後においては,本件顧客情報は,控訴人TOWAにおいて,顧客対応業務におけるサービスカードの作成やその本店あるいは柏支店での営業活動に使用されていたものである。

Aによる上記一連の行為は,秘密を守る法律上の義務に違反して,被控訴人の営業秘密である本件顧客情報を控訴人TOWAに開示する行為であるというべきであるから,不正競争防止法2条1項8号に規定する不正開示行為に該当するものと認めるのが相当である。

イ 被控訴人のような販売会社における顧客情報は,通常,販売に役立つ営業上の秘密情報として管理されていることが多く,のれんの一部を構成するものである。加えて,控訴人X1は,平成21年5月以降,Eとの間で,のれんを含めた被控訴人の事業や資産等を控訴人TOWAで譲り受けるための交渉を断続的に行い,控訴人X2も,平成22年3月以降,控訴人TOWAによる顧客対応業務の引受けに係る作業に従事していたが,本件顧客情報は控訴人TOWAが引き受けた顧客対応業務において有用なものであったにもかかわらず,本件移管において,被控訴人が控訴人TOWAに対し本件顧客情報を明示して開示する手続をしておらず(原審における控訴人X1の本人尋問において,控訴人X1は,被控訴人との間で,本件移管に伴い被控訴人の顧客情報を控訴人TOWAに移転するという話をしたことはない旨供述し,また,原審における控訴人X2の本人尋問において,控訴人X2は,被控訴人が本件移管に伴い被控訴人の顧客情報を控訴人TOWAに移転することに同意しているという話を聞いたことはない旨供述している。),また,本件移管後においても,Eは,控訴人TOWAから覚書(甲35)の作成を求められてもこれに応じず,かえって,控訴人TOWAに対し,被控訴人の営業権を買い取ることを求めていたのであるから,控訴人X1及び同X2は,本件顧客情報が被控訴人の営業秘密に当たるとの認識を有していたものというべきである。

しかるに,控訴人X1は,平成22年8月下旬ころ,Eから,控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報が被控訴人の許可なく使用されていることについて問い質されたにもかかわらず,本件顧客情報の使用を止めるような対策を何ら講ずることなく,控訴人TOWAの柏支店における使用等を継続させていたものであるから,遅くとも同年9月以降,控訴人TOWAの代表取締役としての職務を行うにつき,Aの不正開示行為によって控訴人TOWAに本件顧客情報が開示されたことを知って,若しくは重大な過失により知らないで本件顧客情報を使用したものというべきであり,控訴人X1の上記行為は不正競争防止法2条1項9号の不正競争行為に該当するものと認めるのが相当である。

ウ また,控訴人X2は,控訴人TOWAの取締役として,本件移管や本件移管に際しての被控訴人の元従業員の控訴人TOWAでの採用にも控訴人TOWA側の窓口として関与し(乙18),平成22年当時は控訴人TOWAの管理部,本店営業部及びサービス部の部長の職にあった者であるが(乙36,37),同年8月下旬ころ,Aから,本件顧客情報を被控訴人の許可なく使用しているとしてEに問い質されたことについて報告を受けた後も,Aを始め控訴人TOWAの従業員らに対し,本件顧客情報の使用の停止を指示することはなく,かえって,Aに対し,「東関東販売のユーザーサポートをするのだから,顧客情報があってもいいだろう。」などと述べ,従業員らが今後も控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報を使用することを承認したものである。

控訴人TOWAの営業部門を担当する取締役であり,かつ,本件移管やこれに際しての被控訴人の元従業員の採用にも関与している控訴人X2が控訴人TOWAにおける本件顧客情報の使用を承認し,実際,その後も同社では本件顧客情報を使用した営業が継続されていることからすると,控訴人X2においても,遅くとも平成22年9月以降,控訴人TOWAにおける自己の職務の執行につき,Aの不正開示行為によって控訴人TOWAに本件顧客情報が開示されたことを知って,若しくは重大な過失により知らないで,本件顧客情報を使用したものというべきであるから,控訴人X2の上記行為は不正競争防止法2条1項9号の不正競争行為に該当するものと認めるのが相当である。

エ 控訴人X1は控訴人TOWAの代表取締役(平成21年6月30日就任)であり,控訴人X2は控訴人TOWAの取締役(平成21年6月30日就任)であるが,控訴人X1の前記イの不正競争行為及び控訴人X2の前記ウの不正競争行為は,控訴人TOWAの職務を行うについてされたものであるから,控訴人X1及び同X2の上記不正競争行為は,控訴人TOWAの不正競争行為にも該当するものと認められる。

(4)  控訴人らの主張について

ア 控訴人らは,被控訴人は,本件移管の約1か月前には自らの意思で営業活動を停止し,控訴人TOWAとの間で,同社に対して顧客対応業務全般を移管する旨を合意したのであるから,控訴人TOWAに対し,本件顧客情報の開示も認めていたというべきである旨主張する。

しかしながら,本件通知書には,控訴人TOWAが被控訴人に替わり提供する業務の内容は,顧客からの問い合わせ(修理依頼等)に対する応対及び修理・メンテナンスに関する現場対応であって,被控訴人との契約に関する問い合わせ等には控訴人TOWAでは対応しない旨が記載されており,被控訴人から控訴人TOWAに移管された業務は顧客との取引に係る業務の全てではなかったこと,本件移管に伴い被控訴人から控訴人TOWAに引き渡すものとして,被控訴人の顧客情報に係るデータや物件は挙げられていなかったこと(甲9,34),Eと控訴人X1又は同X2との間で,本件移管に伴い被控訴人の顧客情報を控訴人TOWAに移転するという話がされたことはないこと(原審控訴人X1本人,同X2本人),Eは,本件移管後においても,控訴人TOWAに対して,被控訴人の営業権を買い取るよう求めたり,Aや控訴人X1に対し,控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報が被控訴人の許可なく使用されていることを問い質したりしていたこと,Eから本件顧客情報の使用を問い質された際,控訴人X1は,Eに対し,控訴人TOWAにおいて本件顧客情報を使用している理由について明確な回答をしなかったことや,控訴人TOWAにおいては,その後は被控訴人に送付するサービスカードに本件顧客情報を使用しなければ記載することができないような情報を記載しなくなったことなどに照らせば,被控訴人が控訴人TOWAに対し,本件移管に伴って本件顧客情報を開示することを認めていたとは考え難く,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。

イ 控訴人らは,不正競争防止法2条1項9号が適用されるには,当事者たる事業者間に事業活動上の競争関係が存在することが必要であるが,被控訴人は,控訴人TOWAが本件営業秘密を入手した平成22年4月1日より1か月以上前の段階で,事業停止状態に陥っていたから,控訴人TOWAと被控訴人との間には,既に平成22年3月上旬の段階で競争関係はなく,本件において,控訴人らによる本件顧客情報の使用について,同号を適用するのは誤りである旨主張する。

しかしながら,不正競争防止法2条1項9号は,法文上,営業秘密の冒用者と被冒用者との間の競業関係の存在を要件としていない。

また,この点を措くとしても,被控訴人は,平成22年4月1日の本件移管後は,移管した顧客対応業務を行っておらず,主たる業務であった一審被告メックスの製品の営業販売活動は停止したものの,廃業したわけではなく,同日以降も一定の法人としての事業活動を行っていたものであるから(弁論の全趣旨),被控訴人と控訴人TOWAとの間に競業関係自体がなくなったということはできない。控訴人らが被控訴人における営業の成果である本件顧客情報を冒用する行為は,自由競争の範囲を逸脱し,競争秩序を破壊する行為であるというべきであるから,不正競争防止法2条1項9号の不正競争行為に該当することは明らかである。

したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。

ウ 控訴人らは,本件顧客情報を使用した事業を行っているのは控訴人TOWAであって,控訴人X1や同X2ではないから,控訴人X1及び同X2について不正競争防止法を適用するのは誤りである旨主張する。

しかしながら,不正競争防止法2条1項は,その法文上「不正競争」の行為者を「事業者」に限定していない。

控訴人X1は,Eから,控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報が被控訴人の許可なく使用されていることについて問い質されたにもかかわらず,本件顧客情報の使用を止めるような対策を何ら講ずることなく,控訴人TOWAの柏支店における使用等を継続させていたものであり,また,控訴人X2は,Aから,本件顧客情報を被控訴人の許可なく使用しているとしてEに問い質されたことについて報告を受けた後も,Aを始め控訴人TOWAの従業員らに対し,本件顧客情報の使用の停止を指示することはなく,かえって,Aに対し,「東関東販売のユーザーサポートをするのだから,顧客情報があってもいいだろう。」などと述べ,従業員らが今後も控訴人TOWAの業務の遂行に本件顧客情報を使用することを承認したものであるから,控訴人X1及び同X2は,本件顧客情報を使用したものと認められることは,前記(3)認定のとおりである。

したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。

(5)  小括

以上によれば,控訴人TOWA,同X1及び同X2は,被控訴人に対し,連帯して,被控訴人が不正競争行為により被った損害を賠償すべき責任を負う。

3  争点3(被控訴人の損害の発生及びその額)について

(1)  被控訴人は,控訴人らの不正競争行為により被控訴人が被った損害の額は,不正競争防止法5条2項又は同条3項3号によれば,本件顧客情報の価値に相当する,被控訴人が6年間にリプレイス販売及び複数契約により得られる利益の合計額7億5013万3882円から人件費相当額である1億7205万8676円及び車両費等の合計額である7531万2161円を控除した残額である5億0276万3045円であり,また,民法709条によれば,本件顧客情報の価値に相当する5億0276万3045円であるとして,少なくとも逸失利益として1億円及び弁護士費用相当額として1000万円の損害賠償請求権を有する旨主張する。

(2)  逸失利益について

ア 不正競争防止法5条2項に基づく損害額の主張について

不正競争防止法5条2項は,「不正競争によって営業上の利益を侵害された者が故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為により利益を受けているときは,その利益の額は,その営業上の利益を侵害された者が受けた損害の額と推定する。」と規定する。

同項は,侵害者が侵害行為により利益を受けているときは,被侵害者も同額の利益を得られたはずであるという一応の経験則に基づき,逸失利益を推定するものである。

しかるに,被控訴人においては,前記2(1)認定のとおり,平成22年4月1日をもって控訴人TOWAに顧客対応業務を移管しただけでなく,同年3月31日をもって,レジスターや電光表示器等の一審被告メックス製品の営業販売を実質的に停止したものであるから,被控訴人が主張するように,従前からの契約に関する事項の対応や売掛金の回収等は継続しているとしても,同年4月1日以降,レジスター及び電光表示器等の一審被告メックス製品の営業販売活動を行っていない以上,控訴人らが本件顧客情報を使用して一審被告メックス製品の営業販売活動を行わなければ,被控訴人は,一審被告メックス製品の営業販売活動により利益を得られたとはいえず,得べかりし営業上の利益に相当する損害を被ったものと認めることはできない。

したがって,本件においては,不正競争防止法5条2項の推定規定の適用の前提を欠いているといわざるを得ないから,被控訴人の同項に基づく損害額の主張は,採用することができない。

イ 不正競争防止法5条3項3号に基づく損害額の主張について

(ア) 被控訴人は,控訴人らによる本件顧客情報の使用に対し,被控訴人が受けるべき金銭相当額は,本件顧客情報の価値である7億5013万3882円から経費として人件費相当額合計1億7205万8676円及び車両費等の合計7531万2161円を控除した5億0276万3045円であり,少なくとも被控訴人が請求する1億円を下るものではない旨主張する。

そこで検討するに,不正競争防止法5条3項3号は,同法2条1項4号から9号までに掲げる不正競争によって営業上の利益を侵害された者は,故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者に対し,当該侵害に係る営業秘密の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる旨規定するところ,同法5条3項3号の損害額は,「当該侵害に係る営業秘密の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額」であって,「営業秘密の価値に相当する額」ではない。また,この「営業秘密の価値に相当する額」が,被控訴人が6年間にリプレイス販売及び複数契約により得られたであろう利益の額に相当する額に等しいということも根拠に乏しいから,同号の損害額が,被控訴人において6年間にリプレイス販売及び複数契約により得られたであろう限界利益の額に相当する額であると認めることはできない。

したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。

(イ) 次に,被控訴人は,同法5条3項3号の損害額は,控訴人TOWAの平成22年4月1日から平成28年3月31日までの6年間の売上高の10パーセントである旨主張する。

a そこで検討するに,本件顧客情報は,2万6378件の販売先の名称,住所,連絡先,販売した時期や製品,価格,リース期間及び契約番号等から構成され,レジスター及び電光表示器等の製品の営業販売活動に有用な営業上の情報であるから,本件顧客情報自体に一定の財産的価値が認められ,当該財産的価値は,被控訴人がレジスターや電光表示器等の一審被告メックス製品の営業販売を実質的に停止したからといって直ちに失われるものではないから,本件顧客情報の保有者である被控訴人は,控訴人TOWAの営業販売活動に本件顧客情報が使用されることにより,本件顧客情報の使用に対して受けるべき対価の額に相当する額の損害を被ったものと認められるというべきである。

そして,営業秘密の使用に対して受けるべき対価の額に相当する額は,営業秘密の重要性,不正競争行為の態様,侵害者が不正競争行為によって得た利益,被侵害者と侵害者との営業関係や被侵害者の営業政策等を総合考慮して,算定されるべきである。

本件顧客情報は,販売先の名称,住所,連絡先,販売した時期や製品,価格,リース期間及び契約番号等から構成され,レジスター及び電光表示器等同種製品の営業販売活動において,リプレイス販売(通常6年間のリース契約において,残リース期間が2年未満となった顧客に対し,旧製品から新製品へ切り換える形で販売する方法)や複数契約(通常6年間のリース契約において,残リース料や残リース期間が少なくなった顧客に対し,周辺機器等の製品を追加で販売したり,過去に販売した製品と同一又は別の製品を販売したりする方法)の成約に有益かつ重要な情報であると認められる(甲79,80)。これに対し,①本件顧客情報を構成する2万6378件のうち,直近6年間に被控訴人と取引のあった販売先に係る情報は7529件に限られること,②本件顧客情報はレジスター及び電光表示器等同種製品の販売会社にとって,その営業活動に有益な情報であるといえるものの,被控訴人と取引のあった顧客に対する対応業務を控訴人TOWAが平成22年4月1日以降引き継いでいる状況において,控訴人TOWA以外の他の販売会社にとって,本件顧客情報が直ちに契約の成約に結びつくような極めて有益な情報であるとまでは認め難いこと,③ 本件顧客情報は,顧客対応業務を移管された控訴人TOWAにとっては,顧客との間の契約内容を詳細に知り得る営業上の価値を有するものであるといえるが,従来の営業販売活動を実質的に停止した被控訴人にとっては,新たな商品の販売(リプレイス販売や複数契約)等につながるものではないこと,④本件顧客情報により,一審被告メックスの製品を購入していた顧客の存在や購入機種,販売代金,リース契約の内容等を知ることができるとしても,当該顧客との間で新たな契約が成約するか否かは,営業担当の従業員の営業力,新たに販売しようとする製品の性能や品質,保証やアフターサービスの内容等に依るところが大きいのであって,本件顧客情報それ自体が,直ちに新たな契約の成約という営業上の利益をもたらすものではないこと,⑤控訴人TOWAは,被控訴人の要請により,平成22年4月1日以降の顧客対応業務を引き受けたものであり,その円滑な業務の遂行のために,販売先の名称,住所,連絡先,販売した時期や製品等,本件顧客情報のうちの一部の情報については,控訴人TOWAからの問い合わせに応じて,被控訴人から控訴人TOWAに対して開示されることが予定されていた情報であるといえること,⑥控訴人TOWAは,平成22年6月以降,柏支店において,本件顧客情報を使用した営業販売活動を行っているが,同支店には,被控訴人の元営業担当の従業員が複数勤務しているから,本件顧客情報によらずとも,同従業員らの従前の営業経験により,被控訴人の元顧客との間で一定の契約の成立を見込むことができるといえること,⑦控訴人らによる前記不正競争の態様は,A又はBと共謀して本件顧客情報を不正に取得したというものではなく,Aによって開示された本件顧客情報を,取得した後にAによる不正開示行為があったことを知って,又は重大な過失により知らないで使用するという態様にとどまることが認められる。

以上の諸事情を総合考慮すると,本件において,被控訴人が本件顧客情報の使用に対して受けるべき対価の額に相当する額は,控訴人X1及び同X2について前記不正競争行為が認められる平成22年9月1日から平成28年3月31日(被控訴人の顧客は,6年間のリース契約を利用する者が多く,平成22年4月1日から6年後の平成28年3月31日までは本件顧客情報に基づく販売活動により,リプレイス販売や複数契約の成約を期待することができる。甲79,80等。)までの間に,控訴人TOWAが柏支店における本件顧客情報に基づく販売活動により獲得する売上高の3パーセントとするのが相当である。

b 控訴人TOWAの売上高について

⒜ 平成22年9月1日から平成26年3月31日までの売上高について

証拠(乙57,58,60ないし62)及び弁論の全趣旨によれば,平成22年9月1日から平成26年3月31日までの間に,控訴人TOWAが柏支店における本件顧客情報に基づく販売活動により獲得した売上高は,合計2億8024万2989円であると認められる。

⒝ 平成26年4月1日から平成28年3月31日までの売上高について

証拠(甲78の1ないし6)によれば,被控訴人の売上高は,平成17年5月期の決算では約9億3525万円,平成18年5月期の決算では約9億4325万円,平成19年5月期の決算では約8億4084万円,平成20年5月期の決算では約6億4258万円,平成21年5月期の決算では約4億7622万円,平成22年5月期の決算では約2億1671万円であったことが認められ,これらの事実によれば,被控訴人の平成21年の決算における売上高は,平成17年から平成20年の決算における売上高の平均額(約8億4048万円)の2分の1程度,平成22年の決算における売上高は,その4分の1程度にまで減少していたことが認められる。

そうすると,平成26年4月1日から平成27年3月31日までの年間の売上高は,それ以前の4年間の年間平均売上高の2分の1,平成27年4月1日から平成28年3月31日までの年間の売上高は,その4分の1に相当する額と推認するのが相当である。

証拠(乙57,58,60ないし62)及び弁論の全趣旨によれば,平成22年4月1日から平成26年3月31日までの間に,控訴人TOWAが柏支店における本件顧客情報に基づく販売活動により獲得した売上高は,合計3億0171万7465円であると認められるから,上記期間における年間平均売上高は,7542万9366円(3億0171万7465円÷4年間。1円未満切捨て)である。

したがって,控訴人TOWAの柏支店における本件顧客情報に基づく平成26年4月1日から平成28年3月31日までの売上高は,以下の計算式のとおり,合計5657万2024円と推計される。

(計算式)

7542万9366円÷2=3771万4683円

7542万9366円÷4=1885万7341円(1円未満切捨て)

3771万4683円+1885万7341円=5657万2024円

⒞ 前記⒜及び⒝によれば,平成22年9月1日から平成28年3月31日までの間における控訴人TOWAの柏支店における本件顧客情報に基づく売上高は,3億3681万5013円(2億8024万2989円+5657万2024円)となる。

⒟ 被控訴人の主張について

被控訴人は,その集計結果によれば,控訴人らの集計に係る売上げ以外にも,本来計上されるべき売上げが1060万5892円存在する旨主張する。

しかしながら,控訴人らは,被控訴人が指摘する売上げは,①担当の営業要員が旧知の間柄で頻繁に接触していた顧客との間で成約した案件,②顧客からの接触により顧客を訪問して成約した案件,ないしは③軒並み訪問(当日営業にまわるべき担当地域に出向き,片っ端から飛び込みで営業を行うこと)により成約した案件であって,本件顧客情報を使用した営業販売による売上げには当たらないとして,これを否定するところ,被控訴人が指摘する上記売上げが,本件顧客情報を使用した営業販売によるものであることを認めるに足りる証拠はない。

したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。

また,被控訴人は,本件顧客情報を使用した営業販売を行っているのは柏支店に限られない旨主張するが,平成22年9月1日以降において,控訴人TOWAの本店や柏支店以外の支店が,本件顧客情報を使用した営業販売を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

c 本件顧客情報の使用に対して受けるべき対価の額に相当する額

以上によれば,被控訴人が本件顧客情報の使用に対して受けるべき対価の額に相当する額は,以下の計算式のとおり1010万4450円となる。

(計算式)

3億3681万5013円×3%=1010万4450円(1円未満切捨て)

ウ 民法709条に基づく損害額について

前記ア記載のとおり,被控訴人は,平成22年3月31日をもって,レジスターや電光表示器等の一審被告メックス製品の営業販売を実質的に停止し,同年4月1日以降,上記営業販売活動を行っていなかったから,控訴人らが本件顧客情報を使用して一審被告メックス製品の営業販売活動を行ったことにより,被控訴人が一審被告メックス製品の販売機会を失ったとは認められず,被控訴人に,控訴人らの前記不正競争行為がなければ一審被告メックスの製品を販売することにより得られたであろう利益に相当する損害が生じたとは認められない。

被控訴人は,前記不正競争行為により本件顧客情報の価値を喪失したところ,本件顧客情報の財産的価値は,被控訴人が6年間にリプレイス販売及び複数契約により得られたであろう限界利益の額に相当する額に等しい旨主張するが,前記イ(ア)記載のとおり,根拠に乏しいといわざるを得ない。本件においては,被控訴人は,平成22年4月1日以降,レジスター及び電光表示器等の一審被告メックス製品の営業販売活動を行っていない以上,そもそも,被控訴人について,同日以降6年間にリプレイス販売及び複数契約をすることにより得られる利益を想定すること自体困難である。

本件顧客情報に財産的な価値があるとしても,かかる情報は,レジスター及び電光表示器等の営業販売活動に利用することに価値を有するものである以上,その財産的価値は,前記イで認定した不正競争防止法5条3項3号に基づく損害額を超えるものということはできない。

エ 以上によれば,被控訴人に生じた損害の額は1010万4450円であると認められる(不正競争防止法5条3項3号)。

(3)  弁護士費用について

本件の事案の内容,前記損害額及び本件訴訟の経過等を総合すると,控訴人X1及び同X2の前記不正競争行為と相当因果関係のある弁護士費用に相当する損害の額は,100万円と認めるのが相当である。

(4)  合計

以上のとおり,被控訴人の損害額は1110万4450円となる。

(5)  控訴人らの主張について

控訴人らは,控訴人TOWAは,被控訴人の事業停止という緊急事態を受け,被控訴人が本来は自ら費用を負担して履行すべき顧客対応業務を引き受けたのであるから,控訴人TOWAが当該業務を行うために負担した部品調達費用やアフターサービスを履行する要員の人件費等の経費については,衡平の観点から見て,本件顧客情報の使用により被控訴人に生じた損害と損益相殺されるべきである旨主張する。

しかしながら,本件移管により控訴人TOWAが引き受けた顧客対応業務は,被控訴人の顧客からの問い合わせ(修理依頼等)に対する応対や上記顧客に対する修理・メンテナンスに関する現場対応を内容とするものであって(甲4),控訴人TOWAがかかる顧客対応業務を引き受けたのは,被控訴人との間の合意(契約)に基づくものである。

したがって,控訴人TOWAが顧客対応業務を引き受けたことにより,被控訴人が当該業務の遂行に要する費用の支出を免れ,利益を受けることがあったとしても,かかる利益は控訴人TOWAと被控訴人との間の合意(契約)に基づくものであって,控訴人らの不正競争行為に関連して被控訴人が得た利益であるとは認められない。

以上によれば,控訴人らの上記主張は,採用することができない。

4  結論

以上の次第で,被控訴人の本訴請求は,控訴人らに対し,連帯して1110万4450円及びこれに対する不正競争行為の後である平成23年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからいずれも棄却すべきである。

したがって,以上と異なる原判決は変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 柵木澄子)

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