知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10033号 判決 2013年11月21日
原告
サンワサプライ株式会社
訴訟代理人弁護士
平野和宏
訴訟代理人弁理士
森寿夫
同
木村厚
被告
有限会社ケイ・ワイ・ティ
訴訟代理人弁護士
三山峻司
同
井上周一
同
木村広行
同
松田誠司
訴訟代理人弁理士
丸山敏之
同
久德高寛
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2011-800253号事件について平成24年12月17日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,平成12年5月12日,発明の名称を「パソコン等の器具の盗難防止用連結具」とする特許出願をし(特願2000-139328号。甲7),平成16年5月28日,設定の登録(特許第3559501号)を受けた(請求項の数5。甲31。以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 原告は,平成23年12月7日,本件特許に係る発明の全てである請求項1ないし5に係る発明について特許無効審判を請求し,無効2011-800253号事件として係属した(甲37)。
(3) 被告は,平成24年3月8日,本件特許に係る請求項1,2及び5等について訂正を請求した(甲35,36。以下「本件訂正」という。)。
(4) 特許庁は,平成24年12月17日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,平成25年1月8日,原告に送達された。
(5) 原告は,平成25年2月5日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 本件訂正後の本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の本件特許に係る発明を請求項の番号に従って「本件発明1」,「本件発明2」などといい,また,本件特許に係る明細書(甲36)を「本件明細書」という。)。
【請求項1】パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,
主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,
主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片を挟んで重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された一対の回止め片とを具え,
主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とするパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
【請求項2】パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入され,固定構造物への連結用ケーブルとパソコン等の器具とを繋ぐ盗難防止用ケーブルの連結具であって,
主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,
主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したコ字状のスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片を挟んで重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された一対の回止め片とを具え,
主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されており,
該係止部にケーブルを取り付け,又は錠を用いてケーブルを連結することを特徴とするパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
【請求項3】補助プレートのスライド板は,コ字状に形成され,凹部空間に主プレートがスライド可能に嵌められ,主プレートのベース板は,前記スライド板よりも,幅広く形成されている請求項2に記載のパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
【請求項4】主プレート又は補助プレートの一方には,プレートのスライド方向に対して直角に側方に向けて開口する切り込みが開設されており,他方のプレートには,前記切り込みのスライド移行路に対向した領域に切り込みが開設されており,該切り込みは,主プレートを補助プレートに対して前進スライドさせたときに前記切り込みの開口と一致する開口を有し,主プレートを補助プレートに対して後退スライドさせたときに,切り込みの開口を閉じる爪が形成されている請求項1乃至請求項3の何れかに記載のパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
【請求項5】スライド板はコ字状であって,主プレートがスライド可能に嵌まる凹部空間を形成し,係止部は,差込片と回止め片とを重ねた状態のときに一致して貫通するようにベース板とスライド板に開設された孔であり,該孔に錠又はケーブルを通すことによって,主プレートと補助プレートとの相対的なスライドを妨げて固定される請求項1乃至請求項4の何れかに記載のパソコン等の器具の盗難防止用連結具。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本件発明1,2及び5は,下記アの先願明細書1に記載された発明と同一であるとはいえず,その特許は,特許法184条の13で読み替えられた同法29条の2の規定に違反してされたものではないから,同法123条1項2号に該当せず,原告主張の無効理由1(拡大先願違反)は理由がない,②本件発明1,2及び5は,下記ウの引用例1に記載された発明及び周知技術又は下記オの公知文献に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,その特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものではないから,同法123条1項2号に該当せず,原告主張の無効理由2(進歩性欠如(その1))は理由がない,③本件発明1,2及び5は,下記エの引用例2に記載された発明及び周知技術又は下記オの公知文献に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,その特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものではないから,同法123条1項2号に該当せず,原告主張の無効理由2(進歩性欠如(その2))は理由がない,④本件発明1ないし5は,発明の詳細な説明に記載したものであり,本件特許は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たさないものに対してされたものではないから,同法123条1項4号に該当せず,原告主張の無効理由3(サポート要件違反)は理由がない,⑤本件発明1ないし5は,特許を受けようとする発明が明確であり,本件特許は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たさないものに対してされたものではないから,同法123条1項4号に該当せず,原告主張の無効理由4(明確性要件違反)は理由がない,⑥本件発明1ないし5について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり,本件特許は,平成11年法律第160号による改正前の特許法36条4項に規定する要件を満たさないものに対してされたものではないから,同法123条1項4号に該当せず,原告主張の無効理由5(実施可能要件違反)は理由がない,というものである。
ア 先願明細書1:国際出願(PCT/US00/28708号)及び明細書の翻訳文(甲1。出願日:平成12年(2000年)10月17日,甲2(先願明細書2)に基づく優先権主張日:同年3月22日)
イ 先願明細書2:米国特許出願(09/532382号)優先権証明書及び明細書の翻訳文(甲2。出願日:平成12年(2000年)3月22日)
ウ 引用例1:特表平10-513516号公報(甲8)
エ 引用例2:米国特許第6038891号明細書及び翻訳文(甲11。発行日:平成12年(2000年)3月21日)
オ 公知文献:特表平10-508917号公報(甲9)
(2) 本件審決が認定した先願明細書1(甲1)に記載された発明(以下「先願発明」という。),本件発明1と先願発明との一致点及び相違点,本件発明2と先願発明との一致点及び相違点並びに本件発明5と先願発明との相違点は,次のとおりである。
なお,以下において,先願明細書1の記載を引用する際に付する番号は,別紙1の図(FIG.1)等に記載された部材等の番号であり,先願明細書1記載の図1は,別紙1記載の図(FIG.1)である。
ア 先願発明
ラップトップ・コンピュータもしくはPDA等の携帯式機器12,あるいはデスクトップ・コンピュータ・システムのコンポーネント,あるいは他にいずれか静置したい機器にケーブル11を固定するための盗難防止用装置10であって,
相補的形状,例えばL字状の第1部材(外側部材)13およびそれに結合される相補的形状,例えばL字状の第2部材(内側部材)14を含み,
第1および第2部材13,14(本件審決の「15」は明らかな誤記である。)は相互に結合され,その結合は,第1部材内13に形成されたスロットまたは溝21,および第2部材14に結合されスロットまたは溝内に摺動自在に配置されるリベット22により達成され,それによって,第1部材13と第2部材14の間の相対運動を可能としており,
第1部材13では,実質的にT字形のロック部材15が第1部材13の底辺16から突出し,
第2部材14では,実質的に真直な1本のピン17が第2部材14の底辺18から突出し,第2部材14は,第1部材13に対して,第1部材13のロック部材15の突出方向に沿って摺動可能に係合しており,第2部材14をロック部材15の突出方向に摺動させたときに,ロック部材15と重なり,逆向きに摺動させたときに,ロック部材15との重なりが外れるように,前記ピン17がなされており,
第1および第2部材13,14(本件審決の「15」は明らかな誤記である。)とも,部材内に形成された孔20(孔20a,20b,20cおよび20d)を含み,
使用に際しては,静置したい機器の外側壁41に形成されたスロット40内にロック部材15が挿入され,
装置10が約90度回転されると,ロック部材15は実質的にT字形であるため,ロック部材15は,この回転状態では,スロット40から取り外すことができず,
さらに,第2部材14を第1部材13に対して摺動させることにより,ピン17をロック部材15に沿ってスロット40内に延ばすことができ,ピン17がスロット40内にある状態では,装置10を90度回転させることができず,ロック部材15をスロット40から取り外すことができないロック状態となり,
また,第2部材14を第1部材13に対して摺動させることによって,ピン17がスロット40内に挿入され,ピン17とロック部材15とを重ねた状態で,第2部材14と第1部材13の孔20(孔20a,20b,20cおよび20d)同士が整合し,ケーブル11を整合した孔20に挿通することができ,そのケーブル11を机,椅子,キャビネット等,何らかの静止した器具もしくは大型の器具に,あるいは壁に連結されたリングにすらロックもしくは固定することができる,
静置したい機器にケーブル11を固定するための盗難防止用装置10。
イ 本件発明1と先願発明との対比
(ア) 一致点
パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,
主部材と補助部材とを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両部材は分離不能に保持され,
主部材は,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助部材は,主部材に対して,前記主部材の差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片に重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端を突設された回止め片とを具え,
主部材と補助部材には,補助部材を前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されている,
パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(イ) 相違点ⅰ
本件発明1は,主部材と補助部材の形状がプレートであって,補助部材に設けられた回止め片が,差込片を挟んで重なる一対の回止め片であるのに対して,先願発明は,主部材と補助部材の形状が相補的形状,例えばL字状であり,補助部材に設けられた回止め片(ピン17)が1本だけである点。
ウ 本件発明2と先願発明との対比
(ア) 一致点
パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入され,固定構造物への連結用ケーブルとパソコン等の器具とを繋ぐ盗難防止用ケーブルの連結具であって,
主部材と補助部材とを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両部材は分離不能に保持され,
主部材は,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助部材は,主部材に対して,前記主部材の差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片に重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された回止め片とを具え,
主部材と補助部材には,補助部材を前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されており,
該係止部にケーブルを取り付け,又は錠を用いてケーブルと連結する,
パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(イ) 相違点ⅱ
本件発明2は,主部材と補助部材の形状がプレートであり,しかも補助部材のスライド板がコ字状であり,また,差込片を挟んで重なる一対の回止め片であるのに対して,先願発明は,主部材と補助部材の形状が相補的形状,例えばL字状であり,補助部材のスライド板もL字状であり,また,回止め片が1本だけである点。
エ 本件発明5と先願発明との相違点
(ア) 本件発明5は,本件発明1ないし4のいずれかの構成を含むものであるところ,本件発明5のうち,本件発明1又は2を含む部分は,本件発明1及び2について示した前記相違点ⅰ及びⅱに加えて,あるいは相違点ⅰ及びⅱに関連して,次の点で相違する。
(イ) 相違点ⅲ
本件発明5は,補助部材のスライド板は,コ字状であって,主部材がスライド可能に嵌まる凹部空間を形成しているのに対して,先願発明は,補助部材のスライド板は,L字状であって,主部材がスライド可能に嵌まる凹部空間を形成していない点。
(3) 本件審決が認定した引用例1(甲8)に記載の発明(以下「引用発明1」という。),本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点,本件発明2と引用発明1との一致点及び相違点並びに本件発明5と引用発明1との相違点は,次のとおりである。
なお,以下において,引用例1の記載を引用する際に付する番号は,別紙2の図(FIG.7)等記載の部材等の番号であり,引用例1記載の図7は,別紙2記載の図(FIG.7)である。
ア 引用発明1
携帯コンピュータ5の壁10に形成されたスロット15を通して壁10と係合自在であり,携帯コンピュータ5の盗難を防止するためのロックインターフェース55であって,
プレート状の固定心棒200と略プレート状のロック心棒240を含み,
固定心棒200は,本体部205を有し,本体部205は,孔210,2つの係合部材215,220,首部225,および頭部230を含み,係合部材215,220は,固定心棒200の垂直2側にそれぞれ形成されており,
ロック心棒240は,本体部245を有し,本体部245は,孔250,2つの係合部材255,260,および1本のロックピン265を含み,ロック心棒240の湾曲部が係合部材255,260を形成しており,
操作時に,使用者は,固定心棒200の頭部230を壁10のスロット15と整合させて,頭部230をスロット15へ挿入し,ついで,固定心棒200を回転させて,頭部230とスロット15を不整合にすることにより,頭部230と壁10の内面20とが係合し,それによりロックインターフェース55のコンピュータ5からの除去を阻止し,続いて,ロック心棒240のロックピン265をスロット15へ挿入して,固定心棒200の頭部230とスロット15との再整合を阻止し,このとき,固定心棒200の係合部材215,220が,それぞれロック心棒240の係合部材260,255上を摺動することにより,ロック心棒240と固定心棒200とが係合し,さらに,ケーブル35およびロック40を有するロック機構30を,固定心棒200の孔210とロック心棒240の孔250に挿入して,固定心棒200とロック心棒240との係合を維持し,かつコンピュータ5の定着物への係止に使用する,
携帯コンピュータ5の盗難を防止するためのロックインターフェース55。
イ 本件発明1と引用発明1との対比
(ア) 一致点
パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,
主プレートと補助プレートを有し,
主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合し得るスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された回止め片とを具え,
主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されている,
パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(イ) 相違点1
本件発明1は,補助部材に設けられた回止め片が,差込片を挟んで重なる一対の回止め片であるのに対して,引用発明1は,1本のロックピン265(回止め片)を有するにすぎない点。
(ウ) 相違点2
本件発明1は,主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持されており,補助プレートのスライド板は,主プレートに対して,主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合しているのに対して,
引用発明1は,主プレートと補助プレートとは,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し得る(補助プレートのスライド板は,主プレートに対して,主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合し得る)ものであるが,両プレートは分離不能に保持されているものではない点。
ウ 本件発明2と引用発明1との対比
(ア) 一致点
パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入され,固定構造物への連結用ケーブルとパソコン等の器具とを繋ぐ盗難防止用ケーブルの連結具であって,
主プレートと補助プレートを有し,
主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合し得るスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片に重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された回止め片とを具え,
主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されており,
該係止部にケーブルを取り付け,又は錠を用いてケーブルを連結する,
パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(イ) 相違点3
本件発明2は,補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したコ字状のスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片を挟んで重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された一対の回止め片とを具えるのに対して,
引用発明1は,ロック心棒240(補助プレート)のスライド板は,1本のロックピン265(回止め片)を有するにすぎず,また,スライド板の形状は,本件発明2でいうような作用を有する一対の回止め片を設けることが可能であるような「コ字状」とはいえない点。
(ウ) 相違点4
本件発明2は,主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持されているのに対して,
引用発明1は,主プレートと補助プレートとは,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し得る(補助プレートのスライド板は,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合し得る)ものであるが,両プレートは分離不能に保持されているものではない点。
エ 本件発明5と引用発明1との相違点
(ア) 本件発明5は,本件発明1ないし4のいずれかの構成を含むことを前提としたものであるところ,本件発明5のうち,本件発明1又は2を含む部分は,本件発明1及び2について示した前記相違点1ないし4に加えて,あるいは相違点1ないし4に関連して,次の点で相違する。
(イ) 相違点5
本件発明5は,補助プレートのスライド板は,コ字状であって,主プレートがスライド可能に嵌まる凹部空間を形成しているのに対して,
引用発明1は,ロック心棒240(補助プレート)は,図7をみても明らかなように,本体部245とその両側の係合部材255,260とからなり,固定心棒200(主プレート)がスライド可能に嵌まる凹部空間を形成しているといえるが,全体形状(断面形状)がコ字状といえるか明らかでない点。
(4) 本件審決が認定した引用例2(甲11)に記載の発明(以下「引用発明2」という。),本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点,本件発明2と引用発明2との一致点及び相違点並びに本件発明5と引用発明2との相違点は,次のとおりである。
なお,以下において,引用例2の記載を引用する際に付する番号は,別紙3の図(FIG.9A~9C)等記載の部材等の番号であり,引用例2記載の図9Aないし9Cは,別紙3記載の図(FIG.9A~9C)である。
ア 引用発明2
携帯コンピュータ,デスクトップコンピュータ等の盗難にあう機器13に連結するための器具であって,
機器13の外殻17にセキュリティスロット(15または19)を含んでなり,
前記器具は,挿入プレート1とサドル3とを備え,
挿入プレート1は,
第1の平面を形成し中子取付け端を有するタブ2と,
末端及び中子取付け先端を有し,前記中子取付け先端は,前記第1の平面に取り付けられ前記中子取付け端から突出し,前記中子取付け先端に最も近い前記中子取付け端にスロット進入押さえを形成した中子7と,
前記中子7の前記末端に取り付けられ,かつ前記セキュリティスロットの寸法に相補的な周囲形状を有し,ロック解除状態のときに前記セキュリティスロットへ挿入され前記スロットから引き出され,ロック状態のときに外殻17の内側面へ係合させるように適合されたロック部材15と,
を備え,
前記サドル3は,前記タブ2に合わさる大きさであり,
前記サドル3は,
それぞれが合わせ面及びピン取付け端を有する2つのフラップ30,30と,
前記2つのフラップ30,30を結合し,前記2つのフラップ30,30とで実質的にU字形を形成するように適合されたブリッジ部と,
前記第1の平面と平行な第2の平面に結合され,フラップ30,30の前記ピン取付け端からそれぞれ突出し,ロック状態のときに,前記ロック部材15に隣接して前記セキュリティスロットに挿入されるように適合された2つのピン34,34と,
を備え,
器具の組み立て状態では,サドル3は挿入プレート1上を無理なくスライドするもので,
器具を機器13に取り付けるときは,
前記ロック部材15が前記セキュリティスロットへ挿入され,かつ,挿入プレート1が回動することで,前記ロック解除状態から,前記ロック部材15が外殻17の内側の表面に係合するロック状態へ,前記ロック部材15が移行し,
前記サドル3が,前記タブ2に対抗する側である前記フラップ30,30の前記合わせ面に係合する前記タブ2を覆って合わさり,かつ,ピン34,34がロック部材15に隣接して挟み込むように,前記ピン34,34が前記セキュリティスロットへ挿入されることにより,前記ロック部材15の前記ロック解除状態への移行を妨げ,
前記タブ2と前記サドル3は,前記サドル3の前記タブ2への合わさりを維持する取付け機構11,14を含み,前記取付け機構11,14は,前記タブ2及び前記フラップ30,30が開口を形成する部分を含み,これら2つの開口をあわせるとケーブル又は南京錠のアーム(対象物)を挿入することができ,連結又はロック状態からの器具の取り外しや解除を実質的に不可能にするものであり,
盗難にあう機器13に連結した当該器具にケーブル21を挿入するか,又は当該器具に南京錠23のアームを挿入しさらに当該アームにケーブル21を挿入して,ケーブル21を不動のポール25に取り付ける
携帯コンピュータ,デスクトップコンピュータ等の盗難にあう機器13に連結するための器具。
イ 本件発明1と引用発明2との対比
(ア) 一致点
パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,
主プレートと補助プレートを有し,
主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方に向けて突設された抜止め片とを具え,
補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能であるスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片を挟んで重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された一対の回止め片とを具え,
主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されている,
パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(イ) 相違点a
本件発明1は,主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持されており,補助プレートのスライド板は,主プレートに対して,主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合しているのに対して,
引用発明2は,サドル3(補助プレート)は,タブ2(挿入プレート1(主プレート)のベース板)に合わさる大きさであり,器具の組み立て状態では,サドル3は挿入プレート1上を無理なくスライドするものであり,サドル3が,タブ2に対抗する側であるフラップ30,30の合わせ面に係合するタブ2を覆って合わさり,かつ,ピン34,34がロック部材15に隣接して挟み込むように,ピン34,34がセキュリティスロットへ挿入される点。
ウ 本件発明2と引用発明2との対比
(ア) 一致点
パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入され,固定構造物への連結用ケーブルとパソコン等の器具とを繋ぐ盗難防止用ケーブルの連結具であって,
主プレートと補助プレートとを有し,
主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能であるコ字状のスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片を挟んで重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された一対の回止め片とを具え,
主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されており,
該係止部にケーブルを取り付け,又は錠を用いてケーブルを連結する,
パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(イ) 相違点b
前記イ(イ)の相違点aと実質的に同じ。
エ 本件発明5と引用発明2との相違点
前記イ(イ)及びウ(イ)の相違点a及びbと実質的に同じ。
(5) 本件審決が認定した公知文献(甲9)に記載の技術(以下「甲9技術」という。)は,次のとおりである。
なお,以下において,甲9の記載を引用する際に付する番号は,別紙4の図(FIG.4)等記載の部材等の番号であり,甲9記載の図4は,別紙4記載の図(FIG.4)である。
甲9技術
長い平行の側片74と短い平行の側片75からなるほぼ矩形の溝72が設けられた外壁70を有する持ち運び可能なパーソナルコンピュータのような備品に連結し盗難を阻止するための安全装置10の取り付け機構12であって,
内部円筒状空洞38,一対の開口16,開口41,立上がり開口42を有するハウジング36と,
ハウジング36の円筒状空洞38の内部に嵌まる円筒状部分48,操作プレート(立上りプレート)50,ハウジング36の開口41を通って外側に延びて末端に交差部材54を設けたシャフト52,円筒状部分48の周囲の約25%に延びて設けられた溝66,円筒状部分48を通る横断開口68を有するスピンドル46と,
ハウジング36の円筒状内部空洞の内部に受け入れられるようになっている当接プレート58,ハウジング36の開口を通って外側に延びるようになっている一対のピン60を備えた当接機構56と,
当接プレート58とスピンドル46とをそれぞれ後方に付勢し交差部材54をハウジング36に向って付勢するばね62とを,
有しており,
取り付け機構12が組立てられた時,交差部材54とシャフト52とは,シャフトのいずれかの側の一対のピン60と共に開口41を通りハウジング36を越えて外側に延びるものであり,
スピンドル46とハウジング36との関係については,
ハウジング36の開口42に係合されたピン44は,スピンドル46の溝66と係合し,取り付け機構12はピン44を取外すことなしには分解できないようになっており,
操作プレート50によりスピンドル46が回転されて,スピンドル46の円筒状部分48を通る横断開口68が,交差部材54がピン60とは整列しなくなった時,ハウジング36の開口16と整列し,
スピンドル46が溝66の中でピン44によって可能となるように90°回転されることにより,交差部材54はピン60と整列され,開口68は開口16とは整列されなくなり,
ケーブル18は,交差部材54がピン60と整列しなくなった時,すなわち取付け機構12が備品の部材に取付けられた時,整列された開口16,68を通って挿入することが可能となり,ケーブル18が整列した開口16と68を通過することにより,スピンドル46の回転が効果的に阻止されるものであり,
また,外壁70の溝72に対して取付け機構12を挿入して取り付けることに関しては,
挿入する前に,スピンドル46は回転されそれにより交差部材54がピン60と整列されるようにし,
次に,交差部材54は,交差部材54が完全に壁70の内側となるまで溝を通って挿入され,
交差部材54が溝72を完全に通って挿入されると,スピンドル46が操作プレート50によって回転されて,交差部材54が当接機構56のピン60に対し90°不整列とされ,交差部材54が溝72周辺の外壁70内面に係合して,取付け機構12が外壁70の溝72に取り付けられ,この時に,前記のとおり,ハウジング36の側壁の開口16がスピンドルの開口68に整列するようになり,ハウジング36を完全に通過する通路が得られ,ケーブル18は容易に開口16,68を通すことができ,このケーブル18の存在はスピンドル46がもとの位置に回転されて交差部材54を溝72から取外すのを阻止する,
取り付け機構12において,
円筒状のスピンドル46の外周面に約90°に渡って形成した溝66に,円筒状のハウジング36の内部に突出するように固定したピン44を係合させて,スピンドル46とハウジング36の間の相対的に回転可能な角度を約90°に規制する技術。
4 取消事由
(1) 取消事由1「無効理由1(拡大先願違反)における本件発明1,2及び5との実質同一の判断の誤り」
(2) 取消事由2「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明1の容易想到性の判断の誤り(周知・慣用技術の適用)」
(3) 取消事由3「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明1の容易想到性の判断の誤り(甲9技術の係合構造の適用)」
(4) 取消事由4「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明2の容易想到性の判断の誤り」
(5) 取消事由5「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明5の容易想到性の判断の誤り」
(6) 取消事由6「無効理由2(進歩性欠如)(その2)における本件発明1,2及び5の容易想到性の判断の誤り(周知・慣用技術の適用)」
(7) 取消事由7「無効理由2(進歩性欠如)(その2)における本件発明1,2及び5の容易想到性の判断の誤り(甲9技術の係合構造の適用)」
(8) 取消事由8「本件発明1ないし5について無効理由3(サポート要件違反)の判断の誤り」
(9) 取消事由9「本件発明1ないし5について無効理由4(明確性要件違反)の判断の誤り」
(10) 取消事由10「本件発明1ないし5について無効理由5(実施可能要件違反)の判断の誤り」
第3当事者の主張
1 取消事由1「無効理由1(拡大先願違反)における本件発明1,2及び5との実質同一の判断の誤り」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,先願発明において,回止め片が1本であることが,実施例だけでなく,発明の概要や請求の範囲の独立請求項においても特定されており,1本の回止め片を用いる技術であると理解されるから,回止め片を2本にする余地は先願発明になく,その余地が仮にあったとしても,補助部材に設けられた一対の回止め片が,主部材の差込片を挟んで重なるように構成するためには,主部材と補助部材の形状を,例えば本件明細書の実施例や本件発明2,5のようなコ字状に変更しなければならないが,主部材(第1部材)を単純なプレートにして,補助部材(第2部材)をコ字状に変更することや,主部材(第1部材)を先願発明のL字状にしたままで,補助部材(第2部材)の形状を複雑に変更することは,設計上の微差の程度を超える大幅な設計変更であり,実質同一とはいえず,さらに,本件発明1の効果について,一対の回止め片が差込片を挟んで重なるので,連結具はパソコンのスリットへの一層確実な装着ができ,しかも,差込片を曲げようとする両側からの外力を支持できるという作用効果が期待でき,これは,先願発明における差込片の片側に1本の回止め片が重なるだけという構成にはない作用効果であるとして,結局,本件発明1,2及び5は,先願発明とは同一であるとはいえないと判断した。
(2) しかし,実施例は先願発明の一例であり,先願発明は実施例に限定されない。先願明細書1にはピンの個数を限定する記載はないし,先願明細書1の独立請求項には,1本のピンを有することは記載されているが,ピンの個数は限定されておらず,これを1本に限る意味に解釈することはできない。そして,パソコン等に用いるセキュリティロックの技術分野において,確実なロックは自明な課題である上,一対の回止め片がT字状の差込片を両側から挟んで重なる構成(回止め片の本数を2本とすること)は周知・慣用技術であるし,かかる構成による確実な装着や外力の支持はパソコン等の器具の盗難防止の観点から極めて重要な効果であるから,ピン1本の構成については,ピン2本の構成の採用を試みる強い動機づけが働く。そうすると,パソコン等に用いるセキュリティロックの技術分野において,上記周知・慣用技術を適用してピンを2本にすることを試みれば,何ら創意工夫を要することなく,下側に新たなピンと一体となった第1部材を追加した構成が導き出される。
また,第1部材及び第2部材がL字状である構成は,先願発明の好ましい実施形態又は1つの態様にすぎず,先願明細書1は第1部材及び第2部材の形状を包括的に相補的形状であるとしているから,先願発明においては,第1部材及び第2部材はL字状に限定されない。そして,相補的形状及びL字状形状は,第1部材及び第2部材の形状を限定したものであり,先願明細書1に触れた当業者は,この限定を外した上位概念として,第1部材及び第2部材に90度の曲げを追加していない構成(立ち上がり部のない構成)を認定可能である。したがって,第1部材及び第2部材が曲げのない平板状の態様は,先願明細書1に記載されているに等しい事項である。そして,上記のとおり,下側に新たなピンと一体となった第1部材を追加した場合に,上側の第1部材と下側の第1部材とを一体にすることも周知・慣用技術である。甲8,9,11,20及び24のいずれにおいても,2本のピンはそれぞれ別の部材に形成されているのではなく,共通の部材に形成されており,このように上下の第1部材をコ字状に一体にすることは,部材の各種変形の一態様にすぎず,周知・慣用技術ないし設計事項を適用することにすぎない。
さらに,先願発明においても,差込片(ピン)とT字形のロック部材を重ね合わせて,抜け防止を図るロック機構は本件発明1と共通している。したがって,先願発明と本件発明1とで,作用効果の差異があっても程度の差異にすぎず,格別な差異ではない。
(3) 以上のとおり,先願明細書1において,第1部材及び第2部材がL字状である構成は,先願発明の好ましい実施形態又は1つの態様であるとされているにすぎず,ピンの本数を2本とする構成(T字状の差込片の両側にそれぞれ1本のピンを配置した構成)は周知・慣用技術である上,上下部材を一体にすることは,周知・慣用技術ないし設計事項にすぎないことから,先願発明に上記周知・慣用技術ないし設計事項を適用することで,何ら創意・工夫を要することなく,本件発明1,2及び5は導き出されるから,相違点ⅰないしⅲは実質的な相違点ではない。したがって,本件審決は,先願発明と本件発明1,2及び5とが実質同一かどうかを判断する際に,先願明細書1の図面に記載された実施例に捉われるともに,周知・慣用技術の適用を看過し,かつ本件発明1,2及び5の効果の認定を誤ったために実質同一の判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
先願発明においては,第1部材と第2部材がL字状の相補的形状であることは先願明細書1の特許請求の範囲に規定された発明の必須構成である。また,実施例(L字状に屈曲)が好ましい実施形態であるとされているときに,敢えて好ましい実施形態を外し,開示されていない形態(直角の屈曲を外す)に挑戦するのは,発明の進歩性の問題であって,特許法29条の2の発明の同一性の判断の問題ではない。さらに,相補的形状であるL字状の部材の上位概念が平板状であるということはできない。したがって,先願発明には,「相補的形状」あるいは「L字状」との限定を外した「平板状」が個別具体的に開示されているということはできない。
そして,先願明細書1には,1本のピンを有することが記載されている以上,ピンは1本である。また,原告は,相補的形状あるいはL字状であることを無視し,第1部材及び第2部材のいずれにも先願発明に開示されていない平板状の構成を採用し,次に下側に第1部材を追加し(しかも,追加された第1部材には新たなピンが設けられている),さらに上下の第1部材をコ字状に一体にする構成を導き出すことが設計事項にすぎない旨主張するが,これは仮定の積み重ねであって,いかなる記載,示唆等に動機付けられているのか不明であり,理由がない。
また,本件審決が示した,一対の回止め片が差込片を挟んで重なることにより,連結具のパソコンのスリットへの一層確実な装着と,差込片を曲げようとする両側からの外力を一対の回止め片で支持できるという本件発明1の作用効果は,極めて重要な効果であり,これを相違点として認定したことは,正しい判断である。
以上のとおりであるから,本件発明1,2及び5は,先願発明に対して特許法29条の2の関係になく,本件審決に誤りはない。
2 取消事由2「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明1の容易想到性の判断の誤り(周知・慣用技術の適用)」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,前記第2の3(3)イ(ウ)の本件発明1と引用発明1との相違点2について,原告が周知・慣用技術の根拠として挙げた甲12ないし14は,引用発明1の盗難防止用連結具と明らかに技術分野を異にするものであり,当業者が当該技術を引用発明1に適用する動機付けがない,本件で対象とされる盗難防止用連結具は,片手では掴めるが両手でスロット(スリット)に取り付ける操作が困難である程度の小型であって,当業者といえども,試作するなどしてみないと実際の取扱性はわからないものであり,取扱性の確保が保証される見通しを持てない状況で,周知技術とされる「スライド可能に係合かつ分離不能に構成された二つの部材を有する日用品の技術」(二つの部材をスライド係合して用いる物であって,相対的に所定のスライドをさせて所定の機能を発揮させる物において,スライド操作により所定量のスライドを超えてスライドが進んでしまい,係合が外れて分離してしまうことがあり,この分離を防止するために「抜け止め」(外れ止め)を設ける技術を有する日用品の技術のこと。)をそのまま引用発明1の盗難防止用連結具に適用してみようとは考えないというべきである,本件発明1の両プレートが「分離不能」であるとの相違点2に係る構成を有することによって,本件明細書に記載の「部品の紛失防止」の効果だけでなく,片手での取付作業における作業性が良好であるとの特有の効果も期待できるのであって,本件発明1は,引用発明1及び周知・慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
(2) しかし,引用発明1は,パソコン等の器具に開設したスロット内に挿入される盗難防止用連結具であるが,部材同士をスライド可能に係合させて用いる器具でもある。したがって,引用発明1の改良を試みる当業者は,ロック機構の改良を図る観点からは,パソコン等の器具に開設したスロット内に挿入される盗難防止用連結具の技術分野の技術の適用を試みるが,ロック機構以外の改良,例えば取扱性の向上,紛失防止の観点からは,部材同士をスライド可能に係合させて用いる器具についての各種技術の適用を試みることが可能である。
引用例1の図7の実施例は,あらかじめ固定心棒200とロック心棒240とを係合させておいて,使用開始時にそのままロック心棒240をスライドさせることにより,両部材の係合を維持したままロックをすることができる。引用例1には,どの時点で両部材を係合させるかについては何ら記載がなく,あらかじめ部材同士を係合させることを排除する記載もない。したがって,引用例1の図7の実施例は,固定心棒200とロック心棒240とが分離可能な構成であるが,本来の目的であるロックとして使用する際には,両部材がスライド可能に係合することが不可欠であり,両部材が分離を目的としたものではないから,取扱性の向上等のために,分離不能の構造を採用し得る。
そして,盗難防止用の連結具に限らず,分離を目的としていない別個独立の部品で構成された器具等において,取扱性の向上,分解防止,紛失防止等は,自明な課題である。甲12ないし14及び51ないし54の技術は,部材同士をスライド可能に係合させて用いる点が引用発明1と共通し,部材同士がスライド可能かつ分離不能に保持されることにより,取扱性の向上,紛失防止が図られているから,引用発明1に適用可能である。殊に甲51ないし54には,ピンと長孔(又は長溝)を係合させて,2部材をスライド可能に係合しかつ分離不能に保持する構造が具体的に図示されており,この構造をそのまま又は適宜変更して,引用発明1に適用することは容易である。そして,当業者であれば試作前の段階で,周知・慣用技術の中から引用発明1に適用容易な構造を見出すことが可能であり,試作するまでもなく,取扱性の確保が保証される見通しを立てることができる。
また,本件明細書に記載の「部品の紛失防止」の効果は,部材同士を分離不能に保持した場合の自明な効果である。さらに,片手での取付作業における作業性が良好であるとの効果は,長孔とスプリングピンの組み合わせを2組として,直線的スライドを確実にした実施例の効果であり,分離不能の構造を限定していない本件発明1の態様すべてに奏される効果とはいえない。部材同士を分離不能に保持するというだけでは,取付作業時の部材の外れ防止により,部材同士が分離する構成に比べれば作業性が良好であるとの効果が得られるにすぎない。すなわち,部品の紛失防止や作業性が良好であるとの効果は,部材同士をスライド可能に係合しかつ分離不能に保持するという周知・慣用技術そのものの効果,すなわち当然予測される効果にすぎず,特有の効果であるとはいえない。
以上のとおり,本件審決は,引用発明1についての周知・慣用技術の適用の判断及び本件発明1の効果の認定を誤り,本件発明1の容易想到性の判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
引用発明1では,固定心棒200とロック心棒240は,常時は分離しており,使用時にだけ嵌め合わされる方式であって,両部材を分離させて使用する構成を採用し,これによって取り付け,取り外しを実現している。甲12ないし14及び51ないし54は,本来分離しない構造であって,引用発明1とは異質の技術であるから,常時は分離していて使用時にだけ嵌め合わされる方式の引用発明1に,これらの技術を適用して,引用発明1を分離不能に保持され,スライド可能に係合した方式に変える必然性はなく,引用例1にはかかる変更についての記載も示唆もないから,かかる変更には技術の飛躍があり,阻害要因がある。原告は,甲12ないし14及び51ないし54と引用発明1とは部材同士がスライド可能に係合している点で共通すると主張するが,引用発明1の部材がスライド可能に係合するのは,使用時のみであって,常時は分離して取り扱われるから,原告主張の共通点はない。
甲12ないし14及び51ないし54に記載の技術は,引用発明1とは技術分野が異なり,引用例1にはその適用可能性の記載も示唆もないから,上記技術を引用発明1に適用して,本件発明1とすることは容易には発想し得ない。
3 取消事由3「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明1の容易想到性の判断の誤り(甲9技術の係合構造の適用)」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,前記第2の3(3)イ(ウ)の本件発明1と引用発明1との相違点2について,甲9技術は,取り付け機構12において,円筒状のスピンドル46の外周面に約90°に渡って形成した溝66に,円筒状のハウジング36の内部に突出するように固定したピン44を係合させて,スピンドル46とハウジング36の間の相対的に回転可能な角度を約90°に規制する技術であると認定した上で,引用発明1には,円筒状のスピンドルや円筒状のハウジングに相当する部品はないから,引用発明1に対して甲9技術を具体的にどのように適用すれば,相違点2の構成が得られるかを,当業者は理解できず,甲9技術に着目することでは,当業者が相違点2の構成に容易に到達することはできないと判断した。
(2) 甲9技術の係合構造の基本原理は,ピン44と溝66とを係合させて,溝66の長さ及び延在方向の設定により,ピン44と一体のハウジング36の可動範囲及び可動方向を設定するというものである。本件審決は,甲9技術について,ピン44及び溝66による係合構造の採用の結果(約90°のスライド,回転移動)を認定したにすぎず,甲9の係合構造の基本原理を看過したものである。甲9技術の係合構造に触れた当業者にとって,甲9技術の係合構造を引用発明1に適用することは容易である。具体的には,引用例1の図7において,甲9技術のピン44,開口42及び溝66に相当する構成を追加すれば,両プレートがスライド可能に係合しかつ分離不能である構成が得られる。この構成における甲9の図4からの変形は,甲9技術において周方向に延在した溝66を直線状に延在させた程度の変形に止まり,甲9技術のピン44と溝66との係合構造を,引用発明1に適用する際に特別な創意工夫は必要とされない。また,引用発明1において,ロック心棒240をコ字状とし,ロック心棒内240に固定心棒200が収納される構成にした場合であっても,係合構造は基本的に変わりはなく,特別な工夫は不要である。
被告は,引用発明1のスライドが直線移動による長さ変位であり,甲9技術のスライドは軸回転による位相変位であり,根本的な違いがある旨主張する。しかし,甲9技術の取付け機構12は,パソコン等の外壁70の溝72(スリット)に挿入される盗難防止用の連結具である点,ハウジング36の開口16とスピンドル46の開口68を一致させ,これらの開口にケーブル18を通す点,T字形を構成するシャフト52及び交差部材54(差し込み片)と,ピン60(回止め片)を用いて,ロック状態を実現する点において,引用発明1の機構と共通しており,甲9技術の取付け機構12は,引用発明1の機構と,用途,使用態様及びロック機構の主要原理が共通した同種の連結具である。
そうすると,甲9技術の連結具と引用発明1の連結具とは同種の連結具である上,甲9技術のピン44と溝66との係合構造を引用発明1に適用する際に特別な創意工夫は必要とされないのであるから,甲9技術が主要2部品であるスピンドル46とハウジング36とが相対的にスライド可能かつ分離不能に保持されているのと同様に,引用発明1において,主要2部品である固定心棒200とロック心棒240とを分離不能に保持するように,甲9技術を適用することは,当業者が容易に想到できたことである。
以上のとおりであるから,本件審決は,甲9技術の係合構造の引用発明1への適用を判断するに際し,甲9技術の係合構造の基本原理を看過したため,本件発明1の容易想到性の判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
引用発明1のロック心棒のスライドは,直線移動による長さ変位であるのに対し,甲9技術のスピンドル46のスライドは,ハウジング36中での軸回転による位相変位であり,両者のロック機構の原理は根本的に異なる。すなわち,引用発明1のロック心棒を使用する際は,ロック心棒の下端を固定心棒の上端に当てて嵌め合わせ,固定心棒の全長に沿い滑り下してスリットに挿入する(スライドする)。これに対し,甲9技術では,ピン60と交差部材54の向きを並び方向に一致させてスリットに挿入し,挿入後にスピンドルを軸回転させて交差部材54だけを90°回して位相をピン60の並び方向からずらせて抜け止めする方式であるから,ピン60はスライドしないのであって,甲9技術の構成と引用発明1の構成とは使用態様もロック機構も本質的に異なる。
以上のとおり,引用発明1と甲9技術とは,連結の基本原理が本質的に異なるから,異質なもの同士を組み合わせることは,通常の技術者のレベルを超え,容易想到とは言えない。
4 取消事由4「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明2の容易想到性の判断の誤り」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,前記第2の3(3)ウ(イ)の本件発明2と引用発明1との相違点3について,引用発明1において,係合部材260,255を延長してロック心棒240のロックピン265をもう1本追加することは容易に発想し得ることであるが,ロック心棒240をコ字状にすることまでは容易ではないとし,さらに,前記第2の3(3)ウ(ウ)の本件発明2と引用発明1との相違点4について,前記2及び3の〔原告の主張〕の各(1)記載の本件発明1と引用発明1との相違点2に係る本件審決の判断と同様の理由により(なお相違点4は相違点2と基本的に同じである。),引用発明1において周知技術又は甲9技術を適用して相違点4に係る本件発明2の構成を採用することは容易とはいえないとして,結局,本件発明2は,引用発明1及び周知技術又は甲9技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
(2) 相違点3について
引用例1の図7に記載された連結具のロックの基本原理は,「操作時に,使用者は頭部230をスロット15と整合させて頭部230をスロット15へ挿入する。頭部230とスロット15との不整合により頭部230と壁10の内面20とが係合し,それによりロックインターフェース55のコンピュータ5からの除去を阻止する。ロックピン265のスロット15への続く挿入が頭部230とのスロット15の再整合を阻止する。」というものである。引用発明1のロック心棒240の両端に形成された係合部材260,255は,固定心棒200とロック心棒240とを係合させるための構造であり,この構造がなくてもロックは実現され,係合部材260,255は,ロックの基本原理とは直接関係しない追加的機構であることが理解できる。したがって,引用例1の図7に触れた当業者は,係合部材260,255を省いたプレート状のロック心棒240と,プレート状の固定心棒200とで構成された連結具の構成を認定可能である。そして,このように認定した引用発明1から本件発明2を得ることは,周知・慣用技術ないし設計事項の適用にすぎない。
本件審決は引用例1の図7の構成のロックの基本原理を看過し,引用発明1の変形を試みる際の出発点を引用例1の図7そのものとし,引用例1の図7の構成から部材を延長するという観点のみから変形例を導き出し,変形例を著しく制限したことにより,本件発明2の容易想到性の判断を誤ったものである。
(3) 相違点4について
前記2及び3の〔原告の主張〕と同じ。
〔被告の主張〕
(1) 相違点3について
引用例1の明細書には,固定心棒200の係合部材260,255を省いてプレート状の構成とすることについての記載はなく,原告の主張は,根拠もなしに仮定に仮定を積み重ねて,引用発明1から本件発明2を案出するものにすぎない。
(2) 相違点4について
前記2及び3の〔被告の主張〕と同じ。
5 取消事由5「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明5の容易想到性の判断の誤り」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,前記第2の3(3)エ(イ)の本件発明5と引用発明1との相違点5について,前記4の〔原告の主張〕の(1)の本件発明2と引用発明1との相違点3に係る本件審決の判断と同様の理由により,引用発明1において相違点5の構成を採用することは容易とはいえないとし,さらに,前記第2の3(3)エ(ア)の本件発明5と引用発明1との相違点2ないし4については,前記2ないし4の〔原告の主張〕の各(1)の本件発明1と引用発明1との相違点2に係る本件審決の判断並びに本件発明2と引用発明1との相違点3及び4に係る本件審決の判断と同様の理由により,各相違点の構成に到達することは容易とはいえないとして,結局,本件発明5は,引用発明1及び周知技術又は甲9技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
(2) 相違点5について
前記4の〔原告の主張〕の(2)と同様に,引用発明1において,ロック心棒240をコ字状にすることは,引用発明1に周知・慣用技術を適用して当業者が容易に想到できたことである。ロック心棒240をコ字状にすれば,ロック心棒240には,固定心棒200がスライド可能に嵌る凹部空間が形成され,本件発明5と同じ構成になるのであるから,相違点5の構成に到達する。したがって,本件審決は,相違点5の容易想到性を誤ったものである。
(3) 相違点2ないし4について
前記2ないし4の〔原告の主張〕と同じ。
〔被告の主張〕
(1) 相違点5について
前記4の〔被告の主張〕の(1)と同じ。
(2) 相違点2ないし4について
前記2ないし4の〔被告の主張〕と同じ。
6 取消事由6「無効理由2(進歩性欠如)(その2)における本件発明1,2及び5の容易想到性の判断の誤り(周知・慣用技術の適用)」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,前記第2の3(4)イ(イ)の本件発明1と引用発明2との相違点a,前記第2の3(4)ウ(イ)の本件発明2と引用発明2との相違点b(実質的に相違点aと同じ。)並びに前記第2の3(4)エの本件発明5と引用発明2との相違点a及びbについて,前記2の〔原告の主張〕の(1)の本件発明1と引用発明1との相違点2に係る本件審決の判断と同様の理由により,引用発明2に周知技術を適用して本件発明1,2及び5の構成を採用することは容易ではなく,また,相違点aに係る構成を有することにより,本件明細書に記載の「部品の紛失防止」の効果だけでなく,片手での取付作業における作業性が良好であるとの特有の効果も期待できるとして,本件発明1,2及び5は,引用発明2及び周知・慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
(2) しかし,引用発明2は,引用発明1と同様に,パソコン等の器具に開設したスロット内に挿入される盗難防止用連結具であって,プレート状の部材同士をスライド可能に係合させて用いる器具でもある。そして,盗難防止用の連結具に限らず,分離を目的としていない別個独立の部品で構成された器具等において,取扱性の向上,分解防止,紛失防止等は,自明な課題であり,かかる課題解決のために,部品同士を結合し「分離不能に保持」することは,器具等の構成を考える場合の通常の設計手法であり,周知・慣用技術である。したがって,前記2の〔原告の主張〕(2)で主張したのと同様に,甲12ないし14及び51ないし54の技術は,引用発明2に適用可能な技術である。
また,本件発明1,2及び5の部品の紛失防止や作業性が良好である効果は,部材同士をスライド可能に係合しかつ分離不能に保持するという周知・慣用技術そのものの効果,すなわち当然予測される効果にすぎず,特有の効果ではない。
本件審決は,引用発明2についての周知・慣用技術の適用の判断及び本件発明1,2及び5の効果の認定を誤り,本件発明1,2及び5の容易想到性の判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
前記2の〔被告の主張〕で主張したのと同様に,甲12ないし14及び51ないし54は,部材同士が一体につながった状態で使用される日用品の技術であって,部材同士が分離することは本来予定されていない。これに対し,引用発明2は,挿入プレート1とサドル3は常時は分離していて使用時にだけ嵌め合わされる方式であって,引用例2の明細書には挿入プレートとサドルをつないで一体化することは記載も示唆もされていない。したがって,引用発明2の盗難防止用連結具の上記方式を,分離不能に保持され,スライド可能に係合した方式に変更するには,技術の飛躍があるから新たな創作力を必要とする。
結局,当業者が,甲12ないし14及び51ないし54を適用して引用発明2を変更し,本件発明1,2及び5を容易に想到することはできない。
7 取消事由7「無効理由2(進歩性欠如)(その2)における本件発明1,2及び5の容易想到性の判断の誤り(甲9技術の係合構造の適用)」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,前記第2の3(4)イ(イ)の本件発明1と引用発明2との相違点a,前記第2の3(4)ウ(イ)の本件発明2と引用発明2との相違点b(実質的に相違点aと同じ。)並びに前記第2の3(4)エの本件発明5と引用発明2との相違点a及びbについて,前記3の〔原告の主張〕の(1)の本件発明1と引用発明1との相違点2に係る本件審決の判断と同様の理由により,引用発明2に甲9技術を適用して本件発明1,2及び5の構成を採用することは容易ではなく,本件発明1,2及び5は,引用発明2及び甲9技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
(2) しかし,前記3の〔原告の主張〕の(2)で主張したのと同様に,甲9技術の係合構造を引用発明2に適用することは容易である。具体的には,引用例2の図9A及び図9Bの構成において,甲9技術のピン44,開口42及び溝66に相当する構成を追加すれば,両プレートがスライド可能に係合しかつ分離不能である構成が得られる。この構成における引用例2の図9A及び図9Bからの変形は,甲9技術において周方向に延在した溝66を直線状に延在させた程度の変形に止まり,甲9技術のピン44と溝66との係合構造を,引用発明2に適用する際に特別な創意工夫は必要とされない。
本件審決は,甲9技術の係合構造の引用発明2への適用を判断するに際し,甲9技術の係合構造の基本原理を看過したため,本件発明1,2及び5の容易想到性の判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
前記3の〔被告の主張〕で主張したのと同様に,甲9技術の基本原理は,スピンドル46の正逆の軸回転によって,頭部54の向きを突起60の並び方向と一致させ又はずらせる位相の切り替えであるのに対し,引用発明2の基本原理は,取り付けの際に行うサドル3の嵌合わせと押し込みによる,スリット方向への直線移動であって,甲9技術と引用発明2とは,係合構造の基本原理を異にする。したがって,甲9技術を引用発明2に適用することはあり得ず,原告の主張は誤りである。
8 取消事由8「本件発明1ないし5について無効理由3(サポート要件違反)の判断の誤り」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,サポート要件の判断は,「請求項に係る発明」と,「発明の詳細な説明に発明として記載したもの」とを対比し,両者の実質的な対応関係として,「請求項に係る発明」が,「発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるか否かを検討することにより行われるとした上で,本件発明1ないし5について,請求項に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるかどうかについて検討すると,出願時の技術常識に照らし,また,本件明細書の記載事項を参酌すれば,各請求項の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができるとして,サポート要件に反しない旨判断した。
(2) 本件発明1ないし5に記載された「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」は,機能的な表現であり,構造的機構は何ら規定されていないところ,「請求項に係る発明」は,スライドが円弧運動である構成も含み得ることになる。ところが,本件明細書に開示された具体的な構成は,スプリングピンと長孔の組み合わせを2組とした実施例のみであるから,「発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」はこの実施例から容易に実施できる範囲となるが,本件明細書の記載からはスライドが円弧運動である構成は容易に実施できない。
また,本件明細書には,スライドが円弧運動に相当する構成は一切開示されていないし,単にスプリングピンを一つにし,スプリングピンの配置を変えたというだけでは,円弧運動は可能となっても,ロック機構は実現されない。円弧運動によりロック機構を実現するには,直線スライド専用に設計された本件明細書に記載された実施例から離れた思考が必要になり,当該実施例とは異なる回転スライド専用の全く別の構造を新たに設計し直さなければならないが,本件明細書には,このような新たな設計の示唆となる記載は全く見当たらない。
したがって,本件発明1ないし5はサポート要件に違反する。
〔被告の主張〕
本件発明1の請求項は,補助プレートのスライドが,円弧運動か直線運動かとは関係なく,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」と記載している。そして,本件明細書には,補助プレートのスライドは,段落【0006】,【0014】と,別紙5の図4に示す(a)状態の位置と(b)状態の位置の間の移動として説明されているから,そのときの移動が円弧運動か直線運動かは,本件発明1の機能及び効果とは関係がない。
本件明細書によれば,従来の技術では,盗難防止器具は別個独立した複数の部材から構成されており,スライド可能に係合し且つ分離不能に保持されたものはなく,パソコンのスリットへの取り付け困難という課題があった。そこで,本件発明1は,少なくとも,回止め片が,差込片と重なっている範囲で,スライドできるように,主プレートと補助プレートとを常時係合させ,分離不能に保持する構成を採用することで,盗難防止器具の容易な取り付けという課題を解決するものであり,この点に技術思想の中核を有する。
したがって,本件明細書に触れた当業者は,主プレートと,補助プレートとが,別紙5の図4のとおり,回止め片が,差込片と重なり,また重なりが外れる範囲において,スライドできるように常時係合され,分離不能に保持されていれば,「スライド可能に係合」し「分離不能に保持」する構成であると理解する。そして,「スライド可能に係合」を実現するために,たとえば,2つの部材を1つのピンでスライド可能に係合する際,枢結すれば当然に分離不能に保持できることも当業者は容易に理解できる。そして,当業者は,当該構成を採用すれば,枢結された点から離れた部分では,回転角度がそれほど大きくない範囲では,ほぼ直線運動をすることは自明であるから,枢結された点から離れた部分に,回止め片を設けることで,回止め片を,(a)の状態から(b)の状態へスライドさせ,また(b)の状態から(a)の状態へスライドさせることができるよう,本件明細書の記載から,スライドが円弧運動である構成に想到することは容易である。
また,別紙5の図4の(a)位置と(b)位置の間を移行するスライドが,直線運動であっても,振り子動作による円弧運動であっても,動作比較図(甲30)から明らかなとおり,回止め片が本体ケーシングのスリットへ侵入する動作に殆ど違いはない。また直線運動,円弧運動の駆動機構を詳細に記載することは,本件特許の目的ではない。本件明細書の記載から,「スライド」とは,補助プレートが図4(a)位置と(b)位置の間を移行する構成であれば,移行の軌跡が直線的であろうと,円弧的であろうと,本件発明の課題を解決できると認識できる。
したがって,本件発明1ないし5の「スライド」は,直線及び曲線運動を含んではいるものの,サポート要件に適合している。
9 取消事由9「本件発明1ないし5について無効理由4(明確性要件違反)の判断の誤り」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,明確性の要件は,発明の範囲が明確であること,すなわち,ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを理解できるように記載されていることが必要であり,その前提として,発明を特定するための事項の記載が明確である必要があるとした上で,「スリットへの挿入方向に沿ってスライド可能に係合」の意味,「分離不能に保持」の意味はいずれも明確であると判断した。
(2) しかし,本件審決の判断は,個々の構成の意味が明確であると判断したに止まり,それだけでは「発明の範囲」が明確ということはできない。「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」は機能的な表現であり,構造的機構は何ら規定されていないので,個々の記載が明確であっても,それだけでは「発明の範囲」が明確であるとはいえず,本件明細書の記載を考慮しても,「スライド可能に係合」なる構成,「分離不能に保持」なる構成がどこまでの範囲のものであるのかが明確ではない。例えば,「スライド可能に係合」なる構成,「分離不能に保持」なる構成に,補助プレートが主プレートに対して回転軸を中心とした円の円弧方向に移動(回動)する構成が含まれるのかどうかは明確ではない。
したがって,本件審決は,発明の範囲が明確であるかどうかの検討をせずに誤った結論に至ったものである。
〔被告の主張〕
本件発明1ないし5における主プレートと補助プレートの相対的なスライドは,前記8の〔被告の主張〕の図4に図示する(a)状態の位置から(b)状態の位置の範囲内の移動であり,このときのスライドの軌跡が,円弧か直線かその他の曲線かは,本件発明1の対象外であり,本件発明1の機能及び効果とも無関係である。
明確性の要件は,構成要件に矛盾等が含まれるために,当業者が技術的範囲を的確に読み取れないような状況を回避するための要件である。そして,本件発明1ないし5においては,主プレートと補助プレートとの係合は,上記の範囲で相対的な移動が許される構造であれば足り,当業者は,かかる構成を有するか否かを客観的に容易に判断可能である。上記構成としては,スライド軌跡に合わせて公知の係合構造の中から選択される。例えば,スライドが円弧運動であってもよく,その他に係合構造は無数にあり,それらを逐一記載する必要はない。「スライド」には,直線的であろうと曲線的であろうと,それ以外の態様のスライドであろうと全て含まれるのは,用語の通常の用法に照らし明らかであって,不明確な点は全くない。
10 取消事由10「本件発明1ないし5について無効理由5(実施可能要件違反)の判断の誤り」について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本件発明1ないし5を当業者が実施するに当たっては,本件明細書に記載された事項に加えて,出願時の技術常識や技術水準を参考にすることができるので,当業者がこれを実施しようとした場合,どのように実施するかを発見するために,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとはいえないから,平成11年法律第160号による改正前の特許法36条4項の実施可能要件を満たしている旨判断した。
(2) しかし,「スライド可能に係合」なる構成及び「分離不能に保持」なる構成は,いずれも機能的な表現がされているので,「スライド可能に係合」なる構成は,「スライド可能に係合」なる構成のすべてを含み得ることになり,「分離不能に保持」なる構成は,「分離不能に保持」なる構成のすべてを含み得ることになり,例えば,「スライド可能に係合」なる構成は,直線方向にスライドする構成のみならず,補助プレートが主プレートに対して回転軸を中心とした円の円弧方向に移動(回動)する構成も含み得ることになるおそれがある。
本件審決によれば,本件発明1の連結具の各種態様は,本件明細書に記載された事項に加えて,出願時の技術常識や技術水準を参考にすることで実施できるというのであるから,上記のような両プレートが回転軸を中心とした円の円弧方向に移動する構成についても,容易に実施できるという意味に思料される。
しかし,本件明細書には,従来技術及び実施例のいずれにおいても,上記のような両プレートが回転軸を中心とした円の円弧方向に移動する構成は開示されておらず,また,パソコン等の器具の盗難防止用連結具の構成を開示した本件特許出願前に公開された甲8,9,11,20及び24のいずれにも開示されていない。したがって,本件審決は本件明細書の記載内容,出願時の技術常識や技術水準の内容についての検討をせずに誤った結論に至ったものである。
〔被告の主張〕
本件発明の中核は,主プレートと補助プレートの相対的なスライドが,前記8の〔被告の主張〕の図4に図示する(a)状態の位置から(b)状態の位置の範囲内で行われることである。このときのスライドの軌跡が,円弧か直線かその他の曲線かは,本件発明1ないし5の対象外であり,本件発明1ないし5の機能及び効果とも無関係である。実施可能要件の適合性について問題とすべきは,請求項に記載の発明を実施(生産,使用等)できるかどうかであり,あらゆる実施態様を容易に実施できるかどうかまでは問われない。
主プレートと補助プレートとの係合は,上記のスライド範囲で補助プレ-トの相対的な移動が許される構造であればよく,係合構造はスライドの軌跡に合わせて,多数存在する公知の係合構造の中から選択される。したがって補助プレートが円弧のスライドをするのであれば,当業者はそれに合わせた係合構造を公知構造の中から選択することは,何ら発明力を要さず,容易にできることである。
第4当裁判所の判断
1 本件発明1ないし5について
(1) 本件発明1ないし5の特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲36)の発明の詳細な説明には,概略,次の記載がある。
なお,以下において,本件明細書の記載を引用する際に付する番号は,別紙5の図記載の部材等の番号であり,本件明細書の図を引用する際の当該図は,別紙5記載の図である。
ア 発明の属する技術分野
本発明は,ノート型パソコン等の器具を盗難から護るためのケーブルを連結する連結具に関するものである。(【0001】)
イ 従来の技術
ノート型パソコンの店頭や陳列台などからの盗難を防止するために,ノート型パソコン80の本体ケーシング84には,矩形のスリット82が開設されている。このスリット82に,ケーブル72が連結可能な連結具10を挿入し,ケーブル72を柱などの固定構造物に掛けておくことにより,パソコン80の持ち出しを防止できる(図1参照)。
その種連結具90として,特開平11-148262号公報には,図9に示すように,先端に掛止部91が形成された掛金具92と,該掛金具92に対し着脱可能に嵌まり合う扁平な卵形のカバー93からなる連結具90を開示している。上記連結具90は,パソコン側のスリット82に掛金具側の掛止部91を挿入して掛金具92を90度捻った後,掛止部91の回止めとして,掛金具92を覆うようにカバー93に突設している規制片94,94をスリット82に挿入するものである。
カバー93と掛金具92を貫通して開設されたコード連通孔95,95にワイヤを掛け回すことによってカバー93と掛金具92とは一体化され,掛止部91をスリット82から抜くことはできないため,このワイヤの端部を固定構造物に繋ぐことによって,パソコン80の持ち出しは防止される。(【0002】)
ウ 発明が解決しようとする課題
しかしながら,掛金具92の掛止部91をスリット82に挿入した後,掛金具92から手を離すと,掛金具92がスリット82に吊り下がったり,スリット82から脱落することがあり,カバー93を装着できない。このため,掛金具92を片手で押さえたままで,他方の手でカバー93を挿入する必要があった。しかしながら,掛金具92,カバー93は共に小型であり,また,スリット82は,図1に示すように,ノート型パソコン80の下面に近い側部に形成されているから,両手で連結具90を取り付ける操作は困難であり,作業性が悪い問題があった。(【0003】)
本発明の目的は,片手で簡単に取付けできるノート型パソコン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供することである。(【0005】)
エ 課題を解決するための手段
上記課題を解決するために,本発明のノート型パソコン等の器具の盗難防止用連結具10は,パソコン80等の器具の本体ケーシング84に開設された盗難防止用のスリット82に挿入される盗難防止用連結具であって,
主プレート20と補助プレート40とを,スリット82への挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレート20,40は分離不能に保持され,
主プレート20は,ベース板22と,該ベース板22の先端に突設した差込片24と,該差込片24の先端に側方へ向けて突設された抜止め片26とを具え,
補助プレート40は,主プレート20に対して,前記主プレート20の差込片24の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板42と,該スライド板42を差込片24の突出方向にスライドさせたときに,差込片24と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片24との重なりが外れるように突設された回止め片44とを具え,
主プレート20と補助プレート40には,補助プレート40を前進スライドさせ,差込片24と回止め片44とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部28,48を形成したものである。
また,本発明のノート型パソコン等の器具の盗難防止用連結具10は,パソコン80等の器具の本体ケーシング84に開設された盗難防止用のスリット82に挿入され,これを固定構造物88に連結されたケーブル72に繋ぐものであって,
主プレート20と補助プレート40とを,スリット82への挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレート20,40は分離不能に保持され,
主プレート20は,ベース板22と,該ベース板22の先端に形成された差込片24と,該差込片24の先端に差込片24の両側方に向けて突設された抜止め片26とを具え,
補助プレート40は,主プレート20に対して,前記主プレート20の差込片24の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板42と,該スライド板42の先端に突出し,スライド板42を差込片24の突出方向にスライドさせると,差込片24と重なり,逆向きにスライドさせると,差込片24との重なりが外れる回止め片44とを具え,
主プレート20と補助プレート40には,補助プレート40を前進スライドさせ,差込片24と回止め片44とを重ねたときに,互いに一致する位置に係止部28,48が形成されており,
該係止部28,48にケーブル72を取り付け,又は錠70を用いてケーブル72を連結し,主プレート20と補助プレート40とをスライドしないように固定するものである。(【0006】)
オ 作用及び効果
本発明の主プレート20と補助プレート40は,スライド可能に係合して構成されているから,片手で連結具10を掴んで,主プレート20の抜止め片26をスリット82に挿入して90度回転させ,そのまま,補助プレート40の回止め片44を差込片24と重なるようにスリット82に押し込むだけで,連結具10をスリット82に取付けでき,作業性が良好である。
連結具10をスリット82に取り付けた後,係止部28,48に錠70などを通し,主プレート20と補助プレート40が相対的にスライドしないように固定すると共に,ケーブル72等を連結すればよい。(【0007】)
カ 発明の実施の形態
(ア) 図2乃至図5に示すように,本発明の連結具10は,主プレート20と補助プレート40とをスライド可能に係合して構成される。
主プレート20は,金属材料や樹脂材料から形成され,図3(a)に示すように,ベース板22と,該ベース板22の先端に突設された差込片24と,差込片24の先端に両側方へ向けて突出した抜止め片26とを具える。
ベース板22は,矩形の板体であって,後述する補助プレート40とスライド可能に係合するための一対の長孔38,38がスリット82への挿入方向と平行な向きに開設されている。長孔38,38は,本体ケーシング84の厚さとほぼ同じ長さを有しており,後述するとおり,補助プレート40のピン孔58,58に嵌められたスプリングピン60,60がスライド可能に嵌まっている。
また,ベース板22には,補助プレート40を主プレート20に対して固定するための係止用孔36が開設されている。(【0010】)
(イ) ベース板22の先端に突設される差込片24は,本体ケーシング84のスリット82内で回転させることができる太さであり,長さはケーシング84の厚さよりも僅かに長く形成される。なお,差込片24の形状は,角柱形状,円柱形状,楕円柱形状などにすることができる。(【0012】)
(ウ) 差込片24の先端に形成される抜止め片26は,スリット82に挿入可能な大きさであって,スリット82に対して挿入した後,90度回転させると,抜止め片26が本体ケーシング84の内面に当接して抜け落ちない長さに形成される。例えば,抜止め片26の長辺が,少なくともスリット82の短辺よりも長く,スリット82の長辺よりも短くなるように形成される。抜止め片26は,図4に示すように,差込片24の両側に突出する形状(T字型)としてもよいし,一方にのみ突出する形状(L字型)にしてもよい。また,断面は,角柱形状,円柱形状,楕円柱形状などにすることができる。(【0013】)
(エ) 補助プレート40は,図2,図3(b)及び図5(a)(b)に示すように,コ字状に折り曲げられ,間に主プレート20が嵌まる凹部空間を形成しているスライド板42と,スライド板42の上下先端から夫々突設された回止め片44とから構成される。
スライド板42の凹部空間59には,前記主プレート20のベース板22がスライド可能に嵌められており,凹部空間59の深さは,主プレート20を凹部空間59中に最も後退させたときに,ベース板22の先端がスライド板42の先端と揃う深さよりも少し深く形成されている。
スライド板42には,主プレート20の長孔38,38との対応位置に夫々ピン孔58,58,58,58が開設されており,対向するピン孔58,58には,長孔38,38を貫通してスプリングピン60が嵌められている。ピン孔58は,スライド板42の先端と主プレート20のベース板22が揃っているとき,つまり,主プレート20が後退した状態で,長孔38,38の先端と向かい合う位置に開設される。(【0014】)
(オ) スライド板42の先端に突設された回止め片44,44は,主プレート20の差込片24と同一垂直面内にあって,重なり可能に形成されており,突出長さは,差込片24とほぼ同じに長さに形成されている。回止め片44,44は,差込片24と重ねた状態では,スリット82内で回転しないように形成する。なお,連結具10をスリット82に装着したときの安定度を高めるためには,一方の回止め片44の外表面から他方の回止め片44の外表面までの距離をスリット82の長さよりも僅かに短くし,また,回止め片44,44の幅をスリット82の幅よりも僅かに薄くすることが望ましい。
回止め片44,44を,図示の如くスライド板42の上下両側に形成し,又は,一方のみに形成することもできる。(【0015】)
(カ) さらに,スライド板42には,前記主プレート20の切り込み30のスライド移行路と対向する位置に切り込み50が開設されている。切り込み50は,スライド板42の先端側が側方へ開口52しており,スライド板42の屈曲側から先端側に向けて爪54が突設されている。該爪54は,主プレート20の長孔38の先端側と補助プレート40のピン孔58,58のスプリングピン60とが当接したときに,主プレート20の切り込み30の開口32を塞ぐ長さに形成されている。(【0016】)
(キ) 上記構成の盗難防止用連結具10をノート型パソコン80に装着する方法について説明する。
連結具10の装着前に,予め,パソコン80を繋ぐケーブル72を柱や机の脚などの固定構造物88に連結しておく。連結方法は,ケーブル72の一端にループ74を形成しておき,ケーブル72を固定構造物にかけて,該ループ74にケーブル72を通す方法を例示できる。ケーブル72として,金属製のワイヤケーブルや,これを樹脂被覆したケーブルを例示できる。なお,ケーブル72の他端には,ケーブル72を錠70に接続するためのリング76を形成しておく。(【0017】)
(ク) 連結具10を装着するには,まず,図6に示すように,補助プレート40をずらして下げ,主プレート20を補助プレート40の先端から突出させる。なお,図4に示すように,ベース板22をスライド板42よりも幅広く形成しておくと,主プレート20を突出させて,使用者の親指と人差し指で連結具10の両側を掴めば,主プレート20と補助プレート40の両方の板22,42に指が当たるから,主プレート20を補助プレート40から突出した状態で保持できる。
この状態で,抜止め片26をスリット82に位置合わせし,その儘,抜止め片26及び差込片24をスリット82に挿入する。スリット82に差込片24まで挿入した後,連結具10を左右何れかに90度捻る(図7矢印参照)。
なお,スリット82が図7に示すように,横向きに開設されている場合には,切り込み30にマウス等のコード86を挿入する際に,切り込み30,50の開口32,52が上に向くように連結具10を回転させ,コード86を主プレート20の切り込み30に挿入する。スリット82が縦方向に開設されている場合には,何れの方向に回転させてもよい。(【0018】)
(ケ) 次に,図8に示すように,補助プレート40を主プレート20に対して本体ケーシング84側に押し込み,回止め片44をスリット82に差し込んで,係止孔36,56どうしを位置合わせする。補助プレート40をスライドさせることによって,差込片24と回止め片44が重なり,連結具10の回転が阻止される。また,抜止め片26が本体ケーシングの内壁に当たるので,連結具10の引き抜き方向に移動させることもできなくなる。
さらに,切り込み30は,補助プレート40の爪54によって閉じられるから,コード86の取り外しもできなくなる。(【0019】)
(コ) 上記連結具10によれば,連結具10のスリット82への差込みを片手で行うことができるから,作業性にすぐれ,また,主プレート20と補助プレート40は,離脱不能であるから,一方の部品を紛失することもない。(【0021】)
(2) 本件発明1ないし5の特許請求の範囲及び前記(1)によれば,従来,ノート型パソコンの本体ケーシングに開設されたスリットに連結する連結具として,先端に掛止部が形成された掛金具と,該掛金具に着脱可能に嵌合する卵形のカバーから成る連結具が知られていたが,従来の技術では,「掛金具の掛止部をスリットに挿入した後,掛金具から手を離すと,掛金具がスリットに吊り下がったり,スリットから脱落することがあり,カバーを装着できない。このため,掛金具を片手で押さえたままで,他方の手でカバーを挿入する必要があった。しかしながら,掛金具,カバーは共に小型であり,また,スリットは,ノート型パソコンの下面に近い側部に形成されているから,両手で連結具を取り付ける操作は困難であり,作業性が悪い問題があった。」(【0003】)ことから,本件発明1ないし5は,「片手で簡単に取付けできるノート型パソコン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供すること」(【0005】)を目的とし,上記課題を解決するための手段として,スリットへの挿入方向ないし差込片の突出方向に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能に係合し,かつ両プレートを分離不能に保持する構成を採用することで,「片手で連結具を掴んで,主プレートの抜止め片をスリットに挿入して90度回転させ,そのまま,補助プレートの回止め片を差込片と重なるようにスリットに押し込むだけで,連結具をスリットに取付けできる」(【0007】)という作用効果を奏するようにしたものであると認められる。
2 取消事由1「無効理由1(拡大先願違反)における本件発明1,2及び5との実質同一の判断の誤り」について
(1) 本件発明1に係る取消事由1について検討する。
原告は,先願明細書1において,第1部材及び第2部材がL字状である構成は,先願発明の好ましい実施形態又は1つの態様であるとされているにすぎず,ピンの本数を2本とする構成(T字状の差込片の両側にそれぞれ1本のピンを配置した構成)は周知・慣用技術である上,上下部材を一体にすることは,周知・慣用技術ないし設計事項にすぎないのであって,先願発明に上記周知・慣用技術ないし設計事項を適用することで,何ら創意・工夫を要することなく,本件発明1が導き出されるから,相違点ⅰは実質的な相違点ではなく,先願発明と本件発明とは同一である旨主張する。
(2) そこで検討するに,先願明細書1(甲1)に前記第2の3(2)アの先願発明が記載されていることは当事者間に争いがない。
そして,確かに証拠(甲1)によれば,先願明細書1には,第1部材及び第2部材ともそれぞれ実質的に90度(L字状)に曲げられている形状のものが好ましい実施形態として記載されていることから,先願発明においては,両部材の形状がL字状に限定されるものではないが,他方,先願明細書1では,第1部材及び第2部材がL字状の形状を包含する相補的形状を有するものとして特定されており,両部材がかかる相補的形状を有しない平面状のもの(曲げがないもの)は一切記載されていない。L字状を含めて曲げのある相補的形状のものと,曲げのない平面状の形状のものとでは,曲げの有無という点において相違しており,後者が前者の上位概念であるということもできないから,曲げのない平面状の形状のものに,L字状を含めて曲げのある相補的形状のものが概念的に含まれるということはできない。そうすると,先願明細書1に接した当業者は,先願発明の第1部材及び第2部材については,L字状を含めて相補的形状としての限定が付されたものと理解するものであり,かかる限定を外した上で,第1部材及び第2部材を,相補的形状を有しない曲げのない平面状のものとして理解することはないというべきである。
また,先願明細書1には回止め片を1本に限定する旨の記載はないものの,他方,回止め片を2本とすることについては何らの記載もない。そして,先願発明は,別紙1の図(FIG.1)の実施例から明らかなように,回止め片が1本であっても盗難防止用連結具としての機能を有する発明であり,他方,回止め片を2本とする具体的な構成は実施例を含めて全く記載されていないのであるから,仮に原告が主張するように回止め片の本数を2本とする構成及び上下部材を一体にすることが周知・慣用技術であるとしても,先願明細書1に触れた当業者が,先願発明の第1部材について,新たに下側にピンと一体となった第1部材を追加した上で,上下の第1部材を一体とする形状のものが記載されていると理解することはないというべきである。そして,先願発明の第1部材と第2部材がL字状を含めて相補的形状であることからすれば,先願発明に原告主張に係る上記周知・慣用技術を適用し,2本の回止め片が差し込み片を挟んで重なる構成とすることは,構成上の微差を超える大幅な設計変更となる。
以上によれば,先願発明と本件発明1とが実質的に同一であるとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(3) 本件発明2は,本件発明1に,主プレートと補助プレートの差し込み片と回止め片とを重ねた状態で互いに対応一致する位置の係止部に固定構造物への連結ケーブルを取り付け又は錠を用いてケーブルを連結することと,補助プレートがコ字状であるとの構成を付加するほかは,本件発明1と実質的に同一であるから,前記(2)において説示した内容は,すべて本件発明2についても妥当する。したがって,相違点ⅱ(相違点ⅱは相違点ⅰと基本的に同じである。)が実質的にないとすることはできず,先願発明と本件発明2とが同一であるとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
次に,本件発明5の請求項5は,本件発明1又は2の請求項1又は2の従属項であって,補助プレートがコ字状であり主プレートがスライド可能に嵌る凹部空間を形成していることと,係止部が主プレートと補助プレートの差し込み片と回止め片とを重ねた状態のときに一致して貫通するように開設された孔であり,該孔に錠又はケーブルを通すことによって,主プレートと補助プレートの相対的なスライドを妨げて固定されるとの構成を付加するほかは,本件発明1又2の発明特定事項をすべて含むものであるから,前記(2)において説示した内容は,すべて本件発明5についても妥当する。したがって,相違点ⅲが実質的にないとすることはできず,また,相違点ⅰ及びⅱが実質的にないとすることができないことは前記(2)及び上記のとおりであるから,先願発明と本件発明5とが同一であるとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) 以上によれば,本件発明1,2及び5は,先願発明と実質的に同一であるとはいえないから,本件審決の判断に誤りはない。原告主張に係る取消事由1は理由がない。
3 取消事由2「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明1の容易想到性の判断の誤り(周知・慣用技術の適用)」について
(1) 本件発明1に係る取消事由2について検討する。
原告は,盗難防止用の連結具に限らず,分離を目的としていない別個独立の部品で構成された器具等において,取扱性の向上,分解防止,紛失防止等は,自明な課題であり,甲12ないし14及び51ないし54に開示された周知・慣用技術は,部材同士をスライド可能に係合させて用いる点が引用発明1と共通し,部材同士がスライド可能かつ分離不能に保持されることにより,取扱性の向上,紛失防止が図られる周知・慣用技術であるから,当業者であれば,引用発明1に上記周知・慣用技術を適用することは容易であり,相違点2の構成について本件発明1は容易に想到できる旨主張する。
(2) そこで,まず,原告が,本件特許出願当時において,部材同士をスライド可能に係合しているものにおいて,ピンと長孔又は長溝を係合させることにより,部材同士をスライド可能かつ分離不能に保持する構造が周知・慣用技術であることの根拠として挙げる甲12ないし14及び51ないし54に開示された技術について検討する。
ア 証拠(甲12ないし14及び51ないし54)によれば,甲12ないし14及び51ないし54には,以下のとおりの技術が記載されていることが認められる。なお,甲12ないし14に,以下の(ア)ないし(ウ)の技術が記載されていることは当事者間に争いがない。
(ア) 甲12(実開平7-20111号公報)
甲12には,薄型化粧品ケースに係るものであって,上面に化粧品1を入れる収納凹部2を有する薄型本体3と,該薄型本体3とスライド式に係合して該薄型本体3の上面を覆う蓋体4とからなり(【0005】),蓋体4が流通時などに外力によって抜け落ちるのを防ぐために,薄型本体3の溝部5内に係止凹部31を形成し,該係止凹部31と対応する蓋体4の嵌着片43に係止凸部44を設けて抜け落ち防止を計るという「抜け落ち防止機能」を,薄型化粧品ケースの前後に設けて,閉止位置と開口位置の両方で,定位置に止まる(【0011】【0012】)ようにした技術が記載されている。
なお,上記において,部材等に付した番号は,別紙審決書写しの22頁の図1及び2記載の部材等の番号である。
(イ) 甲13(特開平8-104321号公報)
甲13には,携帯用の錠剤収納容器などにおいて,収納物(錠剤)の出し入れと収納を簡便かつ合理的に行えるように(【0001】~【0004】),半開状態と全開状態を容易に形成できる容器に関するものであって,本体2と,該本体2の一方に出し入れ可能に取付けた引出ケース3とからなり(【0006】【0007】),本体2の下側本体2Bの開口側端部内面の対向位置には,一対の係合突起10,10が上向きに突設され,引出ケース3の側壁11の中間部外面には,略半円弧状の係合面を備えた凸部14が突設され,該凸部14は前記係合突起10と係合可能にされていて,引出ケース3を半開可能にされ,また,引出ケース3を強く押し引きすることで,前記突起10の係合面を摺り抜け,それらの係合を解除可能にし,側壁11の後端部には前記凸部14よりも外側に突出した係止突起15が設けられ,該突起15は引出ケース3の全開操作時に係合突起10と係合可能にされていて,それらの係合を介し引出ケース3の全開状態を保持可能にしている(【0010】~【0012】),という技術が記載されている。
なお,上記において,部材等に付した番号は,別紙審決書写しの23頁の図9及び11記載の部材等の番号である。
(ウ) 甲14(実公昭11-38362号公報)
甲14には,巻煙草,妻楊枝などの懐中容器に関するものであって,外函1中に内函2を挿入し,内函2側壁に回動する蓋体5を設け,外函1が摺動する方向に延びた長孔9を外函1に形成し,内函2に設けた内函操縦用の摘子10を長孔9に係合したもので,長孔9の範囲内で摘子10を操作して,内函2または外函1を摺動させ,外函1に設けた切欠11,12に対して,蓋体5の脚6,7を嵌入させ又は脱出させることにより,蓋体5の開閉操作を行うようにした技術が記載されている。
なお,上記において,部材等に付した番号は,別紙審決書写しの23頁の「第一圖」記載の部材等の番号である。
(エ) 甲51(特開平11-104002号公報)
甲51には,ホルダー本体に形成したスライドスリットにキャップ体のスライド板の内側に形成した嵌合穴に組立ピンを挿入する(【0005】ことにより,ホルダー本体を使用する際に,キャップを分離することなく使用することができる(【0004】)キーホルダーについての技術が記載されている。
(オ) 甲52(実開昭61-112990号公報)
甲52には,ストッパ突起とストッパ溝を係合させて,ケース本体に対し蓋を摺動自在にし,かつ分離不能にしたシャープペンシルの芯ケースについての技術が記載されている。
(カ) 甲53(登録実用新案第3019866号公報・発行日平成8年1月12日)
甲53には,噛合板1dに固定されるピンを噛合板1cに形成された長孔に係合させることで,2つの噛合板1c,1dをスライド可能にし,かつ分離不能に保持したレザーバンド用の三つ折れ金具についての技術が記載されている。
(キ) 甲54(特開平6-38813号公報)
甲54には,ばねバンド17に形成された長孔に,ばねバンド18に固定されているリベットが係合し,ばねバンド17とばねバンド18とがスライド可能かつ分離不能に保持する飾りバンドについての技術が記載されている。
イ 以上のとおりであって,殊に甲51ないし54には,部材同士をスライド可能に係合しているものにおいて,ピンと長孔または長溝を係合させることにより,部材同士をスライド可能かつ分離不能に保持する構造が記載されており,甲12ないし14にも同様の技術が記載されているということができる。
(3) 次に,前記(2)の甲12ないし14及び51ないし54の技術を引用発明1に適用することの容易性について検討する。
ア 引用例1(甲8)に前記第2の3(3)アの引用発明1が記載されていることは当事者間に争いがない。
そして,引用例1(甲8)には,図7(別紙2のFIG.7参照)の実施例に関して,概略,以下の記載がある。
図7はロックインターフェース55の他の態様を示す。ロックインターフェース55は本体部205を有する固定心棒200を含む。本体部205は孔210,2つの係合部材(係合部材215と係合部材220),首部225,および頭部230を含む。固定心棒200の垂直2側はそれぞれ係合部材215と係合部材220を形成する。首部225はスロット15への頭部230の完全挿入を可能にする壁10の厚みを越える長さを有する。頭部230はスロット15に適合する形状を有するのが好ましい。ロックインターフェース55は,また,本体部245を有するロック心棒240を含む。本体部245は孔250,2つの係合部材(係合部材255と係合部材260),およびロックピン265を含む。ロック心棒240の湾曲部は係合部材255および係合部材260を形成する。
操作時に,使用者は頭部230をスロット15と整合させて頭部230をスロット15へ挿入する。頭部230とスロット15との不整合により頭部230と壁10の内面20とが係合し,それによりロックインターフェース55のコンピュータ5からの除去を阻止する。ロックピン265のスロット15への続く挿入が頭部230とスロット15の再整合を阻止する。係合部材220の係合部材255上,および係合部材215の係合部材260上の慴動によりロック心棒240と固定心棒200とが係合する。
好適態様において,ロックピン265を含む首部225の寸法はスロット15の小寸法側42の寸法を越え,スロット15内のユニットとしてのロック心棒240および固定心棒200の回転を阻止し,それにより頭部230のスロット15への再整合を阻止する。ロック機構30の孔210および孔250への挿入が固定心棒200とロック心棒240との係合を維持し,かつコンピュータの定着物への係止に使用されうる。(甲8・14頁9行目~15頁3行目)
イ 前記アによれば,引用例1には,まず固定心棒200の頭部230をスロット15に挿入し,挿入後,この頭部230とスロット15とが不整合状態を保つことにより,スロット15から頭部230が抜けるのを防止するために,ロック心棒240のロックピン265がスロット15へ続いて挿入され,その際,係合部材220の係合部材255上,及び係合部材215の係合部材260上の慴動によりロック心棒240と固定心棒200とが係合することが記載されていることが認められる。
なお,前記アの図7に関する説明中には,ロック機構30について,「ロック機構30の孔210および孔250への挿入が固定心棒200とロック心棒240との係合を維持し,かつコンピュータの定着物への係止に使用されうる。」とのみ記載され,孔210及び孔250へ挿入されるロック機構30とはいかなるものかが必ずしも明らかではないが,引用例1の他の実施例の記載からみて,それはロック機構30のケーブル35と認めるのが相当であり,この点は当事者間に争いがない。
そうすると,引用発明1は,まず固定心棒200の頭部230をスロット15に挿入した後,ロック心棒240のロックピン265をスロット15へ挿入し,固定心棒200の孔210とロック心棒240の孔250へとロック機構30のケーブル35を挿入することにより,固定心棒200とロック心棒240との係合を維持するものであるが,この固定心棒200とロック心棒240との係合は,ロック機構30によるものだけではなく,固定心棒200の係合部材220,215とロック心棒240の係合部材255,260との係合によるものでもあることが明らかである。したがって,引用発明1の固定心棒200の係合部材220,215とロック心棒240の係合部材255,260とは,ロックインターフェース55をコンピュータ5に取り付けた状態で,固定心棒200とロック心棒240とを係合させるための部材であると認められる。
一方,引用例1の図7に係る前記アの記載や図7をみても,固定心棒200の係合部材220,215と,ロック心棒240の係合部材255,260とが互いに常時係合している状態を保つことに関する構成は何ら記載されていないから,引用発明1は,固定心棒200とロック心棒240とを分離不能に保持するものではなく,上記のとおり,固定心棒200の係合部材220,215とロック心棒240の係合部材255,260は,ロックインターフェース55をコンピュータ5に取り付けた状態において互いに係合させるための機構ということができる。
そうすると,引用発明1は,固定心棒200とロック心棒240とを分離不能に保持するものではなく,またそのような構成を開示又は示唆する記載も引用例1にはないから,引用発明1において,固定心棒200とロック心棒240とを分離不能に保持する構成を採用する動機がないというべきである。また,甲12ないし14及び51ないし54に記載されるような,部材同士をスライド可能に係合しているものにおいて,ピンと長孔又は長溝を係合させることにより,部材同士をスライド可能かつ分離不能に保持する構造が周知・慣用技術であったとしても,上記各書証に開示された技術は,盗難防止用連結具という技術分野に関する引用発明1とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも引用発明1とは異なるものであって,引用発明1に当該技術を適用して,固定心棒200とロック心棒240とを分離不能に保持する構成を採用する動機付けがないというべきである。したがって,甲12ないし14及び51ないし54に開示された技術を引用発明1に適用することが当業者にとって容易であったということはできない。
(4) 以上によれば,本件発明1に係る相違点2について,周知・慣用技術を適用する動機付けがなく,当該技術を適用して相違点2に係る本件発明1の構成を採用することは容易想到とはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由2は理由がない。
4 取消事由3「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明1の容易想到性の判断の誤り(甲9技術の係合構造の適用)」について
(1) 本件発明1に係る取消事由3について検討する。
原告は,甲9技術(別紙4参照)の連結具と引用発明1の連結具とは同種の連結具である上,甲9技術のピン44と溝66との係合構造を引用発明1に適用する際に特別な創意工夫は必要とされないのであるから,甲9技術において,主要2部品であるスピンドル46とハウジング36とが相対的にスライド可能かつ分離不能に保持されているのと同様に,引用発明1において,主要2部品である固定心棒200とロック心棒240とを分離不能に保持するように,甲9技術を適用することは容易であり,当業者であれば,相違点2の構成について本件発明1は容易に想到できる旨主張する。
(2) そこで検討するに,甲9に前記第2の3(5)の甲9技術が記載されていることは当事者間に争いがない。
甲9には,「機構12が図3に示されるように組立てられた時,交差部材54とシャフト52とはシャフトのいずれかの側のピン60と共に開口41を通りハウジング36(甲9の「46」は明らかな誤記である。)を越えて外側に延びる。ピン44はスピンドル46の溝66と係合しそれによりこの機構がピンを取外すことなしには分解できないようにする。ピン44の頭部はハウジング36の表面のボス67の形状に一致しておりそれによりピンが特別の用具なしでは取外すことができないようにする。溝66が予め選択された幅を有しピン44が係合されたハウジング36に対するスピンドル46の限定された軸方向の運動を可能にしそれによりハウジングに対する交差部材54の軸方向の位置がある程度調節できるようにする。」(甲9・14頁15行目~23行目)との記載がある。したがって,甲9には,ピン44と溝66とを係合させて,溝66の長さ及び延在方向の設定により,ピン44と一体のハウジング36に対するスピンドル46の可動範囲及び可動方向を設定することが記載されているということができる。
しかし,他方,甲9技術は,ピン60を含む当接機構56に対して,末端に交差部材54があるスピンドル46が約90°回転することにより,取り付け機構12をコンピュータ装置の構成要素に取り付け及び取り外しができる安全装置であって,内部円筒状空洞38を有し一端に環状プレート40が形成されたハウジング36の環状プレート40側に当接機構56が受け入れられ,環状プレート40の反対側からスピンドル46が円筒状空洞38の内部に嵌り,前記ピン44によりハウジング36とスピンドル46が係合するものであることが認められる。したがって,当接機構56とスピンドル46とは分離不能に保持されているといえるが,これは,上記のとおり,当接機構56とスピンドル46とをハウジング36に受け入れ,ピン44によってスピンドル46をハウジング36の内部に嵌めて,スピンドル46とハウジング36により当接機構56を一体にしたことによるものである。
その結果,甲9技術は,上記のとおり,ハウジング36と一体のピン44をスピンドル46の溝66に係合させ,スピンドル46とハウジング36の一端にある環状プレート40の間に当接機構56を挟み込むことで,スピンドル46,当接機構56及びハウジング36を一体に保持できるようにし,さらに,スピンドル46と当接機構56とは,交差部材54の挿入方向に沿って相対的にスライド可能なものではなく,交差部材54の挿入方向を軸とする回転軸回りに相対的にスライド可能なものとしたことが認められる。
したがって,引用発明1と甲9技術とは,引用発明1がロックインターフェース55をコンピュータ5に取り付けるときに,固定心棒200とロック心棒240とを固定心棒200の頭部230の突出方向にスライド可能にするものであるのに対して,甲9技術は,交差部材54の突出方向を回転軸の方向として,当接機構56とスピンドル46とが相対的にスライド可能なものとしている点で異なる。そして,スライド可能な方向がそれぞれ異なるために,引用発明1及び甲9技術において,各部材を分離不能とする構成を考えるに当っても,必要となる構成はそれぞれ異なるものとならざるを得ない以上,引用発明1に甲9技術の構成を適用することは,当業者にとって容易なものということはできない。すなわち,甲9技術は上記のようなスライドを可能とするための構成として,ハウジング36やピン44を備え,ハウジング36の環状プレート40と,ピン44によりハウジング36と係合するスピンドル46とで,当接機構56を挟み込むようにして,これらの部材を分離不能に保持しているが,このような構成は,甲9技術が交差部材54の突出方向を回転軸の方向としてスライド可能にしつつ,分離不能に保持するためのものであって,スライドする方向が異なる引用発明1にそのまま適用することが当業者にとって容易なものということはできない。
(3) 以上によれば,引用発明1に対して甲9技術を具体的にどのように適用すれば,相違点2の構成が得られるかを当業者は理解することができないとして,容易想到性を否定した本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由3は理由がない。
5 取消事由4「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明2の容易想到性の判断の誤り」について
前記2(3)のとおり,本件発明2は,本件発明1に,主プレートと補助プレートの差し込み片と回止め片とを重ねた状態で互いに対応一致する位置の係止部に固定構造物への連結ケーブルを取り付け又は錠を用いてケーブルを連結することと,補助プレートがコ字状であるとの構成を付加するほかは,本件発明1と実質的に同一であるから,前記3及び4において本件発明1と引用発明1との相違点2について説示した内容は,すべて本件発明2についても妥当する。そうすると,本件発明2に係る相違点4(相違点4は相違点2と基本的に同じである。)の構成について容易に想到し得ることとはいえないとした本件審決の判断に誤りはないから,相違点3の容易想到性について検討するまでもなく,本件発明2が引用発明1及び周知・慣用技術又は甲9技術に基づいて容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張に係る取消事由4は理由がない。
6 取消事由5「無効理由2(進歩性欠如)(その1)における本件発明5の容易想到性の判断の誤り」について
前記2(3)のとおり,本件発明5の請求項5は,本件発明1又は2の請求項1又は2の従属項であって,補助プレートがコ字状であり主プレートがスライド可能に嵌る凹部空間を形成していること,係止部が主プレートと補助プレートの差し込み片と回止め片とを重ねた状態のときに一致して貫通するように開設された孔であり,該孔に錠又はケーブルを通すことによって,主プレートと補助プレートの相対的なスライドを妨げて固定されるとの構成を付加するほかは,本件発明1又2の発明特定事項をすべて含むものであるから,前記3及び4において本件発明1と引用発明1との相違点2について説示した内容は,すべて本件発明5についても妥当する。そうすると,本件発明5に係る相違点4(相違点4は相違点2と基本的に同じである。)の構成について想到することが容易ではないとした本件審決の判断に誤りはないから,相違点5の容易想到性について検討するまでもなく,本件発明5が引用発明1及び周知・慣用技術又は甲9技術に基づいて容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張に係る取消事由5は理由がない。
7 取消事由6「無効理由2(進歩性欠如)(その2)における本件発明1,2及び5の容易想到性の判断の誤り(周知・慣用技術の適用)」について
(1) 本件発明1に係る取消事由6について検討する。
原告は,盗難防止用の連結具に限らず,分離を目的としていない別個独立の部品で構成された器具等において,取扱性の向上,分解防止,紛失防止等は,自明な課題であり,甲12ないし14及び51ないし54の技術は,部材同士をスライド可能に係合させて用いる点が引用発明2と共通し,部材同士がスライド可能かつ分離不能に保持されることにより,取扱性の向上,紛失防止が図られる周知・慣用技術であるから,当業者であれば,引用発明2に上記周知・慣用技術を適用することは容易であり,相違点aの構成について本件発明1は容易に想到できる旨主張する。
(2) そこで検討するに,引用例2(甲11)に前記第2の3(4)アの引用発明2が記載されていることは当事者間に争いがない。
そして,引用例2(甲11)には,FIG.9A,FIG.9B,FIG.9Cに関連するものとして,概略,以下の記載がある(別紙3参照)。
ア 「図9A,9B及び9Cに,本発明の連結具に係る第3実施形態を例示している。図9Aは,第3実施形態に係る挿入プレート1の斜視図である。図9Aの挿入プレート1は,タブ2と中子7の2つの基部を有しており,これらは図5に示した挿入プレートと実質的に同じであり,図5に示した挿入プレートを参照して図示されている。中子7の末端に取り付けられているのは,ロック部材15であり,タブ2により定められる同一平面内に配置されている。ロック部材15,タブ2及び中子7はすべて,単一の部材で構成されている。
ロック部材15は,それが挿入されるセキュリティスロットよりも僅かに小さく作られている。本実施形態では,セキュリティスロットの長さは幅よりも長い。操作の際,ロック部材15は,ロック解除状態では,セキュリティスロットへ挿入される。そして,中子の取付け端6により,タブ2のいかなる部分もスロットへ挿入されることが防止される。ロック部材15は,次に回転することにより,すなわち装置の内側の外殻の表面に係合して,ロック状態へ移る。
図9Bは,図9Aに示した挿入プレートに合わさるように適合されるサドル3の斜視図を示している。サドル3は,図6に示したサドルと類似しており,詳細は前述のとおりである。フラップ30の実質的な直線端から伸長して,1つ以上のピン34になっている。好ましい実施形態では,各フラップ30からの下端の略中央から1つのピン34が伸長している。各フラップ30は,挿入板1の前側及び後側と対になる内側合わせ面32を有している。フラップ30は,プレート1と高さ及び幅を一致させた大きさにしていることが好ましい。
図9Cは,本発明の第3実施形態に係る連結具の組み立て状態の斜視図である。サドル3は,挿入プレート1上を無理なくスライドする。ピン34は,中子7と隣接した位置にあり,ロック部材15の下側に伸びている。ロック部材15が,ロック状態に移っているときは,ピン34は,ロック解除状態に戻らないように,ロック部材15と隣接してスロットに挿入されている。」(甲11翻訳文13頁27行目~14頁15行目)
イ 図9A,9B及び9C記載の実施形態とは異なる実施例に関するものとして,以下の(ア)及び(イ)の記載があるが,これらは図9A,9B及び9C記載の実施形態についても妥当するものと解される。
(ア) 「フラップ30もまた,1つの挿入プレート1又は2つの挿入プレート1を確実に覆うための取付け機構11を含んでいる。好ましい実施形態では,取付機構11は,フラップに開口を形成した部分であり,この開口は挿入プレート1に形成された開口14に対応する寸法を有し,かつ開口14に対応する位置に配置されている。開口11を開口14に合わせると,ケーブル又は南京錠のアームを,組み合わせた器具を通過させて挿入することができる。代替実施形態では,開口の大きさ及び形状は,特定のケーブル又はロック器具による。」(甲11翻訳文12頁34行目~13頁4行目)
(イ) 「ロック部材15は,スロット19の形状を横切る状態に移っており,ロック部材15の上面は,外殻17の内側面に係合している。ロック部材15のロック状態を確実にするために,サドル(図示せず)から伸びたピン34は,ロック部材34に隣接して挿入されている。ロック部材15の中央部とピン34との結合は,スロット19と相補的な形状を形成している。一旦,決まった位置にロックされると,ロック部材15は,スロット19から取り出すことも引き出すこともできなくなる。」(甲11翻訳文14頁32行目~15頁2行目)
(3) 前記(2)の記載及び別紙3の図9Aないし9C(FIG.9A,FIG.9B,FIG.9C)によれば,引用発明2は,セキュリティスロット19に挿入プレート1のロック部材15を挿入した後,セキュリティスロット19を横切る状態にロック部材15がなるように挿入プレート1を回転させ,その後,ピン34がロック部材15に隣接してセキュリティスロット19に挿入されるように,サドル3を挿入プレート1の上にスライドさせ,挿入プレート1に形成された開口14にサドル3に形成された開口11を合わせた状態で,ケーブル又は南京錠のアームを挿入して,機器の外殻17に設けられたセキュリティスロット19に連結される機器であることが認められる。
そして,上記の引用発明2に開示された取付方法及び引用例2記載の図によれば,引用発明2は,サドル3を挿入プレート1の上にスライドさせて,セキュリティスロット19にサドル3のピン34を挿入するものではあるが,挿入プレート1とサドル3とを常時係合する状態に保つことに関する構成は何ら記載されていないことから,両部材を分離不能に保持するものではないことが明らかである。
そうすると,引用発明2は,挿入プレート1とサドル3とを分離した状態で,挿入プレート1を先にセキュリティスロット19に挿入し,その後にサドル3をスライド係合させるものであって,両部材を分離不能に保持するものではなく,またそのような構成を開示又は示唆する記載も引用例2にはないから,引用発明2において,両部材を分離不能に保持する構成を採用する動機がないというべきである。また,甲12ないし14及び51ないし54に記載されるような,部材同士をスライド可能に係合しているものにおいて,ピンと長孔または長溝を係合させることにより,部材同士をスライド可能かつ分離不能に保持する構造が周知・慣用技術であったとしても,上記各書証に開示された技術は,盗難防止用連結具という技術分野に関する引用発明2とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも引用発明2とは異なるものであって,引用発明2に当該技術を適用して,挿入プレート1とサドル3とを分離不能に保持する構成を採用する動機付けがないというべきである。したがって,甲12ないし14及び51ないし54に開示された技術を引用発明2に適用することが当業者にとって容易であったということはできない。
以上によれば,本件発明1に係る相違点aについて周知・慣用技術を適用する動機付けがなく,当該技術を適用して相違点aに係る本件発明1の構成を採用することは容易想到とはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) そして,前記(1)ないし(3)において本件発明1と引用発明2との相違点aについて説示した内容は,前記2(3)及び5と同様に,すべて本件発明2に係る相違点b(相違点bは相違点aと実質的に同じである。)についても妥当するとともに,前記2(3)及び6と同様に,すべて本件発明5に係る相違点a及びbについても妥当する。
(5) 以上のとおりであるから,本件発明1,2及び5が,引用発明2及び周知・慣用技術に基づいて容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由6は理由がない。
8 取消事由7「無効理由2(進歩性欠如)(その2)における本件発明1,2及び5の容易想到性の判断の誤り(甲9技術の係合構造の適用)」について
(1) 本件発明1に係る取消事由7について検討する。
原告は,甲9技術の連結具と引用発明2の連結具とは同種の連結具である上,甲9技術(別紙4参照)のピン44と溝66との係合構造を引用発明2に適用する際に特別な創意工夫は必要とされないのであるから,甲9技術が主要2部品であるスピンドル46とハウジング36とが相対的にスライド可能かつ分離不能に保持されているのと同様に,引用発明2において,主要2部品である挿入プレート1とサドル3とを分離不能に保持するように,甲9技術を適用することは容易であり,当業者であれば,相違点aの構成について本件発明1は容易に想到できる旨主張する。
(2) しかし,前記7で検討したとおり,引用発明2は,セキュリティスロット19に挿入プレート1のロック部材15を挿入した後,セキュリティスロット19を横切る状態にロック部材15がなるように挿入プレート1を回転させ,その後,ピン34がロック部材15に隣接してセキュリティスロット19に挿入されるように,サドル3を挿入プレート1の上にスライドさせるものであるが,この挿入プレート1の上にサドル3をスライドさせる方向は,ピン34をセキュリティスロット19に挿入する必要があることから,セキュリティスロット19への挿入プレートの挿入方向である。換言すれば,挿入プレート1とサドル3とは,挿入プレートのロック部材15の突出方向にスライド可能にするものであることが認められ,この引用発明2のサドル3をスライドさせる方向は,引用発明1と同様の方向である。
これに対して,前記4で検討したとおり,甲9技術においては,スピンドル46と当接機構56とは,交差部材54の挿入方向に沿って相対的にスライド可能にするものではなく,交差部材54の挿入方向ないし突出方向を軸とする回転軸回りに相対的にスライド可能なものとしている点で異なっている。このように,甲9技術は,スピンドル46と当接機構56が交差部材54の突出方向を回転軸とする方向に回転スライド可能にしたものであって,そのために分離不能にするための構成として,ハウジング36の環状プレート40とスピンドル46との間に当接機構56を挟み込み,スピンドル46の溝66にハウジング36と一体としたピン44を係合させたものであるが,このような構成は,甲9技術が交差部材54の突出方向を回転軸の方向としてスライド可能にしつつ,分離不能に保持するためのものであって,スライドする方向が異なる引用発明2にそのまま適用することは,当業者にとって容易なものとはいうことはできない。
したがって,前記4において検討したのと同様に,引用発明2に甲9技術を適用することは容易であるとはいえず,本件発明1に係る相違点aについて容易想到ということはできない。
(3) そして,前記(1)及び(2)において本件発明1と引用発明2との相違点aについて説示した内容は,前記2(3)及び5又は6と同様に,すべて本件発明2に係る相違点b及び本件発明5に係る相違点a及びbについても妥当する。
(4) 以上のとおりであるから,本件発明1,2及び5が,引用発明2及び甲9技術に基づいて容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由7は理由がない。
9 取消事由8「本件発明1ないし5について無効理由3(サポート要件違反)の判断の誤り」について
(1) 本件発明1に係る取消事由8について検討する。
特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載について,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることを要件とし,発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除しているのであるから,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
そこで,特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比するに,本件発明1の特許請求の範囲の記載は前記第2の2(1)のとおりである。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記第4の1(1)のとおり,①「スリット82は,図1に示すように,ノート型パソコン80の下面に近い側部に形成されているから,両手で連結具90を取り付ける操作は困難であり,作業性が悪い問題があった。」(【0003】),「本発明の目的は,片手で簡単に取付けできるノート型パソコン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供することである。」(【0005】),②「主プレート20と補助プレート40は,スライド可能に係合して構成されているから,片手で連結具10を掴んで,主プレート20の抜止め片26をスリット82に挿入して90度回転させ,そのまま,補助プレート40の回止め片44を差込片24と重なるようにスリット82に押し込むだけで,連結具10をスリット82に取付けでき,作業性が良好である。」(【0007】),「ベース板22は,矩形の板体であって,後述する補助プレート40とスライド可能に係合するための一対の長孔38,38がスリット82への挿入方向と平行な向きに開設されている。長孔38,38は,本体ケーシング84の厚さとほぼ同じ長さを有しており,後述するとおり,補助プレート40のピン孔58,58に嵌められたスプリングピン60,60がスライド可能に嵌まっている。」(【0010】),「連結具10を装着するには,まず,図6に示すように,補助プレート40をずらして下げ,主プレート20を補助プレート40の先端から突出させる。…この状態で,抜止め片26をスリット82に位置合わせし,その儘,抜止め片26及び差込片24をスリット82に挿入する。スリット82に差込片24まで挿入した後,連結具10を左右何れかに90度捻る。」(【0018】),「次に,図8に示すように,補助プレート40を主プレート20に対して本体ケーシング84側に押し込み,回止め片44をスリット82に差し込んで,係止孔36,56どうしを位置合わせする。補助プレート40をスライドさせることによって,差込片24と回止め片44が重なり,連結具10の回転が阻止される。」(【0019】),③「上記連結具10によれば,連結具10のスリット82への差込みを片手で行なうことができるから,作業性にすぐれ,また,主プレート20と補助プレート40は,離脱不能であるから,一方の部品を紛失することもない。」(【0021】)との記載がある。
これらの記載から,当業者であれば,①の課題を解決するために,②の解決手段を備え,③の効果を奏する発明を認識できるから,そのための構成として,スライド可能に係合し,分離不能に保持される主プレートと補助プレートについては様々な構成を想定することができるところ,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明から想定できる主プレートと補助プレートの構成について記載された発明であって,その記載により当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
そうすると,本件発明1の特許請求の範囲の記載について,特許法36条6項1号(サポート要件)違反は認められない。
(2) 原告は,この点について,本件発明1の「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」は,機能的な表現であり,構造的機構は何ら規定されていないところ,「請求項に係る発明」は,スライドが円弧運動である構成も含み得ることになるが,本件明細書には,スライドが直線スライドの構成しか開示されておらず,円弧運動に相当する構成は一切開示されていないし,回転スライドを実施し得る新たな設計の示唆となる記載は全く見当たらないから,本件発明1はサポート要件に違反する旨主張する。
しかし,本件発明1がサポート要件に違反するものでないことは,前記(1)のとおりであって,原告の上記主張は理由がない。この点をおいても,確かに「スライド」は,直線運動だけでなく円弧運動をも一般的に包含する概念ではあるけれども,本件発明1の特許請求の範囲に属するものといえるためには,「スライド可能に係合し且つ分離不能に保持され」との構成要件のほかにも,本件発明1のその他の構成要件をもすべて充足しなければならないものであるから,かかる本件発明1の構成要件をすべて充足するようなスライドの態様が円弧運動である装置の具体的な構成を何ら明らかにすることなく,単にスライドの態様には円弧運動を含む構成が本件発明1の特許請求の範囲に含まれ得るとし,このようにスライドの態様が円弧運動となる技術事項が発明の詳細な説明に実施し得る程度に記載されていないためにサポート要件違反であるとする原告の上記主張は主張自体失当というべきである。
(3) そして,本件発明2は,前記2(3)のとおり,本件発明1の発明特定事項を実質的にすべて含みその他の限定を付するものであるから,前記(1)及び(2)において本件発明1について説示した内容は,すべて本件発明2についても妥当する。
また,本件発明3の請求項3は本件発明2の請求項2の,本件発明4の請求項4は本件発明1ないし3の請求項1ないし3の,さらに本件発明5の請求項5は請求項1ないし4のそれぞれ従属項であるから,前記(1)及び(2)において本件発明1について説示した内容は,同様に,すべて本件発明2ないし5についても妥当する。
(4) 以上によれば,本件発明1ないし5について,サポート要件違反はないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由8には理由がない。
10 取消事由9「本件発明1ないし5について無効理由4(明確性要件違反)の判断の誤り」について
(1) 本件発明1に係る取消事由9について検討する。
本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,当業者は,主プレートと補助プレートがパソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具の構成要素であることを理解できるし,また,「主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え」るものとして,「補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片を挟んで重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるようにスライド板の先端に突設された一対の回止め片とを具え」るものとして,さらに「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」るものとして,いずれも明確に特定されており,これらの記載によれば,当業者は,主プレート,補助プレート,主プレートと補助プレートの関係も理解することができる。
そうすると,請求項1の記載から本件発明1の内容を明確に把握することができ るから,本件発明1の特許請求の範囲の記載について,特許法36条6項2号(明確性要件)違反は認められない。
(2) 原告は,この点について,「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」は機能的な表現であり,構造的機構は何ら規定されていないので,個々の記載が明確であっても,それだけでは「発明の範囲」が明確であるとはいえず,本件明細書の記載を考慮しても,「スライド可能に係合」なる構成,「分離不能に保持」なる構成がどこまでの範囲のものであるのかが明確ではなく,例えば,「スライド可能に係合」なる構成,「分離不能に保持」なる構成に,補助プレートが主プレートに対して回転軸を中心とした円の円弧方向に移動(回動)する構成が含まれるのかどうかが明確ではない旨主張する。
しかし,本件発明1が明確性要件に違反するものでないことは,前記(1)のとおりであって,原告の上記主張は理由がない。そもそも特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には,特許請求の範囲に含まれる発明を全て例示する必要はなく,また特許請求の範囲に含まれない発明についてもこれを例示する必要もない。そして,明確性要件との関係であれば,「スライド」には,直線運動に限らず円弧運動であってもそれ以外の態様のスライドであっても,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ分離不能に保持され」ているものであれば,その限度で本件発明1の上記構成要件を充足することは,上記文言の通常の用法に照らし明らかであって,何ら不明確な点はない。
(3) そして,前記(1)及び(2)において本件発明1について説示した内容は,前記9(3)と同様に,すべて本件発明2ないし5についても妥当する。
(4) 以上によれば,本件発明1ないし5について,明確性要件違反はないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由9には理由がない。
11 取消事由10「本件発明1ないし5について無効理由5(実施可能要件違反)の判断の誤り」について
(1) 本件発明1に係る取消事由10について検討する。
原告は,この点について,「スライド可能に係合」なる構成及び「分離不能に保持」なる構成は,いずれも機能的な表現がされているので,「スライド可能に係合」なる構成は,「スライド可能に係合」なる構成のすべてを含み得ることになり,「分離不能に保持」なる構成は,「分離不能に保持」なる構成のすべてを含み得ることになり,例えば,「スライド可能に係合」なる構成は,直線方向にスライドする構成のみならず,補助プレートが主プレートに対して回転軸を中心とした円の円弧方向に移動(回動)する構成も含み得ることになるおそれがあるところ,本件明細書には,従来技術及び実施例のいずれにおいても,上記のような両プレートが回転軸を中心とした円の円弧方向に移動する構成は開示されておらず,これが実施可能な程度に記載されていない旨主張する。
(2) しかし,本件発明1の特許請求の範囲は,スライド可能に係合の点について,「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し」として,「スライド可能に係合」なる構成のすべてを含むものではなく,少なくとも「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」であるとの限定を付しているものである。そして,本件の発明の詳細な説明には,前記9でもみたとおり,「主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ分離不能に保持され」との技術事項を含む本件発明1を当業者が実施できる程度に記載されているということができる。
そして,原告の前記(1)の主張は,本件発明1の構成要件をすべて充足するようなスライドの態様が円弧運動である装置の具体的な構成を何ら明らかにすることなく,単にスライドの態様には円弧運動を含む構成が本件発明1の特許請求の範囲に含まれ得るとし,このようにスライドの態様が円弧運動となる技術事項が発明の詳細な説明に実施し得る程度に記載されていないために実施可能要件違反であるとする主張であって,前記9(2)と同様に,主張自体失当というべきである。
そうすると,本件発明1について,平成11年法律第160号による改正前の特許法36条4項の実施可能要件違反は認められない。
(3) そして,前記(1)及び(2)において本件発明1について説示した内容は,前記9(3)と同様に,すべて本件発明2ないし5についても妥当する。
(4) 以上によれば,本件発明1ないし5について,実施可能要件違反はないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由10には理由がない。
12 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 田中芳樹)
file_2.jpg別紙