知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10057号 判決 2014年6月25日
平成25年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件(第一事件)
平成25年(行ケ)第10151号 審決取消請求事件(第二事件)
第一事件原告・第二事件被告
イー・アクセス株式会社
訴訟代理人弁護士
窪田英一郎
同
柿内瑞絵
同
乾裕介
同
今井優仁
同
野口洋高
同
中岡起代子
同
熊谷郁
訴訟代理人弁理士
三木友由
同
宗田悟志
第一事件被告・第二事件原告
アイピーコムゲゼルシャフトミット
ベシュレンクテルハフツングウント
コンパニーコマンディートゲゼルシャフト
訴訟代理人弁護士
片山英二
同
服部誠
同
黒田薫
同
岩間智女
補佐人弁理士
蟹田昌之
同
相田義明
主文
1 第一事件原告の請求及び第二事件原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第一事件及び第二事件を通じてこれを2分し,その1を第一事件原告・第二事件被告の負担とし,その余を第一事件被告・第二事件原告の負担とする。
3 第二事件につき,この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
1 第一事件
特許庁が無効2012-800016号事件について平成25年1月17日にした審決のうち,「特許第4696176号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。
2 第二事件
特許庁が無効2012-800016号事件について平成25年1月17日にした審決のうち,「特許第4696176号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 第一事件被告・第二事件原告(以下「被告」という。)は,平成12年2月15日にされた特許出願(優先権主張日平成11年3月8日,特願2000-604634号。以下「原出願」という。)の一部を分割して,平成22年6月8日,発明の名称を「移動無線網で作動される移動局および移動局の作動方法」とする発明について新たに特許出願(特願2010-130883号。以下「本件出願」という。)をし,平成23年3月4日,特許第4696176号(請求項の数4。以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた。
(2) 第一事件原告・第二事件被告(以下「原告」という。)は,平成24年2月29日,本件特許の請求項1及び2に対して特許無効審判を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2012-800016号事件として審理を行い,平成25年1月17日,「特許第4696176号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。特許第4696176号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本が,同月31日に原告及び被告にそれぞれ送達された。
(3) 原告は,平成25年2月28日,本件審決のうち,「特許第4696176号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との部分の取消しを求める第一事件訴訟を提起し,被告は,同年5月28日,本件審決のうち,「特許第4696176号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との部分の取消しを求める第二事件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明1」,請求項2に係る発明を「本件特許発明2」という。)。
「【請求項1】
複数のユーザクラス(35,40)が区別される移動無線網で作動するための移動局(5,10,15,20)において,
前記移動局(5,10,15,20)は,
SIMカード(75)からユーザクラス(35,40)を読み出し,
ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)およびアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)を受信し,
前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,
前記ユーザクラス(35,40)に関連するアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)に基づいて,
当該移動局(5,10,15,20)が,受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)に依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいは
ランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該移動局(5,10,15,20)のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのか
を検査するように構成されていることを特徴とする移動局。
【請求項2】
前記移動局は,アクセス閾値評価を実施するために,前記アクセス閾値(S)とランダム数または擬似ランダム数(R)とを比較する手段を有する請求項1記載の移動局。」
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。
要するに,原告が以下のとおり本件特許発明1及び2について無効理由1ないし7を主張したのに対し,本件審決は,本件特許発明1は甲1に記載された発明と同一であり,本件特許発明1についての無効理由1は理由があるから,本件特許発明1に係る本件特許は無効とすべきものであり,一方,本件特許発明2についての無効理由1ないし7はいずれも理由がないから,本件特許発明2に係る本件特許は無効にすることはできないというものである。
(無効理由1)
本件特許発明1及び2は,本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平10-327474号公報(甲1)に記載された発明と同一であり,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(無効理由2)
本件特許発明1及び2は,本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である特開昭64-29136号公報(甲2)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(無効理由3)
本件特許発明1及び2は,甲2に記載された発明及び本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である「TS100 921 V6.0.0(1998-07)GSM02.11 version6.0.0」(1998年7月発行)(甲4)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(無効理由4)
本件特許発明1及び2は,本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平4-373325号公報(甲12)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(無効理由5)
本件特許発明1及び2には,本件出願の原出願の国際出願日における明細書等の翻訳文に対する誤訳訂正書(以下「本件誤訳訂正書」という。甲18)に記載された事項の範囲内でない事項が含まれており,本件出願は,分割出願の要件(平成18年法律第55号による改正前の特許法44条1項)に違反するから,出願日の遡及が認められない,そして,本件特許発明1及び2は,本件出願の出願前に頒布された刊行物である欧州特許第1841268号の特許公報(2010年(平成22年)3月17日公開)(甲16)に記載された発明と同一であり,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
(無効理由6)
本件特許発明1及び2の特許請求の範囲(請求項1及び2)の記載は,特許を受けようとする発明が本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。甲19)の発明の詳細な説明に記載したものとはいえず,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。
(無効理由7)
本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件特許発明1及び2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,本件特許発明1及び2に係る本件特許は,特許法36条4項1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。
(2) 本件審決が認定した甲1に記載された発明(以下「引用発明1」という。),は,以下のとおりである。
(引用発明1)
「移動局144であって,
該移動局144は,無線ゾーン142-1において待ち受けを行っている状態では,無線基地局141-1から制御チャネルを介して受信される報知情報を所定の頻度で監視することによって,自局宛の着信呼の有無を監視すると共に,その報知情報に「規制情報」が含まれているか否かを判別し,
さらに,移動局144は,その判別の結果が真である場合には,自局の加入者クラスと報知情報に含まれる加入者クラスとを比較し,前者が後者以下である場合に限って,その報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測し,
また,移動局144は,その受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合には,特別な手順に基づくチャネル設定は行わないが,反対に上回る場合には,その受信レベルと「基準レベルL」との比較を予め決められた頻度で続行すると共に,前者が後者を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせ,かつ既述の「自局宛の着信呼」の有無を監視する処理を省略することにより,
規制ゾーンに位置する移動局の内,報知情報に含まれる加入者クラス以下の加入者クラスを有する移動局に限って,発信や着信が規制され,したがって,移動通信システムに要求される運用,保守およびサービスの形態に柔軟に適応しつつ規制ゾーンが形成される
移動局144。」
(3) 本件審決が認定した甲2に記載された発明(以下「引用発明2」という。),本件特許発明1と引用発明2の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明2
「衛星通信,LANにおける子局であって,
通信衛星の制御局3には各端末の子局41,…4nに対して例えば1以下のアクセス制限値を発生する機能が備えられており,一方,子局41,…4nには,個々に例えば1未満の乱数の値を発生し,その乱数の値と上記アクセス制限値とを比較し,通信のためのアクセス権があるか否かを判断し,例えばアクセス権がある場合制御局3にアクセスを行う機能が備えられていて,
具体的な動作としては,各子局41,…4nのうち通信を希望する子局が多く,信号,パケットの衝突が発生するようになると,制御局1からはあるタイムスロットでアクセス制限値が各子局41,…4nに対して発生され,これら子局には,当然通信を希望する子局も含まれており,すると,通信を希望する子局において,次のタイムスロットにてそのアクセス制限値と自ずから発生した乱数の値とが比較され,制御局3に対してチャネル割り当て等のアクセスを行うことができるか否かの判断がなされ,そして,そのアクセス制限値より小さい乱数の値を発生した子局のみが次のタイムスロットにて制御局3に対してアクセスすることになる,
衛星通信,LANにおける子局。」
イ 本件特許発明1と引用発明2の一致点
「子局は,
ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)を受信し,
前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,
ランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該子局のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められる場合がある,
子局。」である点。
ウ 本件特許発明1と引用発明2の相違点
(相違点1)
本件特許発明1では,ネットワークが,複数のユーザクラス(35,40)が区別される移動無線網であるのに対して,引用発明2の衛星通信,LANでは,複数のユーザクラス(35,40)が区別されるのか否か不明であり,また移動無線網であるのか否かも不明である点。
(相違点2)
本件特許発明1では,移動局は,SIMカードからユーザクラスを読み出すのに対して,引用発明2では,子局がSIMカードからユーザクラスを読み出すとは記載されていない点。
(相違点3)
本件特許発明1では,ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)を受信するのに対して,引用発明2では,子局がそのような受信をするとは記載されていない点。
(相違点4)
本件特許発明1では,ユーザクラス(35,40)に関連するアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)に基づいて,
当該移動局(5,10,15,20)が,受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)に依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいは
ランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該移動局(5,10,15,20)のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのか
を検査するように構成されているのに対して,引用発明2の子局は,そのような検査をするようには構成されていない点。
(4) 本件審決が認定した甲12に記載された発明(以下「引用発明3」という。),本件特許発明1と引用発明3の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明3
「基地局11は,配下の多数の移動端末20から送信される発呼および位置登録信号を受信するとともに一定時間単位でその信号数を数えて通信トラヒックを測定し,この測定値が一定値以上になった場合には,発呼と位置登録を規制すべき規制信号を送信し,
この信号を受信した移動端末は,S3において位置登録要求の時に基地局からの規制信号をモニタして位置登録規制値Mを検出し,S4において位置登録の確率を表す乱数値Nを発生し,S5において上記MとNの大きさを判定し,N>Mの時に,S6において位置登録要求信号を送信し,N≦Mの時に,S6において特定時間待機して再度工程S1に戻り,
非常に位置登録トラヒックが大きくて大きい規制がかかっている時にも特に緊急の着信を必要とする加入者に対しては優先的に位置登録を可能する方が望ましい場合が多く,
移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せば,強制位置登録モードになり,このモードにある時には大きな位置登録規制がかかっている時でも規制値を緩めるとともに位置登録動作の繰り返し周期を短くして位置登録し易くするした,
移動端末。」
イ 本件特許発明1と引用発明3の一致点
「移動無線網で作動するための移動局(5,10,15,20)において,前記移動局(5,10,15,20)は,
ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)を受信し,
前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,
当該移動局(5,10,15,20)が,受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)に依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいは
ランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該移動局(5,10,15,20)のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのか
を検査するように構成されていることを特徴とする移動局。」である点。
ウ 本件特許発明1と引用発明3の相違点
(相違点1)
本件特許発明1の移動無線網では,複数のユーザクラス(35,40)が区別されるのに対して,引用発明3では,複数のユーザクラス(35,40)が区別されるのか否か不明である点。
(相違点2)
本件特許発明1では,移動局は,SIMカードからユーザクラスを読み出すのに対して,引用発明3では,移動局がSIMカードからユーザクラスを読み出すとは記載されていない点。
(相違点3)
本件特許発明1では,ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)を受信するのに対して,引用発明3では,そのような受信をしていない点。
(相違点4)
本件特許発明1では,検査を,ユーザクラス(35,40)に関連するアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)に基づいて行っているのに対して,引用発明3では,検査を,アクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)に基づいて行うとは記載されていない点。
第3本件特許発明1の無効理由(無効理由1)の判断に関する当事者の主張(第二事件)
1 被告の主張
本件審決は,本件特許発明1は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一であり,原告主張の無効理由1は理由があると判断したが,以下のとおり誤りである。
(1) 引用発明1の「基準レベルL」が本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に,引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との「比較」が本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」にそれぞれ相当するとした認定の誤り
ア 本件特許発明1は,移動無線網で作動する移動局による「ランダムアクセスチャネル(Random Access Channel)」(RACH)へのアクセスを制御し,複数の移動局からRACHへ送出される信号の衝突を避け,RACH上で生じ得る過負荷を回避し,アクセスが効率的に行われるようにすることを目的とし,かかる目的を達成するため,移動局がRACHへのアクセス権限が付与されるルートとして,①移動局が受信した「アクセス閾値ビット」に依存せずにアクセス権限が付与されるルート(以下「優先ルート」という。)と,②「アクセス閾値の評価」,すなわち「抽選」の結果に依存してアクセス権限が付与されるルート(以下「抽選ルート」という。)の2つを用意し,「ユーザクラス」に関連する「アクセスクラス情報」に基づき,移動局自らがいずれのルートに振り分けられるのかを「検査」するように構成したものである。
これにより本件特許発明1は,上記「検査」を行うすべての移動局に対してRACHへのアクセス権限が付与される機会を与えつつ,あるユーザクラスに属する移動局(例えば,警察又は消防などの非常サービスの移動局)に優先的にアクセス権限を付与することを可能にし,また,ネットワークの管理者は,ネットワークの状況に応じて「アクセスクラス情報」と「アクセス閾値ビット」のそれぞれを調整することにより,RACHへのアクセスを柔軟に制御することができるようにしたものである。
このように本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」は,RACH上で生じ得る過負荷を回避し,移動局のRACHへのアクセスが効率的に行えるようにするために,抽選ルートに振り分けられた移動局についてRACHへのアクセス権限を求めるために用いられる値である。
イ 他方で,引用発明1は,従来のシステムでは,発着信の規制は無線ゾーンあるいはサービスエリアといった広い領域の単位で行われ,これよりも小さい局地的な領域である「ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場」等に位置する移動局のみの発着信の規制を行うことができなかったが,演奏,上映,会議等の最中に生じる騒音防止の観点から,このような局地的な領域内の移動局の発着信を規制することを目的とし(甲1の段落【0007】~【0011】,【0013】~【0016】),かかる目的を達成するため,「規制基地局」を設置し,その周囲に「規制空間」(規制ゾーン)を形成し,演奏,上映,会議等の間,所定の加入者クラスに属する移動局以外の移動局については,規制空間内の発着信を一律に禁止するようにしたものである。引用発明1は,既存の移動通信システムを前提とし,それに移動局の発着信を禁止するという付加的な機能を加えるものであるから,仮に引用発明1の前提とする移動通信システムがRACHを備えているとしても,RACHへのアクセス権限は,引用発明1の前提とする移動通信システムによって制御されるものであって,引用発明1によって制御されるものではなく,引用発明1自体はRACHへのアクセス権限とは無関係である。例えば,RACHは,制御メッセージ又は短メッセージ通信サービスの一部であるメッセージを基地局に送信するためにも使われるところ,上記制御メッセージ等の送信は,騒音を発生させることはなく,引用発明1によって規制されることはないから,引用発明1によって発信が禁止される移動局であっても,上記制御メッセージ等の送信のためにRACHにアクセスすることが考えられる。また,逆に,引用発明1によって発信が禁止されない移動局であっても,RACHが過負荷状態であるため,RACHへのアクセス権限が付与されていない場合もあり得る。そして,引用発明1は,RACHへのアクセス権限が付与されている移動局のみを問題にする発明ではないから,ある移動局が引用発明1により発着信が禁止されるか否かと,当該移動局にRACHへのアクセス権限が付与されているか否かとの間には,全く相関関係がない。
引用発明1では,受信レベルが「基準レベルL」を上回る場合は,移動局は発信を見合わせ,また自局宛の着信呼の有無を監視し応答することを省略するというにすぎず,当該移動局にRACHへのアクセス権限が付与されないというわけではなく,逆に,受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合は,移動局は引用発明1による規制の影響を受けないというにとどまり,そのような移動局にRACHへのアクセス権限が付与されるわけではない。
そもそも,引用発明1において,「基準レベルL」は,騒音の防止を目的とする規制空間の大きさを設定するために用いられるパラメータにすぎず,RACH上で生じ得る過負荷を回避し,移動局のRACHへのアクセスが効率的に行えるようにするために,「抽選ルート」に振り分けられた移動局についてアクセス権限を求めるために用いられる値ではない。
したがって,引用発明1の「基準レベルL」が本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に相当するとした本件審決の認定は誤りである。
ウ 次に,引用発明1においては,規制基地局に局発信号を発生させ,移動局は,当該局発信号の「受信レベル」(受信電界強度)と「基準レベルL」とを比較し,その大小関係によって,移動局が規制空間内に位置するか,規制空間外に位置するかを判断するものであり,規制空間内に位置する移動局は,発着信を禁止されるが,騒音を発生しないメッセージの送信まで禁止されることはないし,規制空間外に位置する移動局は,引用発明1による規制を受けないが,必ずしもRACHへのアクセス権限を付与されるわけではない。このように引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との比較は,移動局が規制空間内に位置するか否かを判定することを目的として行われるものであって,移動局のRACHへのアクセス権限が当該比較に依存して求められるものではない。
したがって,引用発明1には,「アクセス閾値の評価」の要素がないから,引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との比較を本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」に相当するとした本件審決の認定は誤りである。
(2) 引用発明1の「自局の加入者クラス」が本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」が本件特許発明1の「アクセスクラス情報」にそれぞれ相当するとした認定の誤り
ア 本件特許発明1の「ユーザクラス」は,例えば警察や消防などの非常サービスの移動局のように,RACHへのアクセスを優先的に認めるべきか否かを決定する基準となる属性により分類されるユーザの集合体を意味する(本件明細書の段落【0009】)。また,本件特許発明1の「ユーザクラス」は「SIMカード」から読み出されるものであるところ,「SIMカード」は,加入者情報が書き込まれたICカードであり,加入者情報が移動局端末本体に書き込まれている場合と異なり,「SIMカード」を差し込み直すことにより容易に端末を交換することができるところに利点がある(乙2)。このことは,本件特許発明1の「ユーザクラス」が移動局端末と結びつけられるものではなく,ユーザ自身と結びつけられる性質のものであることを示している。
イ 他方で,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1のSIMカードから読み出される「ユーザクラス」とは全く異なるものである。
すなわち,甲1には,移動局が「SIMカード」を備えることについては一切記載がなく,「加入者クラス」が「SIMカード」から読み出されることを示唆する記載もない。
したがって,甲1の「加入者クラス」が「SIMカード」から読み出されたものであると理解することもできない。
また,甲1には,「加入者クラス」がどのような分類を示すものかを説明した記載がない一方,「加入者クラス」は,「移動局に固有」(段落【0052】,【0080】,【0177】,【0183】)あるいは「個々の端末に固有」(段落【0186】)であると繰り返し明記されている。そして,引用発明1は,「ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場」等において,「演奏,上映,会議等の最中に突発的に騒音である呼び出し音が発生する」ことを防ぐため,そのような限られた空間内の比較的少数の移動局の発着信を規制するものであるから,発着信の規制を受けない「加入者クラス」に属する者は,「ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場」等にいるごく限られた者であることが理解できる。
そうすると,引用発明1の「自局の加入者クラス」とは,端末に固有の個体識別番号等であって,通信事業者が管理するSIMカードに記憶されたものではなく,個体識別番号等の端末固有の識別子に基づいて,規制空間内で発着信が禁止されるべき特定の端末を制御局が都度指定するものと解するのが自然である。
したがって,甲1の記載から,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,RACHへのアクセスを優先的に認めるべきか否かを決定する基準となる属性によって分類される本件特許発明1の「ユーザクラス」であると理解することはできない。
以上によれば,引用発明1の「自局の加入者クラス」が本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に相当するとした本件審決の認定は誤りである。
ウ 次に,上記のとおり,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1の「ユーザクラス」に当たらないから,引用発明1の「自局の加入者クラス」に関連する「報知情報に含まれる加入者クラス」は,本件特許発明1の「ユーザクラス」に関連する「アクセスクラス情報」に当たらないのは当然のことである。
また,本件特許発明1の「アクセスクラス情報」は,移動局を,RACHにアクセスする「優先ルート」と「抽選ルート」に振り分ける際に用いられる情報であり,優先ルートに振り分けられた移動局は,アクセス閾値ビットに依存せずにアクセス権限が付与されており,抽選ルートに振り分けられた移動局は,「アクセス閾値の評価」に依存して,RACHへのアクセス権限が求められる。これに対し,引用発明1では,規制空間内においては,「報知情報に含まれる加入者クラス」以下の加入者クラスに属する移動局の発着信は一律に禁止され,それ以外の加入者クラスに属する移動局は引用発明1による規制を受けない。このように引用発明1では,「報知情報に含まれる加入者クラス」によって,規制空間内において,引用発明1による発着信の規制が適用される移動局と,当該規制が適用されない移動局に分けられるのであるから,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」は,本件特許発明1の「アクセスクラス情報」とは異なる概念である。
したがって,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」が本件特許発明1の「アクセスクラス情報」に相当するとした本件審決の認定は誤りである。
(3) 引用発明1における「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」との「比較」が本件特許発明1の「検査」に相当するとした認定の誤り
本件審決は,引用発明1の「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」との「比較」と,本件特許発明1の「検査」とは,
「当該移動局(5,10,15,20)が,受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)に依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいはランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該移動局(5,10,15,20)のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのかを検査する」点で一致していると認定した。
しかしながら,前記(1)イのとおり,引用発明1は,無線ゾーンよりも小さい局地的な領域であるホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場等といった規制地域内において,騒音防止の観点から,演奏,上映,会議等の時間帯にわたって,移動局の発着信を禁止するものであり,このような引用発明1による発着信の規制は,仮に引用発明1の前提とする移動通信システムにRACHが備えられており,RACHへのアクセス制御が行われていたとしても,RACHへのアクセス制御とは別個独立したものである。そして,引用発明1は,RACHへのアクセス権限が付与されている移動局のみを問題にする発明ではないから,ある移動局が引用発明1により発着信が禁止されるか否かと,当該移動局にRACHへのアクセス権限が付与されているか否かとの間には,全く相関関係がない。
したがって,引用発明1における「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」との「比較」と,本件特許発明1の「検査」とがRACHへのアクセス権限付与の制御に関する点で一致するとした審決の認定は誤りである。
(4) まとめ
以上によれば,引用発明1は,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」,「アクセス閾値の評価」,「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」,「アクセスクラス情報」及び「検査」の構成を備えていないから,本件特許発明1は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一であるということはできない。
したがって,本件特許発明1は引用発明1と同一であるとした本件審決の判断は誤りであるから,本件審決のうち,本件特許発明1に係る本件特許を無効とするとの部分は違法として,取り消されるべきである。
2 原告の主張
(1)被告の主張(1)に対し
ア 移動無線網を含む無線通信システムにおいては,各移動局(移動端末,子局)は,基地局を経由して無線通信システムとの間で無線により通信を行うが,ここで,移動局から基地局(無線通信システム)への情報の送信に用いられるチャネルの一つに,複数の移動局によって共有され,各移動局が任意にアクセス(ランダムアクセス)することができるランダムアクセスチャネル(RACH)が存在する。
RACHは,本件特許の優先権主張日前に,無線通信の分野において周知であり(例えば,甲20ないし22等),ARIB,GSM,TETRA等の移動通信システムの標準規格に用いられていた(甲3,4,11,30,31(特に断りのない限り,枝番のあるものは枝番を含む。以下,各書証の引用において同じ。))。そもそも,本件特許の優先権主張日前に,移動通信システムにおいて移動局から基地局に対して発信を希望する旨の制御メッセージを送信する際にRACHを用いることは,至極当然のことであり,RACHを用いない移動通信システムを観念することは極めて困難であった。
したがって,甲1には,移動通信システムにRACHが用いられていることに直接言及する記載はないが,甲1に接した当業者は,引用発明1が前提とする移動通信システムも,RACHを備えていることを当然に理解するものといえる。
そして,RACHが用いられている移動通信システムにおいては,移動局が発信を希望する場合,移動局は,最初に,RACHを通じて,発信を希望する旨の制御メッセージを基地局に送信し,この制御メッセージに基づいて,移動局と基地局との間で通話のためのチャネルが確立され,通話が可能となるのであるから,引用発明1によって移動局による発着信が禁止される場合には,移動局は,RACHを通じて,発信を希望する旨の制御メッセージを基地局に送信することができず(換言すれば,RACHにアクセスすることができない。),他方で,引用発明1によって移動局による発着信が禁止されていない場合には,移動局は,RACHを通じて,発信を希望する旨の制御メッセージを基地局に送信することができる(換言すれば,RACHにアクセスすることができる。)と解される。
このように,引用発明1は,発信のために移動局がRACHにアクセスすることができるか否か,換言すれば,RACHへのアクセス権限を有するか否かを制御する発明であるといえる。
被告は,この点に関し,引用発明1は,既存の移動通信システムを前提とし,それに移動局の発着信を禁止するという付加的な機能を加えるものであるから,仮に引用発明1の前提とする移動通信システムがRACHを備えているとしても,RACHへのアクセス権限は,引用発明1の前提とする移動通信システムによって制御されるものであって,引用発明1によって制御されるものではなく,引用発明1自体はRACHへのアクセス権限とは無関係であり,ある移動局が引用発明1により発着信が禁止されるか否かと,当該移動局にRACHへのアクセス権限が付与されているか否かとの間には,全く相関関係がない旨主張するが,失当である。
イ あるビットが本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」であるか否かは,それがいかなる目的のために使用されるかではなく,どのように使用されるかによって決まる事項である。
そして,引用発明1の「基準レベルL」は,移動局がRACHへのアクセス権限を有するか否かを移動局側で判断するための閾値(その値との大小関係により,アクセス権限の有無が決まる値)を表現したビットであるから,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に該当することは明らかであり,また,引用発明1における「基準レベルL」と「受信レベル」との比較が本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」に相当することも明らかである。
被告は,この点に関し,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」は,RACH上で生じ得る過負荷を回避し,移動局のRACHへのアクセスが効率的に行えるようにするために,「抽選ルート」に振り分けられた移動局についてRACHへのアクセス権限を求めるために用いられる値であるが,引用発明1の「基準レベルL」は,騒音の防止を目的とする規制空間の大きさを設定するために用いられるパラメータにすぎず,このような「抽選ルート」に振り分けられた移動局についてRACHへのアクセス権限を求めるために用いられる値ではない旨主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,ある特定の目的(「RACH上で生じ得る過負荷を回避し,移動局のRACHへのアクセスが効率的に行えるようにする」という目的)のために使用されるものでなければ,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」であるとはいえないというにすぎず,本件特許発明1の特許請求の範囲(請求項1)に記載のない事項をもって「アクセス閾値ビット」に限定を加えようとするものであって,失当である。
また,被告は,引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との比較は本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」に相当しない旨主張するが,この主張は,実質的には引用発明1の「基準レベルL」は,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に該当しないという主張を繰り返すものであって,失当である。
ウ 以上によれば,引用発明1の「基準レベルL」が本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に,引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との「比較」が本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」にそれぞれ相当するとした本件審決の認定に誤りはない。
(2) 被告の主張(2)に対し
ア 甲1の「加入者クラス」という文言を普通に読めば,これが「加入者」の「クラス」であること,すなわち,加入者(移動通信サービスに加入した,移動局のユーザ)を分類したクラスであることは,自然に理解できる。
そうすると,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1の「ユーザクラス」に相当するものといえる。
次に,「自局の加入者クラス」に関する情報を「SIMカード」に記憶することは,本件特許の優先権主張日前に,周知であり,ARIB,GSM,TETRA等の移動通信システムの標準規格において上記技術が用いられていたものであるから(甲3の3の2,甲4,24,25,30,31),移動通信システムの設計者が当然に採用する技術であったということができる。
そうすると,甲1には,「SIMカード」が用いられていることに直接言及する記載はないが,甲1に接した当業者は,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,「SIMカード」に記録されている情報であると理解するのが自然であるから,本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に相当するものといえる。
そして,引用発明1の「自局の加入者クラス」に関連する「報知情報に含まれる加入者クラス」は,本件特許発明1の「ユーザクラス」に関連する「アクセスクラス情報」に相当するものといえる。
イ 被告は,この点に関し,引用発明1の「加入者クラス」は,端末に固有の個体識別番号等であって,通信事業者が管理するSIMカードに記憶されたものではなく,個体識別番号等の端末固有の識別子に基づいて,規制空間内で発着信が禁止されるべき特定の端末を制御局が都度指定するものと解するのが自然であるから,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に相当するものではない旨主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,甲1に「移動局に固有」,「個々の端末に固有」との記載があることを根拠に,「加入者クラス」とは移動局の端末に固有の個体識別番号等であるというものであるが,「固有」という文言の解釈に固執するあまり,「加入者クラス」という文言を完全に度外視するものである。そもそも,「固有」という文言自体,様々な意味で用いられるものであり,この文言のみを手掛かりとして,「加入者クラス」は,その文言にかかわらず,移動局の端末に固有の個体識別番号等であるとの結論を導くこと自体,論理に無理がある。
また,被告は,引用発明1の目的について縷々主張するが,そのような引用発明1の目的は,「加入者クラス」という文言から導き出される自然な理解を何ら否定するものではない。
したがって,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に相当するものではないとの被告の上記主張は失当である。
次に,被告は,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」は,本件特許発明1の「アクセスクラス情報」に該当しない旨主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,実質的には引用発明1はRACHへのアクセス権限の付与に関する発明ではないとの主張及び引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に相当するものではないとの主張を繰り返すものであって,これらの主張が失当であることは前述のとおりであるから,被告の上記主張も失当である。
ウ 以上によれば,引用発明1の「自局の加入者クラス」が本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」が本件特許発明1の「アクセスクラス情報」にそれぞれ相当するとした本件審決の認定に誤りはない。
(3) 被告の主張(3)に対し
被告は,引用発明1における「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」との「比較」と,本件特許発明1の「検査」とがRACHへのアクセス権限付与の制御に関する点で一致するとした本件審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら,前記(1)アのとおり,引用発明1は,発信のために移動局がRACHにアクセスすることができるか否か,換言すれば,RACHへのアクセス権限を有するか否かを制御する発明であるから,被告の上記主張は失当である。
(4) まとめ
以上によれば,本件特許発明1は引用発明1と同一であるとした本件審決の判断に誤りはなく,被告主張の取消事由は理由がない。
第4本件特許発明2の無効理由(無効理由1ないし7)の判断に関する当事者の主張(第一事件)
1 原告の主張
(1) 取消事由1(本件特許発明2と引用発明1との同一性の判断の誤り)(無効理由1関係)
本件審決は,甲1は,「規制基地局と移動局との距離が遠くなれば,移動局の受信レベルは単調に下がっていく。」という前提の下に記載されており,規制基地局と移動局との距離が分かれば,移動局の受信レベルの概略値を予測することが可能であるから,引用発明1の移動局の「受信レベル」は,本件特許発明2の「ランダム数または疑似ランダム数(R)」であるとはいえないとして,本件特許発明2は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一ではないと判断したが,以下のとおり誤りである。
ア ランダム数(乱数)とは,再現性もなくいかなるアルゴリズムも満たさない数の列をいい(甲23),その典型的な例としては,サイコロを振って出る目から得られる数が挙げられる。
引用発明1において,規制基地局は,規制用チャネル(制御チャネル)に対して局発信号(規制用の信号)を送信し(甲1の段落【0099】),移動局は,当該局発信号を受信して,規制用チャネルの受信レベル(受信電界強度)を計測する(同段落【0100】)。
移動局が受信する局発信号の強度(受信レベル)には,規制基地局と移動局との距離が影響するが,規制基地局と移動局との距離は予測不可能な数値である。すなわち,ネットワーク(基地局)側の視点に立った場合,移動局の空間移動に対して制限が課されていない限り,ある特定の移動局が次の瞬間どこに移動するかを予測することができないので,ネットワーク側では,規制基地局と当該移動局との距離を予測することはできない。また,移動局側の視点に立った場合であっても,移動局に規制基地局の位置情報が最初から入力されていない限り,そもそも,自局と規制基地局との距離を把握することはできない。このような規則性も再現性もない,予測不可能な数列である規制基地局と移動局との距離に関係する受信レベルの値もまた,規則性も再現性もない,予測不可能な数列となる。
加えて,受信レベルの値は,規制基地局と移動局との距離以外の要因,例えば,規制基地局と移動局との間に位置する障害物の有無・多少や移動局の周囲の状況(天候や他の電化製品等から発せられる電波等)等の要因にも影響される。移動局が空間移動すれば,規制基地局と移動局との距離は勿論,規制基地局と移動局との間に位置する障害物の有無・多少も変化し,移動局の周囲の状況も変化する。いずれの要因も,その変化に規則性は認められず,これらの要因又はその変化の間に何らの関連性も認められない。
また,仮に移動局が一定の地点に固定されたとしても,規制基地局と移動局との間に位置する障害物の有無・多少(例えば,ある空間における人口密度)や移動局の周囲の状況は,時間の経過とともに変化し得る。このように,移動局が空間移動した場合は勿論,空間移動しない場合でさえ,受信レベルの値に影響を与える複数の要因が存在し得るのであり,それらの要因は,同時かつ多重的に,互いに何ら関連性をもたず不規則に変化し得るから,受信レベルの値は,規則性も再現性もない,予測不可能な数列となる。このことは,携帯電話やスマートフォン等の移動端末の画面に表示される電波強度が絶えず変化し,移動端末自体が全く移動しない場合であっても電波強度が予測不可能に変化することを思い起こせば,容易に理解できることである。
したがって,引用発明1の移動局の「受信レベル」は,本件特許発明2の「ランダム数」に該当する。
イ 本件審決は,この点に関し,引用発明1において,規制基地局と移動局との距離が分かれば,移動局の受信レベルの概略値を予測することが可能であるから,引用発明1の移動局の「受信レベル」は,本件特許発明2の「ランダム数または疑似ランダム数(R)」であるとはいえない旨認定した。
確かに,引用発明1は,規制空間を形成し,その内部では移動局による発呼を規制することを目的とする発明であり,かかる規制空間を形成することができるのは,規制基地局から発せられる電波の受信レベルについて,移動局と規制基地局との間の距離が大きくなれば受信レベルは小さくなり,移動局と規制基地局との間の距離が小さくなれば受信レベルは大きくなる傾向にあるという大まかな相関関係が存在することによる。
しかしながら,移動局の視点に立った場合,移動局が予め規制基地局の位置を把握しているのでない限り,移動局と規制基地局との距離は移動局にとっては予測不可能であるから,受信レベルもまた,予測不可能とならざるを得ない。また,受信レベルと基準レベルLとが近接する位置(すなわち,規制空間の境界線付近)に移動局が位置する場合を考えると,前記アで述べた様々な要因により受信レベルがほんのわずかに変動しただけで,受信レベルと基準レベルLとの大小関係が逆転する可能性があり,移動局が規制空間の内部に位置するのか,それとも外部に位置するのかは,予測不可能とならざるを得ない。かかる観点からすれば,受信レベルが本件特許発明2の「ランダム数」に該当することは明らかである。
したがって,本件審決の上記認定は誤りである。
ウ 以上によれば,引用発明1の移動局の「受信レベル」は,本件特許発明2の「ランダム数」に該当するものであるから,本件特許発明2は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一であるというべきである。
したがって,本件特許発明2は引用発明1と同一でないとした本件審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(引用発明2及び周知技術に基づく本件特許発明2の容易想到性の判断の判断の誤り)(無効理由2関係)
本件審決は,引用発明2及び周知技術に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかったから,本件特許発明1の上記構成を備える本件特許発明2は,当業者が容易に発明することができたものではない旨判断したが,以下のとおり誤りである。
ア 相違点1の認定の誤り
本件審決は,「本件特許発明1では,ネットワークが,複数のユーザクラス(35,40)が区別される移動無線網であるのに対して,引用発明2の衛星通信,LANでは,複数のユーザクラス(35,40)が区別されるのか否か不明であり,また移動無線網であるのか否かも不明である点。」を本件特許発明1と引用発明2との相違点1として認定した。
しかしながら,以下に述べるとおり,引用発明2のネットワークは移動無線網であるから,本件審決の相違点1の認定は,この点において誤りがある。
(ア) 引用発明2における子局は,制御局(衛星)との間で通信を行うものであり,それ以外に,子局が何であるかという点についての特段の限定はない。
そして,甲2には,①ネットワークが,1つの制御局と複数の子局とを含み,制御局には,通信を希望する子局からのアクセスを制御するため,通信を希望する子局の数に応じたアクセス制限値を複数の子局に対して発生する機能が備えられ,また,子局には,乱数の値を発生させ,当該乱数の値と受信したアクセス制限値とを比較する機能が備えられ,通信を希望する移動局は,アクセス制限値より小さい乱数の値を発生した場合のみ,制御局に対して通信のためのアクセスを行うように構成されていること(2頁左下欄1行~13行),これにより,当該子局による通信のための回線におけるパケット等の衝突が回避されること(2頁左下欄14行~17行)が記載されており,②上記技術の適用場面の例として,「伝送路に無線通信を用いている衛星通信ネットワーク」(3頁右下欄2行~3行)が挙げられている。上記②のとおり,甲2において制御局と子局との間の伝送路が無線通信であってもよいとされていることからすると,引用発明2における子局は,必ずしも地面に固定されている必要はなく,移動可能な子局であっても構わないことは,当業者であれば当然に理解できることである。
なお,甲2の第1図(別紙3参照)には,実施例として,パラボラアンテナを有する子局が描かれているが,このことは,引用発明2における子局を移動可能な移動局として構成できることを何ら否定するものではない。実際,「SNG中継車」等,パラボラアンテナを備えた移動局も現実に存在し,また,衛星が基地局としての役割を果たす携帯電話サービスである「イリジウム」も,本件特許の優先権主張日前から提供されていた(甲28,29)。
したがって,甲2に接した当業者は,甲2には移動可能な子局及び移動無線網が実質的に開示されていると当然に理解するから,引用発明2のネットワークは移動無線網に該当するものといえる。
(イ) 以上によれば,引用発明2のネットワークは移動無線網に該当するものといえるから,本件審決が認定した相違点1のうち,引用発明2ではネットワークが移動無線網であるのか否かが不明である点で本件特許発明1と引用発明2が相違すると認定した部分は誤りである。
イ 相違点の容易想到性の判断の誤り
本件審決は,本件特許発明1と引用発明2の相違点1ないし3について,①「複数のユーザクラスが区別される移動通信網で動作するための移動局において,移動局は,移動局に記録されているユーザクラスを読み出し,ブロードキャストコントロールチャネルを介してアクセスクラス情報を受信し,ユーザクラスに関連するアクセスクラス情報に基づいて,当該移動局が,ランダムアクセスチャネルにアクセスする権限が付与されているのか否かを検査するアクセス制御(アクセスクラス制御)」は,本件特許の優先権主張日前に周知であったと認められるが,引用発明2は,衛星通信,LANに関するものであって,アクセスクラス制御が前提としている移動体通信システムに関するものではないから,引用発明2の子局を移動局であると認めることはできず,この子局を移動局に置換して新たな発明とし,次に,その新たな発明における移動局に対し移動体通信システムに関するアクセスクラス制御を適用した,さらなる新たな発明とすることが容易であったかを論ずることはできない,②甲2には,アクセスクラス制御を行うことの必要性についての記載がなく,RACHへのアクセス権限を子局に付与するか否かに際して,特別に優遇されるべきユーザクラスの存在を示唆する記載も見られない,③甲13(GSM-138)の第3段落には,「特別のユーザグループ」に「即時」のアクセスを許可する必要性があることが記載されているが,この「特別のユーザグループ」が何によって特定されるのかについては,いずれの証拠にも開示がないから,甲13の第3段落の「特別のユーザグループ」が,ユーザクラスによって特定されるとすることはできないし,また,甲13は移動体通信システムに関するものであるが,引用発明2は,移動体通信システムに関するものではない,④甲1は,アクセス閾値による制御とアクセスクラス制御の両方を開示しているが,アクセス閾値による制御の目的が引用発明2と甲1では異なっているから,引用発明2において,アクセスクラス制御をすることが容易に想到できたとは言い難い,そして,アクセス閾値による制御を行っている引用発明2と,周知のアクセスクラス制御を組み合わせることを仮定すると,アクセス閾値に基づく判断とユーザクラスに基づく判断のどちらを先行して行うかが問題となるが,この順番を開示している証拠は甲1以外に存在せず,また,先行した判断において肯定的結果となった場合と否定的結果となった場合のいずれの場合に後続する判断を行うかが問題となるが,この点を開示している証拠も,甲1以外に存在しておらず,引用発明2に甲1を組み合わせることはできないなどとして,引用発明2及び周知技術に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかった旨判断したが,以下のとおり誤りである。
(ア) 本件審決の上記①及び③の点について
前記アのとおり,引用発明2のネットワークは移動無線網に該当するものであるから,ネットワークが移動無線網であるか否かという点は,本件特許発明1と引用発明2との間の相違点ではない。また,仮にこの点を相違点として捉えるとしても,アクセス閾値制御を移動無線網において用いることは本件特許の優先権主張日前に公知であったから,引用発明2の技術を移動無線網に適用することは,当業者が当然になし得たことである。
(イ) 本件審決の上記②の点について
甲2それ自体において,アクセスクラス制御を行うことの必要性についての記載やRACHへのアクセス権限を子局に付与するか否かに際して,特別に優遇されるべきユーザクラスの存在を示唆する記載がないことは争わないが,そのことは,引用発明2に基づいて本件特許発明2の進歩性が否定され得ることを,何ら否定するものではない。
(ウ) 本件審決の上記③の点について
GSM-138(甲13)の「別紙5」の第6段落には,「特別のユーザグループ」に対して「即時」のアクセスを許可する必要性がある場合の例として,「すべての」加入者がシステムへのアクセスを希望しており,過負荷状態のために緊急サービス(閉じられたユーザグループである場合もあり得る。)がシステムにアクセスできないという緊急場面において生じるとの記載があり,「特別のユーザグループ」の開示がある。
このように,GSM-138には,「特別のユーザグループ」の例として,閉じられたユーザグループである緊急サービスが挙げられており,その典型的な例としては,警察,消防,救急等のいわゆる緊急サービス,緊急にネットワークのメンテナンスを行うべきネットワークの管理者などが想定される。
他方で,緊急サービスが利用する移動局を特定する際,当該移動局に対して予め特定のユーザクラスを割り当てておき,アクセス制御の必要が生じた場合にアクセスクラス制御によって特定することは,本件特許の優先権主張日前に,周知であった(例えば,甲1,4ないし6,30の1ないし4,31の1ないし4)。
したがって,GSM-138における「特別のユーザグループ」の例である緊急サービスに対して「即時」のアクセスを許可する場合に,緊急サービスの特定を,緊急サービスが利用する移動局を特定する技術として周知であったアクセスクラス制御を用いて行うことは,当業者が容易に想到することができたものである。
(エ) 本件審決の上記④の点について
GSM-138において,「特別のユーザグループ」の特定にアクセスクラス制御を用いる場合(前記(ウ)の場合)における制御の内容は,「特別のユーザグループ」については,アクセスクラス制御により特定された上で,「即時」のアクセスが認められ,その他の一般ユーザについては,GSM-74プロトコル(甲14)に開示されているアクセス閾値制御(「基地局が再伝達確率値fを移動局に報知し,これを受信した移動局はランダム試行を行い,fの確率で再送信し,1-fの確率で再送信しないという制御」。このようにGSM-74プロトコルは,再送信の試行の場面において,基地局から移動局に対してアクセス閾値fがBCCHを介して送信され,移動局は,当該アクセス閾値fと乱数又は擬似乱数とを比較することによって,RACHにアクセスする権限の有無を判断している。)により,RACHへのアクセス権限の有無が判断されるというものである。このような内容の制御を行う場合に,まず,アクセスクラス制御を用いて「特別のユーザグループ」とそれ以外の一般ユーザを区別し,前者については「即時」のアクセスを認め,後者についてはアクセス閾値制御によりRACHへのアクセス権限の有無を判断するように構成することは,当業者が特段の創意工夫を要することなく,当然になし得たことである。
また,GSM-138において「特別のユーザグループ」に対して「即時」のアクセスを認めることは,GSM-74プロトコルが開示するアクセス閾値制御の対象から除外することに他ならない。かかる除外を先に行うことはごく自然なことであり,特段の創意工夫を要しない。
(オ) 相違点2について
本件審決は,相違点2(移動局がSIMカードからユーザクラスを読み出すか否か)については特に判断していないが,アクセスクラス制御において,ユーザクラスをSIMカードに記録し,ここから読み出すことは,本件特許の優先権主張日前に,周知であった(例えば,甲4,24,25)。
したがって,引用発明2において,かかる構成を採用することは,当業者が容易になし得たことである。
(カ) TETRAについて
TETRA(旧正式名称は「Trans-European Trunked Radio」,後に「Terrestrial Trunked Radio」)は,GSMと同様,欧州の標準化団体であるETSIが策定した,移動通信システムに関する標準規格である。
TETRAの「ETS 300 392-2」(平成8年(1996年)3月公開。甲30)及び「ETS 300 812」(平成10年(1998年)11月公開。甲31)には,緊急サービス等,RACHへのアクセス規制の対象から除外すべき移動局をアクセスクラス制御によって特定する技術が開示されている。かかる技術は,本件特許の優先権主張日前から,周知であったものである。
そして,TETRA(甲30,31)には,アクセス閾値による制御を行っている引用発明2と,本件審決認定の周知のアクセスクラス制御を組み合わせることの動機付けの開示がある。
それにもかかわらず,本件審決は,TETRAについて考慮することなく,本件特許発明2は当業者が引用発明2及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではない旨判断した点において判断の誤りがある。
なお,TETRAは,本件審判の段階で特許庁に提出された証拠ではないが,RACHへのアクセス規制の対象から除外する必要がある緊急サービス等の移動局を,アクセスクラス制御によって特定する技術が,本件特許の優先権主張日前から周知であったこと,アクセス閾値制御とアクセスクラス制御を組み合わせることが本件特許の優先権主張日前から容易であったこと(換言すれば,当時の当業者の技術水準)を示す一資料として,本件訴訟においてTETRAを用いるにすぎないものであり,かかる周知技術及び技術水準それ自体については,原告は本件審判手続においても主張しており,特許庁による審理の対象となっていたものである。
ウ 小括
以上によれば,本件特許発明2は当業者が引用発明2及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではないとした本件審決の判断は誤りである。
(3) 取消事由3(引用発明2及び甲4に記載された発明に基づく本件特許発明2の容易想到性の判断の判断の誤り)(無効理由3関係)
本件審決は,引用発明2及び甲4に記載された発明に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかったから,本件特許発明1の上記構成を備える本件特許発明2は,当業者が引用発明2及び甲4に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものではない旨判断した。
しかしながら,本件審決の上記判断は,アクセスクラス制御を甲4が開示する公知技術であるとする点以外は,実質的に前記(2)と同一の判断であり,前記(2)で述べたとの同様の理由により誤りである。
(4) 取消事由4(引用発明3及び周知技術に基づく本件特許発明2の容易想到性の判断の判断の誤り)(無効理由4関係)
本件審決は,引用発明3及び周知技術に基づいて相違点1ないし4に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかったから,本件特許発明1の上記構成を備える本件特許発明2は,当業者が引用発明3及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではない旨判断したが,以下のとおり誤りである。
ア 引用発明3の認定の誤り
本件審決は,引用発明3の内容(構成)として,「移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せば,強制位置登録モードにな」る点を認定している。
甲12には,移動端末を強制位置登録モードにする方法の一例として,移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押す方法が記載されている(段落【0013】)。
しかしながら,これは,あくまで移動端末を強制位置登録モードにする方法の一例にすぎず,甲12は,移動端末を強制位置登録モードにする方法を特に限定していない。
したがって,本件審決における引用発明3の認定のうち,上記認定部分は誤りである。
イ 相違点の容易想到性の判断の誤り
本件審決は,本件特許発明1と引用発明3の相違点1ないし4について,①甲12には,「特に緊急の着信を必要とする加入者」(段落【0013】)を判別する具体例としては,段落【0027】の手動位置登録ボタンを押す例が示されているのみであるから,引用発明3の「特に緊急の着信を必要とする加入者」は,個人が特定されるような者ではなく,「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」であって,ユーザクラスよって判別される加入者ではないから,引用発明3において,「特に緊急の着信を必要とする加入者」であるか否かを,ユーザクラスに関連するアクセスクラス情報を基地局から送信することによって,移動端末で判定するように変更する動機がない,②引用発明3の課題は,甲1及び甲5ないし7の課題と異なり,引用発明3の課題を解決するために,甲1及び甲5ないし7に開示されている技術(具体的には,アクセスクラス制御)を導入しようとする動機がないなどとして,引用発明3及び周知技術に基づいて相違点1ないし4に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかった旨判断したが,以下のとおり誤りである。
(ア) 本件審決の上記①の点について
甲12に「強制位置登録モードにするには例えば移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せばよい」(段落【0013】)との記載があることからも明らかなとおり,手動位置登録ボタンを押すという方法は,あくまで移動端末を強制位置登録モードにする方法の一例にすぎない。引用発明3は,手動位置登録ボタンを押す以外の方法によって移動端末を強制位置登録モードにすることを,何ら排除しておらず,むしろ許容している。このことは,強制位置登録モードの実施例に対応する請求項3(甲12の2頁1欄27行~32行)において,「移動端末に強制位置登録設定手段を設け,強制位置登録に設定されている時には…」としか記載されておらず,いかなる手段によって強制位置登録に設定するかについての記載がないことからも明らかである。
このように,甲12は,移動端末を強制位置登録モードにする方法について,特段の限定を設けておらず,引用発明3を実施する当業者に委ねているのであるから,「特に緊急の着信を必要とする加入者」がいかなる者であるかについても,引用発明3を実施する当業者に委ねているといえる。
そして,引用発明3を実施する当業者は,その目的に応じて,「特に緊急の着信を必要とする加入者」を適宜設定することができる。そこでは,例えば,緊急サービス等の加入者の属性に由来するユーザグループもまた,選択肢の一つであり,引用発明3から排除されていないから,本件審決の上記①の判断は誤りである。
(イ) 本件審決の上記②の点について
甲1及び甲5ないし7(さらには,甲4,30,31)は,RACHへのアクセス規制の対象から除外する必要がある緊急サービス等の移動局を,アクセスクラス制御によって特定する技術を開示するものであり,かかる技術は,本件特許の優先権主張日前から周知であったものである。
そして,甲12における「特に緊急の着信を必要とする加入者」を緊急サービスであると捉えた場合に,かかる緊急サービスをアクセス閾値制御の対象から除外するために上記周知技術(アクセスクラス制御)を用いることは,当業者が容易になし得たことである。
したがって,本件審決の上記②の判断は誤りである。
ウ 小括
以上によれば,本件特許発明2は当業者が引用発明3及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではないとした本件審決の判断は誤りである。
(5) 取消事由5(分割要件の判断の誤り)(無効理由5関係)
本件審決は,本件出願の原出願に係る本件誤訳訂正書(甲18)の段落【0028】に,「ネットワークプロバイダから移動局5,10,15,20にアクセス閾値Sが伝送される時には,ビットの形式で伝送されている」ことの記載があるから,本件特許発明1の「ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)…を受信し,」は,本件誤訳訂正書に記載されている内容である,そして,移動局5,10,15,20で受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)は,アクセス権限が付与されているか否かの判断の際に便利な形式に変更されると解され,その便利な形式は2進数のままかもしれないし,10進数,16進数かもしれない,そのような種々の形式に変更することを,本件特許発明1のように,「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め」と表現することは,本件誤訳訂正書の開示の範囲内と解されるとして,本件特許発明1及び2は本件誤訳訂正書に記載されたものであり,本件出願は分割出願の要件に違反するものではない旨判断した。
しかしながら,被告は,原告と被告間の東京地方裁判所平成23年(ワ)第27102号特許権侵害行為差止等請求事件(以下「別件侵害訴訟」という。)において,本件特許発明1における「アクセス閾値ビット」と「アクセス閾値」の関係は,「アクセス閾値ビット」から「アクセス閾値」が求められれば足り,それ以上の限定は存在しないから,例えば,アクセス閾値ビットを関数に代入することにより,アクセス閾値ビットとは別の値であるアクセス閾値を求めるような場合も,本件特許発明1の「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることに該当する旨主張しており,仮に被告主張の上記解釈(本件特許発明1の要旨認定)が正しいとすれば,以下のとおり,本件特許発明1及び2は本件誤訳訂正書に記載された事項の範囲を超えるものであるから,本件出願は分割出願の要件に違反するものであり,本件審決の上記判断は誤りである。
ア 本件誤訳訂正書には,「BCCH上でアクセス閾値を移動局に送信すること」(4頁末行~5頁1行)との記載があるが,それ以外に,移動局がアクセス閾値を取得する方法の開示はないから,本件誤訳訂正書に記載された発明においては,アクセス閾値それ自体がBCCH上で送信される必要がある。
したがって,本件誤訳訂正書に記載された発明においては,アクセス閾値とは異なる別の情報を,アクセス閾値の代わりにBCCH上で送信することは想定されていない。
次に,本件誤訳訂正書には,実施例として,2進法の複数のビットで表現されたアクセス閾値ビットがBCCH上で送信され,移動局は,受信したアクセス閾値ビットを10進法表記のアクセス閾値に変換すること(段落【0024】,【0027】,【0028】,【0037】ないし【0039】,【0042】)が開示されている。ここで,ある情報(数値)がBCCH上で送信される際,それは当然,ビットの形式である必要があり,アクセス閾値がBCCH上で送信される際も,当然,ビットの形式である必要があるから,かかる実施例の記載は,アクセス閾値がBCCH上で送信される必要があるという本件誤訳訂正書に記載された発明の構成を,何ら拡張するものではない。
このように,本件誤訳訂正書に記載された発明においては,BCCH上で送信されるものは,あくまでアクセス閾値それ自体である必要があり,その代わりにアクセス閾値以外の情報を送信することの開示はない。
イ しかるところ,仮に本件特許発明1における「アクセス閾値ビット」と「アクセス閾値」の関係について被告主張の解釈(本件特許発明1の要旨認定)を前提とした場合,アクセス閾値ビットは,アクセス閾値を2進数表記したものに限定されず,また,アクセス閾値ビットとアクセス閾値との間に同一性は必要なく,両者は全く異なる値でも構わないことになり,かかる構成を有する本件特許発明1及び2が本件誤訳訂正書に記載されていないことに帰する。
したがって,被告主張の上記解釈を前提とした場合,本件特許発明1及び2が本件誤訳訂正書に記載されているとした本件審決の判断は,結論において誤りであるといわざるを得ない。
(6) 取消事由6(サポート要件の判断の誤り)(無効理由6関係)
本件審決は,本件明細書の段落【0026】の記載は,本件誤訳訂正書の段落【0028】の記載とほぼ同内容であるとして,前記(5)記載の理由と同様の理由により,本件特許発明1及び2の特許請求の範囲(請求項1及び2)の記載は,特許を受けようとする発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるから,本件特許にはサポート要件違反は認められない旨判断した。
しかしながら,仮に本件特許発明1における「アクセス閾値ビット」と「アクセス閾値」の関係についての被告主張の前記(5)の解釈(本件特許発明1の要旨認定)が正しいとすれば,前記(5)で述べたのと同様の理由により,本件審決の上記判断は誤りである。
(7) 取消事由7(実施可能要件の判断の誤り)(無効理由7関係)
本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明に本件特許発明1の「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,」についても実施できる程度に記載されているとして,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1及び2が実施できる程度に記載されており,本件特許には,実施可能要件違反は認められない旨判断した。
しかしながら,仮に本件特許発明1における「アクセス閾値ビット」と「アクセス閾値」の関係についての被告主張の前記(5)の解釈(本件特許発明1の要旨認定)が正しいとすれば,前記(5)で述べたのと同様の理由により,本件審決の上記判断は,その前提において誤りがある。
(8) まとめ
以上によれば,本件特許発明2についての無効理由1ないし7はいずれも理由がないとした本件審決の判断は誤りであるから,本件審決のうち,本件特許発明2に係る審判請求は成り立たないとの部分は違法として,取り消されるべきである。
2 被告の主張
(1) 取消事由1に対し
ランダム数は,ある一定の確率法則に従い,かつ相互にまったく独立になるようにつくられた一群の数であり,その結果,再現性もなくいかなるアルゴリズムも満たさないこととなる数の列をいい(甲23,乙7,8),サイコロを振ったときに出る目の数が,ランダム数の代表的な例である。
引用発明1は,一般に,信号の受信レベルは,発信源からの距離に依存し,発信源に近いほど受信レベルは大きく,発信源から遠いほど受信レベルは小さい傾向があるという性質を前提として,規制基地局の生成する局発信号の受信レベルが一定値より大きい範囲を「規制空間」と定めている(甲1の「請求項4」,段落【0021】)。
このように引用発明1の受信レベルの値は,規制基地局と移動局の距離に依存するから,受信レベルの値は規制基地局と移動局の距離から予測することが可能である。もっとも,受信レベルは,規制基地局と移動局の距離以外の種々の要因にも影響されるかもしれないが,それらの要因が把握できれば,受信レベルの値を正確に予測することが可能である。例えば,移動局が静止しており,規制基地局と移動局との間の距離が変わらず,かつ,種々の要因も変化しない状況を考えると,このような場合,受信レベルの値は変動することがなく,特定の値に固定される。このような固定された値がランダム数に当たらないことは明らかである。
加えて,甲1は,規制基地局からの距離と受信レベルの値との間に相関関係があり,かつ,それが予め把握されていることを前提とするものであるからこそ,基地局は,映画館等が規制空間内に入るような基準レベルLを設定することができるのである。もし,原告の主張するように,周囲の状況により受信レベルの値が予測不可能に変化するのであれば,発着信を規制すべき映画館等が規制空間内に入ったり,入らなかったりすることとなり,引用発明1の目的が達せられないこととなる。
そうすると,引用発明1の受信レベルは,「ある一定の確率法則に従い,かつ相互にまったく独立になるようにつくられた一群の数」ではなく,「いかなるアルゴリズムも満たさないこととなる数の列」ともいえないから,本件特許発明2の「ランダム数」に該当しない。この点に関する本件審決の認定判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2に対し
ア 相違点1の認定の誤りについて
(ア) 甲2の記載事項(1頁右欄15行~16行,2頁左上欄5行~12行,3頁右下欄2行~7行,別紙3の第1図)によれば,甲2に記載されている発明は,衛星通信,LAN,その他の中小規模ネットワーク等にかかるデータ通信のプロトコルに関する発明であって,本件特許発明1にいう「移動無線網」に係る発明ではないことが明らかである。
また,甲2には,「アクセス制御値と乱数の値とにより制御局3に対してアクセスできるか否かが決まるので,通信を希望する子局にとって平等であり,制御局3との距離の条件等によりある決まった子局のみが常にアクセスが受け付けられるという不平等もなくなる。」(3頁左下欄16行~3頁右下欄1行)との記載がある。この記載は,「距離の条件」により「ある決まった子局のみが常にアクセスが受付けられる」こと,すなわち,子局と制御局との距離は固定されていることが前提となっていることを示すものであるから,当業者であれば,甲2には「移動無線網」が開示されておらず,甲2にいう「子局」は「移動局」ではないと理解する。
そうすると,本件審決が引用発明2ではネットワークが移動無線網であるのか否かが不明である点を相違点1として認定したことに誤りはない。
(イ) 原告は,この点に関し,甲2においては制御局と子局との間の伝送路が無線通信であってもよいとされていることからすると,引用発明2における子局は必ずしも地面に固定されている必要はなく,移動可能な子局であっても構わないことは明らかであり,また,「SNG中継車」等,パラボラアンテナを備えた移動局も現実に存在し,衛星が基地局としての役割を果たす携帯電話サービスである「イリジウム」も,本件特許の優先権主張日前から提供されていたから,甲2には移動可能な子局及び移動無線網が実質的に開示されている旨主張する。
しかしながら,制御局と子局との間の伝送路が無線通信であるからといって,当該伝送路が移動無線網であるとはいえない。また,SNG中継局については,何らの証拠も提出されていないし,また,「イリジウム」のサービスが開始されたのは,甲2が公開されてから10年近く経過した後のことであり,「イリジウム」のような特殊なシステムが知られていたからといって,本件特許の優先権主張日当時の当業者が,甲2に記載されている事項から「移動無線網」や「移動局」を導き出すことができたとはいえない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ 相違点の容易想到性の判断の誤りについて
(ア) 甲2には,ユーザクラスの存在を示唆する記載がない。かえって,甲2には,「アクセス制御値と乱数の値とにより制御局3に対してアクセスできるか否かが決まるので,通信を希望する子局にとって平等であり,制御局3との距離の条件等によりある決まった子局のみが常にアクセスが受け付けられるという不平等もなくなる。」(3頁左下欄16行~3頁右下欄1行)との記載がある。この記載によれば,甲2においては,一部の子局が優先的に制御局にアクセスすることができることは「不平等」であり,引用発明2はそのような課題を解決したものと位置づけられるから,引用発明2において,移動局をその属性に基づいて何らかの「クラス」に分けることの阻害要因がある。
(イ) GSM-138(甲13)は,「アクセス閾値制御」と「アクセスクラス制御」を本件特許発明1のような構成で組み合わせることの動機付けを開示するものではなく,原告が主張するような「アクセス閾値制御」と「アクセスクラス制御」の組合せを開示する証拠はない。
なお,甲3ないし10に開示されている技術は,「アクセスクラスバーリング」,すなわち,特定のアクセスクラスに所属する移動局についてネットワークへのアクセスを一律に禁止する制御(甲4ないし7,9,10)であるか,あるいは,ユーザの属性に基づくクラス分けを用いていない制御(甲3,8)であって,これらをまとめて「アクセスクラス制御」ということは許されない。この点において,本件審決が「アクセスクラス制御」が本件特許の優先権主張日前に周知である旨認定したことは適切とはいえない。
また,「アクセスクラスバーリング」をアクセス閾値制御と組み合わせても,所定のクラスに属する移動局についてネットワークへのアクセスを禁止した上,ネットワークへのアクセスを許可された移動局について「抽選」を行って,当選した移動局のみがRACHへのアクセスを許可される構成となるにすぎず,これは,本件特許発明1における「アクセス閾値制御」と「アクセスクラス制御」とを組み合わせる構成とは異なるものである。
(ウ) 原告は,本件審判手続で提出されていなかった甲30,31(TETRA)に本件特許発明2と類似する構成が開示されているから,これに基づいて本件特許発明2に想到することは容易であった旨主張するが,これは,TETRAを引用例とする新たな無効理由を主張するに等しいものであるから,TETRAを本件訴訟において審理の対象とすることは許されない。
また,仮にTETRAを本件訴訟の審理範囲に含めるとしても,TETRAは,「緊急サービス等,RACHへのアクセス規制の対象から除外すべき移動局をアクセスクラス制御によって特定する技術」を開示し,そのような技術が周知技術であったとの原告の主張は理由がなく,本件特許発明2の構成に至る動機付けを開示するものともいえない。
すなわち,TETRAは,アクセスコード毎に移動局が信号を送信することのできるアクセス機会を指定することを基本とする制御であり,割り当てられたアクセス機会の中からどれを選択するかについて,「最初の試行の手続」と「新しいアクセスフレームから選択する手続」の2種類を定めているものである。TETRAには,一部の移動局を「RACHへのアクセス規制の対象から除外する」ことなどについての開示はない。
また,TETRAには,「緊急サービス等,RACHへのアクセス規制の対象から除外すべき移動局をアクセスクラス制御によって特定する技術」の開示はない。
(エ) 以上によれば,引用発明2及び周知技術に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかったとした本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3に対し
前記(2)で述べたのと同様の理由により,原告主張の取消事由3は理由がない。
(4) 取消事由4に対し
ア 引用発明3の認定の誤りについて
甲12には,基地局から移動局に位置登録規制値Mが送信され,移動局はM%の確率で位置登録を規制されるが,移動局が「強制的位置登録モード」にあるときには規制値Mを自ら緩めるという発明が記載されている。
この「強制的位置登録モード」は,「特に緊急の着信を必要とする加入者」に対して優先的に位置登録を可能にするものであり(甲12の段落【0011】),例えば移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押す(同段落【0013】)ことによって,移動端末の利用者が自ら設定するものである。甲12には,手動位置登録ボタンのほかに,「強制的位置登録モード」を設定する手段の記載はない。
したがって,本件審決が「移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せば,強制位置登録モードにな」る点を引用発明3の構成として認定したことに誤りはない。
イ 相違点の容易想到性の判断の誤りについて
(ア) 前記アのとおり,甲12の「強制位置登録モード」は,「特に緊急の着信を必要とする加入者」が,例えば移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押すことによって設定するものであり,甲12には,それ以外の例の記載はないから,引用発明3の「特に緊急の着信を必要とする加入者」は,「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」と理解するほかない。
そして,「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」は,甲4ないし6に記載されているような加入者の属性に基づく「クラス」により指定される加入者とは根本的に異なり,まして,特定の「クラス」をネットワーク側から指定する仕組みとは技術思想を異にするものである。
したがって,「クラス」を用いた制御が知られていたとしても,「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」を,何らかの属性に基づいて「クラス」に分けられる加入者に置換した上,さらに,基地局から送信される情報によって「強制位置登録モード」を設定すべき「クラス」を指定する仕組みを採用することの動機付けはない。
(イ) 甲4ないし6は,一部の移動局をネットワークから排除することによってRACHの過負荷状態を解消しようとすることを課題とするのに対し,甲12は,「非常に位置登録トラヒックが大きくて大きい規制がかかっている時にも特に緊急の着信を必要とする加入者に対しては優先的に位置登録を可能」とすることを課題とするものであって,両者は課題が異なる。
また,原告主張のTETRAは,前記(2)イ(ウ)のとおり,そもそも本件訴訟の審理の対象に加えるべきものではなく,仮にこれを参酌するとしても,TETRAの制御も「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」と相容れるものではなく,甲12と課題を同じくするものでもない。
したがって,甲12の「特に緊急の着信を必要とする」という表現のみを手がかりとして,甲12と甲4ないし6やTETRAを結びつけることは到底できない。
(ウ) 以上によれば,引用発明3にアクセスクラス制御の技術を適用する動機付けがないから,引用発明3において相違点1ないし4に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかったとした本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由4は理由がない。
(5) 取消事由5に対し
ア 本件誤訳訂正書には,「アクセス閾値は,アクセス権限データに含まれる形でBCCHを解して移動局に伝送される」ことが記載されているが,アクセス閾値を「ビットで表現された形で」伝送する方法は,原告の主張するような特定の符号化方法に限定されるものではない。例えば,本件特許の優先権主張日当時の技術標準であったGSM04.60においては,パーシステンスレベル(Persistence Level)「16」に対応するビットは「1111」と定められている(甲11の149頁)。もしある値を「ビットで表現された形で」伝送する方法が,原告の主張するような特定の符号化方法に限定されるのであれば,ビット「1111」で伝送される値は「15」(1×23+1×22+1×21+1×20=15)でなければならないが,上記のとおり,そのようには考えられていない。
したがって,ある値を「ビットで表現された形で」伝送する方法が特定の符号化方法に限定されるとの原告の主張は,当業者からみれば,およそ採用し得ないものである。
イ また,本件審決の記載(25頁11行~13行,37頁21行~27行)によれば,本件審決は,アクセス閾値ビットを「関数」に代入してアクセス閾値ビットとは「別の値」を得ることが,本件誤訳訂正書に開示されていると明確に判断している。
したがって,本件審決は,本件特許発明1には「アクセス閾値ビットで決まる値をそのままアクセス閾値として用いる場合」以外のものも含まれると理解した上で,本件特許発明1及び2が本件誤訳訂正書に開示されていると判断したことが明らかである。
ウ 以上によれば,本件特許発明1及び2が本件誤訳訂正書に記載されているとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由5は理由がない。
(6) 取消事由6及び7に対し
前記(5)で述べたのと同様の理由により,原告主張の取消事由6及び7はいずれも理由がない。
(7) まとめ
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件特許発明2についての無効理由1ないし7がいずれも理由がないとした本件審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 本件特許発明1の無効理由(無効理由1)の判断の誤りについて(第二事件)
(1) 本件明細書の記載事項等
ア 本件特許発明1及び2の特許請求の範囲(請求項1及び2)の記載は,前記第2の2のとおりである。
イ 本件明細書(甲19)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面は別紙1を参照)。
(ア) 「【発明が解決しようとする課題】
移動通信網で作動される多数の移動局は,遠隔通信チャネルを介して基地局に情報を伝送する。その際,種々の移動局からの通信が,通信チャネル上で衝突する危険がある。本発明の課題は,そのような衝突を避け,移動局が基地局と通信できるよう,移動局の通信チャネルへのアクセスが効率的に行えるようにすることである。」(段落【0004】)
(イ) 「【課題を解決するための手段】
本発明の複数のユーザクラスが区別される移動無線網で作動するための移動局は,
SIMカードからユーザクラスを読み出し,
ブロードキャストコントロールチャネルを介してアクセス閾値ビットおよびアクセスクラス情報を受信し,
前記アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め,
前記ユーザクラスに関連するアクセスクラス情報に基づいて,
当該移動局が,受信されたアクセス閾値ビットに依存せずにランダムアクセスチャネルにアクセスする権限が付与されているのか,あるいはランダムアクセスチャネルへの,当該移動局のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのかを検査するように構成されている。」(段落【0005】)
(ウ) 「【発明の効果】
独立請求項の構成を有する本発明の方法および移動局はこれに対して,アクセス閾値ビットとアクセスクラス情報が少なくとも1つの移動局に伝送され,移動局でアクセス閾値ビットとアクセスクラス情報とを受信して,アクセス権限を遠隔通信チャネルに,1つまたは複数の移動局に対してランダムに分配することが実現される。このアクセスコントロールは,情報信号を伝送するのに僅かな伝送容量しか必要とせず,種々の移動局からの通信が通信チャネル上で衝突する危険を低減できる。」(段落【0007】)
(エ) 「【発明を実施するための形態】
少なくとも1つの移動局の評価ユニットで,アクセス権限データが,少なくとも1つの所定のユーザクラスに対するアクセスクラス情報を備えるアクセス権限情報を含んでいるか否かが検査され,含んでいる場合には,少なくとも1つの移動局が少なくとも1つの所定のユーザクラスに所属することを前提にして,少なくとも1つの移動局の通信チャネルへのアクセスを,当該ユーザクラスに対するアクセスクラス情報に依存して許可する。このようにして,移動局がアクセス閾値を用いたランダム分配に基づき,当該通信チャネルへのアクセスが認められない場合であっても,所定のユーザクラスの移動局自体は遠隔通信チャネルの使用が許可される。このようにして例えば,非常サービスの移動局,例えば警察または消防をこのような所定のユーザクラスに割り当てることができる。このユーザクラスはランダム分配に依存しないで遠隔通信チャネルに優先的にアクセスすることができる。」(段落【0009】)
(オ) 「【実施例】
図1には100により,移動無線網として構成された遠隔通信網の基地局が示されている。このような移動無線網は通常はセルラーとして構成され,移動無線網の各無線セルは基地局によりサービスされる。従って基地局100は移動無線網で無線セルをカバーし,図1ではこの無線セルに第1の移動局5,第2の移動局10,第3の移動局15および第4の移動局20が配置されている。4つの移動局5,10,15,20は例えば携帯電話,無線電話等の移動局とすることができる。」(段落【0015】)
「移動無線網のネットワークプロバイダは所定数の遠隔通信サービスを提供する。以下例として,3つの異なる遠隔通信サービスがネットワークプロバイダから提供できるものとする。ここでは第1の遠隔通信サービスとして例えば比較的に小さなデータパケットを送信するためのサービスを設けることができる。このサービスは移動局5,10,15,20により,小さなデータパケットを基地局100へ自由選択のアクセスチャネル30を介して伝送するために使用することができる。アクセスチャネルは以下例として,RACH(Random Access Channel)として構成されるものとする。第2の遠隔通信サービスとして例えば比較的に大きなデータパケットを送信するためのサービスを設けることができる。このサービスでは,RACH30を移動局5,10,15,20により使用することができ,音声および/またはデータ伝送を開始または継続することができる。」(段落【0016】)
「ここで遠隔通信サービスは相応の移動局により,基地局10(判決注・「基地局100」の誤記)を介してネットワークプロバイダで要求されなければならない。遠隔通信サービスは通常,RACH30を介して移動局5,10,15,20により要求されるか,またはアクセスされる。RACH30を介して通常は通信が複数の移動局から基地局100へ送信される。このようにして種々異なる移動局の通信が相互に衝突する。従って基地局100は正常に受信された通信を確認する。この確認で基地局は,相応の確認または受領情報を図1に図示しない別のチャネル,例えばページングチャネル上で,基地局がその通信を正常に受信した移動局に逆送信する。」(段落【0018】)
(カ) 「移動局の通信がRACH30上で他の通信と衝突する場合に対しては,この通信は基地局100で正常に受信されず,従って基地局100は確認情報を相応の移動局に逆送信することができない。従って移動局は通常,基地局100からの確認情報が受信されなかった所定の時間後に通信を新たにRACH30を介して基地局100へ送信する。このようにして,RACH30が過負荷される虞がある。遠隔通信サービスの,相応の移動局によりユーザが開始する要求が伝送容量の制限のために制限される。」(段落【0019】)
「RACH30の過負荷は次のようにして回避することができる。すなわち,ネットワークプロバイダがRACHへのアクセスを個々の移動局5,10,15,20に対して所期のように制限することによって回避することができる。ここでRACHへのアクセスは例えば移動局の所定のユーザクラスに対してだけ一時的にまたは持続的に優先して許容される。図1の実施例によれば,第1のユーザクラス35が設けられており,このユーザクラスは第1の移動局5および第2の移動局10を含む。さらに第2のユーザクラス40が設けられており,このユーザクラスは第3の移動局15と第4の移動局20を含む。しかし各移動局に対して固有のユーザクラスを設けることもできる。また移動局の数が異なるユーザクラスを設けることもできる。さらに2つ以上の移動局を1つのユーザクラスに設けることもできる。ネットワークプロバイダは個々の移動局に対し,1つまたは2つのユーザクラス35,40へのその所属性に依存して,RACHへのアクセスをイネーブルすることができる。言い替えると,第1のユーザクラス35の両方の移動局5,10にはRACH上での送信に対して同じ権限が割り当てられる。同じように,第2のユーザクラス40の移動局15,20に対してもRACH上での送信に対し同じ権限を割り当てることができる。」(段落【0020】)
「ここで基地局100は所定の時間に情報信号を第1の移動局5に伝送する。ここで情報信号は図1ではシグナリングチャネル25を介して伝送される。シグナリングチャネルは,以下の例ではブロードキャストコントロールチャネルBCCHとして構成することができる。ここでは所定の時間での情報信号によりビットパターンが第1の移動局5に伝送される。このビットパターンは次のような情報を含むことができる。すなわち,どの目的でかつどの移動局に対して,RACHへのアクセスが許容されるかという情報を含むことができる。」(段落【0022】)
「基地局から送信されたビットパターンは第1の移動局5に対してだけでなく,他の全ての移動局10,15,20に対しても同様にシグナリングチャネル25を介して送信されるから,全ての移動局には同じ情報が送信され,同じ時点で同じ情報を得ることとなる。そして全ての移動局にはこれらの割り当てられたRACHアクセス権限が通知される。そのためにビットパターンは割り当てられたアクセス権限を各ユーザクラス35,40ごとに含む。前記シグナリングチャネルはすでに述べたようにBCCHとして,およびひいてはポイント・ツー・マルチポイント・チャネルとして構成することができる。」(段落【0024】)
「RACH30へのアクセス権限を移動局5,10,15,20の一部を介して付加的に分散されることは,BCCH25上でアクセス閾値Sを送信することにより達成される。図2には例として,第1の移動局5のブロック回路図が示されている。ここで第1の移動局5は,送受信アンテナ70を備える送受信ユニット65を有する。送受信ユニット65はさらに評価ユニット60に接続されており,評価ユニットはアクセス権限カード75,例えばSIMカード(移動局IDモジュール)にアクセスする。図2には,第1の移動局5のうち,本発明の説明に必要な素子だけが示されている。本発明の方法を以下,例として第1の移動局5に基づいて説明する。ここで第2の移動局10,第3の移動局15,および第4の移動局20も図2で説明するのと同様の構造を有している。第1の移動局5はその送受信ユニット65によって,BCCH25を介して伝送された情報信号を受信する。この情報信号はアクセス閾値Sを含んでいる。アクセス閾値Sは評価ユニット60に供給される。評価ユニット60は,第1の移動局5のRACH30へのアクセスの前にランダム数または擬似ランダム数Rを引き算し,このランダム数または擬似ランダム数がアクセス閾値Sと少くとも同じ大きさであるか否かを検査する。その場合だけ,RACH30へのアクセスが許容される。ここでは例えば,アクセス閾値Sはインターバル{0,1...n+1}からなり,ランダム数または擬似ランダム数Rはインターバル{0,1...n}からなることが当てはまる。このことによりRACH30の使用をアクセス閾値S=n+1により,全ての移動局5,10,15,20に対して制限することができる。すなわちRACH30へのアクセスが阻止される。ランダム数または擬似ランダム数Rが同じように分布されたランダム関数により相応のインターバル{0,1...n}から引き算されれば,RACH30へのアクセスの確率は全ての移動局5,10,15,20に対して等しい。」(段落【0025】)
(キ) 「以下,図3aと図3bに基づいて,参考例について,アクセスを遠隔通信チャネルに割り当てるための第1及び第2のビットパターンを説明する。アクセス権限データ45,50,55は,ビットパターンとして構成されている。ここでアクセス権限データ45,50,55は情報信号と共に移動局5,10,15,20に伝送される。アクセス権限データ45,50,55はRACH30の使用に対する権限についての情報を含んでいる。各移動局5,10,15,20に情報信号が伝送され,この情報信号はそれぞれ10ビットからなるビットパターンを含んでいる。ここで第1のビットは評価ビットS4である。図3aは,評価ビットS4=0である場合を示している。第2のビットは第1のアクセス閾値ビットS3であり,第3ビットは第2のアクセス閾値ビットS2であり,第4ビットは第3のアクセス閾値ビットS1であり,第5ビットは第4のアクセス閾値ビットS0である。4つのアクセス閾値ビットS3,S2,S1,S0により,この参考例では24=16のアクセス閾値Sがネットワークプロバイダから移動局5,10,15,20に伝送される。ここではBCCH25を介して全ての移動局5,10,15,20に同じアクセス閾値Sが伝送される。遠隔通信網における瞬時の通信トラフィックの発生に応じて,アクセス閾値Sは比較的に大きくまたは小さく調整することができる。すなわち可変に適合される。アクセス閾値Sに16の可能性がある場合には,最大で16のアクセスクラスを移動局5,10,15,20に対して割り当てることができる。ここで移動局5,10,15,20の,16のアクセスクラスの1つへの帰属性は,移動局5,10,15,20のそれぞれの評価ユニットにおける16のランダム数または擬似ランダム数Rの1つの引き算に依存し,従って各新たな引き算過程の際に変更することができる。第1のピットパターン45にある第6ビットは第1の遠隔通信サービスビットD2,第7ビットは第2の遠隔通信サービスビットD1,第8ビットは第3の遠隔通信サービスビットD0である。第1の遠隔通信サービスビットD2は第1の遠隔通信サービスを使用できるか否かを指示し,第2の遠隔通信サービスビットD1は第2の遠隔通信サービスを使用できるか否かを指示し,第3の遠隔通信サービスビットD0は第3の遠隔通信サービスを使用できるか否かを指示する。遠隔通信サービスは所属の遠隔通信サービスビットがセットされている場合に使用可であると取り決めることができる。」(段落【0026】)
「移動局5,10,15,20は付加的にいわゆる優先クラス80,85に区分することができる。図1によれば,第4の移動局20が第1の優先クラス80に区分される。第1の移動局5と第3の移動局15は図1では第2の優先クラス85に区分されている。第2の移動局10は図1では優先クラスに区分されていない。第1のビットパターン45の第9ビットは第1の優先ビットP1であり,第1のビットパターン45の第10ビットは第2の優先ビットP0である。従って第1のビットパターン45を介して4つの異なる値を有する優先閾値Pを移動局5,10,15,20に伝送することができる。従ってそれぞれ異なる優先度を有する,最大で4つの優先クラスを優先閾値Pにより区別することができる。図1では2つだけ,図3aには最大可能な4つの優先クラスが示されている。従って例えば第1の優先クラス80は非常サービス,例えば警察または消防に対する優先クラスであり,最高の優先値4により示されている。第2の優先クラス85は例えば都市のエネルギー供給に対する優先クラスであり,やや低い優先値3により示されている。移動局5,10,15,20が優先クラスに所属する場合,所属の優先値がアクセス権限カード75にファイルされ,そこで評価ユニット60により検出することができる。ランダム数または擬似ランダム数Rを比較的に大きなまたは同じ大きさのアクセス閾値Sから引き算する移動局5,10,15,20により,その優先値が優先閾値Pより大きいかまたは等しいアクセスだけがRACH30への権限を得る。優先クラスに割り当てられていない第2の移動局10の場合は,その評価ユニットはランダム優先値または擬似ランダム優先値を4つの可能な優先値から引き算し,引き算した優先値を伝送された優先閾値Pと比較することができる。そして引き算されたランダム優先値または擬似ランダム優先値が優先閾値Pより大きいかまたは等しい場合にRACH30に対するアクセス権限を受け取る。ここでは,第2の移動局10の評価ユニットにより引き算されたランダム数または擬似ランダム数Rがアクセス閾値Sより大きいか,または等しいことが前提である。しかし優先クラスに所属しない移動局が優先閾値Pとの比較を実行せずに,RACH30へのアクセスを許可するために単に,アクセス閾値Sより大きいか,または等しいランダム数または擬似ランダム数Rを引き算することも可能である。この場合,挿入されたアクセス権限カード75に優先値がファイルされていなければ,移動局は優先クラスに割り当てられない。」(段落【0027】)
「図3bには,同じように10ビットのビット長を有する第2のビットパターン50が示されている。ここで第2のビットパターン50の構造は第1のビットパターン45の構造に相応するが,次の例外がある。すなわち,評価ビットS4が1にセットされ,従って第2のビットパターン50の第2ビット,第3ビット,第4ビットおよび第5ビットは閾値ビットとしてではなく,アクセスクラスビットとして定義されるのである。従い第2のビットパターン50の第2ビットは第1のアクセスクラスビットZ3,第2ビットパターン50の第3ビットは第2のアクセスクラスビットZ2,第2のビットパターン50の第4ビットは第3のアクセスクラスビットZ1,そして第2のビットパターン50の第5ビットは第4のアクセスクラスビットZ0である。第1のアクセスクラスビットZ3は第1のユーザクラス35に対するものであり,第3のアクセスクラスビットZ1は第3の,図1には示されていないユーザクラスに対するものであり,第4のアクセスクラスビットZ0は図1に同様に図示されていない第4のユーザクラスに対するものである。アクセスクラスビットはその全体において,アクセスクラス情報とも称される。」(段落【0029】)
「図1では,全ての移動局5,10,15,20が第1のユーザクラス35または第2のユーザクラス40に配属されている。さらに図1に図示されない移動局も同様に第1のユーザクラス35または第2のユーザクラス40に配属することができる。しかしこれらは第3のユーザクラス,または第4のユーザクラスに配属することも,ユーザクラスに配属しないこともできる。第2のビットパターン50のアクセスクラスビットが値0を有していれば,すなわちセットされていなければ,所属のユーザクラスの移動局は全てRACH30にアクセスすることができる。第2のビットパターン50のアクセスクラスビットが1にセットされていれば,所属の移動局はRACH30にアクセスすることができない。」(段落【0030】)
「RACH30にアクセスすることを許可された全ての移動局は,所属の遠隔通信サービスビットが第1のビットパターンないしは第2のビットパターンでセットされている遠隔通信サービスを使用することができる。」(段落【0031】)
「相応の移動局の評価ユニットはユーザクラスへの帰属性を同様にアクセス権限カード75から取り出す。そこにユーザクラスが記憶されていなければ,相応の移動局の評価ユニットはこれがユーザクラスには所属しないことを識別する。」(段落【0033】)
「評価ビットS4が1にセットされていれば,ユーザクラスに所属しない移動局のRACH30へのアクセスは不可能である。」(段落【0034】)
(ク) 「図4a,4b,4cには,評価ユニット60の機能に対するフローチャートが示されている。プログラム点200で評価ユニット60は,BCCH25を介して受信した情報信号が10ビットのビット長のビットパターンを含んでいるか否かを検査する。含んでいる場合には,プログラム点205へ分岐し,それ以外の場合はプログラム点280へ分岐する。プログラム点205で評価ユニット60は,評価ビットS4=0であるか否かを検査する。0であれば,プログラム点210へ分岐し,それ以外の場合はプログラム点230へ分岐する。プログラム点210で評価ユニット60はアクセス閾値ビットS3,S2,S1,S0からアクセス閾値Sを検出し,ランダム数または擬似ランダム数Rを可能なアクセス閾値Sの集合から引き算する。ここでは最大可能アクセス閾値Sをランダム数または擬似ランダム数Rの引き算に対して除外することができる。続いてプログラム点215へ分岐する。プログラム点215で評価ユニット60は,ランダム数または擬似ランダム数Rがアクセス閾値Sより大きいかまたは等しいかを検査する。大きいかまたは等しければ,プログラム点220へ分岐する。それ以外の場合はこのプログラムを去る。プログラム点220で評価ユニット60は,アクセス権限カード75に所属の優先クラスの優先値が記憶されているか否かを検査する。記憶されていれば,プログラム点225へ分岐し,それ以外の場合はプログラム点290へ分岐する。プログラム点290で評価ユニット60は,それに配属されたメモリに所定の優先値がファイルされているか否かを検査する。ファイルされていれば,プログラム点225へ分岐し,それ以外の場合はプログラム点245へ分岐する。プログラム点225で評価ユニット60は,受信したビットパターンから優先閾値Pを検出する。続いてプログラム点240へ分岐する。プログラム点240で評価ユニット60は,優先値が優先閾値Pより大きいかまたは等しいか否かを検査する。大きいかまたは等しければ,プログラム点245へ分岐し,それ以外の場合はこのプログラムを去る。プログラム点245で評価ユニット60はビットパターンから遠隔通信サービスビットに基づいて,使用可能な遠隔通信サービスを検出する。続いてプログラム点250へ分岐する。プログラム点250で評価ユニット60は,所属の移動局がRACH30へアクセスし,使用可能な遠隔通信サービスを使用することをイネーブルする。続いてプログラムを去る。プログラム点230で評価ユニット60は,アクセス権限カード75にユーザクラスへの帰属性を記憶されているか否かを検査する。記憶されている場合には,プログラム点235へ分岐し,それ以外の場合はプログラムを去る。プログラム点235で評価ユニット60はアクセスクラスビッットに基づいて,アクセス権限カード75に基づき検出された,移動局のユーザクラスがRACH30へのアクセスに対して許容されるか否かを検査する。許容される場合にはプログラム点245へ分岐し,それ以外の場合はこのプログラムを去る。プログラム点280で評価ユニット60は,13ビットのビット長のビットパターンが受信されたことを識別し,アクセス権限カード75にユーザクラスへの所属の移動局の帰属性が記憶されているか否かを検査する。さらにプログラム点280で,ユーザクラスが第1のユーザクラス群に所属するか,または第2のユーザクラス群に所属するかが検査される。第1のユーザクラス群を以下,通常特権付与されるとも称する。第2のユーザクラス群を以下,優先されるとも称する。プログラム点280で,アクセス権限カード75に所属の移動局の帰属性が優先されるユーザクラスへのものであることが識別されると,プログラムはプログラム点285へ分岐する。それ以外の場合,すなわちアクセス権限カード75でユーザクラスへの移動局の帰属性が識別されないか,または通常特権付与されたユーザクラスが識別されると,プログラム点210へ分岐する。プログラム点285で評価ユニット60は,受信されたビットパターンのアクセスクラスビットZ3,Z2,Z1,Z0に基づき,移動局に対して検出されたユーザクラスがRACH30へのアクセスに対して権限付与されているか否かを検査する。権限付与されている場合には,プログラム点245へ分岐し,それ以外の場合はプログラム点210へ分岐する。」(段落【0040】)
「プログラムがプログラム点250から去らない全ての場合で,評価ユニット60により所属の移動局に対するRACH30へのアクセス許可は検出されない。プログラムの終了後,移動局はユーザに,RACH30へのアクセスが不可能であったことを通知し,ユーザのさらなる入力を待機する。これとは択一的に,移動局にて実現された待機ループによりプログラムを新たに実行することもできる。これにより後続のビットパターンを有する後続の情報信号が待機され,RACH30へのアクセス権限を検出するために評価される。」(段落【0041】)
「情報信号は基地局100から移動局5,10,15,20へ所定の時間で,有利な規則的間隔で伝送される。ネットワークプロバイダはRACHへのアクセスを,遠隔通信網における通信トラフィック発生に依存して,ひいてはRACH30の予期される負荷に依存して,個々の移動局5,10,15,20に対して前述の方法に従い許容または阻止することができる。遠隔通信網での通信トラフィック発生は時間と共に変化するから,RACH30の予期される負荷も時間と共に変化する。従ってRACHへのアクセスは通常,種々異なる時間で相応に変化されたビットパターン割り当てを用い,種々の移動局5,10,15,20に割り当てられる。」(段落【0042】)
(ケ) 「…本発明の方法は移動無線網において,UMTS規格(UniversalMobile Telecommunication System),GSM規格等に従い実現することができる。」(段落【0043】)
ウ 前記ア及びイによれば,本件明細書には,①遠隔通信サービスのサービスエリアを複数のエリア(無線セル)に分割し,その分割した無線セルのそれぞれに基地局を設け,移動局がその所在位置をカバーする無線セルの基地局を介して通信を行うセルラー方式の移動通信システムにおける移動通信網においては,多数の移動局が通信チャネル(ランダムアクセスチャネル(RACH)等のアクセスチャネル)を介して基地局に情報を伝送するため,種々の移動局からの通信が通信チャネル上で衝突する危険があること,②「本発明」は,そのような衝突を避け,移動局が基地局と通信できるよう,移動局の通信チャネルへのアクセスが効率的に行えるようにすることを課題とし,その課題を解決するための手段として,本件特許発明1は,複数のユーザクラスを設け,各移動局が所定のユーザクラスに所属することを前提として,基地局からブロードキャストコントロールチャネル(BCCH)を介してアクセス閾値ビット及びユーザクラスに関連するアクセスクラス情報を受信した移動局が,SIMカードから読み出した自己のユーザクラスと,受信したアクセスクラス情報に基づいて,受信したアクセス閾値ビットに依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいは,ランダムアクセスチャネル(RACH)へのアクセス権限がアクセス閾値の評価に依存して求められるのかを検査する構成を採用し,本件特許発明2は,移動局が,上記構成に加えて,アクセス閾値評価を実施するために,アクセス閾値とランダム数又は擬似ランダム数とを比較する手段を有する構成を採用したこと,③これにより,本件特許発明1は,例えば,警察又は消防のような非常サービスの移動局を所定のユーザクラスに割り当て,このユーザクラスには,アクセス閾値の評価に依存することなく,ランダムアクセスチャネルに優先的にアクセスすることを可能とし,本件特許発明2は,ランダムアクセスチャネルへのアクセス権限を1つ又は複数の移動局に対してランダムに分配することを可能とし,本件特許発明1及び2は,情報信号を伝送するのに僅かな伝送容量しか必要とせず,種々の移動局からの通信が通信チャネル上で衝突する危険を低減できる効果を奏することが開示されているものと認められる。
(2) 甲1の記載事項について
甲1には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙2を参照)。
ア 「【請求項1】 多数の無線基地局を備え,移動機の所在位置に応じた無線基地局を介して該移動機と相手端末との間で通信する移動通信システムにおける移動機の発着信規制方法において,所定の無線基地局との間及び移動機との間で無線により通信する規制基地局を設け,
該規制基地局は,移動機の発着信を規制する規制空間を設定し,規制空間内に存在する移動機からの発信及び該移動機への着信を規制することを特徴とする移動機の発着信規制方法。」
「【請求項4】 多数の無線基地局を備え,移動機の所在位置に応じた無線基地局を介して該移動機と相手端末との間で通信する移動通信システムにおける移動機の発着信を規制する規制基地局装置において,
無線基地局との間及び移動機との間で無線により通信する送受信部,
規制周波数の信号を送出し,該規制周波数信号の受信レベルが設定レベル以上の移動機をして規制空間内の移動機であると認識させる規制空間設定部,
前記規制周波数信号で発着信規制を通知して移動機からの発信を規制し,又,規制空間内の移動機への網側からの着信を無視することにより移動機への着信を規制する発着信規制部を備えたことを特徴とする規制基地局装置。」
「【請求項7】 請求項5または請求項6に記載の規制基地局装置と,前記規制基地局装置の位置を含む無線ゾーンを形成する無線基地局と,前記無線基地局によって形成された無線ゾーンでチャネル設定の手順に基づいてその無線基地局にアクセスし,かつ通信サービスの提供を受ける移動局とを備え,
前記無線基地局は,
前記規制基地局装置がチャネル設定の手順に基づいて通話状態に移行し,この通話状態が続く期間に,その無線基地局によって形成される無線ゾーンの制御チャネルにその期間を示す通知情報と,その規制基地局装置によって与えられた要求の対象であるチャネル識別子と,前記移動局の内,発信と着信呼に対する応答との双方あるいは何れか一方について,見合わせるべき移動局を示す識別情報とを報知情報として送出する手段を有し,
前記移動局は,
前記規制基地局装置から前記制御チャネルを介して前記通知情報が受信される期間に,この通知情報と共に受信されたチャネル識別子で示される制御チャネルを介して前記通知情報が受信され,かつ自局がその通知情報と共に受信された識別情報で示される移動局に該当するか否かを判別し,その判別の結果が真であるときに限って,前記発信と前記応答との双方あるいは何れか一方を見合わせる手段を有することを特徴とする移動通信システム。」(以上,2頁~3頁)
イ 「【発明の属する技術分野】本発明は,移動通信システムを構成する無線ゾーンの内,所望の領域に端末に対する通信サービスの提供が規制されるべき規制ゾーンを形成する移動機の発着信規制方法と,その規制ゾーンを形成するために設置されるべき規制基地局装置と,この規制基地局装置と連係しつつチャネル設定を行う移動通信システムとに関する。」(段落【0001】 )
ウ 「【従来の技術】近年,移動通信システムの端末は市場の自由化と移動通信サービスを提供する複数の通信事業体の間における競争との下で低廉化され,これらの端末の台数は急速に増大しつつある。図14は,移動通信システムの構成例を示す図である。」(段落【0002】)
「図において,複数の無線ゾーン160-1~160-7を個別に形成する無線基地局161-1~161-7は通信リンク162-1~162-7を介して制御局163に接続され,その制御局163は所定の伝送路を介して図示されない交換局に接続される。さらに,これらの無線ゾーン160-1~160-7には,既述の端末である単一または複数の移動局164-1~164-nが位置する。」(段落【0003】)
「このような小ゾーン方式の移動通信システムでは,上述した複数の無線ゾーン160-1~160-7には,制御用の無線チャネル(以下,「制御チャネル」という。)と通話用の無線チャネル(以下,「通話チャネル」という。)とがそれぞれ割り付けられる。無線基地局161-1~161-7は,それぞれ制御局163が通信リンク162-1~162-7を介して統括して行うチャネル設定の手順に基づいて,制御チャネルに報知情報を送出する(図15(1))。」(段落【0004】)
「また,移動局164-1~164-nは,複数の無線ゾーン160-1~160-7に個別に割り付けられた制御チャネルの内,電界強度が所定の閾値を上回り,かつ報知情報が受信できた制御チャネルを介して位置登録を行った後に,その制御チャネルを介して発信し,あるいは自局宛の着信呼を待ち受けできる待ち受け状態に移行する(図15(2))。なお,以下では,このようにして待ち受け状態に移行するために移動局164-1~164-nがチャネル設定の手順に基づいて行う処理については,「入圏処理」という。」(段落【0005】)
「さらに,このような待ち受け状態では,移動局164-1~164-nは,操作者が与える指令に応じた発信と,あるいは制御局163が制御チャネルを介して行う選択呼び出しが自局宛に行われた場合における応答とを所定のチャネル設定の手順に基づいて行うことによって通信サービスの提供を受ける(図15(3))。なお,移動局164-1~164-nに生起する発信呼や着信呼が完了呼となるためにこれらの移動局164-1~164-nと制御局163との間で,無線基地局161-1~161-7および通信リンク162-1~162-7を介して行われるチャネル設定と,上述した入圏処理との手順については,本願発明に直接関係がないので,ここではその説明を省略する。」(段落【0006】)
「また,制御局163や無線基地局161-1~161-7に集中するトラヒックが予め設定された上限値を上回る状態(図15(4))(以下,「規制状態」という。)が検出された場合には,例えば,その制御局163は,保守・運用に供されるべき操作部(図示されない。)から操作者によって与えられる指令に応じて,所望の無線基地局(ここでは,簡単のため,符号「161-1」で示されると仮定する。)に「規制要求」を送出する(図15(5))。」(段落【0007】)
「無線基地局161-1は,その「規制要求」を認識すると,制御チャネルを介して送出される報知情報に「発信呼が受け付けられない状態」を示す「規制情報」を付加する(図15(6))。一方,無線基地局161-1によって形成される無線ゾーン160-1に位置する移動局(ここでは,簡単のため,符号「164-1」で示されると仮定する。)は,報知情報に上述した規制情報が含まれるか否かを判別し,その判別の結果が真である場合には,その旨を可視情報や音響信号等として操作者に通知すると共に,この操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を見合わせる(図15(7))。」(段落【0008】)
「また,制御局163は,移動局164-1~164-nの何れか(以下,「着信移動局」という。)(ここでは,簡単のため,符号「164-1」で示されると仮定する。)に着信すべき呼が生起した場合には,その着信移動局164-1が無線ゾーン160-1~160-7の何れに位置するかを把握していない場合には,上述した所望の無線基地局161-1については,選択呼び出しの対象から除外する(図15(8))。」(段落【0009】)
「さらに,制御局163は,配下の無線基地局161-1~161-7によって形成される全ての無線ゾーン160-1~160-7について,在圏する全ての移動局に着信すべき着信呼の受け付けが規制されるべき場合には,自局の識別情報を含む「規制要求」を交換局宛に送出する(図15(9))。交換局は,この「規制要求」を認識すると,自局に生起した呼の内,制御局163の配下で形成される無線ゾーン160-1~160-7に在圏する移動局に着信すべき(ここでは,簡単のため,制御局163単位に行われる位置登録に応じて図示されないホームメモリに蓄積された位置情報に基づいて識別されると仮定する。)呼については,呼処理を見合わせる(図15(10)) 。」(段落【0010】)
「また,制御局163は,上述した「規制状態」が解消されると,操作者が行う操作に応じてその旨を示す「規制解除要求」を交換局および無線基地局161-1宛に送出する(図15(11),(12))。このような「規制解除要求」を認識すると,無線基地局161-1は「規制情報」が含まれない報知情報を送出し(図15(13)),かつ交換局は無線ゾーン160-1~160-7に在圏する移動局に着信すべき呼の呼処理を取り止めることなく行う状態に復旧する(図15(14)) 。」(段落【0011】)
「したがって,従来例では,保守や運用の過程において操作者が適宜与える指示に応じて,無線ゾーンあるいはサービスエリアの単位にチャネル設定や呼処理が規制されるので,輻輳状態の加速や回避が確度高くはかられる。」(段落【0012】)
エ 「【発明が解決しようとする課題】しかし,上述した従来例では,移動局164-1~164-nに対する発信や着信の規制が無線ゾーンやサービスエリアの単位のみに行われるために,ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場等(以下,これらの総称を「規制地域」という。)のみに位置する移動局については,着信の規制は何ら行われなかった。」(段落【0013】)
「したがって,このような規制地域に位置する移動局である端末を携帯する者がその端末の電源スイッチを自発的にオフ状態に設定しない限り,演奏,上映,会議等の最中に突発的に騒音である呼び出し音が発生するために,多くの者への迷惑は回避されなかった。すなわち,このような騒音の発生については,全ての端末の携帯者が規制地域に位置することを確実に自覚し,かつ上述した電源スイッチをオフ状態に設定しなければ完全には回避されなかった。」(段落【0014】)
「また,規制地域の外に移動した全ての端末の電源スイッチについては,これらの端末を携帯する者は,「その規制地域の圏外に位置すること」を確実に自覚し,かつ再びオン状態に設定する操作を行わなければならない。したがって,従来例では,規制地域に位置する端末の携帯者はマナーに反することの内容に上述した電源スイッチを適宜操作しなければならず,さらに,「その規制地域の圏外に位置すること」の認識が遅れ,あるいはその認識に必要な標識等が設置されていないために電源スイッチがオフ状態に設定されている期間には,その端末に対する着信が無用に妨げられて移動通信システムの利便性が損なわれる可能性が高かった。」(段落【0015】)
「本発明は,端末の携帯者に何ら特別な操作が強いられることなく,サービスエリアの内,所望の地域に自在に規制ゾーンが形成される移動機の発着信規制方法,規制基地局装置および移動通信システムを提供することを目的とする。」(段落【0016】)
「請求項1に記載の発明は,多数の無線基地局11-1~11-Mを備え,移動機12の所在位置に応じた無線基地局を介して該移動機12と相手端末との間で通信する移動通信システムにおける移動機の発着信規制方法において,所定の無線基地局との間及び移動機との間で無線により通信する規制基地局13を設け,該規制基地局13は,移動機12の発着信を規制する規制空間を設定し,規制空間内に存在する移動機からの発信及び該移動機への着信を規制することを特徴とする。」(段落【0018】)
オ 「図2は,請求項4に記載の発明の原理ブロック図である。請求項4に記載の発明は,多数の無線基地局11-1~11-Mを備え,移動機12の所在位置に応じた無線基地局を介して該移動機12と相手端末との間で通信する移動通信システムにおける移動機の発着信を規制する規制基地局装置において,無線基地局11-1~11-Mとの間及び移動機12との間で無線により通信する送受信部21,規制周波数の信号を送出し,該規制周波数信号の受信レベルが設定レベル以上の移動機をして規制空間内の移動機であると認識させる規制空間設定部22,規制周波数信号で発着信規制を通知して移動機からの発信を規制し,又,規制空間内の移動機への網側からの着信を無視することにより移動機への着信を規制する発着信規制部23を備えたことを特徴とする。」(段落【0021】)
「請求項7に記載の発明にかかわる移動通信システムでは,…無線基地局36は,規制基地局装置35がチャネル設定の手順に基づいて通話状態に移行し,この通話状態が続く期間には,その無線基地局36によって形成される無線ゾーンの制御チャネルにその期間を示す通知情報と,その規制基地局装置35によって与えられた要求の対象であるチャネル識別子と,上述した移動局37-1~37-nの内,発信と着信呼に対する応答との双方あるいは何れか一方について,見合わせるべき移動局を示す識別情報とを報知情報として送出する。」(段落【0050】)
「一方,移動局37-1~37-nは,規制基地局装置35から制御チャネルを介して上述した通知情報が受信される期間には,この通知情報と共に受信されたチャネル識別子で示される制御チャネルを介してその通知情報が受信され,かつ自局が同様の通知情報と共に受信された識別情報で示される移動局に該当するか否かを判別すると共に,その判別の結果が真であるときに限って,既述の発信と応答との双方あるいは何れか一方を見合わせる。」(段落【0051】)
「すなわち,自局が位置する無線ゾーンを形成する無線基地局から送出された既述の通知情報とチャネル識別子とを受信できる移動局の内,これらの通知情報およびチャネル識別子と共に無線基地局から送出された識別情報に該当する移動局のみが上述した発信と応答との双方あるいは何れか一方を見合わせるべき対象となるので,移動局に固有の加入者クラスや移動通信システムの運用の形態に対する柔軟な適合性が確保される。」(段落【0052】)
カ 「図9は,請求項1,3~5,7,15,17に記載の発明に対応した本実施形態の動作を説明する図(1) である。…」(段落【0090】)
「また,信号処理部149は,上述した位置登録を完了すると,移動局として発信することによって無線基地局141-1と対向して所定のチャネル設定を行い,そのチャネル設定の手順に基づいてこの発信に応じて生じた呼が完了呼(ここでは,簡単のため,発信元の移動局として正規であることの確認が行われる認証も併せて行われると仮定する。)となったことを認識すると,既述の「規制用チャネル」の識別情報(以下,「規制チャネル識別情報」という。)と自局の識別情報(以下,「規制基地局識別情報」という。)とを含む「規制開始通知」を無線基地局141-1に向けて送出する(図9(a))。」(段落【0096】)
「無線基地局141-1は,この「規制開始通知」に含まれる「規制チャネル識別情報」と「規制基地局識別情報」とを対応付けて保持し,その「規制開始通知」を(ここでは,簡単のため,自局の識別情報(以下,「無線基地局識別情報」という。)を含むと仮定する。)制御局140に転送する。制御局140は,この「規制開始通知」に含まれる「制御チャネル識別情報」,「規制基地局識別情報」および「無線基地局識別情報」を対応付けて保持し,その旨を示す「規制開始受け付け」を無線基地局141-1に向けて送出する(図9(b))。」(段落【0097】)
「無線基地局141-1は,その「規制開始受け付け」を受信すると,この「規制開始受け付け」を規制基地局143に向けて送出し(図9(c)),かつ先行して保持された「規制チャネル識別情報」と,「無線ゾーン142-1に規制ゾーンが存在していること」を示す「規制情報」と,後述する「基準レベルL」とをその無線ゾーン142-1に送出されるべき報知情報に付加する。」(段落【0098】)
「規制基地局143では,信号処理部149は,上述した「規制開始通知」を送出した時点(…)を起点とする所定の期間内に「規制開始受け付け」が受信されるか否かを判別し,その判別の結果が真であることを認識した場合には,既述の「規制チャネル識別情報」を周波数選択部148Mに与える。周波数選択部148Mはその「規制チャネル識別情報」で示される制御チャネルに対応した周波数をシンセサイザ147Mに指示し,そのシンセサイザ147Mはこのようにして指示された周波数の局発信号を生成する。送受信部146Mは,この局発信号に基づいて上述した「規制用チャネル」に対する送信をアンテナ145Mを介して行う(図9(d))。」(段落【0099】)
「また,移動局144は,無線ゾーン142-1における待ち受け状態では,無線基地局141-1から制御チャネルを介して受信される報知情報を所定の頻度で監視することによって,自局宛の着信呼の有無を監視すると共に,その報知情報に上述した「規制情報」が含まれているか否かを判別する。さらに,移動局144は,その判別の結果が真である場合には,該当する「規制情報」に併せて報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベル(受信電界強度)を予め決められた頻度で計測すると共に,その受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合には,何ら特別なチャネル設定は行わない。」(段落【0100】)
「しかし,上述した受信レベルが「基準レベルL」を上回る場合には,移動局144は,その受信レベルと「基準レベルL」との比較を予め決められた頻度で続行すると共に,前者が後者を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせ,かつ既述の「自局宛の着信呼」の有無を監視し,あるいはその「自局宛の着信呼」に対して応答することを省略する(図9(e))。」(段落【0101】)
「ところで,移動局144は,例えば,無線ゾーン142-1の領域の内,既述の規制ゾーン以外の領域からその規制ゾーンに通話状態を維持しつつ移動した場合にも上述した「規制情報」を含む報知情報を受信することができる。したがって,移動局144は,その「規制情報」と共に報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測し,この受信レベルが「基準レベルL」を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせると共に,既述の「自局宛の着信呼」の有無を監視する処理を省略できる。」(段落【0102】)
「また,移動局144は,例えば,規制ゾーンからその規制ゾーンの圏外に通話状態を維持しつつ移動した場合であっても,既述の「規制情報」を含む報知情報を受信することができる。さらに,移動局144は,その「規制情報」と共に報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測するが,この受信レベルが「基準レベルL」を下回ることを認識した場合には,上述したように「発信を行うこと」と「自局宛の着信呼の有無を監視しあるいはその着信呼に対して応答すること」とが可能である状態に遷移する。」(段落【0103】)
キ 「…以下,図7および図9を参照して請求項7,17に記載の発明に対応した本実施形態の動作を説明する。」(段落【0120】)
「本実施形態と請求項1,3~5に記載の発明に対応した実施形態との相違点は,無線基地局141-1によって送出される下記の報知情報の内容にある。無線基地局141-1は,規制基地局143から送出された「規制開始通知」を受信すると,請求項1,3~5に記載の発明に対応した実施形態と同様にして,この「規制開始通知」に含まれる「規制チャネル識別情報」と「規制基地局識別情報」とを対応付けて保持し,その「規制開始通知」を規制基地局140に転送する。」(段落【0121】)
「制御局140では,配下の無線ゾーン142-1~142-Nに位置する(ここでは,簡単のため,自局に対して位置登録を完了していると仮定する。)移動局の内,発信や着信が規制されるべき移動局の加入者クラスは,保守や運用の担当者によって指示され,あるいはトラヒックの集中率等に基づいて求められた値に設定される。」(段落【0122】)
「さらに,制御局140は,この「規制開始通知」に含まれる「制御チャネル識別情報」,「規制基地局識別情報」および「無線基地局識別情報」を対応付けて保持し,その旨を示し,かつ上述した加入者クラスを含む「規制開始受け付け」を無線基地局141-1に向けて送出する(図9(b))。
無線基地局141-1は,その「規制開始受け付け」を受信すると,この「規制開始受け付け」を規制基地局143に向けて送出し,かつ先行して保持された「規制チャネル識別情報」と,「無線ゾーン142に規制ゾーンが存在すること」を示す「規制情報」と,既述の「基準レベルL」とに併せて,上述した加入者クラスとをその無線ゾーン142-1に送出されるべき報知情報に付加する(図9(c))。」(段落【0123】)
「…一方,移動局144は,無線ゾーン142-1において待ち受けを行っている状態では,無線基地局141-1から制御チャネルを介して受信される報知情報を所定の頻度で監視することによって,自局宛の着信呼の有無を監視すると共に,その報知情報に上述した「規制情報」が含まれているか否かを判別する。」(段落【0124】)
「さらに,移動局144は,その判別の結果が真である場合には,自局の加入者クラスと上述したように報知情報に含まれる加入者クラスとを比較し,前者が後者以下である場合に限って,その報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測する。」(段落【0125】)
「また,移動局144は,その受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合には,特別な手順に基づくチャネル設定は行わないが,反対に上回る場合には,その受信レベルと「基準レベルL」との比較を予め決められた頻度で続行すると共に,前者が後者を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせ,かつ既述の「自局宛の着信呼」の有無を監視する処理を省略する(図9(e))。」(段落【0126】)
「このように本実施形態によれば,規制ゾーンに位置する移動局の内,報知情報に含まれる加入者クラス以下の加入者クラスを有する移動局に限って,発信や着信が規制されるので,移動通信システムに要求される運用,保守およびサービスの形態に柔軟に適応しつつ規制ゾーンが形成される。なお,本実施形態では,規制対象となるべき移動局(以下,「規制対象移動局」という。)の最大の加入者クラスが報知情報に盛り込まれているが,このような加入者クラスに代えて,例えば,その規制対象から除外されるべき移動局(以下,「非規制対象移動局」という。)に予め付与された最小の加入者クラス,これら規制対象移動局あるいは非規制対象移動局に予め付与された加入者クラスや識別情報の列(単一の加入者クラスや識別情報のみから構成されてもよい。)が報知情報に盛り込まれてもよい。」(段落【0127】)
ク 「なお,上述した各実施形態では,小ゾーン方式およびTDMA方式が適用されたディジタル移動通信システムに本発明が適用されているが,本発明は,このような移動通信システムに限定されず,適用されるゾーン構成,チャネル配置,多元接続方式,チャネル設定の手順,無線周波数,変復調方式等の如何にかかわらず適用可能である。」(段落【0169】)
ケ 「すなわち,これらの発明が適用された移動通信システムでは,既設計の移動局と基地局との組み合わせからなるハードウエアにチャネル設定の手順にかかわるソフトウエアの変更が施されてなる機器構成によって,個々の移動局の操作者に特別の操作が強いられることなく安価に,かつ確実にサービスエリア内の所望の位置に発信や着信が規制されるべき規制ゾーンが自在に形成される。」(段落【0185】)
「したがって,移動通信システムの利便性が損なわれることなく移動局である端末が所在する地点の属性と,個々の端末に固有の加入者クラス等に適応した形態による通信サービスの提供が可能となる。」(段落【0186】)
(3) 本件特許発明1と引用発明1との同一性について
被告は,引用発明1の「基準レベルL」が本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に,引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との「比較」が本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」に,引用発明1の「自局の加入者クラス」が本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」が本件特許発明1の「アクセスクラス情報」に,引用発明1における「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」との「比較」が本件特許発明1の「検査」にそれぞれ相当とするとした本件審決の認定は誤りであり,引用発明1は,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」,「アクセス閾値の評価」,「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」,「アクセスクラス情報」及び「検査」の構成を備えていないから,本件特許発明1は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一であるとした本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 「アクセス閾値ビット」及び「アクセス閾値の評価」について
(ア)a 甲1に,前記第2の3のとおりの引用発明1が記載されていることは当事者間に争いがない。
引用発明1と前記(2)の甲1の記載事項によれば,甲1には,①従来技術として,移動通信システムの端末は市場の自由化と移動通信サービスを提供する複数の通信事業体の間における競争との下で低廉化され,これらの端末の台数は急速に増大しつつあるが,その移動通信システムは,複数の無線ゾーンを個別に形成する無線基地局が通信リンクを介して制御局に接続され,その制御局は所定の伝送路を介して交換局に接続され,さらに,端末である単一又は複数の移動局(移動機)(以下,単に「移動局」という。)がこれらの無線ゾーンに位置するものであり,無線ゾーンには,制御用の無線チャネルと通話用の無線チャネルとがそれぞれ割り付けられ,無線基地局は,制御局が通信リンクを介して統括して行うチャネル設定の手順に基づいて,制御チャネルに報知情報を送出し,また,移動局は,報知情報が受信できた制御チャネルを介して位置登録を行った後に,その制御チャネルを介して発信し,自己宛の着信呼待ち受け状態に移行する構成を有すること,②従来技術では,移動局に対する発信や着信の規制が無線ゾーンやサービスエリアの単位のみに行われ,ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場等(規制地域)に位置する移動局については,着信の規制は何ら行われないため,このような規制地域に位置する移動局である端末を携帯する者がその端末の電源スイッチを自発的にオフ状態に設定しない限り,演奏,上映,会議等の最中に突発的に騒音である呼出し音が発生し,多くの者への迷惑は回避されず,また,規制地域の外に移動した端末は,その規制地域の圏外に位置することの認識が遅れ,電源スイッチがオフ状態に設定されている期間,その端末に対する着信が無用に妨げられて移動通信システムの利便性が損なわれる可能性が高いという課題があったこと,③「本発明」は,上記課題を解決し,端末の携帯者に何ら特別な操作が強いられることなく,サービスエリアの内,所望の地域に自在に規制空間(規制ゾーン)が形成される移動局の発着信規制方法,規制基地局装置及び移動通信システムを提供することを目的とし,その目的を達成するための手段として,引用発明1においては,所定の無線基地局との間及び移動局との間で無線により通信する規制基地局を設け,その周囲に規制空間(規制ゾーン)を形成し,規制基地局に局発信号を発生させ,移動局は,自局の加入者クラスと無線基地局から送出される報知情報に含まれる規制されるべき加入者クラスとを比較して前者が後者以下である場合に限って,上記局発信号の「受信レベル」を計測し,その「受信レベル」(受信電界強度)と上記報知情報に含まれる「基準レベルL」とを比較し,その大小関係によって,移動局が規制空間内に位置するか,規制空間外に位置するかを判断し,規制空間内に位置する移動局の発着信を規制する構成を採用したこと,④これにより,個々の移動局の操作者に特別の操作が強いられることなく安価に,かつ,確実にサービスエリア内の所望の位置に発信や着信が規制されるべき規制ゾーンが自在に形成されるので,移動通信システムの利便性が損なわれることなく,移動局である端末が所在する地点の属性と個々の端末に固有の加入者クラス等に適応した形態による通信サービスの提供が可能となることが開示されていることが認められる。
上記開示事項によれば,引用発明1は,従来技術である上記①の移動通信システムを前提とするものであり,この移動通信システムは,遠隔通信サービスのサービスエリアを複数のエリア(無線セル)に分割し,その分割した無線セルのそれぞれに基地局を設け,移動局がその所在位置をカバーする無線セルの基地局を介して通信を行うセルラー方式の移動通信システムであることが認められる。
そして,甲20(特開平10-94017号公報)には,「逆方向チャネルはランダムアクセス制御チャネル(RACH)と呼ばれる。このチャネルは,移動局により使われ,制御メッセージ又は短メッセージ通信サービスの一部であるメッセージをセルラー基地局に送る。」(段落【0110】),甲21(特開平11-55179号公報)には,「【従来の技術】周知のIS-136無線通信規格に基づく時分割多元接続(TDMA)方式の無線通信システムにおいては,無線通信システムとその移動電話端末(簡単に,移動電話)との間で制御情報及び短いメッセージ(短メッセージ)を伝達(通信)するために,制御チャネルと称するチャネルの集合(セット)が用いられる。制御チャネルは一般に,少なくとも1個の逆(方向)チャネルと1個の順(方向)チャネルとからなる。これらの逆チャネル及び順チャネルはそれぞれ,逆サブチャネル及び順サブチャネルのセットからなる。」(段落【0002】),「無線通信システムは,短メッセージ,ページングメッセージ等を移動電話に伝達するのに順サブチャネルを用いる。これと対照的に,移動電話は呼処理関連のメッセージ(例えば発呼メッセージ及びページング応答メッセージ),短メッセージのアクノリッジ(受領通知)等を無線通信システムに伝達するために逆サブチャネルを用いる。尚,本明細書においては逆サブチャネルを,ランダムアクセスチャネルとも称することとする。」(段落【0003】)との記載がある。これらの記載によれば,本件特許の優先権主張日(平成11年3月8日)当時,セルラー方式の移動通信システムにおいて,移動局から基地局への通信に用いる制御チャネルはランダムアクセスチャネル(RACH)であることが周知であったことが認められる。
そうすると,甲1にはランダムアクセスチャネル(RACH)について直接述べた記載はないものの,甲1に接した当業者は,引用発明1における移動通信システムはランダムアクセスチャネル(RACH)を備え,引用発明1における「移動局144」が「発信を行う」とは,移動局がランダムアクセスチャネルにアクセスして発信を希望する旨の制御メッセージの送出を行うことを意味し,引用発明1における「操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせる」とは,移動局がランダムアクセスチャネルにアクセスせずに,発信を希望する旨の制御メッセージの送出を行わないことを意味するものと理解するものと認められる。
このように移動局が「発信を行う」場合は,ランダムアクセスチャネルにアクセスしているから,移動局にランダムアクセスチャネルへのアクセス権限が付与されていることを前提とし,移動局が「発信を行うことを見合わせる」場合は,ランダムアクセスチャネルにアクセスしないから,移動局のランダムアクセスチャネルへのアクセス権限が制限されていることを前提とするものといえる。
b 被告は,これに対し,引用発明1は,既存の移動通信システムを前提とし,それに移動局の発着信を禁止するという付加的な機能を加えるものであるから,仮に引用発明1の前提とする移動通信システムがRACHを備えているとしても,RACHへのアクセス権限は,引用発明1の前提とする移動通信システムによって制御されるものであって,引用発明1によって制御されるものではなく,引用発明1自体はRACHへのアクセス権限とは無関係であり,ある移動局が引用発明1により発着信が禁止されるか否かと,当該移動局にRACHへのアクセス権限が付与されているか否かとの間には,全く相関関係がない旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,引用発明1において,移動局が発信を行うとは,移動局がランダムアクセスチャネルへのアクセス権限が付与されて,ランダムアクセスチャネルにアクセスして発信を希望する旨の制御メッセージの送出を行うことを意味し,移動局が発信を見合わせるとは,移動局のランダムアクセスチャネルへのアクセス権限が制限され,発信を希望する旨の制御メッセージの送出を行わないことを意味するものであって,移動局が発信を行うか,発信を見合わせるかは,ランダムアクセスチャネルへのアクセス権限が付与されているかどうか,そのアクセス権限が制限されているかどうかと相関関係があるから,被告の上記主張は理由がない。
(イ)a 次に,本件特許発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,本件特許発明1の「アクセス閾値(S)」の用語の意義を定義する記載はなく,また,本件明細書にも,この用語を特に定義する記載はないが,請求項1の記載事項を全体としてみれば,「アクセス閾値(S)」にいう「アクセス」は,ランダムアクセスチャネルへのアクセスをいい,「アクセス閾値(S)」は,そのアクセスする権限を付与するかしないかの基準となる値を意味するものと解される。
また,上記請求項1には,「ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)およびアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)を受信」し,「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め」,「前記ユーザクラス(35,40)に関連するアクセスクラス情報(Z0,Z1,Z2,Z3)に基づいて,当該移動局(5,10,15,20)が,受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)に依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいはランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該移動局(5,10,15,20)のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのかを検査」するとの記載があるが,アクセス閾値と比較する値をどのような値に設定するかなど「アクセス閾値の評価」の実施方法について特に限定する記載はない。
しかるところ,引用発明1においては,「移動局144」は,「自局の加入者クラスと報知情報に含まれる加入者クラスとを比較し,前者が後者以下である場合に限って,その報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測」し,「その受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合には,特別な手順に基づくチャネル設定は行わないが,反対に上回る場合には,その受信レベルと「基準レベルL」との比較を予め決められた頻度で続行すると共に,前者が後者を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせ」ている(前記第2の3(2))。
加えて,引用発明1は,「ディジタル移動通信システム」(甲1の段落【0169】)に適用されるものであるから,「報知情報」はビットの形式のディジタル信号で伝送されることは自明であることからすると,引用発明1の「基準レベルL」は,「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルと大小関係が比較され,その比較の結果に依存して移動局が発信を行うか,発信を見合わせるか,すなわち,ランダムアクセスチャネルにアクセスして発信を希望する旨の制御メッセージの送出を行うか否かを決するのであるから,ランダムアクセスチャネルへアクセスするかどうかの「閾値」(基準となる値)に当たるものであり,また,ビットの形式で報知情報に含まれているものといえるから,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に該当するものと認められる。
そして,引用発明1における「基準レベルL」と「受信レベル」との比較は本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」に相当するものと認められる。
b 被告は,これに対し,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」は,RACH上で生じ得る過負荷を回避し,移動局のRACHへのアクセスが効率的に行えるようにするために,「抽選ルート」(「アクセス閾値の評価」,すなわち「抽選」の結果に依存してアクセス権限が付与されるルート)に振り分けられた移動局についてRACHへのアクセス権限を求めるために用いられる値であるが,引用発明1の「基準レベルL」は,騒音の防止を目的とする規制空間の大きさを設定するために用いられるパラメータにすぎず,このような「抽選ルート」に振り分けられた移動局についてRACHへのアクセス権限を求めるために用いられる値ではないから,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に相当するものではなく,また,引用発明における「基準レベルL」と「受信レベル」との比較は,移動局が規制空間内に位置するか否かを判定することを目的として行われるものであり,本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」に相当するものではない旨主張する。
しかしながら,本件特許発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,前記aのとおり,「アクセス閾値の評価」の実施方法について特に限定する記載はなく,「アクセス閾値の評価」が「抽選」の結果に依存することを規定した記載はないし,また,「アクセス閾値ビット」が被告が主張するような「RACH上で生じ得る過負荷を回避し,移動局のRACHへのアクセスが効率的に行えるようにする」という目的のためにのみ使用されることを規定した記載もない。
そうすると,被告の上記主張は,本件特許発明1の特許請求の範囲(請求項1)に記載のない事項をもって,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」及び「アクセス閾値の評価」の構成に限定を加えようとするものであって,その前提において,採用することができない。
(ウ) 以上によれば,引用発明1の「基準レベルL」が本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」に,引用発明1における「受信レベル」と「基準レベルL」との「比較」が本件特許発明1の「アクセス閾値の評価」にそれぞれ相当するとした本件審決の認定に誤りはない。
イ 「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」及び「アクセスクラス情報」について
(ア) 甲1には,「加入者クラス」に関し,「制御局140では,配下の無線ゾーン142-1~142-Nに位置する…移動局の内,発信や着信が規制されるべき移動局の加入者クラスは,保守や運用の担当者によって指示され,あるいはトラヒックの集中率等に基づいて求められた値に設定される。」(段落【0122】),「さらに,制御局140は,…上述した加入者クラスを含む「規制開始受け付け」を無線基地局141-1に向けて送出する(図9(b))。無線基地局141-1は,その「規制開始受け付け」を受信すると,この「規制開始受け付け」を規制基地局143に向けて送出し,かつ先行して保持された「規制チャネル識別情報」と,「無線ゾーン142に規制ゾーンが存在すること」を示す「規制情報」と,既述の「基準レベルL」とに併せて,上述した加入者クラスとをその無線ゾーン142-1に送出されるべき報知情報に付加する(図9(c))。」(段落【0123】),「さらに,移動局144は,その判別の結果が真である場合には,自局の加入者クラスと上述したように報知情報に含まれる加入者クラスとを比較し,前者が後者以下である場合に限って,その報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測する。」(段落【0125】),「このように本実施形態によれば,規制ゾーンに位置する移動局の内,報知情報に含まれる加入者クラス以下の加入者クラスを有する移動局に限って,発信や着信が規制されるので,移動通信システムに要求される運用,保守およびサービスの形態に柔軟に適応しつつ規制ゾーンが形成される。…」(段落【0127】)との記載がある。
これらの記載によれば,甲1記載の自局の「加入者クラス」と比較の対象となる「発信や着信が規制されるべき移動局の加入者クラス」は,制御局が,配下の無線ゾーンに位置する移動局の内,発信や着信が規制されるべき移動局の加入者クラスとして設定され,制御局から無線基地局を介して報知情報に付加して送出されるものであるから,甲1記載の「加入者クラス」は,「加入者」を分類した「クラス」を意味する。
そして,甲1記載の「加入者」は,セルラー方式の移動通信システムにおける移動局であるユーザを意味するから,甲1記載の「加入者クラス」は,本件特許発明1の「ユーザクラス」に相当するものと認められる。
次に,甲4(「TS100 921 V6.0.0(1998-07)GSM02.11 version6.0.0」(1998年7月発行))には,
「4.2 割り当て
全ての移動局は,ランダムに割り当てられる0から9のアクセスクラスとして定義される10個の移動局群のいずれか1つに属する。クラス番号はSIMに記録される。これに加えて,移動局は,5つの特別なカテゴリ(アクセスクラス11から15)のうちの1つまたは複数のクラスに属する場合もあり,その場合も,クラス番号はSIMに記録される。
これらは,以下のように特定の高い優先順位をもつユーザに割り当てられる(列挙の順番は優先順位を意味しない)。
クラス15 - PLMNスタッフ
クラス14 - 緊急サービス
クラス13 - 公共企業(例 水道/ガス供給者等)
クラス12 - 安全サービス
クラス11 - PLMN専用)」(訳文)との記載があり,甲24(国際公開第98/02008号)には,「しかし,特定のセルに輻轢が起こった場合には,ネットワーク・オペレータはGSM標準に規定されているセルアクセス制御メカニズムを使用することができる(GSM技術規格3.22参照)。加入時に,1つまたは複数のアクセス制御クラスが加入者に割り当てられ,SIMにストアされる。ある加入者によるセルへのアクセスは,セルBTSによってブロードキャストされるアクセス制御情報から対応するアクセス制御クラスを除くことにより阻止することができる。」(3頁12行~21行)との記載がある。これらの記載よれば,本件特許の優先権主張日(平成11年3月8日)当時,セルラー方式の移動通信システムにおいて,移動局が自局の加入者クラスに関する情報をSIMカードに記憶することは周知であったことが認められる。
そうすると,甲1にはSIMカードについて直接述べた記載はないものの,甲1に接した当業者は,引用発明1の「自局の加入者クラス」は移動局の端末に搭載された「SIMカード」から「読み出」されたものと理解するものと認められる。
したがって,引用発明1の「自局の加入者クラス」は,本件特許発明1の「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」に相当するものと認められる。
そして,引用発明1においては,「報知情報に含まれる加入者クラス」に基づいて,移動局が属する加入者クラスの発信や着信の規制の有無,すなわちランダムアクセスチャネルへのアクセスの可否が決定されるのであるから,引用発明1の「報知情報に含まれる加入者クラス」は,本件特許発明1の「ユーザクラス」に関連する「アクセスクラス情報」に相当するものと認められる。
(イ) 被告は,これに対し,甲1には,「加入者クラス」がどのような分類を示すものかを説明した記載がない一方,「加入者クラス」は,「移動局に固有」(段落【0052】,【0080】,【0177】,【0183】)あるいは「個々の端末に固有」(段落【0186】)であると繰り返し明記されている,そして,引用発明1は,「ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場」等の限られた空間内の比較的少数の移動局の発着信を規制するものであり,発着信の規制を受けない「加入者クラス」に属する者は,「ホール,映画館,会議室,交通機関の車内,シンポジュームの会場」等にいるごく限られた者であることが理解できるから,引用発明1の「自局の加入者クラス」とは,端末に固有の個体識別番号等であって,通信事業者が管理するSIMカードに記憶されたものではなく,個体識別番号等の端末固有の識別子に基づいて,規制空間内で発着信が禁止されるべき特定の端末を制御局が都度指定するものと解するのが自然である旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,引用発明1は,セルラー方式の移動通信システムを前提とし,自局の「加入者クラス」と比較の対象となる「発信や着信が規制されるべき移動局の加入者クラス」は,制御局が,配下の無線ゾーンに位置する移動局の内,発信や着信が規制されるべき移動局の加入者クラスとして設定され,制御局から無線基地局を介して報知情報に付加して送出されるものであって,制御局が配下の無線ゾーンに位置する多数の移動局について,個体識別番号等により個別に指定することは不自然であること,また,移動局においては,「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」について「前者が後者以下である場合」かどうかを「比較」するものであって,個体識別番号等の端末固有の識別子について,個別に一致又は不一致を比較するものとはいえないことからすると,甲1に「加入者クラス」が「移動局に固有」あるいは「個々の端末に固有」である旨の記載があるからといって引用発明1の「自局の加入者クラス」が端末に固有の個体識別番号等を意味するものということはできず,被告の上記主張は,採用することができない。
ウ 「検査」について
前記ア及びイによれば,引用発明1における「自局の加入者クラス」と「報知情報に含まれる加入者クラス」との「比較」は,本件特許発明1における「当該移動局(5,10,15,20)が,受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)に依存せずにランダムアクセスチャネル(RACH)にアクセスする権限が付与されているのか,あるいは ランダムアクセスチャネル(RACH)への,当該移動局(5,10,15,20)のアクセス権限が,アクセス閾値の評価に依存して求められるのか」の「検査」に相当するものと認められる。
これに反する被告の主張は,採用することができない。
エ 小括
以上によれば,引用発明1は,本件特許発明1の「アクセス閾値ビット」,「アクセス閾値の評価」,「SIMカード」から「読み出」された「ユーザクラス」,「アクセスクラス情報」及び「検査」の構成を備えているから,本件特許発明1は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一であるとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) まとめ
以上によれば,被告主張の取消事由は理由がない。
2 本件特許発明2の無効理由(無効理由1ないし7)の判断の誤りについて(第一事件)
(1) 取消事由1(本件特許発明2と引用発明1との同一性の判断の誤り)(無効理由1関係)について
原告は,本件審決は,引用発明1の移動局の「受信レベル」は,本件特許発明2の「ランダム数または疑似ランダム数(R)」であるとはいえないとして,本件特許発明2は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一ではないと判断したが,引用発明1の移動局の「受信レベル」は,本件特許発明2の「ランダム数」に該当するから,本件審決の上記判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 前記1(1)ウ認定のとおり,本件特許発明2は,移動局が,本件特許発明1におけるアクセス閾値評価を実施するために,アクセス閾値とランダム数又は擬似ランダム数とを比較する手段を有する構成を採用し,これによるランダムアクセスチャネルへのアクセス権限を1つ又は複数の移動局に対してランダムに分配することを可能としたものである。
ランダム数とは,一般に,ある一定の確率法則に従い,かつ相互にまったく独立になるようにつくられた一群の数であり,その結果,再現性もなくいかなるアルゴリズムも満たさないこととなる数の列をいい(甲23,乙7,8),本件特許発明2の特許請求範囲(請求項2)記載の「ランダム数」も,これと同じ意味であると解される。
そして,本件明細書には,「ランダム数」に関し,「RACH30へのアクセス権限を移動局5,10,15,20の一部を介して付加的に分散されることは,BCCH25上でアクセス閾値Sを送信することにより達成される。図2には例として,第1の移動局5のブロック回路図が示されている。…第1の移動局5はその送受信ユニット65によって,BCCH25を介して伝送された情報信号を受信する。この情報信号はアクセス閾値Sを含んでいる。アクセス閾値Sは評価ユニット60に供給される。評価ユニット60は,第1の移動局5のRACH30へのアクセスの前にランダム数または擬似ランダム数Rを引き算し,このランダム数または擬似ランダム数がアクセス閾値Sと少くとも同じ大きさであるか否かを検査する。その場合だけ,RACH30へのアクセスが許容される。ここでは例えば,アクセス閾値Sはインターバル{0,1...n+1}からなり,ランダム数または擬似ランダム数Rはインターバル{0,1...n}からなることが当てはまる。このことによりRACH30の使用をアクセス閾値S=n+1により,全ての移動局5,10,15,20に対して制限することができる。すなわちRACH30へのアクセスが阻止される。ランダム数または擬似ランダム数Rが同じように分布されたランダム関数により相応のインターバル{0,1...n}から引き算されれば,RACH30へのアクセスの確率は全ての移動局5,10,15,20に対して等しい。」(段落【0025】)との記載がある。上記記載によれば,「第1の移動局5」の「評価ユニット60」は,「RACH30へのアクセスの前にランダム数または擬似ランダム数Rを引き算し,このランダム数または擬似ランダム数がアクセス閾値Sと少くとも同じ大きさであるか否かを検査」し,「その場合だけ,RACH30へのアクセスが許容される」のであるから,本件特許発明2の「ランダム数または疑似ランダム数R」は,移動局において発生する値であって,その値の発生には規則性,再現性がなく,移動局が備える評価ユニットでアクセス閾値との大小関係を検査するたびごとに異なる値をとり,RACHへのアクセスの可否が検査のたびごとに時間の経過とともに変化することが前提とされているものと解される。
イ 一方で,引用発明1においては,「移動局144」は,「自局の加入者クラスと報知情報に含まれる加入者クラスとを比較し,前者が後者以下である場合に限って,その報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベルを予め決められた頻度で計測」し,「その受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合には,特別な手順に基づくチャネル設定は行わないが,反対に上回る場合には,その受信レベルと「基準レベルL」との比較を予め決められた頻度で続行すると共に,前者が後者を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせ,かつ「自局宛の着信呼」の有無を監視する処理を省略することにより,規制ゾーンに位置する移動局の内,報知情報に含まれる加入者クラス以下の加入者クラスを有する移動局に限って,発信や着信が規制」されるもの(前記第2の3(2))である。
そして,甲1には,「また,移動局144は,無線ゾーン142-1における待ち受け状態では,無線基地局141-1から制御チャネルを介して受信される報知情報を所定の頻度で監視することによって,自局宛の着信呼の有無を監視すると共に,その報知情報に上述した「規制情報」が含まれているか否かを判別する。さらに,移動局144は,その判別の結果が真である場合には,該当する「規制情報」に併せて報知情報に含まれる「規制チャネル識別情報」と「基準レベルL」とを取得し,その「規制チャネル識別情報」に対応した制御チャネル(規制チャネル)の受信レベル(受信電界強度)を予め決められた頻度で計測すると共に,その受信レベルが「基準レベルL」を下回る場合には,何ら特別なチャネル設定は行わない。」(段落【0100】),「しかし,上述した受信レベルが「基準レベルL」を上回る場合には,移動局144は,その受信レベルと「基準レベルL」との比較を予め決められた頻度で続行すると共に,前者が後者を上回る限り,操作者が行う操作の如何にかかわらず発信を行うことを見合わせ,かつ既述の「自局宛の着信呼」の有無を監視し,あるいはその「自局宛の着信呼」に対して応答することを省略する(図9(e))。」(段落【0101】)との記載がある。また,甲1には,「…請求項4に記載の発明は,多数の無線基地局11-1~11-Mを備え,移動機12の所在位置に応じた無線基地局を介して該移動機12と相手端末との間で通信する移動通信システムにおける移動機の発着信を規制する規制基地局装置において,無線基地局11-1~11-Mとの間及び移動機12との間で無線により通信する送受信部21,規制周波数の信号を送出し,該規制周波数信号の受信レベルが設定レベル以上の移動機をして規制空間内の移動機であると認識させる規制空間設定部22,規制周波数信号で発着信規制を通知して移動機からの発信を規制し」(段落【0021】)との記載がある。これらの記載によれば,引用発明1は,一般に,信号の受信レベルは,発信源からの距離に依存し,発信源に近いほど受信レベルは大きく,発信源から遠いほど受信レベルは小さい傾向があるという性質を利用し,規制基地局の生成する局発信号の受信レベルが一定値より大きい範囲を「規制ゾーン」(規制空間)として設定することを前提とするものと解される。
しかるところ,引用発明1の「受信レベル」は,「基準レベルL」と比較されて,移動局が「規制ゾーン」(規制空間)に位置するか否かが判断されるものであり,受信レベルの値を常に厳密に予測することは困難であるとしても,局発信号を送信する規制基地局と移動局との距離が近くなれば受信レベルは大きくなり,その距離が遠くなれば受信レベルは小さくなるという傾向が存在し,移動局の受信レベルの概略値をある程度予測することが可能であり,また,移動局が同じ場所に留まり,周辺の状況の変化が生じなければ,受信レベルは一定となり,「規制ゾーン」(規制空間)内か否かの判断結果も,時間の経過とともに変化するものではないと解される。
そうすると,引用発明1の受信レベルは,「ある一定の確率法則に従い,かつ相互にまったく独立になるようにつくられた一群の数」とはいえず,「いかなるアルゴリズムも満たさないこととなる数の列」ともいえないから,本件特許発明2の「ランダム数」に該当しないというべきである。
ウ 原告は,これに対し,①移動局が受信する局発信号の強度(受信レベル)には,規制基地局と移動局との距離が影響するが,ネットワーク(基地局)側の視点に立った場合,移動局の空間移動に対して制限が課されていない限り,ある特定の移動局が次の瞬間どこに移動するかを予測することができないので,ネットワーク側では,規制基地局と当該移動局との距離を予測することはできず,また,移動局側の視点に立った場合であっても,移動局に規制基地局の位置情報が最初から入力されていない限り,そもそも,自局と規制基地局との距離を把握することはできないから,規制基地局と移動局との距離は,規則性も再現性もない,予測不可能な数値であり,上記の距離に関係する受信レベルの値もまた,規則性も再現性もない,予測不可能な数列である,②受信レベルの値は,規制基地局と移動局との距離以外の要因,例えば,規制基地局と移動局との間に位置する障害物の有無・多少や移動局の周囲の状況(天候や他の電化製品等から発せられる電波等)等の要因にも影響され,いずれの要因も,その変化に規則性は認められず,これらの要因又はその変化の間に何らの関連性も認められないし,また,仮に移動局が一定の地点に固定されたとしても,規制基地局と移動局との間に位置する障害物の有無・多少(例えば,ある空間における人口密度)や移動局の周囲の状況は,時間の経過とともに変化し得るものであり,移動局が空間移動した場合は勿論,空間移動しない場合でさえ,受信レベルの値に影響を与える複数の要因は,同時かつ多重的に,互いに何ら関連性をもたず不規則に変化し得るから,受信レベルの値は,規則性も再現性もない,予測不可能な数列となるなどと主張する。
しかしながら,規制基地局と移動局との距離は測定すれば客観的にその数値を把握することが可能であって,その数値自体が予測不可能なものとはいえないし,また,受信レベルは,規制基地局と移動局との距離以外の要因に影響を受けるとしても,規制基地局と移動局との距離が近くなれば受信レベルは大きくなり,その距離が遠くなれば受信レベルは小さくなるという傾向が存在し,移動局の受信レベルの概略値をある程度予測することが可能であるといえるから,受信レベルの値は,規則性も再現性もない,予測不可能な数列であるということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ 以上によれば,引用発明1の移動局の「受信レベル」は本件特許発明2の「ランダム数または疑似ランダム数(R)」に該当しないことを理由に本件特許発明2は甲1に記載された発明(引用発明1)と同一ではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。
(2) 取消事由2(引用発明2及び周知技術に基づく本件特許発明2の容易想到性の判断の判断の誤り)(無効理由2関係)について
原告は,引用発明2及び周知技術に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易ではなく,本件特許発明1の上記構成を備える本件特許発明2は,当業者が引用発明2及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではないとした本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 甲2の記載事項について
甲2には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙3を参照)。
(ア) 「[産業上の利用分野]
この発明は衛星通信,LAN(Local Area Network)等におけるデータ通信のプロトコルに係り,更に詳しくはデータ伝送の際,信号,パケットの衝突を回避することができるマルチアクセス方法に関するものである。」(1頁右下欄14行~19行)
(イ) 「[従来例]
近年,情報化社会と言われ,より早く多くの情報の収集が必要になっている。そのために,各種のデータ伝送サービスを行うネットワークが種々提案され,既に稼動して商業ベースになっているネットワークもある。このネットワークとしては例えば衛星通信やLAN等があり,例えばALOHA(Additive Links On-line Hawaii Area)等のアクセスアルゴリズムにて通信(データ伝送)を行うことが考えられる。このALOHAによるネットワークは第2図に示すように1つの中央局1と所定地域に配置された多数の端末21,…2nとからなり,この中央局1から端末21,…2nへの送信(下り),端末21,…2nから中央局1への送信(上り)に対してそれぞれ1つの周波数が与えられている(上りと下りとは別の周波数)。この周波数にて中央局1と端末21,…2nとの間で通信がなされ,また,端末21,…2n間でデータ伝送等が行われる。」(1頁右欄末行~2頁左上欄18行)
(ウ) 「[発明が解決しようとする問題点]
ところで,上記ALOHAネットワークのアクセスプロトコルにおいては,下りは各端末21,…2nが自分にアドレスされたパケットを取り込めばよいが,上りは各端末21,…2nがいずれも中央局1に対して同一周波数で送信するので,信号,パケットの衝突が起こることがある。これは,その端末21,…2nの数が少ない場合には,その衝突も少なくて再送信を試みることで,通信が可能となる場合もある。しかし,その端末21,…2nが多数になると,信号,パケットの衝突が多くなり,再送信を試みてもうまくいかず,場合によってはいずれの端末21,…2nも一切通信不能となることがある。そのために,その衝突を回避する方策が種々考えられているが,その衝突を避ける最良の方法がないのが現状である。
この発明は上記の点に鑑みてなされたものであり,その目的は端末の数が多くなっても,通信に際して信号,パケットの衝突を回避し,回線の効率を上げることができるようにしたマルチアクセス方法を提供することにある。」(2頁左上欄19行~右上欄19行)
(エ) 「[問題点を解決するための手段]
上記目的を達成するために,この発明は1つの制御局と複数の子局とを含むネットワークにおいて,前記制御局には前記複数の子局のうち通信を希望する子局からのアクセスを制御するため,該通信希望子局数に応じたアクセス制限値を前記複数の子局に発生する機能が備えられ,前記複数の子局には個々に所定の乱数の値を発生し,該乱数の値と受信した前記アクセス制限値とを比較する機能が備えられ,前記通信を希望する子局において,前記乱数の値と前記アクセス制限値とを比較した結果前記アクセス制限値より小さい乱数の値を発生した場合にのみ,前記制御局に対して通信のためのアクセスを行うようにしたことにより,前記制御局にて前記通信を希望する子局のうち少なくとも1つの子局が選別され,該子局による通信に際して該通信のための回線における信号,パケット等の衝突を回避するようにしたものである。」(2頁右上欄末行~左下欄17行)
(オ) 「[実施例]
以下,この発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図において,通信衛星の制御局3には各端末の子局41,…4nに対して例えば1以下のアクセス制限値を発生する機能が備えられている。一方,子局41,…4nには,個々に例えば1未満の乱数の値を発生し,その乱数の値と上記アクセス制限値とを比較し,通信のためのアクセス権があるか否かを判断し,例えばアクセス権がある場合制御局3にアクセスを行う機能が備えられている。」(2頁左下欄18行~右下欄8行)
「ここで,衛星通信ネットワークを想定し,その伝送路を無線回線とし,周波数分割,時分割,その他の方法にて複数のチャネルに分割する。このチャネルは,例えば制御用チャネルとデータ伝送チャネルとからなっている」(2頁右下欄14行~19行)
「次に,上記構成のネットワークに適用されるマルチアクセス方法の作用を説明する。
まず,子局41,…4nのうちいずれかの子局がデータ伝送等の通信を行なおうとした場合,その子局からは制御局3に対して制御用チャネルにてデータ伝送用チャネルの割り当て等のアクセスがなされる。そして,制御局3にてそのアクセスが受け付けられると,その制御局3にてチャネル割り当て等が行われ,その旨を制御用チャネルにて当該子局にチャネル割り当て等の情報が送信される。これにより,当該子局がその割り当てられたデータ伝送用チャネルにてパケットを送信することになる。」(2頁右下欄末行~3頁左上欄12行)
「ところで,各子局41,…4nのうち通信を希望する子局が多く,信号,パケットの衝突が発生するようになると,制御局1からはあるタイムスロットでアクセス制限値が各子局41,…4nに対して発生される。これら子局には,当然通信を希望する子局も含まれている。すると,通信を希望する子局において,次のタイムスロットにてそのアクセス制限値と自ずから発生した乱数の値とが比較され,制御局3に対してチャネル割り当て等のアクセスを行うことができるか否かの判断がなされる。そして,そのアクセス制限値より小さい乱数の値を発生した子局のみが次のタイムスロットにて制御局3に対してアクセスすることになる。」(3頁左上欄13行~右上欄5行)
「また,アクセス制限値と乱数の値とにより制御局3に対してアクセスできるか否かが決まるので,通信を希望する子局にとって平等であり,制御局3との距離の条件等によりある決まった子局のみが常にアクセスが受け付けられるという不平等もなくなる。」(3頁左下欄16行~3頁右下欄1行)
「なお,上記実施例では,伝送路に無線通信を用いている衛星通信ネットワークについて説明したが,独自の伝送路にてネットワークを組んでいるLANやその他の中小規模ネットワーク等にも適用することができ,その場合にも全く同様に回線の混雑度を監視することができ,しかも信号,パケットの衝突を回避することができる。」(3頁右下欄2行~9行)
(カ) 「[発明の効果]
以上説明したように,この発明によれば,制御局から通信を希望する子局の数に対応してアクセス制限値が出力され,その子局にあっては自ずから発生した乱数の値と制御局からのアクセス制限値とを比較し,そのアクセス制限値より小さい乱数の値を発生した子局が制御局に対してアクセスし,データ伝送が行えるようなプロトコルとしたので,子局による通信に際してその回線の混雑度を監視し,その回線での信号,パケットの衝突を回避することができ,その回線の効率を上げることができる。」(3頁右下欄10行~4頁左上欄1行)
イ 相違点1の認定について
原告は,本件審決は,「本件特許発明1では,ネットワークが,複数のユーザクラス(35,40)が区別される移動無線網であるのに対して,引用発明2の衛星通信,LANでは,複数のユーザクラス(35,40)が区別されるのか否か不明であり,また移動無線網であるのか否かも不明である点。」を本件特許発明1と引用発明2との相違点1として認定したが,引用発明2のネットワークは移動無線網であるから,本件審決の相違点1の認定は,この点において誤りがある旨主張する。
そこで検討するに,甲2に,前記第2の3(3)アのとおりの引用発明2が記載されていることは当事者間に争いがない。
前記アの甲2の記載事項によれば,甲2には,①従来の各種のデータ伝送サービスを行うネットワークとして衛星通信やLAN等があり,例えばALOHA(Additive Links On-line Hawaii Area)によるネットワークがあるが,このネットワークは,1つの中央局1と所定地域に配置された多数の端末21,…2nとからなり,この中央局1から端末21,…2nへの送信(下り),端末21,…2nから中央局1への送信(上り)に対してそれぞれ1つの周波数が与えられているため,その端末21,…2nが多数になると,信号,パケットの衝突が多くなり,再送信を試みてもうまくいかず,場合によってはいずれの端末21,…2nも一切通信不能となるという問題があったこと,②この「発明」は上記問題点を解決し,端末の数が多くなっても,通信に際して信号,パケットの衝突を回避し,回線の効果を上げることができるようにしたマルチアクセス方法を提供することを目的とし,上記目的を達成するための手段として,1つの制御局と複数の子局とを含むネットワークにおいて,前記制御局には前記複数の子局のうち通信を希望する子局からのアクセスを制御するため当該通信希望子局数に応じたアクセス制限値を前記複数の子局に発生する機能が備えられ,前記複数の子局には個々に所定の乱数の値を発生し,当該乱数の値と受信した前記アクセス制限値とを比較する機能が備えられ,前記通信を希望する子局において,前記乱数の値と前記アクセス制限値とを比較した結果前記アクセス制限値より小さい乱数の値を発生した場合にのみ,前記制御局に対して通信のためのアクセスを行う構成を採用し,これにより,前記制御局において前記通信を希望する子局のうち少なくとも1つの子局が選別され,当該子局による通信に際して当該通信のための回線における信号,パケット等の衝突を回避する効果を奏するようにしたことが開示されていることが認められる。
上記開示事項によれば,引用発明2に係るネットワークは,複数の子局(「衛星通信,LANにおける子局」)が同じ1つの制御局を介して通信を行うネットワークであり,1つの制御局によりサービスされる子局は,そのネットワーク構成が変更されない場合には変動するものではないものと認められる。
他方で,前記1(1)ウによれば,本件特許発明1のネットワークは,遠隔通信サービスのサービスエリアを複数のエリア(無線セル)に分割し,その分割した無線セルのそれぞれに基地局を設け,移動局がその所在位置をカバーする無線セルの基地局を介して通信を行うセルラー方式の移動通信システムを前提とするものであり,その「移動無線網」においては,移動局が無線セルの範囲を超えて移動した場合には移動局に対してサービスする基地局が変動することを前提とするものである。
そうすると,引用発明2は,セルラー方式の移動通信システムを前提とするものではない点において,本件特許発明1とは通信システムの構成を異にするものであるから,仮に引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」が特定の位置に固定されている必要はなく,移動可能であるとしても,引用発明2のネットワークが本件特許発明1の「移動無線網」に該当するということはできない。
したがって,本件審決が引用発明2のネットワークが「移動無線網」であるか否か不明である点を本件特許発明1と引用発明2との相違点1として認定したことに誤りはない。
これに反する原告の主張は,採用することができない。
ウ 相違点の容易想到性について
本件審決は,「複数のユーザクラスが区別される移動通信網で動作するための移動局において,移動局は,移動局に記録されているユーザクラスを読み出し,ブロードキャストコントロールチャネルを介してアクセスクラス情報を受信し,ユーザクラスに関連するアクセスクラス情報に基づいて,当該移動局が,ランダムアクセスチャネルにアクセスする権限が付与されているのか否かを検査するアクセス制御」(アクセスクラス制御)は,本件特許の優先権主張日前に周知であったものと認められるが,引用発明2は,衛星通信,LANに関するものであって,アクセスクラス制御が前提としている移動通信システムに関するものではなく,甲2には,アクセスクラス制御を行うことの必要性についての記載がなく,RACHへのアクセス権限を子局に付与するか否かに際して,特別に優遇されるべきユーザクラスの存在を示唆する記載も見られないなどとして,引用発明2及び上記周知技術に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかった旨判断した。
原告は,これに対し,①アクセス閾値制御を移動無線網において用いることは本件特許の優先権主張日前に公知であり,ネットワークが移動無線網であるか否かという点が本件特許発明1と引用発明2との相違点(相違点1)であるとしても,引用発明2の技術を移動無線網に適用することは,当業者が当然になし得たことである,②緊急サービスが利用する移動局を特定する際,当該移動局に対して予め特定のユーザクラスを割り当てておき,アクセス制御の必要が生じた場合にアクセスクラス制御によって特定することは,本件特許の優先権主張日前に周知であり,GSM-138(甲13)における「特別のユーザグループ」の例である緊急サービスに対して「即時」のアクセスを許可する場合に,その緊急サービスの特定を,緊急サービスが利用する移動局を特定する技術として周知であったアクセスクラス制御を用いて行うことは,当業者が容易に想到することができたものであり,このような制御を用いる場合に,まず,アクセスクラス制御を用いて「特別のユーザグループ」とそれ以外の一般ユーザを区別し,前者については「即時」のアクセスを認め,後者についてはアクセス閾値制御によりRACHへのアクセス権限の有無を判断するように構成することは,当業者が特段の創意工夫を要することなく,当然になし得たことである,③アクセスクラス制御において,ユーザクラスをSIMカードに記録し,ここから読み出すことは,本件特許の優先権主張日前に周知であり,引用発明2において,子局がSIMカードからユーザクラスを読み出す構成(相違点2に係る本件特許発明1の構成)を採用することは,当業者が容易になし得たことである,④欧州の標準化団体であるETSIが策定した,移動通信システムに関する標準規格であるTETRA(甲30,31)には,緊急サービス等,RACHへのアクセス規制の対象から除外すべき移動局をアクセスクラス制御によって特定する技術が開示されており,アクセス閾値による制御を行っている引用発明2と,本件審決認定の周知のアクセスクラス制御を組み合わせることの動機付けの開示があるなどとして,本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
(ア) 本件審決が周知技術として認定した「アクセスクラス制御」は,「複数のユーザクラスが区別される移動通信網で動作するための移動局」が「ランダムアクセスチャネルにアクセスする権限」を制御する技術であり,遠隔通信サービスのサービスエリアを複数のエリア(無線セル)に分割し,その分割した無線セルのそれぞれに基地局を設け,移動局がその所在位置をカバーする無線セルの基地局を介して通信を行うセルラー方式の移動通信システムを前提とするものと認められる。
しかるところ,前記イ認定のとおり,引用発明2は,「衛星通信,LANにおける子局」であり,引用発明2に係るネットワークは,同じ1つの制御局を介して通信を行うネットワークであって,セルラー方式の移動通信システムとは異なるものである。
また,甲2には,緊急サービスなど,即時の通信のためのアクセスを必要とする子局が存在すること及びこのような即時のアクセスを必要とする子局を所定のユーザクラスに所属させることによって,他の子局より優先的にアクセスさせることを開示又は示唆する記載はない。かえって,甲2には,「アクセス制御値と乱数の値とにより制御局3に対してアクセスできるか否かが決まるので,通信を希望する子局にとって平等であり,制御局3との距離の条件等によりある決まった子局のみが常にアクセスが受け付けられるという不平等もなくなる。」(3頁左下欄16行~3頁右下欄1行。前記ア(オ))との記載がある。
そうすると,セルラー方式の移動通信システムを前提とするものではない,引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」について,セルラー方式の移動通信システムにおける「移動局」とした上で,同移動通信システムを前提とするアクセスクラス制御(本件審決認定の上記周知技術)を適用する動機付けを認めることができない。
(イ) 原告が挙げる前記①ないし④の諸点は,次のとおり,いずれも上記認定を左右するものではない。
a 前記①の点について
原告主張の無効理由2は,要するに,引用発明2を主引例としてこれに周知のアクセスクラス制御の技術を組み合わせることにより本件特許発明1の構成を容易に想到することができたというものであって,「移動無線網」を主引例とするものではない。
したがって,原告が主張するようにアクセス閾値制御を「移動無線網」に用いることが本件特許の優先権主張日前に公知であったとしても,そのことが引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」をセルラー方式の移動通信システムにおける「移動局」の構成とする動機付けとなるものではないし,また,当業者が引用発明2の技術を「移動無線網」に適用することをなし得たかどうかは,引用発明2を主引例とする本件特許発明1の構成の容易想到性の判断に影響を及ばすものではない。
b 前記②の点について
前記aで述べたように,原告主張の無効理由2は,引用発明2を主引例としてこれに周知のアクセスクラス制御の技術を組み合わせることにより本件特許発明1の構成を容易に想到することができたというものであって,GSM-138(甲13)を主引例とするものではない。
したがって,原告が主張するように緊急サービスが利用する移動局を特定する技術としてアクセスクラス制御を用いることが周知であったとしても,GSM-138における「特別のユーザグループ」の例である緊急サービスに対して「即時」のアクセスを許可する場合に,上記周知技術を用いて行うことを当業者が容易に想到することができたかどうかは,引用発明2を主引例とする本件特許発明1の構成の容易想到性の判断に影響を及ばすものではない。
また,GSM-138はセルラー方式の移動通信システムの標準規格に係る技術であるのに対し,引用発明2はセルラー方式の移動通信システムを前提とするものではないから,GSM-138は引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」をセルラー方式の移動通信システムにおける「移動局」の構成とする動機付けとなるものではないし,同様に,引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」についてセルラー方式の移動通信システムを前提とするアクセスクラス制御(本件審決認定の周知技術)を適用する動機付けとなるものではない。
c 前記③の点について
原告が主張するようにアクセスクラス制御においてユーザクラスをSIMカードに記録し,ここから読み出すことは本件特許の優先権主張日前に周知であったとしても,前記(ア)のとおり,引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」について,セルラー方式の移動通信システムにおける「移動局」とした上で,同移動通信システムを前提とするアクセスクラス制御を適用する動機付けを認めることができない以上,引用発明2において上記周知の構成を採用する動機付けとなるものではない。
d 前記④の点について
原告が主張する欧州の標準化団体であるETSIが策定した標準規格であるTETRA(甲30,31)はセルラー方式の移動通信システムにおける技術であるのに対し,引用発明2はセルラー方式の移動通信システムを前提とするものではないから,TETRAは,引用発明2の「衛星通信,LANにおける子局」をセルラー方式の移動通信システムにおける「移動局」の構成とする動機付けとなるものではない。また,TETRAは,セルラー方式の移動通信システムを前提としないネットワークにおいてアクセス閾値による制御を行っている引用発明2と,セルラー方式の移動通信システムを前提とする本件審決認定の周知のアクセスクラス制御を組み合わせることの動機付けを開示するものとはいえない。
(ウ) したがって,当業者が,引用発明2及び上記周知技術に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできないから,本件特許発明1の構成を備える本件特許発明2も,これと同様の理由により,容易に想到することができたものと認めることはできない。
エ 小括
以上によれば,本件特許発明2は,当業者が引用発明2及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は,理由がない。
(3) 取消事由3(引用発明2及び甲4に記載された発明に基づく本件特許発明2の容易想到性の判断の判断の誤り)(無効理由3関係)について
原告は,引用発明2及び甲4に記載された発明に基づいて相違点1ないし3に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易ではなく,本件特許発明1の上記構成を備える本件特許発明2は,当業者が引用発明2及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
本件審決の上記判断は,前記(2)で周知技術と認定したアクセスクラス制御を甲4が開示する公知技術であるとする点以外は,実質的に前記(2)と同一の判断であり,前記(2)で述べたのと同様の理由により,本件審決の上記判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由3は,理由がない。
(4) 取消事由4(引用発明3及び周知技術に基づく本件特許発明2の容易想到性の判断の判断の誤り)(無効理由4関係)について
ア 甲12の記載事項について
甲12には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面及び表については別紙4を参照)。
(ア) 「【産業上の利用分野】本発明は,極小ゾーンにより構成され,特定のゾーンでの通信トラヒックの集中を避けるために発呼や位置登録の規制を行う移動通信システムにおいて,ゾーンのトラヒック特性に適応した最適な規制を行うことができる発呼および位置登録規制方法に関する。」(段落【0001】)
(イ) 「【従来の技術】従来の自動車電話方式では基地局を単位として構成される無線ゾーンと位置登録エリアの大きさは必ずしも一致せず,通常は位置登録エリアは複数の(例えば10局程度)無線ゾーンをまとめた単位として構成される場合が多い。無線ゾーンの大きさは半径3~5km程度であるから位置登録エリアの大きさは約30~50kmとなるのが普通である。従って,自動車が時速40km程度で走ったとしても位置登録ゾーンを横切るためには相当の時間もかかるため位置登録トラヒックは発呼や着呼に比べて小さく特に位置登録の規制をする必要はなかった。」(段落【0002】)
「また発呼にしても通常程度のトラヒック特性であれば,規制を行わなくても済む程度の通話チャネル数を配備しておくことにより非常災害時等を除けば特に発呼規制をする必要もなかった。」(段落【0003】)
(ウ) 「【発明が解決しようとする課題】しかし,近年携帯電話が著しく発展しつつあり,自動車電話を含めた陸上移動通信への加入者が急増しつつある。一方,移動通信方式に割り当てられる電波は逼迫しているため,周波数の増加はほとんど期待できない。このような状況に対処するため無線ゾーンを小さくして周波数を何度も繰り返して使用することが行われている。この傾向はこれからも続き,携帯機のパーソナル化に伴って加入者がさらに大幅に増加した時には無線ゾーンの半径は例えば半径100m程度にも小さくなることが想定される。このような極小ゾーン構成になると,必然的に位置登録エリアもそれに応じて小さくなるから端末の移動に伴って位置登録トラヒックが非常に増加することが考えられる。さらにもう一つの傾向としてエリア毎に発呼や位置登録等の通信トラヒックが著しく偏ることも想定される。この例を図2に示す。10-1は通信トラヒックの多いエリア,10-2は通信トラヒックの小さいエリア,11は基地局(BSともいう),12は通勤電車である。例えば極小ゾーン構成をとる移動通信方式では高速に移動する移動端末は頻繁に位置登録エリアを横切るから,各々のエリアを横切るたびに位置登録をしていたのではシステムが正常に動作しなくなる。また発呼の場合にしてもたとえ通信回線を接続しても頻繁に無線ゾーンを横切るために通話中チャネル切替が頻発してやはりシステムは正常に動作しなくなる。従って,移動端末の速度等を検出して一定速度以上で移動中の移動端末は発呼や位置登録をしないように規制することが考えられる。このようなシステムでは,通勤時間帯等で各自が移動端末を持って通勤電車から都心の混雑する駅に下りた時にはそこで一斉に位置登録要求動作がされたり発呼がされることなり,周辺エリアに比べて極端に通信トラヒックが増加する現象が起こり得るのである。そうするとこのエリアの基地局には過負荷がかかり要求呼を処理できなくなり,回線接続率の低下すなわちサービスの低下を引き起こすことになる。」(段落【0004】)
「本発明は通信トラヒックが非常に大きかったり,エリア毎に偏っていてもゾーンのトラヒック特性に応じて最適な規制が可能となる新規な発呼および位置登録規制手段を提供することを目的とする。」(段落【0005】)
(エ) 「【課題を解決するための手段】本発明は,基地局が移動端末からの通信トラヒックを計測して一定値を越える場合は発呼または位置登録を規制する信号を送信し,移動端末は発呼要求または位置登録要求がある時にはこの規制信号を参照して一定の割合で発呼要求や位置登録要求を取り止めることとし,さらに取り止めた時には所定の時間だけ待機してから再び上記の位置登録要求動作を繰り返す移動通信方式において,ゾーン毎に上記発呼規制値と位置登録規制値の値の組合せを最適に設定することを特徴とするものである。」(段落【0006】)
「【作用】発呼規制値と位置登録規制値をゾーン毎に適応的に設定することによりゾーン毎に最適な規制を行うことができる。」(段落【0007】)
(オ) 「【実施例】本発明の前提となる移動端末(PS)と基地局(BS)の基本動作フローを図3に示す。20は移動端末,11は基地局(BS),111は基地局内の通信トラヒック測定部,112は規制情報送信部である。基地局11は配下の多数の移動端末20から送信される発呼および位置登録信号を受信するとともに一定時間単位でその信号数を数えて通信トラヒックを測定する。(通信トラヒック測定部111の機能。)この測定値が一定値以上になった場合には,発呼と位置登録を規制すべき規制信号を送信する。この信号を受信した移動端末は図1に示す手順により発呼または位置登録要求を規制する。この図1は本発明を実施するための移動端末の発呼および位置登録要求の動作手順である。S1は発呼要求か位置登録要求かを判断する工程,S2は発呼要求の時に移動端末内のメモリを検索して規制値Mを設定する工程,S3は位置登録要求の時に基地局からの規制信号をモニタして位置登録規制値Mを検出する工程,S4は発呼または位置登録の確率を表す乱数値Nを発生する工程,S5は上記MとNの大きさを判定しそれに応じて処理手順を変える工程,S6はN>Mの時に発呼または位置登録要求信号を送信する工程,S7はN≦Mの時に発呼要求か位置登録要求かを判断する工程,S8は発呼要求の時に発呼拒否メッセージを出力する工程,S9は位置登録要求の時に特定時間待機して再度工程S1に戻る工程である。以上の動作手順のように,移動端末は発呼または位置登録をしようとする時には,まず基地局から報知されている規制信号をモニタし,規制がかかっている場合に,発呼の時は内蔵のメモリを検出して発呼規制値Mを読出し,位置登録要求の時は基地局からの規制信号をモニタして位置登録規制値Mを検出する。次に移動端末内蔵の乱数発生器を動作させて発呼要求または位置登録要求の確率を表す乱数値Nを発生し,それが規制値Mより大きいときには発呼信号または位置登録信号を送信し,小さい時には発呼要求であれば端末所持者に発呼拒否メッセージを出力し,位置登録要求であれば特定時間アイドルして再度最初から位置登録動作を繰り返すものである。なお,ここでは工程S5において発呼確率が規制確率より大きい場合に発呼信号等を送信できるとしたが,もちろん発呼確率が規制確率より小さい場合に発呼信号等を送信できるようにしてもよい。要は発呼確率と規制確率の大小関係を比較して,その結果が一方の場合には発呼信号等を送信し,他方の場合には拒否するようにすればよい。また位置登録の時に発呼確率が規制確率より小さい場合には再度位置登録を行う例を示したが,位置登録を拒否するようにしてもよい。さらに発呼規制値Mは移動端末に内蔵のメモリから読み出す例を示したが,基地局から報知した発呼規制値を検出するようにしてもよいことはもちろんである。さらに工程S9における待機時間を適宜変更してもよい。」(段落【0008】)
(カ) 「次に別の実施例について述べる。先の実施例では発呼規制値と位置登録規制値の組合せにより規制しているが,発呼規制値よりも位置登録規制値の方が大きいのが普通である。これは位置登録はあくまで着信のための処理であって直接的な通信呼ではないから,これを規制しても必ずしも通信接続率が低下するとは限らないのに対して発呼を規制するとそれだけ通信接続率,つまりサービスが低下することになるからである。ところが,非常に位置登録トラヒックが大きくて大きい規制がかかっている時にも特に緊急の着信を必要とする加入者に対しては優先的に位置登録を可能する方が望ましい場合が多い。この別の実施例ではこのような場合に対処するためのものである。すなわち,ここでは強制的位置登録モードを設け,このモードにある時には大きな位置登録規制がかかっている時でも規制」(段落【0011】),「【表1】…」(段落【0012】),「値を緩めるとともに位置登録動作の繰り返し周期を短くして位置登録し易くするものである。図5は強制位置登録モードの場合の移動端末の位置登録動作手順である。なお強制位置登録モードにするには例えば移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せばよいから,この図では手動位置登録と記載した。第1の実施例との相違は二つあり,一つは位置登録要求動作の時に自動位置登録の場合に比べて位置登録規制値を緩和する点にあり,もう一つは規制確率を基地局から受信した値そのままを用いるのではなくて,移動端末内に予め規制値と規制確率の関係を記憶しておき,基地局から受信した規制値に基づいてこの規制確率を取り出して用いる点である。なお,この規制値と規制確率の関係は可変できる。」(段落【0013】)
(キ) 「【発明の効果】以上説明したように,本発明によればゾーンのトラヒック特性に応じて,最適な規制を行うことができる。また規制中でも強制位置登録することにより自動位置登録の時に比べて短時間に位置登録をすることが可能となる。」(段落【0016】)
イ 引用発明3の認定について
原告は,甲12には,移動局を強制位置登録モードにする方法の一例として,移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押す方法が記載されているが,これは,あくまで移動局を強制位置登録モードにする方法の一例にすぎず,甲12は,移動局を強制位置登録モードにする方法を特に限定していないから,本件審決における引用発明3の認定のうち,「移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せば,強制位置登録モードにな」る点の認定部分は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,本件審決は,甲12に記載されている発明(引用発明3)として,
「基地局11は,配下の多数の移動端末20から送信される発呼および位置登録信号を受信するとともに一定時間単位でその信号数を数えて通信トラヒックを測定し,この測定値が一定値以上になった場合には,発呼と位置登録を規制すべき規制信号を送信し,
この信号を受信した移動端末は,S3において位置登録要求の時に基地局からの規制信号をモニタして位置登録規制値Mを検出し,S4において位置登録の確率を表す乱数値Nを発生し,S5において上記MとNの大きさを判定し,N>Mの時に,S6において位置登録要求信号を送信し,N≦Mの時に,S6において特定時間待機して再度工程S1に戻り,
非常に位置登録トラヒックが大きくて大きい規制がかかっている時にも特に緊急の着信を必要とする加入者に対しては優先的に位置登録を可能する方が望ましい場合が多く,
移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せば,強制位置登録モードになり,このモードにある時には大きな位置登録規制がかかっている時でも規制値を緩めるとともに位置登録動作の繰り返し周期を短くして位置登録し易くするした,
移動端末。」(前記第2の3(4)ア)を認定した。
そして,甲12には,移動局(移動端末)を強制位置登録モードにする方法に関し,「…ところが,非常に位置登録トラヒックが大きくて大きい規制がかかっている時にも特に緊急の着信を必要とする加入者に対しては優先的に位置登録を可能する方が望ましい場合が多い。この別の実施例ではこのような場合に対処するためのものである。すなわち,ここでは強制的位置登録モードを設け,このモードにある時には大きな位置登録規制がかかっている時でも規制値を緩めるとともに位置登録動作の繰り返し周期を短くして位置登録し易くするものである。図5は強制位置登録モードの場合の移動端末の位置登録動作手順である。なお強制位置登録モードにするには例えば移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せばよいから,この図では手動位置登録と記載した。」(段落【0011】,【0013】)との記載がある。上記記載によれば,甲12には,移動局(移動端末)を強制位置登録モードにする方法の一例として手動登録ボタンを押す方法が記載されているのであるから,この記載に基づいて,本件審決が「移動端末に設けた手動位置登録ボタンを押せば,強制位置登録モードにな」る点を引用発明3の構成に含まれるものと認定したことは誤りであるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ 相違点の容易想到性について
本件審決は,本件特許発明1と引用発明3の相違点1ないし4について,① 引用発明3の「特に緊急の着信を必要とする加入者」は,個人が特定されるような者ではなく,「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」であって,ユーザクラスによって判別される加入者ではないから,引用発明3において,「特に緊急の着信を必要とする加入者」であるか否かを,ユーザクラスに関連するアクセスクラス情報を基地局から送信することによって,移動端末で判定するように変更する動機がない,② 引用発明3の課題を解決するために,甲1及び甲5ないし7に開示されている技術(具体的には,アクセスクラス制御)を導入しようとする動機がないなどとして,引用発明3及び周知技術に基づいて相違点1ないし4に係る本件特許発明1の構成を想到することは容易でなかった旨判断した。
原告は,これに対し,甲12記載の手動位置登録ボタンを押すという方法は,移動端末を強制位置登録モードにする方法の一例にすぎず,甲12は,これ以外の方法によって移動端末を強制位置登録モードにすることを排除していないし,また,「特に緊急の着信を必要とする加入者」を加入者の属性に由来するユーザグループとすることも排除していない,そして,アクセスクラス制御によってアクセス規制の対象から除外する必要がある緊急サービス等の移動局を特定することは周知技術であり,引用発明3において,「特に緊急の着信を必要とする加入者」を緊急サービスと捉え,これをアクセス閾値制御の対象から除外するために周知技術であるアクセスクラス制御を用いることは,当業者が容易になし得たことであるから,本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
(ア) 前記アの甲12の記載事項によれば,甲12には,①従来の自動車電話方式では,基地局を単位として構成される無線ゾーンと位置登録エリアの大きさは必ずしも一致せず,通常は位置登録エリアは複数の無線ゾーンをまとめた単位として構成される場合が多かったが,近年携帯電話が著しく発展しつつあり,自動車電話を含めた陸上移動通信への加入者が急増しつつある一方で,移動通信方式に割り当てられる電波は逼迫しているため,周波数の増加はほとんど期待できない状況に対処するために無線ゾーンを小さくして周波数を何度も繰り返して使用することが行われているが,このような極小ゾーン構成になると,必然的に位置登録エリアもそれに応じて小さくなるから端末の移動に伴って位置登録トラヒックが非常に増加し,エリア毎に発呼や位置登録等の通信トラヒックが著しく偏ることも想定され,通信トラヒックの多いエリアの基地局には過負荷がかかり要求呼を処理できなくなり,回線接続率の低下すなわちサービスの低下を引き起こすことになるという課題があったこと,②「本発明」は,上記課題を解決し,通信トラヒックが非常に大きかったり,エリア毎に偏っていてもゾーンのトラヒック特性に応じて最適な規制が可能となる新規な発呼及び位置登録規制手段を提供することを目的とし,基地局が移動端末からの通信トラヒックを計測して一定値を越える場合は発呼又は位置登録を規制する信号を送信し,移動端末は発呼要求又は位置登録要求がある時にはこの規制信号を参照して一定の割合で発呼要求や位置登録要求を取り止めることとし,さらに取り止めた時には所定の時間だけ待機してから再び上記の位置登録要求動作を繰り返す移動通信方式において,ゾーン毎に上記発呼規制値と位置登録規制値の値の組合せを最適に設定することを特徴とするものであり,これにより,ゾーンのトラヒック特性に応じて,最適な規制を行うことができ,また,規制中でも強制位置登録することにより自動位置登録の時に比べて短時間に位置登録をすることが可能となる効果を奏することが開示されていることが認められる。
しかるところ,甲12には,「強制位置登録モード」にする方法については,前記イのとおり,操作者が手動位置登録ボタンを押す例(段落【0013】)が示されているが,他の具体的な方法の開示はない。
そして,前記アの甲12の記載事項によれば,引用発明3の「特に緊急の着信を必要とする加入者」とは,加入者が自ら「特に緊急の着信を必要とする」認識を有している場合を意味するものであり,システムの管理者や,緊急サービスに関係するユーザによるアクセスを優先させるために,予めクラスに分けられる加入者を意味するものとはいえない。
また,甲12の「強制位置登録モード」の文言からみると,ネットワーク側からの規制がかかっている場合であっても,「特に緊急の着信を必要とする加入者」については,加入者側から強制的に位置登録を可能とするモードであると解されるのに対し,本件審決にいう「アクセスクラス制御」は,特定のクラスに所属する加入者を,ネットワーク側から指定することにより,優先的なアクセスを可能とする仕組みであって,加入者側から強制的に位置登録を可能とするモードとはいえない。
そうすると,引用発明3において,「移動端末の任意の操作者の操作によって任意に設定される加入者」を,何らかの属性に基づいて「クラス」に分けられる加入者に置換した上,さらに,基地局から送信される情報によって「強制位置登録モード」を設定すべき「クラス」を指定する仕組みを採用することの動機付けを認めることはできない。
(イ) したがって,引用発明3において,「強制位置登録モード」に代えて,加入者の属性に基づく「クラス」を用いてネットワーク側から指定するアクセスクラス制御(本件審決にいう「アクセスクラス制御」)を適用する動機付けが認められないから,当業者が,引用発明3及び周知技術に基づいて相違点1ないし4に係る本件特許発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることできない。これと同様の理由により,本件特許発明1の構成を備える本件特許発明2も,容易に想到することができたものと認めることはできない。
これに反する原告の主張は,採用することができない。
エ 小括
以上によれば,本件特許発明2は,当業者が引用発明3及び周知技術に基づいて容易に発明することができたものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由4は,理由がない。
(5) 取消事由5(分割要件の判断の誤り)(無効理由5関係)について
本件審決が,本件特許発明1の「ブロードキャストコントロールチャネル(25)を介してアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)…を受信し,」及び「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め」との構成は,本件出願の原出願に係る本件誤訳訂正書(甲18)の開示の範囲内と解されるとして本件特許発明1及び2は本件誤訳訂正書に記載されたものであり,本件出願は分割出願の要件に違反するものではない旨判断したのに対し,原告は,被告が別件侵害訴訟において主張する本件特許発明1の「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることの意義についての解釈(本件特許発明1の要旨認定)を前提として,本件特許発明1及び2は本件誤訳訂正書に記載された事項の範囲を超えるものであり,本件出願は分割出願の要件に違反するものであるから,本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 本件誤訳訂正書(甲18)には,「RACH30へのアクセス権限を移動局5,10,15,20の一部を介して付加的に分散されることは,BCCH25上でアクセス閾値Sを送信することにより達成される。…」(段落【0027】),「…各移動局5,10,15,20に情報信号が伝送され,この情報信号はそれぞれ10ビットからなるビットパターンを含んでいる。ここで第1のビットは評価ビットS4である。図3aは,評価ビットS4=0である場合を示している。第2のビットは第1のアクセス閾値ビットS3であり,第3ビットは第2のアクセス閾値ビットS2であり,第4ビットは第3のアクセス閾値ビットS1であり,第5ビットは第4のアクセス閾値ビットS0である。4つのアクセス閾値ビットS3,S2,S1,S0により,この参考例では24=16のアクセス閾値Sがネットワークプロバイダから移動局5,10,15,20に伝送される。…」(段落【0028】),「…ランダム数または擬似ランダム数Rを比較的に大きなまたは同じ大きさのアクセス閾値Sから引き算する移動局5,10,15,20により,その優先値が優先閾値Pより大きいかまたは等しいアクセスだけがRACH30への権限を得る。…」(段落【0029】)との記載がある。これらの記載によれば,移動局において,伝送された「アクセス閾値ビット」を単なるビット値ではなく,ビット値の意味する「大きさ」として評価し,これを「アクセス閾値S」とすることを前提として,「アクセス閾値S」から「ランダム数または疑似ランダム数R」を引き算することが記載されているものといえる。
このように「アクセス閾値ビット」を単なるビット値ではなく,ビット値の意味する「大きさ」として評価することを,本件特許発明1のように,「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,」と表現することは,本件誤訳訂正書の開示の範囲内であるものと認められる。
なお,本件明細書の段落【0025】には本件誤訳訂正書の段落【0027】と,本件明細書の段落【0026】には本件誤訳訂正書の段落【0028】と,本件明細書の段落【0027】には本件誤訳訂正書の段落【0029】と同様の記載がある。
したがって,本件審決の前記判断に誤りはない。
イ 原告は,これに対し,仮に被告が別件侵害訴訟において主張する,本件特許発明1における「アクセス閾値ビット」と「アクセス閾値」の関係は,「アクセス閾値ビット」から「アクセス閾値」が求められれば足り,それ以上の限定は存在しないから,例えば,アクセス閾値ビットを関数に代入することにより,アクセス閾値ビットとは別の値であるアクセス閾値を求めるような場合も,本件特許発明1の「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることに該当するとの解釈(本件特許発明1の要旨認定)が正しいとすれば,本件特許発明1及び2は本件誤訳訂正書に記載された事項の範囲を超えるものであるから,本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,本件審決は,「なお,審判請求書では,移動局で受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)を関数に代入してアクセス閾値ビットとは別の値を得ることが,本件特許発明1の「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,」に該当するか否かが論じられているが,それが該当するか否かにかかわらず 本件特許発明1の「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,」 は,甲第18号証に記載された事項であることに相違ない。」と述べており,「移動局で受信されたアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)を関数に代入してアクセス閾値ビットとは別の値を得ること」が,本件特許発明1の「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,」に該当するか否かについての判断を示していない。
したがって,本件審決は原告がいう被告主張の本件特許発明1の「アクセス閾値ビットからアクセス閾値を求め」ることの解釈(本件特許発明1の要旨認定)の当否について判断していないから,原告の上記主張は,本件審決が判断していない仮定的主張を前提とするものであり,採用することができない。
ウ 以上によれば,本件出願は分割出願の要件に違反するものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由5は,理由がない。
(6) 取消事由6(サポート要件の判断の誤り)(無効理由6関係)について
原告は,本件審決が,本件明細書の段落【0026】の記載は,本件誤訳訂正書の段落【0028】の記載とほぼ同内容であるとして,前記(5)記載の理由と同様の理由により,本件特許発明1及び2の特許請求の範囲(請求項1及び2)の記載は,特許を受けようとする発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるから,本件特許にはサポート要件違反は認められない旨判断したのに対し,前記(5)と同様に,被告の別件侵害訴訟における主張を前提として,本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,前記(5)と同様に,本件審決が判断していない仮定的主張を前提とするものであり,採用することができない。
したがって,原告主張の取消事由6は理由がない。
(7) 取消事由7(実施可能要件の判断の誤り)(無効理由7関係)
原告は,本件審決が,本件明細書の発明の詳細な説明に本件特許発明1の「前記アクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)からアクセス閾値(S)を求め,」についても実施できる程度に記載されているとして,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1及び2が実施できる程度に記載されており,本件特許には,実施可能要件違反は認められない旨判断したのに対し,前記(5)と同様に,被告の別件侵害訴訟における主張を前提として,本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,前記(5)と同様に,本件審決が判断していない仮定的主張を前提とするものであり,採用することができない。
したがって,原告主張の取消事由7は理由がない。
(8) まとめ
以上によれば,原告主張の取消事由1ないし7はいずれも理由がない。
3 結論
以上の次第であるから,被告主張の取消事由(第二事件)は理由がなく,また,原告主張の取消事由(第一事件)も,いずれも理由がないから,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の第一事件請求及び被告の第二事件請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 平田晃史)
file_2.jpg別紙