知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10061号 判決 2013年11月12日
原告
たいまつ食品株式会社
原告
マルシン食品株式会社
原告
株式会社丸一オザワ
原告ら訴訟代理人弁護士
八掛俊彦
八掛順子
弁理士
岩田敏
岩田享完
被告
越後製菓株式会社
訴訟代理人弁護士
高橋元弘
末吉亙
弁理士
中島淳
清武史郎
坂手英博
小田富士雄
吉井雅栄
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1原告らの求めた判決
特許庁が無効2012-800039号事件について平成25年1月29日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効不成立審決の取消訴訟である。争点は,①発明未完成,②実施可能要件違反,③明確性要件違反である。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「餅」とする特許第4111382号(以下「本件特許」という。出願日:平成14年10月31日,登録日:平成20年4月18日)の特許権者である(甲23)。
原告らは,平成24年3月30日,本件特許について無効審判を請求した(無効2012-800039号)。
特許庁は,平成25年1月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月7日,原告らに送達された。
2 本件発明の要旨
本件発明の要旨は,特許第4111382号公報(甲23)の特許請求の範囲に記載された下記のとおりである(A~Fの分説記号は裁判所が付した。)。
【請求項1】
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
B この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,
C 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
D 餅。
【請求項2】
E 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする
F 請求項1記載の餅。
(以下,請求項ごとに「本件発明1」などといい,請求項1,2を併せて「本件発明」という。)
3 審判で主張された無効理由
審判で主張された無効理由は,以下のとおりである。
(1) 無効理由1(発明未完成)
本件発明は,構成A及びBである「切り込み部又は溝部」(スリット)を設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成(構成C)の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていないため,発明として未完成のものである。
(2) 無効理由2の1(実施可能要件違反)
甲2及び3の実験結果及び報告書から,スリットの存在が必ずしも膨化に伴う噴き出しの抑制に結び付かないといわざるを得ず,餅の焼き方や材質などについての付帯条件が必要であるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,付帯条件の記載がなく,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
「膨化した中身」を餅としての実体を有する澱粉質のものと解釈した場合,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」ための具体的な技術が,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
(3) 無効理由2の2(明確性要件違反)
本件発明の「膨化した中身」及び「焼板状部」は,具体的に何を意味するか不明であり,本件発明は明確でない。
4 審決の理由の要点
審決は,以下のとおり判断した。
(1) 無効理由1(発明未完成)について
本件発明は,スリットを設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているといえ,未完成発明であるとはいえず,本件特許は,特許法29条1項柱書の「発明」に該当するから,特許法123条1項2号に該当し無効である,とすることはできない。
(2) 無効理由2の1(実施可能要件違反)について
本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるから,本件特許は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしており,特許法123条1項4号に該当し無効である,とすることはできない。
(3) 無効理由2の2(明確性要件違反)について
本件発明は明確であり,本件特許は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしているから,特許法123条1項4号に該当し無効である,とすることはできない。
第3原告ら主張の審決取消事由
1 取消事由1(発明未完成に関する認定判断の誤り)
(1) 最中サンドウイッチ要件の無視
審決は,「本件発明で,焼き網に垂れ落ちるほどの噴出しが抑制できるメカニズムを考察すると,側面にスリットを入れた本件発明の餅は,主として上下方向から加熱するのが通常であるオーブントースターで焼き上げた際に,直接放射熱が当たる上面及び底面に比べて,放射熱が直接当たりにくい側面にスリットが設けられているため,加熱に伴い餅内部の水が水蒸気となりかつ空気が膨張して,餅を膨らませ,内部の圧力に餅の表面が耐えられなくなると,上下面よりも放射熱が直接当たりにくいため焼けて固くなるのが遅いと考えられる側面に設けられたスリットが,割れの契機となって,そこから割れ,上側が下側に対して持ち上がり,内部に空洞が生じ,結果的に外部への噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの持ちの噴出しが抑制されることは,本件明細書の記載及び自然法則から極自然に考えられることである。」と認定した上で,「以上のとおり,本件明細書及び図面の記載から,本件発明の餅は,焼き上げた際に,内部に空洞ができ外部への噴出力が減少して,つまり,餅は最中やサンドウイッチ(やや片持ち状態に持ち上がる場合が多い)のように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形し,焼き網に付着するほどの餅の噴出しを抑制できるものであることが理解できる。」としているが,「内部に空洞ができ外部への噴出力が減少して」ということから,直ちに,「餅は最中やサンドウイッチ(やや片持ち状態に持ち上がる場合が多い)のように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化し」というには論理の飛躍がある。
スリットの設定による効果は,単に「スリットの上側が持ち上がること」をもって直ちに生じるものではなく,①切り込み部の上側が下側に対して持ち上がる,②膨化した中身が上下の焼板状部の間にサンドされ,餅は最中やサンドウイッチのような形状に膨化変形する(最中サンドウイッチ要件),③(膨化をこのよう導くことによって)餅の中身の外部への噴き出しを抑制する,のように,「最中」「サンドウイッチ」形状に膨化変形する過程を経て初めて生じるものである。審決は,本件特許請求の範囲に明確に記載され,しかも,本件特許の出願過程において強く主張された最中サンドウイッチ要件を無視し,上方への餅の「膨化」と噴き出しの「抑制」という点だけしか考慮しておらず,「最中やサンドウイッチのような状態」を単なる「膨化」の修飾語的な意味にしか捉えていない。
したがって,審決は本件特許の構成Cの解釈を誤ったものである。
(2) 「片持ち」状態は本件特許請求の範囲に属さない
「最中やサンドウイッチのような形状」とは,「最中」「サンドウイッチ」いずれの場合も,2片の板状のもの(皮,薄く切ったパン)を合わせ,この両片の間に,中身(餡,ハム・卵・野菜など)を詰めたり挟みこんだりする形状をいうので,「4側面切り込み」の場合は4側面の切り込み4つすべての上側が,「対向2側面切り込み」の場合は2側面の切り込み両方の上側が,それぞれ持ち上がり,その結果4側面全部が持ち上がらなければ「最中」「サンドウイッチ」形状にはならない。本件明細書には,「最中」「サンドウイッチ」という他に「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のものもできるとの記載があるが,焼きはまぐりは蝶番(ちょうつがい)部分を支点として口が開くのであって,支点である蝶番部分は常に閉鎖していて,開くことはないから,「片持ち状態」とは,「4側面切り込み」餅の場合は4か所(4側面)のうちの1か所しか上側が持ち上がらない状態をいい(隣接2箇所も引き摺られて持ち上がりはするが),また,「対向2側面切り込み」餅の場合は2か所(2側面)のうちの1か所しか上側が持ち上がるにすぎず,持ち上がった側の反対側は持ち上がらず,そのような持ち上がり方をした形状は,「最中」「サンドウイッチ」形状ではなく,このような形状のものは「最中」又は「サンドウイッチ」という概念に含まれない。そのように焼き上がった餅は,被告が主張する「均一な焼き上がり」「食べ易く,美味しい焼き上がり」という作用効果目的を達成できない。したがって,「片持ち形状」になる場合は,本件特許請求の範囲にから外れるものであるから,本件特許の実施態様ということができない。
もともと,「片持ち形状」という膨化は,餅を焼けば常に発生する現象であり,それは側面に切り込み部があるなしにかかわらない。餅を焼けば,そのほとんどが「片持ち」状態になることは,本件特許の出願時においても公知の事実であったのであるから,仮に,餅の膨化現象という観点から「片持ち状態」が「最中やサンドウイッチのような状態」に含まれるという解釈があるとしても,特許請求の範囲の解釈上,公知の事実は除外すべきであるので,「片持ち状態」の膨化変形は本件発明の対象外である。
本件特許の出願過程をみても,本件特許出願時の特許請求の範囲には最中やサンドウイッチ要件の記載はなかったところ(甲13),被告は,平成18年2月27日にした審判請求に伴う2通の手続補正書(平成18年3月29日付)のうち,明細書の全文補正にかかる補正書(甲20)において,①最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは②焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状の膨化変形の状態のうち,①の状態のみを加えて構成を限定し,審判請求の理由にかかる補正書(甲21)において,①のみを構成に加えることを明言し,その結果,②は構成にしないことが確定した。この補正に関する特許庁の審尋において,被告は,平成19年1月4日付回答書(甲11)をもって,最中サンドウイッチ要件をもって本件特許の請求範囲を減縮したことを明らかにした。このように,被告は,「片持ち状態」を外して「最中やサンドウイッチ状態」に「特定」しているのであるから,「片持ち状態」は独立して本件特許の要件たり得ない。
本件特許において「片持ち状態」は「最中やサンドウイッチのような状態」(最中やサンドウイッチの上下の皮やパンがほぼ平行状態で中身を挟む状態)という概念の適用範囲内,すなわち,「最中」及び「サンドウイッチ」という概念の外延内,になければならない。蝶番部の開口約60度を超えるようなものは「最中やサンドウイッチのような状態」には含まれないというべきである。審決は,この点については一切判断せず,したがって,「片持ち」はすべて「最中やサンドウイッチのような状態」に該当するということになるが,誤っている。
(3) 噴き出し部位の特定ということについて
審決は,本件明細書及び図面の記載から,「餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て,焼き網に付着することが多い」という問題があったが,「膨化による噴出し部位は特定できず制御することはできなかったことを課題として認識し,切り込み(スリット)の設定によって,噴出し位置を特定でき,しかも焼き途中での膨化による噴出しを制御できる」ように本件発明の構成を有する餅を創作したものであると認定し,「本件発明で,焼き網に垂れ落ちるほどの噴出しが抑制できるメカニズムを考察すると,主として上下方向から加熱するのが通常であるオーブントースターで焼き上げた際に,直接放射熱が当たる上面及び底面に比べて,放射熱が直接当たりにくい側面にスリットが設けられているため,加熱に伴い餅内部の水が水蒸気となりかつ空気が膨張して,餅を膨らませ,内部の圧力に餅の表面が耐えられなくなると,上下面よりも放射熱が直接当たり焼けて固くなるのがおそいと考えられる側面に設けられたスリットが,割れの契機となって,そこから割れ,上側が下側に対して持ち上がり,内部に空洞が生じ,結果的に外部への噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの餅の噴出しが抑制されることは本件明細書の記載及び自然法則から極自然に考えられることである。」と判断しているが,具体的理論的な理由の説明がない。「餅の中身が噴き出す部位の特定」ということが何を意味しているのか不明である。
本件発明の特徴に「噴き出しを抑制すること」(すなわち噴出をしないこと)を主張しながら,「噴出部位の特定」を特徴とすることは相反する現象であって矛盾している。審決は,矛盾した明細書の記載を何の疑問もなくそのまま本件発明の課題と目的として認定し,これを基礎にしてスリットの有無による膨化の問題を判断しているが,基礎をあいまいにしてなされた審決の判断は誤っている。
(4) 構成Cの技術内容を具体的に裏付ける証拠がない
審判手続において提出された餅の焼成実験結果は,ア(原告実験1,甲3,12),イ(被告実験1,甲24),ウ(原告実験2,甲18,19)及びエ(原告実験3,甲8)の4つである。
審決は,これらの実験結果に関して,①ア及びイの実験結果は,オーブントースターがマイコン制御か否かにかかわらず,スリットが本件発明の構成と目的とする作用効果の関係に一定の寄与があることを示している,②ウ及びエの実験結果は,マイコン制御のオーブントースターでは,スリットが噴き出し抑制に必ずしも寄与しないことを示しており,実験の条件により実験結果にバラツキが生じている,と評価した上で,「実験結果を総合的にみて,スリットを設けることで,スリットの「上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身が,サンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが(実験結果により)裏付けられたとするのが相当である。」と判断した。
しかし,「スリットの上側が下側に対して持ち上がり,内部に空洞が生じ,結果的に外部への噴出力が減少する」という理論は実際に常に発生するわけではなく,逆にスリットがあるために餅の上方向及び横方向の両方に噴き出す場合も多い。「上方向への膨化が大きい」ということと「(横方向への)噴き出しが抑制される」ということとの間には相関関係がない。
被告実験1には,①マイコン制御の特殊なオーブントースターである「ETRU25」型を選択した点(マイコン制御によって加熱と切断が繰り返されるので,非マイコン型と比較して庫内温度が上がらず,餅内部の膨張圧が低いので,異常膨張は抑制される。),②老化(ミセル化。膨らまない傾向に澱粉が変化する。)の安定した市販の餅を使わず,ミセル化の弱い出来立てのほやほやの餅を使ったのではないかとの疑念が強い点,③オーブントースター内の餅の置き方(説明書の図面では「縦置き」になっているのに,被告実験1では「横置き」されており,当然焼き上がり具合が異なる。置き位置についての説明もないが,庫内のどの位置に置くかによって,切餅の焼成の具合は変わってくるはず。)の3点に問題があり,試験結果が妥当であるということはできない。むしろ,原告実験1及び2からは,餅の噴き出しには,スリットの有無ではなく,ミセル化(老化)の程度が大きな影響を与えているといえる。
したがって,審決の上記認定は誤っている。
(5) スリットを入れることにより餅は過大膨化することの看過
餅にスリットを入れると,上方向への膨化が激しく,スリットの作用で「完全に開いた焼きはまぐり」のようになってしまい,「最中やサンドウイッチのような形状になって,従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」という本件明細書の理論は現実には発生しない絵空事であることがわかる。これは,明細書の記載とは逆に,スリットを入れることによって生じる欠陥というべきである。審決は,スリットを入れることによる逆効果を看過している。
(6) 杵つき餅では本件発明の課題解決はできない
餅の膨化と水分との間には相関関係がなく,餅の膨化は,ほぼ気泡含量のみに起因するということができるから,気泡の大きさが小さくかつ含量も少なく,もともと焼きダレなど発生する可能性が極めて低い杵つき餅が主流を占めている切餅市場において,本件発明が,ミキサー調製の餅など気泡含量が多い餅にしか適用できる余地のない焼きダレ防止の技術であるとするならば,当然その発明の対象をミキサー餅や練り出しで作られた餅に限定しなければ,発明は完成していないというべきである。
(7) まとめ
以上のとおり,本件発明においてスリットを設けることで「スリットの上側が下側に対して持ち上がって,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に,膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで,膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成の技術内容は,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているということはできない。
したがって,本件発明は発明として未完成であるので,特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当しないものであり,本件特許は同法123条1項2号により無効とされるべきところ,審決がこれを否定したのは誤りである。
2 取消事由2(実施可能要件違反)
本件発明において,スリットが餅の膨化に伴う噴き出しの抑制に寄与するというためには,その具体的な技術内容が本件明細書の「発明の詳細な説明」に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていなければならないところ,前記のとおり,それがない。
したがって,本件発明は,特許法36条4項1号の規定する要件を満たしておらず,本件特許は同法123条1項4号により無効とすべきであるところ,審決がこれを否定したのは誤りである。
3 取消事由3(明確性要件違反)
本件発明の特許請求の範囲に記載された「膨化した中身」及び「焼板状部」が具体的に何を意味するのかに関する審決の判断は,誤っている。
したがって,本件発明は,特許法36条6項2号の規定する要件を満たしておらず,本件特許は同法123条1項4号により無効とすべきであるところ,審決がこれを否定したのは誤りである。
第4被告の反論
被告は,原告主張の取消事由1ないし3を一括して,以下のとおり反論する。
1 原告らは,構成Cの文言,本件明細書の記載,及び出願経過より,切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がるだけでは,最中やサンドウイッチのような形状には膨化変形しない旨主張し,このことを無視した審決は誤りであると主張する。
しかし,構成Cの文言,本件明細書の記載,及び出願経過を見ても,「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」(以下単に「側周表面」という。)の切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がることで,最中やサンドウイッチのような形状に膨化変形することが記載されており,切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がることに加えて,何らかの変化がないと,最中やサンドウイッチのような形状に膨化変形することはないことは記載されていない。
本件明細書【0017】,【0018】段落には,側周表面に設けられた切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がると,自動的に最中やサンドウイッチのような形状に膨化変形することが記載されている。
以上のとおり,原告らの主張は失当である。
2 原告らは,構成Cの「最中」や「サンドウイッチ」には「片持ち」状態は含まれないとし,これを含むとする審決は誤りであると主張する。
しかし,片持ち状態のサンドウイッチも存在する。また,本件明細書【0027】段落には,「中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)」と記載されており,図2には,本件発明の第一実施例(切餅に適用した一実施例)を示す焼き上がり状態の斜視図として,片持ち状態に持ち上がる場合が示されている。本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,外部への噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの餅の噴き出しが抑制されるという作用効果が生ずるものであり,片持ち状態においても,かかる作用効果が生じるのであるから,最中やサンドウイッチに片持ち状態が含まれないとする根拠はない。出願経過を見ても,当初明細書においては,特許請求の範囲に,角形の切餅と丸形の丸餅が共に記載されていたこともあり,発明の詳細な説明において,焼き上げるに際して膨化した状態を表現するため,焼きはまぐり,サンドウイッチ又は最中との語を用いて説明しており,かつ,最中やサンドウイッチについても片持ち状態を含むと記載されていた。このような経緯を考慮すると,本件発明の特許請求の範囲の請求項1の構成Cの記載部分は,角形の切餅に関し,焼き上げるに際して,均等膨化したもの,及び,不均一に膨化したものの両者を含むものとして特定しているものと理解することができる。
したがって,構成Cの「最中」や「サンドウイッチ」には「片持ち」状態が含まれることが明らかである。
3 原告らは,「本件発明の特徴に「噴き出しを抑制すること」(すなわち噴出をしないこと)を主張しながら,「噴出部位の特定」を特徴とすることは相反する現象を兼ね備えていることであって矛盾している。」と主張する。
しかし,本件発明は,この切り込み部等を側周表面に設けることで,割れの契機となって,そこから割れ,上側が下側に対して持ち上がり,外部への噴出力が減少して,焼き網に付着するほどの膨化による噴き出しが抑制できるのである。上記の「噴出部位の特定」とは,この割れの契機となる切り込み部等のことを指しているにすぎず,焼き網に付着するほどの膨化による外部への噴き出しが生じる部位のことを指しているものではない。原告らの主張はその前提において誤っている。
4(1) 原告らは,構成Cの技術内容を具体的に裏付ける証拠がないと主張する。
しかし,本件発明は,切餅の側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が下側に対して持ち上がることにより,焼き網に付着するほどの膨化による外部への噴き出しの抑制等の作用効果が生ずるものである。被告実験1(甲24)は,本件発明において,側周表面に切り込み部を設けることによって,焼き上げるに際して切り込み部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウィッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することによって,膨化による噴き出しを抑制していることを明確に示しており,構成Cの技術内容を具体的に裏付けている。別の被告による実験(被告実験2)では,側周表面に切り込み部が設けられることによって,焼き上げた後の切餅の厚さが厚くなること,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの可能性がより低くなることが検証されており,構成Cの技術内容が具体的に裏付けられている。
また,切餅の側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がり,焼き網に付着するほどの膨化による噴き出しを抑制する等の作用効果を奏することは,同様の構成を有する切餅の商業的成功からも明らかであって,構成Cの技術内容が明確に裏付けられている。
(2) 原告らは,原告たいまつ食品株式会社(以下「原告たいまつ」という。)による原告実験1(甲3)から,側周表面に切り込み部を設けた切餅は,①70%の割合で噴き出しを防げなかった,②上方向への膨化が大きいことと横方向への噴き出しが抑制されることとは相関関係がない,として,側周表面に切り込み部を設けた切餅は膨化による噴き出しを防止できない旨主張している。
しかし,原告実験1は,切餅の側周表面に切り込み部のない切餅として原告たいまつ製造の切餅を,当該切り込み部のある切餅として被告製造の切餅を用いており,例えば,含有されている水分量が異なれば,膨化による突発噴き出しの量も異なるので,原告実験1では,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部のない切餅と,当該切り込み部のある切餅との作用効果を比較することはできない。また,原告たいまつが「軟化噴き出し」が生じているとする基準が適切ではない。同実験における,長辺と短辺,高さの測定方法が不明であるばかりか,そもそも長辺×短辺という2つの数値では,正確な面積ではないなど,その実験結果は信用できない。
(3) 原告らは,被告実験1において用いたマイコン制御のオーブントースターは,切餅の焼成試験に適さないと主張する。
しかし,オーブントースターがマイコン制御であるか非マイコン制御であるかによって,本件発明の作用効果に変わりはない。
(4) 原告らは,被告実験1に用いた切餅は,当該報告書に記載された条件の切餅ではなく,「いわば出来たてほやほや餅を直ちに焼いた」ものだと主張する。
しかし,原告らの主張は単なる邪推であって,何ら根拠のない批判である。また,餅質といった付帯条件は不要である。
原告らは,原告実験2(甲18)を根拠に,製造2か月後の切餅であると,側周表面に切り込み部を設けたか否かで,餅の中身が2cm以上噴き出す割合に差が見られず,当該切り込みが噴き出しを抑制していないと主張する。
しかし,同実験から理解されるのは,まず,原告たいまつ製造の切餅は膨化のしにくい切餅であることであり,他方で,同実験結果を見ても,側周表面に切り込み部を設けた切餅は,切り込み部の上側が下側に対して持ち上がっている様が示されているだけではなく,当該切り込み部のない切餅と比較しても,上下への膨化度合いが高い。側周表面に設けられた切り込み部によって,本件発明の作用効果が生じることを裏付ける結果である。
また,原告実験2(甲19)は,「老化が安定しておらずミセル化の弱い餅」を用いて,側周表面に切り込みを設けた餅と設けない餅をそれぞれ30個焼き上げた実験であるとするが,サンプル数も少なく,しかも,「噴出し」「有」とするものが,特に切り込みを設けた餅について後半に3つ連続していることから,信用できない。
(5) 原告らは,「横置き」で実験をした被告実験1の結果は妥当ではないと主張する。
しかし,実験で用いられたオーブントースターの説明書は,単なる図,いわば例示として「縦置き」となっているものであって,その他の説明文書を見ても「縦置き」することを要求されていない。
したがって,「横置き」で実験したとしても,何ら不当なことはない。
(6) 原告らは,被告実験1を検証した甲38から,噴き出しがあれば,膨化度も高いとして,上下方向に膨化することで,焼き網に付着するほどの膨化による外部への噴き出しは抑制できない旨主張する。
しかし,側周表面に切り込み部を設けた切餅において,焼き網に付着するほどの膨化による外部への噴き出しが生じてしまうのは,上下方向への膨化によっても吸収しきれない圧力が生じるためである。そのため,側周表面に切り込み部を設けた切餅において,焼き網に付着するほどの膨化による外部への噴き出しが生じる場合には,最大限まで上下方向に膨化するとともに,かかる膨化により吸収しきれない圧力が横方向に働き,面積が広くなることもあり得ることで,当該噴き出しが生じていない切餅と比較して,上下への膨化度合いが高いことはむしろ自然なことである。そのため,側周表面に切り込み部を設けた切餅において,当該噴き出しが生じたものと生じなかったものを比較しても無意味である。
むしろ,側周表面に切り込み部を設けた切餅と設けない切餅とを比較して,上下への膨化の度合いや面積を比較することで,本件発明の作用効果が生じることを見るべきである。実際に,被告実験1でも,被告実験2でも,側周表面に切り込み部を設けた切餅の高さは,切り込み部がない切餅の高さよりも高いが,その面積は逆に小さいという結果となっており,上下への膨化が大きいほど,横方向への噴き出す力は弱くなっていることが示されている。
5 原告らは,切餅の側周表面に切り込み部を設けることで,「完全に開いた焼きはまぐり」のようになってしまうことから,「最中やサンドウイッチのような形状になって,従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」という本件明細書の理論は現実には発生しない絵空事であると主張する。
しかし,かかる原告らの主張は,「最中」「サンドウイッチ」という形状に関する独自の解釈を前提とするものであって,これが誤りであることは,上記2で述べたとおりである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(発明未完成)について
(1) 本件明細書の記載
ア 本件明細書(甲23)には,餅の膨化による外部への噴き出し,及び餅の膨化変形に関して,概ね,以下のとおり記載されている。
従来,オーブントースターや電子レンジなどで餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然噴き出して下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多く(【0002】,【0003】),また,膨化による噴き出し部位も特定できず,膨化による噴き出しを制御することができなかった(【0005】)。
本件発明においては,切餅に切り込み部又は溝部(切り込み)を設けることにより,噴き出し位置を特定することができ,また,切り込みを長さを有するものとすることにより,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制できる(【0014】)。
切り込みを,周方向に連続して形成してほぼ環状としたり,側周表面に周方向に沿って形成したり,側周表面の少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して形成したりすることで,膨化によって,切り込みの上側が下側に対して持ち上がる。この持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い。)に自動的に膨化変形する(【0015】,【0017】~【0019】,【0027】)。
イ ①オーブントースターは,通常,上下方向から加熱するものであること(甲5,甲6の1~7),②餅を焼くと,餅の内部が軟化するとともに,餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化すること(甲1)は,いずれも技術常識である。このような技術常識を踏まえると,本件明細書の上記記載は,以下のように理解することができる。
オーブントースターで切餅を焼く場合,上下方向から加熱されるため,切餅の平坦上面及び載置底面は固化が進む(その結果,切餅の上下に焼板状部が形成される。)。一方,側周表面は遅れて固化すると考えられる。また,切餅の内部が軟化するとともに,切餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,切餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化する。その圧力が一定程度まで高くなると,その圧力に耐えられなくなった切餅の不特定の部位から,突然,内部の水蒸気等が外部へ噴き出すとともに,その噴出力(噴出圧)が相当程度大きい場合には,内部の軟化した餅も外部へ噴き出して下方へ流れ落ち,焼き網に付着することになる。
本件発明は,切餅の側周表面に所定の切り込みを設けたものであるが,このような切り込みは,切餅の内部空間を囲む餅の外側部分(固化する部分)の厚みを小さくするものであり,また,側周表面は,平坦上面及び載置底面と比べて固化が遅いことから,切り込みが存在する部分の強度は,その他の部分と比べて低いと考えられる。
このような相対的に強度が低い部分(切り込みが存在する部分)では,一定程度の圧力がかかると,噴き出しが生じやすいといえる。すなわち,切り込みを設けることにより,噴き出し位置を特定することができる。また,その際,切り込みを長さを有するものとすれば,噴き出しの生じる部分の面積を大きくすることが可能であり,それにより,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,内部の水蒸気等が外部へ噴き出したり,あるいは,さらに内部の軟化した餅も外部へ噴き出したりするとしても,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しは抑制できる。
また,相対的に強度が低い部分(切り込みが存在する部分)は,一定程度の圧力がかかると,変形して伸びやすいともいえる。切餅の内部空間の圧力は,切り込みが存在する部分に限らず,全方向,例えば上下方向にもかかるから,切り込みが存在する部分が変形して伸びることにより,切り込みの上側が下側に対して持ち上がることになる。その持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態(上下の焼板状部が平行に近い対称な状態で持ち上がる場合もあるが,非平行な片持ち状態に持ち上がる場合も多い。)に自動的に膨化変形する。
このような膨化変形によれば,切餅の内部空間の体積は大きくなり,その分だけ圧力が高くなるのを抑えられること,また,それにより,膨化による噴出力(噴出圧)が大きくなるのも抑えられることは明らかであるから,上記のように膨化変形することでも,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できることは,当業者にとって明らかといえる。
ウ 以上によれば,本件発明における「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」について,以下のとおり認めることができる。
側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼くと,切餅の内部が軟化するとともに,切餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,切餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化するが,その圧力によって切り込みが存在する部分が変形して伸びることにより,切り込みの上側が下側に対して持ち上がる。その持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い。以下同じ。)に自動的に膨化変形する。切餅の側周表面に所定の切り込みを設けたことにより,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,上記切り込みを設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制できるが,上記のように膨化変形することでも,膨化による噴出力(噴出圧)が大きくなるのを抑えられるため,上記切り込みを設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できる。
(2) 試験結果について
ア 原告実験1における「包装餅焼き試験結果報告書」(甲3)は,「膨化比較試験一覧」及び添付の写真(甲2)に基づく分析報告書である。包装餅焼き試験は,被告製造のスリット(切り込み)のある餅と,原告たいまつ製造のスリットのない餅を,オーブントースターで焼き,餅の状態等を確認したものであり,添付の写真は,その焼いた餅を撮影したものである。
原告実験3における「噴出し確認テスト」(甲8)は,被告製造のスリットのある餅と,原告たいまつ製造のスリットのない餅を,オーブントースターで焼き,餅の噴き出しの有無を確認したものであり,また,原告実験2における「スリット有無による噴出し確認テスト」(甲18)は,原告たいまつ製造のスリットのない餅と,同餅の側面にスリットを入れた餅を,オーブントースターで焼き,餅の噴き出しの有無を確認したものである。各実験においてそれぞれに示される写真は,その焼いた餅を撮影したものである。
これらの写真によれば,側面にスリットのある餅では,そのほとんどが,スリット部分(赤い線が引かれている部分)で上下に割れていることが認められる。
以上によれば,側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼くことにより,切り込みの部分で上下に割れる,すなわち,切り込みの上側が下側に対して持ち上がることが認められる。
イ 原告実験1(甲3)には,オーブントースターで焼いた餅の形状について,側面にスリットのある餅では,「サンドウイッチ/もなか」,「適正 片持ちはまぐり」,「許容 片持ちはまぐり」と評価されたものが,全体の74%(4%+27%+43%)であることが示されている(「①-2形状(その2 全体評価結果)」)。
同実験では,「片持ちはまぐり」とは,切餅の側面四方のうち,片方の側面が持ち上がらず,反対の側面から膨化する現象を意味し,その解放角度により,「適正」(0~30度),「許容」(31~60度),「異常」(61度以上)と判断される。
そうすると,上記結果は,原告らの評価を前提としても,側面にスリットのある餅のうち,少なくとも74%が,本件発明でいう,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態と評価されたことを示すものといえる。
また,各原告実験において示される写真によれば,側面にスリットのある餅では,その多くが,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形していると認められる。
各実験において,一部の餅には,膨化の程度が大きすぎる等,形状に異常がみられるものもあるが,このような異常は,餅の状態にバラツキがあり,餅によっては,オーブントースターで焼く際の条件(熱源に対する餅の位置,温度,時間等)が一定でなかったために生じたものと考えられる。オーブントースターで餅を焼く際に,様子を見ながら条件を調節することは,通常のことであり(甲6の1「調理時間の目安」,「使い方 タイマー調理機能 つづき」,甲6の2「4調理のポイント」),それにより,上記のような異常が生じないように餅を焼くことができることは技術上明らかである。一部の餅に,上記のような異常がみられるとしても,オーブントースターで餅を焼けば,通常は,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することが最も一般的であると考えられる。
ウ 上記イのように所定の状態に膨化変形することでも,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できることが当業者にとって明らかであることは,上記(1)イに判示したとおりである。
そして,実際に,側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼く場合,上記切り込みを設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制できることは,以下のとおりである。
(ア) 被告実験1における「切餅に付す側面切り込みの有無による効果を比較した試験結果」(甲24)は,被告製造の市販用製品である切餅(切り込みなし)と,同切餅の側面の全周に切り込みを一本入れた切餅を,マイコン制御の「ET-RU25」型オーブントースターで焼き,切餅の膨化量と,切餅の平坦上面及び載置底面から見た投影面積を測定したものであり,そこに示される写真は,その焼いた切餅を撮影したものである。
焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しは,上記(1)イのとおり,その噴出力(噴出圧)が相当程度大きいために生じるものであるから,その大きな噴出力(噴出圧)による噴き出しの一つの目安として,平坦上面及び載置底面の写真のいずれかに,餅の辺部分(角とみえる部分を結んだ直線)から2cm以上の飛び出しがみられるものについて,その個数を数えると,切り込みを入れた切餅では21個,切り込みのない切餅では51個である(審決の示すとおりである。)。この結果によれば,切り込みを入れた切餅のほうが,切り込みのない切餅よりも,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しが抑制されると認められる。
(イ) 被告実験2における「「サトウの切り餅」の側周表面に2本の切り込みを付した比較試験報告書」(乙16)は,市販されている側面切り込みのない「サトウの切り餅」と,同切り餅の長辺側面に平行する切り込みを2本入れた切餅を,非マイコン制御の「NT-T40」型オーブントースターで焼き,切餅の膨化量と,切餅の平坦上面及び載置底面から見た投影面積を測定したものである。また,平坦上面及び載置底面の写真のいずれかに,焼き上げ後の切餅の辺部分(角とみえる部分を結んだ直線)から2cm以上の飛び出しがみられるものの個数を数えるとともに,実際に側面からの噴き出しが焼き網に付着しているものの個数を数えたものである。そこに示される写真は,その焼いた切餅を撮影したものである。
同実験では,平坦上面及び載置底面の写真のいずれかに,焼き上げ後の切餅の辺部分(角とみえる部分を結んだ直線)から2cm以上の飛び出しがみられるものの個数が,切り込みを入れた切餅では9個,切り込みのない切餅では18個であること,また,実際に側面からの噴き出しが焼き網に付着しているものの個数が,切り込みを入れた切餅では12個,切り込みのない切餅では39個であることが示されている。これらの結果によれば,切り込みを入れた切餅のほうが,切り込みのない切餅よりも,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しが抑制されると認められる。
(3) まとめ
以上のとおりであるから,側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼くことにより,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形」し,そのような状態に膨化変形することで「膨化による外部への噴き出しを抑制する」ことができるといえる。
したがって,本件発明の技術内容は,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているといえる。
よって,本件発明が未完成で,特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当しないものということはできない。
(4) 原告らの主張について
ア 原告らは,審決は,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」との要件を無視し,単に,切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,切餅の内部に空洞ができることを,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」ことと解釈しているが,このような解釈は,「最中やサンドウイッチのような状態」を単なる「膨化」の修飾語的な意味にしか捉えておらず,誤りであると主張する。
しかし,本件明細書の記載によれば,上記(1)ウのとおり,切り込みの上側が下側に対して持ち上がることにより,自動的に,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形するものであるから,審決の解釈が誤りであるとはいえず,原告らの主張は採用できない。
イ 原告らは,「片持ち形状」は,本件発明における「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは別の概念であることなどを根拠として,本件発明においては,例えば,対向2側面切り込みの場合は,2側面両方の上側が持ち上がらなければならず,2側面のうちの1側面のみの上側が持ち上がる「片持ち状態」は,本件発明には属さないと主張する。
しかし,本件発明は,特許請求の範囲の記載からみて,全ての上側(例えば,対向2側面切り込みの場合は,2側面両方の上側)が持ち上がることを要件としているとはいえず,「前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上が」れば足りると解される。しかも,本件明細書には,「最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり」(【0027】)と記載されており,これらに基づく技術解釈は前記(1)イのとおりであるから,本件発明における「最中やサンドウィッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」に,「片持ち状態」も含まれることは明らかであり,原告らの主張は採用できない。
ウ 原告らは,「片持ち状態」に焼き上がった餅では,「均一な焼き上がり」,「食べ易く,美味しい焼き上がり」という作用効果目的を達成できないと主張する。
しかし,上記イのとおり,本件発明における「最中やサンドウィッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」には,「片持ち状態」も含まれ,このような状態に自動的に膨化変形した餅は,「従来にない非常に食べ易く,食欲をそそり,美味しく食することができる」焼き上がり形状となり,また,「ほぼ均一に焼き上げる」ことが可能となるものとされる(本件明細書【0018】)。本件発明の奏する上記の作用効果を否定すべき根拠はなく,原告らの主張は採用できない。
エ 原告らは,側面に切り込み部があるなしにかかわらず,餅を焼けば,そのほとんどが「片持ち状態」になることは,本件特許の出願時においても公知の事実であるが,特許請求の範囲の解釈上,公知の事実は除外すべきであるので,「片持ち状態」の膨化変形は,本件発明の対象外であると主張する。
しかし,側周表面に所定の切り込みが設けられていない切餅は,焼いたときに「片持ち状態」になる場合があるとしても,切り込みが設けられていない以上,本件発明に含まれないことは明らかである。膨化変形の状態のみを取り上げて,本件発明から除外すべき理由はないから,原告らの主張は採用できない。
オ 原告らは,本件明細書の記載からみて,例えば,蝶番部の開口が約60度を超えるようなものは「最中やサンドウイッチのような状態」には含まれないと主張する。
しかし,側周表面に所定の切り込みを設けた切餅を複数個焼いた場合に,その一部の餅に,原告らが主張するような,形状に異常がみられるものがあるとしても,そのことにより,本件発明の技術内容が,当業者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていないということはできない。
カ 原告らは,審決は,スリット(切り込み)により餅の中身の噴き出し部位を特定することによって,噴き出しを抑制するという,矛盾した本件明細書の記載をそのまま本件発明の課題と目的として認定し,これを基礎にしてスリットの有無による膨化の問題を判断していると主張する。
しかし,本件明細書には,「即ち,従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設けていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ,しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり,短くても数箇所設けることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」(【0014】)と記載されている。
この記載によれば,「切り込みを設けることにより,噴き出し位置を特定できる」という場合における「噴き出し」は,その切り込みが所定の長さを有するものであるため,膨化による噴出力(噴出圧)が小さいものであり,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しとは異なるものであることが理解できる。このような「噴き出し」が,餅内部の水蒸気等が噴き出すものや,このような水蒸気等の噴き出しとともに,内部の軟化した餅もわずかに噴き出すものであることは,当業者にとって明らかである(上記(1)イ)。
これに対して,本件発明において「噴き出しを抑制する」という場合における「噴き出し」が,「焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出し」であることは,上記(1)ウ認定のとおりであり,また,本件明細書の上記記載からも明らかである。
以上のとおりであるから,本件明細書の記載には,原告らが主張するような矛盾はない。
キ 原告らは,原告実験1(甲3,12)によれば,噴き出しを防ぐことができない(すなわち,噴き出しが生じる)頻度は,スリット餅で70%,スリット無し餅で84%であり,スリット餅では,70%もの割合で噴き出しを防ぐことができなかったから,スリットは,噴き出しの抑制に役立たないと主張する。
しかし,同実験は,切り込みを設けた餅として被告製造の餅を用いる一方,切り込みを設けない餅として原告たいまつ製造の餅を用いるものである。製造元が異なれば,通常,その製造された餅の特性も異なるから,このような異なる特性の餅を比較しても,切り込みを設けたことによる作用効果の有無を評価することができないことは明らかである。原告らの主張は,前提において失当である。このことは,原告実験3(甲8)についても同様である(なお,仮に原告らの主張を前提にしても,切り込みを設けた餅のほうが,切り込みを設けない餅よりも,噴き出しが生じる頻度は低くなっているから,切り込みが噴き出しの抑制に役立たないとはいえない。)。
ク 原告らは,原告実験2において,ミセル化の弱い餅(製造直後の餅。甲19)であっても,ミセル化の強い餅(製造2か月後の餅。甲18)であっても,スリットの有無で,噴き出しの発生数(発生率)に差異はないと主張する。
しかし,甲19の実験は,製造直後の餅を用いるものであるが,一般に市販されている切餅は,通常,製造から一定程度の期間が経過したものである(甲15)から,製造直後の餅を用いる甲19の実験の結果により,通常の切餅における切り込みの有無による噴き出しの発生数(発生率)の差異について評価することは,相当でない。しかも,甲18の実験でも,わずかではあるが,切り込みを設けた餅のほうが,切り込みを設けない餅よりも,噴き出しの発生数(発生率)は低くなっているから,差異がないとはいえない。
ケ 原告らは,被告実験1(甲24)に使用されたマイコン制御の「ET-RU25」型オーブントースターは,一般のオーブントースターとは異なる特殊なものであり,切餅の焼成試験には適さないと主張する。
しかし,本件明細書には,オーブントースターで切餅を焼くことが記載されている(【0003】,【0022】)ところ,オーブントースターとして,マイコン制御のものも非マイコン制御のものも,いずれも市販されている通常のものであり(甲6の1~7),また,マイコン制御の「ET-RU25」型オーブントースター(甲6の1)でも,切餅を焼くことが予定されているから,同オーブントースターが,一般のオーブントースターとは異なる特殊なものであるということはできない。
コ 原告らは,①被告実験1では,切餅を横置きにしているが,オーブントースター説明書(甲6の1)の図面では,餅は縦置きになっており,切餅を縦置きすることが求められていることは明らかであり,他の機種の説明書(甲5,甲6の2~7)にも,縦置きを求める図面が提示されていることが多いから,横置きは一般的とはいえず,また,縦置きと横置きとでは,焼き上がり具合が異なること,②同実験では,切餅の置き位置についての説明がないが,置き位置によって切餅の焼成の具合は変わること,を根拠として,同実験結果が妥当なものではないと主張する。
しかし,甲6の1の説明書には,「使い方 タイマー調理機能」の欄に,一般的な説明として「調理物を焼き網の中央に均等に載せる」と記載されており,その上で,「使い方 タイマー調理機能 つづき」の欄に,「もちを焼く場合」について,「市販のパックもちの置き方」として,4個の場合について縦置きすることが図示されている一方,甲6の3の説明書には,「使い方」の欄に,「焼き網の中央に置く」と記載されており,その上で,「パックもち4個の場合」について,2列に横置きするものが示されているから,切餅を焼く場合に,必ずしも,縦置きすることが求められているとはいえず,横置きが一般的ではないともいえない。
しかも,いずれの説明書にも,被告実験1のように2個の切餅を置く場合については,記載がない。オーブントースターの焼き網に2個の切餅を置く場合,縦置きとするか,横置きとするかは,切餅の大きさと焼き網の大きさ等を考慮して,焼く者が適宜決定する事項と解される。
したがって,原告ら主張の事項を根拠として,同実験結果が妥当でないということはできない。
サ 原告らは,切餅は杵つき餅が主流であるところ,杵つき餅はほとんど焼きダレが生じないから,焼きダレが発生するミキサー餅や練り出しで作られた餅に限定しなければ,本件発明は完成していないと主張する。
しかし,杵つき餅でも,一定程度の割合で,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しが生じることは,被告実験1及び2の実験結果からも明らかである。原告らの主張は,前提において失当である。
なお,杵つき餅が,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しが生じる可能性が低いとしても,側周表面に所定の切り込みを設けることにより,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制することができないわけではない。
したがって,原告らの主張は採用できない。
(5) 小括
以上によれば,原告ら主張の取消事由1には理由がない。
2 取消事由2(実施可能要件違反)について
原告らは,本件発明において,スリットが餅の膨化に伴う噴き出しの抑制に寄与するというためには,その具体的な技術内容が,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていなければならないところ,取消事由1について縷々述べたところから明らかなように,当該技術内容は記載されていないと主張する。
しかし,取消事由1について判示したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないということはできないから,原告ら主張の取消事由2には理由がない。
3 取消事由3(明確性要件違反)について
原告らは,本件発明の特許請求の範囲に記載された「膨化した中身」及び「焼板状部」が,具体的に何を意味するのか不明であると主張する。
しかし,取消事由1について判示したとおり,「膨化した中身」が,切餅内部の軟化した餅と,切餅の内部に含まれる水分が蒸発した水蒸気等で形成された,内部空間を有する部分であること,また,「焼板状部」が,オーブントースターで切餅を焼くことで,切餅の平坦上面及び載置底面で固化が進んだ結果,切餅の上下に形成される部分であることは,明らかであるから,原告ら主張の取消事由3には理由がない。
第6結論
以上によれば,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。よって,原告らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)