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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10070号 判決 2014年2月26日

原告

新シコー科技株式会社

原告

思考電機(上海)有限公司

上記両名訴訟代理人弁護士

根井真

上記両名訴訟代理人弁理士

佐野惣一郎

被告

特許庁長官

指定代理人

神悦彦

北川清伸

稲葉和生

山田和彦

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2011-12018号事件について平成24年10月22日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告らは,平成22年6月11日,発明の名称を「レンズ駆動装置」とする特許出願(甲4。特願2010―133971号)をした。これは,特願2005―328433号(出願日:平成17年11月14日。以下,同出願を「原出願」と,同出願に係る明細書(甲24)を「原明細書」という。また,原出願に係る特許請求の範囲の請求項1ないし5の発明を総称して,「原出願発明」という。)を原出願とする分割出願である(甲3,4,24)。

特許庁は,平成23年1月26日付けで拒絶査定をしたため,原告らは,同年6月7日,これに対する不服の審判を請求した(甲5)。

(2)  特許庁は,これを不服2011-12018号事件として審理し,平成24年10月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年11月13日,原告らに送達された。

(3)  原告らは,平成25年3月13日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2  特許請求の範囲の記載

本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載(平成24年9月12日付け手続補正書(甲12)による補正後のもの。同補正後の請求項の数2)は,次のとおりである。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲4,6,12)を,図面を含めて「本願明細書」という。「外周にコイルを配置し,レンズの光軸方向に移動するキャリアと,

平面視による四角形状のベースと,

前記ベースの四角形の各辺部の内側に位置し,前記ベースの各角部に対応する位置に形成された平面視による複数の円弧状壁部,前記ベースの四角形の各辺部に対応する位置に形成された直線状の上辺,下辺及び両側辺を有する外側周壁と,前記外側周壁に囲まれ平面視による円形状の開口部を備えていて,前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁とが互いに間隔を空けて配置され,前記ベースの各角部に対応する位置に形成された前記円弧状壁部からなる前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔よりも,前記複数の円弧状壁部間に設けられた前記上辺,下辺及び両側辺に位置する前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔の方が狭いヨークと,

前記ヨークの外側周壁と開口部の周縁との間で,前記ベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置され,前記円弧状壁部の内周側面に配置される平面視による円弧状のマグネットと,を備え,

前記外側周壁の前記直線状の上辺,下辺及び両側辺の外周側を,それぞれ対応する前記ベースの四角形の各辺部に近接させて,前記ヨークが前記ベースに装着されていることを特徴とするレンズ駆動装置。」

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりであり,要するに,本願発明は,原出願の一部を新たな特許出願としたものであるとすることはできないから,本願の出願日は遡及せず,実際の出願日である平成22年6月11日と認められるところ,本願発明は,引用例である後記アの甲1に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び後記イの甲2に記載された周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

ア 甲1:特開2008-58659号公報

イ 甲2:特開2007-121853号公報

(2)  本願の出願日についての本件審決の判断の要旨

ア 本願発明は,ヨークに関して「ベースの各角部に対応する位置に形成された前記円弧状壁部からなる前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔」(以下「特定事項B」という。)及び「複数の円弧状壁部間に設けられた前記上辺,下辺及び両側辺に位置する前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔」(以下「特定事項A」という。)という発明特定事項並びにこれらの特定事項により規定される「前記ベースの各角部に対応する位置に形成された前記円弧状壁部からなる前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔よりも,前記複数の円弧状壁部間に設けられた前記上辺,下辺及び両側辺に位置する前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔の方が狭いヨーク」という発明特定事項(以下「特定事項C」という。)を有する。

イ 特定事項Aを直接的に記載した箇所は原明細書には見当たらないが,特定事項Aに関連した記載として「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔(図9に示すC)よりもベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔(図9に示すD)を狭くでき」(段落【0039】)の記載がある。

特定事項Bについても直接的に記載した箇所は見当たらない。特定事項Bのうちの「ベースの各角部に対応する位置に形成された前記円弧状壁部からなる前記外側周壁の内周側面と…との間の間隔」に関しては,「ベース角部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔」(段落【0006】【0011】),「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(図2及び図5に示すB)」(段落【0029】),「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔(図9に示すC)」(段落【0037】~【0040】)のそれぞれの記載が認められる。

ウ 上記各摘記事項を参酌すれば,原明細書が外側周壁と内側周壁の間にコイルを配置する構造のヨークを前提としたものであり,内側周壁のない構造のヨークを示唆する記載はない。

図5からは,外側周壁3aと内側周壁3bでマグネット13を挟んでいるようすが見て取れる。

上記検討箇所には,「ベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔」という記載があるものの,この第3実施例においても「ベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔」と対応するのは,「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔(図9に示すC)」であって,やはり内側周壁の存在が前提とされている。

特定事項Bの「円弧状壁部からなる前記外側周壁」という構成から明らかなとおり,本願発明は第1実施例を前提とするものであるが,第1実施例は「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔」と「ベース辺部5eに位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔」の関係を規定するものであって,「外側周壁」と「開口部の周縁との間の間隔」との関係を規定するものではない。

以上の事項を総合的に判断すれば,原明細書には,少なくとも特定事項Bに関する記載や示唆はなく,特定事項Aと特定事項Bを対応させるという技術思想が記載されているということはできない。また,それらの事項によって特定される特定事項Cについても,同様である。

エ 以上によれば,本願は,原出願の一部を新たな特許出願としたものであるとすることはできないから,本願の出願日は遡及せず,実際の出願日である平成22年6月11日と認める。

4  取消事由

本願出願日の認定の誤り

第3当事者の主張

1  原告らの主張

(1)  原明細書における内側周壁のない構造のヨークの開示について

ア 本件審決は,原明細書には内側周壁のない構造のヨークを示唆する記載がないとする。しかし,原明細書から発明を抽出する際に,何を構成要件とするかは出願人が定めるものであり,本願発明は,原明細書に記載された一部の事項を除いて発明を抽出したものである。本願発明におけるヨークは,外側周壁3aと開口部4とを主な構成要件とするが,出願人である原告らは,内側周壁を構成要件として抽出していない。したがって,原明細書に内側周壁が記載されているからといって,分割出願の際に,その内側周壁を発明の構成要件として必ず記載しなければならないものではない。本願発明は,原明細書に記載された発明と同一の目的(ベース外形寸法を小さくして装置の小型化を図ることができるレンズ駆動装置を得る。)を有し,同一の効果(①外側周壁をベースの辺部(四角形の一辺)と略同一位置になるようにヨークをベースに装着することにより,マグネットの厚み分だけ平面視におけるベースの外形寸法を小さくでき,レンズ駆動装置の小型化を図ることができる,②ヨークの平坦状壁部とベースの辺部とが略一致するので,ヨークの外側周壁全体を円環状にする場合に比べてベースの角部におけるデッドスペースを小さくできる,③レンズ駆動装置に隣接して周辺機器を配置した場合に,円弧状壁部又は角部の内周側に設けたマグネットと周辺機器との距離を離すことができ,マグネットの磁界による周辺機器への影響を小さくできる。)を奏するから,内側周壁がない場合でも原明細書に記載された発明と同様の効果を奏することができる。

イ 原明細書(甲24)の段落【0039】【0040】及び図9には,第3実施の形態としてマグネット13が対向する開口部4の縁4aに内側壁3gを形成することが記載されており,原明細書の段落【0022】には,ヨーク3は円環状の内側周壁3bと平面視円形状の開口部4を有することが記載されている。また,段落【0045】には,マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに内側壁3gを形成してもよいことが記載されており,内側周壁3bの存在が前提とされていない。そして,原明細書の図2には,開口部4の縁4aの符号が付されているから,開口部の縁と外側周壁の内周側面との間隔を特定することは可能であることからすると,特定事項Aが記載されているということができる。

また,原明細書の図2に開口部4の縁4aの符号が付されているから,内側周壁3bの有無にかかわらず,どこが縁か明確であり,開口部の縁4aの構成は明らかであるから,図2に示す円弧状壁部3dの内周側面と開口部の縁4aとの間隔を規定する符号が記載されていないだけで,特定事項Bに係る構成は記載されているということができる。

そして,特定事項Aの方が特定事項Bよりも狭いことは,図2により明らかであるから,特定事項Cも記載されているということができる。

したがって,原明細書には,開口部4の縁と外周側壁3aとの間の間隔を規定する特定事項A,特定事項B及び特定事項Cが記載されているということができる。

ウ 原明細書に記載されたレンズ駆動装置は,オートフォーカスを実現するためにレンズを保持して前後に移動する円筒形状のキャリア7を有しており,その中をキャリア7が移動するようにした平面視円形状の開口部4を有するヨーク3を備えているところ,ヨーク3は平面視略四角形状のベース5に装着されている。ヨーク3は,外側周壁3aを有するとともに,開口部4の周縁4aが形成され,当該周縁4aに沿って開口部4の外側に内側周壁3bが立ち上がる形状とされている。外側周壁3a内に円形状の開口部4が位置するから,必然的に外側周壁と開口部の周縁の間には所定の間隔が存在している。本願発明は,このヨーク3の外側周壁3aと周縁4aの間隔について,ベース5の角部と辺部における関係について着目した発明である。原明細書の段落【0029】には,「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(図2及び図5に示すB)よりもベース辺部5eに位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(図2及び図5に示すA)を狭くしている」と記載され,また,段落【0039】には,「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔(図9に示すC)よりもベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔(図9に示すD)を狭くでき,」と記載されている。

本願発明は,外側周壁3aの形状が「ベースの各角部に対応する位置に形成された円弧状壁部」であると特定する(特定事項B)ものであるところ,当該構成が原明細書の図2に図示された実施例に基づいて特定されたことは明らかである。また,原明細書の段落【0045】には,「第1実施形態及び第2実施の形態ではヨーク3の内側周壁3aを円環状に設けているが,これに限定されず,マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに内側周壁3gを形成しても良い。」とされ,図9の開口部4の縁4aの構成が図2に適用できることが記載されているから,図2の「A」で示された外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔部分の構成は,図9の「D」で示された外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔部分の構成に相当するということができる。

したがって,間隔「A」と間隔「B」の関係については,内側壁3gの内側に周縁4aがあることからすると,特定事項Bに相当するベース角部に位置する外側周壁3aと円形状の開口部4の周縁4aとの間に何らかの間隔が存在するのは必然であるところ,その間隔は,図9における「C」の間隔に,内側壁3gの厚み分を加算したものになることは明らかである。しかも,原明細書において,ベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔「D」は,ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔,すなわち「C」(「B」)よりも小さいとされているから,「C」(「B」)の間隔に内側壁3gの厚み分を加えた間隔である,特定事項Bに相当するベース角部に位置する外側周壁3aと開口部4の周縁4aとの間隔よりも,特定事項Aに相当するベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔が特定事項Cで特定したように狭いことは,原明細書において一義的に明らかであるというべきである。

エ 以上によれば,原明細書において,特定事項A,特定事項B及び特定事項Cの構成が開示されているということができる。

(2)  内側周壁のない構造のヨークに係る構成に係る示唆について

ア レンズ駆動装置は,ヨークの有無に関し,①ヨークを有しない構成,②外側周壁のみを有するヨークの構成,③外側周壁及び内側周壁を有する構成のいずれかに分類される。

このうち,外側周壁及び内側周壁を有する構成は,磁束密度B及び電磁力Fを安定させる効果を有するメリットがあるが,この構成を実現するためには,内側周壁の厚さや,外側周壁とコイルとの間隔分が寸法上余計に必要であり,また,内側周壁や内側壁を形成するにはその分余計な加工をする必要がある。そこで,従来,当業者は,常に磁気回路上のメリットと,小型化及びコストアップに代表されるデメリットとを比較して,内側周壁や内側壁を設けるか否かを選択し,レンズ駆動装置を設計しているものである。すなわち,当業者は,内側周壁や内側壁の有無を含めて,ヨークの設計を自由に行うことが可能である。

周知技術に関する技術文献(甲15~19。以下,順次「先行技術1」ないし「先行技術5」という。)によれば,原出願の出願時の技術水準において,内側周壁がないヨークは周知技術であるということができる。また,周知技術に関する技術文献(甲20~23。以下,順次「先行技術6」ないし「先行技術9」という。)によれば,原出願の出願時の技術水準において,内側周壁がなく,かつ,開口部が形成されているヨークは周知技術であるということができる。

そうすると,原明細書を見た当業者は,内側周壁や内側壁のないヨークについて直接の記載がないとしても,当該事項が記載されているのと同然であると理解することができる。

また,原出願の出願時の技術水準において,内側周壁がないヨークは周知技術である以上,原明細書に触れた当業者は,内側周壁のないヨークを構成要件とする本願発明を正確に理解し,かつ容易に実施することが可能である。

イ したがって,原出願の出願時の技術水準において,当業者にとって内側周壁や内側壁の有無を含めてヨークの設計は自由に行うことができ,原明細書を見た当業者は内側周壁や内側壁のないヨークについても理解することができることは明らかであって,本件審決の認定は誤りである。

(3)  以上によれば,本願発明は,原出願の一部を新たな特許出願としたものであるから,出願日は原出願の出願日である平成17年11月14日に遡及するものであって,甲1は,本願発明の出願前に頒布された刊行物ということはできない。

したがって,当業者が,引用発明及び周知技術に基づいて,本願発明を容易に想到し得るとした本件審決の判断は誤りである。

2  被告の主張

(1)  原明細書における内側周壁のない構造のヨークの開示について

ア 原明細書の記載から把握される技術的思想は,「ヨークが円筒状の内壁と外壁を持つ上面部が閉じたコの字形の円筒形状である」ことを前提としたレンズ駆動装置における装置の小型化を解決課題とし,その手段として,「マグネットを外側周壁と内側周壁との間で且つベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔よりも,ベース辺部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔を狭く」する構成を採用するものである。

また,「ヨークが円筒状の内壁と外壁を持つ上面部が閉じたコの字形の円筒形状である」ことを前提としたレンズ駆動装置は,ヨークをコ字状に構成することにより磁束密度を大きくできる反面,内壁の厚さが寸法上余計に必要であるから,小型化とは互いにトレードオフ(背反)の関係にある。すなわち,原明細書に記載された発明は,「ヨークが円筒状の内壁と外壁を持つ上面部が閉じたコの字形の円筒形状である」ことを前提としたレンズ駆動装置であるから,単純に内側周壁をなくすことによって装置の小型化を図るという手段は取り得ないものである。原明細書には内側周壁を省略することに関する記載は一切なく,内側周壁の技術的意義も上記のとおりであるから,原明細書に記載された発明及び記載事項から把握される技術的思想がコの字形のヨークを採用したレンズ駆動装置の小型化を図るものであることは明らかである。

したがって,原明細書にはヨークの内側周壁を有しないレンズ駆動装置の小型化を図るという技術的思想は包含されていないというべきである。

イ 本願発明が原明細書に包含されるか否かは,原明細書の記載に基づいて定められるべきものである。ヨークに内側周壁が存在することと,ヨークの開口部に周縁が存在することとは別の問題である。

したがって,仮に,開口部に円形の周縁が存在することと,当該周縁と外側周壁との間に間隔が存在することが,原明細書に記載されていたとしても,原明細書に本願発明が開示されていると直ちに判断することはできない。

ウ 原明細書の段落【0022】に,「ヨーク3はベース5の内側に位置し且つ互いに間隔を開けて配置された外側周壁3aと円環状の内側周壁3bとキャリア7が移動する平面視円形状の開口部4とを有し,外側周壁3aは平面視略四角形状である。」と記載されていることからも明らかなとおり,円形の周縁を有する開口部はキャリアが移動するためのものであって,外周壁との関係において記載されているわけではない。外側周壁と間隔を開けて配置されているのは開口部の周縁ではなく,円環状の内側周壁である。

そうすると,ヨークの外側周壁と開口部の周縁との関係について特定した本願発明は,原明細書に包含されたものではないというべきである。原明細書の第3実施の形態においても,「ベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔」と比較されるのは,「ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔(図9に示すC)」であって,内側周壁の存在が前提とされているから,当該形態においても,ヨークの内側周壁がないレンズ駆動装置の小型化を図るという技術的思想は開示されていない。

したがって,原明細書に特定事項A,特定事項B及び特定事項Cに関する記載や示唆がないとした本件審決の認定に誤りはない。

(2)  内側周壁のない構造のヨークに係る構成に係る示唆について

レンズ駆動装置において,①ヨークを有しない構成,②外側周壁のみを有するヨークの構成,③外側周壁及び内側周壁を有する構成のいずれもが周知の構成であったとしても,原明細書には開示されていなかった構成を付加し,新たな技術的思想が含まれる本願発明を分割出願することは,特許法が前提とする先願主義及び書面主義に反し,許されるものではない。

したがって,上記各構成が原出願の出願時において周知技術であることをもって,原明細書に直接の記載がなくても,原明細書を見た当業者にとっては記載されているのと同然である旨の原告らの主張は誤りである。

(3)  以上によれば,本願は,原出願の一部を新たな特許出願としたものであるとすることはできないとした本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

本願発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲4,6)には,おおむね次の記載がある(図面については,別紙1の本願明細書図面目録を参照。)。

(1)  技術分野

本発明は,レンズ駆動装置に関する(甲4の段落【0001】。以下記載のない段落引用は甲4による。)。

(2)  背景技術

特開2004-280031号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)には,略筒状を成すヨークと,ヨークが装着されるベースと,レンズを保持するキャリアと,コイルと,マグネットとを備え,コイルに電流を流すことでキャリアがレンズの光軸方向に移動する技術が開示されている。係るレンズ駆動装置ではヨークが内側周壁と外側周壁とを互いに間隔を開けて配置しており,内側周壁と外側周壁との間に周方向にリング状のマグネットを配置している(段落【0002】【0003】)。

(3)  発明が解決しようとする課題

しかし,乙1公報に記載された従来技術では,内側周壁と外側周壁との間にリング状のマグネットを配置しているので,周方向の全体に渡って内側周壁と外側周壁との間隔をマグネットの厚み分以上とる必要があり,ベースの外形寸法も大きくなってレンズ駆動装置の小型化を図り難いという問題があった(段落【0004】)。

本発明は,ベースの外形寸法を小さくして装置の小型化を図ることができるレンズ駆動装置を得ることを目的とする(段落【0005】)。

(4)  課題を解決するための手段

本発明のレンズ駆動装置は,外周にコイルを配置し,レンズの光軸方向に移動するキャリアと,平面視による四角形状のベースと,前記ベースの四角形の各辺部の内側に位置し,前記ベースの各角部に対応する位置に形成された平面視による複数の円弧状壁部,前記ベースの四角形の各辺部に対応する位置に形成された直線状の上辺,下辺及び両側辺を有する外側周壁と,前記外側周壁に囲まれ平面視による円形状の開口部を備えていて,前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁とが互いに間隔を空けて配置され,前記ベースの各角部に対応する位置に形成された前記円弧状壁部からなる前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔よりも,前記複数の円弧状壁部間に設けられた前記上辺,下辺及び両側辺に位置する前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔の方が狭いヨークと,前記ヨークの外側周壁と開口部の周縁との間で,前記ベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置され,前記円弧状壁部の内周側面に配置される平面視による円弧状のマグネットと,を備え,前記外側周壁の前記直線上の上辺,下辺及び両側辺の外周側を,それぞれ対応する前記ベースの四角形の各辺部に近接させて,前記ヨークが前記ベースに装着されている(甲6の段落【0006】)。

本発明のレンズ駆動装置は,外周にコイルを配置し,レンズの光軸方向に移動するキャリアと,平面視による四角形状のベースと,前記ベースの四角形の各辺部の内側に位置し,前記ベースの四角形の各辺部に対応する位置に形成された直線状の上辺,下辺及び両側辺を有する外側周壁と,前記外側周壁に囲まれ前記キャリアが移動する平面視による円形状の開口部とを備えていて,前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁とが互いに間隔を開けて配置され,前記ベースの各角部に対応する位置に形成されている前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔よりも,前記上辺,下辺及び両側辺の中央部に位置する前記外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔の方が狭いヨークと,前記ヨークの外側周壁と開口部の縁との間で,前記ベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置され,少なくとも平面視による底辺及び前記上辺,下辺,両側辺の隣り合う2辺に沿う両斜辺を含むマグネットと,を備え,前記外側周壁の前記直線上の上辺,下辺及び両側辺の外周側を,それぞれ対応する前記ベールの四角形の各辺部に近接させて,前記ヨークが前記ベースに装着されている(甲6の段落【0008】)。

さらに,マグネットが対向する開口部の縁に平面視による円弧状の内側壁を設けることもできる場合がある(段落【0009】)。

なお,本発明は,ヨークの外側周壁にはベースに対する位置決めを行う係合突部を設けることもできる(段落【0010】)。

(5)  発明の効果

本発明によれば,マグネットを内側周壁と外側周壁との間におけるベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔よりもベース辺部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔を狭くしているので,外側周壁をベースの辺部(四角形の一辺)と略同一位置になるようにヨークをベースに装着することにより,マグネットの厚み分だけ平面視におけるベースの外形寸法を小さくできレンズ駆動装置の小型化を図ることができる(段落【0011】)。

また,本発明によれば,ヨークの平坦状壁部とベースの辺部とが略一致するので,ヨークの外側周壁全体を円環状にする場合に比べてベースの角部におけるデッドスペースを小さくできる(段落【0012】)。

さらに,外側周壁の円弧状壁部の内周側にマグネットを配置して,平坦状壁部の内周側にはマグネットを配置しないので,例えばレンズ駆動装置に隣接して周辺機器を配置した場合に,円弧状壁部の内周側に設けたマグネットと周辺機器との距離を離すことができ,マグネットの磁界による周辺機器への影響を小さくできる(段落【0013】)。

さらにまた,外側周壁の角部に平面視略三角形状のマグネットを嵌合してあるので,三角形の頂点と頂点に対向する辺との間の距離を大きくでき,外形寸法を小さくしつつマグネットの磁束密度を大きくできる(段落【0014】)。

外側周壁の角部に平面視略三角形状のマグネットを嵌合しているので,マグネットを外側周壁の角部に嵌めるだけでマグネットの位置決めが簡単にできるとともに,簡単な接着でマグネットの固定ができる(段落【0015】)。

外側周壁の角部に平面視略三角形状のマグネットを嵌合してあるので,三角形の頂点と頂点に対向する辺との間の距離を大きくでき,外形寸法を小さくしつつマグネットの磁束密度を大きくできる(段落【0016】)。

マグネットをベース辺部に配置しないですむので,ベース角部に位置する外側周壁と内側壁との間隔よりもベース辺部に位置する外側周壁と開口部の縁との間隔を狭くでき,ベースの外形寸法を小さくできレンズ駆動装置の小型化を図ることができる(段落【0017】)。

マグネットが対向する開口部の縁のみに円弧状の内側壁を設けてあり,マグネットを配置しない外側周壁が対向する開口部の縁には内側壁を設けていないので,内側壁を設けない部分だけヨークを削減でき,レンズ駆動装置の軽量化及び省コスト化を図ることができる(段落【0018】)。

(6)  発明を実施するための形態

別紙1の図1は第1実施の形態に係るレンズ駆動装置のヨークを抜き出して示す斜視図,図2は図1に示すヨークの平面図,図5はレンズ駆動装置の断面図である。

第1実施形態に係るレンズ駆動装置1は,携帯電話のオートフォーカスレンズに組み込むものであり,略コ字状のヨーク3と,ヨーク3が装着されるベース5と,ベース5を支えるフレーム6と,ヨーク3の内周側に配置される円筒形状のキャリア7と,キャリア7の外周側に配置されるコイル10と,キャリア7の光軸方向前側の位置に配置される前側スプリング9と,キャリア7の光軸方向後ろ側の位置に配置される後側スプリング11とを備えている(段落【0020】)。

ヨーク3はベース5の内側に位置し且つ互いに間隔を開けて配置された外側周壁3aと円環状の内側周壁3bとキャリア7が移動する平面視円形状の開口部4とを有し,外側周壁3aは平面視略四角形状である。外側周壁3aは平面視線状の平坦状壁部3cとベース5の角部に対応する位置にある略円弧状の円弧状壁部3dとを周方向に交互に備えている。外側周壁3aの角位置にある円弧状壁部3dには内周側に沿って円弧状のマグネット13を配置している。なお,ヨーク3の外側周壁3aは内側周壁3bよりも厚みが大きくなっている(段落【0022】)。

本実施の形態では,マグネット13を外側周壁3aと内側周壁3bとの間におけるベース5の角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(別紙1の図2及び図5に示すB)よりもベース辺部5eに位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(別紙1の図2及び図5に示すA)を狭くしているので,外側周壁3aをベース5の辺部(四角形の一辺)5eと略同一位置になるようにヨーク3をベース5に装着した場合には,マグネット13の厚み分だけ平面視におけるベース5の外形寸法を小さくできる。よって,ヨーク3の平面視における外径寸法を小さくできレンズ駆動装置の小型化を図ることができる(段落【0029】)。

ヨーク3の平坦状壁部3cとベース5の辺部5eとが略一致するので,ヨーク3の外側周壁全体を円環状にする場合に比べて,ベース5の角部におけるデッドスペースを小さくできる(段落【0030】)。

第1実施形態ではヨーク3の内側周壁3aを円環状に設けているが,これに限定されず,マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに内側壁3gを形成しても良い(段落【0045】)。

2  原明細書について

本件審決は,原明細書には,特定事項A,特定事項B及び特定事項Cに関する記載や示唆はないとして,本願は,原出願の一部を新たな特許出願としたものであるとすることはできないとするところ,本件では,原明細書に内側周壁を有しない構成が開示されているか否かについて,当事者間に争いがある。

原明細書(甲24)には,内側周壁に関し,おおむね次の記載がある(図面については,別紙2の原明細書図面目録を参照。)。

(1)  特許請求の範囲

【請求項1】略筒状を成すヨークと,ヨークが装着されるベースと,レンズを備えるキャリアと,コイルと,マグネットとを備え,コイルに通電して生じる電磁力によりキャリアをレンズの光軸方向に移動するレンズ駆動装置であって,ベースは平面視略四角形状であり,ヨークはベースの内側に位置しており,ヨークは互いに間隔を開けて配置された外側周壁と内側周壁とを有し,内側周壁は円環状であり,マグネットは外側周壁と内側周壁との間で且つベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔よりも,ベース辺部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔を狭くしていることを特徴とするレンズ駆動装置。

【請求項2】ヨークの外側周壁は平面視略四角形状であり,外側周壁はベースの角部に対応する位置にある平面視略円弧状の円弧状壁部と円弧状壁部間に設けた平面視線状の平坦状壁部と備え,外側周壁の円弧状壁部の内周側面に平面視円弧状のマグネットを固定してあることを特徴とする請求項1に記載のレンズ駆動装置。

【請求項3】ヨークの外側周壁は平面視略四角形状であり,ヨークの外側周壁の角部に平面視略三角形状のマグネットを嵌合していることを特徴とする請求項1に記載のレンズ駆動装置。

【請求項4】ヨークの外側周壁にはベースに対する位置決めを行なう係合突部を設けていることを特徴とする請求項1又は2に記載のレンズ駆動装置。

【請求項5】略筒状を成すヨークと,ヨークが装着されるベースと,レンズを備えるキャリアと,コイルと,マグネットとを備え,コイルに通電して生じる電磁力によりキャリアをレンズの光軸方向に移動するレンズ駆動装置であって,ベースは平面視略四角形状であり,ヨークはベースの内側に位置しており,ヨークは平面視略四角形状の外側周壁とキャリアが移動する平面視円形状の開口部とを有し,外側周壁の角部には平面視略三角形状のマグネットを嵌合しており,マグネットが対向する開口部の縁のみにヨークの内側壁を立設していることを特徴とするレンズ駆動装置。

(2)  技術分野

本発明は,レンズ駆動装置に関する(段落【0001】)。

(3)  背景技術

乙1公報には,略筒状を成すヨークと,ヨークが装着されるベースと,レンズを保持するキャリアと,コイルと,マグネットとを備え,コイルに電流を流すことでキャリアがレンズの光軸方向に移動する技術が開示されている。係るレンズ駆動装置ではヨークが内側周壁と外側周壁とを互いに間隔を開けて配置しており,内側周壁と外側周壁との間に周方向にリング状のマグネットを配置している(段落【0002】【0003】)。

(4)  発明が解決しようとする課題

乙1公報に記載された従来技術では,内側周壁と外側周壁との間にリング状のマグネットを配置しているので,周方向の全体に渡って内側周壁と外側周壁との間隔をマグネットの厚み分以上とる必要があり,ベースの外形寸法も大きくなってレンズ駆動装置の小型化を図り難いという問題があった。

本発明は,ベースの外形寸法を小さくして装置の小型化を図ることができるレンズ駆動装置を得ることを目的とする(段落【0004】【0005】)。

(5)  課題を解決するための手段

請求項1に記載された発明は,略筒状を成すヨークと,ヨークが装着されるベースと,レンズを備えるキャリアと,コイルと,マグネットとを備え,コイルに通電して生じる電磁力によりキャリアをレンズの光軸方向に移動するレンズ駆動装置であって,ベースは平面視略四角形状であり,ヨークはベースの内側に位置しており,ヨークは互いに間隔を開けて配置された外側周壁と内側周壁とを有し,内側周壁は円環状であり,マグネットは外側周壁と内側周壁との間で且つベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔よりも,ベース辺部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔を狭くしていることを特徴とする(段落【0006】)。

請求項2に記載された発明は,請求項1に記載の発明において,ヨークの外側周壁は平面視略四角形状であり,外側周壁はベースの角部に対応する位置にある平面視略円弧状の円弧状壁部と円弧状壁部間に設けた平面視線状の平坦状壁部と備え,外側周壁の円弧状壁部の内周側面に平面視円弧状のマグネットを固定してあることを特徴とする(段落【0007】)。

請求項5に記載された発明は,略筒状を成すヨークと,ヨークが装着されるベースと,レンズを備えるキャリアと,コイルと,マグネットとを備え,コイルに通電して生じる電磁力によりキャリアをレンズの光軸方向に移動するレンズ駆動装置であって,ベースは平面視略四角形状であり,ヨークはベースの内側に位置しており,ヨークは平面視略四角形状の外側周壁とキャリアが移動する平面視円形状の開口部とを有し,外側周壁の角部には平面視略三角形状のマグネットを嵌合しており,マグネットが対向する開口部の縁のみにヨークの内側壁を立設していることを特徴とする(段落【0010】)。

(6)  発明の効果

請求項1に記載の発明によれば,マグネットを内側周壁と外側周壁との間におけるベースの角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔よりもベース辺部に位置する外側周壁と内側周壁との間隔を狭くしているので,外側周壁をベースの辺部(四角形の一辺)と略同一位置になるようにヨークをベースに装着した場合には,マグネットの厚み分だけ平面視におけるベースの外形寸法を小さくできレンズ駆動装置の小型化を図ることができる(段落【0011】)。

請求項2に記載された発明によれば,請求項1に記載の発明と同様の効果を奏するとともに,ヨークの平坦状壁部とベースの辺部とが略一致するので,ヨークの外側周壁全体を円環状にする場合に比べてベースの角部におけるデッドスペースを小さくできる。

外側周壁の円弧状壁部の内周側にマグネットを配置して,平坦状壁部の内周側にはマグネットを配置しないので,例えばレンズ駆動装置に隣接して周辺機器を配置した場合に,円弧状壁部の内周側に設けたマグネットと周辺機器との距離を離すことができ,マグネットの磁界による周辺機器への影響を小さくできる(段落【0012】【0013】)。

請求項5に記載の発明によれば,外側周壁の角部に平面視略三角形状のマグネットを嵌合してあるので,三角形の頂点と頂点に対向する辺との間の距離を大きくでき,外形寸法を小さくしつつマグネットの磁束密度を大きくできる。

マグネットをベース辺部に配置しないですむので,ベース角部に位置する外側周壁と内側壁との間隔よりもベース辺部に位置する外側周壁と開口部の縁との間隔を狭くでき,ベースの外形寸法を小さくできレンズ駆動装置の小型化を図ることができる。

マグネットが対向する開口部の縁のみに円弧状の内側壁を設けてあり,マグネットを配置しない外側周壁が対向する開口部の縁には内側壁を設けていないので,内側壁を設けない部分だけヨークを削減でき,レンズ駆動装置の軽量化及び省コスト化を図ることができる(段落【0017】~【0019】)。

(7)  発明を実施するための最良の形態

ア 別紙2の図1は第1実施の形態に係るレンズ駆動装置のヨークを抜き出して示す斜視図,図2は図1に示すヨークの平面図,図3は第1実施の形態に係るレンズ駆動装置の分解斜視図,図4はレンズ駆動装置の全体を示す斜視図である。

第1実施形態に係るレンズ駆動装置1は,携帯電話のオートフォーカスレンズに組み込むものであり,略コ字状のヨーク3と,ヨーク3が装着されるベース5と,ベース5を支えるフレーム6と,ヨーク3の内周側に配置される円筒形状のキャリア7と,キャリア7の外周側に配置されるコイル10と,キャリア7の光軸方向前側の位置に配置される前側スプリング9と,キャリア7の光軸方向後ろ側の位置に配置される後側スプリング11とを備えている(段落【0020】)。

ヨーク3はベース5の内側に位置し且つ互いに間隔を開けて配置された外側周壁3aと円環状の内側周壁3bとキャリア7が移動する平面視円形状の開口部4とを有し,外側周壁3aは平面視略四角形状である。外側周壁3aは平面視線状の平坦状壁部3cとベース5の角部に対応する位置にある略円弧状の円弧状壁部3dとを周方向に交互に備えている。外側周壁3aの角位置にある円弧状壁部3dには内周側に沿って円弧状のマグネット13を配置している。なお,ヨーク3の外側周壁3aは内側周壁3bよりも厚みが大きくなっている(段落【0022】)。

本実施の形態では,マグネット13を外側周壁3aと内側周壁3bとの間におけるベース5の角部に対応する位置にそれぞれ配置し,ベース角部に位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(別紙2の図2及び図5に示すB)よりもベース辺部5eに位置する外側周壁3aと内側周壁3bとの間隔(別紙2の図2及び図5に示すA)を狭くしているので,外側周壁3aをベース5の辺部(四角形の一辺)5eと略同一位置になるようにヨーク3をベース5に装着した場合には,マグネット13の厚み分だけ平面視におけるベース5の外形寸法を小さくできる。よって,ヨーク3の平面視における外径寸法を小さくできレンズ駆動装置の小型化を図ることができる(段落【0029】)。

イ 第3実施の形態では,外側周壁3aの角部に平面視略三角形状のマグネット13を嵌合してあるとともに,マグネット13が対向する開口部4の縁4aにのみ平面視円弧状の内側壁3gを配置している。また,マグネット13は外側周壁3aに当接する三角形の一方の辺13cが三角形の他方の辺13dよりも長くなっており,隣り合う2つのマグネット13の端部13e同士が互いに当接している。

マグネット13をベース辺部に配置しないですむので,ベース角部に位置する外側周壁3aと内側壁3gとの間隔(別紙2の図9に示すC)よりもベース辺部に位置する外側周壁3aと開口部4の縁4aとの間隔(別紙2の図9に示すD)を狭くでき,ベース5の外形寸法を小さくできレンズ駆動装置1の小型化を図ることができる。

本実施の形態では,マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに円弧状の内側壁3gを設けてあり,マグネット13を配置しない外側周壁3aが対向する開口部4の縁4aには内側壁3gを設けていないので,内側壁3gを設けない部分だけヨーク3を削減でき,レンズ駆動装置1の軽量化及び省コスト化を図ることができる(別紙2の【図8】【図9】段落【0037】~【0040】)。

ウ 第1実施形態ではヨーク3の内側周壁3aを円環状に設けているが,これに限定されず,マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに内側壁3gを形成しても良い(【0045】)。

3  分割要件について

特許法44条1項は,「特許出願人は,次に掲げる場合に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定し,同条2項本文は,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。」と規定している。分割出願が,同条2項本文の適用を受けるためには,分割出願に係る発明が,原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(原出願の当初明細書等)に記載されていること,又はこれらの記載から自明であることが必要である。

以下,本件出願について検討する。

(1)  原明細書における内側周壁のない構造のヨークの開示について

ア 前記2(7)アのとおり,原明細書には,レンズ駆動装置において,第1実施形態として,外側周壁3aと円環状の内側周壁3bとを有し,外側周壁3aの角位置に円弧状のマグネット13を配置することは記載されているが,内側周壁のない構造のヨークに関する明示的な記載はない。

この点について,原明細書に従来技術として記載されている乙1公報には,内側周壁と外側周壁との間に周方向にリング状のマグネットを配置する発明が開示されているので,まず,乙1公報の記載について検討する。

イ 乙1公報(乙1)には,おおむね次の記載がある(図面については,別紙3の乙1公報図面目録を参照。)。

(ア) 【請求項1】コの字形円筒形状のヨークと,ヨークの外壁内面に取付けられるマグネットと,中央位置にレンズを備えるキャリアと,キャリアに装着されるコイルと,ヨークが装着されるベースと,ベースを支えるフレームと,キャリアを支持する2個のスプリングとを備えたレンズ駆動装置において,

2個のスプリングは同一品がキャリアを上下から挟んで支持するように配置し,且つ,それぞれをコイルへの給電経路として機能させ,

コイルに印加する電流値と2個のスプリングの復元力の釣合いによってキャリアに装着されたレンズの移動量を制御することを特徴とするレンズ駆動装置。

(イ) 従来の技術

レンズ駆動装置としては,ステッピングモータと送りねじ伝動機構との組み合わせによる装置が知られている。従来技術では,回転するステッピングモータ101のシャフトを歯車102を介して送りねじ103に伝達して,回転運動を直進運動に変換している。送りねじ103上を案内駆動されるナット104上には,レンズ105が固定されている。したがって,ステッピングモータ101の回転角度に従って,レンズ105の直線移動量が決定される(段落【0002】)。

(ウ) 発明が解決しようとする課題

従来技術では,ステッピングモータ101,歯車102,送りねじ103及びナット104と言った複雑な伝動機構が必要となるので,装置が大形となり且つ,レンズ105の移動量に誤差が伴うという課題がある(段落【0003】)。

そこで,本発明は,小型軽量で且つ,レンズを直線移動させたときの誤差が少なく,精度の良いレンズ駆動装置を提供することを目的とする(段落【0004】)。

(エ) 課題を解決するための手段

請求項1に記載の発明は,コの字形円筒形状のヨークと,ヨークの外壁内面に取付けられるマグネットと,中央位置にレンズを備えるキャリアと,キャリアに装着されるコイルと,ヨークが装着されるベースと,ベースを支えるフレームと,キャリアを支持する2個のスプリングとを備えたレンズ駆動装置において,2個のスプリングは同一品がキャリアを上下から挟んで支持するように配置し,且つ,それぞれをコイルへの給電経路として機能させ,コイルに印加する電流値と2個のスプリングの復元力の釣合いによってキャリアに装着されたレンズの移動量を制御することを特徴とする(段落【0005】)。

(オ) 発明の実施の形態

ヨーク2は軟鉄等の磁性体であり,上面部が閉じたコの字形の円筒形状を成し,円筒状の内壁2aと外壁2bを持つ。コの字形の外壁2bの内面には,リング状のマグネット4が装着(接着)される(段落【0013】)。

円筒状のマグネット4はラジアル(径)方向に磁化されており,コの字形状ヨーク2の内壁2a,上面部及び外壁2bを経路とした磁路を形成し,マグネット4と内壁2a間のギャップには,コイル6が配置される(段落【0018】)。

ウ 前記イによれば,乙1公報のレンズ駆動装置において,磁性体でできた内壁,上面部,外壁,マグネット及びコイルを経由する磁路が形成されているから,内壁は,磁路を形成するために設けられた構成であるということができる。原出願発明は,従来技術である乙1公報のレンズ駆動装置では,内側周壁と外側周壁との間にリング状のマグネットを配置しているので,周方向の全体に渡って内側周壁と外側周壁との間隔をマグネットの厚み分以上とる必要があり,ベースの外形寸法も大きくなってレンズ駆動装置の小型化を図り難いという問題があることから,ベースの外形寸法を小さくして装置の小型化を図ることを目的とする発明である。したがって,原明細書に記載された内側周壁3bについても,乙1公報に記載された内壁と同様に,磁路を形成するために配置されたものということができる(別紙2の【図5】及び別紙3の【図3】参照。この点については,原告らも,前記第3の1(2)アのとおり,外側周壁及び内側周壁を有する構成は,磁束密度B及び電磁力Fを安定させる効果を有するメリットがあると主張している。)。

エ 前記2のとおり,原出願発明では,内側周壁について特定されているのみならず,原明細書にも,内側周壁がない構成は記載されていない。しかも,原明細書段落【0045】には,原出願発明の第1実施の形態が内側周壁を有することを前提とした上で,「マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに内側壁3gを形成しても良い」と記載されている。当該記載は,少なくともマグネットが対抗する開口部の縁には内側壁又はこれに対応する内側周壁を形成することを必須とする旨の記載であるから,原明細書には,磁路を形成するために内側周壁を必須の構成とする発明が記載されているというべきである。

そうすると,内側周壁を有しないレンズ駆動装置に係る発明を含む本願発明は,原明細書に記載されているということはできない。

また,内側周壁を有するレンズ駆動装置は,内側周壁の厚さ,外側周壁とコイルとの間隔分が寸法上余計に必要となることが明らかであるから,内側周壁を有しない構成を採用することにより,レンズ駆動装置としての寸法を更に小さくすることができるという技術上の意義を有するものである(この点については,原告らも,前記第3の1(2)アのとおり,従来,当業者は,常に磁気回路上のメリットと,小型化及びコストアップに代表されるデメリットとを比較して,内側周壁や内側壁を設けるか否かを選択し,レンズ駆動装置を設計しているものであると主張している。)。

そうすると,レンズ駆動装置としての寸法を更に小さくすることができるという技術上の意義を有する,内側周壁を有しないレンズ駆動装置に係る本願発明は,磁路を形成するために内側周壁を必須の構成とする発明に関する原明細書の記載から自明であるということもできない。

以上によれば,本願は,分割要件を充足するものではない。

オ 原告らは,原明細書において,特定事項A,特定事項B及び特定事項Cの構成が開示されているから,本願発明は原明細書に記載されているなどと主張する。

前記2(7)の原明細書における原出願発明の第1実施形態に関する記載(特に,別紙2の【図1】~【図5】,【図9】,段落【0029】参照)によれば,特定事項A,特定事項B及び特定事項Cの構成は,その間隔の関係についてみれば,原明細書の記載から自明であるということができる。

しかしながら,複数の円弧状壁部間に設けられた上辺,下辺及び両側辺に位置する外側周壁の内周側面と開口部の周縁との間の間隔に係る特定事項A,ベースの各角部に対応する位置に形成された円弧状壁部からなる外側周壁の内周側面と前記開口部の周縁との間の間隔に係る特定事項B及びベースの各角部に対応する位置に形成された円弧状壁部からなる外側周壁の内周側面と開口部の周縁との間の間隔よりも,複数の円弧状壁部間に設けられた上辺,下辺及び両側辺に位置する外側周壁の内周側面と開口部の周縁との間の間隔の方が狭いヨークという特定事項Cは,いずれも内側周壁とは無関係の事項を特定するものにすぎず,内側周壁を有しないレンズ駆動装置に係る本願発明が,内側周壁を必須の構成とする発明に関する原明細書の記載から自明であるということができない以上,特定事項A,特定事項B及び特定事項Cの構成が原明細書の記載から自明であるからといって,分割要件を充足するものということはできない。

したがって,原告らの前記主張は失当である。

カ 原告らは,原明細書から発明を抽出する際に,何を構成要件とするかは出願人が定めるものであり,出願人である原告らは,内側周壁を構成要件として抽出していないが,原明細書に内側周壁が記載されているからといって,分割出願の際に,その内側周壁を発明の構成要件として必ず記載しなければならないものではないなどと主張する。

確かに,原明細書からいかなる発明を抽出するかは出願人の選択に委ねられるものではあるが,当該選択は,分割出願の要件を充足する限度で許されるにすぎない。本願出願は,原出願発明の発明特定事項である「内側周壁」を削除して,内側周壁を有しない発明を含む上位概念に属する発明を分割出願するものであるところ,前記のとおり内側周壁を有しないレンズ駆動装置に係る発明が原明細書の記載から自明であるということができない以上,原告らが原明細書から抽出した発明は分割要件を充足しないものというほかない。

したがって,原告らの上記主張は採用することができない。

キ 原告らは,原明細書段落【0045】には,マグネット13が対向する開口部4の縁4aのみに内側壁3gを形成してもよいことが記載されており,内側周壁3bの存在は前提とされていないなどと主張するが,同段落は,第1実施形態において,ヨーク3の内側周壁3gの形状につき,円環状に限定されず,マグネット13が対向する開口部4の縁4aの部分のみに形成する形状も選択し得る旨の記載であって,内側周壁3gの存在を前提としない趣旨と解することはできない。

したがって,原告らの前記主張は採用することができない。

(2)  内側周壁のない構造のヨークに係る構成に係る示唆について

原告らは,レンズ駆動装置は,ヨークの有無に関し,①ヨークを有しない構成,②外側周壁のみを有するヨークの構成,③外側周壁及び内側周壁を有する構成のいずれかに分類されるところ,先行技術1ないし9によれば,原出願の出願時の技術水準において,内側周壁がなく,かつ,開口部が形成されているヨークは周知技術であるということができるから,当業者にとって内側周壁や内側壁の有無を含めてヨークの設計は自由に行うことができ,原明細書を見た当業者は内側周壁や内側壁のないヨークについても理解することができることは明らかであるなどと主張する。

しかしながら,前記(1)エのとおり,原明細書には,内側周壁がない構成は記載されておらず,しかも,原明細書段落【0045】には,原出願発明が内側周壁を有することを前提とした上で,内側壁の設置箇所を「マグネット13が対向する開口部4の縁4a」のみに限定することを許容する旨の記載があるから,当業者は,原明細書には,上記①ないし③のレンズ駆動装置のうち,③の外側周壁及び内側周壁を有する構成の発明が開示されているものと理解するものである。

したがって,原告らの前記主張は採用することができない。

(3)  小括

以上のとおり,本願は,原出願の一部を新たな特許出願としたものとはいえないから,本願の出願日は原出願の出願日に遡及しないとした本件審決の認定及び判断はその結論において正当であって,取り消すべき違法はない。

第5結論

以上の次第であるから,本件審決の結論は正当であって,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 田中芳樹 裁判官 荒井章光)

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