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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10076号 判決 2013年12月25日

原告

ザ プロクター アンド

ギャンブル カンパニー

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

宮嶋学

髙田泰彦

柏延之

大野浩之

訴訟代理人弁理士

勝沼宏仁

中村行孝

横田修孝

箱田満

被告

特許庁長官

指定代理人

橋本栄和

松浦新司

大橋信彦

唐木以知良

主文

1特許庁が不服2010-28988号事件について平成24年11月5日にした審決を取り消す。

2訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文と同旨

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)

原告は,発明の名称を「シリコーンオイルを含む単位用量の洗剤製品」とする発明について,2005年5月9日に国際出願(パリ条約による優先権主張2004年5月11日)をし,特許庁は,これを特願2007-511682号(以下「本願」という。)として審査した結果,平成22年8月18日に拒絶査定をした。

原告は,同年12月22日,これに対する不服の審判を請求するとともに,請求項の数を8から7とする手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。特許庁は,この審判を,不服2010-28988号事件として審理した上,平成24年11月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決の謄本を,同月16日,原告に送達した。

2  特許請求の範囲

本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲2。以下「本願発明」という。)

【請求項1】

液体布地処理組成物と水溶性材料とを含む単位用量の洗剤製品であって,当該液体組成物の単位用量が前記水溶性材料内に含有され,前記液体組成物が非ニュートン液体であり,0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有するずり減粘液体であることを特徴とし,前記液体組成物がシリコーンオイルを含み,前記シリコーンオイルが前記液体組成物中に乳化して,乳化したシリコーンオイルの液滴の平均粒径が5~50マイクロメートルであり,更に,前記液体組成物が15重量%未満の水を含む,単位用量の洗剤製品。

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,国際公開第2003/097778号(甲11。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,したがって,本願は,その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく拒絶すべきであるというものである。

(2)  審決が上記結論を導くに当たり認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明の内容

「1回用量の形態で水溶性材料からなる被膜で封入されている洗浄中に柔軟化する液体洗濯洗剤組成物であって,(a)布帛柔軟化シリコーンを組成物の少なくとも0.5重量%,及び(b)脂肪酸,及び(c)(i)非アルコキシル化陰イオン性界面活性剤を界面活性剤系の少なくとも75重量%と(ii)アルコキシル化界面活性剤を界面活性剤系の25重量%未満とを含む界面活性剤系,及び(d)1種類以上の洗濯洗剤補助剤成分を含む,粘度が周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである組成物であって,当該組成物は,水を組成物の5重量%~90重量%含むものであり,上記布帛柔軟化シリコーンは,組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有するエマルションの形態である液体洗濯洗剤組成物」。

イ 本願発明と引用発明との一致点

「液体布地処理組成物と水溶性材料とを含む単位用量の洗剤製品であって,当該液体組成物の単位用量が前記水溶性材料内に含有され,前記液体組成物が粘度を有する液体であることを特徴とし,前記液体組成物がシリコーンオイルを含み,前記シリコーンオイルが前記液体組成物中に乳化してあり,更に,前記液体組成物が水を含む,単位用量の洗剤製品」に係る点。

ウ 本願発明と引用発明との相違点

(ア) 相違点1

「液体布地処理組成物」につき,本願発明では,「非ニュートン液体であり…ずり減粘液体である」のに対して,引用発明では,「非ニュートン液体」及び「ずり減粘液体」である旨特定されていない点。

(イ) 相違点2

「液体組成物」の「粘度」につき,本願発明では,「0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有する」のに対して,引用発明では,「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」点。

(ウ) 相違点3

「乳化したシリコーンオイルの液滴の平均粒径」につき,本願発明では,「5~50マイクロメートルであ」るのに対して,引用発明では,「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有する」点。

(エ) 相違点4

「水」につき,本願発明では,「15重量%未満」であるのに対し,引用発明では,「5重量%~90重量%」である点。

(オ) 相違点5

引用発明では,「洗浄中に柔軟化する液体洗濯洗剤組成物」が「(b)脂肪酸,及び(c)(i)非アルコキシル化陰イオン性界面活性剤を界面活性剤系の少なくとも75重量%と(ii)アルコキシル化界面活性剤を界面活性剤系の25重量%未満とを含む界面活性剤系,及び(d)1種類以上の洗濯洗剤補助剤成分を含む」ものであるのに対して,本願発明では,当該各成分の含有につき特定されていない点。

第3原告の主張

1  引用発明認定の誤り

審決には,以下のとおりの引用発明の認定の誤りがあり,かかる引用発明の認定の誤りを前提に審決がした本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定,さらには,相違点に係る判断にはいずれも誤りがあるから,上記引用発明の認定の誤りは審決の結論に影響するものであり,審決は取消しを免れない。

(1)  溶媒の認定に関する誤り

引用例には,溶媒は水や低分子量の一級若しくは二級アルコール類を含む広範な種類の中から選択できることが記載されており,その中で水を用いることが好ましいことは全く記載されていないから,審決が引用発明に係る液体洗濯洗剤組成物(以下「本組成物」ということがある。)の溶媒を水に限定して引用発明を認定したのは誤りである。

また,引用例には,「本組成物は,典型的には,水及び/又は他の溶媒を組成物の5重量%~90重量%含む。」と記載され,「5重量%~90重量%」という数値範囲が一応は記載されているものの,単に典型的な数値を広範に示したものにすぎず,それが特段の技術的意義を有するものとは読み取れない。また,仮に水を溶媒として用いた場合においても,その配合量に応じてどのような作用効果の差異が生ずるのか全く記載されておらず,5重量%未満ないし90重量%を超える数値であってはならないことも記載されていない。すなわち,ここでの「5重量%~90重量%」という数値は技術的には特段意味のない数値の記載にすぎないから,審決がこれを引用発明の構成態様に含めて認定したのは誤りである。

審決が,かかる誤った認定を前提に,本願発明と引用発明との一致点として「前記液体組成物が水を含む」と認定し,相違点4に係る溶媒について,「引用発明では,「5重量%~90重量%」である」と認定したことは,いずれも誤りである。相違点4は,「溶媒につき本願発明では,「15重量%未満」の水であるのに対し,引用発明ではその種類,配合量が特定されていない点。」と認定されるべきである。

(2)  粘度の認定に関する誤り

ア そもそも,引用例における本組成物の粘度の数値範囲の記載は,単に典型的な数値を示したものにすぎず,粘度の数値に応じてどのような作用効果の差異が生ずるのか全く記載されていないし,記載された数値範囲外の数値であってはならないことも記載されていない。このように,引用発明においては,引用例に記載された数値範囲は技術的に特段の意味を有するものではなく,それゆえ,これを引用発明の構成態様に含めて認定するのは誤りである。

したがって,審決が,本願発明と引用発明との一致点として「前記液体組成物が粘度を有する液体であることを特徴とし,」と認定し,相違点2に係る液体組成物の粘度について,「引用発明では,「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」」と認定したことは,いずれも誤りである。相違点2については,液体組成物の粘度について,「引用発明では特に粘度の特定がなされていない」と認定されるべきである。

イ 仮に本組成物の粘度が引用発明の構成態様に含まれるとしても,引用例の記載に照らすと,これを「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」と認定すべきであり,審決による「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」との認定は,明らかに誤っている。この点,被告は,単なる誤記にすぎないとするが,引用例の翻訳文として用いられた文献に誤訳があったからといって,これに基づく引用発明の認定の誤りが正当化されるものではない。

(3)  粒子径の認定に関する誤り

引用発明の技術的思想は,布帛柔軟化シリコーンに加え脂肪酸,非アルコキシル化陰イオン性界面活性剤とアルコキシル化界面活性剤を特定の割合で配合した界面活性剤系という特異的な界面活性剤系を採用することにより,従来の粒子径の大きなシリコーンではなく,「5μm未満,好ましくは1μm~5μm未満,又は更には4μm未満」という小さい粒子径のものを採用できるようになったというものである。

したがって,本組成物における布帛柔軟化シリコーンの粒子径の特定に当たっては,かかる技術的思想と整合するよう,布帛柔軟化シリコーンは1μm~5μm未満の粒径を有する旨認定されるべきであり,審決が,「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有する」と認定したことは,かかる技術的思想を無視した誤った認定である。

審決が,かかる誤った認定を前提に,相違点3に係る「乳化したシリコーンオイルの液滴の平均粒径」について,「引用発明では,「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有する」」と認定したことは誤りであり,「引用発明では,「組成物中で1μm~5μm未満の粒径を有する」」と認定されるべきである。

2  相違点に対する判断の誤り

審決は,相違点1ないし3及び5については実質的な相違点であるとはいえず,相違点4については当業者が適宜なし得ると判断したが,かかる審決の判断には,以下のとおり誤りがある。これらの判断の誤りはいずれも審決の結論に影響を及ぼすものであり,審決は取消しを免れない。

(1)  相違点1について

審決は,引用発明の「液体洗濯洗剤組成物」は,技術常識から見て,「非ニュートン液体」であり,「ずり減粘液体」であると解されると判断した。

しかしながら,分散系の粘度は分散質と分散媒の流体力学的相互作用,分散質相互の衝突,分散質間の引力等に依存するのであり,分散系だからといって必ず非ニュートン流動になるというものではない。実際,これらの流体力学的性質はサンプルの処方を見ただけで分かるものではなく,実際に処方に従ってサンプルを作成し粘度を測定してみてはじめて明らかになるものであり,仮に非ニュートン流動を示すとしても,剪断速度をどの程度高めればニュートン流動から非ニュートン流動に変化するかについても処方によって異なるのであるから,引用発明が非ニュートン液体であり,ずり減粘液体であることを示す根拠は存在しない。

仮に,審決において認定された引用発明を前提としても,それは具体的な処方を示すものではなく,組成物中の布帛柔軟化シリコーン,脂肪酸,非アルコキシル化陰イオン性界面活性剤,アルコキシル化界面活性剤,洗濯洗剤補助剤成分といった主要な配合成分の具体的な化合物の種類や粒子径,配合量はいずれもほとんど特定されていないに等しく,水の配合量や粘度についてもかなりの幅をもって特定されているのであるから,そのような処方の内容すら全く決まっていない引用発明を対象として,非ニュートン液体であり,ずり減粘液体であるか否かを論ずることはできない。

むしろ,水及びシリコーンオイルはいずれもニュートン流性を示すのであるから,水を中心とする系にシリコーンオイルを数%程度含む引用発明の液体洗濯洗剤組成物がニュートン流性を示したとしても何ら不思議なことではなく,合理的に推測できることである。

以上によれば,相違点1が実質的な相違点ではないとの審決の判断は誤りである。

(2)  相違点2について

被告は,本組成物の粘度について,20s-1の剪断速度条件において0.5Pa・s~3Pa・sであるとの認定を前提としても,引用発明における剪断速度条件と本願発明における剪断速度条件とは約40倍という差異があり,他の測定条件を変更しない場合,非ニュートン液体でずり減粘液体であれば,粘度とずり速度とは反比例の関係が存するのであるから,引用発明において,0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有する旨の審決の判断に誤りはないと主張する。

この点,被告は,非ニュートン液体でずり減粘液体における粘度とずり速度の関係について,円錐・平板型粘度計を用いた測定を踏まえ,回転能率等が一定であることを前提に,粘度はずり速度に反比例することは当業者に自明であると述べる。しかしながら,ずり減粘液体であれば,回転能率は角速度の増加に応じて増加していくというのが真の技術常識であり,回転能率が一定であるという点は誤りである。それゆえ,粘度がずり速度に反比例するというのは完全な誤りである。

また,非ニュートン流体であっても粘度が常に剪断速度に依存して変化するものではなく,剪断速度が一定の値以上になった特定の領域においてのみ剪断速度が剪断応力に比例しないという現象が生じるのであり,その領域がどこであるかは液体の性質によって異なるものである。すなわち,ある処方に係る液体が非ニュートン液体であるということは,必ずしも0.5s-1から20s-1の剪断速度の領域において非ニュートン流動を示すことを意味するものではない。

以上によれば,本組成物の粘度についての審決の認定を前提とした場合はもとより,正しい認定を前提としても,相違点2が実質的な相違点ではないということはできない。

(3)  相違点3について

数値範囲で限定した構成を含む発明であっても,その進歩性の判断手法は数値限定以外の構成の場合と何ら異ならず,当該発明の技術的意義,課題解決の内容,作用効果等について,他の相違点に係る構成等も含めて総合的に考慮すべきである。そして,本願発明においては,柔軟効果を保つために敢えて粒子径が5μm未満の典型的な市販のシリコーンエマルションを使用することなく,粒子径が大きめな5μm~50μmのものを用いており,それによって生じる「染み付き」の問題を解決するために流体力学的性質,粘度,水分の配合量などを適切に規定することを見出したというものであるのに対し,引用発明においては,特殊な界面活性剤系を利用することで非常に小さいシリコーン粒子が布帛に沈着できることを利用して積極的に1μm~5μm未満の粒子径の小さいシリコーンエマルションを採用するものである。

このように,両発明においてシリコーンエマルションの粒子径を規定していることの技術的意義,解決課題の内容,作用効果は全く異なっているのであるから,相違点3は実質的な相違点に該当するというべきであり,これに反する審決の判断は誤りである。

(4)  相違点4について

審決は,「引用発明は,「液体洗濯洗剤組成物」を「水溶性材料」で封入するものであるから,当該封入を行った場合において,当該組成物の使用時以前の意図しない時点で水溶性材料が溶解し封入破断することを防止するため,組成物に含有される水の量を5~90重量%なる範囲内で低量化する,すなわち例えば5~15重量%程度とすることは,当業者が適宜なし得る」と判断した。

しかしながら,「当該封入を行った場合において,当該組成物の使用時以前の意図しない時点で水溶性材料が溶解し封入破断することを防止する」ために水分の量を低量化させなければならないとの技術的課題は,引用例からは全く読み取ることができない。引用例に記載のとおり,水以外にもアルコール類をはじめ使用できる溶媒は多数存在するのであるから,仮にそのような問題が存在するのであれば水以外の適切な溶媒を用いるのが合理的であり,水の量を5重量%~15重量%とすることに何らの合理性もない。結局,審決の理由付けは後知恵に基づく議論にすぎず,引用発明において,用いる溶媒を水と特定したとしても,その配合量を組成物に対して5重量%~15重量%未満の範囲とする動機付けは何ら存在しない。

よって,相違点4に係る構成について当業者が適宜なし得るとする審決の判断は誤りである。

(5)  相違点5について

引用発明は,相違点5に係る特殊な界面活性剤系を利用することで非常に小さいシリコーン粒子が布帛に沈着できることを利用して,積極的に1μm~5μm未満の粒子径の小さいシリコーンエマルションを採用するものであり,それゆえ「染み付き」の問題が生じないのに対し,本願発明においては,柔軟効果を保つために敢えて粒子径が5μm未満の典型的な市販のシリコーンエマルションではなく5μm~50μmのものを用いており,それによって生じる「染み付き」の問題を解決するために流体力学的性質,粘度,水分の配合量などを適切に規定したというものである。

このように,相違点5は両発明の相容れない技術的思想の相違に基づくものであるから,相違点5は実質的な相違点であるとはいえないとした審決の判断は誤りである。

第4被告の主張

1  引用発明の認定について

(1)  溶媒の認定について

引用例には,「本組成物は,典型的には,水及び/又は他の溶媒を組成物の5重量%~90重量%含む。」と明示的に記載されており,水及び他の溶媒につき,いずれの溶媒が好ましいとか,いずれの溶媒は避けるべきであるとか,溶媒の種別及び使用量比の選択につき優劣が存在することを認識できる記載はない。そして,引用例の実施例に係る記載においては,水を添加したことが具体的に記載されているから,水を5重量%~90重量%使用する態様を引用発明として客観的に認定することは,極めて合理的なことであり,上記の明示的な数値範囲の記載を,技術的に特段意味のない記載にすぎないとして無視することは適切ではない。

よって,審決が,引用発明について,「水を組成物の5重量%~90重量%含むものであり」と認定した点に誤りはない。

(2)  粘度の認定について

ア 引用例に本組成物の典型的粘度についての数値範囲の明示的記載がある以上,これに従って本組成物の粘度を認定することに何ら不自然な点はない。よって,粘度に係る数値範囲を引用発明の構成態様に含めて認定することは誤りであるとの被告の主張は失当である。

イ 審決における引用発明の認定のうち,「粘度が周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」との認定が誤りであり,正しくは「粘度が周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」と認定すべきであったことは認める。

しかるに,審決の上記認定は,国際公開刊行物である引用例の訳文である公表公報中の「本組成物の粘度は,周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,典型的には,0.05Pa・s(500cps)~0.3Pa・s(3,000cps)である。」との,Pa・s単位表示の部分のみ換算を誤った記載に従ったものであり,明らかな誤記である。そして,かかる誤記は,後記2(2)のとおり,審決の結論に何ら影響するものではない。

(3)  粒子径の認定について

引用例の請求項6には,「該布帛柔軟化シリコーンが,1μm~50μm未満の一次粒径を有するエマルションの形態である,請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。」と記載されており,引用例の明細書には,「本組成物は,一般的には分散体の形態であり,通常,体積平均粒径が1μm~5,000μm,好ましくは1μm~50μmである。分散体を形成する粒子は,通常,布帛柔軟化シリコーン,…である。」との記載や,「次の,洗浄中に柔軟化する液体洗濯洗剤組成物は,本発明によるものである。下記の量は,組成物の重量%である。」との記載に続く【表1】に,「本発明」のものと認められる実施例として,「平均粒径5μm~10μmのポリジメチルシロキサン」なるシリコーンエマルションのみを使用した実施例の記載があることからすれば,審決が,引用発明における布帛柔軟化シリコーンにつき,「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有するエマルションの形態である」と認定した点に誤りはない。

2  相違点に対する判断について

(1)  相違点1について

「非ニュートン液体」とは,剪断速度が剪断応力に比例しない液体であって,粘度が剪断速度に依存して変化する液体であり,「ずり減粘液体」すなわち「shear-thinning liquid」とは,剪断速度の増加に対して粘度が低下する流動特性を有する液体である。そして,当業者の技術常識によれば,分散系は,通常,剪断速度の増加とともにニュートン流動から非ニュートン流動に変化するものであり,その非ニュートン流動は,剪断速度の増加とともに粘度低下するもの,すなわち「shear-thinning(ずり減粘)」なる物性を有するものと理解される。

そうすると,本組成物は,構成成分として,洗浄成分などの慣用の洗剤成分,シリコーンエマルション及び溶媒を含有する「分散系」であることは明らかであるから,本組成物についても,「非ニュートン液体」であり,「ずり減粘液体」であろうことは当業者に自明である。よって,「分散系については,剪断時に非ニュートン流動を示し,剪断速度の増加に対して粘度が大きく低下するshear-thinning(本願発明でいう「ずり減粘」である。)なる物性を示すことが当業者の技術常識である」との審決の認定判断に誤りはなく,これを踏まえ,相違点1が実質的な相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  相違点2について

当業者の技術常識によれば,非ニュートン液体でずり減粘液体であれば,高い剪断速度での測定により低い粘度を示した試料であっても,低い剪断速度で測定した場合に有意に高い粘度を示すものと理解される。

そして,

et=kptn

(et:ずり速度,pt:ずり応力,k:流動度に対応する定数,n:パラメータ。1ではない。)

の関係が成立するような非ニュートン流体のずり速度etは,例えば円錐・平板型粘度計で測定した場合,

et=Ω/ψ

(Ω:円錐と平板との間の回転角速度,ψ:円錐と平板との間の角度)であるところ,粘性率,すなわち粘度ηは,

η=(3ψ/2πR3)・(M/Ω)

(π:円周率,R:回転半径,M:回転能率,その他は上記に同じ。)なる式で算出できる。

そして,測定装置における上記ψ,R,Mはそれぞれ一定であるから,上記の式からみて,粘度ηは,その他の条件が同一である限りにおいて,「ψ/Ω」,すなわち,ずり速度etの逆数に比例することが明らかであり,粘度ηは,ずり速度に反比例することが当業者に自明である。

してみると,引用発明における「20s-1」なる剪断速度条件と本願発明における「0.5s-1」なる剪断速度条件とは,約40倍という差異があり,他の測定条件を変更しない場合,「20s-1」なる剪断速度条件において例えば「0.5Pa・s~3Pa・s」の低い粘度範囲の引用発明のものであったとしても,「0.5s-1」なる格段に低い剪断速度条件においては,「20Pa・s~120Pa・s」の範囲の高い粘度(測定値)を有するものとなるであろうこと,すなわち,「0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有する」ものであろうことは,当業者に自明である。

したがって,引用発明について,「周囲条件と略同等の温度条件である20℃で,「0.5s-1」なる極めて低い剪断速度で測定される場合に「少なくとも3Pa・s(3,000cps)」なる剪断粘度を有するものと理解するのが自然である。」とした審決の判断に誤りはないから,審決における相違点2に係る認定の誤りは,審決の結論に何ら影響するものではない。

(3)  相違点3について

引用発明におけるシリコーンエマルションの粒子径の認定に誤りがないのは前記1(3)のとおりであるから,相違点3が実質的な相違点ではないとした審決の判断にも誤りはない。

(4)  相違点4について

本願の明細書には,溶媒として水を15重量%未満使用することに係る技術的意義(作用機序,発明の効果との因果関係など)及び臨界的意義(15重量%未満とする理由など)を認識することができる記載はない。

そして,引用発明は,「水を組成物の5重量%~90重量%含むものであ」る「液体洗濯洗剤組成物」を「水溶性材料」に封入するものであるから,当該封入を行った場合において,当該組成物の使用時以前の意図しない時点で水溶性材料が溶解し封入破断することを防止するという極めて一般的な課題を解決するため,組成物に含有される水の量を5~90重量%なる範囲内で低量化する,すなわち,例えば5重量%~15重量%程度とすることは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。

よって,相違点4について,当業者が適宜なし得ると判断した審決の判断に誤りはない。

(5)  相違点5について

審決が,引用発明におけるシリコーンエマルションの粒子径につき「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有するエマルションの形態である」と認定したことが妥当であるのは前記1(3)のとおりであるから,引用発明のシリコーンエマルションの粒子径を1μm~5μm未満と認定することを前提とする原告の主張は根拠を欠く。

したがって,相違点5が実質的な相違点であるとはいえないとした審決の 判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,審決には引用発明の認定の誤りがあり,この認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。その理由は次のとおりである。

1  引用発明の認定について

(以下,引用例(甲11)の記載内容を引用する場合,同文献は英語で記載された国際公開刊行物であるため,その日本語訳である特表2005-524760号公報(甲12。以下「甲12文献」という。)の該当部分を示す。)

(1)  原告は,審決が,引用発明について,①本組成物の溶媒を水に限定し,その配合量を5重量%~90重量%の数値範囲で認定したこと,②本組成物の粘度について,「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」と認定したこと,③布帛柔軟化シリコーンの粒子径について,「組成物中で1μm~50μm未満の一次粒径を有する」と認定したことは,いずれも誤りであると主張する。

(2)  これらのうち,②本組成物の粘度については,被告も,正しくは「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」と認定すべきであったことを認めるものの,審決が原告の指摘するとおり認定したことは明らかな誤記であると主張する。

しかるに,審決は,引用例に“The composition typically has a viscosity of from 500 cps to 3,000 cps, when measured at a shear rate of 20s-1  at ambient conditions.”とある(19頁3行目及び4行目)にもかかわらず,甲12文献の該当部分(【0066】)に,「本組成物の粘度は,周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,典型的には,0.05Pa・s(500cps)~0.3Pa・s(3,000cps)である。」とあること(1Pa・sが1000cpsに相当することは技術常識であるから,上記記述中の「0.05Pa・s」は「0.5Pa・s」の,「0.3Pa・s」は「3Pa・s」の,それぞれ誤記であると認められる。)を踏まえ,引用発明における本組成物の粘度を前記第2の3(2)アのとおり認定した上,「引用発明の「液体洗濯洗剤組成物」は,上記のとおり,「ずり減粘液体」であるから,剪断速度の増加に対して粘度が大きく低下するもの,すなわち剪断速度の減少に対して粘度が大きく上昇するものであるから,「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.05Pa・s~0.3Pa・sである」ものであれば,周囲条件と略同等の温度条件である20℃で,「0.5s-1」なる極めて低い剪断速度で測定される場合に「少なくとも3Pa・s(3,000cps)」なる剪断粘度を有するものと理解するのが自然である。」として,相違点2が実質的な相違点であるとはいえないと結論付けたものである。

そうすると,審決は,本組成物がその摘示したとおりの数値範囲の粘度を有するものと認定した上で,これを前提に,本願発明との相違点2があると認定し,これが実質的な相違点ではないとの判断を行ったものであるから,審決による本組成物の認定における粘度の数値範囲の記載(「0.05Pa・s~0.3Pa・s」の部分)は単なる誤記であるということはできず,審決は,上記の点において,引用発明の認定を誤ったといわざるを得ない。

(3)  これに対し,①本組成物の溶媒及び③シリコーンの粒子径については,以下のとおり,審決の認定に誤りがあるとは認められない。

ア 溶媒の認定について

引用例には,本組成物の溶媒について,「典型的には,水,及び/又は,低分子量の一級若しくは二級アルコール類,好ましくはメタノール,エタノール,プロパノール,イソプロパノール,及びこれらの混合物などの他の溶媒を含む。」,「本組成物は,典型的には,水及び/又は他の溶媒を組成物の5重量%~90重量%含む。」(【0064】)との記載があること,実施例1及び2において,溶媒としていずれも水(水分)が使用されている旨の記載があること(【0069】,【0070】)に照らすと,本組成物の溶媒の代表例として水が用いられる旨を認定するとともに,その配合量を5重量%~90重量%と認定したことに誤りがあるとは認められない。

原告は,引用例に記載された溶媒の配合量の数値範囲は特段の技術的意義を有するものではないから,これを引用発明の構成態様に含めて認定するのは誤りであると主張するが,引用発明における技術要素は,引用例にその技術的意義が明記されている事項でなければならないというものではないから,原告の上記主張を採用することはできない。

イ 粒子径の認定について

本組成物中の布帛柔軟化シリコーンの粒子径について,引用例には,「界面活性剤系によって,非常に小さいシリコーン粒子が布帛に沈着できる。従って,布帛柔軟化シリコーンは,シリコーンの粒径が小さい,即ち,5μm未満,好ましくは1μm~5μm未満,又は更には4μm未満のエマルションの形態とすることができる。以前は,より大きいシリコーン一次粒径を有するシリコーンエマルションを使用することでしか,十分なシリコーン沈着を達成することができなかった。」(【0019】)との記載がある一方,【請求項6】には,「該布帛柔軟化シリコーンが,1μm~50μm未満の一次粒径を有するエマルションの形態である,請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。」とあり,さらに,明細書には「典型的には,本組成物は,一般的には分散体の形態であり,通常,体積平均粒径が1μm~5,000μm,好ましくは1μm~50μmである。」(【0067】)との記載や,実施例2に係る表1に,用いられる布帛柔軟化シリコーンとして,「平均粒径5μm~10μmのポリジメチルシロキサン」及び「平均粒径1μm~4μmのポリジメチルシロキサン」(【0070】)との記載がある。

上記のとおり,引用例には,本組成物中の布帛柔軟化シリコーンの粒径を1μm~50μm未満とすることを発明特定事項とする発明が記載されており,かかる数値範囲の粒径とすることが好ましい旨が明細書に明記され,実施例においても,5μm~10μmのシリコーンが用いられていることに照らせば,シリコーンの粒径を1μm~50μm未満と認定した審決に誤りがあるとは認められない。シリコーンの粒径を5μm未満と認定すべきとの原告の主張を採用することはできない。

2  相違点2に対する判断について

(1)  審決が,本組成物の粘度についての誤った認定を前提に本願発明との相違点2を認定した上,これが実質的な相違点ではないと判断したのは前記1(2)のとおりであり,本組成物の粘度についての正しい認定を前提に相違点2を認定し,これに対する判断を行っていない以上,上記認定の誤りは,審決の結論に影響するといわざるを得ない。

(2)  これに対し,被告は,本組成物の粘度についての正しい認定を前提としても,本組成物が非ニュートン液体でずり減粘液体であることは当業者に自明であり,非ニュートン液体でずり減粘液体であれば,高い剪断速度での測定により低い粘度を示した試料であっても,低い剪断速度で測定した場合に高い粘度を示すと理解され,粘度とずり速度とは反比例の関係にあることからすれば,引用発明が0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合に少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有すると理解するのが自然であるとした審決の判断には誤りはないから,引用発明の認定の誤りは審決の結論に影響しないと主張する。そこで,かかる被告の主張について検討する。

ア 技術常識に係る文献の記載内容

(ア) 「MARUZEN高分子大辞典」(丸善株式会社。甲14)

「…せん断速度(shear rate)がせん断応力に比例する液体を,ニュートン液体…という。せん断応力とせん断速度の比が粘度であり,ニュートン液体では一定である。一方,実用上重要な多くの液体は,粘度がせん断速度に依存し,非ニュートン液体とよばれている。非ニュートン液体は,粘度とせん断速度の関係から数種に分類される。せん断速度の増加に対して粘度が低下することをshear-thinning,…という。」(1274頁左欄下から4行目ないし同頁右欄6行目)

「粘度は流動曲線の傾きで定義される(η=dτ/dfile_2.bmp)。…

表1は代表的な流動モデルである。一つのモデルで広いせん断速度領域の粘度を予測することはむずかしい…」

file_3.bmp(1274頁右欄16行目ないし1275頁1行目)

「…分散系は,…液中に固体粒子が分散した懸濁液と,…液中に液体が分散した乳濁液(エマルション)がある。

分散系の粘度は,分散質の分散状態に依存する。通常,せん断速度の増加とともに,ニュートン流動から非ニュートン流動に変化する。粘度低下は,低せん断速度下で形成される分散粒子の網目構造が,高せん断速度下で破壊されるために起こる。分散系の粘度は,分散質と分散媒の流体力学的相互作用,分散質相互の衝突,分散質間の引力などに依存する。」(1275頁右欄4行目ないし12行目)

(イ) 「レオロジーとその応用」(共立出版株式会社。乙2)

「…ゾル状粘性体について,ずりの応力ƒの広い範囲にわたって流動曲線を描くと,…すなわちずりの応力ƒのきわめて小さい範囲(非Newton流動の下限A点以下)では粘性係数η0なるNewton流動のようにふるまい,またƒのきわめて大きな範囲(非Newton流動の上限C点以上)ではη0より小さい他の値η∞をもったNewton流動のような挙動をする。この現象は最初Ostwald(1925)によって見つけられたので…Ostwald曲線という…。せん断応力ƒの実験範囲が狭いと,しばしば式(3・4)で表される型の非Newton粘性であると解釈されやすいから,Ostwald曲線をたしかめるためには,せん断応力ƒの広い範囲にわたる実験が必要である。このOstwald曲線で示されるような粘性については,多くの研究者によっていろいろの実験式が示されている。」(63頁15行目ないし最終行)

(ウ) 「レオロジー」(みすず書房。甲15,乙3)

「…ここでは一般にずり速度とずり応力の関係が非線型であるものを総称して非ニュートン流動(non-Newtonian flow)と呼ぶことにしよう。

ニュートン流動においてはずり応力file_4.bmpとずり速度file_5.bmpの間にニュートンの仮設がなりたち,比例常数が粘性率ηを与える。

file_6.bmp(4・4・1)

非ニュートン流動においてはfile_7.bmpとfile_8.bmpとの間の関係は一つの関数として与えられる。

file_9.bmp(4・4・2)

または

file_10.bmp(4・4・3)

この関係はその物質のレオロジー方程式で,実験的に定めなければならないものである…。

このような一般の流体に対しても,ニュートン液体の場合とおなじように粘性を考えることができる。この場合には(4・4・1)で与えられる粘性率は一定値をとらず,file_11.bmpまたはfile_12.bmpによって変化する。これが非ニュートン流動の特徴であり,逆にこれによってその流動がニュートン流動であるかどうかが判定できる。すなわち

file_13.bmp(4・4・4)

は一般にfile_14.bmpまたはfile_15.bmpの関数となる。

…非ニュートン流動においてはその特性はfile_16.bmpとfile_17.bmpとの対応関係によって与えられる。これを知るためにはニュートン流動の場合とおなじように各種の粘度計が用いられる。…非ニュートン流動においては,なるべく広い範囲のfile_18.bmp(またはfile_19.bmp)に対して対応するfile_20.bmp(またはfile_21.bmp)を求めなければならない。」(324頁最終行ないし326頁4行目)

「実際に粘度計をもちいてずり応力とずり速度の対応を求めようとするとき,実測されるのはこれらの値そのものではない。…実測される量の間の関係は応力とずり速度の関係(すなわちレオロジー方程式)をその粘度計の型に応じて異なる境界条件をもちいて,積分しなければ求められない。このような積分計算はレオロジー方程式の形があらかじめ推測される場合は(たとえばニュートン流動の場合,または非ニュートン流動でも羃関数

file_22.bmp(4・4・5)

で与えられる場合など)比較的容易である。方程式の形が未知であるときには逆に実測量の間の関係を表すグラフを図式微分してレオロジー方程式を求めなければならないことになる。」(326頁20行目ないし327頁2行目)

「非ニュートン流動のレオロジー方程式としては羃関数(4・4・5)がもっとも簡単でしばしばもちいられるが,…これはいわば実験式であるからいろいろの難点がある。

測定されたfile_23.bmpまたはfile_24.bmpの範囲が極めて広い場合には,一組のk,nをもちいてすべての実測値を表わしうることはまずない。そこで測定データをいくつかの区域に分けてそれぞれ別のk,nを与えて表現することもできるが,これは煩雑であるし物理的には意味がない。

つぎに粘性率の値は…より

file_25.bmp(4・4・9)

で与えられるが,もしも(4・4・5)がこの物質のすべてのずり応力範囲(0~∞)におけるレオロジー方程式を与えるものならば,たとえばn>1とすればF=0でη=∞,F=∞でη=0となる。粘度が∞または0ということは実在の流体としてはありえないし,実際にもそのようなものはみいだされないので,これは矛盾である。このことはこのような実験式というものは,本質的にすべての範囲に適合しうるものではないことを意味している。

最後に…n=1のニュートン流動ではkは1/ηすなわち流動度に等しい。ところが,n≠1のときにはkの物理的次元はnの値によって変る。ことに実験的に求めたnは一般に1.1とか1.3とかいうようにきちんとした整数ではないから,kの物理的次元も妙な次元を示すことになる。

これらの欠点を考慮してfile_26.bmpとfile_27.bmpの関係をもっと一般的なものとするためにいろいろの試みがなされている。」(328頁19行目ないし329頁12行目)

「(5)円錐・平板型回転流動円板とその中心に頂点をもつ共軸の 円錐との間に物質をおき,一方の板を他の板に対して回転する場合であ る…。

静止した平板と角ψをなす円錐を角速度Ωで回転するときの回転能率 をMとする…。

file_28.bmp(2・3・137)

粘性率は

file_29.bmp(2・3・138)

で与えられる。」(188頁1行目ないし189頁23行目)

「(b)円錐・平板型粘度計均一流動を与える粘度計として最近重要視されるようになったもので,ほとんど180°に近い頂角をもつ円錐と円板とを同軸同頂点におき回転粘度計として用いるものである…。円錐と平板との間の角をψとすれば…,ψがごく小さいときには(ψは通常0.5°位にとる)両者の間にはさんだ液体中に働くずり速度とずり応力は近似的に一定とみなすことができる。したがってこの条件でこれは均一流動とみなされる。

この場合にはずり速度は…より

file_30.bmp(4・4・10)

ずり応力は(2・3・137)より

file_31.bmp(4・4・11)

である。ここにRは円板の半径,Ω,Mは回転の角速度および回転能率である。

このようにこの型の粘度計もfile_32.bmp,file_33.bmpは場所によらず一定であるから,前項(a)の帯型粘度計とまったくおなじ意味で非ニュートン流動の研究に適している。

ここに示したfile_34.bmp,file_35.bmpはそのまま粘性率変数P,Vに相当するものであり,実測量(M,Ω)の間の関係もまったくおなじように求められる。

ニュートン液体に対しては

file_36.bmp(4・4・12)

羃関数型の非ニュートン流動に対しては

file_37.bmp(4・4・13)

したがってここでもlogΩとlogMのグラフの勾配よりnが求められる。

粘性率は

file_38.bmp(4・4・14)

となる。」(329頁13行目ないし330頁8行目)

イ 本組成物の物性について

本組成物が,審決の指摘するとおり「水などを含有する水性分散媒に対してシリコーンなどの非水性分散質が分散してなるO/W型の液体分散系である」ことに技術的誤りはないと考えられるところ,前記ア(ア)及び(イ)の記載に照らせば,そのような分散系の流体は,剪断速度を増加させると,剪断速度の増加に対して粘度が変化しないニュートン流動の状態から,剪断速度の増加に対して粘度が低下するshear-thinning(本願発明における「ずり減粘」。乙1参照。以下同じ。)という非ニュートン流動の一種の状態に変化するが,分散系流体がニュートン流動の状態からshear-thinningという状態に変化する剪断速度は,その分散系流体の組成や分散状態によって異なるというのが,当業者の技術常識であると認められる。

そうすると,本組成物が非ニュートン流動を示すとしても,どの程度の剪断速度でニュートン流動から非ニュートン流動に変化するかは,引用例の記載及び技術常識に照らしてもこれを的確に認定することはできないから,本組成物が20s-1以下の剪断速度において非ニュートン流動を示すことを前提に,同組成物の0.5s-1の剪断速度における粘度を推定することはできないというべきである。

ウ 粘度とずり速度の関係について

また,被告は,「et=kptn」(et:ずり速度,pt:ずり応力,k:流動度に対応する定数,n:パラメータ。1ではない。)の関係が成立するような非ニュートン液体でずり減粘液体の粘度ηは,円錐・平板型粘度計で測定した場合,「η=(3ψ/2πR3)・(M/Ω)」との式により求められ,測定装置におけるψ(円錐と平板との間の角度),R(回転半径),M(回転能率)はそれぞれ一定であるから,粘度ηは,ずり速度et(=Ω/ψ)の逆数である「ψ/Ω」に比例する,すなわち,ずり速度etに反比例すると主張する。

しかるに,前記ア(ア)及び(ウ)の記載によれば,非ニュートン流体においては,ずり速度etとずり応力ptの関係は,ずり速度etやずり応力ptの大きさに応じて変わるものであり,なるべく広い範囲のずり速度et(又はずり応力ptに対するずり応力pt(又はずり速度etを測定して,ずり速度etとずり応力ptの関係を示すレオロジー方程式を定める必要があることが,当業者の技術常識であると認められる。そして,et=kptnの関係が成立するようないわゆる羃関数型は,非ニュートン流体の一モデルにすぎず,引用例の記載及び技術常識に照らしても,引用発明に係る本組成物について,少なくとも0.5s-1ないし20s-1の剪断速度の範囲で,上記式の関係が成立する羃関数型の挙動を示すものであると認めることはできない。

さらに,前記ア(ウ)の記載によれば,円錐・平板型粘度計では,ずり応力pt=3M/2πR3の関係にあるから,回転能率Mは,ずり応力ptひいてはずり速度etに応じて変化するのであって,測定条件に応じて変化する値であるということができる。

そうすると,被告の上記主張は,本組成物が羃関数型の挙動を示すものであること及び回転能率Mが測定装置において一定であることを前提とする点で誤りであるから,本組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」からといって,0.5s-1の剪断速度で測定する場合に「少なくとも3Pa・s」であるかどうかは,定かではない。

エ 以上によれば,本組成物の粘度が「周囲条件で20s-1のせん断速度で測定する場合,0.5Pa・s~3Pa・sである」との認定を前提に,0.5s-1の剪断速度及び20℃で測定される場合には少なくとも3Pa・s(3,000cps)の剪断粘度を有すると理解することができる技術的な根拠は見当たらないから,審決の判断に結論において誤りがないということはできない。よって,この点に関する被告の主張は採用することができない。

3  結論

以上の次第であり,引用発明の認定の誤りについての原告の主張は理由があり,審決には取り消すべき違法がある。

よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 田中正哉 裁判官 神谷厚毅)

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