知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10081号 判決 2013年11月21日
原告
三星ディスプレイ株式會社
訴訟代理人弁理士
亀谷美明
松本一騎
平山淳
伊藤学
小西直人
被告
特許庁長官
指定代理人
小松徹三
田部元史
堀内仁子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2009-25128号事件について平成24年11月6日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
三星エスディアイ株式會社は,2005年(平成17年)5月23日,発明の名称を「発光表示装置用電源供給装置および発光表示装置」とする発明につき,パリ条約による優先権主張日を平成16年5月24日,優先国を大韓民国として,特許出願(特願2005-150163号。特開2005-338838号。甲2,4)をした。その後,三星モバイルディスプレイ株式會社が特許を受ける権利を承継した(平成20年12月9日出願人名義変更届。甲32)が,平成21年8月10日付けで拒絶査定を受けた。同社は,同年12月18日,これに対する不服の審判を請求し,平成24年6月6日付手続補正書により同日付で特許請求の範囲の変更を内容とする本件補正をした(甲14)。その後,原告は,同社から合併により特許を受ける権利を承継した(同年9月21日出願人名義変更届。甲33)。特許庁は,同年11月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月20日,原告に送達された。
2 本願発明の要旨
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,以下のとおりである。
【請求項1】
「発光表示装置のデータ駆動部に電源を供給する電源供給装置において,
外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部と;
前記基準電位安定化部から出力される前記安定化した直流基準電圧を前記データ駆動部内に使用される複数の内部直流電源の電圧にそれぞれ変換する電圧変換部と;
前記安定化した直流基準電圧を直接使用するか,または前記データ駆動部内に使用される複数の内部直流電源の電圧に変換するように,前記安定化した直流基準電圧をそれぞれ分配する制御部と;
を含み,
前記制御部の出力の一部は前記電圧変換部に直接供給され,
前記複数の内部直流電源の電圧は,前記安定化した直流基準電圧よりも低い負の電圧から前記安定化した直流基準電圧よりも高い正の電圧までの電圧範囲に属することを特徴とする,発光表示装置用電源供給装置。」
3 審決の理由の要点
本願発明は,引用例(特開2003-316328号公報,甲1)及び周知技術に基づいて,優先権主張日当時,当業者が容易に発明をすることができたもので,進歩性を欠く。
(1) 引用例には,実質的に,以下の引用発明が記載されている。
「液晶表示パネル1,走査信号線GLに走査信号を出力する第1駆動回路5A,5B,映像信号線DLに階調電圧を供給する第2駆動回路6とともに,液晶表示装置100を構成する電源回路4であって,
前記電源回路4は,昇圧回路52,53,対向電極電圧出力回路81,振幅調整回路82,保持容量信号出力回路83,第1レギュレータ84,第2レギュレータ85,内部基準電圧生成回路86,基準電圧出力回路87を備え,
前記内部基準電圧生成回路86は,電池等から供給される外部電源電圧(1.5V程度から4V程度)から入力電源Vin(3V)の電圧値を作成して,第1レギュレータ84と基準電圧出力回路87に出力し,
前記基準電圧出力回路87は,内部基準電圧生成回路86から出力する入力電源Vinを電流増幅して昇圧回路52,53に出力し,
前記昇圧回路52は,入力電源Vinを入力して第2駆動回路6用の電源電圧DDVDH(約5.5V)を出力し,
前記昇圧回路53は,基準電圧出力回路87から入力電源Vinと昇圧回路52からDDVDHを入力して第2駆動回路6用の電源電圧DDVDH(約5.5V),第1駆動回路5用ハイ電源VGH(約7.5V),対向電極用電圧生成電源VCL(約-3V),第1駆動回路5用ロウ電源VGL(約-6V)を出力する
電源回路4。」
(2) 本願発明と引用発明との一致点と相違点は,次のとおりである。
【一致点】
「表示装置のデータ駆動部に電源を供給する電源供給装置において,
外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部と;
前記基準電位安定化部から出力される前記安定化した直流基準電圧を,使用される複数の内部直流電源の電圧にそれぞれ変換する電圧変換部と;
前記安定化した直流基準電圧を直接使用するか,または使用される複数の内部直流電源の電圧に変換するように,前記安定化した直流基準電圧をそれぞれ分配する制御部と;
を含み,
前記複数の電圧は,前記安定化した直流基準電圧よりも低い負の電圧から前記安定化した直流基準電圧よりも高い正の電圧までの電圧範囲に属する,
表示装置用電源供給装置。」
【相違点1】
「表示装置用電源供給装置」が,本願発明では「発光表示装置用電源供給装置」であるのに対し,引用発明では「液晶表示装置が備える電源供給装置」である点。
【相違点2】
電圧変換部が「前記基準電位安定化部から出力される前記安定化した直流基準電圧」を変換した「前記安定化した直流基準電圧よりも低い負の電圧から前記安定化した直流基準電圧よりも高い正の電圧までの電圧範囲に属する」複数の電圧を使用する回路が,本願発明では,データ駆動部であるのに対し,引用発明は,第2駆動回路6が第2駆動回路6用の電源電圧DDVDH(約5.5V)を使用するものの,第2駆動回路部6が第1駆動回路5用ハイ電源VGH(約7.5V),対向電極用電圧生成電源VCL(約-3V),第1駆動回路5用ロウ電源VGL(約-6V)を使用するものではない点。
【相違点3】
本願発明では,「前記制御部の出力の一部は前記電圧変換部に直接供給され」ているのに対し,引用発明では,基準電圧出力回路87を介して昇圧回路52,53に供給している点。
(3) 相違点に関する審決の判断は,以下のとおりである。
ア 相違点1及び2について
表示装置として,「発光表示装置」は周知の表示装置であり,該周知の発光表示装置において,正負の電源電圧を使用するデータ駆動部も周知の技術事項である。そして,引用発明の電源回路4は,入力電源Vin(3V)よりも低い負の電圧から入力電源Vin(3V)よりも高い正の電圧を出力して表示装置の電源回路として使用しているところ,引用発明の電源回路4を周知の発光表示装置の電源回路として用いることに困難性はなく,その際,周知の発光表示装置のデータ駆動部が使用する正負の電源電圧を電源回路4から供給するように構成し,上記相違点1,2に係る本願発明の発明特定事項となすことに困難性はない。
イ 相違点3について
引用発明では,「内部基準電圧生成回路86」の出力を,基準電圧出力回路87で電流増幅してから昇圧回路52,53に入力しているところ,基準電圧出力回路87を介して電流増幅するか否かは,「内部基準電圧生成回路86」が備える電流供給能力に応じて決まる設計事項にすぎず,「内部基準電圧生成回路86」が電流を供給する能力を備えて「内部基準電圧生成回路86」の出力を昇圧回路52,53に直接供給するよう構成し,上記相違点3に係る本願発明の発明特定事項となすことに困難性はない。
そして,本願発明が奏する作用効果は,引用発明と,周知の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得る程度のものである。
ウ したがって,本願発明は,引用発明と周知の技術事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(本願発明と引用発明の対比判断の誤り①)
(1) 審決は,本願発明の「外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部」と,引用発明の「電池等から供給される外部電源電圧(1.5V程度から4V程度)から入力電源Vin(3V)の電圧値を作成して,第1レギュレータ84と基準電圧出力回路87に出力」する「内部基準電圧生成回路86」は,相当関係にあるとした。
(2) 本願発明の「基準電位安定化部」が出力する「直流基準電圧」は,外部から入力される外部電源の電圧を固定した値にして出力するもの,すなわち,外部電源の電圧が変動したとしても単一値に固定されている「安定化した」電圧である。
これに対し,「内部基準電圧生成回路86」は,以下のとおり,外部電源の電圧を安定化させるものではないから,審決の上記の対比判断は誤りである。
ア 引用例の段落【0076】には,「内部基準電圧生成回路86では昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して,入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整する」との記載があるところ,電圧を「微調整」することと,電圧を「安定化」させることは同義ではない。引用発明における「内部基準電圧生成回路86」は,最適な電圧となるように,Vinの電圧値を「微調整」しているにすぎない。
したがって,外部電源の電圧が変動しても「内部基準電圧生成回路86」が出力する入力電源Vinの電圧値は変動しないと解すべき根拠は存在せず,「内部基準電圧生成回路86」は外部電源の電圧の変動に追従した電圧値で入力電源Vinを出力すると解すべきである。
イ 引用例の段落【0055】の記載によれば,入力電源Vinの値(3V)は固定された値ではなく一例として示されているにすぎない。また,適した電圧に昇圧回路52,53で昇圧できるのであれば,入力電源Vinは必ずしも安定化されていなくてもよいと解すべきである。
ウ 引用例の段落【0073】の記載によれば,「第1レギュレータ84」の役割は,対向電極高レベル電圧VCOMHとして振幅調整回路82と対向電極電圧出力回路81の高レベル出力部81aに基準電圧を供給するものであると認められる。ここで,レギュレータとは電流や電圧を一定に保つよう制御する回路であることが技術常識であるから,「第1レギュレータ84」の役割は,「内部基準電圧生成回路86」が出力する電圧を安定化させて,振幅調整回路82と対向電極電圧出力回路81の高レベル出力部81aに(安定化した)基準電圧を供給するものであると認められる。「内部基準電圧生成回路86」が外部電源の電圧を「安定化」させるものであるならば,引用発明において「内部基準電圧生成回路86」の後段に「第1レギュレータ84」を設ける技術的意義が存在しない。
2 取消事由2(本願発明と引用発明の対比判断の誤り②)
(1) 審決は,引用発明の「前記内部基準電圧生成回路86は,電池等から供給される外部電源電圧(1.5V程度から4V程度)から入力電源Vin(3V)の電圧値を作成して,第1レギュレータ84…に出力」するところ,第1レギュレータ84には,「内部基準電圧生成回路86」が作成する「入力電源Vin(3V)の電圧値」が供給されているから,本願発明の「前記安定化した直流基準電圧を直接使用する」ことに相当するとし,引用発明において,「前記内部基準電圧生成回路86は,…入力電源Vin(3V)の電圧値を作成して,第1レギュレータ84と基準電圧出力回路87に出力」することは,入力電源Vin(3V)の電圧値を分配して,第1レギュレータ84と基準電圧出力回路87に供給しているから,本願発明の「制御部」に相当すると判断した。
(2) しかし,引用例の段落【0073】の記載からは,「内部基準電圧生成回路86」が作成する「入力電源Vinの電圧値」を「第1レギュレータ84」に通すことは,「安定化した直流基準電圧を直接使用」しているものであるものとは認められない。前記のとおり,「内部基準電圧生成回路86」は,外部電源の電圧を「微調整」はしているが,外部電源の電圧を「安定化」させるものではないから,安定化された「入力電源Vin」を分配するものでもない。
したがって,「内部基準電圧生成回路86」は,安定化されていない「入力電源Vin」を,「第1レギュレータ84」及び「基準電圧出力回路87」に分配して出力していると認められる。また,レギュレータの役割は,前記のとおりであるから,「第1レギュレータ84」は,「内部基準電圧生成回路86」が出力する電圧を安定化させて,振幅調整回路82と対向電極電圧出力回路81の高レベル出力部81aに,安定化した基準電圧を供給するものであり,安定化した直流基準電圧を直接使用するものではない。さらに,引用発明の「第1レギュレータ84」は,前記のとおり,「振幅調整回路82と対向電極電圧出力回路81の高レベル出力部81aに,安定化した基準電圧を供給する」ものではあるが,液晶表示パネル1の内部に設けられた回路等を制御するための電圧の生成をしているものではない。
(3) 一方,本願発明の「制御部」は,「安定化した直流基準電圧を直接使用するか,又はデータ駆動部内に使用される複数の内部直流電源の電圧に変換するように,安定化した直流基準電圧をそれぞれ分配する」ものである。本願発明は,「制御部」の前段に設けられる「基準電位安定化部」で基準電位の安定化を行っているので,引用例で開示されている発明のように,「入力電源Vin」を分配した後に,「入力電源Vin」を安定化させる「第1レギュレータ84」を通す必要はない。
本願発明は,外部電源から生成されるデータ電圧が安定化されていなければ,パネルの輝度又はコントラストに影響が出ることを見出し,直流基準電圧を安定化させてから分配することで,パネルの輝度又はコントラストに与える影響を防止することができるという効果を奏するものである。このような本願発明の効果は,引用発明からは得られないものである。
(4) したがって,審決の対比判断は誤りである。
3 上記取消事由1及び2のとおり,本願発明と引用発明の対比に誤りがあるから,審決の一致点の認定には誤りがあり,これを前提になされている相違点についての検討には妥当性がない。
よって,審決における容易想到性判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
引用例の段落【0076】の記載によれば,「内部基準電圧生成回路86」の機能は,「電池等から供給される外部電源電圧から入力電源Vinの電圧値を作成」することにあり,この「入力電源Vinの電圧値」は微調整される電圧値であることを説明するものである。そして,基準電圧は,安定な定電圧であることは,技術常識である。また,原告主張のように内部基準電圧生成回路の機能を「昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して,入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整」するだけであると考えるのであれば,出力する入力電源Vinは,外部電源の電圧の変動に影響される安定しない電圧となるのであるが,液晶表示装置がそのように安定しない電圧を必要とする理由はなく,かかる電圧を生成する技術的理由がない。
また,引用例の図17の回路図には,第1レギュレータ84が,「内部基準電圧生成回路86」が出力する入力電源Vinを入力することが描かれている。回路図は,分かりやすく表現するために,電源線を省略する習慣があるとの技術常識を考慮すると,仮に,この入力電源が外部電源と同様に変動する電源であるならば,内部基準電圧生成回路の出力と第1レギュレータ84の入力を結ぶ配線は,図面には省略されるはずであるのに,前記配線が回路図に描かれていることからみても,「内部基準電圧生成回路86」が出力する入力電源Vinを,外部電源と同様に変動する電源と解するのは誤りである。
引用発明において「内部基準電圧生成回路86」の後段に「第1レギュレータ84」を設ける技術的意義も,第1レギュレータが必要とする基準電圧を内部基準電圧生成回路から供給することにあると,当業者ならば理解できる。
2 取消事由2に対し
「内部基準電圧生成回路86」が出力する入力電源Vinが,安定な定電圧であることは上記1のとおりであり,昇圧回路52,53,第1レギュレータとの関係においても,何ら矛盾を生じるものではない。そして,第1レギュレータ84が入力電源Vinを入力することは,入力電源Vinを直接使用するものに当たる。
よって,審決の対比判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 本願発明について
本願明細書(甲4,14)によれば,本願発明につき,以下のことが認められる。
本願発明は,発光表示装置用電源装置及び発光表示装置に関するものである(段落【0001】)。有機ELディスプレイのデータ電圧は,外部電源の電圧降下又はノイズが発生する場合,データ電圧が揺れることにより,パネルの輝度又はコントラストに影響を与えるという問題点があった(段落【0008】)。
上記問題点に鑑み,本願発明の目的は,外部電源の変動時にも,データ駆動部集積回路に安定した基準電位を選択的に供給し得る基準電位安定化回路を備えた発光表示装置用電源供給装置を提供することにある(段落【0009】)。
このために,外部から入力される外部電源の電圧(Vci)を安定化した直流基準電位(VCIR)に変換して出力する基準電位安定化部と,基準電位安定化部から出力される安定化した直流基準電位をデータ駆動部内に使用される複数の内部直流電源にそれぞれ変換する電圧変換部とを含む,発光表示装置用電源供給装置が提供される(段落【0010】)。
そして,上記安定化した直流基準電位を直接使用するか,又は上記データ駆動部内に使用される複数の内部直流電源に変換するように,上記安定化した直流基準電位をそれぞれ分配する制御部を更に含むことができる。(段落【0012】)
この制御部は,簡単な配線連結で安定化した基準電位(VCIR)を分配することもでき,あるいは,所定の指令に応じて,安定化した基準電位(VCIR)を要求する多くの内部回路に分配する構成をとることができる(段落【0041】)。
本願発明によれば,外部電源の変動にかかわらず,安定した基準電位を発光表示装置に供給することができ,また,発光表示装置のデータ駆動部内部に安定した電圧を供給することにより,データ電圧の変動による輝度などの不均一性を防止するとの効果を奏することができる(段落【0026】,【0066】,【0067】)。
2 取消事由1(本願発明と引用発明の対比判断の誤り①)について
原告は,引用発明の「電池等から供給される外部電源電圧(1.5V程度から4V程度)から入力電源Vin(3V)の電圧値を作成して,第1レギュレータ84と基準電圧出力回路87に出力」する「内部基準電圧生成回路86」は,外部電源の電圧を安定化させるものではないから,本願発明の「外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部」に相当せず,この点に関する審決の対比判断に誤りがあると主張する。
(1) 引用発明について
引用例(甲1)には,引用発明に関し,以下の記載がある。
「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,液晶表示装置に係わり,特に,携帯型表示装置に用いられる液晶表示装置の駆動回路に適用して有効な技術に関する。」
「【0045】次に,電源回路4に用いられる昇圧回路について説明する。携帯電話機等の小型携帯機器では,電源として電池の利用が一般的である。また,流通量の多さから電池は出力電圧が1.5V程度から4V程度のものが利用される。
【0046】そのため,昇圧回路を用いて液晶表示装置用に電源電圧を作成している。図7に薄膜トランジスタ方式の液晶表示装置に必要な電源電圧を示す。なお,図7では図1から図6に示す液晶表示装置100の対向電極15に供給する電圧VCOMを一定周期で反転させる,所謂VCOM反転駆動方式を用いている場合の各駆動電圧を示している。」
「【0048】次に,VDHは階調基準電圧である。階調基準電圧VDHを基準に第2駆動回路で階調電圧を生成する。液晶材の特性から5.0V程度が必要である。DDVDHは図4乃至図6に示す第2駆動回路(ソースドライバ)6用の電源電圧である。第2駆動回路6が出力する階調電圧の基準電圧VDHが5.0Vで,第2駆動回路6の最大定格が6.0Vであるため,5.5V程度が必要となる。」
「【0051】以上液晶表示装置に必要な電源の中で,第2駆動回路6用の電源電圧DDVDHと,第1駆動回路5用ハイ電源VGHと,第1駆動回路5用ロウ電源VGLと,対向電極用電圧生成電源VCLと,保持容量素子13用の電圧VSTGをチャージポンプ方式の昇圧回路を用いて作成することとし,他の電圧は昇圧回路で形成した電圧を分圧等して形成することとした。」
「【0057】次に,図10に昇圧回路55の出力を入力電源として利用することで,外付けコンデンサ51の数を減らす回路の概念ブロック図を示す。昇圧回路52では入力電源Vinを2倍にしているので,昇圧回路52の出力電圧を利用し,さらに昇圧回路53で3倍にすることで,入力電源Vinを3Vとすると,6倍の電圧18Vを形成することが可能である。図10に示す回路では,外付けコンデンサとして,昇圧回路52に接続しているC11と,昇圧回路53に接続している外付けコンデンサC12,C21,C22の4個となり,図9に示す回路に対して外付けコンデンサの数を11個から4個に減少することができる。なお,外付けコンデンサC11は2倍用で,外付けコンデンサC12は1倍用(-1倍用)で,外付けコンデンサC21,C22は2倍用(-2倍用)である。」
「【0068】次に,交流化駆動のための回路について説明する。図17は電源回路4に交流化駆動用回路を加えた構成を示す概略ブロック図である。符号81は対向電極電圧出力回路で,82は振幅調整回路で,83は保持容量信号出力回路で,84は第1レギュレータで,85は第2レギュレータで,86は内部基準電圧生成回路で,87は基準電圧出力回路で,Mは交流化信号入力端子である。」
「【0073】図17に示す回路では,第1レギュレータ84から,対向電極高レベル電圧VCOMHとして振幅調整回路82と対向電極電圧出力回路81の高レベル出力部81aに基準電圧が供給されている。振幅調整回路82では対向電極電圧として必要な振幅となるように,振幅基準電圧を作成し,対向電極高レベル電圧VCOMHから振幅基準電圧を減算することで,対向電極低レベル電圧VCOMLを作成し低レベル出力部81bに出力している。対向電極電圧出力回路81は交流化信号に従い,高レベル出力部81aと低レベル出力部81bとの接続を切換て,対向電極高レベル電圧VCOMHと対向電極低レベル電圧VCOMLを出力する。」
「【0076】内部基準電圧生成回路86は,電池等から供給される外部電源電圧から入力電源Vinの電圧値を作成している。昇圧回路52,53では入力電源Vinをn倍しているが,内部基準電圧生成回路86では昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して,入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整が行われる。
内部基準電圧生成回路86から出力する入力電源Vinは,基準電圧出力回路87で電流増幅され他の回路へ出力される。」
file_2.jpg図17
(2) また,外部電源の電圧の安定化及び「基準電圧」に関し,以下のとおり認められる。
ア 外部電源の電圧の安定化について
引用発明は,液晶表示装置,特に,携帯型表示装置に用いられる液晶表示装置の駆動回路に適用して有効な技術に関する発明であり,本願発明と引用発明は,ともに「表示装置のデータ駆動部に電源を供給する電源供給装置」に関するものである(争いがない。)。
そして,表示装置において,外部電源の電圧を安定化して出力する構成を有することについては,本願の審査において通知された平成20年6月2日付拒絶理由通知書(甲5)において,引用文献1(特開2003-228314号公報。甲15)の図8及びその説明,引用文献2(実願昭61-130154号<実開昭63-038191号>のマイクロフィルム。甲16)の第1図及びその説明,引用文献3特開2001-147662号公報。甲17)の図1及びその説明,引用文献4(特開平05-333813号公報。甲18)の図1及びその説明に記載があるとおり,当業者に周知の技術事項であり,特に,甲15及び甲17の文献には,以下の記載がなされていることから,電池などの非安定な外部電源の電圧を安定化して出力する構成を有する表示装置が周知であると認められる。
(ア) 甲15
「【0003】図8は,1/3バイアスで液晶を駆動する場合の抵抗分割型の例を示す図であり,101は電源であるところの電池,102は電池101に接続された,電池101からの電圧を一定に保つためのレギュレータ,103,104,105は直列に接続されたそれぞれ同一の抵抗値の抵抗であり,抵抗103の一端がレギュレータ102の出力に,抵抗105の一端が電池101のマイナス側及びレギュレータ102のグランド側に接続され,レギュレータ102の出力電圧を分圧する構成となっており,ここでレギュレータ102の出力電圧が4.5Vとした場合,抵抗103と抵抗104の接続点で3.0V,抵抗104と抵抗105の接続点で1.5Vが得られるようになっている。」
「【0006】次に,図9は1/3バイアスで液晶を駆動する場合のチャージポンプ型の例を示す物であり,108は電源であるところの電池,109は電池108に接続された,電池108からの電圧を一定に保つためのレギュレータ,110はレギュレータ109で一定に保たれた電圧を,昇圧するためのチャージポンプ回路であり,ここでは入力電圧及び入力電圧の2倍昇圧及び3倍昇圧電圧を出力するようになっており,ここでレギュレータ109の出力電圧が1.5Vとした場合,2倍昇圧電圧は3.0V,3倍昇圧電圧は4.5Vが得られるようになっている。」
(イ) 甲17
「【0022】具体的に,この表示駆動装置は,図1の如く,固定セグメントタイプの有機EL表示パネル21を駆動する際に,自動車のバッテリから供給される非安定化電源Vinを,駆動電圧制御素子22により安定化電源Voutに変換してから,この安定化電源Voutを表示ドライバ23を通じて有機EL表示パネル21に印加するようにし,また,駆動電圧制御素子22から出力される安定化電源Voutの電圧レベルを駆動電圧制御回路24により制御するようになっている。」
イ 「基準電圧」について
乙1(「電子情報通信ハンドブック」(電子情報通信学会ハンドブック委員会編,932頁))には,「基準電圧回路」の項に「回路の設計では安定な定電圧を必要とする場合が多い。」との記載があり,また,乙2(「トランジスタ技術第34巻第4号」(CQ出版社,316頁))には,「基準電圧」の項に「定電圧電源を構成する際に,出力電源を常に一定に保つためには内部に安定した電圧源が必要になる。これを基準電圧という。…この電圧精度が直流電力の安定度に直接影響を与える。…」との記載がある。
これらのことからすれば,「基準電圧」は,「安定な定電圧」であるとの技術常識が存すると認められる。
(3) 以上を踏まえて,引用発明における「内部基準電圧生成回路86」が,本願発明の「外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部」に相当するかについて検討する。
ア 前記(1)のとおり,携帯電話機等の小型携帯機器では,電源として電池の利用が一般的であり,この電池は出力電圧が1.5V程度から4V程度のものが利用されるため,引用発明において昇圧回路を用いて液晶表示装置用に電源電圧を作成しているところ,引用例の図17には,電源回路4に交流化駆動用回路を加えた構成を示す概略ブロック図が示されている。このうち,「内部基準電圧生成回路86」は,電池等から供給される外部電源電圧から入力電源Vinの電圧値を作成していること,昇圧回路52,53では入力電源Vinをn倍しているが,「内部基準電圧生成回路86」では昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して,入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整が行われること,及び「内部基準電圧生成回路86」から出力する入力電源Vinは,基準電圧出力回路87とレギュレータ84に接続されていて,基準電圧出力回路87で電流増幅され他の回路へ出力されること,が記載されている。
引用発明の昇圧回路52,53では入力電源Vinをn倍しているところ,「内部基準電圧生成回路86」では「昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して,入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整が行われる」(段落【0076】)というのであるから,表示装置において必要とされる電源に応じて,昇圧回路52,53から出力する電圧値が定まり,これに対して最適となるように1/nとなる値の定電圧を作成する必要があり,このことが「入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整する」ことに相当するものと解される。
そして,引用例の段落【0048】には,昇圧回路により作成される電源電圧であるDDVDHについて,基準電圧VDH5.0V,第2駆動回路6の最大定格6.0Vの間の電圧である5.5Vが必要とされることが記載されている。これは,前記のとおり,「内部基準電圧生成回路86」では昇圧回路52,53から出力する電圧値に対し入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整が行われるとの記載に照らすと,「内部基準電圧生成回路86」が,電池等の外部電源から供給される外部電源電圧から入力電源Vinの電圧値を作成し,昇圧後のDDVDHが5.0Vと6.0Vの間の電圧である5.5Vとなるように微調整するものであることが分かる。そうすると,当業者は,昇圧回路がこのような電圧範囲が規定されているDDVDHを作成することからみて,昇圧回路の入力電圧となるVinは,電池等の外部電源電圧が変動しても変動しない「安定化された定電圧」であることを前提としていると理解できる。
イ また,「内部基準電圧生成回路86」との文言を合理的に解釈すると,「内部で使用される基準電圧を生成する回路」を意味するものと解される。そして,前記(2)に記載した事項によれば,特段,別異に解すべき事情がない限り,電池などの非安定な外部電源から電源を供給する表示装置について,「基準電圧」との文言に接した当業者は,外部電圧の電圧を安定化したもの,すなわち,安定な定電圧を想起するものと認められる。
ウ 以上に述べたほか,電池などの非安定な外部電源の電圧を安定化して出力する構成を有する表示装置は,前記のとおり周知であり,また,引用例には,「基準電圧」は,「安定な定電圧」との理解に反する記載もないことを踏まえると,引用例の電池等から供給される外部電源電圧から入力電源Vinの電圧値を作成する「内部基準電圧生成回路86」の記載に接した当業者は,引用発明の「内部基準電圧生成回路86」を,電池などの非安定な外部電源の電圧を安定化して出力する回路として十分に認識するといえる。
そうすると,引用発明における「内部基準電圧生成回路86」は,本願発明の「外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部」に相当するとした審決の判断に誤りはない。
(4) これに対し,原告は,引用例の段落【0076】には,「内部基準電圧生成回路86では昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して,入力電源Vinが最適な電圧となるように微調整」との記載があることから,引用発明における「内部基準電圧生成回路86」は,最適な電圧となるように,Vinの電圧値を「微調整」しているにすぎない,引用例においては,「第1レギュレータ84」が,「内部基準電圧生成回路86」が出力する電圧を安定化させて,振幅調整回路82と対向電極電圧出力回路81の高レベル出力部81aに(安定化した)基準電圧を供給する役割を果たすものであると主張する。
しかし,引用例には,段落【0076】において,「内部基準電圧生成回路86は,電池等から供給される外部電源電圧から入力電源Vinの電圧値を作成する」と記載されているのに対し,第1レギュレータ84には,そのような記載はなく,単に第1レギュレータ84から基準電圧が供給されることが記載されるのみである。
さらに,「内部基準電圧生成回路86では…微調整が行われる」(段落【0076】)との記載は,前記のとおり,表示装置において必要とされる電源に応じて,昇圧回路52,53から出力する電圧値に対して最適となるように1/nとなる値の定電圧を作成することを意味しているものであり,また,上記記載部分の前には,「内部電圧回路86は,…入力電源Vinを作成する」との記載がある。そうすると,「内部基準電圧生成回路86」においては,上記の「微調整」のみが行われると解すべきではなく,入力電源Vinが最適な電圧となるような定電圧値を安定して生成するものというべきである。したがって,原告の上記主張は採用できない。
(5) 以上によれば,審決が,本願発明の「外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部」と,引用発明の「電池等から供給される外部電源電圧(1.5V程度から4V程度)から入力電源Vin(3V)の電圧値を作成して,第1レギュレータ84と基準電圧出力回路87に出力」する「内部基準電圧生成回路86」は,相当関係にあるとしたことに誤りはない。原告の取消事由1には理由がない。
3 取消事由2について
前記のとおり,原告は,引用発明の「内部基準電圧生成回路86」は,安定化された定電圧を生成するものではなく,本願発明の「外部から入力される外部電源の電圧を安定化した直流基準電圧に変換して出力する基準電位安定化部」とは異なることを前提として,審決の対比判断の誤りを指摘しているところ,前記2のとおり,原告の主張はその前提において誤りである。
そして,「内部基準電圧生成回路86」の機能は,前記に認定説示したとおりであるところ,前記のとおり,「内部基準電圧生成回路86」から出力する入力電源Vinは,基準電圧出力回路87とレギュレータ84に接続されていて,基準電圧出力回路87で電流増幅され他の回路へ出力されるものであるから,「第1レギュレータ84」に通すことは,分配した後に第1レギュレータ84で安定化しているのであって,「安定化した直流基準電圧を直接使用」しているものに当たる。
これに対し,原告は,引用例の段落【0073】を指摘して,「内部基準電圧生成回路86」が分配した後,「第1レギュレータ84」で安定化しているのであって,「第1レギュレータ84」に通すことは,「安定化した直流基準電圧を直接使用」しているものではないと主張する。しかし,段落【0073】には,「第1レギュレータ84」で基準電圧が生成されるとは記載されておらず,かえって,「内部基準電圧生成回路86」により基準電圧が生成され,当該基準電圧を第1レギュレータ84に通した後の機序について説明したものと解されるのであるから,「第1レギュレータ84」が基準電圧を生成していることについての根拠となるものではなく,原告の主張は採用できない。
以上からすれば,原告主張の審決の対比判断には誤りがない。取消事由2には理由がない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 中武由紀)