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知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10124号 判決 2013年12月24日

原告

訴訟代理人弁護士

下田憲雅

弁理士

野崎俊剛

瀧澤匡則

住吉勝彦

保田正樹

被告

東洋アルミエコープロダクツ株式会社

訴訟代理人弁理士

葛西泰二

葛西さやか

山崎裕史

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が無効2012-800156号事件について平成25年3月21日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許無効不成立審決の取消訴訟である。争点は,①進歩性の欠如,②サポート要件違反,③発明未完成である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「紙容器」とする特許第3411951号(以下「本件特許」という。出願日:平成8年7月31日,登録日:平成15年3月20日)の特許権者である(甲10)。

原告は,平成24年9月20日,本件特許について無効審判を請求した(無効2012-800156号)。

特許庁は,平成25年3月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月5日,原告に送達された。

2  本件発明の要旨

本件発明の要旨は,特許第3411951号公報(甲10)の特許請求の範囲に記載された下記のとおりである。

【請求項1】一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成された,外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状の多角型の紙容器であって,

底部と,

前記底部に接続する側壁部と,

前記側壁部に接続しかつ水平方向に延びるフランジ部と,

前記フランジ部の外周縁に形成された縁巻部とを備え,

前記フランジ部の内,前記曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい,紙容器。

【請求項2】前記曲線対応部分に凹み部が形成された,請求項1記載の紙容器。

【請求項3】前記曲線部に対応した,前記側壁部,前記フランジ部及び前記縁巻部の一部には,前記外縁に向かって放射状に延びる複数のシワが形成される,請求項1又は請求項2記載の紙容器。

【請求項4】前記シワは,前記板紙原紙に予め形成された放射状の複数の線条に基づいて形成される,請求項3記載の紙容器。

(以下,各請求項に係る発明を請求項ごとに「本件発明1」などといい,本件発明1~4を併せて「本件発明」という。)

3  審判で主張された無効理由

審判で原告が主張した無効理由は,以下のとおりである。

(1)  無効理由1(進歩性なし)

本件発明1,3及び4は,特開平7-256798号公報(甲1)に開示された発明(以下「甲1発明」という。)等に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2)  無効理由2(サポート要件違反)

本件特許に係る出願は,特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項1号に規定する要件を満たさないものである。

(3)  無効理由3(発明未完成)

本件発明1~4は,未完成であり,特許法29条1項柱書きに該当し特許を受けることができない。

4  審決の理由の要点

審決は,原告主張の無効理由1~3について,いずれも理由がないと判断した。

審決が上記判断に当たり認定した甲1発明,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

(1)  甲1発明

「複数の板紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成型して形成された,外縁が直線部を含む形状の長方形の緩衝材1であって,

底部及び側壁からなる膨出部5と,

前記膨出部5に接続しかつ水平方向に延びる鍔部6とを備え,

前記鍔部6にシワ8が生じる,緩衝材1。」

(2)  本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点

ア 一致点

「板紙原紙からプレス成形を含む工程によって形成された,外縁が直線部を含む形状の多角型の物品であって,

底部と,

前記底部に接続する側壁部と,

前記側壁部に接続しかつ水平方向に延びるフランジ部とを備え,

前記フランジ部にシワが生じる,物品。」

イ 相違点1

板紙原紙からプレス成形を含む工程によって形成されたことに関し,本件発明1は,「一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成された」ものであるのに対し,甲1発明は「複数の板紙を接着剤3を介在させることによって重ね合わされた積層材4をプレス成型して形成された」ものである点。

ウ 相違点2

本件発明1の物品の外縁は,「直線部と曲線部とが相互に連続した形状」であり,また,「フランジ部の内,前記曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」ものであるのに対し,甲1発明の物品の外縁は,「外縁が直線部を含む形状」であるものの,「曲線部」を有するか明らかでなく,また,フランジ部の幅の関係もそのようなものか不明である点。

エ 相違点3

本件発明1の物品は「紙容器」であるのに対し,甲1発明の物品は「緩衝材」である点。

オ 相違点4

本件発明1は「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部」を備えるのに対し,甲1発明の鍔部6(フランジ部)は,そのようなものを備えていない点。

カ 相違点5

フランジ部に生じるシワに関し,本件発明1は,「折りシワ」であるのに対し,甲1発明はそのようなものか不明である点。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(進歩性に関する認定判断の誤り)

(1)  本件発明1と甲1発明との相違点の認定の誤り

ア 相違点2について

審決は,本件発明1の物品の外縁は,「直線部と曲線部とが相互に連続した形状」であり,「フランジ部の内,前記曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部分に対応する直線対応部分の幅より大きい」ものであるのに対し,甲1発明の外縁は,「外縁が直線部を含む形状」であるものの,「曲線部」を有するか明らかではなく,フランジ部の幅の関係もそのようなものか不明である点において相違する旨指摘する。

しかし,「曲線部」の「曲線」とは,真っ直ぐではない曲がった線を意味する。甲1の図1や図4(a)~(c)に示されるように,甲1発明の鍔部6は,4辺からなる隣り合う直線部が,直線ではない曲がった線,すなわち,曲線部により接続され,隅丸状になっている。したがって,甲1発明の物品には,本件発明と同様に,「曲線部」が存在することは明らかである。

また,甲1の図4に係る原告訴訟代理人作成の「評価書1」(甲2)によれば,図4(a)を実測し,比で表わすと,鍔部の直線対応部分の幅を1とすると,上記曲線部の対応部分の幅は約1.3であると認められる。したがって,甲1発明の部品には,本件発明と同様に,「フランジ部の内,前記曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部分に対応する直線対応部分の幅より大きい」ことは明らかである(甲2図A及び図B)。

この点,審決は「甲1の図1及び図4における曲線状に見える外縁は,曲線部を積極的に形成したものではなく,安全上又は製造上の必要性からコーナーのアール部を設けたものに過ぎない」とする。

しかし,特許発明と引用発明の構成を対比して一致点及び相違点を抽出する際,当該構成の有無のみを検討すべきであり,当該構成が設けられた理由や設けられなかった理由を斟酌する必要はなく,斟酌すべきでもない。

また,審決は,本件明細書(甲10)の【0043】段落の記載を根拠に,「相違点2に係る,「折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」なる特定事項は,単に,曲線対応部分の幅が曲線対応部分の幅ということにとどまらず,「折りシワ」を上記指摘のように意図的に設けた「曲線対応部分」の幅」が直線対応部分の幅より大きいという技術的意義を有するものと認められる」とする。

しかし,甲1発明の折りシワは,本件発明1と同様に意図的に設けられたものである。

したがって,相違点2は相違点ではない。

イ 相違点3について

審決は,本件発明1の物品は「紙容器」であるのに対し,甲1発明の物品は「緩衝材」であるとし,両者の物品は相違するとする。

この点,甲1の【0006】段落の記載によれば,甲1発明において,「緩衝材」とは,「容器」,「包装材」,「充填材」の全てを含むもの,すなわち,これらの上位概念として定義付けられている。

また,甲1の請求項1の記載によれば,甲1発明の「緩衝材」は,「紙」から成形されたものであることが認められる。

以上の記載から,甲1に記載される「緩衝材」は,「紙」から成形された「容器」,すなわち,「紙容器」を含むものであり,甲1中の「緩衝材」という記載は,「紙容器」と置き換えることができるものである。したがって,甲1発明は,「紙容器」に係る発明であることは明らかである。

審決は,「(甲1【0006】段落)は「緩衝材」の一態様として「容器」があることを示すものとなり得ても,「緩衝材」であれば「容器」であるといえることとはならない」と指摘する。しかし,上記のとおり,甲1の「緩衝材」は「紙容器」を含むものであり,甲1においては,「緩衝材」を「容器」と読み換えることができる。

審決は,甲1の図1について,「甲1の図1に示された「緩衝材1」の使用態様は充填材であることは原告も認めるところであり,これを「容器」であるとすることは,「緩衝材」の一態様として「容器」があることを考慮しても,困難といわざるを得ない。」と指摘する。しかし,原告の主張は,甲1の図2は,図1で示された「緩衝材1」を充填材として使用する場合の使用態様であるというものであり,図1に示されたものが充填材であるとするものではない。甲1の【図面の簡単な説明】の記載から明らかなように,緩衝材は,実施例・使用態様によっては包装材,充填材の他に容器としても使用される。すなわち,甲1の図1に示された緩衝材1の鍔部に囲まれた膨出部に何らかの物を入れる場合には,それは「容器」として使用することは十分可能である。したがって,図2における緩衝材1が容器ではない充填材であるとしても,これは図1の緩衝材の一実施例にすぎず,このことをもって甲1発明が容器,紙容器ではないことを示す根拠とはならない。

審判における参考資料1(甲3)は,本件特許の出願前である平成5年4月1日に発行された雑誌の広告であり,これは甲1発明に係る物品のうち容器として使用される緩衝材の使用態様を示したものである。

以上より,甲1発明に係る物品は,本件発明に係る物品の「紙容器」と同一であって,この点において本件発明1と甲1発明の間には相違はなく,相違点3として認定した審決は誤りである。

ウ 相違点5について

審決は,それぞれの物品のフランジ部に生じるシワに関し,本件発明1は「折りシワ」であるのに対し,甲1発明はそのようなものか不明であるとする。

本件明細書の【0018】,【0020】段落の記載から,本件発明1のシワ35は,プレス加工による圧縮によって形成されるものである。

被告は,本件発明1の「折りシワ」を含む全てのシワは板紙をプレス成形する際に発生するものであると主張する。しかし,甲1の【0008】,【0013】,【図面の簡単な説明】の記載によれば,甲1発明の「シワ」は,本件発明1と同様に,紙をプレス成形する際に生じるものであり,本件発明1における「折りシワ」と同一である。

審決は,本件発明1の「折りシワ」は紙容器の保形性を向上させるために意図的に設けたものと認められるが,甲1発明の「シワ」はその発生を防止することが望ましいとの教示があることから,当該シワは意図的に設けたものではないことは明らかであり,本件発明1の「折りシワ」と同視できないと指摘する。しかし,本件発明1における「折りシワ」の発生原因はプレス加工であるところ,プレス加工を意図的に行えばそれによって生じたシワは意図的なものであるはずであり,この点において甲1発明における「シワ」も意図的に行ったプレス加工によって生じるものであり,本件発明1における「折りシワ」と何ら変わることはない。

そもそも,進歩性の判断において認定した本件発明と認定した引用発明の一致点を認定する際,本件発明の構成が引用発明の構成に現れていれば十分であり,当該構成が設けられた理由や動機付け,意図的であるか否かは無関係である。

エ 本件発明1と甲1発明の相違点

以上のことから,本件発明1と甲1発明とは,審決における相違点1及び4の2点のみで相違する。

(2)  本件発明1の進歩性判断の誤り

ア 相違点1の容易想到性

本件発明1における「一枚の板紙原紙」からプレス成形のみによって形成された紙容器は,本件特許出願の前に公開された実開平6-80615号(甲4)及び特開平5-77344号公報(甲5)に記載されている。すなわち,甲4の図5には,一枚の板紙原紙1をプレス成形のみによって容器の形状に変形する工程が開示されている。また,甲5の図3及び図4にも,一枚の板紙原紙1をプレス成形のみによって容器の形状に変形する工程が開示されている。

したがって,「一枚の板紙原紙」からプレス成形のみによって形成された紙容器は,本件特許出願前における周知技術である。

審決の,「「接着剤3」を介在させてプレスし接着剤を固化させることによって甲1発明は所望形状及び機能を備え」,との認定は誤りである。甲1の【0006】段落の記載によれば,「接着剤3」が固化せず粘着性を有する接着剤であれば板紙原紙同士の離反を防止する作用を発揮するものの,固化して保形性を高める作用は発揮し得ない。板紙原紙が一枚であれば板紙原紙同士の離反を防止する必要はなく,粘着性を有する接着剤も不要である。よって,固化させるための接着剤及び粘着性を有する接着剤も省略して,本件発明1のような一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成されたものとすることは,容易想到である。

また,「プレス成形のみ」の「のみ」とは,特許発明の構成要件である「底部」,「側壁部」,「フランジ部」,「縁巻部」の形成をプレス成形により形成し,他の手段・工程を用いないことを意味するものである。甲1発明は,本件発明1と同様に,「底部」,「側壁部」,「フランジ部」,「縁巻部」の形成にはプレス成形以外の手段・工程は用いられていない。

イ 相違点4の容易想到性

「フランジ部の外周縁に形成された縁巻部と」を備える点は,甲4の【0010】段落(【0018】段落も同趣旨)に開示されている。

また,甲5の図3及び図5には,一枚の板紙からプレス加工のみによって形成された,外縁が円形状の紙容器であって,底部と,この底部に接続する壁面と,この壁面に接続する外周部と,この外周部先端の縁巻きとを備え,外周部に折りシワが生じる,縁巻き紙皿が開示されている。

さらに,実開平7-35310号(甲6)にも,「1枚の成形素材(M)を成形してなり,かつその開口(O)の形状に応じた蓋(11)と組み合わせて用いられる食品用薄壁容器(1)において,底部(2)と,底部(2)の周縁部(2b)より立設する側周壁(3)とによって形成される収容空間(S)を備え,前記側周壁(3)の一部または全周にわたって複数のひだ部(4)を形成すると共に前記各ひだ部(4)が重合する部分(4a)を無接着にし,側周壁(3)の上端周縁(5)に,前記蓋(11)の下面外縁部(11a)を支持し得る巻回支持部(6)を形成したことを特徴とする食品用薄壁容器。」(【実用新案登録請求の範囲】【請求項1】)が開示されている。

以上のとおり,本件特許の出願前に公開された上記各書証には紙容器に縁巻を形成する点が記載されおり,紙容器のフランジ部の外周縁に形成された縁巻部は周知技術である。

審決は,「甲1発明は紙容器ではなく「緩衝材」であるから,そのような(紙容器に)縁巻を形成する従来周知の技術を甲1発明に適用することは動機がなく,容易想到ということにはならない。」とする。しかし,甲1発明は,紙容器を含む緩衝材,すなわち,紙容器に係る発明である。また,本件特許の出願前に公開され,かつ,紙容器に係る発明である甲4~6に,紙容器に縁巻を形成する点が記載されており,紙容器のフランジ部の外周縁に形成された縁巻部は周知技術である。したがって,甲1発明に係る紙容器のフランジ部に,周知技術である縁巻を設けることは,紙容器に係る当業者にとって容易想到である。

審決は,「甲1発明のような緩衝材においては,緩衝材としての機能を低下させかねない縁巻を形成することは,避けるのが通常であって,むしろ阻害要因があるというべきである。」とする。しかし,「縁巻」の存在は,保形性の更なる向上,触れた手を切らない等の安全性の向上,密着性の向上につながり,必ずしも緩衝材としての機能を低下させるものではない。特に,「容器」として使用する場合には,当業者において積極的に「縁巻」を設けようという発想に到るはずである。

(3)  本件発明1の進歩性についてのまとめ

以上より,本件発明1は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(4)  本件発明3の進歩性

甲1には,「前記曲線部に対応した,前記側壁部(膨出部(5)の側壁),前記フランジ部(6)の一部には,前記外縁に向かって複数のシワ(8)が形成される,紙容器。」が開示されている。

一方,甲4には,周壁コーナー部25に放射状に折りシワ(線条17)が形成されている板紙原紙1をプレス成形し,底面部23と,この底面部23の端部から立ち上げられた周壁部21と,周壁部21の上端から略水平に延ばされた鍔部26と,鍔部26の外周端に設けられた縁巻27とからなる紙容器を形成することが開示されている。また,放射状に形成されている折りシワは,板紙原紙1をプレス成形し,紙容器が形成された後においても,当然に残存している。折りシワは,周壁コーナー部25に形成されているものであるから,図2に示される紙容器の周壁部21と,鍔部26と,縁巻27のコーナ部25に対応する部位には,折りシワが形成されている。

曲線部に対応した,側壁部,フランジ部及び縁巻部の一部には,外縁に向かって放射状に延びる複数のシワが形成されることは,周知技術である。

そうすると,甲1発明に対して,上記周知技術を適用することによって,本件発明3の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

したがって,本件発明3は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(5)  本件発明4の進歩性

甲4の【0004】段落にあるように,シワは,板紙原紙に予め形成された放射状の複数の線条に基づいて形成されることは,周知技術である。

そうすると,甲1発明に対して,上記周知技術を適用することによって,本件発明4の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。

したがって,本件発明4は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

2  取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)

(1)  本件明細書の記載(【0023】,【0024】,【0031】)によれば,本件発明は,保形性の高い紙容器を得るという課題に対して,フランジ部の内,曲線対応部分の幅を大きくするという課題解決の手段を採用することにより,保形性の高い紙容器を得るという効果を得ようとしているものと理解することができる。

しかし,直線対応部分と曲線対応部分とを有するフランジ部のうち,曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅よりも大きくすることにより,なぜ保形性が高められるのかが,以下の2つの理由により不明である。

(2)  第1の理由

第4の実施の形態(【0042】,【図4】)については,フランジ部の内,曲線対応部分の幅と直線対応部分の幅が同じである場合や,直線対応部分の幅が曲線対応部分の幅よりも大きい場合に,なぜ保形性が低下するのかについて明示されていない。また,出願時の技術常識からも,曲線対応部分の幅と直線対応部分の幅が同じであるとなぜ保形性が低下するのか理解することはできない。

したがって,本件発明については,課題が生じる原因が明確にされていないため,フランジ部の内,曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅よりも広くするという構成のみによってなぜ保形性が高められるのか,当業者は理解することができない。

審決の「折りシワ135は,保形性を高める効果があることは明らかである。」との認定は,本件明細書の「経時によるシワの戻りや,板紙原紙そのものの復帰力が容器の形状変化となって現れる」(【0018】)との記載と矛盾し,事実を誤認している。

また,審決の「折りシワの長さが長いほど,いわゆるリブ効果が促進され,保形性を高める効果が促進されるといえる。」との認定は,折りシワの長さを長くしたとしても,経時によるシワの戻りを抑制することができるとはいえず,折りシワの長さを長くすることにより,経時によるシワの戻りを抑制することができるということは,出願時の当業者にとって技術常識であったともいえない。

「リブ効果」については,リブ効果を促進した場合に,このことが経時によるシワの戻りの抑制に寄与するとはいえず,審決の認定には誤りがある。

さらに,本件明細書【0020】段落では,元の状態への復帰力は,紙のプレス加工後のスプリングバック等の弾性回復現象に由来するものであって凹み線117cを中心に同線の左右に向かって発生すると記載されるところ,その復帰力は紙容器の周壁コーナー部のみならずフランジ部にも等しく発生するものであるため,凹み線117c方向に延びる曲線対応部分の幅を長くするのであれば長さに比例してスプリングバック等の弾性回復現象も強くなるはずである。したがって,なぜ曲線対応部分の幅を長くすることによりスプリングバック等の弾性回復現象を抑制することができるのか,理解できない。

本件発明の属する技術分野は「外周部に縁巻が形成された紙容器」(【0001】)であって単なる「紙容器」ではない。紙容器の外周部に縁巻を設けるのは保形性を向上させるためであるが(【0021】),そのような縁巻を設けた紙容器において更に「保形性が低下する」という課題が生じる原因は明らかではない。図18においても,縁巻部の巻き込み程度の低下と保形性の関係は明らかではない。課題が生じる原因が明確でなければ,真実そのような課題が存在するのか疑わしく,また,ある構成が当該課題を解決するかについても疑わしくなる。

以上より,審決は,この復元力を無視するものであり,曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅よりも広くするという構成のみによっては,なぜ保形性が高められるのか当業者は理解することができないのであり,サポート要件違反である。

(3)  第2の理由

本件明細書【0031】段落には「曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じのものに比べて,曲線対応部分に生じる折りシワの各々は長く形成され,その状態で圧縮されることになるため,圧縮面積が大きくなり容器の保形性が向上する。」との記載がある。

しかし,「圧縮面積が大きくな」ることと,「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性が不明である。

また,「圧縮面積が大きくな」ることにより,「容器の保形性が向上する」ことについては,出願時の技術常識から理解することができない。特に,折りシワの長さが長いほどこの元の状態への復元力は大きなものとなるはずである。にもかかわらず,保形性が向上することは,出願時の技術常識から理解することはできない。

発明の詳細な説明の他の段落を参照しても,本件発明の「保形性の高い紙容器を提供すること」という課題について,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるような記載はないし,発明の課題を解決できることが出願時の技術常識から推認可能ともいえない。

審決は,「「圧縮面積が大きくな」ることと「紙容器としての保形性を向上させる」こととの技術的関連性について,特許権者としての一定の証明責任は果たしているといえる」と認める。

しかし,対応する被告の主張は,折りシワがプレス前の状態に戻ろうとする力fと,プレス成形による圧縮変形でそれを阻止する力Fとの「F>f」の関係を前提とするが,当該関係をどのように達成するのか明らかではない。また,本件明細書においてFとfの関係が全く規定されていない以上,「f≦F」という関係も当然に想定すべきであるが,被告の主張はこの関係を無視するものであって不当である。「F>f」の関係を達成するために,プレス力(P)又はプレス圧力(C)を制御することは,当業者が普通に行うことであり,プレス力又はプレス圧力を制御することは従来から実施され新規性,進歩性はない。

(4)  以上から,本件明細書の発明の詳細な説明には,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるような記載がなく,かつ,出願時の技術常識からも,発明の課題を解決できることが推認可能とはいえない。

このため本件発明は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えることとなり,本件特許に係る出願は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たさない。

3  取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)

審決は,請求項及び発明の詳細な説明に記載された「シワ」に関連する用語が不統一であり,その結果,両者の対応関係が不明であり,特許法36条6項1号の規定に違反するとの原告の主張につき,「シワ」に関する用語の不統一は,特許法36条6項1号違反の問題を惹き起すものとはいえないとした。

しかし,本件明細書には「シワ」に関する複数の用語が用いられている(「折りシワ」,「複数のシワ」,「前記シワ」,「折りシワ135」,「シワ」,「発生シワ」,「寄りシワ」,「折りシワ部」)。これらの「シワ」が同じものを指すのか,それとも異なるものを指すのかが,前後の記載及び出願時の技術常識を考慮してもなお,不明である。

「折りシワ」と「寄りシワ」では,その言葉の意味からシワの発生原因・工程や発生したシワの状態が異なることが明らかである。

請求項1における「折りシワ」は,本件発明の作用効果である保形性の向上に直結する重要な構成要件であるところ(【0031】),審決が述べる「用語の一定の統一性」という程度では不十分である。

以上より,請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり,その結果,これらの対応関係が不明瞭であるといえる。したがって,本件特許に係る出願は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たさないものである。

4  取消事由4(発明未完成)

本件明細書の記載からは,「圧縮面積が大きくな」ることと,「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性が不明である。

このため,「フランジ部の内,曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,直線部に対応する直線対応部分の幅より大きくした」との構成によって,紙容器の保形性を向上させる目的とする技術効果を挙げることができるかについては,疑念を抱かざるを得ない。

発明が目的とする技術効果を挙げることができることを立証できない場合には,本件発明は,未完成であり,特許法29条1項柱書きに該当し特許を受けることができない。

第4被告の反論

1  取消事由1(進歩性に関する認定判断の誤り)に対して

(1)  本件発明1と甲1発明との相違点の認定の誤りに対して

ア 相違点2の認定について

原告は,「甲1発明の物品には,本件発明と同様に,「曲線部」が存在することは明らかである。」と主張する。

この点,本件発明の紙容器はフランジ部の外周縁に縁巻部を備えるものであるところ,外縁の全てを直線部で構成すると縁巻部の形成が困難となるため,外縁は直線部と曲線部とが交互に連続した形状となるように構成している。すなわち,本件発明における「曲線部」は,フランジ部の外周縁の全周への縁巻部形成のために必須の構成であって,単なる曲線状の部分ではないといえる。一方,甲1発明の物品は縁巻部を有するものではないため,原告が本件発明の「曲線部」に相当する旨の主張をする甲1発明のアール部分は,本件発明の「曲線部」のような必然性を持つものではない。よって,甲1発明のアール部分は本件の「曲線部」に相当せず,甲1発明は本件発明の「曲線部」を有するか明らかでないといえる。

原告は,「甲1発明の折りシワは本件発明1と同様に意図的に設けられたものである。」と主張する。

しかし,甲1発明の鍔部6に生じる「シワ8」については,甲1の【0013】に「プレス成型時に生じるシワ8をスリット9で重複させることによって吸収させるのが好ましい。」とあるように,発生を防止することの教示がある。この記載からすると,甲1発明のシワ8は,本件発明1の折りシワのように意図的に設けられたものとはいえない。

したがって,相違点2についての審決の認定に誤りはない。

イ 相違点3の認定について

原告は,「甲1中の「緩衝材」という記載は,「紙容器」と置き換えることができるものである。従って,甲1発明は,「紙容器」に係る発明であることは明らかである。」と主張する。

緩衝材の態様の一つとして容器や充填材があるといえるかもしれないが,このことは容器や充填材が緩衝材の態様の一つであるというにすぎず,緩衝材は容器でも充填材でもあるというものではない。なぜなら,緩衝材は期待される緩衝効果に最適な態様(形態)に形成されるのが一般的と考えられるところ,容器にも充填材にもなるような共通の形態のものは成立し得ないと考えられるからである。充填材として用いられているものをあえて容器と認定することも,同様に無理がある。

したがって,相違点3についての審決の認定に誤りはない。

ウ 相違点5の認定について

原告は,「甲1発明における「シワ」も意図的に行ったプレス加工によって生じるものであり,本件発明1における「折りシワ」と何ら変わることはない。」と主張する。

甲1発明の鍔部6に生じる「シワ8」について,甲1では,【0008】に「シワが生じる場合がある」という記載及び【0013】に「シワ8が生じることがある」という記載はあるものの,「必ずシワが生じる」旨の記載はない。すると,甲1の記載からは「シワが生じない場合がある」ということも自然に読み取れるといえるが,仮に甲1発明においてシワを意図的に設けるとの思想があるとすればこのような記載にはならない。また,「プレス加工を意図的に行えばそれによって生じたシワは意図的なものである」という主張にも無理がある。

さらに,原告は,甲1発明の構成の一つとして「シワ(8)が生じる曲線対応部分」を挙げ,一致点として「折りシワが生じる曲線対応部分」を挙げるが,甲1発明の「シワ8」の発生箇所及びその対策が施されている部分は直線対応部分が主となっている。すると,甲1発明の「シワ8」は本件発明1の「折りシワ」が生じる部分とは異なる部分に発生しているため,本件発明1の「折りシワ」とは異なるものといえる。

したがって,相違点5についての審決の認定に誤りはない。

エ 本件発明1と甲1発明の相違点について

以上の理由により,本件発明1と甲1発明との相違点として相違点1~5を挙げた審決に誤りはない。

(2)  本件発明1の進歩性判断の誤りに対して

ア 相違点1の容易想到性について

原告は,「本件発明1のような一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成されたものとすることは容易想到」と主張するが,甲1の【0006】には「膨出部を,接着剤によって形状保持させることを目的とする」との記載があり,甲1発明は接着剤のない構成を想定するものではない。甲1発明は,請求項1の記載のとおり複数の板紙原紙を前提にするものであるところ,甲1発明から一枚の板紙原紙よりなる紙容器に想到する理由もない。

よって,相違点1の容易想到性についての原告の主張は失当といえ,審決に誤りはない。

イ 相違点4の容易想到性について

原告の相違点4の容易想到性についての主張は,甲1発明を紙容器とすることを前提としている。しかし,甲1発明は紙容器とはいえない。よって,相違点4の容易想到性についての原告の主張は理由がなく,審決に誤りはない。

(3)  本件発明3,4の進歩性について

本件発明3,4は,本件発明1に従属するものであり,本件発明1に無効理由がないことは上記のとおりであるから,本件発明3,4についても特許法29条2項の規定により無効とすることはできないとした審決に誤りはない。

2  取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)に対して

(1)  第1の理由に対して

外縁が直線部と曲線部とが相互に連続した形状となる紙容器において,曲線対応部分はプレス時に周方向に圧縮されるため,プレス前後の形状変化が大きくプレス前の状態に戻ろうとする力が大きく働く。一方,直線対応部分はプレス時に周方向に圧縮されないため,プレス前の状態に戻ろうとする力が曲線対応部分における戻ろうとする力に比べて小さく働く。すると,紙容器において,戻ろうとする力が大きく働く部分と小さく働く部分とが並存するため保形性が低下しやすくなる。このような紙容器の保形性の低下の問題は,特に示すまでもなく当業者であれば理解できるものであって,出願時点の技術常識として明らかなものである。

よって,第1の理由についての原告の主張は失当である。

(2)  第2の理由に対して

原告は,「被告の主張は,「F>f」の関係を前提とするが,当該関係をどのように達成するのか明らかではない」と主張する。

しかし,板紙原紙をプレス成形したものが紙容器として成立しているということは,その紙容器においてF>fが当然に成立しているといえる。なぜなら,F>fを満たさないものは紙容器としての形状が保てず,そもそも紙容器と呼ぶに足りないものとなるからである。

そして,圧縮部分の全範囲においてF>fが成立している状態において,単位面積当たりの保形性に寄与する力Gは,G=F-fとなるところ,曲線対応部分の保形性に働く力Sは単位面積をAとすると,S=G×Aとなる。すなわち,圧縮面積Aが大きくなれば,保形性に働く力Sが大きくなるのだが,このことは本件明細書の記載から当業者であれば十分認識できる。

よって,第2の理由についての原告の主張は理由がなく,取消事由2についての審決に誤りはない。

3  取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)に対して

原告は,請求項及び発明の詳細な説明に記載された「シワ」に関連する用語が不統一であり,その結果,両者の対応関係が不明であると主張する。

しかし,原告指摘の用語は,本件発明の把握に直接影響しない用語であるか,それぞれの対応関係を不明瞭にするほどのものではないから,取消事由3についての審決に誤りはない。

4  取消事由4(発明未完成)に対して

原告は,「圧縮面積が大きくな」ることと,「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性が不明であると主張するが,両者の技術的関連性は,上記2(2)に記載した理由より明らかである。

また,原告は,「F>f」の関係が成立すれば,「フランジ部の内,曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,直線部に対応する直線対応部分の幅より大きくした」との構成の有無にかかわらず,目的とする技術効果は達成されると主張するが,本件発明の目的及び効果は,本件明細書の【0031】に記載のように,「曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じものに比べて」「容器の保形性が向上する。」というものであって,単に紙容器としての形状を維持する保形性を備えることを目的及び効果とするものではない。

曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅より大きくするという本件発明の構成によって,「曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じものに比べて」「容器の保形性が向上する。」という本件発明の目的及び効果が達成されるといえる。

したがって,本件発明が未完成であるとする原告の主張は失当であり,取消事由4についての審決に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(進歩性に関する認定判断の誤り)について

(1)  本件発明について

本件発明の構成は,本件明細書(甲10)の特許請求の範囲に記載のとおりである。

本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明は,紙容器,特に外周部に縁巻が形成された紙容器に関するものである(【0001】)。従来の縁巻成形された紙製の角型容器は,底面部と底面部の四辺から所定の角度で立脚する周壁部と,周壁部と周壁部とが接続される周壁コーナ部と,周壁部及び周壁コーナ部の上端部に水平方向に形成されるフランジ部と,フランジ部の外縁に形成される縁巻とから構成されており(【0002】),特に,周壁コーナ部は,板紙原紙の周壁コーナ部に放射状の線条が設けられ,プレス加工によって線条の凹み部が圧縮されるように絞り込み成形されており,その結果として線条の凸部を中心とした折りシワが形成されているが(【0003】,【0013】~【0015】),紙容器は,板紙原紙をプレス加工して寄りシワを発生させながら絞り込み成形されるものであるから,経時によるシワの戻りや,板紙原紙そのものの復帰力が容器の形状変化となって現れるとともに(【0018】),板紙原紙は主としてパルプの繊維(セルロース)の絡み合いにより形成されており,合成樹脂やアルミニウム箔等の非吸湿性の素材と異なり雰囲気中の湿度,水分及び温度の影響を受けて絡み合いが弱くなり,また,繊維の膨潤や絡まりの戻りによる強度の低下,紙の延びに起因して成形時の形状を保ち難いため,前記要因との相乗効果で容器自体の保形性が低下し,成形時の寸法を長期間保持することが困難となりやすいという課題があった(【0019】)。本件発明は,成形後において保形性の高い紙容器を提供することを目的とするものであって(【0023】),フランジ部の曲線対応部分の幅はフランジ部の直線対応部分の幅より大きくされているので,曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じのものに比べて,曲線対応部分に設けた折りシワの各々は長く形成され,その状態で圧縮されることになるため,圧縮面積が大きくなり容器の保形性が向上するという効果を奏するものである(【0031】)。

(2)  甲1発明について

甲1の記載事項及び図面からみて,甲1発明は,複数の板紙を接着剤で介在させることによって形成された積層体をプレス加工した緩衝材及びその製造方法に関するものである(【0001】)。従来から,食品,食器,電気製品など各種家庭用品等の収納物を梱包又は包装する場合において,該収納物を保護又は固定することを目的として種々の容器,包装材あるいは充填材などの緩衝材が用いられていたが(【0002】),従来の緩衝材には種々の問題があり,例えば,発泡プラスチックなどのプラスチック成型品は,使用後の処理の点で大きな社会問題となっており,また,段ボール材を組み立てて形成された緩衝材は,収納物の形状に合わせて形成するのが困難であるとともに,組立てに手間を要する欠点があった(【0003】)。甲1発明は,上記課題を解決するために,接着剤を介在させることによって複数の板紙が重ね合わせられた積層材であって,該積層材にプレス成型を施すことによって膨出部を形成したもので(【0004】),該膨出部を緩衝部として機能させたものであることから,接着剤を介在した各板紙の層状滑りが生じやすくなり,深絞りも容易に行うことができるという効果を奏するものである(【0015】)。

以上によれば,甲1には,審決が認定したとおりの甲1発明が記載されていると認められる。

(3)  相違点2の認定について

原告は,審決が認定した相違点2について,甲1の図1及び4に示されるように,甲1発明の鍔部6は,4辺からなる隣り合う直線部が,直線ではない曲がった線,すなわち,曲線部により接続され,隅丸状になっているから,甲1発明の物品には,本件発明と同様に,曲線部が存在することは明らかであり,また,甲1発明の折りシワは本件発明1と同様に意図的に設けられたものであるから,相違点2は相違点ではない旨を主張する。

しかし,曲線部についてみると,甲1には,鍔部6が,4辺からなる隣り合う直線部が曲線部により接続されているとの記載はない。甲1の図1及び4からは,緩衝材(物品)の外縁が四角形状であるとは認識できるが,四角形の辺である直線部が曲線部により接続されているとは認識できない。すなわち,四角形状の角部(隅部)は,やや丸味を帯びているが,曲線部と把握できるほどの曲線状の領域が設けられているわけではなく,これらの角部(隅部)は,安全又は製造上の必要性から角取(隅取)したと推測されるものであって,曲線部を形成していると認識できるものではない。しかも,甲1発明の緩衝材(物品)は,角部に曲線部を有することが必然であると解することもできない(本件発明1における曲線部は,フランジ部の外周縁の全周への縁巻部形成のために必須の構成であると解されるが,甲1発明の緩衝材(物品)は縁巻部を有する必然性がない。)。

また,折りシワについてみると,甲1の,「積層材をプレス成型して膨出部を形成した段階では、該膨出部の基部の鍔状部分にシワが生じる場合がある。」(【0008】),及び「緩衝材1の鍔部6周辺には,図4(a)のようにシワ8が生じることがあるため,同図(b)に示すように積層材4の周辺部にスリット9を設け,プレス成型時に生じるシワ8を該スリット9で重複させることによって吸収させるのが好ましい。」(【0013】)との記載によれば,甲1発明のシワ8は,「生じる場合がある」だけであって必ず発生するものではなく,「吸収させるのが好ましい」ものであって,発生を防止することの教示があるから,意図的に設けられたものとは到底いえず,この点において,本件発明1の折りシワとは相違する。

よって,審決の相違点2の認定に誤りはない。

(4)  相違点3の認定について

原告は,審決が認定した相違点3について,甲1に記載される「緩衝材」は,「紙容器」を含むものであり,甲1中の「緩衝材」という記載は,「紙容器」と置き換えることができるから,甲1発明は,「紙容器」に係る発明であり,また,図2における緩衝材1が容器ではない充填材であるとしても,これは図1の緩衝材の一実施例にすぎず,このことをもって甲1発明が容器,紙容器ではないことを示す根拠とはならないから,相違点3は相違点ではない旨を主張する。

しかし,甲1の,「本発明は、複数の板紙を接着剤を介在させることによって形成された積層体をプレス加工した緩衝材及びその製造方法に関するものである。」(【0001】),及び「食品、食器、電気製品など各種家庭用品等の収納物を梱包若しくは包装する場合において、該収納物を保護若しくは固定することを目的として種々の容器、包装材或いは充填材などの緩衝材が用いられている。」(【0002】)との記載によれば,甲1発明は,緩衝材に関する発明であって,容器や充填材は緩衝材の態様の一つにすぎない。

また,甲1の図1及び2に係る緩衝材の実施例は,その使用例からみて充填材として用いられているといえるところ,容器として用いられている実施例は記載されていない。しかも,緩衝材が,常に容器又は充填材となり得るものでないことは明らかである。

したがって,甲1発明を「緩衝材」であると認定することは,合理的であり,これを「容器」と認定することはできない。

よって,審決の相違点3の認定に誤りはない。

(5)  相違点5の認定の誤り

原告は,審決が認定した相違点5について,本件発明1における「折りシワ」の発生原因はプレス加工であるところ,プレス加工を意図的に行えばそれによって生じたシワは意図的なものであるはずであり,この点において甲1発明における「シワ」も意図的に行ったプレス加工によって生じるものであり,本件発明1における「折りシワ」と何ら変わることはないから,相違点5は相違点ではない旨を主張する。

しかし,上記(3)で判示したとおり,甲1発明のシワ8は,必ず発生するものではなく,その発生を防止することの教示もあるから,本件発明1の折りシワのように意図的,積極的に設けられたものとはいえない。製造のためのプレス加工が意図的であるからといって,その結果生じた「シワ」までが意図的と認定できるものでないことは明らかである。

さらに,甲1の図4を参照すると,甲1発明におけるシワ8は,その発生箇所及びその対策(スリット9)が施されている部分が主に直線対応部分であって,本件発明1の「折りシワ」が生じる曲線対応部分とは場所が異なるものといえる。

よって,審決の相違点5の認定に誤りはない。

(6)  本件発明1と甲1発明との相違点について

原告は,相違点2,3,5は,相違点ではなく一致点であるから,本件発明1と甲1発明とは,審決における相違点1及び4でのみ相違する旨を主張する。

しかし,上記(3)~(5)のとおり,相違点2,3,5に係る審決の認定に誤りはないから,原告の主張は理由がない。

(7)  相違点1の判断について

ア 甲1には,「物の発明にあっては,接着剤を介在させることによって複数の板紙が重ね合わせられた積層材であって,該積層材にプレス成型を施すことによって膨出部を形成したことにある。」(【0004】),「本発明では積層材をプレス加工することによって形成された膨出部を,接着剤によって形状保持させることを目的とする」(【0006】),及び「該酢酸ビニル接着材3が固化しない内にプレス装置Pで膨出部5を形成し,該接着材3を固化させることによって該膨出部5を形状保持させて緩衝材1が完成する。」(【0013】)と記載されている。これによれば,甲1発明は,複数の板紙を接着剤により積層させることを前提にしており,接着剤のない構成を想定するものではないから,甲1発明において,複数の板紙を一枚の板紙とし,接着剤の介在を省くことの動機付けがあるとはいえず,甲1発明から一枚の板紙原紙よりなる紙容器を想到することは困難である。

よって,甲1発明において,一枚の板紙(板紙原紙)からプレス成形のみによって形成されたものとすること,すなわち,本件発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るとはいえず,審決の相違点1に係る容易想到性判断に誤りはない。

イ 原告は,「一枚の板紙原紙」からプレス成形のみによって形成された紙容器は,本件特許出願前における周知技術であり,また,甲1において,板紙原紙が1枚であれば接着剤を省略して本件発明1のような一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成されたものとすることは,想到容易である旨を主張する。

しかし,甲1発明は,複数の板紙を前提にしており,接着剤のない構成を想定するものではないことは上記のとおりであるから,甲1発明において,複数の板紙を一枚の板紙とし,接着剤の介在を省くことの動機付けがあるとはいえない。また,紙容器を一枚の板紙原紙からプレス成形のみによって形成することが本件特許出願前において周知の技術であるとしても(甲4,5),緩衝材である甲1発明に対しこのような周知技術を適用する動機付けないし技術課題が認められないから,甲1発明から一枚の板紙原紙よりなる紙容器を想到することは困難であり,原告の主張は採用できない。

(8)  相違点4の判断について

上記(4)で判示したとおり,甲1発明は「紙容器」ではなく「緩衝材」であるから,フランジ部等の外周縁に縁巻を形成する動機がない。よって,甲1発明において,鍔部6(フランジ部)の外周縁に形成された縁巻部を備えること,すなわち,本件発明1の相違点4に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るとはいえない。

原告は,紙容器のフランジ部の外周縁に形成された縁巻部は周知技術であり,また,甲1発明は紙容器に係る発明であるから,甲1発明に係る紙容器のフランジ部に,周知技術である縁巻を設けることは,紙容器に係る当業者にとって想到容易である旨を主張するが,原告の主張は甲1発明が紙容器であることを前提とするものであり,上記したように甲1発明は緩衝材であって紙容器とはいえないから,原告の主張は採用できない。

よって,審決の相違点4に係る容易想到性判断に誤りはない。

(9)  本件発明1の進歩性

以上によれば,本件発明1は,甲1発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(10)  本件発明3及び4の進歩性について

本件発明3及び4は,本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(11)  小括

以上のとおり,本件発明の進歩性に関する審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1には理由がない。

2  取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について

原告は,本件発明の実施形態である第4の実施の形態(段落【0042】,【0043】及び図4,5)には,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるような記載がなく,かつ,出願時の技術常識からも発明の課題を解決できることが推認可能とはいえず,また,直線対応部分と曲線対応部分とを有するフランジ部のうち,曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅よりも大きくすることにより,なぜ保形性が高められるのかが不明であり,さらに,圧縮面積が大きくなることと、容器の保形性が向上することとの技術的関連性が不明であるから,本件発明1~4は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えることとなるので,サポート要件を満たさない旨を主張する。

しかし,本件発明の発明特定事項である「前記フランジ部の内,前記曲線部に対応し,折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」は,発明の詳細な説明に記載されている具体的な構成である「縁巻127の曲線部分に対応する曲線対応部分126bの幅W2は,縁巻127の直線部分に対応する直線対応部分126aの幅W1に比べて,大きく設定されている」(段落【0042】)との技術事項をそのまま特定したものであり,また,「成形後において保形性の高い紙容器を提供する」(段落【0023】)との発明の目的(課題),及び「紙容器としての保形性を向上させる。」(段落【0043】)との具体的構成の作用効果とも整合するものであるから,本件発明が発明の詳細な説明に記載された範囲を超えているとはいえない。

また,段落【0043】の「図から明らかなようにポイントP1~P2におけるフランジ部の曲線対応部分126bに形成された線条117cの長さは,破線でフランジ部の境界が示された従来の紙容器の線条の長さに比べて長い。従って,線条117cや折りシワ135の圧縮面積が大きくなって線条117cや折りシワ135の成形後の経時変化による戻りがより小さくなり,紙容器としての保形性を向上させる。」との記載からは,「線条117c」と「折りシワ135」は紙容器としての保形性に寄与するものであって,その長さが相対的に長くなれば,紙容器としての保形性が高められるものと解釈できるから,特許請求の範囲に記載の「折りシワが生じる曲線対応部分の幅は,前記直線部に対応する直線対応部分の幅より大きい」ものにすれば,紙容器としての保形性の向上という課題を解決できると当業者は認識できるといえる。

よって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであるから,サポート要件を満たしており,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)について

原告は,本件明細書の請求項及び発明の詳細な説明に記載された「シワ」に関連する用語が不統一であり,その結果,両者の対応関係が不明であり,特許法36条6項1号の規定に違反すると主張する。

しかし,本件明細書に記載された「シワ」に関する用語は,いずれも「シワ」という表現において共通しており,用語が不統一とまでは認められない。また,本件明細書の記載全体からみて,請求項1における「折りシワ」は,段落【0015】及び図12に示される外面側の「折りシワ135」に対応し,さらに,請求項1を引用する請求項3に記載の「複数のシワ」及び請求項1を間接的に引用する請求項4に記載の「前記シワ」は,請求項1に記載の「折りシワ」に対応すると考えるのが合理的であり,その対応関係が不明とは認められない。「折りシワ135」(【0015】等)と「寄りシワ」(【0018】)とは,シワの状態が異なるものといえるが,それらの用語はいずれも従来技術に関する記載であって本件発明の把握に影響しない。

よって,本件発明において,請求項に記載の用語と発明の詳細な説明に記載された用語との対応関係が不明瞭であるとはいえず,原告主張の取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(発明の成立性についての誤り)

原告は,本件明細書の記載からは,「圧縮面積が大きくな」ることと,「容器の保形性が向上する」こととの技術的関連性が不明であると主張する。

しかし,前記2のとおり,曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅より大きくして折りシワを長くし,圧縮面積を増やすと,戻ることを阻止する力も大きくなり,紙容器の保形性がより高まるものと認められ,このことは,本件明細書の記載から当業者であれば十分認識できるといえる。すなわち,曲線対応部分の幅を直線対応部分の幅より大きくするという構成によって「曲線対応部分の幅が直線対応部分の幅と同じものに比べて」「容器の保形性が向上する。」という本件特許の目的及び効果が達成されるといえる。

よって,本件発明が目的とする技術効果を上げることができるものであることは明らかであり,本件発明が未完成であるとはいえない。

以上のとおり,原告主張の取消事由4は理由がない。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)

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