知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10127号 判決 2014年2月05日
原告
株式会社明治
訴訟代理人弁理士
水野勝文
岸田正行
和田光子
保崎明弘
被告
Y
訴訟代理人弁理士
谷口俊彦
石川克司
椚田泰司
丹野寿典
吉田秀幸
佐伯直人
坪内哲也
鶴亀史泰
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が無効2012-890087号事件について平成25年3月28日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許庁の無効審判請求の不成立審決の取消訴訟である。争点は,商標法4条1項11号及び同15号の各該当性である。
1 当事者
(1) 原告は,大正6年12月21日に設立され(当時の商号は極東練乳株式会社),昭和20年に商号変更した明治乳業株式会社が,大正5年10月9日に設立され(当時の商号は東京菓子株式会社),大正13年に商号変更された明治製菓株式会社と,平成23年4月に統合してできた資本金約336億円の株式会社であり,菓子,牛乳・乳製品,食品,一般用医薬品等の製造販売を事業内容とする(甲10,16,32。以下,原告の前身の会社について特に区別する必要がない場合,前身の会社を含めて「原告」と表記することがある。)。
(2) 被告は,昭和23年6月9日に設立された,被告住所地に本店を所在し,食糧公団綜合配給品製造及び一般食品の委託加工に関する業務等を目的とする明治パン株式会社の代表取締役である(甲6)。
2 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,第30類「学校給食用の菓子及びパン」を指定商品とし,下記のとおり,橙がかった赤色の三つの半円をドーム状に組み合わせた図形の下に,左から青色で二つのだ円形をハート型に重ねた形状(本件図形)と「eiji」の文字を配してなる登録第5081512号商標(本件商標。平成18年5月25日出願,平成19年10月5日設定登録)の商標権者である。
【本件商標】
file_3.jpg(2) 原告は,平成20年5月28日,特許庁に対し,本件商標につき商標法4条1項11号,同15号に該当すると主張し,本件と同じ引用商標四つを含む六つの引用商標を掲げ,無効審判請求をしたが(無効2008-890043号。第一次審判請求),特許庁は,平成21年1月7日に不成立審決をし(第一次審決),同年2月18日に同審決は確定し(甲31),同年3月12日に確定登録された。
(3) 原告は,平成22年11月12日,特許庁に対し,商標法50条1項により本件商標の取消を求めて審判請求をしたが(取消2010-301211号。第二次審判請求),特許庁は,平成24年3月1日に不成立審決をし(第二次審決),その謄本は,同月9日,原告に送達された。その後,原告は,被告に対し,審決取消請求を提起したが(知的財産高等裁判所平成24年(行ケ)第10130号。平成24年事件),平成24年9月25日,原告の請求を棄却する判決(平成24年判決)が下された(甲7)。
(4) 原告は,平成24年10月4日,特許庁に対し,本件商標につき無効審判請求をした(無効2012-890087号。本件審判請求)が,特許庁は,平成25年3月28日,不成立審決をし(本件審決),その謄本は,同年4月5日,原告に送達された。
3 本件審決の理由の要点
(1) 引用商標
原告が,本件商標が商標法4条1項11号に該当するとして,本件商標の登録の無効の理由として引用する登録商標は,以下の4件であり,いずれも現に有効に存続しているものである(以下,商標登録の更新登録に係る記載を省略する。)。
ア 登録第258225号商標(引用商標1)は,アルファベットの「Meiji」を斜字体にした下記のような構成からなり,昭和8年9月14日に登録出願,第43類「菓子及麺ぽうノ類」を指定商品として,昭和9年10月16日に設定登録されたものである。その後,指定商品については,平成17年11月30日,第30類「菓子(甘栗・甘酒・氷砂糖・みつ豆・ゆであずきを除く。),粉末あめ,水あめ(調味料),もち,パン」に書換登録がなされた。
【引用商標1】
file_4.jpgMeiji
イ 登録第496695号商標(引用商標2)は,アルファベットの「Meiji」を斜字体にした下記のような構成からなり,昭和30年6月24日に登録出願,第43類「菓子及び麺ぽうの類」を指定商品として,昭和32年2月20日に設定登録されたものである。その後,指定商品については,平成19年12月19日,第30類「菓子(甘栗・甘酒・氷砂糖・みつ豆・ゆであずきを除く。),粉末あめ,水あめ(調味料),もち,パン」に書換登録がなされた。
【引用商標2】
file_5.jpg
ウ 登録第1523963号商標(引用商標3)は,アルファベットの「Meiji」を斜字体にした下記のような構成からなり,昭和47年10月4日に登録出願,第30類「菓子,パン」を指定商品として,昭和57年6月29日に設定登録されたものである。その後,指定商品については,平成14年7月3日,第30類「菓子,パン」に書換登録がなされた。
【引用商標3】
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エ 登録第496702号商標(引用商標4)は,漢字の「明治」を横書きにしてなり,昭和31年5月10日に登録出願,第43類「菓子及び麺ぽうの類」を指定商品として,昭和32年2月20日に設定登録されたものである。その後,指定商品については,平成19年7月4日,第30類「菓子(甘栗・甘酒・氷砂糖・みつ豆・ゆであずきを除く。),粉末あめ,水あめ(調味料),もち,パン」に書換登録がなされた。
【引用商標4】
file_7.jpgmeD Py = |
なお,以下,引用商標1ないし4をまとめて,単に「引用商標」という場合がある。
(2) 当事者の主張
原告は,本件商標は,引用商標1ないし3と類似し,指定商品も同一又は類似であるから商標法4条1項11号に該当し,仮に該当しないとしても,本件商標が指定商品に使用されるときは,原告の業務に係る商品,あるいは,原告と何らかの関係を有する者の業務に係る商品であると混同を生じさせるおそれがあるから同15号に該当し,同法46条1項1号により無効にすべきものと主張した。これに対し,被告は,主位的には,本件審判請求は,第一次審判請求と同一事実及び同一証拠に基づいてなされたものであるから,商標法56条1項で準用する特許法167条で規定された一事不再理の原則に反し,不適法である旨主張し,予備的には,本件商標が商標法4条1項11号,同15号には該当しない旨主張した。
(3) 本件審決の判断
ア 一事不再理について
第一次審判請求は,本件商標が商標法4条1項11号及び同15号に違反して登録されたとの理由で請求され審理されたものであるところ,本件審判請求での証拠には第一次審判請求での証拠と同一のものが含まれているが,原告はそれ以外に本件商標の認定に関して考慮されるべき事情を述べた上で,甲23ないし27という別の証拠を追加したと認められる。そうすると,本件審判請求については,第一次審判請求と「同一の証拠」をもってなされたとすることはできない。
イ 商標法4条1項11号について
本件商標は,上段に,オレンジ色に彩色した三つの半円をドームのように模した図形を配し,その下段に,青色に彩色した二つのだ円形を縦長に交差させハート型に重ねた図形(本件図形)の左側に青色に彩色した「eiji」の欧文字を配した構成からなるものである。そして,本件商標の構成全体においては,特定の観念や称呼をもって取引に資されるとすべき理由は見出せない。また,構成文字の一部,特に,頭文字部が図案化されて表示されることがままあるとしても,本件商標にあって,本件図形が,欧文字「M」として容易に認識されると認め得る的確な理由及び証左は見出せない。してみれば,本件商標の構成中,下段は,その左端の本件図形が二つのだ円形を縦長に交差させた図形として認識されるとみるのが相当であり,「M」と「eiji」を表したものとしては看取されないというべきである。したがって,本件商標は,「メイジ」の称呼が生じるものとは認められず,判読可能な欧文字「eiji」に相応して「エイジ」の称呼が生じるというのが相当である。また,当該欧文字からは,特定の観念は生じない。
他方,引用商標1は,「Meiji」の文字からなるものであるから,これより「メイジ」の称呼が生じ,「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じるというのが相当である。そして,引用商標2,3は,引用商標1と同様,「メイジ」の称呼が生じ,「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じるというのが相当である。さらに,引用商標4は,「明治」の文字を横書きしてなるものであり,構成文字に相応して「メイジ」の称呼,「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じるものである。
本件商標と引用商標とを比較すると,本件商標と引用商標とは,その外観構成において,顕著な相違があり,全く異なる印象を与えるものであるから,外観上相紛れるおそれはないというべきである。なお,引用商標1ないし3を構成する「Meiji」と本件商標の下段を比較した場合,「eiji」で共通する点があるとしても,本件図形が「M」として認識されることはなく一つの図形として認識されるというのが相当であって,両左端部分で全く構成態様が相違しているというべきであるから,引用商標1ないし3との間で,外観上相紛れるおそれはない。
次に,本件商標の称呼「エイジ」と引用商標の称呼「メイジ」とを対比すると,第二及び第三音の「イ」「ジ」を共通にするが,語頭音の「エ」と「メ」で相違するものである。そして,全体が三音構成の短い称呼において,識別上最も重要な位置を占める語頭における前記差異が,称呼全体の音感に与える影響は決して小さいものではないから,これらをそれぞれ一連に称呼しても,相紛れることなく区別し得るものである。
さらに,本件商標は,特定の観念をもって受け止められるものではないから,引用商標とは観念について比較し得ず,両商標は,観念上相紛れるおそれはない。
本件商標及び引用商標の外観,称呼及び観念が与える印象・記憶・連想等を総合してみた場合,これらを同一又は類似の商品に使用しても,同じ事業者の製造・販売に係る商品であるかの如く混同・誤認されるおそれはないと判断される。また,上記判断を覆す取引の実情等は見出せない。
したがって,本件商標は,引用商標に類似する商標であるとすることはできない。
ウ 商標法4条1項15号について
(ア) 引用商標の周知性について
原告は,前身の明治製菓株式会社の時より,主として菓子を中心とした食品,医薬品等の製造販売をし,そのほか,健康事業や研究開発事業等,広範にわたり事業活動を展開し,我が国における大手菓子メーカーの一つといえる。そして,引用商標は,明治製菓株式会社が,長年に亘り,菓子,特に,チョコレートを中心として継続的に使用し,かつ,引用商標を使用して同人に係る前記商品の広告宣伝活動を継続して行ってきたと認められる。そして,前記使用の結果,引用商標は,本件商標の出願時及び査定時には,菓子業界はもとより,食品業界をはじめ相当に広い範囲で,明治製菓株式会社に係る商品を表示するものとして,需要者間に広く認識されるに至っていたと認められる。
(イ) 本件商標と引用商標との類似の程度
上記のとおり,その外観,称呼及び観念のいずれからみても,本件商標と引用商標は類似する商標とは認められない。そして,他に,本件商標と引用商標とが更に関連あるものとして受け止められるとすべき理由は見出せないから,本件商標と引用商標とは,別異の出所を示すものとして看取されるというのが相当である。
(ウ) 商品間の関連性及び需要者の共通性など
本件商標の指定商品は,「学校給食用の菓子及びパン」であるところ,被告は,明治パン株式会社を使用者として,同社の商品について本件商標を使用させている(甲23ないし27)。これに対し,引用商標が使用されてきた商品は,チョコレートをはじめ,菓子・パン等であり,その取扱商品中には,学食用の食品が含まれている(甲11ないし14)。本件商標の指定商品と引用商標が使用されてきた商品とは,同一又は類似する商品,あるいは,これらと関連ある食品であって,その関連性の程度は強いものであり,両商品は,その需要者を共通にする。
(エ) 出所混同のおそれについて
引用商標の周知性の程度は相当に高く,本件商標の指定商品と引用商標が使用される商品間の関連性は強いものであり,また,その需要者を共通にすると認め得るものである。しかしながら,本件商標は引用商標と類似の商標とは認められず,別異の出所を示すものとして看取されるというべきものである。
そうしてみると,本件商標をその指定商品に使用した場合,これに接する需要者が引用商標を想起し連想して当該商品を原告の業務に係る商品,あるいは,同人と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く誤信するとは認め難いから,本件商標の出願時及び査定時において,商品の出所について混同するおそれがあったということはできない。
第3原告主張の審決取消事由及び被告の主張に対する反論
1 一事不再理について
本件審判請求は,一事不再理の原則に反しない。商標法56条1 項で準用する特許法167条の規定は,同一の事実及び同一の証拠に基づく審判請求を禁じているが,原告が,本件審判請求において,第一次審判請求では提出しなかった新たな証拠(甲7,8,23ないし27)を提出し,これにより,本件商標中の本件図形がローマ字「M」と認定されている事実,被告が,明治パン株式会社の新工場が設立されることをきっかけとして,そこで使用する伝票や名刺,封筒などに記載される標章として本件商標をデザインし,商標として登録出願したと主張している事実や,本件商標の実際の使用態様といった新たな事実が明らかになっているから,一事不再理の原則に反しない。
2 商標法4条1項11号について
(1) 本件商標に関する認定の誤りについて
本件商標に接する取引者・需要者は,本件商標の構成中,下段部分から自然と「Meiji」の文字を認識するものであり,当該文字に照応した「メイジ」の称呼が自然と生じるものであるから,本件審決の判断は明らかに誤りである。
第一に,商標を構成する文字列の一部分を図案化してロゴ化することは,一般的によく知られた手法である(甲36:社団法人日本国際工業所有権保護協会発行の「FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN/日本有名商標集」抜粋参照)。したがって,構成中一部の文字を図案化することは特別珍しいことではなく,むしろありふれた手法といえるから,そのような商標に接する取引者・需要者は,そこから文字を理解しようと試みるのが自然である。
第二に,「M」の文字を図案化する場合に,「M」をハート型に図案化することも普通に用いられる手法の一つとして定着している。例えば,東京地下鉄株式会社が運営する東京地下鉄路線のシンボルマーク(正方形の水色の地模様中に白抜きの「M」字状の図形を表示したもの)(甲37)が「メトロ(METRO)」の頭文字「M」をハート型に図案化したものであることは,同社のホームページ中で紹介されているとおりである。また,東京メトロ駅構内にある売店「METRO’S(メトロス)」も,「M」をハート型に図案化したシンボルマークを使用している(甲38)。さらに,二つのだ円形をハート型に重ねた形状よりなる登録第5054940号商標(甲39)は,訴外「エムハートツーリスト株式会社」所有に係るものであるところ,同社のホームページ中,左上には当該商標と,それに続けて「M-HEART Tourist」の文字が表示されている(甲40)。ここから,甲39の商標は,権利者「エムハートツーリスト株式会社」の会社名に由来して「M」をハート型に図案化して採択されたものと考えられる。そして,同商標の商標公報において,【ウィーン分類(参考情報)】(標章の図形要素の細分化分類表)として「特殊な書体で表現された文字のうち,M,m」を表す「27.5.1.13」が付与されている(甲39,41)。このように,ローマ字「M」をハート型に図案化することは,図案化の態様として普通に用いられる手法の一つであることが立証される。
翻って,本件商標の構成を考察するに,本件商標の構成中,下段部分は,同色(青色)にて彩色されており,外観上,同間隔に一体性を有するものとして一連に表示されてなるものである。
したがって,本件商標に接する取引者・需要者は,下段部分を一連の文字列であると理解するのが最も自然であるといえ,一文字目である本件図形は,「M」を図案化したものであると比較的容易に理解されるものと考えられる。
そもそも,本件商標の商標公報においては,【称呼(参考情報)】として「メイジ」が,【検索用文字商標(参考情報)】として「MEIJI」が表示されている(甲1の1)。この事実は,上記原告の主張の正当性を担保する強力な証左であって,取りも直さず特許庁が本件商標を欧文字「MEIJI」からなる商標であり,「メイジ」の称呼を生ずると認定していたことを示している。そして,商標公報に表示される【検索用文字商標】や【称呼】は,審査時においても利用された情報であり,本件商標の登録査定時に,特許庁が本件商標に「メイジ」の称呼を付与していたことが明らかである。
以上から,本件商標は,これに初めて接する取引者・需要者にも自然と「Meiji」の文字として認識されるものであり,ここから「メイジ」の称呼が自然と生じるものである。したがって,本件商標を「M」と「eiji」を表したものとは看取されないとし,本件商標からは「メイジ」の称呼が生じるものとは認められず,判読可能な欧文字「eiji」に相応して「エイジ」の称呼を生じるとする本件審決には,事実誤認,審理不尽の違法がある。
(2) 本件審判請求時の追加証拠等による立証事実の認定の誤りについて本件審決は,甲7,8,23ないし27等による立証事実の認定を誤っており,かかる誤った認定に基づき,本件商標の実質的な権利者が「明治パン株式会社」である事実を一切考慮せずに本件商標から生じる称呼等を特定しているから,本件審決には事実誤認,審理不尽の違法がある。
甲7は,第二次審決の取消しを求めた前記平成24年事件の判決であり,甲8は,同事件における被告の準備書面であるが,被告は,甲8で本件商標採択の理由について,明治パン株式会社の新工場が設立されることをきっかけとして,そこで使用する伝票や名刺,封筒などに記載される商標として本件商標がデザインされ,登録出願された旨述べている。よって,甲8により,出願時から本件商標の実質的な出願人が明治パン株式会社であることが立証され,被告としても,本件商標は取引者・需要者に対し「メイジ」と称呼させることを意図して採択,出願されたものと認められる。そして,実際,本件商標は,「明治パン株式会社」の表示と近接した構成で,明治パン株式会社の取引書類等に使用されている(甲23ないし27)。また,被告は,本件商標の構成中,「eiji」の文字部分を「eisyoku」に変更した以外,ほぼ同一構成よりなる登録第5081513号商標「Meisyoku」(甲9)の商標権者でもある。「明治パン株式会社」は,同商標を使用しているところ,これは,「メイショク」の称呼をもって取引されている(甲28,甲29)。これらの事実から,本件商標の構成中,下段部分は,「Meiji」の欧文字からなるものであり,「Meiji」の文字に照応して「メイジ」の称呼が生じる(下段部分における本件図形は「M」を図案化したものである。)こと,及び本件商標は取引者・需要者に対し「メイジ」と称呼させることを意図して採択,出願されたものであることが立証される。
ちなみに,上記平成24年判決では,「本件商標と商標『Meisyoku』とは,赤色の山型の冠状の図形の下に,青色の文字が描かれ,「M」の文字部分は二つのだ円形をハート型に重ねた形状に図案化されている」(9頁下から6行目)と判示されたが,かかる判示は,本件商標の構成中,本件図形をローマ字「M」と認定したものに他ならない。
また,本件商標の実際の使用者は明治パン株式会社であるにもかかわらず,被告個人の名義で出願,登録されたものであるところ,本件商標出願人である被告と明治パン株式会社との関係が不明であった査定時に本件商標を「エイジ」と認識し,引用商標とは非類似であるとして登録を認めた判断自体はやむを得ないとしても,審判請求時には,原告が追加で提出した各書証により,本件商標の使用者が出願時,登録時に,実質,明治パン株式会社であることが明らかになった(甲6ないし8等)。つまり,本件商標は,「Meiji」を図案化したものであり,出願時から「メイジ」と称呼される商標であることが明らかとなったにもかかわらず,本件商標の構成中「eiji」の文字部分のみに照応した「エイジ」の称呼のみを認定した上でなされた審査段階の類否判断を妥当なものであったとして本件商標の登録を維持するとすれば,審査時,査定時において審査官が発見することが困難であったであろう事実に基づき登録を無効にすることは実質不可能となる。これは,無効審判制度の意義を没却する事態であるといわざるを得ない。
加えて,本件審決では,「甲第23号証ないし同第27号証は,登録査定時以降あるいは使用日の特定ができないものであって,これらの使用の有無が判断に影響を及ぼすものとはいえない。」としているが,これは被告が答弁書において主張したものではなく,本件審決で初めて判示された認定であって,審判請求段階において,原告に,かかる認定に対する反論の機会は与えられていない。
したがって,このような観点からも,本件審決には事実誤認,審理不尽の違法が存する。
(3) 本件商標と引用商標の類否について
本件商標は,引用商標に類似する商標であって,引用商標の指定商品又はこれに類似する商品について使用するものであるから,商標法4条1項11号に違反して登録されたものであり,本件審決にはその認定判断に明白な誤りがある。
本件商標は,赤色の山型の冠状の図形の下に,青色の「Meiji」(「M」の文字部分は二つのだ円形をハート型に重ねた形状に図案化されたもの)の文字を配してなるものである。また,本件商標の下段部分からは,「メイジ」の称呼が生じる。そして,本件商標からは,「Meiji」に照応して「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じる。そして,引用商標並びに引用商標使用に係る商品の取引の実情について考察すると,引用商標は,原告及びその前身である明治製菓株式会社による長年に亘る使用,及び広範,かつ,強力な宣伝広告活動の結果,取引者,需要者の間で著名となっている(甲4の2,5の2,10,15ないし22等)。さらに,原告は,「給食用の菓子」等の製造販売も行っており,本件商標の出願時,登録査定時においては前身の明治製菓株式会社がこれらの商品について引用商標を実際に使用している(甲11ないし14)。
以上をふまえて,本件商標と引用商標との類否を検討すると,本件商標及び引用商標からは,共に「メイジ」の称呼が生じるものであり,「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じることで一致している。また,本件商標と引用商標は,その外観を異にするものではあるが,本件商標と引用商標1ないし3は,共にその構成文字を欧文字「Meiji」とする点において共通している。したがって,本件商標と引用商標は,称呼及び観念が一致し,さらに,本件商標と引用商標1ないし3とでは,外観においてもその構成文字を共通にしている。そして,本件商標と引用商標の外観,称呼及び観念より与えられる印象・記憶・連想等を総合してみれば,本件商標と引用商標は,同一又は類似の商品に使用した場合,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれが多分に存するものといわざるを得ない。
次に,本件商標の指定商品は,引用商標の指定商品と同一又は類似のものである。
そうしてみれば,本件商標は,引用商標に類似する商標であって,引用商標の指定商品又はこれに類似する商品について使用するものといえる。したがって,本件商標は,商標法4条1項11号に違反して登録されたものであるから,本件審決にはその認定判断に明白な誤りがある。
3 商標法4条1項15号について
本件商標は,仮に,商標法4条1項11号に違反して登録されたものではないとしても,商標法4条1項15号に違反して登録されたものであるから,本件審決には明白な誤りがある。
(1) 本件商標と引用商標の類似の程度について
本件商標の構成中,下段部分は,「Meiji」の欧文字からなるものであり,「「メイジ」の称呼,「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じる。したがって,本件商標と引用商標は,称呼及び観念が一致し,さらに,本件商標と引用商標1ないし3とでは外観においてもその構成文字を共通とするから,両商標間の類似の程度は相当に高い。
また,被告は,甲8で,明治パン株式会社の新工場が設立されることをきっかけとして,そこで使用する伝票や名刺,封筒などに記載される商標として本件商標がデザインされ,登録出願された旨述べたのであるから,被告としても,本件商標は取引者・需要者に対し「メイジ」と称呼させることを意図して採択,出願したと認められる。
さらに,出願時から本件商標の実質的な出願人が明治パン株式会社である事実,及び本件商標が「明治パン株式会社」の表示と近接した構成で,明治パン株式会社の取引書類等に使用されている事実(甲23ないし27)を総合的に勘案すれば,本件商標は,出願時から「Meiji」の文字に照応して「メイジ」と称呼される商標であることが明らかである。
それにもかかわらず,本件審決は,本件商標の実質的な出願人,権利者が「明治パン株式会社」である事実,及び本件商標の下段部分が「Meiji」の欧文字からなる事実を一切考慮せずに本件商標と引用商標を非類似の商標と認定し,その結果「本件商標と引用商標とは,別異の出所を示すものとして看取される」と判断するものであるから,本件審決には事実誤認,審理不尽の違法がある。
(2) 混同を生ずるおそれについて
本件商標と引用商標の類似性の程度が,仮に,商標法4条1項11号の要件を満たすものでないとしても,本件商標と引用商標は,称呼及び観念が一致し,さらに,本件商標と引用商標1ないし3とでは外観においてもその構成文字を共通とするものであるから,両商標間の類似の程度は相当に高い。
引用商標は,原告による長年に亘る使用,及び広範かつ強力な宣伝広告活動の結果,取引者,需要者の間で周知著名となっている(甲4の2,5の2,10,15ないし22等)。引用商標の使用実績について,明治製菓株式会社は大正15年に発売したミルクチョコレートに「MEIJI」の文字を使用した。そして,昭和7年には板チョコを始めとする各種チョコレートの大量生産を開始し,わが国チョコレートの工業発展の口火を切り,その地位を不動のものとし,”チョコレートは明治”が著名なフレーズとなったように,原告はチョコレート産業の基盤を築いた(甲16・4~14頁)。このころより商標「Meiji」「明治」は周知著名となっており,明治製菓株式会社の取扱いに係る数多くの菓子等について引用商標が使用されている(甲10,16,18等)。引用商標の周知著名性については,「AIPPI・JAPAN」から出版されている「FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN/日本有名商標集」に引用商標が掲載されている事実(甲15),インターネット上の「特許電子図書館」内の「日本国周知・著名商標検索」において引用商標3,4が検索される事実(甲4の2,甲5の2),引用商標3,4について防護標章登録が認められている事実(甲19ないし22)等により立証される。しかも,引用商標は,極めて広範に亘る商品・役務について防護標章登録を受け,これらの防護標章は,平成14年8月30日,平成17年12月2日,平成21年7月24日に登録されている。この事実は,平成14年ないし平成21年当時の引用商標の著名性を示す強力な証左であるが,ここから,本件商標の出願時(平成18年5月25日),登録査定時(平成19年9月20日)における引用商標の著名性が立証される。引用商標の周知著名性については,本件審決でも認定されているところである。
本件商標の指定商品と引用商標が使用される商品間の関連性の程度について,本件商標の指定商品は,「学校給食用の菓子及びパン」であり(甲1),引用商標が使用されてきた商品は,チョコレートを始め,菓子・パン等であり(甲10ないし18),その取扱商品中には,学食用の食品も含まれている(甲11ないし14)から,商品間の関連性は強い。そして,これらの商品は,需要者を共通にするものであり,本件商標の指定商品「学校給食用の菓子及びパン」と引用商標が使用されてきた「学食用の食品」は,取引者も共通とする。
そうしてみれば,本件商標は,その出願時及び査定時において,その指定商品に使用した場合,これに接する需要者が引用商標を想起し連想して当該商品を原告の業務に係る商品,あるいは,同人と経済的又は組織的に何らかの関連を有する者の業務に係る商品であるかの如く誤信し,商品の出所について混同するおそれが多分に存する。
したがって,本件商標は,商標法4条1項15号に該当するにもかかわらずこれに違反して登録されたものであるから,本件審決には明白な誤りがある。
第4被告の主張及び原告の主張に対する反論
1 一事不再理について
本件商標に対しては,既に,商標法4条1項11号及び同15号に該当することを理由として,無効審判が請求され(第一次審判請求。甲31),請求不成立の審決(第一次審決)が確定している。
この点,本件審決では,「甲23ないし27を追加している」ことから,「「同一の証拠」に基づくものとはいい難い」と判断した。しかし,原告は,第一次審判請求で既に,明治パン株式会社と原告との関係について主張しており,これらの証拠は何ら目新しいものではない。したがって,本件審決で判断されたように証拠が必ずしも完全に「同一」ではないとしても,新たな証拠と評価されるものではなく,同一の範囲に含まれるといえる。
よって,本件審判請求は,一事不再理の原則に反する。
2 商標法4条1項11号について
(1) 本件商標の認定の誤りに対して
ア 本件商標は,オレンジ色に彩色した三つの半円をドームのように模した図形の下に,青色に彩色した二つのだ円形をハート型に重ねた本件図形と,その左側に同色に彩色した「eiji」の欧文字とを配した構成態様からなるが,伝票や名刺,封筒にマークとして使用することがあるものの,商品に直接付することはなく,これ自体に発音はない。本件商標を構成する本件図形は,青色に彩色した二つのだ円形をハート型に重ねて表現した独創的なものと認識し,いずれかの字形を表現したものかなどと推測して取引に当たるものともいい難く,本件商標からは直ちに「メイジ」の称呼を生じるものということはできない。本来的には発音はないが,強いていえば,普通の書体で表された「eiji」の文字部分から自然に「エイジ」の称呼が生じる。
原告は,ローマ字「M」をハート型に図案化することは,図案化の態様として普通に用いられる手法の一つであると主張するが,原告提出の証拠によれば,東京メトロ(甲38)とエムハートツーリスト(甲39)の二例にすぎず,このことのみをもって,図案化の態様として普通に用いられる手法とはいえない。さらに,東京メトロの図形は,ウサギや猫などの動物の耳をモチーフにした図形にも見えるとことから,原告の主張のように,「M」や「ハート」を直ちに看取することはできず,甲37の3頁目の中段の「シンボルマーク」に関する説明書きによって,「メトロ(METRO)」の頭文字「M」をハート型に図案化したものと理解できる程度にすぎない。また,甲39の公報の【ウィーン分類(参考情報)】には,「27.5.1.13」以外にも複数の図形コードが複数付与されている。そうすると,原告が主張するように,当該図形商標から直ちに,ローマ字「M」をハート型に図案化することが,図案化の態様として普通に用いられる手法の一つであるということはできない。
したがって,本件商標に接する取引者・需要者は,下段部分を一連の文字列であると理解するのが最も自然であるとはいえず,本件図形は「M」を図案化したものであると比較的容易に理解されることは決してない。
イ また,原告は,本件商標の商標公報においては【称呼(参考情報)】として「メイジ」が,【検索用文字商標(参考情報)】として「MEIJI」が表示されている(甲1の1)ことを理由に,特許庁が本件商標を欧文字「MEIJI」からなる商標であり,「メイジ」の称呼を生ずると認定していたことを示すと主張する。
しかしながら,特許庁のデータベースにおける称呼は,検索漏れのないようにするためのものであり,審査官が認定した称呼ではなく,あくまでも『(参考情報)』であるし,当該欄の表示に称呼が拘束されるものではない。
(2) 本件審判請求時の追加証拠による立証事実の認定の誤りに対して
甲23ないし27については,本件審決で,十分に検討されて判断されている。すなわち,本件商標の取引実情について,本件審決では,「・・・取引書類等で通常に行われる表示法の一つであり,本件商標と社名(商号)は別個独立した標章として看取されるというのが相当であるから,直ちに,当該商号が本件商標に影響を与えて,本件商標の下段の左端部が欧文字「M」として認識されることとなると認めることはできない・・・」と検討の上での判断が示されている。したがって,本件審決において,甲23ないし27に関する事実の誤認,審理不尽の違法はない。
(3) 本件商標と引用商標の類否について
引用商標は,それぞれ「Meiji」又は「明治」の文字からなり,該構成文字に相応して「メイジ」の称呼を生じ,また,一義的には「明治天皇在位期の年号」の意味を看取し,これから派生しその時代に創設された学校や企業などに冠された名称などを想起し,これを観念する場合も決して少なくない。
上述したように,本件商標は,「メイジ」の称呼を生じるものということはできないから,本件商標より「メイジ」の称呼を生じるものとし,それを前提に本件商標と引用商標との類似を述べる原告の主張は妥当でなく,両商標を類似のものとすることはできない。
本件商標と引用商標から生じる称呼を対比すると,前者からは「エイジ」のみの称呼が生じ,後者からは「メイジ」のみの称呼が生じるということができるから,両称呼「エイジ」と「メイジ」とでは,第1音において「エ」と「メ」とに差異があり,構成音数が比較的少なく簡潔である両称呼にあって,前記の差異が称呼全体に与える影響は小さいものとはいい難く,これらをそれぞれ一連に称呼したときには,全体から受ける音感が相違し,聞き違えたり,取り違えられたりすることなく,十分に区別し得るものである。
本件商標と引用商標の外観構成をみると,オレンジ色に彩色した三つの半円をドームのように模した図形,青色に彩色した二つのだ円形をハート型に重ねた本件図形,及びその左側に同色に彩色した「eiji」の欧文字とを配した構成態様からなる本件商標と「Meiji」又は「明治」の文字からなる引用商標とは,両商標全体の構成上の差異は顕著であり見誤るおそれはない。すなわち,「eiji」の文字部分と引用商標の各「Meiji」の欧文字とを対比しても,比較的短い綴りにある両者は,その1文字目において「M」の有無という顕著な相違があり,これによって両者の外観から受ける印象は明らかに異なるものであり,引用商標の構成文字(漢字の引用商標4については読みをローマ字で表記したもののことを指す。)中,1文字目「M」を無視し,「eiji」の文字部を抽象して認識するものとはいい難いから,当該欧文字部分を離隔的に対比しても外観上相紛れるおそれはない。
本件商標と引用商標とは,前者が特定の観念を生じ得ない造語と見られること,後者から一義的に生じるところの「明治天皇在位期の年号」に通じるような意味を把握させないことから,両者が観念上相紛れるものとはいえない。
指定商品が類似するにもかかわらず,本件商標の出願後に出願された「MEIJI」及び「明治」からなる商標(乙1ないし4)が,本件商標とは,非類似と判断され商標登録されていることからも,本件商標と引用商標とが類似しないことは,明らかである。
以上のように,本件商標と引用商標とは,外観・称呼・観念のいずれについても類似するものではない。したがって,本件商標と引用商標とが,類似するものでない以上,本件商標は,商標法4条1項11号に該当するものでない。よって,本件商標と引用商標の類否について,本件審決の認定判断に誤りはない。
3 商標法4条1項15号について
原告は,本件商標は商標法4条1項15号に違反して登録されたものと主張するが,本件商標と引用商標とは,外観・称呼・観念のいずれについても類似するものではない。したがって,本件商標と引用商標とは,別異の出所を表す標識として看取されるものというべきである。
そうすると,本件商標をその登録出願時において指定商品に使用した場合,これに接する需要者が引用商標を想起し連想して,同商品を原告の業務に係る商品,あるいは,同人と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかの如く誤信するとは認め難いから,商品の出所について混同するおそれがあるとすることはできない。
したがって,引用商標の周知性を議論するまでもなく,本件商標は,商標法4条1項15号に該当するものでなく,本件審決における商標法4条1項15号に関する認定判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 一事不再理について
被告は,本件審判請求が一事不再理の原則に反した不適法なものである旨主張する。
第一次審決は,平成21年3月12日に確定登録されているから,平成23年6月8日法律第63号附則5条5項により,同法による改正前の商標法56条1項及び同条が準用する改正前の特許法167条の規定の適否が問題となるところ,改正前特許法167条は,何人に対しても,同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の審判請求を禁じている。そして,本件審判請求と第一次審判請求とで主張される本件商標の無効原因は,いずれも商標法4条1項11号,同15号違反であるところ,前者の点では,第一次審判請求で類似するとして引用された登録商標が本件審判請求と同一であり,指定商品も同一である(ただし,第一次審判請求では,本件において引用された登録商標以外に別の登録商標も引用された。)。また,後者の点では,原告の使用する引用商標の著名性を前提に,指定商品の共通性や本件商標と引用商標の称呼の同一性の見地から商品の出所の混同のおそれがあると主張している点で,第一次審判請求と本件審判請求とで変更がなく(甲31),無効原因となる事実は本件審判請求と第一次審判請求とで実質的に同一といえる。したがって,本件審判請求が改正前特許法167条を準用した改正前商標法56条1項に反しないものとして適法といえるためには,新たな証拠に基づくものと認められる必要がある。
ところで,改正前特許法167条を準用した改正前商標法56条1項の趣旨は,商標権者における応訴の繰返しによる煩わしさを避けるとともに,訴訟経済の観点から蒸し返し請求を防止し,無効審判をする者の利益と商標権の安定を図る点にあるところ,本件では,本件審判請求の請求人である原告が第一次審判請求の請求人である明治製菓株式会社の承継人であり実質的に前件と当事者が同一であるという事実関係が認められるから,第三者による再度の審判請求の場合と比較してみると,相対的には,蒸し返し請求防止の要請がより重視され,事実や証拠の同一性についてある程度緩和して解釈されてもやむを得ないというべきである。そうすると,本件審判請求が改正前商標法56条1項に反しないものとして,新たな「証拠」に基づく適法な審判請求といえるためには,形式的に第一次無効審判請求で提出されたものと異なる証拠が提出されてさえいれば許されることとなるわけではなく,新たに提出された証拠が,実質的に見て,これまでの無効原因を基礎付ける事情以外の新たな事実関係を証明する価値を有する証拠といえる必要があるというべきである。
以上を前提に本件につき検討するに,本件審判請求では,第一次審判請求で提出なされなかった甲7,8,23ないし27が新たに提出されているところ(弁論の全趣旨),それ以外の大半の証拠は共通しているといわざるを得ない。しかしながら,追加された証拠は,本件商標中の「『二つのだ円形をハート型に重ねた形状に図案化され』た部分」である本件図形がローマ字「M」と認定できるかに関わる証拠(甲7),被告が明治パン株式会社の新工場が設立されることを契機として,そこで使用する伝票や名刺,封筒などに記載される商標として本件商標をデザインし,登録出願したという本件商標の称呼に関わる証拠(甲8)や本件商標の実際の使用態様を明らかにする証拠(甲23ないし27)であるから,実質的には,第一次無効審判請求において商標法4条1項11号,同15号該当性を基礎付けていた事情とは異なる,新たな事実関係を証明する価値を有する証拠が提出されたと評価できるものといえる。
したがって,本件証拠関係に鑑みれば,本件審判請求は一事不再理の原則に必ずしも反するものではないというべきであり,本件審決の判断は結論において正当である。被告の主位的な主張は理由がない。
2 商標法4条1項11号について
(1) 本件商標と引用商標の類否判断
ア 本件商標の構成は,第2の2(1)で示したとおりである。
本件商標の下段において,本件図形は右側の「eiji」と同じ色彩であり,それぞれの図形ないし文字の間隔がほぼ等しいこと,上段にある半円を3つ並べたドーム状の図形が本件図形と「eiji」全体に被さっていることからすると,本件図形とその右側の「eiji」という文字が一連のものであるという印象を与えること自体は否定し難い。また,構成文字の頭文字を図案化して表示する例がまま見受けられることも事実であって(甲36),本件図形をもって何らかの文字と見ることは不可能ではない。しかしながら,本件図形には,「eiji」部分に見られるような線自体に太い部分と細い部分がなく,上下方向の直線を用いたアルファベットである「i」で表記されたように,上下方向の線の下端に横棒の足もまた存在せず,その形状からは右側の文字部分と明らかに異なるデザインである。また,頭文字が図案化されている可能性,具体的には右側と同じアルファベットである可能性の有無という観点から本件図形を見てみても,本件図形は,両側に配置された右斜め上と左斜め上に伸びる線が下端でつながっており,「M」の特徴である左右両側の線の下端が開放的でつながっていないという特徴を持ち合わせておらず,かえって,下端付近からそれぞれ右斜めと左斜め上に2本ずつ線が延びるような形状のために,むしろ「W」に近いデザインが感得されるから,少なくともその形状をもって容易に「M」と認識することはできない。しかも,本件図形は,二つのだ円から構成されるため,「W」の特徴である二つの「V」の上端部分が開放的でつながっていないという特徴もなく,容易に「W」と認識することもできない。そうすると,本件図形は,二つのだ円がハートのような形状で重なり合っているデザインにすぎないというべきであり,特定の文字や記号,特定の意味を持つ符号と結び付けることは困難といえる。
したがって,本件商標について「メイジ」の称呼が生じるものとは認められず,右側の「eiji」をもって「エイジ」の称呼が生じ,それにより特定の観念は生じ得ないものといえる。
イ 他方,引用商標の構成は,第2の3(1)で示したとおりであり,アルファベットをそのままローマ字つづりとして読み,漢字を音読みすれば,いずれも「メイジ」の称呼が生じ,「明治(明治天皇在位期の元号)」の観念が生じる。
ウ 以上を前提に,本件商標と引用商標を比較すると,まず,本件商標は,上段において三つの半円をドーム状に模した図形を配しており,下段における本件図形が上記のとおり特定の文字と認識できない上に,右側のアルファベットと違って太さが均一であるという特徴があり,「eiji」部分と一体化した文字として見ることが困難であるという点において,やや装飾化された欧文字のみからなる引用商標1ないし3と明確な差異が存在するから,両商標は,外観において顕著な違いがあり,異なる印象を与える。したがって,両商標は,外観上紛れるおそれはない。
次に,称呼の点において,本件商標は,上記のとおり本件図形が特定の文字と認識できないことからすれば,「エイジ」の称呼が生じることになる。これに対し,引用商標の称呼は「メイジ」であり,本件商標と音節の数が同一である上,第二音,第三音を共通にし,語頭音の母音部分も同じ「e」であるが,「メイジ」の語頭音の子音は「m」で両唇鼻音であって聞き取ることは容易であり,かつ,これが語頭に配されていることからしても,区別することは容易である。そして,三音しかない短い構成の称呼において,最初の一音が異なることによる称呼全体に与える影響は小さくない。したがって,両商標が紛れるおそれはない。
さらに,上記称呼の違いから観念についても共通性はなく,両商標が紛れるおそれはない。
エ 以上によれば,本件商標と引用商標が類似しているということはできない。
オ 本件商標が作成されるに至った経緯,すなわち,平成20年ころに明治パン株式会社の新工場が設立されることを契機として,そこで使用する伝票や名刺,封筒などに記載される標章として本件商標がデザインされ,商標として登録出願された事実経過(甲8)からすると,同社内部では本件商標が「メイジ」の称呼を持つものとして作成され,その後使用されていると推測される。実際,本件商標は,通常,明治パン株式会社により,その商品ではなく従業員の名刺や取引先への納品書等において会社名の隣に配置された状態で使用されており(甲23ないし27),同社自体は本件商標を「メイジ」の称呼をもって使用していることは推認に難くない(本件商標について,称呼はない,あえていえば「エイジ」であるという同社専務の陳述書(乙5)は採用できない。)。確かに,上記名刺や納品書への使用の開始時期は特定されておらず(甲23は本件商標登録後の使用である。),これらの使用方法が本件商標登録査定時のものとは必ずしも認められないが(甲8),そうであるとしても,明治パン株式会社内における本件商標に関する称呼について変更があったことをうかがわせる事情はなく,上記推認は動かし難い。
しかしながら,明治パン株式会社の存在を知る同社の従業員や同社の取引相手が主観的に本件商標を「メイジ」と称呼することがあったとしても,これをもって当然に本件商標の客観的な「称呼」ということはできない。例えば,商標権者が,ある標章の外観から生じる一般的な称呼を使用せずに,外観からは到底認識できないような称呼をあえて使用しているような事例において,外観とは異なる称呼を用いることが取引の実情として一般の需要者・取引者に認識されていない限り,当該標章につき客観的な外観とは異なる称呼を認定することは困難であるといえる。
また,本件商標の商標公報では,本件商標の「称呼(参考情報)」として「エイジ」,「エージ」のほかに「メイジ」,「メージ」も挙がっているが,これは類似商標の有無の検索に用いる場合の漏れをなくすためであって,特許庁がかかる称呼を認定したものではなく,また,その商標につき当然に記載された称呼が生じることを意味するものでもない。
したがって,いずれの事実も,上記で示した本件商標と引用商標の非類似という判断を左右するものではない。
(2) 原告の主張に対する判断
ア 原告は,被告が本件商標を「明治パン株式会社」という会社名と近接して表示している(甲23ないし27)ことから,本件図形は「M」と認定されるべきと主張する。
しかしながら,上記で判示したとおり,本件商標の使用者の主観的称呼である会社名をもって,本件商標の客観的称呼と認定すべき合理的理由はない。また,原告の主張する本件商標の使用方法が,本件商標の登録査定時のものと認められる証拠はない上,指定商品において本件商標が当該会社名と近接して表示されるという使用態様のみが一般的であり,その他の表示方法が行われないと認めるに足りる証拠もない。したがって,本件商標について,「明治パン株式会社」という会社名と近接した表示の使用例をもって,本件図形を当然に「M」と見ることはできないというべきである。
イ また,原告は,平成24年判決(甲7)が,「明治パン株式会社」が使用していた,本件商標と上段部分は共通し,下段部分は本件図形とほぼ同一の図形と「eishoku」を組み合わせた構成からなる商標につき,本件図形対応部分を「M」と認定していることから,本件商標でも本件図形は「M」と認定されるべきと主張する。
しかしながら,上記判決は,本件商標の不使用取消しを求めた審判請求において不成立となった審決取消訴訟における判決であって,上記判示部分は,本件商標と,本件図形対応部分及び「eishoku」を組み合わせた別の商標との共通点を指摘する上でなされた記載にすぎず,本件図形の文字該当性の有無や本件図形を含めた本件商標の称呼が問題となった事例においてそれらの点につき判断した部分ではないから,本件図形の認定判断を左右するものではない。
ウ さらに,原告は,「M」を図案化する場合にハート型に図案化することは一般的な方法として定着しているとして,東京地下鉄株式会社のシンボルマーク(甲37)や「METRO‘S」のシンボルマーク(甲38),エムハートツーリスト株式会社の商標(甲39)を具体例として掲げる。
しかしながら,東京地下鉄株式会社のシンボルマーク(甲37)は,同社の説明上「ハートを模した」ことになっているが,下端部分がつながっていないことから外観を一見しただけでハートと認識することは困難であるし,本件図形と異なり,下端部分がつながっていないことで「M」の特徴を未だ残したものと評価できるから,本件図形の認定判断の参考にはならない。
また,「METRO’S」のシンボルマーク(甲38)については,その形状の内側にハートの空洞が含まれていることは確かであるが,線で描かれたハート状の部分は下端部分が尖っておらず,ハートそのものではない上に,ハート状の下端部からそれぞれ左右に横棒が伸びており,「M」の両端の足を示す部分がある,すなわち,「M」の特徴を大きく残したものと評価できるから,必ずしも本件図形の認定判断の参考にならない。
さらに,エムハートツーリスト株式会社の商標(甲39)については,社名に「ハート」が入っていることから,下がつながっている二つのだ円を重ね合わせたハートの形状が,当然に同社名の一部である「エム」すなわち「M」をも併せて指すものか否か定かではない。よって,本件図形の認定判断の参考になるものではない。
したがって,いずれの事例も,上記認定を左右するものではない。
(3) 以上によれば,本件審決の商標法4条1項11号に関する判断は,結論において誤りがない。
3 商標法4条1項15号について
(1) 引用商標の周知性
引用商標の周知性については,原告が主張するとおり,原告は,昭和7年ころにはチョコレートの販売会社として「明治」のイメージを定着させ,昭和30年にはパッケージのロゴとして引用商標2の使用を開始しその後長期間使用を継続するなどし,その結果,引用商標は,本件商標出願時はもとより,登録査定時においても,菓子業界はもとより食品業界を含めた相当広い範囲で明治製菓株式会社に係る商品を表示するものとして,一般消費者ら需要者間に広く認識されるに至っていると認められる(甲4の2,5の2,10,16,18ないし22)。
(2) 指定商品の共通性
他方,本件商標の指定商品は,「学校給食用の菓子及びパン」であるところ(甲1の1,1の2),引用商標が使われてきた商品は,チョコレートをはじめ,菓子やパンであり(甲10ないし18),学食用の食品用も含まれている(甲11ないし14)から,指定商品の共通性は明らかである。
(3) 混同のおそれ
しかしながら,本件商標が登録査定時において引用商標と類似の商標とは認められず,別異の出所を示すものとして看取されることは,既に上記2で説示したとおりであり,このことは本件商標出願時を基準時としても何ら変わりない。
本件商標の使用状況については,指定商品が学校給食用の菓子及びパンであり(甲1の1),学校や教育委員会等に納入されるものと認められるから(甲23),取引先は学校関係者に限られると推測され,これらの者に対して出所の混同を与えるかどうかが問題となる。
まず,明治パン株式会社の取引先である学校関係者が本件商標に接した場合に,該会社名との関連性のためにこれを「メイジ」と呼称したとしても,そのような取引者は,明治パン株式会社の概要をある程度認識した上で取引関係に入るはずであって,その判断能力や前提知識からすると,原告とは別の会社であることはもちろんのこと,原告と何ら関係のない会社であると理解すると考えられるから,明治パン株式会社の商品を原告と経済的,組織的な何らかのつながりがある者の業務に係る商品と混同するおそれはないというべきである。
これに対し,具体的に本件商標が指定商品に付されたという使用態様は現時点で証拠上明らかでないが,仮に指定商品における一般的取引者が本件商標を付した商品に接した場合には,前示のとおり,本件図形を「M」と判読できず,何らかの文字と関連づけることができない以上,本件商標からは「エイジ」の称呼しか生じない。そして,本件商標の称呼は,原告の商号の称呼の要部である「メイジ」の前後に何らかの別の言葉が付加するわけでもない。原告の商号の呼称の要部は「メイジ」のみと認められるから,本件商標の称呼である「エイジ」は,複数の要部から構成される商号のうち,その一部だけが省略されて用いられたり,一部を共通にしたりするものでもない。アルファベットで表記された場合の最初の文字が欠ける結果,日本語としては最初の音が完全に異なることとなったものである。しかも,両商標は,発語時に三音節しかない中で最も重要な語頭部分の音が異なっており,共通の発音部分から原告や引用商標まで想起・連想することは困難である。
したがって,本件商標が付された商品を原告と経済的,組織的な何らかのつながりがある者の業務に係る商品であると誤信するとは認められないから,混同のおそれはない。
(4) 以上によれば,本件審決の商標法4条1項15号に関する判断は,結論において誤りがない。
第6結論
以上より,原告の請求は理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)