知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10128号 判決 2014年1月22日
原告
レック株式会社
訴訟代理人弁護士
野末寿一
同
坂野史子
訴訟代理人弁理士
入江一郎
被告
山崎産業株式会社
訴訟代理人弁理士
高良尚志
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2012-800118号事件について,平成25年3月25日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
(1) 被告は,発明の名称を「ループパイル保持体」とする特許第4763758号(平成20年7月8日出願。平成23年6月17日設定登録。請求項の数12。以下「本件特許」という。)に係る特許権者である(甲4)。
(2) 原告は,平成24年7月31日,本件特許に係る発明の全てである請求項1ないし12について特許無効審判を請求し,特許庁に無効2012-800118号事件として係属した。
(3) 特許庁は,平成25年3月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年4月6日,その謄本が原告に送達された。
(4) 原告は,平成25年5月2日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲請求項1ないし12の記載は次のとおりである。以下,順に「本件発明1」などといい,併せて,「本件発明」という。また,その明細書(甲4)を「本件明細書」という。
【請求項1】基体とループパイルを備えてなり,前記ループパイルは,その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイル保持体であって,前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は,略円柱形状をなし,フィラメントが,ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,前記フィラメントの先端部により形成されており,
前記ループパイルは,(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とするループパイル保持体。
【請求項2】基体とループパイルを備えてなり,前記ループパイルは,その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイル保持体であって,前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は,略円柱形状をなし,フィラメントが,ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,前記フィラメントの先端部により形成されており,
前記ループパイルは,[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とするループパイル保持体。
【請求項3】上記ループパイル形成糸が,基体の表面とその裏側を交互に貫き,基体の表面側においてループパイルを形成し,裏面側において縫い目を形成している請求項1又は2記載のループパイル保持体。
【請求項4】上記ループパイルの両基部におけるフィラメントが,ループパイル形成糸の軸心から外方に向かって,基体の表面に対し平行状に又は基体の表面に向かう傾斜状に伸びる請求項1乃至3の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項5】上記ループパイル形成糸が,フィラメントを飾り糸とする2本又は3本以上のモール糸が,そのモール糸の芯糸を中心として撚り合わさることにより略円柱形状を形成したものである請求項1乃至4の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項6】上記フィラメントが0.05乃至0.8デニールのフィラメントである請求項1乃至5の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項7】上記フィラメントが非吸水性のフィラメントである請求項1乃至6の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項8】上記非吸水性のフィラメントが,ポリエステル系,ポリアミド系,ポリプロピレン系又はポリエチレン系のフィラメントである請求項7記載のループパイル保持体。
【請求項9】上記非吸水性のフィラメントの吸水率が,20℃相対湿度65%において5%以下である請求項7又は8記載のループパイル保持体。
【請求項10】基体上に上記ループパイルが多数配設されてなる請求項1乃至9の何れか1項に記載のループパイル保持体。
【請求項11】基体上に多数配設されたループパイルの少なくとも一部のループパイル群において,ループパイル同士が,ループパイル形成糸により形成されるループ面に沿った方向である縦方向に密接すると共に,前記ループ面に直交する方向である横方向に密接するものである請求項10記載のループパイル保持体。
【請求項12】上記基体が基布である請求項1乃至11の何れか1項に記載のループパイル保持体。
3 原告が本件審判手続において主張した無効理由3の要旨
本件発明1ないし12は,特開2008-73173号公報(甲1)に記載された発明と同一又は甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。そして,本件発明1及び2が,甲1に記載された発明と同一又は甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることは,次のとおりである。
(1) 甲1の図3には,本件発明1及び2の全ての構成が記載されている。
(2) 本件発明1及び2がループパイルであるのに対し,甲1に記載された発明はループパイルに形成した後,ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理により撚り合わせてパイルを形成した点で相違が見られるが,甲1には,ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理による撚り合わせ前の技術(図3)と,ループ部Rの対向する芯糸C同士を熱処理により撚り合わせ後の技術(図1及び図2)の両方が開示されているから,上記相違は実質的なものではない。
(3) 甲1に記載された発明も本件発明1及び2と同様の効果を有する。
(4) 本件発明1及び2の数値限定について,これを裏付けるデータはなく,この程度の数値限定は単なる設計的事項にすぎない。
(5) 後記アないしサの甲3の1ないし10に例示されるループパイルが自立しているという技術常識を踏まえれば,甲1の図3記載のループパイルは,自立した状態が記載ないし示唆されている。
ア 周知例1:登録実用新案(第3051521号)公報(甲3の1。平成10年8月25日発行)
イ 周知例2:特開平10-71117号公報(甲3の2)
ウ 周知例3:特開2003-10096号公報(甲3の3)
エ 周知例4:特開平9-173196号公報(甲3の4)
オ 周知例5:登録実用新案(第3108152号)公報(甲3の5。平成17年4月7日発行)
カ 周知例6:実願昭61-157540号(実開昭63-64291号)のマイクロフィルム(甲3の6)
キ 周知例7:特開2002-371451号公報(甲3の7)
ク 周知例8:特開2002-36932号公報(甲3の8)
ケ 周知例9:特開平7-42063号公報(甲3の9)
コ 周知例10:特開平9-78396号公報(甲3の10)
サ 周知例11:「BELLE MAISON HOME BASE 2006秋冬号」176頁,株式会社千趣会,平成18年8月18日発行(甲3の11)
4 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。
(2) 本件審決が認定した甲1(別紙2の図3)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明:基布Sとモール糸Mによるループ部Rを備え,前記ループ部Rは,その基部が基布Sに結合された状態で基布S上に配設されているパイルマット中間物であって,ループ部Rを形成するモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わせることにより形成されるパイルPは,略円柱形状をなし,非吸水性のフィラメントFが,パイルPの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,パイルPの略円柱形状外周面は,各フィラメントFの先端部により形成される,パイルマット中間物。
イ 一致点:基体とループ状部分を備えてなり,前記ループ状部分は,その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されている保持体であって,前記ループ状部分を形成するループ状部分形成糸は,略円柱形状をなし,フィラメントが,ループ状部分形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,前記フィラメントの先端部により形成されている保持体。
ウ 相違点1:本件発明1は,「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」であるのに対し,引用発明は,「ループ部R」を備えた「パイルマット中間物」であり,「ループ状部分を形成するループ状部分形成糸」が,本件発明1では「ループパイルを形成するループパイル形成糸」であるのに対し,引用発明では「ループ部Rを形成するモール糸M」である点。
エ 相違点2:本件発明1は,ループ状部分について「前記ループパイルは,(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものである」との特定がなされているのに対し,引用発明は,ループ部Rにつき,このような特定がなされていない点。
(3) 本件審決が認定した本件発明2と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 一致点:前記(2)イと同じ。
イ 相違点1:「本件発明1」を「本件発明2」と読み替えるほかは,前記(2)ウと同じ。
ウ 相違点2’:本件発明2は,ループ状部分について「前記ループパイルは,[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものである」との特定がなされているのに対し,引用発明は,ループ部Rにつき,このような特定がなされていない点。
(4) 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである。
ア 本件発明1について
(ア) 相違点1について
甲1の図3には,モール糸により形成されたループ部Rが,基布S上に直立してループパイルを構成しているかのごとく記載されている。
しかし,甲1には,「図3は,モール糸によりパイルを形成する工程の一部を示す模式図である」(【0019】)と,別紙2の図3が模式図であることが明記されているし,また,図3に示されたループ部Rを構成するモール糸Mのうち,ループ部Rの「一方の基部から端部を構成する部分」と「他方の基部から端部を構成する部分」が,両部分の芯糸Cを中心として撚り合わされることにより,図1に示す略円柱形状のパイルPが形成される(【0021】)のであるから,図3は,上記ループ部Rの両部分を撚り合わせる前の中間的な状態を模式的に示すものにすぎない。しかも,図3には,上記ループ部Rの両部分が,平行に直立した状態として図示されているが,たとえ剛性の高いモール糸を使用するにしても,足拭用パイルマットに用いられるモール糸として通常想定されるものを前提とすれば,このような状態が現実的に生じ得るとは認め難い。むしろ,「例えば,強撚モール糸Mを用い」(【0021】)との記載を参照すれば,強撚モール糸は,図3のように平行して直立することはなく,強撚であるがゆえに撚り合わさった状態となることが普通に予測される(甲14参照)。なお,強撚モール糸Mを用いることが例示にすぎないとしても,甲1には,他に,図3の状態を現実に経て図1のパイルPを形成できるような具体的な手段の開示はないから,図3が現実的に生じ得る状態を表していると認めることはできない。
よって,甲1の図3は,現実的に生じ得る状態を示すものではなく,モール糸を撚り合わせる前の中間的な状態を示す単なる模式図にすぎないから,同図に「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」が記載ないし示唆されているということはできない。
(イ) 相違点2について
前記のとおり,甲1の図3には,「ループパイル」が記載ないし示唆されているということはできないから,同図には,ループパイルの寸法等の構成も記載ないし示唆されているということはできない。また,ループパイルの開示がない以上,数値限定を付したループパイルとすることが設計事項であるともいえない。
よって,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
イ 本件発明2について
相違点1についての判断は,前記ア(ア)に示したとおりであり,相違点2’'についても,前記ア(イ)に示したのと同様である。
ウ 本件発明3ないし12について
本件発明3ないし12は,いずれも,本件発明1に他の限定を付加したもの,又は本件発明2に他の限定を付加したものに相当する。よって,本件発明3ないし12は,少なくとも,相違点1で引用発明と相違し,さらに,相違点2又は2?で引用発明と相違する。
そして,前記のとおり,相違点1及び2又は2?に係る構成は,いずれも引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
5 取消事由
(1) 手続違反(取消事由1)
(2) 本件発明1の新規性及び進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)
(3) 本件発明2の新規性及び進歩性に係る判断の誤り(取消事由3)
(4) 本件発明3ないし12の新規性及び進歩性に係る判断の誤り(取消事由4)
第3当事者の主張
1 取消事由1(手続違反)について
〔原告の主張〕
(1) 審理経過について
被告は,平成25年3月6日の第1回口頭審理期日の直前に,強撚モール糸を用いた実証実験の結果が記載された製造工程検討報告書(甲16。以下「本件製造工程検討報告書」という。)を提出した。本件審判手続は,上記期日をもって審理終結とされたが,原告は,審理終結前に本件製造工程検討報告書を十分に検討する時間的余裕がなかったため,反証実験に係る検討書(甲5。以下,この反証実験を「本件反証実験」という。)を添付して,平成25年3月8日付け及び同月15日付け審理再開申立書により,審理の再開を申し立てた。
しかるに,審判長は,審理の再開を認めなかった。
(2) 審理再開の必要性について
ア 本件審判手続は,次のとおり,原告が主張した無効理由3の判断において,本件反証実験を考慮するため,再開されるべきであった。
(ア) 甲1(【0021】前段)には,0.3デニールの非吸水性のポリエステルフィラメントFを飾り糸とするモール糸Mを用いて,①図3に示すように,基布Sに対し,モール糸Mからなるループ部Rを,基部(基布S側)から端部(ループ部Rの先端側)までを構成する部分どうしが近接するように,逆U字状に形成する,②ループ部Rを構成するモール糸Mの基部から端部を構成する部分どうしを,芯糸Cを中心として撚り合わせる(モール糸の種類や撚り合わせる方法については,【0021】後段に,「例えば,強撚モール糸Mを用い…」という記載があるだけで,特に限定するものではない。),という手順により,図1に示す略円柱形状のパイルPを形成する方法が記載されている。
本件反証実験は,甲1(【0021】前段,図3)の記載に従って,上記①を参照し,0.52デニールのポリエステルフィラメントを飾り糸とするモール糸を逆U字状に屈曲させて,ループ部を構成する基部(基布S側)から端部(ループ部Rの先端側)を構成する部分を近接させて実験台に固定したところ,ループ部が自立することが確認できたというものである。しかも,ループ部を構成する基部から端部を構成する部分は,略平行に直立した状態となることも確認できた(7頁及び8頁の写真)。そして,自立したループ部を上記②のように撚り合わせれば,甲1(【0021】図1)記載の略円柱形状のパイルPが形成できる。
したがって,本件反証実験は,甲1(【0021】前段,図3)の記載に従って,これが現実的に生じ得る形態であることを示すものである。
(イ) 被告が提出した平成25年2月18日付け製造報告書(甲14。以下「本件製造報告書」という。)には,強撚モール糸Mを用いた製造工程をトレースした実験結果が示されている。また,本件製造工程検討報告書では,4つのパイルマット製品AないしDにおいて,本件製造報告書に記載された実験と同様に,強撚モール糸が使用されていたことが記載されている。
しかし,本件製造報告書は,単に甲1(【0021】後段)の「例えば,強撚モール糸を用い…」という製造方法の例示をトレースした結果を示したものにすぎない。また,本件製造工程検討報告書は,市販のパイルマット製品のうちのたった4つ,しかも本件出願時ではなく,本件製造工程検討報告書作成当時に市販されていた製品において,強撚モール糸が使用されていることが示されているだけであって,甲1(【0021】図3)の記載に接した当業者が,ループを形成し,撚り合わせる方法として,強撚モール糸を用いる方法しか把握できないことを立証するものではない。
したがって,これらを考慮しても,甲1(【0021】前段,図3)において,およそ強撚モール糸を用いたループ部Rを製造する方法しか開示されていないと解釈することはできない。
(ウ) 本件審決は,本件反証実験を考慮せず,本件製造報告書と本件製造工程検討報告書を過度に重視した結果,甲1(【0021】図3)に記載された構成は強撚モール糸を使用した方法に限定されると誤った解釈をした。すなわち,本件審決は,本件反証実験を考慮せずに,甲1の図3は現実的に生じ得る状態を示すものではないと安易に断定し,これにより相違点1を認定したものである。
したがって,本件反証実験は,無効理由3を判断するに当たり考慮する必要性があったものである。
イ 被告の主張について
被告は,甲1の図3はそこに示されたモール糸Mのループ部Rが自立していることを示し又は示唆するものでないことは,平成24年11月2日付け審判事件答弁書や平成25年2月19日付け口頭審理陳述要領書(2)でも主張していたから,原告が甲1の図3が現実的に自立するループ部Rの形態を表していることを示す証拠を提出する機会は,第1回口頭審理期日よりも十分に前にあったといえるなどと主張する。
しかし,被告の平成24年11月2日付け審判事件答弁書は,甲1の記載内容について述べただけであり,実験結果等を示したものではないから,あえて原告が反証実験を提出してまで反論する必要性はなかった。また,平成25年2月19日付け口頭審理陳述要領書(2)とともに提出された本件製造報告書も,甲1(【0021】後段)記載の強撚モール糸を用いた例をトレースした結果が示されているだけであり,当業者がその技術常識を基に,甲1の記載をどのように把握するかを示す証拠にはなり得ないものであったから,あえて反証実験を提出する必要性は極めて低かった。
しかるに,被告は,平成25年3月1日付け口頭審理陳述要領書(3)及び本件製造工程検討報告書を提出し,単に4つの市販の製品の材料が強撚モール糸であったことを根拠として,あたかもパイルマットを製造するにあたっては強撚モール糸を用いることのみが技術常識であり,甲1(【0021】図3)に接した当業者は強撚モール糸を用いてループ部Rを作る方法だけしか想定できないような主張をしたことから,原告は,本件審決において被告の主張を過度に重視した誤った解釈がなされることを防ぐために,甲1(【0021】前段,図3)の記載から,当業者が一般的な技術常識に基づいてどのような内容を把握し,実験を試み,実現するかを示すために反証実験を提出する必要性が生じたのである。
また,仮に平成25年2月19日付け口頭審理陳述要領書(2)及び本件製造報告書を検討することにより,原告に反証実験の提出の機会があったとしても,本件反証実験に係る検討書(甲5)の日付は平成25年3月15日であり,上記口頭審理陳述要領書(2)の作成日から1か月も経過していないから,原告において本件製造報告書等の内容を把握し,反証実験の必要性を検討し,好適な条件等を検討し,材料等を収集し,実験し,報告書を作成する必要があることからすると,同年3月6日の第1回口頭審理までに反証実験を提出する十分な時間があったとは到底いえない。
したがって,原告には審理再開を申し立てる相応の理由があったものである。
(3) 小括
以上のとおり,原告による審理再開の申立てには相応の理由があったのに,審判長が審理再開を認めなかったのは,甲1(【0021】図3)についての事実誤認,本件製造工程検討報告書に係る他事考慮,本件反証実験の考慮不尽又は本件反証実験に対する評価が合理性を欠くことによるものであって,その判断は失当であり,裁量権の逸脱濫用である(特許法156条3項,行政事件訴訟法30条)。
〔被告の主張〕
(1) 原告は,本件反証実験を提出する必要が生じたのは,被告が本件製造工程検討報告書を提出したのが第1回口頭審理直前で,原告が十分に検討する時間的余裕がなかったためであり,原告による審理再開申立てには相応の理由があると主張する。
しかし,原告が本件反証実験を提出したのは,甲1の図3が現実的に自立するループ部の形態を表していることを示すためであると認められるが,同図に示されたループ部Rについて,被告は,平成24年11月2日付け審判事件答弁書において,甲1の図3に示されたモール糸Mのループ部Rは,ループ部Rが自立していることを示し又は示唆するものでもない旨主張し,また,平成25年2月19日付け口頭審理陳述要領書(2)においても,本件製造報告書を提出して,甲1(【0020】~【0022】図3)の記載には,基体の表面に対し自立性を有するループパイルは存在しない旨主張している。
したがって,以上の経緯からすれば,原告が,甲1の図3が現実的に自立するループ部の形態を表していることを示す証拠を提出する機会は,第1回口頭審理期日よりも十分に前にあったといえるのであり,原告の上記主張は失当である。
(2) 原告は,本件反証実験は甲1(【0021】前段,図3)の記載に従うものであると主張する。
しかし,甲1の図3に模式的に示されているのは,折り返し状をなすモール糸M(ループ部R)の両部分が略円柱形状パイルP形成のために撚り合わさる前の中間的な状態であり,パイルマットの構成要素としてのループパイルではないから,図3のループ部Rがループパイルであって,図3にループパイル保持体としてのパイルマットが示されていることを前提とする本件反証実験には意味がない。
また,本件反証実験は,モール糸を逆U字状に屈曲させて,ループ部を構成する基部(基布S側)から端部(ループ部Rの先端側)を構成する部分を近接させて実験台に固定したところ,ループ部が自立することが確認できたというものであり,平板上に直線状に載置されたモール糸の中間部が逆U字状に屈曲し,平板上のモール糸のうち屈曲した基部を挟む両側の部分がガムテープによりその平板に対し圧接固定されているものである(6頁ないし9頁の各写真)。これに対し,甲1(【0021】図3)によれば,モール糸Mの中間部分は,基布Sの裏面側から表面側に対し折り返し状に貫通しており,この点において,本件反証実験が甲1の記載を離れたものであることは明白である。
さらに,甲1の図3は,甲1(【0020】【0022】)に記載されている図1に示された「略円柱形状をなす多数のパイルPが基布S上に配設された足拭用高吸水高乾燥性パイルマット」を製造する上で,それらの多数のパイルPを形成する工程の一部を示す模式図であるから,図3に示されたループ部について何らかの反証実験を行うのであれば,その反証実験は,そのループ部が,足拭用パイルマットにおける多数の略円柱形状をなすパイルPを形成するものであるという前提を満たす必要がある。
しかるに,本件反証実験の内容からは,甲1(【0020】【0022】)に記載されている足拭用パイルマットの略円柱形状をなす多数のパイルPを基布S上に形成する方法は,甲1(【0021】図3)の記載を参照しても,当業者にとって不明である。
仮に,本件反証実験(6頁)に記載されているように,強撚状態が解除されたモール糸が,甲1(【0021】前段,図3)の記載に正しく従って,基布に対し,逆U字状に屈曲してループ部を構成する両部分が略平行に直立した状態となったとしても,このようなループ部が基布上に多数存在し,それらの多数のループ部のそれぞれにおいて,両部分が撚り合わさって略円柱形状のパイルを形成し,しかも,芯糸を中心として撚り合わさった多数のパイルにおいて,撚り合わさりが解けずに略円柱形状のパイル形状が維持されるための具体的な手段,すなわち図3に模式的に示される状態を経て図1に示される略円柱形状のパイルPが基布S上に多数配設されたパイルマットが得られる具体的な手段は,本件反証実験に示されていないばかりではなく,甲1の記載に基づき当業者が理解し得るものでもない。
(3) 以上によれば,審理を再開する必要を認めなかった審判長の判断は正当であり,本件審判手続に違法はない。
2 取消事由2(本件発明1の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 新規性について
ア 相違点1について
(ア) 本件審決は,①甲1の図3には,ループ部Rの両部分が,平行に直立した状態として図示されているが,たとえ剛性の高いモール糸を使用するにしても,足拭用パイルマットに用いられるモール糸として通常想定されるものを前提とすれば,このような状態が現実的に生じ得るとは認め難い,②甲1(【0021】)の「例えば,強撚モール糸Mを用い」との記載を参照すれば,強撚モール糸は,図3のように平行して直立することはなく,強撚であるがゆえに撚り合わさった状態となることが普通に予測される,③強撚モール糸Mを用いることが例示にすぎないとしても,甲1には,他に,図3の状態を現実に経て図1のパイルPを形成できるような具体的な手段の開示はないから,図3が現実的に生じ得る状態を表していると認めることはできないとして,相違点1を認定した。
しかし,次のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。
a 上記①について
剛性の高いモール糸を使用するにしても,図3記載のループ部Rの両部分が,平行で直立した状態が現実的に生じ得るとは認め難いと認定する証拠や理論的根拠が一切示されておらず,理由が不明である。
b 上記②について
甲1(【0021】)の「例えば,強撚モール糸Mを用い」という記載は,【0021】前段や図3についての説明の後の例示にすぎないのに,強撚モール糸Mを用いることが必須であるような解釈を前提としており,失当である。
c 上記③について
前記1の〔原告の主張〕(2)アのとおり,甲1(【0021】前段)には,0.3デニールの非吸水性のポリエステルフィラメントFを飾り糸とするモール糸Mについて,前記①及び②の手順でパイルPを形成する方法が記載されているにもかかわらず,強撚モール糸Mを用いる方法だけが記載されているとの誤った解釈に基づくものであって,失当である。
d 以上のとおり,本件審決の上記①ないし③の理由はいずれも根拠がない。そして,甲1(【0021】図3)記載のマットも足拭用パイルマットとして用いることができるものであり,これが中間物,すなわち部品としてしか用いることができず,およそ足拭用パイルマットに用いることができないなら格別,そうではないのにあえてこれを「パイルマット中間物」,その構成を「ループ部Rを形成するモール糸M」と認定する理由はない。
したがって,甲1に記載された発明は,本件発明1の「ループパイル保持体」,「ループパイルを形成するループパイル形成糸」と一致するから,相違点1は,相違点ではない。
(イ) 被告の主張について
被告は,甲1の図3に模式的に示されているのは,折り返し状をなすモール糸M(ループ部)の一方の部分と他方の部分が略円柱形状パイルP形成のために基部から端部にわたり撚り合わさる前の中間的な状態であり,パイルマットの構成要素としてのループパイルではないと主張する。
しかし,甲1の図3が中間的な状態を説明したものであったとしても,「物」自体がパイルマットとして用い得るものであれば,「物」の構成は同一であり,完成品と区別する必要はない。
したがって,被告の主張は,失当である。
イ 相違点2について
(ア) 「(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1」について
甲1(【0028】図1)記載のパイルPは,【0021】及び図3記載のループ部Rを,これを構成するモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わせたものであるから,パイルPとループ部Rの高さは略同じである。また,パイルPはループ部Rの基部(基布S側)から端部(ループ部Rの先端側)を構成するモール糸Mの芯糸C同士を中心として撚り合わせたものであるから,モール糸Mの直径とパイルPの直径もほぼ同じである。したがって,甲1(【0028】)に記載されたパイルPの数値は,そのままループ部R(ループパイル)の数値に置き換えることができるものである。
よって,甲1には,「(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1.5/1乃至10/1,好ましくは2/1乃至8/1,さらに好ましくは3/1乃至6/1であること」が記載されている。
そして,上記「1.5/1乃至10/1」と,本件発明1の「(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1」とを対比すると,本件発明1の数値範囲は,下限値側の1/1ないし1.5/1の範囲を除いて,ほとんどが甲1に記載された上記数値範囲と重なる。
したがって,甲1には,本件発明1の「(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1」が記載されている。
(イ) 「(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下」について
甲1(【0021】図3)に記載のループ部Rは,モール糸Mの芯糸Cを中心に撚り合わせることにより,図1記載のパイルPを形成するために構成されたものであるから,逆U字状のループ部R(ループパイル)の基布S側の両基部は,モール糸Cを撚り合わせることができるように極めて近接して配置されており,ループパイルの両基部の中心どうしの距離はほとんど重なっており,ほぼゼロである。
そうすると,甲1(【0021】図3)には,「(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比」がほぼゼロであることが記載されている。
よって,甲1には,本件発明1の「(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下」が記載されている。
(ウ) 「ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものであること」について
甲1(【0021】図3)に記載のループ部Rが,本件発明1の「ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものであること」は,本件反証実験の結果から明らかである(甲5の7頁~9頁の各写真)。
また,本件発明1では,相違点2として認定された数値範囲を満たせば必然的にループパイルが自立する効果が得られるものである(甲4【0010】)。そして,前記のとおり,甲1に記載された発明においては,相違点2として認定された数値範囲を満たしているから,当然ループパイルが自立した状態となる。
(エ) 以上によれば,本件審決が認定した相違点2も,甲1に記載されているものであり,相違点ではない。
(オ) したがって,本件発明1は,引用発明と同一である。
(2) 進歩性について
仮に,相違点1及び2が認められるとしても,次のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。
ア 相違点1について
本件発明1の「ループパイル保持体」及び「ループパイルを形成するループパイル形成糸」と,甲1に記載された発明の「パイルマット中間物」及び「ループ部Rを形成するモール糸M」とは,材料と完成品の関係にあるから技術分野が共通し,しかも甲1(【0021】図3)記載のマットも足拭用パイルマットとして用いることができるものであり,機能・作用が共通するから,当業者がこれを足拭用マットに転用することは,容易に想到することができたものである。
イ 相違点2について
相違点2の数値限定は,当業者が適宜なし得る数値範囲の好適化・最適化にすぎないから,当該数値限定は当業者が容易に発明をすることができたものである。
すなわち,本件発明1は,相違点2に係る数値限定を満たすことにより,パイルが自立し,その結果,①パイルマットの柔軟な弾力性と②水等の液体(汚れを含有するものを含む)の吸収性能の向上・維持という効果が得られるというものである(甲4の【0006】【0007】【0010】【0011】【0015】【0037】【0038】)。
しかし,ループパイルにおいて,弾力性・吸水性の維持・向上は周知の課題であり,しかもループパイルの自立性が向上・維持することにより,弾力性・吸水性等のループパイルの性能が向上・維持することは周知技術である(甲3の3,22の1・2)。
したがって,ループパイルの自立性を高めるために,甲1(【0021】図3)に記載された発明において,ループパイルの高さ,ループパイル形成糸の直径等の数値範囲を最適化・好適化することは,その数値の上限値と下限値のそれぞれの前後で,急峻な効果の変化が得られない限り,当業者が適宜なし得る設計事項である。
そして,本件発明1において,相違点2に係る数値範囲については,いずれもその上限値及び下限値のそれぞれの前後で急峻な効果の変化が得られることは実証されていない。したがって,相違点2に係る数値限定は,当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化・好適化にすぎず,当業者が適宜なし得る設計事項であり,甲1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。
ウ 以上によれば,本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。
〔被告の主張〕
(1) 相違点1について
ア 甲1には,基布と多数のパイルを備えてなり,各パイルの基部が基布に結合された状態で,多数のパイルが基布上に配設されているパイルマットであって,各パイルは,略円柱形状をなし,0.05ないし0.8デニールの非吸水性のフィラメントが,パイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,パイルの略円柱形状外周面は,各フィラメントの先端部により形成されている高吸水高乾燥性パイルマットに関する発明が記載されている(【0006】)。
このように,甲1は,略円柱形状パイルのパイルマットに関するものであって,ループパイルのパイルマットに関するものではないから,そもそも,ループパイル(特に自立性のあるループパイル)についての技術的思想が甲1に記載される理由はない。
甲1の図3に模式的に示されているのは,折り返し状をなすモール糸M(ループ部)の一方の部分と他方の部分が略円柱形状パイルP形成のために基部から端部にわたり撚り合わさる前の中間的な状態であり,パイルマットの構成要素としてのループパイルではない。
したがって,本件審決の相違点1の認定に誤りはない。
イ また,本件審決の前記①ないし③の理由に対する原告の反論には理由がない。
(ア) 前記①について
原告は,剛性の高いモール糸を使用するにしても,甲1の図3記載のループ部Rの両部分が,平行で直立した状態が現実的に生じ得るとは認め難いとした本件審決の認定には,そのような認定をした証拠や理論的根拠が一切示されておらず,理由が不明であると主張する。
しかし,本件審決は,足拭用パイルマットに用いられるモール糸として通常想定されるものを前提とすれば,このような状態が現実的に生じ得るとは認め難いと判断したのであり,その理由は明らかである。
なお,甲1の図3に記載されたモール糸Mによるループ部Rの形態(両部分が平行に直立した形態)が,仮に何らかの手段により一時的に実現されたとしても,足拭用パイルマットに用いられるモール糸Mとして通常想定されるものを前提とすれば,基布にそのような形態のループ部Rを備えたものを足拭に用いた場合に,ループ部Rの前記形態が(両部分が平行である点のみにおいても)維持されるものとは認め難い。そのような一時的にすぎない形態をループパイルの形態であるとは認められない。
(イ) 前記②について
本件審決の「強撚モール糸は,図3のように平行して直立することはなく,強撚であるがゆえに撚り合わさった状態となることが普通に予測される」との説示は,モール糸Mが強撚モール糸である場合について述べているのであるから正当である。
(ウ) 前記③について
強撚モール糸Mを用いることが例示にすぎないとしても,甲1には,他に,図3の状態を現実に経て図1のパイルPを形成できるような具体的な手段の開示はない。
また,本件反証実験の内容を検討しても,図3の状態を現実に経て図1のパイルPを形成できるような具体的な手段は何ら示されていない。
したがって,甲1の図3が現実的に生じ得る状態を表していると認めることはできないという本件審決の認定に誤りはない。
ウ 以上のとおり,甲1の図3は,ループパイルとして現実的に生じ得る状態を示すものではなく,モール糸を撚り合わせる前の中間的な状態を示す単なる模式図にすぎないから,同図に「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」が記載ないし示唆されているということはできず,相違点1に係る本件発明1の構成は,引用発明に基いて当業者が容易に想到し得たものではないという審決の判断に誤りはない。
(2) 相違点2について
前記(1)アのとおり,甲1の図3には,「ループパイル」が記載ないし示唆されているということはできない。
したがって,甲1の図3には,ループパイルの寸法等の構成も記載ないし示唆されているということはできず,また,ループパイルの開示がない以上,数値限定を付したループパイルとすることが設計事項であるともいえないとした上で,相違点222に係る本件発明1の構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(本件発明2の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 新規性について
ア 相違点1について
前記2の〔原告の主張〕(1)アのとおり,相違点1は相違点ではない。
イ 相違点2’について
(ア) 「(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下」について
前記2の〔原告の主張〕(1)イ(イ)のとおり,甲1には「(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下」であることが記載されている。
(イ) 「[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1」について
① 甲1について
前記2の〔原告の主張〕(1)イ(ア)のとおり,甲1には,「(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1.5/1乃至10/1,好ましくは2/1乃至8/1,さらに好ましくは3/1乃至6/1であること」が記載されているが,上記記載のうち,最も広い数値範囲は,1.5/1ないし10/1である。
② 本件発明2について
ループパイル形成糸の長さをX,ループパイルの両基部の中心同士の距離をL,ループパイル形成糸の直径をDとすると,[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1」は,(X-L)/D=1/1~10/1と表される。
本件発明2では,L/D=3/1以下であり,便宜上Dを1に固定すると,Lは3以下である。
Lが3のときは,(X-L)/D=1/1~10/1は,(X-3)/1=1/1~10/1であるから,X=4~13である。
ループパイルの高さは,ループパイルがループパイル形成糸の長さ方向の中心から折り曲げて作成されることからすると,概ねループパイル形成糸の長さの半分の長さと一致する。
したがって,ループパイルの高さをTとすると,TはX=4~13の半分の長さであるから,T=2~6.5となる。
Lが0のときは,L=3のときと同様にして計算すると,T=0.5~5となる。
Lが3のときのTの数値範囲とLが0のときのTの数値範囲とをあわせると,Tの数値範囲は0.5~6.5となる。
したがって,Dが1のとき,T/D=0.5/1~6.5/1となる。
③ 上記①と②の数値範囲を比較すると,本件発明2に係るT/D=0.5/1~6.5/1は,甲1に係る数値範囲T/D=1.5/1~10/1と,下限値側の0.5/1~1/1.5の範囲を除いて重なっている。
したがって,甲1には,本件発明2の「[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1」であることが記載されている。
(ウ) ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものであることについて
前記2の〔原告の主張〕(1)イ(ウ)のとおり,甲1(【0021】図3)に記載のループ部Rが「ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものであること」は,本件反証実験の結果を見れば明らかである(7頁ないし9頁の各写真)。
また,本件発明2においては,相違点2’として認定された数値範囲を満たせば必然的にループパイルが自立する効果が得られるものである(甲4の【0015】)。そして,前記のように甲1に記載された発明においては,相違点2’として認定された数値範囲を満たしているから,当然ループパイルが自立した状態となる。
(エ) 以上によれば,本件審決が認定した相違点2も,甲1に記載されているものであり,相違点ではない。
(2) 進歩性について
ア 相違点1について
前記2の〔原告の主張〕(2)アのとおりであるから,これを引用する。
イ 相違点2’について
「相違点2」を「相違点2’」と読み替えるほかは,前記2の〔原告の主張〕(2)イのとおりであるから,これを引用する。
ウ 以上によれば,本件発明2は,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。
〔被告の主張〕
相違点1については前記2の〔被告の主張〕(1)アと同様であり,相違点2’については,「相違点2」を「相違点2’」と読み替えるほかは,前記2の〔被告の主張〕(2)と同様であるから,これらを引用する。
本件発明2の新規性及び進歩性に係る本件審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(本件発明3ないし12の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件発明3及び4について
本件発明3及び4の各構成要件は,いずれも甲1(【0021】図3)に記載されている。したがって,本件発明3は,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(2) 本件発明5について
本件発明5の構成要件は,単にループパイル形成糸として,2本又は3本のモール糸を,その芯糸を中心として撚り合わせたものを用いたものであり,その効果について一切記載されていないから(甲4の【0030】),当業者が適宜なし得る設計事項である。したがって,本件発明5は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(3) 本件発明6について
本件発明6の構成要件は,甲1(【0026】)に記載されている。したがって,本件発明6は,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(4) 本件発明7について
本件発明7の構成要件は,甲1(【0023】)に記載されている。したがって,本件発明7は,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(5) 本件発明8について
本件発明8の構成要件は,甲1(【0026】)に記載されている。したがって,本件発明8は,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(6) 本件発明9について
本件明細書(甲4)には,本件発明9に記載されたフィラメントの吸水率の数値を限定することによる効果は記載されておらず,かかる数値限定は,単に本件発明7において,甲1(【0023】)記載のように毛細管現象を生じ得るフィラメントの好ましい吸水率を規定したにすぎない。したがって,本件発明9に規定の数値限定は当業者が適宜なし得る数値の最適化・好適化にすぎない。よって,本件発明9は,甲1に記載された発明から容易に発明をすることができ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(7) 本件発明10について
本件発明10の構成要件は,甲1(【0020】【0021】図3)に記載されている。すなわち甲1(【0020】)には,「この足拭用高吸水高乾燥性パイルマットAは…多数のパイルPが基布S上に配設されてなり」と記載されており,当該パイルPは,甲1(【0021】図3)に記載されているように,ループ部Rを経て製造されるから,当該ループ部Rの数はパイルPの数と一致する。したがって,甲1には,基体上にループパイルが多数配設された構成が記載されている。よって,本件発明10は,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(8) 本件発明11について
本件発明11の構成要件は,甲1(【0021】図3)に記載されている。仮に甲1(【0021】図3)に,ループパイル同士を縦方向及び横方向に密接させることが明示されていないとしても,足拭き用パイルマットにおいて,吸水性や弾力性を向上させることは周知の課題であり,しかも吸水性や弾力性はループパイルの機能によって奏される効果であることが周知技術である以上,ループパイルを密接配置することによってループパイルの数を増加させて足拭き用パイルマットの吸水性・弾力性を向上させることができることは明らかであるから,本件発明11の構成要件は当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。したがって,本件発明11は,特許法29条1項3号又は29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(9) 本件発明12について
本件発明12の構成要件は,甲1(【0021】図3)に記載されている。したがって,本件発明12は,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものである。
〔被告の主張〕
本件発明3ないし12は,いずれも本件発明1又は2に他の限定を付加したものに相当するから,請求人の主張する無効理由3によっては,本件発明3ないし12に係る特許を無効とすることはできないとした本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本件発明について
(1) 本件発明は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲4)には,本件発明について,概略,次のような記載がある(図面は,別紙1を参照。)。
ア 技術分野
本件発明は,基体上に自立性を有するループパイルが配設された,ループパイルマット,清掃用払拭布,履物又はその他の態様のループパイル保持体に関するものである(【0001】)。
イ 背景技術
特開2008-73173号公報(甲1)には,高吸水高乾燥性パイルマットが開示されているが,当該パイルマットのパイルは,自立性や弾力性,種々の物質の吸収や取り込みの性能の向上及び維持について改善の余地を有するものであった(【0002】【0006】)。
ウ 発明が解決しようとする課題
本件発明は,従来技術に存した上記課題に鑑み行われたものであって,その目的は,自立性と柔軟な弾力性を有し,種々の物質の吸収や取り込みの性能の向上及び維持が実現されるループパイル保持体を提供することにある(【0007】)。
エ 課題を解決するための手段
(ア) 上記目的を達成する本件発明のループパイル保持体は,
基体とループパイルを備えてなり,ループパイルは,その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイル保持体であって,
前記ループパイルを形成するループパイル形成糸は,略円柱形状をなし,0.05ないし0.8デニールの非吸水性のフィラメントが,ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,フィラメントの先端部により形成されており,
前記ループパイルは,(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1ないし5/1であり,かつ,(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とする(【0008】)。
基部が基体に結合された状態で基体上に配設されているループパイルを形成するループパイル形成糸は,略円柱形状をなし,0.05ないし0.8デニールの極めて細い非吸水性のフィラメントが,ループパイル形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,フィラメントの先端部により形成されているので,略円柱形状をなすループパイル形成糸の各円形状横断面において,内方に向かうほど更に前記フィラメントが高密度状態となる(【0009】)。
ループパイルは,このようなループパイル形成糸により形成されており,(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1ないし5/1であり,かつ,(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下である。このループパイルは,その両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,その両基部から立ち上がったパイルがループ状に連結し,しかもループパイル形成糸の直径に比し高さが低いので,これらの相乗効果により,極めて良好な自立性とループパイルの高さ方向の押圧に対する柔軟な弾力性を有する(【0010】)。
また,このループパイルは種々の物質を吸収したり取り込んだりする性能に優れる。すなわち,ループパイルにおけるフィラメントの密度は,ループパイル形成糸の表面部から内方部に向かうほど高くなり,毛管現象により,ループパイル形成糸の内方部に向かって強い吸液力が作用するので,ループパイルは,フィラメントの先端部が位置する表面部からループパイル形成糸の内方部に向かって迅速に比較的多量の液体を吸収し得る。しかも,そのループパイルの良好な自立性により,柔軟な弾力性並びに吸収や取り込み等の性能が長期にわたり維持される(【0011】)。
(イ) 本件発明のループパイルは,[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1ないし10/1であり,かつ,(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,基体の表面に対し自立性を有するものであることを特徴とする(【0013】)。
したがって,上記のループパイル保持体の発明と同様に,ループパイルは,その両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,その両基部から立ち上がったパイルがループ状に連結し,しかもループパイル形成糸の直径に比し高さが低いので,これらの相乗効果により,極めて良好な自立性とループパイルの高さ方向の押圧に対する柔軟な弾力性を有する。他の点も上記のループパイル保持体の発明と同様である(【0015】)。
オ 発明の効果
本件発明のループパイル保持体は,自立性を有し,その自立性に基づき弾力性や種々の物質の吸収や取り込みの性能の向上及び維持が実現されるループパイルが基体上に配設されたものであり,ループパイルマット,清掃用払拭布,履物又はその他の態様のループパイル保持体を構成し得る(【0027】)。
カ 発明を実施するための最良の形態
図1ないし5は,いずれも本件発明の実施の形態の一例としてのループパイルマットについてのものであって,図1は模式的正面図,図2は模式的側面図,図3は模式的平面図,図4は模式的底面図,図5はループパイル形成糸の模式的拡大横断面図である(【0029】)。
このループパイルマットAのループパイルPを形成するループパイル形成糸Tは,0.3デニールの非吸水性のポリエステルフィラメントFを飾り糸とする2本のモール糸が,そのモール糸の芯糸Cを中心として撚り合わさることにより略円柱形状を形成したものであり,フィラメントFが,ループパイル形成糸Tの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,前記フィラメントFの先端部により形成されている(【0030】)。
各ループパイルPは,(ループパイルPの高さ)/(ループパイル形成糸Tの直径)の比が約2/1であり,かつ,(ループパイルPの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸Tの直径)の比が1/3程度であり,かつ,[(ループパイル形成糸Tの長さ)-(ループパイルPの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸Tの直径)の比が3/1程度であることにより,基布Sの表面に対し良好な自立性を有する。しかも,ループパイルPの両基部におけるフィラメントFが,ループパイル形成糸Tの軸心から外方に向かって,基布Sの表面に対し平行状に又は基布Sの表面に向かう傾斜状に伸びてループパイルPを起立支持する機能を有する(【0034】)。
ループパイルP同士は,縦方向に密接するとともに,ループ面に直交する方向である横方向(図2における左右方向)に密接した状態をなしている。このような状態の例としては,縦方向については,各ループパイルPが自立した状態において,隣接ループパイルPの間隔がループパイル形成糸Tの直径の1/2ないし-1/2(マイナス1/2。直径の2分の1が重なる状態。)である状態を挙げることができる。好ましくは1/4ないし-1/2(若しくは-1/4),より好ましくは0ないし-1/2(若しくは-1/4)とすることができる。少なくとも,各ループパイルPが高さ方向に押圧された状態で接触し合って起立状態を維持するような状態が好ましい。横方向については,各ループパイルPが自立した状態において,隣接ループパイルPの間隔がループパイル形成糸Tの直径の1/2ないし-1/2(直径の2分の1が重なる状態)である状態を挙げることができる。好ましくは1/4ないし-1/2(若しくは-1/4),より好ましくは0ないし-1/2(若しくは-1/4)とすることができる(【0035】)。
基部が基布Sに結合された状態で基布S上に配設されているループパイルPを形成するループパイル形成糸Tは,略円柱形状をなし,0.3デニールの極めて細い非吸水性のフィラメントFが,ループパイル形成糸Tの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,フィラメントFの先端部により形成されているので,略円柱形状をなすループパイル形成糸Tの各円形状横断面において,内方に向かうほど更に前記フィラメントFが高密度状態となる(【0036】)。
ループパイルPは,このようなループパイル形成糸Tにより形成されており,前記のように基布Sの表面に対し自立性を有し,その両基部において多数のフィラメントFにより基布Sの表面に対し起立支持され,その両基部から立ち上がったパイルがループ状に連結し,しかもループパイル形成糸Tの直径に比し高さが低いので,これらの相乗効果により,極めて良好な自立性とループパイルPの高さ方向の押圧に対する柔軟な弾力性を有する(【0037】)。
(2) 以上の記載からすると,従来のパイルマットにおけるパイルは,自立性や弾力性,種々の物質の吸収や取り込みの性能の向上及び維持について改善の余地を有するものであったことから,本件発明は,自立性と柔軟な弾力性を有し,種々の物質の吸収や取り込みの性能の向上及び維持が実現されるループパイル保持体を提供することを目的とし,前記第2の2記載の各構成とすることにより,自立性を有し,その自立性に基づき弾力性や種々の物質の吸収や取り込みの性能の向上及び維持が実現されるループパイルが基体上に配設され,ループパイルマット,清掃用払拭布,履物又はその他の態様のループパイル保持体を構成することができるというものである。
2 甲1について
(1) 甲1には,概略,次のような記載がある(図面は,別紙2を参照。)。
ア 特許請求の範囲
【請求項1】基布と多数のパイルを備えてなり,前記各パイルの基部が基布に結合された状態で,前記多数のパイルが基布上に配設されているパイルマットであって,
前記各パイルは,略円柱形状をなし,0.5乃至0.8デニールの非吸収性のフィラメントが,パイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,
前記パイルの略円柱形状外周面は,前記各フィラメントの先端部により形成されていることを特徴とする高吸水高乾燥性パイルマット。
【請求項2】上記パイルの先端部が,パイルを構成する放射状に配されたフィラメントの先端部により形成された略凸曲面状をなす請求項1記載の高吸水高乾燥性パイルマット。
【請求項3】上記パイルが,0.05乃至0.8デニールの非吸水性のフィラメントを飾り糸とするモール糸によるループ部が,そのモール糸の芯糸を中心として撚り合わされることにより略円柱形状を形成したものである請求項1又は2記載の高吸水高乾燥性パイルマット。
【請求項4】上記基布が吸水性繊維からなる請求項1,2又は3記載の高吸水高乾燥パイルマット。
【請求項5】上記フィラメントが,ポリエステル系,ポリアミド系,ポリプロピレン系又はポリエチレン系のフィラメントである請求項1乃至4の何れかに記載の高吸水高乾燥性パイルマット。
【請求項6】マット上で上記パイルにより吸水するためのものである請求項1乃至5の何れかに記載の高吸水高乾燥パイルマット。
【請求項7】足拭き用のものである請求項1乃至5の何れかに記載の高吸水高乾燥パイルマット。
イ 発明の詳細な説明
(ア) 技術分野
本発明は,高い吸水性と乾燥性を有するパイルを備え,足拭き用マットやトイレ用マット等として使用することができる高吸水高乾燥性パイルマットに関するものである(【0001】)。
(イ) 背景技術
特許第3177833号公報には,接着性樹脂を有しないパイルと接着性樹脂によって繊維がセットされたパイルが混在するパイル層によって表面が覆われていることを特徴とする足拭きマットの発明が記載されている(【0002】)。
この足拭きマットは,セットパイルが剛直な麻糸のように足裏を刺激してサラットした爽快感を与え,使用中に足拭きマットがべとつき感を帯び難く,頻繁に取り替えずに済むようになるものとされている(【0003】)。
この足拭きマットは,ベトツキ感を防ぐことができるものの,湯上りの濡れた足等の水分を迅速に除去するための吸水性について十分に考慮されているとはいい難いものであった(【0004】)。
(ウ) 発明が解決しようとする課題
本発明は,従来技術に存した上記課題に鑑み行われたものであって,その目的とするところは,湯上りの濡れた足等の水分を迅速に吸水し得,しかもべとつき感が生じにくい高吸水高乾燥性パイルマットを提供することにある(【0005】)。
(エ) 課題を解決するための手段
上記目的を達成する本発明の高吸水高乾燥性パイルマットは,
基布と多数のパイルを備えてなり,前記各パイルの基部が基布に結合された状態で,多数のパイルが基布上に配設されているパイルマットであって,
各パイルは,略円柱形状をなし,0.05ないし0.8デニールの非吸水性のフィラメントが,パイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,
パイルの略円柱形状外周面は,前記各フィラメントの先端部により形成されていることを特徴とする(【0006】)。
基布上に多数配設されているパイルは,0.05ないし0.8デニールの極めて細い非吸水性のフィラメントが,パイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなるものであるため,略円柱形状をなすパイルの各円形状横断面において,内方に向かうほど更にフィラメントが高密度状態となる(【0007】)。
そのため,毛管現象により,パイルの内方に向かって強い吸水力が作用するので,各パイルは,比較的多量の水を各円形状横断面の内方に向かって迅速に吸水し得る(【0008】)。
逆に,吸水したパイルにおける各円形状横断面の外方部である略円柱形状外周部は,毛管現象により,水分含有率が低い状態となる。しかも,略円柱形状をなすパイルの略円柱形状外周面部は,非吸水性のフィラメントの先端部により形成されているので,繊維が占める面積が比較的小さく,かつ,繊維自体が非湿潤状態を維持する。そのため,水分を吸収した状態のパイルの略円柱形状外周部は比較的乾燥した状態を維持しやすく,べとつき感が生じにくい(【0009】)。
したがって,このパイルマットは,湯上りの濡れた足等の水分を迅速に吸水し得,しかもべとつき感が生じにくい高吸水高乾燥性を実現し得る。しかも,このパイルマットは,各パイルを構成するフィラメントが非吸水性であるという材質と,そのフィラメントがパイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設され,パイルの略円柱形状外周面は各フィラメントの先端部により形成されているという構造との両者よりして,遠心脱水性又はその他の脱水性及び脱水後の乾燥性に優れる(【0010】)。
上記高吸水高乾燥性パイルマットは,マット上で上記パイルにより吸水するためのものとして最適である(【0011】)。
さらに,上記高吸水高乾燥性パイルマットは,足拭用のものとして最適である(【0012】)。
本発明の高吸水高乾燥性パイルマットは,パイルの先端部が,パイルを構成する放射状に配されたフィラメントの先端部により形成された略凸曲面状をなすものとすることができる(【0013】)。
この場合,パイルの先端部が,0.05ないし0.8デニールの非吸水性のフィラメントが放射状に配されたフィラメントの先端部により形成された略凸曲面状をなすので,略凸曲面状先端部の内方に向かうほど更に前記フィラメントが高密度状態となる。そのため,毛管現象により,パイルの内方に向かって強い吸水力が作用するので,各パイルの先端部は内方に向かって迅速に吸水し得る。逆に,吸水したパイルの先端部は,毛管現象により,水分含有率が低い状態となる。しかも,略凸曲面状先端部は非吸水性のフィラメントの先端部により形成されているので,繊維が占める面積が比較的小さく,かつ,繊維自体が非湿潤状態を維持する。そのため,水分を吸収した状態のパイルの先端部は比較的乾燥した状態を維持し易く,べとつき感が生じにくい(【0014】)。
また,上記高吸水高乾燥性パイルマットにおけるパイルは,0.05ないし0.8デニールの非吸水性のフィラメントを飾り糸とするモール糸によるループ部が,そのモール糸の芯糸を中心として撚り合わさることにより略円柱形状を形成したものとすることができる(【0015】)。
この場合のパイルは,モール糸によるループ部が,そのモール糸の芯糸を中心として撚り合わさることにより,すなわち,ループ部を構成するモール糸のうち,ループ部の一方の基部から端部を構成する部分と他方の基部から端部を構成する部分が,両部分の芯糸を中心として撚り合わさることにより,略円柱形状を形成したものである(【0016】)。
(オ) 発明の効果
本発明の高吸水高乾燥性パイルマットは,0.05ないし0.8デニールの極めて細い非吸水性のフィラメントがパイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなるパイルが基布上に多数配設されたものであるため,各パイルが比較的多量の水を各円形状横断面の内方に向かって迅速に吸水し得,水分を吸収した状態のパイルの略円柱形状外周部は比較的乾燥した状態を維持しやすく,べとつき感が生じにくい。また,遠心脱水性又はその他の脱水性及び脱水後の乾燥性に優れる。したがって,このパイルマットは,マット上でパイルにより吸水するためのマットとして,特に,足拭用のマット等として最適である(【0017】)。
(カ) 発明を実施するための最良の形態
本発明の実施の形態を,図面を参照しつつ説明する(【0018】)。
図面はいずれも本発明の実施の形態の一例としての足拭用高吸水高乾燥性パイルマットについてのものであって,図1は模式的正面図,図2はパイルの模式的拡大横断面図,図3は,モール糸によりパイルを形成する工程の一部を示す模式図である(【0019】)。
この足拭用高吸水高乾燥性パイルマットAは,略円柱形状をなす多数のパイルPが基布S上に配設されてなり,各パイルPの基部は,基布Sに結合されている(【0020】)。
各パイルPは,0.3デニールの非吸水性のポリエステルフィラメントFを飾り糸とするモール糸Mにより形成されている。すなわち,図3に示すように,基布Sに対し,モール糸Mによるループ部Rを形成した後,ループ部Rを構成するモール糸Mのうち,ループ部Rの一方の基部から端部を構成する部分と他方の基部から端部を構成する部分が,両部分の芯糸Cを中心として撚り合わさることにより,図1に示す略円柱形状のパイルPを形成したものである。例えば,強撚モール糸Mを用い,基布Sに対しモール糸Mによるループ部Rを形成した後,熱処理(染色工程における熱処理が好ましい)を行うことにより各ループ部Rがそのモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わさるものとすることができる(【0021】)。
このようにして形成された各パイルPは,略円柱形状をなし,0.3デニールの非吸水性のフィラメントFが,パイルPの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,パイルPの略円柱形状外周面は,各フィラメントFの先端部により形成される。パイルPの先端部Paは,パイルPを構成する放射状に配されたフィラメントFの先端部により形成された略凸曲面状をなす(【0022】)。
(2) 以上の記載からすると,甲1には,従来の足拭きマットは,べとつき感を防ぐことができるものの,湯上りの濡れた足等の水分を迅速に除去するための吸水性について十分に考慮されているとはいい難いものであったことから,湯上りの濡れた足等の水分を迅速に吸水することができ,べとつき感が生じにくい高吸水高乾燥性パイルマットを提供することを目的として発明された,基布と多数のパイルを備えてなり,前記各パイルの基部が基布に結合された状態で,多数のパイルが基布上に配設されているパイルマットであって,各パイルは,略円柱形状をなし,0.05ないし0.8デニールの非吸水性のフィラメントが,パイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,パイルの略円柱形状外周面は,前記各フィラメントの先端部により形成されていることを特徴とする高吸水高乾燥性パイルマットが記載されている。
そして,前記のとおり,甲1の図3は,モール糸によりパイルを形成する工程の一部を示す模式図であって(【0019】),当該工程においては,基布Sに対し,モール糸Mによるループ部Rが形成された後,ループ部Rを構成するモール糸Mのうち,ループ部Rの一方の基部から端部を構成する部分と他方の基部から端部を構成する部分が,両部分の芯糸Cを中心として撚り合わされて,図1に示す略円柱形状のパイルPが形成されるというものである(【0021】)。
3 取消事由1(手続違反)について
(1) 原告は,本件審判手続において,平成25年3月8日付け及び同月15日付け審理再開申立書により,審理の再開を申し立てたのに,審判長が審理を再開しなかったのは,裁量権の逸脱濫用であるなどと主張する。
しかしながら,原告は,上記審理再開の申立ては,本件反証実験を提出して,甲1の図3に示されたループ部Rが自立性を有することを示すためであると主張するところ,甲1の図3に示されたループ部Rについて,被告は,平成24年11月2日付け審判事件答弁書(乙1)において,「図3に,パイルPを形成する工程の一部として模式的に示された元のモール糸Mのループ部Rは,ループパイルを示すものではなく,ループ部Rが自立していることを示し又は示唆するものでもないことは言うまでもない。甲第1号証中には,ループ部RやパイルPの自立性に関する記載は一切見当たらない。」と主張していたのであるから,平成25年3月6日の第1回口頭審理よりも前に原告が上記事項について反論する機会は十分にあったものというべきである。
また,本件審決は,原告の無効理由3にある「甲1の図3記載のループパイルは,自立した状態が記載ないし示唆されている」との主張に対して,甲1には,図3の状態を現実に経て図1のパイルPを形成できるような具体的な手段の開示はないから,図3が現実的に生じ得る状態を表していると認めることはできないなどと説示をしてはいるものの,相違点1に係る本件発明1の構成の容易想到性については,甲1の図3は,モール糸を撚り合わせる前の中間的な状態を示す単なる模式図にすぎないから,同図に「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」が記載ないし示唆されているということはできないとして,引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではないと判断しているのであって,同図のループ部Rが自立し得るものであるか否かが直接その判断を左右したものではない。そして,本件審決の上記判断は,後記のとおり,当裁判所も是認することができるものであり,甲1の図3のループ部Rが自立し得るものであるか否かは本件発明の新規性及び進歩性の判断に影響を及ぼすものではない。
以上によれば,本件審判の判断に当たり,本件反証実験は考慮すべき必要性があったものとは認められないから,審判長が原告の審理再開の申立てに基づき本件審判手続の審理を再開しなかったことが,その裁量を逸脱濫用したものということはできない。
(2) 小括
よって,取消事由1は理由がない。
4 取消事由2(本件発明1の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)について
(1) 引用発明の認定について
本件審決は,原告が本件特許の無効理由3に挙げた甲1の図3に関連して,前記第2の4(2)に記載のとおり,「基布Sとモール糸Mによるループ部Rを備え,前記ループ部Rは,その基部が基布Sに結合された状態で基布S上に配設されているパイルマット中間物であって,ループ部Rを形成するモール糸Mの芯糸Cを中心として撚り合わせることにより形成されるパイルPは,略円柱形状をなし,非吸水性のフィラメントFが,パイルPの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,パイルPの略円柱形状外周面は,各フィラメントFの先端部により形成される,パイルマット中間物。」という発明が記載されていると認定した。
これに対し,原告は,甲1(【0021】図3)記載のマットも足拭用パイルマットとして用いることができるものであり,これが中間物,すなわち部品としてしか用いることができず,およそ足拭用パイルマットに用いることができないなら格別,そうではないのに,あえてこれを「パイルマット中間物」とし,その構成を「ループ部Rを形成するモール糸M」などと認定する理由はないと主張する。
しかしながら,前記2(2)のとおり,甲1の図3は,モール糸によりパイルを形成する工程の一部を示す模式図であって,当該工程においては,基布Sに対し,モール糸Mによるループ部Rが形成された後,ループ部Rを構成するモール糸Mのうち,ループ部Rの一方の基部から端部を構成する部分と他方の基部から端部を構成する部分が,両部分の芯糸Cを中心として撚り合わされて,図1に示す略円柱形状のパイルPが形成されるというものである。すなわち,甲1の図3に示されているのは,折り返し状をなすモール糸M(ループ部)の一方の部分と他方の部分が略円柱形状パイルP形成のために基部から端部にわたり撚り合わさる前の中間的な状態であり,パイルマットの構成要素としてのループパイルではない。
そして,甲1に接した当事者であれば,前記2(2)で認定したとおり,甲1には,「基布と多数のパイルを備えてなり,前記各パイルの基部が基布に結合された状態で,前記多数のパイルが基布上に配設されているパイルマットであって,各パイルは,略円柱形状をなし,0.05ないし0.8デニールの非吸収性のフィラメントが,パイルの軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され,かつ,軸線方向に密設されてなり,パイルの略円柱形状外周面は,前記各フィラメントの先端部により形成されていることを特徴とする高吸水高乾燥性パイルマット」という発明が記載されていると認識するものであるが,甲1の図3にも,前記のとおり,折り返し状をなすモール糸M(ループ部)の一方の部分と他方の部分が略円柱形状パイルP形成のために基部から端部にわたり撚り合わさる前の中間的な状態が図示されているのであるから,同図には,パイルマットの中間物としての技術的事項が開示されているといえるのであって,同図に基づき,甲1の図3に記載された発明として,前記第2の4(2)アのとおりに引用発明を認定した本件審決に誤りがあるということはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 新規性について
ア 本件審決は,引用発明と本件発明1との対比において,引用発明の「パイルマット中間物」と,本件発明1の「ループパイル保持体」とは,基体とループ状部分を備える「保持体」との限度で一致すると認定した上で,両者の一致点として,「基体とループ状部分を備えてなり,前記ループ状部分は,その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されている保持体であって,前記ループ状部分を形成するループ状部分形成糸は,略円柱形状をなし,フィラメントが,ループ状部分形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,前記フィラメントの先端部により形成されている保持体。」と認定した。引用発明は,パイルマットの中間物であり,本件発明1のようにパイルの「保持体」としての構成を備えるに至っているものではないから,両者を「保持体」として一致するとした本件審決の認定には疑義があるものの,本件審決においては,前記のとおり,基体とループ状部分とを備えた構成を有するものをもって「保持体」と称しているであり,これを前提として引用発明と本件発明1とを対比すると,形式的には,本件審決による一致点の認定が誤りであるとまでいうことはできない。
そして,「本件発明1は,「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」であるのに対し,引用発明は,「ループ部R」を備えた「パイルマット中間物」であり,「ループ状部分を形成するループ状部分形成糸」が,本件発明1では「ループパイルを形成するループパイル形成糸」であるのに対し,引用発明では「ループ部Rを形成するモール糸M」である点」で相違する(相違点1)。また,「本件発明1は,ループ状部分について「前記ループパイルは,(ループパイルの高さ)/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至5/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものである」との特定がなされているのに対し,引用発明は,ループ部Rにつき,このような特定がなされていない点」で相違する(相違点2)。
したがって,本件発明1と引用発明との間には,相違点1及び2があると認められる以上,両者が同一であるということはできない。
イ 原告の主張について
(ア) 相違点1について
原告は,本件審決による相違点1の認定は,甲1では強撚モール糸を用いることが必須であるような解釈を前提としており失当であるとか,甲1の図3が中間的な状態を説明したものであっても,「物」自体がパイルマットとして用い得るものであれば,「物」の構成は同一であり,完成品と区別する必要はないなどとして,相違点1は相違点になり得ない旨主張する。
しかしながら,前記2(2)のとおり,そもそも甲1には,基布と略円柱形状の多数のパイルを備えてなり,各パイルの基部が基布に結合された状態で,多数のパイルが基布状に配設されているパイルマットに関する発明が記載されているのであって,ループパイルを備えたループパイル保持体に関する技術的事項が開示されているものではない。そして,甲1の図3に示されているのは,折り返し状をなすモール糸M(ループ部)の一方の部分と他方の部分が略円柱形状パイルP形成のために基部から端部にわたり撚り合わさる前の中間的な状態,いわば「パイルマット中間物」というべきものであり,パイルマットの構成要素としてのループパイルではないから,甲1の図3の状態(ループ部Rの「一方の基部から端部を構成する部分」と「他方の基部から端部を構成する部分」が平行に直立した状態)が現実的に生じ得るものであるか否かや,強撚モール糸を用いてその後の行程を実施するのか,あるいは,強撚モール糸を用いる方法以外の方法を用いてその後の行程を実施するのか等について検討するまでもなく,これを完成品としての「パイルマット」と同一のものとみることはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(イ) 相違点2について
原告は,相違点2に係る本件発明1の数値限定等の構成が甲1にも記載されていると縷々主張する。
しかしながら,前記のとおり,甲1の図3に記載されているのは,基布と略円柱形状の多数のパイルを備えてなり,各パイルの基部が基布に結合された状態で,多数のパイルが基布状に配設されているパイルマットを製造する工程において形成される「パイルマット中間物」にすぎないのであって,甲1の図3に基づき,甲1にはループパイルを備えたループパイル保持体に関する技術的事項が開示されているものということはできない以上,甲1には,ループパイルの寸法等の構成が記載されているものということもできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) 進歩性について
ア 相違点1について
前記のとおり,甲1の図3に記載されているのは,基布と略円柱形状の多数のパイルを備えてなり,各パイルの基部が基布に結合された状態で,多数のパイルが基布状に配設されているパイルマットを製造する工程において形成される「パイルマット中間物」である。そして,甲1には,このような「パイルマット中間物」をその後の行程を経てループパイルを備えたループパイル保持体とするための技術的事項は何ら記載されていないから,甲1には,上記「パイルマット中間物」に基づき,相違点1に係る本件発明1の「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」の構成を採用することの動機付けや示唆はない。また,上記「パイルマット中間物」をその後の行程を経て「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」とすることが,当業者における設計事項であるということもできない。
したがって,当業者において,引用発明に基づき,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたということはできない。
イ 相違点2について
前記のとおり,甲1には,ループパイルの寸法等の構成が記載されているものということはできず,これが当業者における設計事項ということもできない。
したがって,当業者において,引用発明に基づき,相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたということもできない。
ウ 原告の主張について
原告は,本件発明1の「ループパイル保持体」及び「ループパイルを形成するループパイル形成糸」と,引用発明の「パイルマット中間物」及び「ループ部Rを形成するモール糸M」とは,材料と完成品の関係にあるから技術分野が共通し,しかも甲1(【0021】図3)に記載されたマットも足拭用パイルマットとして用いることができるものであり,機能・作用が共通するから,当業者がこれを足拭用マットに転用することは,容易に想到することができたものである旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,甲1には,上記「パイルマット中間物」に基づき,相違点1に係る本件発明1の「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」の構成を採用することの動機付けや示唆はない。本件発明1の「ループパイル保持体」及び「ループパイルを形成するループパイル形成糸」と,引用発明の「パイルマット中間物」及び「ループ部Rを形成するモール糸M」とが,材料(パイルマット中間物)と完成品(ループパイル保持体)の関係にあるとしても,このような完成品を製造するためには,撚り合わせなどその後の製造工程が必要となるのであり,甲1には,「パイルマット中間物」について,その後の行程を経て「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」とするための構成が記載されてない以上,当業者において,引用発明の「パイルマット中間物」及び「ループ部Rを形成するモール糸M」を本件発明1の「ループパイル保持体」及び「ループパイルを形成するループパイル形成糸」に転用することが,容易に想到し得ることであったということはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 小括
よって,取消事由2も理由がない。
5 取消事由3(本件発明2の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)について
(1) 新規性について
前記4(1)のとおり,本件審決による引用発明の認定には誤りはない。そして,引用発明と本件発明1とを対比すると,「基体とループ状部分を備えてなり,前記ループ状部分は,その基部が基体に結合された状態で基体上に配設されている保持体であって,前記ループ状部分を形成するループ状部分形成糸は,略円柱形状をなし,フィラメントが,ループ状部分形成糸の軸線を中心としてほぼ径方向に放射状をなすように密設され且つ軸線方向に密設されてなり,その略円柱形状外周面は,前記フィラメントの先端部により形成されている保持体。」を両者の一致点とし,「本件発明1は,「ループパイル」を備えた「ループパイル保持体」であるのに対し,引用発明は,「ループ部R」を備えた「パイルマット中間物」であり,「ループ状部分を形成するループ状部分形成糸」が,本件発明1では「ループパイルを形成するループパイル形成糸」であるのに対し,引用発明では「ループ部Rを形成するモール糸M」である点」を相違点1,本件発明2は,ループ状部分について「前記ループパイルは,[(ループパイル形成糸の長さ)-(ループパイルの両基部の中心同士の距離)]/(ループパイル形成糸の直径)の比が1/1乃至10/1であり且つ(ループパイルの両基部の中心同士の距離)/(ループパイル形成糸の直径)の比が3/1以下であって,ループパイルの両基部において多数のフィラメントにより基体上に支持され,基体の表面に対し自立性を有するものである」との特定がなされているのに対し,引用発明は,ループ部Rにつき,このような特定がなされていない点」を相違点2’とした本件審決の認定にも誤りはない。
したがって,本件発明1と引用発明との間には,相違点1及び2’があると認められる以上,両者が同一であるということはできない。
(2) 進歩性について
ア 相違点1について
前記4(3)のとおり,当業者において,引用発明に基づき,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたということはできない。
イ 相違点2について
前記のとおり,甲1には,ループパイルの寸法等の構成が記載されているものということはできず,これが当業者における設計事項ということもできないから,当業者において,引用発明に基づき,相違点2’に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたということもできない。
(3) 小括
よって,取消事由3も理由がない。
6 取消事由4(本件発明3ないし12の新規性,進歩性に係る判断の誤り)について
(1) 新規性について
本件発明3ないし12は,いずれも本件発明1又は2に構成要件の限定を付加したものである。
したがって,本件発明3ないし12と引用発明とは,本件発明1又は2と同様,少なくとも相違点1及び2又は2’と相違するものである。
したがって,本件発明3ないし12は,引用発明と同一ということはできない。
(2) 進歩性について
前記のとおり,本件発明3ないし12は,いずれも本件発明1又は2に構成要件の限定を付加したものである。
したがって,前記のとおり,本件発明1及び2がいずれも引用発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,本件発明3ないし12も,引用発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
(3) 小括
よって,取消事由4も理由がない。
7 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 大鷹一郎 裁判官 齋藤巌)
file_2.jpg別紙