知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10150号 判決 2014年2月03日
原告
ノキア コーポレイション
訴訟代理人弁理士
川守田光紀
被告
特許庁長官
指定代理人
田中庸介
山本章裕
稲葉和生
堀内仁子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2011-22493号事件について平成25年1月8日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
フィンランド共和国の法人であるノキアモービルフォーンズリミテッドは,平成12年12月14日,名称を「無線ネットワークを経由して無線通信端末間でメッセージ交換セッションを処理するための方法」とする発明につき特許出願(特願2000-380328,パリ条約による優先権主張1999年12月14日,英国,甲6,7)をし,ノキアモービルフォーンズリミテッドは,2001年10月1日付けで原告に吸収合併された。原告は,平成23年1月11日付けで手続補正をしたが(甲12),同年8月9日付けで補正却下されるとともに(甲14)拒絶査定を受けたので(甲15),同年10月19日付けで不服の審判(不服2011-22493号)を請求するとともに(甲16),同日付けで手続補正をした(本件補正,甲17)。
特許庁は,平成25年1月8日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 本願発明の要旨
(1) 補正前発明
本件補正前の本願発明(平成22年7月29日付け手続補正書(甲9)の特許請求の範囲の請求項11,補正前発明)は,以下のとおりである。
「無線ネットワークにおけるメッセージ交換セッションに参加しうる無線端末であって,
受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段と,
前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段と,
前記結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段と,
前記特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段と,
を備える,無線端末。」
(2) 補正発明
本件補正後の本願発明(平成23年10月19日付け手続補正書(甲17)の特許請求の範囲の請求項11,補正発明)は,以下のとおりである。
「無線ネットワークにおけるチャットセッションに参加しうる無線端末であって,受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段と,
前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段と,
前記結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段と,
前記特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段と,
を備える,無線端末。」
3 審決の理由の要点
審決は,「補正発明は特開平10-207794号公報(引用例,甲1)に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明できたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない。」,「補正前発明も同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断した。
審決が上記判断の前提として認定した引用例に記載された発明(引用発明),並びに補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(1) 引用発明
「電子メールを送受信する携帯型端末であって,
返信のための送信文を入力する手段と,
受信したメール文に前記返信のための送信文を付加して返答メールを作成する手段と,
前記返答メールの受信先を指定する手段と,
前記指定した受信先へ,前記返答メールを送信する手段と,
を備える,携帯型端末。」
(2) 引用発明との一致点及び相違点
<一致点>
「ネットワークにおけるメッセージ交換を行う端末であって,
受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段と,
前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段と,
前記結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段と,
前記特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段と,
を備える,端末。」
<相違点>
a)上記「ネットワーク」及び「端末」に関し,補正発明は「無線ネットワーク」及び「無線端末」であるのに対し,引用発明は「無線」であることが明示されていない点。
b)上記「メッセージ交換を行う」に関し,補正発明は「チャットセッションに参加しうる」ものであるのに対し,引用発明は「電子メールを送受信する」ものである点。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)
審決は,引用例(甲1)の段落0001~0006及び図16~18に上記引用発明が記載されていると認定する。ここに記載されている事項は,要するに,図18に表示されている電子メールを「小さい表示画面」(段落0005)に表示させたら図19のようになるということである。しかし,この「20桁13行の表示画面」が「携帯型情報端末等の」ものであるとは記載されていない。図19は,単に「状態を示す図である」なのであって,「小さい表示画面」に表示させたときの様子を例示するにすぎない。
また,審決は,「返答のための送信文を入力する手段及び受信したメール文に返答のための送信文を付加してメール文を作成する手段を有することは明らかである。」と認定しているが,引用例の段落0001~0006にはそのような手段は明示的には記載されていない。仮に示唆されていたとしても,どのような主体が当該手段を「有する」のかも明らかではない。引用例の段落0001~0006は,受信した電子メールに対する返信メールを書くときの様子とその問題点を,物理的要素をあまり特定せずに説明しており,審決が認定するような「手段」は特に記載されていないと思われる。したがって,そのような「手段」を「有する」ことも不明である。
審決は,「上記引用例に記載された電子メールの表示及び作成に関する手段は,携帯型端末に備えられることが記載されていると認められ」と認定しているが,審決の引用した箇所には「携帯型端末」も記載されていなければ,「電子メールの表示及び作成に関する手段」も記載されているとは認め難い。
さらに,審決は,「当該携帯型端末は,電子メールを送受信する以上,上記受信したメール文に返答のための送信文を付加して作成された返答メールの受信先を指定する手段,該返答メールを送信する手段を有することは明らかである」と認定しているが,上記のとおり,審決の引用した箇所には「携帯型端末」は記載されておらず,その要素としての「受信したメール文に返答のための送信文を付加して作成された返答メールの受信先を指定する手段,該返答メールを送信する手段」も記載されていない。
このように,審決における引用例の記載事項の理解は誤っており,その誤った理解に基づいて認定された「引用発明」も,引用例に記載されたものではない。審決が認定した携帯型端末は,引用例に記載されたものではない。
審決は,引用例に記載されていない発明に基づいて補正発明の想到容易性を判断しており,特許法29条2項の適用を誤っている。
2 取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)
(1) 仮に,上記引用発明が引用例に記載されているとしても,審決の「引用発明の「受信したメール文」,「返信のための送信文」と補正発明の「受信したメッセージ」,「返信のためのテキスト」とは,実質的な差異はない。」との記載は誤りである。
「引用発明」は,「電子メールを送受信する携帯型端末」であるから,引用発明の「受信したメール文」「返信のための送信文」は,いずれも電子メールシステムにより取扱い可能なメール文である。一方,補正発明は,「チャットセッションに参加しうる無線端末」であるから,その「受信したメッセージ」「返信のためのテキスト」は,いずれもチャットのシステムが取扱い可能なメッセージやテキストである。これらは技術的に異なるものであり,「実質的な差異はない。」との審決の認定は誤りである。
これらは,文字情報を含むという点で共通性を有するが,電子メールとチャットとは技術的に異なる技術である。前述のように,「チャット」には,リアルタイムのコミュニケーションであるということと,チャットを提供するシステムに予め「参加」する必要があるという特徴があり,これらは電子メールにはない特徴である。電子メールシステムは,チャットシステムのように,おしゃべりのような手軽さでリアルタイムにメッセージをやりとりできるようには作られていない。このような用途・機能の違いに応じて,「チャット」を提供するためのシステムの構成も,電子メールとは異なっている。
本願明細書には,ショート・メッセージ・サービス(SMS)を用いて実現する方法(段落0016~0035等)と,チャット機能を提供するサーバを用いて実現する方法(段落0036~0039等)とが記載されている。SMSとは,携帯電話と携帯電話ネットワークとの問で接続維持のために常にやり取りしている信号を利用して,メッセージの送受信を行う技術である。電子メールとは異なり,携帯電話が圏内にあるときには常に信号のやり取りが行われているので,リアルタイムでメッセージを送受信する目的に適している。SMSによりメッセージを送信するときには,よく知られているように,相手の電話番号を指定してメッセージを送信する(本願明細書段落0017等)。
本願明細書段落0036に記載のサーバによる実装例では,チャット参加者の1人がチャット・サーバヘメッセージを送信すると,チャット・サーバはそれを他のチャット参加者に転送する。この実施例でも,メッセージの送信にはSMSが利用されている。
一方,「引用発明」の電子メールは,その宛先がxxxxx@xxxxxx.co.jpのような形式で表されるものであり,このような形式で表された宛先を扱うには,メールサーバのみならず,DNSサーバと呼ばれる名前解決サーバの協力も必要となる。送受信に使われるプロトコルも,例えばSMSとは大きく異なっている。
このように,「引用発明」の電子メールと,補正発明が関連するチャットとは,用途・機能・構成とも,かなり異なっている。
したがって,「電子メールを送受信する携帯型端末」である引用発明の「受信したメール文」「返信のための送信文」と,「チャットセッションに参加しうる無線端末」である補正発明の「受信したメッセージ」「返信のためのテキスト」とは異なるものであり,これを「実質的な差異はない。」とした審決の認定は誤りである。
(2) 同様の理由により,審決が,「引用発明の「返信のための送信文を入力する手段」と補正発明の「受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段」とは,実質的な差異はない」,「ハ.引用発明の「受信したメール文に前記返信のための送信文を付加して返答メールを作成する手段」,「返答メール」と補正発明の「最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段」,「結合メッセージ」とは,実質的な差異はない。」,「引用発明の「返答メールの受信先を指定する手段」,「指定した受信先へ,前記返答メールを送信する手段」と補正発明の「結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段」,「特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段」とは,実質的な差異はない。」と認定したことも誤りである。
(3) 仮に,引用例に「引用発明」が開示されているとしても,補正発明との相違点としては,審決に認定されているa),b)の他に,次のc),d)が認定されるべきである。
c)引用発明の「メッセージ」は電子メールのメッセージであるのに対し,補正発明のメッセージはチャットセッションのメッセージである点。
d)「受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段」「前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段」「前記結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段」「前記特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段」が,引用発明では電子メールを「~受け取る手段」「~生成する手段」「~特定する手段」「~送信する手段」であるのに対し,補正発明ではチャットセッションのメッセージを「~受け取る手段」「~生成する手段」「~特定する手段」「~送信する手段」である点。
すなわち,「メッセージ」や「~手段」との文字表現に差異がなかったとしても,これらの技術的な中身は違う。
このように,審決で認定された引用発明が仮に引用例に開示されているとしても,審決は,引用発明と補正発明との相違点を看過し,これらの相違点についての進歩性を評価せずに結論を導くという誤りを犯している。
3 取消事由3(想到容易性の判断の誤り)
(1) 相違点b)について
ア 審決は,「…「チャット」は…「周知例2」…に記載されるように周知技術であり,周知例2には受信したメッセージに返事を付加して返信メールを作成し,返信先に送信することも記載され…ていることから,引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは,周知技術に基づいて適宜なし得ることである。」と認定・判断する。
しかし,審決がいう周知例2(甲3)は,チャットについて何ら記載していない。191頁に記載の「ネットスケープ・メッセンジャー」は,チャットのためのソフトウェアではなく,電子メールのためのソフトウェアである。審決は,「メッセンジャーはチャットの一種と認められる」と認定しているが,誤解である。
したがって,「周知例2には受信したメッセージに返事を付加して返信メールを作成し,返信先に送信することも記載され」ていることは事実としても,それは通常の電子メールについての記載であり,引用例の段落0002~0004に既に記載されている事項にすぎない。してみると,周知例2の存在は,相違点b)の想到容易性の判断において,根拠も示唆も与えない。
イ 審決は,「…「チャット」は…周知技術であり…周知例1には文字入力手段および文字表示手段を備えたチャット(実時間文字通信)を行う移動体通信端末は,電子メールの送受信を行うことができることも記載されていることから,引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは,周知技術に基づいて適宜なし得ることである。」と認定・判断する。
しかし,たとえ周知技術であるとしても,それを付加することが当業者に常に想到容易であるというわけではない。世の中にある膨大な周知技術の中から特定の一つを選択することを容易と判断するには,そのような選択がなされ得る示唆や動機付けが明らかとされるべきである。
引用例の中には,「チャット」という言葉や「チャット」に関する事項は,記載されておらず,「チャット」機能を付加することを示唆する事項は含まれていない。
審決がいう周知例1(甲2)には,確かに,「移動体通信端末100には,パソコン通信の電子メイルや実時間文字通信サービスをハンドリングするための機能,例えば,電子メイルハンドラ101と実時間文字通信ハンドラ102とが実装」されているとの記載がある(段落0032)。しかし,この記載は,移動体通信端末一般について,電子メールをサポートする機能とチャットをサポートする機能との両方を備えることが周知であることを示したものではない。そして,「実時間文字通信サービスをハンドリングするための機能」を引用発明に付加することの技術的動機のようなものも,引用例にも周知例1にも何ら含まれていない。引用例に記載される技術的課題は,「電子メールの引用部を表示するときに,引用部が長い場合は電子メールの一覧性を損なう恐れがある」(段落0005)であり,その解決手段は,「特定の記号が含まれていると判断されたすべての行の内容を所定の規則に従って縮小して表示する」(段落0009)である。周知例1に記載される技術的課題は,「必要な機器の全てを携帯し,それぞれを接続して使うのは,不便であると共に,使用可能な場所が制限される」(段落0009)であり,その解決手段は,「公衆電話網を介して所定のデータ通信系への接続を可能とするプログラムを搭載したメモリを設けたこと」(段落0012)である。周知例1の「実時間文字通信サービスをハンドリングするための機能」は,引用例においても,周知例1においても課題解決に何の役割も果たしていない。
このように,引用例のみならず周知例1においても,「引用発明」にチャット機能を付加することを示唆する事項は含まれていない。
したがって,チャットが周知技術であり,周知例1に実時間文字通信および電子メール機能を搭載する移動体通信端末が記載されていたとしても,審決が「引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは,周知技術に基づいて適宜なし得ることである」と判断したことは,誤りである。
(2) 相違点c),d)について
引用発明と補正発明との対比においては,上記相違点c),d)が認定されるべきであるが,引用例の中にも周知例1の中にも(また審決が引用する他の文献の中にも),引用発明にチャット機能を具備させることについて,何らかの示唆を与えるものは存在しない。
また,相違点d)の手段のうち,特にチャットのメッセージに関して,「前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段」を開示している文献は存在しない。審決が指摘する周知例2には,チャットに関する事項は記載されていない。
したがって,上記相違点c),d)を「引用発明」に具備させることは,当業者に想到容易であった事項ではない。
(3) まとめ
このように,審決が認定する引用発明が仮に引用例に記載されていたとしても,審決が認定する相違点b)を引用発明に具備させることは当業者に想到容易であった事項ではなく,また,審決が看過した相違点c),d)を具備させることも想到容易ではなかったので,補正発明は,当業者が引用発明及び周知技術に基づいて容易にできたものではなかった。
したがって,審決の,「補正発明は上記引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明できたものであるから,特許法第29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。」との判断は誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して
原告は,審決に記載した引用例(甲1)の段落0001~0006及び図16~18には,審決において,「引用発明」として認定した「携帯型端末」は記載されておらず,この認定は誤りである旨主張する。
しかし,引用例の段落0001~0006の記載を参酌すると,「電子メールの表示方法」に関するものであること(段落0001),「受信した電子メールを引用しながら返答メールを作成している」こと(段落0004)が記載されており,さらに,「・・・携帯型情報端末等の比較的小さい表示画面に電子メールの内容を表示する場合は,・・・」(段落0005)と記載され,携帯端末や電子メールの技術常識を踏まえれば,「携帯型情報端末」における「電子メールの表示」や「受信した電子メールを引用しながら返答メールを作成」する構成を読み取れることは明らかである。
また,引用例には,「・・・携帯型情報端末を使用して送信メールを作成する場合においても・・・」(段落0007)とも記載され,「携帯型情報端末」において送信メールを作成する場合について言及されていることから,引用例の段落0001~0006及び図16~18は,電子メールの機能を有する「携帯型端末」に係る構成が記載されているに等しいものである。
さらに,当該携帯端末や電子メールの技術常識を踏まえれば,電子メールの機能を有する「携帯型端末」が,受信したメール文に返答するメール文を送信する時に,受信先(送信先)を指定すること,及び,メール文を送受信するための手段を有することは当然のことであるから,審決において,引用例の段落0001~0006及び図16~18から「引用発明」を認定したことに誤りはなく,原告の主張には理由がない。
2 取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)に対して
(1) 原告は,引用発明の電子メールと補正発明が係るチャットは技術的に異なるものであって,その用途・機能・構成とも異なることから,「電子メールを送受信する携帯型端末」である引用発明の「受信したメール文」「返信のための送信文」と,「チャットセッションに参加しうる無線端末」である補正発明の「受信したメッセージ」「返信のためのテキスト」とは異なるものであり,これを「実質的な差異はない。」とした審決の認定は誤りである旨主張する。
しかし,原告が主張する電子メールとチャットの技術的相違は,電子メールとチャットのデータ送受信プロトコル,サーバの構成,転送時間等,メッセージ(又は,メール文)データを送受信するための構成の相違のことであって,受信したメッセージ(又は,メール文)を表示し,返答を作成するようなデータの作成あるいは編集に関しては,送信する前又は受信した後の情報処理であるから,電子メールのメール文であってもチャットのメッセージであっても,テキストデータの情報処理としての差異はなく,原告の主張するような差異は認められない。
なお,電子メールのメッセージ(又は,メール文)データの作成あるいは編集手段をチャットにも利用することは,一般的にもよく行われていることである(乙1~3参照)。
そして,審決では,引用発明の「受信したメール文」「返信のための送信文」と,補正発明の「受信したメッセージ」「返信のためのテキスト」が「実質的な差異はない。」とするに際しては,相違点b)として,「・・・補正発明は「チャットセッションに参加しうる」ものであるのに対し,引用発明は「電子メールを送受信する」ものである点。」と記載し,引用発明と補正発明が,「電子メール」と「チャット」という点で相違していることを認定しているのであるから,そのような前提で,審決が「引用発明の「受信したメール文」,「返信のための送信文」と補正発明の「受信したメッセージ」,「返信のためのテキスト」とは,実質的な差異はない。」としたことに誤りはなく,原告の主張には理由がない。
「電子メールとチャットとが異なるシステムである以上,・・・実質的な差異はないといえるものではない。」とする原告の主張について同様である。
(2) 原告は,審決が認定した「引用発明」と,補正発明との相違点a),b)の他に,c)(引用発明の「メッセージ」は電子メールのメッセージであるのに対し,補正発明のメッセージはチャットセッションのメッセージである点。),d)(「受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段」「前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段」「前記結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段」「前記特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段」が,引用発明では電子メールを「~受け取る手段」「~生成する手段」「~特定する手段」「~送信する手段」であるのに対し,補正発明ではチャットセッションのメッセージを「~受け取る手段」「~生成する手段」「~特定する手段」「~送信する手段」である点。)が認定されるべきであると主張する。
しかし,審決では,相違点b)として,引用発明と補正発明が,「電子メール」と「チャット」という点で相違することを認定し,その想到容易性の判断において,原告主張の相違点c),d)についても実質的に判断しているのであるから,上記c),d)を更に認定しなければならないものではなく,原告の主張に理由はない。
3 取消事由3(想到容易性の判断の誤り)に対して
(1) 原告は,「周知例2(甲3)191頁に記載の「ネットスケープ・メッセンジャー」は,チャットとは何ら関係のないソフトウェアである。」,「引用例のみならず周知例1においても,「引用発明」にチャット機能を付加することを示唆する事項は含まれていない。」などとして,「審決が「引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは,周知技術に基づいて適宜なし得ることである」と判断したことは,誤りである。」と主張する。
しかし,携帯型端末側でメッセージ(又は,メール文)データを受信した後,当該受信したメッセージ(又は,メール文)を表示し,受信したメッセージ(又は,メール文)の返答を作成することに関しては,電子メールのメール文もチャットのメッセージもテキストデータとして差異はなく,テキストデータの情報処理としての差異が認められないことは,取消事由2について反論したとおりである。
そして,補正発明は,チャットを行う端末であること以上に,メッセージを処理する各手段がチャット特有のものであることを特定するものとも認められない。
一方で,本件出願の優先日当時,チャットは,審決に記載した周知例にも記載されるように,一般に広く知られていた技術であり,当業者にとって,電子メールもチャットもメッセージ交換の技術として,周知のものであった。
さらに,電子メールにおけるメール文の作成あるいは編集等の手段をチャットにおいても利用することは,一般的によく行われていたことである(乙1~3参照。)。
すると,引用例に「チャット」に関する事項が記載されていないとしても,引用例の段落0002の記載から,引用発明が電子メールの有効性及び即時性を高めるためのものと分かり,このような目的はチャットにおいても当てはまることは自明であるから,電子メール及びチャットに関する周知事項を踏まえれば,引用発明のメッセージを処理する各手段をチャットに転用する程度のことは,適宜なし得ることであり,補正発明は,引用発明を周知のチャットを行う端末に転用したものともいえる。
したがって,審決において,「引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは,周知技術に基づいて適宜なし得ることである」と判断したことに誤りはなく,原告の主張は失当である。
(2) 原告は,「上記相違点c),d)を「引用発明」に具備させることは,当業者に想到容易であった事項ではない。」と主張する。
しかし,取消事由2についてと同様であって,相違点c),d)を更に認定しなければならないというものでもなく,審決においては,相違点b)の想到容易性として実質的に判断しているから,原告の主張に理由はない。
(3) 原告は,「審決が認定する相違点b)を引用発明に具備させることは当業者に想到容易であった事項ではなく,また,審決が看過した相違点c),d)を具備させることも想到容易ではなかったので,補正発明は,当業者が引用発明及び周知技術に基づいて容易にできたものではなかった。」として,独立特許要件違反による補正却下の判断は誤りであり,その判断に基づいて審決が補正前発明に基づいて特許法29条2項を適用するという誤りを犯している旨主張する。
しかし,上記のとおり,相違点b)についての判断について,誤りはなく,また,相違点c),d)を更に認定しなければならないというものでもないので,審決において,補正発明についての判断に誤りはなく,補正前発明に基づいて特許法29条2項を適用することにも誤りはないので,原告の主張に理由はない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1) 引用発明について
ア 引用例(甲1)の,「電子メールの表示方法に関する」(段落0001)及び「返答メール作成操作をすると,図17に示すように引用部(図18の内容)には各行の先頭に引用識別子として“> ”の記号が付加されている。また,図18は送信者がこの返答メールを引用しながらさらに送信文を作成している状態を示す図である。」(段落0004)との記載,並びに図16~図19の記載からみて,引用例には,電子メールの返答メールの作成操作をすると,受信したメール文が引用され,受信したメール文に返信のための送信文を付加して返答メールを作成することが記載されている。
そして,電子メールの送受信機能を備えた装置には,送信文を入力する手段が備えられること,受信したメール文を引用した返答メールの作成には,受信したメール文に返答のための送信文を付加してメール文を作成する手段を用いることなどは,いずれも,引用例の上記記載が前提とする技術常識的事項と認められる。
イ また,引用例には,「特に,携帯型情報端末等の比較的小さい表示画面に電子メールの内容を表示する場合は,電子メール全体を表示することはできない。図19は20桁13行の表示画面に図18に示す電子メール全体を表示させた状態を示す図である。」(段落0005),「また,携帯型情報端末を使用して送信メールを作成する場合においても・・・」(段落0007)と記載されており,引用例の上記記載が,電子メールの送受信機能を備え,比較的小さい表示画面の携帯型情報端末の存在を前提とすることは明らかである。
そして,段落0005~0008は,そのような携帯型情報端末における発明が解決しようとする課題を記載するものであるから,図19の「20桁13行の表示画面」についても,携帯型情報端末が備える「比較的小さい表示画面」を意味するものと把握することができる。
ウ すると,審決が「引用例の記載及び図面並びにこの分野の技術常識を考慮」した上で,引用例には,前記第2の3(1)の引用発明が記載されていると認定した点に誤りはない。
(2) 原告の主張について
原告は,「段落0005・・・この「20桁13行の表示画面」が「携帯型情報端末等の」ものであるとは記載されていない。」旨主張する。
しかし,上記(1)に判示したとおり,引用例の上記各記載を総合的に考慮すれば,図19の「20桁13行の表示画面」についても,携帯型情報端末が備える「比較的小さい表示画面」として把握することができる。
原告は,「審決は・・・「返答のための送信文を入力する手段及び受信したメール文に返答のための送信文を付加してメール文を作成する手段を有することは明らかである。」と認定しているが・・・そのような手段は明示的には記載されていない。・・・従ってそのような「手段」を「有する」ことも不明である。」旨主張する。
しかし,上記(1)に判示したとおり,引用例には,電子メールの表示方法に関するものであること(段落0001),受信した電子メールを引用しながら返答メールを作成すること(段落0004)が記載されており,また,電子メールの送受信機能を備えた装置には,送信文を入力する手段が備えられること,受信したメール文を引用した返答メールの作成には,受信したメール文に返答のための送信文を付加してメール文を作成する手段を用いることなどは,いずれも,引用例の上記記載が前提とする技術常識的事項と認められるから,引用例に明記されていなくとも,引用発明が当該手段を有するものと認定したことに誤りはない。
よって,原告の主張には,いずれも理由がない。
2 取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)について
(1) 補正発明について
本願明細書(甲7)の発明の詳細な説明の記載によれば,補正発明は,通信ネットワークにおける無線通信端末間のメッセージの処理において,メッセージ交換セッション処理のアプリケーションを備えている無線通信端末に関するものであり(段落0001,0006),この端末のソフトウェア・アプリケーションは,メッセージに対して応答するための手段を含み,その応答手段はテキストを入力するための手段と,受信メッセージ・テキストに対して前記テキスト入力を追加するための手段とを含む(段落0006)。そして,ユーザが送信すべきテキストを入力すると,新しいテキストの後に「古い」テキストを自動的に単純に追加することによって,表示されるテキストの中にチャットの完全な履歴が含められる(段落0029)。
さらに,補正発明の好適な実施形態は,ショート・メッセージ・サービス(SMS)に基づいているが,SMSメッセージの使用に必ずしも基づいている必要はなく,チャット・サーバにおいてSMSメッセージに変換され,普通のチャット・メッセージとしてチャット参加者に転送されるEメールを含んでいてもよい(段落0016)とされる。
(2) 審決の認定について
審決は,[対比・判断]の冒頭で「「電子メール」も「チャット」も「メッセージ交換」の一種といえるので,引用発明の「電子メールを送受信する」と補正発明の「無線ネットワークにおけるチャットセッションに参加しうる」とは,いずれも「ネットワークにおけるメッセージ交換を行う」という点で一致し」と認定している。
確かに,「「電子メール」も「チャット」も「メッセージ交換」の一種といえる」ことは技術常識であり,また,引用発明の「電子メール」と補正発明の「チャット」は,テキストデータとして共通するとともに,受信する端末を特定して送信される点においても共通する。そして,引用発明の「電子メール」と,補正発明の「チャット」の相違に関しては,審決は,相違点b)として「「メッセージ交換を行う」に関し,補正後の発明は「チャットセッションに参加しうる」ものであるのに対し,引用発明は「電子メールを送受信する」ものである点」を認定した上で,その判断を行っている。したがって,審決の一致点・相違点の認定に誤りはない。
(3) 原告の主張について
原告は,引用発明の電子メールと,「補正発明」のチャットとは,用途・機能・構成とも異なっているから,補正発明と引用発明との相違点として,審決が認定した相違点の他に,相違点c)(引用発明の「メッセージ」は電子メールのメッセージであるのに対し,本件補正発明のメッセージはチャットセッションのメッセージである点。),d)(「受信した最初のメッセージへの返信のためのテキスト入力を受け取る手段」「 前記最初のメッセージと前記返信との両方を含む結合メッセージを生成する手段」「前記結合メッセージを受信する少なくとも1つの端末を特定する手段」「前記特定した端末へ,前記結合メッセージを送信する手段」が,引用発明では電子メールを「~受け取る手段」「~生成する手段」「~特定する手段」「~送信する手段」であるのに対し,補正発明ではチャットセッションのメッセージを「~受け取る手段」「~生成する手段」「~特定する手段」「~送信する手段」である点。)を認定すべきであると主張する。
しかし,審決の相違点b)の認定は,「「電子メール」も「チャット」も「メッセージ交換」の一種といえるので,引用発明の「電子メールを送受信する」と補正後の発明の「無線ネットワークにおけるチャットセッションに参加しうる」とは,いずれも「ネットワークにおけるメッセージ交換を行う」という点で一致し」との認定を前提とするものである。この認定を前提とする相違点b)の認定が,補正発明の「メッセージ」はチャットセッションのメッセージであり,引用発明の「メッセージ」は電子メールのメッセージであることを含意することは明らかであるから,相違点b)のほかに相違点c)を認定すべき技術的必要性はない。
また,引用発明の「電子メール」と補正発明の「チャット」とは,テキストデータによる「メッセージ交換」として共通するとともに,受信する端末を特定して送信される点においても共通するから,相違点b)のほかに相違点d)を認定すべき技術的必要性もない。
なお,原告の主張は,補正発明のチャット・メッセージがSMSメッセージに限定されることを前提とするものである。しかし,前記(1)のとおり,本願明細書の段落0016の記載によれば,補正発明は,送信されたEメール(電子メール)が,チャット・サーバにおいてSMSメッセージに変換され,普通のチャット・メッセージとしてチャット参加者に転送される態様を含むとされているから,補正発明の各手段は,チャット・サーバにおいてSMSメッセージに変換される「電子メール」について,「・・・テキスト入力を受け取る手段」,「・・・結合メッセージを生成する手段」,「・・・端末を特定する手段」,「・・・結合メッセージを送信する手段」を含むものであって,原告の主張は,前提において誤りである。
よって,原告の主張には,いずれも理由がない。
3 取消事由3(想到容易性の判断の誤り)について
(1) 相違点b)の容易想到性
甲2(段落0030,0031,0032,0044),甲4(段落0002),乙1(段落0059),乙2(段落0050),乙3(段落0048)の記載によれば,ネットワークに接続したコンピュータを介して複数のユーザ同士がリアルタイムで文字情報の交換によりコミュニケーションを成立させる「チャット」が周知技術であることが認められる。したがって,リアルタイムでメッセージを送受信する「チャット」が周知技術であるとした審決の認定に誤りはない。
そして,引用発明の「電子メール」と補正発明の「チャット」とは,テキストデータによる「メッセージ交換」として共通するとともに,受信する端末を特定して送信される点においても共通するものであるから,引用発明の端末において,送信するメッセージを電子メールに代えて,周知の「チャット」とすることに格別の技術的困難性は認められない。
したがって,相違点b)について,引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは周知技術に基づいて適宜なし得ることであるとの審決の判断に,誤りはない。
(2) 原告の主張について
原告は,「チャット」が周知技術であるとしても,引用例の中に「チャット」機能の付加を示唆する事項は含まれていないと主張する。しかし,引用発明の「電子メール」と補正発明の「チャット」は,テキストデータによる「メッセージ交換」として共通するとともに,受信する端末を特定して送信される点においても共通し,また,引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることに格別の技術的困難性は認められないのであるから,引用発明の「端末」を「チャット」を行うものとすることは,当業者が容易に想到し得たものである。
また,原告は,相違点c),d)を引用発明に具備させることは容易でないと主張するが,相違点b)とは別に相違点c),d)を認定する必要がないことは取消事由2について判示したとおりである上,引用発明の端末をチャットを行うものとした場合,引用発明の「メッセージ」は,チャットセッションの「メッセージ」であり,引用発明の各手段は,チャットセッションの「メッセージ」を受け取り,生成し,特定し,送信することになることが明らかである。
よって,原告の主張には,いずれも理由がない。
第6結論
以上によれば,原告の請求には理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)