大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成25年(行ケ)10163号 判決 2014年1月30日

原告

パナソニック株式会社

訴訟代理人弁護士

岩坪哲

速見禎祥

被告

東芝ホームアプライアンス株式会社

訴訟代理人弁護士

三山峻司

松田誠司

訴訟復代理人弁護士

清原直己

訴訟代理人弁理士

蔦田正人

中村哲士

富田克幸

夫世進

有近康臣

蔦田璋子

主文

1  特許庁が無効2012-800008号事件について平成25年5月8日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文第1項と同旨。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯等(争いがない。)

原告は,平成22年8月10日に出願(特願2010-179294号。平成15年12月22日に出願された特願2003-425862の分割出願。優先日同年8月5日)(以下,この優先日を「本件優先日」という。)され,平成23年12月9日に設定登録された,発明の名称を「帯電微粒子水による不活性化方法及び不活性化装置」とする特許第4877410号(以下「本件特許」という。設定登録時の請求項の数は6である。)の特許権者である。

被告は,平成24年1月31日,特許庁に対し,本件特許の請求項全部について無効にすることを求めて審判の請求(無効2012-800008号事件)をしたところ,特許庁が同年8月2日無効審決をしたため,原告は,同年9月10日,審決取消訴訟を提起した(当庁平成24年(行ケ)第10319号)。その後,原告が,同年12月7日,特許庁に対し訂正審判請求をしたことから,知的財産高等裁判所は,平成25年1月29日,平成23年法律第68号による改正前の特許法181条2項に基づき,上記審決を取り消す旨の決定をした。原告は,平成25年2月18日,本件特許の請求項1及び4を削除し,請求項2を請求項1と,請求項3を請求項2と,請求項5を請求項3と,請求項6を請求項4とした上で各請求項につき特許請求の範囲の訂正を請求した(以下「本件訂正」という。)。特許庁は,平成25年5月8日,「訂正を認める。特許第4877410号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本を,同月17日原告に送達した。

2  特許請求の範囲の記載

本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲36,37。以下,請求項1に係る発明を「本件訂正特許発明1」,請求項2に係る発明を「本件訂正特許発明2」などといい,これらを総称して「本件訂正特許発明」という。また,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件特許明細書」という。)。

(1)  請求項1

「大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmの帯電微粒子水を生成し,花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化することを特徴とする帯電微粒子水による不活性化方法であって,前記帯電微粒子水は,室内に放出されることを特徴とし,さらに,前記帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでいることを特徴とする帯電微粒子水による不活性化方法。」

(2)  請求項2

「大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmの帯電微粒子水を生成し,花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化することを特徴とする帯電微粒子水による不活性化方法であって,前記帯電微粒子水は,大気中に放出されることを特徴とし,さらに,前記帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでおり,前記帯電微粒子水は,粒子径3nm未満の帯電微粒子水よりも長寿命であることを特徴とする帯電微粒子水による不活性化方法。」

(3)  請求項3

「霧化部に位置する水が静電霧化を起こす高電圧を印加する電圧印加部を備え,当該電圧印加部の高電圧の印加によって,大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmであり,花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかと反応させて,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化するための帯電微粒子水を生成し,前記帯電微粒子水は,室内に放出されることを特徴とする不活性化装置であって,前記帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでいることを特徴とする不活性化装置。」

(4)  請求項4

「霧化部に位置する水が静電霧化を起こす高電圧を印加する電圧印加部を備え,当該電圧印加部の高電圧の印加によって,大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmであり,花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかと反応させて,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化するための帯電微粒子水を生成し,前記帯電微粒子水は,大気中に放出されることを特徴とする不活性化装置であって,前記帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでおり,前記帯電微粒子水は,3nm未満の帯電微粒子水と比較して長寿命であることを特徴とする不活性化装置。」

3  審決の理由

(1)  審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,ア 本件訂正特許発明1及び2はいずれも,「岩本成正ら,静電霧化を用いた消臭技術の研究,第20回エアロゾル科学・技術研究討論会論文集,日本,日本エアロゾル学会,2003年7月29日,pp.59-60,発表番号D08」(甲1,以下「引用刊行物」という。)記載の発明(以下,審決が本件訂正特許発明1及び2と対比するに当たり認定した引用刊行物記載の発明を「甲1発明1」という。),並びに,特開2001-96190号公報(甲2。以下「甲2公報」という。),特開2002-11281号公報(甲3。以下「甲3公報」という。)及び特開2003-17297号公報(甲4。以下「甲4公報」という。)の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,イ 本件訂正特許発明3及び4は,引用刊行物記載の発明(以下,審決が本件訂正特許発明3及び4と対比するに当たり認定した引用刊行物記載の発明を「甲1発明2」という。)と同一,すなわち,引用刊行物に記載された発明であるか,引用刊行物並びに甲2公報,甲3公報及び甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,というものである。

(2)  上記(1)の結論を導くに当たり,審決が認定した甲1発明1及び2の内容,甲1発明1及び2と本件訂正特許発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

ア 甲1発明1及び2の内容

引用刊行物には,「静電霧化装置をチャンバー内で運転して水を静電霧化して,粒径計測で20nm付近をピークとして,10~30nmに分布を持つ帯電微粒子水を生成し,チャンバー内の空間臭,付着臭を消臭する帯電微粒子水による消臭方法。」(甲1発明1),及び,「放電部に位置する水が静電霧化を起こす-6kVDCの印加電圧を印加するHVを備え,当該HVの-6kVDCの印加電圧の印加によって,静電霧化装置をチャンバー内で運転して水を静電霧化して,粒径計測で20nm付近をピークとして,10~30nmに分布を持つ,チャンバー内の空間臭,付着臭を消臭する帯電微粒子水を生成する静電霧化装置。」(甲1発明2)が記載されている。

イ 本件訂正特許発明1と甲1発明1について

(ア) 一致点

「大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmの帯電微粒子水を生成する方法。」

(イ) 相違点

a 相違点1a

「本件訂正特許発明1は,帯電微粒子水を花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化する帯電微粒子水による不活性化方法であるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水により室内の空間臭,付着臭を消臭する消臭方法である点。」

b 相違点1b

「本件訂正特許発明1では,帯電微粒子水は,室内に放出されるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水が,チャンバー内に放出される点。」

c 相違点1c

「本件訂正特許発明1では,帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでいるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水が,そのようなものであるか明らかでない点。」

ウ 本件訂正特許発明2と甲1発明1について

(ア) 一致点

前記イ(ア)と同じ。

(イ) 相違点

a 相違点2a及び2c

相違点1a及び1cと同じ。

b 相違点2b

「本件訂正特許発明2では,帯電微粒子水は,大気中に放出されるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水が,チャンバー内に放出される点。」

c 相違点2d

「本件訂正特許発明2では,帯電微粒子水は,粒子径3nm未満の帯電微粒子水よりも長寿命であるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水が,そのようなものであるとはされていない点。」

エ 本件訂正特許発明3と甲1発明2について

(ア) 一致点

「霧化部に位置する水が静電霧化を起こす高電圧を印加する電圧印加部を備え,当該電圧印加部の高電圧の印加によって,大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmである帯電微粒子水を生成する装置。」

(イ) 相違点

a 相違点3a

「本件訂正特許発明3は,帯電微粒子水を花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化する帯電微粒子水による不活性化装置であるのに対し,甲1発明2では,帯電微粒子水により室内の空間臭,付着臭を消臭する静電霧化装置である点。」

b 相違点3b

「本件訂正特許発明3では,帯電微粒子水は,室内に放出されるのに対し,甲1発明2では,帯電微粒子水が,チャンバー内に放出される点。」

c 相違点3c

「本件訂正特許発明3では,帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでいるのに対し,甲1発明2では,帯電微粒子水が,そのようなものであるか明らかでない点。」

オ 本件訂正特許発明4と甲1発明2について

(ア) 一致点

上記エ(ア)と同じ。

(イ) 相違点

a 相違点4a及び4c

相違点3a及び3cと同じ。

b 相違点4b

「本件訂正特許発明4では,帯電微粒子水は,大気中に放出されるのに対し,甲1発明2では,帯電微粒子水が,チャンバー内に放出される点。」

c 相違点4d

「本件訂正特許発明4では,帯電微粒子水は,粒子径3nm未満の帯電微粒子水と比較して長寿命であるのに対し,甲1発明2では,帯電微粒子水が,そのようなものであるか明らかでない点。」

第3原告主張の取消事由

1  取消事由1(本件訂正特許発明1に係る相違点判断の誤り)

(1)  審決は,引用刊行物の消臭実験に用いられた装置と本件特許明細書に記載された帯電微粒子水を霧化する装置,得られた帯電微粒子水の粒径ないし分布とを比較し,その共通性を根拠に,「甲第1号証に記載されたものは,本件特許明細書に記載されたものと同様の構成の静電霧化装置によって水を霧化させ,粒径計測で20nm付近をピークとして10~30nmに分布をもつ帯電微粒子水を得ているものである。そうしてみると,甲1発明1における帯電微粒子水は本件訂正特許発明1と同様にOHラジカル等のラジカルを含んでいると考えるのが妥当である。」との結論を導いている。しかし,刊行物に記載された発明の認定は,刊行物に記載された事項及び記載されているに等しい事項(出願時技術常識に基づき刊行物に記載されているも同然と認められる事項)に基づきなされなければならないところ,審決は,本件特許明細書の実施例に基づき,引用刊行物に記載もなく記載されているに等しいものでもない事項(帯電微粒子水がラジカルを含有するとの事項)を,引用刊行物に開示された引用発明特定事項として認定しているのであって,この判断は事後分析であり誤っている。

(2)  引用刊行物の「4.考察」に開示されているのは,臭気成分の分解ではなくガス成分が水微粒子に溶解(溶け込み)することであり,溶解後のガス分子が分解するか消滅するかは開示されておらず,まして,該帯電微粒子水がラジカルを含んでいるから当該ラジカルとの接触により不活性化するとか滅菌されるという事項の開示はない。そして,本件特許出願当時の技術水準は,静電霧化による帯電微粒子水にSO2,O3等が吸収されていること(甲20),負イオンに帯電した1nmないし200nmの微粒子水は,20分ないし60分単位で㎥オーダーのチャンバーから,アンモニアやアセトアルデヒドを溶け込ませて除去すること(甲8)である。

したがって,引用刊行物に記載されている事項ないし出願時技術常識に基づき記載されているに等しい事項とは,ガス成分が帯電微粒子水に溶解するという事項であり,帯電微粒子水がラジカルを含んでいることが記載されているに等しいとはいえず,本件特許明細書を根拠として引用刊行物に帯電微粒子水がラジカルを含んでいることが開示されているとの結論を導いた審決の認定判断には誤りがある。しかも,本件特許出願時の技術常識は,ラジカルは高反応性かつ短寿命であるというものであったのであるから,引用刊行物の記載に接した当業者が,ラジカルが含まれているためにガス成分が分解(不活性化)されると理解することは極めて困難である。

さらに,引用刊行物には,本件訂正特許発明1の発明特定事項である「前記帯電微粒子水を室内に放出し,当該室内の花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化する」ことの開示もない。

(3)  そして,審決が指摘する刊行物のいずれにも,ラジカルを含む帯電微粒子水を室内に放出して花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化することの開示はない。

すなわち,甲2公報記載のイオン化水蒸気発生部6は,そもそも空気清浄装置内部にイオン化水蒸気を発生させるものにすぎず,これを室内に放出するものではないし,また,コロナ放電によって水蒸気をイオン化してOHラジカルを生成することが記載されているにとどまるものであるから(【0021】),安定性を欠く小イオンの域を出ない。したがって,ラジカルが含まれた粒子径が3nmないし50nmの帯電微粒子水を室内に放出する本件訂正特許発明1を当業者に想起させるものではあり得ない。また,甲2公報記載のラジカルは浮遊するラジカルそのものにすぎない。

甲3公報には,「前記洗濯槽もしくは前記洗濯用ドラム内へコロナ放電によって発生したオゾン,ラジカル種を導入するように配されたコロナ放電部を備えたことを特徴とする電気洗濯機」(請求項1)が記載されているが,本件訂正特許発明1のような帯電微粒子水の発生については記載がなく,また,ラジカルが当該帯電微粒子水に含まれて室内に放出される事象についても記載がない。なお,甲3公報記載のコロナ放電により1nm程度の小イオンが生成されたとしても,当該イオンは,本件訂正特許発明1の帯電微粒子水と異なるものである。また,甲3公報記載のラジカルは浮遊するラジカルそのものにすぎない。

甲4公報には,放電装置に利用される水にラジカルが含まれる旨の記載はなく,【0095】に記載された電極の劣化防止によって発生量が増加するOHラジカルやOラジカルは,空気中を浮遊するラジカルそのものにすぎない。また,同公報には,ラジカルが短寿命でかつ拡散距離も短いものであるという特性を克服できていない技術の開示しかなされていない。したがって,22㎥チャンバー内に相当の距離をもって置いたカーテンの付着臭に対しても消臭効果を有する帯電微粒子を生成することを示唆する甲1発明1には適用の動機付けがないどころか,適用を阻害する事情が存在する。

また,次のとおり,被告が指摘する公報等にも帯電微粒子水がラジカルを含むことの開示はない。

特開2002-203657号公報(甲11,以下「甲11公報」という。)に開示された水分子のクラスターを核とする0.001μm(1nm)程度の大きさの動きやすい小イオンは,アンモニアなどの成分と反応しなければ1秒以上の寿命を持つ安定したイオンにはならないし,該小イオンより大きい3nmないし50nmの帯電微粒子水にラジカルが含有されるとの開示は全くない。しかも,水分子のクラスターを核とするイオンは,水分子でイオンを囲んでいる構造であって,水微粒子(水分子ではない)がラジカルを含んでいる本件訂正特許発明1とは構造が全く異なる。

「空気清浄機[総合カタログ]」(松下電工株式会社)(甲13,以下「甲13刊行物」という。)は,本件特許出願後に頒布された刊行物である。

「ラジカル反応・活性種・プラズマによる脱臭・空気清浄技術とマイナス空気イオンの生体への影響と応用」(甲7,乙1,以下「乙1刊行物」という。)及び「コロナ放電を利用した空気清浄」(静電気学会誌第26巻第4号(2002))(乙2,以下「乙2刊行物」という。)に開示されているのは,いずれも浮遊するラジカルそのものであり,帯電微粒子水に含有されているものではない。

さらに,乙1刊行物,特開平11-155540号公報(甲5,以下「甲5公報」という。)及び特開2003-79714号公報(甲16,以下「甲16公報」という。)の開示事項は,本件訂正特許発明1とは構成が全く異なり,作用効果も質的に顕著に異なる。特開平11-265780号公報(乙3,以下「乙3公報」という。)記載のイオン粒子についても,当該イオン粒子がラジカルを含有することは開示されていないし,引用刊行物記載の静電霧化装置によって生成される帯電微粒子水と無関係のものである。

(4)  コロナ放電(甲2,3,7,乙1)やレナード効果(甲7,乙1)によるクラスターイオンの形状は,ラジカルを含有する帯電微粒子水とは異なっており,帯電微粒子水がラジカルを含むことの開示はない。

2  取消事由2(本件訂正特許発明2に係る相違点判断の誤り)上記1記載のとおり,甲1発明1の帯電微粒子水にラジカルが含まれていることの開示はない。

また,甲1発明1の帯電微粒子水に乙1刊行物記載のレナード効果によって生じるクラスター状のイオンについての記載を斟酌するには,当該帯電微粒子水とレナード効果によって生じるクラスター状のイオンが同質,同構造のものである必要があるはずであるが,乙1刊行物に記載されたレナード効果によって生じるクラスター状のイオンは,水分子がO2-等を取り囲んでいるだけのものであり,甲1発明1の帯電微粒子水がこれと同様の構造を取っているか否かは明らかではない。したがって,審決が,構造の違いを考慮することなく,単純に,甲1発明1の帯電微粒子水に乙1刊行物記載のレナード効果によって生じるクラスター状のイオンの寿命についての記載が当てはまるとしたのは,それぞれの開示事項を超えた不適切なものである。

さらに,乙1刊行物では,レナード効果につき,分子の粒子径が大きく,イオンの移動度が小さいため消滅しにくいと記載されているが,イオン濃度比が僅か24秒で30%まで減少するという程度のものである。これに対し,本件訂正特許発明2の帯電微粒子水は,粒子数が半減するのに10分を要する(図1(b))(別紙1参照)。この効果の相違は,ラジカルを水分子がクラスター状に囲むにすぎないレナード効果によって生じる粒子(甲7)と,本件訂正特許発明2の帯電微粒子水の構造の違いに由来すると解するのが妥当である。したがって,審決には,乙1刊行物におけるコロナ放電との寿命比較試験と本件訂正特許発明において実現されている長寿命との質的差異を度外視した誤りがある。

3  取消事由3(本件訂正特許発明3及び4に係る相違点判断の誤り)上記1及び2と同様の理由により,審決の本件訂正特許発明3及び4に係る相違点についての認定判断には誤りがある。

第4被告の反論

1  取消事由1(本件訂正特許発明1に係る相違点判断の誤り)について

(1)  請求項に係る発明の進歩性を判断する前提として,当該発明の何たるかを把握する上で明細書の記載を参酌することに何の問題もない。

また,審決は,引用刊行物に記載された帯電微粒子水が本来有する特性,つまり内在する特性を本件訂正特許発明1の帯電微粒子水と比肩して認定するために,本件特許明細書の記載を参酌しているにすぎない。すなわち,引用刊行物に記載された帯電微粒子水が,本件特許明細書において実施形態として記載された帯電微粒子水と同じであれば,引用刊行物の帯電微粒子水にラジカルが含まれる点が文言上は開示されていないとしても,実質上はラジカルが含まれており,帯電微粒子水がラジカルを含んでいるとの本件訂正特許発明1の構成を具備することになる。そのため,審決は,本件特許明細書において実施形態として記載された静電霧化装置及び生成した帯電微粒子水の粒度分布と,引用刊行物に記載された静電霧化装置及び生成した帯電微粒子水の粒度分布とを照らし合わせ,両者の共通性から,引用刊行物の帯電微粒子水と本件訂正特許発明1の帯電微粒子水は異なるところはなく,よって,引用刊行物の帯電微粒子水にラジカルが含まれると認定した。仮に,このような認定が許されないとすれば,単に用途の違いがあるだけで,物として同一であるにもかかわらず,すなわちその特性を内在しているにもかかわらず,その物自体に新規性及び進歩性が認められるという不合理な結果を招来する。

本件においては,引用刊行物記載の静電霧化装置は消臭効果を有するものとして空気清浄機に組み込まれて用いられたものであるが,空気清浄機は一般に室内の空気の除菌や消臭に用いられている。そうすると,消臭効果を持つことが公知である引用刊行物記載の静電霧化装置による帯電微粒子水にラジカルが含まれ,除菌などの不活性化効果を見出したとしても,そもそも,その不活性化効果は誰しも予期できるありふれた特性であって,原告はそれを実験で確認したにすぎず,空気清浄機として何ら新たな用途を提供したとはいえない。

なお,実際に引用刊行物に記載された帯電微粒子水にラジカルが含まれることは,引用刊行物の実質的な追試結果(甲12)や被告による実験結果(乙6)によっても示されている。

したがって,審決の判断手法に誤りはない。

(2)ア  原告は,引用刊行物に記載されている事項ないし出願時技術常識に基づき記載されているに等しい事項とは,ガス成分が帯電微粒子水に溶解するという事項であり,帯電微粒子水がラジカルを含んでいることが記載されているに等しいとはいえない旨主張するが,上記(1)記載のとおり,引用刊行物に記載された帯電微粒子水には実質上ラジカルが含まれている。

イ  また,以下のとおりの本件特許出願時の知見に鑑みると,引用刊行物記載の帯電微粒子水にラジカルが含まれるとの審決の認定に誤りはない。

高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれることは,甲4公報のみならず,甲11公報及び平成15年7月末日までに頒布されたものである甲13刊行物にも開示されており,本件出願当時に周知であったと考えられる。なお,甲4公報の静電霧化により生成された帯電微粒子水とラジカルとが別々のものとして浮遊しているとの記載は甲4公報には一切ない。甲4公報において,帯電微粒子水とOHラジカルがともに放電電極としての水から発生していること,及びOHラジカルが水に溶解するという技術常識に鑑みれば,当業者であれば,むしろ,甲4公報記載の帯電微粒子水にはラジカルが含まれると理解する。

また,甲11公報【0044】及び【0058】の記載によれば,放電により生成されイオン化されてなる水滴(小イオン,例えば図3に記載されたO2-(H2O)n)が,ラジカル(O2-)を含む帯電微粒子水であることは明らかである。

さらに,大気中で放電電極と対向電極との間に高電圧を加えることによりラジカルが発生することに関し,上記公報等のほかに,甲2公報,甲3公報,乙1刊行物及び乙2刊行物に開示されている。

水微粒子に溶解させることだけでなく,ラジカルにより臭気除去することについては,甲4公報,甲13刊行物,甲2公報,甲3公報及び乙2刊行物に加え,乙1刊行物,甲5公報及び甲16公報に開示されており,出願時周知であった。

以上のように,出願時の技術的知見に基づけば,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれることは出願時の技術常識であったし,放電により生成されるラジカルに関する出願時の技術的知見に基づけば,少なくとも,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識するのには十分な理由があった。また,ラジカルによる臭気除去も出願時の技術常識であった。以上の技術常識に鑑みると,甲1発明1の帯電微粒子水による消臭効果をラジカルが要因であると認識することは容易であり,甲4公報の記載に基づき,引用刊行物の帯電微粒子水にラジカルが含まれると解し,またそのような認識に至ることに無理はない。

なお,ラジカルが単独で存在する場合の寿命が原告の主張するようにナノ秒あるいはせいぜい百マイクロ秒オーダーであるとしても,甲3公報,甲5公報及び乙1刊行物記載のとおり,コロナ放電等で発生したラジカル種を室内に放出して消臭することは周知技術,又は当業者の有する技術常識であり,甲11公報にもラジカル等の活性種に水等が付着することにより長寿命化することが記載されているので,単独のラジカルが短寿命であるとしても,引用刊行物記載の各種実験結果における消臭効果がラジカルによる効果であることを否定する根拠にはならない。なお,ラジカル等の活性種に水等が付着することにより長寿命化することは,甲11公報【0048】及び【0051】にも記載されている。

ウ  本件特許明細書【0004】には,「ラジカルを含んだ微粒子水を用いることによって空気浄化などを試みたものが特開昭53-141167号公報,特開平13-96190号公報などに示されている。」と記載されているところ,特開平13-96190号公報は甲2公報である。そうすると,原告自身が,甲2公報に記載されたコロナ放電により水蒸気をイオン化してなるイオン化水蒸気が,ラジカルを含んだ帯電微粒子水であることを認めていたことになる。また,本件特許明細書【0024】には,「1nmの粒子径の帯電微粒子水ロ」及び「1nmの粒子径の微粒子水ロはコロナ放電電極を用いて生成した。」との記載もあり,コロナ放電により生成された粒子径1nmの微粒子が,本件訂正特許発明1と同じ「帯電微粒子水」であると記載されている。このように両者を区別せずに同じ表現で記載している以上,コロナ放電により生じる粒子径1nmの微粒子も,液体としての水の中にラジカルが含有されたものであることは,原告自身が本件の出願時に認めていたことである。したがって,ラジカルが微細化された帯電微粒子水に含有されていることは開示されている。

また,乙1刊行物365頁には,レナード効果によるマイナスイオンについて,「大きな水滴は水面に落下しますが,小さい水滴は気流に乗って運ばれるので,マイナスイオンに富んだ空気が形成されます。」と記載されている。レナード効果によるマイナスイオンは,水分子がクラスター化して存在するものであって,O2-(H2O)nにより表されるものであるが,n=20ないし40の分布ピークを持つものである(乙1,366頁の図9)。これは粒子径が3nm程度と,本件訂正特許発明1の帯電微粒子水の下限と重複するものであり,また,上記のように「水滴」と記載されていることに鑑みると,レナード効果によるものは「帯電微粒子水」であるといえる。したがって,乙1刊行物にはナノメータサイズの帯電微粒子水がラジカルを含むことが開示されているといえる。また,原告出願に係る乙3公報【0003】,【0007】及び【0033】にも,レナード効果による粒子径1.5nmないし6nmのマイナスイオンが水のイオン粒子であること,すなわち帯電微粒子水であることが記載されている。

(3)  帯電微粒子水により菌等を不活性化することは,従来周知であり(甲2,5,9,16),また,本件出願時,空気清浄技術分野において,菌等の不活性化(除菌・抗菌)と消臭(脱臭)とは同列に扱われていた(甲2,9,13,16,23,乙1,4)といった技術常識に鑑みると,引用刊行物記載の静電霧化装置が空気清浄技術において消臭に用いられるものとして公知であった以上,その帯電微粒子水を菌等の不活性化に用いることは,当業者であれば,あえて甲2公報ないし甲4公報を引用するまでもなく,引用刊行物記載の静電霧化装置を除菌に用いることは容易に想到し得る。

また,甲1発明1と甲4公報記載の発明は,高電圧により大気中で水を静電霧化して行う消臭技術という点で共通しており,甲4公報記載の発明と甲2公報及び甲3公報記載の各発明とは,OHラジカルを用いた消臭技術という点で共通している。そうすると,甲1発明1において,甲4公報の記載に鑑み,静電霧化により生成される帯電微粒子水にOHラジカルが含まれることを当然に想定して,帯電微粒子水中のOHにラジカルの有無を確認し,甲2公報及び甲3公報記載の周知技術に鑑み,該帯電微粒子水を菌の不活性化に用いることは,当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎない。したがって,引用刊行物に記載の静電霧化装置を除菌(不活性化)に用いることには何らの困難性もなく,本件訂正特許発明1は,甲1発明1及び甲2公報ないし甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとの審決の認定判断に誤りはない。

2  取消事由2(本件訂正特許発明2に係る相違点判断の誤り)上記1記載のとおり,引用刊行物記載の帯電微粒子水がラジカルを含むことについて,審決の認定判断に誤りはない。

乙1刊行物記載のレナード効果によって生じたイオンはラジカルを含む帯電微粒子水であるため,甲1発明1の帯電微粒子水との間で構造の違いはない。すなわち,生成方法が異なるだけであって,結果物としては同じものである。

また,乙1刊行物の367頁の図10では,粒子径が1nmのコロナ放電により得られたイオンの寿命(半減期)が約0.4秒であるのに対し,粒子径が3nmのレナード効果により得られたイオンの寿命(半減期)が約13秒であり,僅かな粒子径の違いで半減期が大幅に長くなっていることが示されている。本件訂正特許発明2で半減期が10分であると原告が主張している帯電微粒子水の粒子径は約20nmであり,上記レナード効果により得られたイオンに比べて粒径が約7倍と大きくなっていることに鑑みると,上記のような長寿命化は格別顕著な効果であるとはいえない。

そもそも相違点2dの3nm未満の帯電微粒子水よりも長寿命である点については,「粒子径が3~50nmの帯電微粒子水」が固有に有する性質を単に記載したものにすぎないので,引用刊行物記載の帯電微粒子水も当然に有する性質にすぎず,本件訂正特許発明2の進歩性を基礎付けるものではない。

乙1刊行物367頁の図10によれば,コロナ放電により得られたイオン(粒子径:1nm)の寿命(半減期)が約0.4秒であるのに対し,レナード効果により得られたイオン(粒子径:3nm)の寿命(半減期)が約13秒である。この寿命の違いはイオンの粒径によるが,実際にはイオンの体積に起因するので,粒径の3乗のオーダーで寿命に違いが出る。上記のように粒径1nmで0.4秒であるため,粒径3nmの場合10.8秒(0.4×33=10.8)となる。これは図10から読み取れる13秒とほぼ一致する。一方,本件訂正特許発明1の帯電微粒子水は粒径が20nmであるため,同様に計算すると3200秒(0.4×203=3200)となり,この程度の寿命であれば予測可能であるところ,本件特許明細書に記載された寿命は600秒であるため,格別顕著な効果とはいえない。

3  取消事由3(本件訂正特許発明3及び4に係る相違点判断の誤り)について上記1及び2記載のとおり,原告主張の取消事由1及び2には理由がない以上,本件訂正特許発明3及び4に係る相違点についての審決の認定判断に誤りはない。

しかも,本件訂正特許発明3及び4は不活性化装置に関するものであるところ,甲1発明2の静電霧化装置に対して,「花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかと反応させて,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかを不活性化するための」という目的とも言える作用的な表現(相違点3a),「室内に放出される点」(相違点3b),及び,「ラジカル」を含む点(相違点3c)を追加しただけのものであり,装置自体として全く違いはなく,何ら新規性のないものである。そのため,甲1発明2の静電霧化装置も本件訂正特許発明と同様に花粉抗原等の不活性化の機能を当然備えたものといえるし,結局,装置が有する作用又は機能についての認識の違いしかなく,それは実質的なものではない。

よって,この点からも審決は取り消されるべきではない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,原告の各取消事由の主張はいずれも理由があり,審決は取り消されるべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  取消事由1(本件訂正特許発明1に係る相違点判断の誤り)について

(1)  本件訂正特許発明について

本件訂正特許発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,これに本件特許明細書(甲31,36,37)の記載を併せると,本件訂正特許発明は,おおむね次の内容の発明であると認められる。

ア 本件訂正特許発明は,帯電微粒子水,すなわち帯電しているとともに微粒子とされている帯電微粒子水による不活性化方法及び不活性化装置に関するものである(【0001】)。水に電荷を付与することによって生成される帯電微粒子水は,吸着性が高く,レイリー分裂によって微細化されやすいため,このような帯電微粒子水の特徴を生かし,ナノメータサイズの粒子径の帯電微粒子水を効率の良い集塵剤として利用する例もある(【0002】)。他方,活性化学種であるラジカルは,化学的に反応性が高く,悪臭成分の分解無臭化などに効果的であることが知られているが,活性であるために,非常に不安定な物質で空気中では短寿命であり,臭気成分と反応する前に消滅してしまうために十分な効果を得ることが困難であった(【0003】)。また,より効果を高める目的で,ラジカルを含んだ微粒子水を用いることによって空気浄化などを試みたものが特開昭53-141167号公報,特開平13-96190号公報(甲2公報)などに示されている(【0004】)。本件訂正特許発明は,上記の従来の問題点に鑑み,花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかを不活性化できる帯電微粒子水による不活性化方法及び不活性化装置を提供することを課題とするものである(【0006】)。

イ 具体的には,水を静電霧化して生成した活性種を含む帯電微粒子水を,花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかと反応させることで,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかを不活性化することができるというもので(【0011】),化学的に不安定なラジカルをナノメータサイズに微細化された帯電微粒子水に含有させることによって,長寿命化でき,空間内への拡散を大量に行うことができるものである(【0012】)。また,ナノメータサイズの粒子径とするのは,これより大きいミクロンオーダーのサイズになると,移動度が小さく,空間内への拡散が困難となり,他方で,粒子径が3nm未満になると,帯電微粒子水の寿命が極端に短くなってしまって室内の隅々まで帯電微粒子水が行き渡ることが困難となるためである(【0013】)。さらに,ラジカルを含有する上に粒子径がナノメータサイズであると,空気中に放出された時の寿命が長くて拡散性が大きくなる(【0020】)。

ウ ナノメータサイズの粒子径に霧化された帯電微粒子水は,どのような装置で生成してもよいが,静電霧化装置,殊に水を搬送する多孔質体で構成された搬送体と,搬送体で搬送される水に電圧を印加する水印加電極と,上記搬送体と対向する位置に配された対抗電極と,上記水印加電極と対向電極との間に高電圧を印加する電圧印加部とから成り,搬送体で保持される水と対向電極との間に印加される高電圧によって水を帯電微粒子水とするものを好適に用いることができ(【0021】,なお,別紙1図2は,帯電微粒子水の生成に供する静電霧化装置の一例の分解斜視図である。),多孔質体の材質,形状,対向電極極との距離,印加する電圧値,電流値などを制御することで,目的とするナノメータサイズの粒子径の粒子を容易に得ることができる(【0022】)。

エ 帯電微粒子の粒子径が3nm以上である場合,3nm未満であるときよりもその寿命は明らかに長寿命化される。すなわち,20nm付近の粒子径を持つ帯電微粒子水イと1nmの粒子径の帯電微粒子水ロの粒子数とその寿命を求めると図1(別紙1参照)のとおりとなる。なお,20nmの粒子径の微粒子水イは,静電霧化装置を用いて生成され,1nmの粒子径の微粒子水ロは,コロナ放電電極を用いて生成されたものである(【0024】)。そして,図1(b)からは,粒子数合計が約半分になる時間が,本件訂正特許発明の静電霧化装置を用いて生成した20nmの粒子径の微粒子水については約10分であり,コロナ放電電極を用いて生成した1nmの粒子径の微粒子水については約2.5分となっていることが読み取れる。

(2)  引用刊行物について

引用刊行物には,前記第2の3(2)ア記載の甲1発明1が記載されているものと認められる(甲1)。

そして,甲1発明1は,帯電微粒子水を生成し,22㎥チャンバー内の空間臭,付着臭を消臭するものではあるものの,他方で,引用刊行物には,そのメカニズムにつき,「静電霧化で発生したナノオーダーの水微粒子がアンモニア等のガス成分と接触しやすく,ガス成分が水微粒子に溶解し空間中から除去されると推察される。静電霧化の水微粒子に溶解後のガス成分の挙動については現在検討中である。」(「4.考察」(60頁))と,ガス成分の水微粒子への溶解と推察しており,ラジカルによって臭気を除去したものとしているものではない。他に引用刊行物には,帯電微粒子水中にラジカルが存在することを示す記載も示唆もない。

(3)  甲2公報について

ア 甲2公報には以下の記載がある(甲2)。

(ア) 「【0001】【発明の属する技術分野】この発明は,プレフィルタで大まかなホコリを除去した後,高電圧が印加される集塵部で静電的に集塵し,その後,脱臭フィルタにて脱臭する空気清浄装置に関する。

【0002】【従来の技術】空気清浄機の機能は,大きくは集塵と脱臭に分けられる。集塵に関する問題の一つには,人体に有害なオゾンの発生が挙げられる。一方,脱臭に関する問題としては,臭気ガス成分の除去には,従来は活性炭等にて臭気を吸着させるものしかなく,活性炭等が直ぐに飽和して寿命が短いという問題があった。また,吸着できるガス成分も主に水に溶けにくい疎水性のガス成分で,水に溶けやすい親水性のガス成分にはあまり効果がなかった。・・・

【0004】【発明が解決しようとする課題】そこで,この発明は上記のような観点から,水蒸気によりオゾンの発生量を抑制できるとともに,水蒸気をイオン化してOHラジカルを生成することにより,ガス成分を分解し,親水性のガス成分を疎水性のガス成分に変性したり,悪臭成分を無臭成分に変えて脱臭効果を飛躍的に向上させることができるばかりでなく,殺菌効果も非常に高い空気清浄装置の提供を第1の目的とする。

【0005】第2の目的は,そのような空気清浄装置において,水蒸気の発生およびそのイオン化を簡単に行えるようにすることにある。」

(イ) 「【0011】【課題を解決するための手段】この発明は,上記第1の目的を達成するため,プレフィルタで大まかなホコリを除去した後,高電圧が印加される集塵部で静電的に集塵し,その後,脱臭フィルタにて脱臭する空気清浄装置において,水蒸気を発生させてイオン化しプレフィルタと集塵部との間に放出するイオン化水蒸気発生部を備えたことを特徴とする。

【0012】また,第2の目的を達成するため,イオン化水蒸気発生部を,水槽からの水を加熱して水蒸気を発生する水蒸気発生部と,コロナ放電により水蒸気をイオン化する放電部とで構成しこと(判決注・原文ママ)を特徴とする。

【0013】第3の目的を達成するため,放電部は,水蒸気発生部の孔から水蒸気が放出されるときに放電ニードルからのコロナ放電にてイオン化することを特徴とする。」

(ウ) 「【0025】・・・酸素濃度の少ない水蒸気雰囲気中でコロナ放電してイオン化することから,オゾンの発生は無くて,OHラジカルが生成される。すなわち,一般的にオゾンは,酸素の存在下でコロナ放電が起きると発生するが,酸素濃度が少しでも減少すると,その発生量は格段に減少し,しかも水蒸気雰囲気中でコロナ放電させるので,オゾンは発生しない。また,水蒸気雰囲気中でコロナ放電させると,水蒸気(水)が分解されてOHラジカルが生成される。

【0026】OHラジカルは不対電子を持ち,対となっている電子を求めて活発に反応するため,オゾンよりも酸化力がはるかに大きく,殺菌力も優れ,またガス成分を分解し,親水性のガス成分を疎水性のガス成分に変性したり,悪臭成分を無臭成分に変えるので,脱臭効果が飛躍的に向上する。」

(エ) 「【0035】【発明の効果】この発明による効果を,請求項毎に挙げると,次のとおりである。<請求項1>水蒸気をイオン化してイオン化水蒸気,つまりOHラジカルを有する水蒸気としてプレフィルタと集塵部との間に放出するので,水蒸気によりオゾンの発生量を抑制できるとともに,水蒸気をイオン化してOHラジカルを生成することにより,ガス成分を分解し,親水性のガス成分を疎水性のガス成分に変性したり,悪臭成分を無臭成分に変えて脱臭効果を飛躍的に向上させることができるばかりでなく,殺菌効果の向上も図れる。」

イ 以上によれば,甲2公報には,プレフィルタで大まかなホコリを除去した後,高電圧が印加される集塵部で静電的に集塵し,その後,脱臭フィルタにて脱臭する空気清浄装置において,水蒸気を発生させてイオン化しプレフィルタと集塵部との間に放出するイオン化水蒸気発生部を備え,イオン化水蒸気発生部は,コロナ放電によりこの水蒸気をイオン化してOHラジカルを生成してガス成分を分解し,プレフィルタと集塵部との間に放出すること,これにより脱臭効果及び殺菌効果の向上を図ることができることが記載されているものと認められる。

もっとも,甲2公報におけるOHラジカルの生成は,甲1発明1のように,液体である水を静電霧化したものではなく,気体である水蒸気をコロナ放電して水蒸気をイオン化したものであり,OHラジカルはイオンの状態でプレフィルタと集塵部との間に放出されるものであって,甲1発明1とはその生成方法が異なっている。また,甲2公報には,放電部分からのOHラジカル単体での生成に関する開示はあるものの,水微粒子とOHラジカルとの関係については開示がない。

(4)  甲3公報について

ア 甲3公報には以下の記載がある(甲3)。

(ア) 「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,洗濯槽内に入れた衣類を洗濯する電気洗濯機に関するものである。

【0002】【従来の技術】近年,洗濯機の大容量化に伴って,洗濯物(汚れた衣類)を洗濯機の槽内に一時ためておき,まとめ洗いする人が増えてきている。汚れた衣類が槽内に一時保管される期間は,休日に洗濯する人で数日間,毎日洗濯する人で半日程度である。この保管期間が長かったり,また気温が高かったりすると,汗や汚れを養分として微生物が増殖し,衣類から臭気を発生する。

【0003】また,以前より洗濯機を長期間使用していると,槽に付着した洗剤成分や汚れなどを養分として黴などの微生物が増殖してコロニーを形成し,洗濯中に剥離して衣類繊維に絡み付くことが知られている。特に,衣類繊維に微生物が絡み付いた場合は,洗濯終了後であっても,槽内に放置したままにすると,衣類から臭気を発生し,さらには,これを乾燥機にかけた後も臭気が残るという課題があった。・・・

【0007】【発明が解決しようとする課題】以上のように従来の洗濯機では,洗濯槽に一時保管していた洗濯前の衣類に微生物が増殖して臭気を発生する課題や,洗濯槽で増殖した微生物が剥離して衣類繊維に絡み付くといった課題が生じていた。・・・

【0009】本発明はかかる課題を解決するためになされたもので,簡単な処理によって洗濯前・後の衣類,及び洗濯槽における微生物の増殖を防ぎ,衣類の衛生性を向上させるとともに,臭気の低減を図ることを目的としたものである。

【0010】【課題を解決するための手段】本発明に係る電気洗濯機は,洗濯槽もしくは洗濯用ドラムを備えた電気洗濯機において,洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内へ霧状もしくはシャワー状の水を噴射するように配設された散水手段と,散水手段へ水の供給をON/OFFする散水用バルブと,洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内へコロナ放電によって発生したオゾン,ラジカル種を導入するように配されたコロナ放電部とを備えるように構成したものである。

【0011】また,給水前の洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内に保管された衣類に対し,コロナ放電部から発生したオゾン,ラジカル種を洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内に所定量注入するとともに,洗濯槽に配された攪拌手段もしくは洗濯用ドラムによって衣類を所定時間攪拌し,その後,散水用バルブをONして散水手段によって洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内へ霧状もしくはシャワー状の水を所定時間噴射するように構成したものである。

【0012】さらにまた,洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内に衣類が保管されていない状況のもとで,コロナ放電部から発生したオゾン,ラジカル種を洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内に所定量注入して所定時間保持し,その後,散水用バルブをONして散水手段により洗濯槽もしくは洗濯用ドラム内へ霧状もしくはシャワー状の水を所定時間噴射するように構成したものである。」

(イ) 「【0014】ここで図2をもとにコロナ放電部10の構成と働きについて説明する。図において17は電源部,18は針状突起が形成されている金属からなる放電電極,19は接地された対向電極であり,放電電極18と対向電極19は対を成し,コロナ放電部10を形成している。

【0015】動作について説明する。電源部17により放電電極18に負の高電圧を印加すると,接地されている対向電極19との間にコロナ放電が起こり,放電電極18の針状突起から放電電子が放出される。この放電電子は放電電極18と対向電極19の間を流れる空気中の酸素分子や水分子と衝突して,これら分子の分子結合を切断する。これによって化学的に活性の高い酸素ラジカルや水酸基ラジカルなどが生成する(以下,これらラジカルをラジカル種と総称する)。同時に分子結合を切断された時に出来た酸素原子は,近傍にある酸素分子と結合して新たにオゾンを形成する。

【0016】このようにして副次的に生成したラジカル種やオゾンは,強い酸化力を有しており,臭気を有する有機分子は,水や二酸化炭素などの簡単な分子に酸化分解される。また微生物は,細胞膜などが破壊されて不活性化される。・・・

【0019】オゾン・ラジカル処理では,まずコロナ放電部10が通電され,発生したラジカル種やオゾンは,ファン11からの送風に乗ってダクト12を介し,洗濯槽1内に注入される。注入後,少し間を置いて回転翼3が駆動される。回転翼3は右回転と左回転を交互に複数回繰り返した後,停止する。これにより衣類8は攪拌され,注入されたラジカル種とオゾンは槽内にある衣類8とまんべんなく接触するようになる。・・・

【0021】次にコロナ放電部10への通電が切られ,散水用バルブ15がONされ,散水手段14から霧状もしくはシャワー状の水(水粒)が洗濯槽1内に噴射される。水粒がまんべんなく槽内に行き渡るように散水手段14は槽内の上部,蓋13の近傍に配設されている。これにより雰囲気中のオゾンやラジカル種は水粒に溶け込んで洗い流される。このようにして水粒が噴射されてオゾンやラジカル種が洗い流された後,散水用バルブ15はOFFされる。この後,給水用バルブ16がONされ,通常の洗濯工程へと移行する。」

(ウ) 「【0029】【発明の効果】本発明の電気洗濯機は以上のように構成されているので以下の効果を奏する。

【0030】衣類に付着した微生物や臭気分子を不活性化したり,酸化分解したりすることが可能となり,洗濯終了後の衣類に対する衛生性が向上し,臭気が低減される。

【0031】また槽内に付着した微生物を不活性化することが可能となり,槽内の衛生性が向上するとともに,洗濯終了後の衣類に対しても衛生性が向上し,臭気が低減される。

【0032】またコロナ放電部により空気中の水分子や酸素分子からラジカル種やオゾンをつくり,これを用いて洗濯兼脱水槽における微生物の増殖を防ぐようにしたので,特殊な薬液が不要になり経済的になるとともに,薬液を定期的に供給する作業が不要となり利便性が向上する。」

イ 以上によれば,甲3公報には,洗濯槽又は洗濯用ドラムを備えた電気洗濯機において,洗濯槽又は洗濯用ドラム内へ霧状又はシャワー状の水を噴射するように配設された散水手段と,散水手段へ水の供給をON/OFFする散水用バルブと,洗濯槽又は洗濯用ドラム内へコロナ放電によって発生したオゾン,ラジカル種を導入するように配されたコロナ放電部とを備えるように構成し,コロナ放電により放電電子を放出し,この放電電子が放電電極と対向電極の間を流れる空気中の酸素分子や水分子と衝突して,これら分子の分子結合を切断し,化学的に活性の高いラジカル種を生成し,給水前の洗濯槽若しくは洗濯用ドラム内に保管された衣類に対し,又は洗濯槽若しくは洗濯用ドラム内に衣類が保管されていない状況のもとで,ラジカル種を洗濯槽又は洗濯用ドラム内に所定量注入して,衣類に付着した微生物や臭気分子または槽内に付着した微生物を不活性化した点が記載されているものと認められる。

もっとも,甲3公報におけるラジカル種の生成は,甲1発明1のように,液体である水を静電霧化したものではなく,空気中でコロナ放電を行い,これにより発生した放電電子が放電電極と対向電極の間を流れる空気中の酸素分子や水分子と衝突してこれら分子の分子結合を切断することにより行うものであって,その生成方法が異なっている。また,甲3公報には,ラジカル種の生成は開示されているが,水微粒子とラジカル種との関係については開示がなく,また,甲3公報記載の発明は,甲1発明1のように室内に放出されるものでもない。

なお,被告は,甲3公報【0019】に,ラジカル種を洗濯槽内に注入する旨の記載があることをもって,ラジカル種が長寿命であることの開示がある旨主張するが,甲3公報はその寿命についての具体的な記載はない上に,後記(7)イ(ウ)b認定のとおり,コロナ放電により発生するイオンの寿命が短いものとされている以上,被告の上記主張を採用することはできない。

(5)  甲4公報について

ア 甲4公報には以下の記載がある(甲4)。

(ア) 「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,互いに対向する第1電極と第2電極の間で放電を発生させる放電装置,及びこの放電装置で放電により低温プラズマを生成してガス処理などを行うプラズマ反応器に関するものである。

【0002】【従来の技術】従来より,低温プラズマを利用したプラズマ反応器は,例えば空気や排ガスなどに含まれる有害成分や臭気成分を,放電により発生する活性種の作用で分解して無害化または無臭化する空気浄化装置やガス処理装置に利用されている。例えば,特開平8-155249号公報及び特開平9-869号公報には,放電電極としての複数の針電極と対向電極としての面電極の間の空間で放電(ストリーマ放電)を起こして低温プラズマを生成し,その放電場に被処理ガスを導入してガス処理を行う装置が開示されている。・・・

【0004】【発明が解決しようとする課題】しかし,針電極のように放電起点部が点状になった突起状の放電電極を用いると,その先端部の周囲において,放電によって生じる高エネルギー粒子(高速電子など)や反応性の高い物質(各種ラジカルなど)の密度が特に大きくなる。このため,放電電極が高速電子によるスパッタリング作用で消耗したり,高反応性物質と化学反応したりすることにより,表面が早期に劣化しやすくなる。・・・

【0006】本発明は,このような問題点に鑑みて創案されたものであり,その目的とするところは,突起状の放電部が早期劣化するのを防止することにより,放電性能やプラズマ反応器の処理性能が早期に低下するのを防止することである。

【0007】【課題を解決するための手段】まず,本発明が講じた第1の解決手段は,放電部(B)の表面に被膜(f)を形成し,該被膜(f)が損耗しても復元できるようにしたものである。

【0008】具体的に,第1の解決手段は,互いに対向する第1電極(21)及び第2電極(22)と,両電極(21,22)に放電電圧を印加するように接続された電源手段(24)とを備え,両電極(24)の少なくとも一方が点状の放電部(B)を有する放電装置を前提としている。そして,この放電装置は,上記放電部(B)に,導電性の液体を固化させることにより被膜(f)が形成されていることを特徴としている。・・・

【0047】また,上記第2の解決手段によれば,例えば第1電極(21)に放電部(B)を設ける場合,この放電部(B)の少なくとも表面に供給される導電性の液体(25)と,その対向極となる第2電極(22)との間で放電が発生する。このため,該放電部(B)を構成する針電極などから直接放電が発生しないようにできるので,電極(21)の早期損耗などを防止でき,放電性能の低下も防止できる。また,導電性の液体(25)が供給され続ける限り電極を使用できるので,電極寿命が飛躍的に長くなる。」

(イ) 「【0062】【発明の実施の形態1】以下,本発明の実施形態1を図面に基づいて詳細に説明する。

【0063】この実施形態1は,被処理空気中の臭気成分や有害成分を酸化分解などにより処理して空気を浄化する空気浄化装置(1)に,本発明に係る放電装置(A)及びプラズマ反応器(20)を適用したものである。図1(判決注・別紙3参照)は,この空気浄化装置(1)の概略構成を示している。

【0064】図示するように,この空気浄化装置(1)はケーシング(10)内に各機能部品が収納された構成であり,機能部品として,集塵フィルタ(11)と遠心ファン(12)とプラズマ反応器(20)とがケーシング(10)内に収納されている。・・・

【0065】ケーシング(10)の一つの側面(図の右側の側面)には,ケーシング(10)内に空気を吸い込むための空気吸込口(15)が形成され,上面には浄化空気を吹き出すための空気吹出口(16)が形成されている。空気吸込口(15)には吸込グリル(15a)が設けられ,空気吹出口(16)には吹出グリル(16a)が設けられている。また,空気吸込口(15)には,吸込グリル(15a)の内側に上記集塵フィルタ(11)を配置して,吸込空気中に含まれる塵埃を捕集するようにしている。

【0066】空気吹出口(16)は,ケーシング(10)の上面において,空気吸込口(15)とは反対側の縁部(図1の左側の縁部)に形成されている。そして,この空気吹出口(16)に対応して,上記遠心ファン(12)がケーシング(10)内に設けられている。この遠心ファン(12)には,ファン用電源(12a)が接続されている。以上の構成において,ケーシング(10)の内部は,空気吸込口(15)と空気吹出口(16)の間が被処理空気の流通空間となっている。そして,遠心ファン(12)を起動すると,被処理空気が空気吸込口(15)の吸込グリル(15a)及び集塵フィルタ(11)を通してケーシング(10)内に吸い込まれる。被処理空気は,下記に詳述する反応器(20)での処理後に,空気吹出口(16)の吹出グリル(16a) からケーシング(10)の外に吹き出される。・・・

【0067】図2(判決注・別紙3参照)はプラズマ反応器(20)の概略構成を示す断面図・・・である。・・・

【0071】両電極(21,22)には,高電圧パルス電源(電源手段)(24)が接続されており,放電電極(21)と対向電極(22)の間でストリーマ放電が生じるようになっている。このストリーマ放電により,放電場(D)には低温プラズマが発生する。低温プラズマにより,活性種(被処理空気中に含まれる臭気物質や有害物質などの被処理成分に作用する因子)として,高速電子,イオン,オゾン,ヒドロキシラジカルなどのラジカルや,その他励起分子(励起酸素分子,励起窒素分子,励起水分子など)などが生成され,これら活性種により被処理空気が処理される。」

(ウ) 「【0088】【発明の実施の形態2】本発明の実施形態2は,導電性の液体として水(25)を放電部(B)に供給しながら,水(25)と対向電極(22)の間で放電を起こすようにしたものである。ここで用いる水(25)は,導電性の面から,純水でなく不純物を含んだものにするのが好ましい。

【0089】この実施形態2では,図5(判決注・別紙3参照)を参照して放電装置(A)の構成について説明する。放電装置(A)は,放電電極(21)と対向電極(22)とからなり,両電極(21,22)に高電圧パルス電源(24)が接続されている。放電電極(21)側は接地されてほぼ±0Vに設定されており,対向電極(22)側が所定のマイナス電位に設定されている。・・・

【0091】-運転動作-この放電装置(A)においては,貯水槽(26)の水は,毛細管現象によって微細管(21d)の内部を上昇し,微細管(21d)の上端部にまで達する。ここで,微細管(21d)から対向電極(22)に向かって放電が生じると,その放電方向にはイオン風が発生する。イオン風は,放電により発生した空気イオンが対向電極(22)に引き寄せられて移動する間に,次々に中性の空気分子に衝突して運動エネルギーを空気に与える結果,生じるものである。

【0092】イオン風が発生することにより,微細管(21d)の先端部は負圧になり,水(25)が微細管(21d)の先端から僅か上方へ表面張力によって突出し,所定の曲率の突起状になる。このように水(25)が微細管(21d)の先端から突出すると,この水(25)自体が放電電極(21)の一部として作用し,放電が水(25)と対向電極(22)との間で発生するようになる。水(25)は,放電により霧化すると微細管(21d)から突出した部分が消失するが,上述の毛細管現象とイオン風の負圧により貯水槽(26)からほぼ連続的に吸い上げられ,ほとんど連続して水(25)が電極として作用する。このため,微細管である微細管(21d)自体からは,ほとんど放電しないか,断続的に放電することになる。・・・

【0095】また,この例では水(25)を放電電極(21)に利用しているため,従来の放電装置と比べて,活性種の発生量,具体的にはOHラジカルやOラジカルなどの発生量が増加する。このため,この放電装置(A)を被処理ガスの有害成分や臭気成分を分解するのに用いると,従来の放電装置と比べてこれら成分の分解能力が高くなるので,処理性能を高めることができる。」

イ 以上によれば,甲4公報には,「放電部の表面に導電性の液体(水)が供給されるようにして放電することにより,放電部に用いられる針電極などから直接放電が発生しないようにして放電部の摩耗を防止するとともに,水を供給することにより,従来の放電装置と比べて,OHラジカルやOラジカルなどの発生量を増加させた放電装置。」の発明が記載されていることが認められる。

しかし,甲4公報には,放電によりOHラジカルやOラジカルが発生し,かつ,液体を用いた場合には,その発生量が増加することの記載はあるものの,同公報の記載からは,放電部に供給された水と発生したラジカルとがどのような状態にあるのか,すなわち,水がラジカルを含むものであるかについては明らかではない。しかも,上記ア認定の甲4公報の記載に照らすと,甲4公報記載の発明は,空気清浄装置に吸い込んだ空気をラジカル等を用いて浄化するものであり,このような構成に照らしてもラジカルの発生は局所的なものであると認められ,帯電微粒子水を生成して放出することを意図したものとは認められない。そもそも,上記ア認定の甲4公報の記載に照らすと,甲4公報記載の発明において放電部に水を供給する目的は,放電部の表面に導電性の液体を供給することによる放電部の摩耗防止であるということができる。そうすると,甲4公報には水がラジカルを含むものであることの開示があると認めることはできず,しかも,甲4公報記載の発明は,甲1発明1とはその目的や構成が相違するものと認められる。

(6)  審決の認定判断について

ア 審決は,甲4公報に高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水がOHラジカル等のラジカルの発生を伴うことが記載されていることを前提に,甲1発明1の内容を解釈するに当たり,本件特許明細書の【0031】ないし【0033】,【0041】及び【0042】の記載,本件特許明細書の図5(別紙1参照。なお,引用刊行物にも,Fig.6として同内容の図が記載されている(別紙2参照)。)の記載と引用刊行物の記載事項を照らし合わせた上で,引用刊行物に記載されたものが,本件特許明細書に記載されたものと同様の構成の静電霧化装置によって水を霧化させ,粒径計測で20nm付近をピークとして10nmないし30nmに分布を持つ帯電微粒子水を得ているものであるとし,甲1発明1における帯電微粒子水は本件訂正特許発明1と同様にOHラジカル等のラジカルを含んでいると考えるのが妥当である,との認定判断をしている。

しかし,上記審決の認定判断は,甲1発明1の内容を解釈するために本件特許明細書の記載を参酌しているところ,本件優先日時点においては本件特許明細書は未だ公知の刊行物とはなっておらず,当業者においてこれに接することができない以上,甲1発明1の内容を解釈するに当たり,本件特許明細書の記載事項を参酌することができないことは明らかである。

そして,ラジカルは,活性であるために,非常に不安定な物質で空気中では短寿命であり(前記(1)ア),拡散距離も短いとされていたのに対し(甲26ないし28),甲1発明1は22㎥チャンバー内を消臭するものであること,前記(2)認定のとおり,引用刊行物においても,チャンバー内の空間臭,付着臭を消臭するメカニズムにつき,ガス成分の水微粒子への溶解と推察していることに照らすと,本件特許明細書に記載された図と同内容のFig.6の粒子分布が引用刊行物に記載されているとしても,本件優先日時点の当業者において,上記粒子分布を有する引用刊行物記載の帯電微粒子水がラジカルを含むものであることを認識することができたものとは認められない。

加えて,前記(5)認定のとおり,甲4公報からは,静電霧化を行うことにより,OHラジカルやOラジカルが発生することは認識し得るとしても,同公報の記載からは水がラジカルを含むものであるかについては明らかではない上に,甲4公報記載の発明においては,ラジカルの発生は局所的なものであり,帯電微粒子水を生成して放出することを意図したものとは認められないことに照らすと,甲4公報を参酌したとしても,本件優先日当時の当業者において,引用刊行物の帯電微粒子中にラジカルが含まれることが記載されているとか,記載されているに等しいと認識できるということはできない。また,上記の事実に照らすと,帯電微粒子水を生成してチャンバー内に放出することを前提とする甲1発明1に甲4公報記載の発明を組み合わせる動機付けも認め難い。なお,前記(3)及び(4)認定のとおり,甲2公報及び甲3公報におけるラジカルの発生方法は,引用刊行物記載の方法と異なる上に,いずれの公報にも水微粒子とラジカル種との関係については開示がなく,また,ラジカル種が長寿命であることについての開示もない以上,甲2公報及び甲3公報の記載事項を考慮したとしても上記認定は左右されない。

イ そうすると,甲2公報ないし甲4公報の記載を踏まえたとしても,本件訂正特許発明1と甲1発明1との間の相違点1cは実質的な相違点ではないとはいえないし,かつ,上記相違点につき,甲1発明1及び甲2公報ないし甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものということもできない。

(7)  被告の主張について

ア 被告は,審決は,引用刊行物に記載された帯電微粒子水が本来有する特性を本件訂正特許発明1の帯電微粒子水と比肩して認定するために,本件特許明細書の記載を参酌しているにすぎないし,引用刊行物に記載された帯電微粒子水にラジカルが含まれることは,甲第12号証及び乙第6号証のとおり引用刊行物の実質的な追試結果によっても示されているなどと主張し,審決の判断は誤りではない旨主張する。

しかし,上記(6)において認定したところに照らすと,当業者が,本件優先日時点において,引用刊行物記載の帯電微粒子にラジカルが含まれていることを帯電微粒子水が本来有する特性として把握していたと認めることはできない。なお,甲第12号証及び乙第6号証の記載についても,あくまで追試時点の結果を示すものであり,本件優先日時点において当業者が引用刊行物記載の帯電微粒子水にラジカルが含まれていることを認識できたことを裏付けるものとはいえない。したがって,本件訂正特許発明1について新規性がないとか進歩性がないなどということはできない。

また,被告は,上記(6)ア記載の審決の認定判断手法に誤りはない旨種々主張するが,上記(6)において認定したところに照らすといずれも採用することはできない。

よって,被告の上記主張はいずれも採用することはできない。

イ(ア) 被告は,出願時の技術的知見(甲4,11,13)に基づけば,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれることは出願時の技術常識であったし,放電により生成されるラジカルに関する出願時の技術的知見(甲2ないし4,11,13,乙1,2)に基づけば,少なくとも,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識するのには十分な理由があったほか,ラジカルによる臭気除去も出願時の技術常識であったこと(甲2ないし5,13,16,乙1,2)に照らすと,甲1発明1の帯電微粒子水による消臭効果をラジカルが要因であると認識することは容易であり,甲4公報の記載に基づき,引用刊行物の帯電微粒子水にラジカルが含まれると解し,またそのような認識に至ることに無理はない旨主張する。

(イ)a 高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれるとの点について,甲4公報に上記の点の開示がないことは前記(5)認定のとおりである。

b 甲11公報には,「空気通路内で水滴を静電霧化して,0.001μm程度の大きさの帯電した微細な水滴を生成し,室内へのマイナスイオン供給等に用いる方法。」の発明が記載されている(甲11)。

さらに,甲11公報には次の記載がある。

「【0037】図1は,本実施形態1に係るイオン発生器(1)の概略構造並びに作用を示す断面図である。このイオン発生器(1)は,図示するように,放電電極(2)と,この放電電極(2)に対して下方に所定間隔を離して配設された対向電極(3)と,両電極(2,3)に接続された高圧電源(4)とを備えている。放電電極(2)及び対向電極(3)は,上方から下方へ空気が流通する空気通路(5)の内部に配設されている。」

「【0044】このイオン発生器(1)では,放電電極(2)を兼ねている水管(12)の先端から水滴を滴下させながら放電電極(2)と対向電極(3)に高電圧を印加するようにしているため,水管(12)から滴下する水滴が電極となり,高電圧によるコロナ放電の作用によって微細な水滴となって霧散する。つまり,水滴が静電霧化の作用を受けることになる。そして,この微細な水滴が放電の作用を受けて帯電し,イオン化する。図示の例では,微細な水滴がプラスの電荷を帯びて,無数のプラスイオンが生成される。」

「【0047】・・・放電電極(2)と対向電極(3)との間での放電によって,N2+やO2+などのプラス電荷を持った極小イオンが発生する。この極小イオンは,ある荷電粒子の速度をv,電解をEとしたときに,v=k・Eで表される関係において,kの値(移動度)が相対的に大きく,非常に動きやすいイオンである。これに対して,移動度kの値が小さくなると,イオンは順に小イオンから中イオン,大イオンと呼ばれ,大イオンになるほど動きにくいものとなる。

【0048】極小イオンは,それ自体では寿命がナノ秒オーダーで非常に短く,すぐに消滅するが,本実施形態においては水の分子に極小イオンが結合して,水分子のクラスターを核とする0.001μm程度の大きさの動きやすい小イオンが生成される。

【0049】この小イオンには,アンモニアなどの成分とも反応してH3O+やNH4+などのように1秒以上の寿命を持つ安定したイオンに変化したものや,さらに,図示しているような空気中の様々な成分が付着して変化したものなど(図2の高質量イオン以外のイオン)も含まれている。

【0050】この小イオンは,一部がさらに安定した高質量イオン(大イオン)に変わっていく。ただし,この大イオンは拡散速度が遅いため,集塵などには殆ど寄与しない。本実施形態では,大イオンへの変化過程の小イオンを空気中に大量に含ませることで,集塵などへの利用に対応できるようにしている。」

「【0057】・・・図1の例では,放電電極(2) に高圧電源(4)のプラス極を,対向電極(3)にマイナス極を接続して,プラスイオンを生成するようにしているが,逆に放電電極(2)にマイナス極を,対向電極(3)にプラス極を接続して,マイナスイオンを生成するようにしてもよい。

【0058】マイナスイオンの生成過程を図3に示している。この場合には,コロナ放電によって発生した電子が水の分子に付着し,さらに空気中に含まれる様々な物質などと反応しながら,一部大イオンに成長するものを除き,安定したマイナスイオン(小イオン)が大量に生成される。」

以上の甲11公報の記載に照らすと,放電によって発生するマイナスの極小イオンは,その後,「水の分子に極小イオンが結合して,水分子のクラスターを核とする0.001μm(判決注・1nm)程度の大きさの動きやすい小イオン」となるものとされているにとどまる。また,上記図3には「O2―(H2O)n」が示されているが,これも上記の小イオンに該当するものである。

そうすると,甲11公報に,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれることが開示されているとは認められない。

c 被告は,甲13刊行物は本件優先日前に刊行されたものである旨主張し,乙第5号証にはこれに沿う記載がある。しかし,乙第5号証の記載内容に照らすと,同号証記載のパナソニックお客様相談センターの窓口担当者は,甲13刊行物に2003年7月発行と記載されていることのみを根拠として,それ以上特段の調査等をすることなく,甲13刊行物が同月に発行した旨答えたにすぎないことがうかがえる上に,乙第5号証の記載内容に反する証拠(甲18,19の1,2)に照らすと,乙第5号証の記載をもって,被告の上記主張を裏付けるものということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって,被告の上記主張を採用することはできない。

d よって,上記公報等の記載に基づき,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれるとの点が本件優先日時点での技術常識であったと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(ウ)a 放電により生成されるラジカルに関する出願時の技術的知見(甲2ないし4,11,13,乙1,2)に基づけば,少なくとも,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識するのには十分な理由があったとの点につき,前記(3)ないし(5)並びに上記(イ)b及びcにおいて認定したところに照らすと,甲2公報ないし甲4公報,甲11公報及び甲13刊行物の記載が,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識することができることの裏付けとなるものとは認められない。

b 乙1刊行物には,空気浄化の仕組みとして,クラスターイオンを発生させ部屋に放出し,クラスターイオンが空気中に浮遊している菌・ウイルスや臭い分子に衝突すると,非常に活性力のある水酸基OHに変化し,有害物質の中から水素原子を抜き取って水となり,不活性化・無臭化されること(225頁図19),クラスターイオンが水の分子で取り囲まれたプラスとマイナスのイオンであること(222頁),空気イオンは,大気中に浮遊している荷電微粒子の総称で,分子数個からなる分子集合体(クラスター)から帯電した浮遊塵埃まで,幅広い粒子分布があること(364頁),マイナスイオンの発生法として,コロナ放電法及び水噴霧法(レナード効果)があり,コロナ放電では直径1nm,レナード効果によるものでは直径3nmに粒子分布の中心が存在し,いずれも水分子がクラスター化して存在すること(365頁,366頁),コロナ放電により発生したイオンはすぐに減少するのに対し,レナード効果により発生したイオンは気流に運ばれて遠くまで行くこと,その理由は,分子の粒子径が大きく,イオンの移動度が小さいので消滅しにくいと考えられること(367頁),イオン濃度が約半分になる経過時間は,コロナ放電は約0.4秒であるのに対し,水噴射(レナード効果)は約13秒となること(367頁図10),水は,高エネルギーを与えると分解してOHラジカルやHラジカルを生成すること(284頁)が記載されている。

しかし,乙1刊行物記載のコロナ放電によるものは,針状電極にマイナスの電荷を与えて放電を起こしてマイナスイオンを発生させるものであり(365頁),また,水噴霧法(レナード効果)は水を機械的に分裂させたものであって(365頁),いずれも水を静電霧化して帯電微粒子を生成したものではない。また,乙1刊行物には,帯電微粒子水がラジカルを含んでいるようにすることについての記載もない。

そうすると,乙1刊行物の記載をもって,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識することの根拠とすることはできない。

c 乙2刊行物には,大気中におけるコロナ放電によりラジカルが発生し,これによりアセトアルデヒド等が分解され脱臭されることの記載がある(乙2,148頁,152頁)。

しかし,乙2刊行物の記載は上記の限度にとどまり,水を静電霧化することについては記載がなく,また帯電微粒子水がラジカルを含んでいるようにすることについての記載もない。

そうすると,乙2刊行物の記載をもって,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識することの根拠とすることはできない。

d よって,上記公報等の記載に基づき,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれると当業者が認識できたものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(エ) 以上によれば,本件優先日において,高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水にラジカルが含まれることが技術常識であったとも,当業者が上記の事項を認識できたともいえない。なお,ラジカルにより臭気を除去できることが本件優先日時の技術常識であったとしても,臭気を除去するものとして水粒子に溶解させること (甲8,20参照)など他の方法も存在するものである以上,上記の点のみをもって甲1発明1の帯電微粒子水による消臭効果がラジカルによるものであると認識することができるものということはできない。

そうすると,甲4公報の記載及び技術常識に基づき,甲1発明1の帯電微粒子水にラジカルが含まれ,これにより消臭がなされたと認識することが容易であるということはできない。

よって,被告の前記主張を採用することはできない。

ウ 被告は,ラジカルが単独で存在する場合の寿命が原告の主張するようにナノ秒あるいはせいぜい百マイクロ秒オーダーであるとしても,甲3公報,甲5公報及び乙1刊行物記載のように,コロナ放電等で発生したラジカル種を室内に放出して消臭することは周知技術,又は当業者の有する技術常識であるほか,甲11公報にもラジカル等の活性種に水等が付着することにより長寿命化することが記載されているので,単独のラジカルが短寿命であるとしても,引用刊行物記載の各種実験結果における消臭効果がラジカルによる効果であることを否定する根拠にはならないなどと主張する。

しかし,甲5公報には,食品を保存する保存庫本体を有する食品保存庫において,保存庫本体内に負イオンを供給する負イオン発生手段,保存庫本体内に水等の液体の微粒子又は蒸気を供給する加湿手段を配置した点が記載されているものの,コロナ放電によるものであり(【0017】),水を静電霧化して帯電微粒子水を生成したものではないし,帯電微粒子水がラジカルを含んでいるようにすることについての記載もない。また,前記(4)並びに前記イ(イ)b及び同(ウ)b認定のとおり,甲3公報,甲11公報及び乙1刊行物にも,水を静電霧化して帯電微粒子水を生成したことの開示はない。

そうすると,上記各公報の記載の事項は,引用刊行物と同様の方法によるものではない以上,上記各記載を甲1発明1に結び付ける動機が存在するものとはいえない。

よって,被告の上記主張を採用することはできない。

なお,本件訂正特許発明の静電霧化装置を用いて生成した20nmの粒子径の微粒子水において粒子数合計が約半分になる時間は本件訂正特許発明のものは約10分であり,前記イ(ウ)b認定の乙1刊行物記載のコロナ放電によるものやレナード効果によるものと比較して格段に長いものであること(なお,乙1刊行物225頁図19の記載は,クラスターイオンに関するものであるが,コロナ放電又はレナード効果により生じたマイナスイオンも水分子がクラスター化したものであり,その寿命は前記イ(ウ)b認定のとおりである以上,乙1刊行物225頁図19の記載が,コロナ放電又はレナード効果により発生したイオンについて本件訂正特許発明におけるものほどに長寿命であることを裏付けるものとはいえない。)に照らすと,本件訂正特許発明の帯電微粒子水とコロナ放電又はレナード効果により発生する帯電微粒子水とが同一の構造ではないこともうかがえ,そうすると,乙1刊行物には,コロナ放電又はレナード効果によるマイナスイオンが,本件訂正特許発明のラジカルを含んだ帯電微粒子水とその構造が同じであると解するに足る事項が記載されているものとは認められない。したがって,乙1刊行物の記載事項を踏まえたとしても,当業者において,甲1発明1に基づき本件訂正特許発明1を容易に想到し得たとはいえない。

また,甲11公報についても,負イオンの発生方法はコロナ放電である上に,小イオンの寿命は,安定しているとされるH3O+やNH4+などについて1秒以上である旨の記載があるにとどまり,本件訂正特許発明におけるラジカルを含む帯電微粒子水の寿命とは大きく異なっている。そうすると,甲11公報には,コロナ放電による負イオンが,本件訂正特許発明のラジカルを含んだ帯電微粒子水とその構造が同じであると解するに足る事項が記載されているものとは認められない。したがって,甲11公報の記載事項を踏まえたとしても,当業者において,甲1発明1に基づき本件訂正特許発明1を容易に想到し得たとはいえない。

さらに,前記(4)において認定したところに照らすと,甲3公報の記載事項を踏まえたとしても,当業者において,甲1発明1に基づき本件訂正特許発明1を容易に想到し得たとはいえない。

エ 被告は,本件特許明細書【0004】には,従来技術においてラジカルを含んだ微粒子水を用いることによって空気浄化などを試みた例として甲2公報が挙げられており,原告自身が,甲2公報に記載されたコロナ放電により水蒸気をイオン化してなるイオン化水蒸気が,ラジカルを含んだ帯電微粒子水であることを認めていたことになるほか,本件特許明細書【0024】には,「1nmの粒子径の帯電微粒子水ロ」及び「1nmの粒子径の微粒子水ロはコロナ放電電極を用いて生成した。」との記載もあり,コロナ放電により生成された粒子径1nmの微粒子が,本件訂正特許発明1と同じ「帯電微粒子水」であると記載されており,両者を区別せずに同じ表現で記載している以上,コロナ放電により生じる粒子径1nmの微粒子も,液体としての水の中にラジカルが含有されたものであることも,原告自身が本件の出願時に認めていたことであり,したがって,ラジカルが微細化された帯電微粒子水に含有されていることは開示されている旨主張する。

しかし,前記(3)認定のとおり,甲2公報には水微粒子とOHラジカルとの関係については開示がない以上,本件特許明細書【0004】の上記記載をもって,甲2公報に上記開示がなされているとはいえない。また,本件特許明細書【0024】の記載についても,本件特許明細書の記載上,コロナ放電により生成された粒子径1nmの微粒子は,本件訂正特許発明における帯電微粒子水と性質が異なることを対比して示すために用いられていることが明らかであるので,粒子径1nmの微粒子が「帯電微粒子水」と記載されているからといって,このことから直ちに粒子径1nmの微粒子が本件訂正特許発明における帯電微粒子水と同様のものであるということはできない。

また,被告は,乙1刊行物にはナノメータサイズの帯電微粒子水がラジカルを含むことが開示されているほか,乙3公報にも,レナード効果による粒子径1.5nmないし6nmのマイナスイオンが水のイオン粒子であること,すなわち帯電微粒子水であることが記載されている旨主張する。

そして,乙3公報は,発明の名称を「イオン発生装置」とする発明に関するもので,650nm以下のイオン粒子をより多く肺胞に到達させるために,イオン粒子径を任意に制御できるイオン発生装置からイオン粒子を供給することによってより効果的に滝と同じ生理効果を持たせることができ,しかも装置が小さく低騒音のイオン発生装置を提供することを目的とするものであるところ(【0009】),乙3公報には,滝の近くではレナード効果により陰イオンが多数放出されていること(【0003】),滝でイオン粒子を測定した結果,測定されたイオンはすべて陰イオンで,粒径が1.5nmないし6nmであったこと(【0007】),及び,混合部7内で650nm以下の微細水と空気イオンを衝突帯電させることによって,650nm以下の水のイオン粒子を容易に生成することができ,肺胞に到達できるイオン粒径は650nm以下であることから,粒径が650nm以下の粒子(好ましくは粒径が1.5nmないし6nmの陰イオン)が滝と同じ生理効果を持つようになること(【0033】)が記載されている。

しかし,乙1刊行物にナノメータサイズの帯電微粒子水がラジカルを含むことが開示されていると認められないことは,前記イ(ウ)b認定のとおりである。また,乙3公報の記載も上記の限度にとどまり,水を静電霧化することについては記載がなく,また帯電微粒子水がラジカルを含んでいるようにすることについての記載もない。

よって,被告の上記主張を採用することはできない。

オ 被告は,帯電微粒子水により菌等を不活性化することは,従来周知であり(甲2,5,9,16),また,本件出願時,空気清浄技術分野において,菌等の不活性化(除菌・抗菌)と消臭(脱臭)とは同列に扱われていた(甲2,9,13,16,23,乙1,4)といった技術常識に鑑みると,引用刊行物記載の静電霧化装置が空気清浄技術において消臭に用いられるものとして公知であった以上,その帯電微粒子水を菌等の不活性化に用いることは,当業者であれば,あえて甲2公報ないし甲4公報を引用するまでもなく,引用刊行物記載の静電霧化装置を除菌に用いること,つまり本件訂正特許発明1には容易に想到し得る旨主張する。しかし,前記(6)及び(7)イにおいて認定したところに照らすと,上記の技術常識が存在したとしても,当業者において,甲1発明1から本件訂正特許発明1を容易に想到し得たとはいえない。

また,被告は,甲1発明1において,甲4公報の記載に鑑み,静電霧化により生成される帯電微粒子水にOHラジカルが含まれることを当然に想定して,帯電微粒子水中のOHにラジカルの有無を確認し,甲2公報及び甲3公報記載の周知技術に鑑み,該帯電微粒子水を菌の不活性化に用いることは,当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎないなどとも主張する。しかし,前記(6)及び(7)イにおいて認定したところに照らすと,被告の上記主張を採用することはできない。

(8)  以上によれば,本件訂正特許発明1は,甲1発明1及び甲2公報ないし甲4公報に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできず,原告主張の取消事由1には理由がある。

2  取消事由2(本件訂正特許発明2に係る相違点判断の誤り)について

(1)  上記1において認定したのと同様の理由により,甲1発明1において,その帯電微粒子水がOHラジカル等のラジカルを含んでいるのであるから,相違点2cは実質的な相違点ではないとした審決の認定判断は誤っている。また,同様に,上記相違点につき,甲1発明1及び甲2公報ないし甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものということはできない。

(2)ア  さらに,相違点2dについての認定判断についても,甲1発明1において,その帯電微粒子水がOHラジカル等のラジカルを含んでいることが開示されていることを前提とするものである以上,誤りである。

イ  また,審決は,甲1発明1における帯電微粒子水が粒子径3nm未満の帯電微粒子水よりも長寿命であることは,乙1刊行物(366頁3行目ないし5行目及び367頁2行目ないし6行目)の記載からも認識し得る旨認定判断している。

しかし,前記1(7)イ(ウ)bにおいて認定したところに照らすと,乙 1 刊行物の上記記載を,甲1発明1における帯電微粒子水が粒子径3nm未満の帯電微粒子水より長寿命であることの根拠とすることはできない。

ウ  被告は,乙1刊行物記載のレナード効果によって生じたイオンはラジカルを含む帯電微粒子水であるため,甲1発明1の帯電微粒子水との間で構造の違いはない旨主張する。しかし,前記1(7)イ(ウ)bにおいて認定したところに照らすと,被告の上記主張を採用することはできない。

また,被告は,相違点2dの3nm未満の帯電微粒子水よりも長寿命である点については,粒子径が3nmないし50nmの帯電微粒子水が固有に有する性質を単に記載したものにすぎないので,引用刊行物記載の帯電微粒子水も当然に有する性質にすぎず,本件訂正特許発明2の進歩性を基礎付けるものではない旨主張する。しかし,静電霧化の方法により生成した3nmないし50nmの粒子径の帯電微粒子水が3nm未満の帯電微粒子水よりも長寿命であることが刊行物等に開示されていることを認めるに足りる証拠がなく,当業者が本件優先日時点で引用刊行物から上記事項を認識し得たとは認められない以上,被告の上記主張を採用することはできない。

さらに,被告は,乙1刊行物367頁の図10によれば,コロナ放電により得られたイオン(粒子径:1nm)の寿命(半減期)が約0.4秒であるのに対し,レナード効果により得られたイオン(粒子径:3nm)の寿命(半減期)が約13秒であるところ,この寿命の違いはイオンの粒径,実際にはイオンの体積に起因するので,粒径の3乗のオーダーで寿命に違いが出ることとなり,粒径3nmの場合10.8秒となり,上記13秒とほぼ一致する,本件訂正特許発明1の帯電微粒子水は粒径が20nmであるため,同様に計算すると3200秒となり,この程度の寿命であれば予測可能であるところ,本件特許明細書に記載された寿命は600秒であるので,本件訂正特許発明が,寿命につき格別顕著な効果を有するとはいえない旨主張する。しかし,寿命の違いがイオンの体積に起因し,粒径の3乗のオーダーで寿命に違いが出ることを裏付ける的確な証拠はないし,蒸発率や飽和水蒸気圧等,粒径以外にも寿命に影響を及ぼす要因も考え得る以上,被告の上記主張はその前提を欠き採用することはできず,そうすると,被告の上記主張は,レナード効果により発生するものの構造が,本件訂正特許発明における静電霧化により発生するものと同じであることを裏付けるものとはいえない。

エ  よって,審決の上記イ記載の認定判断は誤りである。

(3)  以上によれば,本件訂正特許発明2は,甲1発明1及び甲2公報ないし甲4公報に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできず,原告主張の取消事由2には理由がある。

3  取消事由3(本件訂正特許発明3及び4に係る相違点判断の誤り)について

(1)  上記1において認定したのと同様の理由により,相違点3cは実質的な相違点ではないとした審決の認定判断は誤っている。また,同様に,上記相違点につき,甲1発明2及び甲2公報ないし甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものということはできない。

そうすると,本件訂正特許発明3は,甲1発明2と同一であるとも,甲1発明2及び甲2公報ないし甲4公報に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいうことはできない。

また,上記2において認定したのと同様の理由により,相違点4c及び4dは実質的な相違点ではないとした審決の認定判断は誤っている。また,同様に,上記各相違点につき,甲1発明2及び甲2公報ないし甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものということはできない。

そうすると,本件訂正特許発明4は,甲1発明2と同一であるとも,甲1発明2及び甲2公報ないし甲4公報に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいうことはできない。

(2)  被告は,本件訂正特許発明3及び4は不活性化装置に関するものであるところ,甲1発明2の静電霧化装置と装置自体として全く違いはなく,何ら新規性のないものであるので,甲1発明2の静電霧化装置も本件訂正特許発明と同様に花粉抗原等の不活性化の機能を当然備えたものといえるし,結局,装置が有する作用又は機能についての認識の違いしかなく,それは実質的なものではない旨主張する。しかし,前記1及び2において認定したとおり,引用刊行物には帯電微粒子水にラジカルを含むことの開示がない以上,本件訂正特許発明3及び4につき新規性がないとはいえず,被告の上記主張を採用することはできない。

(3)  よって,原告主張の取消事由3には理由がある。

4  まとめ

以上によれば,原告の主張する各取消事由はいずれも理由がある。

第6結論

以上によれば,審決には取り消すべき違法がある。よって,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 西理香 裁判官 神谷厚毅)

file_2.jpg別紙1

file_3.jpg別紙2

file_4.jpg別紙3

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例